大本営第二特務課の日常   作:zero-45
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 前回までのあらすじ

 千里眼着任、梅雨を先取ったとかそんな訳ないからね。


 それでは何かご意見ご質問があればお気軽にどうぞ。


2019/02/28
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きました鷺ノ宮様、forest様、Jason様、黒25様、リア10爆発46様、紅雪様、K2様、京勇樹様、雀怜様、有難う御座います、大変助かりました。


戦力大増強

 青色の波の只中、白い航跡を幾つも重ね、金色を振りまく異形達。

 

 海の覇者とも言えるそれらからは、濃密な死の匂いが漂い、対峙する者どれもこれもを全て切り崩してやろうと広く展開し、目の前の敵を睨む。

 

 異形は数にして十二、その全てが金の光を滲ませ海の青を侵食している。

 

 

 対するは空母を中心に展開する艦娘達。

 

 風に靡く髪は金や赤という明るい色が目立つ大型艦が占め、背負う輸送船を庇うような形で異形の前に立ち(はだ)かる。

 

 

「イクラカズガツドオウトモ、ショセンヨセアツメ……ワレラノマエニタツトイウグガイカナルモノナノカ、ソノミヲモッテシルガイイ……」

 

「吠える言葉だけは一人前だな、無駄にデカいその艤装は飾りか? 長々と口上を述べる前に掛かってきたらどうだ?」

 

 

 互いの距離は既に肉薄と呼べる程に近く、艦載機はおろか砲戦をするにも近過ぎる。

 

 そんな距離で睨み合う者達の間に漂う空気は張り詰め、針の一刺しで弾ける風船の様に殺意と緊張が限界まで膨らんでいた。

 

 

「退くつもりは無いようだな、ならば押し通らせて貰おうか、Swordfish shoot!」

 

「フ……トンデキタリ…ウッテキタリ……、イソガシイモンダナ……」

 

 

 限界を超えた殺意は唐突に弾け、戦端が開かれる。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「……で? これは一体どういう状況なのか提督聞きたいんだけど」

 

 

 冬も近くなった西蘭島。

 

 泊地の玄関とも言える松浪(まつなみ)港では、髭眼帯が目の前に広がる光景に眉根を寄せいた。

 

 

 髭眼帯の前には恐らく深海棲艦であろう一団が正座し、頭に「修復」と書かれた緑のバケツを被り、珍妙な姿を晒している。

 

 そして対面には恐らく艦娘だろう一団が正座し、頭に「修復」と書かれた緑のバケツを被り、珍妙な姿を晒している。

 

 

 そんな正座の列の間には、深海棲艦艦隊旗艦の朔夜(防空棲姫)が仁王立ちのまま、目の前に正座する虚無僧ちっくな出で立ちの深海棲艦の一人を睨んでいる。

 

 因みに朔夜(防空棲姫)の前に正座する、恐らく深海棲艦の人が装備するバケツは何故かボコボコになっており、プルプル震えていた。

 

 

 そして対面中央にはウォースパイトが腰に手を当て佇み、目の前に正座する虚無僧ちっくな出で立ちの艦娘を見下ろしている。

 

 因みにウォースパイトの前に正座する、恐らく艦娘の人が装備するバケツは何故かボコボコになっており、プルプル震えていた。

 

 

「湾内でドンパチしそうになってたから、取り敢えずバケツ正座に処したわ」

 

「こちらも無体な行いに走ろうとしてましたので、処しておきました」

 

 

 ニヒルな笑顔で答える朔夜(防空棲姫)に、ウォースパイトもロイヤルスマイルで同調する。

 

 その声にボコボコになった虚無僧のプルプル度が増し、髭眼帯の怪訝な相が更に深くなった。

 

 

「えっと……確認すると、そこで処されてる深海の人達とか艦娘さんて、ウチに着任予定の?」

 

「こっちの列はほっぽのとこから送られてきた姫二人と、一線級(Flagship)十人ね」

 

「こちらは各国から送られてきた艦娘十一名です、Admiral」

 

 

 二人の獄卒(ごくそつ)もとい朔夜(防空棲姫)とウォースパイトはとてもいい笑顔で髭眼帯の質問に答え、プルプルする二人を含めた虚無僧の群れは正座でシッダウンさせているという絵面(えづら)

 

 何故こんなメーな事になっているのかと髭眼帯が朔夜(防空棲姫)とウォースパイトに聞けば、深海勢と大本営から来た輸送艦が松浪港に入港する際かち合い、どちらが先に上陸するかで揉めたのが事の始まりだと聞かされる。

 

 

 片や海域の首魁を張れる団体さん、片や英国を筆頭に欧州連合で前線を張っていた者達。

 

 変にプライドを持つ者達が湾内で張り合った結果、あわや実力行使になり掛け、迎えに来ていた朔夜(防空棲姫)とウォースパイトがそこに介入、現在に至った結果がこの虚無僧の群れという事であった。

 

 

「よくこれだけの人達を二人で鎮圧できたねぇ」

 

「流石に全員を相手にできないから、先頭に居たリコリスをボコって黙らせたわ」

 

 

 髭眼帯は思った、取り敢えずボスを潰せばどうにかなるってヤンキー思考は深海の人達の間ではデフォな物なのかと。

 

 

「こちらも朔夜(防空棲姫)さんに倣い、取り敢えず先頭に居たアークをロイヤルヘッドバットで黙らせて後続の者達を抑えました」

 

 

 再び髭眼帯は思った、そこで何故朔夜(防空棲姫)準拠で行動するのかと、寧ろロイヤルなヘッドバッドって何だろうかと思ったが、クイクイと位置調整をする、彼女の頭頂部にキラリと輝く王冠(凶器)を見た瞬間ロイヤルなヘッドバットとは何かという意味を理解してしまった。

 

 

「あー……えっと、取り敢えず騒動は終息したって事でいいのかな?」

 

「そうね、まだちょっと色々とやらなきゃいけない事が残ってるけど、着任の報告は奉行所(執務棟)でって事でいいかしら?」

 

「うん? 色々?」

 

「そう、色々」

 

 

 朔夜(防空棲姫)の言葉にプルプルしていた深海の姫はビクリとし、「え!? まだ何かされるの!?」とくぐもった声を上げる。

 

 

「こちらも奉行所(執務棟)へ連れて行く前に、少しだけ教育しなければいけないと言う事で、着任のご挨拶は後ほどと言う事でお願いします、Admiral」

 

「ま……待てウォースパイト! わたしは何もやましい事はしていない!」

 

「黙りなさい、貴女は他の者達を諌める立場にあるというのに、いざこざの先頭に立つなどと英国艦としての誇りはないのですか? その辺りAdmiralの麾下に就く為の心得をみっちり仕込まなければ、恥ずかしくて着任させる訳にはいきません」

 

「あー……えっと二人共、何と言うか程々にね? いやマジで」

 

「まぁこっちは(空母棲鬼)に教育を任せるわ、あの子の方が弁は立つし」

 

「教育ってナニ? 私何も悪い事してないと思うんだけど!?」

 

「む? お前さっきまで片言で喋ってたじゃないか! 流暢に話せるなら何故最初からそうしないんだ紛らわしい!」

 

「何事も様式美って物があるでしょっ! これだから脳筋ってアイターーーーッ!!」

 

 

 ボコボコの虚無僧二人がくぐもった言葉で舌戦を開始するが、朔夜(防空棲姫)のグーパンとウォースパイトのロイヤルなヘッドバットが炸裂し、その音で周りの虚無僧がプルプルし始める。

 

 

「こちらの者達も国籍が混在してますし、神通さんか榛名さん同席で事前教育を施そうかと存じます、では後ほど」

 

 

 こうして不安要素しか感じ取れない言葉を残し、獄卒達にドナドナされていく虚無僧の集団を今日の護衛係であるポイヌ(夕立)と共に髭眼帯は見送るのであった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「えーっと、結局今回着任したのは二十四名って事でいいのかな?」

 

 

 松浪港で衝撃の邂逅を果たしてから数時間。

 

 奉行所(執務棟)執務室では髭眼帯がぬいぬいから諸々の報告を受けていた。

 

 

「はい、人数が人数ですので着任の報告は適時という事になっているようです」

 

「まさか大本営から送られて来た子達と、ほっぽちゃんチからの人達がかち合うとかもぅねぇ、で? 着任の内訳は?」

 

「大本営から送られて来たのがアークロイヤル、ジャーヴィス、アクィラ、イタリア、ザラ、ガンビア・ベイ、イントレピット、荒潮、対馬、浜風、伊401、伊13の計十二名になりますね」

 

「欧州連合からの子達は、予想通り性能評価試験の条件付きかぁ」

 

「表向きはそうでしょう、でもこの面子を考えると政治的差配が強いのは嫌でも判ってしまいますね」

 

「認めたくは無いんだけど、今ウチって日本の軍事拠点ってより一つの国って認識がされてるようだし、所有している艦娘を送り込んどいて取り敢えずの関係を繋ぐ方針にしたって処なのかね」

 

「他国は日本と我々の事を別の物として扱っているという事でしょうか」

 

「特務課から上がってきた情報にもそういう内容の物があるし、まぁそういう事だろうねぇ」

 

「なら、他の艦が当初知らされていた数より増えてるのは、大本営もそういう認識で動いていると考えていいんでしょうね……」

 

「ダメモトで打診した潜水艦……しかも虎の子であるシオイ君とヒトミ君が含まれている事と、呉の古参である浜風君が送られて来たとなると、そう考えておいた方がいいね」

 

 

 艦娘を多数所有する日本の海軍にあって、潜水艦は替えが利かない艦種である。

 

 建造率が低く、多くはドロップで賄う艦でありながらも、特殊性により常に数が逼迫しているのが潜水艦達と言える。

 

 しかも今回西蘭へ送られて来たのが建造不可であり、更にはその中でも性能が高いと言われている伊401と伊13となれば、髭眼帯が溜息を吐く程に異常事態が推移しているなと認識するのは当然と言える。

 

 

「これは大本営の事務方から回って来たオフレコの話なんですが、当初は吹雪さんをこちらにという話もあったそうですよ」

 

「ファッ!? 何でそんな事になってたの!?」

 

 

 テーブルにコトリと茶と菓子を置きつつ、古巣である大本営総務課から聞いたという話を口にして親潮がぬいぬいの隣に腰掛ける。

 

 

「どうも今回ウチとの関係を引き合いに出し、大隅大将の力を削ぐ目的で軍部がそういう動きをしたみたいですね」

 

「……その軍部って、どの筋?」

 

「坂田元帥が権力の集中を嫌ってと聞いてますが」

 

「あー……それは、まぁ元帥じゃなくて元帥筋(・・・)が動いたのかも知れないねぇ」

 

「と言うと?」

 

「鷹派の求心力が落ち、軍令部が一人勝ちって事になると政治方面にも発言力が大きくなっちゃうからねぇ、でも坂田さんと大隅さんって関係が悪い訳じゃないと言うか、元々手を組んでる関係だからさ、周りの取り巻きが勝手に動いたって事じゃないのかなって」

 

「聞く処によると吹雪さん自身は西蘭への着任を固辞したと聞きますけど」

 

「だろうねぇ、彼女が大隅さんの元を離れる事は無いと思うよ」

 

「という事は、この潜水艦二人の着任は……」

 

「大本営潜水艦隊の虎の子、軍令部が元帥筋に手打ちとして見せた最大限の譲歩って事になると思う」

 

「ならウチとしてはこの二人の着任って、タナボタ人事って事になりますね」

 

 

 ストレート過ぎる親潮の言葉に苦笑しつつ、手にした着任艦一覧を見ると、後は荒潮、対馬という事前に連絡を受けていた艦の名前と共に、浜風という名が記されている。

 

 その名を見た髭眼帯は複雑な相を滲ませ、ポリポリと指先でこめかみを搔く仕草を見せた。

 

 

「……司令、何か問題があったでしょうか?」

 

「あーいや、うん、この浜風君なんだけど……」

 

「あぁ、確か呉から送られてきた……」

 

「この艦娘さん、寺田さん(呉鎮守府司令長官)の初期艦だった艦娘さんなんだよね」

 

「え!? 初期艦……ですか」

 

「そそ、呉の司令長官になってからは扶桑(戦艦棲姫)さんが秘書艦に任命されたけど、それまで浜風さんが寺田さんの秘書艦を勤めてたんだよね」

 

「それって古参どころの話じゃないじゃないですか」

 

「うーん、この人事はまぁ、対外的に懲罰人事って事になっててねぇ」

 

「対外的に、ですか?」

 

 

 苦笑する髭眼帯は、事後の為ぬいぬいと親潮にこのパイ風の持つ事情を説明する事にする。

 

 因みに浜風とは、つい最近大型改装が可能な事が判明しパイ風と言う名をめでたく脱したと思ったら、改装後の名称が「乙改」という物になってしまった関係で、正式にパイ風となったと評判の艦娘である。

 

 そして双璧と言われていたおっぱい風もとい浦風であるが、こちらは「丁改」という聞きなれない名称になってしまった為、一部の提督諸氏の間では「乙改になった浜風がおっぱい風で、浦風をパイ風と呼んだ方がいいのではないか」という議論が展開される事になったが、結局は浜風がパイ風で浦風がおっぱい風なのは変わらないという結末に至ったと言うかそれはどうでもいい。

 

 

 現在海軍では他国とのレンドリースを締結し、艦娘の戦力配置を見直している真っ只中であった。

 

 国内からそれなりの経験を持つ艦を出し、他国から大型艦を引き入れ艦の質を向上するという計画。

 

 だが内地に存在する鎮守府は、現在大坂が西蘭へ総異動となり、そこへ佐世保鎮守府が順次異動中、当然現佐世保側も建て直し真っ最中の為この二つの鎮守府から戦力の抽出は難しい状況となっている。

 

 加えて舞鶴は吉野の派閥に属し、しかも輪島が艦娘の拠出を固辞した為こちらからも艦娘を出す事が叶わなくなった。

 

 残るのは横須賀と呉ということになるが、横須賀は以前より他国の艦を積極的に取り込んでいる為、これ以上の異動は現実的では無く。

 

 そういう事情が絡み、内地の拠点からは呉が主にレンドリースに充てる艦を出す事になってしまった。

 

 

 だが、集中して艦の入れ替えを行う、しかも国外の艦とのトレードという形は元々呉に所属する艦達から見れば受け入れがたい事であり、軍の方針に異を唱える者と恭順の姿勢を見せる者の二つに割れてしまう事となった。

 

 この事態に寺田は自身の初期艦であり、苦楽を共にした浜風を"軍の意向に否を唱えた集団の長"に仕立て、懲罰人事という形で西蘭へ送る形で見せしめとし、鎮守府内の不和を強引にねじ伏せた。

 

 尚浜風自身はこの差配には納得済みと言うか、計画そのものを仕立てたのは実は浜風という事もあり、本人には西蘭への異動について何も含む物は無いという。

 

 

「それはまた……思い切ったと言うか……」

 

「海外艦と言えども駆逐艦と大型艦の入れ替えだからねぇ、戦力的に向上するならと言う事で彼女は納得済みみたいだよ」

 

「と言うか今回の騒ぎに彼女は参加せず、輸送艦から事の成り行きを見ていたという事ですが」

 

「彼女らしいね、今は確か艦隊本部に出頭して諸々の手続きをしてるらしいよ」

 

 

 寺田是清(てらだ これきよ)という男の初期艦であり、呉の古株となれば当然吉野とはそれなりに縁があるというか、若気の至り時代の吉野とは上司として関わっていた艦になると言う事で、浜風という艦娘は実の処吉野的に頭が上がらない艦娘の一人であったりする。

 

 

「あー、だから響ちゃんは艦隊本部に行ってるんですね」

 

「古鷹君と響君にとって彼女は頼れる姉貴分だったしね、挨拶に向ったんじゃない?」

 

 

 色んな意味で苦い表情になった髭眼帯は、もう一枚の書類に視線を落とす。

 

 そこに記載されているのは北方棲姫側から送られてきた艦の一覧。

 

 リコリス棲姫と水母棲姫、そして彼女達と共に来たFlagshipの十人の、計十二人の名が連なっていた。

 

 

「んで深海勢の方はリコリス棲姫に水母棲姫かぁ」

 

「Flagshipの内訳は、戦艦ル級が4、ヲ級改が2、重巡リ級が2に軽巡ホ級が1、それと潜水ヨ級が1となっていますね」

 

「どこの百鬼夜行なのって感じがするんですが……」

 

「ヲ級に至っては改ですし、ル級の集団を見た球磨さんなんかはルをひたすら連呼した歌を口ずさむ始末で……」

 

「ああ……うん、徹子の〇屋のテーマ……まぁそうなるだろうねぇ」

 

「そちらは深海艦隊本部にてディスカッションを行うと聞いてます」

 

「ディスカッションン? 何をディスカッションするのぉ?」

 

 

 通常の拠点に於ける着任ではあり得ない諸々に頭を抱える髭眼帯であったが、それらは後に斜め上方向に作用して髭眼帯をプルプルさせる事になるのだが、それはまたいつか語られる事になるかも知れない。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「で、結局実動隊の再教育にグラ子君が参加する事になったと?」

 

「であります、件の作戦で青葉殿が一時期躁鬱状態に陥った事を受けて、対策を講じないといけないと言う事で、対人戦闘を含め今一度……主に精神的な面での見直しを図る事にしたであります」

 

 

 奉行所(執務棟)内に設置される特務課執務室。

 

 そこには主に実働隊に所属する者が集って会議の真っ最中にあった。

 

 参加するのは実働隊の長であるあきつ丸を筆頭に、川内、青葉が並び、そこに榛名、神通、グラーフという面々も参加。

 

 其々は硬い表情でテーブルに着き、あきつ丸と吉野の間で交わされる言葉に耳を傾けていた。

 

 

「……青葉君の調子はどうなの?」

 

「あー……取り敢えず自分では持ち直したと思うんですけどぉ、そこんとこどうなんでしょうねぇ」

 

「何か微妙な状態に聞こえるんだけど、大丈夫なのそれ?」

 

「まぁ始めは誰でもこうなる、回数を重ねれば次第に慣れていくから問題ないと思うが」

 

「慣れるて……うーん」

 

「Admiralは私のように"壊れる"んじゃないかと懸念しているようだがな、普通は私のような事になる事は早々ないから安心してもいいと思うぞ」

 

「いやでも現に青葉君がああなっちゃってるし」

 

「でも今は復帰しているだろう? 結局はやった事の正当性と言うか、心に折り合いが付けば大丈夫だ」

 

「折り合い?」

 

「そうだ、私の時は任務と言いつつ無差別に粛清任務に投入されてきたからな、その反動が大きかったが、自身が納得する理由を持ち芯になる部分を持つなら心が壊れたりなんかしないものだ」

 

「ドイツではその辺り失敗を繰り返した結果、それなりの運用法を確立したそうで、ウチもそれを訓練に取り入れ、対人戦闘という面を強化しようという話になったであります」

 

 

 日本での艦娘運用には、艦娘は人へ害を成す事に禁忌を持ち多大なストレスを感じるという前提があり、対人作戦には専ら陸軍を投入する事になっていた。

 

 対して移民問題が大規模テロに繋がっていたドイツでは、人的損耗を鑑み艦娘で編成された対テロ部隊が今も運用されている。

 

 

 初期に投入された部隊は実験も兼ねた活動をしており、数々の運用データを残す事になるが、同時に指揮官を含めた隊の人員の大半は使い物にならなくなり、艦娘の殆ども現在は解体処分となっていた。

 

 グラーフが問題を起こした時はまだ政治情勢が不安定な頃とあって解体処分とならず、厄介払い的に日本へ送られて来たが、欧州連合の設立後には軍部と連邦議会の間で融和が進み、艦娘を編成した対人部隊の運用も安定した物を目指す方向で刷新され、現在は安定した運用がされているという。

 

 

「時間は掛かるでありますが、素養のある者を陸軍へ適時出向させ、経験を積めば問題ないという結論に至ったであります」

 

「……君の言う素養って、どういった感じの物なのか詳しく説明してくれるかな?」

 

 

 大筋の話に理解を示しつつも、やはり艦娘が人へ向けて力を奮うのに気が進まない吉野は、苦い相を滲ませながらあきつ丸に問い掛ける。

 

 人と艦娘という関係はある意味微妙な状態にある。

 

 国民の殆どは艦娘という存在を知りながらも接した経験がない者が殆どである。

 

 深海棲艦という明確な敵性生物に対し、唯一の対抗手段としての艦娘という形でその存在は受容されている。

 

 だが「従順な守り手」という立場を除外した場合、深海棲艦と同質の力を持つ艦娘を社会に受け入れる素地は人類には無い。

 

 基本的に人は異分子を除外する性を持つ、対象が自身よりも優れていた場合、可能な限り排除する傾向にある。

 

 

 故に艦娘がもし人に害を成す存在だと認知された場合、人類は艦娘を深海棲艦と同じく危険な存在と認識するだろう。

 

 

 ドイツではテロ被害が深刻化し、民間にも危機感が浸透している世情が艦娘の対人組織を受け入れる結果に繋がった。

 

 だが日本はどの国とも国境を接しない特殊な環境にあり、移民問題も宗教戦争も表面化していない国家である。

 

 言ってしまえば対人組織として陸軍があれば事足りる、故に艦娘で編成された対人部隊は、即ち艦娘という存在の立場を危うくする恐れがある。

 

 そうなった場合吉野が目指す「深海棲艦からの脅威を排する為人が艦娘を必要とし、人に依存する性質の艦娘と深海棲艦とのパワーバランスを拮抗させて三竦みとする」という世界が、自身の行動一つで瓦解する恐れが今目の前にあるという事になる。

 

 だからあきつ丸達がしようとしている事に、自然と厳しい姿勢になるのは当然と言えた。

 

 

「Admiral、我々が対するのは敵だ、明確にこちらへ殺意を向けて来る者達だ」

 

「確かに人へ力を奮うのには戸惑いがあるであります、しかし我々にも守るべき優先順位があるであります」

 

 

 あきつ丸にしては珍しく、感情を乗せつつも抑えた声色がそこに響く。

 

 

「力なき無辜(むこ)の者を守る為には、例え相手が人であったとしても一線を踏み越えなければいけない場合があるであります」

 

「皆では言葉に出来ないだろうから私が言おう、Admiral、我々はここまで貴方に付いてきたのは、何も人類の平和の為にという大義名分があったからだけではない、我々にとってAdmiral……いや、提督と言い換えようか、その存在は守るべき人間より近しい、特別な存在だというのを忘れないで欲しい、あきつが言った「優先順位」という意味と、我々の変えられない(さが)という物を理解して欲しい」

 

 

 グラーフの言葉に、テーブルに着く者達のみならず、特務課執務室に居る者達の物言わぬ視線が吉野へ集中する。

 

 

 ある意味吉野は彼女達の想いは理解していた。

 

 自身へ向けられるそれは、いつか海原を駆けていた、舟が乗組員へ、艦長へ、生死を共にした者達へと向けた物と同じ想い。

 

 共に戦い、苦難を共にし、その多くは共に沈んだからこその特別な想い。

 

 

 国の、民の、その為の戦舟(いくさぶね)という前世があるからこそ、彼女達は今も見返りを求めない純粋な守部(もりべ)として人の前に顕現する。

 

 だがそれでも、寧ろその前世があるからこそ、彼女達は提督という存在に固執する。

 

 

 自身に戦う理由を与える者達、提督。

 

 仮初の肉体と心を持つ彼女達へ存在意義を直接与える者は、艦娘達にとって特別なのは当然と言える。

 

 

 今彼女達の前に居る吉野という男は提督という特別な存在であり、いつか彼女達へ共に逝くと言った男である。

 

 妄言とも取れる言葉を吐く男は、将官という位を得ても尚彼女達と共に海を駆け、共に戦場に身を置き続けた。

 

 そんな男の姿に艦娘達は嘗ての戦友達を重ね、舟であった時のように、沈むまで傍に寄り添うと心に誓った。

 

 

 あきつ丸が言う「優先順位」という言葉は確かに艦娘という存在が口にするには、自身の在り方を歪めてしまう言葉に違いない。

 

 だがそれでも彼女は言った、そして周りの者も否定しなかった。

 

 あきつ丸が言う「優先順位」と言葉にした先には、提督へは言ってはいけない、しかし彼女達には譲れない絶対が存在している。

 

 

 それを知っていたからこそ吉野には彼女達の言葉を否定する事は出来なかった。

 

 

 内地を飛び出し、彼女達を引っ張ってきた時点で全てを背負う事は覚悟したと同意である、ならば否とは言えない。

 

 理解しているからこそ、求めに応じながらも破滅に向わない様差配する、それが自分の役割だと大きく溜息を吐く。

 

 

「……池田さん(陸軍西日本司令長官)には話を通してるのかな?」

 

「現在調整中でありますが、近日中には整う見込みであります、ただ提督殿の認証が必須という答えと、作戦行動中の指揮権委譲が絶対条件という事で」

 

「陸側の作戦に介入する気はないよ、ただ人員の引き上げの判断や投入の可否はさせて貰うけどね」

 

「では一度提督殿と池田殿との間で調整をお願いしたいであります」

 

「ん、その方向で話を進めようか、それとあきつ丸君」

 

「なんでありましょうか」

 

「情報収集や防諜面ではこれまでと同じく君が指揮に就いて欲しい、けど、作戦の立案や行動する際は事前に報告する事、陸から君へ個人的に要請があってもだ」

 

「……了解であります、それで、今回独断専行した事についての責任は……」

 

「暫く泊地で留守番、出向関係は他の子中心で、現行体制が固まるまではそういう形で、いいね?」

 

「了解であります」

 

 

 こうして色々と暴走気味であった特務課は、髭眼帯の執務が落ち着くと同時に完全に掌握された直属の組織として活動する事となる。

 

 同時に未だ進行中の案件や施設の整備が進められ、西蘭という泊地がどのような物なのかという事が徐々に世界へ知れ渡っていくのであった。

 

 

 




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・また言い回しや文面は意図している部分がありますので、日本語的におかしい事になっていない限りはそのままでいく形になる事があります、その辺りはご了承下さいませ。

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