大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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前回までのあらすじ

 第二特務課にまた一人仲間が加わりました、そして結構ヘビーな仕事してた提督。


 それでは何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。


2017/12/03
 誤字脱字修正致しました。
 ご指摘頂きました坂下郁様、MWKURAYUKI様、対艦ヘリ骸龍様、有難う御座います、大変助かりました。


グルメが行き過ぎた一航戦の青い方

 場所は第二特務課執務室、ここ数日溜まりに溜まった書類の処理に朝から忙殺され、握り飯片手に判子付きマシーンと化した吉野が最後の一枚をチェックし、それにペタリと三文判を()いた。

 

 

「はい、確かに、これで一先ずの申請書類はOKだと思います、お疲れ様でした」

 

 

 妙高がA4の紙束を机の上でトントンと揃え、にこやかにそれを『処理済み』というプレートが張り付いたレターケースへ放り込んだ。

 

 どれだけの枚数があっただろうか、確か始業開始の時点で積み上げ過ぎたそれが某斜塔の如く(いびつ)にそびえていたのだが、とりあえずほぼノンストップで6時間程掛けて中身に目を通し、どう見てもアウトと思われる案件以外の物を処理し終え、更にその後妙高のチェックをクリアし片付いた物は机から消え、15時現在、取り急ぎ処理を要する書類の塔はかなり低くなり、当初積まれていた物から三割程度の量に目減りしていた。

 

 

「いやお疲れお疲れ、久し振りにガッツリ事務すると目とか腰にクるねぇ、妙高君が居なかったら多分まだウンウン唸ってたと思うよ」

 

「いえ、ある意味これが私の本職ですのでこの程度は…… それに加賀さんと(空母棲鬼)さんにも手伝って頂きましたから、予定より随分早く終わりました」

 

 

 肩に手を掛け首をグリグリと回し事務室を見渡すと、席から立ち上がり奥へ消える妙高と、両手に事務用のひじ当てを装着し、耳に赤青鉛筆を刺した加賀と、吉野の机に引っ付けるように据えた予備の机に座る(空母棲鬼)が朱肉の皿を片手にこっちを睨む姿が目に入った。

 

 

「丁度三時になりましたし、お茶にしましょうか」

 

「ほいほい、お願いします」

 

「ねぇ、休憩するならこの判子、もう朱肉つけなくてもいいのよね?」

 

「あ、ですね、空さんもお疲れ様」

 

 

 吉野の脇の机、何と言うか不真面目な生徒に対する罰の為に席を寄せられた状態の位置に座った空の業務は、主に吉野が使う三文判に朱肉を付け、それを渡すという微妙な物だった。

 

 普通ならそんな作業を分担するのは非効率なのだが、扱っている書類は通常拠点に出回っている物では無く、複数の部署を跨いで流れる特殊な物が多い関係上、一枚に捺印する箇所が複数で、しかもシャ○ハタタイプの判子が禁止の物であった為に、三文判を複数用意し、それを(空母棲鬼)が朱肉マシーンと化して準備するというフォーメーションで作業が行われていた。

 

 

「ふぅ、久し振りの頭脳労働で糖分が圧倒的に不足しています」

 

「今日のお茶受けは伊良湖さん謹製豆大福ですよ、数もそれなりに確保してますからね」

 

「お茶請けには間宮さんの本練り(羊羹)が至高ですが、伊良湖さんの豆大福も悪くありませんね、気分が高yジュルッ ……失礼、高揚します」

 

 

 ひじ当てを涎の染みで濡らしつつ、一航戦のクールな方が休憩用ブースへ移動し、吉野は珍しく鼻歌交じりに機嫌が良さそうな(空母棲鬼)を促してそれに続く。

 

 テーブルの上には山に盛られた豆大福を中心に、其々の席に小さな取り皿と、PCのDVDトレイの香りがすると称される炭酸飲料の赤い缶が二つ、Blueでスペースなベニア飲料の瓶一本と、湯気が立つ梅昆布茶が入った湯のみが一つ置かれていた。

 

 其々四人は席に着き、豆大福を頬張りながら取り留めの無い話に華を咲かせながらまったりした時間を過ごしていた。

 

 そんな端から見れば毒飲料テイスティングイベントっぽい席の中で、梅昆布茶に豆大福という唯一の良心に見えた加賀の前だけには本人が持ち込んだ物だろうか、和紙で折った箱に黒い菱形の固形物が山盛りになっており、豆大福を食べる合間にそれを口にひょいひょいと放り込み、ボリボリと咀嚼しつつ茶を啜っている。

 

 

「ねぇ加賀、それ何?」

 

「これですか? 舶来品の飴ですが、食べますか?」

 

 

 興味深げに加賀が差し出した和紙の箱に空が手を伸ばそうとした時、それを掴んで吉野は首をプルプルと横に振っていた。

 

 その顔は無言ながらも青く染まっており、心なしか掴んでいる手も震えている。

 

 

「ちょっ、なによ?」

 

「空さん…… それはヤバいです、何と言うか…… 人として命の危険に関わる行為をしようとしている人を黙って見過ごす訳にはいきません……」

 

「え…… 命って……」

 

「提督、どうしたんですそんなに震えて」

 

 

 そう声を掛けて来た妙高の手には既に加賀に渡されたのであろう黒い物体が摘まれており、今正にそれを口に含もうとしている瞬間が吉野の目に飛び込んできた。

 

 そして静止の声を掛ける間もなく妙高は黒いブツを口に放り込み、コリコリと咀嚼した。

 

 一瞬の静寂、何故か動きが止まり固まる妙高、そして次の瞬間、口を両手で覆いつつ、比喩では無く席から飛び上がり、そのまま床に倒れ込んで涙目でプルプル震え始める。

 

 

「み…… 妙高くーーーん!?」

 

「え!? なに? 一体なんなのよ!?」

 

 

 妙高に駆け寄り背中をさする吉野、相変わらず口を手で押さえ、涙目で顔を左右に振りつつプルプルと震える妙高。

 

 常に冷静沈着な彼女にしては珍しく吉野の袖を握り締め、何かを訴えようとしているようだが口が開けない状態になっていた。

 

 その様を見つつ、何か思う処があるのだろう少し不機嫌な相を表に出しながら、空はこの三時に起こった惨事の原因と言うかぶっちゃけ加賀がボリボリと噛み砕く謎の黒いブツについて、それを知ってるだろう吉野にそれの正体を聞いてみた。

 

 

「え…… 塩化アンモニウム」

 

「塩化…… なに?」

 

 

 吉野の口からは、飴という物からはイメージ的に掛け離れた科学物質の名前が吐き出された。

 

 

 塩化アンモニウム

 

 一般的には化学肥料の主原料として、また亜鉛メッキ等の触媒や固形物質を染色する際の定着用物質として使用される。

 

 その多くは化学合成によって生産されるが、天然に生成される際は火山噴火の際焼結された水晶体として産出されるという化学物質である。

 

 テイスティングという言葉は用途的に間違っているが、敢えてその表現をするなら人の味覚のキャパを軽く超える苦みと、感じるかは謎であるがほのかに塩の味がするという。

 

 

 つまり今加賀がボリボリと噛み砕き、妙高を半泣きに陥れたブツは、火山で生成された農薬ちっくなメッキ触媒という事になる。

 

 

「なにそれ劇薬じゃない!?」

 

「サルミアッキです」

 

 

 加賀の言う飴の名称、その名もサルミアッキ。

 

 北欧、フィンランド辺りで好んで食される飴という名の最終兵器。

 

 世界一まずい飴と評されるそれは、比喩ではなくワールドワイドで評価は一致しており、北欧人以外でこれを自ら口にする者は、恐らく命知らずの毒食品マニアか、何かの罰ゲームで無理やり口に放り込まれた不幸な者だけだろう。

 

 主に菓子(飴)として食されるが、常食している国ではあろう事かこの毒食品を調味料として料理に用いたり、砕いてウォッカにぶち込みゴクゴクと飲み干すという。

 

 その威力は凄まじく、火を点ければ炎が上がるウォッカの風味を易々と吹き飛ばし、『口当たりが良くなるので幾らでも飲める』と称したクレイジーな人々を多数量産したという。

 

 そしてそれに帰依するアルコール依存症発症者が増えるという懸念から、フィンランドでは一時販売規制もされた事がある危険物質でもある。

 

 

「少し癖がありますが、中々イケますよ?」

 

「いや、イケてると言うかそれ…… 食うと漏れなく逝けちゃうと思うんですが」

 

「そう? それ程大袈裟な物じゃないと思うのだけれど」

 

 

 そう言いつつ、菱形の黒いブツがザラザラと入った和紙の箱を『ん』と差し出す加賀。

 

 しかし吉野は聞き逃してはいない、加賀は『イケる』とは称したが、『美味い』とは一言も言っていない。

 

 それはつまり、そういう事なのだ。

 

 

「イケるって…… どんな味してるのよそれ……」

 

 

 そんな(空母棲鬼)の呟きに、ハイライトが消えかかった目の吉野は頭に浮かんだ、記憶にあるこの飴の味に最も近いと思われる物の名称を口にした。

 

 

「キンケシの味がします」

 

「は? キンケシ?? どういう事?」

 

「キンケシ、若しくはスーパーカー消しゴムの味がします」

 

 

 額に肉の字が刻まれたアニメヒーローを模したゴム製品、若しくはカウンタックやポルシェの形をしたゴム製玩具。

 

 遥か昔、少年達の心を魅了し、社会現象まで引き起こした玩具の味がするという、表現としては何か間違っているのではなかろうかというテイストの飴、それがサルミアッキだった。

 

 そしてそのブツを砕いて梅昆布茶にぶち込み、更にボリボリと噛み砕きながら豆大福を頬張る加賀が、周りの惨状をよそに世間話を口にする。

 

 

「そう言えば、私が抜けた代わりに赤城さんが編入されたわ」

 

「え? 赤城さんって、あの?」

 

「ええ、教導艦隊が一時解体されて再配置になったらしいわね」

 

 

 航空母艦赤城、加賀と共に一航戦の看板を背負うもう一人の艦娘、その技量は加賀をも超えると称され、大和が大本営第一艦隊旗艦であった頃は第一艦隊に所属しており、武蔵に代が変わった時にその任を加賀に任せ、自身は"最初の五人"の一人、叢雲と共に教導艦隊の一員として各地の要衝を巡っていた。

 

 その赤城が第一艦隊に復帰したという、確かに加賀の抜けた第一艦隊の分を埋めるには最適な人選であったが、わざわざ教導艦隊を解体してまでの編成である、そこに余程の理由があるのではと思うのは自然の事であり、わざわざこのタイミングで加賀がこの事を口にするという事は、吉野に何か伝えなければいけない事があるのでは無いかと加賀の言葉に耳を傾けた。

 

 

「久し振りに赤城さんと二人で話をしたの」

 

「はい」

 

「まぁその時折角だから食事でもって事になったのだけど、余り周りに人が居るのも無粋だという事で、私が手料理を振舞う事になったの」

 

 

 人払いをしてまで話さねばならぬ内容、恐らくそれは一連の捷号作戦に関しての重要な話の可能性が高い、そう思った吉野の表情は自然と硬くなった。

 

 

「そしてカレーを作る事になったのだけど、作る時にローリエを用意し忘れたのに気付いたの」

 

「……はい?」

 

「それでね、その代用品にサルミアッキを使ってみたんだけど、中々イケる味に仕上がったわ」

 

「う…… うん? それで?」

 

「中々イケる味だったわ」

 

「ふ…… ふ~ん、そっかぁ…… サルミアッキカレーかぁ、うん、何と言うか…… そっかぁ……」

 

 

 ボリボリとサルミアッキを噛み砕く加賀の話は、重要でも何でも無かった。

 

 

「それでその…… 中々イケるカレーを赤城さんと二人で食べたと?……」

 

「ええ、そうね、久し振りに私の手料理を食べたせいかしら、赤城さんは無言で肩を震わせて喜んでいたわ」

 

 

 繰り返し言うが、重要でも何でもない話だった、しかも内容は毒料理の話だった。

 

 ついでに言うと赤城が肩を震わせて無言だったのは、恐らく今も涙目で吉野の袖を掴み、プルプル震えている妙高と同じ状態だったのは間違いないだろう。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 暫く後、混乱を脱した妙高が失礼しましたと吉野の袖を掴んだまま赤い顔で謝罪し、何故か袖を離してくれないのでそのままなし崩し状態で暫く妙高の隣でドクペを飲む吉野。

 

 そしてその反対では、ドクペを啜る(空母棲鬼)が何故か妙高と同じく吉野の服を掴み、ジト目で口をへの字に曲げているという謎のサンドイッチ状態を経て、何とも言えないティータイムが終了していた。

 

 

「ん? この新装備用素材使用申請書ってナニ?」

 

 

 業務を再開し、手に取った書類を眺めて吉野はその内容に首を捻った。

 

 重要、または急を要する類の物は処分済みであり、現在残っている物は重要度が低い、若しくは決済に時間の余裕がある物ばかりになっていた。

 

 そんな残り物の中の一つ、その書類の内容は、今吉野が口にした新装備用素材使用申請書という物であった。

 

 申請者は夕張、まぁこの手の業務は彼女がほぼ一手に引き受けており、書かれている書式自体に不備は無かった。

 

 しかし新装備という記載はあれど、それが何に使用される物なのか、何が必要なのかという部分が書かれていなかった、はっきり言うと申請書の体を成していない。

 

 

「妙高君、ちょっとこの夕張君からの申請書、これ何か聞いてる?」

 

 

 それに対し、妙高は少し首を傾げ、記憶の中から何かを探り出すように書類を受け取った時の事を説明し始めた。

 

 

「それは…… 確か、一応素材も手元にあって、作成もほぼ完了している物と言ってましたね、ただ形だけでも報告しておかないといけない物だからと預かった記憶が……」

 

「ああ、今朝持って来た書類ですね、何でもバトルスーツ? とかは見つかったから、後は…… 何だったかしら、足りない物を探すとか何とか」

 

「ああそうですそうです、確かあとシンプソンとかいうのを探してるって言ってましたね」

 

「バトルスーツにシンプソンだと……」

 

 

 妙高に加賀が口にしたブツの名称、吉野はそれに心当たりが在り過ぎる程心当たりがあった。

 

 こう見えてもこの男、趣味がゲームやプラモというインドアの物だけでは無く、車にバイクに釣りとアウトドアも満遍なく網羅していた。

 

 そしてその中の一つ、愛車CBX1000に乗る時に着込むブツ、皮のスーツにプロテクターを埋め込んだそれはバトルスーツという物騒な名称であり、シンプソンというのは吉野が被るヘルメットのメーカーの名称である。

 

 そして吉野のバイクと車は第二特務課秘密基地内に駐車されており、諸々の工具や道具も一纏めに置かれていた。

 

 

 妖精さん(夕張)の工廠の隣に。

 

 

 「うおおぃメロン子!? ナニしちゃうつもりなの提督のメットとツナギが素材ってどういう事なのぉぉぉぉ!!」

 

 

 そんな叫びを上げながら執務室を飛び出し、いずこへと駆け出す吉野、そしてそれを揃って首を傾げキョトンと見送る三人。

 

 その後、工廠の辺りで暫く吉野の悲鳴交じりの叫びが聞こえ、暫く後、新たに作成された対爆用装備(確定型)を身に纏い執務室に現れた姿を見た艦娘達は、揃って眉根を寄せてその姿を凝視したという。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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