『YAWARA!』二次創作定番のテーマ「柔と松田のその後」の物語
名作のまま完結した作品の続きを描く。
二次創作だからこそ出来ることであるが、それは難行である。
ましてや30年前に完結した名作である。この令和の時代に『YAWARA!』二次創作を著した熱意をまず称えたい。
『YAWARA!』は92年のバルセロナ五輪を物語のピークとして作られ、そこで終わるのだから後に続くのは下り坂である。
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原作は、柔と松田が互いの心を確かめあい、その後、柔が滋悟郎に、4年後のアトランタを待たずにアメリカに行くことを宣言して物語は完結する。
柔は最強であるが、それは"誰か"のためでなければその実力は発揮されない。だが、その"誰か"がはっきりしてしまった以上、最早柔は無敵である。
なお、余談ではあるが原作者である浦沢直樹氏の述べるところによると「もし、続編を書こうとしたら松田は死んでもらうことになる」とのことである。
『YAWARA!』二次創作の中では、柔と松田のその後は定番のテーマである。
二人は最後に互いの気持ちを確かめた。では、果たしてそれで「めでたしめでたし」と終わるのだろうか?
否、身分違いの恋がそれだけで成就するはずがない。本作はそんな疑問を提示する。
片や国民栄誉賞をとった少女、片や三流スポーツ紙の記者。普通は釣り合わない。
もっとも、その国民栄誉賞をとった少女も、"柔道がただひたすらに強いこと"を除けば普通の女の子だったからこそ釣り合う訳だが……。
柔のアンバランスさこそが、『YAWARA!』の肝なのだが、それは本作も変わらない。
この物語は、原作から四年後のアトランタ五輪。その後までを描く。
その間に二人の関係が進む訳だが、本作は原作登場人物のその後を暖かな筆致で描きつつ、原作にあったすれ違いや勘違いの数々を、登場人物がそれぞれ確かめる様は非常にすっきりする。
それ以外にも、原作では語られなかったような部分を考察して、『YAWARA!』に対する一つの見方を示している。例えば猪熊家のことは勿論、牛尾家のこと。女子柔道の歴史へと広がっていく。
本作の原作に関する考察、踏み込んだ記述は、主に松田の視点で描かれるのだが、それはどこか原作者浦沢直樹氏の『MONSTER』に対するヴェルナー・ヴェーバー氏の『もうひとりのMONSTER』を彷彿させると思ったのは私だけだろうか。
本作は、二人に関連する途中で消えた脇役や、少しだけ出てきた人物にもかなり焦点が当たり、二人の人生をより詳らかにするような構成になっている。
柔と死闘を繰り広げた選手たち、ソウルの頃から既に名のある選手などはピークを過ぎて引退し、新たに台頭する若い勢力が次は柔を目標に追うこととなる。この辺り多くは描かれていないのが残念であるが、こればかりはオリジナルキャラになってしまうので仕方がない。
概ねこのように着実に進んでいき、二人の幸せなシーンが描かれ、やがてアトランタ五輪に至る。
注意点を述べると、この物語はその時起こった時事ネタを差し込んでくること。
これ自体は原作でもソ連崩壊、ユーゴスラビア内戦。最終巻付近でのバブル崩壊による武蔵山高校の面々の就職状況もあった。それ故92年から96年にかけての雰囲気は伝わってくる。
作者の思想がやや漏れ出ている点についてのみ気になる。もっとも、それは妥当なものではあるのだが……。
もう一つ、これは本当に大事なことだが、この物語は『YAWARA!』だけではなく、是非『JIGORO!』を読んだ上で目を通していただきたい。
紙幅が尽きてきたところなので、最後は滋悟郎先生のように申し上げよう。
『ワシは痛く感動した! 読まんとわしの一本背負いをお見舞いするぞ!』
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綴人不知/2023年06月18日(日) 15:40/☆ (参考になった:1/ならなかった:0)