大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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前回までのあらすじ

 髭爺と電ちゃん梨食べて昔話、そんなお話。


 それでは何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。


2016/10/11
 一部単語修正
 御指摘頂きました黒25様有難う御座います、大変助かりました。


五分の三

 吉野は悩んでいた。

 

 新たなる拠点へ移り足場固めに奔走し、続々と着任する者達ともコミュケーションを交わして任務遂行の為役割を与えていく。

 

 着々と形になる組織、細分化される仕事。

 

 そんな忙しい日々を幾日か掛けて消化していった現在、残るは足りないと思っていた人材の到着と、対外的な細かい調整。

 

 

 全てが順調に推移するかに見えた現在、この第二特務課の主の中には手を付けていない最も重要だと位置づけていた案件がまだ手付かずで残っていた。

 

 

 諜報活動

 

 読んで字のまま、情報を探り解析し、諸々の活動の為の資料に用いたりまたそれをそのまま武器として使用する、吉野がずっと携わっていた専門分野。

 

 

 第二特務課というのは色々と特殊な部署であり、また軍内外での立ち位置も複雑である。

 

 そして大隅巌(おおすみ いわお)大将麾下から外れ独立組織として運用する事になった今は、当然その傘下に頼っていた物全てを自前で用意しなければいけない状況にある。

 

 

 事務方(じむかた)含む運営は増員された人員が安定して回している、戦闘面に於いては穴を埋める人事を行った事で磐石な物になった、福利厚生で言えば過剰な程充実していると言える。

 

 しかし今第二特務課には情報を専門に扱う人員は居ない、それに適した者として陸軍では憲兵活動に並び諜報でも活躍しているというあきつ丸に期待はしていたが、いかんせん彼女は建造されて間もない艦娘である。

 

 将来有望と判断して仕込むのは確実としても即戦力としては使えない。

 

 暫くは自分でなんとかするしか無かったがさて、吉野自身そんな技術に知識があっても結局諜報というものは横の繋がりが一番重要な物である。

 

 その一番大切な(つて)は個人でもある程度持ってはいたが、鎮守府活動を支える程には自分のそれは当てに出来ないのは判っていた。

 

 個人間の繋がりとは信頼が重要であるが、仕事としてそれを繋ぎ止めるのは信頼よりも信用と担保が優先される。

 

 幾ら個人的能力に秀でていたとしても、その多くは"大隅大将麾下の一員"という保障があってこそ相手は安心して取引してくれるのである。

 

 多少は大隅の影響が残っているとは言っても現在吉野は独立したての実績も無い新任指揮官である、取引相手を安心させる担保と保険がまるで無い状態であっては活動が大きく制限される事だろう。

 

 

 そんな現状を憂いていても仕方なく、取り敢えず動かなければいけないという状況なのだが、それをするには先ず人員を確保した上に予算が必要になる。

 

 取り敢えず予定通りあきつ丸を担当に据えて大淀に相談し予算の確保、先ずそこからかなと思った吉野は大淀に相談を持ち掛けた。

 

 

 そうしてしかし、大淀が吉野の話もそこそこに差し出した一枚の書類、一体何だろうかとそれを確認すると一番上には 『第二特務課情報部予算及び設備購入に関する要望書』 という文字が刻まれている。

 

 

 ハッとした表情で大淀を見る。

 

 

 流石大本営眼鏡序列一位と言われた才女である、伊達に武蔵や霧島ネキから(あね)さんと呼ばれている訳ではない。

 

 吉野がまだ何も言わない内から先を読んでもう準備を進めていたのかとその先見の明と行動力に恐れおののいた、まるで何でもお見通し超人なロックさんを前にしたモブ的気分である。

 

 震える手を押さえ書類を読み進めていく、そこには主に内務での活動に使用するのであろうパソコン関係の部品や設備機器の数々、そして細々とした備品の名称が羅列されている。

 

 良く見ればその殆どは既に予算を通った事を示す 『済』 の文字が書かれていた、何という事だ、もうここまで準備を整えていたのかと更に吉野は戦慄し背筋に冷たい物を感じた。

 

 視線は更に下へ移動する、そこには予算の決済待ちである数々の物品名称がズラズラと記載されている。

 

 そっちにも目を通してみると、某練習巡洋艦が世の提督諸氏に10万本程を売り付けまくったというあの栄養ドリンクの名前や寝袋、プ○ステにポテチと何やら一風変わったというか首を捻る名称が羅列されており、最後に至っては人をダメにすると評判のあのソファーの名前までもが刻まれていた。

 

 

「お……oh淀君」

 

「はい、何でしょう?」

 

「あのそのこのポテチとかプレ○テとか例のソファーとか、これは……」

 

「はい、情報部から上がってきた設備要望類です」

 

「情報部ぅ? 設備要望ぉ? なぁにそれぇ?」

 

 

 吉野の聞いた言葉が間違ってなければこの拠点には既に情報部が設置されており、この備品の数々はそこから要求された物という事になる。

 

 怪訝な表情の吉野を前に大淀は暫く何かを考え、(おもむろ)にその手を掴む。

 

 こちらへと言われなすがまま吉野は手を引かれ執務室を出る、そこから歩いて三歩、歩みを止めた大淀は執務室隣にあるドアを指差した。

 

 

 訳が判らないが、大淀がここへ案内して来たのなら恐らく吉野を納得させるだけの何かがここにあるのだろう。

 

 ノブに手を掛け回してみるとどうやら施錠はされておらず、少し開いた隙間からは手を刺す様な冷気が流れ出てくる、これは殺気か何かの類がそう感じさせているのだろうか。

 

 カチャカチャという音が微かに聞こえ何かの気配が感じられる、吉野は一度深呼吸して息を整え、ゴクリと唾を飲み込みつつゆっくりと扉を開く。

 

 

 ブラインドを降ろしている為昼なのに薄暗い室内。

 

 秋も近いと言うのにエアコンが全開運転で稼動しガンガンに冷え切った空気。

 

 部屋の奥にはモニターが三台横並びに展開し、巨大なフルタワーパソコンのファンがウィンウィン唸りを上げ、それら全てが乗っかったロータイプのパソコンデスクがぼんやりと確認できる。

 

 更に部屋の中央にはこたつが置かれ、その上には食べ掛けの菓子やノートパソコンが並び、其々の位置には誰かが座り込みモニターを眺めながらキーボードをカチャカチャと叩いている不健康極まりない惨状。

 

 足の踏み場も無い程散乱した空のペットボトルや菓子の空き袋の中でもぞもぞと動くその様は、全日本ダメな職種代表自宅警備員というジョブを彷彿とさせる様相を呈していた。

 

 

「フヘッ、キタコレ! ペナンの潮ちゃんからタレコミで司令官がオッパイ魔人で毎日視線が辛いってタレコミゲット!」

 

「ん……交渉用リストに記録してフォルダに入れとく」

 

 

 世のインドア派紳士の正装と言われる着る毛布に身を包み、薄桃色の髪を丸い飾りの付いたヘアゴムでツインテに纏めた駆逐艦と、黒い座敷童の如き髪にドテラを羽織った駆逐艦の二人が何やら聞いてはいけない気がする会話を交わしている。

 

 

「おい、そこのイチゴパンツにダメNEET、何してんだ」

 

「うい? あ、サブちゃんチーッス」

 

「ニートじゃない、仕事してる……」

 

 

 色んな意味で魔窟に変貌した部屋でインドア生活を謳歌している二人の駆逐艦。

 

 吹雪型三番艦 初雪と、綾波型九番艦 漣。

 

 ちなみに漣に至っては例の"最初の五人"の内の一人であり、吉野の記憶が正しければ彼女は三年前より所在不明と言われていた筈であった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「で? いつからココに()んでたの?」

 

「何か単語のニュアンスが変に悪意を含んでいる気がしますよ? て言うか執務棟完成してからすぐ入居してました~」

 

「ん……んんんん? ワンモァ、プリーヅ」

 

「え? だからここ出来てからすぐに、直後に、すかさず入居してましたぞ?」

 

 

 吉野は黙って机の引き出しから第二特務課に所属の艦娘が記載されている書類を取り出して、それを着任日付順に確認していく。

 

 確認漏れが無い様二度三度と眺めてみたが、そこには漣と初雪の名前は無く、また所属部署とされる情報部という部署の存在も確認されない。

 

 ふぅと溜息一つ、漣の目の前にそれを見せ、バシバシと叩きながら何故着任リストに二人の名前も所属部署の情報も無いのかと問いただす。

 

 

 書類を手に取りページをめくっていく漣。

 

 そして最後のページまでめくり終わったあと一旦それを閉じ、リストをひっくり返したそこには 『情報部:室長漣、係長心得初雪』と簡素に書かれた文字があった。

 

 

「ってナニ最後のページの裏面にこっそり書いてんの!? トンチ!? イッQさんリスペクトしてんの漣!?」

 

「流石のサブちゃん鋭い突っ込み、もう久々で漣なんもいえねぇ~」

 

「冗談はそのフルーツなパンツの柄だけにして貰おうか……」

 

「たれぱんだ柄のトランクスに言われたく無いのですよ……」

 

 

 執務室という拠点の中枢で互いにパンツの柄をネタに言い争う、そこには拠点司令官としての威厳も最初の五人と語り継がれている存在の尊厳の欠片も感じさせない醜い抗争が繰り広げられていた。

 

 

 この漣という駆逐艦は自らの欲望に忠実であり、平時からは何かにつけ娯楽を追及するという事に執念を燃やす艦娘であった。

 

 曰く、夕張と夜通し語れる諸々のヲの知識を有しているという。

 

 曰く、趣味が高じてパソコンを自作し、更に色々良からぬプログラムを組んではそれをネットに流し悦に浸る他、難攻不落と言われる企業のセキュリティを破るのがライフワークである。

 

 曰く、パンツはイチゴ柄しか認めないと豪語するどうでもいい拘りを持っている。

 

 

 吉野の耳に届く数々の逸話はどれもこれも禄でもない話ばかりという、最初の五人の中で最も色々ダメな物に毒されてしまった艦娘、それが漣という少女だった。

 

 

「つーか自分より前に拠点入りしてたって事だけど、全然姿見なかったのはアレ、隠れてたの?」

 

「あー、部屋にシャワーもトイレもあるし、必要物資は電話一本明石宅配サービスがあるし、あそこで全部完結してるって言うかぁ」

 

「いやいやいや、メシとか色々あるじゃない」

 

「えっと、食べたい物メモに書いて、ドアの隙間からこう…… そおっと出しておいたらいつの間にか部屋の前にごはんが届くみたいな?」

 

「えっ、ナニソレどういうシステム!?」

 

 

 重度の引き篭もり二人が執務室の隣に生息していた事を吉野が知った瞬間である。

 

 むしろ酒保の本拠があるという環境に加え、元祖マミーヤのサービス精神がこの二人のダメ度を更に加速させた結果が生んだ、鎮守府内ニートの成れの果てがここにあったと言うべきかも知れない。

 

 

「ねぇ……もう帰っていい?」

 

「帰るって……いやいやいや、キミ自分と初対面だよねぇ、何でそんなにすっかりとココに馴染んじゃったりしてるワケ? ほら何と言うか、初めましてとか色々着任の言葉とかあるんじゃないかなぁとか提督は思う訳なんですよ」

 

「……あけおめことよろ」

 

「いやそれ用法も季節的なアレも全部間違ってるから!?」

 

 

 やたらと温度差のある会話が繰り広げられている執務机、その様子を見ながら何か言い難そうな雰囲気を全身に纏わせた妙高が吉野の傍までやって来る。

 

 頭を抱え眉根を寄せていた吉野はそれに気が付いたのか、どうしたのと問えば妙高の口からは色々な事の次第が語られ始める。

 

 

 先ず漣着任と情報部設立の書類は自分が扱った物である事、提出された書類に不備は無く正式な書式として作られていたという事。

 

 更に情報部というある意味専門分野という特殊性を秘めた部署関係の物であった上に、そこを統括するのは吉野と縁深い漣であった為、それらは吉野が差配した物なのだと勘違いした妙高はそのまま全ての手続きを済ましてしまったのだという。

 

 色々な誤解と配慮が同じベクトルに向いてしまった結果、公費をつぎ込んだ魔窟が執務室の隣に誕生したのであった。

 

 

「まぁ色々設立と管理に問題があった訳ですが、上がってきた情報と精度は中々の物ではないかなと」

 

「え、マジで?」

 

 

 大淀が吉野に書類の束を手渡す。

 

 それはちょっとした週刊誌並の厚みがあるA4サイズの紙束がファイリングされた物であり、表紙の部分には 『海軍拠点戦力分布詳細』 と印字されたシールが張り付いている。

 

 眉を顰めて中身を確認する。

 

 そこには国内外に点在する拠点全てに所属する艦娘の名前と錬度、更に得意とする戦術と性格等凡そ現地で調査しなければ判明しないのでは無いかという情報が詰まっていた。

 

 もしその情報が正確な物であるなら各海域の戦力的穴を探り出し、その部分の補強をする為こちらから通達して教導を受けさせるという事も可能になる、今の第二特務課にとってそれは正に宝の山と言っても良い代物であった。

 

 

 そんな情報の羅列を見ても吉野の顔は優れない、その理由は各艦娘の情報に書かれている諸々の記述。

 

 建造年月日に続き所属部隊での戦績や普段使用している武装の数々、更には趣味や性癖から異性(同性含む)の好み、更に好んで着用する下着の色とある意味見てしまうと情報を吟味するより先に、何と言うか罪悪感というか憲兵という言葉が脳裏を掠めるというかそんな禁断の書風味な仕上がりとなっていたからである。

 

 

 何故戦力分布的な資料に趣味とか下着の色みたいな情報が必要なのか? 性的な趣味嗜好(同性含む)みたいな個人情報はスルーするというのが大人の対応という物では無かろうか?

 

 むしろそんな事を知ってしまうと吉野はまた色々と余計な恨みを多方面から買ってしまうという危険を孕んでいる。

 

 

 チラリと見えてしまったパラオ所属足柄の勝負下着が純白シルクのレース下着というのを見た吉野は、思わず熱くなった目頭を押さえつつそっとファイルを閉じるのであった。

 

 

「……漣サン」

 

「何です御主人様?」

 

「何で御主人様呼びなの? ってかこの情報の数々ってどうやって収集しましたか?」

 

「世の漣は基地司令官の事を御主人様と呼ぶのがデフォなのでそうする事にしました、てか情報源は主にこんな感じで」

 

 

 ポケットから取り出される齧りかけのリンゴマークが張っ付いた9.7インチタブレットを、サイズ的に収まるには物理的にどうなのだろうかというスカートのポケットから取り出し、漣は何やら指でコチョコチョと操作している。

 

 そうしてコトリと吉野の目の前に置かれたタブレットの画面には何やらピンクのバックグラウンドが目に染みる掲示板的な物が映っている。

 

 

 そこにはサイトタイトルであろう 『鎮守府裏掲示板』 というやや大きめのファンシーなフォントの文字が書かれており、その下には目を細めないと読めない程細かい文字でビッシリと様々なスレッドが立てられている。

 

 それは各拠点の名前が書かれていたり、提督個人の名前が晒されていたりと先程の書類とは別な意味で目を覆いたくなる様々な文字が画面一杯に並んでいた。

 

 

「……鎮守府裏掲示板ん? なぁにこれぇ?」

 

 

 諸々のスレッドタイトルの中には吉野の知る名前も多く含まれ、気のせいでなければ大隅巌や坂田一というタイショーとかゲンシちっくなとてもよく知っている単語もバッチリそこに書かれている。

 

 当然それらは名前だけじゃなく前後に括弧が配置され、その中には拠点名とかロリコンとかドMとかオッパイ星人とか、とても正視するのが困難な単語がinされるという中身を閲覧しなくてももうそれだけで全てを悟ってしまうタイトルの数々。

 

 鎮守府裏掲示板とは日々鬱積した物を心に抱えた艦娘達が、匿名で色々な愚痴や情報を書き込む漣が運営する秘密の掲示板である。

 

 

「書き込み情報はIPアドレスを拾った後、有益な情報と思った物は会話誘導してふるいに掛けて、更に関係者と思われる子に直接世間話的な話を振って確認した後情報としてファイリングと、それはもぉ時間と手間を掛けて収集してるのですよ」

 

「ちょっとこれナニシテンノ……ねぇこれゲーハーとかロリペド糞野郎とかもぉヤメたげてよぉ……」

 

 

 全拠点の一部艦娘からに続き、各拠点の基地司令達からも吉野が恨みを買ってしまった瞬間であった。

 

 吉野は心が痛過ぎてスレタイ群からタップする事も出来ず、雨に打たれた子犬の様に目を伏せてプルプル震えている。

 

 

「大丈夫、ご主人様の情報は漣と初雪ちゃんが工作してちゃーんと情報操作してますよ」

 

 

 ズビシと漣が刺したそれ、そこには 【今が旬】旧大阪鎮守府第二特務課その48【玉の輿】 という表現に困るスレタイがよりにもよってトップに上がっている。

 

 今が旬という生々しいサブタイトルなそのスレッドはそろそろ50の大台に届こうかという数のスレッドを消費した状態であったが、吉野はそれを見る事無くタブレットの電源をOFFにする。

 

 

 

 こうして様々な謀略と駆け引きを電子世界で繰り広げ、情報という宝を拾い集めた彼女達はoh淀が強く推薦した事もあり、現場エージェントとしてあきつ丸を迎え正式に第二特務課情報部として活動を開始する事になったのであった。

 

 

 

 




 それでは何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。


 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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