大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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更新に間が空いてしまい申し訳ありません、現在もまだ隔離されていますので更新ペースは緩やかな物になっています。

 また長期間間が空いている為に文がおかしな物になってるかも知れません。

 そして今回はコラボ内容分薄めですが、その分次回はガッツリ絡む予定で御座います。


(※)御注意

 今回も引き続き坂下郁様の作品世界とコラボレートしたお話になります)。

坂下郁 様 連載
【逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん-】
https://novel.syosetu.org/98338/

 一応内容としては互いの世界観を崩さず、更に作品世界の物語を絡ませつつも、別作品との絡みという話では無く、どちらかと言うと今まで続いている連載の中に自然な形として組み込む話を目指した展開にしようという試みで進行する努力を致します。

 また『大本営第二特務課の日常』側ではこのコラボ展開に絡む話は、サブタイトルは『日常という名の非日常の始まり』に統一する予定で御座いますので、それを目安に読んで頂けたらと思います。
 
 以下の内容に興味が無い、又は趣味趣向が合わない方がおられましたらブラウザバック推奨になります。


 それでは何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。


2019/02/20
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きました雀怜様、有難う御座います、大変助かりました。


日常という名の非日常の始まり(6)

 黒い耐爆スーツに身を包み、ヘルメットに内臓される通信機の電源を入れて周波数の調整を済ます。

 

 脇に置いてあるケースの中には既にスコープの調整を済ませてある(XM-109)が収められており、弾を装填すればすぐにでも使用可能な状態になっている。

 

 

 吉野が居るのは大坂鎮守府出撃ドックに併設されている武器保管庫、そこには艦娘の装備だけでは無く基本全ての武装が保管されている。

 

 その保管庫の隅に設置されている自分の為に割り当てられたの武器ロッカー前で身支度を整えた吉野は"いつもの"黒い兜然としたメルメットを被り、チャンネルを合わせた事を確認した通信機を使用して現状の把握に努める。

 

 その通話相手はグラーフ・ツェッペリン、使用するチャンネルは鎮守府内では予備に割り当てられた物である為に、現在は吉野とグラーフの二人しか使用していない状態であった。

 

 

『執務室で揉め事があった様だが大丈夫なのか?』

 

「あーまぁ大丈夫かどうかと聞かれれば大丈夫じゃ無いんだけどねぇ、んでも相手さんに "ちょっと色々都合悪いんで狙撃はちょっと待って下さい" なんて言っても待ってくれないでしょ?」

 

『むしろ相手はこっちが潜入に気付いている事は知らないから、コンタクトをした時点でミッションは失敗になるな』

 

「まぁこんな事言ったら怒られそうだけど、色々揉めて騒ぎになってくれたお陰でこっちは動き易くなってる状態なんだけどね」

 

『災い転じてというヤツか』

 

「まぁその災いがちょっとシャレになんないレベルの物だから、後の事を考えるとどうしようかって頭が痛いんだけど……」

 

 

 淡々と世間話をしつつ移動する先は鎮守府北側にある多目的室内運動施設、そこは所謂体育館と呼ばれる施設であり、屋根上には放送用の大型スピーカーが設置されている関係で、メンテナンスの為屋根には内部から上がれる仕組みになっている。

 

 事前にグラーフが確認して監視を続けているスナイパーの潜伏位置は鎮守府連絡橋に設置された物資搬入用ゲート、その上部にある通用口。

 

 橋の桁が入り組み姿を隠すのが容易で、更に高さが10m程あって狙撃には最適な場所であると言える。

 

 

 通常なら狙撃手相手にそんな場所へ誘導するのは愚策とも思えるが、その存在(狙撃手)が知れており、更にターゲット(吉野)が判明している状態なら幾らでも対抗策は立てられる。

 

 こちらから手が出せない部分を潰しておき、その上で対処可能かつ相手が位置取るには"美味しい場所"を敢えて空けておく事で誘導する、言ってしまえば簡単な事だが誘導する相手も場数を踏んだプロである、その筋書きを成立させるにはやはり背負わなければいけないリスクは存在する。

 

 

 そして吉野がその判断をする際基準にしたのは先ず相手のプロ意識の高さ、そして射撃の正確さは自分よりも上であるという前提。

 

 事前に得ていたこのスナイパーの情報をもたらした人物は、自分の師匠格に当たる陸軍の者であった。

 

 その人物から聞き及んでいる話によると、現在己を狙っている狙撃手は元陸軍特殊作戦群の出身で、しかもその者に狙撃を仕込んだのは他でも無い自分に狙撃の手ほどきをした人物。

 

 つまり顔も合わせた事も無いその狙撃手は、吉野にとって兄弟子に当たる者になる。

 

 しかもその人物は吉野よりも精密な射撃の腕を持ち、兵としてはかなり優秀な部類に入る者だという事であった。

 

 

『まぁ後の事はミッションが完遂した後にでも考えればいいんじゃないか? それよりAdmiral、本当にこの作戦(・・・・)でやるのか?』

 

「むしろこれ位確実な()が無いと相手を引っ張り出すのは無理だと思うよ」

 

『餌、か』

 

「そう餌、手の届く所にターゲットが居れば狙ってくる、そして狙撃をするなら射線が通る位置に出ないといけない、そうなれば通る射線は相手からだけじゃなくて……」

 

『こちらからも、か、しかしこちらが狙う前に一撃は確実に貰う事になるが』

 

その為の備え(耐爆スーツ)はしてるけど、もしコレで駄目なら命をくれてやる事になるねぇ……って、あ、ちょっと待って」

 

 

 そんな会話をしている吉野の視界の隅に二人の人影が見える、と言うか片方に居る人物、特務少佐の槇原南洲がこちらを視認すると腰の物(木曾刀)に手を添えて身構えている。

 

 

 吉野から見ればお客さん(査察部隊)と見知った艦娘、しかし南洲視点で見れば軍事拠点の一角。

 

 

 閑静な遊歩道、そこに忽然と現れる黒い鎧武者。

 

 

 南洲側と言うか一般的なアレで言うと吉野の存在は見た目完全にアウトである。

 

 むしろそんな物を発見したら警戒するのは当然なのだがここは大坂鎮守府、車がロボに変形し、艦娘はメイド服で闊歩する伏魔殿なのである、鎧武者がうろついていても不思議ではないというここ限定の常識は通用しない。

 

 

 明らかに威嚇状態の特務少佐を見て苦笑いの吉野が見る集団では、南洲と共に居た電がこちらにブンブンと手を振った後怪訝そうな表情の特務少佐に何か伝えているのが見える。

 

 そして腰の物に手を掛けたまま首を捻りつつ電と鎧武者を交互に見つめていたが、何か話がまとまったのか頭をボリボリと搔くのが見える。

 

 

 おさらいをしておくと、この特務少佐は前夜強行偵察を行おうとして深海棲艦の姫や鬼の艦隊とぶつかり命の危機に陥り、査察に入った後にロボとタイマンを張って命の危機に陥り、つい数時間前は毒を盛られ命の危機に陥って生還を果たした化け物もといタフガイである。

 

 しかしそんな不死身の者でも、命の危険がデンジャーな状況をほぼ一日という短時間で数回繰り返せば流石に警戒心が先に立ってもおかしくは無い。

 

 

 繰り返し言おう、命の危機のジェットストリームアタックを食らった特務少佐が生還し、初秋の穏やかな陽が落ちる閑静な遊歩道を歩いていたら目の前には黒い鎧武者が現れるというコンボ。

 

 雪山で遭難もかくやの危機を乗り越えたら町が見える位置で()る気満々なビックフットと遭遇しちゃった的状況である、そんな状況なら問答無用で切り捨てられてもおかしくは無い。

 

 

 そんなおかしな状況を丸く収めたのか、暫く経って再び電がこちらに手を振るのが見えたので、吉野は返事の代わりに一度手を挙げその場を去る事にする。

 

 端から見るとマヌーな状況であるが実際は今から吉野は暗殺者と対峙するという、言い換えれば人を殺しに行く最中の為誰かと接触するのは避けたい状況であった。

 

 幾らヘルメットで表情は見えなくても、付き合いが長い電ならばいつもと違う雰囲気を気取られる恐れがある、そして自身も神経が高ぶっておりいつもの口調で応対出来る自信も無い。

 

 

『どうしたAdmiral、何かあったか』

 

「ああいや特に何も……そんじゃ行きましょうかねぇ」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 明かりの灯らない体育館の内部を狙撃ポイントである屋上へ向け歩く。

 

 一歩一歩踏み締める様に登る階段も薄暗く、己の鎧から出る音だけがガシャリガシャリと虚空に響く。

 

 向かうは一騎打ちという名の鉄火場、そこには相手か己かどちらかの死が確実に転がる死の世界。

 

 

「アンタの事は事前に聞いていた、だから今出来る万全を施した」

 

 

 階段を登り切り、外への扉の前でケースから(XM-109)を取り出す、今回に限り予備の弾は必要ない、何故なら今回の狙撃ミッションは一撃で決めなければ失敗になるからである。

 

 

「どう考えてもアンタとタイマンしても()じゃ勝ち目は無いのは判っている」

 

 

 ケースから取り出したそれは無骨な鉄の塊であるが、それに内包されるのは25×59Bmm NATO弾、銃弾というより小口径砲弾とも言うべき代物。

 

 

「でもアンタはプロだ、己の腕に絶対の自信を持っている、だからアンタは死ぬ(・・・・・・・・・)

 

 

 扉を開け外に出る、入り組んだ場所に位置するそこからは周囲の様子は伺えないが、差し込む光と吹く風は間違いなく屋外と判る程度の変化は感じられる。

 

 

「アンタの撃つそれは必ず俺に命中するだろう、その為に位置を晒し、その身を晒す、だからアンタは死ぬ(・・・・・・・・・)

 

 

 屋外に設置されたスチール製の階段を登り切ると視界が開け、正面に前島から伸びる連絡橋と、そしてその終着であるターミナル、そしてその手前には物資搬入用のゲートが見える。

 

 グラーフから連絡を受け、今も尚己を狙う暗殺者が潜むそこはターミナルと橋脚を保持し、支える為の鉄骨が入り組んでいる為障害物が多い。

 

 

『Admiralの姿を確認した、現在こちらからはターゲットの姿は確認出来ないが、海にでも潜って迂回していない限りはその橋脚辺りに潜んでいる筈だ』

 

「ご苦労様、それじゃやろうか」

 

『その前に確認を、もしこのミッションがAdmiralの死亡で失敗した場合、私がターゲットの始末を引き継ぎ作戦を完遂する、狙撃結果が出るまで私は監視に終始する、これでいいんだな?』

 

「ああ、我侭を言って申し訳無いけどそれでお願い」

 

 

 体育館より更に北、鎮守府全体を見渡せる監視塔にグラーフは居た。

 

 本来外部を監視する為に作られた高さ凡そ35mのそこから彼女は海では無く内側の、連絡橋ターミナルを監視しつつ唇を噛んでいた。

 

 

「やっと辿り着いた居場所を、やっと見つけた主を、盾になる事も矛になる事も出来ずに黙って見ている事しか出来ない、私は……何をやっているのだろうな」

 

『いつかこの借りは返すさ、だから頼むよ』

 

「ああ……そうだな、この借りはデカいぞ、だから死なれては困る」

 

 

 聞こえる呟きを噛み締めつつ一度深呼吸し(XM-109)を握り直す、一歩踏み出せば事は始まる。

 

 生きるか死ぬか、己の判断は、してきた事が間違いかどうかは瞬時に判明するだろう。

 

 

「俺はアンタを信じてる、必ずプロとしての仕事を完璧に遂行する人間だと」

 

 

 一歩を踏み出す、そこに見えるのは前島に繋がる巨大な橋と視界一杯に広がる青い海。

 

 グラーフから連絡を受けていた位置辺りを見れば鉄骨が入り組んだ檻の様な基礎部とコンクリの壁。

 

 

 刹那

 

 

 頭部を襲う衝撃と何かが砕ける音。

 

 一旦よろめき視界が赤に染まるが怯みはしない、事前に覚悟は決めており、感情とそれに伴う全ては切り捨てていた。

 

 一度死に掛け、人外の法で繋いだ命は人としての自然な精神構造とはかけ離れた歪な形として吉野三郎という男を形作っていた。

 

 明らかに出血していると思われる視界の赤を無視し、覗いたスコープの先に見えた物は、二射目の準備の為に銃のボルトを引いて次弾を装填中の狙撃手の姿。

 

 

 躊躇わず人差し指を引き絞る。

 

 いつもの反動が肩の付け根を叩き、発砲の為の光が瞬く。

 

 

 膨大な運動エネルギーを乗せた25mmTP弾は空気を切り裂きつつ飛翔し、吸い込まれる様に狙撃手の顔面に突き刺さり、着弾と同時に肩から上を粉々に粉砕してその身を後ろへ吹き飛ばす。

 

 本来人相手に使用するには威力が過ぎるその銃弾はターゲットを粉砕するには留まらず、後方のコンクリート壁にも穴を穿ちめり込んだ。

 

 

「プロとして命中精度を突き詰め、次弾を鑑みないその絶対な自信は手動装填のボルトアクションライフルであるレミントンM700を常用していた」

 

 

 黒い兜然としたヘルメットのシールド部分、そこには7.62mm弾による狙撃によって一部が砕け、その破片が吉野の左眼に突き刺さり血が流れている。

 

 

「7.62mmじゃこのスーツを抜く事は出来ない、そして一番強度が劣るシールドに命中しても一発なら耐え切れるのは知っていた、だから甘んじて一発目は受けた、そして二射目はボルトアクションの為にタイムラグが発生する事も判っている」

 

 

 ヘルメットを脱いで滴る血を見つめ、続いて無表情なまま狙撃をした位置を残った右眼で見据える。

 

 

「アンタが死んだのは、ここ(大坂鎮守府)で俺を狙った事と、アンタがプロだった為だ」

 

 

 こうして大坂鎮守府に訪れた二番目の訪問者(・・・・・・・)は己の足で帰宅する事は適わず、変わり果てた姿となって島を出る事になった。

 

 そして一騎討ちに拘った吉野は目的を果たしたが、その代償としてその片目を失う事になる。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「で? 結果がそのザマか」

 

 

 鎮守府医局、ほんの少し前には槇原南洲が処置を受けていたベッドに今は吉野が腰掛け、苦い顔で頭をボリボリ搔いていた。

 

 頭にはいつもの如くグラーフのチチが乗っており、周りは内々に知らせを受けた長門と時雨、そして朔夜(防空棲姫)が取り囲むという絶体絶命の状態。

 

 

 とりあえずミッションが終了し、死体の処理はそれの受け渡しを条件に陸軍信太山基地に任せ、諸々の事後処理を長門に任せた筈なのだが、気付けばその本人が目の前で鬼の様な形相で仁王立ちになっている。

 

 

「事前にその辺りの件は確かに聞いていた、しかしそれの処理に貴方が自分を囮にして事に当たると言うのは一言も我々は聞いていない」

 

「あ~……その辺りのアレは色々ありまして、その」

 

「確かに貴方は基地司令長官で、我々は部下だ、作戦立案や遂行に於いて口を出すのはお門違いなのは判っている、しかし」

 

 

 長門が身を乗り出して吉野に詰め寄る、周りの者もそれを止めず、逆にその様を睨むだけ。

 

 いつもならジト眼や呆れ顔をする面々であったが、軽い口調の吉野とは対極にその顔には明らかな怒りが滲み出している。

 

 

「提督よ、何故……我々を使わなかった?」

 

 

 怒りに染まった長門の顔には、それ以上の悔しさを湛えた眼が睨んでいた。

 

 部下として頼って貰えなかった悔しさ、主が傷を負う程の戦いを見過ごしてしまった後悔、そして

 

 

「君たちに"人を殺せ"と命令しろと?」

 

 

 未だ全てを分かち合えていなかったという悲しみ。

 

 

 艦娘という存在は人に請われ現界し、守るという行為を旨とする存在である。

 

 確かにその艦娘に人殺しという存在意義に反した行いをさせれば数々の障害が発生するのは確かである。

 

 

 精神の拠り所を無くし、存在意義が揺らぐその行為は危険とされ、艦娘自身の心を殺すとさえ言われている。

 

 その結果はグラーフを見れば明らかであり、通常その様な行為は指揮官としては避けねばならない事であった。

 

 

 吉野の言葉に歯軋りと共に掴み掛かろうとした長門のそれは結局成されなかった。

 

 

 時雨が吉野の懐に飛び込み、両手で襟首を掴み上げた為に。

 

 

「ちょっ、ゲホッ……し、時雨君……」

 

「提督……何してんのさ」

 

「何ってその……」

 

「何でいつも一人で行っちゃうのさ……」

 

 

 それは、掴み上げるというより、顔を胸に埋めてイヤイヤをする駄々っ子の様な姿勢であり、その顔を擦り付けてる部分から感じる湿りは吉野の口をつぐませる事になる。

 

 

「軍務とか関係無いんだ、艦娘だからとか関係無いんだ、何で判ってくれないの? 僕は……僕達はただ一緒に居たいだけなんだ! なのにどうして……」

 

 

 秘書艦時雨、彼女は艦娘としては一度終わり、やっと居場所を見つけ、そして沈み

 

 

「ずっと、一緒だって……約束したじゃないか!」

 

 

 何者でも無い存在となってでも生きたいと願ったのは、希望がそこにあったからである。

 

 仲間が居る、そしてその仲間を繋ぎ形として成しているのは紛れも無く目の前の男だった。

 

 

 『共に生き、共に死ぬ』いつかこの男が言い、そして誓った言葉。

 

 

 その言葉はこの男だけでは無く小さな秘書官と、そして此処に集う艦娘達の総意であり、それは軍の定めた上下の関係では無く個人的な縁から来るものであるという認識の元、大坂鎮守府の艦娘達は活動してきた。

 

 戦える者は矛となり、そうで無い者は盾として生きる事を決めていた。

 

 

 その誓いは他でも無い、体に刻んだ菊水の紋が雄弁に伝えている。

 

 

「こちら側に踏み込めとは言わない、ヘタレの貴方にそんな事を言うほど私は酷な事は言わない、だからせめて逃げずにそこに留まって欲しい、我々が手を伸ばせば届く位置に居てくれればそれでいい……」

 

 

 何かがあれば己を切り捨て、全てを丸く収められる様に、そう思い、立ち振る舞い生きてきた。

 

 全てを計算ずくで隙を生まず、基本己は捨石という立場、自分の価値という基本が無い生い立ちに加え、大本営で生きる為に仕込まれた術は極端な生き方しかした事の無いヘタレを生み出す結果になっていた。

 

 しかしその生き方が自分の部下を裏切り、心を踏みにじっているという事に気付けないという致命的な関係をこの時まで吉野は自覚していなかった、そしてそれに気付く機会は幾度とあったにも関わらず、ズルズルとここまで来たのはそれに、艦娘達と本当の意味で向き合わず本能的に逃げてきたという事を今突き付けられた。

 

 本当の意味での提督として生きるとは何なのか。

 

 

 そんなヘタレは己の胸に顔を埋めた少女を見て、そして改めて周りを見渡した。

 

 

 怒りの顔、悲しみの顔、それは全て自分を基点として始まっている物だという認識が嫌でも判る光景。

 

 

 ─────────もう、逃げられないな

 

 

 そんな想いと共にヘタレの心は諦めと、そしてある種の覚悟を決める切欠となった。

 

 それは自分を捨石にするという刹那的な物では無く、本当の意味で共に生きるという覚悟を決めた瞬間。

 

 

 恐らくそれはどの選択肢よりも最も困難で険しい道だという事は判っている、だからいざとなったら己を捨てるという安易な選択肢を選んできた。

 

 

 後から思えば何のことは無い、周りを引っ張り纏めてきた本人の覚悟だけが固まっていない、そんな歪な関係があっただけなのだとこの時初めて吉野本人が自覚した瞬間であった。

 

 

「女を泣かせていいのはベッドの上だけよ? テ・イ・ト・ク」

 

「ヤメテクダサイ朔夜(防空棲姫)サン、自分の体力はそれ程アリマセン」

 

 

 こうして片目という高い授業料を支払い、長い長い時を掛けて第二特務課は本当の艦隊として成立したのである。

 

 

 

 

「因みに今回の一件は既に全員が知る処となっている、提督よ、皆への弁明と侘びはそれなりに覚悟しておくんだな」

 

「マジで!?」

 

 

 カスンプ状態の艦隊総旗艦の言葉にビクリと身を震わせ、頭上でチチがプルンと縦揺れするヘタレの前では口を△にして真っ赤に腫れ上がるジト目で睨む小さな秘書艦と、半笑いの朔夜(防空棲姫)

 

 そんな胸元を涙と鼻水でベトベトにし、頭にチチをプルンと載せたヘタレが別の覚悟をしなければいけなくなった瞬間。

 

 

 それでも何かを吹っ切ったヘタレの顔は、苦笑いであったがいつもより何か明るい物であったという。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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