大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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前回までのあらすじ

 新たに関西へ拠点を移した第二特務課、意気揚々とそこに着任する吉野だったがその拠点には恐ろしい人事異動の結果が渦巻いており、平穏無事が無理な未来を予想させる物になっていた。


 それでは何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。


2017/02/21
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きましたじゃーまん様、有難う御座います、大変助かりました


夕張重工

「まだ色々やる事が残ってるんだけど、いきなりそこから始めちゃう訳?」

 

 

 吉野は執務机の上に両手を組みその上に額を乗せ、難しい顔で目の前に居る長門と夕張の話を聞いていた。

 

 執務机には決済待ちの書類が(そび)え立ち、(空母棲鬼)が判子に朱肉を擦り付けるといういつもの必殺の布陣が敷かれている。

 

 やや自己主張が弱まった日差しが窓から差し込み、海風が入る為にエアコンを使わなくても良くなった室内は潮の匂いが微かにする海軍拠点としてはある意味相応しい雰囲気を醸し出し、遠くからはウミネコの鳴き声が微かに聞こえてくる。

 

 

「提督が忙しい事は判っているが、我々の主任務の大半は教導活動に於ける仮想敵としての活動だ、どの様な艦隊からの演習も受けねばならん形にしておかないとこの先色々と業務に支障が出る」

 

「長門さんの言う通りです、錬度的な事を考えれば現状水雷戦隊が編成出来る人員を早期に確保してある程度集中的に育成する必要があると思います」

 

 

 第二特務課艦隊は設立当初から想定していたよりも所属艦娘の数が増えていた、そして戦力としてもかなりのレベルではあったが艦種が大きく偏っており、艦隊戦のある意味軸である水雷戦隊が編成出来ないという大艦巨砲主義艦隊と呼べる物になっていた。

 

 珍しく正論を口にする夕張に、真面目な相の長門、確かに彼女達の言う様に水雷戦隊というある意味一番ポピュラーな艦隊を有していなければ教導活動に支障が出るのは確かであり、現在の第二特務課は任務を遂行する為の手段を欠いた状況と言えなくも無い。

 

 それを埋める為に建造して人員を確保したとしてもそれは錬度1の新人、幾ら手錬の艦娘が付きっ切りで艦の育成をしても錬度の上昇にはそれなりの時間は必要であり、戦力の拡充という面では成る程早い内に手を打っておいた方が良いのかもしれないと吉野は納得した。

 

 

「現在ウチに割り当てられている建造回数は5回、失敗しても成功してもこの回数以上の建造は認められていない、後々の事を考え建造するとすると先ず軽j」

 

「駆逐艦だな」

 

 

 吉野が言葉を言い終わらない内にビックセブンが口を開く、その顔を見ると心なしか少し潤んだ瞳をしており何かに想いを馳せる少女の様な表情をしているぶっちゃけキモい。

 

 

「いやウチには軽巡が一人も居ないので先ずは軽j」

 

「建造はくちくかん以外に選択肢はあるまい」

 

 

 力強く断言するナガモン、しかし駆逐艦と呼称した部分のニュアンスが少しおかしな物に聞こえるのは気のせいだろうか。

 

 そしてどうしてクネクネと身をよじりながら真面目な相で駆逐艦押しをしているのかと言うかキモい。

 

 

「と言いますかもぅどっちでもいいので早く建造させて下さい! 新しく設置した建造ドック試してみたいんです!」

 

「君らもうちょっと建前とか大事にしようよ…… 欲望ダダ漏れじゃないか……」

 

 

 色々書類関係で忙殺されツッコミ力の低下している吉野はコメカミに指を当てながら目の前の欲望に塗れた二人の艦娘に苦言を搾り出した。

 

 現況軍では艦娘の総数は殆ど頭打ち状態になり、建造をしても成功率は限りなく低い物となっている。

 

 例え建造が成功したとしても艤装のみの物が殆どを占め、既存の艦娘が使う艤装のグレードアップに使用は可能なものの、それでは費用対効果が限りなく低いと言う結論を大本営が下した為、資源の無駄遣いを省くという名目で各拠点の建造回数は厳しく管理されていた。

 

 そして第二特務課に今期許可されている建造回数は5回、これは成功しても失敗しても回数の増減はない、更に今艦隊には駆逐艦の数も足りてないが、それ以前に水雷戦隊の旗艦に据えるべき軽巡洋艦が一人も居ない。

 

 

 そういう事でもし建造するなら吉野の言う通り先ずは軽巡から優先して建造をするのがセオリーなのだが、目の前のナガモンは頑なにくちくかん押しで譲らない構えを見せている。

 

 

「現在我が艦隊で水雷戦隊として動ける人員は陽炎さんと不知火さんの二人、時雨さんは今除籍扱いで深海勢として登録されていますので、長門さんの言う通り建造は全て駆逐艦に絞って行い、旗艦は暫く私が勤めるという運用をするのが良いのかも知れませんね」

 

「あ~ 大淀君は艤装持ちだったっけ? まぁそうしてもいいんだけど現場専任の軽巡も一人欲しいんだよねぇ」

 

「良し、話は纏まったな、では行くぞ提督!」

 

「決まってないから! てか引き摺るのヤメテナガモン!」

 

「さぁさぁ工廠に行きますよ~」

 

「そこで煽らないでメロン子! ヤメローショッカー!!」

 

 

 有無を言わさず吉野の首根っこを掴み引き摺る長門、ハイホーハイホーと訳の判らない雄叫びを上げ後に続くメロン、そしてメイド服を着た秘書艦二人が最後尾に続くという狂った大名行列が執務室から出発する。

 

 

「大丈夫でしょうかアレ……」

 

「まぁ水雷系の人員補充の申請は通してありますし、長門さんのアレは不治の病ですので好きにさせないと後々の艦隊運営に支障が出ますから」

 

 

 不安気な妙高の前で眼鏡をクイクイと上下させるoh淀は、薄い笑いを口元に浮かべ閉まっている扉をじっと見ている。

 

 

「まぁここで艦隊旗艦に好きにさせたという実績を残しておけば後々現場側をコントロールし易くなりますし、建造を駆逐艦に絞らせておけば無駄になる資材が最小限で済みますから……問題は無いですね」

 

 

 大本営発表による建造成功率は現在1.5%以下、無駄に消費される資材の量と後々の利益を計算して弾き出された答えに満足した黒髪眼鏡は、既に着任が決まっている大本営からの人事に関するお知らせの紙をポケットにねじ込み更に口角を吊り上げた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「現在我が拠点に設置されている建造ドックはここにある一基しかありません」

 

 

 工廠入り口に到着した夕張は各人に安全ヘルメットを配りながら工廠の説明をしていた。

 

 そこは他の建造物と同じく赤い煉瓦風の建材で建てられた構造物であったが、大型機器の搬入を想定しての事か巨大な鉄製っぽい扉が正面に据えられ、その脇には人が出入りするサイズのスチール扉が設置されている。

 

 その鈍く光を反射する扉は何故か見覚えのある形をしており、『羅生門』という文字が扉のド真ん中に掘られていた。

 

 

「おいメロン子……」

 

「ああそれは前秘密基地に使用していた物を再利用しただけで特に特別な防衛システムは組み込んでないですよ?」

 

「ああそうなんだ……」

 

「むしろ核シェルターより強固なこの建物にそんな物不要ですし」

 

 

 色んな意味で突っ込み処満載な工廠、メインの巨大扉を見れば普通工廠と明記される筈のそこには夕張重工という文字がデカデカと躍っている。

 

 無言で夕張を見る吉野、その視線に気付いたメロンはああと一言笑顔で答え、得意げに人差し指を一本立て扉に記載されているモノの説明を口にする。

 

 

「ウチは兵装開発・実験も担っています、その技術は軍が必要としなくても民生として利用出来る物が出る事が予想されますから、先にパテント関係の事を整備しておくと後々の面倒がないからとアドバイスを頂きまして」

 

「明石?」

 

「はい」

 

 

 赤煉瓦造りの建物群からパシーンパシーンと生尻を叩く音と夕張の悲鳴が響き渡り、明石ぃ明石ぃと繰り返されるお経の如き単語が流れていた。

 

 それは殴打するタイミングと綺麗にシンクロした物であり、聞く者の心を明鏡止水の境地へ誘う効果があったという。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「こ……これが建造用設備の中心になるカプセルユニットでしゅ……」

 

 

 涙目で尻を押さえ説明する夕張の目の前、そこには高さが2m半はあろうかという巨大なカプセル型の物体と、それを取り囲む様に設置された様々な機器、そして横に据えられたコンソール的な物からは液晶特有のぼんやりとした光が浮かび上がり、様々な機器類が所狭しと視界内を占領していた。

 

 中央の巨大なカプセル部分は周りの物が新しい見た目をしているのに比べ何故かそれだけ古ぼけた物に見える、そして正面にある扉の上には半分掠れた『初号』という文字が見え、それも相まって全体的に不自然な雰囲気を醸し出している。

 

 

「初号…… 何かえらく一部分だけ年季が入ってる様に見えるんだけど」

 

「ああそれは大本営に設置されていた一番ドックユニットをここに移設したから見た目が古ぼけて見えるんでしゅね……」

 

「……なんて?」

 

「え? ですから大本営のぉ……」

 

「ちょまっ、大本営の建造ドック持って来たあああああ!?」

 

 

 建造ドック、それは言わずと知れた鎮守府運営には欠かせない設備の一つ。

 

 通常鎮守府などでは上限とされる三基が設置・運用されている、軍の中核である大本営は当然大工廠に建造ドック三基を据えており、人員調整や戦略を立てる関係上他拠点よりもその設備の重要性は上と言える。

 

 そんな大本営の重要な設備をかっぱぐって来たという。

 

 

「大丈夫ですよ、そのドックユニット担当の妖精さんはウチに移籍したので機械だけあっても役に立ちませんし、移設に関しては大淀さんが大工廠側と話を付けてくれたそうですから」

 

「oh淀さんマジ有能…… てかそれにしても大本営涙目じゃないのコレ……」

 

 

 独立艦隊第二特務課事務総括大淀が艦隊に続き工廠の実権を握った瞬間であった。

 

 そして大本営大工廠から吉野が恨みを買った瞬間でもあった。

 

 

「そのドックユニットですが、元はこの旧大阪鎮守府で作られた研究用プロトタイプだったんです、今回の移設はある意味それを元の場所に戻したと言ってもいいかも知れませんね」

 

「ああだから初号なのか…… うん?」

 

 

 夕張のうんちくに相槌を打っていた吉野の足元に体長10cm程の人型がわらわらと集まってくる。

 

 それは工廠で良く見掛けるタイプの妖精さんであり、其々はツナギ姿でヘルメットを被り、其々の手にはちんまい工具とおぼしき物が握られている。

 

 

「んー? 何だかこの妖精さん達提督に言いたい事があるみたいだね」

 

「へ? 時雨くん妖精さんの言葉判るの?」

 

「ん~ どうだろ、何となく判る……としか言えないかな」

 

 

 時雨は吉野の足元に集う妖精の一人を手に乗せて、忙しなく身振り手振りを繰り返すその存在をじっと眺めている。

 

 難しい顔は次第に崩れ柔らかい物に、そして何かを納得して一度頷くとその小さな存在を吉野の肩に乗せる。

 

 

「え? ナニ?」

 

「お帰り、待ってたよ、だって」

 

「待ってたって……」

 

 

 肩にのった小さなそれは、ピチピチと吉野の顔を叩きながら涙を流していた。

 

 工廠に居る類の妖精はボディランゲージで意思疎通を取る事で知られているが、通常過度に人とのコミュニケーションを取る事が無い存在として認知されており、比較的関係が良好だと言われている工作艦でさえ友情という類の関係を築くのは稀である。

 

 そして妖精は感情の片鱗は見せる事があっても涙を流すという事実は確認された事は無い。

 

 

「そう言えばここに集まってる妖精さんって確かこの鎮守府に居付いてた工廠妖精さん達ですね」

 

「ここの?」

 

「はい、先行してここの整備をしていた時なんですが、いつの間にか現れて色々と手伝ってくれたんですよね、で、その後ずっとこの建造ドックの周りに居座った状態で……」

 

 

 足元を見る、そこには綺麗に整列し、工具片手に敬礼をする小さい面々。

 

 笑っている者、胸を張る者、そして涙を流す者。

 

 吉野の前に居並ぶ小さな職人達は皆今まで接してきた妖精達とは違い、明らかに感情を表に出した存在だった。

 

 

 肩に乗る妖精が吉野の耳を掴みカプセルを指差す、まるでそこへ行けと言う様に。

 

 それに従いカプセルの前に行くと小人はカプセル脇に接合されている手すりに飛び降り、しきりに開けた扉の一部をゴシゴシと擦る。

 

 

 今まで銀一色だった地金のそこからは、まるで時を逆戻りにさせたかの如く何かの記号が浮かび上がる。

 

 その落書きにも見える何かを良く見れば、それが文字らしき物だという事が判る、そしてそこに書かれた三つの単語。

 

 

───────── もみじ さくら めぐみ

 

 

 おそらく平仮名で書かれたのであろう辛うじて読めるそれは、どこかで見た事のある人の名前。

 

 その一番最後に書かれている部分をペシペシと叩き、吉野を見上げる小さな妖精。

 

 

「ああそっかぁ、知ってるのかお前達は」

 

 

 少し複雑な表情の吉野が手すりに立つ妖精を見れば、いつの間に取り出したのだろう小さな大槌(おおづち)を肩に担ぎ、拳を天に突き上げていた。

 

 

「まかせろ、だって」

 

 

 何時の間にか横に来ていた小さな秘書艦が小人の言葉を代弁する。

 

 苦笑いを浮かべる吉野の前では時雨の言葉に頷き胸を叩くヘルメットの小人、妙に気合だけが先走ってる感がしないでも無いが、折角やる気を出しているのだからそれを無下にする事は無いなと吉野は頷いた。

 

 

「んじゃ駆逐艦レシピ資源最低量で五回、頼むよ」

 

 

 こうして第二特務課大秘密基地工廠初となる艦娘建造が始まった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「あの…… もう一度確認させて下さい」

 

「ア、ウンソーダネ」

 

 

 提督執務室では建造を終え、新たに着任する事になった艦娘を連れた吉野が大淀に結果報告をしていた。

 

 Oの形で口を開き固まっている妙高、△の口のままクイクイとしきりに眼鏡ポジションを調整する大淀。

 

 その視界には、吉野とその後ろに居並ぶ艦娘が五人、更にその横で恍惚の表情でクネクネと控えるナガモン。

 

 

 秘書艦二人は既にお茶の準備をする為給湯設備の辺りに移動し、更に夕張に至っては何故か真顔のまま口をдの形に開けている。

 

 

「建造結果、五回中五回成功、んで建造されたのは白露型四番艦夕立、朝潮型一番艦朝潮、陽炎型十番艦時津風、神風型三番艦春風、そして特種船丙型あきつ丸さんです……」

 

「え? ご……五回全て成功? て言うか建造確認されてない子とか、最後のあきつさんって……溶鉱炉しちゃったんですか提督!?」

 

「あ……ああうん、何か工廠妖精さん頑張っちゃったみたいで……てか全部資源最低値で回したんですけど」

 

「えぇ~……」

 

 

 第二特務課大秘密基地工廠"夕張重工"、そこに据えられている一基の建造ドック。

 

 それは昔プロトタイプとして作られた後改修を施され大本営に移設、史上初の艦娘建造設備として稼動を開始する。

 

 軍創世期には数々の艦娘を建造したその設備は稀に予想外の建造結果を生み出す事から"大本営の一番ドック"と呼ばれある意味有名な設備でもあった。

 

 

 現在第二特務課で猛威を奮っている金剛型三番艦も昔この設備により建造され、幼女としてロールアウトしていた。

 

 

 そんな摩訶不思議な結果を生み出す建造ドックは再び元あった場所に戻され、何故か摩訶不思議をパワーアップさせた建造結果を叩き出し、この後暫く軍の中で色々と物議を醸し出す事になった。

 

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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