大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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前回までのあらすじ

 ナタデココinおしるこクリーム氷入り


 それでは何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。


2020/06/09
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きましたorione様、SIVA_RED様、有難う御座います、大変助かりました。


五分の二 -いち-

 風が凪ぐ。

 

 内海の大阪湾にしては珍しく湿った風が流れ空は雲が一面に広がり鉛色を広げている。

 

 第二特務課大秘密基地執務棟前、そこに二種軍装を着込んだ小柄の男が佇んでいる。

 

 

 深く被った軍帽から覗く落ち窪んだ瞳が立ち並ぶ数々の建物を舐める様になぞり、白が混じる髭に隠れた口がへの字に歪む。

 

 

「新任の提督が指揮する教導艦隊の拠点ってか…… 変わっちまったねここも」

 

 

 小さな背中がゆっくりと景色を噛み締めながら遊歩道へと消えていった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 第二特務課大秘密基地北端、主に透明な建材で建てられたドーム型のそこは医療研究施設責任者電が管理するプライベート空間 『電ガーデン』

 

 敷地面積6000㎡と東京ドームの半分程のそこにあるのはガーデンと称していが世界中に存在する津々浦々の果樹が乱立する果樹園。

 

 柿の木の横にはバナナ、桃の隣にはパイナップルと雑多に植生されはそれらは本来群生する地域と環境が大きく違い、隣接して生えているというのは本来在り得ない姿である。

 

 そんな在り得ない有様をしている木々達はあろう事か全て果実を実らせており、枝ぶりは其々特徴的な物だったが高さが綺麗に揃うという不思議な様を見せていた。

 

 

 元々電の研究開発をしていた生体工学を元に種子の遺伝子組み換えを行い、更に明石の協力の下完成させた 『明石園芸誰でも簡単に出来る果樹園』 シリーズの種を植えて完成させたここは電の趣味空間であると共にこの拠点の艦娘達が集う癒しの場となりつつあった。

 

 

 白衣にタイトスカート、足元はパンプスというドクタースタイルに麦藁帽子というアンバランスなちみっこい電が適当な木々から果実をもぎ取っている傍ら、ドーム内に幾つか設置されたベンチの一つに身を投げ出して転がる艦娘が一人。

 

 

 上着のみと言うか極短のワンピと言うか形容に困る着衣に毛先が灰色の特徴的な髪、小型犬を彷彿させる姿の艦娘時津風は午前の基礎訓練を終えて昼食を取った後疲れた体を休める為にここを訪れていた。

 

 

 彼女は数日前にここで建造された新任の艦娘であるが、課せられた業務は拠点周辺の哨戒と何れは教導任務へ仮想敵として就かなければならないとあり、一日の殆どを錬度上昇の為の訓練に宛て、更に歴戦の者と呼ばれる先達から数々の技と知恵という戦いの為のノウハウをスパルタも裸足で逃げ出す勢いで詰め込まれていた。

 

 訓練を開始してから僅か三日程、そんな短期間にも関わらず教えが良いのか無茶なのか、恐らくは両方だろう現在時津風の錬度は28、改装直前の状態まで至っている。

 

 

「トッキーさんは随分お疲れの様ですね」

 

 

 電がベンチに屍の如く転がる時津風を見ながらクスクスと笑い、肩に掛けた籠的な物から梨の実を一つ取り出してぐったりとした小さなワンコに差し出した。

 

 目が虚ろで口からエクトプラズム的な何かが出てきそうな雰囲気の時津風は、プルプル震えつつも電が差し出す果実を受け取り、相変わらずベンチに身を横たえたまま力無くそれに齧りつく。

 

 瑞々しさと清々しい甘みが心地良く、疲れた体に染みるような癒しの感覚が死に体だった体に僅かばかりの力を取り戻させる。

 

 

「し……死んじゃう、このままのペースで訓練してたら私死んじゃうよぉ」

 

「ふふふ、大丈夫なのです、人間死ぬ死ぬ言っている内はまだまだ余裕があるのです」

 

「んやぁぁ…… 電ちゃんまで長門さんと同じ事言ってるぅぅ、もぉやぁだぁぁ」

 

 

 狭いベンチの上を器用にゴロンゴロンと転がる時津風のテーブルを挟んだ向かいに来た電は、テーブルの上に籠を置いて一息吐くとその中から布とゴム手袋を取出すと、テーブルセットの近くにある古ぼけた石塔に移動して掃除を始めるのである。

 

 

 その石塔は位置にしてこのドーム建造物の丁度中央に位置し、その周辺数mだけは芝生が敷かれた円形をしており、狙ってそう配置されたのかは判らないが日が昇り沈むまでその一角には影が掛からない状態になっていた。

 

 予めバケツに汲んでいた水を数杯柄杓(ひしゃく)で掬って石塔を湿らせ、丁寧に布で撫でていく。

 

 その石塔には 『大阪鎮守府戦没者慰霊の碑』という簡素な一文だけが半分消えかけた状態で刻まれており、大きく変貌を遂げた現在のこの拠点地上設備の中にあってここで起こった歴史を語る唯一の構造物と言えるだろう。

 

 

 一通り掃除を終え、籠に入っている果物の幾つかを石碑の前に添えた電が大きく伸びをして振り向いた時、そこには何時から居たのだろう白い海軍二種軍装に身を包んだ小さな老体がそこにあり、帽子から覗く目は石塔の前に居る電を静かに捉えている。

 

 

「えっと……どちら様なのです?」

 

「ああ済まねぇな、ちぃっとそこの石碑に用があって来たんだが、なんだか一生懸命掃除に没頭してたみたいでつい声を掛けそびれちまった」

 

 

 脱帽し軽く頭を下げる男は顔の下半分が白と灰色の髭に覆われ、頭頂部の肌が露出した老人だったが何故か落ち窪んだ目にだけは鋭い色が浮いており、小さい見た目に関わらず目を引くかの如き存在感を放っていた。

 

 

「俺っちはここのちょい南にある友ヶ島警備府で指揮官をしている唐沢ってモンだ、よろしくな」

 

 

 友ヶ島警備府

 

 前身は太平洋戦争時にまで遡る、本土防衛の為に設置された旧海軍施設、和歌山県北端にある沖ノ島、地ノ島という浅瀬で繋がる陸繋島を要塞化し、淡路島と並んで紀伊水道から大阪湾へ来る敵を食い止める役目を担っていたそこは一時閉鎖し軍管轄の遺跡となっていたが、深海棲艦による強襲で大阪鎮守府が壊滅した後水雷戦隊を軸にした警備隊が配置され、再び近海を守護する基地として運用される事になった拠点である。

 

 本来瀬戸内海と続いている大阪湾及び紀伊水道周辺の海域は呉の管轄となっており、現在再整備された第二特務課大秘密基地周辺海域が大本営管轄の海域になった現在でも友ヶ島警備府は呉麾下の艦隊となっている。

 

 

 ちなみに拠点の位置的近さならこの辺りは呉鎮守府よりも舞鶴鎮守府の方が近いのだが、海軍という海を統括する組織の考え方からすれば陸を挟んで北にある舞鶴は日本海側の拠点であり、海域として区分するならその辺りの海に最も近い鎮守府は呉という分け方に在るため昔から現在もこの内海全般はずっと変わらず呉の縄張りとなっている。

 

 

 そして呉麾下友ヶ島警備府司令長官唐沢隆弘(からさわ たかひろ)という男は元は東京の出だったが、自衛隊が軍として再編された当時から大阪鎮守府、そして友ヶ島警備府とこの海域で戦ってきた生え抜きであり、一兵卒から中佐へと成って基地司令まで上り詰めた叩き上げの士官である。

 

 性格は豪胆、生きてきた時間過ごしたのが既に関東より関西の方が長いにも関わらず周りに染まらず、未だ口にするのは粗雑な標準語という頑固者を形にした様な軍人であった。

 

 

「友ヶ島警備府…… ああ、確か和歌山の水雷戦隊基地と聞いた事がありますね、私はここの医局の責任者をしています電といいます、宜しくお願いしますのです」

 

「電……っていやぁ確か暁型の艦娘さんじゃなかったか? 何でそんな嬢ちゃんが医局の責任者なんてしてんだい」

 

「えっと艤装が半壊してしまいまして……海に出る事が出来なくなってしまったのです、なので今は別の形で艦隊のお役に立とうと後方勤務をさせて頂いているのです」

 

「そういう事かい、艦娘は戦えなくなっても軍じゃ備品扱いだからな…… 昔とは違って今の御時勢じゃ解体もなかなかしねぇって聞くしそういうのもアリなのかも知んねぇなぁ」

 

 

 唐沢は軍帽を被り直し石碑の前に立つと、ポケットから銀色のスキットルを取り出しその蓋に手を掛ける。

 

 目を細め目の前の石のそれを暫く眺めると、手にしたそれを傾け中に入っていたウイスキーらしき物を全て上から注いで手を合わせた。

 

 

「……司令官さんは此処の関係者さんなのですか?」

 

「ああまぁな、昔はここの警備隊に配属されていてな、壊滅後は和歌山に移ったが管轄区にここがあったモンだから立ち寄る機会が多くてな、その度にこうして戦友に会いに来てるって寸法よ」

 

「まるでお墓にお参りに来てるみたいですね」

 

 

 電の言葉に軍帽を深く被り直した唐沢は、蓋を戻したスキットルをポケットに戻し、代わりにそこから取り出したタバコを手にそれを電へ見せて吸ってもいいかという仕草を見せる。

 

 タバコの箱と共に握られた薄い携帯灰皿を確認した電は軽く微笑みながら黙って首を縦に振ると、すまんねと一言唐沢は一本タバコを咥えてそれに火を点ける。

 

 ゆっくり肺へと入った紫煙が口から吐き出され、再び石碑へ向いた唐沢が無表情なまま何かに思いを馳せていた。

 

 

「コレが墓じゃねぇってんなら何だっていうんだい、確かに骨なんざ埋まってねぇがな、ここで死んだヤツらの魂はこの土地に眠ってるんだ……」

 

 

 ゆっくりと静かに、しかし重い空気が口から言葉として吐き出されていく。

 

 

「嬢ちゃんにゃ判んねぇだろうがな、ここじゃ昔人が沢山死んだんだ、軍人民間人関係なく悉くな、あの地獄を知ってるモンからしてみりゃ慰霊塔だけじゃなくこの島全体は墓場であり、あの戦いで血を流したヤツだけが……ここはあんな名前だけのボンボンが土足で足を踏み込んでいい場所なんかじゃねぇんだ」

 

 

 再び煙草の煙を吸い、紫煙の色を濃くしつつ口を紡ぐ、物言わぬ背中からは何かを見ている様にも見えたが、その続きはついぞ言葉として出る事は無かった。

 

 

「いや済まん、関係ないヤツに聞かせる話じゃなかった、気を悪くしたなら勘弁してくんな」

 

 

 半分程を灰にした煙草を携帯灰皿でもみ消しつつ、自嘲の笑いを表に貼り付けながら唐沢は脇にあったベンチへ腰掛ける。

 

 黙って目の前の古ぼけた石塔を眺める男の影からはヨロヨロとした手がニュっと突き出され、テーブルの上にあった籠をまさぐり始めゴソゴソと無遠慮な音を響かせる。

 

 

「梨ぃ~梨ぃ~ もう一個ぉ、電ちゃんおかわり貰っていい~?」

 

「っともう一人居たのかよ……って何だヨレヨレじゃねぇか、おい嬢ちゃん生きてっか?」

 

「はぃぃ? どちら様ですかぁ?」

 

 

 半分溶けかけの状態の時津風に苦笑いで電が籠の中の梨を取り出し渡そうとしたその時、果樹の間を縫って黄色い声が近付いて来る。

 

 それは徐々に大きくなり、声の主は時津風の名前を連呼しているのだろうという事がなんとなく理解出来た。

 

 

「あ~ 夕立ちゃんだぁ、お~い夕立ちゃん、ここだよ~」

 

「あ、トッキーこんなとこに居た! もう探したっぽい!」

 

「なにぃ? どうしたの?」

 

「大変っぽい、すぐ東の演習海域に行くっぽい!」

 

「え~ 今日の演習はもう終わったでしょ、またなんかするの?」

 

「違うっぽい、司令官さんが決闘するっぽい!」

 

「……決闘ぉ?」

 

 

 夕立の言葉に時津風を含む全員が怪訝な顔をする。

 

 司令官と言えばここでは吉野三郎の事を指すのだが、それが軍関係の施設では凡そ聞く事はない 『決闘』 なんて物騒な単語が絡む事になっているというのだ、そんな訳の判らない言葉を聞けば眉を顰めるのは無理からぬ事だろう。

 

 話の内容は良く判らない物だったが詳しく話を聞いてる暇も無いと判断した面々は急ぎ足で案内の為走る夕立に続いてその場を後にする。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 空は相変わらず一面の雲が覆い尽くし灰色が続いている。

 

 風は幾分か収まり波は凪いでいるものの場の空気は重い物になっている。

 

 

 第二特務課大秘密基地東側一帯の小規模演習に割り当てられた海域では修復された黒い鎧甲冑風の耐爆スーツに身を包んだ吉野が緊急脱出艇"松風"に跨ってプカプカとそこに浮いていた。

 

 右手にはいつもの狙撃銃(XM109ペイロード)、そして松風には艦載機に搭載される小型の魚雷が数発搭載されていた。

 

 

 対するはメカメカしいウサミミちっくなブツを頭にフヨフヨ浮かせ、くちくかんにあるまじきムチムチボディに黒のストッキング、艤装に据えられた10cm連装高角砲の他にはアンテナを模した特長的な槍を装備。

 

 青みがかった銀髪を苛立たし気に掻き上げ前を睨むのは吹雪型五番艦 叢雲、第二特務課へ教導隊相談役として着任した艦娘であり、電や吹雪と同じく"最初の五人"と呼ばれる内の一人である。

 

 

 既に二人は演習海域で開始を待つ状態で対峙しており、吉野の顔は相変わらずフェイスガードで確認出来ないが叢雲の顔は怒りを隠そうともしれない物になっており、只ならぬ雰囲気がそこに漂っていた。

 

 

「一体これは何事なのです?」

 

「む、電殿か…… いやこれはちょっと色々事情があってだな」

 

 

 難しい表情の長門によると、事の始まりは小一時間程前に遡る。

 

 元々教導艦として各地を巡っていた叢雲は教導艦隊解体と共に一時国内拠点の幾つかを転々とし、実戦経験の少ない艦隊の教育という活動を個人的に細々と続けていたのだが、第二特務課が居を構えて教導任務を開始するという知らせを受けオブザーバーという形で同課に着任する事になった。

 

 そして今日沖縄から海路・陸路と辿り大阪に到着し、スキップしながらウキウキと早速第二特務課へ着任したという。

 

 

 久々に会った吉野とは当初プライベートを含め談笑に華を咲かせ楽し気な物であったという、しかし教導任務の話に移り、更にその後有事の際の艦隊運営の話になった頃双方の間には険悪な空気が漂い始める。

 

 原因は吉野が海戦を行う際に母艦に乗り込み艦娘と共に戦場へ出るという艦隊運営。

 

 本人は否定しているが元々は過保護が過ぎる程吉野スキスキくちくかんの叢雲である、それでなくとも艦隊指揮官が最前線の鉄火場に出るというのは下策だと言われているのに吉野自身が戦闘海域に出る第二特務課のやり方に納得する筈も無く。

 

 更に元帥の言葉を袖にする程それに固執する吉野が叢雲の話に応じる筈も無く、結論としては双方共に譲らぬこの話はお互いが色々諸々の事を掛けて演習を以ってカタを付ける事になったのだと言う。

 

 

「おいおい……吉野んとこのボンはバカなのか? 人間が海の上で艦娘に勝てる訳ねぇじゃねーか」

 

 

 唐沢が顔を顰め苦言を零すのも尤もな話しである、幾ら艤装の性能の幾らかを失い一線を退いた叢雲であっても教導活動が出来る程には戦える力は持っている。

 

 更に演習とはいえ叢雲の装備は全力戦闘を想定したフル装備、対する吉野は機動に劣る水上バイクに狙撃銃である、普通なら相対する事をせずとも答えは見えている。

 

 

「こちらの司令官さんはそう言ってらっしゃいますが長門さんの予想はどうなのです?」

 

「初手の一撃で勝負は決まる、これは提督の勝ちだな」

 

 

 即答で答える長門、その言葉には迷いはおろか考える事もないという間で口から発せられる。

 

 唐沢はその言葉に横に居る腕を組んだ艦娘を驚きの相で見る、艦娘と深海棲艦が出現して以降戦闘という場からは人間は排除された存在となっていた。

 

 かの存在に比べ脆弱な体、及ばない力。

 

 道具という物を手に地球を支配した生命体はその英知が生み出した最大の武器が悉く効かない異形の前に何も出来ずに屈したのである、わざわざこんな無駄な事をしなくとも勝負はこれまでの歴史が物語っているというのに何を言っているのかと唐沢は長門を睨む。

 

 

「まぁ演習で三郎さんに勝負を挑んだ時点で叢雲さんの勝ちの目は無くなりましたね、冷静な彼女にしては珍しく迂闊な行動なんじゃないかしら」

 

 

 唐沢の横にはいつの間に来たのであろう、青い弓道着に身を包んだ艦娘が涼しい顔をして長門の言葉を肯定していた。

 

 この艦娘達は何を言っているのか、もしかしてこれは決闘と言ってはいるが叢雲が接待演習(・・・・)でもする茶番か何かなのかと唐沢が訝しむが、その思考は演習開始のサイレンの音と共に霧散し、夕立のいう決闘の火蓋が切って落とされた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 叢雲は之の字航行のまま艤装に据えられた10cm連装高角砲で弾幕を張り、牽制しつつ間合いを詰めに入る。

 

 狙いは砲撃で吉野をその場に縫い付け、61cm四連装酸素魚雷の斉射で止めを刺すという王道だった。

 

 幾ら耐爆スーツで身を固めても吉野が乗るのは水上バイク、艦娘に比べ小回りも速度も劣る物であり、深海棲艦よりも尚動きは緩慢である。

 

 そして武装は航空機用小型魚雷に手持ちの狙撃銃、酸素魚雷では無いそれは航跡を読むのが容易であり直撃さえしなければ脅威にならない上、狙撃銃はこの中途な距離では狙いを付けるには難しく、更に操船しつつ撃つには適さない物であった。

 

 止めはこの弾幕による水上バイクの揺れと水柱、手持ちの銃はほぼ役に立たない物だと判断した。

 

 

 飛来する演習弾を足を水面へ叩きつける事により急旋回させつつ躱し直撃を避けるが弾幕の只中からは逃れられない吉野、一気に間を詰める叢雲。

 

 再び斉射で水の壁を作るとそこに酸素魚雷をありったけ扇状に射出する。

 

 

 彼我の距離を考えれば水上バイクの航行速度では不可避の必殺の一撃。

 

 

 飛ぶ様に己が作った水の壁を抜けて叢雲の前にあったのは、酸素魚雷が僅かに残した航跡と、何も無い海。

 

 

「居ない!?」

 

 

 眉を顰める叢雲の背中に微かな異音が聞こえ、足には幾らかの衝撃が走る。

 

 後ろを向くと左手(・・)のみでハンドルの右側(・・・・・・・)グリップを握り、腰溜めのままライフルを構えた吉野が猛スピードで駆けていく。

 

 

 けたたましく鳴り響くサイレンと共に無理な姿勢で水上バイクを操船していた吉野はそのまま投げ出されて水を跳ねていき、猛スピードで走っていた水上バイクは横転と散々な惨状がそこに繰り広げられる。

 

 

『狙撃による艤装核へのダメージ及び主機への魚雷命中により叢雲大破判定、以降戦闘不可とみなし演習は終了となります』

 

 

 どよめく者と静かにそれを見る者、演習を見ていた者の反応は両極端である。

 

 唐沢は前者、それを挟む長門と加賀の反応は後者、開始前に言った長門の言葉がそのまま目の前で展開される結果となった。

 

 

「何だぁ……今の」

 

「提督が乗るアレは夕張がこさえた物でな、一瞬ではあるが70ノットを超える速度が出る代物だ、そしてあのライフルも鎧を着たまま狙撃が出来る様スコープの映像は仮面のゴーグルに映し出される」

 

「スコープの映像しか無い視界であんな無茶な操船をしたら見た通り一瞬で転覆してしまうでしょうが、一発撃つ程度ならどうでもなります」

 

「そうだな、実際の戦場ならあんな事は出来んがこれは演習だ、加賀が言う様にどんな手を使っても相手に大破判定を与えられればいい、そして演習が終了するまで自分が無傷なら勝ちというなら充分理に適っている、そう云った意味ではそれに全力を注いだ装備に尖った戦い方をした提督が勝つのは道理と言うものだろう」

 

「はぁぁ!? んな無茶苦茶な事考えてたってのかあのボンは、つぅかそんな無茶したってあんな状態で狙撃できる確率なんて知れてるだろうが」

 

 

 目の前では海に突っ伏し微動だにしない叢雲と、バシャバシャともがきヘルプーヘルプーと雄叫びを上げる鎧武者、正に阿鼻叫喚である。

 

 そんな緊張感の欠片も無い演習結果を口角を吊り上げ眺める長門は横に居る髭面の海軍司令に視線を移した。

 

 

「空母棲鬼中破、タ級flagship二体轟沈」

 

「……あ?」

 

「ウチの提督の戦果だ」

 

「何がだよ?」

 

「今あそこで溺れている男が戦場に出て直接叩き出したスコアだ、そこらの前線の者でもこれだけの戦果を上げた者は中々居まい」

 

「逆に狙撃以外には何も出来ないとも言いますが、それでも今回のは三郎さんの作戦勝ちですね」

 

 

 淡々と演習の感想を述べる航空母艦と戦艦に挟まれて小さな髭爺は口をあんぐり開けたまま、今もシグえもん助けてとバシャバシャと小さな秘書艦の腰に抱きつく黒い鎧武者を唖然と見つめ続けていた。

 

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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