俺は剣を振り上げている男目掛けて腰の棍を一つ投げつける。
「ぐぁっ!?」
相手の手に直撃し、その手から剣が吹き飛ぶ。
さらに速度を上げて飛び込み、兵士を殴り付けて吹き飛ばした。
文官のような男の方を見れば、付き従っていた別の兵士がどこから現れたのか雪蓮嬢によって斬り殺されているところだった。
「ひ、ひぃいいいいいいいい!!! なんだ、貴様らはぁあああああああ!!!!」
兵士の血が自分の顔にかかった事で、ようやくすぐ傍に死神が現れた事を理解した男は無様な悲鳴を上げる。
「「黙れ」」
何故か俺と同じくらいにぶち切れているらしい彼女の瞳に温度はない。
俺も同じような目をしているだろう。
「凌操、その子の手当頼めるかしら? こいつは私が連れてくわ」
「殺すなよ。このクズには洗いざらい吐いてもらわなければならない……」
目の前が真っ赤になるほどの怒りに蓋をして、努めて冷静に言葉を紡いだ。
壁に寄りかかっている一刀の状態を確認する
服はボロボロ、おそらく殴られるか蹴られたりしたと思われる打撲痕が多数。
だが血が出るような傷はほとんどない。
一箇所、腹部に相当な手練れにやられたと思われる傷があった。
青く腫れ上がっている事から打撃のようだが、痕の中央に等間隔で並ぶ鋭利ななにかで付けられた傷がある。
そこから流れる血を俺は自分の服を破いて被せ、腰紐で胴をぐるりと回して結ぶことで固定する。
これで多少の止血にはなるだろう。
「逃げられないようにする為に、足一本くらい良くない?」
「ひ、ひぃいいいいいいいい!!!」
「黙れ」
腰が抜けているらしい男のすぐ傍の地面に棍を叩き付ける。
小さなすり鉢状の穴が空いた地面を見て、そいつは自分の口を押さえて黙り込む。
「俺たちはこちらに来る時、異民族の妨害を受けた。こいつら十常侍の亡霊どもと繋がっている可能性が極めて高い。奴らとどうやって繋がったかを吐かせる前に死なせかねない傷を付けるな」
「……そういう事。どこまでも愚かね」
口をへの字にして、呆れたように呟くと雪蓮嬢は這いつくばって逃げようとする男の首に手刀を落とす。
「じゃあこれは私が連れて行くわ。その子はどう?」
「ほとんどが打撲だが一箇所だけ深い刺し傷があった。止血はしたがこれから医者のところへ連れて行く」
一刀を背負うと、彼女は一瞬だけ気遣わしげに彼の頬を撫でる。
「まったく。弱いのに頑張っちゃって……生きてて良かった」
「そうだな。では俺は行く」
「彼の事、よろしくね」
頷き、走り出そうとした瞬間。
『予想通り』俺の背後から襲いかかる何者かが現れた。
俺は蹴りで奴の攻撃をいなす。
雪蓮嬢が斬りかかるも身軽かつ獣のような動きで襲撃者はそれを避けた。
「……気付カレテタ?」
「当たり前だろう」
片言というか聞き取りづらい言葉に俺は答える。
一刀の腹部の傷はそれほど古く無かった。
俺たちが駆けつけるほんの少し前に付けられた傷。
だがあの文官のお付きが付けた傷とは思えなかった。
なら『傷を付けた奴はどこにいった?』と警戒するのは当然の事だ。
「私は勘」
俺が筋道立てて警戒していたというのに、それを全てぶち壊すのはやめてほしい。
襲撃してきた奴の手を見れば一刀の腹の傷を作ったと思われる棘の付いたメリケンサックが握られている。
僅かに付着している血を見ても、まず間違いなくこいつが下手人だ。
「凌操。こいつは私がやるからこのボンクラも連れてってくれる」
雪蓮嬢は引きずっていた文官をこちらに放り投げ、目の前で四つん這いになって構えている敵に向き直る。
「そうだな。さっさと片付けてくれ」
「ええ、任せてちょうだい。だから貴方もそっちはよろしくね」
「ああ。任せてくれ」
俺は一刀を背負い直し、文官の後ろ首を掴んでその場を離れた。
引きずられた男が目を覚まして甲高い悲鳴を上げる度にドスを効かせた声で「黙れ」と言いながら。
凌操たちを襲った襲撃者はそもそもさっきまでぎゃあぎゃあと五月蠅かった文官の男を気付かれないように監視する役割を命じられていた。
だから付かず離れず男が『女二人』を追いかけている様子を監視していたのだが、そこに来たのが一刀だった。
五月蠅い男のお付きの兵士たちを相手に積極的に攻める事はなく、相手の攻撃に合わせて防御に専念し、しかし僅かでも隙を見つければ攻撃する。
有効打になり得る攻撃が来ると分かれば兵士たちは怯み、警戒して迂闊な攻撃が出来なくなる。
お付きの兵士たちと一刀では兵士たちの方が実力は上だっただろう。
しかし一刀は瞬間的に力を発揮し、相手の心情を読み解き誘導する事で、実力も数も上だった奴らを相手に渡り合っていた。
倒すのではなく生き延びる事に特化した戦い方。
それは襲撃者が今まで見た事のない、やったことのない、まったく未知の戦い方だった。
だから興味を示して襲いかかった。
既にその頭に監視の役割など残っていなかった。
「うわっ!? なんだ、お前!」
飛び込んできた襲撃者は驚く一刀に殴りかかる。
彼は後方に飛び退いて避け、足元を狙って木刀を横薙ぎに振るう。
襲撃者は走り出そうとした足元を狙う一撃に、突っ込もうとした足を強制的に止められた。
「動キヲ読ンデ出先ヲ抑エル。面白イ戦イ方」
「!」
自分の戦法に気付かれた事に一刀は一瞬動揺するも、すぐにそれを隠して新たに現れた敵を睨み付ける。
後ろで「なんだ、貴様はぁああああああ!」と金切り声を上げている監視対象に目を向けた。
「死ニタクナケレバ黙ッテ大人シクシテイロ。邪魔シタラ、ソノ舌引キ抜イテ喰ッテヤル」
猟奇的な脅しと共に向けられた殺気に文官の男もお付きの兵士たちもその場に縫い付けられたかのように動けなくなった。
「そこの兵士たちと明らかに毛色が違うな。何者だよ」
「……和連(われん)」
名前だけ名乗り、襲撃者は攻撃を始める。
身体能力に物を言わせた拳、蹴りの乱打。
避けられないまでも上手くいなされ、あるいは受け流される。
当たっても浅く、致命傷には及ばない。
「(面白イ戦イ方ダガ、相手取ルト思ッタ以上二面倒)」
そう思った和連は加減を止め、その手に己の武器を握った。
「棘付きのメリケンサックとか……殺意高いな」
一刀がぼそりと呟いた言葉は和連の耳には届かなかった。
遊びのない攻撃を前に一刀が受ける傷は加速度的に増えていき、ふらついて見せてしまった隙を突かれて拳を腹に受けて壁に叩き付けられる。
尚も立ち上がろうとした一刀だったが、身体が付いていかず意識を失ってしまった。
そこで一刀に興味を失った和連は監視の役目を思い出し、その場から獣のような動きで去って行った。
とはいえ役目を思い出した以上、監視対象が見えるところにいなければならない。
建物の影に隠れ、文官の男たちの様子を窺う。
すると気を取り直した文官の男は壁に倒れている一刀を殺す事を命令。
早くこの場を離れた方がいいという兵士たちを怒鳴りつけ、倒れ込む一刀を指差して叫び散らす。
不快だと思ったが、役目だから仕方ないと割り切ってじっと見つめ続ける。
兵士が一刀に向けて剣を振り下ろそうとしたその時。
棒状のなにかが振り下ろされていた剣を吹き飛ばした。
「!」
そちらを見れば一瞬で距離を縮めた男『凌操』と、別方向から近付いてきたらしい女『孫策』が兵士たちを一瞬で倒していた。
新たな人物、それも強者の気配に和連の頭からはまた監視という役割が消え失せる。
いつ、どちらに襲いかかろうかとワクワクしながら考えているうちに話が進み、凌操がこの場を離れようとしていた。
逃がしたくないと思って飛び出す。
しかし半ば予想していたとおり、不意打ちだった一撃は防がれた。
そして話は進み、今に至る。
向かい合う二人はこれから殺し合うはずだというのに不自然なほど静かに相対していた。
「さて……やり合う前に一つ聞くけど」
「?」
孫策が口を開く。
和連は真っ白な仮面で表情が分からず、フードで頭を隠し、黒い外套ですっぽり身体を包み込んでいて大体の背丈くらいしか分からない。
この上、声も中性的かつ機械的なせいで性別も分からない。
「さっき、背負われていた男、一刀の傷は貴方がやったの?」
「……」
背負われていた男と聞いて、和連は思い出す。
『自分を手こずらせた面白かった男』の事を。
「ヤッタ。戦イ方ガ面白カッタ」
襲撃者は戦っていた時の事を想いだして笑う。
本当にただ面白かったと思って笑う。
「……そう」
しかしその笑みは目の前の虎の尾を踏む行為だった。
「!?」
音もなく、いや音を置き去りにして振るわれた一閃。
真っ直ぐ首を狙って振るわれた一撃を紙一重で避けたものの、フードは風圧で切り裂かれ、仮面は斬り飛ばされていた。
「へぇ? 女の子だったんだ?」
フードが切れた事で手入れのされてないボロボロの黒髪が風にたなびき、仮面が外れた事で病的に白い肌と意外にも整った顔立ちが露わになっていた。
頬から流れる血を拭う事なく、襲撃者の女はニタリと笑って目の前の敵を見つめる。
「オ前、凄ク強イ」
「ええ。強いわよ、私は」
底知れない冷徹な眼差しで見据えられながらも、彼女は怯まない。
どころか今まで感じた事の無い高揚感で顔が赤くなっていった。
「いつもなら貴女みたいな人との戦いは存分に楽しむんだけどね。今日は……そんな気分じゃないの。だから、さっさと死んで」
「イヤダ。死ヌノハオ前」
沈黙は一瞬。
戦場の獣たちは同時に地面を蹴り、その獲物をぶつけ合った。