大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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 お待たせしました再開です、はい。

 で、ちょっとした事情だの諸々は、活動報告に上げる予定ですので、よかったらそちらも見ていただけたらなと(´・ω・`)


 それでは何かご意見ご質問があればお気軽にどうぞ。


2019/03/30
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きました対艦ヘリ骸龍様、リア10爆発46様、ニンニク様、水上 風月様、柱島低督様、じもすん様、有難う御座います、大変助かりました。


マキシマムな軍務とミニマムな軍務

「なぁぁンでダンナが出張ったらいっつも面倒事が舞い込ンじまうかナァ」

 

 

 大坂鎮守府地下三階。

 

 九頭が後任の司令長官として就いた現在も、以前と変わらない配置のままの地下指揮所。

 

 ホログラムが映り込む巨大な円形のテーブルには舞鶴司令長官である輪島博隆(わじま ひろたか)に髭眼帯、そして九頭路里(くず みちさと)という吉野派に属する将官達が着いていた。

 

 

 輪島は苦虫を噛み潰したかの相を、九頭は腕を組んだまま目を閉じて。

 

 髭眼帯が船渠棲姫との密約を受けてからこれまでの一連の流れと、それに対応した行動、更には帰還後すぐ北方棲姫と会談し発覚した事実、それら全てを伝えた反応が冒頭の輪島の言であった。

 

 

「とりあえず船渠棲姫との密約を大隅殿へ振ったのは正解でありますな」

 

「ですねぇ、中東が絡むとなれば欧州は元より、ロシアや周辺諸国も関わるのは確実ですし……」

 

 

 現在欧州を取り巻く周辺諸国の情勢は、複雑かつ面倒な事になっている。

 

 

 元々経済的に脱ロシアとしての側面もある旗揚げとなった欧州連合。

 

 それは艦娘を運用可能とした海路の確保と、経済圏の安定という名目から始まった物だった。

 

 主にエネルギー資源の確保という前提から、欧州連合はロシアに変わってイスラエル、エジプト、スーダン、エリトリア、ヨルダン、サウジアラビアという六国に対し、地中海と紅海、そしてアデン海からアラビア海北部という海域の安全を担保に連合への取り込み工作を行った。

 

 他の中東諸国へも同様の打診を行いはしたが、海路を重要視しない国政と、そして未だ通常兵器の重要性が高い世情が絡み、ロシアから供与される兵器や技術に依存するそれ以外の国は欧州連合へ靡かなかった。

 

 その為インド洋から地中海へ続く唯一の航路、紅海沿いの八国の内イエメンとシブチの二国がロシア側に付く事となり、欧州連合は大規模な海洋戦力をアジア方面へ向ける事が出来なくなった。

 

 これにより欧州連合の経済的、そして資源環送航路には日本の協力が不可欠となり、太平洋側へ出れない米国も欧州連合側へと付く事になった。

 

 結果、ここに中東は旧共産圏(非艦娘運用国家)と欧州側(艦娘運用国家)という二つに割れた状態となった。

 

 

 それ以外にもパキスタン、インドという国土の一部をインド洋に晒し、資源の運搬を海路に依存する国家もこの欧州-日本連合へ合流する事となり、ここへ以前から日本と縁深いインドシナ諸国を加えたアジア、欧州航路が確立される事となる。

 

 

「まぁ船渠棲姫が上陸を目論んでるのはペルシャ湾の奥……つまりイラン、イラクとアラブ首長国連邦の縄張りな訳で」

 

「そこは、まともにロシア派に関係する訳でありますな」

 

「でと、あの辺りの航路は元々斉藤(リンガ泊地司令長官)さんの縄張りですし、そっち方面もまぁ大隅さんが絡むといっちゃ絡みますし?」

 

「ンでその密約とやらをぶっちゃけて丸投げしたら、ウチらが前から予定してた海域の攻略を止められた、と?」

 

「まぁどちらにしても、ほっぽちゃんから得た情報で北太平洋攻略は暫く様子見にする事になりましたし、まぁそこは余り影響は無いかなと」

 

 

 この諸々の密約を大隅と斉藤が認知した後に出した結論は、事は世界を巻き込む重要案件であり、いざという時の為に戦力の分散は避けるべきという建前が先ず一つ。

 

 次に西蘭の戦力は現在オーストラリア東部資源環送航路の船団護衛となっているが、それを船渠棲姫への押さえとしてオーストラリア南西部へ、そしてインドネシア南部への派遣部隊としての役割にも備えるという結論に至る。

 

 

「つまりなンかあったらオメーンとこも兵隊出しやがれって事で、太平洋攻めなンてしてる場合じゃねーぞって事か」

 

「平たく言えばそうなりますね、リンガも大本営も欧州航路の護衛で手一杯ですし、余剰戦力なんてありませんから」

 

「まぁそれでも太平洋の件は放置という事にはいかんでしょう」

 

 

 腕を組んだまま硬い声色で出た九頭の言葉に、吉野はため息を吐きながら北方棲姫より伝えられた驚愕の事実を思い出す。

 

 

 太平洋に存在する、そしてしていたとされる深海棲艦"原初の者"

 

 一人は西太平洋南部を統べる泊地棲姫、北極海から広範囲のテリトリーを持つ北方棲姫、インド洋に存在する船渠棲姫、そして太平洋東部全域を支配する中枢棲姫。

 

 

 その内北方棲姫と泊地棲姫は歪ながらも人類と通じ、船渠棲姫も一応ではあったが何かの目的の為限定的な期間とはいえ人類との戦闘は避ける形となった。

 

 また東部太平洋の中枢棲姫は元々人類に対する興味は薄く、しかし縄張り意識が強いという性質から手を出さねば現状は問題ないという部類の者であるらしい。

 

 

 そして最後の一人、泊地棲姫のテリトリーと接した西部北側太平洋の長とされる中間棲姫。

 

 嘗て吉野が海湊(泊地棲姫)に接触した際は、何かしらの争いがあり殺したともとれる発言を彼女から聞いていたが、今回北方棲姫との会談で実はそうではないという事が発覚した。

 

 

「目的海域の長とされていた中間棲姫が、まさか現存してるとは……」

 

「てか、それでも縄張り放棄してンだったら別に関係ないンじゃねぇの? マジでさ」

 

「その辺りは一応海湊(泊地棲姫)さんにも確認を取らないとなんとも…… ただ派手にやるのはどうかという話でしたし」

 

 

 曰く、中間棲姫は北方棲姫と組んだ海湊(泊地棲姫)との闘争の果て、相当な痛手を負い海域の統括を手放した。

 

 しかし存在が消えた訳ではないので結果的にテリトリーという形は未だ存在し、当時から生き残る古参の上位固体は今も中間棲姫と共にあるという。

 

 

「ンで、ミッドウェー攻めの時周囲の上位固体が執拗に雪風を狙ってたってのは、それが関係してたって事かよ」

 

「ですね、ヘタに周りの上位固体を駆逐し過ぎると中間棲姫が出てくるのではないかと、"麾下にない上位固体達"が雪風君の排除に動いた、あの時の異常行動の裏にはそういった事情が絡んでいたらしいです」

 

 

 中間棲姫は海域の守護を手放した。

 

 しかし実際の太平洋西部北側の現状は深海棲艦の生態として、依然中間棲姫を首魁としたままの形で残る事となった。

 

 そこへ各海域から落ち延びた上位固体が住み着き、現在の複雑な形としてあの周辺は成り立つようになったという。

 

 

 そんな微妙な海域で周辺の深海棲艦を手当たり次第に攻撃する存在(雪風)が出現したとなれば、居付きでもなく勝手に住み着いた上位個体としては、中間棲姫が殲滅に動けば我が身の危機に繋がると危惧するのも当然といえば当然の話であった。

 

 

 これによって吉野を筆頭とした三人の将官が目指す、太平洋攻めは一時中止、場合によっては頓挫という可能性も出てくる事となる。

 

 

「まぁウチとしてはどちらにしても戦力が整ってませんし、吉野殿も今は橋梁棲姫に睨みを利かせんといけませんからな」

 

「ですね、そういう訳でクルイとクェゼリンの定期清掃は暫く舞鶴にお任せする形になると思います」

 

「それはいいンだけどよ、なぁダンナよ」

 

「ん、なんでしょう?」

 

「友ヶ島の連中さ、アレ大丈夫なンかよ」

 

「……あー、それですかぁ、まぁそっちは西蘭に着任させてからボチボチって考えてますが」

 

「ったくよ、ハゲがアイツらに塩対応したお陰で随分話が拗れちまってンじゃねぇの?」

 

 

 輪島の言葉に髭眼帯は苦い相を更に深め、九頭は腕を組んだまま口をヒクヒクさせてプルプルし始める。

 

 

「あれはその……ですな、どうしても仕方ない対応といいますかですな、愛が深すぎて拙者も加減がその……ですな……」

 

「愛が深すぎてってお前……」

 

 

 世界情勢に関わる案件から派閥の方針に関わる新事実、そしてくちくかんが好き過ぎてやらかしたロリクズまで。

 

 大坂鎮守府はその主が変わったにも関わらず、相変わらず混沌とした場となっていたのであった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「卯月……いい加減にしないと天龍さんが困ってる」

 

 

 大坂鎮守府執務施設郡北部。

 

 電ファームと言われていた果樹園の真ん中で、()友ヶ島警備府所属、睦月型四番艦の卯月が膝を抱え押し黙っていた。

 

 

 彼女の前には『大阪鎮守府戦没者慰霊の碑』と刻まれた石塔があり、それを睨むかの相で彼女は微動だにしない。

 

 

「もう荷物は母艦に積み込んだし、今更ダダを捏ねても……何も変わらない」

 

「……弥生ちゃんは悔しくないぴょん?」

 

 

 友ヶ島警備府は解体とされ、人員は西蘭泊地へ転任という事で、元友ヶ島警備府関係者は現在大坂鎮守府に寄航している艦娘母艦和泉(いずみ)に装備や私物を積み込み始めていた。

 

 

 天龍型姉妹二人に加え睦月型駆逐艦十一人、そして元友ヶ島警備府司令長官であった唐沢隆弘(からさわ たかひろ)も退役軍人会の窓口という体で西蘭泊地へ行く事になっており、今日は彼女達にとって内地で過ごす最後の日となっていた。

 

 

「うーちゃん達は弱いってバカにされて呉から追い出された後、おとうさん(唐沢)達と頑張ってここ(大阪湾・紀伊水道)をずーっと守ってきたぴょん」

 

「……ん、そうだね」

 

「なのに、もう深海棲艦は攻めてこないからって……もうお前らはいらないって……」

 

 

 卯月の目の前にある石塔。

 

 誰の名も刻まれてる訳でもないそれは、唐沢達が嘗て命を掛けて戦い、そして逝ってしまった者達を偲ぶ最後の印だった。

 

 

 当時戦ったのは最初の五人であったが、その後を引き継ぎ、長らくこの大阪湾から太平洋へ通じる紀伊水道を守護してきたのは間違いなく友ヶ島警備府の者達であった。

 

 直接の縁はなくとも、自身の提督であった唐沢がこの石塔に特別の想いを持っているのを知っていた友ヶ島勢にとって、やはりこの石塔は同じ程に特別な物であった。

 

 物言わぬ石の柱を睨みながら、普段は子供然としている卯月からは想像も付かないほどの硬い空気が滲み出し、迎えに来たのであろう弥生も石塔を見る。

 

 

 元々は淡路島基地の補助という体で呉から友ヶ島へ流された。

 

 担当海域は内地といえど、背負うのは関西の要衝が占める大阪湾である。

 

 

 まだ軍に艦娘が出揃ってない頃、彼女達に対して発令された異動命令は、当時南洋の攻略に随伴させるには心もとない性能であった故、数だけは揃っている(・・・・・・・・・)という理由で一時凌ぎの意味合いが強い、言ってみれば替えの効く捨て駒的な差配であった事を彼女達は知っていた。

 

 

 何せ一度は鎮守府が壊滅する程の猛攻があった曰くつきの海である。

 

 幾ら淡路島の手勢が居るとしても、軽巡と駆逐艦しか存在しない警備府では戦力的な不安は常に付きまとう。

 

 

 だがしかし、彼女達を差配する唐沢は着任時既にこの海を知り尽くした猛者であった。

 

 当時の司令官達よりも更に過激で、そして仲間想いだった。

 

 

 実際に戦場に出て戦い、生き残った者。

 

 だからこの海を知り尽くし、そして最初の五人と共闘した経験から艦娘を差別しなかった。

 

 

 足りない戦力を戦略で埋め、知恵と反骨心で上層部が想定した以上の結果を残した。

 

 

 いつしかそんな彼女達は呉から爪弾きにされた"いらない子"ではなく、瀬戸内海へ通じる東を守護する"紀伊水道の門番"と称される事になった。

 

 

「深海棲艦が出なくなったから、お前達はもういらない」

 

 

 ぽつりと呟く卯月の言葉。

 

 西蘭への異動が決定した際、天龍達がその差配の理由を問い質した時に九頭が言った言葉。

 

 

 呉から友ヶ島へ異動命令が下った際、周囲の心無い者達が口にした"あの時"の言葉と被るそれは─────

 

 卯月には、いや卯月()には三十年近く戦い、守ってきた、生きてきた時間全てを否定されたと同義であった。

 

 

「……タダメシ食いになりたくないし、西蘭なら知ってる人が多いから、いいんじゃないかな」

 

 

 弥生の言葉は本心からの物ではない。

 

 友ヶ島警備府の者ならそれは理解の及ぶ物言いであった。

 

 

「"いらない"って! 今までずっとずうっと頑張ってきたのに! 全部、全部否定されてっ!」

 

 

 弥生の言葉を理解はしたとしても、納得するのとはまた別の話。

 

 勢い良く立ち上がって振り向き、震える声で反論しようとした卯月の前には、口をへの字に結び潤んだ瞳で押し黙る弥生と、その後ろに立つ元友ヶ島警備府司令長官であるリーゼロッテ・ホルンシュタインの姿があった。

 

 

「卯月、あと三時間で母艦に集合よ、準備は整ったの?」

 

「……司令官」

 

 

 友ヶ島勢異動に彼女は同行せず、以降は大坂鎮守府副指令という肩書きで残る事になっていた。

 

 そして今回の件では一貫してリーゼロッテは口をつぐみ、淡々と事後処理をこなすに留めている。

 

 

 付き合いは短かったがリーゼロッテと友ヶ島勢の関係は良好であり、それなり以上の絆は存在していた。

 

 少なくとも卯月はそう認識していた。

 

 

 しかし今回の異動劇に関しても、ましてや九頭が天龍達に言い放った言葉に対しても、リーゼロッテは何も反論しなかった。

 

 

 それを見て卯月はリーゼロッテに対し、今は裏切られたという気持ちになっていた。

 

 

「……なんの用ですか」

 

「だから、あと三時間であなた達は母艦和泉(いずみ)に乗艦なのよ、その準備はできてるのか確認してるんだけど?」

 

 

 異動が決定して以降、睦月達は表立って何かを言う事はなかったが、それでもリーゼロッテとの間には大きな溝が生まれていた。

 

 普段が普段だけに卯月は特にその溝が態度として顕著に現れていた。

 

 リーゼとの会話の時は語尾の"ぴょん"が無くなり、目を合わさなくなった。

 

 恐らく一番懐いていたであろう卯月であったが、殆どリーゼロッテに近づかなくなった。

 

 

「……私は"要らない子"らしいですから、もし乗り遅れても気付かれないと思いますよ」

 

 

 歳相応とかけ離れた冷めた目を向け、ですます調で言葉を口にする卯月に一瞬だけリーゼロッテの瞳が揺れるが、それでも「あっそ」とだけ呟き、再度時間の確認と予定だけを告げると執務棟へ帰っていった。

 

 

「うーちゃん、ダメだよ……今のは、言っちゃいけない言葉」

 

 

 リーゼロッテのそっけない態度と、弥生の口から出た正論に言い返せず、それでも振り上げた拳の落とし処がなくなってしまった卯月は居ても経ってもいられず駆け出した。

 

 北に行っても何も無く、南に行けば外地へと出る母艦がある、そのどちらにも居場所がなく、結局卯月は涙目を袖でこすりながらさ迷い、結局辿り着いたのは出撃ドック裏に建てられた、今はもう空っぽになってしまった友ヶ島警備府執務棟だった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「……なにやってんだ卯月、こんなところで」

 

 

 友ヶ島警備府執務棟。

 

 今は何も無くなってしまいがらんどうになったブリーフィングルーム。

 

 結局卯月はどこにも行けず、今はまたあの石塔の前に居た時のように部屋の隅で膝を抱えて座っていた。

 

 あれからそれなりに時間が過ぎ、和泉(いずみ)の出航までもう少しとなっても現れない卯月を天龍が探しにきた。

 

 

「ったく、弥生が心配してたぜ? 他のヤツもあっちこっちお前を探してんぞ」

 

 

 大袈裟なため息を吐きながらも、おそらく心中を察してだろう特に責めもせず、天龍はツカツカと奥まで進んだ後卯月の横へドカリと腰を降ろした。

 

 

「なぁ卯月よ、納得いかねーってのは判ってっけどもう決まった事なんだよ、今更うだうだ言ってもしゃーないだろ?」

 

「……天龍さんは悔しくないぴょん?」

 

「あー……まぁそりゃ悔しいっちゃ悔しいけどよ、俺達は捨てられた訳じゃねぇ、ほら、吉野司令だってちゃんと歓迎するつってただろ?」

 

 

 掛ける言葉に反応せず、反対に抱えた膝に更に顔を埋める卯月。

 

 それを見る天龍は、なんと声を掛けたものかと難しい顔のままバリバリと頭を掻く。

 

 

「オヤジも常々言ってたろ? 艦娘だから人だからとかって難しい話じゃなくて俺達は軍人なんだって、だから上から命令されたらそれに従うしかねーんだよ」

 

「あんな事言われるくらいなら、まだ解体された方がましだぴょん」

 

「おい……滅多な事言うもんじゃねぇぞ、言うに事欠いて解体ってなんだよ解体って」

 

「呉からいらない子だからって追い出されて……」

 

 

 卯月が呟き始めた言葉に、天龍は反論しなかった。

 

 例え建前がどうであったとしても、呉から友ヶ島への異動は当時横行していた「捨て艦」と何ら変わらない意図があったのを知っているからである。

 

 

「それでもおとうさんと一緒に、みんなで毎日、一生懸命頑張って……」

 

 

 ──── 頑張って

 

 

 子供然とした表現ではあったが、その言葉の真実は苛烈という事場に集約される。

 

 

 有象無象が跋扈していた当時、奪還したといえど瀬戸内海付近はまだまだ危険な海域だった。

 

 特に紀伊水道は瀬戸内海へ通じる海域とあり敵は集中してやってくる、友ヶ島は和歌山県の北部に位置していたが、守護する海域南端は太平洋と接する関係上、常に一艦隊は出ずっ張りになる。

 

 そしてローテーションの関係上控えと呼ぶ人員もなく、また呉から異動してすぐの彼女達は練度も低い事も相まって毎日が綱渡りと言ってもおかしくはなかった。

 

 哨戒位置の関係上一日置きで交代するシフト、それは一日置きに死の恐怖がやってくる生活だった。

 

 

 艦娘は確かに生れ落ちた瞬間から戦う術を知り、その力を有している。

 

 前世の記憶もあり戦場という物も知ってはいた。

 

 

 しかし今世の彼女達は戦舟(いくさぶね)という前世を持つ、生身の存在であった。

 

 

 幾ら知っていても、判っていても()()()()()()()()()

 

 駆逐艦でも特に幼い体躯の睦月型といわれる彼女達は、戦う力を持つと同時に心も幼かった。

 

 建造された後幾らか経験を積めば話は違っただろう、しかし彼女達は禄に戦う機会も与えられずに友ヶ島へ流された。

 

 

 常に死を意識する毎日。

 

 紀伊水道の南端は内海と外洋との境とあって潮目の濃淡がはっきりとしている。

 

 青が群青に変わる境目、そこは死の境界線であり、自分達が死守しなければならない境界線。

 

 

 それは己を殺す者達がやってくる、魔の境界線。

 

 

 そこ(己の死)を毎日睨み、時には戦い、守ってきた三十年。

 

 少女と呼ばれるにはまだ幼い存在が過ごすには、「頑張った」と言うには余りにも過酷な日々。

 

 

 それでもやり切った、なのにそれを否定された。

 

 

 自身もずっと低性能と謗られながら、最近第二次改装を迎えたが変わらず睦月型の者達とずっと海を睨んできた天龍には、卯月の言った「頑張ってきた」という言葉の重さは良く理解できていた。

 

 だから彼女の呟きを否定せず、黙って聞くしかなかった。

 

 

「リーゼ司令も、ハゲも、うーちゃん達がしてきた事、ぜんぶ「いらない」っていったぴょん」

 

「おいおい、お嬢はなんも言ってないだろ」

 

「ハゲがうーちゃん達の事いらないって言った時、何も言わなかったぴょん」

 

「ハゲ司令は確かにああ言っちゃいたけどよ、それでも随分色々と動いてくれてたみたいだぜ?」

 

「……それが仕事だし、当たり前だぴょん」

 

「……なぁ卯月、お前、そんなに西蘭へ行くのは嫌か?」

 

 

 天龍の言葉に卯月は答えられない。

 

 紀伊水道から大阪湾、そこは死守してきた自分達のホームグラウンドだ。

 

 だが三十年の時間は、幼い彼女達の心をままに、軍人としての矜持も芽生えさせていた。

 

 

 司令長官だった唐沢の背中が、幼いながらも彼女達をそう育てた。

 

 

 だから天龍が言う「西蘭への異動」という部分には、仕方が無いという気持ちも確かにあった。

 

 そんな心の葛藤を知ってか、天龍は黙って立ち上がり卯月の手を引いて無言で歩き始める。

 

 

 執務棟を出て、手を引かれ歩く。

 

 

 周りを見れば、一年も居なかった筈なのに見慣れた風景と、そして離れたくないという郷愁が心を占める。

 

 ぼーっとそんな物を見つつ黙って歩いていた時、天龍の通信機に連絡が入った。

 

 

「天龍だ」

 

『こちら九頭、うーちゃんは見つかったでござるか?』

 

「あぁ……心配掛けたな、友ヶ島の執務棟跡に居るのをさっき見つけたよ」

 

 

 イヤホンを外し腰に掛けた通信機のボリュームを上げつつ、怪訝な表情の卯月に人差し指を当てて天龍は「シー」っと口にする。

 

 

『それでその、うーちゃんは大丈夫だったでござるか?』

 

「あ? 大丈夫かってなにがだよ」

 

『いやそのリーゼ嬢からは泣きながらどこぞに走り去ったと聞いて、その』

 

「んだよ、自分でこっから出て行けつったクセに、今更そんな事で何焦ってんだよ」

 

『いや、それはその何と言うか、それはそれこれはコレと言うか……』

 

「あーあー判った判った、落ち着いたら一度そっちに顔見せるよう言っとくから、んじゃ切るぜ?」

 

『え、ちょまっ!?』

 

 

 一方的に通信を切り、「へへっ」と含み笑いで卯月を見る天龍。

 

 対して怪訝な相を深め、泣き腫らした眼のまま見る卯月という対比。

 

 相変わらずゆっくりと手を引きつつ、母艦への道を二人は歩いていく。

 

 

「なぁ卯月」

 

「……なんだぴょん」

 

「お前大本営が今欧州連合とやってる、レンドリースってヤツ知ってっか?」

 

「前にちょこっと聞いた事あるぴょん」

 

「なんつーかアレだ、小難しい事は抜きにしてよ、要するに日本からこまい艦を出してアッチから戦艦だの空母だの、大型のヤツを送ってもらうトレードみたいな事やってるらしいんだけどな」

 

「……」

 

「最近ほら、吉野さんチの朔夜(防空棲姫)が日本近海を〆ちまったお陰でここいらの海は平和になったじゃねーか」

 

 

 確かに朔夜(防空棲姫)が日本近海の深海棲艦を麾下に置いたお陰で卯月達の危険は格段に軽減された。

 

 だが、その結果が今なのだと思い返した卯月は口をへの字に曲げて押し黙った。

 

 

「そんでよ……本当は口止めされたんだけどよ、俺達友ヶ島のモンって大坂があったらお役御免だからって、そのレンドリースの対象になっちまったらしいんだよな」

 

 

 艦娘の数で言えば確かに世界最大数を誇る日本海軍。

 

 しかし同時に世界最大の制海圏を守護する為に、余力は無い状態であった。

 

 現状本土近海が安全となり、余力を前線に振り分けられる状況になったからこそ、欧州とも繋がりを持つ事が可能となった。

 

 

 だが戦力再配置に加え、レンドリースとは称しつつも結局艦娘のトレードという物を抱え込んだ大本営は、前線の戦力を切り崩す事は出来ずに内地の戦力を拠出する方針を採る事となった。

 

 大部分は呉が、他にも内地の基地や警備府単位の戦力を整備しつつ削っていく。

 

 その再配置の煽りを受け、友ヶ島警備府もレンドリースの対象に上がってしまう。

 

 

 元々紀伊水道から大阪湾を担当してきた同警備府である、大阪湾に鎮守府が置かれ、そこに戦力があれば当然警備府の意味は無くなる。

 

 

 そうしてレンドリースの対象となった彼女達は欧州連合へという話となったが、日本とは違い向こうへ送られた後は姉妹達其々は違う場所への転任となる。

 

 欧州連合で艦娘を運用しているのは四カ国、其々の国に力関係があったとしても一国が天龍型、睦月型十三隻全てを受領する事などあり得ない。

 

 送られるとなれば当然姉妹バラバラになるだろう。

 

 

 既に決定し、軍務として発令したそれ。

 

 

 それに否を唱え横槍を入れた者が居た。

 

 

 その者は自身の経験上、兄弟姉妹は離れるべきではないという持論の元、あらゆる手を尽くし、それでも足りないと自身の派閥をも巻き込んでの無茶を慣行した。

 

 結果、無茶を画策した者の拠点は恐らく懲罰的意味合いも含むのだろう、艦娘の定数を大きく減らされ、これから水雷戦隊特化の運用を余儀なくされたという。

 

 

 天龍が淡々と言葉にする"軍の事情"

 

 話の中に固有名詞は一つも無いが、言わなくともそれが誰か、"無茶を通した誰か"というのは卯月でも判る。

 

 

 生き別れた妹と一緒に暮らすため軍に身を置いた男。

 

 鎮守府という大所帯にあるまじき、水雷戦隊特化の拠点にすると宣言した男。

 

 そして、卯月に「もうお前らはいらない」と言い放った男。

 

 

「色々無茶しちまった煽りで俺達は外地へ異動だってよ、な? えれー迷惑な話だよなぁ卯月」

 

「……そ、それわ……ふぐっ、ハ……ハゲがっ……」

 

 

 天龍に話を振られた瞬間、どうしていいか判らない、それでも心の内を表すようにクシャッと顔を歪め、涙をポロポロと流す卯月。

 

 そして天龍は浮かべていた笑いを消して、真っ直ぐに卯月を見据えた。

 

 

「泣くな、お前達にそんな顔をさせたくなくてあのハゲと吉野司令は国を相手に内緒でこんな無茶を通したんだ、それに……」

 

 

 嗚咽を押し殺し、ゴシゴシと涙を拭きつつ天龍に手を引かれる卯月。

 

 そんな二人を少し離れた場所で、金髪のボインボインな元司令長官はこっそりと見守っていた。

 

 

「悪者にもさせて貰えなかったってボヤいてたお嬢によ、そんな不細工なツラのまま最後の挨拶なんてしたくねぇだろ?」

 

 

 

 こうして様々な問題と宿題を抱えたまま、髭眼帯一行は友ヶ島勢(・・)の人員を母艦へ収容し、西蘭泊地へと帰還するのであった。

 

 

 




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 それではどうか宜しくお願い致します。
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