大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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前回までのあらすじ

 ジョーンズさんからの心づくしに死屍累々の第二特務課の艦娘達、そして魔王陽炎爆誕、益々混迷を深める同課の明日はどっちだ!


 それでは何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。


2016/08/20
 誤字脱字修正致しました。
 ご指摘頂きました坂下郁様、有難う御座います、大変助かりました。


幕間・続
アマゾンと握り飯スキーな不思議ちゃんの話・壱


 手を伸ばせば届くかも知れない、水面を静かに下から見上げる。

 

 そんな時が来るのは艦娘として判っていた事で、覚悟もしていて、それでもその時は突然にやって来た。

 

 今から行くのは暗く冷たい世界で、遠くを見れば水の中を進む同郷の娘。

 

 

 自分が守り、送り届けた命はとりあえず無事だったか、そう安堵した時、寂しさや悲しみよりも遣り残した色々な後悔と、そして出撃前に慌てて口に詰め込んだ握り飯の味だけが鮮明に思い浮かぶ。

 

 

Viel Glück(幸運を)……」

 

 

 遠ざかる航跡を見送りながら呟いた言葉は音にならず、泡となって海に溶けた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「今日は時雨や加賀は居ないんでちか?」

 

 

 大本営特務課秘密基地応接室、いつもの提督指定のスクール水着とは違い髪色に合わせた桃色のジャージに身を包んだ伊58が茶をすすりながらそう呟いた。

 

 割と大きな空間に(しつら)えられたソファーセットには8人程が同時に腰掛けられるキャパを持ち、窓を持たない構造の室内を明るく照らす為にシックなシャンデリアが柔らかい光を下に向けている。

 

 伊58の横にはドイツからもたらされた潜水艦U-511改めLO500もとい呂500が座り、正面には吉野と(潜水棲姫)というメンツでテーブルを囲んでいた。

 

 

「あ~ 時雨君はちょっとお使いに出てて帰るのは夜かなぁ、てかそっちこそろーちゃん同伴とかどした訳?」

 

「ん、いやろーは暇してたからたまたま付いてきただけでち、それより丁稚……その子が?」

 

「あ~ ウチの第二秘書艦の(潜水棲姫)君」

 

 

 吉野に紹介され、ウィッスと片手を挙げて挨拶する(潜水棲姫)、良く考えれば4人中3人は潜水艦であり、何と言うか吉野にとっては存在的な事を言うと完全アウェーな状況である。

 

 普段サッパリした性格で誰にでも気さくな態度の彼女にしては珍しく、やや値踏みするかの如く(潜水棲姫)を睨め付ける伊58、深海棲艦という存在というより未知の潜水艦という事にライバル心が少しそうさせている事に周りは当然の事、本人すら気付いていないという微妙な状況になっていた。

 

 

「てかデチ公から尋ねて来るって珍しいな、何かあったん?」

 

「ん、っと今日はこれ渡しに来たでち」

 

 

 ゴトリとテーブルの上に長い箱を置く伊58、1m強はあるその箱は白木で出来ており、朱色の撚紐(よりひも)で括られたそれは酷く飾り気の無い事が逆にその存在を強く主張させていた。

 

 暫くそれを見る吉野、中身を確かめずともその形状で何かは判りそうな物である事は確かなのだが、何故それを伊58がここに持って来たのか、そしてそれを渡すと言った彼女の真意は何なのかと無言だが視線でそれを目の前の旧友である潜水艦娘に問い掛ける。

 

 その視線を受け、黙って紐を解き中身を取り出す彼女(伊58)

 

 そこからは予想通り、普通よりもやや短い長さに見える紺色の刀袋が現れる、中身は恐らく日本刀、それを掴むと伊58が黙って吉野にそれを差し出した。

 

 ズシリと重みが伝わる袋から取り出した中身はややくすみ、傷みが目立つ鞘と色の剥げた丸い鍔を備えた日本刀。

 

 引き抜くと傷んだ(こしら)えからは想像も出来ない程の輝きと、引き込まれそうになる程艶かしくうねる刃紋、素人目にもそれは業物と判る代物であり、背にうっすらと浮かぶ傷はそれが只の美術品という訳では無くある程度本来の目的として使用された事がある物だと見受けられた。

 

 

「それは昔金剛隊が呉に持ち帰った回天搭乗員の遺書(・・)でち、戦乱期だったから送り先の遺族が疎開で行方不明になってて、宛先不明のままずーっと梅宮神社に奉納されていた物でち」

 

「梅宮神社?」

 

「でち、橋本艦長が戦後宮司をしていた神社でちよ……」

 

 

 金剛隊、橋本以行(はしもと もちつら)艦長、そして呉という一連の言葉。

 

 艦娘は前世の記憶を持つという、そして刀を眺め、それを遺書(・・)と言い悲壮な表情で見る彼女(伊58)

 

 

 人間魚雷回天を積み、実際にそれを発進させた伊58は彼女だったのか吉野には判らないが、少なくともそれは彼女にとって触れられたくない心の傷であり、自らそれを話すのは相当の覚悟が要る事の筈である。

 

 

「そっか、遺書か…… んでもどうしてコレを自分に?」

 

「それは梅宮神社からゴーヤにって送られてきた物でち、見た目は何の変哲も無い只の日本刀でちが、深海棲艦も切れる業物でち」

 

「は? 深海棲艦も切れるって……」

 

 

 在りし日の乗艦の名を持つ艦娘へ送られた一振りの刀、それは無銘であったものの散り往く主の想いを受け、長く奉られ更に託された少女の力を受けてか靖國陸奥鉄では無いにも関わらず深海棲艦に対して切り裂く力を持つという。

 

 物言わぬ、されど己の証として託された一振りの刀、黄泉路へ携える事無くそれを預けたのは間違い無く遺書としての意味を持つ、国に残す家族へ向けた愛執(あいしゅう)と、受け取りそれを(まつ)り続けた想いは如何ほどの力を刀に与えたのだろうか。

 

 

 しかし悲しいかなその力は飽くまで艦娘の手で切り付けた場合の事であり、人間が振るっても殆ど意味を成さない程の力しか宿っていなかった。

 

 

「丁稚がそれを抜く時はもう手遅れの時でち、そしてそれで深海棲艦をどうにかするなんて出来ないでち」

 

 

 鞘に収まる刀身を見つつ、それでもと言葉を続け、彼女にしては余り見せる事の無い静かな面持ちで口から漏れ出る言葉には、何故か悔しさと少しの悲しみが含まれていた。

 

 

「南洋はちょっと索敵のついで(・・・・・・・・・・)にって行くには遠すぎるでち、本来ならウチから誰かが哨戒の任でそっちに就く事になってたでちが……」

 

 

 ちらりと(潜水棲姫)に目を向け、すぐに視線を逸らし、気持ちを持て余したのか膝の上で握った拳に力を込めて言葉を選んでいる。

 

 潜水棲姫と伊号潜水艦では性能に大きな開きがある、それは純然たる事実であり、そういった存在が居るなら何も虎の子の大本営潜水艦隊より人員を割かなくても良いという事で、当初予定されていた出撃は無しになった彼女達。

 

 胸を撫で下ろした少女も居ただろうが、この伊58は旧友の吉野を気遣い、また前線へ行き死線を潜るだろう場所へ共に往けない事を殊更悔しがっていた。

 

 

「それはお守り代わりとして預けておくでち、貸し出し期限は無いでちが、後でちゃーんと返しに来るでちよ?」

 

 

 触れたくない前世のトラウマを自ら晒し、それでも笑って搾り出した言葉は、必ず帰って来いという意味を含んだ回りくどい物だった。

 

 潜水艦という艦種は特殊であり、替えの利かない存在である。

 

 そして彼女達は目立つ事は無いが他艦に比べ最前線で戦う機会は多く、また轟沈する数もそれに比例していた。

 

 

 長らく潜水艦隊旗艦に居る彼女は沈んでいった多くの同僚を見送っている、それは水面(みなも)に沈むのを見る水上艦とは違い、暗い水底(みなぞこ)にゆっくり消える命の灯火を、戦友の苦しみを、有様を水上艦よりずっと長く見続ける事になる。

 

 責任感故艦隊を鼓舞し、悲しむ姿を見せる事すら許されない大本営艦隊の旗艦である彼女でも、本音と涙を見せる事の出来る数少ない友が見送ってきた少女達と同じ道を辿ったら、恐らくそれは耐えられない事になるだろう。

 

 それは依存と言われようが、弱みを見せられない立場の彼女には吉野と加賀、そして明石はどうしても精神的な拠り所として必要な存在であった。

 

 

「自分海に出るんだけど、そこに刀持ってったら錆びサビになんないかなぁ」

 

「……その時はきっちり研ぎ代徴収した後、間宮でオールナイトでち」

 

「んえ!? 間宮って夜間営業してるのぉ!?」

 

 

 大本営間宮本店、そこは眠る事の無い軍の根拠に在り通常は夜の営業はしていないが、常連客に限っては予約と割高の別料金を必要とするが夜間貸切り限定での営業もしているのは甘味に五月蝿い艦娘達の間では割りと有名な話である。

 

 但しその時は饅頭一つに野口さんクラスの兵隊を拠出する程の覚悟は必要になったりするので、余程の事が無い限りは深夜に間宮の暖簾を潜る機会は滅多には訪れない。

 

 

 憎まれ口を叩き合う、いつもの何気ない日常。

 

 たった一つ違う物を挙げるとすれば、テーブルの上にある、人の想いを吸って今も輝き続ける刀身を収めた一振りの刀だけ。

 

 其々はある種の覚悟を以って生きてはいるが、その対象が自分以外の者の事にまで及んでいるかと言われれば、明確に否と言う他は無い。

 

 だからこうして意味の無い事と判っていても何かを託し、仮初(かりそめ)安寧(あんねい)を得ようとする。

 

 背中を預けられる戦友では無く、泣き顔を晒し、弱さを見せる事が出来る友だからこそ失うのが恐ろしく、依存する事になる。

 

 

 こうして大本営潜水艦隊旗艦伊58は第二特務課艦隊提督へ、己の分身を預け相手が死ねない理由を一つ積み上げたのであった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「まぁ何でもいいんだけどデッチさんや」

 

「何でち?」

 

「何で応接室で弁当食ってんの?」

 

「何でって昼だからでちよ?」

 

 

 たわいも無い会話を交わしつつ、時計の文字盤を舐める二つの針が頂点を指した頃、潜水艦二人が持って来たバックからおもむろにバスケットを数個取り出し、さも当たり前の様に食事を始める。

 

 別に飲食禁止とは言っていないが、一応そこは他艦隊拠点の応接室である、幾ら程よく冷房が効いてソファーが座り心地バツグンであってもお邪魔している身でありながら弁当を広げるのは非常識以外の何物では無い。

 

 テーブルに並ぶのは握り飯がみっちり詰まった大き目のバスケット三つに卵焼きやウインナーという弁当には定番のオカズが入った三段重、握り飯の数だけでも家庭用炊飯器丸々一杯分の米を使用したのでは無かろうかという量は、明らかに二人前にしては多い分量。

 

 

「ホントは訓練の後食べるつもりで大鯨に用意して貰ったんでちが、ゴーヤとろー以外のみんなは第二艦隊のお供で駆り出されちゃったから無駄になっちゃったでち」

 

 

 先にも述べた様に彼女らは替えの利かない特殊艦である、緊急に呼び出されれば応じない訳にはいかず、そして海の中を主戦場としている関係上、昼夜はおろか天候すら出撃条件として考慮されないハードな艦隊である。

 

 その都合上、大抵は24時間最低三名程の人員がいつでも出撃可能な状態で待機しているシフトが組まれていた。

 

 

「まぁ作戦内容は秘匿事項でちから言えないけど、みんなは明後日までは戻らない予定でちから、それまではゴーヤとろーで半舷休息になるでちね」

 

「月月火水木金金、ですって!」

 

 

 眩しい笑顔でサラリと超過労働の代名詞を口にするLO500もとい呂500。

 

 前線での潜水艦達は資源確保の為特定海域をグルグル回る地獄のクルージングが常だと聞いてはいるが、大本営の潜水艦隊はそれとはまた別のブラックな労働環境に苛まれているらしい。

 

 

「うっ…… そうかいそうかい、それは大変だねぇ、ほらろーちゃんお握りだよ、たーんとお食べ」

 

「って何で丁稚はろーにお握りあーんさせてるでちか?」

 

「おーおーデチ公喉渇いてないかい? ほぉらドクペだよぉ、たーんとお飲み」

 

「何でゴーヤにはドクペでちか! そんなのたーんと飲んだら口の中おかしくなるでち! 主食と毒酸飲料なんて食べ合わせ最悪でち!!」

 

 

 菩薩の様な笑顔でピンクの頭を鷲掴みにし、口へ赤いメタリックの缶を押し付ける吉野と、割と本気でそれに抵抗するでちでちピンクの醜い争いを尻目に、ハグハグと握り飯を頬張るろーちゃんと、それを凝視する(潜水棲姫)

 

 普段口数が少ない不思議ちゃんの(潜水棲姫)であったが、今日はいつも以上に無口で置物状態になっていた、が、テーブルの上に並ぶ握り飯が登場して以降、明らかにその視線はバスケットの中に並ぶアルミホイルに包まれた物体に釘付けになっていた。

 

 

「……食べる?」

 

「……いいの?」

 

「えっと、はい、ですって!」

 

 

 バスケットを一つ差し出す少女と、それからおずおずと中身を取り出す不思議ちゃん、端で繰り広げられる醜い友情の応酬の隣では静かに美しい友情が育まれようとしていた。

 

 手に持つアルミホイルをめくり、まだほんの少し温かみが残るそれにかぶりつく。

 

 口の中一杯に広がる米の甘い風味と、程よく効いた塩味が口の中に広がる。

 

 一口含みまた齧り、知らずとそれを夢中で頬張りあっという間に一つを平らげる。

 

 

「沢山あるからどうぞって」

 

「いただきマンモス」

 

 

 モグモグと握り飯を咀嚼し、鈍く光を反射する黄金色に輝く缶の飲み物に口をつける。

 

 けふっと小さなゲップを一つ、美味じゃ美味じゃと連呼するメイド服の(潜水棲姫)を横目に、ドクペの魔の手から逃れた伊58がそんな微笑ましい二人を横目に深い溜息を吐いている。

 

 潜水棲姫と言えば艦娘からしてみれば水底から死を運んで来る死神の代名詞であり、交戦経験はあっても姿を見た事が無いというのも珍しくは無い。

 

 伊58ですら交戦経験は幾度かあるが、その姿を捉えた事はほんの2~3度しかない。

 

 

 暗い海の底、光も音も殆ど無い場所を支配する深海の主は概ね残虐とされ、その存在が居る海域は対潜装備の艦娘が居たとしても基本交戦を避けスルーするのが常である。

 

 そんなGO的な表現をすると水辺限定レアのカイ○ューみたいな深海棲艦である存在が黒いメイド服に同色のヘッドドレスのポニテで握り飯をパクパク食っているのである、何とも言えない心境になるのは仕方の無い事だろう。

 

 そんな事に気を取られながら食事を再開するも、咀嚼する行為がややお留守であった為か軽く喉を詰まらせ顔を歪ませる。

 

 急いで飲み物を求めるも目の前にある水筒の蓋の中には僅かな水滴を残したのみで空っぽの状態、ワタワタと水筒を探しながらドンドンと慎ましやかな胸を叩く、そんな彼女を気遣ってか目の前に差し出される赤いメタリックな缶とゴージャスな金色の缶。

 

 赤いのは言わずと知れたドクターペッパー、世の消費者からはテキサスの毒嵐と呼ばれる炭酸飲料であり、米穀の類と共に口にするにはエキスパートクラスの精神力が求められる。

 

 伊58は(潜水棲姫)から差し出された金色の缶を掴み飲み下す、普通ドクペを知る者にとってそれは当然の行動であろう、しかし桃色の髪の潜水艦は忘れていた、ここは第二特務課秘密基地、食品関係に普通を求めるのが不可能な伏魔殿。

 

 目の前に差し出された二つの缶の内片方が普通である確率は限りなく0に近いのだ。

 

 

 口に感じる微かなハーブの風味、一拍(いっぱく)置いて襲い来る嫌な甘みに雑草の味、液体は喉を通って胃に収まるが、味と風味が口中にへばりつき緑の地獄を展開させる。

 

 鈍い黄金の輝きを放つ缶に刻印された商品名はタヒボベビーダ、その昔JR東海が主に自社沿線、それも新幹線のホームでのみ販売していたという茶系飲料という名のブービートラップ。

 

 ごく限定された範囲でしか販売されなかったにも関わらず、毒飲料界隈では伝説となっているこのブツは主原料タヒボ、缶の内容表記を確認した筈なのに不安に苛まれるという二重トラップなこの飲み物は南米アマゾンで飲まれていたごく普通のお茶であった。

 

 当時健康ブームでお茶フィーバーにあった世情に乗っかり、同時に他社との差別化を狙ってアマゾンからそれを日本に持ち込んだJR東海であったが、時の役員が味のパンチが足りないとして自分好みの独自のフレーバーを独断と権力で無理やりINさせてしまった結果、パンチが足りなかったこのアマゾン茶は何故かパンチドランカー製造機に変貌してしまった。

 

 味は甘い雑草、茶で薄めた草の汁である、只の草ではない、道端で生えている雑草の汁である。

 

 何故タヒボだけではないのか、ビーダとは一体何なのか、黄金色に輝く缶には商品ロゴと共にダビンチのウィトルウィウス的人体図とフリーメイソンのロゴを足して2て割った様な不気味な絵が余計に精神的不安を煽る。

 

 

「ふっ…… ふおおおぉぉぉぉぉぉぉ」

 

 

 窒息死の危機を回避する代わりに藻がビッシリと張った用水路が口の中に広がった伊58、喉を詰まらせれば物理的な死が訪れる、毒飲料を飲めばそれは回避されるものの、それと引き換えに精神と味覚は死んでしまうのである。

 

 こうして大本営潜水艦隊旗艦の彼女は(おか)の上でメイド服を着た深海の覇者の放った緑の雷撃を食らい、改めて第二特務課という伏魔殿の恐ろしさを実感すると共に、今まで忌諱していた潜水棲姫という存在が間違い無く吉野三郎という友の元に下ったのだというある意味安心感を得るに至った。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「酷い目に遭ったでち……」

 

 

 食事を採り終えグッタリとソファーに背を預ける伊58、その様子を見つつドクペを啜り苦笑いの吉野、その隣ではややすれ違い気味であるが呂500と(潜水棲姫)が食後の甘味として胡麻団子をつつくという穏やかな時間が流れていた。

 

 潜水艦隊に所属する大鯨も第二特務課の龍鳳とまではいかないが食に拘りがあるらしく、渡される弁当には必ず汁物と食後の甘味がセットで入っているらしい。

 

 そのおやつをハムハムと頬張る二人の艦娘の前には緑茶の入った水筒の蓋と金色の缶、正に第二特務課らしい風景である。

 

 

「あまーい、ですって」

 

「ん、甘露甘露」

 

 

 YESロリータノータッチな風貌のろーちゃん、その前の(潜水棲姫)は普通の個体よりやや小さく、どちらかと言えば駆逐艦と軽巡洋艦の間程の体躯である為、端から見てると微笑ましくもある光景。

 

 そんな二人を見る伊58には当初見せていた刺々しさは既に無く、警戒が薄れ本来の世話好きな性格が表に出た為か自分の胡麻団子も二人の前に差し出すという微笑ましい一面を見せていた。

 

 

「ゴマダンゴ Danke schön,Lecker (ありがとう 美味しいね)

 

「わーいダンケ! ダン…… ふぇ?」

 

「……ん?」

 

 

 諸手を挙げバンザイのまま固まるろーちゃんに、首を傾げる(潜水棲姫)、それに釣られゴーヤと吉野も固まっている。

 

 

「アオちゃん、ドイツ語ー!」

 

「ja, ……変?」

 

「んーん、全然、ですって!」

 

 

 端から見ればたわいも無い会話、しかしそれは吉野にとって驚くべき事であり、今まで謎に包まれていた彼女()の過去に繋がる重要な手掛かりになるかも知れない会話であった。

 

 第二特務課第二秘書艦(潜水棲姫)、彼女は存在が謎に包まれていた。

 

 本来艦娘から深海棲艦として生まれ変わった者は記憶こそ引き継がないものの前世での自分は何者だったのかは認識している、しかし(潜水棲姫)が第二特務課に恭順を示した時それを確認した際、何故か彼女には前世の自分という自覚が存在していなかった。

 

 人と邂逅し意思を通わせる存在、そして姫級でありながらテリトリーを渡り日本近海に居た彼女は当然艦娘の生まれ変わりなのは間違い無いと言うのが朔夜(防空棲姫)達の見解であったが、そんな彼女達(深海棲艦)側の常識に懐疑的な者も軍には少なくなかった、それが元で本来発令されていてもおかしくは無い捷号作戦の遅延に繋がっていた。

 

 

 もし彼女が元艦娘という存在であったとして、今彼女が発した言葉を考慮すると元ドイツ艦、順当に考えると潜水艦なら目の前に居る呂500、或いはU-511と考えるのは妥当である。

 

 

「なぁデチ公、U-511か呂500って確か軍所属個体はかなり少なかったよなぁ」

 

「……丁稚が言いたい事は判るでち、でもゴーヤが知ってる範囲でろーかゆーが沈んだなんて話は今まで聞いた事が無いでちね、でも……」

 

 

 少し言い淀むゴーヤの顔には苦々しい相が浮かび、視線を下に向けまるで親に叱られた子供の如き仕草を見せ、ポツリポツリと言葉を口にし始めた。

 

 

「ゴーヤは一人だけ、沈んだドイツ艦の事を知ってるでち」

 

 

 そうして大本営潜水艦隊旗艦は、今も尚後悔として心に残る出来事を記憶の中から掘り出して当時の事を語り始めた。

 

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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