エア・フィルターを突き抜け、ウォルターはツェルニの外へ飛び出した。
すでにルウが『拒絶』を展開してくれているため、外部の汚染物質がウォルターを焼くことはない。
話し合いの間に真下の汚染獣のことをルウが調べていてくれた。
魚型の老生体は、びっしりとした堅牢な鱗に守られた体躯で、手足が退化しており、口が異様なほどに大きい。小高い丘をもひと削りできそうなほどで、強靭な顎にノコギリ状の鋭利な歯が乱立している。
そしてどうやら、群生体というよりは生命活動に重要な核……人間で言う心臓のような部位があり、それが老生体の体内であちこちに移動している、というのがルウの説明だった。
(なんか、領域で確認するかぎり老生体の生命反応っぽいものが、身体のあちこちに移動するんだよね……、最初はたくさんそういうものがあるのかと思ったけど、移動してるだけっぽい。たぶんそこを潰せば殺せるんだろうけど、ちゃんと潰さないと殺しきれなさそうかな……、……ごめん、調べておくって言ったのに、大したこと分かんなくて……)
(いや、じゅうぶん調べてくれてるよ。それだけ分かれば対策のしようがある。ありがとな、助かった)
(……それなら良かった!)
ルウが『箱』の中で朗らかに笑う。それに軽く頷き返しながら、ウォルターは破壊されたツェルニの足を蹴り、都市の下へと向かう。破壊されたせいでたわんだパイプの上に着地し、老生体と学園都市ツェルニの足元の状況を確認する。
ツェルニの足元は、まるで砂漠のように砂塵に覆われていた。風が吹くたびに、表面が波紋を作り出してなびく。乾いた、しかし固くしっかりとした地盤の土地が多い中で、珍しい地形だった。
「こんなところ、ツェルニの周回ルートにあったか……? 前のときもなかったような……ダメだ、覚えがねぇ」
(ディクセリオ・マスケインといたときのこと?)
「……ああ。ダメだな、全然覚えてない。あの時もうちっとちゃんとしとくンだったな……」
(ちょっと投げやりな時期だったって言ってたもんね……)
前回ツェルニにいたときは、ほとんどがディクセリオについて動くだけで、必要以上のことはしなかった。最低限のこともしていたかどうか、いまになると少し首を傾げてしまう。
(まあまあ。できる限りのことはやってきてるでしょう)
「……そう思いたいな……」
さらに降下する。砂塵の中がゆらゆらと蠢き、時折巨大な背鰭と尾ひれが砂を掻き回す。
食いちぎったツェルニの足はすっかり遊び尽くしたようで、がちがちと鋭い牙を噛み鳴らしてツェルニの真下で円を描くようにゆうゆうと砂の中を泳いでいる。
念威繰者たちに
だが、偵察念威網の中には含まれているだろう。こちらの情報も適宜収集しなければ、上部の人間には“いつ真下から食い破られるか”という懸念が残り続ける。
傭兵団はウォルターの実力を知っている。けれど学園都市の人間はそうではない。少なくとも、信じ切るまでではない。だからこそ彼らの安心感のために、この程度の
今回はウォルターが対応することにはなっている。どんな理由があれど、異界法則で始末をつけるのは短絡的すぎる。
「……じゃあまあ、やるか」
金の腕輪を手首から外す。復元。上長下短、鉄の弦が張られた巨大な弓。鉄の弦を引く。剄を通し、矢の形状を成す。
「弓、あンま得意じゃねぇンだが……」
外力系衝剄を化錬変化、終曲・枯れ牡丹。
引き絞り、放つ。
汚染獣に向けて一矢。巨大な汚染獣に大して、あまりに些細な一矢だった。
汚染獣の目前で、内包された剄で矢が開く。花弁のように多重に広がった剄が、汚染獣を覆い尽くす。多重の衝剄が堅牢な鱗を焼き、その先の収縮した剄が鱗の隙間から汚染獣の内部へと突き刺さり、小規模な爆発を引き起こした。
老生体は巨大な咆哮を上げ、矢を放ったウォルターを視認すると大口を開けて迫ってきた。
ウォルターの背後にはツェルニの足がある。まだ食いちぎられていない別の足だ。
これ以上、都市に対する被害を広げるわけにはいかない。
続けて弓を引き絞る。
外力系衝剄を化錬変化、終曲・鈴蘭。
眼前に迫った老生体の口腔目掛けて放つ。先程の矢とは打って変わり、すでに巨大で高密度な剄のエネルギーが球体として射出され――即座に爆発した。
次の矢を放つ。
球体は矢の軌道にあわせ鈴なりに出来上がり、出来たそばからあっという間に爆発し、多段的に汚染獣の口腔内と周辺を焼きながら破壊する。
威力は充分。しかし、汚染獣の生態からして、攻めきれていない。
「せめて場所がツェルニの真下じゃなければな、手の打ちようがあるっていうのに」
(高威力な技、たくさんあるけど現状じゃ使えるものが絞られるね)
「ああ。壊れた足の間から出してもいいが……被害が広がる可能性の方が高いよなぁ」
都市の足、本体、外縁部。追い出す際にどこへ汚染獣の身体が掠っても、ツェルニが大きく揺れる。下手を打てば都市が転倒する。
ここで都市の防衛をしながら老生体を攻めきるしかない。
しかし明らかに火力が足りていない。面への攻撃を優先して弓を選択したが、武器を変えるべきか。付け焼き刃の弓よりは、刀の方が勝率は高いか。
汚染獣が身体を震わせる。咄嗟にウォルターは後退しつつ弓を引いた。
外力系衝剄を化錬変化、終曲・躑躅。
「ッちぃ!」
汚染獣の鱗が爆ぜる。それをギリギリに放った剄が間一髪で弾き飛ばした。細かく炸裂する剄が爆ぜた鱗を弾き飛ばし、叩き落とす。数は減っているが、それでも爆ぜた鱗は未だこちらに迫ってきている。
二の矢を放つ。
外力系衝剄を化錬変化、終曲・金銀花。
躑躅で放たれた剄の炸裂の隙間を縫うようにうねりながら、剄の間を抜けてこようとする鱗を弾き落とす。続けざまに放ち、すべての鱗を落としきった。
間を開けず弓に大量の剄を込め、引き絞る。指を離し、放つ。
技でもなく、ただの剄の束を放つ。一条の光が突き抜け、汚染獣の中央から左にかけて掠め取るように地面へと突き刺さる。汚染獣はつんざくような叫び声をあげながらのたうつように砂の海を泳ぎ、千切れた身体を捻りながら逃げようとする。ぼたりと地面に落ちた、動き回る身体よりも小さなそれは、しばしの後に沈黙する。
暴れ回る汚染獣の、おおよその逃走経路になるであろう箇所に高密度の剄の矢を打ち込む。
その矢から逃げ回るように砂の海の上を捻じれてのたうちまわり、汚染獣の千切れた左半身がざわめき、徐々に元の形を取り戻そうとしていた。
「……本当に再生するな……」
(そうだね。聞いてたベヒモトの戻り方とはだいぶ違う。やっぱり群生体ではないみたいだ)
「一撃で核を潰し、周囲を焼き尽くすしかない。ああいう手合は、核を潰してもシレッと再生したりする」
(うん。一気に潰し切るしかなさそうだよね)
(ああ。……念威端子が見えた。今後はあまり返事出来なくなる、悪い)
(本当だ、降りてきてる。大丈夫だよウォルター、必要があれば呼んでね)
端子はツェルニの都市上部からだ。おそらく、情報収集を頼まれている班の念威端子だろう。
偶然を装って破壊してもいいが……色々と面倒になりそうなのでやめた。
幾度もレイフォンや十七小隊をフォローしている念威繰者のフェリであれば、ウォルターのそばに端子を配置するのは容易いことだが、並大抵の念威繰者では──特に今回は小隊員でない念威繰者も組まれているため──そうもいかないだろう。
ウォルターは跳躍を繰り返し、汚染獣との距離を取りながら矢を放つ。ルウが領域で老生体の生命反応を感知した点へと、高圧縮の矢を打ち込み、その周囲へ面的な剄を打ち込む。
外力系衝剄を化錬変化、終曲・桔梗。
核を撃ち抜けるだけの威力だ。事実、ウォルターが放った剄の矢は汚染獣の強靭な鱗を貫き砕く。射入口から射出口まで一直線に抜け、核を撃ち抜く……はずだった。
しかしそれは裏切られる。どれだけ継続的に同じ剄技を撃ち込んでも、別の矢を数打ち込んでも、寸前で矢の軌道上から避けてしまう。
再生能力の高さと、こちらの攻撃を躱す核に翻弄され、すでにかなり無駄な時間を費やしている。
────やはり初めから異界法則で削りきるべきだったか
使えるものはなんでも使う。自身にそう言い聞かせながらも、異界法則を使うことは躊躇われる。
だから最後まで戦う。
けれどその後は? ウォルターたちの始めたこの戦が終わったあとは?
イグナシスたちを下したあとでも、汚染獣は残る可能性がある。幼生体、雄生体、老生体……それ以上の、
それらへの対処は? 槍殻都市だけが対処できるのでは、それでは今後この世界が継続していくために不安が残る。
彼らには自力で生き続ける手段が必要だ。戦う術が必要だ。
それまでの露払いは、
「クソッ、キリがねぇな……!」
焦れと苛立ちで思わず舌打ち混じりに吐き捨て、汚染獣からやや距離を取り後退したウォルターは、もう一度矢を引き絞る。
(ウォルター! ランドローラーが一台接近してきてる!)
(なンだと? アルセイフかルッケンスか?)
(ううん、違う方向から……、……ウォルター、来てるのは、天剣だ……!)
(天剣? ……待て、まさかグレンダンが……)
ルウの言葉にウォルターが一矢、高圧縮の剄の矢を放った。汚染獣を退け、ルウの領域に入り込んだランドローラーの方へ跳躍する。
砂の海にタイヤを取られ、ランドローラーが時折スリップのような挙動を起こしながら疾駆する。そうして跳躍し──しっかりとしたスーツに包まれた腕が高々と掲げられた。