大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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前回までのあらすじ

 色々問題があったが、珍しく羊羹オバケの活躍により取り敢えず水雷戦隊の発足に漕ぎ付けた第二特務課であった。


 それでは何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。


2016/10/24
 一部不自然な言い回し部分修正致しました、また誤字脱字修正反映致しました。
 御指摘頂きました梁矢 狼様、黒25様、有難う御座います、大変助かりました。


Let's Fight  -One-

 「諸君、今日は此処に集まってくれた事に礼を言う」

 

 

 大坂鎮守府第一講義室

 

 執務棟1Fに三部屋設置された座学や講義を行う為の所謂教室である。

 

 最大収容人数50、そこは教壇を一番低い位置に置き、備え付けられた生徒用の机が棚田の様に教壇から離れる程高く設置する形で配置されており、座学を受ける者全てが視界を妨げる事無く前を見れる形になっている。

 

 教壇周りには数々の情報表示機能や基地のホストコンピューターに接続された端末が設置され、黒板代わりの大型スクリーンを室内全てが見渡せるという造りになっている。

 

 平時では教室として、また収容人数の多さと利便性から大人数での会議を行う為の会議室も兼ねている。

 

 

 現在ここには吉野三郎(28歳独身演説中)を始め、大坂鎮守府、いや、大本営麾下独立艦隊第二特務課所属の艦娘全てが集まっていた。

 

 全員は席に座り前を見る、普段は抜けた雰囲気の娘も笑みを絶やさない娘も全て真剣な相を表に貼り付け、吉野の言葉を聞いている。

 

 

「思えば第二特務課はたった二人で発足された小さな部署だった、着任予定の者を含めても自分を入れて七名の雑務を扱う予定の部署だった」

 

 

 教壇脇には艦隊総旗艦長門が目を伏せ、吉野の言葉に耳を傾けている。

 

 

「しかしその人員が揃う前に数々の事変が我が課に降り掛かり、全力でそれに当たってきた結果、諸君等の奮闘もあって現在一拠点を任される程の艦隊と成った」

 

 

 長門と教壇を挟んで反対側には時雨と(潜水棲姫)が控え、無言で吉野を見ていた。

 

 

「便宜上自分が此処の基地司令長官を務めているが、此処の真の主は君達であり、そしてこの独立艦隊の全てだと自分は思っている、まだ完全な任務発動とはいかない迄も基地機能を整え、教務に当たる人員も育った」

 

 

 マイクを通して聞こえる呟きはこれまでの第二特務課の歴史であり、吉野から艦娘達へ伝える感謝の言葉であると共に、独立艦隊としての活動を開始するという宣言だという事はそこに居る全ての者が理解していた。

 

 

「まだ不安や懸念する事は残っている、しかしこれまで尽力してきた君達がいればそんな問題は些細な事だと自分は認識している」

 

 

 一旦言葉を切り改めて室内を見渡す、そこに在るのは様々な顔、それらを眺める度に様々な出来事や交わした言葉が吉野の心に去来する。

 

 大きく空気を吸い込み、肺をそれで満たして改めて前を見つつ、今言うべき言葉を整理し終えそれを紡ぐ。

 

 

「自分は君達の命を貰う、その代わり自分は君達と共に在り、共に死ぬ、力無き者であるが共に往こう、それが今の自分が君達に確約出来る唯一の契約だ」

 

 

 誰も言葉を口にせず、しかしその目は己の指揮官を捉えたまま、室内は一個の生命体の如く想いを共有した物となっていた。

 

 吉野の言葉が終わり、変わらず無音が支配するそこで艦隊総旗艦の長門が始めて眼を開いて吉野へ向き直る。

 

 

「艦隊総旗艦長門、此処に居る艦娘を代表して艦隊司令長官殿へ復答させて頂く」

 

 

 言葉と共に襟元に手を掛け上着の一部を(はだ)ける。

 

 

「貴方が我等と共に在ると言うのならば我等は全身全霊を以ってそれに応えよう、共に死ぬと言うなら悪鬼羅刹をも掃滅し必ず生きて還って来よう、我々は貴方の舟だ」

 

 

(はだ)けたそこに在ったのは、左胸の上に刻まれた菊水の紋、腕章でも認識票でも無い、終世を共にすると決めた事を体に刻む艦隊員としての印。

 

 

「誰も強要していない、ここに居る皆は己から進んでこの印を体に刻んだ、改めて言う、我々は貴方の舟だ」

 

 

 全員が立ち上がる、合図も掛け声も無かったがそれは一糸も乱れぬ様であり、全ては長門が代弁したとばかりに無言で敬礼をする。

 

 

 それは独立艦隊第二特務課が本当の意味で発足した瞬間であった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「え~ では、本日の議題なのだが」

 

 

 教壇には大型スクリーンを前にした長門が指揮棒片手に議事進行を務めている。

 

 先程とは打って変わった柔らかい雰囲気が室内を包み、席に着く其々の前には持ち込んだのであろう様々な飲み物と、菓子類が置かれていた。

 

 そんなちょっと緩めな雰囲気の中、吉野が無言でスイっと手を挙げる。

 

 

「む、何だ提督」

 

「えっとその……物凄くイイ話をした直後にアレだと思うんだけど……どうして自分はその、椅子に固定されているのか聞いても?」

 

 

 教壇脇には少し豪華な革張りの椅子が据えられており、そこには吉野が座っているのだが、何故か足首にはゴツい枷がハメられており、それは椅子へと固定されている。

 

 

「必要措置だ」

 

「……提督を椅子に固定するのが必要な事案てナニ?」

 

「大丈夫」

 

「いやだからナニが大丈夫なの!? ねぇっ!?」

 

 

 不安しか残らない状態に汗をダラダラと流す吉野を放置し、長門は議事進行を続ける。

 

 吉野の危機センサーはこれまで感じた事の無い程の数値を叩き出し、今すぐここより退避しないと物凄くヤバい事になるという事を告げている。

 

 そしていつもは吉野の傍をテコでも動かない時雨が、何故か素直に観客席もとい前方の最前列にチョンと座っているという事実はその予感を現実の物へと感じさせるには充分な効果があった。

 

 

「諸君らも自覚しているだろうが、我が課はもう間も無くテスト的にだが教導任務を開始する事が決定している、そして受け入れ予定の者は恐らく高練度の者になる事が予想される」

 

 

 長門が本題に入る前に現状の説明を始め、それに続き受け入れ艦娘の情報やそれに対する対策等既に決定している情報を全員へ通達する。

 

 最初に受け入れるのはクェゼリン基地所属第一艦隊、そしてその教導が終了した後は入れ替わりで同基地の第二艦隊を受け入れる予定である事、そして教導時に行われる演習は主に深海艦隊が仮想敵を務める事になる予定等、淡々と話は進んでいく。

 

 ここまで何を議題に上げ、何を討論するのかという情報はまったく出ていない。

 

 周りの者は当然そんなつもりは無いのだろうが、その様子をじっと待たされる吉野にしてみれば、頭に銃口を突きつけられたままドキドキで死を待つ哀れな咎人風味な状態に他ならない。

 

 

「以上の事を踏まえ、我々は更なる高みを目指し導く者たちの規範とならねばならない、拠って今より更に強くなる必要性があると判断した、そこで皆に一つの案を提示する」

 

 

 デデーンというちょっと前の窓を立ち上げた時に流れるあの音と共に、教壇後ろの大型スクリーンにある単語が映し出される。

 

 

『ケッコンカッコカリ』

 

 

 艦娘の絶対数が頭打ちになり、軍の艦娘に対する運用方針が質の向上という物に決まった際、限界練度であった彼女達を更に高みへと導く為に導入されたシステムである。

 

 物質的存在とされる艦娘の(コア)付喪神(つもがみ)』、それの更なる解析過程で判明した幾らかの研究結果を元に、科学的とは別アプローチを試み、人と艦娘の『縁』を強化する事で艦娘自体の人に対する『守りたい』という本能を強くし、更なる能力の向上を生み出すという物だという。

 

 繋ぐ縁は上司部下的な物あっても、逆に個人的な物であっても構わないがそこに強い関係性が無ければならないという前提もあり、この研究プロジェクトを指揮してきた者が命名したシステム名が『ケッコンカッコカリ』であった。

 

 

 現在第二特務課に所属する艦娘達でカッコカリを実施された事のある者は三名。

 

 長門、大和、加賀、当時彼女達は大本営第一艦隊に席を置くという性質上戦力強化は全て受けないと任務が果たせないという事で既ににカッコカリは済ませている。

 

 そしてカッコカリのもう一つの条件である、練度上昇限界値まで達している該当者は以下の者である。

 

 と言うか寄せ集めなこの艦隊は逆の表現をすると既に第一線で活躍してきた者が集った艦隊である、ここで建造された者以外は実は全て練度限界に達していた。

 

 

「まぁそう言う訳で皆も知ってると思うが、このシステムを利用すれば更なる成長を遂げる事ができ、強さの底上げが可能なのだが、そこにはカッコカリを結ぶ個人的な情が大きく関わってくる、私としては全ての者に強くなって欲しいというのが本音だが、こればかりは個人の意思を反映するべき物だと思う」

 

 

 長門の脇で滝の様な汗を流しつつ再び吉野が手を挙げる。

 

 

「……どうした提督」

 

「えっと……そのカッコカリなんですが、その、提督の自由意志というか都合と言うか、人生ののっぴきならない事情というのは反映されるのでしょうか……」

 

「提督よ……」

 

「ハイ」

 

「流石のビックセブンでも、可能な事と不可能な事がある」

 

「ナニそのファジーっぽくもやんわりとした選択権が無い宣告!? 提督の人権無いの!? だから足枷で固定してるの!? ねえっ!?」

 

 

 吉野の言葉は何故かそのままスルーされる事になり、当事者の片方を置いてきぼりにしたまま話が進んでいく、そしてそこにはほんの少し前に出ていた筈の威厳も、忠義的なアレもまったく存在していなかった。

 

 そんな生贄もとい哀れな子羊を余所に、席に着いていた小さな秘書艦がスパッと手を挙げる。

 

 

「発言を許可する」

 

「現在僕を含め、深海棲艦々隊の面々は艦娘じゃ無いんだけど、カッコカリは可能なのかな?」

 

「……電殿、その辺りはどうなのだろう?」

 

「問題ないのです、艦娘と同じく効力が発揮する事は確認されているのです、あ、ついでに今日の議題にカッコカリ募集と言うのが含まれるなら電もお願いするのです」

 

「ちょっとデンちゃんドサクサに紛れてさらっとナニイッチャッテンノ!?」

 

 

 電の言葉を聞き拳を突き上げ打ち震える時雨に深海勢の娘達、そしてついでにとサラっとカッコカリ宣言をする電、今吉野的に地獄の第一ラウンド開始のゴングが打ち鳴らされた。

 

 

「長門さんちょっといいっぽい?」

 

「構わんぞ夕立、何だ?」

 

「カッコカリの予約ってお願いしてもいいっぽい?」

 

「ふむ、望むならそれもアリだな、後で手続き関係の詰めを行って対応しようと思う、それでいいか?」

 

「やった! 夕立頑張って練度上げするっぽい!」

 

「ちょっとナガモン!? 何いたいけな少女にワケの判らない手続き許可出してんの!? 提督まだやり残した事沢山あるのっ! 憲兵さんアップ始めちゃうからヤメテ!」

 

 

 吉野の逃げ場が更に無くなった瞬間である、この時点で既に大坂鎮守府所属の一部の艦娘以外は全て練度関係無しにケッコンカッコカリに関わる事が可能になるという事が決定してしまった。

 

 キャイキャイと話が弾むくちくかんズの脇で更に手が挙がる、それはこの時点でシステムから除外されていた艦娘間宮であった。

 

 

「間宮さんか、もしかして貴女も?」

 

「はい、ついでに」

 

「軽いよ!? 人生の一大イベントの理由がついでってナニ!? お願い正気に戻ってマミヤさん!」

 

「伊良湖さんはどうします?」

 

「あ、間宮さんがなさるなら私も」

 

「ちょっと伊良湖さんもそんな一緒にお花摘みに行きましょう的なノリでカッコカリ決めないで!」

 

「ちなみにここには居ないが明石から既に署名捺印済の書類を受け取っている」

 

「ぁぁぁああああかしいいぃぃぃぃぃ! お前絶対裏で何か糸引いてるだろアカシィィィィィィ! ナニ企んでやがるアカシぃぃぃぃぃ!!」

 

 

 いつもの超高速貧乏揺すりは椅子に固定されているので残像を残す事は無かったが、代わりに小刻みな振動が椅子を揺らしそのまま数m先まで椅子が移動する。

 

 冷や汗から純粋な運動による汗を流し始めた吉野の前では、何故か大淀が周りから集まってくる書類をチェックしつつ、それを纏めて脇に積み上げていく。

 

 何と言うか学校のプリントを後ろから順に渡していくのに似たその様は、吉野の汗を再び冷たい物に変化させる程の効力を発揮していた。

 

 

「お……oh淀君、一体何をしてるのかな?」

 

「システム自体は既に周知の物ですし、現時点でカッコカリを希望する方からは手続きが混雑しない様順次書類を受け取り処理しています」

 

「待って、処理って……書類いつ配ったの?」

 

「入室する際皆さんに渡した資料の巻末に添付しておきました」

 

「何そのアンケート用紙ばりの扱い! 無駄に仕事早いよまだ話全部終わってないのにぃ!」

 

「あ、私も当然手続きしていますので、宜しくお願い致します」

 

 

 一体何が当然というのだろうか、クイクイと眼鏡のポジションを調整しつつ、淡々と事務処理を進める元大本営眼鏡序列一位、もしかしてこのままいくと自分はとてもマズい事になってしまうのではと吉野はプルプル体を奮わせた。

 

 何せあのoh淀に間宮伊良湖コンビ、更に酒保の物流を牛耳る明石まで嫁艦になるのである、その余波が自分にどう降り掛かるのか想像するだに恐ろしい。

 

 既に色々危機回避の為の思考に切り替えブツブツと独り言を漏らす吉野を無視し、更にズバっと挙手する艦娘が居た、武蔵殺しと呼ばれる金剛型三女の彼女である。

 

 

「どうした榛名、何か不明な点でもあったか?」

 

「えっとカッコカリ手続きをするのはいいんですけど、それが済んだ後の関係と言うか本妻がと言うか、序列的な物はどうするのかと」

 

 

 その言葉に室内は水を打ったかの如く静まり返る。

 

 とりあえずそんな順番無しで全て公平に、そんなヤローの体の良い都合は乙女のプライドの前にはゴミクズでしかないのだ。

 

 プルプル震えながら吉野は室内を見渡す。

 

 

 深海棲艦の頂点に君臨する者達、それをステゴロで制する高速戦艦、更にその周りには大本営のお偉方すら視線を外すという艦娘達……etc,etc

 

 吉野は今始めて自分の下に集ったそれらの存在の大きさを再認識した。

 

 主に脅威度的に。

 

 何故再認識と表現したのかというと、通常それは外敵に向けられている物なので味方としてはとても頼もしい印象しか普通は感じない物である、しかしその脅威がこの室内で今ぶつかり合おうとしていると言う事は、その暴力的な被害というかとばっちりが物理的に己の身に降りかかる事を意味する。

 

 それは正直深海棲艦の縄張りのド真ん中で姫相手にドンパチするより恐ろしい。

 

 

 そして榛名が無意識に投下した爆弾が誘爆を繰り返し、この部屋で吉野的に地獄の第二ラウンドの幕が開ける事になるのだった。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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