大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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前回までのあらすじ

 ナガモンとメロン子の狂った熱意が大本営から強奪してきた建造ドックで発揮され、妖精さんがヒャッハーした結果第二特務課には新たな艦娘が五人着任したが今回は出ません。

 尚今回はセリフ無しオムニバス練習回

 それでは何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。



明石ビバレッジ

 大阪湾南部の沖に浮かぶ人工島、大本営麾下独立艦隊第二特務課大秘密基地。

 

 その施設群前には遊歩道を挟んで数々の訓練設備が設置されている。

 

 今までの教導艦隊とは違い拠点へ育成艦を招いての活動という形態を取っている事もあり、この鎮守府では通常拠点よりも訓練関係の設備は多く、また充実した物になっている。

 

 

 その中の一つ多目的グラウンド、陸上競技場のトラックを模したそこは外円一周400mになっており、内側は屋外訓練用の機器を設置出来る様数々な基礎が埋め込まれ、天然芝でそれらを偽装している。

 

 トラック部分の地面は微細なゴムを敷き詰めたタータンになっており、ランニングの際下からの衝撃を和らげる為足首や膝に負担が掛からない様配慮がなされていた。

 

 

 時間は0800、そのグラウンドでは一人の艦娘がコースで走り込みを行い汗を流している。

 

 ボブカットの髪を風になびかせて、コルセットの様な胴巻きに朱色のミニスカート、そこから出るしなやかな腿はスパッツで隠され全体に特徴的な格好になっていた。

 

 少し幼さが残る顔の少女は朝食後と夕方の二回は必ずここで走り込みを行いスタミナの維持と足腰の鍛錬を欠かさない。

 

 

 大鳳型一番艦 装甲空母大鳳

 

 タウイタウイで建造された同拠点大鳳四姉妹の三女であり、無類の瑞雲フリークで知られる彼女はタウイタウイから戦力再配置の為一時は最前線リンガへと転任していたが、捷号作戦作戦時に第二特務課艦隊へ臨時編入された後諸般の事情で再び転任、現在は第二特務課へ着任を果たし教導業務の傍ら拠点周辺の哨戒任務を受け持っていた。

 

 性格は生真面目を絵に描いたかの様な物であり、何事にも真摯に取り組み平時は自己鍛錬を欠かさない、装備の嗜好が些か特殊な面を除けば極めて有能且つお手本の様な艦娘であった。

 

 

 重ねて言うが装備の嗜好が些かと言うか病的に特殊な面を除けば極めて有能且つお手本の様な艦娘である。

 

 

 そんな彼女は予定していた距離のランニングを終え、トラック内側に敷き詰められた芝の部分でクールダウンの為暫くウォーキングをし、体をほぐす為にストレッチを行う。

 

 何事にも手順というものがあり、それを無視してトレーニングを繰り返しても効率的な結果は得られない、この装甲空母艦娘はその辺りも充分熟知しておりトレーニング前後の行動にも余念が無い。

 

 

 ストレッチを終え大きく深呼吸をする、初秋特有の気持ちの良い柔らかな日差しに加え海からの風が髪の間を通り抜け汗を霧散させていく。

 

 タオルで首元を拭いつつ喉を潤すために腰に掛けたウエストポーチのベルトに吊っていたスポーツドリンクのボトルに手を伸ばす。

 

 と、そこで初めて端正な顔に戸惑いの色が浮かぶ。

 

 

 いつもはそこにある筈の手製のスポーツドリンクを入れているボトルが無い事に気が付く、いつもは起床後それを作ってボトルに入れ冷やす為に冷蔵庫へ入れて朝食を採りに行く、そして一旦自室に戻り諸々の準備を整え最後は冷蔵庫の中のボトルを腰に吊るしてトレーニングに出る。

 

 そんな無駄の無い行動が彼女のいつも(・・・)なのであったがさて、その今朝のいつもの(・・・・)に思いを馳せるとどうやら彼女にしては珍しく、飲み物を冷蔵庫に入れたままトレーニングに出てしまったらしい。

 

 誰に向けるでも無く苦い顔で溜息を吐き周りを見渡せばグラウンドの向かいには拠点の中枢である執務棟、おぼろげな記憶が確かならあの建物の入り口すぐ内側のホールには飲み物の自動販売機が据えられていた筈だったかと思い出し、ウエストポーチを探って小銭入れの存在を確認すると喉を潤す為に彼女は執務棟へ歩き出す。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 今大鳳の目の前には側面に 『明石ビバレッジ』 とデカデカと書かれた白い箱型の物体が二基並んでいる。

 

 どちらも飲み物の自動販売機であり左側には缶や瓶に入った物が、右にはカップに直接飲料を注ぐタイプの物が据えられている。

 

 喉の渇きを押さえつつ左の自販機に陳列されている販売見本の数々を確認する。

 

 

 左上部には毒飲料界のスタンダードと言われるドクターペッパーの赤いメタリックの缶、そこから始まり隣にはチェッカーフラッグ柄のサスケの缶、以下ひやしあめやらギャラクシードリンクやら眩暈がしそうな色々な飲料が狂い咲いている。

 

 100円硬貨を握り締めながら顔を(しか)めその極彩色のお花畑を眺めていく、そして右下にある最後の缶の辺り、そこには漸く毒とは称されない普通の缶を確認する。

 

 

 

 ナタデココinおしるこ。

 

 

 

 それを普通と評していいのかは判らないが少なくとも他のブツよりは味は普通に違いない。

 

 しかし御丁寧にそれだけはHOT表示、ランニングをした後喉を潤すのにこれ程適さない飲み物は無い、むしろこの自販機で販売している飲み物にランニング後というか平時でも飲むのに適した物は存在していない。

 

 そして視線はおしるこの横にある最後のブツへと移動する。

 

 

 それは何かの缶に画用紙を貼り付け適当なカラーマジックでカラフル且つ適当な斜線を書き殴った訳の判らないブツが鎮座している。

 

 その表には "?" だけが書き込まれ、缶の上には 『何が出るかは買ってからのお楽しみ』 と書かれたプレートが張り付いていた。

 

 

 自動販売機と言うのは内部にはスイッチに対応したラインが存在し其々独立した物が並んでおり、そこには選択したスイッチに対応した商品が納められている。

 

 そして目の前の 『何が出るかは買ってからのお楽しみ』 的な物が自販機に存在している場合普通はその自販機で販売している全商品がそのスイッチに対応したラインに適当にぶち込まれている物である。

 

 つまりその適当な手書き感満載商品のスイッチを押すという事は、この狂ったラインナップの商品のどれかが必ず出てくるという、冒険と言うには余りにもリスクを孕んだ買い物をしなければならないという事を示す。

 

 『何が出るかは買ってからのお楽しみ』 と表記されているが楽しみは一欠けらも存在しない、むしろそのスイッチを押す事は自殺行為と言えるだろう。

 

 

 大鳳は絶望の眼差しで隣のカップ販売型の自販機へ視線を移す。

 

 何故絶望しているのかと言えば、そこにある商品ラインナップも全て隣にあるブツと変わらない物であったからだ。

 

 しかもそれは御丁寧にも加糖・ミルク・氷の有無が選択可能なスイッチが並んでいるという有様である。

 

 

 一体どこの狂人がドクペやギャラクシードリンクに砂糖やミルクを入れて飲むと言うのだろうか、むしろその自販機にはコーヒーや紅茶の類の飲料は存在していない、もしかしてこれはその類の販売機を使用しているがこの選択ボタンはオミットされているというのだろうか。

 

 怪訝な顔で自販機を見る大鳳の後ろ側からは何者かが近付いて来る気配があった。

 

 そちらを向くと満面の笑顔の榛名、恐らく飲み物を買う為だろう硬貨を握り締めスキップでこちらに近付いて来る。

 

 

 二人は挨拶を交わすが、その後榛名はやはり飲み物を買う為右側の自動販売機の前に立つ。

 

 大鳳は邪魔にならぬ様横に移動し何を買うのか観察をする事にする。

 

 

 投入される銀色の硬貨。

 

 人差し指と中指、そして薬指三本が加糖・ミルク・氷と表記されたボタンを三つ同時に押し込み、それが反映された事を示す光がボタンに灯る、全てアリアリというリッチ仕様。

 

 その後流れる様な動作で人差し指がひやしあめのボタンを叩くという悪夢が大鳳の目の前で展開される。

 

 

 カポンとマヌーな音を響かせカップが落ち、ザラザラとクラッシュアイスが投入される。

 

 その音が停止すると琥珀色の液体がジョボジョボと流れ落ち、その後は白やら透明の物が少量投入される。

 

 

 カップが榛名の手で引き出される、僅かに大鳳が見たソレは紅茶にミルクが投入されたみたいな見た目をしていたが、その中身は水飴と生姜、更に砂糖のブーストが掛かりクリーミーさと冷たさが融合した謎物質であった。

 

 

 そのカップの中身を指でグルグルと攪拌した榛名は笑顔のまま一気に飲み干す。

 

 ゴクゴクと嚥下(えんげ)し喉仏が躍動する、ザラザラと何かが流れる微かな音と共にプハーと一息吐いた榛名の手には空になった白いカップ。

 

 

 唖然とそれを見る大鳳の前ではカップの始末を終え、ポッケから再び硬貨を取り出した榛名が今度は左の自販機から缶のひやしあめを一本購入すると、再びスキップのまま執務棟を後にした。

 

 

 玄関ホールには自販機から聞こえてくるヒートポンプのブーンとした機械音だけが静かに流れ、ポツンと一人取り残された大鳳が硬貨を握り締め怪訝な表情のまま榛名を見送っていた。

 

 

 静かに振り向く、そこには変わらず二基の自動販売機。

 

 喉の渇きは限界になりつつあるがそれも忘れ再び商品ラインナップを舐める様に確認する。

 

 何度見返しても自分が飲めそうなブツはやはりナタデココinおしるこしか考えられない。

 

 それもHOTだと今の自分はダメージを負うかも知れない、ならばカップのブツを購入し氷を入れて飲むという選択肢を取るのが被害を最小限に抑える方法では無いか、そう判断して心を決めた時またしても後ろから人の気配が近付いて来る。

 

 

 振り向けばそこには摩耶と電が歩いてくるのが見える。

 

 

 高雄型三番艦摩耶、彼女はペナン基地所属の艦娘であったが大鳳と同じく捷号作戦時に第二特務課に仮編入され、作戦が終わった後流されるまま大本営に連れ帰られた、その後は何故か本人が知らないまま同課へ転任していたという経緯を辿って今は第二特務課大秘密基地で教導任務に就いている。

 

 そして電は大本営医局の責任者であったが吉野の体調管理と時雨の経過観察の傍ら、(かね)てより進めていた研究に専念する為医局総責任者の任を離れ、現在はこの拠点地下の研究ラボの主になっていた。

 

 

 二人もやはり揃って自販機の前に立ち、(おもむろ)にジャンケンを始める。

 

 何故ジャンケンなのか、どうしてそんなに鬼気迫る顔でグーとかパーとかチョキを繰り出しているのか。

 

 

 二人の艦娘による殺意の応酬が収まりそこにあったのは、どこぞのスタンなハンセンばりにウィーと片手を挙げ勝利宣言する電と、地に突っ伏した敗者摩耶というどうでもいい光景。

 

 一体この二人は何をしているのだろうと大鳳は黙って見ていると、よろよろと立ち上がった摩耶がポケットから硬貨を一枚取り出して右の自販機にそれを投入する。

 

 再び押される三つのボタン、震える指で続けて押されるのはあろう事か "?" マークがマジックで書かれたカップの下にあるボタン。

 

 

 カポンとカップが落ちた後シュワシュワと注がれる青い炭酸飲料、自動販売機がランダムで選んだそれはよりよもよってギャラクシードリンク、しかも青。

 

 自販機の前で再び崩れ落ちる摩耶の前では非情にも青い炭酸飲料が入ったカップに追加される白いのと透明の液体、絵の具を溶かした様な濃厚な青に微細な泡、そこに渦巻く白い筋は正に銀河を彷彿させるビジュアルである。

 

 

 プルプルと震える摩耶に自販機から取り出された飲料が電の手によって無理やり口へ注がれる、正に鬼の所業であった。

 

 一体この二人の間には何があったのか、どうしてそんなチャレンジャブルな事を掛けて真剣勝負をしていたのか。

 

 白目を剥き意識が飛んだ摩耶を引き摺る電の背中を黙って見送る大鳳は呆気に取られ、最後までその事を聞くことが出来なかった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 グラウンド脇に設置された東屋(あずまや)ではベンチに腰掛け一人の艦娘が溜息を吐いていた。

 

 目の前の木製風のテーブルの上にはカップに入った黒に近い茶色の液体、それには乳白色の小さな四角が幾つか浮き、更に渦を巻くように白い何かが浮かんでいた。

 

 

 ナタデココinしるこ、クリーム氷入り。

 

 

 数名の艦娘が自販機で飲み物を購入し訳の判らない様を見せ付けたせいだろう、気付けば大鳳はそんな飲み物を購入していた。

 

 フと我に返ればわざわざそんな物を買わなくてもウォーターサーバーで水を飲むなり、自室に戻って冷蔵庫の中にある冷えたスポーツドリンクを飲めば喉の渇きを潤せたはずである。

 

 しかし彼女の前で展開された数々の出来事、まるで人生を濃縮したかの様な非現実的な世界。

 

 そう、真面目過ぎた彼女はそんな事を見てしまった後何故か自分もあの 『明石ビバレッジ』 と書かれた自販機で飲み物を買い飲まねばいけないという訳の判らない精神状態に陥ってしまった。

 

 

 気付けば自分が飲めそうなブツを選び、更にクリームまでinしてしまった。

 

 途中で体が防御本能を発揮したのか加糖ボタンだけは押さずになんとか購入している。

 

 

 普通ならこんな訳の判らない飲み物を前にしたなら口にする事は無くゴミ箱へ放り込む事だろう。

 

 

 しかしこの少女は大鳳型一番艦 装甲空母大鳳である、真面目が服を着ていると揶揄される程生真面目な艦娘なのである。

 

 例えそれが"ナタデココinしるこクリーム氷入り"というちょっと正気を疑ってしまいそうな名称の物でも、それは自分が選択して買った物であれば責任を以って飲まなければという使命感が彼女の心に宿っていた。

 

 そして摩耶の口に流し込まれたあの青い銀河を見た後では、目の前の黒い泥水風な何かでも幾分マシに見えるという勘違いが彼女の決意を更に強固な物にしていた。

 

 

 汗は引き、爽やかな海風が気持ち良く肌を撫でていく。

 

 遠くを見れば水平線の上に陽炎の様に揺らめく淡路島が霞んで見える。

 

 風圧で耳には風によって流れる空気の音が聞こえ、ウミネコのヒャアヒャアという泣き声が聞こえてくる。

 

 

 自然とカップを口に運び、中身を一口流し込む。

 

 

 

 第二特務課大秘密基地。

 

 その施設群内に幾つか設置された 『明石ビバレッジ』 の自動販売機。

 

 その中の一つ、執務棟玄関ホールに設置されたカップ飲料の販売タイプの一台。

 

 この一台にラインナップされている、商品の数を埋めるために適当に入れられていたちっとも売れないナタデココinおしるこの残量は、この日を境に僅かづつだか毎日減っていくのを管理をしている妖精さんが確認したという。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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