貞操観念が逆転したインフィニット・ストラトス   作:コモド

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????「挙句の果てにブラックラビッ党と百合連立政権樹立も目論む始末。汚い方法で手に入れた多数派の座など無意味。そろそろメインヒロインに政権を譲るべき」


IS国はアニメ放送以来シャルロッ党が合法独裁政権を築いている

 その日の夜、ぼくは珍しくひとりで眠りについていた。

 同室の一夏はいない。姉の織斑先生が体調を崩したので様子を見てくると言ってお泊りしている。

 ぼくは織斑先生って生理が重い人なんだなと勝手に決めつけ、その面倒を男きょうだいに押し付ける女きょうだいの高慢チキなところは男女が逆転していても同じなのだな、と一夏を不憫に思った。

 

 さて、ぼくはひとりだった。

 寮生活、それも二人部屋の、ひとりで住むには広い生活空間で、久しぶりにひとりだった。

 そうなるとやることは決まっている。ひとりですることをするのだ。ひとりではないと出来ないことをするのだ。ひっそりと、孤独で、静かに、それでいて情熱的な秘め事をするのだ。

 きっと、それは気持ちいい。なにせ久しぶりだ。世界が変貌してからは落ち着ける時間が少なかった。

 そしてぼくを滾らせてくれる代物も少なかった。よくよく考えてみると女性が男性のどの部位で興奮しているのか理解できていない。鎖骨だとか喉仏、低い声に色気を感じるというのはよく聞くけれど、男が女のそこに興奮するかと言えば、まあするだろうけどそれらよりも胸や尻などのメジャーな部位がある。

 

 この世界の女性は男の胸や尻に欲情する。元の世界の男性同様に。

 すなわち男性の感性は元の世界の女性のそれである。

 ぼくに女性の高い声やら狭い背中やらネクタイを緩める仕草やらに色気を感じる性癖はない。

 つまり、何が言いたいかというと、この世界にぼくの好みに合うオカズはないということだ。

 

 MAD動画としてセックスを笑いものにされているレズビアンのAVが比較的マシという劣悪な環境。

 苦しかった。だがぼくは見つけた。というより知った。女体のやわらかさを。

 唇で触れたセシリアさんの汗ばんだ頬の感触、指で触れた箒さんの唇の生あたたかさ。

 五感に焼きついた明瞭な女の残り香。体温のあるふれあいは気持ちいい。女の子とのすきまがなくなることはドキドキする。

 指の腹で感じた唇。唇で感じた湿った体温。どちらも近しいはずなのにハッとなるほど異なる体温の生々しさに、人は肉欲を抱くのだと最近になって思うようになった。

 

 一夏は、集団の中で少数派になった異性が、多数派にオークション会場で値踏みするような不躾な視線を送られることが耐えがたいようだが、厳密に言えばぼくらは商品ではないので逆に多くの異性の中から選べることを知らないのである。

 よくよく考えれば自由恋愛なのだから決定権はお互い平等にあるのだから、じろじろ見られようが縮こまらずに堂々としていればいいのだ。

 こうして自慰に耽る際に対象を吟味するように。ちなみにぼくがいちばん欲情するのは箒さんである。別に好きとかそういうんじゃないけど、キャバクラ紛いのイチャイチャをして長いこと触れ合ったので、肉体的接触が最も長いからだ。

 美少女だし、背も高くて胸も大きいし、まあ男ならふつうだと思う。

 兎にも角にも、発散できるときに発散しておかないと、十代の男には不健全な環境なので、冷静でいられなくなると思うから、ぼくは妄想に耽った。

 

 

 

 

 

 

 

 ほうとため息をついたぼくは一風呂浴びると満ち足りた心地でベッドに潜った。

 今日は色々なことがあった。シャルロットさんに執拗にペアを組もうと持ち掛けられ、放課後に自称生徒会長に絡まれた。

 自称生徒会長は、ぼくと一夏に「タッグマッチに向けて二人を鍛えてあげに来たよ」と扇子で口元を隠しながら誘いにきた。

 それに一夏は「結構です!」と新聞の勧誘を断るかのような手際で拒絶した。

 立ち去ろうとしたぼくと一夏を自称生徒会長は「まあまあ」と引き留めて、「国賓まで招かれる場で、男だからと性別に甘えて素人同然の醜態を晒してもいいのか」と口八丁手八丁で言い包めようとしたが、一夏が「だったら千冬姉に教えてもらいます」と反論してしっちゃかめっちゃかになり。

 そこに多数の女子生徒が「生徒会長だからって職権乱用して男子にお近づきになろうなんてズルい!」、「くたばれ露出狂!」、「あなたを殺してわたしが天に立つ」と乱入してバトルロワイヤルが繰り広げられたので、ぼくたちはその場をあとにした。

 

 男を巡って争い合うなんて本当に起こるんだね。

 他人事じゃないだけにぼくは戦々恐々としていた。

 振り返ってみればぼくのしたことは、男性でたとえるなら、童貞を誘惑してその気にさせておきながら、その直前で拒絶して気落ちしたところにその気にさせる言葉を投げかけ惑わせて、自分はそのスリルを楽しみつつ保留をし続ける悪女そのものである。

 

IS学園に来てからすでにそんなムーブを三人にやってしまっている。

セシリアさんに箒さん、鈴さん。セシリアさんは必要に駆られて――少なくともぼくにとっては、あの場面でのキスは後になってから赤面しても、空気に酔っていたのだとしても、やらなければいけないと思ったが、箒さんと鈴さんに関しては言い訳しようがない。

……いや、箒さんは密室に閉じ込められた状況だったわけだしセーフか。言い訳のしようがないのは鈴さんだけだ。

 

とにかく、童貞とはひどく繊細で、無垢な少女よりも傷つきやすい生き物だから、その気もないのにからかうのは自尊心を痛めつけ、女性不信を加速させるだけなのだ。

仮に女の子に男をたぶらかす気がなかったとしても、思春期の男はほんの些細な会話がきっかけでも「もしかしてあのコ、おれに惚れてる?』と勘違いする。勘違いした男は自分が女の子に好かれるようなことをしてもいないのに舞い上がる。

思春期が思春期たる理由は己を客観視できなくて突っ走ることにある。振り返るのは卒業するときだけ。だから気になるあのコがイケメンと腕を組んでいる姿を目撃するまで走り続けたままなのだ。

このときの転倒からなかなか男は立ち上がれない。男女の関係になるというのは旅に出るようなもので、童貞というのはまだ旅立ってもいない勇者未満の男だから、それがトラウマになって家に引きこもったまま、すなわち恋愛に臆病になる。

 

 そうだよ、ぼくも自分を鈴さんに置き換えてみろ。

 黒髪ロングの清楚な美少女――自分で言うのもなんだが――に誑かされて、『もしかしてやれる!?』と勘違いしたまま悶々とし続けたのに、そのコが金髪イケメンと懇ろになっていたら、果たして立ち直れるか。

 無理だ。裏切られたと思って塞ぎこむに決まってる。もしかしたらNTRに目覚める可能性だってある。

え? 付き合ってもいないのにNTRだなんておかしい? おかしくないよ。みんなそれぞれの世界の主人公で、それを取り巻く女の子はヒロイン候補だから主観的にはNTRなんだよ。

 

久しぶりにすっきりして眠りにつこうとしていたからか、ぼくは身の回りのことをあれこれ考えていた。

タッグマッチでISに搭乗し、戦わなければならないこと。流されるままIS操縦者になってしまったが、将来をどうするのか。

面白半分でクラスメートを性的にからかったが、勘違いあるいは肉欲に溺れた彼女たちをどうするのか。

しかし寝ぼけた頭で建設的な思索をしようにも、いつの間にか思考に閉塞感を覚えて、睡魔に負けていた。

先送り、後回しにしようとするのはぼくの悪い癖かもしれない。でも自覚はしていても目先の睡眠欲には敵わないので、ぼくはあっさり意識を手放して枕に沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 

ベッドが軋み、かすかに揺れる刺激でぼくは眠りから覚めた。まだ目はつむったまま、一夏が帰ってきたのかと霞がかかった頭で考える。

間違えてぼくのベッドに入ってきたのかな? 瞼越しの室内はまだ暗かった。それなら仕方ないのかもしれない。

ベッドの弾みと気配から一夏がぼくに覆いかぶさるのを察した。このままだと男同士で恥ずかしいことになるので、ぼくは仕方なく重い瞼を開けた。

 

「あ」

 

 頭上から声が降ってきたが、その声は一夏の、男性の太いそれではなかった。

 目が合う。薄闇の中でも大きなくっきりとした二重瞼ははっきりとわかった。

 ぼくを見降ろす形となった彼女の髪が一房、はらりとぼくの頬に落ちる。

 触れた髪はゴールド、見つめ合った瞳はヴァイオレット、彼女の名前はシャルロットさん。

 ……どういうことっ?

 

「え? ……は? え?」

 

 ぼくは混乱した。ぼくは動揺した。ぼくは動転した。

 どうしてシャルロットさんがぼくの部屋にいるのか。鍵は掛けたはず。ならどうやってここに入ったのか。

 いや待て、この際方法はどうでもいい。何が目的でぼくの部屋に来て――しかも深夜の寝静まった頃を見計らって――寝ているぼくに覆いかぶさっているのか、それが問題だ。

 

「あの、シャルロットさ――」

「……っ!」

 

 首筋が寒くなる危機感を振り払って口を開くと、停止していたシャルロットさんの顔がみるみる強張っていった。

 すると覗き込む態勢だったシャルロットさんは、左手でぼくの腕を抑えると右手でぼくの口を塞いだ。

 

「むぐっ!?」

「さ、騒ぐな!」

 

 顔に焦燥と興奮がブレンドされているシャルロットさんは馬乗りになった。

 頬は強張り、冷や汗が伝っているのに瞳には興奮の色が濃い。

 お腹の上にシャルロットさんのお尻が乗って、マウントポジションを取られ、口と身動きを封じられた。

 やっと寝起きで鈍い脳みそが急速に稼働し始め、状況を正確に把握し始めた。

 

ぼく、レイプされそう。

 

「んー! んんーっ!?」

「この……うるさいっ! おとなしくボクに孕まれろ!」

 

 暴れるぼくにシャルロットさんは叫んだ。

 なに言ってるのこの人。ぼくは正気に戻った。男女が逆転している世界とはいえ、なんだ「孕まれろ」って。

 抵抗するのをやめたことで、夜の静けさを取り戻した部屋にシャルロットさんの荒い息が響いている。ぼくの口をふさぐ彼女のなだらかな掌はぼくの呼気か、彼女の汗かわからないが湿っていた。

 腹の上にあるシャルロットさんは華奢な女の子らしく軽かったが、ぼくを押さえつける力は本気で抵抗しても負けそうだ。なぜこの世界の女子はこんなに力が強いんだろう。ぼくが細身だとしてもシャルロットさんはさらに細い。なのに力は強いから理不尽すぎる。

 

「よ、よし……動かないでね」

 

 ぼくが反抗する気がないと見たシャルロットさんは、恐る恐るぼくの胸に手を伸ばした。

 

「うわあ……こ、これが男の人の……」

 

 シャルロットさんは感動していた。救い上げるように手が動く。シャツの上から脂肪の薄い胸板を不慣れな手つきで。

 

「あっ」

「……」

 

 しばし夢中になって揉んでいたシャルロットさんの手が、ふと止まる。彼女の指の腹が、布越しに僕の乳首を探り当てていた。

 シャルロットさんの喉が艶めかしく動く。唾を嚥下する音が夜のしじまに響く。やがて確かめるように指の腹で擦った。

 僕が微かに身じろぐ。

 

「あ、ご、ごめん」

「……」

 

 ぼくは目を瞑って顔を背けた。下腹部に乗るシャルロットさんの臀部がもぞもぞと動く。

 ぼくが抵抗も反応もしないのを受けて、シャルロットさんは指で転がすように弄りだした。

 

「……っ」

 

 体験したことのない刺激にどうしても小さく身体が反応してしまう。眉根が寄る。男の乳首を弄ってなにが楽しいんだろう。

 されるがままでいると、不意にシャルロットさんの手が止まり、下に移動した。

 そしてするりとシャツの下に手が潜り込み、僕の胸を目指した。

 

「や、ちょ……!」

 

 なまあたたかい手が腹を滑り、胸を直接覆った。裾がめくれ上がってお腹がむき出しになる。

 胸の先がシャルロットさんの指の隙間に挟まれていた。直接触れられて気づいたが、肌が汗ばんでいた。

 彼女の手は動かしていないと死んでしまう回遊魚のように忙しなく胸の肉を揉みしだく。掴めるほどの肉も柔らかさもないのに夢中になっていた。

 触れ合うシャルロットさんの手のなだらかな肌触りや密着した下半身の柔らかさを否応なく意識させられた。

 

「あっ」

 

 シャルロットさんがビクンと反応して後ろを振り向き、またぼくの顔を見た。ぼくは恥ずかしくて顔を合わせられなかった。

 彼女の鼻息がいっそう荒くなる。胸を弄る手に力がこもる。前のめりになって、覆いかぶさってきた。ぼくは覚悟を決めた。

 

「あ、あの」

「えっ。な、なにっ?」

 

 ぼくの声は蚊の鳴くようなか細い声だったが、それにシャルロットさんはひどく動揺した。

 

「い、言っておくけどやめないからね。きみが悪いんだよ、ぼくが頼んだのに、選んでくれなかったきみが――」

「あなたにどんな事情があるのか、ぼくにはわかりません。でも、ぼくが我慢することであなたが救われるなら、受け入れます。だから、その……ひどいことはしないでください」

 

 ぼくは本心から恥ずかしい思いをしながらそう言った。そして襲われると思った。目を瞑ってそのときを待った。

 けれどいつまで経っても反応がない。どうしたんだろう。ぼくは恐る恐る目を開けた。

 

「う、うわぁぁ! できない、僕にはできないよぉ! ごめん、ごめんよぉ!」

 

 見上げた彼女は号泣していた。そして土下座する勢いで頭を下げた。

 ぼくは訳がわからなくて放心していた。

 ぼくはただ、乱暴にされて痛い思いをするのが嫌だから、襲われるなら優しく頂かれたかっただけなのに、どうして寸止めされたんだろう。

 泣く女の子で興奮することはできるが、女の子を泣かせる趣味はないぼくは、そういう気持ちも萎えて彼女が落ち着くのを待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅぅ、ごめんね……ごめんね」

「いえ、大丈夫ですから」

 

 ぼくは彼女の背中をさすりながら愛想笑いを浮かべた。

 泣き腫らしてもまだ謝り続けるシャルロットさんを相手しているが、そろそろきつくなってきた。

 なぜぼくはレイプしようとしてきた女の子を慰めているのだろうか。被害者が加害者を労わるあべこべなこの状況。当事者にも理解できないのだから、傍目には余計に意味がわからないはずだ。

 何か事情があって襲いに来たが、良心が痛んで結局手を出せなかった……という顛末だと思うのだけど、正直襲われる心構えはできていたので襲ってもらいたかったというのが本音である。

 ぼくは胸を揉まれて乳首を弄られ、その気にさせられたところでお預けされたわけで、これで男女観が元の世界なら彼女はとんでもない悪女だ。

 色々おかしい世界なのでその可能性はないとはいえ、ぼくの感性はこの世界とはちがうので、そう思うのも仕方ないことであることを言い訳させてもらう。

 

 いや、実際酷いと思うの。

 

 

 

「僕、君を誑し込むよう命令されてたんだ」

 

 落ち着いたシャルロットさんは訥々と身の上を語りだした。

 

「誰にですか?」

「僕の両親」

 

 どうしよう、想像以上に重い話になっちゃったぞ。

 

「ううん。血が繋がってるのは父親だけかな。僕、父親が政略結婚で許嫁と結婚する前に、恋人だった僕のお母さんを妊娠させて産まれた子供でね。お母さんが亡くなったら自分が父親だって名乗り出て僕を引き取ったんだ」

 

 シャルロットさんは俯きながら淡々と重いことを言う。ぼくはどう反応すればいいか分からなくて黙って聞いていた。

 こういう話には、幸福な家庭に育ったぼくが慰める言葉をかけても安っぽくて反感を買うだけだと思うから。

 

「当然、義理の母親は怒り狂ってね。両親の子供が男の子なこともあって、僕は厄介者だったんだ。第三世代の開発も遅れて、会社の業績も悪化してたし、家の空気は最悪だったよ。でも僕にISの適正があるのが分かって、国家代表候補までなると少しだけ周りの態度も良くなったんだ」

 

 シャルロットさんの眉間にしわが寄った。

 

「だけど、両親は僕にデュノア社の為にスパイになることを命じた。何としても男性ISパイロットを誑かして、第三世代のデータを盗んで来いってね」

 

 ああ、だから転校してきた瞬間からぼくをピンポイントで口説いてきたのか。怪しいとは思っていたけど、そういう背景があっての行動なのかと得心がいった。

 

「けど、実際は上手くいかなくてさ。時間がないから焦って接しても疑われて距離置かれるし。家はタッグマッチで君と一緒に出て、活躍してデュノア社製品の宣伝をしろってせっつくし。結局上手くいかなくて、強引に夜這いしてさ」

 

 シャルロットさんは我慢の限界と言わんばかりに身体を震わせて拳を握った。

 

「ああ、もう! 誰だよ日本人の男なんて白人ならポーランド人でも簡単に落とせるって言ったやつ! ピ○チュウって言っておけばヤらせてくれるなんて都合のいいことあるわけないだろ!」

 

 いや、それは事実なんじゃないかな……。

 ぼくが内心肯定しているあいだにシャルロットさんはどんどんヒートアップしていく。

 

「だいたい処女がどうやって男コマすのさ! 経験ないのにそんなの出来るわけないでしょ! こんなんだからウチは潰れかけるんだよ!」

「あの、落ち着きましょうシャルロットさん。言わなくていいこと口走ってますよ」

「……あ。ち、ちがうよ!? 処女じゃないよ!?」

 

 狼狽するシャルロットさんを見て、ぼくはまた弄りたい欲求が鎌首をもたげたが、一応重い話をしていた場面なので自重した。

 

「スパイなのは分かりましたけど、それをぼくに打ち明けたということはもうやめるってことですよね? そんなことしてシャルロットさんは大丈夫なんですか?」

「もちろん国家ぐるみの謀だからお咎めなしでは済まないだろうね。でも男の子を無理やり手籠めにして、その後ものうのうと生きるなんて、ぼくには出来なかった」

「どうにかならないんですか?」

 

 清々しい面持ちで答えるシャルロットさんに尋ねると、その瞳からぶわっと涙があふれてきた。

 

「うぅ……僕みたいなレイプ魔も心配してくれるなんて。きみは優しいなぁ。気持ちは嬉しいけれど、国や大企業が絡んでる案件だから僕個人の力じゃどうにもならないんだ」

 

 国や大企業……?

 諦念を零す彼女に、ぼくはふと疑問をぶつけた。

 

「IS学園って治外法権だからどの国家の干渉も受けないんじゃないんですか?」

「え?」

「え? いや、ほら、校則にも書いてあるじゃないですか」

 

 ぼくは校則手帳を広げて、問題の項目を見せた。

 ちょっと前に女の子に襲われたらどうしようかと、不純異性交遊を起こした場合どうなるか校則を熟読したことがあったのが功を奏した。

 まさか本当に女の子に襲われたあとにそれが役に立つとは思わなかったが。

 校則を確認したシャルロットさんはおもむろに立ち上がると。

 

「そういえばそうだ! ここに来た時点で僕は自由だったんじゃないか! ひゃっほー!」

 

 満面の笑みで小躍りすると部屋を飛び出した。

 

「ちょっと実家に手切れの挨拶してくる! ありがとう、唯は僕の恩人だよ!」

 

 見てて引くくらいのテンションで出ていったシャルロットさん。

 これでよかったのだろうか。ぼくは安易に彼女に治外法権であることを教えたことが正解だったのか自問自答した。

 

 

 

「どうしよう……」

 

 しばらくすると、意気消沈したシャルロットさんが途方にくれながら戻ってきた。

 

「何かあったんですか?」

「あ……その、一方的に別れの挨拶したんだけどね。電話を切ったあとに、今後どうやって暮らすのか何も考えてないことに気づいたんだ」

 

 シャルロットさんは頭を抱えた。

 懸念は当たった。その場の勢いで実家と離縁したはいいが、その後のことを全く考えていなかったのである。

 

「生活費はどうすれば……それに、もし代表候補を外されたりしたら学費も……うわあああ」

「……ぼくがお金貸しましょうか?」

「いいの!?」

 

 あまりに哀れだったので援助を申し出ると、九死に一生を得たかのような顔を向けられた。

 

「ぼくにも責任があるような気がしますし。利子とかはもちろん取りませんよ。出世払いでいいですから」

 

 ぼくはグラビアやスポンサー料で特に使い道のないお金を持て余していたので、何気なしに気楽に言った。両親も事情を話せば納得してくれるんじゃないだろうか。

 シャルロットさんは感極まった様子で泣き崩れた。

 

「天使だ……天使がいる……」

「そんな大袈裟な」

「うう、こんな良い子を穢そうとしてたなんて、僕、自分を一生許せそうにない……」

「シャルロットさんに事情があったのは承知してますし、別に気に病まなくてもいいですよ」

 

 だって、ぼくはむしろ襲ってほしかったし。その気にされたところをお預けされて、とてもがっかりしたし。

 それなのに泣かれるとぼくが罪悪感に苛まれるので、本当に勘弁してもらいたいのだ。

 必死に慰めていると、ごしごしと涙をぬぐった彼女は、決意に満ちた表情でぼくを見つめた。

 

「よし、決めた。僕、きみの奴隷になる!」

「は?」

 

 このとき、ぼくの口から出たのは、これっぽっちも予期しない言葉に対する、嘘偽りない素のぼくの、生涯渾身の「は?」だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「唯、何が食べたい? 僕が取って来るよ」

 

 翌朝、僕が食堂に行くと入り口で待ち構えていたシャルロットがにこやかに言った。

 先日、彼女とセシリアさんが火花を散らしたのを知っているクラスメートの視線が集まる。ざわ、と波紋が広がる。

 

「じゃあ日替わり定食で。ぼくは席を取っておきますね」

「うん、任せて」

 

 ぼくは背中に冷や汗が伝うのをおくびにも出さずに努めて平静を装って答えた。背を向けるシャルロットの声や足取りは心なしか弾んで見える。

 

「昨日はっきり断られたのに懲りないね、転校生」

「おい、唯。何かされたらすぐ言えよ。あまりしつこいようだったら千冬姉に相談するから」

「あ、あははは……うん、何かあったらね」

 

 もう既に何かあったんだが、ぼくは乾いた愛想笑いを浮かべることしかできなかった。

 

 

 

 

 

「カバン持つよ」

「自分で持てますから大丈夫ですよ」

「そう? 困ったことがあったらいつでも言ってね。何でもするから」

 

 登校中もシャルロットはこの調子で僕の隣に侍り続けた。

 なので当然注目を浴びながら教室に着き、案の定セシリアさんが絡んできた。

 

「まだ諦めていませんの? 唯さんの優しさに漬けこむような真似をしたらただじゃ置きませんわよ」

「僕が唯に悪さをするって? ふふ、そんなのありえないね。だって僕は唯に身も心も捧げたから」

「ちょ」

「身も、心も……?」

 

 得意げに胸を張るシャルロットとその発言に、セシリアさんは戸惑いを隠せなかった。

 それはぼくも同様だったが、ぼくが困っているのを見て取ったシャルロットは流し目でウィンクした。

 

「分かってる、言わないよ。僕たちだけの秘密だもんね」

「秘密……?」

 

 わざとらしく思わせぶりな言葉で煽るので、セシリアさんの柳眉を逆立て、頬をひくつかせた。

 流石に看過できないので割って入る。

 

「ダメだよシャルロット。勘違いさせるようなこと言っちゃ」

「あ、はい。そうですね。ごめんね、オルコットさん」

「え? あの、どういうことですの?」

 

 素直に謝ったシャルロットにセシリアさんは再び困惑していた。ぼくも思わず痛むこめかみを揉みながら答える。

 

「詳しくは言えないんですが、その、色々ありまして」

「……やはり取り入り、油断させるための演技ではないですか? フランスですし、信用なりません」

「イギリスに言われたくないよ! 唯、僕に何か命令してよ! 何でも言うこと聞くから!」

「えっ……」

 

 急に無茶ぶりされて困り果てたぼくは、少し考えた後、逡巡しながら手のひらを上に向けて前に出した。

 

「じゃあ、お手」

「ワン!」

 

 シャルロットはこの上なく嬉しそうに跪いてお手をした。

 教室はこの上なく不穏な雰囲気でざわめいた。

 

「ほ、ホントにやったよ転校生!?」

「どういうことなの……?」

「羨ましい……」

 

 騒然とする中、呆気にとられていたセシリアさんが再起動した。

 

「あ、あなた、女としてのプライドはないのですか!?」

「はっ。僕のプライドなんて唯への恩義と比べたらカス同然だね。唯が命じるなら僕は唯の靴だって喜んで舐めれるよ」

「それはあなたが舐めたいだけでしょうが!」

「すいません、ぼくに女の子を奴隷にして悦ぶ趣味ないんですけど」

 

 とりあえず否定しておいたが、これどうやって収集つければいいんだろう。

 僕は内心頭を抱えた。昨夜、レイプしようとしてきた人を慰めて、その人が違う世界から来たぼくでも知ってる一般常識を覚えていなかったので教えてあげたら感謝されて、困っていたのでお金を貸したら今度は奴隷になるとか言い出したのだ。

 そのときは深夜で眠かったのもあって、押しの強さに負け名前を呼び捨てすることを了承させられた上に、奴隷とまではいかないけどぼくに困ったことがあったら助けてくれる関係くらいで妥協させたはずなのに、夜が明けたらこの有様である。

 どうすればいいんだ……途方に暮れるぼくを一夏が肘でつつき、小声で囁いた。

 

「いったい何があったんだよ」

「一夏……えっと、掻い摘んで話すと、シャルロットが困っていたからぼくが助け船を出したら、ものすごく感謝されて、ぼくに尽くすって言って聞かないんだ」

「たった一晩で腹黒そうなあいつがあんなふうになるなんて、唯はいったい何をしたんだ?」

「詳しくは言えないけど、本当に大したことはしてないんだよ」

「大したことしてないなら、ああはならないだろ、普通」

「それはぼくが訊きたいんだけど!?」

 

 何が困るって、彼女がえげつない美少女なのでぼくも悪い気がしないのが最も悪質な点なのだ。

 色んなボーイミーツガールで始まる物語は、ヒロインが美少女でないと成立しないとよく言われるが、美少女というものはあらゆる部分で補正をかけてくるからたちが悪いのである。

 ちょっと満更でもないと思ってしまう自分が心の片隅にいるのが恥ずかしい。

 

 セシリアさんとシャルロットがギャーギャーと口論をし、ぼくと一夏が途方に暮れて、周囲は野次馬と化して騒ぐ空間で。

 誰かどうにかしてくれとぼくが天に願ったとき、彼女は颯爽と現れた。

 

 

「ふん。英仏の代表候補生ともあろうものが、なんと情けない」

 

 長い銀髪に特徴的な眼帯。腕組みしながら胸を張って小柄な体躯を大きく見せようと仁王立ちしている。

 彼女は転校生の――ええと……誰だっけ?

 

 




どうでもいいことですが、今回のシャルの元ネタ?は、
Twitterで腐女子のアカウントが、

「隣の席のイケメンに『俺の女になれよ』と言われたので馬鹿じゃねえのと蔑んだ目で見たら、次の日『君の冷たい目に惚れた。俺、君の奴隷になるよ』ってゆあれたwww」

みたいな嘘松ツイートしてたので、
ああそうか、腐女子や少女漫画を読んでる層はこういう妄想してるのか……と参考にさせていただきました。
でも何か違うと思います。
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【電子書籍版】オール・ユー・ニード・イズ・吉良~死に戻りの忠臣蔵~(作者:左高例)(オリジナル歴史/文芸)

『Kindle書籍化作品の3万ダウンロード記念掲載!』▼時は江戸時代、元禄15年12月14日。浅野内匠頭が起こした殿中刃傷事件から始まった赤穂事件は山場を迎えていた。吉良上野介義央の屋敷に赤穂浪士ら47人が襲撃を仕掛け、吉良は武林唯七に討ち取られて死ぬ。しかし死んだはずの吉良が目覚めたら、当日の朝であった。何度も繰り返し夜に襲われては死んで朝に戻る吉良。その…


総合評価:4836/評価:9.19/完結:11話/更新日時:2025年04月02日(水) 17:23 小説情報


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