大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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前回までのあらすじ

 不思議な深海の姫が仲魔に加わった。


(※)今回はお笑い、しかもほぼ毒飲料オンリー回です。
  趣味嗜好が合わないという方はここで閲覧を中止した方が良いと思います。


 それでは何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。


2016/10/04
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きましたforest様、有難う御座います、大変助かりました。


米の国からの脅威

「あ、提督お帰り」

 

 

 そう言って吉野を出迎えた小さな秘書艦時雨。

 

 場所は大本営第二特務課秘密基地2Fリビングルーム。

 

 三泊四日の沖合い演習を終え、大本営へ戻ってきた第二特務課の一行は、其々留守の間溜まっていた仕事や用事に忙殺され、帰還から数えて三日目の現在、やっとそれも落ち着いた状態になっていた。

 

 そんな中、課長である吉野三郎は、普段よりも三割り程増したくたびれた相を表に貼り付け秘密基地へ戻っていた。

 

 そのくたびれ度を増大させた疲労の元は、遠征の際ダイナマイト漁で捕獲した潜水棲姫の件で色々諸々上層部への報告と相談、更に今も尚一部の勢力が納得しないまま揉めている元老院との折衝であった。

 

 詳しく説明するには元老院という組織は巨大で、更にややこしく、中々足並みが揃うのは難しいという難儀な組織である為、現在も海軍元帥・坂田一(さかたはじめ)を筆頭に、比較的軍部に理解のある者が調整の為奔走しているといった具合である。

 

 

 そんな話をややこしくしてしまった今回の獲物、潜水棲姫は現在吉野が船上で数時間うんうん唸って捻り出した(あおい)という名前を名乗り、目出度く第二特務課に迎えられており、どういった経緯でそうなったか吉野自身聞かされてはいないが

 

 

「これからこっち側の人員も増えていく事だし、組織的な役割も必要になるでしょう?」

 

 

 という朔夜(防空棲姫)の提案で(潜水棲姫)が深海棲艦側の秘書艦という事で吉野のサポートに就く事になった。

 

 と言うかぶっちゃけ放っとくと何するか判らない不思議ちゃんを、面倒なので吉野に押し付けたという結末が今の状況である。

 

 

「おやびん、おかーり」

 

 

 そう言って時雨と共に吉野の元に駆け寄ってくる(潜水棲姫)、二人揃ってニコニコしているのは良いのだが、それを見る吉野の顔は何故か微妙に歪んだ不細工な笑い顔だった。

 

 それもその筈、そこはプライベート空間とはいえ軍の施設内である、なのに彼女達二人は何故かメイド服というミジンコ程もミリタリーにかすりもしない服装をしていたからである。

 

 

「ただいま…… てか、君達その格好はどうしたのかな……」

 

 

 困惑気味で質問する吉野の手を二人が掴み、黙って奥へ引っ張られていくと、テーブルには陽炎と不知火が座っており、奥のキッチンには龍鳳が何かを作っているらしく、鼻歌混じりに何かを盛り付けている真っ最中であった。

 

 そして時雨と(潜水棲姫)はこのお茶会の手伝いをする為、"由緒正しいお手伝い時のユニホーム"らしいメイド服を着ていると言うのは彼女達の弁であった。

 

 

「売店の桃色がそう言ってた」

 

 

 (潜水棲姫)の言葉を聞いた吉野は般若の如き表情で壁際に設置された電話へ歩いていったが、その際チラリと見えた陽炎の後ろにあるクーラーボックスの中身に目を奪われ、暫しその場で固まってしまった。

 

 色とりどりの瓶がひしめき、まるで極彩色の坩堝(るつぼ)と化したそれは蓋を閉めるまでの一瞬しか視界に入らなかったが、それでも吉野はその一瞬だけで中身が何かを悟ったのか命の危機を感じてその場を離脱しようと試みた。

 

 が、その行動は満面の笑みを浮かべたメイド服な秘書艦ズに阻まれ、お茶会の為に用意された菓子が並ぶ戦場へと放り込まれるのである。

 

 

 龍鳳が焼きたてのクッキーが入った皿をテーブルに置き、用意が整ったのかそのまま座りにこやかに 『それでは頂きましょうか』 と言うと、其々の者は自分の目の前にある飲み物片手に菓子をほおばり始める。

 

 ぐるりと見渡せばサスケにドクペ、更に龍鳳の手には一見缶入り緑茶を思わせる緑の缶が見える。

 

 しかしその缶がテーブルに置かれた瞬間、吉野の顔は驚愕に歪んだ。

 

 

「龍鳳君…… それは……」

 

「はい、やっぱり甘い物にはコレですね」

 

 

 まるで甘味には緑茶、そんな自然な受け答えをした龍鳳の目の前に置かれたそれはメイドインジャパン、お茶と言えば伊藤園、そんな和の王者が世に放ったアルティメットウエポン『忍者食』。

 

 名前だけで言うと時雨の手にあるサスケと被りそうだが、味のベクトルは真逆である、むしろ深緑の缶と伊藤園というメーカーイメージからは地平線の彼方程も限りなく遠いブツ。

 

 練乳にアーモンドを叩き込み、魔女の釜で三日三晩煮詰めたそれにトイレの芳香剤をINした液体、それが忍者食。

 

 甘いというには生易しく、やたら表面張力が強いそれを口にすると、甘みとナッツ的な暴力が口の中に襲い掛かり、味とは何の関連性も無い不自然な香りが鼻腔を蹂躙し思考を鈍化させる。

 

 更に喉を潤す為に飲んだはずなのに何故か渇きが増すという本末転倒な忍者要素が微塵も無い飲料を、クッキーという粉っぽいブツと共に口に入れれば一瞬で口の中はサハラ砂漠と化してしまうだろう。

 

 

 ヘタに突っ込みを入れると命が危ない、ここはスルーして関わらない様にしないと口内の砂漠化待った無しである。

 

 視線を逸らし、プルプル震える吉野の向かいでは、陽炎が何かゴソゴソとテーブルの下から箱を取り出している、その箱は良くコンビニで見掛けるくじ引きに用いる物に酷似しており、上部に見える穴から察するに恐らくそういった用途で使われる物なのは間違いないだろう。

 

 そしてお茶会とは無縁な白い箱をテーブルの真ん中に置いた陽炎は、ニヤリと笑いながら全員の顔を見渡した。

 

 

「Welcome to Paradise、今日やっと酒保から届いたコレを皆にも味わって貰いたくてクジを用意したわ、さあ順番に引いてってくれる?」

 

 

 余りにも突然に、不意打ち気味で始まったくじ引き大会。

 

 周りの物は頭に "?" をチラつかせているが、さっきクーラーボックスの中身を見てしまった吉野にとってそれは、オートマチックの拳銃で行う外れの無いロシアンルーレットを行うのと同義である。

 

 

「I got fucked ……」

 

 

 クソ甘毒飲料に気を取られ、真のボスの存在を失念していた吉野は地獄の蓋が開く前に離脱し損ねた自分の迂闊さに呪いの言葉を吐いた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「緑ね、じゃはいこれ」

 

 

 一番バッターという名の最初の犠牲者(潜水棲姫)の前に、ゴトリと緑の液体が入った瓶を陽炎が置く。

 

 貼り付けられたラベルには、フットボール選手がボールを蹴る写真がプリントされ、そこにはジョーンズという外国の方ちっくなネームなメーカー名と、NATURAL FIELD TURFという文字が刻まれている。

 

 一見するとギャラクシーを彷彿させるそれは、(潜水棲姫)以外の者の警戒心を煽り遠巻きにそれを凝視させるが、いざ蓋をもぎり落とした瞬間、それを口に含んでもいないのに周囲の者から驚愕の表情を引き出した。

 

 

「……なんかくさい」

 

 

 NATURAL FIELD TURF、それは人工的に植生され切り揃えられた芝の事を指す、日本では野球場やサッカースタジアム、アメリカではアメリカンフットボール場で良く見掛ける風景(・・)

 

 飲料のラベルに刻印するのには不適切、かつ関連性ゼロのそれは、恐ろしい事に芝の味を忠実に再現したという炭酸飲料。

 

 芝の味という、言葉にすると違和感しかないその炭酸飲料は飲まないと判らないが、口にすればその青臭さと風味で納得してしまうという訳の判らない性質を持つという。

 

 当然ティスティングは涙目で首をブンブン振って、足をパタパタと踏み鳴らす(潜水棲姫)を見ればお察しである。

 

 

「えっと次は……時雨が茶かしら、はいこれ」

 

 

 時雨の前にゴトリと置かれた瓶、中身は一見すると麦茶然とした色合いで、緑のブツよりもやや地味な色合いのそれは少しだけ安心感があるものの、ラベルを見ると相変わらずアメフトプレイヤーがプリントされており、これもまたそうなのだと暗に時雨に訴え掛けていた。

 

 プリントされている文字は相変わらずジョーンズさんという謎の人物名、そしてDIRTという文字。

 

 

「えっと提督…… これは……」

 

「時雨くん、今朝一緒に酒保に行った時、グラウンドの辺りで通り雨に逢ったよね?」

 

「うん? それが?」

 

「そんな味……」

 

「え?……」

 

 

 訳の判らない吉野の言葉、一見何を言っているのか理解不能の会話であるが、実は時雨の持つ瓶の中身を表すのにこれ程適切な表現は無い。

 

 DIRT、直訳すると土、若しくは泥、そんな名前がプリントされた瓶の中身はアメフトのフィールドに敷設された土の味を忠実に再現した炭酸飲料。

 

 そんなモノ忠実に再現して更に炭酸をぶち込むジョーンズさんという人物は一体何者なのであろうか、そんな謎が謎を呼ぶ茶色の飲料は雨上がりの土の香り、幼い日の学校で嗅いだ校庭の匂いと味がする。

 

 普通校庭の味など記憶にある筈が無いのだが、口に含むとそれ以外に表現が出来ない、そんな郷愁を吐き気と共に胸の奥から沸き立たせる炭酸飲料。

 

 もはや流す涙は懐かしさなのかそれ以外の物なのかは判らないが、茶色炭酸を口に含んだ時雨が涙を流し、力無くペシペシと吉野にチョップを入れている様はある意味哀愁すら漂わせていた。

 

 

 そんな地獄絵図を前に、既に目のハイライト率を50%程に退色させた龍鳳の前に非情にも新たな爆弾が投下された。

 

 

「ん~ 連続してこのシリーズかぁ」

 

 

 陽炎がそう称した炭酸飲料の瓶、透明な液体が入ったそれにはもう呪わずにはいられないジョーンズという悪魔の名前と共にPERSPIRATIONの文字が見える。

 

 おずおずと龍鳳が絶望の眼差しで吉野を見る、恐らくこれは何だと聞きたいのだろう、そんな哀れな子羊を吉野は直視出来ず、横を向き、透明な液体の解説を試みた。

 

 

「龍鳳君…… 毎朝グラウンドで名取くんランニングしてるじゃない?……」

 

「はい」

 

「そんな味」

 

「……はい?」

 

 

 もはや物ですらない表現になってしまったテイスト、流石に意味不明にも程があるのだが、それでも吉野が口にした言葉は飲めば"ああ成る程"と納得する程の表現だったという救いの無い結末が龍鳳には待っていた。

 

 蓋をもぎり開け放つ、漂って来るツンとした匂い、名取がトレーニング後さわやかな笑顔で脱いだトレーニングウェア、湿ったそれからおそらく沸き立つであろう香り。

 

 PERSPIRATION、訳はそのものズバリ汗。

 

 アメフトを愛し過ぎた故に生み出された歪な愛情は、プレイヤー達の汗の匂いと味を完全再現してしまうという暴挙に及んだ。

 

 そんなイカれたヤンキーが調合した透明の炭酸飲料は糖質脂質0なヘルシーかつライトな内容にも関わらず、335mlの内容量の内ナトリウム370mgという塩分過多というには余りに生ぬるい含有量を誇り、炭酸を含んだ汗という表現をそのまま口中へ召還させる。

 

 魔女が作った劇甘飲料を平気で飲む彼女だったが、流石に塩味が過ぎたのか、それとも匂いでノックアウツされたのか、一口飲み込んだ瞬間から瓶を手に持ったまま目のハイライトが完全に消えた状態で停止していた。

 

 

 そんな彼女達を見て吉野は覚悟を決めていた、ジョーンズさんの作るフットボールシリーズにはまだ二つ残されたブツがある、一つはSWEET VICTORY。

 

 完全勝利、若しくは胸のすく勝利という意味のそれは数々のゲテモn…… いや、ジョーンズ氏が与えた試練という名の数種の炭酸飲料を飲み干した猛者だけが飲む事を許された最後の癒しであり、味は平凡かつ普通のソーダであるが、そこに至るまでの苦難を経た後口にすると、それは正にSWEETかつVICTORYな味に思える普通炭酸。

 

 しかしである、今述べた様にまだこのクレイジーなフットボールシリーズには残されたブツが二つ存在する、その内の一つ、名をSPORTS CREAM。

 

 意味は軟膏、それも湿布の類の物を指す。

 

 流石フットボールをこよなく愛する狂人ジョーンズ、プレイヤーが激闘を終えた後のメディカルケアも欠かさない、そんな心配りと大きなお世話が生んだ最後の刺客はオロ○インの味がするという炭酸飲料。

 

 

 残された確立は1/2、天国と地獄がそこにあったが恐らくそんな甘い結末は待っているはずがない、吉野は現実主義者なのである、そんなあるかも判らない希望に(すが)る程楽観的な思考の持ち主では無かった。

 

 しかしある意味最後が自分の番であり、残されたブツの中身も知っているというアドバンテージと覚悟する為の時間が取れたのは僥倖であった、何せ周りで転がる死屍累々の彼女達とは違い、ほんの僅かながら自分には救いがあるのだと吉野は思った。

 

 基本的に地獄でしかないこの状況をそう解釈する吉野自体、もう救い様の無い人物としかいえないと言う事実はまた別の問題である。

 

 

「くぁ~ キクゥ~」

 

 

 そんな声を上げつつ己の首元をトントンと叩く陽炎の手にはジョーンズさん印の湿布ソーダの瓶が握られていた、そしてその隣では不知火がクピクピと飲むSWEET VICTORY、正にフットボールシリーズ完結の瞬間であった。

 

 

「えっと…… んんんん?」

 

 

 充分に覚悟が完了していた吉野の目の前ではあっけない幕引きが起こっていた。

 

 記憶が正しければフットボールシリーズは五種で打ち止めとなり、それ以外には存在しなかったはずである、という事はまた始めから始まるのか、それともこれで本当に終わりなのか。

 

 そんな怪訝な表情の吉野の前で湿布炭酸をグビグビと飲み干す陽炎、一時期は唯一まともな艦娘が来たと思っていた、その吉野の予想を覆すには充分な資質を備えた赤い髪の悪魔もとい少女はプハーと口元を袖で拭いつつ、背後のクーラーボックスをゴソゴソと(まさぐ)った後、満面の笑顔で新たな瓶を取り出した。

 

 

「なんか同じシリーズばっかだとアレでしょ? だから司令にはこれ」

 

 

 そう言って吉野の前に置かれた瓶、相変わらずジョーンズさんの銘はプリントされているがその雰囲気はガラリと変貌していた。

 

 真っ赤なラベルにホラーな子供の写真、スポーティなブツから一転そんなおぞましいラベルが貼られた瓶の中身は漆黒。

 

 そしてそこにはBlack Cat Licoriceという文字が刻印されている。

 

 

「ちょおまっ…… コレ……」

 

 

 プルプル震えつつ吉野が指差すそれは、黒猫のリコリスという名の黒い炭酸飲料。

 

 テイストは一航戦青ラベルがボリボリと常食するアレ、もはやテイスト的な説明は不要である。

 

 

「クリスマスツリー味とか胃腸薬味もあるけど、それだとやっぱインパクトがね~ ほら、芝の後のモミの木とか湿布の後の胃薬とか、何か被っちゃうじゃない?」

 

 

 胃腸薬味の炭酸飲料や、クリスマスツリーという物体味の炭酸飲料というブツが被ってしまうという非常識極まりないラインナップを持つジョーンズソーダ、しかもこれらは例に漏れず味は完全再現されている。

 

 芝を喰らい、モミの木を齧り味を再現する、その飽く無き探究心が生み出した数々の炭酸飲料。

 

 そんな狂った拘りがクロネコの塩化アンモニウムに反映されていない筈も無く、また元が形ある"一応食品"である為に製造は容易な事だろう。

 

 ゴムゴムとしたキンケシちっくな炭酸を飲みつつ意識が薄れ逝く吉野の視界には、何故か爽やかな笑顔でサムズアップするサイドポニーの憎いアンチクショウの顔が最後に浮かんでいたという。

 

 こうして和やかに行われた惨劇は、稀にではあるが度々茶会の合間に行われる『陽炎テロリズム』と恐れられ、(おか)でありながら数々の轟沈者を出すという恐ろしい歴史を刻む事になるのだが、恐らくそれはこの先語り尽くされる事は無いだろう。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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