大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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前回までのあらすじ

 とうとう公表された深海棲艦との融和政策とその存在、それを抱える第二特務課は更なる改革と強さを求め、奔走する一年を送る事になった。

 それでは何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。


2016/12/19
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きました京勇樹様、リア10爆発46様、有難う御座います、大変助かりました


瀬戸内海にて

『では予定通りヒトマルマルマルより演習を執り行います、今回の演習は広域での戦闘を想定し、呉、尾道、今冶を結ぶ瀬戸内海諸島を含む海域で行います、判定や海域監視は呉鎮守府が担当、レギュレーションは事前通達にありました通り時間制限無しで旗艦の行動不能(轟沈判定)を以って終了とします』

 

 

 瀬戸内諸島、西端が呉、東を今冶から尾道を結ぶ海域は小島が多数存在し、海峡と呼ばれる水路も、そして浅瀬もかなりの物になる難所が多数存在する海域である。

 

 東側は中国地方から島が四国へと並び、そこには橋を架けて結んだ西瀬戸自動車道、所謂しまなみ街道が存在し、呉側に広がる海域以外は見通しが利かない海が横たわる。

 

 

 今回設定された演習は大本営側から(もたら)された物であったが、判定の公正さを強調する為呉鎮守府が管轄する海域で行う物とし、更に判定や管理も呉に任せる形として実施される。

 

 

 大本営選抜艦隊は呉の柏島から出撃し、第二特務課は高根島より出る事になっていた。

 

 この瀬戸内諸島は深海棲艦の出現以降安全の確保が難しいとして人が住んでおらず、軍の管理下に置かれていた。

 

 現在朔夜(防空棲姫)達深海棲艦との不可侵条約がある為に以前より安全性は確保されてはいたが、それを保障するという確約が出来ない現状、現在も一般人の立ち入りは大きく制限され、大三島に防衛・監視の為の警備府が置かれ、各所にトーチカやレーダー施設が点在するのみとなっている。

 

 

 大本営艦隊が展開するそこは、柏島から大崎上島まで目立った島影は無く見通しが良い内海であり、第二特務課の出撃地点である高根島は柏島まで大小様々な群島が続く位置取りとなっている。

 

 これは指定された物では無く、大本営は自艦隊の出撃地点のみ決め、第二特務課側も艦隊出撃の地点は自由に決めて良いという取り決めの元、この様な形として演習を開始する事となった。

 

 

 其々の指揮所は大本営側は呉前海域に浮かぶ豊島に野外指揮所を配置して、第二特務課は因島に同じく野外指揮所を設置、そこから艦隊指揮を執るという形になっている。

 

 其々指揮所には各陣営三名までの者が入る事を許され、またそれぞれの指揮所には呉からの判定員が監視役として二人づつ就くという状況。

 

 

 大本営艦隊指揮所

 

 艦隊本部 江角信二(えすみ しんじ)大佐

 岩川基地司令長官 東野光輝(とうの みつてる)少将

 艦隊本部 瑞鶴

 

 呉鎮守府 伊勢

 呉鎮守府 那智

 

 出撃艦隊

 旗艦 Iowa改

 Warspite改

 Roma改

 Prinz Eugen改

 Saratoga改

 翔鶴改二甲

 

 

 第二特務課

 

 大坂鎮守府司令長官 吉野三郎大佐

 友ヶ島警備府司令長官 唐沢隆弘(からさわ たかひろ)中佐

 大坂鎮守府 叢雲

 

 呉鎮守府 陸奥

 呉鎮守府 足柄

 

 出撃艦隊

 旗艦 金剛改二

 榛名改二

 摩耶改二

 夕立改二

 時津風改

 龍鳳改

 

 

 尚、この演習で使用する設備機器及び通信チャンネルは呉鎮守府管轄の物を使用する事になっており、互いの陣営に対しての直接通話は演習中基本切り離された形として運用される。

 

 

「出撃地点が高根島とか本当に良かったの? 相手は呉前で待ち構えてるのに、島が多いルートからだと道中爆撃をもろに食らって辿り付く前にボロボロにされそうなんだけど?」

 

「止めなさい足柄、私達が演習の事で何かを口にするのは禁止されているわ」

 

「ん~でも陸奥、何かあの連中(大本営指揮者)っていけ好かないじゃない? 何にしてもふんぞり返った命令口調でさぁ」

 

 

 腰に手を当て不機嫌な相を隠そうともしない足柄に苦笑しつつ、吉野は海図に視線を落とし頭の中で幾つか想定されるパターンを考え、それに対する指示を反芻している。

 

 基本的に演習中は現場指揮に委ねる部分が多いものの、今回の演習は試験運用中の兵装を金剛が使用するとあって、細かなフォローが必要な場面があるだろうと吉野は予想していた。

 

 またその為に随伴艦には経験豊富な叢雲を据え、更にオブザーバーとして唐沢に就いて貰っている。

 

 

『始める前に今一度確認しておくが吉野君、本当に演習メンバーはそれでいいのかね? 互いに戦力の差が生まれぬ様、こちらは事前に編成表を送ったのだがね』

 

「お気遣い感謝致します少将殿、お陰さまでこちらは万全を以って演習に挑む事が出来ました、色々ご心配されている様ですが今演習はご期待に沿える物になると自分は愚考致しております」

 

『……そうかね、ならこちらは構わんがね』

 

 

 この演習に於いて、大本営の意図する物は第二特務課に対し完全なる勝利と、それによる徹底した力の誇示である、それを得るには大坂鎮守府に所属する、二つ名を持つ艦娘達による大坂鎮守府の最大戦力を叩くという結果を必要としていた。

 

 しかしそれに対し、第二特務課が出してきた艦隊は金剛と榛名、摩耶辺りは良いとしても夕立・時津風という駆逐艦は大坂鎮守府建造の者であり、更に諸島を進む海域での戦闘では必須とも言える航空戦力は龍鳳という、ある意味搭載数に難のある軽空母が一隻のみという状況。

 

 この編成で完封を果したとしても、それは大坂鎮守府の最大戦力では無いという印象を与えかねない編成であった為、大本営艦隊側には大坂鎮守府がそれを狙って茶を濁しているという印象を強く感じていた。

 

 

『それではこれより30秒後にチャンネルをクローズ、予定通りヒトマルマルマルより演習を開始致します』

 

 

「ほら、どう聞いても完全に舐めた口調じゃない、ほんっとムカつくわねあの髭共!」

 

「だから止しなさい、もぅ……それに髭だけで言えばこっちも白黒髭コンビなんだから」

 

 

 フォローの為の陸奥の言葉であったが、それを聞いた髭爺と髭眼帯は苦笑の相を浮かべ呉の飢えた狼を(なだ)めるという妙な空間が展開されていた。

 

 べらんめぇ口調の白い髭の横には杖をついた髭眼帯と、それを介護するかの様なむちむちくちくかん、そんな覇気よりも介護的な雰囲気が漂う空気に、呉の飢えた狼は不安と焦れた感覚にやきもきしていた。

 

 

「足柄さん」

 

「何よ?」

 

 

 そんな要介護者然とした髭眼帯は懐から取り出した飴を一粒放り投げ、激オコプンプンな狼さんに対して口角を上げてこう伝えるのである。

 

 

「綺麗な顔が台無しですよ、怒り皺ってのは美容に良くないです」

 

「え、き……綺麗って」

 

「まぁ足柄さんが腹に据え兼ねる気持ちも判りますけどね、この後数時間後……美容に良くない顔になるのはあちらさんです、それは保障しますよ、だからまぁそれまでは飴でも舐めて気楽にお待ち下さい」

 

 

 演習が始まってもいない時点での勝利宣言である。

 

 その余りにも気負う事無く髭から出た言葉に、足柄だけでは無く陸奥ですら唖然とした表情のまま言葉を飲み込んだ。

 

 

「こちらHeadquater吉野、各艦に通達する、我が艦隊は演習開始と共に西進、予定通りに高根島から小久野島まで進出後南下、そこより小大下島を目指す、その辺りに達する頃には恐らく当艦隊は相手に補足され航空機による攻撃を受ける事だろう」

 

 

 高根島というのは中国地方に最も近い島であり、そこから小久野島を経由して小大下島を目指すルートといえば島影を利用して進む、速度が出せないまま南下するルートであり、また小大下島から呉前海域に続く海路は最も小島が密集した海域である為に、航空機を迎え撃つには回避の面で不利な場所であった。

 

 

「敵航空戦力に対する反撃は小大下島到着以降、そこから周辺諸島を通過しつつ敵航空戦力を三角島へ至るまでの海域にて殲滅し、そこより突貫を掛けるものとする」

 

 

 吉野の言葉に呉の二人は驚きの表情を浮かべ、その指示を出す髭の眼帯を(いぶか)しげに睨む。

 

 目と鼻の先程に密集した島々、中には断崖と呼べる場所や浅瀬も当然存在し、速度も出せない細い海路。

 

 艦隊の展開すら難しいそんな場所で航空戦力を迎え撃つというのは回避が難しく、また髭の言う"敵航空戦力の殲滅"というのは不可能と言わざるを得ない。

 

 確かに第二特務課艦隊には対空兵装で固めた摩耶が居るが、正規空母二隻からなる航空戦力を相手に立ち回るには難しく、また他艦で対空を期待できるのは龍鳳だけであるが、その龍鳳は自他共に認める天山フェチである、艦攻では直掩(ちょくえん)としての用途は期待できず、またこの演習では艦戦を積んでいないという事は呉側の者は事前に知っている。

 

 

「ねぇ陸奥、このお髭の大佐さん……大丈夫なの?」

 

「ルートの指定から細かな指示、そして相手の航空戦力を見据えた上でのこの作戦、正直バカだとは思いたく無いけど、勝とうという戦略にはちょっと……まぁ唐沢さんと叢雲さんていう二人が付いてて抜けた作戦なんてさせないでしょうし、その辺りどうなのかしらねぇ?」

 

「でもあの編成で正規空母二隻の艦載機を対空戦闘のみで殲滅とか、正直無理だと思うんだけど?」

 

「まあまあ、その辺りはすぐに判るでしょ? お髭さんが言う様にこっちはお手並み拝見といきましょうよ」

 

 

 そんな呉の艦娘が心配する前では指示を終えた髭の眼帯がマイクを置き、懐から取り出した煙草に火を点け一服を始めるのである。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「こちら旗艦アイオワ、柏島西にて展開完了、これより長島方面より本州沿い、そして大崎下島方面より南ルートの索敵を開始する」

 

『本営了解、敵艦隊が進んでくるルートは大崎上島を挟んでの南北しか存在せず、また艦隊編成からこちらが向かうよりも呼び込んでの砲撃戦の方が効果的である、よって索敵にて敵艦隊を捕らえた後も大崎上島までは航空戦力による攻撃のみとし、抜けてきた残敵を砲撃にて殲滅するという形で迎え撃つ』

 

「アイオワ了解ネ、では敵艦隊を発見後随時艦爆を発艦、艦隊はこの場で待機としマス」

 

『うむ、どちらにしてもあの編成では砲撃距離までに無傷で辿り付く艦は居ないだろう、砲撃戦に移行しても脅威はあの金剛型三番艦だけで、それ以外は考えなくとも良い』

 

「Yes sir」

 

 

 呉近海、柏島西に展開する海域ではアイオワを旗艦とした艦隊が彼女を中心として楔形の陣形で展開し、両翼に居る正規空母のサラトガと翔鶴が索敵の為に彩雲の発艦を終えた処であった。

 

 天候は晴れ、周囲を島に囲まれたその海域は波が凪いだ状態で視界良好。

 

 艦隊編成はやや寄せ集め感はあっても不安を覚える程の組み合わせでは無く、また戦略的に単純な物であったが為に監視に集中できる状態。

 

 

 演習に割り当てられた海域としては、この呉近海に至るルートとして北の本州沿いと南の群島からしかないという好条件はある意味大本営艦隊に有利となっていたが、事前の打ち合わせではそれに問題は無いと第二特務課より返答が来ていた為、遠慮をする事は無い。

 

 それ以上に先に送った編成表に対する大坂鎮守府艦隊の編成は、アイオワにとってやや因縁めいた、ある意味負い目がある金剛が旗艦を勤める艦隊ではあったが、それが率いる者達を見て逆に憤慨を感じる部分もこのアメリカから来た戦艦には少しだけあった。

 

 

 理不尽に席を奪い横須賀旗艦に就いた、それは実力としては劣っていないという自負があったが、それを証明する機会も無く、国同士の取り決めによって問答無用という形でそれは成された。

 

 その事に付いて詫びるつもりは無かったが、いつか言葉を交わし、出来る事なら相見(あいまみ)えて力比べもしてみたかった。

 

 そんな待ち侘びた機会が訪れたと思えば条件的には己達に利がある状況、しかも相手の艦隊は総合力に劣る艦で編成された物。

 

 

「こんな状態で勝ったとしても接待演習と笑われるのがオチね……」

 

「アイオワ、貴方の気持ちも判らなくはないけどこれは相手が選択した結果よ、なら条件は五分と五分、こちらが遠慮する事は何も無いわ」

 

 

 晴れない表情の旗艦に翔鶴は索敵をしつつ釘を刺す、この唯一の日本艦である鶴姉妹の姉は横須賀第一艦隊の空を長年守ってきた艦娘であり、金剛とも長らく艦隊を組んで戦ってきた者である。

 

 そんな彼女は口にする、あの金剛が演習とは言え戦いに手を抜く筈が無いと、もしそれに驕れば勝ちの目は無くなるだろうと。

 

 

「……Thank You 翔鶴、貴方が言うならそうなんでしょう、ちょっと編成に不可解な物を感じてたけれど、YokosukaのFlagshipだった金剛が何も考え無しで戦いの場に出てくるなんて無いものネ」

 

「それに副艦はあの武蔵殺し、懐に入られたらまず只では済まない、それに加えて元第二艦隊旗艦の摩耶、それだけでも警戒に値するわ……」

 

「そんなに?」

 

「ええ、恐らく私が知る重巡の中では一番油断のならない艦娘よ、セオリーなんて通じない、どんな困難な作戦も生き残った生え抜き……油断しては駄目」

 

「I think I've got it.翔鶴がそうまで言うなら気を引き締めないとネ」

 

 

 パンパンと二度軽く頬を叩いて気合を入れる金髪の戦艦に、笑顔で見る銀髪の航空母艦。

 

 彼女にしても懐疑的な部分が無いとは言えなかったが、金剛という艦娘を知る彼女にとって、そして大本営の何でも屋とも少なからず作戦を共にしたとあってその気性は嫌と言う程に知っている。

 

 どんな場面でも艦隊の士気を盛り上げてきた金剛のカリスマを、どんな絶望的な海からも生きて帰ってきた何でも屋の恐ろしさを。

 

 

「敵艦隊見ゆ、現在位置は大横島南にて南方に向けて航行中、数六」

 

「サラ、翔鶴、直ちに艦載機を上げて頂戴」

 

「Got it.爆装済みの機は全部出してもいいのよね?」

 

「えぇ、相手に制空権を取る程の艦載機は無いわ、直掩機を残して全て発艦させて、諸島を抜ける前までに航空戦力で叩けるだけ叩くわよ」

 

 

 日米が誇る航空母艦より爆装を施した艦載機が次々と空に放たれる、それは瞬く間に空の青へと吸い込まれ、まだ視界に入っていない敵艦隊へ向けてその牙を突き立てる為に大空を切り裂いていくのであった。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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