大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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前回までのあらすじ

 第二特務課に情報部が設置される、そして重度の引き篭もりが二人配属される。


 それでは何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。


(※)御注意
 
 今回は色々書き溜め分を投下し、更に話の切り処が掴めないままの投稿である為文字数が酷い事になっております、一万字超え、今までの中の最長になってます。

 そんなの読むのダルい勘弁という提督の皆様は筆者の編集能力の無さを罵倒しつつ、ブラウザバックをどうか……お願い致します。



2018/07/11
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きました坂下郁様、K2様、有難う御座います、大変助かりました。



金髪オッパイツインテサイコパス空母とオマケのモナカ

 大本営麾下独立艦隊第二特務課。

 

 その拠点にある執務室で吉野は今日も新たに着任を果たし挨拶に訪れた艦娘二人を前に、口元を引きつらせ乾いた笑いを漏らしていた。

 

 

「今日からこちらでお世話になる事になりました、給糧艦 伊良湖と申します、今後は間宮さんと共に拠点での給糧業務及び通販部門の業務に就く事になると思います、どうか宜しくお願い致します」

 

 

 給糧艦 伊良湖

 

 前髪を眉の上でパッツンし後ろ髪を赤いリボンでポニテに纏め、学校の給食係の様な袖付きのエプロンを装着したミニスカ乙女、間宮と並び軍の給糧業務や甘味を支える柱の一柱であり、間宮程の存在感は無い物の彼女の作る伊良湖最中(もなか)を始め数々の甘味には多くのファンが存在する給糧艦である。

 

 

 現在の第二特務課大秘密基地に於ける給糧業務は現状間宮一人でも余裕の状態であり、龍鳳やその他料理好きの艦娘が手伝いに加わる事で何ら問題も無い状態である。

 

 しかしこの間宮が大本営から第二特務課大秘密基地に移動して来た事により、色々な問題がここでは無く大本営側で発生する事態となっていた。

 

 

 先ず基本的に間宮という存在はどれも能力的に差があるものでは無いのだが、大本営に居を置き元祖とされてきた間宮には、"大本営に居る間宮"若しくは"間宮本店の主"という他の間宮には無いネームバリューが存在している。

 

 味は他と変わらないが、顧客側にはそのネームバリューという物が調味料として作用し、感じない筈の味の変化がプレミアとして形を成すという状態になっていたのである。

 

 それ故地方拠点から大本営へ来た者は土産物として、または贈答品として間宮の甘味を購入するという風潮が幾らかあり、それは店が大本営という場所にあるという事も加味され特別な物として定着をしていたのであった。

 

 しかし今回その間宮が地方拠点に店ごと(本来は間宮自身だけなのだが)移転し、更にその作る品々の入手々段が無くなるという状態になった際数々な要望やクレームが寄せられ、その対応に迫られた大本営が第二特務課(主に黒髪眼鏡)に相談を持ち掛け、協議の末出した答えが『元祖間宮』ブランドの立ち上げ、そして商品の通信販売という事業の運営という形に落ち着くことになった。

 

 

 そして通販業務を行うとなれば間宮自身の生産能力を遥かに超える形となり、また拠点の給糧業務と甘味の研究というのに並々ならぬ執念を持つ彼女としてはスタッフの増員と業務をこなす設備拡張は譲れない物であり、それをクリアする為大本営は数々の協力と予算の支出を強いられるハメとなった。

 

 

 先ず食堂兼甘味処のキッチンは拡張され、多くの設備を設置する事になった。

 

 そして専属の妖精さんが数多く所属する事に加え、以前から給糧業務を兼任していた龍鳳が正式にそっちへ配属する事が決定した。

 

 更に以前から甘味に強く興味を示し足繁く間宮の元へ通っていた春風も甘味処専任のスタッフとして所属する事になり、錬度が一定の辺りまで上昇したら正式に間宮へ移動する事になった。

 

 

 しかしそれでも生産量という面では業務を開始出来る状態であったが質、そして品揃えに不満がある間宮が最後に要求した条件、それは

 

 

「長らく間宮さんと大本営で活動してきましたが、本店をこちらに移し事業を拡大して活動をすると言う事でお誘い頂きまして、それに天下の台所といわれる地域なら色々と研鑽が出来るのではと個人的な理由ではありますが思い立ちまして、思い切ってこちらでお世話になろうかなと……」

 

「……長らく間宮さんと……本店で……伊良湖君、ちょちょちょ~っと聞きたい事があるんだけど……」

 

「はい、何でもお聞き下さい提督」

 

「んとぉ、伊良湖君て大本営の間宮本店で居たあの伊良湖君でいいのかなぁ……」

 

「そうですね、大本営で間宮が開店した時から給糧業務をさせて頂いてきました伊良湖です」

 

 

 元祖間宮に続き元祖伊良湖がやって来た、それは正に間宮が大本営に条件として突き付け受理された人事であったが、世間的な認知によると第二特務課指揮官の吉野が間宮に続き伊良湖までもを引き抜いたという事が拡散された瞬間でもある。

 

 当然また吉野自身が知らない処で身に覚えの無いヘイトがグンとアップした瞬間であった。

 

 

「あそう……そうなんだぁ……何と言うかうん、が……頑張ってネ……」

 

「一応業務立ち上げの為のスタッフの確保、予算の拠出は大本営側からの希望とあってあちらの方からの御協力は頂きましたが、以降運営コストを差し引いた純利益の配分は我が拠点が八、大本営がニという形で業務を進める事で既に話は付いております」

 

 

 ハチニーという極道もビックリな取り分をニヤリと口にする黒髪眼鏡が吉野に止めの一撃を加える、正に世は非情なりである。

 

 

 更に話はこれに留まらない、間宮の人員拡大に於いて拠点戦力の為龍鳳と春風が居なくなった関係で、抜けた戦力の補填という要求が第二特務課(主に黒髪眼鏡)から大本営に上申(という名称の脅し)され、それに付いての異動人事が行われた(・・・・)

 

 繰り返し言おう、行われた、既に決定事項である。

 

 

 先ず龍鳳という航空戦力の代替として舞鶴鎮守府へ大本営から出向という形で所属していたGraf Zeppelin級一番艦 正規空母Graf Zeppelin(グラーフ・ツェッペリン)改が送られてきた。

 

 そして春風の穴埋めとして横須賀鎮守府より何故か軽巡洋艦である球磨型一番艦 球磨が着任する事となり、諸々の調整を経て後日着任する予定になっていた、何故だ。

 

 

 吉野へ決定済みを示す『済』の印が押された報告書を提出するoh淀は眼鏡をクイクイとしつつ無表情である、なんと言う事でしょう。

 

 

「Guten Morgen. 航空母艦Graf Zeppelin、舞鶴より配置に就く事になった、貴方がここのBOSSか、よろしく頼むぞ」

 

「ア、ハイ宜しくお願いします……」

 

 

 本日二人目、そして吉野の最大の懸念である艦娘が着任の挨拶を口にする。

 

 

 航空母艦Graf Zeppelin

 

 Graf Zeppelin級のネームシップであり、史実ではドイツ第三帝国下で建造に取り掛かってはいたが進水はされなかった未成艦という前世を持つ艦娘である。

 

 

 正規空母としては艦載機搭載量は少な目であるが、夜戦でも戦果が期待されるほどの砲火力を有し、耐久も元が戦艦として建造を始め、後に航空母艦として改装された加賀に迫る防御性を誇る。

 

 燃料・弾薬等の消費量は重い部類に入る艦娘であるが、昼夜運用可能な唯一の航空母艦という事もあり戦略的に扱い易い存在として知られている。

 

 

 そんな彼女を前に吉野が頭を抱える理由、それはGraf Zeppelinという艦娘(・・)に対してでは無く、目の前に居るGraf Zeppelinという彼女(・・)に由来する物がそうさせている。

 

 

 ドイツという国は、現在ヨーロッパ諸国内に於いて艦娘の保有数、そして運用が飛び抜けて高いレベルにある国である。

 

 しかし陸続きの隣国に囲まれ、経済や軍事力が高い国という同国は移民や経済依存に起因する国外からの数々に渡る問題を抱えており、また一時期より活動がし易くなったとはいえ軍の立場は相変わらず微妙な物なのは変わらない状況であった。

 

 また、国内には人種間による争いの火種が色濃く蔓延しており、それ程の頻度では無いが暴動という形でそれは時折発生し国益へ影響を及ぼす一因として懸念される事態になっていた。

 

 

 日本という海で隔絶された社会とは違い国の有様も、そして国民性も違うドイツではモラルや艦娘に対する扱いも大きく違い、彼女達は"深海棲艦に対抗する唯一の戦力"という認知をされつつも、人と変わらず軍という組織の戦力という扱いをされていた。

 

 要するに艦娘は人と同じく、人を相手としての戦闘にも投入される、そんな運用をされていたのである。

 

 

 世情や対外的な物があり攻める為の戦力としては扱われていないが、治安維持やカウンターテロという形で彼女達は陸でも運用され、それに対する教育も施されている。

 

 

 現状日本に存在するドイツ艦と呼ばれる彼女達の多くは日本で建造される存在であったが、Admiral Hipper級三番艦 Prinz EugenとGraf Zeppelinという艦娘は何故か日本では建造する事が出来ない状態であり、深海棲艦との戦闘データを欲しがるドイツからは一定数の彼女達が送られ、日本の海軍で活躍をしていた。

 

 そしてその多くは建造時に日本へ送られる事が決定されている事が多く、建造すぐ派遣というのが普通であり、当然ドイツ本国で運用が想定される艦娘に対する教育はされていない。

 

 しかし吉野の前に居るGraf Zeppelinはそうでは無くドイツで建造された後教育を受け、更に治安維持、それもカウンターテロ組織の最前線で長らく活躍してきた艦娘であった。

 

 

 別にその経歴に色々な事情があるにせよ特に問題は無いと言えそうだが、実はそれでは片付けられない過去とそれに起因する彼女の人格の部分に問題があった。

 

 

 何故彼女が舞鶴に"大本営所属"のまま出向していたのか、それは何か問題が発生した際その責任を大本営が負うという条件の下、厄介払いという形での所属であったという事を考慮しても判る様に、彼女はとても扱い辛く厄介な存在であった。

 

 

 人を手に掛ける事がある部隊での活動、その多くが民族間に発生する人固有の勝手な理由に於いて行われる物であった事。

 

 思想に引き摺られ、艦娘のアイデンティティの多くを踏みにじられ、理不尽な命令の元活動してきた彼女の価値観と人間に対する恭順の心は大きく歪み、結果としてある作戦実施中に彼女は直属の上司が発令した命令を拒絶し、更に殺害に至った。

 

 その事件は微妙な立場の軍としては表沙汰にしたくないという事情と、事件を無しという形で収めるには彼女を軍事裁判の末解体という手続きを行う事が出来ないという事態に至り、ドイツ軍は戦艦重巡含む数隻の艦娘の譲渡という条件の下に彼女を日本へ追いやるという経緯を経てこのGraf Zeppelinという個体は大本営へ着任する事となった。

 

 

 そんな彼女は割りと意思疎通に難は見られない程会話を嗜むが、人間関係を敵か味方かのみで判断しており、更に行動基準は彼女の常識を元にした善か悪という割り切ったというか極端な二択が元になっている。

 

 彼女が取る行動は簡潔かつ単純な物であり、人に対しても必要ならば実力を行使する事は厭わず、基本思考は刹那的であり一切の手加減をしない。

 

 そんな彼女は周りから 『サイコパス』 若しくは 『狂人』 という二つ名で呼ばれる艦娘である、そんな爆弾が第二特務課へ着任したのだから吉野の胸中を占める物は推して然るべしといった状態であろう。

 

 

「私に与えられた任務は聞いている、それに付いては何も言う事は無いがしかし……この差配を受けた貴方も随分と物好きな人間だな、マゾなのか?」

 

「おまいう……ゴホン、まぁその……何と言うかお手柔らかにお願いします……」

 

 

 この人事に関しては事前に通知され調整を経た物ではなく、吉野には既に決定済みという記載が書類に纏められた状態で通知されてきた。

 

 元帥と舞鶴鎮守府司令長官の連名で。

 

 正に吉野の身に覚えが無い数々のヘイトが生んだ意趣返し人事が成された結果であった。

 

 

「それでBOSSよ、私は基本艦隊所属の戦闘員であり平時は拠点防衛の哨戒任務に就く、更に必要なら教導を行う、この任務内容で間違いは無いのだろうか」

 

「ですね、色々細々とした物が他にもありますが基本的業務はそんな感じで、そんな風味で……」

 

「うむ、ではその哨戒任務なのだが、これは深海棲艦を含む(・・)拠点へ害を及ぼす可能性のある存在へ対して排除活動を行うという内容で間違いは無いという事で良いのか?」

 

「えっとお、基本自衛活動という点は忘れずに、サーチアンドデストローイじゃなくて、ちゃんと警告をした上でそれを無視した存在は捕縛という形でお願いします」

 

「捕縛? 何故だ? 敵は排除して然るべきだろう、後々の事を考慮すれば遺恨は残さずその場で敵は始末しておくべきだ」

 

「いやそこでデストロイしちゃうと色んな意味で遺恨残りまくりだからね!? 民間人に実力行使しちゃうのヤバイからヤメテ!? 提督からのお願い!」

 

「利敵行為を成す者は既に民間人では無くテロリストだ、そこに遺恨を残すというならこちらの意思を明確に示し、今後敵対するならどうなるかを見せ付けるのは防衛の観点に於いては当たり前の軍事行為ではないのか?」

 

「どんだけ物騒な軍事行為なのソレ!? ウチはマフィアとかギャング組織じゃないんだからね!?」

 

 

 噛んで砕いての意見の応酬が行われる。

 

 真顔で悪即斬と言うか問答無用論を推すオッパイ金髪ツインテ空母と、既にツッコミに終始する状態の吉野がギャンギャンと執務机を挟んで大騒ぎ状態という不毛な言い争いが繰り広げられる。

 

 当初真顔で対していたオッパイ金髪(以下略)も段々と表情を厳しい物へと変えていき、更に机をダンダンと叩く頻度が増えていく。

 

 妖精さん謹製のそれは多少強度は考慮された物であったが基本的に装飾と実務性を考慮して作られた物であり、建造物の様に防御力を考慮して作られた物ではない。

 

 

Ruhe!(黙れ)

 

 

 オッパイ(以下略)の一喝と共に真っ二つになる執務机、瞬時に時雨の軍刀が首筋に、妙高のボールペンが眼球に、(潜水棲姫)の怒気が背後にと其々グラーフに向けられる。

 

 そのどれもこれもが脅しの類では無く、また吉野が命令をした訳でも無い状態での行動であったのを目にしたグラーフは怒りの表情を収め、代わりに薄い笑いを表に滲ませる。

 

 身動きの取れないその様を一向に気にする事なく相変わらず吉野を睨みつけ、それでも楽しげな言葉が口から漏れ出される。

 

 

「……日和見主義者の木偶かとも思ったがどうして部下の教育には余念が無い様だな、室内戦で選択する武器も悪くはない」

 

「そりゃどうも、自分は虚弱体質なモンで彼女達は自主的に警護してくれてるだけなんだけどねぇ」

 

「ほう? ……自主的にか、ふむ、色々言いたい事はあるが状況的に私と貴方との間には埋められん思想の違いが存在しているようだ」

 

「軍という組織下では個人の思想よりも軍務の方が上位に来るのが当然じゃないかと思うんですけどねぇ」

 

「それを私に納得させるだけの物……貴方が私の上官であるという確たる証を求めたいと思うのだが、どうだろうか?」

 

「証? 君がここに配属された時点で自分は君の上官になるんじゃないかと思うんだけど?」

 

「違うな、そんな陳腐な物じゃなく、私が貴方に身も心も捧げるに値する存在であるのを証明して貰いたい」

 

「えらく重い内容だねぇそれは、まぁ聞くだけ聞こうじゃないか」

 

 

 こうしてドイツから来た金髪オッパイツインテサイコパス空母の提案の元、基地司令の吉野はそれを飲んで彼女の言う上官として認められる為の証明を見せる事になったのであった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「で、何でまた決闘とかになってるのよコレ」

 

 

 場所は第二特務課大秘密基地西側演習海域、そこには既に戦闘準備を終えた金髪オッパイツインテサイコパス空母の姿があり、それを見る叢雲は最近あったある出来事を思い出しつつ苦い表情で海に居る二人の姿を見ていた。

 

 

「しかも実弾を使用しての模擬戦でどっちかが白旗を上げるか戦闘不能になるまでって、これ模擬戦じゃなくて私闘よね? 演習記録はどうすんのよ」

 

「ああまぁソコんとこはoh淀さんに振ってなんとか、てか元々上が押し付けてきた人事に問題がある訳だし、その辺りをツツいて納得させるとか何とか聞いた気が、うんまぁ……うん」

 

 

 演習としてグラーフが提示してきた物は叢雲が口にした物であった、それを吉野は二つ返事で受け現在の実弾演習という名の私闘へと発展していた。

 

 

「で? 何でそれに時雨が出てんのよ? まぁアンタが出るよりもマシな差配とは思うけど」

 

「え? 彼女が出した条件に自分を相手になんて言葉は一言も無かったし、時雨君が相手をするって聞かなかったし」

 

 

 グラーフに対峙するのは吉野では無く秘書艦時雨、その背中には5inch連装砲が二門、両腰には其々軍刀と日本刀が吊られており、黒いお下げと赤いネクタイを風に靡かせながら軽くストレッチをしている最中である。

 

 

「……で、デンちゃん、時雨君だけどドンパチしても大丈夫なんだよね?」

 

「多分大丈夫なのです、あの状態では主砲は使用出来ませんが、それ以外の面は駆逐艦だった頃の時雨ちゃんとそう変わらないのです、一応細胞置換しての深海化も安定してる筈ですし、そうなれば防御力も上昇し主砲も使用可能になるのです、但し」

 

「但し?」

 

「三郎ちゃんの細胞を取り込んだせいで深海化した以降のスタミナは物凄く低い物になってますから、継戦能力はかなり難があると思うのです」

 

「何事もそう都合良くいかないという事かぁ、ままならないモンだねぇ」

 

 

 海で対峙する二人は準備を整えいつでも行動を開始する体勢に入っている。

 

 時雨は愛刀(関孫六)を抜刀し、グラーフは爆装を終えた艦載機を発艦させる姿勢で待機していた。

 

 

「貴女の上官は何を考えているのか、詭弁を労し戦いを避け、オマケに駆逐艦を戦いに出すとは理解に苦しむ思考をしているな」

 

「艦隊司令のお仕事は戦う事じゃなくて戦略を立てて指揮するのがお仕事だよ、それに君は間違っている」

 

「……間違い?」

 

「そう間違い、僕は駆逐艦なんかじゃない」

 

「どういう事だ?」

 

 

 演習開始のサイレンが鳴り響く、グラーフは艦載機を空に放ち、時雨は真っ直ぐに距離を詰める。

 

 

「僕は時雨、それ以上でも以下でも無いよ」

 

 

 淡々とした始まり、白波が青に線を刻んでいく、死を孕んだ意地の張り合いがそこで交差する。

 

 

 空から来る艦載機は爆戦を中心とした物で編隊は組まず、時雨が来るであろうルートを急降下による慣性を利用した上昇を連続して行う円を描いて通過するであろうルートを潰していく。

 

 対する時雨は巧みにそれを躱しつつスピードを保ち距離を詰めるが、やはり全ての攻撃を躱す事は難しく、詰めた距離の分だけ傷が増えていく。

 

 傷と引き換えに距離を縮める時雨と、ダメージを与える代わりに近接攻撃のリスクを時間と共に背負うグラーフ、その戦いは双方にリスクが伴うチキンレースに見えた。

 

 

 しかしそこで戦いを繰り広げている片方、グラーフにはこの戦闘が開始された時点で己の勝利に対する割合が高い物だと予想を立てていた。

 

 思ったより躱されてはいる物の、継続して与えているダメージは想定内、更に接敵された時、それはグラーフにとって危機では無く更なる牙を以って相手に止めを刺す好機であった。

 

 

 10.5cm連装砲、彼女が常用する装備である。

 

 

 決して大口径とは言えないそれは加賀の様に"砲撃も出来る"という形ではなく、彼女が常に戦いに於いて使用してきた武装である。

 

 戦艦の如き威力は有していないが、航空戦力でダメージを与え追い討ちを掛ける物として使用されるそれは、並の駆逐艦相手であれば充分過ぎる程の威力を秘めた装備である。

 

 前を向く、恐らくあの駆逐艦は自分の処まで辿り付くのは確実だろう、しかしそれでも自分の勝利は揺るがない、空へ放ったJu87C改の攻撃は予想通り敵へダメージを与え続け止めを刺すだけの状態まで追い込む事は確実だろうと予想する。

 

 対する時雨は回避しつつも最短を行く航路をひた(はし)り、滲む血を物ともせず白い航空母艦を目指す。

 

 

「時雨ちゃんが怒ってる処、久々に見ましたね」

 

「常から提督LOVE勢筆頭を自負しているからな……逆に今回榛名が関わってないのがあのドイツ娘には幸いしたといった処か」

 

「榛名さんと実弾勝負になったら間違い無く接近戦でアレ(ラムアタック)を貰っちゃいますし……ヘタすると即死ですから」

 

 

 妙高の苦笑いに釣られ、額に手を当て天を仰ぐ長門、どうしてこうもこの艦隊に着任する者は皆問題だらけなのかと己の事を棚に上げて溜息を吐いた。

 

 そんな艦隊旗艦が見る前では早くも時雨がグラーフの懐へ飛び込む程の所まで距離を詰めていた。

 

 

 最後の壁となっていた直掩のFw190T改を切り飛ばし尚前進を続ける黒髪お下げ、それを見ても顔色一つ変えず既に装填を終えた10.5cm連装砲の照準を付ける白い航空母艦。

 

 前進しつつ手にした愛刀(関孫六)を収刀し、そのまま一度だけ回転して時雨はその慣性全てを海面へぶつけるが如く拳を振り抜いた。

 

 

 身を隠す程に水柱が発生し、時雨の姿がグラーフからは見えなくなる、しかしそれは目眩しとしての効果を期待するには小さ過ぎ、グラーフからしてみれば最後の足掻きにしか見えなかった。

 

 寸前に付けた照準のまま砲撃を行い最後の止めを刺す事にする、私闘であってもそれは演習、相手を殺す必要も無いと思っていたグラーフは生かさず殺さずの範疇に収める為の攻撃をそこに集中させた。

 

 

 ───── 刹那

 

 

 全身に砲撃による物と思われるダメージが襲いそれに顔を歪めて前を見れば、消えようとしていた水柱から飛び出してきたソレ(・・)に目を奪われる。

 

 

───────── 銀色を(なび)かせて踊る髪

 

───────── 透き通るが如く白い肌

 

 

 今止めを刺そうと攻撃を加え勝利を確信した瞬間そこにあったモノは、チリチリと火の粉が舞う様に目から滲む燐光を輝かせ、グラーフが恐怖で総毛立たせる程に殺意を散らしたモノだった。

 

 

 ドイツで建造され、人を手に掛け、東の島国に追いやられたこの艦娘は、深海棲艦と戦った経験はあったがそれの上位個体である姫や鬼と戦った経験は皆無であった。

 

 知らなかった、本来自分が戦うべき存在の、その頂点に君臨する存在の恐ろしさを。

 

 そしてソレを見た彼女は戦場で初めて、明確に、"死"の存在を感じて悲鳴を上げた。

 

 

 混乱した砲撃は銀色に掠りもせず、逆に砲撃を、蹴りを、そして拳を受けて成すがままの状態で一方的に攻撃を受ける結果となった。

 

 

 そうして暫く後、一方的に嬲られた航空母艦は空を見つつ海を漂い、そして殺意の元に拳を奮っていた小さな秘書艦は僅かに息を荒げて黒い髪を風に靡かせていた。

 

 

「お前は……何者だ、一体何だ……」

 

 

 無表情に戻った金髪オッパイツインテサイコパス空母を見下ろしながら、少し頬を膨らませた第二特務課の小さな秘書艦は水に浮くバインバインを睨んでいた。

 

 

「僕は時雨、駆逐艦でも深海棲艦でも無い、ただの時雨さ……」

 

 

 小さな秘書艦がそう答えると同時に演習終了を告げるサイレンが鳴り響き、実弾を使用した鉄火場はここに幕を降ろすのであった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 死に体で曳航され、岸に上げられたグラーフは横座りの状態で前を見ていた。

 

 そこにあったのは彼女らが使用する砲に比べれば随分と頼り無い程の口径の物。

 

 それを向けるのはこの拠点の司令長官である吉野、その顔は特に悪意も敵意も含まない、言ってしまえば銃を向けているという処を除けば日常のままの佇まいである。

 

 

「……何故そんな物を私に向けているのか説明を聞いても?」

 

 

 無表情でそれを見るグラーフには特に感情の揺らぎを感じさせない印象が見て取れる、そしてその質問に対する吉野の言葉も極自然な軽さが混じり、言葉だけ聞いていれば普通に世間話をしている風に聞こえる物であった。

 

 

「いやぁ、そっちの条件を飲んで演習は終わった訳なんだけど、今度はこっちのお願いを聞いて貰おうかなと」

 

「お願いをするにしてはこの状況は礼を欠いた物だと思うんだが……それにそんな豆鉄砲を私に向けたとしても用を成さないのではないか?」

 

「ん~ これに装填されてる弾丸は一応鬼さんにもダメージを負わせた実績があるモンなんだけど」

 

 

 鬼と聞きグラーフの表情が硬い物になる。

 

 少し前ならその程度という印象を持っただろう、しかし銀色の存在を目の当たりにし、確実な死というイメージを見た今はそうは思わない、今目の前でこちらを向いている銃口の奥にはあの存在に傷を負わせる事が出来る弾丸が潜んでいるという。

 

 そんな物を頭部に受ければ身動きが取れない今なら、命を刈り取る事は容易いだろうと思わせるには充分な光景であった。

 

 

「……それで? 私をどうするというんだ?」

 

「どうするって言うか、選んで貰おうと思って」

 

「選ぶ?」

 

「ウチはこれでも有事には軍の精鋭でもヤバイと思われる程度の戦場に出る必要性があるんだよね、そんなトコで戦う艦隊員の中で命令を聞かないダダっ子が混じってたらちょっと困った事になっちゃうんだ」

 

「……それで?」

 

「ん、それで君には改めて聞いておこうと思って、君はこの先ウチに所属して自分の麾下に属し戦うのか、それとも自分の矜持を押し通すのか」

 

「自分の力で得た結果では無いのに、それを以って私を従わせようと貴方は言うのか?」

 

「勘違いしちゃいけない、今君と戦った彼女も、そしてここに所属する彼女達も全部自分の戦力であり力だ、そしてそれを奮う自分は全てに責任を持ち背負っていく……」

 

 

 そこで初めて吉野の目には揺らぎが見える、どこまでも淀んだ、それでいて死という物をその手で刈り取ってきた者が持つ特有の色。

 

 この時グラーフは初めて理解した、軽く見せる顔の奥には自分と同じ世界を見ていたモノがあった事を。

 

 

「自分は部下の命を左右する鉄火場でその命を危機に晒す存在となり得る者を放置する事は出来ない、だから君がそんな存在であるのならここで排除するしか無いんだよね……」

 

 

 言葉尻は相変わらず、しかしそれは間違い無く本気の物だろう事はグラーフは肌で感じる事が出来た。

 

 そして更に理解した、この男の中には一定の線が引かれており、そこには明確なルールが存在するという事、そしてそれは軍に身を置く者としての常識では無く、この男個人としての何かを元にした、己が抱く物よりも更に厳しい物であるという事を。

 

 

「そうか……強要では無く選択か」

 

 

 ぼんやりと銃口の先にある男を見る、気付けば何故か口元が吊り上がり形容のし難い感情が沸き起こる。

 

 人に感じていた嫌悪や侮蔑でもない、怒りでも無い、いつか戦友に向けた記憶がある友愛にも似た、しかしそれよりも強く湧き上がる感情。

 

 

 気付けば目の前の銃口の隣には並んで左手がこちらへ差し出されていた。

 

 首を傾げてそれを見て、そして両方を差し出す男の顔を見る。

 

 

「どちらを選ぶのも君の自由だ」

 

「左手での握手は相手を侮辱しているという意味になるのだけどな、なぁAdmiral(・・・・・・・)

 

「コレは握手じゃないよ、君を引き寄せ、そして抱きかかえる為に差し出した物だ」

 

 

 一度目を伏せ黙って差し出された手を握る、想像以上に大きな手に引かれそれを頼りに立ち上がるがしかし、色々期待を胸に前を見れば全力でどこぞの小型犬の様にプルプル振るえ真っ赤な顔で手を引くヒョロ助の姿、色々と台無しである。

 

 

 

 大本営麾下独立艦隊第二特務課、そこにはドイツでブイブイイワせていた金髪オッパイツインテサイコパス空母が着任し、更にそのバインバインは忠実に任務をこなす傍ら、何故か親衛隊という非公式組織の名を口にして任務外の殆どの時間を艦隊指揮官の傍で過ごすのがデフォになったという。

 

 

 

 吉野の受難の日々は続く。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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