ナルトくノ一忍法伝   作:五月ビー

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64『包囲』③

 

 香燐は、気が付くと暗い闇の中にいた。

 寒々しく、羽織るものもない。

 体は冷え切っていた。

 けれど、助けになりそうなものは、なにも見当たらなかった。

 蹲って縮こまって耐えることしかできない。

 幸か不幸か、香燐はそうすることには慣れていた。いつものように動かずじっとしていれば、少なくともこれ以上最悪なことにはならないはずだ。

 自分はこのまま死ぬのだろうか。

 それならそれで構わない。

 生きていたって、何もいいことがない。

 そう思ったところで視界の端に変化を感じて香燐は顔を上げた。

 いったいつからそこにあったのか、暗闇に大きな光のかたまりが浮いていた。

 暖かそうなその光に誘われるように、ふらふらと近寄っていく。

 戸惑いはあった。けれど暖かさを求める欲求には堪えきれずに、香燐はその光に手を伸ばした。

 触れた瞬間にじんわりと熱が伝わり、血管を通して全身に広がっていくような心地がした。

 暖かく、柔らかなそれは、ふと母の温もりを想い起させた。

 寒い夜に暖房もなく硬く冷たい床で母と抱き合って眠ったときの記憶を。

 そっと身を寄せて瞼を閉じた。

 

 ──暖かい。

 

 それに触れた場所から流れ込んでくる熱が、ゆっくりと弱った体の中を廻ってすこしずつ傷ついた体を癒していくのを感じる。

 心地よさに身をまかせて、香燐はただそうやって光を抱きしめていた。

 どのくらいそうしていただろうか。

 気が付くと次第にぼんやりと意識が浮き上がってきた。

 そういえば、といまさら疑問が浮かぶ。

 ここはいったいどこなのだろうか。

 真っ暗な世界に自分と明かりが一つあるだけ。 

 黒い空には瞬くように大小無数の光が並んでいる。けれどそれらは遠く、手は届きそうにない。

 目の前にある大きな明かりに目を落とす。

 柔らかな燐光をまとっている、けれど弱弱しいわけではない。揺らがない強さが、その光にはあった。

 ──、綺麗。

 空に輝く数多の星々のすべてより、きっと目の前のこれが一番美しい。そんな根拠のない確信があった。

 魅入るように見つめていると、ふと違和感を覚えた。

 なんだろう。

 この光の真ん中に、なにかがある。

 冷たく、この闇夜よりも深く、暗いなにかが。

 既視感があった。

 これと同じものをどこかでみたことがある、そんな気がした。

 眺めているうちに、興味がわいた。

 半ば無意識に手を伸ばす。

 それに触れてみたくなった。

 指先があとすこしで触れられそうなところまできた瞬間、

 

【そこまでにしておけ】

 

 地響きのような声が真後ろから聞こえた。

 とてつもない圧力に背筋が凍る。

 生暖かい息が、ゆっくりと、しかし確かな質量を持って背に触れた。

 心臓が氷で掴まれたかのように縮み上がる。息が止まり、冷や汗が全身から滲む。

 目は背後を伺うように真横へ。けれど後ろは絶対に向けない。

 とてつもない巨大ななにかが自分の真後ろに在る。それだけはわかった。 

 

【それはお前ごときが触れていいものではない】

 

 香燐が動きを止めても、背後からの圧力は収まるどころか増し続けていく。

 

【あぁ、忌々しいその紅い髪、──いっそ今すぐ嚙み殺してやりたいぐらいだ】

 

 声の合間に、大きくて硬質ななにかが擦れるような音が、断続的に響く。

 

【……傷が癒えたのなら、さっさと去れ】

 

 圧力はもはや命の危機を感じさせるまでに、膨れ上がっていく。

 

【失せろ】

 

 殺意を伴ったその圧力が限界まで高まった瞬間、香燐は意識が飛んだ。

 

 

 

 

 

 悲鳴を上げながら飛び起きる。

 目を刺す強い光に視界がくらむ。

 硬い地面、重い体の感覚、そして乾いた口の中の感触。

 頭が痛い。

 隣から驚いたような声が短く聞こえた。

 驚く間もなく、反射的に視線を向ける。

 ぼやける視界で、かろうじて金髪の少女であることが認識できた。

 その事実を脳が理解した瞬間、意識が一気に覚醒した。

 

「お、おまえっ!?」

 

 とっさに叫びながら後ずさる。

 相変わらずぼやけた視界で、ラフな格好をした金髪の少女が身じろぎした。

 心臓が早鐘を打つように拍動している。

 

「な、なんでっ」

 

 と、続けて叫んだところで、ようやく一向に視界が定まらないことに思い至った。

 顔に手を当てて、命の次に大事な物を探す。

 

 ──―、ない。

 

「あ、あれ、ウ、ウチのメガネ、ど、どこ?」

 

 突如発生した大問題に怒涛のように流れていた思考が止まる。誰に問うでもなく疑問を口にすると、目の前の金髪の少女が、小さく、あっ、と呟いた。

 何かを漁るような音がして、それから白い手がこちらに伸びてくる。

 思わず身が竦むが、その差し出された手には見慣れた物体が乗っていることに気が付いた。

 驚きと恐怖と感謝と羞恥が一気に沸き上がって香燐の胸中でぐるぐると混ざり合った。

 自信の感情を制御できないまま勢いで香燐は慌ててそれをひったくった。

 

「あ、でも気を付けねぇと……」

 

 少女がなにか言っているが、聞いてはいられない。素早くそれを広げ、自身の両の耳にかける。

 瞬時に視界がクリアに戻る。

 安堵して思わず眼鏡を握る手に力が入った。

 同時に、メキリ、と嫌な音を立ててテンプルがひん曲がった。

 

「あ」

 

 近くでそんな短い声が聞こえた。そちらに視線を向けようとして、振った頭から眼鏡のレンズが転がり落ちた。

 

「あぁ……」

 

 次にそんな短い二音が聴こえた。

 慌てて取り外した眼鏡は、辛うじて繋がっていたリムが一瞬だけ抵抗した後、ぷつりとテンプルから分離して地面に堕ちた。

 残ったのは一本の棒状になった無残な残骸だけ。

 それを見つめたまま、固まる。

 

「…………………………あああああああああ」

 

 あまりに絶望的な現実を前に、それを受け入れることができなかった。

 そうして、香燐は再び絶叫した。

 

 

 

 

 

 

「………………まったく、前代未聞だわ」

 

 中央塔の一室から塔の周辺を睥睨しながらアンコは呟いた。

 窓枠に頬杖をついているのは余裕の表れではなく、想定外すぎる事態に驚きよりも呆れが先行してしまっているからだ。

 塔を包囲しているのは、一面の砂の海だ。

 樹海に突如として現れた砂漠を眼下に、アンコは、さてこれからどうするべきか、と考える。

 この状況が発生してから、すでにかれこれ数時間は経過している。

 日は昇り、けれど状況は動かない。

 まさか合格条件をすでに満たしておきながら塔の前に居座る受験者が存在するとは思わなかった。

 意味がないからだ。

 この予選で他の受験者をすべて不合格にしたところで、中忍選抜試験は終わりにはならない。

 選抜試験の本戦では多数の大名が参集することがすでに決まっている。今更それを中止にはできないからだ。

 不合格者を繰り上げて無理やり頭数を揃えて続行されるだけだろう。

 このような真似は、ただ他のすべての受験者から敵対されるだけだ。

 これが問題なのは、この状況の原因の少年が、他の受験者が突破すらできない強力な術の使い手であったということ。

 複数の受験者による同盟ですらまったく対抗できないほどに。

 

「めんっどくさい状況になったわねぇ、ほんと」

 

 ただ、二次試験がぐちゃぐちゃに終わった後に無理やり本戦が始まったとしてもそれでよかった解決、とはならない。

 試験関係者、とりわけ二次試験の責任者であるアンコにとってそれは明確な失態、評価に関わるような事態だ。

 キャリアはこの際どうでもいいが、自分が責任者の立場でそのような結果になるのは己のプライドが許さない。

 とはいえあの人柱力の少年の目的が試験を台無しにすること、とも思えない。

 

「………………目的はあの子、ってこと?」

 

 同じ人柱力であるあの金髪の少女を脳裏に思い浮かべる。

 思案しているアンコの後ろに控えていたイワシが、思わず、といった様子で口を開いた。

 

「アンコさん、どうしますか? このままだと」

「………………」

「………………………………介入、しますか?」

 

 アンコはそれを無視して窓枠から身を乗り出すと、大きく息を吸った。

 眼下に居座る少年をまっすぐに睨みながら、大きく口を開く。

 

「────、何やってんのよアンタ!! 巻物集め終わったならとっとと上がってきなさ────いっ!!」

 

 腕を振り上げて周囲の木々が揺れるほど大声を上げる。

 けれど何を考えているのか、くだんの朱い髪の少年はその怒声にも、ぴくりとも動かない。

 まだその隣に立っている二人の方が、平気そうなふりして肩をビクつかせている分、可愛げがあった。

 

「アンコさん、どうしますか?」

 

 荒い息を吐くアンコに、爆音に耳を押さえながらイワシが再びたずねてきた。

 アンコは窓際から離れてソファに深々と腰掛けると、瞳を閉じて、一度長くため息をついてから、静かに応えた。

 

「………………待機よ。今はね」

 

 

 

 

 

 

 

 

「──待ち、だな」

 

 砂の海と、そこに禍々しい気配を振りまいて座り込む少年を背に木々に身を隠くしながらネジは小さく呟いた。

 隣にしゃがんでいたテンテンは恐る恐る、といった様子でたずねた。

 

「そこまで危険な相手なの?」

「いいや、オレ達三人なら問題ない」

 

 ネジはいつものように揺るがない自信でキッパリと答えた。

 

「だが、流石に片手間で戦えるような相手じゃない。邪魔が入れば、万が一だが不覚を取る可能性はある」

「そうね」

「真っ先に突っ込んで疲弊したところを第三者に襲われることは避けたい。倒したところで大した旨みもないしな」

 

 他の、一時的にでも手を組む価値のある忍を待つ。それがネジの出した結論だった。

 複数の忍で突っ込めば倒さずとも飽和攻撃で突破できる可能性が上がる。数が多ければ余計な横やりも入れにくいはずだ。

 だからこそ、今は待つ。

 近くにヒナタを含む第八班の忍がいることは知っていたが、ネジはそれには触れなかった。

 あのような弱者とは、組む価値がないからだ。

 仮にあったとしても、絶対に口には出さなかっただろうが。

 

「…………それに、突破できても塔に入らなさそうなヤツが一人いる」

「え?」

 

 どういうこと、とテンテンが視線で問うてきたのでネジは視線をそこに向けることで答えた。

 右の拳を掌で抱えて静かに闘志を燃やすリーがそこにはいた。

 

「ちょっとリー、アンタなに考えてんのよ! あたし達の今回の目的はあくまで中忍になることでしょ!」

「す、すみませんテンテン、しかし──」

「しかしじゃない!」

 

 小声で、しかし本気の苛立ちをこめてテンテンは怒鳴った。

 朱い髪の少年、我愛羅が待ち構えているのは間違いなくあの少女だ。

 その事実には、同情もしなくもない。

 けれどそれは自分たちとは何の関係もないことだ。

 ここでリーの独断を許せば、リーのみならず班員全員が、試験突破が危うくなるのだ。

 勝手な行動を許すわけにはいかなかった。

 

「諦めろ。いまさらリーの悪癖を矯正しようとしても無駄だ」

 

 理解しているからというよりは無理だと割り切ったようすで、ネジはテンテンを諫めた。

 

「だけど…………」

 

 納得しきれずに、テンテンは言葉を濁らせた。

 

「それに、今回はそう目的がズレてはいないかもしれない」

「………………どういうこと?」

「ここまでたどり着けるなら、アイツらと手を組んでもいい」

 

 巻物を揃えてこの場までやってこれるならば、忌避する理由もない。

 奴らが突破できればよし、できなかったとしても最悪、撒き餌にも使える。その場合はリーを無理やり連れて行くことにはなるが、砂の忍の注意が逸れていればそれも自分ならばなんとでもなる。

 

「…………わかった。けど、一発コイツ殴らせて」

「それは好きにしろ」

 

 それで一応許してやるのだから甘いことだ、とネジは内心で小さく呟いた。

 木の陰から、塔の方へ視線を向ける。 

 そこには変わらずに砂の忍たちと、それに敗れた複数の里の忍たちが転がっている。

 まだ、死んではいないようだ。

 馬鹿な奴らだ、とネジは蔑んだ。もう少し待っていれば自分たちが到着していた。そうすれば脱落せずに済んだかもしれないというのに。

 眺めていて、ふと、違和感を覚える。

 

「………………」

 

 額当ての種類に反して、その場にいる人数が少ない。

 始末されたのか、あるいは。

 思考は巡らせるが、今は答えがでない。

 どのみち、結論は変わらない。

 おそらく、この場にいる全員がそうだ。

 今はただ待つだけだ。

 

 ──うずまきナルトが、この場に辿り着くまで。

 

 

 





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