大本営第二特務課の日常   作:zero-45

69 / 329
前回までのあらすじ

 髭爺が第二特務課大秘密基地にやってきた、大きく様変わりしたそこをムスっとした顔で練り歩く爺、そんな年寄りの前で鎧武者とムチムチくちくかん大暴れという訳の判らない出来事が勃発する。


 それでは何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。


2018/04/29
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きましたK2様、有難う御座います、大変助かりました。


五分の二 -に-

 ムシャムシャと山の様な羊羹を咀嚼するサイドテール、ニコニコとパフェを頬張る鋼鉄ブラの大戦艦、ポイヌ(夕立)子犬(時津風)に挟まれてクネクネとするビックセブンと机に突っ伏してピクリとも動かない銀髪のムチムチくちくかん。

 

 そんな珍妙な集団に囲まれた髭爺は番茶を苦い顔で啜りつつ周りを眺めていた。

 

 間宮謹製の本練り(羊羹)の甘さを以ってしても苦い思いは消えず、甘味処営業の時間帯である食堂の窓から外を見てはさっき起こった訳の判らない出来事へ思いを馳せていた。

 

 

「ところで提督の様子はどうなんでしょうか?」

 

「今は時雨ちゃんと(潜水棲姫)ちゃんが介抱してると思いますが、特に心配する事は無いと思うのです」

 

「そうなんですか、もし大和がその場に居たら真っ先にお助けさし上げましたのに……」

 

 

 一航戦に長門型、更に大和型という国内の地方拠点では名前しか聞くことが無い存在を前に溜息を吐いた髭爺を見て、電は白衣の胸ポケットから梨を一つ取り出して食べますかと気を利かせる。

 

 どこにそんな果物が入るスペースがあるのかとか突っ込んではいけない、彼女の通称は歩く果樹園、ポケットから梨やリンゴやパイナポーが出るのは極自然の事なのだ。

 

 

「はぁ、まぁ色々ぶっ飛んだボンだってのは判ったけどなぁ、それにしたって教導艦隊如きに大和型や長門型かい、中央からやって来たお偉いさんってのはやっぱ違うねぇ」

 

「榛名達は特殊な案件も請け負う艦隊ですし、何かあった際は姫や鬼相手に戦う必要がありますから」

 

「姫や鬼ねぇ、そんな相手にあのボンボンが……いや、まぁそうか」

 

「随分と唐沢殿はウチの提督に突っかかる風に見えるのだが、何かあったのだろうか?」

 

 

 長門の言葉に目を逸らし、難しい顔で茶をすする髭爺、色々言いたい事はあるのだろうが当初思っていたよりもこの艦隊はしっかりした物だという印象があってか、腹の底にあった(わだかま)りを言葉にせず苦い顔でそれを押し止めていた。

 

 聞いた事も無い新任の指揮官、大本営という権力で海域を占有し、更に触れて欲しくなかった場所を変えてしまった存在にいい気はしないが、それら全ては唐沢個人の事情から出る物なので口に出すのは筋では無いというのは弁えてはいる。

 

 しかしそれでも納得が出来ないのはこの人工島に対する執着なのか、それとも年老いた者特有のへそ曲がり気質という物なのか。

 

 

「これと言って特に思う処はねぇよ、まぁ長門さんにそう見えてるってんならそりゃ個人的なモンだろうから気にしねぇでくんな」

 

「そうか……個人的な事なら仕方あるまい、色々と事情はあるのだろうがこれからは色々と付き合いは長くなる筈だし出来れば良い関係で居たいものなのだがな」

 

 

 半分自己嫌悪に陥っている処に正論をぶつけられ益々苦い思いが強くなる、艦娘だの長門型だの色々と色眼鏡を通して見ているが、とどのつまり周りに居るこの娘達は自分達以上に気を使い協調性を保とうと務める、そんな人間よりも人間臭い存在なのだという事が嫌でも判ってしまう。

 

 自分が指揮している艦隊の者もそうだが個人の我という面での強弱はあっても艦娘というのは皆概ね自分の事より他人の事を優先する傾向にある、そこが人と大きく違い、そんな彼女達が力を貸してくれているお陰で軍という組織はまだ形を保っていられるのだという事をこの髭爺は知っていた。

 

 

「榛名さん達は色々経験しているでしょうが大和はまだ鬼以上との交戦経験はありませんから、後学の為に一度お手合わせを願いたいものですね」

 

「おいおい妹の意趣返しでもするつもりか? 只でさえ大食らいなのに修復資材で少ない資源を消費されるとまた提督の毛根にダメージが蓄積するぞ?」

 

「暫く前線へ出る事は無いでしょうしある程度のガス抜き的な物は必要でしょう? 私は間宮でモチベーションは保てますがこの二人はドンパチしてないとキラ付けが出来ないのではなくて?」

 

「加賀よ……武蔵殺しと鉄壁がガチで演習とかお前……それの後始末やら諸々をする私の身にもなって欲しいものなのだがな」

 

 

 髭爺のフッサフサの片眉が大きく跳ね上がる。

 

 武蔵殺し、鉄壁、今目の前の長門型が放った言葉に含まれる単語。

 

 都市伝説と同じ類の調子でどこかで聞いた言葉が目の前で飛び交っている、しかも聞き間違いでなければその単語に合致する存在が目の前に居るという状況。

 

 

「お……おい、長門さんよぅ」

 

「何だろうか?」

 

「いやその……武蔵殺しとか鉄壁っていやぁその、ナンだ……」

 

「はい? 榛名がどうかしましたか?」

 

「鉄壁……なんだか懐かしいですね、大和がその名で呼ばれていたのはもう随分と昔の事です」

 

 

 髭爺が伝説の第一艦隊旗艦(大和)と都市伝説になっている金剛型(榛名)と生エンカウントした事を自覚した瞬間であった。

 

 

「おまっ……ちょっ……マジか」

 

「ふむ、唐沢殿は御存知無かったか、今目の前でパフェをモフっているのは元大本営第一艦隊旗艦の大和、隣に居るのは少し前"ブインの榛名"や"武蔵殺し"とか言われていた榛名、そしてそこの羊羹オバケは同じく第一艦隊に居た加賀だ」

 

「師匠、御自分の紹介を忘れていますよ」

 

「私は羊羹オバケなんてまだファンシーな呼び名で収まってますが、貴女なんて通り名が人修羅なんて人外魔境風味じゃないですか」

 

「ひ……人修羅ぁ!?」

 

 

 髭爺の両眉が跳ね上がる、色々悶々と黄昏れていたそこは艦娘という見目麗しい女性が集うお花畑ではなく、血生臭い物騒な武勇伝を轟かせていた武闘派艦娘に包囲された超危険地帯であった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「何だここは……拠点丸ごとビックリ箱みたいになってんじゃねーか」

 

 

 髭爺はあれから呆気に取られ茫然と周りの艦娘達の会話を聞いていた。

 

 曰く、艦娘以外にも事務の大淀は大本営の主とまで言われていたあのoh淀であるらしい。

 

 曰く、ニコニコと甘味を運んでいた間宮はあの元祖ボスの間宮であるらしい。

 

 諸々の事を考え、居並ぶ錚々(そうそう)たる顔ぶれというには些か過ぎた密集具合のあの場所(間宮)は色々な面で髭爺には精神衛生上宜しくなかった、むしろ少ない頭髪の幾らかは散ってしまったのでは無いかと軍帽の中の惨状を危惧する状態である。

 

 そんな髭爺は適当に茶を濁して早々と人外魔境から逃走を果たし、迎えの船が来るまでの時間を適当に散歩がてらブラブラ歩く事に決めた。

 

 

 遊歩道を北に向いて歩く、施設群前を沿うように設置されたそこは右が赤煉瓦の建造物、左がグラウンドという景色になっており、ただブラブラするだけでも拠点の造りが凡そ確認出来る状況であり退屈凌ぎには丁度良かった。

 

 

 とある建物の前に差し掛かる、カーンカーンと金属の叩く音に惹かれそちらを見ると 『夕張重工』 と書かれた巨大な鉄扉が鎮座する倉庫然とした建造物。

 

 中途に開いた扉から中を覗くとツナギ姿のグレーのポニテが遮光面頬(めんぽ)を被ってバリバリと溶接をしており、更にその周りには黒いツナギの黄色ヘルメットな妖精さん達が忙しなく動く工廠の様子が伺える。

 

 

「工廠? てかあの格好の妖精ってまさか……」

 

 

 黒いツナギに黄色のヘルム、他拠点では見る事の無い特徴的な格好の妖精をこの髭爺は知っていた、むしろその姿を見る爺の頭頂部とは間逆な状態であるフッサフサの眉がまた鋭角に跳ね上がる。

 

 

「あれ? どちら様ですか?」

 

「お……おう、邪魔したなら済まねぇ、俺っちは友ヶ島警備府の司令長官をやってる唐沢ってモンなんだが……」

 

「友ヶ島って……ああ、確か天龍の所の」

 

「あ? 嬢ちゃんウチの天龍の事知ってるのかい?」

 

 

 聞き慣れた人物の名前に跳ねていた眉が下がる、非現実的な世界に迷い込んだかの如き感覚が己の指揮する艦隊の旗艦の名を聞いて現実へ引き戻された気がした。

 

 友ヶ島警備府所属の艦娘は総勢12名、天龍型姉妹二人がローテで旗艦を勤め、以下睦月型で固めた艦隊は昔から艦隊員の入れ替えは殆ど無く、また創立時期が相当以前であった為に艦隊員全てが現在型遅れと呼ばれる艦娘で構成される精鋭(・・)の水雷戦隊であった。

 

 

 自分の艦隊員の知り合いが居たという安心感に色々と気軽に言葉を交わし安心していた髭爺は知らなかった、この目の前でツナギを着た一風変わった元軽巡の工作艦が実は昔大本営でその名を轟かせていた対潜のエースであった事を、水雷一本でやって来た髭爺にとっては人修羅や鉄壁よりも尚その軽巡は雲の上の存在なのである。

 

 ちなみに拠点へ帰った時に眼帯の艦隊旗艦からその事実を聞かされて、髭爺の残り少ない頭髪が数本風に舞うという事になったというのはまた別の話である。

 

 

「しっかしコイツらが誰ぞと一緒に仕事してる所をまた見れるなんてなぁ……」

 

「え? 唐沢司令はこの妖精さん達の事を御存知なんですか?」

 

「御存知ってーかまぁ、そうさなぁ」

 

 

 髭を撫でながら爺はフッサフサの眉で隠れる程に目を細め、足元でチョコチョコ動き回る黒ツナギの小人を感慨深げに眺めている。

 

 

「嬢ちゃんは昔ここが大阪鎮守府って呼ばれていた頃、ここには五人の艦娘達が所属していた事を知っているかぃ?」

 

「ええ、"最初の五人"と呼ばれていた方達ですよね」

 

「そうだ、人類が初めて邂逅した艦娘、その五人はここに所属してたんだが、その五人と共に若干名の妖精って存在も現れた……ソイツらは今の工廠妖精とは違って黒いツナギを着て黄色のヘルメットを被った姿の作業員染みたナリをしてたヤツらだったんだ」

 

「黒いツナギ……ってもしかして」

 

 

 驚きの相で夕張は足元の妖精さんを凝視する、黒いツナギに黄色の安全ヘルメット、他のどの拠点でも見た事の無い特徴的な格好の小人は昔人類が初めて接触した妖精であったという。

 

 髭爺と夕張の視線に気付き首を傾げる小さな存在、この妖精達こそが現在の艦娘運用に繋がる礎を築いた存在であったのだという。

 

 

「昔は妖精なんて言わずにfairyって横文字の呼び方をしてたっけか、まぁあんな事があった後もコイツらはずっとここに居て瓦礫を片し、地下施設を長い間掛けて復旧してきたんだが軍は色々とその辺り表に出すのを嫌ったんだろう、公式にはここをずっと運用不能の壊滅した拠点として扱ってきやがった」

 

「ほわぁ、妖精さん達って凄い人だったのねぇ、て言うかその頃から居たって事は貴方達って電ちゃんとか叢雲さんの同期って事になるんじゃない?」

 

 

 グリグリとヘルメットを指で()ね、プンスカしている妖精さんに苦笑いしつつポケットの中の飴を一粒渡してご機嫌を取る夕張。

 

 それを見る髭爺の顔は今日一番、驚きとそれ以外の何かを多分に含む歪んだ物になっていた。

 

 その変貌に戸惑う夕張、互いに無言ではあるが、片方の小さな軍装の老人の方は小刻みに肩を震わせフッサフサの眉を逆立てていた。

 

 

「な……なぁ嬢ちゃん、聞いていいかい?」

 

「何です?」

 

「今の電ちゃんとか……叢雲さんって、もしや今ここに着任している艦娘さんの事を言ってるのかぃ?」

 

「え? はいそうですけど……」

 

「んで今聞き間違いじゃ無かったらこのfairy達を見てその艦娘さん達の事……同期とか言わなかったか?」

 

「言いましたね」

 

「なぁ、あの二人ってまさか"最初の五人"じゃねぇだろうな?」

 

「あーそういう、確かに今この拠点に居る電ちゃんと叢雲さんって"最初の五人"って呼ばれてる方達の内の二人ですよ?」

 

「マジか……おいマジかよ……」

 

 

 頭を抱える様に呟く髭爺は心配する夕張が掛ける声も耳に入らず、揃って首を傾げてこちらを見る妖精の姿に視線を奪われる事も無い程に動揺をしていた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 よろよろと遊歩道を歩く。

 

 老躯が踏み出すそれは実際の歳以上に老いた者程の弱々しさしか生み出さず、ただ惰性に任せるまま前に進んでいるだけだった。

 

 

 髭爺は思い出していた、あの頃戦った未知の敵性生物との闘争の日々、悲鳴と絶望が染め上げる赤い大阪湾。

 

 会敵すれば誰かが死に、水には様々な物が浮かぶのが日常だったあの頃。

 

 

 それでも戦った、この先終わりがあるかどうかなど一兵卒風情では判らなかったが、それでも日々には微かな希望はあった。

 

 

───────── 小さい背中

 

 

 いつも笑っていた元気な少女、はわはわと言っては頼り無く砲を構えていた少女、何も無い所で転んではいつも絆創膏を貼り付けていた少女、軽いノリだったが周りにいつも笑いを振り撒いていた少女、ぶっきらぼうだったが誰よりも周りを気遣い心を砕いていたあの少女。

 

 

───────── 小さかったが誰よりも頼りになったあの背中。

 

 

 あの笑顔に、背中に、何度挫けた心を救って貰っただろうか、何度(すが)っただろうか。

 

 あの五人の少女が居たからこそ今がある、話を聞いただけの存在ではなく一緒に戦った事がある自分だからこそ、よりその存在の大きさを知っている。

 

 

 知っている、筈だった。

 

 

 自分はあの石塔の前であの子に何と言ったか?

 

 自分よりも多くの血を流し、戦えなくなってもまだ誰かの役に立とうとするあの小さな背中を何と称したか?

 

 お前にはあの地獄は判らないだろうと言い、軍の備品とまで言い放った。

 

 

 あの時一番矢面に立ち、一番その地獄の只中で戦ってきた少女に自分はそう言ったのだ。

 

 

『まるでお墓にお参りに来てるみたいですね』

 

 

 そう言ったあの子はどんな目をして自分の事を見ていたか? 懸命に思い出そうとしてもそれを思い出す事は適わなかった。

 

 何故ならあの時髭爺は自分の世界に引き篭もり、自分のみが悲劇を潜ってきた者だと頑なに周りを拒絶し何も見ていなかったからだった。

 

 

 力無く、宛ても無く、幾らか歩いて気が付けばそこは少女と話したあの石塔の前。

 

 自分が通っていた頃よりも小奇麗に、そして大事にされていると判るそれは傾き始めた日の赤い光を受け、長い影が髭爺を刺し貫く様に伸びている。

 

 まるで老躯を責めるように、あの時の血の色をした光の中で、消えて逝った者達の言葉を代弁するが如き影を落として。

 

 

 それから目を背ける様に力無く視線を彷徨わせた先にあったのは、白衣を着た小さな少女。

 

 

「ああ、嬢ちゃんかぁ」

 

「どうしたのです? 何か忘れ物でもしたのですか?」

 

「そんなんじゃ……いや、そうだな、でっけぇ忘れ物しちまってよぉ、そいつを探してたらここに来ちまってた」

 

「そうなのですか、それなら今は手が空いてますから電も探し物のお手伝いするのです」

 

 

 屈託無く笑うその顔は自分の中にあったあの時の少女のそれと変わらない物だった、もし違う物があるとすれば、そこにはあの時流していた血が無い事と、後ろで纏めていた髪を降ろした程度の物だろうか。

 

 歯を食いしばり、逃げようとする己の目をねじ伏せ、少女が真っ直ぐ見る目を捉え続ける。

 

 

「いや、もうそれは見つかったからいいや、それよりも嬢ちゃんよぉ」

 

「何なのです?」

 

「今朝は……いや、あん時はすまなかったなぁ」

 

「……何の事でしょう?」

 

「俺ぁ知らなかった……じゃなくて、忘れていたんだ、歳は取りたくねぇもんだなぁ、一等忘れちゃいけねぇ事を忘れて、テメェより前に出て戦ってた嬢ちゃんを前に偉そうな事ほざいちまって……」

 

「ああ……」

 

 

 苦し気な独白を前に電は何かを察したのだろう、困ったかの様な笑いを浮かべ肩に掛けていた籠から一つ梨を取り出すと、食べますかとそれを髭爺へ差し出した。

 

 黙ってそれを受け取ると、軍服の胸で幾らかゴシゴシとそれを擦って齧りつく、雑味の無い瑞々しさと自然な甘み、歪んだ口元が少しだけ綻び自然と言葉が口から吐き出される。

 

 

「美味いな、コレ」

 

「でしょう? 電が三日間丹精込めてお世話して育てた梨の樹で収穫した逸品なのです」

 

「……三日?」

 

「はいなのです」

 

 

 明石園芸誰でも出来る果樹園シリーズ24世紀梨、未来の年号を与えられたその果樹はシリーズ中でも指折りの促成力と収穫量を有し、種を埋めて栄養剤のアンプルをぶっ刺し水ダバーすれば三日程で立派な樹に育つというシリーズ中リンゴの樹に並ぶ主力商品であった。

 

 

「唐沢さんが何を思って、何の事を電に謝っているのかは敢えて口にはしませんが、電には謝られる事もそんな目で見られる事についてもまったく身に覚えが無いのです」

 

「いやそうじゃねぇ、そうじゃねぇんだよ、俺ぁ……」

 

「電達は自分の家と家族を守りたいから一生懸命だったのです、誰かの為とかじゃなく自分の為に戦ったのです、結果的にはそれが誰かの為になっていたとしても、それに礼を言われる事も、謝られる筋合いもまったく無いのですよ?」

 

 

 屈託の無い笑顔で言われたそれは、髭爺の想いを全て否定すると同時に全てを許していた。

 

 そもそも許す許さないという前提は最初から存在はしていなかったのだろう、何故なら彼女を含めあの時戦っていた五人は憂う事無く前だけを見ていた、そして信じる物だけを見て戦っていたからである。

 

 最初から存在しない物に対して何をどうして謝るというのだろうか、髭爺とこの少女の間には同じ戦場で過ごした時間は存在していたが、その心根は全く違う物であったのだ。

 

 

「そっかぁ、つえぇな嬢ちゃん達は、俺みたいにずっと後ろ向いてたヤロウとは違ってずっと前だけ見てたんだなぁ」

 

「前だけ……ですか? 良く判りませんが、唐沢さんの考え方はちょっと勿体無い気がするのです」

 

「勿体無い?」

 

「はい、同じ生きるなら今を楽しんで、そして明日も楽しく生きる為に努力をする、でないと勿体無いとは思いませんか?」

 

「勿体無い……ははっ、そうか、なんつーかそう言われるとそうかも知んねぇなって気はするな」

 

 

 並んで石塔脇のベンチへ腰掛ける。

 

 傾いていた日は更に赤を増し、石の碑の影は更に伸びている。

 

 電から貰った梨を平らげ、今朝と同じく煙草を(くゆ)らせ目の前のそれを見続ける。

 

 

「墓参り、か」

 

 

 ポツリと呟く髭爺の言葉に電は苦笑し、籠の中からバナナの房を取り出してその中の一本を剥き始める。

 

 それを口に入れモゴモゴと咀嚼して甘みを楽しみ、今も石塔を見る髭爺を眺めた。

 

 

「唐沢さんに一つだけお願いがあるのです」

 

「ん? お願いってか? 何だよ」

 

「ここは昔も今も変わらず電達の家なのです、そしてそれを守る為に沢山の人たちが頑張って守ってきたのです」

 

「……あぁ」

 

「だからここを墓場とか悲しい事言わないで欲しいのです、でないと頑張ってきたみんなが可哀想なのです」

 

 

 煙草の煙が影に掛かり、音も無く時間だけが過ぎていく。

 

 

 

 呉鎮守府所属友ヶ島警備府基地司令長官唐沢隆弘(からさわ たかひろ)という男、彼は旧大阪鎮守府跡地に建てられた教導艦隊拠点へ打ち合わせに出かけた日を境にほんの少しだけ、雰囲気が変わったと彼の艦隊旗艦である眼帯が語ったという。

 

 相変わらず頑固者で禿げ頭、言葉は粗野な標準語であったが、以前と比べ僅かであったがフッサフサの眉を上下し声は上げないが笑う姿を見るのが多くなった。

 

 そして何故かこれまで購入した事の無い育毛剤をこっそりと通販で入手しているのを、同じくもう一人の艦隊旗艦である天龍型二番艦が見てしまったという。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。