此処まで雀鬼はノー和了、跳直でハコ割れになるが、そんな千載一遇の時とも言えるのに何故かころもの心は満たされなかった。
奴が何を思い、何を感じて牌を切っているのかは分からん、しかし奴の視線と僅かな指の動きから自分の本能を押さえつけているのは理解できる。
その証拠に先程の煽りで若干目付きが変わった、すぐに元に戻りはしたが、それならばそれで良い。
このまま自分を抑えたまま死ぬか、押さえ切れぬ本能を曝け出してころもと再び打ち合うか選ばせてやろう。
この局で終わらせてやる、貴様の目的に付き合ってやる程優しくはないぞ?
第百十日目 残り4センチ
東4局ドラは八萬、点棒は残り8700点。
跳満直撃でハコ割れ、満貫直撃か倍満ツモまでなら耐えられるけど今の天江さんの一言から彼女が本気を出すのだろうと分かる。
配牌次第では恐らく俺は負ける、振り込みは回避しているし一度だけとは言え衣さんの親に池田さんの親被りを当てる事も出来た。
手は落ちない筈だ、不ヅキを払拭する確実な方法はじっと耐えて一つ一つツキの階段を上がる事、本来ならもう少し池田さんに点棒を預けたかったが、天江さんのあの様子だとそうも言ってられない状況になってしまったのだから仕方ない。
弱気になりそうな心を堪えて俺は配牌を開く、手の安い高いでは無く問題は和了できるかできないかだ。
安くて速い手だろうと、逆転できる様な高い手だろうと和了出来なければ価値は無い。
冷や汗が頬を伝う感覚を味わいながらも頭の中で理牌した配牌は二・四・八・八萬、二・八筒、一・七・七・八索・東・南・北・白。
出来面子こそ無いがドラも搭子はある、東4局だからそろそろ仕掛けて行かないと俺の勝利は絶望的になる。
だけど長年の経験からこの手で上の三色は狙えないと考えて一索切り、字牌に関しては重なり期待と言うよりも仕掛けの為に使う気なので切るのは次巡以降。
池田さんは手出しの西切り、そして天江さんは手出しの赤五萬、咲は池田さんと同じく西を切った。
天江さんの第一打が赤五萬という事に、俺は胸元まで水に浸かった様な圧迫感を感じて思わず牌をツモる手が止まる。
先生達とはまた違う威圧感、牌に伸ばした手が何倍にも重くなった様な重圧を感じながら引いたのは二筒。
初手から赤ドラを切ったと言う事は彼女の手は赤ドラが完全に不要な手、そして五萬を使う必要が無い手となると混一色・清一色と言った染め手や123か678と言った三色が狙える手。
二筒が重なりはしたが悠長に攻めている暇は無いだろう、半ば確信に近い自分の直感を信じる様に俺は北を切る。
二巡目に天江さんは手出しで赤五筒を切った、索子染めだろうか? それにしては二牌とも手出しの位置がばらけていた。
彼女は咲やモモ達の様に俺対策で理牌をせずに打つ事は無い、寧ろ読ませる事で手を止めさせて自分の思うように支配する打ち方を好む。
三巡目、俺は七索を引き打南、完全に断么手だと分かるような河になりつつあるがそれで良い。
このまま暫くは断么に寄せて行くつもりだったんだけど、その前にに天江さんが手出しの赤五索切りリーチ、
三巡でリーチを入れた事もそうだけど全部手出しって事は配牌時点で赤三枚が要らない手ってか……。
ツモがズレて切りづらい牌を引いたのか、池田さんも俺と同じく八索を切る。
問題の天江さんのツモ番だが自摸和了では無く打三萬、それによって俺はまだ自分の首が繋がっていると言う事を理解して一気に手を進める事に決めた。
咲の合わせ打ちした三萬をチーして打七索、上の三色だったならこれで打ち取られるかも知れないが放銃覚悟での強打だ。
ロン、とは言われなかったがほんの僅かだけ彼女の目が細まった事から上の三色だと判断、自分にツモが回らない様にする為に池田さんの切った七索を鳴き直して打白。
これで三副露、三色も対々も付かない単なる食いタンに天江さんから失望した様な視線を受けるがまだだ。
ドラと東が一枚も見えていない、なのでこの状態からなら彼女達は深読みしてW東バックのドラ2に見える筈、俺の狙いはその読み。
この時点で俺の手は八・八萬、八筒・東でノーテン、普通は残り4センチからリーチに喧嘩を売るような真似は自殺行為だけど、しかし相手には断么に見せかけての役牌バックを匂わせた、これでリーチしている天江さんは兎も角池田さんは牌を絞るし、咲は寧ろ役牌バックと読んだ上でドラを処理するだろう。
狙い通り池田さんは現物の白そして咲がドラを切った瞬間に更にポン、東を落とす事で対子落としによる強引な断么を匂わせ、まんまとそれに引っかかった咲から八筒を釣り出した。
これで断么ドラ三の親満を和了し、なんとか息が出来るラインまで浮上する事が出来たけど、天江さんとはまだ二万点近い差がある、下手なツモで周りから削りたくは無いし何とかして直撃を取らなきゃな……。