大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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前回までのあらすじ

 珍しく頑張った提督、そしてナガモンが新たに仲間になりました。


 それでは何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。


2017/11/01
 誤字脱字修正致しました。
 ご指摘頂きました黒25様、forest様、なつみ様、就活をするゴミ箱の魂様、有難う御座います、大変助かりました。


割とまともじゃなかった提督達と(元)鯨

 

「おい三郎…… いや、吉野中佐」

 

「はい、何でしょう大隅大将殿(・・・)

 

 

 眉間に皺を寄せ、深くソファーに体を預ける大隅は、目の前に居る、恐らく吉野であろう人物に対しどう声を掛けて良い物かと思案していた。

 

 場所は大本営執務棟、大隅に割り当てられている執務室。

 

 

 数日前から続いていた捷号作戦の詰めが漸く終わり、後は元帥である坂田がそれを元老院に持ち込み、その結果を待つだけとなっていた。

 

 そして現在、リンガ泊地司令長官である斉藤信也少将から頼まれ、武蔵を使いへ出し、吉野を執務室へ呼び出した処であった。

 

 

 そして待つ事暫し、武蔵に引きずられ(・・・・・) 『ヤメロー! ショッカー』というXの敵はGODとちゃうんかいという突込みが入りそうな叫びと共に執務室に連れて来られた者は、薄灰色の衣装に銀色のヘルメットというか仮面(?)姿の謎の人物だった。

 

 

「お前その格好は何だ?」

 

「新兵装を扱う時に着用する対爆装備です、大将殿(・・・)

 

 

 そしてその謎の人物改め吉野三郎中佐(28歳独身カイゾーグ)は既に開き直ってしまったのか、何故か仮面のまま堂々ソファーに腰掛け、大隅の質問に答えている。

 

 因みに執務室には件の依頼主である斉藤が同席しており、大隅の隣で何とも言えない表情を浮かべ二人の会話を聞いている。

 

 

「そうか…… まぁ、そうか、と言うか何でその装備のまま来たんだ? 良く警備のモンに止められなかったなお前……」

 

「ええ…… 自分も出来ればこんな珍妙な格好でウロウロしたくは無いのですが、武蔵さんにいきなり拉致られまして着替える暇がありませんでした、大将殿(・・・)

 

 

 顔を覆う仮面で表情は見えないが、例の 『大将殿コール』 が始まっている処を見るに、不機嫌なのは間違いないと大隅は眉根を摘み、溜息を漏らした。

 

 入り口で控える武蔵を見るとニヤリと意味深な笑みを浮かべ場を眺めており、今の状況が悪乗りの結果であるという事はありありと理解できた。

 

 

「そ…… そうか、いや、そんなに緊急の呼び出しという事では無かっt」

 

「何を言うか提督よ、貴様は私に 『吉野中佐を連れて来い』 と言ったではないか、上司の勅令に速やかに応えるのは艦隊旗艦としての当然の使命ではないか? なら速やかに事を成すのは当たり前の事だろう?」

 

「いや武蔵、お前…… 幾ら何でも常識というモンをだなぁ」

 

「兵は拙速を尊ぶものだ」

 

 

 そんな会話の最中、吹雪が吉野にどうぞとお茶を出し、どうもと言いつつ仮面の下半分を外してそれを啜り、一息つくと吉野は再びそれ(・・)を装着し直す。

 

 外した仮面を何故装着し直すのか? どこにそんな必要性があるのだろうかと大隅は思ったが、開き直った吉野と悪乗りモードの武蔵に話を振るといつまで経っても用件に入る事が出来ないと判断し、さっさと本題に移る事にした。

 

 

「……まぁいい、実は今回吉野中佐を呼び出したのはここに居る斉藤少将がお前に用事があるらしくてな、知ってるとは思うが彼はリンガ泊地司令長官をしている」

 

「一昨日の会議で顔は合わせてるから初めまして…… では無いけども、こうやって話すのは初めてだね、リンガ泊地司令長官斉藤信也だ、よろしく」

 

 

 Xな吉野と斉藤が握手を交わす、一応手袋を脱いでいるのは礼儀を弁えての事だろうが、それ以前に仮面の時点で失礼以外の何物では無い。

 

 それでもやや引きつった顔のリンガ泊地司令長官はその辺りには特に突っ込みは入れず、早速と一言述べると用件に入る事にした。

 

 

「用件といっても大した事じゃ無いんだけどね、以前君の処に着任予定だった大鳳をウチの都合で強引に引き抜いた事があっただろう?」

 

「あ~ そう言えばそんな事もありましたね」

 

「で、例の作戦の件で今回ウチは戦力の増援を受ける事になって、更に艦隊の編成を組み直す事になったんだけど、その中で余剰と言うか、艦隊編成からあぶれる事になった子が何名か出る事になったんだよね」

 

 

 日本海軍最南の拠点リンガ泊地。

 

 そこは軍の中でも平時に於いて戦闘回数が飛びぬけて高い激戦区である、当然抱える戦力は大本営を除いて最多、運用している艦隊には遠征として機能している物は一つも無く、全て戦闘に従事する物になっている。

 

 そして今回の捷号作戦に於いては周辺が作戦実行海域と隣接する予定の場所であり、更なる戦力増強の為に艦隊編成を組み直す必要があった。

 

 その編成を組み直した結果、艦娘の入れ替わりは当然発生する事ではあったが、その 『あぶれた者』 の中には性能こそ落ちる物の、経験豊富で控えに回すには惜しい人材が多数存在していた。

 

 

 更に斉藤が言う様に、以前第二特務課に着任予定だった大鳳を、仕方が無いとは言え横から掻っ攫った形で引っ張った事に対する諸々の事を、今回この余剰要員を送る事でチャラにしないか。

 

 斉藤の言う用件の内容としてはこんな感じであった。

 

 

「えっと、お話は良く判りました、確かにウチは今後最前線に出る事が予想されますので、増員自体は有難い話なのですが、斉藤少将殿」

 

「斉藤でいいよ、何だい?」

 

「音に聞こえたリンガ艦隊の生え抜き、そんな熟練の艦娘さんを待機要員になったとはいえ、そんな簡単に手放していいんですか?」

 

「それは要らぬ心配という物だよ、ウチは一人二人抜けた程度で屋台骨が揺らぐ程ヤワじゃないよ、それにね、君と僕とこはもうすぐ肩を並べて戦う事になるだろうから、余計な借り(・・・・・)をそのままにしておくのは僕としては避けたいんだよね」

 

 

 肩を並べて、確かにこのまま作戦が推移すれば主戦場は南方という事になる。

 

 そしてその際、第二特務課と一番関わりを持つ事になるのは最南端にあるリンガ泊地、そうなった場合少しでも弱みを持つのは好ましくない。

 

 本来業務上での事であり、気にする物では無い程度の問題ではあったが、それすら潰しておきたいというこのリンガの主を見て、吉野は仮面の内で口角を上げていた。

 

 

 油断がならない人間、しかし同時に腹芸が出来る相手であり、ちゃんと話を出来る者、そう認識した。

 

 

「そういう事でしたら自分に異論はありません、こちらとしては歓迎する処ですが…… 肝心の艦娘さんは今回の事、御納得されてるんです?」

 

「あぁ、話はちゃんと付けてあるよ、本人も後方に居るより前線に居たいと言ってるし、何より彼女の能力は今の君の艦隊にとって必要な類の物だと思うしね」

 

「ウチに?」

 

 

 そして斉藤は奥で控えているのであろう艦娘へ声を掛け、吉野に引き合わせた。

 

 

 呼ばれて現れた艦娘は、黒髪を左右で纏め前に垂らし、羽織った緑青(りょくしょう)に染められた着物の下は水色のミニスカートに黒いストッキングという出で立ち、そして弓を扱う者が着用する胸当ては、彼女が航空母艦である事の何よりの証。

 

 

 龍鳳型一番艦軽空母龍鳳(りゅうほう)

 

 軽空母よりも潜水母艦であった大鯨という名前の方が恐らく有名だろう彼女は、深く頭を下げ、吉野に挨拶をしようとした、が

 

 

「潜水母艦改装空母の龍鳳で…… え……?」

 

 

 目の前に居る、己の指揮官になるであろう男の姿を見て龍鳳は固まった。

 

 前評判では一風変わった新任ではある物の、初の任務で困難な作戦を遂行し、更に非公式ではあるが鬼級相手に真っ向から戦いを挑んだ猛者と聞いていた。

 

 見た目の柔らかいイメージと同じく人当たりの良い性格ではあるが、南方の、それも最前線のリンガで日々揉まれていた彼女はそれなりに武闘派の色に染まっており、こっそりと斉藤に聞いていた吉野の話に少なからず期待と憧れを抱いていた。

 

 

 そしていよいよ邂逅の時、ややキラの入った相で見た男、大本営第二特務課々長にして艦隊司令である男は頭を銀のヘルメットと仮面で固め、薄灰色のスーツ、腰には妙な形のベルトを装着した、ぶっちゃけ時代遅れの特撮ヒーローだったのだ。

 

 筋骨隆々で、猛々しくも白い歯をキラリと輝かせる海の男を想像していた彼女は一瞬でキラが剥げ、思考を停止し固まってしまうのも無理は無い。

 

 軍施設の、それも大本営の大将執務室というある意味特別な場所で仮○ライダーが呑気に茶を啜っているのである、そんなオポンチな絵面(えずら)を誰が事前に想像出来るというのであろうか、そんな者は恐らくこの世には存在しない。

 

 

「彼が第二特務課の課長、吉野君だよ」

 

 

 え、え、と口元をヒク付かせ、斉藤とライダーをブンブンと首を振って交互に見る龍鳳。

 

 そして何故かキラが付き楽しそうにそれを見る武蔵と、綺麗に揃って額に手を当て、天を仰ぐ大隅と吹雪。

 

 

「初めまして、第二特務課々長吉野三郎です、龍鳳君、我が課への着任を心より歓迎します、よろしく」

 

 

 そう言って仮面の男は握手の為右手を差し出す、当然グローブを外すという礼儀は忘れていない。

 

 同じ外すなら、手袋では無く先に仮面なのでは無いだろうかという話は皆思っていたが、結局誰もその件には何故か触れなかった。

 

 

 

 こうして龍鳳型一番艦軽空母龍鳳の第二特務課への着任予定の辞令と、本人達の顔合わせは終わったのだが、現在龍鳳には斉藤が帰還の為に船に乗るまでの間身辺護衛に就くという任が残されており、正式な着任はその後という事になっているので吉野が去った後も執務室に残っていた。

 

 その心境を言葉にするなら混乱と不安、何故なら吉野は最後まで仮面を取る事は無く、退出の際も何故か武蔵に首根っこを掴まれ、 『ヤメロー! ショッカー』 と登場時と同じ叫びと共に引き摺られていくという状態であった。

 

 そしてその男が数時間後には己の提督になるという事実、彼女の心境がそういう物なのは、お日様が東から昇るという程度には当然な結末であった。

 

 

「いやぁ、会議の時から思ってましたけど、彼本当に変わり者ですね」

 

 

 斉藤の言葉に無言でブンブンと首を縦に振る龍鳳、出来る事なら今回の転任辞令は無しにならないかと、そんな気にさえなっていた。

 

 

「変わり者か、まぁ確かにそれは否定せんけどな ……なぁ斉藤よ、お前アイツに言う事が他にあったんじゃねぇのか?」

 

 

 心無し目を細め、声色を低くして大隅は斉藤を見る、吉野に劣らずヘラヘラとはしているが、斉藤信也という男は吉野三郎とは少なからず縁があった、それも見る者が見れば因縁と思われる類の物が。

 

 

 大隅の言葉に少し表情を硬くし、顎に手を添えて、斉藤信也という男は真面目な相を表に出し、隣の男に目を向けた。

 

 そして場の空気は自然と冷えた物になり、急に様変わりした雰囲気に傍に控えていた龍鳳も何事かとその様を伺っている。

 

 

「大隅さんは誤解してますよ、僕は彼に対して何か思う処は…… まぁ丸っきり無いとは言いませんけどね、それでも感謝はしてるんですよ?」

 

「テメェの息子を殺されといてその相手に感謝かい、何とも不思議な事を言うねぇ」

 

 

 龍鳳の目が見開かれる。

 

 今までそこに居た男、直に自分の指揮官になる筈の者は、今自分の指揮官である斉藤の息子を殺した男であるという。

 

 そしてその事について斉藤は神妙な顔をしつつも感謝をしていると述べたのである、不可解極まりない話に加え、そこそこ長い付き合いである目の前の少将は、彼女が見た覚えが無い程に弱々しい雰囲気を醸し出していた。

 

 

「アレは僕の息子がしくじった結果そうなったんですよ、本来なら苦しんで死ぬ筈だった息子を彼は救ってくれたんです、他の部隊員の命と共にね」

 

 

 曰く、斉藤の息子は陸軍特殊作戦群に所属していたらしい。

 

 そして陸主導で海も関わったとある作戦に選抜され、作戦に従事した。

 

 その作戦行動中に発生した戦闘時、予定していなかった遭遇戦の最中(さなか)、彼の息子は運悪く相手方の狙撃兵に撃たれ身動きが取れなくなったのだという。

 

 

 身を隠す事の出来ない場所で動けなくなり、そこを狙撃兵に狙われた者は悲惨である。

 

 確実に、そして死ぬ危険の少ない部位を狙い撃たれる、延々と、友軍を釣る餌として。

 

 痛みにのたうつ仲間を見ても助けに入る事は出来ない、そんな事をすれば転がる餌が増えるだけなる、そうして餌となった者は体を穴だらけにされ、いつ終わるとも知れない痛みと恐怖に晒される事になる。

 

 

「で、水先案内として参加していた吉野がお前の息子に引導を渡した」

 

「ですね…… 陸から連絡を受けた時、大まかな経緯は聞いてましたから覚悟をしてたんですよ、でもね、棺桶の中の息子を見て悲しいと思う前に僕は安堵したんです」

 

「首から上が無い息子を見てか?……」

 

「ええ、それ以外の傷は打ち抜かれた足一箇所だけでした、なら彼は苦しまずに逝けたんだと思いましてね、妻と娘はショックだったでしょうけどね……」

 

 

 XM109ペイロード、吉野が使う狙撃銃は深海棲艦には役に立たなくても、装甲車等を真正面から打ち抜く程には破壊力があった。

 

 凶悪な威力のそれが生身の人間に当たった場合、そこが手足ならば千切れ飛び、胴体ならば銃創を境に上と下が分断され二つに分かれる。

 

 例えそれ(・・)が防護ヘルメットを被っていたとしても、命中したなら砕け散り、跡形すら残さないだろう。

 

 

「龍鳳、これから君の提督になる彼はね、確かに艦隊指揮の経験が殆ど無い素人だ、けどね、ずっと裏側を見てきたからだろう、そこらのボンクラ共よりずっと命の価値と使い所を知っている、そして何より……」

 

 

 続きに口から出す言葉に当てはまる物が思いつかないのか、一旦言葉を区切り、少し考える素振りを見せた後、斉藤は大隅を見ながらこう言葉を繋いだ。

 

 

「彼はどうしようもなく兵なんだよ、価値観も倫理観も全部ね、見かけは軽い…… どうしようも無く軟派に見えるが、でも君が思っている以上に彼は肝が据わった男だから安心していいと思うよ、でしょ? 大隅さん」

 

 

 話を振られた執務室の主は、何故か不機嫌な相で溜息を吐き、斉藤に対する答えを口にした。

 

 

「アイツがどんな人間かなんて付き合えば嫌でも判る事だ、別に龍鳳の件が心配でお前に話を振った訳じゃない、俺はな、お前とアイツがぶつからないかって心配してんだ」

 

「だから僕には感謝こそすれ、彼に恨みなんかこれっぽっちもありませんよ、大隅さんが心配する事なんて何も無いと思うんですけどね」

 

「……そうか、それなら別にいい、大事の前だ、作戦の核になるお前達がいがみ合ってちゃどうしようも無いからな、それと斉藤、お前は一つ勘違いをしている」

 

「勘違い?」

 

 

 茶を啜り、一息吐くと大隅は真面目な相を表に貼り付けつつ、怪訝そうな顔をしている斉藤の顔を見る。

 

 

「お前とアイツは似たモン同士だ、(さと)い者同士早々揉める事は無いだろうよ、でもな、一線を越えたらお前、根っこはどっちもバカヤロウだ、ぶつかったら冗談じゃなくどっちかが死ぬ、アイツが心配でお前に釘を刺した訳じゃない、いいか? もう一度言うぞ? ヘタにちょっかい掛けるなよ? そうなったら最後お前かアイツ、どっちかは判らん(・・・・・・・・)が必ずおっ死んじまうからな」

 

 

 斉藤には吉野に対する復讐心があってもおかしくは無いと思われる状況だったのは確かである、そして大隅がこの捷号作戦発令前にどうしても接触の機会があるだろう事を踏まえ、吉野の身を案じて自分に釘を刺しにきたのだと斉藤は思っていた。

 

 しかしそうでは無く、もしあの男に手を出せばもしかしたら自分も死ぬ可能性がある、大隅が言ったのは要するに忠告の類の物である。

 

 

 己の力を過信している訳では無い、しかし少将という一拠点を預かる程の立場に於いても、腕っ節という直接的な面で見ても自分は吉野という男をどうにか出来る程度の力はあると斉藤は自負している。

 

 伊達や酔狂で長年激戦区の長をしている訳では無い、気概は勿論の事、若い頃より今に至るまで日々鍛えた肉体はそこらの兵卒では歯牙にも掛けぬ程の物であったし、大隅すら簡単には手出しが出来ない程のバックボーンも持っている、それは長い付き合いである大隅自身も重々承知しているはずである。

 

 

 それでも尚あの男と自分が殺し合いをした場合、結果が見えないと言っているのだ。

 

 佐官と同列に並べられれば当然納得いく訳が無く、珍しく斉藤の顔には温和な色が消え、憮然とした表情がそこに表れている。

 

 

 それを見て大隅も言い過ぎたかと反省はした物の、この後には捷号作戦という失敗の許されない大仕事が控えている、立場的に失敗に繋がる不安要素は僅かばかりも残す訳にはいかない。

 

 だから斉藤のプライドを傷つける結果になろうとも釘は刺しておかなければならないのと同時に、前線で最も吉野が必要とする力を持つ者として、第二特務課の課長という男の本質は知ってて貰う必要があった。

 

 

「もしアイツを殺そうと思うなら、逃げ場の無いこんな狭い空間に追い詰めた上、アイツを掴んで逃がさない様にしろ、絶対目を離すな」

 

「……どういう意味でしょう?」

 

「"影法師"、特務課に所属する諜報を専任する者をこう呼んでいるのは知っているな?」

 

「えぇ、確か意味は"人の影"でしたか? それがどうしましたか?」

 

「人ってのはな、明るい場所でしか行動出来ないんだ、そして明るい場所なら己の影は必ず落ちている、でもな、人間ってのは自分の影は見えてても、普通意識的にそいつ(・・・)を知覚している事は無いんだよ」

 

「……」

 

「お前はここに来る前自分の影がどうだったか覚えてるか? 朝飯の時は? ついさっきはどうだった? な? 絶対視界に入ってるはずなのにそんな事覚えちゃいない、そんな見えてるはずなのに知覚出来ない存在(・・・・・・・・・・・・・・・・・)、そんな事が出来る技術を持つから特務課の諜報を専任するヤツは"影法師"って言われてるんだ」

 

 

 "影法師"、それは吉野の二つ名では無く、大本営大将大隅巌麾下特務課の諜報員に対して与えられる呼称である。

 

 そして諜報と言われているが、発令される任務には諸々の始末(・・・・・)というのが目的というのも少なくない、そして"影法師"と言うのは基本単独行動で、更に悪名高い特務課の発令する常軌を逸した内容の"任務という名の無茶振り"に対し、達成率が九割を超える真性のキ○ガイにのみ与えられる忌み名でもあった。

 

 

「その中でもアイツはピカイチだ、腕っ節は全然だが、目を離したら最後、もうアイツを見つける事は不可能だ、そしてアイツはどんな汚い手を使ってでも(・・・・・・・・・・・・)必ず殺しに来るぞ? もしそうなったら……次にアイツの姿を見る時はテメェの首が掻き切られる瞬間だろうよ」

 

「……ソイツはえらくおっかない話ですね」

 

「お前も大概だがアイツも普通じゃない、そう俺が仕込んだんだからな、だからお前とアイツに揉められると止め様が無くなる、そうなったら俺が困るんだ、判るだろ?」

 

 

 どいつもこいつも能力はあっても人間的に問題のあるヤツばっかりだ、そうぼやく大隅に、 『僕はそんなクレイジーな人間じゃないですよ』 とシレっと答える斉藤。

 

 そしてその言葉に大隅は苦虫を噛み潰したかの様な渋い顔で睨みつつ

 

 

「普通の人間ってのはな、幾ら自分の言う事聞かないからって艦娘とガチの殴り合いなんざしないし、ましてや素手でそいつをぶっ飛ばしたりなんざ出来ないんだよ!」

 

 

 そう言葉を吐き捨てたという。

 

 

 そして横でその話を聞いていた吹雪は、艦娘と平気でステゴロをするという武闘派提督から、特撮ヒーローの格好をした元諜報員の元に送られる、今も尚どういう顔をして良いのか微妙な表情でおろおろしている軽空母に対し、慈愛に溢れた表情で優しく肩を叩きつつ、最後はこう述べたという。

 

 

「何かあったら相談は受けますから、でも間違っても医局の電という人物には迂闊にこの手の話は振らない様に気を付けて下さいね、身の破滅になりますから」

 

 

 もう帰りたい、前線に居た方がもしかしたら気が楽かも知れない。

 

 後日第二特務課艦隊旗艦の長門はこの時の心境を龍鳳から吐露され、苦笑いと共にアドバイスを与えた後、額に青筋を立てて執務室へ向かったという。

 

 

 そしてその後何故か『ヤメローナガモン』とか、『シグえもんヘルプ』とか、訳の判らない叫びを耳にした龍鳳は、更に目のハイライトを薄くしていくのであった。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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