最低週一、理想は週二、有限実行、たまに不実行でいこうと思います。
要するに色々未定、はい、許して(´・ω・`)
それでは何かご意見ご質問があればお気軽にどうぞ。
2018/10/21
誤字脱字修正反映致しました。
ご指摘頂きました柱島低督様、水上 風月様、リア10爆発46様、有難う御座います、大変助かりました。
「……は? えっと、なにそれ?」
西蘭泊地
欧州方面への抜錨も二日後に迫り、作戦中は泊地を留守にする間の業務を引き継ぐ為に事務仕事を詰めていた吉野に、思いもよらない報告が上がってきた。
それを上げてきたのは潜水艦隊旗艦のごーや。
彼女達は現在泊地周辺の海図作成の為に、予てより計画していた測量任務を実行に移していた。
西蘭島周辺の海は水深が深い為、
その内オールバニーからタスマニア島までの範囲を受け持つ班の責任者はごーやであったが、測量を開始した直後に緊急事態が発生したという知らせを吉野へ直接伝え、それから約一日を掛けて帰還し、現在吉野への報告を行っていた。
泊地司令長官へ直接口頭での報告を要するという異常事態とは一体何か。
その報告を聞いた吉野は、暫く言葉の意味が上手く理解できず放心と言うか、思考が停止していた。
「……オーストラリアエリア西部境界線の陸側、予定通りごーや達はそこから測量を開始したでち、でもそこからすぐにインド洋エリアから上位個体からの接触があって、てーとくへ直接その事で報告をしないといけなくなったから急いで帰還したでち」
「あ……ああうん、それは理解したけど、その……えっと?」
「インド洋エリアの深海棲艦を纏めてる上位個体、船渠棲姫がてーとくに話があるって言うから連れて来たでち」
「……インド洋エリアの……ボスぅ?」
「でち」
「はぁ? いきなり何で?」
「いや……何でと言われてもわからないでち、取り敢えず今は松浪港の沖で待たせてるでちよ、でもそこからどうするかてーとくに聞かないと決められないし、他の子達に大っぴらに言うのも面倒になると思ったから……」
「えーっと……その、船渠棲姫と他には誰が来てんの?」
「僚艦は一人も連れてないでち、だからここまで連れてきたんでち」
「単艦でここまでって……はぁ? 一応ここって
吉野が現在居を置く西蘭島は、島自体は
つまりごーやが言う「インド洋エリアの支配者」が西蘭島へ来るという事になれば、
つまり現況
「って!? 不知火君、今
「
「待って不知火、その必要はないわよ?」
ごーやの報告に蜂の巣を突いたかの如く騒がしくなった執務室に、苦い表情の
いつもは何があっても飄々とした相を崩さない彼女にしては疲れたと言うか、心底面倒臭そうな空気を引き摺りつつ、執務机まで歩いてくる。
「ごーやが言ってた船渠棲姫っての?
「相手って? え? まさかもう衝突しちゃってるワケ!?」
「何かとんでもなく巨大な気配が近付いてきたから急いで様子を見に行ったんだけど、まぁ……本人丸腰だったし、私と同時に飛び出してきた
「……それじゃ戦闘を開始したとか、そういう事にはなってないんだね?」
「取り敢えずは、ね、ただここは
「いや、それにしても、何でウチに……ってより、本当にその船渠棲姫って姫さんがインド洋のボスなの?」
「私見で悪いけど、アレが原初の者ってのは間違いないと思うわ、
「あー、ならその船渠棲姫さんってのはインド洋のボスでほぼ確定なんだね」
「そうね、今世界の海は北極海、北太平洋、南太平洋、インド洋、大西洋の五つに分かれてる、その内北太平洋の主は
広大な海の殆どは深海棲艦の支配下にあるが、その海は五つのエリアに分けられた状態で其々を
北極海からベーリング海付近を支配するのは北方棲姫。
南太平洋から南極全域は泊地棲姫。
北太平洋は嘗て中間棲姫が支配していたが、
大西洋は深海鶴棲姫が支配しているという事だけは確認されているが、他の海域の者で接触した者は居ないという。
つまり五人居るというのが判明している原初の者の内、既に四人は判明しており、一人だけは謎のままというのが深海棲艦側の見解となっている。
つまり、
海を支配する異形、深海棲艦。
その内最も支配海域が広く、また最大勢力と称されるインド洋の主。
対すれば現状勝ちを見出せず、戦うとすれば恐らく
それは結末がどう転ぼうが、南半球の人類は戦火に巻き込まれ壊滅に近い被害を受ける可能性が高い。
またインド洋に接する国々にも戦火は飛び火する可能性があり、もしそうなってしまったら被害は相当な物になるだろう。
西蘭泊地は
戦うとしても拠点を変える事は不可能な現状、このまま船渠棲姫との戦端を開くとなれば、どうあっても幾つかの国が滅ぶのは間違いない。
「……どんな形であれいつかは関わるのが不可避な勢力ってのは考えてたけど、今というタイミングで言うなら敵として対すれば最悪と言うしかないね」
「そうね、人類の未来という話で言えば、インド洋と南太平洋に囲まれた範囲は間違いなく壊滅って事になるかしら」
「で、その起爆スイッチは現在
「えぇ、事が縄張りに関する事だから、その辺りに私が介入する事はできないわよ? テイトク」
「うん、なら最悪ウチの全兵力を投入してでも叩く覚悟をしとかなきゃいけないね……」
「そうね、相手が一人ならどうとでもなるわ、ただそうなったらインド洋に居るヤツらがどう出るか、そこも覚悟しとかなきゃいけないわね」
正に晴天の霹靂。
数年、いや数十年を掛けて準備をする必要があると思っていた事案が突然進み、全人類の何分の一かではあるが、少なくはない数の人類の危機を迎えた現在。
その行く末を決定付ける大事が、今始まろうとしていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「結論から言えばコイツはインド洋の主で間違いない、そして
突然の事案発生から三時間弱。
このエリアの主である
また今回の
原初の者と言えど、同格の者相手に丸腰で戦えば結果は見えている上に、西蘭には姫や鬼、そして三桁を超える艦娘も居るとなれば武力での行動は自殺行為と言えるだろう。
しかし以前
深海棲艦、それも
つまりそれがなくば、どれだけの時間を要するかは予想ができないが、他の深海棲艦と同じく船渠棲姫は確実に黄泉還る。
今回僚艦も伴わず、武装解除した状態で船渠棲姫が西蘭へ来るという無謀な行いの裏には、こういう「最悪を回避可能な事情」があったからとも言えた。
「……あー、何と言うか、はい、一体何がどうなってるか全然予想が付かないんですが、はじめまして船渠棲姫さん、自分がこの泊地の司令長官をしてます吉野三郎と言います」
インド洋の主を迎え、取り敢えずの場を設けたのは
西蘭泊地大工廠『夕張重工』の一角にある砲撃試射場。
艦娘の主砲にも耐える施設の一角にテーブルやソファーを持ち込み、茶の用意を整えての邂逅。
それは当然"最悪"を想定しての配慮であった。
「初めまして、私は船渠棲姫、ここから西の海インド洋を支配してるわ、アポなしで無理に押し掛けたのに対応してくれてありがとう」
現在テーブルに着くのは吉野と
実際は試射場周辺には
「えーっとそれで、いきなり船渠棲姫さんがウチに来た理由をお聞きしても?」
「んー……それね、何から切り出したもんかな、取り敢えず確認までに、吉野さんは近々アラビア海に侵攻するってこっちに情報が入ってるんだけど、それに間違いはない?」
「えっ……えっとそれは、まぁそういう予定にはなってますが」
いきなり予想外の切り出しに吉野はいぶかしむ。
アラビア海と言えばインド洋と接したエリアであり、以前
それはつまりアラビア海とは元々船渠棲姫が支配していた海域であるとも言えた。
逆を言えば今回西蘭の艦隊がアラビア海へ抜錨すると言う事は、船渠棲姫からしてみれば、制海圏を奪った張本人がそのエリアへ再び向うと言う事にもなる。
船渠棲姫に作戦内容が漏れているのは、以前に得ていた「自分達を"軍"と呼称する者達」という行動に照らし合わせば、その辺りの情報は掴んでいてもおかしくはない。
「あの辺りってニンゲンが支配してもいいかって放置してる海なんだけど、今はちょっとこっちの都合でウチの子達が展開してるのよね」
「ウチの方には、欧州連合から大規模な深海棲艦の侵攻の兆しがあるので、それの調査と出来る限りの駆逐をお願いしたいって話が来てるんですが、もしかして……」
「多分、それ今言ったウチの子達の事だと思うわ」
「……oh」
「で、まぁこっちとしてはここで退いて、そっちが帰った後でまた出張ってもいいんだけど、それだとまたそっちが来るからずっとイタチごっこになっちゃうでしょ?」
「今更なんですけど、こんな話を戦う予定の当事者間でしちゃってもいいんですかね、ウチとしても退けない話ですし、今話を聞いた限りではそちらも事情は同じでしょう?」
「それよ、結局ここでそっちとぶつかれば私は退けなくなるし、全面戦争は不可避だから……まぁこっちに負ける要素はないけど、戦いが終息するまで何年掛かるか判らないと言うか、寧ろそんな非生産的で無駄な事をしたくないの」
「こちらとしても極力そういう事になるのは避けたいんですけど、それじゃそちらとしては今回の話はどういう落し処へ持って行くつもりなんです?」
「あー……その辺りの話をするには、ちょっと説明しないと理解して貰えない部分があるんだけど、それを言う前に確認させて欲しい事が幾つかあるの」
「確認……ですか?」
「そう、先ず前提として、貴方達って最終的に縄張りをどこまで広げようと思ってるの? ああニンゲン側がどうとかじゃなく、貴方の支配下に置く集団って意味で」
船渠棲姫が確認する未来。
聞かれたのは恐らく吉野個人が目指す先という物だろう。
それはある意味"個"として目指す範囲という話だろうが、吉野自身が目指すのは残念ながらその
何故なら吉野が目指す未来とは、人類、艦娘、深海棲艦のどれもが拮抗した力関係で成り立つ世界。
深海棲艦という仇敵を艦娘や元艦娘であった上位個体で押し留め、戦線を拮抗状態にもっていく。
そうする事で人類は安全であり続ける為に、本来受け入れる事もないだろう艦娘や一部の深海棲艦との共存が成る。
勝つ事はなくとも滅びもない、そんなパワーバランスが拮抗する世界。
人という存在を通して、しかも守るという戦いを通してでないと存在意義を見出せない艦娘を、生かす為にはそういう歪な世界を目指すしかない。
他に何か方法があるかも知れないが、吉野自身が目指すとするなら、今はそれしか手段がない。
船渠棲姫の問いにこの目指す先を照らし合わせれば、支配海域は人類が存在する大陸全てを覆う程の物と言えるだろう。
其々が隔絶する為の境界線。
現状で言えば、日本から欧州を陸側を沿う様に結んだ帯状の制海圏。
インドネシアを取り囲む形の制海圏。
大西洋から北アメリカ大陸を結ぶ航路。
暫定的に北極海のカナダ北部から西への航路。
それは未だ最終的に目標とする範囲の1/20にも満たない状態である。
範囲としては深海棲艦が支配する割合が圧倒的に多く、海は結局彼女達の物のままだと言える。
だがしかし、それは単純に支配面積という話でしかない。
最終的に吉野が目指す形が成ったとして、それが世界の海のほんの一部だとしても───
───答えとしては『深海棲艦の支配する海域は、少し海を侵食した人類の生息域に包囲された状態』になる。
これは人類側からしてみても同じと言えるかも知れないが、深海棲艦がその状態を良しとするかどうかという問題がある。
ほっぽと
寧ろ吉野という相手が居るから現状『見逃してやってる』という認識がある故、自身の縄張りを侵食されているという認識は殆ど無い状態とも言えた。
「船渠棲姫さんが言う
結果的に、資源還送航路として必要な制海圏は、現状最低限成り立っている。
それに完全を求めるなら、全ての制海圏を奪取する必要があるだろうと吉野は考える。
そんな果てなく、また不可能な未来を考えるよりも、人類の支配海域は現状維持のまま、残りの部分はほっぽや
どちらにしても、今回話し合いという形で接触してきたのは船渠棲姫側である。
ならヘタに下手に出たり、逆に大きく出ると言う事をせずとも現実的な範囲の話をそのまま提示しつつも、後はお互いの落し処を探ればいい。
故に吉野は現状出せる範囲ではあるが、後々問題にならない要因を除いた考え全てを船渠棲姫へ伝える事となった。
「……そう、なる程、吉野さん的にはそういう考えなのね」
「ですね、ぶっちゃけこの戦いに人類の勝ちの目は絶無なのは確実ですし、それなら全力での保身という形で決着をつけたいと思ってますよ」
「んまぁそういう事なら……不可侵って事に確約は無理でも、そっちの考えがそういう物だという前提を考慮すれば、こっちの縄張りをこれ以上明け渡す事もできないという事情にも合致してるし、少なくとも今は全面戦争にはならないって予想はできそうかな?」
「相互不可侵についての確約は無理ですか」
「当然でしょ? ニンゲン側の代表が吉野さんでもなく、こっちとの約束が完全に履行できないのなら、相互不可侵の確約なんてできないじゃない?」
「まぁそれはそうですが……」
「ついでに今の答えも貴方個人の物よね? 私はそれに応える事はできても貴方以外のニンゲンと現状は関わるつもりはないし、もしそういう話を成立させるつもりなら、それこそ吉野さんがニンゲン側の絶対支配者にでもなんないと話にもならないって事よ」
「ふむ、船渠棲姫さん側のお考えは理解しました、それで? 今回の話し合いはどういう目的があっての物なんでしょう?」
「それね、まぁ貴方の考えは大体理解したし、そうじゃなかったら最悪どうするかって考えも纏まったわ」
ここまでそれなりの情報を吐き出しているが、その実今回の『話し合い』と称する物はまだ殆ど進んでいない。
船渠棲姫の目的は何か。
明確に人類との関わりを否定した彼女。
だがしかし吉野の目的を聞き、船渠棲姫は何かを考える。
しかもその中には、後日西蘭が関わる欧州遠征作戦にも大きく関わっているという。
その辺りを明確にしなければ、最早吉野自身もその作戦を実行する事はままならない状態にある。
「ねぇ吉野さん、今度そっちがアラビア海でやるっていう作戦ね、こっちと裏取り引きしない?」
「裏取り引き……ですか?」
「えぇ、こっちはどうしても
船渠棲姫の言葉に
話の筋で言えばそれは決定事項ではなく、最悪を想定した
逆を言えば、船渠棲姫自身もそうなるのは本意ではなく、これからの話はそうならない為の提案を前提とするだろうと場の者も理解していた為に、場はまだそれ程緊張した空気は漂わずに済んでいる。
「要するに吉野さんはヨーロッパ方面から依頼された仕事を完遂すればいい、私の方はそういう煩わしい事を避けて調べ物をしたい、これが双方の目指す目的って事になるわね」
「ふむ、要するに今回限定で我々はこっそり組んで、諸々を出来レースとして処理してしまおうと、そういうご提案でしょうか?」
「そうそう話が早くて助かるわ、で、前提として今回こっちはニンゲン側に被害を出す事は無いと言っておくわね、目的は情報収集、それも軍事的なものでもない」
「船渠棲姫さんが欲しがってる情報ってそもそも何かという事は、教えて頂けないんですかね?」
「……もし吉野さん自身が私に言った目的通りにこの先行動していったとすれば、その辺りはいつか話せるかも知れないわね、でも今は無理」
「ふむ、しかし船渠棲姫さんが言う人的被害もなく、軍事目的の為の情報収集でもないという話が本当の事か、それを現状確かめる術がないのでは、こっちとしてもご提案を飲むのは難しいですね」
「でしょうね、ならどうするの? ここで私を殺して時間稼ぎでもしてみる? 結果何年かそちらは平穏無事で済むかもしれないけど、いつかまた私が『黄泉還ったら』、今度は泊地棲姫も巻き込んで泥沼の全面戦争よ?」
「それはできるだけ避けたいですね、まぁそうならない為のご提案は当然そちらから出てくるんでしょうけど?」
船渠棲姫が言う泥沼の全面戦争。
もしそうなればやはり南半球の殆どは壊滅的な被害が広がり、吉野達は確実に死に至る。
ただそうなった場合、船渠棲姫と
故に船渠棲姫としてもやはりそういう形になるのは避けたいというのが本音と言えた。
どちらがどれだけ譲歩し、どちらがどれだけ妥協するか。
この時点で話は既に纏まるという部分だけは確実で、残るは妥協点という部分に集約されつつある。
吉野も船渠棲姫も互いに言葉にしないまでもそれを理解しているからこそ、逆に相手へ対し譲歩を引き出すための牽制を繰り出していた。
「本気の殺し合いになればこっちの負けは確定ですね、しかし姫・鬼級で固めた二艦隊と、精鋭の艦娘……予備も含めた二艦隊を全て駆逐すると言うなら、同程度以上、最低倍の戦力を投入しないと綺麗に事は収まらないでしょうね」
「そうね、寧ろ交渉決裂となれば、今吉野さん達が今言った数の戦力をそのままで繰り出して来る訳はないでしょうし、ここで交渉が決裂した場合こっちも出せる戦力で総出撃しないといけなくなっちゃうかな」
「当然自分もまだ死にたくはないんで、命一杯抵抗はさせて頂きますよ」
「んー、私もここで派手な事しちゃうと肝心の情報収集に支障が出ちゃうから……ね、吉野さん?」
「はい、何でしょう?」
「もし今回の話に乗ってくれるんならこちらとしては以下の二点を確約するわ、一つはニンゲンとの戦闘行為は極力避ける、まぁこちらとしても静かに事を運ばないと、相手に警戒されて情報収集なんてできないから元々戦うつもりは微塵もなかったし」
「ふむ、確かに目的が諜報活動なら派手な動きは見せたくないでしょうね」
「で、もしこの話が成立したとしたら、そっちも対外的に結果を見せないといけないでしょうし、そうなると戦って勝ったという形が必要になるんじゃない?」
「殲滅戦じゃないので無理にそういう形に持ってく必要はないんですが、結果という事で言えばそういう形の方が判り易くはありますね」
「んじゃ双方に被害が出ない程度に適当に戦う事にして、事が上手く終了したら貴方が欲しがっている物を現地で譲渡するっていうのはどう?」
「……自分が欲しがってる物? でしょうか」
「
船渠棲姫の言葉に吉野は眉を顰める。
特に何かしらの縁を結ぶ訳でもないのに、姫級の譲渡を申し出るという話。
深海棲艦と一口に言っても実際は様々な種が存在する。
その生態は単純な"強さ"という能力によってピラミッド構造の社会を形成している。
その中でも姫級と言えば全体から見ればほんの一握り、艦娘との戦力比で言えば一艦隊以上に匹敵し、恐らく船渠棲姫の支配海域であっても二桁程しか存在しない希少種であろう姫級。
そんな貴重で強力な戦力を、幾ら交渉の為とはいえ譲渡するというのは破格の条件と言える。
しかし同時にそれは船渠棲姫の
「それで、アラビア海の決まった位置でそれなりに戦った後は、こっちが撃退されたって体で戦闘を終了して、こちらは
「で? こちらは相手を殲滅し、貴女達は
「そういう事ね……でもまぁこっちが提案する条件はこのままだと口約束のままな上に、譲渡する姫もこっちの内偵じゃないという点は現時点で証明出来ないから、そちらとしてはこの取り引きに乗るのは正直難しいでしょう? だから……」
船渠棲姫は一旦言葉を切り、薄い笑みを表に貼り付け視線を
「譲渡予定の欧州水姫はこちらの紐付きでない事を保障するし、今言った条件を確実に履行する事を約束すると共に、向こう五年間はニンゲンや貴方達がこちらに侵攻しない限りは不可侵を誓うわ、この船渠棲姫の名で、泊地棲姫へ対して、ね」
深海棲艦として、自身の名で誓いを立てる。
それが上位の者同士で交わされた物は、重く、そして戒めも強くなる。
力で他者を支配する者は、それ故に己の大義名分と正当性を周りに示さなければならない。
それがなくば、暴力のみで支配する圧政者でしかない。
故に、滅多にない事だが、例え敵同士でもこの手の誓いは交わされる事がある。
そして原初の者という深海棲艦の頂点に君臨する者であれば、相手に立てた誓いはある意味絶対的な枷となる。
「……最初からその"誓い"を有効にする為私を巻き込んだか、船渠棲姫」
只の口約束を"契約"として成立させる為に、船渠棲姫はわざわざ単騎で
しかも不可侵と言いつつも"相手からの侵攻が無い場合"という条件が入ると言う事は、逆に言えば五年間は人類側も手出しができない。
それが恒久的な物であれば話は違ってくるが、特に長くも無い期間ともなれば、約束全体の意味合いが違ってくる。
吉野側にしてみれば、五年という時間はインド洋の深海棲艦を相手取るにしては戦力的な準備を整えるには短過ぎ、また自分達だけではなく人類側がそれを破れば大義名分を相手に与える事になる為大きな負担となる。
この話が纏まった後でもしも人類側が約束を違えた場合、それは誓いを受けた者、
「随分とお前に利がある誓いだな」
「そっちとしては現状維持がお望みなんでしょ? ならこの話は悪くないと思うんだけど?」
「だそうだそヨシノン、この話を受けるかどうかの判断はお前に任そう」
船渠棲姫の提案は
しかしそれに人類全体が絡むとなれば話は違ってくる。
今回の謀を進めた場合、当然第三者に情報は漏らせない。
つまり船渠棲姫側と五年間の相互不可侵をここで結んだとしても、その情報自体誰にも漏らせない事になる。
今はまだレンドリースや国家間の結び付きを模索している状態の為、人類側としては制海圏を広げる余力は無いといえる。
しかし形が整ってしまえば、時間を掛けた大規模な戦力配置を実施した結果、確実に戦力的な余力は発生するだろう。
そうなった場合、逆に吉野は自分の持てる力と権限のみで世界全てを押さえ込まなければならなくなる。
普通に考えて、個が世界を相手にするなんて正気の沙汰ではないが、それをしなければ身の破滅は確実という無理筋。
正直な話、時間があれば根回しをしてある程度の手が打てただろう。
その為の手札も揃えられた筈である。
しかし欧州へ向けて抜錨するまでの時間は残り僅か二日しかない。
更にこの話を受け、諸々を実行するには今日一日を使って船渠棲姫と話を詰める必要もある。
結果として、どう考えても初手は自分だけで全てを決めて、後手に回った状態で残る全てに対処していかなければならない。
ある意味自身の滅びを天秤に掛ける究極の二択に対し、吉野はこの場で答えを迫られるのであった。
・誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。
・誤字報告機能を使用して頂ければ本人は凄く喜びます。
・また言い回しや文面は意図している部分がありますので、日本語的におかしい事になっていない限りはそのままでいく形になる事があります、その辺りはご了承下さいませ。
それではどうか宜しくお願い致します。