真・恋姫†無双 一刀立身伝(改定版)   作:DICEK

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第057話 并州平定編①

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 代理からの州牧就任という話が出てからの賢い美少女たちの動きは早かった。先にこちらで準備を進めると言い出した朱里を皮切りに、雛里は并州の卒業生及び黄忠の関係者との調整、ねねは政務関係は朱里に任せて討伐された州牧がめちゃくちゃにしただろう財務関係の処理の円滑化と市井との関係修復――特定の商家との癒着の解消など次々に仕事を始めて行く。

 

 家族が沢山いる恋はこっちで住む広い家を探すついでに朱里たちの護衛。廖化たちもその補佐ということで州都に残してきた。現在県に戻った一刀が連れているのは美花、黄叙、灯里の三名である。

 

 悪事以上に慶事というのは千里を走るもの。それが起こったという時点で美花の手の者たちが噂を方々に散らす手配をしていた。既に一刀の県の住民も『うちらの大将がまたデカいことを成し遂げたのだ』とざっくりと事情を理解しており、一刀たちは住民からの大歓声に迎えられた。

 

 声を挙げるに解りやすい違いがあったのも大きい。一刀の周辺に美女美少女ばかりというのはいつものことだが、戻ってきた一刀が連れていたのは住民たちが見たことない顔ばかりだった。

 

 早い話が出て行った時と全員入れ替わっているのである。

 

 これで皆仏頂面と言うのならばまだしもだが、注目を集め慣れておらず緊張している黄叙は別として灯里と美花は周囲に笑顔を振りまく余裕さえあった。見た目、雰囲気で物事の成功率が変わるということを経験で理解しているからである。笑顔は誰でもただで振りまくことのできる最高のコミュニケーションツール。容姿に優れていることを自覚している人間が使えば最強の武器にもなるのだ。

 

「おにいちゃん、お帰りなさい」

 

 美人はやっぱり得だよなと、自然に笑顔を作るのがいまだに上手く行かない一刀がぼんやり考えながら歩いた県庁の入り口。居残り組のお迎え代表はシャンだった。小柄な美少女の登場に黄叙は目をぱちくりさせる。

 

 黄家の女は成長が始まるのが早く長く振れ幅が大きいと聞いている。母黄忠も自分の年にはこうだったと聞くし亡くなった祖母もそうだったという。必然、同年代の同性よりも身長が高いのは当然であるのだがそれにしても一刀の周辺には小柄な女性が多いように思う。自分がデカいから小さく見えるというだけではないはずだ。

 

 自分が女性として恵まれた体型をしているのは自覚している。美女と名高い母のような容姿が約束されているとなれば優越感も覚えるのだが、母が年相応に見られないのを気にしているように黄叙も黄叙で十代は十代でも後半に見られることが多い。それだけに小柄で愛らしい少女には羨望を覚えないでもない。本心から褒められているのだとしても、美人さんと言われるよりはかわいいと言われたい年頃なのだ。

 

 ただいま、と屈んで目線を合わせた一刀に頭を撫でられご満悦のシャンを見ていると強くそう思うのである。

 

「お久しぶりです」

 

 顔見知りである灯里がひらひらと手を振る横で、美花が笑顔で小さく頭を下げる。灯里のことは当然覚えているシャンだったが、このお姉さんのことは全く見覚えがない。こんなに華のある美人なら忘れるはずはないのだが……と首を傾げていると、苦笑を浮かべた一刀が答えを言った。

 

「関羽殿と一緒に賊徒を攻めた時、男装してた間者の人がいただろう? それがこの人だよ」

 

 驚きで目を見開いたシャンは美花の身体を上から下までまじめじと見つめた。その視線がこれ見よがしな胸部で止まる。

 

「……そのおっぱいどうやって隠してたの?」

「とても強くサラシを巻く方法があるんです。かなり息苦しくなりますが」

「触ってもいい?」

「申し訳ありません。この身は既に余すところなくご主人様のもの。同性と言えども妄りに触れさせられません」

「お仕事に行ったと思ってたのにこんなにすごいおっぱい好き放題にしてたんだ……」

「してない。美花もあまり皆をからかわないでくれ」

「承知いたしました」

 

 くすくすと小さく美花は笑っている。余裕に満ち溢れ如才なく行動する美花であるが行動の端々で距離をはかるタイプであると黄叙は知っている。一刀に仕えるということで自分と同じくこちらに移動してきたものの、まだまだ彼について知らないことは多い。

 

 情報収集と潜入工作が専門であるだけに事前の情報収集には余念がなかったが、直接相対してみなければわからないこともある。誰がどの程度の関係なのか。一刀自身にはどこまで踏み込んで良いのか。笑顔を振りまきつつも頭の中では高速で打算的な思考をまとめているに違いない。

 

 まさか正妻の座に収まろうなどと思ってはいまいが、精神的な一番になろうという意欲はひしひしと感じられる。美花の子分その一兼あわよくば正妻の座を狙う人員として母から送り込まれた黄叙としては気の滅入る話だった。

 

「黄叙、字は環考と申します。若輩者ですがよろしくお願いします」

 

 小柄な美少女とは言え先輩で年上である。恩師兼同僚兼上司の存在感が強い分、せめて自分くらいは控えめでいようとなるべく下手にと挨拶した黄叙の顔と胸で視線を何度も往復させたシャンはどんよりした目で一刀を見た。

 

「十二歳だそうだ。シャンや梨晏より年下だな」

 

 何やら胸に執念深い視線が向けられている。楽しい職場ですね、と黄叙は少しだけ現実逃避をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――以上が州都での顛末になる」

 

 州都での一連のあらましを語った一刀に返ってきたのは各々の深いため息だった。

 

 県庁の会議室には董卓たちを含めた今集まることのできる関係者全員が集っている。上座に一刀。その右手側に稟、左手側に風が座り。右手側の卓には一刀たちの陣営が、左手側には董卓たちが座っている。人数の関係で董卓側が寒々しい様相であるが、所属を明確にするという稟の方針によりこうなった。

 

 今までと違うことがあるとすれば全員の前にお茶があることだろう。顔合わせをしてからこっちそれが自分の仕事と一刀を含めた全員のお茶の世話をした美花は、自分は置物ですとばかりに一刀の背後、壁際まで下がって待機している。配膳台を挟んで反対側には緊張した様子の黄叙が立っていた。

 

「つまり州牧がもう内定したってことね」

「上手く話が転がればという所ですが……これはどう見る?」

「賈駆殿の仰せの通り内定とみて良いでしょう。問題はいつ代わるかということですが、聊か時を置く必要があります」

「黄忠殿と帝室の顔を立てるってことだな」

「その通りです。事情があるとはいえ就任してまもなく交代ではどちらの面子も立ちません。代理という名の準備期間を挟んで、万全の準備をした上で交代。早くて半年、順当に行って一年というところでしょうか」

「早い方が良い……って訳じゃなさそうだな」

「私はそれでも良いと思うがね。だが他人の名前で好き放題にできるってのは魅力的だ。まして并州黄家は名士だ。売れるだけ大将の顔を売っておくのも良いだろうさ」

「幸か不幸か既に引きも切らない状況です。州庁の方で面会の調節はしていますが、ご主人様もしばらくは社交がお仕事になるかと」

 

 ご主人様? とじっとりした視線が向けられる。

 

「その辺はご主人様にお任せするとしましょう。并州西部と東部は安定していると見て、残りは中央部の安定化が喫緊の課題となります。今までは中央部からの人口流入を遠慮なく受け入れていた訳ですが、今度はこれに待ったをかけねばなりません」

「最優先は治安の回復ですね~。静里ちゃんに調べてもらった所、州都近郊に賊徒の集団が三つあります。ついでですからお引越しのついでに何とかしちゃいましょうということですでに動き出しています。遠い所には霞ちゃん、近い所には鈴々ちゃん、残った所に澪ちゃんです。これに団の人たちを三つに分けて動員しました。この三部隊は州都に現地集合ということになっていますので、既にお引越し完了済です」

「仕事が早いな……」

 

 五百名からの団員とその家族が引っ越しとなればこの辺の人口にも影響しそうであるが、中央から既に引き入れてしまった民は住む場所と仕事に困っている状況だ。元より後から来た一刀団たちは土地から見れば余っていた人材であるから、それを動員していた分に彼らが滑り込む形となる。

 

 団の面々は独身者の方が多いが民たちは世帯者の方が多い。人口の問題はそこまで深刻なものとはならない見込みである。反面、治安維持の面には少なからず影響が出るだろうが、その辺りは時間が解決してくれるはずだ。ここを離れるだけで土地を離れる訳でもない。困ったら頼ってくれれば助力は十分にできる距離である。

 

「うちで使えそうなやつがいたら勧誘するとかどうだ?」

「大将に期待を持たせるのも悪いから断言しとくがカスばっかりだ」

「反体制的で使えそうな方々は私が粗方勧誘しましたので。皆州都におりますからご興味おありでしたら紹介いたしますわ」

 

 一刀の提案に背後から合いの手を入れてくる美花に稟と風が振り返って視線を向ける。やるなお前となんだお前が両立した粘度の高い視線に黄叙は軽く腰が引けるが、美花は笑みを浮かべてこれを躱した。

 

 女の闘いは既に始まってる……のだがそれに巻き込むのはやめてほしいと黄叙は切実に思った。権力者が複数の伴侶を持つのはよくある話だ。その伴侶同士が仲良しであるはずがないし後継者が誰になるのかで血が流れるのもよくある話である。

 

 だがそれが当然と考えて平然とその流れに身を投げるというのはどうかしていると思うのだ。仲良しでない血が流れるというのは結果論であって、そうならないための努力は全員がするべきだ。どの道一緒にいるなら仲良くしたいと思うのは甘いことなのだろうか。美花くらいであれば好悪と合理は切り離して考えられそうであるが、自分はまだそこまでの域には達していない。

 

 これが試練か。大人になるということか。何だか胃が痛くなってきたとお腹を摩る黄叙を他所に会議は着々と進んで行く。お互いに思う所があってもそれはそれとして手と頭は動かすのが正しい大人の在り方というもの。働くに時があるのなら、足を引っ張るにも時があるのである。

 

 何やら殺伐とした空気であることは肌で感じつつも、とりあえずは順風満帆と言って差し支えないくらいに、万事が順調だった。着実に、そして急速に勢力は拡大しつつある。稟の言った通り一年あれば州牧となり并州全土を掌握できるようになるだろう。

 

 群雄に対抗できる力を手にしたらいずれは外に。野心を持っての行動だ。戦は近いと身どころか魂も引き締まるような思いであるが、自分に幸運があるにしても、心強い仲間がいるにしても上手く行きすぎているように思うのだ。

 

 そろそろ何か重大なことが起きるような――いや、重大な何かを既に見落としたような気がしてならない。

 

 窓の外に視線を送る。鳥が遠く、南の方に飛んで行くのが見えた。

 

(梨晏、元気かな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(団長元気かなー)

 

 窓に腰掛け黄昏ていると北からやってきた鳥が海の方に飛んでいくのが見えた。団長もあの鳥見たのかなーなどと考えながら、窓から部屋に飛び降りる。綺麗に片付いた寝台と比して所せましと木簡と書き物が並んだ文机。服の入った衣装籠と武器防具の立てかけてある棚。

 

 部屋の中で一番目を引くのは全身を収めてまだ余裕のある大きさの姿見である。絶対いい女になるという決意の下、孫呉で得た最初の給金で買ったそれに映る自分の姿に、梨晏は薄い笑みを浮かべた。

 

 姿見の中で半年前よりも気持ち凛々しくなった自分が同じ笑みを浮かべている。

 

 団にいた時は少年のようなとからかわれた身体にも変化の兆しが見え始めていた。まず身長が伸び始めた。孫呉に来てまだ半年であるが既に頭半分は伸びている。身体もそれに合わせて丸みを帯びてきた。身体を横に向けてみると確かにあると感じられる存在感が素晴らしいと思う。

 

 今までは申し訳程度にしか存在していなかったおっぱいが俄かに存在を主張し始めてきたのである。こちらに来るまでは摩るくらいの大きさだったのに今は揉めるくらいの大きさになった。しかも嬉しいことにまだ成長途中であることは身体中の痛みが教えてくれている。

 

 このまま行けば雪蓮たちのように掴むくらいの大きさどころか、炎蓮さまのように持ち上げるくらいの大きさになるかもしれない……と想像して梨晏は首を傾げた。流石にあそこまで大きいと邪魔になる気がする。乳を手に入れたのは嬉しいは嬉しいのだが、既にその重さを実感しているところだった。

 

 強めに固定しないとバランスがとりにくいし、雑に固定すると擦れていたい。雪蓮は何であんな自由に動けるんだろうとしみじみと思う。今の梨晏の感性で言うとデカいおっぱいは何というか邪魔だった。一刀が小さいおっぱいの方が好みであれば放棄できる程度の重要度である。

 

 それでも固執しているのは炎蓮と祭が口を揃えて『デカいに越したことはない』と『乳とケツの嫌いな男は存在しない』と主張するからだ。あの二人が言うのなら正しいのだろう。興味がありません僕は紳士ですよという顔をしていても、うちの団長割とスケベだったし。

 

 既に言質も取っている。彼の性格では押し倒しては来ないかもしれないがそうなったら襲い掛かるまでだ。何か襲い掛かるのに良い手はないものか。経験者の思春に話を聞きに行こうと思い立った梨晏は部屋を出た。

 

 梨晏は客分という扱いで孫家の屋敷に間借りしている。雪蓮の部屋の隣が梨晏の部屋で彼女の部屋に比べると手狭なのは雪蓮の物置だったからだ。隣の部屋というのは雪蓮の意向で隣と言えるくらい近い部屋は物置しかなかった。物はどかしたとはいえ物置だった場所に住まわせることにあの雪蓮が恐縮しきりだったが、それだけ一緒にいたいって思ってくれてるってことでしょと言うとすぐに機嫌を直して抱き着いてきた。

 

 こっちにいる間は構い倒すつもりの彼女について毎日死ぬほど鍛錬もしている。おかげで出会った時はシャンと二人がかりでかすりもしなかった雪蓮相手に五本に一本は取れるようになってきた。孫呉の中でどの程度かと言われれば思春に準ずるくらいというのが弓の鍛錬を見てくれている祭の評価である。

 

「梨晏」

「蓮華!」

 

 今日はこっちに来ているはずだと思春を探していた矢先、蓮華に行き会った。話を聞けば一刀と同じ年齢。親友である雪蓮の妹とは言え主家筋のお嬢さんである。デキる女を目指す梨晏も最初は蓮華に対して敬語を使っていたのだが、これには蓮華の方が難色を示した。

 

 姉と気安くしているのにその妹には敬意を払うというのでは姉も私も立場がない。姉に気安くするなら私にもしなさい。

 

 という言い分を飲むことにして、大分親しい間柄となっている。しっかり者の妹が増えたようだと蓮華本人には好評だ。ついでに、しっかり者でない妹の方も私も気安くという申し入れがあり、三姉妹全員と親しくなってしまった。

 

 最初は遊ぶ時は雪蓮か冥琳とだったのが、蓮華やシャオともサシで遊ぶようにもなった。鍛錬と勉強だけで過ごすのでも構わないつもりでいた梨晏も、最近は力の抜き方を覚えてきた。

 

「そんなに急いでどうしたの?」

「ちょっと思春を探してて。見なかった?」

「ちょうど良かったわ。これから会うことになっているの。貴女も来なさい」

「やった」

「思春に何か用事?」

「団長に襲いかかる時にどうしたら良いかなーって意見を聞きにね? 今のところ唯一の経験者だし」

「団長……北郷一刀殿のことね?」

 

 一刀の名前を出す蓮華の表情は、複雑だった。

 

 孫家の子女として情勢の変化は理解している。基本的に人物評が辛い母や姉の評価が恐ろしく高いのもさることながら、ほぼ裸一貫から身を起こして県令にまでなった彼は世代の出世頭だ。勢力としての規模は孫家は元より近い所では曹操や袁紹とは比べるべくもないが、世間の注目度ではそれさえ凌いでいるほどだ。

 

 江東でも彼を題材にした講談は人気で彼の名前を知らない人間はいない。思春が一夜を共にしたという話も知れ渡っているから、そこまでやって何でつなぎとめておかなかったんだと地元の有力商人などからは酒の席で母がからかわれているという。

 

 関係を深くするための人間を出すことは確定だ。当主である炎蓮の血族を出すということになれば、当主後継の雪蓮を除けば一番可能性が高いのが同じ年である自分であると蓮華は理解していた。

 

 一族繁栄のために嫁に出されることに不満はない。そういうものだと幼い頃から思っていたし親子程年齢の離れた殿方に嫁ぐ可能性さえあったことも考えれば相手が同じ年の、しかも将来有望な男性というのは破格の条件だろう。話に聞く限り顔の作りも悪くないようであるし条件として蓮華から不満はほとんどない。

 

 唯一の懸念はそれが親友の思い人であり、あの堅物を絵に描いたような人間が情を交わした相手だということだ。思春とて女性である。いずれは自分と同じようにそういうことをするのだろうとぼんやり考えてはいたのだが、いざそれが実現して自分より先に女になったのだと思うと友人としても同じ女性としても複雑な心境になるのである。

 

 ましてその相手と当の思春を差し置いて結婚するなど一体どんな顔をして接すれば良いというのか。特に男の権力者は妻が複数いるというのも珍しい話ではない。自分が嫁ぐことになればおそらく思春も一緒に彼の世話になるだろう。それで万々歳……という風にはならない気もする。

 

 北郷一刀に嫁ぐという話もまだ具体性のある話ではないが既に準備は進めている気配である。順当に出世を重ねてからでは遅いのだ。一番乗りで、かつまだそれほど高い値がついていない内にねじ込み、正妻の座と子の後継を不動のものにする。

 

 となれば、梨晏を戻す時に一緒にというのが妥当な所だろう。つまりは最長で後一年と半年ということであるが、短期終了の条件である袁術陣営の攻略は冥琳の見立てではどんなに粘られても後半年はかからない。

 

 つまりは来年の今ごろにはお腹が大きくなっている可能性が高いのだ。自分が結婚、母になる……いつか来ると思っていた日が日に日に現実味を帯びてきているという状況に、蓮華の心は浮き立っていた。親友の気持ちも知らないで、である。蓮華にはそれがどうにも不誠実なことのように思えて仕方がないのだった。

 

「気にし過ぎだと思うけどな私は」

「そう?」

「皆で一緒に同じ人を好きになるって良いことだと思わない?」

「それはそうだけど……」

 

 蓮華は何だか歯切れが悪い。そんなに難しいことかなと首を捻っていると廊下の向こうに探していた思春の姿が見えた。

 

「思春!」

 

 大声で呼びかける。が、反応がない。隣の蓮華と顔を見合わせた。常の思春にはない反応である。もう一度、と梨晏が息を吸い込んだその矢先、思春の身体は力を失い、壁に寄りかかるようにして頽れた。

 

「思春!?」

 

 蓮華と一緒に駆けだす。頭を打たぬように壁に寄りかかって、というのがせめてもの抵抗だったのだろう。床に倒れる思春の身体には力がない。抱えて起こしてみると全身に汗をかいて呼吸も弱々しい。あの思春が? と混乱している梨晏を他所に、蓮華の行動は早かった。

 

「誰ぞある! 思春が倒れた、医者をここに!」

 

 蓮華の大音声に屋敷の中が俄かに慌ただしくなる。

 

「思春が倒れただと?」

「母様!」

 

 たまたま近くにいたのだろう。祭を伴った炎蓮が寄ってきて思春の身体を見た。

 

 孫呉の中では戦闘経験が豊富な思春でさえ比較にならない程戦場で人間の生き死にを見てきた炎蓮である。助かる人間とそうでない人間の区別はそれなりに着いた。

 

 血の匂いなし。病人特有の匂いなし。呼吸は弱々しいが不規則ではなく吐き出す息が割れてもいない。血色は良いとは言えないが不健康な様子はない。そもそも昨日も顔を合わせたがその時は異常を感じなかった。

 

 炎蓮は心中で首を傾げながら思春の身体をまさぐる。頭、首、肩、腕、胸。身体の上の方からよく怪我のしやすい箇所を順番に触っていった炎蓮の手が思春の下腹部で止まった。

 

 まさかとは思ったが触感はその考えを否定している。大きく息を吐いた炎蓮は蓮華に吐き捨てるように言った。

 

「蓮華。お前走って白婆を連れてこい」

「白婆を!?」

「つまりそういうことだよ。急げよ、さっさと行け」

 

 返事をする間もあればこそ、蓮華は全速力で外へ駆けだしていった。炎蓮が触診をしている間に思春の身体を拭き終えた祭が彼女の身体を抱える。

 

「炎蓮様、思春は大丈夫?」

「少なくとも今すぐ死ぬ死なないの話じゃないから安心しろ」

「白婆って誰? すごいお医者様なの?」

「俺とウチの娘三人を取り上げた婆様だよ。医者でもある。そっちの界隈じゃこの辺りで一番の腕だ」

「つまり……そういうこと?」

「ああ、そういうことだ」

 

 

 

 

 

 

 

「あの野郎、一晩で思春を孕ませやがった」

 

 

 

 

 

 

 

 

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