死にたくない私の悪あがき   作:淵深 真夜

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活報で予告してた以上に忙しすぎて、更新できませんでした……。
でも平成も今日で最後なので、平成最後の更新をしておきます。
令和最初の更新は一体いつになる事やら……。G・W中に更新出来たらいいんだけど。


幕間:三者三様苦労話

【カルナを紹介】

 

 ツェズゲラとその仲間達への交渉が無事成立し、「一坪の海岸線」入手の為に、誰がどのスポーツを担当するかという話に移る。

 子供二人がツェズゲラの実力を見る為にしてもらった垂直跳びに、何故かツェズゲラそっちのけで熱中して勝負しているのをよそに、ゴレイヌが8つのスポーツの種目とそのルールを説明して、自分たちはどのスポーツが良いか上げてゆく。

 

 幸いながら、それぞれが希望するスポーツは被ることなく着々と決まってゆくのだが、その中で一人ゴンだけが、「どうしよう?」という顔で取り残される。

 彼は野生児に近いので、運動神経こそは念能力者であることを抜いても人間離れしているが、スポーツ経験は何もないので、自分はどの競技なら有利なのかわからないようだ。

 

 そうやって悩んでいる内に、ツェズゲラが希望したビーチバレーのパートナー以外が決まってしまい、残されたのはゴンとソラ。ゴンとは逆にどのスポーツも体育で経験、もしくはTV観戦でルールは把握しているからこそ、「これしか自信がない」というものも、積極的にしたい競技もなく、「余ったのでいいや」と思っていた為、ソラは最後まで残った。

 その二人を見比べて、ツェズゲラはソラの方に「よろしく頼む」と言った。

 

 別にツェズゲラに、他意などない。

 この時点では「話すとややこしくなりそうだからまだいいか」と思って、ソラが爆弾魔(ボマー)対策に雇われた除念師であることすら話していないので、コネを作りたいという打算すら正真正銘ない。

 

 ただ単純に、ソラにはビーチバレーの実技経験があるのと、身長が高い方が有利な競技なだけ。ゴンでも、キルアと競っていたあのジャンプ力なら問題ないと思っているが、それでも元の身長が高ければ高いだけ、ジャンプする際の負担などは、低い者より軽減されるからこそ、ソラを選んだだけである。

 

「え゛?」

 

 しかし、ソラはツェズゲラの言葉に思わず声を上げて、そのまま青くなった顔色で数歩後ずさって、彼から距離を取る。

 かなり失礼かつ傷つく反応を取られたが、傷つくよりもあまりに唐突だった為、ツェズゲラがポカンと呆気に取られる。初対面なので友好的とまではいかないが、それでもつい先ほどまでごく普通に話していたし、嫌われる言動の心当たりが一切ないからこそ、ツェズゲラからしたらソラに引かれたのは、ショック以前に訳のわからないことだった。

 そんな理由でツェズゲラが呆けていると、ゴンとキルアが二人の間に入って弁解する。

 

「ごめん、ツェズゲラさん! ソラに悪気はないんだ!」

「あんたは悪くねーけど、あんたというか男とペアを組ませるのは、マジで勘弁してやってくれ!」

「ご、ごめん! ごめんなさい! あなた個人を嫌ったとかじゃないから! あなたに非はないから安心して!!」

 

 子供二人にフォローされて、ソラ自身もアワアワしながらツェズゲラに謝ってくる為、彼女の反応に不快さは懐かなかったが、余計に訳がわからなくなったので、彼はゴレイヌに説明を求めて視線をやる。

 

「あー……、ちょっと数時間前にトラブルがあって、その所為で一時的な男性恐怖症みたいな状態なんだ、そいつは」

 

 ゴレイヌが困ったように頬を掻きながら、簡単に説明する。その際、チラッと彼は他人事のようにアワアワしてるソラを、嗤って眺めているヒソカに視線をやったので、ツェズゲラとその仲間達は「こいつが原因か……。何をやったんだ、何を?」と思いつつ、ひとまず今はそれ以上の追究をしなかった。

 

「そうか……。なら仕方ないな。まぁ、彼でもさっきのジャンプ力なら、アタックも問題ないだろうが……、経験なしでは話にならん」

 

 事情はよくわからないが、絶対にソラでないといけない訳でもなかったので、ツェズゲラがあっさり納得してくれたのは良いが、パートナーがゴンだと、ただでさえネックな身長差に加え、スポーツ経験なしというのが手痛いのか、難し気な顔をする。

 しかしゴンの身体能力がずば抜けていることはもう既にわかっているので、特訓次第で何とかなると前向きに考えたところで、ソラが提案してきた。

 

「あ、経験なしでもいいのなら、カルナさんに任すって手もあるな」

 

 いきなりこの場にいない人物名を上げられたので、ツェズゲラが「カルナ? 何だ、もう一人仲間がいたのか?」と思ったのだが、それを口にする前にキルアが手を「ないない」と振りながら、ソラの提案に反対する。

 

「いや、無理だろあいつにビーチバレーは。絶対にボールを跳ね上げたら天井突き破って、そのままボールが落ちて来ねぇよ。

 もしくは隕石みたいな威力になって落ちてきて、クレーター作るわ」

「……うん、私もそんな気がする」

 

 その反対する理由がぶっ飛んでいたので、ツェズゲラ達は「は?」と声を上げて唖然とするのだが、ソラが若干遠い目になってキルアの言い分を認めるので、疑問は深まったのに言葉が出てこない。

 挙句の果てにもう一度説明を求めるよう、他の者に視線をやれば、ゴンとビスケ、ヒソカも深々とキルアの意見に頷いている。

 

「つーかさぁ、今更だけどそろそろその『カルナ』について、詳しく教えてくれないか?」

 

 ゴレイヌだけがツェズゲラ達の気持ちがよくわかったので、彼らの助けを求めるような視線に一度頷いてから、自分もついつい後回しにし続けた疑問をようやく口にした。

 

「そうだね。いい機会だから、今から会わせてみようか」

「え?」

 

 ゴレイヌの問いかけというか希望にソラはあっさり応じ、その返答に思わず説明を求めたはずのゴレイヌが意外そうな声を上げるので、ツェズゲラが不審がって「どうした?」と尋ねる。

 その問いに答えたのは、ゴレイヌでもソラでもなくキルアだった。

 

「そんなあっさり出てくる奴だとは思ってなかったんだろ?

 あの時は面倒くさかったから二重人格って言っといたけど、正確に言うとこいつに『カルナ』って亡霊が取りついてる状態で、そいつは守護霊に近いから、こいつの意思で割と自由に人格は交代出来るんだよ」

 

 ゴレイヌが意外そうな反応をした理由と、ソラが予想外にあっさり応じた理由を語ったのに、その情報がゴレイヌにもツェズゲラ達にもさらに予想外すぎて、5人は思わず固まってしまう。

 しかしキルアは自分の発言で5人を石化させても気にした様子もなく、ソラの方に自分の疑問をぶつけた。

 

「けどいいのか? あいつ、すっげー燃費悪いだろ?」

「そうだけど、今から戦闘するわけでもないんだから、私がすごく疲れる程度で済むよ。今日明日でまたレイザー達と勝負するわけでもないなら、その程度の疲労で互いに情報共有できるのなら御の字でしょ」

「……まぁ、確かにそうだな。いつもみたいに土壇場で変わられて、周りも本人も訳わかってねぇよりは、今の内に顔会わせしといて、ついでに事情を教えとくか」

 

 ソラの答えにキルアは渋々だが納得し、そしてゴンは「カルナさんに会えるの!?」と無邪気に喜んだ。ちなみにヒソカも喜んでいたが、もちろんそれは全力で無視して、ソラはゴレイヌとツェズゲラ達に言いだした。

 

「という訳で、今からカルナさんを出すけど、この人の言うことは基本的に気にしないで! 他意はないから! 悪気とか悪意とかそういうものは本当に一切ない、善意しかないぐう聖だから!!」

「く、口下手なだけだから! 言葉が足りないというか、余計なこと言っちゃうというか、そもそも言葉のチョイスがおかしい気もするけど、間違いなくいい人だから誤解しないであげて!」

「あと心が読めてるんじゃないかってくらい洞察力があるのに、何故か察しは最悪すぎるよね♥ 見透かされたくないところを見抜いているくせに、そこを突いたらキレるだろうってところは何もわかってないのは、さすがにどうかと思う♦」

 

 今から人格交代するという宣言と一緒に、カルナに対しての注意事項を叫び、ゴンも同じくゴレイヌ達に必死で「誤解しないで」と訴えかけ、ヒソカもついでにイルミやオモカゲの件で思っていた感想を述べる。

 もちろん、それ等の情報はさらに「どんな奴だよ……」とゴレイヌ達を困惑しかさせない。

 そしてそこまで困惑させたのなら、もう言葉で説明するより見せた方が早い。

 

 なのでソラは一度目を伏せてから数秒後、双眸を開く。

 サファイアブルーから蒼緋のオッドアイに変貌した目で周りを一瞥し、「彼」は言った。

 

「最近はよく呼び出されるな。いったい何の用だ?」

 

 相変わらず言葉が足りないというか、チョイスが悪く、「ろくな用もないのなら呼び出すな」とでも言っているように思えることを言い出すが、彼のことを既知である者は、その相変わらず具合にため息をつくだけ。

 そして初対面の者も、その尊大に思える物言い自体を気にする余裕などなかった。

 

 ゴレイヌはすでに、ソラの眼の色が変化することは知っていたので、ツェズゲラ達と違ってオッドアイになっていることには驚かない。

 しかしその双眸が開いた時には、目の色など関係なく「中身が違う」とわかるほど、纏う空気が変わっていることに驚愕し、そして発せられた声音は明らか男性であることに言葉を失う。

 

 当たり前だが亡霊が取り憑いているという発言はもちろん、二重人格というのもあまり信じていなかったが、これを見たら確かに二重人格より、亡霊が取り憑いているという方が説得力がある。それぐらいに、目の前の相手はつい先ほどまで会話を交わしていた「ソラ」とは違う。

 

 変化は眼や声だけではなく、ただそこに立っているだけだけなのに、先ほどのソラとは違って全く隙がない。

 しかしそれは自分たちを警戒して、臨戦態勢を取っているのではなく、自然体でリラックスしながらも、いつでもどのようにも動けるようにしているという、歴戦の戦士だけが取れる余裕だ。

 

 カルナが発した第一声よりもこの佇まいが、ソラたちが言った注意事項の意味を、ゴレイヌ達に理解させる。

 

 相手の様子からして、カルナは事情をわかっていない。互いに面識のあるゴンたちはともかく、自分たちなど初対面で警戒すべき相手だというのに全くしていないのは、ゴレイヌ達を自分より弱いと見下しているからではなく、これも自然体。

 ただ単純に、初対面相手に警戒している方が失礼に当たるとでも思っているのだろうが、そう思って臨戦態勢を取っていないのに、隙が一切ない所を見せつけられた方が、なまじ自信があるからこそ、ゴレイヌやツェズゲラからしたら、心が折れそうな所業である。

 

 しかし、ゴレイヌ達は自分たちの理解が甘かったことを、すぐに知る。

 自分たちが思っているよりもはるかに、この男は体の持ち主であるソラと似ていながら、別方向に斜め上すぎることを。

 

「あー、悪い。カルナ、急に呼び出して。別にお前じゃなきゃやべー奴と戦うわけじゃねーから安心……」

「やぁ、カルナ♥ 一月ぶりだね♥」

「失せろ」

 

 マーリンを相手にしていた時以上の、不愉快と怒りでカルナは顔を歪ませ、ヒソカに言い放った。

 

 * * *

 

 キルアが、どうせ取り繕っても見抜かれることはわかっているので、面倒くささを隠しもせずに事情を話そうとしたところで、ヒソカが割り込んで挨拶をした瞬間、カルナが鋭利に言い放つ。

 緊張感で場がが張り詰め、肌を刺すようなその空気に困惑しつつもゴレイヌ達は、思わずバックステップでカルナから距離を取る。

 

 臨戦態勢こそはまだついてないが、つい先ほどまでの隙はないが戦意も一切ない、穏やかと言って良かったカルナの纏う空気が一変し、今すぐにヒソカとカルナの殺し合いが始まりそうな空気が一瞬にして出来上がるのだが、その一触即発な空気に本能が怯え、警戒しているのはカルナのことをよく知らない、ゴレイヌとツェズゲラ達だけ。

 

 ヒソカの方は自分にぶつけられる怒気や闘気に、恍惚とした様子で笑っているのは、まだいい。

 いや、この上なく気持ち悪いのでいいことでは全くないのだが、ゴレイヌどころかツェズゲラ達でさえこの反応で、ヒソカが戦闘狂であることが知れた。そのことを理解したら、心の底から気持ち悪いのに変わりはないが、この反応だけは理解できる。

 

 理解できないのは、今にも殺し合いが勃発しそうな空気の中で、頭を抱えて深いため息をついている子供3人の反応だった。

 

「……ほとんど情報共有が出来てないくせに、よりにもよってなことは覚えてるのかよ」

 

 キルアが頭痛に耐えながら呟いた言葉を、カルナが拾う必要がなかったのに、ご丁寧に拾って答えたことで、ゴレイヌ達は何でいきなりカルナがヒソカに対してキレているのかを、やっと理解した。

 

「あぁ。オレはマスターにとって、そしてオレにとっても印象深いことしか覚えてない。……だから、最悪の意味でマスターにもオレにも、あれは衝撃的過ぎて記憶に刻まれた。今すぐに忘れたいのに、脳裏に焼き付いてどうしようもない。

 ヒソカ、貴様は本気で何を考えて生きている? 妙齢の女性であるマスターに、勃起したマラを見せつけて、本気で怯えて泣いてるマスターを見て悦べる貴様の感性が、オレには理解できん」

「「お前こそ何を考えてるんだ!?」」

 

 ゴレイヌが詳しい内容は語らず、ツェズゲラも男性恐怖症になるようなことなど、ソラへの気遣いを抜いても普通に聞きたくなかったのでスルーしていた「トラブル」そのものを、ほとんど言葉を選ばずストレートに言い放ったことで、ゴレイヌ達は盛大に吹き出し、言われたヒソカ本人も呆れたような苦笑を浮かべ、ゴンはさらに深く頭を抱えて、キルアとビスケが同時にカルナの背を蹴り飛ばした。

 

「お前、ソラの顔で何言ってんだ!? お前こそ本気で何を考えて生きてるんだよ!? その発言、ソラが覚えてたらそれこそあいつまたボロ泣きするっつーの!!」

「あいつのやらかしたことを怒ってるんなら、あんたも言葉を選べっつーの!! ソラはあんたと代わって寝てるかもしれないけど、ここにも妙齢の女性ならいるでしょーが!!」

 

 蹴り飛ばしたカルナをその場に正座させて、キルアとビスケの二人がかりで説教する。特にキルアは、ソラの顔と口からトップクラスで聞きたくない単語が出たせいか、半泣きでマジギレしているのでカルナは、「マスターの体に乱暴するな」とも言えずにうろたえて謝った。

 

「す、すまない、キルア。お前の言うとおりだ。……マスターが覚えていないことを切に願おう。

 そして、ビスケット。悪いがもしかしてオレの言う『妙齢』と、お前の言う『妙齢』は意味が違ってないか? オレは『20代ほどの若者』という意味で使っているのだが……」

 

 おそらく先ほどの物言いは、ヒソカの所為で苛立って余裕がないからこそ、言葉が吟味できずストレートに言い放ってしまったらしく、カルナ自身もあの発言は最悪だったことは理解していたようで、本気で申し訳なさそうにキルアに謝って、切実にソラが覚えていないことを願う。

 しかし、本心から反省しているのに何故かこの男は、ビスケが自分を「妙齢の女性」に入れていることを、また拾わなくていいのにご丁寧に拾って突っ込むというか、これまた本心から不思議そうに尋ね返して、ビスケのアッパーカットをモロにくらう。

 本気で何がしたいんだ、こいつは。

 

 ビスケにとって幸いながら、ゴレイヌ達はカルナが「妙齢の女性」を疑問に思ったのは、ビスケがアラフィフどころかアラ還な年齢だからではなく子供だから、ビスケが怒ったのは子ども扱いされたからだと本来とは真逆の解釈をしてくれて、ひとまずビスケを宥めてカルナに「大丈夫か?」と訊けば、吹っ飛ばされたカルナは涼し気な真顔で起き上がって「問題ない」と答える。

 

 肉体的というかカルナ自身には何も問題はないかもしれないが、その反応こそが色んな意味でこちらに対して問題しかないと、ゴレイヌ達が思ったのは言うまでもない。

 そしてその問題を大歓迎して、更に大きくしようとする者がここにいた。

 

「くっくっく……、そんなに大好きなキミのマスターを泣かせたボクが許せないのなら、ヨークシンでの『借り』を今、返してくれてもいいんだよ♥

 というか、返してくれないとじらされすぎて、ボク自身も抑えが効かないかもね♠」

 

 実に楽し気に嗤いながら、一方的に押し付けたようなものである「借り」、「イルミを大人しくさせるのを手伝ったのだから、ヒソカの要望通り戦う」という約定を果たせと言い出すヒソカに、カルナは蒼緋の眼を冷たく向けて、いつもよりはるかにそっけなく答えた。

 

「オレとしては確かに今、この場で果たして二度と貴様がマスターの前に現れぬようにしたいくらいだがな、悪いがその約定はまだ果たせない」

 

 カルナに「いいぞ、殺れ」と許可出したい本音をキルアは抑えて、「イベント攻略後にしろ!」と本音が全く隠せてない制止をかけようとしていたが、それが言葉になる前にカルナはあっさり、「戦う気はない」と言って、ヒソカに向けていた怒気や闘気まで消してしまう。

 

「おや? どうしてだい?」

「マスターが望んでいない。マスターが貴様に意味と価値を見出しているからこそ、耐えがたい苦痛に耐えて貴様がここにいることを許しているというのに、オレの勝手な判断でそれを台無しにするわけにはいかない」

 

 カルナが完全に戦う気をなくしたことが不服なのか、ヒソカは唇を尖らせてその訳を尋ねると、即答で返された。

 どこまでもソラを思い、彼女が苦しんでいるのをわかっていても、ソラの意思を尊重するカルナにやはりヒソカは不服そうだが、彼もカルナが現れてから発し続けていた殺気を引っ込めた。

 

 ゴンとキルアにクロロの徐念を邪魔されるのと、さっさとクラピカの“念”を除念して、クロロとタイマンするのでは、クロロの方に天秤は傾いたが、カルナとクロロならカルナに天秤は傾いた。

 だから軽く挑発してみたのだが、ヒソカの挑発は軽やかにかわされるどころか、初めから相手にされていない。

 

 こうなってしまえばゴンやキルアを殺しにかかりでもしない限り、彼は自分と遊んではくれないことくらいは、初対面よりはマシ程度にしかカルナを知らないヒソカでもわかっていた。

 そして相手は、今このタイミングでお気に入りのゴンやキルアを犠牲にしてまで、自分と戦うことを望まないことをおそらく見抜いている。だからこそ、暗に「ソラの大事な子たちがどうなってもいいのかい?」という、ヒソカの挑発を無視しているのだろう。

 

 その推察通り、そんなことはもったいないのでヒソカとしては少々癪だが、当初の予定通り今は大人しく暇つぶしに興じることにした。

 だから、暇つぶしかつ挑発をかわされたちょっとした意趣返しに、ヒソカはサラッと言った。

 

「キミは本当にソラ(マスター)が大好きだね♦ ソラはキミのこと、頼りにしてなかったみたいだけど♣」

「ぐっ!」

「ちょっ、ヒソカっ!!」

「あぁ、そういや盛大にテンパってた時、こいつは役に立たねぇって叫んでたな。だからあの時、こいつに変わんなかったのか」

「キルアまでとどめを刺さないであげて!!」

 

 しれっとサーヴァントとして最も言われたくないことを言われたカルナは、つい先ほどまでの泰然とした余裕っぷりが嘘のように崩れ、唸るような声を上げてその場に固まった。

 ゴンがそんなカルナの反応にうろたえつつ、ヒソカの発言を咎めるが、しれっとキルアがヒソカの発言の根拠と、ふと今気づいたことを指摘して、ゴンの言う通りカルナにとどめを刺して、その場に膝を崩れ落とさせる。

 

「……違う。違うんだ。マスターがあの時、オレに変わらなかったのは、あのタイミングで変わってしまえば、もうマスターはどのタイミングで戻ればいいのかわからなくなるからこそ、自分の意思で耐えてくれたんだ。いや、衝撃的過ぎてオレに変わるという手段が、頭から吹っ飛んでいたのもあるが……そこまでオレが頼りにならない訳じゃない……はずだと思いたい。

 それにオレの気が利かないのは、申し訳ないことに事実だが……、あれはオレ自身も気が動転してたからであって、何が悪かったのかはちゃんとわかってる……。だからマスター、距離を置かないでくれ。そしてよりにもよってそいつに……アルジュナの影に隠れないでくれ……」

 

 地面に膝どころか両手をついて四つん這いになり、カルナはキルアの納得に「違う」と弁解するが、途中から弁解する相手がキルアからソラに移っている。

 ソラがテンパっていた時と同じように、彼もソラから「頼りにならない」という評価が決定づけられた出来事を思い出してしまったのか、実はハイパーポジティブな彼の精神性では珍しい言い訳をぶつぶつ呟き続け、ちょっとした意趣返しのつもりだったヒソカも、カルナの反応は予想以上に大きなものだったのか、困惑したように軽く目を見開いていた。

 

「……一体、お前は何をしたんだ?」

 

 ただでさえカルナの存在が理解しがたいのに、ほぼ内輪ネタで盛り上がって置いてきぼりをくらっているツェズゲラがボソリと呟くと、カルナはまた拾わなくてもいいのにその律儀で、誰もを平等に見て基本的に無視しない性格が、本人どころか誰にとっても仇となり、この男はわざわざ言わなくていい自分の大失敗を語り始めた。

 

「……マキリの淫蟲……、その……何というか……男のアレに酷似している蟲の大群に襲われかけたことがあって、それに酷く怯えたマスターに…………先ほどのように、単刀直入な名称を連呼しつつ『本物ではない、よく見ろ、落ち着いてよく見たらわかるから落ち着け』と……、怯えているマスターに見ることを強要してしまった」

『最低だ』

 

 酷く遠い目で自分のやらかしたことを告白したら、全員から真顔即答で言い切られた。

 自分でもいくらソラが思った以上に狼狽えて、怯えていたことにカルナも気が動転したとはいえ、一番してはいけなかった事をやらかしたのはよくわかっているので、その評価は甘んじて受ける。

 当時もそう思ったので、諸事情で同盟を組んで共に行動していた、因縁の宿敵である異父弟のアルジュナが、「令呪がなくても命じる! 黙れお前!!」とキレた時も、大人しく殴られた。今思い返すと、アルジュナもだいぶパニくっている。

 

 それはいいとして、自分への評価は甘んじて受けるが、一つだけ受け入れがたいものがあったので、カルナは立ち上がってヒソカに向き直って抗議した。

 

「オレが言うのは何だが、ヒソカ。貴様にだけは言われる筋合いはない」

「そうかもしれないけど、そのやらかしはいっそ悪気があった方が、ソラも心の底から軽蔑とか対応のしようがあって、マシだったんじゃない?」

 

 珍しくヒソカまでもからかう意図などなく真顔で「最低だ」と言い放たれたのは、さすがのカルナにとっても「お前が言うな」としか思えなかったらしいが、しかしカルナの反論にこれまた珍しくヒソカは、本心から呆れ切った様子で即答し、カルナはもう一度地に膝をつく羽目になる。

 ヒソカの言うとおり、悪気が一切ないだけ被害者のソラもカルナを責めにくいので、確かにいっそのこと、悪気があった方がマシかもしれない。

 

 本気で凹み出したカルナに、その元凶であるヒソカも予想以上の凹み具合と彼の天然ぶりを面白がるどころか、困惑してただ眺めている。

 ヒソカでさえそのような反応しかできないのだから、カルナと初対面組はもう遠い目で「……なんなんだ、こいつは」と思うしかない。

 

 そんな困惑なんだか現実逃避なんだかしているゴレイヌ達に、ゴンは困ったような苦笑を浮かべて改めて言っておいた。

 

「……えーと、あんな感じで不器用だけどすごくいい人だよ、カルナさんは」

「……あぁ。悪い奴ではないことだけはわかった」

「……いや、言っちゃなんだか今の段階では、頭は悪いということしかわからんぞ」

 

 頑張ってフォローしようと思ったが、ゴンがどう頑張ってもフォローしようがないことしかしていなかったので、ゴンはツェズゲラの酷いが妥当な評価にせめてもの優しさで何も答えず、ただそっと目をそらした。

 

 * * *

 

「……ところで、本当に一体オレに何の用だ? ヒソカ(こいつ)の所為で『あれ』以外の記憶がいつも以上に曖昧で、事情がよくわからないのだが」

「あー、ごめん、カルナさん。用があるというか、ちょっとカルナさんを一応紹介しておきたかったのと、もしかしたら協力してもらうかもしれないから、情報共有しておきたかっただけなんだ」

 

 本気で凹んでいたのに、さすがは自分の幸運値をAだと信じて疑わないハイパーポジティブなカルナは、自分なりの折り合いをつけたのかいきなりテンションを切り替えて、改めて今更なことをゴンに尋ねる。

 いつまでも凹み続けるよりはいいのだが、ある意味ではソラよりもテンションの高低差が激しいカルナにゴンは戸惑いつつも、彼に出てきてもらった事情を簡単に説明した。

 

 この出てきてもらった事情もまたこちら側の都合であり、しかも「ゲームのイベント攻略要員になって欲しい」がメインの頼みごとなので、カルナからしたら「しょうもないことで呼び出すな」と怒ってもいい案件であったはず。

 だがやはり彼は、詳しい事情を無表情なので怒っているようにも思える雰囲気で聞きつつも、相変わらずマスターとよく似てお人好しそのものな答えを返す。

 

「なるほど。マスター自身が是としているのなら、オレに異論はない」

「ないのはいいけどよ、お前はやるとしたらどのスポーツをする気だよ?」

 

 マスターであるソラには逆らえないから渋々という風にも取れる返答だったが、キルアは自分の燃費の悪さをソラに気遣っていることを理解しているので、話をさっさと核心にまで進める。

 カルナがOKを出してくれても、勝てるスポーツがなければ正直、いる意味がないどころか、言っちゃ悪いが彼のコミュ障ぶりに振り回される周囲の為にも、いない方がいいくらいである。

 

「そうだな。格闘技系を希望したかったが、もうそれはすでに決まっているのだろう? なら、ビーチバレーでオレは構わないが」

「いや、構う構わない以前にカルナ、キミはビーチバレーのルールを知ってるの?」

 

 施しの英雄の名に恥じないその精神性は尊いが、今はむしろ「遠慮するな」としか言えない発言に突っ込んだのは、よりにもよってヒソカだった。

 しかし元からソラの為に怒っていたカルナは、いつもよりは険悪そうだが、それでもヒソカを邪険にせず答える。

 

「聖杯によって現代知識は一通り得ている。それに、このイベントとやらのスポーツは、相手を傷つけることすら是としている、本来のルールより過激なものなのだろう? ならば、本来のルールで行うよりはまだ、オレに向いている」

 

 カルナの発言に「聖杯?」とヒソカだけではなく、ゴレイヌやツェズゲラ達も小首を傾げるが、キルアがさらっと「こいつの言うことは8割がた気にすんな」と、カルナに対してひどい言い分で誤魔化し、カルナを「……8割。オレの発言で意味が伝わっているのは2割ほどなのか……」と地味にまた凹む。

 その凹み具合は自業自得なので無視して、キルアはジト目でカルナに念を押す。

 

「確かに正規ルールよりは、どれもお前向きになってるだろうけど、本当に大丈夫なんだろうな?」

「あぁ、むしろ格闘技以外で一番自信があるのが、このビーチバレーだと言ってもいいな。要は、相手の陣地にボールを落とせばいいのだろう?

 任せろ。先日のマーリンの件で少しコツをつかんだから、前よりも威力や消費魔力(オーラ)の調整は可能だ。誰にも触れられない炎熱の球を落として、最速で決着をつける!」

「やっぱりなんもわかってねーな、お前は!!」

 

 凛然とした無表情だったカルナが少しだけ、子供のような無邪気な誇らしさを表して笑いながら言い放った作戦、手加減して威力は最低限にしているだろうが、それでも宝具の疑似顕現である「梵天よ、我を呪え(ブラフマーストラ・クンダーラ)」をぶちかます宣言に、当たり前だがキルアはキレて頭を引っ叩く。

 

 カルナからしたら最低限のオーラで長時間ソラの体を使い続けるより、この作戦の方が結果的にソラの負担は少ないと思ったからこその宣言だが、それで軽減されるのはソラの肉体的な負担だけであり、周囲の物理的な被害はもちろん、それ以上に精神的な負担は間違いなく倍化する。

 

「え? なんだい、それ? 新技? 隠し技かい、カルナ♥ あと、マーリンって誰のこと?」

「……おい、どーすんだよ? あいつが余計にお前に執着して、結果的にまた更にソラにしつこく絡むのが決定されたぞ?」

「…………浅はかな発言をして申し訳ない」

 

 カルナの発言でテンションが上がったヒソカに、キルアは心底嫌そうな顔をしながらカルナに問えば、カルナはしょぼん……という擬音がよく似合う、非常に申し訳なさそうな顔でキルアと自分の主に謝った。

 

 結局、ビーチバレーはツェズゲラとゴンで、カルナは他に格闘技系が出た時に任すという方針で決定された。

 そしてカルナと代わって起きたソラは、起きて早々「カルナさん、今晩夢の中で殴る」とややすわった眼で宣言した。

 

 カルナの願いは届かず、ヒソカのやらかしと同レベルの最低発言をしっかりソラは覚えていたようだ。合掌。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

【ボーイズトーク、もしくはゾルディック兄弟の受難】

 

 ひとまずは一週間、考えられる限りの対策とスポーツの訓練・シミュレーションを行ってから、「一坪の海岸線」入手イベントに挑もうと話はまとまり、その準備期間である初日の練習も夕食も終わり、あとは眠るまでの休息時間。

 

 女性陣であるソラとビスケは、スポーツの練習で汗をかいたので、街に戻って風呂に入りに行き、男たちは近場の水辺で適当に汗を流してからは焚火を囲んで、それぞれ雑談していた。

 

「そーいえばさぁ」

 

 そんな他愛のない時間、ゴンとキルア以外の男性陣は全員成人越えをしているので、酒が少し入っていたのもあってか、やや羽目が外れたのだろう。

 ツェズゲラの仲間である、帽子をかぶったそばかすの青年、バリーは少し赤くなった顔でビール片手に、一番近くにいたゴンの肩に腕を回して言った。

 

「あのソラって子、髪を下すと可愛いよな。彼氏とかいんの?」

「え?」

 

 バリーの発言に思わずゴンは、堅い声音が出てしまう。

 しかしバリーはもちろん、ケスーやロドリオットも気づかず盛り上がる。

 

「あー、確かに。リボンつけてても髪をくくってると男か女かよくわかんなかったのに、髪を下した瞬間もう、絶世の美女ってのはこれのことかーってくらい女らしい雰囲気が増したよな!」

「男性恐怖症でさえなかったら、お近づきになりたかったぜー。この一週間で改善されたらいいんだけどな」

 

 スポーツの練習中にリボンが緩んだから、結い直そうとしてソラは髪を一旦下したのだが、どうやら髪を下したソラと普段のソラとのギャップに彼らはやられたようだ。

 

 しかしビールを数本程度の飲酒量なので、本格的に酔っている訳ではなく、ただ単にテンションがやや上がっているのに加え、女性陣がおらず男しかいない気楽さで話しているだけだろう。

 実際、ソラ本人がいない今でもカルナが暴露したトラウマを本気で憐れんでいるからか、もしくは子供のゴンやキルアに気を使っているからか、猥談というほど下品な話ではない。ただ単に、ソラが美人だという感想を話しているだけだ。

 

 なので、別にゴンとしては不快な話ではない。むしろソラを可愛いと思ってもらえるのは、自分のことのように嬉しく思えるのだが……、ソラを可愛いだの美人だの言うだけなら、幼い独占欲で拗ねて不機嫌になる程度で済むが、バリーの発言は彼にとってよりにもよってな大型地雷だった。

 

「……おい、お前ら」

「おい」

 

 バリー達3人は気づいてなかったが、彼らより酔ってなかったから、それとも性格柄かツェズゲラはゴンの声音の堅さにも、そしてバリーの「彼氏とかいんの?」発言で、キルアが持っていたマグカップから、ピキリとひびが入る音がしたことに気づいていた。

 だから3人にもうその話題はやめるように忠告するつもりだったが、キルアはマグカップの中を見つめるようにうつむいていた顔を上げて、どこまでも真っ直ぐな澄んだ目でバリーを見据え、真顔で言った。

 

「死ぬか?」

『!?』

「あ、間違えた。あいつに軽い気持ちで言い寄るようなら、俺が殺すぜ」

 

 澄み切った綺麗な目で、息さえも一瞬止まるような殺気をぶつけながらシンプルに一言、キルアは言い放つ。

 言われたバリーだけではなく、彼に便乗していた二人はもちろん、キルアの機嫌が急降下していたことに気づいていたツェズゲラとゴレイヌも思わずビビッて固まるが、キルアは真っ直ぐ綺麗な目と肌に突き刺さるような殺気を発したまま、しれっと言い直した。

 しかし言い直しても、結局結論は最初の発言である。

 

 キルアの殺気に酔いが一気に醒めて、バリーは真っ青な顔色で首を激しく上下に振る。

 キルアが他の者たちにも視線と殺気を向けると、同じように彼らは首肯して、その反応に満足したのかようやく殺気を引っ込めた。

 しかしすぐにまた噴き出す。もちろん今度はバリー達にではなく、キルアの殺気も肴にしてビールを煽っていたヒソカに向けてだ。

 

「くくく……、どうしたんだい、キルア? しばらく見ないうちに、ずいぶんと素直になって♥」

 

 ヒソカのからかう言葉に、さすがに今度は澄み切った綺麗な目ではなく、明らか不愉快そうに顔を歪めて睨みつけるが、わかっていたがヒソカはキルアの殺気も視線も喜ぶだけ。

 

「ヒソカ……」

 

 ヒソカのいつも通りな反応に、ゴンはいつも病気と思ってスルーすることが出来ず、低く警告するようにつぶやいた。

 ヒソカがあまりの無神経さで触れて弄ぼうとしているものは、キルアにとってどれほど大切なものかを、ゴンは知っている。

 だからキルアを庇うように彼の前に立ってヒソカから隠し、さすがに殺気とまでには至ってないが、強めの怒気を発しながら彼もヒソカを睨みつけるが、それもやはりヒソカにとってご褒美だ。

 

 自分のこと、ソラのことはもちろん、ゴンまでもヒソカの愉悦の材料になることがキルアには我慢ならず、だからこそキルアは噴き出していた殺気を再び抑え、ゴンを押しのけてヒソカに向かって胸を張って言ってやる。

 

「……あー、そうだよ! 素直にならねーといつまでたっても俺は、あいつの可愛い弟でしかないからな!

 俺はソラが好きだよ。惚れてるよ。女としてソラが好きだし、男として見てほしいんだよ。だから、軽々しくあいつを欲しがる奴は許さねーし、あいつを泣かす変態はもっと許さねーから、覚悟しとけよ!!」

 

 まさか本人がいないとはいえ、キルアがここまでストレートなソラに対する好意どころか恋情を認めるとは思ってなかったのか、ヒソカはにやけ面から、目を見開いたきょとん顔になる。

 が、やはりキルアは子供でまだ甘かった。

 

「………くくく、本当に何があったんだか? けど、キルア♦ 開き直るのなら照れずにしれっとしておかないと、結局からかわれて面白がられるだけだよ♥」

「うっせえな! 照れてねーよ、バーカ!!」

「……キルア。説得力が全くないよ」

 

 無視してもうざく絡んでくるのが目に見えたので、開き直って堂々と認めてしまえば、肩透かしを食らってそれっきりで終わるとキルアは目論んだが、ヒソカの言う通り、胸を張りつつもヒソカから目は泳ぎ、頬を朱に染めていたら、結局からかいの燃料を自分で投下しているだけだ。

 

 自分でも開き直り切れていない自覚はあったのか、ヒソカの指摘にキルアは逆切れして、ゴンは成長したようで変わっていない親友にため息をつきつつ、羽交い絞めにして宥めた。

 宥められると今度は、自分の発言にゴレイヌ達が呆れているような、微笑ましく思って和んでいるような視線に気づき、「見てんじゃねーよ!!」とこれまた逆切れの八つ当たりをぶつける。

 

 今度は殺気もなく、歳よりも幼いくらいの癇癪だったので、バリー達は爆笑しながら謝罪して、更にキルアがまたキレるという悪循環が生まれ、そのやり取りにツェズゲラは、「……ゴンよりマシかと思ったが、やはり子供だな」とため息をつく。

 その感想にゴレイヌも「同感だ」と苦笑しながら、缶ビールを煽った。

 

「ところで、素直になることにしたってことは、クラピカから略奪するってことかい?」

「略奪も何も、あいつとあのバカはまだなんもねーよ!! あいつは俺と同じく、あのバカの可愛い弟で男扱いされてねーよ、バァァーーーカっっ!!」

 

 バリー達に笑われているんだか、謝られているんだが、おちょくられているんだかなキルアにヒソカが笑いながらまた、素直だろうがそうじゃなかろうがキルアが無視できないであろう話題を放り込めば、ケスーに持っていたマグカップを投げつけながらキルアは、ムキになってヒソカの疑問の前提を全力で否定する。

 そのマジギレ具合に「……キルア。いいから落ち着こう」とゴンがやたらと大人びた優しい目で宥めるが、ヒソカはキルアの反応に笑うのではなく、軽くだがまた目を見開いて素で訊いた。

 

「え? あの二人まだ一線どころか、何も超えてないの?

 オモカゲの件で病室に忍びこんだ時、何で服着てるのかわかんないくらい、しっかり抱き合って寝てたんだけど?」

「何やってんだあいつらは!! 爆発しろ!!」

「……あぁ。何かレオリオが『射殺したい』とか言ってたのはそれか」

 

 ヒソカの素の疑問兼、その疑問を抱く理由を言い放てば、キルアはまた更にキレた。クラピカとソラに。

 そしてゴンも、やけに遠い目になってクラピカたちと合流して、「クラピカとソラは大丈夫?」とレオリオに尋ねた時の彼の答えに、今更納得する。

 

「……なぁ。話の流れからして、そのクラピカってやつ男だよな?」

「そして多分、キルアより年上だよな?」

「…………ソラは昼間のあんなことがなければ、距離感に性別は関係ない人だから……」

 

 どう考えてもキルアがライバル視している相手と同衾しておいて、何もなかったということが信じられず、ゴレイヌとツェズゲラが思わずゴンに問うと、ゴンは遠い目のまま二人の質問にはクラピカが可哀想なので答えず、代わりにソラの悪女っぷりの要因だけ答えておいた。

 

「くくっ、何にせよ大変だね、キルアは♣

 ただでさえクラピカが強敵なのに、イルミとかクロロとか他にもライバルが多くて♥」

「……待て。何でそこに兄貴の名前が出てくるんだよ?」

 

 遠い目をするゴンと、クラピカが羨ましいのか同情しているのかよくわからず、頭を抱えるキルアを楽しげに眺めながらヒソカが言うと、キルアはいぶかしげに訊き返す。

 その尋ねる様子は、気持ち悪がっているのと素の疑問が半々。本気で彼は長兄の名が、ここで出てくる意味をわかっていないことにヒソカは笑みを深めるが、ゴンが「あ!」と声を上げたことで、他の者と同じようにきょとん顔で彼に注目する。

 

「? 何だよ、ゴン。その反応は」

「あ、えーと、な、何でもない。何でもないから気にしないで!」

「……あー、そういえばゴンは4次試験でボクを()けてたね♦ 何? あの時すでにボクに張り付いてたの? イルミがご愁傷様だね♥」

 

 キルアがヒソカの時よりいぶかしげに不審がって尋ねるが、ゴンは盛大にキルアから目をそらして、余計に怪しくなる無理しかない誤魔化しを試みるが、キルアに追究されるより先にヒソカが気付く。

 ヒソカのイルミに対する「ご愁傷様」発言に、キルアは兄の弱みが握れるとでも思ったのか、「おい、ヒソカ。何のことだよ?」とちょっと目を輝せて、ヒソカの方を追究する。

 

「! 待って待って待って! キルア、待って! 知らなくていい!!」

 

 しかしその情報は確かに弱みになるかもしれないが、キルア自身にも多大なダメージを食らうのはわかりきっていたので、慌ててゴンはヒソカとキルアの間に入って、キルアにストップをかける。

 もちろんそんなことをしたらキルアは余計に気になるし、下手すぎる誤魔化しの所為で「さっきからお前はマジで何なんだよ!?」と、ゴンはあまり悪くないのに怒られる羽目になる。

 それにしても話の流れとゴンの反応から、敏いキルアならもうとっくに気づいても良いはずなのに、オモカゲの人形の時といい、どうやらキルアにとってイルミが「そういう」想いを抱くイメージは皆無のようだ。

 

 それが余計におかしいのか、ヒソカは低く喉を鳴らすように笑って、キルアに「退くか心当たりを話せ」と問い詰められてオロオロと狼狽しているゴンに言った。

 

「ゴン、トモダチに隠し事なんてひどいんじゃないかい? 教えてあげたら?」

「!? 駄目だよ、言えるわけないじゃん! イルミがソラのこと好きかもしれないなんて!!」

「おいこらちょっと待てーーーーっっ! どういうことだそれマジでかありえねぇ嘘だろなぁ嘘だと言ってくれ!!」

 

 * * *

 

 ヒソカの無責任な売り言葉に、ゴンは勢いよく買い言葉で、盛大に隠しておきたかった情報を暴露して、キルアがキレた。

 ヒソカとしては、ゴンの勢いで突っ走る所を利用して言わせるつもりだったので計算通りなのだが、まさかここまで即行で暴露するとは思ってなかったのか、一拍おいて大爆笑。

 それにしても今回は完全にヒソカがわざと誘導したとはいえ、カルナといいマチといい、イルミの恋心は他人の口から他人に、それも彼にとって特に知られたくない相手に暴露される運命なのだろうか?

 

 そして、イルミのことなど何も知らなくても、話の流れで内容の想像がついていたゴレイヌ達が、ヒソカに対して「こいつひでぇ」と軽蔑すればいいのか、ゴンの馬鹿さ加減にあきれたらいいのか、キルアにいろんな意味で同情したらいいのかわからず、みな微妙かつ複雑そうな顔になる。

 

「おい! ゴン! 嘘だよな! 嘘だって言ってくれ!!

 つーか何がどうなってそうなるんだ!? あの能面、あいつに会うたびに『こんにちは死ね』をやらかしてるのに何でそうなるんだ!? 俺が言うのもなんだけど、素直じゃないにもほどがあるリアクションだろーが!!」

「う、うん! 嘘だよ嘘!! 俺の勘違いだよキルア!! だから忘れて!!」

 

 まさかの兄の弱みにして、自分のトラウマがさらにややこしくなる情報をぶち込まれたキルアは、ゴレイヌたちからの「どんな兄貴だよ?」という突っ込みも耳に入らず、ゴンの両肩をつかんで揺さぶって、半泣きで縋るように問い詰める。

 ゴンは激しく揺さぶられて舌を噛みそうになりながらも、自分が勢いで暴露した内容を同じく勢いでなかったことにしようと試みたが、当然そんなつまらない幕引きはヒソカが阻止。

 

「そうだね♥ 別にイルミはソラのことを好きだとか可愛いとか抱きたいなんて、ボクが知っている限りは言ってないから、ボクらの勝手な思い込みかもね♦

 ただ、カルナが本人に同じこと指摘してたけど♥」

「それもう確定事項ってことじゃねーか!!」

「ヒソカーーっ! お願いだから、話をややこしくするな! っていうか、カルナさんは何を言ってるの!?」

 

 笑いすぎて出た涙を拭いながら、ヒソカはゴンの言葉に同意しつつ、とどめをぶっ放す。

 最も話半分に聞いておくべき発言しかしないくせに、最も信憑性のある指摘をする者のお墨付きと知って、キルアはそのお墨付き本人が昼間にしたように膝から崩れ落ちて両手を地に着き、四つんばいで嘆いた。

 

 キルアの反応にまたヒソカが腹を抱えつつ、宙を仰いで爆笑するので、ゴンはわかっていたが愉快犯なヒソカにキレる。

 だが当然、ヒソカが悪びれるわけがない。

 

「別にややこしくなんかないだろ? むしろ知らないうちにキルアとイルミが兄弟になったほうが気まずいじゃないか♥」

「は? いやそもそも、一応二人は普通に兄弟……」

「がふっ!」

「!? キルア!? 何がどうなってんの!?」

 

 ゴンの叱責に飄々とヒソカは、実に最悪で下品なことを言い出し、「兄弟」の意味をわかっていないゴンは戸惑う程度で済むが、意味を理解してしまったキルアが、いろんな意味で嫌過ぎるせいか吐血でもしたような声を上げて、その場に倒れた。

 

「ゴン、深く考えるな。忘れろ。お前は知らなくていい話だ」

「お前、相手が未成年どころかまだ10代前半というのを考慮して発言しろ!!」

「キルアーっ! しっかりしろー!! お前ら兄弟とソラの関係は全然知らねーけど、今までの話からしてありえねーのはわかるだろ!!」

 

 そして倒れたキルアを心配しつつ、意味が分からないので狼狽えるゴンの肩をツェズゲラは掴んで、有無を言わさず言い聞かせ、ゴレイヌは言っても無駄だとわかっているがヒソカに抗議し、再起不能レベルのダメージを負って横たわるキルアはバリー達に任せた。

 

「ありえないって言うのは、イルミに対して失礼だなぁ♠

 彼はキルアやクラピカと違ってソラより年上だからお似合いだし、彼が素直になりさえすれば、弟扱いでしかないキルア達より案外勝率は高いんじゃないかな?」

 

 ゴレイヌにキレられても、もちろんヒソカは口先だけでも謝って、話を終わらせてくれない。むしろキルアを励まそうとしているバリー達の言葉尻をつかんで、更にキルアにダメージを与える。オーバーキルもいい所である。

 なのでもうこいつには何も話を振らず、何を言っても無視するのが一番だと、無関係なはずなのに巻き込まれているゴレイヌ達はもちろん、精神的に瀕死のキルアですらそう判断して実行するつもりだったが、またしてもゴンがやらかした。

 

「! そんなことない! イルミとソラがくっつくなんてありえない! 確かにソラはキルアやクラピカを年下だからそういう対象に見ないけど、逆に年上ってだけでキルアに酷いことをしてきて、自分も殺そうとしてくるイルミのことを、そんな風に思わないよ!

 イルミのことを好きになるくらいなら、ソラは普通にクラピカとくっつくよ!!」

 

 ゴンからしたら、キルアはもちろんソラのこともクラピカのことも大切だからこそ、悪い印象しかないイルミとソラが「お似合い」だの「勝率が高い」だのという発言が聞き捨てならなかったらしく、また勢いだけで噛みついた。

 最初の方の「イルミとソラがくっつくのはありえない」という部分だけなら、キルアの精神が回復して便乗して、ヒソカに何かを言い返していたかもしれないが、彼は勢いだけで全部言い放ち、またしても自分が何を言っているのかわかってない。

 

 キルアではなくクラピカの名前を上げたこと、しかも「普通に」という枕詞がつくということは、ナチュラルにゴンはソラとくっつくのはクラピカが一番可能性が高くて自然だと思っていることを無自覚に暴露して、横たわったままのキルアがまた「ごふっ!」とうめき声をあげた。

 

 しかし親友を庇うための発言がもはや、死体蹴りになっていることをゴンは一切気づかず、そのことに気づいてニヤニヤ笑っているヒソカとそのまま言い争う。

 

「え~、そうかな? あの二人は確かに比翼連理な相思相愛だけど、ソラはクラピカのこと完全に弟としか見てないだろう?

 それにソラはイルミのこと、嫌いじゃないって言ってたよ♣ 実は押しに弱い子だし、ボクみたいな例外を除けば、自分に向けられた感情を鏡みたいに相手に返すタイプだから、本当にイルミさえ素直になれば、ソラはコロッといきそうだと思うなぁ♥」

「そんなことない! っていうか、ソラのクラピカ大好きっぷりは絶対に弟扱いじゃないでしょ、あれ!!

 それにソラが本気で嫌う相手なんてお前とか旅団くらいだから、『嫌いじゃない』なんか参考にならないよ!! 年下って言ってもクラピカとは4歳くらいしか変わらないんだから、素直になりさえすれば進展しそうなのは、イルミよりクラピカの方だよ!!」

 

 ヒソカのイルミ推しの皮をかぶった誘導に、ゴンは入れ食いと言わんばかりの勢いで面白いぐらいに引っかかって、何故かキルアを庇うはずなのに全力でクラピカを推す。

 キルアの事情を正確には知らないので、悪気は心の底からないのだろうが、素直になった結果振られたキルアからしたら、ゴンの最後の「クラピカが素直になりさえすれば進展しそう」発言は、死体すら消し飛ばす爆弾だった。

 

 なのでキルアは地面にヒソカではなく、ゴンの名前を記してそのまま動かなくなった。

 

「お前らいい加減にしろ! 特にゴン!! お前の発言の方がキルアを殺しにかかってるぞ!!」

 

 ダイイングメッセージみたいなものを遺して、キルアが動かなくなったことにシャレにならないやばさを感じて、ゴレイヌが二人の言い争いにストップをかけた。

 その際、ゴンの頭を殴って止めたのは、キルアに対する優しさである。

 

「!? あぁ!! キルア、ごめん!! お、俺はキルアのことをクラピカよりお似合いだと思ってるし、応援してるよ!!」

「……どの口で言ってやがるんだ、てめぇは」

 

 今更になってキルアの死にっぷりに気づいて、ゴンは慌てて駆け寄って、クラピカよりキルア推しであることを主張する。

 心の底からの本心による言葉なのだろうが、全く説得力のない発言に、キルアが横たわったまま息絶え絶えに言い放った言葉は、その場のゴン以外の全員の感想だった。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

【ガールズトーク、もしくは老婆心の祈り】

 

「ああぁぁぁ~~~~っっ……疲れた~~」

 

 大浴場の足が好きなだけ伸ばせる広い湯船につかってソラは、今日一日の感想をシンプルに言い表す。

 他の客に迷惑になりそうなくらいの大声だったが、幸いながらこの大浴場は現在、ソラとビスケの二人で貸し切り状態だったので、ビスケも湯船に身を沈めながらソラを咎めはせず、「……うん。あんたは本当に今日はお疲れ様」と、心の底から同情する視線と声音で労った。

 

 G・Iには温泉の大浴場がある宿屋はあっても、銭湯のような風呂だけ入れる公衆浴場は存在しないため、風呂に入りたければ宿で部屋を取らねばならない。なので、よほど資金が充実してない限りは、風呂の為だけに宿に連泊する者はいない。

 水浴びでは我慢できない、毎日風呂に入らないと耐えられないという者は、ハンターという野宿サバイバル上等! な職には合わないだろうし、そもそも女性プレイヤーが少ないというのもあるからか、現在この大浴場は貸し切り状態なのだろう。

 

 なのでいつもなら同じくらい風呂好きのビスケとソラも、水浴びこそは毎日できているのだし、特に今はソウフラビでのイベントを、自分たち以外で攻略に挑戦する者が出ないかの見張りが必要だが、逆に自分たちが挑戦しようとしていることを悟られたくもない為、ソウフラビの宿に泊まらず、近郊の森で野宿という方針が決定されているのもあるのに、わざわざ泊まりもしない部屋を風呂の為に取りはしない。

 

 だが、本日はソラがどうしても「お風呂に入りたい! シャワーじゃなくて足が伸ばせる広いお風呂にゆっくり浸かりたい!!」と言い出した。

 そんなわがままを言いたいほど、今日のソラは不幸すぎるし、精神面だけではなく純粋に肉体面での疲労もたまっているのはわかっていたので、ビスケはもちろん他の男たちもソラの希望をわがままと言って咎めず、快く送り出してくれた。

 

 実際、ヒソカのやらかしとカルナの暴露による精神的なもの以外にも、会話しかしていないしカルナと代わっていたのは1時間ほどなので、ヨークシンやマーリンの時のように熱出して寝るほどではないが、オーラをかなり消耗して疲労していたようだ。

 それでも、特に希望するスポーツがなく、オールマイティに行えそうな補欠要員だからこそ、どの競技もまんべんなくソラは練習していたので、湯船に浸かるソラは今にも寝落ちしそうだった。

 

「ソラ。疲れ果ててるのはわかってるけど寝るな、危ない」

 

 うつらうつらと船を漕ぐソラに、湯につかりながらビスケが近づいて呼びかけると、ソラはビスケが手を伸ばせば触れられる範囲にまで近づいた瞬間、ビクッ! と肩が跳ね上がり、閉じかかっていた目が開いて、そのままバシャバシャと派手な水音を立てて距離を取った。

 

「あんたまだあたしもトラウマ要因なの!?」

「……ごめん。私も自分でどうかと思ってるんだけど、体が勝手に反応する。

 っていうか師匠、目が怖い。なんかいつも一緒に風呂に入る時、私はガン見されてる気がするのは気のせい?」

「あんたのプロポーションが完璧すぎるのが悪い」

 

 思わず未だ自分に怯えている弟子を怒鳴ると、ソラは真顔で素直に謝ってから、前々から気になっていたことを思い出したのか、自分の体をビスケから隠すようにしてジト目で訊けば、ビスケも真顔で即答。

 

「マジでガン見してたのかよ! つーかどんな責任転嫁だ!!」

「うっさいわさ! 転嫁じゃなくてマジであんたが悪い!! 何そのスタイル! 女が理想とするもの全部持ってない!?

 あんたは確かに巨乳とは言えないけど、あんたが自分で言うほど絶壁じゃないし、むしろ美乳だし、それよりも何!? そのウエストから尻、そして足のラインは!!

 怪我しまくりで最低限にしか治さないから、よく見りゃ傷跡だらけなのがもったいないって言いたいけど、なんかその傷さえも色っぽく見えんのよ! 人に変な性癖を目覚めさせる天才かあんたは!?」

 

 ビスケの開き直りにソラがキレて、風呂の湯をばしゃりと浴びせると、他に客もいないのでビスケもそのまま見た目通り、大人げなく応戦して来た。それも常日頃から思って、もはや妬むのも馬鹿らしい羨望を込めたマジギレをしながら。

 

 実際の所、ビスケに見るなと言うのも酷な話である。

 ソラのプロポーションは顔の造形と同じく、奇跡的と言っていい。さすがに真っ裸になっても、顔の造形と同じく男か女かわからない訳はないのだが、キュッとくびれたウエストに薄く割れた腹筋といい、女性らしい曲線を描きながら無駄な肉が一切ない長い脚といい、引き締まっている形のいい小ぶりな尻といい、女性的な曲線と柔らかさに混じって、異性的なラインや硬質的な部分がさりげなくバランスよく備わっているので、同性でもガン見するのは仕方がない。

 

 しかも以前までは、同性としては羨ましいスタイルだが、良くも悪くもソラはどこもかしこも肉感的ではない為、異性的には魅力的で理想的ではないかもしれないと思っていたのだが、髪が伸びたソラなら話は別だ。

 顔の造形もスタイルも変わったわけではないのに、長い髪を下しただけでその髪がヴェールのようにソラの硬質的、男性的な部分を包んで柔らかい印象に塗り替え、一気に全体を女性的にしていることを、ビスケはここ最近になって気づいた。

 

「師匠が私の体好きすぎてキモイ!!」

 

 しかし当然、ソラからしたらビスケの発言は普通に気持ち悪い。なので率直にその感想を湯と一緒にぶつけると、かけられたのは湯でも、「キモイ」という言葉と昼間「ヒソカを仲間に入れよう」と提案してきた時のように怯えているような目が、冷水並みにビスケの頭を冷やした。

 

 キモイという言葉に反論できぬ発言をしまくったことをやっと自覚したのか、ビスケは気まずそうに眼をそらして湯船に座り込み、口元まで湯の中に沈めてぶくぶく泡を吐き出しながら、「……ごめん」と謝る。

 

 謝ってから、ビスケはやはり湯の中で言った。

 聞こえてなければ別にいい。聞き返されたら、「何でもない」で終わらせるつもりの話だったが、ビスケ自身も幸か不幸かわからないが、ソラにはしっかり聞こえていた。

 

「……別にどっちでも、演技してるつもりなんてないよ。ただ、スイッチを切り替えるだけ」

 

 タオルで巻いた頭から零れ落ちる髪を掻きあげてソラは答えた。

 湯の中でぶくぶくと上がる泡に紛れて聞き取りにくかった、聞き取れても意味など分からない方が自然であった、「あんた、本音はどっちなの?」というビスケの問いの意味を、ソラは正確に理解して答える。

 

 つい数時間前に、全く同じことを聞かれたから、同じ答えを返した。

 

 * * *

 

 ビスケはソラが男の全裸や、同性からの「羨ましい」程度でも、性的に自分の体をジロジロ執拗に見られて怯えるような純情娘だとは思ってなかった。

 いや、自分が男性のグラビア雑誌を読んでいる時の視線が、今思えばものすごく冷たくて、ついでに距離もかなり取られているような目だった気がするので、今になって思えば納得なのだが、それでもあそこまでとは思ってなかった。

 

 性的な話題や要素を毛嫌いはしてても、「気持ち悪い」で一蹴して、終わらせることが出来ると思っていた。

 

 それはゴンやキルア曰く、「自爆同然の自衛」である逆セクハラ的な言動をよくやらかしてきたからもあるが、それよりもビスケにはソラがそういう割り切りが出来ると思える根拠があった。

 この弟子は死者の念退治なんて仕事柄、人の醜いところなど嫌ほど見てきたし、ビスケも付き添いや事後報告で見聞きしてきた。

 

 その中には、性に関する胸糞が最悪な事件など、いくつもあった。

 女性としての尊厳すべてを踏みにじられた事件が原因だった死者の念は少なくないし、死してなお自分の欲望に忠実に、人を絶望に陥らせる者だっていた。

 

 それらをいつも、ソラは不愉快そうな反応は見せていたが、それだけだ。

 被害者側の女に同情することはあれど、無関係の者まで襲うような加害者になり果てていたのなら、容赦はなかった。

 初めから加害者である相手に容赦がないのは当たり前だが、それに対しての嫌悪は自分と同等程度だと思った。

 

 どうも、ビスケの知るソラと昼間の怯えてすすり泣いたソラが一致しない。昼間のソラが素だと言うのなら、その手の相手には嫌悪感がひどすぎるからこそ、見るのも嫌で戦えないのが自然ではないか? とビスケは思った。

 

 そんなビスケの疑問に、ソラは淡々と答える。

 ビスケに対してあった、申し訳なさそうだがビクビクと怯えている様子は、いつしか完全に消えている。

 

「師匠には見せてなかったから、疑問に思われて仕方ないだろうけど、別に昼間はカマトトぶった訳じゃないよ。けど、師匠の前では意地張ってたってのも、ちょっと違う。

 まぁ、確かに普段はそんな風に思う必要はないってわかってても、性的な話題が苦手って自分を知られたくないから意地張ってるけどさ、師匠が私を『割り切りが出来る人間』って思った理由に、その意地は関係ない。

 そんな意地を張ってるような状況じゃない、相手じゃないと思ったら私は、いつだって切り替えるよ。貞操も性行為も魔術の一環でしかないという価値観の魔術師に」

 

 言いながらちゃぷりと音を立てて、湯船の中で立ち上がり、ソラはビスケに近づいて手を伸ばして触れる。

 つい数分前に、寝落ちしかかっていても一瞬で目覚めて距離を取った相手に、湯をぶっかけつつも自分の体を隠すようにしていたのに、その造形の神の最高傑作と言える裸身を無防備に、無造作にビスケの眼前に晒して、何の躊躇もなく触れて、彼女の額に張り付いた髪を指で摘まんで、頭に巻くタオルの中に押し込み、「魔術師」は笑う。

 

「……キルアやゴンたちには内緒ね」

「…………なんでよ?」

 

 笑って言ったソラの言葉に、まだ口元まで湯に浸かったまま用意していた通りだが、聞きたかった答えが違う問いをビスケを口にする。

 

 用意していた「なんでよ?」で聞きたかった答えは、何でゴンたちの前でその「スイッチ」を切り替えなかったのか。

 ヒソカの前であんな姿を見せたら、厄介なことにしかならないことなど、自分よりはるかにわかっていたくせに何で、切り替えられるくせに切り替えなかったのかを訊きたかったが、それよりもソラは自分の「スイッチ」を二人に知られたくないと思っていることが疑問だったから、まずはそちらを優先した。

 

「だって、魔術師の私を見たら二人はきっと傷つく」

 

 あっさりとソラは答える。

 魔術師という生き物が、魔術師という生き方が、ソラをどれほど傷つけて、ソラが心から欲しているものが手に入らないものであると知らしめて絶望させ、そして数少ない彼女の守り抜きたいものを奪ってゆくのかを彼らは知っているからこそ、ソラは彼らの前で「魔術師である自分」を見せたくないと言い切った。

 

 そこまでわかっていながら、そこまで彼らが何に傷つくのか、何を見たくないのか、失いたくないのかを理解していながら、ソラ自身は「魔術師の自分」を捨てる気がないことをビスケは知る。

 

 それは彼女なりに、「魔術師」に何らかの愛着があるからかもしれない。けれど、それはきっと理由としては小さい部分。

 一番の理由は、そうやって傷つけたくない、守りたい彼らを守るために彼女は、自分の何もかもを奪うであろう、「魔術師の自分」を捨てない。

 いつか彼らを守るために、「ただのソラ」が守り抜きたい大切なものを躊躇なく捨てれるように、「魔術師の自分」を決して捨てない。捨てないくせに、隠し通す。

 

 ビスケの問いにソラは、最初にビスケが知りたかった問いの答えまでも答えた。

 

 昼間、「魔術師」に切り替えなかったのは、相手のやらかしが衝撃的過ぎたそんな余裕がなかったのではなく、初めから、少なくともあの二人の前で見せる気はなかったから。

「魔術師の自分」など、彼らの為に自分自身を切り捨てることが出来る自分がいることを、彼らに知られたくなかったから。

「魔術師の自分」が「ただのソラ」の何を奪っても、それを隠し通したいからビスケに、「内緒ね」なんて言い出していることを理解した。

 

 理解したからこそ、ビスケは湯船から立ち上がって「ふざけんな!」と怒鳴りかけたが、その前にソラは湯船に身を沈めて、浴場の天井を仰ぎ見ながらポツリと言った。

 

「……初めはさ、本当に素で驚いて、気持ち悪すぎて恥ずかしすぎて、取り繕うのが出来なかったからだけなんだ」

 

 立ち上がりかけたビスケは、立てた膝を下して座り直し、黙って聞く。

 ソラの話に「何のこと?」と水を差さず、ただ黙って聞いた。

 これは「魔術師」ではなく、「ただのソラ」の話だと思ったから、聞いてやった。

 

「あいつに対して素を出しちゃったのは、本当に一生の不覚だけどさ……、あの子の前だと素も嫌だったけど、魔術師の私はもっと嫌だったから……、だからそのまま素でいただけなのに……」

 

 天井を仰いでいた首の角度がどんどん下がってゆき、体育座りになって湯からでた膝がしらに額をこつんと当てる。

 そして先ほどのビスケのように湯の中に口元を沈めてしまい、ぶくぶく泡を吐き出しながら、ソラは言った。

 

「……なんであの子は、あんな情けない私を『可愛い』なんて言うのかなぁ?」

 

 聞こえにくかったが、それでもはっきりとビスケには聞こえた。

 ソラの顔が紅潮しているのは、湯に浸かって血行が良くなっているだけではないのは明らかだ。

 

 なので、一拍の間をおいてビスケはスイっと泳ぐように湯船の中を移動して、浮いていた風呂桶を一つ掴み、それをソラの頭めがけて投げつけた。

 

「ただの惚気かい!!」

 

 訊いた自分の自業自得とはいえ、暗くて重い話が一気にただの爆発させたい話になったので、遠慮なく率直な感想を言葉でも行動でもビスケは表した。

 

「痛いよ、師匠! っていうかわざわざ“周”して投げつけたよね!」

「うっさいわさ、爆発しろリア充!! キルアに爆散されたらいい!!」

 

 他に客がいないのをいいことに、またしても互いに湯をバシャバシャ掛け合って騒ぐ二人。

 傍から見たらビスケどころか、ソラもビスケの見た目とそう変わらない子供のようだった。

 

 だからこそ、祈る。

 こんな子供にしか見えない姿が、言動が素である彼女が、「魔術師」という生き方が必要でなくなることを。

 捨てなくとも、必要なくなることを。

 

「魔術師としての彼女」などただそこにあるだけで、その為のスイッチなど存在しているだけの存在になることを。

 このあまりにもできすぎた顔と体の造形も、そしてその身が凌辱と蹂躙されることすら割り切れる精神性も、そうなる未来のために用意されたもののように思える不安を消したかったから。

 花の魔術師が告げた未来など、ありはしないことを祈る。

 

「あー、なんか冷静に考えたら本当に阿保らしくなってきたわさ!

 あんたなんて、その『可愛い』って言ってくれたやつと結婚でもして、子沢山になってその宝の持ち腐れな容姿を量産して、イケメンの人口を増やすのに貢献したらいいのよ!!」

「……私、息子を産んだら絶対に師匠に会わさない」

「軽口を本気に取るなバカ弟子!!」

 

 せめて、自分からそのような未来を選び取ることがないように、軽口を交えたビスケの祈りはどこまで本気かわからない受け取り方をされて、さらに湯の掛け合いはヒートアップ。

 

 怯えも恥じらいもなく、だからといって「どうでもいい」という割り切りでもない、自分が全裸であることも忘れて無邪気にはしゃぐ弟子と同じぐらいはしゃいだやり取りをしながら、無邪気になり切れないビスケは祈り続けた。

 

 この馬鹿で献身的だからこそひどく身勝手で周りを傷つける、可愛くて仕方がない弟子が自分より先に可愛いことに気づき、自分以上に可愛いと思ってくれる人と共に、当たり前のありふれた幸せを掴んで幸せに生きるという夢を、祈る。

 

 願うより強く、けれど信じるには残酷なほど弱い祈りだった。






今年のG・Wは10連休らしいですね。
私は今日、明日、明後日仕事です……。わーい、平成最後の仕事と令和最初の仕事だー……。

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