大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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前回までのあらすじ

 諸外国の動向が第二特務課の有体を大きく変化させる切欠となる。

 それでは何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。


2018/05/21
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きましたorione様、K2様、有難う御座います、大変助かりました


アナタの知らない世界(髭限定)

「この馬鹿が、正面切って元老院に喧嘩を売りやがった」

 

 

 大本営執務棟、大将である大隅に割り当てられた執務室に現在数名の者が集っていた。

 

 

「ちゅーか大隅さん、あの場で話を承諾したらこの先国内情勢はメタメタになっとったし、艦娘を今のまま順当に運用していこうおもたら、サブが断ったのは軍としては間違いやないと思うんやけどな」

 

 

 執務室に設えたソファーには部屋の主である大隅と、会議に出席していた陸軍少将池田眞澄(いけだ ますみ)、吉野、そして既に異動手続きを終え吉野の護衛として同行している金剛が座っていた。

 

 この池田眞澄という男は『陸軍中央即応集団特殊作戦軍西日本方面司令長官』という長たらしい肩書きを持っている、階級こそ少将であったが実際は実務側、それも国内の不穏分子を相手にした防衛を担う部門の長を務め、比較的そんな組織が多く居るとされる西日本に拠点を据えて活動していた。

 

 因みにこの男が吉野に狙撃を仕込んだ男であり、同時に大坂鎮守府とは深く関わりを持つとされる陸軍信太山駐屯地の司令長官でもあった。

 

 

「いや池田さん、同じ断るにしてもやり方という物があるでしょう? あれでは厄介事を生み出すだけで根本的な解決にはならん」

 

「まぁ話を上手く纏めるんは深海棲艦達が納得せん言うてバッサリやるんがあの時一番(とう)が立たんやり方ですわな、せやけどそれって部下を悪者に仕立てて話を切り抜ける、大隅さん、アンタが一番嫌いなやり方ちゃいますの?」

 

 

 ニヤリと笑うモスグリーンの軍服に身を包んだ偉丈夫(いじょうぶ)の関西弁に苦い顔をする海軍大将、立場は違い、袂を分かったと言えどそこは自分が仕込んだ者である。

 

 本人は認めたくない話であったが、この髭のへそ曲がりに生き方を仕込んだのは紛れも無くこの男である、その生き方も似通った物になったとしても不自然では無かった。

 

 

「まぁどちらにしてもこれから着任する先が狸の所じゃなくてホっとしてるデス、それなりに面白い場所と聞いてましたケド、そこが辛気臭い場所だと遣り甲斐がなくなっちゃいマスから」

 

 

 紅茶を啜りつつ、元というのが頭に付く事になった横須賀第一艦隊旗艦の彼女は澄ました顔で吉野の隣に座っている。

 

 

 横須賀鎮守府で長年第一艦隊旗艦を勤めていた金剛という艦娘、彼女は長門が大本営第一艦隊旗艦を勤めていた時期、つまり軍の創成期頃から守りの顔として長らく存在していた艦娘である。

 

 長門率いる第一艦隊が壊滅し、次に大和率いる艦隊が育つまでは大本営第一艦隊の代わりを務め、南方で猛威を振るう深海棲艦の駆逐に武蔵率いる艦隊が釘付けになっていた頃は、各海域の定期清掃の指揮も執っていた。

 

 そんな艦娘が大坂鎮守府に異動する事になったのは米国との関係を重視し、横須賀艦隊の旗艦を米艦にという政府側からの圧力による物であった。

 

 

 日本近海の安全は取り敢えず確保された現状、例え経験が乏しい者でもそれなりに戦えればそのポストは勤まるという暴論での人事異動に、軍内では少なからず不満の声は上がっていた。

 

 吉野が非協力的な形で会談を袖にした裏側にはそんな意趣返し的な意味合いも含み、同時にそうする事によって軍内の不満の声を少しでも抑えるという狙いも少なからずあった。

 

 

 この件について、当事者である金剛自身は意外にも不満という感情は殆どなく、そしてそういった手法で意趣返しをした吉野本人にも実はそんな感情は存在していなかった。

 

 

 理不尽な理由で追われた艦娘も、それに対する仕返しをした大佐も共に周りの感情という物を優先して行動する、そしてそれは互いに苦笑いを以って着任の挨拶とする奇妙な場を生み出していた。

 

 

「まぁどの道深海勢の件は公表される事が確実となった、三郎よ……ここからが正念場になるぜ?」

 

「ヘタなとこから情報がリークされるよりはマシですよ大将殿、これで彼女達に不自由を強いる事は無くなるし、問題は無いんじゃないですかね?」

 

「変わりにテメェが不自由を強いられる立場になるってか、まぁそれがお前の生き方なら俺は何も言わんがせいぜい寝首を搔かれんようにな、でねぇとこっちの手間が増えてかなわん」

 

「ケツ持ちは任せろと、何やかんや言う割りには大隅さんも律儀な性格しとるなぁ」

 

 

 横から解説をする関西弁に再び苦い顔をする海軍大将は深い溜息と共に目の前の髭に視線を移し、ほんの一ヶ月前に見た物とは違う雰囲気に幾らか安堵すると共に、この先降り掛かるであろう厄介事に対して思いを馳せるのであった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「ほしたら(わし)新幹線やから、ここでお別れやな」

 

「いや池田さん、ウチから信太山って目と鼻の先ですし一緒に乗ってったらどうです?」

 

「いやなんちゅうかアレや、飛行機ってふわふわして心許ないっちゅーか落ち着かんねん、せやから遠慮させて貰うわ」

 

「ふわふわて……」

 

「それに土産頼まれてんねん、シュウマイ、せやからしゃーないねん、な、まるゆ」

 

「はい! 皆さん横浜のシュウマイ楽しみにしています!」

 

「ま、そう言う訳や、また何かあったら連絡するわ、ほたらな」

 

 

 ケラケラと笑いつつ、陸軍少将は護衛に就いていた白いスク水の潜水艦娘と共にその場を後にする。

 

 身の丈190cmにも届こうかという大男と、それにアワアワと付き従う小さい少女は一体どちらが護衛なのだろうという微笑ましい絵面(えづら)を見せている。

 

 

「あのちみっこい潜水艦って大丈夫なんでしょうかネ?」

 

「陸ではあの"まるゆ"は癒しポジらしいでち、性能的な物はその……突っ込まないであげて欲しいでち」

 

 

 二人が去った滑走路には飛行前の点検を受けているC-2輸送機が駐機されており、予定では後10分もしない内に乗り込む手筈となっている。

 

 そしてそこから少し離れた位置にいるのは吉野の他には金剛、そして伊58、新たに大坂鎮守府に着任となる艦娘二人である。

 

 

「しかし君達、幾ら人員整理があったと言ってもわざわざウチみたいなややこしい鎮守府に来なくてもいいだろうに……」

 

「大坂には加賀に明石も着任してるでち、ゴーヤだけ仲間外れとか何の苛めでちか」

 

「いや彼女達を引っ張ったのは自分じゃないから」

 

「ワタシは別にドコでも良かったんデスけど、丁度サブローが鎮守府の司令なってるならソコでいいかなってカンジですネ」

 

 

 軍での異動人事にしては本人達が言う希望理由はどうなのだろうと思う吉野は、凄く微妙な表情で紅茶戦艦とデチデチを眺めていた。

 

 

「金剛ダメでちよ、もうゴーヤ達は手続き上大坂鎮守府に着任した立場でち、名前を呼ぶ時はてーとくとか、アナタと呼ぶべきでち」

 

「でしたネ、ならサブローじゃなくてダーリンと呼ばないといけませんネ」

 

「ちょっと待ってみようか君達?」

 

「なんでちか?」

 

「提督とかはいいんだけど、そのアナタとかダーリンってどういう事?」

 

 

 物凄く嫌なデジャヴに眉根を寄せつつ髭がデチデチと紅茶戦艦を見る。

 

 そしてその目の前では揃って首を傾げ髭を見る二人、とても珍妙な空間が滑走路の片隅に展開されつつあった。

 

 

「何でって、大坂鎮守府に着任する者はカッコカリをするのが義務と聞いてマス」

 

「明石?」

 

「Yes」

 

 

 プルプル震える手を押さえつつ懐のスマホを取り出そうとする髭の手をそっと押さえ、ピンクのジャージに身を包むデチデチはスイっと左手薬指にはまっている明石セレクション謹製デザインリングを見せ付ける。

 

 ちなみにそれは吉野の給料三か月分では買えないという高級品であった。

 

 そのリングをゆっくりと左右に振りつつ物凄く良い笑顔のでち公とまともに目を合わせる事が出来ず、プイっと視線を外した吉野の前には、これまた弾ける様な笑顔で給料三ヶ月+αをはめた金剛が左手をゆらゆらさせていた。

 

 

「まー能力的には合格点でしたが見た目趣味ジャナイので、実はこのカッコカリに関しては形式上と割り切ってマシタが……その髭、中々グっとクる物がありますネ、フフッ」

 

 

 威厳を持たせようと大坂鎮守府の艦娘が画策した髭は、会議では効力を発揮せずに別の場所でその威力を発揮するという結果を生み出した。

 

 因みに金剛は髭が属性HITという訳ではなく、単にシブめのおじ様趣味という性癖なだけである、その為激務が常で比較的歳若い者が指揮を執る横須賀鎮守府では形式上カッコカリはしていたが、好意という点でのそれは今まで彼女は結んでいなかった。

 

 

「一線から引いて腰を落ち着ける場所に行く事デスシ、そろそろソッチ系も考えた生活を考えテも良いですヨネ?」

 

「待って、髭は一時的な物でこれはすぐ剃るつもりで」

 

I won't let it slide!(それは許さない)

 

 

 並々ならぬ髭に執着する紅茶戦艦の睨みを直視出来ずにプルプル震える吉野に更なる不幸が訪れる。

 

 上着の内ポケットからの呼び出しに気付きスマホを取り出すと、そこには鎮守府の留守を任せている大淀からのメールが着信している事を示すメッセージ。

 

 顔を顰めつつも画面をタップして内容を確認する。

 

 

─────────

 

2016/12/○○ 13:26:13

From : 黒髪眼鏡(oh淀)

To : 吉野

SUB : 本日着任の二名について

TEXT 0.2Kbyte

 

 

提督お疲れ様です。

 

本日岩川基地より着任予定でした鳳翔、並びに龍驤の二名、現時刻を以って着任致しました。

 

尚両名については事務手続きを滞りなく終了し、これから寮で私物の整理を行って貰う予定であります。

 

またカッコカリ手続きも着任手続きと共に終えており、大本営への登録も終了致しました。

 

詳細は帰還後書面と口頭にてご報告致します。

 

それでは取り急ぎご連絡まで(*´꒳`*)ノ♡

 

─────────

 

 

 着任即カッコカリという実態の裏付けを示すメールである。

 

 因みに吉野的には何も聞かされていないその事実はoh淀の無駄に回ってしまう弁と、鎮守府総嫁状態という環境を目の当たりにしたオカンとまな板に即決をさせてしまうという事態を引き起こしていた。

 

 その内容の唐突さと、文末のoh淀が使うにしては無駄にカワイイ顔文字に衝撃を受ける髭眼帯。

 

 一体いつからそんなローカルルールが出来たのか、何が取り急いじゃうのか、そしてその顔文字のファンシーさは何なのか。

 

 

 唖然とし固まる吉野の脇でスマホを覗く金剛とでちは、その内容を確認して深く溜息を吐いた。

 

 

「一度に四人もカッコカリとか、てーとくは豪気でちね」

 

「そのワイルドさにキュンとしちゃうデース」

 

「違います」

 

 

 自分の知らない処で着々と"ソッチ系にワイルド"というイメージが定着する事に危機感を覚えた吉野は即座に否定する。

 

 それ以前に数日前には二桁の艦娘と一度にカッコカリをしたという実績を吉野は残している為、ある意味現状は今更な状況であったがそれでもそれに抗わずにはいられない。

 

 

「Fum……謙遜しなくてもいいですヨテイトク? その辺りは甲斐性デスから、好かれる者が多いというのは恥ではありまセーン」

 

「いや金剛さんとかでち公から提督とか呼ばれると、ちょっとアレと言うか」

 

「ああ、ならアナタでいいでちか?」

 

「ダーリンのがいいと?」

 

 

 イジられている感に二人を見る髭眼帯の前には何故かキラが付いた二人の顔が見える。

 

 即座にそれから視線を外し、雨に打たれた子犬の様にプルプル震える吉野の耳に、搭乗を促す輸送機スタッフの声が響く。

 

 恐らくそれまでの会話を幾らか聞いていたのだろう、そのスタッフの表情は何故か羨望を含んだ物になっており、またしても吉野の与り知らないコミュニティに噂が流れる元が出来てしまうというコンボ。

 

 

「いや待って、チガウの、違うんだからね!」

 

 

 そんな髭の口から発せられる慟哭交じりの声は、輸送機が奏でるターボファンエンジンの音にかき消され、スタッフの耳には届かなかったという。

 

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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