ドラゴンクエストLー勇者と魔王ー (賀楽多屋)
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第一章 目覚めた最後の勇者
プロローグ


 

 

 まだ春になって間もない頃、突然小さな我が家にお城から大層な成りをした兵士が三人も押し寄せた。

 

「代々勇者の血を引き継ぐアルバトロス家のアン殿に陛下から勅命が下りました。三日後に登城せよとのことです」

 

 正に青天の霹靂。確かに我が家は代々勇者の血を受け継いでいるが、その所以に価値があったのも、もう三百年ほど前の話。

 

 日常生活を脅かす魔物が存在しないこの平和な世界で、勇者の血を引くアルバトロス家を有り難がる国や民は最早存在すらしてない。

 

 彼方にあるとおーい過去には勇者だけでなく、建国者でもある御先祖様がいたりもするわけで正に由緒正しき血統である訳だが、何の因果か現在のアルバトロス家の人間はカフェの店員である私しかいない。

 

 ・・・・・本当になんでここまで没落したのかが謎すぎるよ、他のご先祖様。

 

 没落前のアルバトロス家に属する私であれば、たかだか片田舎の国であるアレクサンドラの国王の勅命なんて応える必要もないのだけども、悲しいかな、そのアレクサンドラに庇護されている国民である没落後のアルバトロス家に属する私にとっては有り難く拝命する他ないのであった。

 

 

 

 勇者云々で王様から呼び出されるとか絶対碌なことじゃないと悶々考えた三日後、出荷前の仔牛のような気持ちでアレクサンドラ城の大きな玄関を衛兵に見守られながら潜り、案内兵の後を小心者故にオドオドしながらついていったらあっという間に謁見の間についてしまった。

 

 謁見の間では、数段しかない階(きざはし)の上に堂々と据え置かれた玉座に腰掛けるヒゲモジャのアレクサンドラ国王が私を不思議そうな顔をして見下ろしてくる。

 

「この者が、アン・アルバトロスか?」

 

「はい。この者こそが、アン・アルバトロスで間違いありません」

 

「勇者の血を引き継ぐ者にしては、なんともひんそ・・・ごほん、愛らしい容姿をしておる」

 

 今絶対貧相そうな見た目だって言いかけたよね。

 

 そりゃ、私だって思うもん。アルバトロス家に連なる過去の沢山のご先祖様は勇者で建国者だったり、勇者だけどまだ子供の時分に魔王を倒しちゃったり、そもそも人間じゃなかったりだなんてなんじゃそりゃな高スペックの人達ばっかりの中で、今生き残ってるのがしがないカフェの店員ってあり得ない!って。

 

 

 嗚呼、やっぱりこれ、絶対呼び出された理由は碌でもない奴だ。

 

 

「まあ、良いわ。どの様な成りをしておろうとそなたに勇者の血が流れていることは間違えのない事実である。アン・アルバトロスよ。これはまだ、どの国の国民も知らないが各国の王だけが知っている事柄が一つある。それは、地獄の王エスタークの復活が刻一刻と迫ってきておることだ。勇者の末裔であるそなただけがエスタークの復活を止められる」

 

 物々しい本題に、当人である私はといえば間抜けにも口を開けっぱなしにして王様の勅命とやらを聞いていた。

 

 本当にマジモンの勅命だ。これ、普通なら勇者の末裔なんて紛いもんに下される勅命じゃない。

 

 

 

 

 

 拝啓、沢山いる勇者のご先祖様。

 

 貴方方の手記を愛読書としている未来の平凡な子孫にとうとう貴方方に訪れた試練が立ちはだかってきました。

 

 銅の剣すらまともに振ったことがなく、魔法もホイミとギラしか使えないポンコツ小娘にです。

 

 貴方方の手記に幾度となく登場したエスタークとやらが、また復活の日を迎えようとしているらしく、ご先祖様が最後まで打ち倒すことなく封印してきたせいでとうとうこのポンコツにまでお鉢が回って参りました。

 

 間もなくそちらに向かうことになると思いますが、その時は盛大に私の愚痴を聞いていただきたいものです。

 

 

「頼んだぞ。勇者の血を引きし、アン・アルバトロスよ」

 

 はい、いいえの選択肢すら与えなかったよ、この王様。

 

 







着想は別作品のクロスオーバーとドラゴンクエストヒローズからです。

ドラクエは制作陣も明言していますが、ロトシリーズ(I~III.XI)、天空シリーズ(IV~VI)、アルスくん単発(VII)、竜人族単発(VIII)、天使シリーズ(IX.X)で世界線も時系列もバラバラです。それを無理やり合体させ、ひとつなぎにしてるのでそこが気になる方は此処で引き返しもらったほうが身のためかもしれないです。それが気にならない方はどうぞ楽しんでいってください。





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御先祖様から古代魔法を毟り取ろう

 

 

 

「マスター!おかわりー!!」

 

「アンちゃん、それ以上飲んだらまた後悔するわよ?」

 

「もう後悔だらけの人生だよ!そもそもアルバトロス家に生まれちゃったことが間違いだったんだよ!!」

 

 うわーんと安酒を飲み干しながらだる絡みしている勇者の末裔が私です。今は、王城の帰りで立ち寄った馴染みの酒場で飲んだくれている真っ只中。

 

 流石に何もやらずにエスタークを封印しろっていうのもアレだからと王様がくれたのは、まさかの三百ゴールドで途方に暮れたのも今や数時間前の記憶である。

 

 三百ゴールドって、10日もあればカフェの店員でも稼げる額だわ!!

 

 しかし、その三百ゴールドを全て酒代に注ぎ込んだ愚か者に成り下がっている私が言える義理でもない。

 

「確かに血だけはプレミアムよねー。何だっけ? ラダトーム、ローレシア、、グランバニア、レイドック・・・それ以上の過去の大国の血が混ざりに混ざった究極の家がアルバトロス家だものねー」

 

「私が没落させたわけじゃないですけども、没落しちゃって本当に申し訳ございません! ご先祖様!!」

 

「そんなに頭をカウンターに打ち付けられるとアンちゃんって結構な石頭だから、カウンターが凹んじゃうわ」

 

「私の頭の心配よりもカウンターの心配!?」

 

 この馴染みの酒場のマスターとの付き合いは私が子供の頃からだから途方も無く長い付き合いだ。酒場のマスターがちょび髭親父ではなく、うさ耳が可愛いバニーガールなので、アレクサンドラではちょっと有名な店でもある。

 

 店内はカウンター席と十席のテーブル席のみのこじんまりとした店だ。昔は『ぱふぱふ屋』なるものを営んでいたこともあるらしいが、私にはまだ早いとその店の正体をマスターは教えてくれない。

 

 こう見えてもう十八歳になるのだが、成人してなおもマスターは私にぱふぱふなるものを教えてはくれないのだ。

 

「でも、王様も困ったものねぇ。どんなにアンちゃんの血がプレミアムだって言っても所詮は過去の偉人が成した偉業でしょう? それと同じものをただのアンちゃんに求めるなんて酷よねぇ」

 

「うぐっ! 人様に言われると思ったよりも胸が痛い」

 

「アンちゃんも常々言ってるじゃない? 『スーパースペックのご先祖様と私を一緒にするな』って」

 

「仰る通りで」

 

 一体何を食べたらそんなに育つのかと思われる御大層なお胸を揺らして、ビシッと指さしてくるマスターについ顰めっ面を見せてしまうも、口だけで家が立つと噂のマスターに勝てるがはずもなく難なくやり込まれるのはいつものことだ。

 

 ただ、素直にやり込まれるのも癪なので気にしてませんよーって顔でチビチビと酒を舐めることにした。

 

 そんな私の態度にマスターがオヤジ臭いわよと言ってくるが無視である。

 

「こうなったら、もうご先祖様にご加護でも頼みに行ったら? もしかしたらメガンテくらいは授けてくれるかもしれないわよ」

 

「地獄の帝王に自爆魔法って効くのかなぁ。そもそも体力も精神力もただの小娘の自爆魔法だよ?」

 

「どのみち死ぬなら、過擦り傷くらいつけて逝きなさいよ」

 

「わー、ものの見事に死ぬ前提で話しが進んでらぁ」

 

 ちっきしょー! そもそも私が地獄の帝王の復活の阻止に失敗したら、この世界にいる生物皆おじゃんなんだからねー!!

 

 とうとうグラスを舐めるのも堪らなくなって、ボトルを煽る私にマスターがジト目で見つめて来る。マスターの冷徹な眼差しはある一部の人間には好評価なのだが、残念ながらノーマルである私には一つも効きそうにない。

 

「こうなったら、ご先祖様からマダンテとかパルプンテとかミナデインとか太古の究極魔法を授かってくるよ!!!」

 

「そんな大層なものを唱えられるだけの精神力、アンちゃん持ってないでしょう?」

 

 こうして、王様から地獄の帝王エスタークの復活を阻止しろという勅命を受けた夜は更けていく。恐らく、こんな情けない勇者としての初日を迎えたのは私が初めてではないかと思われる。

 

 ・・・いや、そもそも勇者の末裔として頑張れって言われただけだから、勇者ですらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 アルバトロス家の偉大なご先祖様が眠る墓があるのは、アレクサンドラの中でも随一を誇る霊山の中腹だ。

 

 霊山というだけあって、眉唾ものの伝承が数多くあり、アレクサンドラ人であれば誰もが寝物語として聞いたことがあるはずだ。

 

 その中でも私が特に気に入っている伝承が竜人族と呼ばれるハイスペックで妖精のように耳の長い一族が住む里に繋がる祠が存在したというものだ。

 

 この伝承には他にも色々紐付く話があって、例えばとある大国の王太子と竜人族の娘が禁断の恋に落ちるも、結局はそれを許さなかった娘の父親が2人を引き離したという話がある。

 

 ハンカチの手放せないこの悲恋のストーリーは、ロングセラーとして親しまれるほどに世界中で有名になった話の元ネタにもなったことがあるのだ。

 

 引き離された二人のその後がどうなったのかは伝わっていないが、ハッピーエンド主義の私としては一時は引き離されたものの、最後の最後はやっぱり必然的に再会し、結婚しましたとさがいい。

 

 因みに我が家の家系にも竜人族は存在するが、手記が存在する竜人族は厳密に言うと人間と竜人族のハーフのようなので実際の竜人族の正確な実態は私も分からない。

 

 ただ、その竜人族のハーフはワーカーホリックの主至上主義なので、手記を読むというよりもまるで報告書を読むような心持ちであったことは否めない。

 

 

 さて、そんな風に霊山のことや竜人族のことについて思いを馳せていると、辿り着くには半日ほど掛かるちょっと時間泥棒なアルバトロス家の墓に到着だ。

 

 一応、整備された山道を登ってきたのだけれど、普段からそんなに運動しない私にとってかなりの重労働である。

 

 荷物もリュックの中にお昼ご飯やお線香、あとは一夜を麓の宿で過ごすため、極小数のお泊りセットしか詰めてきてないのに、息はゼーゼーと荒く、こんな調子ではそもそもエスタークの元にたどり着くことすら困難じゃないのかと思えてすら来る。

 

 両膝に手を当てて、深呼吸を繰り返し、どうにか息を整えた所でやっとお墓とご対面だ。

 

 我が家の墓は、墓というよりも石碑に近い。長方形の土台の上に、白大理石で出来た六角形型の石碑が乗っていて、その石碑に簡潔に『アルバトロス家の墓』と刻まれているのみだ。

 

 どんなに偉大な功績を残していようとも、何百、何千年も経てばこういう扱いを受けるものなんだなぁと思えばちょっとご先祖様に同情してしまう。

 

 ・・・・・まぁ、今日はそんな御大層な功績を残していても、ろくでなしの末裔から死んでなおも縋られる訳だからそれはそれで可哀想なんだけど。

 

 我が身の所業であることには見てみぬふりをして、とっととリュックから線香を取り出すと火力を調整したギラで火をつける。

 

 線香の先が軽くギラによって炙られると細長い煙と、線香独特の香りが辺りに漂い始めた。手にしているそれが小さくなってしまわないうちにと、そそくさと石碑の前にお供えし、パンと掌を二回合わせてご先祖様に必死に祈る。

 

 ーーーーーご先祖様、ご先祖様。貴方方の子孫がとうとう昨日、エスタークの復活を阻止するようにと勅命を受けることになってしまいました。数多くの勇者の血を引いているとはいえ、勇者でもない私には荷が勝ちすぎる勅命です。皆様と違って、平凡で一介のカフェの店員で、魔法なんてホイミとギラしか使えません。剣なんかまともに振ったことすらありません。というか魔物と戦ったこともないのにいきなり地獄の帝王と相まみえてこいやって言うことこそ相当な無茶振りですよね!?

 

 

 手を合わせて胸の中でご先祖様に加護を貰うためには、先ず成り行きを説明しようと思いしているといつの間にか盛大な愚痴大会になってきていて収集がつかなくなっていた。

 

 ーーーーそもそも、ご先祖様がエスタークを倒しきってくれないから私にまで皺寄せが来たんですよ。なんで毎回封印して終わりなんですか。魔王も倒せるんですから、地獄の帝王なんて楽勝ですよね?私なんて、ビギナー向けのスライムすら倒せる自信ないですよ。なんでご先祖様、どうか私にご加護を是非とも授けてください。何ならマダンテとかパルプンテとかミナデインとかも授けてくださいお願いします。

 

「授けてもらっても、そもそもお前のその精神力じゃ唱えることもできねぇだろ」

 

 不思議なことにすぐ近くから若い男性の声がした。私がアルバトロス家の墓に来た時は誰もいなかった筈なのに誰かの声がするというのはとても可笑しなことだ。しかし、ご先祖様から強力な古代魔法を毟り取ろうとしている私はその声の主の存在にこの時は一つも疑問を抱かなかったのである。

 

「古代魔法使えなかったらその時点で私の死は百%決定だよ。あーあ、まだ彼氏もいた事無いし、美味しいもの食べてないし、世界旅行もしてないし、読みたい小説の続きもあるのにこれで人生終わりとか悲しすぎっしょ!ちょっと、エスタークも空気読んであと三百年後くらいに復活してくれないかなぁ」

 

 私の自分本位すぎる願望に男性は絶句して二の句が出ないようである。その時間が一分以上も続くものだから、男性が何をしているのかが気になって祈るために閉じていた瞼を押し上げ、声のする方向を向くとくせ毛の緑頭がチャーミングな目つきの悪い少年が私をジト目で見ていた。昨日のマスターを彷彿させる素晴らしい品質のジト目である。

 

 ・・・・・ん?

 

「ってか!? 貴方誰!? え? いつから此処に居るの!?」

 

 今更過ぎるが、少年の姿を見て漸く抱かなければならない違和感を得た私はピョンと大袈裟に飛び上がって少年から二、三歩の距離を遠ざかった。小心者らしい私の行動を少年は呆れを通り越して、最早憐れむような眼差しで見つめてくるのが若干心にくる。

 

「・・・アリーナとマーニャ以上に自分の欲望に忠実な奴は久々だな。まぁ、いい。俺はユーリルだ。気が付いたら此処にいた。どうもお前の長ったらしい訳の分かんねぇ声に無理矢理起こされたみてぇなんだけど」

 

「ユーリル?」

 

「ん? なんだ、俺を知ってんのか?」

 

 両耳についた奇抜なセンスのピアスを揺らして首を傾げるユーリル少年に、私の体中を勇者魔法、ライデインが直撃したような激しい動揺が襲った。

 

 アルバトロス家に伝わる勇者の伝説は一つだけじゃない。勇者と一言で表しても、彼等にはある種の分類がされるのだ。

 

 それは一種の時代区分とも言えるのかもしれない。

 

 星の距離程遠い過去に存在したロトの系譜の勇者。

 

 空に城があった頃に選ばれた天空の勇者。

 

 勇者と言い表すには語弊があるかもしれないが、人外の加護をその身に纏い魔王を打ち破った英雄。

 

 我が家に数多く残される手記の一つに『ユーリルの書』がある。

 

 天空の二代目勇者とも言われるユーリルの人生は、正しく勇者の名に恥じない波乱万丈さで彼の出自も特異なものである。

 

 気付けば、私は指をビシーッとユーリルに向けて言い放っていた。

 

「あんまりにも天空城にいる神様が憎らしくて魔王すら仲間にした人だ!!」

 

「お前、人をなんつー覚え方で覚えてくれてんだ!?」

 

「でも、そもそもその魔王が故郷滅ぼした元凶だから悶々としてたんだよね?」

 

「ちげーよ! ピサロを仲間にしたのはマスタードラゴンへの当てつけでも無ぇし! 単に世界を本当に征服しようとしている大元が居ることが判明して、その大元がピサロの仇でもあったから協力してもらっただけだ!!」

 

「私、常々思ってたんだけどユーリルさんってすっごいお人好し過ぎで逆に不憫だなぁって」

 

「マジお前何なんだよ。俺のことを知ってるみてぇだけど、俺はお前みてぇな失礼の権化、マーニャとミネア以外は知らねぇぞ」

 

 私の数多くいるハイスペご先祖様の一人が何故かは分からないが、この場に実態を伴って現れてしまった。手記には、勿論書き手である彼ら自身の容姿なんて書いてあるはずもないので、読み手である私は子供の逞しい想像力で彼等の容姿を練り上げていたのだが、実際は何の変哲もないちょっと顔が良いだけの少年だったようである。

 

 常日頃から眉間に皺を寄せているのか、それが跡になっていそうな程に表情の険しい少年は私の態度に頭が痛いと言わんばかりだ。流石に私も言い過ぎたかと思いもしたが、そもそもと言えば、このご先祖様がエスタークを撃ち漏らしたせいで未来の私が被害被ってるのでそんな風にしおらしくならなければならない義理もないかと思い直して改めることをやめた。

 

 ・・・・・と言うか、その前に私とご先祖様の関係を説明しないとね。

 

「ユーリルさんは私のご先祖様なんですよー」

 

「・・・・・は?」

 

 彼に私達の関係を説明するのには、三十分という多大な時間の犠牲が必要であった。

 

 

 

 







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ユーリルさんと天空の主は犬猿の中

 

 

 

 私のご先祖様はハイスペなので、三十分もあれば私達の関係性を完全に飲み込めたらしい。

 

「要するに、あの時俺達が倒したエスタークが実は生きていて、何千年と経った今頃にまた復活をしようとしているってことか」

 

「そうそう!! エスタークの存在は最後の天空の勇者の手記でも書かれていることだし、王様が嘘を言ってることはないよ!」

 

「俺を含めて二人の勇者と戦ってるのに奴もなかなかしぶといな」

 

 ユーリルさんの忌々しそうな物言いには私も凄く同感だ。その生命力の強さは、水回りに出てくる人類の天敵と同じようにも思える。

 

「でも、お前も勇者なんだろ? 俺達の尻拭いさせて悪いが、勇者であればエスタークは打ち倒せるはずだ。ピサロが俺を殺したくて故郷を滅ぼしたのは、そもそもエスタークが勇者によって打倒されると予言されたからだしな」

 

「確かに私はユーリルさん達の血を引いてるけどね、勇者ではないんだよ。勇者の末裔っていう立ち位置なんだよ!」

 

 皆して誤解してると思うが此処は良く理解してもらわないといけないと思う。勇者と勇者の末裔では、ポテンシャルとか諸々に絶大な差があるんだよ。勇者の末裔っていうのは、すっごい偉大な人の血がうすーくこの身に流れてるだけであって、実際はその辺にいる町人Aとスペックは何にも変わりはしないから!

 

 鼻息荒く勇者と勇者の末裔の違いを訴えてみるも、ユーリルさんはやはり眉間に皺を寄せて思案顔である。彼の遠い過去の記憶を探るような目付きは真剣だ。なんだかユーリルさんの思索の邪魔をするのは憚られるような心地になってきて、少々座りが悪くなる。

 

 

「・・・アン、勇者になり得る条件って知ってるか?」

 

「勇者になり得る条件? 勇者だけが装備できるっていう天空の装備を装備できるってこととか?」

 

「それもあるが、他にも条件はある」

 

 ユーリルさんの言わんとしていることが想像つかなくて小首を傾げる。勇者には装備以外にも条件がある・・・? うん、全然分からん。

 

 しかし、私はその条件をすでに知っていた。彼らの手記を幼少の頃から絵本代わりに読んでいた私にとって彼等の出生は、聖書の序章よりもたやすく諳んじることが出来るものだから。

 

「人間と天空人の血を両方持っていることだ」

 

 ユーリルさんの告げたそのもう一つの条件に私は「あー!」と掌をポンと拳で打ち付けて、そう言えばユーリルさんは人間と天空人のハーフだったなぁと思い出した。

 

 最後の勇者の血にも天空人と人間の血が両方流れていた筈だ。初代の天空人の勇者については、魔王の非道な行いによって人格が二つに乖離するという奇怪な状況に陥っていたこともあって、血筋云々よりも自分のアイデンティティの追求をしていたからあんまりその辺のこと書かれていないんだよね。レイドックの王子って判明したらもうそれでいいやって感じみたいだし。それよりも、自分の好みとか交友関係を思い出すので手一杯だったらしい。

 

 私のご先祖様はハイスペックだが、それ以上の苦労を沢山経験している。

 

「アンには俺と俺以降の勇者の血が混じってるんだから、勇者であっても可笑しく無ぇだろ?」

 

 ご先祖様の苦労を偲んでいると、ユーリルさんが劇物的なことを言い始めた。無意識に私が考えないようにしていたことを豪速球で投げてきたのである。この人に気遣いとか遠慮とか仲間の人は教えなかったのだろうか。

 

「いやでもそんなのめちゃくちゃ薄いよ! もう何千年前の血だよ!?」

 

「血は水よりも濃いという諺語があるし、何より先祖返りってこともあるらしいからな」

 

 先祖返りしてたら今頃こんな片田舎の小さな国でカフェの店員なんてやってないと思うよ! それこそ、北の大陸にある大国『ペノシア』にでも行き、花型の騎士団に入って将軍位に就任し、綺麗所を毎日侍らせて左団扇な生活を送ってるに違いない・・・・・嗚呼なんで、先祖返りしなかったんだろう。

 

「お前、さっきすんげぇ顔してたぞーーーーーまぁ、兎に角だ。天空の装備を身に付けることが出来たらアンは勇者で間違い無しってことになるんだが、今どこにあるかは俺も分かんねぇしなぁ」

 

 ユーリルさんは己の癖っ毛な頭を面倒そうに掻き毟ると、とうとう立って話すことに疲れてきたのかお墓の土台に腰掛けてしまった。確かに安らかな永眠を願われているうちの一人に間違いないだろうけど、貴方以外の人もそこで眠っていることをどうか忘れないでほしい。

 

「ユーリルさんは天空の装備を最後何処にやったとか覚えてるの?」

 

「世界が平和になった後は仕舞ってたからな。あんまり見たくもねぇっつーか、勇者でいて良かったことなんて故郷の皆や仲間と出会えたことくらいだしな」

 

 ユーリルさんの葛藤は手記にも数多く書かれていた。自分が勇者であったことで失ってしまった数多くの命の重責に耐えられないことや、そもそもその勇者の任を司るマスタードラゴンが生みの親の仇であること。

 

 彼にとって勇者とは、多くのものを与える称号であるのと同時に、彼から多くのものを奪った称号でもあるのだ。

 

 勇者の称号に他の勇者よりもずっと様々な思いを抱いている勇者は、恐らく彼であると推測出来る。

 

「嗚呼、そう言えば体にガタが来た頃に装備は他の人間に譲った記憶があるな。一所に全て揃ってるともし新たな魔王が後世に出現したら、四つ全てを管理する奴が絶対酷い目に遭う事が想像出来たし」

 

「そう言えば、ユーリルさんって天空城に戻らなかったの? 手記には世界が平和になったら天空城に戻るかもしれないと書いてあったけど」

 

 他の勇者の手記もそうなのだが、大体の手記が世界が平和になるとそこで彼らの人生についての記述は途絶えるのだ。幼い頃に父から聞いたことだが、彼等のこの手記は別名『冒険の書』とも呼ばれているらしく、世界が平和になり、冒険しなくなった彼等は此処にそれ以上の人生を書かなくなるらしいのだ。

 

 ユーリルさんの手記の最後の方に一文だけそんな記述があったように思えるが、もしかしたら私の思い違いであったのかもしれない。何故ならば、そう尋ねた瞬間にユーリルさんがえらく皮肉げな笑みを口元に掃いたからだ。

 

 彼は「ハッ!」と鼻先でも笑った。

 

「俺とマスタードラゴンはどうも元から性根が合わねぇらしくてな。一度だけ、彼処に住んでいたこともあったが何度か小さなことで衝突して、結局俺は地上に降りることになったって訳だ」

 

「絶対的な神様と世界を救った勇者がバトるとか、本当に平和な世界でしか出来ないことだよね」

 

 そもそも神様と勇者がこうも相性最悪って有り得るのだろうか。ピサロとは共に冒険をして、諸悪の根源を叩き潰しているのだから、まだ魔王の方が相性は良いということになる。それでいいのか、この世界。

 

「で、まぁ地上で細く暮らして、俺もそろそろ身体が衰えてきたと自覚しだした頃に天空の装備についての不安が出てきた。そこで、次の魔王が現れるまではそれぞれ分散させとこうと思って分散させたんだよな。剣はトルネコ、兜はミネアに託した。盾はどっかの商人にやって、鎧は嫌だけど天空城に任せたんだよな」

 

「なんで盾だけ名前も知らない商人に預けたのかがすっごい疑問だよ」

 

 トルネコ、ミネアという名前はユーリルさんの手記で嫌って言うほど見た名前だ。詰まるところ、彼の魔王討伐メンバーであり、ミネアさん曰く『導かれし七人』という数奇な命運を持っている人達らしい。

 

 その面子に大事な装備を託すのは分かるけども、何で盾だけ商人に託したんだろうか。ユーリルさんなりに考えがあってのことだろうが、つい訝しげな目で見てしまう。

 

 ユーリルさんもユーリルさんで私の追求には至極言い悩んでいる様子であった。

 

「まぁ、あれだ。酒の席だったと言うか、珍しくカジノをして興奮していたと言うか。気付いたら全財産すっからかんで差し出せるものがアレしか無かったって言うか」

 

 しどろもどろに情けないことを立て続けに述べるユーリルさんの告白を纏めるとこうだ。

 

『酒を飲みながらカジノしてたらいつの間にか全財産擦ってて、借金のかたに盾を差し出した』

 

 借金のかたに差し出された天空の盾を思うと、あんまりな展開で涙が出てきそうだ。魔王を倒すために生み出された盾も、よもや借金のかたにされるとは思いもしなかっただろう。マスタードラゴンとユーリルさんの折り合いが悪いのって案外こういう所にもあるのかもしれない。

 

「っつーか今思うけどな。俺よりも最後に天空の装備を着た奴に在り処を聞いた方が着実なんじゃねぇか」

 

「・・・・・正論なんだけど、天空の盾をギャンブルで差し出したユーリルさんには言われたくなかったよ」

 

「あんなに最初は泣きついてきた割りには、この短時間で俺の扱い悪くなったよな」

 

 微妙な顔してそんなことをボヤいているユーリルさんをフォローする気が起きないくらいにはもう彼を敬う心は磨り減っている。恐らくは、ご先祖様を神聖視し過ぎていて実際の現実とのギャップについていけなくなってるんだと思われる。半分の責はユーリルさんにもあるが、そのもう半分は私にもあるのだ。

 

「まぁ、仰々しく扱われるよりかはマシか」

 

 そうやって私の雑な扱いを受け入れてしまう辺りの人の良さも関係していることは言うまでもない。

 

 



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二人の天空の勇者



はやくも評価をいただけてメダパニダンスを踊りました
ありがとうございます


 

 

 ユーリルさんが言うように今の天空の装備の在り処を聞くならば、最後に装備した人間に聞くのが一番手っ取り早いだろう。実際には、その最後の勇者の登場から現在の間にも何千年の隔たりがあるのだが、ユーリルさんとその勇者との間にも何百年という隔たりがあったらしいので、ユーリルさんが分散させた天空の装備がその後どの様な場所に安置されていたのかを考えたら少しは現存する場所を考えやすいだろうとのこと。

 

 そんなこんなで私はまた石碑に予備の線香をお供えする。勿論、最後の天空の勇者様に縋りつくためだ。

 

 極小のギラを使って線香に火を灯す私にユーリルさんは「うわ、よくそんな火力のギラを出せんな」と馬鹿にしてるのか感心してるのかどっちつかずな感想を漏らしていた。その後に「スライムにも効かなさそうだ」とかこぼしてたから、多分前者なんだと思う。くそう、とうとうご先祖様にまでそんなことを言われだした。

 

 小さな子供でも優秀であればマヒャドやイオナズンと言った上級魔法をバンバン放てるようになるらしい。沢山の勇者の血が混じるアルバトロス家の人間なのに、成人して二年経つ私は未だにホイミとギラしか使えないのだ。血はプレミアムでも、才能はノーマルということだ。これって一番ダメな奴の典型じゃないだろうか。

 

 八つ当たり気味に「お祈りするからお墓から退いて」とお墓の土台に座り込んでいるユーリルさんを半ば強制的に立ち上がらせ、私はとっとと次の勇者様に縋るために掌を二回合わせる。

 

 そう言えば、今何時だろう?

 

 

 アレクサンドラの城下町からこの霊山までは人の足で半日かかるために私は朝五時に我が家を出立したから多分、ユーリルさんと喋り始めたのが正午過ぎだったと思う。だから、そこから時間を計算するとおやつ時が近い感じかな。

 

 ってことはーーーーそろそろ下山しないと麓の宿を取れなくなる!

 

 往復でまる一日掛かるこの墓参りは元々一泊二日の旅程で組んである。替えの下着は持ってきてあるが、そもそも体力無しの私がお泊りセットを持って登山なんて出来るはずもないので荷物は本当に最低限のものしか持ってきてないのだ。明日着る服も、今晩宿屋で洗濯板を借りたらギラを使ってとっとと乾かすつもりである。

 

「次の奴、現れねぇのな」

 

 今日の宿の心配をしていると、ユーリルさんが今私がやらなければならないことを教えてくれた。ユーリルさんは私が目を瞑って真剣に掌合わせてるから、最後の天空の勇者に縋り付いていると思っているかもしれないが、今の私は宿の心配しかしてなかった。危ない、危ない。

 

 今度はちゃんと最後の天空の勇者様に向かって頼み込む。

 

 ーーーーー最後の天空の勇者様。どうかこの平凡な貴方の子孫に救いの手を差し伸べてください。貴方が何処に天空の装備を安置したのかをこの哀れな子孫に教えてください。絶対私なんかが勇者じゃないと思いますけど、もし勇者だったら少しくらいはエスタークを倒せるんじゃないかって自分を騙せそうな気がするんです。あ、あとユーリルさんがマダンテとパルプンテとミナデインを教えてくれなかったので教えてください。

 

「残念ながらボクはミナデインしか知らないんだよね。パルプンテはお父さんが知ってるけど、あれ、運だめしみたいなものだから覚えるのはオススメしないよ?」

 

 ユーリルさんよりももっと幼い少年の声が聞こえたのですぐ様背後を振り返ると、困惑しきったユーリルさんが見下ろしている隣で、金髪の少年がこれまた困ったように後頭部を掻いていた。まだ井戸の周りを走り回っていそうな幼い容姿の少年は、私とユーリルさんをやはり困り切った顔で順繰りに見上げる。

 

「それよりも、此処は何処なんだろう?」

 

 最後の天空の勇者が、魔王を討伐したのが齢二桁になったばかりの頃であったと記してあったことを、私は盛大に忘れていたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

 

「えーと、じゃあアン姉ちゃんはボクの子孫で、ユーリル兄ちゃんは僕の先代勇者なんだ」

 

 常人であれば、受け入れるのに時間のかかる事柄をこの幼い勇者様はたったの十五分で全て受け入れてしまった。ユーリルさんは私が子孫だってことを受け入れるのに三十分も要したのに、彼はそれに加え、ユーリルさんのことまで受け入れるのに必要だった時間は十五分。

 

 子供の純粋な思考回路ってある意味無敵なんじゃないだろうか。

 

「俺がなんでこの姿でいるのかっていう謎はレックスの姿で解明したな。恐らく、魔王を討伐した年齢で俺達は顕現している。記憶とかは死ぬまでの分を覚えてるけどな」

 

「でも感じることや思うことは体の年齢に引っ張られてる気がするなぁ。木を見たらグランバニアにあった木よりも大きいから登りたくなるし、じっとしていると走りたくなっちゃう」

 

「随分と落ち着きの無ぇ子供が最後の勇者だったんだな」

 

 自分の次の勇者とあってユーリルさんも色々想像したのだろうけど、レックス少年はそのユーリルさんの考えた最後の勇者像をものの見事に破壊したようだ。私もユーリルさんに同じことをされたのでちょっとだけ同情する。やはり、理想というものは理想で在り続けるからこそ尊いのだろう。世の普遍的な摂理というものはそういうものだ。

 

 最後の天空の勇者、レックス。

 

 彼の手記は他の勇者の手記とはかなり趣きが違い、幼い私が愛読するのに一番馴染みやすい手記であったことは言うまでもないだろう。

 

 何故ならば、語り手がまだ十になったばかりの幼い少年であったからだ。彼の手記を読んだあとに、これもまた珍しいことなのだが、レックス少年の手記と共に彼の父親の手記がセットで揃えられているのでそれを読めば、この時代に起こった世界の異変について詳細に知ることが出来る。因みに、まだ幼かったその頃の私は彼の父親の手記を難なく読めていたのは、父親がレックス少年ほどに幼い頃に行った数々の冒険までで、レックス少年にとったら祖父に当たる父親の父親との決別以降の話は私がそこそこ大きくなるまでは理解して読むことは出来なかった。

 

 レックス少年の父親の手記もかなり読み応えがあるので、勇者の手記じゃないからと嫌煙したら勿体無い。十年も奴隷やってかと思えば、今度は八年も石像になってたりする人だから吃驚だよね。私も物事が分かるようになってから読んで、大体度肝を抜かれていた。

 

「しっかし、ファミコン勇者様がこんな小さな時に魔王を討伐しているというのに、十八にもなる私と来たら、魔王でもない地獄の帝王如きを倒すのにご先祖様に縋りついてるもんねー」

 

 ハハハハとつい口元から自嘲が溢れてしまった。幼い勇者が魔王を倒したことは手記を読んでいて知っていたが、実際当人を前にしてみると、彼の父親とマスタードラゴンはこんな幼い少年になんちゅー重たい責務を課していたんだろうと憤りを抱いてくる。

 

 確かに、レックス少年の成長を待てるほど、時間に余裕がなかったことは私とて知っている。魔王ミルドラースが魔界から人間界に来てしまうのもあと少しのことだったようだし、何より彼らの家族の命も掛かっていた。

 

 それでも、こんな幼い少年に世界の命運なんて大きなものを背負わせる必要は無いんじゃないかと思えてくる。

 

「ねぇねぇ、ユーリル兄ちゃん。ファミコンって何だろ?」

 

「あいつの言うことは気にしねぇ方がいい。どうせどうでもいいことだろ」

 

「ふーん、そっかー。じゃあ、いいや。それより、ユーリル兄ちゃんはボクの前の勇者なんだよね? やっぱり、僕と全然違うや」

 

「そりゃ違って当然だ。同じ勇者でも姿形も似ていたら気味悪ぃだろ」

 

「うん、確かにそうかも。タバサとは双子だけど、そのタバサとも全く一緒じゃなかったし。あ、でも似ているところもあるんだよ。ボクとタバサは髪の色とか笑った顔はそっくりなんだって」

 

 私が一人で色々考えていると、ご先祖様達はご先祖様達で勝手に盛り上がっていた。ファミコン勇者がその渾名に恥じることなく家族の話をユーリルさんにしている。因みに、ファミコンとはファミリー・コンプレックスの略である。

 

 なんだか除け者にされたようで寂しくなった私はダブル勇者の話に割り込むことにした。

 

「お二人の仲が深まったのは何よりなんだけど、時間もあるからちょっと本題に入らせてね。レックス君はさ、世界を救ったあと天空の装備をどうしたの?」

 

「・・・んっとー、アン姉ちゃんが言いたいのはミルドラースを倒した後は天空の装備は必要ないと思うから何処か別の場所に仕舞ったんじゃないかってこと?」

 

「流石、勇者。私のあれだけの問をここまで噛み砕けるとか」

 

「プサンに返したよ」

 

「「プサン?」」

 

「あ、マスタードラゴンのことね」

 

 そう言えば、レックス君が知るマスタードラゴンはユーリルさんの知るマスタードラゴンとは性質が大分異なっていた。マスタードラゴンって実は役職名のことで、ユーリルさんの知るマスタードラゴンとレックス君の知るマスタードラゴンは別ドラゴンではないかと思ったり、何百年も経てばマスタードラゴンも人間のように心変わりしたりするんだろうかと思ったりしてこの異常なほどに違うマスタードラゴンの性格について深く考えることはあんまりしないようにしてたんだったよ。

 

 まぁ、そんな訳で・・・。

 

「そんな手酷い裏切りを受けたみたいな顔でレックス君を見るのを止めなよ。ユーリルさん」

 

 マスタードラゴンと生涯を通して犬猿の仲であったユーリルさんが、折角少しずつ勇者同士で深めていた仲を速攻で断ち切りそうな程の形相でレックス君を見るのを止めようと思う。

 

「え? 何か可笑しいこと言ったかな・・・ボク?」

 

 ユーリルさんとマスタードラゴンの複雑過ぎる因縁を知らないレックス君は非常に戸惑っている様子だ。それも無理もないことである。普通、勇者とその親のようなマスタードラゴンが此処まで仲悪いとか誰も想像しない。私もユーリルさんの手記を読んでなかったら、こうも簡単にこの状況に馴染めなかったと思う。

 

 私は不安そうなレックス君に無理やり作った笑顔を見せて、精一杯のフォローをするために言葉を連ねた。

 

「何にもレックス君は悪くないよ。ただ、このユーリルさんは勇者のくせにマスタードラゴンとめちゃくちゃ仲悪いんだよね。どれぐらい仲悪いかって言うとマスタードラゴンの名前を聞くだけでこんな顔になっちゃうくらい!」

 

「レックス、アレを信用すると碌な事になんねぇぞ。彼奴はなんだかんだ言って、天空人さえ良ければそれでいいからな」

 

 マスタードラゴンをアレ呼びする勇者は、恐らくユーリルさんしかいない。現にレックス君の片頬が引き攣っている。私の片頬も痙攣してきそうだ。もしかしたら、ユーリルさんは何処かで道を踏み間違えれば、魔王になってしまう可能性もあったのかもしれない。私とレックス君の脳裏にはそんなもしもが疾風のように駆け巡った。もしもを浮かべて更に顔色を悪くする私達をすぐ傍で見てるのにも関わらず、ユーリルさんは尚もマスタードラゴンを野次るのを続ける。

 

「人間なんて魔族よりも害がないから放って置かれてるだけだ。人間が魔族のように天空人を害すようになると、人間を更生させることなんて考えもせず殲滅する方向に奴なら舵を取るだろうからな」

 

 私の家は、勇者や英雄を多く排出しているせいか、世界の善悪の均衡を保つ神様とかドラゴンとか神鳥とかとはそこそこに縁が深い。そのおかげか、私は他の人達よりもその存在の恩恵を知っていることもあって人一倍神様への信仰心は高いと思う。正直、頑張ればシスターにもなれるような気もするが、私は神様の花嫁になる気は若さもあって全然無いためその道を選ぶことはないと思うけど。結婚せずに、純血を保ちなさいとか絶対無理でしょ。

 

「・・・ボクの知ってるマスタードラゴンはそんなことしないよ。だって、マスタードラゴンも長い年月を人間として過ごすことになった時期があったんだもの」

 

 私が場違いなことを考えてると、さっきまで一緒に仲良く青褪めていたレックス君がいつの間にか居住まいを正して、気色ばむユーリルさんと対峙していた。

 

「人間として? アイツが?」

 

「人間になったのは、人間に興味が湧いたからだってプサンーーーマスタードラゴンは言ってた。ユーリルお兄ちゃんが言うマスタードラゴンは人間に厳しかったのかもしれないけど、ボクの時代にいたマスタードラゴンは人間が好きだったよ。マスタードラゴンでいるのは堅苦しいから嫌だって言ってたし。だから、人間に興味が湧いたマスタードラゴンはそのマスタードラゴンとしての力を乖離すると、塔の中に封印して人間界に遊学してたんだ。で、そんなことしてる間にミルドラースに天空城墜落させられちゃって、これはヤバイと思って慌てて天空城に戻ったんだよ」

 

「・・・ごめん。俺今、脳が考えたくないってストライキ起こしてるわ」

 

 レックス君の話をユーリルさんが口も出さずに静かに聞いていたかと思えば、実際は彼にとってあまりに非現実すぎる話に頭がついていかなくて黙ってただけだった。それで微動すらしなかったらしい。ユーリルさんの様々な感情がごった煮返してることは彼の目を見れば一目瞭然で、とても彼を茶化せるような雰囲気じゃない。レックス君のいた時代が、ユーリルさんの時代から何百年と経っているとはいえ、そうも簡単に神様の性格って変わるものだろうかと私も疑っているしね。マスタードラゴンと衝突したこともあるユーリルさんにとってこの事実は、時間をかけて整理するべき案件なのだろう。

 

 レックス君はユーリルさんの困惑しきった様子で色々と察したようだ。見た目は幼いながらも実際は私のご先祖様で、長い生を全うした嘗ての勇者様である。レックス君はそれ以上のことを、ユーリルさんに言い連ねたりはしなかった。

 

「あ、でもトロッコに二十年くらいは乗ってたっけ?」

 

 私はマスタードラゴンにお会いしたことはなく今迄はご先祖様の手記だけの知識しかなかったが、今日二人の話を聞いているうちに段々とその実態に興味が出てきてしまい、マスタードラゴンに会ってみたくなったので、これ以上私の気を引くような発言は両者ともしないで頂きたい。

 

 閑話休題。そろそろ本当に下山を急がないと下山している途中に夜がやってきてしまうので、私はレックス君にマスタードラゴンに天空の装備を預けたあとは一つも見てないかどうか聞いてみた。

 

「世界が平和になった後は、グランバニアの王子としての教育で手一杯だったから正直天空城に遊びに行くこともそんなに無かったかな。タバサの婚約騒動とか、お父さんとヘンリーおじさんが結託してモンスター格闘技場作ったりとか、お母さんが誰にも言わずに世界一周旅行を決行したりとか色々大変だったし」

 

 世界が平和になった後に羽目を外すのはもうどの勇者もセオリーなのかもしれない。いや、レックス君の場合は彼の家族が盛大に外しているんだけども。

 

「レックスは王子様なのか?」

 

「うん、そうだよ。と言ってもウチはお父さんも正式に王族教育受けたわけじゃないから、その子供のボクも中身はほぼ旅人なんけどね。ちょっと色々あって行方不明になったお父さんとお母さんを探すためにあっちこっち行ってたから王子様としての教育もあんまりこの時の年齢では受けてないし、ものの考え方とか価値観はユーリルお兄ちゃんと変わんないと思うよ」

 

「まだ小さいのに苦労してるんだな」

 

「もう昔のことだけどね。でも、お父さんとお母さんとちゃんと再会出来たから良いんだ」

 

 ニカリと白い歯を見せて、本当に幸せそうに笑うレックス君にはユーリルさんも毒気を抜かれたようだ。何処か呆気にとられたような顔でレックス君を見たかと思うと、少し罰が悪そうに「そうかよ」と言うやいなやそっぽを向いていた。ある意味、陰と陽の関係性が成立している勇者様たちなのかもしれない。

 

「あ、話が逸れちゃったね。ボクも魔王を倒したあとは王子として忙しかったんだよね。その後に立太子式や戴冠式を終えて、王様の仕事を何十年かやって隠居する頃には自分が勇者やってたことなんて実感も全然無かったし、伝説の装備なんか覚えてすらいなかったよ」

 

「ってことは、マスタードラゴンに預けたっきり見てないってことだよね?」

 

「うん!」

 

 ちらりと前持ち主に目を向けると、段々と色が変わってきた空を遠い目をして見ていた。そりゃ、勇者稼業にああも悶々としていたのに、その後任がこんな調子だとあんな目もしたくもなるよね。しかし、捻くれ勇者よりも陽気な勇者の方が武具の扱いが悪いとはこれ如何に。

 

「ってことは、今何処に伝説の装備があるのか知ってそうなのってマスタードラゴンってことだよね?」

 

「また湖なんかに落ちてなかったら、多分天空城は天空の塔から行けるんじゃないかな。マスタードラゴンも人間が訪問しやすいように天空の塔付近に城を構えておくって言ってたような気がするし」

 

「またあの七面倒臭い塔を登らねぇとなんねぇのかよ」

 

 いつの間にか黄昏モードから復活していたユーリルさんが話に加わってきて、二人の言う天空の塔を思い出してか重たい溜息を吐いている。なんだかんだ言って、もしマスタードラゴンに私が会いに行くことになったら、この人は付いてきてくれるつもりみたいだ。こういう所が本当にお人好しだわ、ユーリルさん。

 

 しかし、天空の塔から天空城に行く気満々の二人に私はある事実を伝えなければならない。盛り上がってるところ悪いが、悪い話は早々に終えておくべきだと思うしね。なので、私はとっととその水差しになり得る事実を投下した。

 

「そんな塔、もう現存してないよ」

 

「「・・・は(え)?」」

 

「貴方方の時代から何千年経ってると思ってるの? マスタードラゴンも天空の塔も最早御伽話として覚えてる人が少ないくらいだよ。研究テーマとして扱う研究者も、もう片手で数えられるくらいしかいないマイナー分野となってるし。それに、そもそも今の時代に信仰されてる神様自体がマスタードラゴンじゃないから」

 

 ユーリルさんとレックス君の一挙手一投足どころか内心まで揃ったのはこの時が初めてだったと思う。二人して目を大きく見開いて、「「は(え)ーーーーーー!?」」と驚き叫ぶ様は、同じ血が通っていないのに何処か似ているように思えた。

 

 





双子の母親は、公式攻略本で双子の髪色が金髪で掲載されているので彼女に決定しました




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この世界は平和じゃありませんでした

 

 

 時代を越えて私のもとに現れた二人の天空の勇者との邂逅が数時間前の出来事だ。まるで、白昼夢を見ていたかのようなあり得ない体験に今頃になってその奇怪性を実感してきた。

 

 マスタードラゴンが伝説の装備の行方を知ってるんじゃないかと言う話になった頃に、いよいよもって下山しないとヤバイ私は、また明日この話をしようと強引に話をまとめて二人に暇を告げた。二人は二人で私抜きで積もる話があるらしく、私が帰ったあともあれこれ花を咲かせるつもりのようで、引き止められることもなくバイバイと手を振られた。ああも呆気無くバイバイと言われたら、それもそれで寂しくなるんだけどそれをレックス君に言うのはともかく、ユーリルさんに伝えるのは癪なので私も負けじと手を振って山を下りた。

 

 ・・・・・まぁ、でも普通だったら勇者同士で会うことなんてあるはずもないしなぁ。積もる話なんてそれこそ山のようにあっても可笑しくないか。それに何千年と永眠していたら人恋しくもなる・・・・・のかもしれないし。いや、一回起きてしまったのだから永眠とは言えないのかもしれない。

 

 霊山を下山した頃には辺りは満月が出ているとはいえ、すっかり暗くなっており、あともうちょっと遅かったら夜の真っ暗闇の中を下りてこなければならなかったのかもしれない。ただでさえ、夕方の薄暗闇の中整備されているとはいえ、山道を歩くのは少し怖かったのだ。ランタンを持ってきてるとはいえ、流石に山道をランタンの明かりだけを頼りにして歩きたくはない。霊山は広葉樹林で覆われているし、何より木自体がレックス君も言ってたとおり、普通の木よりもふた回りくらい大きいから月光も余裕で遮ってしまうので本当にランタンだけが唯一の光源になってしまうのだ。

 

 霊山の麓にポツネンと存在する少しガタついている宿屋は、人気のない場所にある割には繁盛する。そもそも、この宿屋自体貸し出ししている部屋が四つしかないという営業する気あるのかと言うような具合なのだ。今日も遅くはなったが、駆け込んだかいがあって残りの一室をゲット出来た。

 

「おー、アンちゃん。こんな時期に墓参りかい? こんなに礼を尽くしんてるんだから、きっとアンちゃんのことをご先祖様は見守ってくださるよ」

 

「だと良いんですけどねー」

 

 一年に二回も通っていることもあって、此処の宿屋の店主とはすっかり顔馴染みだ。寧ろ、この宿屋が霊山の麓に居を構えてからはアルバトロス家御用達みたいになってるので、私の祖父祖母や父母もこの店主はよく知っている。

 

 店主のいつもの言葉に普段であれば笑って済ませられるのだが、今日は実際にそのご先祖様と対面して話してきたのだ。返す言葉はいつもと同じなのにそれに付随する笑顔が引き攣って仕方がない。

 

 想像というか、理想通りのご先祖様達であればこんなにも笑顔に苦労したりしなかっただろう。しかし、生憎とウチのご先祖様はそんな凡人の理想を体現してくれる方々ではなかった。

 

 ・・・・・エスタークの復活を阻止するよりも、ご先祖様絡みの案件の方が実は結構ヤバイんじゃないかなぁ。エスタークの元に辿り着ける気が段々としなくなってきた。

 

 店主から部屋のキーを受け取って、階段を登って貸してもらった自分の部屋へと向かう。この宿屋は昨今では珍しい木造建築だ。火の扱いを間違えたらたちどころにして大惨事である。そんなこと絶対しないけどさ。部屋のドアを開けて、ずっと背負っていたリュックを部屋の隅へと放ると早々に真ん中に設置されているシングルベッドにダイブした。日中は天日干しされていたのか、ダイブした布団からはお日様の香ばしい匂いがした。枕に頬を擦り寄せて、はぁと今日の数々を思い出して重たい溜息を吐く。昨日から前途多難続きで頭はキャパオーバーだ。

 

 昨日はエスタークに会いに行かなきゃ。

 今日は居もしないマスタードラゴンに会わなきゃ。

 

 だって、ユーリルさん曰く『エスタークは勇者ならば倒せる』存在なんでしょ? だから、ユーリルさんは子供の頃から魔物達にその存在を狙われていた。そして故郷を滅ぼされ、大事な人達を一瞬にして亡くしてしまった。

 

 嗚呼ーーーーーそう言えば、勇者を子供の頃から狙うっていうのは魔物達の常套句なのか、レックス君が生まれた時も魔物が沢山の子供を攫っていたんだっけか。

 

 やっぱり、勇者って存在は魔物にとっては随分と都合の悪い存在なんだなぁ。

 

 照明に火を入れてないせいで、部屋の光源は月光だけで酷く視界は頼りない。だけども今日は満月だ。霊山では、背の高い木々が月光を遮ってしまうから夜の山道は朔月の時のように暗くなってしまうけども、平地にある宿屋の部屋の中には余裕で届く。観音扉型のガラス窓から漏れる月光は何処か幻想的で、鎧戸で閉じてしまうのは少し勿体無いような気がしてくる。

 

 ガラス窓の窓枠の影が月光に照らされると、細長い影になって伸びていく。ベッドに寝転ぶ私の下まで伸びてくると一瞬だけ青白い星屑のような光が弾け飛んだように見えた。

 

「・・・・・ん?」

 

 影が伸びるのってこんなに早かったっけ? そもそも満月が空の真上に君臨するのは日付が変わる午前十二時だよね? まだ七時過ぎくらいの筈なのにこんな月の上りが早いのってなんか可笑しくない?

 

 そんなことを考えだすと、今日の不思議な出来事を思い返すこともどうでも良くなって、私の頭はこの異常事態についての思考で埋め尽くされた。寝転んでいたベッドから飛び降りて窓枠へと近寄り手を掛けると、そっとガラス窓の取っ手に手を掛ける。

 

「ーーーっ!!」

 

 バチッと青白い星屑がガラス窓の取っ手に触れた瞬間に散って、私の手を容易に弾いた。

 

「な、なんじゃこりゃ」

 

 不可思議な現象はこれだけじゃない。すぐ背後から琴の細い旋律が流れてきた。反射で背後を振り返るも、背後にはただの白壁があるのみだ。否、ただの白壁と言うのには語弊がある。白壁には窓枠で出来た影が映しだされていた。そこが可笑しなことに少しだけ開いて、向こうの様子を見せている。

 

 って、向こうの様子!? 影の向こう側ってそれこそなんじゃそりゃ!!

 

 私の影は普通の長さなのに、窓枠の影だけが長く伸びていることにも疑問は残る。あの影の向こう側から琴の旋律が聞こえてくるのは最早明白だ。

 

 向こう側が、害のある世界なのか、それとも害のない世界なのかは分からない。

 

 無意識に飲み込んだ生唾の音に自分で驚く。あまりにも小心者な行動に我ながら泣けてくるが、少しくらい近づいても問題ないだろうと考えて恐る恐るとその不思議な窓枠の影に歩み寄ってみる。

 

「ちょっとくらい、中覗けないかな」

 

 向こう側が妖精の国だったら、手記で読んだ記憶があるから全然大丈夫なんだけどさ。あ、でも、ロトの勇者様の人達の中で誰か妖精にはもう関わりたくないって言ってたっけ? でも、レックス君の手記には妖精は肯定的なことしか書かれてなかったしーーーーーいや、あの子の性格上あんまり否定的なことは書かないか。

 

 ・・・・・ん? 手記?

 

 そう言えば、窓枠の向こう側の世界について誰かが何か書いてなかったっけ?

 

 えっとーーーーーモグラの歌はもう聞きたくない?

 

 一瞬掴みかけた何かに意識を飛ばしていたことが災いしたのだろう。手に何か当たったなと思って見れば、ばっちり窓枠の影に壁ドンしてた。

 

「あ・・・・・」

 

 待ってましたと言わんばかりに、壁ドンしてる私の掌の向こうから溢れ出る大量の白い光。遅すぎる後悔が滝の如くこの身を襲う。私の馬鹿っ! 小心者の癖に詰めが甘いからいっつもしなくていい苦労をするんだよ!! 眩い光が視界を一瞬にして奪い、目を焼いた。堪らなくなって、瞼を閉じたが最後。私はたった数秒の間に、宿屋の与えられた部屋から別の場所へとワープしていた。

 

 自分の無事を確かめたくて、直ぐに目を開けると視界には大量の黒い斑点が繁殖していた。完全に、あの閃光みたいな光に視界がやられてしまってる。視界の復旧にそう時間はかからず、黒の反転が全て撤回する頃には私はこのメルヘンな場所の全容を目にしていた。

 

 足元に広がるのはキノコの傘を広げたような形をした円形の足場だ。それが段々に連なってる先にある洒落た形をした小さな小屋。青白くも白い神秘的な空間に漂うのは琴の旋律の他にも様々な楽器の音色で溢れているのだが、生憎と楽器に全く詳しくない私は「年末に教会で開かれるチャリティーコンサートみたいだなぁ」という大味な感想を抱くのみである。足場の下を見るのは怖いので見ないようにして歩き、取り敢えずは小屋の前までは来てみた。

 

 害の有りそうな場所ではないと思う。此処は、私がいた世界とは違うと思うけど、多分妖精界とかそういう善なる場所に近しい所だとは思う。何より空気がとても澄み切っていて、静謐称えるこの場所に私の方が場違いじゃないかと思えてくるんだよね。

 

 小屋の扉を恐恐と少し開いて中を覗くとそこは一間しかなく、数段しかない階の掛かる祭壇の上では、紫がかった青い長髪を背に流す青年が竪琴を抱えてこそこそと覗く私に微笑を浮かべていた。

 

「ようこそ、人間のお客人。此処は月の世界だ。ようこそ、私の世界へ」

 

「ひっ!」

 

 あれは絶対人間じゃない! 無駄に美形だし、耳尖ってるし、声音は耳に心地良い低音だけど、容姿は性別の境界線を曖昧にしている。こういう輩は絶対、平凡なカフェ店員の身に余る格上の素性を隠し持ってるんだよ!!

 

「私を見て、そうも驚く人間のお客人は三千年ぶりに見たような気がする」

 この人、サクッと三千年ぶりにとか言っちゃってるよ! 嗚呼、私が予想しているよりもっと格上だ、この人。実はマスタードラゴンと同じくらいの位置にいる人じゃないだろうな。

 

 そんな存在にこそこそ伺ってるのも失礼過ぎるような気がして、とうとう観念した私は小屋の中へとお邪魔することにした。祭壇の上で私を見下ろしているその人は片手で私を手招く。こちらへ来いと格上様が仰せだ。一介の人間が歯向かえる訳もないので、私は大人しくその人(?)の仰せの通りに階を上がって、彼の目前にまでやって来た。

 

「おお、そうだ。千年程は自己紹介をしていなかったからか、まだ名を告げて居なかったな。私は、イシュマウリ。月の世界に生まれしもの。月の世界を作りしもの。そして人々の嘆きを癒すものでもある」

 

「・・・・・ああああっ!!? 思い出した!! ヘチマ売りだ!! この人!!」

 

「ん? 私はその様な地上のものを売った記憶は無いが」

 

「あ、名前の覚え方なんで、気にしないでください」

 

「そうか」

 

 私の数いる偉大なご先祖様の一人の手記に書かれていたその名は悠久の時を生きる、この世の理の外で生きる御仁だ。月に紐付く神格なのだろうとご先祖様は考察していた。ご先祖様曰く、この御仁は、この月の世界に訪れた人物の願いを叶える大層太っ腹な神様らしい。実際、ご先祖様はイシュマウリさんがとある国の王様の願いを叶えているところを見てるし、ご先祖様自身の願いも叶えてもらっている。そもそも、この世界に通じる月影の窓は人々の願いに応えて開くものなのだ。

 

「・・・ってあれ? 私、何にもお願いしてないけど来れちゃったよね?」

 

「今回は特例なのだ。私がそなたーーーーーアンを呼んだのだから」

 

「え? イシュマウリさんが私を呼んだの?」

 

 吃驚な話の展開につい敬語が抜けてしまう。しかし、この神様は酔狂なことに人間の願いを叶えまくっている御仁なのだ。たかだか小娘の不作法など気にしてないようでマイペースに頷くや、その訳を話し始める。

 

「偉大な勇者や英雄の血を引く、地上最後の勇者、アンよ。そなたが会おうとしているマスタードラゴンの復活は私も望んでいることなのだ。今日はその手伝いをしようと貴女を呼んだまで」

 

「・・・・・え、私って勇者なんですか?」

 

「実際は、上弦の勇者とでも言うべきなのかもしれないがーーーーーまぁ、時が満ちれば否応なくそなたは真の勇者になれる」

 

「要するに、足りないだらけの勇者なんですね」

 

「そう臍を曲げることもない。確かに今のそなたには今迄の勇者程の豪も賢も、運でさえ無いだろう」

 

「なんかすっごい酷いことを言われてるのは分かります」

 

「だが、そなたには沢山の武器を振るうことができる手がある。知恵を絞れる沢山の頭がある。使い方によっては、過去最強の勇者となれるだろう」

 

「それって、それこそ進化の秘宝でも使わない限りはできないことなんじゃないですか」

 

 イシュマウリさんの言うことがどうも魔物にでもならければ、出来ないことのように思えてきてユーリルさんに聞かれたら大目玉を食らわされそうなことをつい口にしてしまう。

 

 取り敢えず、黄金の腕輪を探すことから始めようかな。

 

「進化の秘宝か。あれも使い方によっては善にもなる。そなたのその力も同じだ。力に溺れれば、そなたは最後の勇者ではなく、最後の魔王となるだろう」

 

「最後の勇者になるか、最後の魔王になるかの二択って極端ですね。私にそんな力があるようには思えないですけど」

 

 イシュマウリさんの言うことがイマイチピンと来ずに、片頬をポリポリと人差し指で掻く。

 

「勇者はともかく、魔王に堕ちてしまうことなんて存外簡単なことだ。人間は弱い、だから魔が差す。魔王に堕ちる切っ掛けというものは至って些細なことなのだ」

 

 イシュマウリさんの忠告は思ったよりも私の胸を打った。私は、勇者や英雄達の手記をそれこそ飽きるほどに読み漁った。その中には、何故魔王が誕生してしまったのかの記述も存在する。

 

 悠久の時間の中で、いつの間にか悪の心に染まってしまった神様。

 

 愛する人を失った悲しみで魔王になってしまった魔族の王。

 

 人間を憎む余りに堕天してしまった大天使。

 

 レックス君が倒したミルドラースは、元々人間だったらしい。何がきっかけで魔王になってしまったのかは分からないが、人間が魔王になることは大して珍しいことではないのだ。

 

「人間にとって親しいのは光よりも闇なのだろう。ただ、人間は光が無くては生きてはいけない。光と闇は相反する性質を持つが、人間はそれをうまく調節して生きる事が出来る稀有な存在だ。だからこそ、勇者にもなれる。その対として魔王にもなれる。そもそも勇者と魔王は裏表の関係性にあるのだ。そう、例えば太陽と月のように」

 

 そうだ。今日の昼に、ユーリルさんに私が思ったことだ。

 

 もし、ユーリルさんが何もかもを憎んで世界を壊そうとしたら彼はきっと、魔王になっていたんじゃないかってあの時、唐突に思ったんだった。

 

 ユーリルさんが魔王になってたら、多分私生まれてないんだろうな。よくぞ、ギリギリの瀬戸際で踏みとどまってくれたと思う。そして、そんな事の原因を生み出してくれたマスタードラゴンにはいよいよ持って会いたくなくなってきたよ。

 

「マスタードラゴンって、絶対復活させなきゃ駄目ですかね?」

 

「ふむ。実はこの世界には今、誰の守護も掛かってない状態なのだ。精霊ルビス、神鳥ラーミアーーー嗚呼、今はレティスだったかーーーそれにゼニス王ことマスタードラゴン、名もなき神、創造神グランゼニス、世界樹や妖精、精霊もいないこの世界ははっきり言って歪だ」

 

「・・・・・え? 今この世界に仮にですよ、魔王なんて大層なものが生まれたら終わりですか?」

 

「終わりであろう。そもそも見守るモノがいないのに何故世の理が回っているのかが私には不思議だ。太陽と月は通常通りに運動している。地上の生物の営みに異変はない。時間の流れに誤差も起きてない。一体、誰の摂理に則って動いてるのか」

 

「えーと、イシュマウリさんの摂理ってことは?」

 

「私は基本、地上のものには不干渉なのだ。そもそも私は旧き世界に属するもの。まぁ先程、私が名を挙げたものらも旧き世界のものには違いないが、旧き世界を新しき世界に作りなおしてきたものたちでもあるのだから問題はないだろう」

 

 ごく生真面目に違うと言い切るイシュマウリさんに段々と、自分の世界のことながら怖くなってきた。何で心臓ない状態で生きてるんだと言われてるのと同じくらい怖い。

 

 知らなくてもいい重大な秘密を知ってしまって動悸がしてきた。ドクドクと激しく動く心臓を宥めようと一度深く深呼吸をし、私はイシュマウリさんに臆していたことも忘れて彼の竪琴を抱いている手を縋るように掴んだ。

 

「復活させましょう! マスタードラゴン!! 何なら次いでに、他の神様諸々も復活させましょうか?」

 

「やる気になったのは良いが、先ずはマスタードラゴンだけで良い。彼が復活したあとは、世界樹と、それから精霊達くらいは呼び戻した方が良いか」

 

 意気込む私の気迫に若干イシュマウリさんが気圧されているが、此方は生きてる世界の命運掛かってるんだ。くそう、全然あの世界平和じゃないじゃん。エスターク復活する前に下手したら違う魔王爆誕して一貫の終わりだよ。何で庇護してくれる神様や精霊様は皆して居なくなったのか。

 

 謎が謎を呼び、仮初の平和の像が引き剥がされていく。

 

 まるで、この展開ーーーーー。

 

「エスタード島の話みたい」

 

 水の精霊の加護を受けし少年が残した手記に記された実話と今の状況は神様と精霊がいないっていう輪郭だけ見れば同じことのように思える。

 

 神の手によって精霊様や英雄は尽く封印されていたし、その当の神様はと言えば魔王と相打ち(?)したのとと、自分の眷属を軒並み封印したのとで力を失い、後の処理を人間達に丸投げして世界を守ることを放棄してたし。

 

「あー、なんか今回もお上の好き勝手が起こした騒動に人間が巻き込まれただけのような気がしてきた。大体どいつもこいつも気軽に人間滅ぼそうとしたり、後処理丸投げしてきたり、そもそも人間嫌っていたりと本能的に生き過ぎてるんだよ!!」

 

 うがーっとイシュウマウリさんの手を握ったまま吼えたら、イシュウマウリさんに落ち着けと宥められた。この人にこんなことをさせたことが罪深いことのように思えてきて、その後は黙ってマスタードラゴン復活計画をイシュウマウリさんと練りましたとも。

 

 







3DSでイシュマウリさんの声を聞いてビビったのは私だけじゃないと思いたいです。


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天空の勇者揃い踏み

 

 

 

「ってな訳で、マスタードラゴンを復活させることになりました! いやぁ、まさかこんなに簡単に天空の装備問題とか、それ以前のマスタードラゴンって今いないけどどうすんの問題とか手っ取り早く片がつくとは思わなかったよねー」

 

「どうも話がトントン拍子に行き過ぎて、きな臭ぇような気がする」

 

「でもユーリル兄ちゃん。そのイシュ、イシュマ、いしゅまうりさんって人はアン姉ちゃんの知り合いみたいだよ? ボクはその人を信用しても良いと思うけどな」

 

「レックス君、無理にイシュマウリって呼ばなくても良いんだよ。ご先祖様の仲間の一人はヘチマ売りって呼んでたからレックス君もそう呼べばいいよ」

 

「あ、なるほど! 確かにヘチマ売りと語感が似てるね、イシュマウリさん!」

 

「ヤンガスさんって、十歳児以下の脳筋だったんだなぁ」

 

「で、そのヘチマ売りの言うとおりにマスタードラゴンを復活させるとして、何処に行きゃあ良いんだ?」

 

 某盗賊さんと同じレベルの脳味噌をお持ちらしい我がご先祖様の一人であるユーリルさんが今日も今日とてアルバトロス家のお墓の土台に腰掛ける中、レックス君はちゃんと行儀よく私の隣で月の世界で起きた不可思議な話を聞いてくれていた。同じ勇者とはいえ、育ちには並ならぬ差があるようだ。流石王族のレックス君と褒めるべきか、それとも山奥のがき大将はマナーだけ学び忘れたのかと野次るべきか。どちらにしろあの三白眼で睨まれるのは目に見えてるので、口は閉ざしていることにする。

 

 まだ真上に太陽が登りきらない朝の清々しい空気の中、昨日問題になったマスタードラゴンの所在が不思議な月の世界で昨晩発覚したので、彼らにもその話を語って聞かせてみたところだ。二人は私が来ると何やらビビビと察知するものがあるらしく、私がお墓の前にやってくる前に既に姿を顕現させて私の到着を待っていた。

 

 そして、無表情でも迫力のあるユーリルさんとニコニコ笑顔を浮かべて出迎えてくれたレックス君に私も片手を上げて、挨拶もそこそこにこうやって話し込むことになった訳だ。

 

「夢の世界だってさ」

 

「「・・・夢?」」

 

「そう。夢の世界」

 

 二人して直ぐに私の顔を疑うように見てくるのは止めてくれないだろうか。そう言えば、天空の勇者といえども、この二人には夢の世界は馴染のない話であったっけ?

 

「アン姉ちゃん、もしかしてさっきの話は夢の話だった?」

 

「お前、もしレックスの言うとおりなんだったら早めに白状したほうが身のためだぜ」

 

「ユーリル兄ちゃんもそんなに怒んないでやってよ。アン姉ちゃんだって、多分まだ色々混乱してるんだよ。ボクもユーリル兄ちゃんも怒らないから、アン姉ちゃんもちゃんと本当のことを言っていいんだよ?」

 

 ユーリルさんに詰られるのはともかく、レックス君に宥められるのはちょっと胸が痛くなってくるので早々に夢の世界についての詳細な話をしようと思う。

 

 ・・・・・天空の勇者二人に正気を疑われた人間って、多分私が最初で最後だろうなぁ。

 

「ユーリルさんの前の勇者、つまり初代の天空の勇者の頃の魔王の話を今から少しだけするんで、二人共耳の穴をかっぽじってよく聞いてくださいね」

 

 ニコッと笑って二人にそう告げたら、二人共少しだけ顔色が悪くなった。声がいつもより若干低くて、目がいつもよりも据わってたかもしれないけど、でもそれ以外はいつもと同じだから二人の様子がなんで変わったのかは私は分かんないなぁ。

 

 ・・・・・・まぁ何にせよ、二人が私の話を真剣に聞いてくれればそれで良いんだよ。

 

 初代の天空の勇者が倒した魔王は、人間界だけでなく、夢の世界にまでその魔手を伸ばそうとしていた。地上に生きる生物は夢を見る。人間じゃなくとも、犬や猫といった動物や声を発さない草花だって眠りにつけば夢の世界の住人になり得るのだ。

 

 そんな夢の世界は、誰も彼もの望みを叶えた。

 

 夢の中では、なりたい姿ややってみたいことが自由自在に出来る。夢の世界はその名のとおり、その原理が適用されるのだ。空飛ぶベッドで世界を一周することもできるし、過去の悲劇に手を差し伸べて、より良い方向へと導くこともできる。初代の勇者は最初は意図していなかったが、夢の世界で人々を助けていき、それが現実の世界を救うことにもなるのだと気付けば更に積極的に人を助けることにした。彼には他にも、夢の世界を冒険しなければならない理由があったのだがそれはさておき。

 

「現実にはもう天空城もマスタードラゴンもいないけど、夢の世界なら存在するみたいなんだ。多分、夢の世界でマスタードラゴンに接触出来れば、あとはイシュマウリさんに全部放り投げーーー押しつけーーー任せてしまったほうがいいかなぁと思うんだよね」

 

「お前、もうちょっと本音を隠すということを覚えた方がいいぜ」

 

「ユーリルさんにだけは言われたくないよ! レックス君相手に大人気ないことしたユーリルさんには!!」

 

 さらっと昨日自分がやったことを棚に上げて、私を非難してくるので勿論全力で打ち返しておきましたとも。レックス君がマスタードラゴンを頼りにしてたら、裏切られたみたいな顔してたこの人にだけは本当に言われたくないものである。

 

 私からカウンター攻撃を受けたユーリルさんはと言えば、間違って酸っぱいものを食べたような顔をしている。でも、そんな顔をしていたのも一瞬のことで直ぐに不機嫌そうな顔つきになるや顔をふいっと私から逸らしていた。やっぱり、本音を隠す練習するのって私よりもユーリルさんが先にやったほうが良いと思う。

 

「夢の世界かー。とっても面白そうな場所だね! タバサに言ったら羨ましがられるなぁ、きっと」

 

「面白いと思うよー。ひょうたん島で海を渡ったり、ベッドに乗って世界を旅行したり! あと、魔法都市カルベローナに行って今度こそマダンテ習得だ!!」

 

「わー! ベッドに乗って世界を巡れるの? 魔法の絨毯じゃなくてベッドに乗って冒険するのって初めてだ!」

 

「・・・・・今ならちょっとミネアやブライの気持ちが分かりそうだぜ。次会えたら、真っ先にあの二人には謝っとこう」

 

 ユーリルさんが一人あさっての方向を見ているけど、それは気にしたら負けだ。私もレックス君も気分は最高潮!彼女の家まで十五分!自分でも何を言ってるのか分からなくなってるくらいにはハイテンションで、今ならタダのカフェ店員でもスライムを素手で一発で伸せそうだ。

 

「ってな訳で! 今度は夢の世界に先だって行ってくださってる先輩に縋ろうと思います!」

 

 指をぴしっと今日も眩い晴天に向かって突きつけて情けない宣言を口にすると、あさっての方向で黄昏れていたユーリルさんが「彼奴、俺達を便利屋か何かと勘違いしてるんじゃねぇか」となにやら最もなことをボヤいてるのが聞こえたが、これも普通にスルーすることにした。

 

「初代の勇者様ってどんな人なんだろう? やっぱりユーリル兄ちゃんみたいな感じなのかな?」

 

 レックス君。へそ曲がり勇者が二人も居たら、それはいよいよもってマスタードラゴンの人を見る目の無さを疑わなければならないよ。レックス君の純粋な疑問に私は大人気なくそんな返しを思い浮かべていた。

 

 今日は元より初代の天空の勇者様に縋り付く予定だったので、予め線香は宿屋で購入していた。一応、まだ家から持って来てる分が少し余っていたが、この人生何があるのか分からないので補充しといて損はないだろうと思ったのだ。もしかしたら、初代の天空の勇者様以外にも縋りつかなければならないご先祖様がいらっしゃるかもしれないし。そろそろ大人なご先祖様にお会いしたいところだけど、次のご先祖様はどうかな? 手記を見てる感じ、ユーリルさんよりかは大人なような気はするけど。

 

 背負っていたリュックから線香を取り出して、やっぱり極小ギラで火をつける。

 

「アン姉ちゃん、すっごく器用だね。タバサもよく魔法を大きくしたり小さくしたりしてたけど、ここまで小さなギラは初めて見るよ」

 

 大きなお目目をキラキラさせて、すごいすごいと賞賛してくれるレックス君には申し訳ないけど言わせてほしい。

 

 どいつもこいつも人のギラの使い道に興味を示さないで!! うう、先天的に偉大な魔法を使える勇者なんて高ステータスには絶対私のこの惨めな気持ちは分かるまい。

 

 相も変わらず、心に特大のメラゾーマでも食らったかのような火傷をおって、私は細い煙を上げる線香を片手にアルバトロス家のお墓の前まで行き、いつもの手順で線香をお供えする。その際に、人が大火傷を負っている現場をニヤニヤと意地悪く眺めていたユーリルさんをお墓から追っ払といた。あんなに底意地悪くて、ドロドロしてるユーリルさんでも勇者になれるんだったら、そりゃ私も勇者になれるわな。

 

 ユーリルさんが居なくなってスッキリしたお墓に手を二回合わせて、ご先祖様に祈る(縋る)ために目を瞑る。

 

 ーーーーー初代の天空の勇者であったご先祖様。お初にお目にかかります、貴方の平凡な子孫であるアンというものです。この度は貴方のお力をお借りしたくて参りました。今、私が住む世界には神も世界樹も、精霊すらいない状況らしいのです。なので、その神を復活させるために私は夢の世界へと行かなければなりません。そこで、貴方に力を貸して欲しいのです。どうか、夢の世界の案内をしてくれないでしょうか? 出来れば、魔法都市カルベローナで私がマダンテを習得できるように便宜をはからってくださるとなお嬉しいです。あ、何なら勇者様が私にメガンテとミナデインを教えてくださると私はもっと嬉しいです。

 

「・・・悪い。マダンテは分からないが、メガンテとミナデインは、多分君じゃあ精神力が足りなくて唱えられないと思う」

 

 もうお馴染みだが、背後からユーリルさんよりも少しだけ軽い男声が聞こえてきた。やはり、いつもの如く反射で背後を振り返って、私はその声の持ち主を視界に入れる。

 

 初代の天空の勇者。ユーリルさんやレックス君よりも、更にもっと前の勇者様は、やはりあの二人の前の勇者様なだけあってなかなかに曲者そうな見た目をしていた。

 

「ちゃ、チャラそう!! え? まさか本当に、貴方が最初の天空の勇者様で間違いないでしょうか?」

 

「・・・天空のかどうかは分からないが、ゼニス王から勇者だとは言われている」

 

「うん、最初の天空の勇者で間違いないね。シスコン拗らせて、とうとう血の繋がっていない妹をゲットしたイザさんだ!」

 

「・・・人聞き悪いことこの上ないな。確かにターニアのことはあるが、そんな人聞き悪いことを言われるほどのことはしてないぞ」

 

 ユーリルさんとレックス君の背後に立つイザさんは、そのとても目立つ逆立った青髪を揺らして、困ったように頬を掻いている。左耳には金色のピアスが連なってるし、袖のないチュニックを着ているのでそこから除く丸太のような腕は筋肉で筋張っている。

 

 ユーリルさんは人相悪いけど、少し中性的なイケメン。レックス君はまだ幼いこともあって格好いいよりも可愛いが似合う顔をしているが、あれは多分、将来女泣かせの異名を持つ顔をしている。で、イザさんはワイルドさがあるイケメンだ。笑うと多分爽やかになるタイプだな。

 

  ・・・・・勇者って、もしかして顔審査なのか。だから、多少性格に難があっても勇者になれるのかな。ってことは、私も実は結構美人な部類に入ったりして!?

 

 うん、ちょっと夢の世界に行く前から現実逃避しようとしてたね。

 

 本人は自覚していないようだが、彼こそが最初の天空の勇者、イザ・レイドック。

 

 まだ天空城にクラウド城という名があり、マスタードラゴンがゼニス王と呼ばれていた頃に現れた稀代の勇者。

 

 レイドックの王子でありながらも魔王討伐に名乗りを上げたが、志半ばである魔王幹部によって精神を夢の世界へと飛ばされたことで記憶喪失になった苦労人でもある。

 

 我が家に入るためにわざわざ自分の変装をした人なんて、多分この人くらいだと思う。

 

「そう言えば、此処は何処だ? そもそも俺はなんで生きてる?」

 

 そういや、その辺のちゃんとした説明をまたしなきゃならないんだね。一応、縋ってる時に今回は極々簡潔に自己紹介とかお縋り内容も言っておいたんだけど、そっちはあんまり記憶に残らないのかな。

 

「此処は未来だよ! イザ兄ちゃんがいた頃よりも、もっとずーっと先のね」

 

「そっちの騒がしいのがお前や俺達の子孫だ。コイツが俺達を呼び出した」

 

 取り敢えず、順序も何にもない好き勝手な説明は余計な手間しか生まないので、少しの間、二代目と三代目は大人しくしていただけないかな。ほら、貴方達があーだこーだ言うからイザさんの頭から湯気が出てるよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 姦しい二代目と三代目から初代をもぎ取って、少し離れたところに隔離し、私はもう三度目となる私と御先祖様の関係性、すがりついた理由、今の世界の状況などを四十五分かけて説明した。イザさんはその逞しい腕の筋肉を見た時から思っていたのだが、やっぱりこの人、筋肉でものを考える人だったよ。その癖、元王子だから変に頭が回っちゃってちゃんと理解できるまでの道程が長い。何であれは単純に理解したのに、これはそんなに難しく考えて理解出来ないのかなぁってことが山盛りだ。

 

 ・・・・・多分、ユーリルさんって私と結構感性近いんだろうなぁ。だから、たったの三十分で私の説明を全部理解出来たんだろう。

 

 ただ、順応性ならばイザさんもほかの勇者に負けていない。勇者という職業は順応性が無かったら出来ないもんね。

 

 四十五分で私との関係性を理解したイザさんは、チュニックから覗く逞しい両腕を組んで私に「なるほどな」と理解の言葉を発した。

 

「話は分かった。案内くらいは構わないが、それでどうやって夢の世界に行くんだ?」

 

「イシュマウリさんがバビューンと連れていってくれるらしいので、その辺は気にしなくていいよー」

 

「い、ヘチマ売りがか?」

 

 お前もか、イザさん。寧ろ、自分で思いついてそう呼ぶ方が勇者としては色々と不味いと思う。某山賊と感性一緒とか、どうやって世界平和を齎したのか謎になってきたよ。

 

「ま、今は楽にしててよ。あの人の所に行くためには夜を待たないと駄目だからさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

 時刻は満月が中天に上る時間。昼間の陽気さは鳴りを潜め、すっかり夜間の静寂さが満ちる中、私と彼等は霊山の麓にある宿屋の部屋の一角に集まって各々の好きな態勢で例の窓を囲っていた。

 

 ベッドに腰掛けて満月の映る窓を訝しげに見詰めるユーリルさん。

 

 窓の燦に手を置いて頬杖をつき、夜空をうっそりと眺めるレックス君。

 

 壁に体を預けて腕を組み、両目を瞑って何か考え事をしているイザさん。

 

 天空の勇者と纏めて称される彼等もこうして見ればやっぱり唯の人なのだと改めて思う。その血に天空人の血が混じっているのだろうけど背中に羽は生えていないし、浮世離れした雰囲気を醸し出している訳でもないし。

 

 ーーーーーどちらかと言うと、私としては他のことに改めて衝撃を受けてるわけなんだよね。

 

「皆ってさ、本当にお墓が近くに無くてもウロウロ出来るんだね・・・」

 

 ベッド枠に手を置いて、ご先祖様を観察していた私が一番引っかかっていたのはそれだった。

 

 どんなに偉大で何でもありな勇者様達と言えども、彼らは今、幽霊であることに変わりない。私が騒いで縋ってみると何故か冥府からのこのこ帰ってきたこのご先祖様は、どうやら自分の肉体(もうあるかどうかすら分からないけど)が眠る墓石から離れて活動することが可能なようだ。

 

 ・・・・・・マジ何でもありかよと張本人ながら思うよね。

 

 この状況について、そこそこの衝撃を受けている私とは正反対の境地にいるらしい彼等は私の言いたいことを察知できないらしい。ユーリルさんがあの三白眼を窓から外し、私に酷く面倒そうな顔を向けると口を開いた。

 

「ウロウロって、俺達を徘徊する老人扱いすんのか? どう見ても若さしかねぇだろ」

 

「いや、老人扱いっていうか、地縛霊扱いっていうか」

 

「あ、そっか。そう言えば、ボク達ってユーレイだったよね。もう死んでる訳だし」

 

 ポンと掌で拳を打ってあっけらかんと自分達を幽霊だと言い放つのは最年少勇者のレックス君だ。感性が体の年齢に引っ張られるのだと言っていたように、今回もその子供の柔軟な発想で私の言いたいことを上手く察知してくれた彼は喋り終えた後、ニッカリと邪気の無い笑みを閃かせる。

 

「ユーレイってこんな感じなんだね! 足がスースーしたりすることもないし、壁を擦り抜けたりすることもできないし。お父さんはユーレイさんに会ったことがあっても、ユーレイにはなったことは無い筈だから、今回はボクがお父さんにその話が出来るんだ!!」

 

「・・・ある意味、コイツが一番勇者に相応しいかもな」

 

「ああ。俺はほぼ王子としての使命や成り行き上だった。お前はそもそも勇者が好きじゃないだろう?ーーーーー本当に勇者というものは何を持ってして選ばれるのだろうな」

 

「知りたかねぇさ、そんなのは。どうせ今代はそこのパッパラパーだぜ。段々勇者が脳天気になってきていること以外は分かりっこねぇよ」

 

「すっごい飛び火が私んとこに来た気がする・・・! って、二人揃って私見て溜息つくの止めてくれない!? こうなったら絶対私がエスターク倒してやるかんな!! あんた達が出来なかったことを成し遂げて目に物見せてやる!!!」

 

「ハイハイ、ガンバッテクレヨナー。オレタチノブンマデゼヒカツヤクシテクレタマエー」

 

 明らかに馬鹿にしたような態度で煽ってくるユーリルさんと取っ組み合いの喧嘩になったことは言うまでもない。その後は口よりも手や足で盛大に争った私達から少し離れた所で、レックス君の「ユーレイって触れないって聞いたことがあったけど、あれって嘘だったんだー」という呑気な感想が聞こえてくる。

 

「あの頃以上に騒々しいな」

 

 イザさんの呆れた声もついで聞こえてきたけど、勿論ユーリルさんと取っ組み合い中の私がそのことについて何かを述べることは無い。

 

 そうこうしている内に月影の窓が開く時間が訪れる。馬鹿らしいことを私達がしている間に伸びきった窓枠の影が壁に投影された所で、青白い星屑のような光が四方に飛び散る。取っ組み合いしている私とユーリルさんに覆い被さっている窓枠の影に気付いたところで、レックス君が月影の窓を指差して叫んだ。

 

「見て見て! あそこに誰かいるよ!」

 

 レックス君の叫び声にもしやと顔を向けるも、そこには半開きの月影の窓しが存在しておらず。イシュマウリさんが痺れを切らして向こうの世界からこちらを覗きに来たのかと思ったのはどうやら思い違いであったらしい。しかし、レックス君は尚もチラリズム的に見える月の世界を凝視したまんまで、それどころか月影の窓へと躊躇なく歩み寄って行った。

 

「ど、どうしたの? レックス君」

 

 幽霊なのに、何かに取り憑かれてしまったような雰囲気のあるレックス君に声を掛けるもレックス君は私の声が聞こえていないのか返事が返ってこない。だから、レックス君の様子が可笑しいけどと残りの御先祖様に伺いを立てるように見渡してみるも、彼等も彼等で呆気に取られたような顔で月影の窓を凝視していた。

 

 刹那、劈くような青白い光が部屋の中を満たした。月影の窓に手を掛けるレックス君の姿が見えたので、恐らくレックス君があの窓を開いてしまったのだろう。あまりの眩しさに目を守ろうと瞼を閉じる。この後の展開はもう予想済みだ。私達は月の世界の創造主であるイシュマウリさんに会うために月影の窓を潜ったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

 

「ようこそ。月の世界へ。古の(そら)の勇者達よ、そして最後の勇者よ」

 

 月影の窓を潜って、月の世界へとやってきた私達だが、この時点でやっと三人の御先祖様の尋常じゃない様子が解かれた。目をぱちくりと可愛らしく瞬かせるレックス君は、この幻想的な月の世界に興味津々と騒ぎ、残りの二人は目を鋭くさせて、全然可愛らしくない剣呑な様子で得物に手を伸ばしていた。

 

 よって、私はこの世界とイシュマウリさんの説明を再びこの二人にして、二人の警戒を解いた所で、イシュマウリさんのいる神秘的な小屋の扉をノックして開いてみれば、やはり想像していた通りの出迎えをするイシュマウリさんが階の上にいた。

 

 如何にも人間じゃない容姿をしているイシュマウリさんに、この手の場数は踏みまくっている御先祖様が臆するはずが無く、二度目に会う私以上に毅然とした態度でイシュマウリさんと対峙する。

 

「どうやら、天空人ではないみてぇだな。エルフともまた違うか。」

 

「はじめまして、イシュマウリさん。ボクはレックスだよ。こっちのお兄ちゃんはユーリル兄ちゃん。あっちのお兄ちゃんはイザ兄ちゃん。」

 

「これからアンタの世話になる。どうか、よろしく頼むな」

 

「へへっ。よろしくね! イシュマウリさん!」

 

「勿論だとも。此方こそ古の力をお借りする」

 

 天空の勇者達の鮮烈な個性に最初は圧倒されていたイシュマウリさんも、どうにか誼を交わすことは出来たみたい。イザさんが常識人で、レックス君が社交的なことが幸いしたようだ。若干一名、まだピリピリしてるようだけどあの人は相手を推し量る期間が人よりも多少長いだけで、味方だと分れれば直ぐ態度が軟化するから大丈夫だと思う。

 

 ・・・・・・そこまで拗らせてる訳じゃないしね、多分。

 

「イシュマウリさん。イザさんが夢の世界に行ったことがある御先祖様だよ」

 

「そうか。彼が初代の穹の勇者であったか。確かに、彼からはとても懐かしい音がする。私がいた時代に近い懐古の音が」

 

 目を伏して、過去の音に浸っている様子のイシュマウリさんの横顔は陰っている。悠久の時を生きてきたイシュマウリさんにとって、遠過ぎるほどの過去に生きてきた私の御先祖様達が現在にいることがどう映るのだろう?

 

 ムクムクと湧いてきたそんな不意打ちのような疑問には蓋をして、イザさんの返答に耳を傾ける。

 

「夢の世界は全て巡ったと自負している。恐らく、夢の世界の案内役を果たすことは出来るだろう」

 

「うむ。そなたならあれの在り処を知っていようとも」

 

「あれ?」

 

「ドラゴンオーブ。マスタードラゴンの力を封じたオーブのことだ」

 

「え!? マスタードラゴンってまた、自分の力をドラゴンオーブに封じちゃったの!?」

 

 イシュマウリさんとイザさんの会話に頓狂な声を上げたのは、この小屋にある不思議な楽器に夢中になっていたレックス君だ。ぽんぽんと光の玉が打つ太鼓の前から飛び出して、私達の前にやってきたレックス君の顔は驚きで満ちている。

 

「マスタードラゴンをやるのを、また嫌になっちゃったのかなぁ」

 

 世界を見守る神様としてそれはどうなんだと言うようなことをレックス君がぼやいているが、イシュマウリさんがレックス君のそのぼやきにキッパリと首を横に振る。

 

「時代が移ろったのだ。マスタードラゴンの摂理では最早世界は回らないであろうと私と彼は判断した。よって、時代と摂理を移り変え、マスタードラゴンは旧き時代の水底へと沈むことを了承した。彼は肉体を悠久の時の中に沈め、精神を夢の中に封じ込めたのだ」

 

「ボク達が守ってきた時代が終わったんだね・・・・・・」

 

「そうだ。穹の時代は満を喫して終焉を迎えた。彼の偉大な力は私が封じ込んだのだが、如何せん余りにも遠過ぎる過去のことであるからな。私の靴も彼処への行き方を忘れてしまったようなのだ」

 

「その彼処っていう場所へ、俺が案内すればいいんだな」

 

「その通りだ」

 

 イシュマウリさんは唐突に腕に抱いていた竪琴を引き鳴らした。繊細で優美な竪琴の音が周囲に響いたかと思えば、白く眩い糸のようなものがイザさんの足元から次々に生まれてくる。あまりにも非日常な光景にイザさんも驚いたらしく、その場を足踏みするもその不思議な一本も途切れる気配がない。

 

「恐れることは無い。亡者の靴から伸びる懐古の糸こそが、あの場所へとそなた達を運んでくれるだろうーーーーー夢幻の大地に建つあの塔へと」

 

 不可思議な光景と音に意識が向きすぎていたせいか、視界の端が明滅を繰り返していることに気付くのが遅くなった。視界がぐるりと一回転したことで、やっと自分の身に異常が起きていることを知ったのだ。

 

 立ってられないほどの立ちくらみに襲われて、膝を付いた時にはもう声も発せない。

 

 ポロンポロンとイシュマウリさんが紡ぐ竪琴の音色を最後に、私は月の世界から強制的に追い出されていた。

 

 






今回は久しぶりの更新ということもあって少し長くなってしまいました。

イザを動かすのになかなか苦労します。



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イザさんにとって因縁の場所

GWの間に出来るところまで掲載したいです



 

 

 

 気付いたら、ベッドの上に寝転んでいた。但し、ビュンビュン空の景色が移り変わる、結構ハードなベッドの上で。

 

「ぎゃーーーーーっ! お、落ちるーーーー!!」

 

 キングサイズよりも大きなベッドの上で目覚めたのに、何故かベッドの端で目覚めた私のすぐ側には潮風香る海面があった。キラキラと太陽光を反射して揺れる水面がなんとも涼しげだが、あと半歩でも横にずれれば海にドボンしてしまうこの身にとっては、怖気が走って涼しいどころの話じゃない。

 

「もうちょっと大人しく起きねぇとお前マジ、貰い手がねぇぞ。俺の血を途絶えさせる気か」

 

「おはよー! アン姉ちゃん! 見て見てー、アン姉ちゃんが言ってた通り、今ベッドの上で世界を旅してるんだよ!」

 

「安心していいよ! ユーリルさんに心配されずともこの血だけは残してみせますとも! ってか、レックス君! ベッドで世界を旅してるって、それもしかして・・・」

 

「うん! 此処は夢の世界だよ。ボク達はイシュマウリさんの力を借りて夢の中に来ちゃったんだ!!」

 

 目の中に星屑を沢山溜めて、ベッドの上で手をバタバタさせるレックス君の興奮が私にも移ったかのように一瞬にして気持ちが弾けたのが自分でも分かった。

 

 今まで御先祖様の手記を読んで想像することしか出来なかった彼等の冒険。

 

 ベッドに乗って夢の世界を飛び回るイザさんの手記に憧れなかったわけが無い! 勿論、ユーリルさんやレックス君の冒険にだって私は加わってみたかった。彼らの手記を通して、夢想の世界で私は彼等と共に冒険していたが、今は違う。

 

 私は本当に空飛ぶベッドに乗って、ご先祖さまである過去の敬愛した天空の勇者たちと冒険しているんだ!

 

「夢みたい・・・・・・」

 

「確かにここの世界は夢の世界だけどな」

 

 呆けた私の独白にクスッと笑って応えたのはイザさんだ。どうやって空飛ぶベッドを操っているのかは分からないけど、海面を滑空する空飛ぶベッドの乗り心地は快適だから、イザさんの運転技術はそこそこなんだと思う。

 

「そう言えば、結局ドラゴンオーブってのは何処にあるの?」

 

 人に聞かれるには恥ずかしすぎるさっきの独白のことを有耶無耶にしたくて、赤くなった頬を隠しながらそんなことを聞くとイザさんは少し含みのある顔をしながらも私の疑問に答えてくれた。

 

「月鏡の塔だ。元々はラーの鏡を奉っていた塔なんだが、そこにはもう諸事情があってラーの鏡はない。だが、その代わりに今はドラゴンオーブを奉る役割を担っているようだな」

 

「月鏡の塔・・・。もしかして、バーバラさんに出会ったあの塔のこと?」

 

「・・・アンは知ってるんだな、バーバラのこと。俺の冒険の書を読んだことがあるとか言ってたが、本当に全て読んだのか?」

 

「勿論! 正直、没落寸前の我が家には絵本なんて高価なものが無かったから、両親は絵本代わりに私に貴方達の手記を手渡していたんだよね。幼い頃はレックス君の手記くらいしか読めなかったけど、成長するに連れ貴方達の手記を読むことが徐々に出来るようになった。今では、内容を諳んじることができるくらいだよ。やってみせようか?」

 

「アン。一応言っておくが、アレは俺達の日記みたいなものだ。アンが俺達の子孫であるからまだ許容できるが、本来なら誰にも見せたくない物に相当する」

 

「・・・あれ、それってもしかして私ってばご先祖様の弱みめっちゃ握ってる感じ?」

 

「ユーリルには言わないほうがいい」

 

 チラッと当のユーリルさんの方を見ると、海面に手を差し込んでキャッキャ笑っているレックス君を微笑ましそうに見守っていた。差し込んだレックス君の手が海面を切って四方に水飛沫が上がる。それが太陽の光を受けて、七色に光様は正に平和の象徴のように見えて私もつい和んでしまった。

 

「俺も色々あったが、彼奴らにも同じく、いやそれ以上に様々なことがあったのだろう。人間には人に見せる顔と見せない顔がある。アンが言う手記にはその顔のことも記されているだろう。どれ程、君が俺達の子孫であると言っても、そのことを指摘されて平素を保ってられるほど、俺達勇者も人間出来てないからな」

 

 イザさんの言うことは尤もだと思う。真剣な横顔を見せて、そう言ってみせた彼の眼差しの中にも深く淀んだ澱が一瞬だけ見えた気がした。

 

 勇者で在る前に、一人の人間である彼等は光の象徴だからといって闇とは無縁な訳ではない。寧ろ、誰よりも闇に近しい場所にいて、闇と抗い続ける彼等が人と一線を画す程に持っているものとは鋼のような忍耐力だ。

 

 折れることのない不屈の精神とでも言うべきか。その鋼の忍耐力こそが、彼等が勇者である所以なのかもしれない。

 

「分かってるよ。私もそこまで畜生じゃないもの。触れていいことと触れてはいけないことの区別は一応つけてるつもり・・・かな?」

 

 そんなことを言いながらも脳裏に巡るのは、ユーリルさんと初対面を果たした時のやり取りやイザさんロリコン疑惑などの自分の発言だ。結構グレーゾーンを渡り歩いてるような気がするが、多分まだ大丈夫だと思いたい。

 

 しかし、私の香ばしい反応にイザさんはさもありなんといったジト目だ。くそう、青髪逆立てたチャラ男みたいな見た目してる割には普通に常識人だもんなぁ、この人。たまに大胆なことを仕出かすみたいだけど、今は普通にこのチームの中で最年長ポジに落ち着いているし。

 

 そんなイザさんが、ジト目を止めて首を軽く振ったあとの台詞がこれである。

 

「・・・いや、やっぱりアンならば必要のない話だったのかもしれない。さっきのことは忘れてくれて結構だ」

 

「それって私のことを信頼してってことだよね? 匙をポーンと投げたわけじゃないよね? ね?」

 

「知らぬが花って奴だな」

 

「イザさんまで私にそんなこと言い出すの!?」

 

 天空の勇者であるご先祖様達はしばしば私に冷たくなる時がある。これは愛の鞭っていうやつなのかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

 

 

 

 

 月鏡の塔に辿り着いたのは、そんなやり取りから一時間後のことであっただろうか。やっと大陸の上についたと思ったら、海面上だった時よりも豪速球の如く飛び続けるベッドにしがみついていたので、正確にはどれくらいの時間が経過したのかが分からない。地面の上でも落ちたら大惨事なことに変わりないのだからもうちょっと安全運転を心掛けてもらえないかな、イザさん。

 

 イザさんの乱暴な運転に顔を真っ青にするのは私だけじゃなくてユーリルさんもだ。ベッドに二人して齧り付いているすぐ側で、レックス君の「イヤッホー!!」っていう歓喜の声が聞こえてくるのだから、二人で子供って凄いなというアイコンタクトを取ることになった。

 

 恐れ知らずのレックス君はこの破天荒な旅路を終わるまで楽しみ、チキン組の大人達はこの苦難が早く終わることをベッド(元凶)の上でずっと祈っていたのである。

 

 ベッドから地面に降りると、地面が揺れているような気がした。ガクガクと膝が震えているのをどうにかしようと深呼吸していると、視界の端で先に降りたはずのユーリルさんが膝から崩れ落ちるのが見えた。あの人、天空の城で少しとはいえ生活していたのだから、もう少し宙のことに関しては耐性があるのかと思えば、私と同じくらいの紙耐性だったんだなぁ。

 

「イザ、お前、もうちょい穏やかに出来なかったのかよ・・・」

 

「やろうと思えば出来るが、事は急いだほうがいいのだろう?」

 

「だからって、普通あそこまでぶっ飛ばすかよ・・・」

 

「大体あれがいつもの速度だ」

 

「お前とお前の仲間の三半規管はどうなってやがんだ」

 

 ヘロヘロになっても言いたいことをズケズケ言っているユーリルさんはしかし、既に体力の半分をあのベッドに持って行かれてしまってるのか声に覇気がない。

 

 一方、運転手であったイザさんがヘロヘロになってるはずもなく、いつもの如く淡々とした様子でユーリルさんに返答しているが、なかなかにシュールな光景になっていることに自覚はないんだろうな、あの二人。

 

 初代と二代目がベッドの運転についてああだこうだと言ってる間に三代目であるレックス君は足早に月鏡の塔前へと向かっている。二十段はありそうなステップの先に佇む荘厳な造りの観音扉は、長い間、誰からの侵入をも許してないと言わんばかりに蝶番を錆びさせていた。あれを開けるのにはかなりの労力を要することになるだろう。嗚呼、魔王(実際は地獄の帝王)討伐って面倒いことばかりで既に気持ちがバックレたがっている。

 

 ・・・・・・流石に、こればかりはバックレることも出来ないけどさ。

 

 私の後ろ向きな思考回路とは正反対の思考回路で動いているレックス君といえば、私がものを考えている間に、ステップを登って塔の玄関前にもう到着していた。子供の好奇心って尽きないものなんだなぁと未だにガクガクの膝で突っ立ったまま彼の動向を伺っていると、月鏡の塔の前まで来たレックス君は目の上で庇を作り、グッと首を伸ばす伸ばすようにして塔の頂きを見上げた。

 

「うわぁー、大きな塔だね! 天空の塔ほどじゃないけど、それでも一番上からの景色は凄そうだなぁ」

 

「えぇ・・・。天空の塔ってこれ以上の高さなの。登るのめちゃくちゃ大変なんじゃない?」

 

 月鏡の塔はざっと目測した所、雲にまで届く高さほど無いことは分かる。しかし、誰の手記だったかは忘れたけど、天空の塔は階段で登るよりも何らかの装置でバビューンと天高く登ったのだと書いてあったから実際の塔の高さはこれくらいだろうと予測していたのだ。しかし、そんな私の甘ちゃんな考えはさっきのレックス君の発言によってばっさり切られてしまったのである。

 

 やっぱり、マスタードラゴンと勇者の相性は良くないのかもしれない・・・・・・。

 

「確かに大変だったかも。柱とかも結構壊れてたから、迂回しないと先に進めなかったこともいっぱいあったし。でもボクが登った天空の塔は途中で壊れてたから、本当はアレよりもっと大きかったんだろうなぁって思う」

 

「天空城がどうか天空の塔の頂上に無いことを祈るよ。この高さだけでも私の体力持つか心配なのに、これ以上の高さあるとか絶対登りきれる自信ないわ」

 

 月鏡の塔はその名のとおり、三日月形をした双子の塔から成っている。そして、この二つの塔に挟まれるように上空で浮く正方形の箱のような部屋こそがラーの鏡が奉られていた祠だったはず。その為には祠の両端に聳え立つ二つの塔を行き来して、祠を下ろすための作業をしないといけなかったんだけども。

 

「スイッチの場所って覚えてますか? イザさん」

 

「正直、塔の外観すらも忘れかけていた」

 

 流石、脳筋勇者。ポリポリと掻いている頬の上にある目ですら「こんな塔だっけなぁー」って言ってるもんね。道理で、二度目の攻略の割には物珍しそうに私達と一緒になって見上げていると思ったよ。

 

「・・・覚えてないんだね。了解、虱潰しに探しましょう。幸い、此方は人員が四人。内三人は伝説の勇者様達なんだから、二手に別れて探索しても問題ないよね」

 

 三人の顔を見渡すと、私の提案に異論はないようで三者とも既にグーとパーを繰り出す準備中だ。誰もグッとパーで別れようだなんて言っていない内から、背中を向けてグーパーグーパーを真剣な顔でしている辺り、血の繋がりを感じさせる。でも、この三人にはそれぞれの血は混じっていないと言う。

 

 ・・・・・・絶対こいつらも系譜辿れば、実はうすーく繋がってましたってことがあると思うんだよね。

 

「よし。準備はできた? そろそろグッとパーするよ!!」

 

 因みに私は準備しない派である。したってどうせ結果は同じなのだから余計な手間は掛けたくないんだよね。こういう所はリアリストになってしまう私だが、いざ勝負が始めると熱が入ってしまうので、私にリアリストを名乗る資格はやはりないのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

 

 

 昔々、まだイザさんが生きてた頃の月鏡の塔にはある噂話があった。それは、月鏡の塔には女の幽霊の声が木霊しているという古今東西で溢れている眉唾のような噂。

 

 しかし、眉唾のような噂にも時として本物が存在することもある。そもそも、火のない所に煙は立たないとも言う。

 

 イザさんとイザさんの仲間は月鏡の塔にラーの鏡を探しに行って、その噂の根源である女の幽霊と運命の邂逅を果たした。

 

 それこそが、私が前にも言っていたバーバラさん。イザさんがバーバラさんと出会った時、彼女は自分に関する記憶を全て失くしていた。よって、当時は迷子の女の子を保護する目的もあってイザさん達は彼女を仲間に引き入れたのだが、その判断が正しかったことは後々証明される。

 

 何故ならば、そのバーバラさんこそが、魔王によって滅ぼされた魔法都市カルベローナの長であったのだから。

 

「イザさんは昔、此処にハッサンさんやミレーユさんと訪れたんだよね?」

 

 運命のグッとパーの結果と言えば、私とイザさん、ユーリルさんとレックス君と言う極めて無難なチーム編成となった。今は居ないはずの運命の神様の導きがあったようにも思えるこの編成に異議を唱える誰かも居らず。かくして、私達は組んだペアを引き連れて、月鏡の塔の片割れに各々で挑むことになったのである。

 

 イザさんと二人きりになるのはこれが初めてのことだ。そもそも、御先祖様と二人きりで話したのって今の所ユーリルさんだけなんだよね。だから、折角の機会なんだしと思った私は親交を温めるべく彼に話を振ることにした。

 

 私の振った話にイザさんは極めて友好的に乗ってくれた。久しぶりに仲間の名前を聞いたこともあってか、イザさんの表情は今まで見たどの表情よりも柔らかいように思える。

 

「そうだ。ラーの鏡を取りに皆で来た。あの時は何にも知らず俺は此処へ来て、あの子に会って、そして自分のルーツの鍵になり得る切っ掛けを得たんだ」

 

 魔王(本当は魔王でもない)ムドーの幻惑を見切るために探していた筈のラーの鏡で、まさか夢の世界とはいえ父親に扮した母親を見破ることになるとはイザさんも思わなかったに違いない。そして、ムドーに繰られていた父親もこの神器とも言えるラーの鏡を使って助けだしたのだから、イザさんにとってこの場所とラーの鏡には格別な思い入れがあることだろう。

 

 そんでもって、バーバラさんとも出会えたわけだしね。私の憧れであるマダンテの奥義を知り得るバーバラさんに私が会うことはもう叶わないだろうけど。あ、でも何処かにマダンテの手引書みたいなのが残されていたりしないだろうか。どれ程御先祖様に無理だと言われても、私はまだマダンテの習得を諦めていないのだ。

 

 ーーーーーー御先祖様(奴等)に目に物見せるためにもマダンテは絶対習得してみせる!

 

 私の中で、仄暗い執念がメラメラと燃えてきたところではたと我に返る。

 

 そういや、今はイザさん攻略中だったと。

 

 そう、今はイザさんと仲良くなることが先決なのだ。彼と親交を深めておくことこそが、マダンテ習得の一歩になるような気がするのだと女の勘が告げている!

 

 ってな訳で、私は御先祖様達を恨むことをとっとと止めて、後ろ姿を無防備に見せつけてくれてるイザさんに内心で舌舐めずりする。

 

 ーーーーーふふん、バーバラさんと良い関係になりつつあったことは貴方の手記で把握済みだ。その後どうなったのかは知らないけども、イザさんとバーバラさんなら、後味悪い結末を迎えていることもあるまい。もしかしたら、世紀の大魔女になったバーバラさんのことだから、マダンテ以上の魔法を開発しているかもしれないしね。そして、その手がかりをイザさんが知ってる可能性はかなりある・・・・・・。

 

 私の腹黒い算段がひょっこり顔を出しつつもあるが、そこで表情に出すような愚は犯さない。色々な思惑を抱えてはいるが、イザさんと更に仲を深めるためには会話を重ねるしかないので、私はさっき思いついた感想を取っ掛かりとして口にしてみることにした。

 

「そう思ったら、結構因縁の場所なんだねー、此処」

 

「そうかもな」

 

「私にもそういう因縁とかってあるのかなーーーいやいや、普通にカフェでバイトしてただけだし、ある筈もないか。因縁とか言うほど人生にそこまで波乱があった訳でもないし」

 

「生きていれば、そういうものには嫌ってほど出会える。此方が会いたくなくともな」

 

 柔らかい表情を浮かべながらも元々が寡黙な質らしい言葉短いイザさんの背後を歩きながら、私はまた思想の海に耽る。

 

 そもそも、何でバーバラさんは此処に居たんだろう。何故、この場所を宛もなく彷徨い、自分の姿を見える人を探していたのだろうか。

 

 絶対人里に出たほうが自分を見つけてくれる人に出会う確率は高くなったと思うのに・・・・・・。

 

 カツンカツンと跳ね返る足音は自分達の物しかない。イザさんが訪れた時は魔物の巣窟になっていたらしい此処にも最早魔物のいた痕跡は見いだせない。所々に設置されているイザさんと私を映す鏡の壁にも不穏な気配は無いし、行く先から魔物の咆哮も聞こえはしない。

 

 夢の世界からも魔物は消えていた。

 

 これは、夢を見る魔物がもういないからだろうか。

 

 そんなことをつらつらと考えていたら、前方で歩いていたイザさんがいきなり駈け出した。急なイザさんの行動に面食らっていると、走っているイザさんが首だけで私を振り返って前方を指差す。

 

「一つ目のスイッチだ!」

 

 イザさんが指差す方には、確かに紫色の玉が見えた。思ったよりもスイッチ感無いけど、あれを動かしたら祠を宙に浮かせている仕掛けが解かれるのだろうか。さっき、祠を浮かせているっぽい仕掛けを見てきたけど、二つの塔の頂上から部屋の隅かけて電流が流れていて、それによって宙に据え置かれている様だった。一体どういう原理の仕掛けなのかは分からないけど、随分と近未来的な仕掛けだったなぁ。

 

 ーーーーー下手したら、今の方が技術が遅れているのかもしれないと思えてくるよ。

 

 私のそんな思考は前方のパリンというガラスが砕けたような音で止まることになった。

 

「え。もしかして、スイッチらしいあの玉、イザさん割った?」

 

 明らかに何かが割れたと思えるその音を聞いて導き出される答えは一つ。よって、一瞬にして全身から血の気の引いた私は、事の真相をイザさんから問いただす為にその場から猛ダッシュすることになった。

 

「イザさーん! もしかして、玉破壊しました!?」

 

「・・・ああ。割らないと部屋の仕掛けが解けないからな」

 

 私の決死な声に振り返ったイザさんの珍しいキョトン顔から発せられたのは、そんな単純明快な答えで、私が一気に脱力したのは言うまでもない。

 

 出来れば、玉を割ることは事前に言って欲しかったと思うのは私の我儘になってしまうのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

 そんな愉快な私の勘違い劇もあっという間に幕を閉じる。今日は厄日なのか、イザさんには格好の悪いところばかり見られている気がするのでちょっとは挽回したいところだ。そんな複雑な気持ちに従っているとそう時間を掛けずに二つ目の紫の玉を見つけたので、鬱憤を晴らすようにガシャンと割ってやった。一思いに蹴り飛ばして紫の玉を破壊する私に注がれるイザさんの生暖かい目が心地の悪いことこの上なく、そのままイザさんまで蹴り飛ばたくなったがマダンテのために我慢した。偉いぞ、私。

 

 と自分で自分を褒めるという不毛なことをしている間に、宙に浮いていた祠が何の抵抗もなくヒューンと地に向かって真っ直ぐ落ちていく。ズドーンと地震が起きたような地揺れがして、鼓膜をビリリと地鳴りが揺らした。そのショッキングな光景を塔の最上階から口を大きく開けて見つめる私の横で、「あの部屋、二回目なのに傷一つも入らないのか」と冷静に分析しているイザさんがいる。

 

 イザさんのそんな冷静さを受けて、私もどうにか我を取り戻すことができた。見続けるのは精神上宜しくないので事の元凶からそっと視線を外し、心の弱い私と違って未だにそれを見下ろしているイザさんに声を掛ける。

 

「あの祠、よくあの速度で落ちてぺしゃんこにならないね・・・」

 

「使われている石材や技法が人間のものじゃないのだろう。恐らく、あのイシュマウリとかいう連中の妙技って奴だな」

 

「なるほど。そう言えば、この世界自体がそもそもあり得ないもんね。夢の世界だから、何でもありっちゃありなのか」

 

 イザさんが動じる時ってあるのかな。いよいよ持ってそんな疑問すら湧いてくる頃合いだ。

 

 ーーーーーじゃあ、何事にも動じない巌のようなイザさんを是非とも一緒に見習おうじゃないか、ユーリルさん。多分、こんなこと言ったらまた喧嘩になるんだろうなぁ。宜しい、今度こそギタンギタンにしてやる。

 

 私達がそんなどうでもいい感想を交わし合って塔から片翼の塔から降りてくると、別の塔からユーリルさんとレックス君が降りてくるところだった。二人共、複雑な顔で真ん中に前からこうでしたよみたいな顔で鎮座している祠を複雑そうな表情で眺めている。

 

 あの力技解除って度肝を抜かれるよね。ユーリルさんとレックス君があんな顔していることなんてそうそうないよ。

 

 ーーーーーこれは、レックス君も込みでやはりイザさんを見習うべきなのかもしれない。

 

 二人と合流するも、心ここにあらずな二人はそれぞれドラゴンオーブが封印されているという祠を指差して我慢していたことを口にする。その二人の表情は、それはそれは鬼気迫るものがあって、聞き手である私とイザさんが少し後退った程であった。

 

「ガシャーンしたらズーンでドーンだった!」

 

「落ちるとは思っていたけど、あんなに真っ直ぐ落ちるもんかよ普通!」

 

「なんであの部屋はあの高さから落ちたのに壊れないんだろう! もしかして、床はスライムみたいにボヨンボヨンで落下の衝撃を防げたりすることが出来たりするのかな!?」

 

「床がスライムだとしてもあの衝撃じゃあ潰れちまうだろ! あー! 心臓が喉から飛び出るかと思ったぜ!! あんな心臓に悪い光景久々に見たっつーの!!」

 

「文句を言うべきは、元ゼニス王のマスタードラゴンじゃないかなぁ」

 

 レックス君は好奇心も相まった興奮状態だったけど、ユーリルさんのは怒気を孕んだ興奮だ。現にユーリルさんの体の周りには、その怒気が顕現化したのか紫色のオーラのようなものが漂っている。もしかすると今の状態でユーリルさんが魔物との戦闘に突入したら、拳一つでギガンテスを伸すことが出来るのかもしれない。

 

 なるほど、これが噂のハイテンション・・・・・・。私が空飛ぶベッド効果でハイテンションに入ったかもと思ったアレは、まだただのテンションであったようだ。この紫のオーラを漂わせて、やっとハイテンションに突入したと言えるのかもしれない。

 

 私の保身によって二人の矛先がマスタードラゴンに向かったところで、やっと祠に突入である。此処までの道のりの長さに草臥れてきているが、あともうひと頑張りだ。

 

 ドラゴンオーブゲットして、天空城を見つけて、マスタードラゴンにドラゴンオーブ押し付けたら今回の任務はほぼ完了! 天空の城装備はまた今度でいいよね。今日はもう疲れたよ。マスタードラゴン復活させたら寝ることは決定事項だ。

 

 





ドラクエの数あるダンジョンの中でも、印象的だったのが月鏡の塔でした

部屋を浮かしてるギミックもそうですけど、やっぱりインパクト大の部屋落下は初見ではかなり衝撃的でしたね


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肩慣らしの定番はスライムって決まってるんだよ!

 

 

 

 昔はラーの鏡、現在はドラゴンオーブが奉られていると言う月鏡の塔にある祠にお邪魔することになった私達勇者パーティは、部屋の中心にあるご立派な祭壇を見上げて各々感嘆の吐息を吐いた。

 

 祭壇の(きざはし)に掛かる青のビロードに描かれているのは二つの三日月。恐らく、この三日月形の塔の由来なんかが刺繍として施されているのだろうが、芸術に関しては素人同然の私達にとって「なんか凄く綺麗なカーペット」以外の感想は抱けそうになかった。

 

 その他にも祭壇には、月や星をモチーフにした彫刻があったりして見応えはあったのだが、暴走運転するベッドでの渡航やら七階建ての塔を登ったり降りたりをしたこともあって私達の疲労は此処でピークを迎えようとしていた。詰まり、疲れきってるせいで語彙力も低下しており、まともに芸術鑑賞する気が全くもって起こらなかったんだよね。「いやー、綺麗な場所っすねぇ」はい、これで感想終わり。この塔を建築した人に石を投げられそうな体たらくっぷりである。

 

 誰も言葉を発さずに黙々と階を上っていき、祭壇の中心にある台座に鎮座するドラゴンオーブとご対面する。今日散々拝んだ海面のような煌めきを水晶の中心から発するそのオーブに一瞬だけ過った黒い影に後ろ足が無意識に下がる。ドラゴンが飛翔している姿のようにも見えたその影に、このオーブに込められたマスタードラゴンの力を感じて喉が鳴る。

 

 ーーーーーこれが、マスタードラゴンの力を封印したドラゴンオーブ。

 

 チラッとマスタードラゴンに対して複雑な心境を抱えているユーリルさんに視線を向けてみると、今にも叩き割ってやりたいという憤怒の表情を浮かべて、石像の如く固まっていた。三白眼に嵌る黒の瞳が葛藤に揺れる。叩き割ってやりたいと思うほど憎らしい相手であるが、マスタードラゴンの力無しに天空の装備を揃えることはほぼ不可能だということもユーリルさんは理解している。

 

 ーーーーー私の為に、色々と我慢してくれてるのだからさっさとこのオーブを回収してしまおう。ユーリルさんにとっては心を無駄に掻き乱すだけのドラゴンオーブを私はちょいちょいと台座から持ち上げるや、腰にぶら下げていた袋にポイッと放り込んだ。一応、神様の力を封じたオーブに違いないのだが、私としてもあんまりマスタードラゴンに対して良い感情を抱いていないのでこういう扱いになってしまったのだ。まぁ、マスタードラゴンにバレなければ良い話だよね。

 

「アン姉ちゃんもプサンのこと、嫌いなの?」

 

 私のあんまりなオーブの仕打ちにレックス君が疑問を抱いたらしい。不思議そうな顔で小首を傾げるレックス君の隣で、ユーリルさんもそのことが気にかかるのか私に視線を向けてくる。因みにもう一人の勇者様はそもそも私のオーブに対する扱いやマスタードラゴン事態に興味がないみたいで、一人そそくさと階を降り始めている。あの人、本当にゴーイングマイウェイだね。

 

 イザさんのマイペースさには最早呆れしか抱けず、私はイザさんの背中を見送ることをやめて、すぐ近くで私の答えを待っている残りの勇者達と視線を合わせる。

 

 一つ息を吐きだして、呼吸整える。改まって話す内容じゃないけども、仮にも彼等の神様に対する話だ。真摯な気持ちで話さなければいけないような気になるのも無理ないと思う。

 

「今の世界は、もうマスタードラゴンを崇拝してないと言ったよね。だから、私にはマスタードラゴンに対して神様としての畏敬はあるけど、そこに信仰心は無いんだよ。神様スゲー、逆らうと祟られそーって思うけど、それ以上に思うことはないんだ。しかも、ユーリルさんからマスタードラゴンのえげつなさを聞いちゃったからちょっとそれに思うことがあったりかな。ってな訳で、嫌ってあんな雑い扱い方をした訳じゃないんだよ。好きでもないし、嫌いでもない。それはこれから対面して決めようって感じ」

 

 恐らく、マスタードラゴン最盛期の時代で生きていたであろう二人にとっては、マスタードラゴンに信仰心を持たない私のこの有り様を全て理解することはできないだろう。レックス君のいた時代では、マスタードラゴンは封印されていて一時は別の宗教勢力が天下を取っていたらしいが、それも十年という僅かな時間の間での話だ。その宗教勢力が解散した後は、再び天上に居わす天竜様が人々の信仰心を取り戻したとの記録が御先祖様の手記だけでなく、世界中の遺跡からも発見されている。

 

「そっかー。うん、確かにそうかもね。アン姉ちゃんはプサンに会ったことが無いんだもん。好きか嫌いか分かるはずないもんね」

 

 レックス君はうんうんと頷いてからユーリルさんの片手を取ると、階の方へと顔を向けて「行こっか」とこの場からの退出を促す。レックス君に片手を取られたユーリルさんは難しい顔をしていたが、此処から出ることに関しては異議が無いようでレックス君の成すがままにされている。

 

 ーーーーーー可愛い弟の相手をしているお兄ちゃんっていう風にも見て取れるけど、実際は迷子になりやすいお兄ちゃんの面倒を見ている弟っていう関係に落ち着いちゃったのか、あの二人。ユーリルさんもそれが分かっていて何も言わないし。まぁ、二人が納得しているのならば私が口を挟むことでもないもんね。

 

「日が暮れるぞー」

 

 祭壇の下からイザさんのそんな催促の声も聞こえてきたので、ユーリルさんとレックス君の背中を追うことにした。タッタッタッとその場から軽く走りだして、あまり高くない段差を一段飛ばしで降りて行くと、あっという間に二代目と三代目のコンビを抜かすことができた。

 

「おっさきー!」

 

 抜かす直前に二人を振り返ってニッコリと笑う。次いでにオマケとしてピースサインも付けると、二人はキョトンとした顔を瞬時に引っ込めて若干呆れたような顔を作ったが、その後に響いたのはレックス君の愉快そうな笑い声だった。

 

「あっはははは! ボク、アン姉ちゃんのそういうとこ好きだよ」

 

「ったく、餓鬼か。アイツは・・・」

 

 しかし、レックス君と違ってユーリルさんは呆れた調子のままだ。えーい! 無視無視。あの二人より先にイザさんの下へ行ってやる。ユーリルさんの餓鬼発言にカチンと来た私は、一段飛ばしから二段飛ばしへと変更し、更に階を素早く駆け下りていく。

 

 その刹那、お行儀良く閉めていた祭壇の扉が開かれる。夕日の光が扉の隙間から差し込んで、扉が開かれるごとに夕日の線が膨張していく。

 

 そして、そんな夕日の光を背後に祭壇の扉を開いて現れたのは、赤ら顔をした虎の皮を纏う三人の大男だ。

 

「な、なんでココに人間がいるんだ?」

 

「あの方はそんなこと、一つも言ってなかったのに」

 

「ど、どちらせによ、久々の人間。やることは一つだ」

 

 酷く耳障りな高音で言葉を発する三人の大男達も私達の存在に驚いているようだ。開ききった目玉をクリクリと動かして、私達を捉える大男達はぬーとその太い腕を上に掲げるや腰を落とす。完全に私達と一発やり合おうとしている構えだ。

 

「トラ男だ! なんで魔物がいきなりこんなとこに!?」

 

 背後にいる彼等の正体を叫んだユーリルさんに「やっぱり魔物なんだ、あの三人(?)」と妙に腑に落ちてしまう私。人間にしては縦にも横にもデカすぎるし、何よりあの赤ら顔についている皿のような目は狂気に満ちいている。例え、殺人鬼でもあんな邪悪な顔付きは出来ないと思われるほどに、あの三人(?)は人間離れした雰囲気を醸し出していた。

 

「アン、肩慣らしに戦ってみるか? 見たところ、そう強い奴らじゃないぞ」

 

 誰よりもトラ男達と近い場所に居るはずのイザさんときたらまさかのお誘いをしてきた。そんな「準備運動でもしてくる?」 みたいなノリで言えるような相手じゃないと思うんだけど!? 肩慣らしと言えばやっぱり定番はスライムだと思うんだ! プニプニしてない相手が初相手とか冗談じゃない!

 

「アイツ、俺らナメてる」

 

「凄くムカつく」

 

「骨すら残さず食ってやる」

 

 ほらほら、イザさんがとんでもないこと言うからトラ男達が憤怒の表情を浮かべて、イザさんを凝視してるよ! 完全にトラ男達にロックオンされたイザさんは、それでも涼し気な顔のままでトラ男たちの存在を完全に夏によく出る蚊や虻のように認識している。あの人って何処までマイペースを貫き通すつもりなんだよ!?

 

「アン、お前がやんねぇなら俺がやる。コイツらトラ男は俺の仇だ。俺の村を破壊したあのトラ男達とは違うとはいえ、その種族そのものが気に食わねぇ」

 

 嗚呼、マイペースさんがもう一人。そう言えば、ユーリルさんの手記にはマスタードラゴンと同じくらい憎らしい存在が居たよ。魔族の王様を仲間に入れたとはいえ、まだ魔物に復讐心を燃やしているっぽいユーリルさんが、今度はレックス君の手を引いて階の下にいるトラ男に挑みかかろうと早足で降りてくる。

 

「イザさん、ユーリルさん(アレ)が降りてくる前に蹴りをつけよう」

 

「分かった」

 

 悪鬼も裸足で抜け出すほどの闘争心の塊がこの場を修羅場へと変えてしまう前に、まだ平穏的にトラ男たちを片付けてしまおうという心積もりは私とイザさんの間で一致した。

 

 ーーーーーとなれば、私達の様子を意外にもまだ伺ってくれているトラ男達に向かってどんな攻撃をすればよいかを決めなければならない。

 

 今の私に振るえるような武器はない。銅の剣もまともに握ったことがない私は、そもそも自分用の剣すら無い。弓も鞭も、杖も槍もこの手には握られておらず、振るえるとすれば己の拳のみ。小娘のパンチ如きで傷がつくとは思えないこのトラ男達に有用そうな攻撃手段といえば、思いついてもたった一つ。

 

 選択を終えた私は、即座に呪文を口にした。初級魔法ゆえ、簡単な文言で唱え終わるその魔法はーーーーー。

 

「ギラ!」

 

 口を閉じた瞬間にトラ男たちの足元を走るのは、焚き火程度の火力を上げるギラ。初級魔法とはいえ、足の裏を火によって炙られたトラ男達はその場をぴょんと飛んで後ろへと下がり、「アツイ! アツイ!」と地団駄踏む。

 

「よし! 決まった!」

 

 初めて魔物に魔法を使った私はグッと拳を握ってガッツポーズを取る。散々、人のギラを小さい小さいと馬鹿にしてきた天空の勇者様二人の反応を見ようと階の方へと顔を向けると、あと二十段ほどの高さのところにいるユーリルさんの血走った目と合ってしまった。

 

 ・・・・・・うん、ヤバイ。

 

「イザさん、あとは任せました!」

 

 今の私では、どう考えてもユーリルさん(アレ)が降り切る前にトラ男達を倒しきることはできない。自分の分をキチンと把握している私は、実力あるイザさんにその後の全てを委ねることにした。

 

「・・・・・・良い経験値稼ぎになると思ったが、仕方ないか」

 

 イザさんにはイザさんの思惑があったようだが、今回はそれを放棄してトラ男達の後始末をしてくれる気になったようだ。腰に差している年季の入った剣の柄を握り、鞘から引き出すとブンと空気を裂くような一薙を披露する。

 

「おお! 勇者の戦闘だ!」と私がどうでもいいことに気付いて、手に汗を握り始めた頃にイザさんによる大立ち回りが始まる。先ず手始めにというような感じで、イザさんの最も近くにいたトラ男の胴体が真っ二つに分かれた。切断面から飛んだ緑色の血飛沫を浴びるままにそのトラ男の隣りにいたもう一匹のトラ男へと肉薄したイザさんに、成されるがままに倒されることを良しとしなかったトラ男の鋭い爪が襲い掛かる。しかし、その攻撃を見越していたらしいイザさんはトラ男の爪を剣でいなして振り払うと、そのままの勢いに乗ってトラ男の首を跳ねた。

 

 イザさんの剣の勢いに乗って天高く舞ったトラ男の首が地に落ちきる前に、イザさんは最後のトラ男の下へと走る。

 

「人間の分際で! よくもよくも・・・オレの仲間を!」

 

「戦いにおいて、人間も魔物もない。強い奴が生きて、弱い奴が死ぬ。それだけだ」

 

 トラ男が我武者羅に腕を振り下ろすのを丁寧に捌いて払ったイザさんは、吸い込まれるようにしてトラ男の腹部へと辿り着き、渾身の一閃だと言うように剣を水平に払い斬る。トラ男の胴が真っ二つに割れて噴水のように緑色の血飛沫が上がった。イザさんの体に大量に降りかかった血飛沫はそのままに、トラ男の死体は泡末のように輪郭をぼやけさせると景色の中へと掻き消えていく。それはこのトラ男に限った話ではないようで、残りの二体の遺体もいつの間にかこの場から消え去っていた。トラ男達が残したのは己の血だけだ。イザさんに降りかかった物と床に溜を作ったものがこの場にトラ男達が存在していたことを証明する。

 

 イザさんの鮮やかなお手並みに自分が思った以上に夢中になっていたようで、私の視界はかなり狭まっていたようだ。

 

「これが、勇者」

 

 魔王を打ち倒した勇者の実力が並じゃないことは分かっているつもりだった。それでも、想像するのと実際に目にするのとにはかなりの隔たりがあることを実感してしまう。魔物と人間の戦闘を見たのはこれが生まれて初めてのことだ。魔物なんて、現代においてはほぼ神話生物のような存在だったし、剣の腕をあそこまで鍛えあげなければならないほど今の世は物騒でもない。

 

 神様の理が機能していないとイシュマウリさんは言っていた。だとすると、今この世界を動かしている理というものは、もしかしたら人間の理なのかもしれない。きっと、どの時代よりも最も人間が生きやすい時代が“今”なのだ。魔物(外敵)もおらず、大きな災害に見舞われることもなく、法律や通貨と言った最低限の人間の規律が動いている“今”は正に人間の世。

 

 ーーーーーだからこそ、数々の勇者の系譜を持つアルバトロス家は滅亡の一途を辿っているのかもしれない。イザさんの強さを見て、私は実感したのだ。勇者という存在は、人間の世には不釣り合い過ぎるほどの大きな力を有している。

 

「この辺に川ってあったっけ?」

 

 体の半分以上をトラ男達の血によって染め上げたイザさんにそんな問いかけをすると、彼から「ベッドで通った海と合流する川が近くにある」という返答があった。

 

「そこで体を洗ったら、今日は野宿かなぁ」

 

 開け放たれた扉の向こう側にある橙色の世界を細くなった目で見詰めて、今夜の宿は屋根無しかーとごちる。結局、マスタードラゴンを復活させるなんて大事が一日で片付けることはできなかったな。天空の装備までの道程は長く、エスタークまでの道程はそれ以上に果てしない。

 

「アン姉ちゃん、イザ兄ちゃんが体を洗う水辺の近くに野宿するとしてご飯はどうする? 確か、この辺をベッドで通ってる時、鹿とか兎とかを見たよ。それらを捕まえる?」

 

「グッジョブ! レックス君! 鹿と兎鍋なんて最高だね。よし、早速捕まえに行こう。じゃあ、イザさんは川に体を洗いに先に行ってて。私達は夕飯をゲット次第、そっちに行くから!」

 

 さっさとこれからの指針を決めたところで、いざ狩猟! 昔、父さんに狩猟のやり方は教わったけど、今は弓も短剣も手元にないんだなぁーこれが。まぁ、そこはユーリルさんやレックス君に匙を投げさてもらって、私は木に生っている果物や木の実を取ることに専念してもいいか。

 

 祠から早々に出て、いざ森へと足を向ける私に背後から呼び掛ける声が掛かる。

 

「アン!」

 

 珍しくユーリルさんが私の名前を呼んでいる。明日は槍でも降るんじゃないのと失礼極まりないことすら考えついてしまう辺り、我ながらユーリルさんをどの位置に据え置いてしまったのかと不毛なことを思ってしまう。そんな拉致のあかないことを思考しながらも名前を呼ばれたので背後を振り返る。するとそこには、微笑んだレックス君に見上げられているユーリルさんが切羽詰まったような顔で私を見詰めていた。

 

「何?」

 

 ユーリルさんにそんな顔で呼ばれるようなことをしただろうか。そんなことをした記憶は全く持ってないのだけど、これはとっとと謝っておいたほうがいいんじゃないかーーーーーー至極利己的な感情がグルグルと私の脳裏を過っているのだが、そんなことをユーリルさんが知る由もない。

 

「魔物を見て、まさかまた正気を失うとは思わなかった」

 

 ユーリルさんがやっと切った口火で、彼が何を言いたいのかを瞬時に把握した。よって、私はどうでもいいことを考えるのをやめて彼の声に耳を傾ける。

 

「ほぼ、イザが肩をつけてくれたとは言え、お前も俺がやる前にアイツらを倒してくれただろ。だから、あれだ。そうーーーーー」

 

 ユーリルさんはモゴモゴと口籠っている。私は彼が何を言いたいのかを察していたがそこで茶化すほど性悪でもない。彼がやっと言いたいことを口にしたのはそれから暫くの事だ。

 

「ーーーーーありがとう」

 

 だから、私も彼の言葉に対して返す言葉を十分に選べた。

 

「どういたしまして」

 

 きっと特別な言葉は何もいらない。ありがとうに相対する言葉を返すだけで良いのだと結論付けた。多分、これで合っているのだ。

 

 そして、このまま気まずい雰囲気を引きずって狩猟に出掛けたくない私は、この会話をとっとと切り上げようと「早く早く」と二人を手招きする。そもそも日が暮れる前に獲物を捕まえないと今日は夕飯無しになるんだよ。そんなの食べ盛り真っ只中の私の胃が許してくれそうにない。

 

 ユーリルさんとレックス君を急かして月鏡の塔を後にする。夕陽を受けて、一対の三日月形の塔にも淡い橙色の光が降りかかっていた。烏が巣へと帰っていく鳴き声がする。体を撫でる風にも冷たさが伴ってきていた。

 

 長い一日が幕を閉じようとしている。私の冒険の書には、きっと今日のことが長々と綴られていることだろう。

 

 






アンちゃんが初めて遭遇したのはトラ男達でした


もうそろそろロト勢出したい
なんなら、半人間勢でも良いから出したい




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序曲は奏でられた

 

 

 野宿は、焚き火を一晩中燃やしていてもそこそこ寒かった。この夢の世界に四季があるのかは分からないけども、もしあるとすれば初夏前の寒さと言えるだろうか。凍える程でもない寒さだが、確実に長時間この寒さに身を晒されていると体温が失くなっていくことが明白だった。

 

 よって、私とレックス君は寄りあって寝ることにした。私が手を広げると「わーい!」と手を広げて飛び込んでくるレックス君の天使さったら半端ない。どうやったらこんな素直で気の良い子供が育つのだろうか。今後の為にも、彼のご両親からはその秘伝の技をご教授願いたいものである。

 

 火の番は、長らく世界を旅していた大先輩でもあるイザさんとユーリルさんが交代制で行うのだと言われたので、私達にもそれくらいできるもん!とそれぞれで異議を唱えたら子供は寝ないと育たないと真顔で二人に告げられた。レックス君は幽霊だからもう育たないよと反抗し、私は既に成人済みだと申告したがこれも敢え無く却下。肉体の年齢に精神が引っ張られているのだから、夜ふかしなんて出来ないだろうとユーリルさんにレックス君は指摘され、私に関しては体力的に夜更しは厳しいだろうと真っ当な分析で持ってイザさんに撃退された。

 

 ーーーーーどれ程、私と同じ土俵に立って言い合いをしていようとも、マイペースにひょろひょろしていようとも流石は御先祖様。釘を差す場所は的確で、私達は彼等に言い包められる形で夜はたっぷりと睡眠を取ることになった。

 

 しかし、何故か朝になったら、私とレックス君の周りにこの二人も集まっていたけどね。私の背後にぴとっと背をくっつけるユーリルさんと私のお腹の辺りでムニャムニャ言ってるレックスくんを抱きしめて寝るイザさん。

 

 結局、勇者が団子になって朝を迎えることになったわけで、この光景を魔王が見てたら鼻で笑ったに違いない。多分、今探し中のマスタードラゴンも腹を抱えて笑うだろう。

 

 幽霊だけども、寝ないと体力は回復しないんだなぁと人の背中にくっついているユーリルさんの頬を突き、レックス君を抱きしめて寝ているイザさんの鼻を豚鼻にしてみる。こんだけ触っても熟睡している幽霊達に、私は自分の中にある幽霊の概念がすっかり崩れ落ちるのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

 

 

「で、天空城って何処にあるの?」

 

「イシュマウリによると、この月鏡の塔から真っ直ぐ西方へと向かって行けば良いらしい。どれ程時間がかかるか分からないが兎に角、真っ直ぐ西へ迎えと」

 

「西に行っても東の端に出るんじゃないの? ボク、昔、お父さんが西の端から東の大陸へ近道してるのを見たことがあるよ」

 

「それは俺も思ったのだが、イシュマウリ曰く『ドラゴンオーブと穹の勇者の血が道を作るだろう』とのことだ」

 

「なんで雲の上に居る奴らって妙に遠まわしな言い方しか出来ねぇんだろうな」

 

 現在、海上を空飛ぶベッドで飛んでいる真っ最中だ。イザさんの言うようにイシュマウリさんの案内に従って、西へとベッドを飛ばしているのだが、穏やかな海上と空飛ぶ海猫の景色が延々と続いてるので、私達は段々と心細い気持ちになってきている。

 

 既に野宿をしたあの大陸を飛び立って二時間は経過している。海猫のミャオという鳴き声も聞き飽きたし、四人でしりとりをするのも疲れてきているのだ。

 

「歌でも歌おうかな。『たーん、たたたーん、たたたたーん、たたたたんたんたーん』」

 

「なんか冒険の始まりって感じだね」

 

「それ、歌じゃなくて曲だろ」

 

「やっぱり、この曲を聞かないと始まった感がないよな」

 

「うんうん。イザさんの仰るとおり。これ聞かないと何処まで序章だ?ってなるもんね」

 

「イザの時からあって、コイツの時代まで残ってるとかよっぽどの名曲なんだな、それ」

 

 二十三回目のしりとりを開催するのも億劫だからと景気付けに歌でも歌おうと口づさんでみたら、思いの外盛り上がる。やっぱり、名曲はいつ聞いても色褪せない。この曲を聞いただけでも血沸き肉踊るし、ワクワクするよね。

 

 さあ、ここからが一番盛り上がるところだよっと思いながらその曲の続きを口ずさもうとした刹那、私の腰からぶら下がっている袋が白光の光を放ち始める。その袋はドラゴンオーブを突っ込んだ袋であり、恐らくはそのドラゴンオーブが発した光だろうと推測できた。

 

「ど、ドラゴンオーブが光り出した!?」

 

 吃り慌てる私と違って、イレギュラーには慣れきっている御先祖様は至極落ち着いた様子で私の腰にぶら下がり、袋越しに光を放ち続けるドラゴンオーブを観察している。

 

 そしてーーーーー周囲にいた海猫が一斉に姦しく鳴き始めた。喉を潰すような決死の鳴き方をする海猫に反応するようにドラゴンオーブの光が一瞬だけ収束すると、数秒も立たないうちに一直線の力強い放射線となって何もない水平線の向こう側へと飛んでいった。ビュンと宙を切り、只管に真っ直ぐに飛んでいく放射線はそのまま遮蔽物のない海上で何もぶつかることなく延々と彼方へと飛んでいくものと思われた。

 

 ドンと地面が揺れるような音が前方からした。次いで、何もないはずの宙に放射線が真横や斜めへとまるで蜘蛛の巣のように広がり、複雑な紋様を作り上げた。

 

 その紋様を指差して、今回も勘の良いレックス君が叫ぶ。

 

「アレ! 天空城の床に描かれていた紋様だ!」

 

 羽を広げた何かの形にも見えるそれが大きく宙に映しだされるや、段々と前方の景色が蜃気楼のように揺らめいていく。何もない水平線だけが見えていたはずで、地平線すら見えてこなかったそこには徐々に大陸らしきものの輪郭が現れようとしていた。

 

「まったく、無駄に手間ばかりを掛けた仕掛けだぜ」

 

 ユーリルさんの呆れた物言いにウンウンと頷いてしまう捻くれた大人が二名いる側で、純粋無垢なレックス君だけがこの大掛かりな仕掛けに目をキラキラさせて喜んでいた。

 

「すごいや! どれ程の魔力があったらこんなことができるんだろう!」

 

 大人になってもこの純粋さだけは失われてほしくない。私達大人三人は、レックス君が幽霊で一応その生を全うした成熟している一人の勇者であることも忘れてそんな誓いを立て合った。

 

 ーーーーーーさて、あの新しく現れた大陸にこそ探し求めていた天空の装備があるに違いない。天空城とマスタードラゴンを復活させ、この世界の理とやらを定めて、天空の装備が私を勇者であると認めてくれたら、エスタークへと一気に迫れるんだよね。

 

 兎にも角にも、早くこのイレギュラーな旅を終わらせて、元の平凡なカフェ店員へと戻りたい私はエスタークまでの道程を丼勘定して目元を覆う。

 

 非日常はもうお腹いっぱいだ。はやく私の日常である昼はカフェでお仕事をして、夜は酒場で安酒を食らう生活に戻りたいよ。ハァ。

 

 輪郭がはっきりとしたその新大陸に、無事ベッドごと乗り上げて私達は天空城の在り処を探す。険しい山脈の麓にある深い森をどうにかベッドで突っ切ると、いきなり広大な平原が姿を見せた。野兎や馬の群れが走る平原の遠くには、この平和な景色に似つかわしくない大きな洞窟が口をポッカリと開けて来訪者の入場を待ち変えているのが見える。その大きな洞窟を囲うような湖の存在がこの洞窟と平原の調和を成しているように見受けられた。

 

「・・・・・・もしかして、前と同じ状態?」

 

 深い森の中では、いつ乱立している広葉樹にぶつかるか分からなかったので控えていた暴走運転が平原に出ることで解禁されてしまい、空飛ぶベッドは暴走ベッドと化していた。ビュンビュンと耳元で風を切る音がして、視界に映る景色が目まぐるしく変わっていく。恐らくは、あの洞窟に向かって移動しているんだろうけど、目に風の暴力が当たり涙が出てきてまともに前方も見られない。

 

「何か言ったか!? レックス!」

 

 近くから私と同じくベッドにしがみついている三半規管弱い同盟の一人のユーリルさんが大きな声で何か言ってるのが聞こえたけど、風が邪魔をするので鮮明に聞くことができない。

 

「多分、ボク天空城の行き方が分かったかも! イザ兄ちゃん、あの洞窟こそが天空城へ行ける場所だよ!」

 

 ユーリルさんに次いで、レックス君の声も聞こえたが漏れ無く此方もきちんとした言葉の意味までは分からなかった。ただイザさんが前方を向いたまま、後ろにいる私達に向かって親指を立ててきたのでこれから更なる恐怖が私達を待ち構えていることだけは把握した。

 

 ーーーーーこの日、とある幻の大陸で、隼の如く飛んだベッドから断末魔のような悲鳴が晴天の空に響き渡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

 

 

 案の定、三半規管をやられた私とユーリルさんはベッドが飛行を止めたあとも暫くは動くことができずに蹲っているしかなかった。本当になんで、ベッドに乗った途端脳筋度が二倍になるんですか、イザさん。

 

 涼し気な顔で普通にベッドから降りるイザさんを恨めしげに睨み上げるも、彼は持ち前の鈍感ぶりを発揮して私の恨み辛みに気付かない。そんな風に私がイザさんを呪ってる側で、レックス君がイザさんに続いてベッドから飛び降り、目前に待ち構える洞窟のすぐ前まで駆けて行くのか見えた。

 

「やっぱり、トロッコの洞窟だ! 天空城はまた湖の底に落ちちゃったんだ・・・」

 

「ん・・・? もしや、あれはゼニス城か!?」

 

 元気な二人の勇者が何かを発見したようだ。少し胸のムカつきが和らいだ私は、取り敢えず湖の淵で固まっているイザさんが何を発見したのかを確認しようとベッドから飛び降りた。

 

「何発見したんですか? う、動くと胃がグルングルンしてきた・・・」

 

「アン、見てみろ。あんなとこにゼニス城があるぞ」

 

「ゼニス城・・・。それって、もしかして、天空城!!?」

 

 口元を抑えて、胃のむかつきと戦ってる場合ではなかった。イザさんが指し示す方に視線を向けると、透明度の高い湖の底に城らしき物が建っているのが見える。

 

 あれが噂の天空城。確かに荘厳なその佇まいは伝説上の城に相応しいと思える。やたらめったらに装飾的だなぁという感想を抱いてしまうのは私が貧乏性だからだね、多分。

 

「ってか、これ、どうすんの? まさか、これから湖に潜ってあそこに行けってことなの?」

 

「思ったよりも底は深そうだぞ。あのゼニス城が丸々沈んでるのに、あの大きさに見えるのだ。かなりの水深があるに違いないだろう」

 

 お城なのだから高さはかなりある筈だ。それなのに、地上から見える天空城の大きさはかなり小さく見える。豆粒ほどとは言わないけど、モニュメントくらいのサイズだ。詰まり、それぐらいの大きさに見える程、私達と天空城の間には距離がある。

 

「おいおい、マジかよ。天空城がガチで湖に沈んでやがる」

 

「ね、ボクの言った通りでしょ。こんな風に僕の時も天空城は沈んでたんだよ。でも、前は洞窟の周りを険しい岩山が覆っていたからマグマの杖を使って無理矢理洞窟までの道を作ったりしたんだよね。今回は普通に洞窟が開いているし、マグマの杖を探しに行く手間が無かっただけマシだったかな」

 

 いつの間にか、私達の背後でユーリルさんとレックス君が立っていた。二人も、あの湖の底に沈んでいる天空城を発見したようで二者二葉のリアクションを取っている。

 

 ユーリルさんの呆けた声に同調したい所だが、私としてはどうしてもレックス君の発言が気に掛かった。

 

「レックス君、もしかして以前もこんなことあった・・・?」

 

「うん。だから、アン姉ちゃんも安心してよ。この洞窟が天空城まで繋がってるからさ。トロッコでバビューンと一息だよ」

 

 トロッコ、すっごく楽しいよー!と目に見えてワクワクしているレックス君には悪いが、私は今、とてつもなく嫌な予感がしている。

 

 そう、これは言うなれば、あの空飛ぶベッドに乗る前に伸し掛かってくる緊張感に似ていたのだ。

 

 

 

 






次回はトロッコです。


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水の底で再び目覚めた竜神

 その洞窟のことを、どうして私は忘れていたのだろう。レックス君が母親を探して旅している道中の中に、天空城を探す下りがあったことをこの皺の少ない脳味噌は覚えていなかったのだ。我が系譜に連なる勇者や英雄の手記は諳んじることが出来ると言った手前のこの有り様。流石に、我ながら呆れてどうこう言うのも億劫になってくる。

 

 とまぁ、自虐的になってる暇はない。

 

「ぎぃぃいいいやぁぁああっ!!」

 

「ひゃっふーーーー!!」

 

「うぉぉぉおおおっ!!」

 

 大体想像つくと思われるが一応説明しよう。上から順に私、レックス君、ユーリルさんの悲鳴である。因みに、レックス君だけ悲鳴の色が黄色い。私達は顔色も悲鳴も真っ青で、全身から血の気が無くなっているのを嫌でも感じる。

 

 至る所に設置されているトロッコとその下に敷かれているレールから推測するに、昔は炭坑だったらしいこの洞窟は思ったよりも深かった。トロッコとレールがどれ程の時間、放置されていたのかも分からないが、機能はしていた。

 

 そう、不幸なことにこのトロッコは機能してしまったのだ。

 私とユーリルさんの不幸はそこから幕を開ける。

 

 トロッコは兎に角ハイスピードで走る。たまに、地盤が崩れでもしたのか地面に穴が空いて、レールが途切れていることもあったが、それをスピードでゴリ押しして対岸に渡ることもあった。その度に心臓が更に不穏な音を鳴らして、二、三度息が詰まりかけたよ。しかも、トロッコの底は木板だけだから、凄くお尻が痛いし、トロッコが宙を飛ぶ時の衝撃なんか身体に凄い負担が掛かるし、それ以上に重力が内蔵に掛かるのがとてつもなく不愉快だった。

 

 詰まるところ、私にとってこのトロッコは不幸の産物でしかなかった。ユーリルさんにとってもそうだろう。

 

 だってユーリルさんは悲鳴を上げることしか出来ない私と違って、悲鳴を上げなら文句を叫んでるからね。

 

「いつになったらっ天空城に着くんだ!?」

 

「んーと、あと二階くらい降りないと駄目かな」

 

「・・・俺、もうそろそろ死ぬぞ!」

 

「もうユーリルは死んでるだろう」

 

 それにしても、イザさんは空飛ぶベッドと言い、このトロッコと言い全く動じない。両腕を組んで泰然自若とばかりに腰を据えてトロッコの行く先を見詰める彼の肝の太さには最早脱帽である。

「そうだな! 確かに俺はもう死んでるわな! くそっ! なんでレックスとイザはそんな普通な顔してられんだよ!?」

 

 ユーリルさんの自棄になった声が四方に響き渡り、次いでトロッコの車輪がまた穴の空いた地盤の上を舞う。

 

 

「「ぎぃいいいやぁあああっ!!!」」

 

 もう一生、このダンジョンには来ない! 決めた!!

 

 

 

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

 

 

 天に居わすマスタードラゴンは、空の下に住む全生物を見守ってくださっている。

 それは、我々人間や犬や猫といった動物、草花やそこら辺に転がっている石のことを指しており、マスタードラゴンのご慈悲はそれら全てに行き届いているのだ。

 

 しかしーーーー魔物だけは別である。魔王によって人間界を支配せんために魔界から送られてきた魔物にはマスタードラゴンの鉄槌が下る。

 

 かの神にとって魔界の生物は、自身が作り上げた生物でないために、庇護すべき対象では無いのだ。

 

 

『神話伝承の考察3 マスタードラゴン編 ヤコブ・ハイフェッツ』より引用

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然だが、私は子供の頃に御先祖様が残した手記に書かれた天空城の全貌を想像したことがある。

 

 その想像には、御先祖様の手記以外にも父さんの本棚に詰め込まれていた神話考察集などの影響も及んでいたので、まだ就学前の子供にしては結構いい出来栄えの空想の産物が出来たのではないだろうか。

 

 何の素材で出来ているのか分からない鎧を着た見張り兵が佇む玉座の間に続く扉の前。古代の書物が詰まった天井にまで届く書棚が居並ぶ図書館は、天空城にあるどの部屋よりも広く、天空人達は書棚の間を飛び回る。世界樹の葉を精製し、世界樹のしずくを作成する部屋に張り巡らされた水路に流れる水は、この世界の中で一等混じりっけのない純水であり、その純水はエルフに代々伝わるさえずりの密の材料でもある。

 

 遠い過去に存在した天空城は、長い年月を経て再び湖の底で深い眠りについた。夢幻の大地の片隅で、ひっそりと永久の眠りに微睡む天空城と天空人達は、まさか再び勇者達によって叩き起こされることになるとは露にも想像せず、夢の世界で在りし日の夢を見続ける。

 

 トロッコに乗っていると、いつの間にか天空城に着いていた。途中でレールが無くなったり、湖に突っ込んだりして真面目に死ぬような道程を辿ってきたわけだが、私の胸はまだ上下に動いている。

 

「なんで俺、生きてるんだ?」

 

 さっきイザさんに死んでることを指摘されてたはずなのに、それでもまだ自分が死んでることを忘れているユーリルさんは、あの過酷な道程でボロボロになったトロッコから飛び降りるや視線を足元に落として生存確認をする。

 

「それは私も思うよ。私達、さっき湖にドボンって突っ込んでいったよね? なんかいつの間にか天空城に到着してるけど・・・」

 

「流石に最後の仕掛けは肝を冷やしたな」

 

 あのどんなことがあっても動じないイザさんでさえも、今回のトロッコの旅には肝を冷やしたらしい。コメカミに伝う冷や汗を拭って、安堵の息を吐くイザさんに彼にも怖いと思う感情があったんだなぁと恐れ多いことを思った。

 

 しかし、あんな死にそうな思いをしたのにも関わらず、ユーリルさんの次にトロッコを飛び降りたレックス君は、両手を振り上げて天空城の尖塔部分を見上げるや楽しそうな声を上げる。

 

「また湖の底の天空城に来ることが出来たんだ! 相変わらず水の中なのに息が出来るし、本当にこの空間は不思議だなあ。一体どんな魔法の仕組みで出来てるんだろう? 想像するだけでもワクワクするや!」

 

 大きな黒の瞳を煌めかせて両手を上げたままくるりと回転するレックス君の足取りは軽く、見てるこちら側も彼の陽気さが伝播しそうだ。

 

 つい口角が上がってしまうのを止められず、レックス君の微笑ましい様子を眺めているとそのすぐ側で青年組が並んでレックス君の話をしていた。

 

「やっぱり、アイツが一番勇者らしいよな」

 

「嗚呼。本来、勇者とはあの様に在るべきなのだろう。ゼニス王を信用していなかったり、そもそも自身の事すら分かっていないような者が勇者だということが可笑しい話でもあるしな」

 

「さらっと俺にまで毒づくんじゃねぇよ。『レイドックの王子様』」

 

「なんだ、王子として敬ってくれる気か?」

 

「残念ながら俺はレイドックっつー国の民じゃねぇからな。ブランカがレイドックの属国になったら考えてやってもいいぜ」

 

「そんな野蛮な政策は会議に上がる前に握りつぶすな、俺は」

 

「へー。脳筋の割には力技の治世はお好きじゃないってか」

 

「嗚呼、そういうのは嫌いだ」

 

 但し、若い見た目とは裏腹に中身は老獪さがたっぷり詰まっているようだ。魔王討伐というご立派な戦果を上げ、その後の人生も波乱万丈だったらしい二人の勇者の狸会話は、まだ生まれて十八年目の私には早かったようだ。

 

 あの二人もなんだかんだ仲良いよね。お互いに刺々しいことばっかり言い合ってるけど、表情は楽しそうだし。実は似たもの同士でしょ、彼処。

 

 とまぁ、天空城の入り口でこれ以上駄弁っていてもしょうがない。もうほぼ形を無くしているトロッコをあまり見ないようにして、真っ先に玉座の間に続く階段へと掛け上っていく。すると、レックス君が「あっ! アン姉ちゃん待って!!」と私の後を走って追っかけてき、あの青年組はと言えばやれやれとばかりにチンタラついてくる。

 

 あの二人はもう放っておくことにし、私は追いついたレックス君と手を繋いで玉座の間へと向かうことにした。

 

 湖の底に沈んでいるからか、天空城は違和感を感じるほど静かで、私達の足音がこの物寂しい空間に響いていた。

 

 

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

 

 

 

 玉座の間に辿り着くまでに階段を何段登っただろうか?

 思ったよりも縦に大きい天空城。玉座の間までに続く階段は果てしなく、神に会うための洗礼の一つなんじゃないかと穿った見方すらしてしまった。

 

 レッドカーペットが敷き詰められた玉座の間に辿り着いた頃には、激しい運動による発汗で全身汗塗れだ。レックス君と繋いでいた手も手汗でベタベタだけど、彼はそれでも構わないと言って結局最後まで手を握り合って玉座の間まで来てしまった。

 

「アン姉ちゃん・・・、あれ」

 

「うん。あれは気になるね」

 

 レックス君が私と繋いでいない方の手で指した先にあるのは、不思議な斑模様の入った白大理石のような光沢のある棺だった。蓋の部分には、天空城のいたる所で見かけた紋章が刻まれている。その人が一人入れるほどの大きさの棺は、玉座の前に鎮座しているのだ。

 

「相変わらず、無駄に玉座まで長いぜ。攻め入る奴も居ねぇんだから、もっと門から近場に作れよな」

 

「そう言えば昔、ハッサンとバーバラがどちらが早く玉座の間に辿り着けるかと競争していたな。それを見てチャモロが泡吹いていたような気がする」

 

「流石にそんなことはアリーナですらしなかったぞ」

 

 あ、チンタラ組が追いついた。異様な光景を前にどうすればいいのかを考え倦ねていた私は、此処は人生の先輩であるご先祖様にご教授を願おうと背後を振り返る。

 

 しかし、私が声を掛ける前に二人は棺の存在に気付いたようで、それぞれ真剣な表情を貼り付けていた。

 

「あれか」

 

「ダークドレアムに繰られていた時とはまた違った展開だな。あれはゼニス王自らが用意したものだろうか」

 

 やはり、イザさんにもマスタードラゴンとの思い出があるようで、眉間に縦皺が一本増える。そして、マスタードラゴンに思うことがありすぎるユーリルさんはと言えば、意外と行動的だ。立ち止まっている私とレックス君を追い越して、棺の前まで躊躇なく歩みを進めると棺を見下ろしている。ユーリルさんの背中しか見えないから何とも言えないけど、この時のユーリルさんの背中は何故かいつもよりも華奢に見えた。

 

 そう、もし何かに例えるとすれば、それはーーーーー途方に暮れた迷子の背中と言えばいいだろうか。ユーリルさんは最後までマスタードラゴンとの関係に解を見いだせなかった。だからこそ、もしかしたら今も実はその答えを探し求めているんじゃないかって私は勝手に想像する。

 

「行こう、アン」

 

 イザさんがマスタードラゴンの下に行こうと促してくるのに頷いて、三人で棺の前まで歩く。近づけば近づくほどにこの棺の中で眠る者の威圧でも受けているのか、気持ちが畏まっていくような気がする。薄い灰色の斑模様の入った白石で出来た棺は、蓋だけでもかなりの重量がありそうだ。

 ーーーーーってか、この棺って人間一人入れるくらいの大きさだけど、マスタードラゴンってそんなに小さいの?

 

 ドラゴンって言うからにはもっとご立派な体格をしているんじゃないかと思ってたんだけど、実は人間サイズのドラゴンなの?

 

 果てさて、そんな私の疑問はこの場に出されることなく、私達はそれぞれ棺の蓋の四方を持って持ち上げる。ギシッと軋むような音を立てて持ち上がった棺は、思ったよりもそんなに重たいものでもなく、私達は余裕で蓋を持ち上げることができた。

 

 そしてーーーーー、蓋の下から現れたのは一人の男。

 

 その男は、あまり特徴のない顔立ちをしていた。後ろに撫で付けられた黒髪の下にある顔は至って温厚そうなもの。棺の中でも掛けられた眼鏡は縁が細く、昔の流行なのかフレームは丸い。赤い蝶ネクタイを締めて、白シャツをズボンに入れ、そのズボンはサスペンダーで吊っている。

 

 バーのマスターとも言えそうな出で立ちの男が棺の中で眠っていた。

 

 あれ、マスタードラゴンは・・・?

 

「誰、この人ーーーー」

 

「プサン!!」

 

「え? プサン?」

 

 てっきり、マスタードラゴンが眠っているものとばかり思っていた私は、いざ棺を開けてみるとバーのマスターみたいな人とご対面することになって困惑した。しかし、そんな私と違ってどうやら知り合いだったらしいレックス君が声をひっくり返して彼の名を呼ぶ。

 

 ーーーーーん? ってか、プサンってそう言えば、マスタードラゴンの人間形態の時の名前じゃ・・・。

 

 その時、レックス君の声が呼び水となったのか、私の腰にぶら下がっているドラゴンオーブの入った袋がまた発光をし始めた。淡くも鮮烈な白い光を発し始めたドラゴンオーブは目が痛くなるような明滅を繰り返すので、つい目を守ろうと瞼を閉じてしまう。

 

「くっそ! このオーブ、どんだけ元気なんだよ!?」

 

 ユーリルさんの悪態が耳に入ってきたかと思えば、レックス君の「眩しいようっ!」という声も聞こえてきた。どうやら私以外の皆もこの光には手間取っているようだ。

 

 ドラゴンオーブの光がどれほど長く部屋の中を満たしていたのかは分からない。私達が目を開ける口実となったのは、男の唸るような声だったからだ。

 

「う、うううむ。頭がクラクラする・・・」

 

 よっこらしょと気の抜けるような掛け声がその後続いて聞こえてき、その頃には私達の目の復旧も終わっていた。強烈な光を浴びたあとに生じる視界の中に黒の斑点が生まれる現象も収まった頃、棺の中で眠っていたバーのマスターみたいな格好をした男が上体を起こして頭を抱えているところであった。

 

 うん、どっからどう見ても普通の人間にしか見えない。ワイングラス磨いている姿が容易に想像できるもん。

 

 だが、彼が只者じゃないことは意図も簡単に証明されてしまった。

 

「あれ? 天空の勇者が一人、二人、三人・・・」

 

 プサンは私達に視線向けると、眼鏡の掛け心地が良くないのかくいっとブリッジを持ち上げる。そして、彼が私達の存在を認識出来てくると段々と彼の目が細まっていった。それは、爬虫類の目に似ており、彼の目が一瞬だけ金色に光る。

 

「懐かしい面々ですねー。イザ、ユーリル、レックス君。貴方達が揃うなんて、もしやまた世界が傾き始めてるんですか?」

 

 言葉は礼儀正しいのに、何処か軽薄じみているように感じるのはこの男の存在が偽物だからだろうか。口角を上げるや、棺から立ち上がった彼は両腕を組んで私達からの返答を待っているようだ。

 

「久しぶりだね! プサン! そうだよ、今度はエスタークがまた復活しそうなんだって。地獄の帝王が人間界に蘇るのはやっぱり不味いよね」

 

 異様な雰囲気漂うプサンに扮するマスタードラゴンに意気揚々と話しかけたのは我らが特攻隊長、レックス君だ。イザさんとユーリルさんに向ける視線とはまた違う色を持つレックス君に向けられたプサンの視線。プサンの目元が若干、懐古に垂れ下がっていた。

 

「その姿のレックス君と会うのは何千年前のことでしょうか。あの時は一緒に各地を巡りましたね。君と君の父親とした世界旅行は私の膨大な記憶の中でも印象深いものです。あの頃は、本当に楽しかった・・・」

 

 レックス君とマスタードラゴンが親しい仲にあることは、レックス君の手記や会話の中で知ることが出来たけど、まさかここまで気の置けない仲だとは思わなかった。彼等の和やかなやり取りをイザさんとユーリルさんは信じられないのか、目元を強張らせて凝視している。まるで、見てはいけないものを見てしまったかのような目だ。それ程、彼等の知るマスタードラゴンとは印象がかけ離れているのだろう。

 

「エスタークの復活ですか。あれは私の時代の後も息を残していましたが、まだ討伐されていなかったのですね。本当にしぶといものです」

 

 顎に指を掛けて、レックス君の話を思い返すプサンの口元が段々とへの字に曲がっていく。

 

「嗚呼、本当に目障りな。彼奴は何時の時代も私の手を煩わせますね。ねぇ、グランバニアの勇者王」

 

 プサンから人間味が消えたのはこの時だった。どう言い表せば良いのか分からないが、私の脳がプサンをナニモノなのかを認識できなくなったのだ。脳の片隅が偏頭痛を起こしたように痛くなる。プサンの実像が一瞬だけボヤけ、彼の顔が真っ黒に塗りつぶされてしまう。彼の表情が黒に隠れてしまった。

 

「何? プサン?」

 

「貴方、エスタークを見逃したでしょう?」

 

 プサンの問いかけに対して、レックス君はアハハハっと軽快に笑い飛ばした。

 

「流石にそこまでエスタークに余裕ぶれないよ。僕達だってエスタークを封印するので精一杯だったんだ」

 

 レックス君の笑顔はいつ見ても陽気さに満ちていて、見ている側にも温かさを齎せるものだ。この時のレックス君の笑顔もいつものように明るさが詰まっていて、影の欠片すら見当たらない。プサンはそれをじっくりと見通して、ハァと小さく溜息を吐く。

 

「・・・・・・ええ、そうですね。貴方は精一杯だった。まだ幼く小さな君にとってはね」

 

 含みしかないプサンの言い分を深追いしないレックス君の判断は、まだ人生経験の少ない私にも正しいものだということが分かった。

 

 ーーーーーなんで、昔の神様と会った早々にこんな化かし合い合戦しているんだろう。しかも、片や見た目十歳児の少年。それを大の大人が尻尾を掴もうと大人気なく追求している様だ。シュール過ぎるでしょ、これ。

 

「それで、今回の選ばれし勇者は貴女ですか。今の私には万物を見通す力は無いので、自己紹介をお願いしても? あ、因みに私はプサンです。どうせお知りでしょうが、マスタードラゴンです。どうぞ、よろしくお願いしますね」

 

 なんか、すっごく投げやりな自己紹介を神様にされた。私が思っていた以上に癖しかないこの竜神様に私の目元が既に引き攣ってくる。

 

 けども、それでも神を前にした人間というのは矮小なもので、どんなに適当な自己紹介をされてもコチラはちゃんとした自己紹介をする他無いのだ。嗚呼、この世の無常さをまさかこんなことでも痛感するとは思わなかった。

 

「アン・アルバトロスです。アレキサンドラの国王様からエスタークを討伐するように勅命が下りまして、現在随意エスターク討伐の真っ最中です。どうぞよろしくお願いします」

 

「なるほど。貴女、この三人の他に、他の時代の勇者や英雄の召喚が行えるのですね。その条件として、自分の血脈に連なるものという条件があるみたいですが、アンさんの血は私も驚く程に特殊みたいですからね」

 

 なんでさっきの自己紹介で此処まで私のことを分析出来てるんだろう、この神様。見通す力は無いって言ってたけど、半分くらいはその力を保有してるでしょ、絶対。勿論、こんな文句は言えないのでお口チャックだ。黙ってプサンを見続けていると、彼も彼で私に対して思うことがあるらしい。

 

「他の勇者や英雄はともかく、イザとユーリル、それにレックス君やあのリュカさんの血まで継いでるんですねー。ってことは、こちら側に存在が近い筈なんですが、どっからどう見てもアンさんはごく普通の人間ですし。んー、嗚呼、そういうことですか。ははあ、こりゃまた厄介なことしてくれてますねー・・・・・本当に人間の親というものは子に甘い」

 

「私、その厄介なこととやらを聞いたほうがいいですかね?」

 

「おや? アンさんは気にならないんですか?」

 

「気になるっちゃ気になりますけど、私、勇者終えたあとも普通の暮らしに戻りたいんですよね。だから、人外の力とかそういうのが目覚め過ぎるのもちょっと困るというか・・・」

 

 パルプンテとかミナデインみたいな唱えないと出現しない魔法であれば、全然覚えても問題ないんだけどね。けど、実は人外みたいな要素がありましたっていう場合はあんまり顕現させたくないんだ。只でさえ、ご先祖様には天使とか精霊の子供やら、天空人や竜人のハーフがいたりするんだ。私はそのどちらの要素も開花されては困る。私は混じりっけのない人間のまんまで生を終えたいのだ。

 

「ほう。確かに実生活に戻るとき、その力はある種の枷になり得ますね。君は、死ぬことを想定してないんですね」

 

「一応、死ぬシミュレーションはしてますけど、死にたくはないので勝つつもりでいますよ」

 

 死亡フラグはそこら中に転がっているけど、私はそれら全てを見ないふりして根拠のない自信を絞り出す。

 

 死にたくないなんてのは当たり前の事。

 生きれるものなら絶対生き残りたいもの。

 

 プサンは私のそんな思いを透かし見たのか、それ以上言葉を連ねなかった。

 

 彼は漸く棺の中から出てくる気になったらしく、「よっ」と棺の縁を跨いでレッドカーペットに足を付ける。

 

 それから、プサンはというと徐に手を玉座の方に差し向けて人好きしそうな笑みを湛えたのだった。

 

「折角こんな場所まで来たんですから、天空城の核を見て行ってくださいよ。きっと、楽しんでもらえると思いますから」

 

 プサンの提案に否を唱える者はなく、私達は玉座の後ろに隠れるように設置されている梯子を下って玉座の間の下の広大な空間を降りて行くことにした。

 

 

 

 

 







6、4、5とプレイして思ったのは『マスタードラゴン、性格変わりすぎじゃね』ってことでした

4と5の間に何があったのかは分かりませんが、丸くなったのは良いことだと思います

しかし、作中では4の性格の悪さがチラリズムしてる気がしますが私はどっちのマスドラも案外好きです



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某勇者様と某竜神様は、そもそも馬が合わないらしい





 

 

 プサンを先頭にして、玉座の間の下にある広大な空間へと伸びる梯子を下り続ける。縦に大きい天空城の中枢が、まさかこんなに広く空洞化しているとは考えもしなかった。この先に何があるのかはレックス君の手記によって知ってるが、それでも私の想像以上にその場所への道程が長い。

 

 さっきまで饒舌に口を動かしていたプサンも今やすっかりと黙り込んで、手と足を動かし続けることしかせず。残りのパーティーである天空の勇者達はと言えば、重苦しい沈黙を漂わせて口を巌のように閉じてしまっている。

 

 あの元気いっぱいなレックス君までもがだんまりを決め込んで、せっせと梯子を下っているのだから私達の間に会話が生まれるわけがなかった。

 

 ユーリルさんは因縁の相手を前にして、いつものように軽口を叩けるはずがないし、イザさんにいたってはそもそもが寡黙な質である。

 

 ーーーーー嗚呼、なんで天空城に来てまで、こんなに気まずい思いをしなきゃならないんだろう。

 

 御先祖様たちと竜神様のご関係は、凡人の私には理解できないほど複雑怪奇で、ややこしいことこの上ない。

 

 長ーい梯子が終わりを告げたのはそれからまた何十分も経った後だったと思う。

 

「此処は、天空城の操縦室です。レックス君は来たことがあるでしょうが、イザとユーリルは初めてですよね」

 

「此処をデュランに占領されて、俺達は城と戦うことになったのか・・・」

 

「嗚呼、そんなこともありましたねー。あの時と天空城をミルドラースに撃ち落とされた時ばかりはかなり焦りましたよ」

 

 アハハハーと過去の大事件をさらりと流す辺りが流石、神様としか言いようがない。ほら、ユーリルさんの目元が引き攣ってるじゃん。

 

「俺の時代は、思ったよか平和だったのか・・・?」

 

「ユーリル兄ちゃん! ほら! あれ見て! あのゴールドオーブが天空城の原動力だよ!! 綺麗でしょ?」

 

 とうとう目を細めて、血迷ったことを言い始めたユーリルさんを見兼ねてか、レックス君がユーリルさんの手を引いて私達の下から離れていった。レックス君の成すがままにされているユーリルさんの足元が若干、千鳥足で覚束ない。そんなに天空城が散々な目に遭っていることがショックだったんだろうか。

 

 ーーーーそういや、さっき『この城に攻め入る奴もいねぇだろ』ってユーリルさん毒づいていたっけ。確かにユーリルさんの頃ってマスタードラゴン全盛期だし、天空城が散々な目に遭っていることは結構衝撃的なことでもあるのか。

 

「あの子は本当に土に還っても変わりませんね。まぁ、今となってはあの子がこの城に馴染めなかった理由が分かりますけど」

 

「・・・・・・え!?」

 

「なんでアンさんが衝撃を受けてるんですか。こう見えて、私も大分人間に馴染んだんです。あの子が私を毛嫌う理由くらい最早理解できていますよ」

 

 眼鏡のブリッジを持ち上げて、二人の天空の勇者が行った方に視線を移すプサンの表情は至って普通のものだ。そこに感情の色は一つも見出だせず、彼はふっと口の端だけで笑みを作った。

 

「ですが、私は自分の選択を後悔しません。マスタードラゴンが選んだ選択に間違いなんてあってはならないんですから」

 

 そう言ったプサンに、私達は何も言葉を掛けられず、黙って彼と同じ方向を見ていたーーーーーなんてことを、勿論私達が出来るはずもなく、各々好きなことをプサンに言う未来が紡がれることになる。

 

「神様って、なんか大変なんですね。自分のやったことをずっと正解だって思い続けるのって、すっごくしんどいことじゃないですか」

 

「貴方がマスタードラゴンでなく、プサンの姿で眠りについたのは、マスタードラゴンの重責から逃れたかったからか。確かに永眠する時ぐらいは、安らかな気持ちで寝たいもんな」

 

 プサンは、私とイザさんの言葉を聞いて目を丸くしていた。鳩が豆鉄砲を食らったような表情をしていたと言えばいいだろうか。なんせ、彼にとって、私とイザさんの妙な同情は聞いて惚けるようなものだったらしい。

 

 まぁ、プサンが呆然としていたのも僅かな時間だったけどもさ。

 

「・・・ッククク、アーハッハッハー! 勇者というものは時たま、突飛な発想をしますよね。『勇者とは、血筋で選ばれるものではない。困難に立ち向かう勇気を持つものを勇者と呼ぶ』。そう定義した神もいたらしいですが、私はそれ以外の定義もあると思いますよ」

 

 プサンは笑った。とにかく呵々大笑と笑った。その笑いっぷりは、見てる私とイザさんがドン引きするくらいのものだったが、彼はそんな私達の冷たい視線も無視して大いに笑いまくった。

 

「そう、それこそ貴方達が先程述べたような『常識に囚われない発想』です。勇者とは、『どんな困難にも立ち向かう勇気を持ち、その身を何ものにも縛られず、自分の生を全うする者』のことじゃないでしょうか。神に関心が無いのも結構。神に憎悪を抱くのも結構。神に親愛の情を抱くのも結構。私は天空の三勇者を誇らしく思いますよ」

 

 プサンの目がまた金色に光る。眼鏡越しに見える瞳孔が縦に伸びた。爬虫類を彷彿させるその目がキラリと光って、また瞬きのような僅かな時間の間に人の目に移ろう。今度はプサンの様変わりについていけない私達が呆然とする番だ。しかし、プサンは私達と違って更に次なる行動を起こす。

 

「まだ力が全て戻ってきたとは言い難いですが、久しぶりに笑わせてもらったんです。アンさん、貴女に贈り物を差し上げましょう」

 

 プサンは唐突に私へと指を向けてきた。よって、私は急な指名にタジタジになって、自分の顔を指差す。

 

「へ? わ、私にですか?」

 

 一体どういう流れでそんなことになってしまったんだろう?

 

 しかし、神様と言うのは何時の時代もマイペースなものだ。そもそも、あの三人を勇者に選んだ強者竜神様のペースを私如きが乱せるはずもない。

 

「彼等に会わせてくれたのは、間違いなくアン、貴女です。その力は、使いようによっては善にも悪にもなるでしょう。ですが、貴女が魔王になったら私が責任を取れば良い話ですしね。貴女の中に眠る力を少し覚醒させてみましょう」

 

 なんかプサンが凄いことを言ってるのは分かる。私にとってめちゃくちゃ大事なことを言ってるんだろうなーってことは流石に私も察してるよ。

 

 ーーーーーけどさ、あまりにも話が断片過ぎて凡人には理解出来ないよ!!

 

 そんな私の心の叫びは勿論オール無視。そもそも、ご先祖様も私の気持ちを汲みとってくれないんだから、その上司である神様が汲みとってくれるはずも無かった。

 

 パチンと皮膚の打つ音がこのただっ広い空間に反響する。私に向かって弾かれたプサンの指が奏でたその音が四方八方に木霊するのだけが耳に残り、私はつい両手を前に出していつ来るか分からない衝撃に備えた。

 

 そして、私が体の前に両手を突き出してから一分くらいの時間が流れる。

 

「・・・・・・あの、マスタープサン」

 

「ブっ! なんでしょう? アンさん」

 

「何を頂いたのか、私には一切分からないのですが、これってどういうことなんです?」

 

 心の中ではプサンプサンと呼び捨てにしている私も、流石に口に出して呼び捨てに出来るほどの度胸もなく、色々と考えた結果『マスタープサン』と呼ぶことにしたのだけど、それが彼のツボに入ってしまったらしい。この神様さ、案外ツボが浅いよね。ゼニス王やマスタードラゴンの時も笑い上戸だったんだろうか。そんなどうでもいい考えが不意に浮かんできたが、その考えが吹っ飛ぶほどの返事がプサンから返ってくる。

 

「それは、そう遠くない未来に分かることです。きっと、お気に召してもらえると思いますよ」

 

「はぁ・・・」

 

 マスタードラゴンという神様が、もはや私には分からない。ユーリルさんから貰っていた前情報とレックス君がくれた前情報を見比べても頭がこんがらがるので、実際会ってみるともっと訳がわかんない神様だ。悠久の時を生きたら、こうも性格に深みが出るものなのだろうかという疑問さえ湧いてくる。

 

「さぁ。そろそろあの二人を追っかけましょうか。ゴールドオーブをユーリルに叩き壊されてしまったら、また妖精の女王に作成を頼まなければなりませんからね」

 

 ただ、ユーリルさんとの確執がまだ健在だってことだけが判明した。気の遠くなるほど長い時間を掛けても、どうにもならない関係っていうのはどうやら存在するらしい。

 

 ーーーーー多分、元からソリが合わないんだろうな。きっと。

 

 もうそういうことにすることにした。

 

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

 水底から仰ぐ天は、水面越しに見るからかとても幻想的に映る。ゆらゆらと揺れる水面の向こうにある雲や太陽は、大陸から見るものよりも比較的のんびりと空を漂っているように思えた。

 

 その太陽と雲の間を劈くように空を飛翔する鉛色の竜が咆哮を上げる。

 

「永久の眠りから目覚めるときが来た。我等は穹。この世界を見守るもの。再びこの世の理となり、世界の展望を見据えよう」

 

 鈍い銀の鱗を纏う竜が太陽の下に広がる青空を滑空する姿は一見の価値あり。湖の底に沈む天空城から、プサンはマスタードラゴンへと変身を遂げ、大きな羽を広げるや果てなき空へと飛び立っていってしまった。

 

 なんか上の方から竜の咆哮が聞こえてくるけど、何してるんだろうと私達が湖の底から見上げているといきなり地鳴りがし、ついで足元がガタガタと音を立てて小刻みに揺れ始める。

 

「じ、地震!?」

 

「違うよ、 アン姉ちゃん。 天空城が復活しようとしてるんだ!!」

 

「復活するたってまさか・・・直接此処から上に上がろうとしてるってことか!?」

 

「ユーリル兄ちゃん、正解!」

 

 片手の指で丸を作って正解!と、弾ける笑顔を見せるレックス君も流石にこの揺れではまともに立ってられないらしく、すぐ近くにあったバルコニーの手摺に捕まっている。そして、正解と言われたユーリルさんはと言えば、「嘘だろー!?」と頓狂な声を上げながらも、天空城の太い柱に抱きついていた。

 

「神様は力技が得意のようだな」

 

 脳筋代表のイザさんにまで言われているプサン並びにマスタードラゴン。否定のしようのない事実なので、私もそれに黙って賛同する。因みに私達は、ユーリルさんがしがみついている柱とはまた別の柱に蝉のように二人でくっついて、この突然の出来事をなんとか乗り越えようとしていた。

 

 地鳴りの音が大きくなるにつれて、天空城の揺れも酷くなっていく。ふわっと肝が浮くような感覚が伴い始めた。視界が段々と上がっていくのを見て、天空城が本当に湖の底から飛び出そうとしているのだと実感する。天空城の床下では魚たちが巣でも作っていたのか、天空城が上へと浮いていくのに従って、一斉に城の足元から沢山の魚が砂埃のように巻き上がっていく。安寧の巣を失った彼等の驚きようは如何ばかりか。途方に暮れたように何百という魚が水面へと泳いでいくのを見届けて、暫しそんな感傷に浸る。

 

 ーーーーー天空城の復活に関して、唯一の被害者とも言えるよね、あの魚達は。

 

 しかし、天空城が復活しなければ現実世界がヤバイのだ。

 

 ーーーーー成功に犠牲は付き物だもん。命までは取ってないし、きっと天空城の床下よりももっと良い場所が見つかるって。

 

 そんな住処を追われた魚達にとっては、鬼畜の所業としか思えないことをつらつらと考え、私は漸く天空城のバルコニーで地上の景色を見ることになる。

 

 ザバンと水飛沫を上げて、湖の底からぬらりと現れた天空城。この光景は、もうこの人間の短い生涯の間で見ることが叶わない景観だ。

 

「二回目の湖からの登場だー! やっぱり天空城は迫力あるなあ!」

 

 約一名、幽霊になってから二度目の立ち会いを果たしているが、彼の存在そのものが特殊な例なのでカウントしない。子供でありながら、魔王を倒した勇者とか本当に字面だけ見たらあり得なさ過ぎることこの上ないのだけども、悲しいかな、レックス君はちゃんと実在していたし、まさかの御先祖様でもあるのだ。

 

 

 湖の底から地上へ、そして地上から空へと帰還を果たした天空城は、マスタードラゴンと化したプサンが舞い戻ってきたのと同時に、城の住人達の悠久の眠りを覚醒させた。

 

 城の彼方此方から天空人達の眠たげな欠伸や、おはようの挨拶が聞こえてき、私達も漸く此処で柱や手摺にしがみつくのを止めた。

 

「て、天空人って本当に背中に羽が生えてるんだね・・・。頭に輪っかが無いから天使とは違うみたいだけども」

 

 続々と城の外へと出てくる天空人達は、伝承やご先祖様の手記通り、背中に自分の身の丈程の白い羽を生やしている。それで宙を浮いて移動したりはせず、足で歩いて移動していることがどうにも私にとっては不思議に思えたのだが、天空人達を見慣れているご先祖様達は彼等の姿を懐かしそうに目を眇めて眺めている。

 

「そりゃ、天空の守り人でもある穹の住人だからな。いざっていうときは、あの羽で空を飛んで魔物と一発やりあうこともあったんだぜ」

 

「え!? 魔物ってこんな高い所まで来るの!?」

 

 ユーリルさんから聞いた驚きの話に、ついバルコニーから下を覗き込む。地上にある山脈が線にしか見えないくらい高い場所にいるのだから相当魔物達も頑張って、わざわざこんな高い所までやってきたのだろう。

 

 ーーーーー魔物()ながら、ご苦労様の言葉しか出てこない。

 

「そう言えば、さっき思い出したことがあった。俺の時代に、魔王が天空城に魔の手を伸ばしたことは無いが、一つだけ大事があってな。まぁ・・・あれは、所謂、お互いに納得するための合戦みたいなもんだな」

 

「・・・納得?」

 

「魔族の王と人間界の神による壮絶なデスマッチが一回だけあったんだよ」

 

 哀愁漂う横顔を見せて、何かとてつもない歴史を語ろうとしているユーリルさんの目は、まるで死んだ魚のもののようだ。私はその話をこれ以上聞くと、碌でもない感情を抱いてしまうかもしれないと危惧して彼の話を最後まで聞くことはしなかった。

 

「ユーリルさん、そろそろ本題の天空の装備をマスタードラゴンに聞きに行きましょうか」

 

「そうだな」

 

 この城には、私が知らなくて良い事柄が山のように重なっている気がする。というか、マスタードラゴン自体が想像以上に過激な神様なんだよね。

 

 ーーーーーこの神様に、今更だけど私の世界を任しても大丈夫なんだろうか。

 

 時既に遅しな不安を私は抱く羽目になってしまった。

 

 






ロト達の国との関係も面白いなぁと思いますが、天空三勇者のマスドラとの関係も複雑怪奇で好きです

ドラクエって思ったよか、陰謀だらけなので深読みしていると沼にハマっちゃいますよね


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レックス君が思い浮かんだヒント

 

 

 

 玉座の間に行くと、マスタードラゴンが玉座の前で翼を畳んで、天空の装備の在り処を尋ねに来た私達を出迎えるた。

 

「あの、マスタープ・・・ドラゴン」

 

「どうした、アン?」

 

 危なっ! もうすぐで既に呼び慣れてしまったマスタープサンでこの神様を呼んでしまう所だった。一応、ドラゴン形態である時は正式名称で呼ぼうと心に決めていた私は、既のところでその愚行を阻止することに成功する。

 

 ーーーーーでも、マスタードラゴンも私が何を言いかけたのかが分かってるみたいだから、ちょっと含むような目を向けてきてるけどね! この神様、人間だろうがドラゴンだろうが、性格の悪さはお墨付きだよね。あ、なんか翼を広げ始めた。もしかして、私の心の声でも聞こえているんだろうか。それも末恐ろしい話なんですけど・・・。

 

 あんまりマスタードラゴンを待たせていると、ユーリルさん並みの因縁をこさえてしまう可能性があるので、私は手早く用件を話すことにした。

 

「実は、今回マスタードラゴンと天空城を復活させたのには、もう一つ理由があるんです」

 

「ほう。世界の安定化を図る以外の理由がそなたにはあると」

 

 爬虫類特有の大きく裂けた口を更に開くマスタードラゴンに本能的に命危機を感じる。でも、多分これってドラゴン形態での笑みを浮かべた状態なんだろうね。そこまで私は無い頭を捻らせ、マスタードラゴンの時は、ポーカーフェイスでも全然構わないなと少しいらぬことまで考えることになった。

 

 しかし、頭でどうでもいいことを考えていても、口はちゃんと機能する。こう見えて、同時並行で作業するのは案外得意なのだ。

 

「ええ。それが、天空の装備の在り処を聞くということなんです。私は、イシュマウリさんやマスタードラゴンに最後の勇者だと言われていますが、自分ではその確信がありません。そこで、勇者しか装備することが出来ない天空の装備で、私が本当に勇者であるのかを確認したいのです」

 

「なるほど。そういうことならば、持っていくが良い」

 

 プサンの時とは打って変わって、威厳のある言葉遣いを使うマスタードラゴンには、あのプサンが漂わせていた飄々とした雰囲気は皆無だ。教会の祭壇に飾られているクリスタルの女神像のような厳かなオーラを纏うマスタードラゴンに、いつの間にか妙な緊張を私は漲らせていた。

 

 でも思いの外、話がスムーズに行ったからか口から長い吐息が出てきちゃったけどもさ。

 

「兵士よ。この者達に天空の装備を」

 

「「はっ! マスタードラゴンの仰せのままに」」

 

 マスタードラゴンに命じられて、側で侍っていた二人の兵士が玉座の間から出ていった。わざわざ取りに行ってもらわなくても、私達が直接取りに行くのになぁ。あ、でも、流石に天空城の宝物庫なんかに入ることは出来ないか。

 

「この姿だと格式ばった話し方をしなきゃならないんで嫌なんですよねー 。あーあ、肩が凝る」

 

 羽の付け根をグルグルと回して、いやはやとプサンの姿の時のような軽口を叩き始めたマスタードラゴンに思うことがある。

 

 ーーーーーこの神様、よもや、それがしたかったが為に兵士に天空の装備を取りに行かせたんじゃないよね。

 

 ちらりと御先祖様達の顔を伺うと、イザさんとユーリるさんが白けた目でマスタードラゴンを見詰めていた。嗚呼、やっぱり心の汚れた青年組は、そんな穿った見方をしてしまうようである。

 

 マスタードラゴンが兵士の居ぬ間に、文字通り羽を伸ばしていられたのも数分のことだった。バタバタと優雅な天空人には有るまじき足音を立てて、玉座の間に現れたのは天空の装備を取りに行ったあの二人の兵士であった。

 

「マスタードラゴン! 大変です! 天空の装備が・・・!」

 

 切羽詰った表情で玉座の間に飛び込んできた二人の兵士が胸に抱えているのは、錆まみれで正体が不明になっている何か。まるで、長い間水にでも晒されていたのではと思われるそれに、私達は皆一斉に嫌な推測を立てた。

 

 そして、私達のその推測を確固たるものとすら台詞が兵士によって紡がれる。

 

「錆びてしまっています!!」

 

「「「「天空の装備って錆びたりする(ん)の!!?」」」」

 

 私達の渾身のツッコミが玉座の間に反響する。これには、二人の兵士も目を丸くしていたが、驚きたいのは此方の方である。伝説の勇者だけが装備できるという特別な武具が、まさかあんなにも錆まみれになっているとか私達は誰も想像出来ていなかった。否、そもそも予測できる人の方が少ないと思う。あれって鉄製なの? 違うよね? 酸化とか関係ない素材で普通出来てるって思うよね?

 

「・・・少しばかり寝過ぎたようだな」

 

 あのマスタードラゴンの声さえも苦みばしっているのだから、もしかしたら今回一番の難解が私達の前に立ちはだかったのだろうか。マスタードラゴンはふうむと唸り声を上げると、暫し黙り込んでしまった。縦に長い瞳孔の嵌った瞳を細めて、思考の海へと潜り込んだマスタードラゴン。

 私達もマスタードラゴンばかりに任せてられないと頭を突き合わせることにした。

 

「錆って、磨いたら取れるよね?」

 

 最初に声を発したのは、我等が特攻隊長のレックス君だ。どんな困難が立ちはだかっても笑顔を忘れない彼は、この『天空の装備錆びてる問題』の時でもやはり飛びっきりの笑顔を浮かべていた。

 

「そうだな。けど、あの錆ってそんな簡単に取れるもんなのか」

 

「あまり強く磨いたら、そもそもの特質な性能が無くなってしまうんじゃないか」

 

 ユーリルさんとイザさんの心配する点にも納得だ。確かに、あんなにびっしりと付いている錆はなかなか強情そうだし、下手に手を加えると武具の性能に支障が出そうな気もする。

 

 ーーーーーまさか、此処で伝説の装備が錆びまくってる問題が浮上とか。夢の世界の湖で眠っていた割には、現実的な問題過ぎて泣けるね。そりゃ、何千年と湖の底で放ったらかしにされていたらあんな風にもなっちゃうわけだけどさー。

 

「んんんーーー。磨くのも駄目。無理やり剥がすのも駄目」

 

「レックス、お前、イザに毒されてきたか」

 

「いや、俺でも錆を無理やり剥がそうって発想は出てこないぞ」

 

「んんんーーー。服の頑固汚れみたいにお鍋でグツグツと洗剤と煮て、取れたらとっても楽なのにね」

 

「そんなことやったらもっとヤバいことになっちまうだろうが」

 

「だよねー。んんんーーー。こういう頭を使うのってタバサが得意なんだよ。ボクは頭を使うのって好きじゃないんだよね」

 

 こめかみをグリグリと押してウンウン唸っているレックス君からは子供らしい柔軟な発想がぽんぽんと飛び出てくるが、どれも実現には厳しそうなものばかりで、なかなかどれも採用には至らない。

 

 ーーーーー本当に洗濯物みたいにグツグツ煮込んで、バリッと錆が剥がれたら楽なんだけどなぁ。そんなことしたら、錆で脆くなっている武具がパキンと壊れてしまうかもしれなーーーーー。

 

「それだっ!」

 

「「「え?」」」

 

「鍋でぐつぐつ煮て、錆をはがすの!」

 

「おい。お前、とうとう頭がいかれちまったのか。只でさえ、お前の頭は花畑だっつーのにこれ以上春爛漫にしてどうすんだよ」

 

「アン、少し走ってくるか。頭に血が回らない時は走るのがいいぞ。俺もよく行き先に困った時はハッサンと一緒に走ったものだ」

 

 如何だろうか。この御先祖様達の私に対する評価。イザさんはまだ良いよ。私のことをユーリルさんみたいに可哀想な子を見るような目で見てこようともアドバイスくれてるもん。

 

 けどね! ユーリルさん! アンタだけは許さんからな!

 好き勝手言ったことを今から後悔するがいいよ!

 

 私はでん!と手を前に突き出して、その秘技の名を言い放った。

 

「錬金術だよ! 」

 

 ユーリルさんの時代からあるそれは、あの進化の秘宝すら生み出した秘技だ。嘗ては、黄金を生み出す技術としても名を馳せ、欲目で眩んだ人間達に悪用されることもあった錬金術は、私の御先祖様の何人かが得意としていたジャンルでもある。勿論、御先祖様達は錬金術を悪用したりはしなかったよ。その代わり、用途不明の訳分からんものを生み出したこともあったらしいが、何はともあれ魔王退治に役立てたとも言われているのだから結果オーライだ。

 

「錬金術って、ミネアとマーニャの親父が得意にしてたアレか」

 

 どうも錬金術にすら良い思い出のないユーリルさんは、お酢を一気飲みしたみたいな顔をしている。この人、今更ながら思うけどさ、トラウマ多すぎじゃないかな。今のところ、魔物とマスタードラゴンと錬金術が駄目らしいユーリルさんについ生暖かい視線を送ってしまう。

 

 ーーーーーそりゃ、こんだけトラウマが大量にあれば性格も歪むか。

 

「おい。なんだ、その生暖かい目はよ」

 

「うん。そうだね。確かに進化の秘宝を生み出せる力でもあるけどもーーーーううん、だからこそかな。その強力な技を使って天空の装備を今度は蘇らせるんだよ」

「無視すんな! いや、確かに俺の問に答えてくれたけどもな! その後の俺の言葉も拾えよ!」

 

「どうやら、アンには心当たりがあるようだな」

 

「イザも勝手に流そうとすんじゃねぇよ! あ、今お前、すっげぇ面倒そうな顔したな!? くそっ、どいつもこいつも・・・」

 

「錬金術か。懐かしい人の業だ。しかし、あれには手練の錬金術師が必要なはずだが?」

 

 私達を静かに見守ってくれていたマスタードラゴンが此処で漸く沈黙を破って、私達の話に口を挟んだ。マスタードラゴンの金色の瞳を見返して、私は「はい!」と威勢よく頷く。

 

「はい。実は、私、その手練の錬金術師を知ってます。しかも、天空の装備を蘇らせることの出来るとびっきりの錬金釜も持ってたりするんですよねー」

 

 さあ、やるべき事は定まった。錬金釜は、私の家に埃を被っている奴があるし、錬金術師は線香三本で呼び出せる。

 

 今回もちょちょーいとやって済ませるよ。

 

 全てはあの平和なカフェ店員の生活に戻るためにね!

 

 

 






文化財の保存って凄く大事なことですよという回です(後付)

さて、区切りが悪いですが、第一章は恐らくこのお話で終わりです

天空装備が錬金されるのは次章からとなります

ここまでお読みくださってありがとうございました


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第一章の人物紹介と小ネタ (沢山のネタバレあり)

 

 

 

◇人物紹介◇

 

アン・アルバトロス(18)

今作の主人公にして、最後の勇者。勇者と言うには凡人じみており、ステータスもライフコッドの村人のようにある訳もない。本当にただの村人A。普段は歩いて十分の所にあるカフェでウエイトレスをしている。そして、働いた夜は大抵ご近所の酒場で安酒を飲んだくれて、元ぱふぱふ屋さんであるマスターにだる絡みする面倒くさい人間。一応、まだ貴族の一員でもあり、男爵位なんかも持っているがそんなことを持ってることすら彼女は忘れている。ひょんなことから、勇者の御先祖様達をお線香で召喚できるようになり、現在お縋りして死人を馬車馬の如く働かせている猛者でもある。称号は『庶民感覚派勇者』

 

ユーリル(約14、15くらい)

アンに最初に召喚された被害者。天空の勇者二代目。親の仇敵はデスピサロとマスタードラゴンとエビルプリースト等。イケメンだが、それを上回る口の悪さと不器用さで女性にモテない。アンとは根本が似てるせいでよくぶつかっては非生産的な喧嘩を繰り返している。トラウマの数は歴代勇者の中でもナンバーワン。カジノで全財産を消費し、借金の片として天空の盾を差し出したことがあり、それについてマスタードラゴンと三日三晩口論。果てには戦闘にまで発展したとかしないとか。称号は『世界を導く勇者』

 

レックス(約10)

二人目のアンの被害者。天空の勇者三代目。祖父と祖母の仇敵はゲマとミルドラース。大人になったら女性にモテることが確約されている顔を持つ。しかし、今は子供らしい可愛さが目立つ顔で大人組の保護欲をそそっているが、こう見えて一応中身は天寿を全うしていることもあって、老成した一面も垣間見える。重度のファミリーコンプレックス。しかも、その上若干シスコン気味なのでタバサの話が彼の口からよく語られる。マスタードラゴンことプサンとは仲がいい。人の間を取り持つことが得意なようで、アンたちのバランス係にもなっているスーパーチルドレン。称号は『幼くも勇敢な勇者』

 

 

イザ(約17前後)

三人目のアンの被害者。天空の勇者初代。彼から天空の勇者の物語が始まったのだが、本人はあまりそのことについて頓着してない模様。俺、こんな中で1番年寄りなんだなぐらいにしか思っていない。派手な青髪を持っているせいでチャラく見えるが、中身は寡黙な脳筋。シスコンをこじらせていることをアンにバラされてもそんなに動揺しなかった筋金入り。かなりのスピード狂で、若干戦闘狂。大抵のことではビクともせず、どんと構えているマイペース。称号は『夢を駆けた勇者』

 

イシュマウリ(????)

月の世界に訪れた人の願いを、無条件で叶えてくれる良い神様。中性的な容姿をしているが、声を聞けば一発で男性神だということが分かる。某杉田さんのおかげ。旧き世界に属するからと、人間界にはノータッチを公言しているが、時たま見兼ねて助けてくれることもあるようだ。称号は『古を体現する者』

 

プサンおあマスタードラゴン(????)

天空の勇者という伝説を作った張本人。なのに、初代とは縁が薄く、二代目とは反りが合わず、どうにか三代目と誼を通じる事が出来た。ユーリルの時代が終わってから長い年月を経た後に、思い立ったようにプサンという人間へと姿を変え、人間界に遊学する。元々、あまり人間に関心がなく、天空人主義であったが、遊学をすることで段々と人間の性を好むようになっていった。プサンの状態では人当たりがよく、マスタードラゴンの状態では神々しい雰囲気を纏う。が、どちらを通しても言えることは性格が真っ黒け。怒らせるととんでもなく怖いことはどちらも間違いなし。称号は『穹の審神者』

 

 

 

 

 

 

 

 

◆小ネタ◆

 

アルバトロス家

ロトの系譜、天空の三勇者、人外の英雄達を先祖に待つプレミアム血統の貴族。魔物がいた時代までは名家として名を馳せ、忠義を誓ったアレクサンドラの中枢にも組み込まれていたが、魔物がいなくなり世の中が人の世に移ろっていく中で、段々と権威を失っていき、今や没落寸前にまで陥る。一応、男爵位を授かっているが、それを返上するのも時間の問題とも言える。アンが最後の末裔であるため、彼女が死ぬとアルバトロス家は消滅する。アンはその事実を意識するたびに酒に逃げたくなる。

 

天空の盾

ユーリルに借金の片として、名前も知らない商人に差し出された不憫な伝説の盾。勇者以外装備することは不可能。商人の手に渡った後、天空の盾は沢山の人々の手に渡り、世界中を旅することになる。そうしているうちにルドマンの御先祖様に貰われ、家宝として大切に扱われるようになる。その後、結婚祝いとして勇者の父親の手に渡り、ようやっと勇者の手元に収まった。

 

天空の兜

魔王との戦闘後は、ユーリルの手からミネアへと渡る。勿論、勇者以外は装備できない。いつしか、ミネアの血を引くテルパドールの一族に代々と受け継がれら国宝となる。

 

天空の剣

魔王との戦闘後は、ユーリルの手からトルネコへと渡る。やっぱり、勇者以外は装備不可。伝説の武器商人となったトルネコが執着した武器ということもあって、トルネコの死後は『天空の剣を得た者が伝説の武器商人となれる』という眉唾物の噂が広がったこともあり、盾とは別の意味で沢山の人々の手に渡ることになった。その後、妻を探す旅人の手に渡り、父親の形見となった天空の剣を勇者を探す手掛かりとして、グランバニア国王の長い旅路が始まる。

 

天空の鎧

竜神様嫌いのユーリルが仕方なく天空城に託した伝説の鎧。盾や剣と違って、誰の手に渡ることもなく天空城に安置されていたのだが、ミルドラースによって天空城が撃ち落とされるという悲劇が起こった際に、ゴールドオーブと一緒になって地上に落下した。そして、運の悪いことに地上に落下した天空の鎧を拾ったのが魔物であったため、大神殿という人間界での魔物の本拠地にてその後管理されることになる。もしかしたら、数ある天空の装備の中で一番不運だったのはこの鎧だったのかもしれない。

 

月の世界

滅多に入ることが出来ない異次元空間。月影の窓から侵入することが可能だが、先ずその月影の窓と遭遇する事が稀有。満月の日に願いの丘に行けば、遭遇率は上がるらしい。

 

勇者王

グランバニア国王になったレックス君の異名。魔王を討伐した功績を讃えられ、この名で親しまれるようになった。命名はラインハットの大公様。

 

天空の三勇者

イザ、ユーリル、レックスの三人を纏めて呼ぶ時の呼称。三人の仲は極めて良好。何処と無く三人とも親戚感があってすぐに打ち解けられた様子。命名はプサン。

 

 

 

 







もし、今回の人物紹介と小ネタの中で追記してほしい内容があれば遠慮なく申してください


それでは、第二章も良ければお付き合いください








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第二章 世界樹までどれくらい?
天空の勇者と朝食を


 

 私の朝は、いつも雀の鳴き声から始まる。烏の縄張り争いの声で起きる時もあるけど、大体雀の可愛らしい囀りで起きることが出来る。

 

 しかし、それは日常の話だ。

 

 そう。今は、非常に残念なことに非日常の真っ只中。どう考えても、そんな朝が私に訪れる訳が無かった。

 

「おい、塩どこだ!? 」

 

「多分、これじゃないかな・・・・・・あ、違った! 甘いからこれお砂糖だ。美味しい!」

 

「塩は最悪、皿に盛り付けた後に振りかけられたらいい。それより、皿は何処だ? 俺は今、火元から離れられないぞ」

 

「皿な、皿。この家、アイツ一人しか住んでない癖に無駄に広いんだっつーのーーーーーってか片っ端から戸棚開けてるのになんで全部空!? この戸棚、ある意味あんのか!?」

 

「そう言えば、お父さんもよく知らない人の家に入って箪笥開けたり、壺を割ったりしてたなあ。あれって、今よくよく考えたらやったら駄目なことだよね」

 

「「・・・・・・やっていい時とやったら駄目な時がある(あんだよ)」」

 

 なんか下の階から、凄く触れてはいけない話をしている声が聞こえてくる。ってか、台所から私の部屋まで声が聞こえるって結構な大声だよ。

 

 ーーーーー朝から本当に元気だなぁ。ん? 台所?

 

 私はとっても朝が弱い。カフェ店員の癖に出勤が十時からなのもそのせいだ。普通は準備もあるから五時出勤なんだけど、私は一週間連続で遅刻したから見兼ねた店長が十時出勤にしてくれたんだよね。その代わりと言っちゃあなんだけど、退勤は七時だ。従業員の皆が帰った後の細かい事務作業を任せてもらっている。

 

 で、なんでこの話になるのかと言うと、こんなにも朝に弱いこの私が、七時から血相を変えて無駄に長い踊り場のある階段を駆け下り、台所へと飛び込むという珍事が巻き起こったからである。

 

「なんで、皆、私の家で朝食作ってんの!?」

 

 私の裏返った疑問に人の家の台所前で作業をしている三人が私の方へと不思議そうな顔を向ける。そして、勇者組で秘密のアイコンタクトを取るや、取り敢えずはと三人揃って口を開いた。

 

「「「おはよう」」」

 

「ーーーーーおはよう」

 

 まさか、この家で朝の挨拶を聞くことになるとは思わなかった私は、突然の珍事の連続に頭がついていかず。固まった思考回路によって追求の手を止め、オウム返しのように彼等に挨拶を返すのであった。

 

 

 

 *****

 

 

 

 

 

 アルバトロス家は、数多くの勇者や英雄の血を汲んでいることもあって、嘗ては国中に名を轟かせるほどには名家であった。しかし、それも三百年前の話である。今では、名家であった頃の残滓と言えばこの無駄に広く装飾的な家だけで、家令すらいないければ、外出用の馬車ですら少し前に無くしてしまい、家の中は本当に見掛け倒しと言わんばかりにすっからかんだ。

 

ーーーーーしかも、父さんがこの家を継いでからは、家の手入れもされないので、装飾的な外観も相まって大変見目よろしくない状態になっている。そのため、近所のちびっ子にはお化け屋敷扱いされているし。数いるご先祖様に、本当に没落のこともあるけど、この家の有り様も思うと本当に顔向けできない。

 

 気分がそこそこ盛り下がってきたところで、閑話休題。さて、この家の食堂は、アルバトロス家の名を聞けば、商人達の目の色が変わると言われていた頃から使われている。多分、この家で一番面積が大きく、多分広さ的には教会の聖堂ぐらいの大きさではないだろうか。

 

 三十人は有に席に着けれる長机には、いつも私が一人で誕生日席に座って、食事を摂っていた。喋る人もいないし、出勤時間もギリギリだからと朝食は流し込むように食べむのが日課だった。それが、私のいつもの朝食風景であった。

 

 なのに、非日常の今朝は、席に着いている人の数からして違う。

 

 定席である誕生日席に座っているのは私だ。その私の右隣に座っているはイザさんは、自分で焼いた目玉焼きとベーコンが載るお皿をつつきながら、オレンジジュースを喉に流し込む。食事中に誰かと話す習慣はないのか、彼は一言も言葉を発さずに朝食を摂っている。

 

 そんなイザさんとは対極にいるのが、残りの勇者二名だ。私の左隣に腰を据えて、白パンをちぎっているユーリルさん。そして、彼の隣で白パンに苺ジャムを満遍なく塗っているレックス君は普段通りにお喋りをして、モーニングタイムを楽しんでいる。

 

「朝ご飯を食べるなんて、何年ぶりなんだろう?」

 

「何年ぶりっつーか、何千年ぶりじゃねぇか?」

 

「そうだね! ボク達、何千年ぶりの朝食だ!」

 

 傍から聞いていたら、意味の分からない会話だ。もし、知らない人達がこんな会話を仕事先で交わしていたら、私は従業員の誰よりも真っ先に視線を外す自信がある。

 

 だけど、悲しいかな。この人達は私の肉親であるし、そもそもそんな会話を交わす根拠も知っているので、残念な目で彼らを見ることも出来ない。

 

「おめぇ、朝飯、食わねぇの? 」

 

 考え事をしていたせいで、私は未だ朝食に手を付けられないでいた。手をつけていなかったという事実すらも忘れて、物思いに耽っていた自分にちょっと驚く。

 

「調子良くないの?」

 

 レックス君も訝しむような視線を投げ掛けてくる。彼が手にしていてる苺ジャム塗れのパンを見て、急に食欲が湧いてきた様な気がした。

 

 ・・・・・・あ、そっか。さっきまでは、そんなに食欲が湧かなかったから食べてなかったのか。どんなに悩んでてもご飯を目の前にしてたら食べながら悩むのが私のスタイルだったから疑問だったんだよね。なるほど、納得。

 

 となれば、食欲が湧いてきた今なら全然問題ないね。

 

 

「食べるよ! いっただきまーす!!」

 

 フォークを取るなりそう宣言をして、三人が朝早くから作ってくれた朝食を頬張る。

 

 お、これはなかなか。目玉焼きは半熟だし、ベーコンの焼き加減も絶妙! フライパンの前から一歩も動かなかっただけあって、焼き物料理は得意らしいイザさんの腕前に心の中で親指を立てる。

 

「美味しい〜! あ、私も今日は時間あるし、パンにジャムでも塗ろうかなー」

 

「アン姉ちゃんもジャム塗るの? そうだ。ジャム瓶持ってるし、ボクがパンに塗るよ!!」

 

「じゃあ、任せるね。ジャムたっぷりでお願い」

 

「まっかせてー!」

 

 朝イチから我が家でレックス君の笑顔が見られるなんて幸せだ。キラキラが飛び交う笑顔にパンを差し出すと、レックス君が慣れた手つきで苺ジャムを塗り始めた。

 

「あ、そうだ。此処って庭とかあるのか?」

 

 レックス君にパンを任せていると、先程から黙々と朝食を食べているイザさんが思い出したような口振りでそんなことを聞いてくる。

 

「あるよー。草が生えまくった庭がねー」

 

 庭師がいるほどご立派な庭があるんだよね、この家。昔はさぞ、季節ごとの花が咲き乱れ、木からは木の実や果物が取れたのだろうけど、今やそんな栄華は見る影もなし。草花は枯れて残滓すら無いし、崩れかけた花壇や塀がただそこに鎮座するのみとなっている。

 

「そこを暫く、素振りの修練場として借りたい。例え魔物が居なくとも、大事の時に動けなかったら意味が無いからな」

 

「全然構わないよ。素振りかー、私もエスターク討伐するんだったらちょっとはやらないと駄目なんだろうなぁ」

 

「ちょっとどころじゃねぇよ」

 

 イザさんとたまになら素振りの練習をしてもいいなーとか思っていたら、鋭く口を挟んでくる闖入者が私達の会話に混じってきた。

 

 つい目を細めてその闖入者を見ると、彼はドスレトートに私の精神を抉ってくる。

 

「今のおめぇじゃ、エスタークの元まで辿り着けねぇだろ。体力もねぇし、そもそもエスタークを探すための体が出来上がってねぇ。そんななまっちょろい体じゃ、魔物と戦う前に旅の疲れで体を壊すぞ」

 

「うぐぐぐぐ」

 

 普通にド正論を投げてくるから反論のしようがない。よって、下唇を噛み締めて、ユーリルさんを悔しげに見ていると彼はそんな私をどうしようもねぇなというような目で見てくる。

 

「だから、死ぬ気で体を鍛えろ。お前の代で俺達の血を絶やさせねぇためにも、俺らがお前を扱いてやるからよ」

 

「え、ボクもアン姉ちゃんの先生をやってもいいの?」

 

 やっぱり私の白パンにも、彼の皿の上にある白パンと同じくらいにジャムをたっぷり塗ってくれたレックス君が今度は加わって、ユーリルさんに星屑の詰まった視線を送っている。勇者だけど、人に教わる立場だったもんねーレックス君は。

 

 ーーーーーいや、ユーリルさんも冒険中はブライさんやトルネコさん、ライアンさんといった年上の人達に勉強や稽古をつけていもらっていたし、イザさんもバーバラさんやチャモロさんから魔法のことを教えて貰っていたよね。

 

 勇者って面倒を見られる人の称号じゃないよね?

 

「勿論だ。というか、レックスは俺よりも強ぇ気がするから、当たり前だな」

 

「そんなことないよ! 絶対ユーリル兄ちゃんの方が強いって!! ボクなんかお父さんに一度も勝てたことないんだよ! ユーリル兄ちゃんはお父さんと同じくらい強いだろうから、ボクより絶対強いに決まってるよ」

 

 顔の前で手を振り、謙遜するレックス君を前にして思うのである。

 

 ーーーーーレックス君のお父さんって、本当にどんな人間(怪物)なのだろうと。

 

「お前の親父が天空人なのか」

 

 レックス君家の家庭事情を知らないユーリルさんが首を捻りそう言うと、当然の事ながらレックス君は首を横に振る。

 

「天空人の血を持ってるのはお母さんなんだ。お父さんは普通の人間だよ・・・あ、でも魔物使いだから普通って訳じゃないかも」

 

 最後の方はほにゃほにゃと言葉尻の小さなレックス君の声はしっかりと私とユーリルさんの耳に届いており、魔物使いを知らないユーリルさんは片眉を上げ、全てを知っている私はと言えば、とても複雑な表情をしていたと思う。

 

 ーーーーー父親を目前で組織に殺され、その上、その組織に十年奴隷として扱き使われてさ。さらにその後、一時の幸せを掴んだと思ったら妻は攫われ、自分は石にされるという凄絶な人生を送っていても人格がひん曲がらなかった聖人君子を、私は普通の人とは言えないと思うんです。

 

 

 

 *****

 

 

 

 我が家で四番目に大きい部屋は、父さんと母さんが兼用していた書斎だ。因みに二番目に大きい部屋は第一応接間、二番目に大きい部屋は使用人待機室となっている。

 

 さて、うちの書斎は兎にも角にも危険区域だ。壁の姿が見えない程に並べられた書架、その書架に入り切らなかった書籍や文献は山となり、いつ崩れても可笑しくない微妙なバランスでもって保たれている。

 

 ーーーーー本当、地震が起きたらドミノ倒しみたいに倒れていくんだろうな、色んなものが。

 

「おい。あの机の上に置いてある書きかけの紙ってお前が書いたのか?」

 

 地震が起きて、マジモンの書籍の山が出来た時、片すのはこの家で一人住む私だ。想像しただけでも頭が痛くなってきて顔を顰めていると、ユーリルさんがキャレルを指差してそんなことを問うてきた。

 

 はて、そんなものがあったかなと思いながら、キャレルを覗き込むようにしているユーリルさんの側に行くと、確かに書きかけの紙があった。お世辞にも綺麗とは言い難い癖の強い字は一文だけ綴られており、他に別の文が書かれた痕跡は見受けられない。

 

 ーーーーー嗚呼、この字は。

 

「これ、父さんの論文だね。『光の教団は復活した』? もしかして父さんってば、レックス君の時代のことを調べてたのかな」

 

 もうこの時代では、名前を覚えている人も少ない宗教団体。その組織の概要はレックス君の時代にほぼ解明されていたし、教団の手引書であるイーブルの書なども梵書を免れたものが200年前に発見されて、ペンシアの博物館で丁重に展示されていたはずだ。

 

 またなんで、父さんはまた光の教団なんて調べてたんだろ。

 

「 光の教団が復活したって!?」

 

 私が父さんの論文を読み上げていたのをばっちりとレックス君も聞いていたようだ。天井にまで届く書架を面白そうに眺めていたレックス君が血相を変えて、此方に顔を向ける。

 

 初めて見る切羽詰まったレックス君からは妙な圧が放たれているようで、空気が一瞬にして張り詰めた。ピンと張られた緊張の糸に首を絞められるような気がして、これは不味いと瞬時に悟る。

「あー、えっと。そうじゃないんだ、レックス君。実は、ウチの父さんは貴族なんだけど、民俗学者でね。多分、たまたまレックス君の時代のことを調べていたんじゃないかな」

 

「ほーん、光の教団ってのはレックスが血相を変えるぐらいヤバい奴らか」

 

 嗚呼。人が折角、レックス君を落ち着けようとしているのにこの二代目ったら、大人気なく火に油を注ぎ始めやがって!

 

 ニヤニヤとキャレルの上に腰を落として、レックス君を見るユーリルさんの底意地の悪さに殺意を覚えるが、奴は私が怒ってるのを知っていて敢えて無視しているようだ。

 

 しかし、ユーリルさんは踏み抜いてしまった。

 

 そう。三人いる天空の勇者の中で、一番純粋無垢であろうレックス君にも心の奥底に閉まわれた地雷があったのだ。

 

「光の教団は、魔王が人間界を支配するために作った邪教なんだ。勇者を殺し、人間界を引っ掻き回すことを目的としていて、皆の純粋な祈りを食い物にしていたイヤーな魔物さん達の団体ーーーーーボク、アイツらだけはまだ許せないんだ。お祖父ちゃんを殺して、お父さんを奴隷にして。ボクを狙って、沢山の子供を親元から引き離した彼奴らを」

 

 とても子どもがするとは思えない淀んだその目に、僅かの恐怖を抱いた。いつもニコニコ笑顔がチャームポイントのレックス君が、まさかそんな陰を纏うとは思わなくて、不意打ちを食らったような心地にもなる。

 

 ーーーーーでも、私はそんな表情をする人をもう一人知ってるんだ。

 

 ちらりと隣りにいるそのもう一人に視線を向けると、彼は目を伏せて下唇を食んでいる。どうやら、不用意にレックス君を辛かったことを後悔している様子だ。

 

「・・・悪いことを聞いたな」

 

 私、この人のこういう所は好きなんだよね。間違ったことをしたら、直ぐに正せる素直さが、この人の最大の武器なんだと思う。

 

 レックス君は、一つ深呼吸をすると、淀んだ目を閉じるや次にまぶたを開いた時には、普段と同じ澄んだ黒い瞳を見せて、ピカピカの笑顔を浮かべた。

 

 ーーーーーやっぱり、レックス君はこの三人の中で、一番幼い見た目をしているけど、一番大人だと思う。

 

「ううん。ボクこそ、ごめんね。やっぱりまだまだだなあ、ボクは。お父さんは、もう乗り越えてるのに、ボクは死んでもこれを克服できなかったーーーーーやっぱ、お父さんは凄いや」

 

 エヘヘヘと笑うレックス君に、私はこの書斎の何処かにある彼の手記を思い出していた。

 

 まだ齢一桁だった頃から十歳になるまで書かれた彼の手記には、これ程質感のある思いは一言も書かれていなかった。

 

 そう、書かれていたことといえばーーーーー。

 

『お父さんとお母さんはどんな人なんだろう。ボクと似ているかな? タバサともそっくりかな?』

『お父さんとお母さんに名前を呼んでほしいなあ。お父さんとお母さんは、サンチョみたいにボクとタバサを一気に抱っこできるかな』

 

『お父さんとお母さんに会いたい』

 

 子どもが親を求めることは当然のことだ。

 

 もう成人して、親離れしなくちゃならない筈の私でさえも時たま、あの人達に会いたくなることがあるのだから。

 

 視界から色が褪せていく。今、見ている景色がセピア色へと移り変わると、今度は脱色して白色へ。

 

 そして、景色はいつの間にかあの日のものに変わっていた。

 

 思い出しくもない忌々しい記憶なのに、私にとっては忘れ難い大切な記憶。

 

 ーーーーーその日は、朝から雪が振り続けていて、折角の成人を迎える誕生日だというのに気分が全く盛り上がらなかった。昼を過ぎても鉛色の空から降ってくる雪に窓越しに溜息を吐くと、ガラスが白く曇って更に気分が下がっていく。

 

 ーーーーー『アン殿! アン・アルバトロス殿はご在宅だろうか!? 火急の報せが御座います!!』

 

 ーーーーー台所で沸かしていたケトルが音を立てる。暖炉で赤々と爆ぜていた薪がパチパチ鳴って、崩れ落ちた。こんなにも家の中で音は満ちているというのに、私の喉からは僅かにも音が出てこないのだ。

 

「アン」

 

 名前を呼ばれて、意識が過去から舞い戻る。声をのした方を見ると、いつの間にか目ぼしい本を手にしていたイザさんが私を訝しげに見ていた。イザさんの片手に収まっている本は、『初心者へのすすめー錬金術入門編ー』と題された本で、錬金術師がまだ町中に一人はいた時代に発行されたものだ。

 

 この時代に錬金術師はもう存在しないけど、錬金レシピはまだ残っている。まぁ、魔物がいなかったり、植物系の素材すらも遠い昔に絶滅してしまったりで、ほぼレシピは再現できないんだけどね。

 

 ・・・・・スライムゼリーとか昔は有り余るほど手に入ったみたいたけど、今じゃ国家指定遺産だよ。そんじょそこらの庶民には手に出来ない代物で、ご先祖様達にとっては考えられない話だろうな。

 

「どうしたの? イザさん」

 

 さぁ、そんな取り留めのないことを考える前にイザさんに返事を返さなきゃね。彼は一瞬、何かを見通すように目を眇めたが、それも本当に刹那の出来事で。

 

「錬金釜、探すんだろう?」

 

 イザさんは、過去にトリップしていた私を現実に戻すだけでなく、気まずそうな雰囲気が流れてるユーリルさんとレックス君をも正気に返らせる言葉を放った。

 

 

 私達が、この書斎にやってきた一番の理由は錬金釜を見つけるためだ。嘗ては栄華を誇ったトロデーンという国の国宝にもなったその錬金釜は、悲しいことに今や、家のタンスの肥やしとなっている。

 

 アルバトロス家は没落寸前だが、汲んでいる血統は何処の王侯貴族よりもご立派だと正直、私は思っている。ユグノア、ラダトーム、ローレシア、グランバニア、レイドック、トロデーン。こんなに沢山の王族の血がアルバトロスには混じっているのだ。どの国も、世界史の教科書には必ず登場する太古の大国である。

 

 もう数えきれないくらい考えたのだけど、本当になんで我が家はここまで没落してしまったのか。謎である。

 

「錬金釜は、確か床下だったよね・・・」

 

 レックス君にとっては、タブーになりつつある父さんの論文が置いてあるキャレルの下に敷いてある絨毯を捲ると、二つの丸の線が床に刻まれている。これをポンと押してみると、あら不思議。丸い取手がポンと飛び出てくるではありませんか。

 

「すごーい! コリンズ君の部屋にある隠し階段みたいだ!」

 

 キラキラと目を輝かせているのはレックス君。キャレルの足と私の間にある隙間から顔を覗かせて、凄い凄いと黄色い声を上げる彼には、家主である私もちょっと鼻が高くなる。朝もちょっと思ったけど、常々、近隣に住む子供たちには朽ちた家の外観のせいで、お化け屋敷扱いされているのだ。こんな風に褒められると、嬉しい不意打ちに口元がニヨニヨしてしまうのだ。

 

 

 取っ手を引っ張って、床板を外す。むわりとした熱気と、細かな埃が鼻先を掠める。四角く切り取られた床の下は、色とりどりの大量の物によって溢れかえっていた。

 

「・・・そう言えば、父さんも母さんも整理整頓は苦手だったなあ」

 

 この書斎を見たら、その事実は分かることであった。書棚に入りきらない文献や書籍を床に積んでいる時点で、お察しだったけどもさ。この何でも噛んでも放り込んで、それで放置という状態は流石に見るまで分からなかったよ。

 

「剣やら鞭やら、杖やら。武器があるかと思えば、これは絵画か。なんか、見てると不安になる女性の絵だな、これ」

 

「・・・なんでマーメイドハープがこんな所にある? 今も使えるのか?」

 

「チカラの種とかまもりの種とかも小分けで袋に入れてあるね。アン姉ちゃんのお父さんはもしかして、種コレクター?」

 

 レックス君以外も結局キャレルの下に集まってきて団子になると、各々中を覗きこむや気になる物を見つけて言葉を発する。

 

「その絵画は、ユーリルさんがいた頃よりももっと昔にあった、とある遺跡に祀られていた壁画のレプリカだったはず。マーメイドハープはよく見ると一本弦が無くなってるでしょ? だから、多分もう使えないんじゃないかな。あと、種は代々伝わっているものであって、父さんが種コレクターって訳じゃないからね」

 

 勇者三人の疑問に律儀に答えて、私はお目当ての物を探すべくざっと宝のようなガラクタの山を掻き分けて行く。風化や老朽化等の要因があって、ほぼ使うことが出来なくなっている遺物達は、色もくすませて、とても一目見て曰くのある代物には見えないものばかりだ。

 

 ーーーーーーだから、極端なことを言ってしまうとこれらはほぼガラクタも同然なんだよね。民俗学のお父さんの前ではとても言えないことだったけども。

 

 ってかさ。もしかしてたら、錬金釜も使えない可能性あるんじゃないの?

 

 ここに来て嫌な予感が浮上してきたが、だからといって最早探す手を止めることはできない。伝説の装備を蘇らせることが出来るのは、今のところ錬金術だけなのだ。

 

 そして、ちょっとした不安に苛まれながらも探すこと数分。オレンジ色の奇天烈な形をした釜を漸く見つけることが出来たの






ユーリルが見つけた絵画はXIのプチャラオ村で手に入る壁画のレプリカです。
多分、この家はその他にも色々な物を所有しています。下手したら、VIIIのトロデーンに伝わる国宝の杖とか、どんな部屋も開けられる鍵とかが眠っているかもです。


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近衛兵から王になった男


お久しぶりです

なんだかんだともう年末ですね


 

 

 

 

 我が家に伝わる錬金釜はとってもケバケバしい。精彩なオレンジ色を基調に、高価な宝石が幾つも嵌められているその釜は、形すらも奇天烈妙ちきりん。いつも見る度に、カボチャにしか見えないんだよなぁと思いながら床下から持ち上げて、三人の前に披露する。

 

「これが錬金釜なんだ! カボチャみたいだね」

 

 どうやら私、発想力はレックス君と一緒みたいです。見た目は子供だけど、中身は私よりも歳を重ねた立派な大人だもんね! 精神は外見年齢に引っ張られているという話を聞いたような気もするけど、そんなの関係ないね!

 

「これ、マジもんなんか? お前、ガセ掴まされてるんじゃねぇの」

「俺、これ結構好きだ。普通に気に入った」

 

「マジかよ、イザ」

 

「マジだ」

 

 胡乱げに奇抜な錬金釜を見下ろすユーリルさんと違って、イザさんは大層興味深げだ。錬金釜の蓋を取るや、中身を覗きこみ始めたイザさんの姿を見て、レックス君が「ボクもボクもー!」とイザさんと一緒になって覗き込んでいる。

 

 ーーーイザさんって結構奇抜なもの好きだよね。確かに、中身とは裏腹にチャラチャラした格好しているし。・・・実は、かなり派手な物が好きなんじゃないかなぁ、この人。

 

 スライムのピアスをしているユーリルさんもあんまり言えた義理じゃないと思うけど、イザさんのセンスにドン引きする彼には賛同する気持ちもあるので、二人の会話に口を挟むのはやめておいた。

 

「じゃあ、あとはこの錬金釜を使える錬金術師だっけ? その人さえ居れば、あの錆だらけの天空の装備が蘇るんだね」

 

 ケバケバしい錬金釜を前にひと悶着があったが、レックス君が当初の予定を口にしてくれたから、これ以上錬金釜についてああだこうだと言うことにはならなかった。

 

 レックス君の言うとおり、次は我が一族の墓に行って、その錬金術師とやらを召喚しないといけないし。

 

「おめぇが呼ぼうとしている錬金術師ってのはどんな奴なんだ? やっぱり、気難しい感じの奴か?」

 

 多分、ユーリルさんはブライさんみたいな人を想像しているんだろうね。錬金術師って呼称も堅苦しいし、物を融合して新たに生み出す人達だから、職人気質な感じもするし。

 

「嗚呼、チャモロとか錬金術師って感じがするな。だが、彼奴は僧侶だったが」

 

「タバサも錬金術師とか向いてそうだなあ。研究バ・・・魔法の研究とか好きだったから」

 

 各々、身の回りに錬金術師っぽい人達がいたようだ。確かにあの時代に錬金術師があったら、チャモロさんやタバサちゃんは錬金術師になっていそうだ。でも、錬金術師って魔法と相性が良い人がなれるとは限らない。多分、錬金術師に必要なのは勇者の条件でもある自由な発想力と観察眼なんだ。

 

 ブライさんを筆頭に、チャモロさんやタバサちゃんは少々頑固な所があるから、錬金術とは案外相性が良くないかもしれない。

 

「その人は、近衛兵から一国の王様になった人だよ」

 

「「「は(え)?」」」

 

 三人の目が一瞬にして点になる。数秒経っても、三人共が口すら動かせないところを見るに、まだ脳内の処理が追いついてないようだ。彫像のように固まる三人を見て、私も「それもそうだよなぁ」と思ったりする。

 

 まぁ、気持ちは分からんでもないだ、私としても。

 

 次、呼ぼうとしているご先祖様は本当に色々と規格外だから、これくらいで驚かれると実は困るんだけど。

 

 でも、この人達は勇者様だ。あの人にもすぐ順応するだろう。

 

「それよりも、どうやってあの霊山に行こうかな。今から向かうと着くのは夜ぐらいになるんだよねー。彼処の宿は最近、繁盛してるみたいだから下手したら、満員で泊まれないかもしれないし。明日にすべきかなー」

 

 あの英雄様よりも、問題は霊山にいつ行くか。本心を言うと、面倒くさいことはとっとと済ませたい。善は急げとも言うし、行動方針が明確なうちはチャキチャキ動きたいよね。

 

 でも、流石に夜に着くと分かっていて出発するほど猪突猛進にもなれないのだ。

 

 そんな私の悩みを、勇者様達は全く理解できなかったようだ。言動でよく忘れるけど、彼等は腐っても勇者様。遠い昔に、魔王を倒して世界の危機を救った彼らにとって、歩いて半日かかる霊山に夜までに辿り着くというミッションは、至って簡単なことであったのだ。

 

「ルーラで行ったら良くね?」

 

「うん。ルーラなら、世界の何処でも一瞬で行くことが出来るよ」

 

「あの霊山なら場所は覚えている。ほら、行くぞ。とっとと、あの錆まみれの装備を復活させよう」

 

 そう言えば、ご先祖様の時代にはそんな便利な魔法があったよね。口々に、当たり前のようにルーラで行こうと皆さんは言ってくれるが、かの魔法は歴史の波の中に飲み込まれ、消滅してしまった古代呪文なのだ。ご先祖様の手記でしか、拝むことがなかった伝説の魔法が使われているところを見ることが出来るなんてーーーーー。

 

「ルーラ」

 

 イザさんが、呆気無く伝説の魔法を唱えた。体がふわりと浮く。

 

 ーーーーーってえ?

 

 床から足が離れているのは、足の裏に床の感覚がないことから分かる。周りを見ると、イザさんは目を瞑って宙を浮いていた。レックス君もユーリルさんも普通な顔して宙に浮いている。

 

「アルバトロス家の霊山へ!」

 

 イザさんが目的地の名前を叫んだ瞬間、青白い光が私達を覆った。広大な青空が、視界の全てを占領する。初夏特有の白い雲が揺蕩う空が、一面に広がってーーーーー。

 

 気がつけば、私はアルバトロスの墓を前にして突っ立っていた。着の身着のまま、何を用意することもなく、霊山にでんと構えるアルバトロスの墓に来てしまったようだ。二日前に、イザさんを召喚するためにお供えしたお線香も残っているしね。

 

「此処って本当に静かだよねー」

 

「しけてるよな」

 

「昼寝には丁度いい」

 

 背後からした聞き慣れてしまった声に振り返ると、何故か五メートルはありそうな木に登って私を見下ろす彼等と目があった。それぞれ別の枝に陣構えており、レックス君は立ったまま幹に手を付け、ユーリルさんは枝に腰掛けている。イザさんに至っては幹に背を持たれて寝る態勢だ。

 

「いつの間に、そんなところに・・・」

 

「アン姉ちゃんも登る? すっごく、いい景色だよー!」

 

 片手を振って私にお誘いをかけてくるレックス君には悪いが、私はここで終わらせないといけないことがある。首を振ってそのお誘いを断ったところで、私は我が家の墓の前に立った。

 

「さて、問題は線香も持ってこなかったことだよね」

 

 物は試しにとズボンのポケットの中を弄ってみると、いつゲットしたのか分からない飴玉が二つ見つかった。

 

 ーーーーーお供え物ってさ、何も線香だけじゃないよね。お菓子とかお供えすることもあるもんね。もし、他に何も見つからなかったら、知らん顔でその辺に植わっている草花でも手向けようかと思ったけど、一応偉大なご先祖様だし、飴玉を供えよう。

 

 私は、あたかも元から飴玉をお供えしようとしていたかのような顔をして、線香の残りがある場所から少し離れた場所に飴玉を供えて、両手を合わせる。

 

 元は小間使いであったと聞くそのご先祖様は、王族の身辺を守る近衛兵となり、そして、王の一粒種である姫と結婚した。彼が姫と結婚すると、約半年という引き継ぎ期間を経て、二十歳という若さで玉座に着く。トロデーン王族の血筋を汲まない外様の王であったが、彼は世界を救った救世主であること、否、それ以上に茨の城と成り果てていたトロデーンを再興させた救世主であった彼の戴冠には、誰からも拒絶の声は上がらなかったと後世には伝わっている。

 

 彼は、民衆にも望まれた王だったのだ。

 

 とにかく、普通じゃない逆玉の上、ビビるほどの成り上がりエピソードを持つこの人こそが、次の私のご先祖様(ターゲット)。私は、これが空想話ではなく、本当にあった話だということに慄くわ。

 

 目を瞑って、暗闇の中でご先祖様に語りかけるのは慣れた。さぁ、今度のご先祖様はどれくらい私の言葉を聞いてくれるだろうか。

 

 ーーーーーご先祖様。私は貴方の未来の子孫です。どうせ聞いてくれやしないんでしょうから多くは言いませんよ。貴方にお願いしたいのは、錬金術を使って錆まみれの天空の装備を蘇らせてもらいたいことです。貴方が愛用していた錬金釜は現存しているので、その辺の心配はしないでください。あと、諦めきれないのでやっぱりギガデインとマダンテとパルプンテをご教授願いませんか・・・・・。

 

 刹那、背後で風を切る音が聞こえた。それは、明らかに武器を使って空を切る音で、私の両肩が一瞬にして強張る。

 

「アン!!」

 

 ユーリルさんが私の名前を叫び呼んでいるのが聞こえた。

 

「・・・アン?」

 

 そして、知らない男の声が私の名前を反芻しているのも、ばっちりと背後から聞こえたのだ。

 

 私の後ろには、多分ご先祖様だろう人がいる。そして、そのご先祖様の後ろにはあの勇者三人組が居るはずだ。

 

 何も恐れることはないと己を宥めつつ、首をゆっくりと背後へ向けて振り返る。

 

 そして、強く射抜くような、黒い瞳と目があった。

 

「此処は何処でしょう、お答え願えませんか?」

 

 躊躇なく首元に真っ直ぐ伸ばされた剣。柄を握りしめる手には、不必要な力が入ってるようで僅かに手元が震えている。オレンジのバンダナを頭に結んで、険しい視線を送ってるこの男こそ、私が呼んだご先祖様に間違いない。

 

「貴方が居た時代よりも、ずっと後の世界。此処は、エイトさん。貴方や貴方以外のご先祖様が眠るお墓だよ」

 

「・・・なんで僕の名前を知っているのですか?」

 

「それは、私が貴方を呼んだから。私は貴方の子孫のアン・アルバトロス。貴方とミーティア姫の間に生まれた子供から血脈が続いて、私が今ここに居るの」

 

 首元に突きつけられていた剣先がブレた。彼がどのワードに動揺したのかは分かっているつもりだ。我がご先祖様ながら、本当にこの人は忠誠深いなぁ。

 

 ーーーーーいや、それはもう執念と呼ぶべきものなのかもしれないけど。

 

「おい、バンダナ野郎。アンから離れろ」

 

「もし、アンに傷の一本でもつけたら、タダでは返さないな」

 

「お兄ちゃん、此処は一先ず落ち着こうよ。ボクらはお兄ちゃんが思っているような怪しい人じゃないからさ」

 

 エイトさんの背後に突きつけられたのは、ユーリルさんの腰にいつもぶら下がっている剣だ。ユーリルさんが、鞘から剣を抜いているところなんて初めて見たと呑気なことを言ってる場合じゃないのに、ついそんなことを思ってしまった。そして、イザさんは柄に手を置いたまま微動しない。多分、エイトさんが動いた瞬間に抜刀して、切り伏せようとしているんだと思う。同じご先祖様同士なのに遠慮の欠片もないよね、この人達。

 

 残るレックス君は、武器を構えてはいない。至極、平和的に両手を広げてエイトさんを宥めようとしているように見えるが、あれは、いつでも呪文を放てるような状況をした上での行為だ。実は、一番容赦ないレックス君には流石としか言いようがない。

 

「・・・証拠はありますか? 貴女が、僕の子孫である証拠は」

 

 ーーーーー証拠とな? そんなもの、沢山ありますけど。

 

 途端、エイトさんの背後にいる天空の勇者達があーあと言いたげな顔をし始めた。だけど、その割には、捻くれてる青年組がとっても悪そうな顔をして親指を立てた。レックス君は若干、困り気味だけど、まぁやってやれって顔に書いてあるし。

 

 これは、ある意味ご先祖様がこの世に現れる洗礼とでも言えるのかもしれない。私は喉元を鳴らして、エイトさんに笑顔を作ってみせた。

 

 ーーーさぁ、晒し首の時間だよ、ご先祖様。

 

「貴方は竜人族と人間のハーフだ。父親は大国、サザンビークの王太子で、母親は竜人族の娘。種族を超えた禁断の愛の末に生まれたエイトさんは、竜人族の里にその存在を認められず、事実上追い出された。そして、浮浪児になった貴方を拾ったのが、この先、貴方が永遠の忠誠を誓うことになるミーティア姫なんだ。ミーティア姫の小間使いとして城仕えすることになった貴方は、城の五年に一度の催し物である舞踏会で武官としての才能を認められ、兵士へ転換。十七歳という若さで異例の近衛入りを果たし、これからエリート街道を爆走するのかと思われた矢先にトロデーンが災厄に見舞われる。貴方は馬になってしまったミーティア姫と魔物になってしまった陛下を連れて、トロデーンと姫達を元に戻すために旅に出る。そして、その旅の終点でミーティア姫と結ばれ、二十歳という若さで国王になったーーーーー」

 

「よくも、そこまで僕のことを知っていますね。子孫って、此処まで先祖のことを把握しているものなのですか?」

 

「確かに、普通はご先祖様の詳細を知らないもんだと思う。でも、ウチは普通じゃないからご先祖様のあれやこれやが他にももっと伝わっているんだ・・・・・聞きたい?」

 

「ーーーーー遠慮します。貴女が、僕の子孫であることは認めます」

 

 首筋から違和感がなくなったのと同時に、エイトさんが腰に差してある革製の鞘に剣を差しているのが見えた。

 

「これまた、とんでもねぇのが現れたな」

 

「お兄ちゃんも、もしかしてプサンみたいにドラゴン形態になれたりするのかなー?」

 

 ユーリルさんの戸惑ったような声が聞こえたかと思えば、次いでレックス君が興味津々と言わんばかりにエイトさんに群がりに行った。彼も、子供は嫌いでないらしく、目をキラキラさせて自分を仰ぎ見るレックス君には、柔らかく目元を細める。

 

「僕は、確かに竜人族の力を持っていますが、竜としての力は半分ほどしかありません。故に、ドラゴンとしての姿は無いのです」

 

「そっかー。でも、エイトお兄ちゃんが普通の人間じゃないってのは分かるかも。何が人間ぽくないとは言えないけども、エイトお兄ちゃんからはお父さんやお祖母ちゃんに近い雰囲気を感じるよ」

 

「ということは、君のお父さん達も竜人族だったのですか?」

 

「ううん、違うよ。お父さん達はーーー多分、稀人(マレビト)なんだ。人間のようで、人間じゃないもの」

 

 レックスくんの口から、聞いたことのない言葉が飛び出した。それに目を瞬いて、不思議そうな顔をするエイトさん。傍らで聞いてる私を含めた残りの三人も互いに首を傾げ合う。

 

「・・・・・・人間のようで、人間じゃないもの、ですか」

 

 確認するように尋ねるエイトさんに、レックスはその通りと指を一本立てて頷いた。

 

「うん。エイトお兄ちゃんも、もしかしたら稀人なのかも。だって、お兄ちゃんは竜人族でも人間でもないんだよね。竜人族と人間の血を持っているんだからさ」

 

「そういう理論で行くと、俺達もそうじゃねぇのか? 人間と天空人の間なのが、俺達勇者なんだからよ」

 

「確かにそうだな。勇者の条件の一つが『人間と天空人のハーフであること』ならば、必然とそうなる」

 

「ホントだ! 確かにそうなるね! そっかー、ボクも人間じゃないんだ」

 

 どうやら此処には、人間が私一人しかいないらしい。

 

 ユーリルさんの言を受けて、納得するレックス君に倣うようにイザさんも、思案げに虚空を見つめている。

 

「ま、俺は、どう言われたって人間だとしか思えねぇけどな。別に天空人みてぇに羽が生えてるわけでもねぇし、他に人外の特徴を持ってるわけでねぇ。ってーことは、人間だ」

 

「俺も、ユーリルと同じ考え方だな。人間として死んでいるのだから、多分、俺はそれでいいんだろう」

 

 青年組は、やっぱりどっちかと言うと、人間としてのアイデンティティを大切にしているんだろうなって思う。イザさんなんて勇者やってる期間の殆どがアイデンティティを探すことに費やしていた訳だし、そこで見つけた物を今更、疑うことなんて出来ないだろう。

 

 あと、言い出しっぺのユーリルさんは元来、天空人を嫌っているから、自分にその要素があることを認めたくなんてない。まぁ、それよりも人間のことが大好きだもんねー、ユーリルさんは。彼の人生で最も手を差し伸べてくれたのは、人間だもの。そりゃ、苦労していた時にずっと天上から傍観していた天空人を認めたくない気持ちは、分からないこともない。

 

 それよりも、私はその話題以上に気になることがあった。

 

「ねぇ、日が暮れる前に家に帰らない?」

 

 着の身着のまま、霊山にやってきた為、日暮れになると寒さが堪える。過去に彼方此方へ冒険に行っていた皆は、寒さ耐性とかあるんだろうけど、生憎と私は都市育ちの現代人なのだ。

 

「積もる話は、ご飯食べながらでもしようよ」

 

 






やっと、天空シリーズ以外の主人公を出せました



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実はヤンデレじゃないの、エイトさん



年末休みをフルに使えば、多分凄く進む気がする!


 

 

 アレクサンドラの夜は、昼間の賑とは正反対の静けさが支配する。メイン通りに居並ぶ店には、『CLOSE』の看板がノブからぶら下がり、往来を闊歩するのはゴミを漁りに側溝から出てきた猫ぐらい。

 

 飲み屋街もそこまで規模がなく、そもそも夜に外を出歩く人間が余りいないこの街で、夜特有の賑わいを見せることなんて、それこそ創立記念日の祭りとかじゃないと無いよね。

 

 私は、場末の酒場にほぼ毎日通っていたけど、アレクサンドラって意外と治安が良いんだよ。いや、だからこそ女一人で酒場に通えたっていうのもあるか。

 

 まぁ、そんなことはさておきーーー。

 

 御手洗の帰りに薄暗い我が家の廊下を歩いていると、接客室の扉が空いていたから肝が冷えました。我が家でホラー現象に合うとか、まじに有り得る展開だから洒落にならん。この家、幽霊が四体もいるんだぞ。

 

 という自分でもよくわからないガチ切れは置いておき、いつもは閉め切ってるはずの部屋が開いているというホラーイベントに遭遇した私は、ちゃんと現実を見ることにした。

 

 ・・・・・・幽霊じゃなかったら、まぁ泥棒とかが安牌かな。

 

 ってことで、泥棒がのこのこ我が家に入ってきたのならば、返り討ちにしてやろう(皆が)と思って、久しく入ってなかったこの部屋に踏み入った。

 

 接客室はそこそこの広さがあるが、パーテーションが設置されていたり、ピアノが幅をきかせていることもあってそんなに広さを感じることってないんだよねぇ。

 

 年代物のピアノは、父さんが生まれる前かあるものらしい。長らく掃除してないから埃とかどえらい事になってるんだろうなーと遠い目しながら考えていたら、窓の傍に佇む影を私は見つけてしまった。

 

 微動せずに、窓枠にもたれ掛かっているそのシルエットは、ちょっと前に見たものだ。

 

「此処で何をしているんですか、エイトさん」

 

 ってか、ある種ホラーシチュエーションものなんですけど! これ!

 

 私が、無闇矢鱈に驚かなかったのは、泥棒を取っ捕まえようと心構えしてきたお陰だ。誰かしら居るだろうと踏んで入ってきたので、凄く冷静にエイトさんがこの部屋にいることを認めてしまったよ。

 

 私が穏やかに彼の存在を認めたこともあって、彼も凄く普通な顔して、私に声を掛けてくる。

 

「このピアノって、鳴りますか?」

 

 しかも、私の問いかけにはスルーというこの所業。

 流石、御先祖様。どいつもこいつも我が道を行きやがる。

 

「え? う、うん。調律が必要だから、その分時間は掛かるけども鳴らそうと思えば出来るよ」

 

 だけども、私ってば超出来る子孫なのだ。御先祖様が如何にゴーイングマイウェイだろうとも、ちゃんと答えてあげるさ。・・・・・・嗚呼、癒し枠がレックス君だけじゃ足りない。

 

「そうなんですか」

 

 しかし、心中騒がしい私と違って、また黙り込んでしまったエイトさんの目は、何処か虚ろげだ。

 夕食の時間にエイトさんが何故、魂だけ呼び出されてしまったのかとか、今の世界についての話とかを色々したのだが、天空の三勇者にしていた頃よりも説明自体が複雑になってしまったので、エイトさんも概要は理解していても、まだ頭が混乱していることだろう。

 

 私自身も、エスタークを討てと勅命を受けて、まだ一月経ってないし。

 正直、まだ心が浮き足立っている部分もある。

 

 事の全てが、坂道を転げ落ちるように急速に流れていってるのだ。渦中にいるけども、本当はまだまだ他人事のような感じがして、現実味を感じられない。

 

 このまま、お互い黙って時が流れて行くかと思ったが、エイトさんが急に口を開いた。

 

「アンも知っての通り、僕は姫様にこの身を拾って頂きました。それまで、自分がどの様に生きてきたかという記憶はありませんし、正直興味もありません。ですから、僕の人生は姫様と出会ってから始まったのです」

 

 エイトさんの声って、凄く穏やかなんだよね。まるで、子守唄のように、一定の調子で紡がれるから、聞いていてすごく心地良い。

 

 ーーー告白内容があまりに凄すぎて、現実逃避してるとかそんな訳では無いからね! 多分!

 

 やっぱ凄い重たい話を簡単に投下してくるから、御先祖様って怖い。

 波乱万丈な人生を送って来られたから、そういうのに御先祖様サイドは免疫あるかもしれないけどさ。一般ピーポーな私は、たまにぼこぼこ道、時に槍の雨の人生しか送ってないんだから、急にそんな話をされると吃驚しちゃうんだってば。

 

 と心の中で、愚痴っていてもエイトさんには伝わらない。しかも、彼のヘビーな話は淀むことなく続けられるのだ。

 

「始まってから此方、姫様と陛下に忠誠を誓って生きてました。僕が成すことは全て、あの二人の為にあろうと。そうやって、生を全う出来た自分を僕は誇らしく思っています」

 

「・・・・・・今回のお願い事は、トロデーンとは関係ないから聞けなさそうってことですか?」

 

「いえ、聞く気が無いわけではありません・・・・・・ただ、姫様と陛下のいない僕では、あまりお力になれないと思うのです」

 

 エイトさんの言わんとしていることが、私には分からなかった。世界を救世している彼が、どうして力不足だと感じるのか。

 

 確かに、今の世にはミーティア姫もトロデ王も居ない。だが、トロデ王が居なくなってからも見事、王としての手腕を振るい、トロデーンを最盛期へと導いたのは、紛うことなき彼の力だ。過去に世界史で習ったことを思い出して、やはり私は首を傾げる。

 

 どうして、エイトさんはこんなにも自信が無いのだろうと。

 

「恐らく、アンは在位期間に僕が成した政策を知っているのでしょう。そして、世界をどのように救ったのかの経緯も冒険の書があるから知っているーーーーーだけど、貴女は王座を降りた後の僕を知らない。ミーティアを喪い、姿を晦ましたその後を」

 

「そう言えば、存命中にエイトさんのお子さんが王位を継いだのでしたっけ?」

 

「ええ。ミーティアが居なくなってからほんの時間を空けた後に」

 

 一瞬、ある予測が私の脳裏を過ぎった。しかし、その予測はもう、ある意味狂気じみているとしか思えないものだ。

 

 ーーーいやいや、そこまでこの人もミーティア姫に執心していないだろう。

 

 私は、侮っていた。この目の前にいる、穏やかに語り、静寂を纏う大国の元王様を。

 

 ーーー否、トロデーンの近衛兵を私は、見誤っていたのだ。

 

「ミーティアを喪って、僕は大きな虚無を抱えることになりました。姫様もおらず、陛下もいないこのトロデーンは、ちょっとのことでは傾かない基盤が出来ていた。僕の見立てでは、あと200年は国として在れるだろうトロデーンに出来ることは無くなったのですーーーいえ、それは今となっては言い訳のようにも思えます。僕は、姫様と陛下のいないこの国に居ることが耐えられらなくなったのでしょう」

 

 エイトさんが切々と語るその内容は、とても私には理解が出来ないものだ。

 

 ってか、私の予測がかなり大当たりしている・・・・・・!そこまで、ミーティア姫とトロデ王に執着していないだろうとか宣っていたさっきまでの自分を殴り飛ばしたい!

 

「息子に王座を譲った後、僕は竜神王に会いに行きました。この後、どうやって生きていけば良いのか、彼に聞きに行ったのです。僕の相談を受けて、竜神王は頭を抱えていました。『未熟な精神はついぞ育たなかったのか』と。そして、彼は言いました。『己ともう一度、向き直って来ると良い。そろそろ、他人を指針にするのは辞め時であろう』と。僕は竜神王に促されるままに、また世界を回ることにしました。トロデーンから出なかった数十年の間に変わってしまった各国を見回るのは凄く楽しかった。しかし、僕の力は確実に、日に日に衰えていきました。竜人としての力が目覚めてしまってから、老いることも出来ず、体はあまり皆と一緒に旅をしていた時と変わらないはずなのに、何故か剣の腕は落ち、魔法も徐々に唱えられなくなった。それから、僕はーーー嗚呼、どうしたか」

 

 皺の寄る眉間を指で解して、エイトさんはそれから、暫くうんうんと唸っていた。

 

 人をそこまで慕ったことの無い私には、エイトさんの気持ちは分からない。だから、今の彼にはどう励ましの言葉をかけてやればいいのか分からなくて、一言も口にすることは出来ないのだ。

 

「ーーーアンが、そんなに困ったような顔をすることじゃないんですよ。これは、僕のどうしようもない話なんですから」

 

「どうして、そこまでミーティア姫やトロデ王に執着出来るの?」

 

 うん、私。分からないからって、直球に聞くことじゃないな、それ。しかも、何故か励ます側の私が、励まされる側のエイトさんに宥められている。この状況は非常に可笑しい。

 

 しかし、エイトさんはそんな不躾な私の質問に、戸惑ったような顔をしたものの、私の質問に返事をくれた。

 

「あの方々は、僕にとって親であったのです。僕の人生は、あの方達と出会って始まるのですから。そして、姫様は、妹でもあったし、場合によっては姉でもあった。仕えるべき姫の時もあれば、犯してはならない神にも」

 

「そして、妻にもなったーーーってことですよね」

 

「はい。僕が生涯を賭して、お仕えし、守るべき(ひと)でした」

 

 暗闇の中でもよく分かるエイトさんの楽しげな、だけど慈悲に満ちたその笑顔はとても独特で、艶があった。まだ十八年しか生きていない私には、とても出来ないその笑顔に少し見惚れてしまう。

 

 人間ならば、他人に左右されず、自己を律して生きなさいとよく言われる。自分がない人は、よく嫌味を言われたりする対象にもなるこの人間社会で、こうも他人に自分の人生を預けている人もいないだろう。

 

 でも、エイトさんはその人生を全うした。

 だからこそ、言葉に説得力がある。

 なんとか自立して、生きてかねばと常々思っている私でさえも、心傾きそうになる話だった。

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

「ていやー!」

 

 初夏の朝は早く、白い雲と青空のコントラストが抜群な中、響き渡るのは私の威勢のいい掛け声。

 そして、その私の掛け声に続いて紡がれるのは、冷静沈着な野郎共の野次である。

 

「脇が開いてる」

 

「威勢は良いが、体がふらついてるぜ」

 

「アン姉ちゃん、視線は水平にだよー」

 

 現在の時間、午前6時。着替えるまもなく、天空の三勇者共にベッドから追い立てたられた私は、パジャマ姿で木剣を振るっている真っ最中だ。

 

 くそう。

 奴らと来たら、悠々と空箱や空の酒樽を持ってきて、素振りする私を取り囲むように座っているのである。イザさんなんか、私以上に眠たそうな顔をして欠伸を噛み締めてるよ。

 

 ───あーあ、なんでこんなことになってるんだか。

 

 朝が壊滅的に弱い私がこんな早朝に起きてきて、尚且つ物を振り回してるとか青天の霹靂としか言い様がない。勤め先の店長が見たらひっくりよ、絶対。

 

 と意識を飛ばしていたら、またぞろ三勇者から厳しいお言葉が飛んでくる。

 

「おら、軸がズレてきたぞ。今は集中しろ」

 

 三人の中でも、一際厳しいのがユーリルさんだ。タダでさえ平常時でも眼光鋭いのに、こんな朝っぱらから親の敵でも見るような目で私の動作を観察している。

 

 レックス君とイザさんも私の素振りを見守ってくれているけど、ユーリルさんとは違って少しのズレとかは目零ししてくれてるようだ。

 

 否、目零ししているというか───。

 

「よし。俺もそろそろ素振りしてくる。後の指導は頼んだぞ」

 

「あー! いいなー、ボクも久しぶりにやりたいよ、イザお兄ちゃん」

 

「じゃあ、打ち合いでも軽くするか」

 

「何てめぇら、人にパッパラパーを押し付けて、自主練やろうとしてんだよ」

 

 どうやら、見ていることに飽きたっぽいね、あの二人。

 

 ユーリルさんに私を押し付けて、2人で自主練する気満々らしいイザさんとレックス君は、既に腰を上げている。

 

 しかし、黙ってそれを見ているユーリルさんじゃない。立ち上がった二人に容赦ない視線を向けて、トゲトゲしているユーリルさんは誰がどう見てもご立腹だ。

 

 けど、それに怯むような二人じゃない。イザさんは、何か考えているようで、実際何にも考えないっぽい顔で佇んでいる。ちっとも、ユーリルさんの怒りを収める気のないイザさんには、もう流石としか言い様がないよね。

 

 となれば、三勇者のバランス役であるレックス君が、その腕前を披露するしかない。

 

「じゃあ、交代でやろう! 20分交代で、次はボクがアンお姉ちゃんの素振りを見てるね」

 

「此奴がそこまで持たねぇよ」

 

 名案とばかりに笑顔で告げるレックス君に、冷え冷えとした顔でその名案を叩き落としたユーリルさん。私だって、やれば出来るよ!と言ってやりたいが、残念なことに自分の体力は彼が仰るように軟弱なものでした。

 

「ええー」とレックス君が信じられないと言うような声を上げてるが、素振り一日目の私に寄せられる期待が大き過ぎることを取り敢えず、飽きた組には察してほしい。

 

「あの、すみません」

 

 そうやって、天空の三勇者で意見の食い違いを起こしていたら、玄関の方からランサーのような物を持ってやってきたエイトさんが戸惑った表情で此方にやってくるのが見えた。

 

「この槍って、お借りしても良いですか?」

 

 

 朝日を照り返す黄色の上着が眩しいと目を細めながらも、エイトさんが手にしているランスを見詰める。

 

 ───確か、あれは廊下の奥に飾られていた英雄の槍だ。

 

 時たま、父さんが気に入った武器を床下の物入れから出しては、廊下よ突き当たりに飾っていたことを思い出した。

 

 二年前ぐらいに、唐突に正義のそろばんと一緒に飾られ始めた英雄の槍は、飾った主が居なくなっても尚、あの場所に立てかけられ続けていたのだ。

 

「別にいいよー。どうせ、飾ってあるだけだし、その槍も使われた方が本望だと思う」

 

 妙に英雄の槍が似合うエイトさんを見てしまうと、首を横に振ろうとも思わなくなるよね。

 

 槍の許可が出て相当嬉しかったのか、今まであまり笑顔らしい笑顔を見せることが無かったエイトさんが、ついに目元を緩めて、槍を握り直す。

 

「ありがとうございます、アン」

 

 顔周りに花を飛ばす勢いで微笑むエイトさんの破壊力や凄まじかった。

 

 元々、ベビーフェイスでもあるエイトさん。近衛兵や王様といった異色の経歴を持っていることもあって、どうしても硬質さしか感じられなかった彼は、例えベビーフェイスだったとしても、そのことが加味されて可愛らしいというような感想を抱くことは出来ないでいた。

 

 だが、しかし。エイトさんの微笑は、女である私の微笑よりも数十倍可憐で愛らしいものであったのだ。

 

 ───そう言えば、この人。元は小間使いだったっけ。

 

 急に思い出した彼の最初の職業に、私は何とも言い難い複雑な気持ちになる。

 

 なるほど、そのベビーフェイスで周囲の人間を油断させ、いざっていう時に特大の竜の爪を奮っていたんだなぁこの人。

 

 ふとそう思い至って、背後を振り返ると呆気に取られたユーリルさんと珍しくレックス君と一緒になって、楽しげな笑みを浮かべているイザさんの姿を見ることが出来た。

 

「俺、槍使いと戦うことって案外無かったんだよな」

 

 なんか、イザさんの口から不穏な言葉の羅列が聞こえてきたよ。これは、完全に戦闘狂(バーサーカー)がロックオンしたっていう宣言だ。

 

 この人も一応、王族なんだからさ。優雅にチェスとかの勝負をふっかけたら様になりそうなのになぁ。

 

 まぁ、私のそんな甘い願い事になんか耳を貸さないのが、御先祖である。

 

 それから、我が家の庭が十分も経たないうちに戦場と化したことは言うまでもないことだろう。

 

 天空の三勇者とエイトさんによる、壮絶な稽古試合は、庭に埋まっていた数少ない痩せ衰えた木が倒れたことに業を煮やした私によって、終わりを迎えることになった。

 

 





DQの主人公って、基本喋らないので色々と解釈が捗りますよねー

そう言いつつ生まれたのが、この8主

ブラックジョーク好きな仲間と上手くやってこれたので、多分天空組にも馴染めます




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どいつもこいつも、ちょっとおセンチなのです

 

 

「磨き砂って、これだけですか?」

 

 書斎の執務机に腰掛けたエイトさんの手に握られているのは、猫の顔がプリントされた磨き砂の袋だ。執務机の上に置かれた錬金釜が主人の手元に戻ったせいか、昨日見た時よりも輝いて見えるのだけども気のせいだろうか。

 

「うん。屋敷にあるのはこれだけだねー」

 

 たまに父さんが、気晴らしがてらに武器を磨くのに我が家に常備されていた磨き砂は、エイトさんが持っている袋の分だけだ。

 

 眉を顰めて、袋の中身を覗き込んでいるエイトさんの感じからして、恐らく量が足りないんだろうなぁ。

 

「足りねぇのか」

 

 私の心の内を呼んだかのように、ユーリルさんがエイトさんに尋ねる。因みに、あとの天空の勇者組は夕飯の買い出しに行った。買い出しに行ってくれるのは普通に助かることなんだけど、あの人たちは己が勇者であることを忘れているような気がする。

 

「そうです。錆を取らなければならない伝説の装備はこの四つですよね。だとしたら、僕の見立てでは、一つの装備に磨き砂が袋九つ分が必要になりそうです。あとそれに加えて、特別な成分を保有している鉱石も必要かもしれません」

 

「えっ!? 一つの武器に磨き砂が九袋!? しかも、なんか凄い鉱石なんかも必要って感じ?」

 

 錬金術の界隈でも名を馳せているエイトさんの見立てなのだから、間違いは無いだろう。けど、錬金する以前に材料を集めるのがとっても大変そうな予感がしてきて、変な汗を私はかいてきたよ。

 

「特別な鉱石・・・。天空城の壁とかに使われている石材とかか」

 

「ユーリルさん。それ、絶対マスタードラゴンが許さないと思うよ」

 

 真剣な顔をして、天空城を掘ろうとか言ってくるユーリルさんに秒でツッコんだ。

 この人、目がマジだよ。本気で天空城を盗掘しようって提案してきてるよ!

 

 貴方、これ以上マスタードラゴンとの間にある溝を深めちゃ駄目なんだから、喧嘩を売りそうな話は乗れないよね。

 

 しかし、そんな私の憂いをユーリルさんは軽く躱す。

 

「バレなきゃ問題ないんじゃね?」

 

「んな訳、あるかー! もう! 勇者の癖になんでそう犯罪者思考なのかなー」

 

 だから牢屋とかに放り込まれたりするんだよとユーリルさんにジト目を向けたら、あの三白眼で睨まれることになった。理不尽すぎる。

 

「僕が思い付く鉱石も試してみて良いでしょうか?」

 

 ユーリルさんばかりに目をつけていたら、背後から味方の振りをした敵(エイトさん)にグサリとやられるはめになった。

 

「も、じゃないよ! いやいや。天空城の壁で試したりはしないから。普通にエイトさんが思いつく鉱石だけで試そう! ね?」

 

 まさか、この話にエイトさんも乗ってくるとは思わず、つい大真面目な顔をして首を横に振っちゃったよ。で、そうしたら、そうしたでエイトさんも冗談だよと言いたげにクスクス笑うし。

 

 ───本当、この人、いい性格してるわー。天空の三勇者もなかなか曲者だけどさ、この人も大概の曲者だ。

 

「で、その鉱石ってのは?」

 

 これ以上、天空城についての話を長引かせるとろくなことが無さそうなので、とっとと話題を鉱石の方に変える。エイトさんもそんな私の心境を察してるらしく、からかうことなくその話に乗ってくれた。

 

「この世で一番硬度を誇る鉱石と言われている───オリハルコンです」

 

「お、おおおオリハルコン!?」

 

 なんかエイトさんの口からサラッと伝説上の鉱石の名前が挙がったよ!

 

 オリハルコンをよく知らないらしいユーリルさんはイマイチピンと来てないみたいで、首を捻っている。

 

「おりはるこん・・・? コンニャク芋の仲間か?」

 

 二代目天空の勇者がメダパニにでも掛かっているようだが、残念。私も今若干、メダパニに掛かっている。

 

 そんな私の挙動不審な反応を見て取って、エイトさんは今の世界でのオリハルコンの価値を察したようだ。目を伏せて、「やっぱり、そんなに簡単にいかないか」とエイトさんがボヤくのが聞こえた。

 

「僕の時代でも、その鉱石はかなり貴重な物でした。が、アンの反応を見る限り、今の世界でのオリハルコンはそれ以上の価値の物でしょうね」

 

 察しの良いエイトさんに、私は水鳥の如く首を縦に振る。

 

 オリハルコン。それは、勇者の武器にも使用されるほどの硬度を誇る至高の素材であり、庶民の手には生涯届くことのない幻の鉱石だ。

 

 太古の昔には、村の牧場とかにも落ちていたようで、時には空島とか言う採掘場所自体が、超自然的な場所で採れたらしい。

 

 だが、それは昔も昔。それこそ、御先祖様達が生きていた頃の話である。

 

 魔物が消え去ってしまった三百年前、ちょうどその頃からオリハルコンに関する記述も史書からは無くなっており、遺物を展示している博物館にさえも、オリハルコンに関する物は見ることが出来ない。

 

 そのことを二人に告げると、エイトさんは困ったように眉根を下ろして、考え込み始めてしまった。

 

「ってことは、やっぱり天空城から貰った方が早いんじゃねぇの?」

 

 確かに今となっては、若干魅力的にも思えてしまうユーリルさん原案の『天空城盗掘大作戦』。

 

 しかし、それを実行するにはあまりにも代償がデカすぎる。ってか、これ以上、あの城の主《マスタードラゴン》を人間不信にしちゃダメだよ。

 

「オリハルコンに匹敵する鉱石か・・・。世界を見回ったら見つかるか」

 

「エイトさん。急にふらっと、世界一周旅行には出掛けないでくださいね。せめて、出掛ける時は一声だけでもお願いします」

 

「え? あ、もしかして声に出してましたか」

 

「かなりな。でも、世界一周旅行ってのは良い案じゃねぇのか。俺も久しぶりにあっちこっち行きてぇよ」

 

「分かります。僕も元々は、体を動かしているのが性にあってまして・・・。なんで、正直頭だけを動かすのって得意じゃないんですよね」

 

「思ったよか、脳筋だなお前。けど、俺、そーいう奴の方が好きだぜ」

 

「光栄です。僕もユーリルさんの真っ直ぐさは好きですよ。腹の中に一物を持っている人間よりは断然、好ましいです」

 

 いつの間にか、エイトさんとユーリルさんが仲良く笑いあっていた。ユーリルさんは、ニヒルげに口端を持ち上げて。エイトさんは、花咲くような微笑みを向けて。

 

 互いに通じる者があったらしい二人に、私は仲良きことは良きかなと思いつつも、仲間外れにされているこの状況に、やるせなく方を竦める。

 

 男の人って、女には分からない友好の暖め方するよねー。あー、そろそろこのパーティに女性も加わってくれないかなー。

 

 などと思っていると、急に二人して私の方に顔を向けてくる。

 

「なので、僕はアンも好ましく思ってますよ」

 

「まぁ、此奴は猪突猛進に生きてるし。少しぐらいは、腹芸も覚えた方がいいと思うけどな」

 

「いや、それに関しては、ユーリルさんには言われたくない。マスタードラゴンのこととなると、直ぐ目くじら立てる貴方にだけは言われたくない」

 

「あ?」

 

 正直、エイトさんからしてみれば、私もユーリルさんもどっちもどっちって奴なんだろうけど、私の矜恃が、このことについてはユーリルさんに負けられないと告げている。

 

 ───私はまだ覚えてるぞ。マスタードラゴンと仲の良いレックス君に、信じられないもの見るような目を向けていたあの時のユーリルさんの表情を。

 

 がるるるとメンチを切り合う私達を背後にして、エイトさんは錬金釜に再度向きあっていた。恐らく、私達の低レベルな争いに飽きたんだろうね。

 

 もみくちゃになりながらも、取っ組み合いを止めない私とユーリルさんを背後に黄昏れているエイトさんは、錬金釜の蓋を徐に弾いた。

 

「・・・・・・陛下なら、ご存知でしたか。オリハルコン以外の鉱石すらも」

 

 

 

 

 ***

 

 

 皆がこの家で寝起きするようになってから、もう何日も日が過ぎた。月影の窓を潜って、あの世界に行ったのが、丁度満月の日。

 

 今、夜空に掛かっている月はまだ半月にもなりきらない丸さの月で、その周りをぶ厚い雲が幾つも漂っている。

 

 屋敷の外は、初夏と言ってもまだ少し肌寒く、風が吹けば身震いしそうになる。

 

 朝の日課になっている素振りの練習場所に来てみると、あの天空の三勇者が椅子にしていた空箱や酒樽がそのままに置いてあるのが見えた。

 

 ───多分、明日もそれぞれが彼処に腰掛けて、私の粗末な素振りを観察することになるんだろうなぁ。

 

 ハァと口から思わず飛び出る溜息を留めるのもストレスになる気がして、もう一度溜息を吐く。素振りをするのが嫌になっている訳では無い。だけど、彼等の求めるレベルに応えるのが少ししんどいのだ。

 

 良い所も残念な所も見せてくれる御先祖様だが、その能力は勇者なだけあって、とんでもなくハイスペックだ。

 

 だからこそ、彼等が私に求めるレベルもかなり高い。

 

 二週間ぐらい前までは、ただの町のカフェ店員であった私に突きつけられるには、酷すぎる期待だってことを、あの人達は察する日が来るのだろうか。

 

 ───でも、私はそれはそれで嫌なんだ。あの人達が、私には出来ないことだと察して、一瞬だけ失望の色を見せて、その次にはいつもみたいな呑気な面を被って、私の実力相応のレベルにまで彼等の期待値を下げるのも嫌だ。

 

 怖い。

 皆を失望させるのが。

 

 私にはどうしたって、彼等と同じことが出来るはずが無い。

 そんなことは分かっている。分かりきっている。

 

 だけど、だけど。

 

 皆のそんな顔は絶対見たくないんだ。

 

 気付けば、私は空箱に腰掛けて、両手で顔を覆っていた。辺りがさっきよりも薄暗くなっている気がして頭上を見上げると、月を大きな雲が遮っていた。

 

 だからか、体の端が段々と冷たくなってきている。両手を擦り合わせると、晩秋の時のように爪先に熱が灯るようだった。

 

「そろそろ、入るか」

 

 この寒さに身を任せて、風邪を引くのも馬鹿らしい。夏風邪なんて引いたら、それこそ大変だ。ユーリルさんなんて、鬼の首を取ったかのように嘲笑ってくるに決まってる。

 

「ハァ」

 

 今日はなんだか、センチメンタルな気分になっちゃう日だ。

 

 ***

 

 外の風から逃れるように家の中へと入ると、薄暗闇に包まれた廊下が私を出迎える。

 

 此処は貧乏貴族の屋敷だ。廊下の明かりと言えども全部に付けて回っていたら、タダでさえ少ない貯蓄があっという間に空になってしまう。

 

 なので、必要最低限の燭台にしか火を入れていないのだ。お陰様で、隅の方はかなりの暗がりになっていて、幽霊の一匹や二匹が蹲っていても気付けないだろう。

 

 ───そろそろ、部屋に戻ろうかな。あの四人は多分、まだトランプ大会に興じているだろうけど、使っていい部屋は言ってあるし。

 

 夕御飯が終わった後、最近は喋ることがなくなって暇を持て余しているらしい彼等は、いつの間にかトランプなんぞを見つけてきて、時間があれば皆でやるようになっていた。

 

 皆、勇者や英雄やってただけあって、なかなかに負けず嫌いだから凄い白熱するんだよね、あれ。何回『もう一回コール』に乗せらたことか。流石に連日やってると飽きが来た私は、今回はそっと抜け出してきたけど。

 

「・・・・・・ん?」

 

 あの四人の負けず嫌いっぷりに呆れていたところで、廊下の奥にキラリと何かが光っているのが見えたような気がした。

 

 いつぞやかの月影の窓が顕現する時に見た、神秘的な青白い光に似た何かが、視界に差し込んだような・・・。

 

 ───これは、確かめるしかないよね。

 

 気のせいだったら、その時はその時だ。

 

「なーんだ、本当に気のせいか」って、自分の見当違いに笑って、部屋に戻ればいい。

 

 ずんずんと迷いない足取りで、その何らかの光が見えた廊下の奥へと向かう。奥には、エイトさんにあげたはずの英雄の槍と正義のそろばんが立て掛けてあるのが、僅かな燭台の火によって見えてきた。

 

 エイトさんも、こういう所が律儀だよねー。

 

 あげたのだから、部屋に持って行ってもらって全然構わないのに。

 自主練終えたら、いつも此処に戻しに来てるんだろうなぁ。

 

『・・・しゃ・・・様』

 

「───え?」

 

 どこからとも無く聞こえてきたその声は男性のもので、それはこれまでに聞いたことの無い声だった。

 

『ゆ・・・・・・様。ど・・・・・・に居お・・・・・・か』

 

 絶え間なく紡がれるその声には、途方に暮れたような色があるように思えた。

 

 視界がぐらつく。

 歪んだ景色に、頭を抱えた。

 見えているものが全て重なり合い、色が端から徐々に消え去っていく。

 

「な、に、これ」

 

 頭を抱えていた手がだらりと落ちたのが、感覚で分かった。立っていられない目眩に膝を着くが、床に着地した時の痛みは酷く鈍い。

 

『勇者様・・・・・・ユーリルさん!』

 

 誰かがユーリルさんを強く呼ぶ声を皮切りに、私の意識は完全に事切れた。

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

 すぐ真上から聞こえてくるその声は、聞いたことのない男声だったが、とても柔らかくて心地の良いものだ。

 

 起きるのが億劫なくらい、頭の奥が痛い。

 

 チクチクとした痛みとかじゃなくて、響くような鈍痛だ。

 凄く分かりやすい例えで言うならば、二日酔いした時みたいな頭痛。

 

 しかし、無事を案じられているのだから、起きない訳にはいかないだろう。

 

 開きたがらない瞼をどうにか押し上げると、薄暗闇の向こう側にやはり見たことのないおじさんの顔があった。

 

 その人は、漸く瞼を上げた私を見て嬉しそうに微笑む。

 

「嗚呼、気がついたようですね。突然、知らない所に居るかと思ったら、すぐそこで人が倒れていたものですから驚きましたよ」

 

「・・・・・・あの、貴方は?」

 

 円な目をくりくりと回して、鼻の下に生えている髪と同じ色の青髭を動かさない程度によく喋るこのおじさんは誰だろう?

 

 上体を起こして、辺りを見てみると此処は紛うことなき私の家だ。

 

 つまり、このおじさんは不法侵入者になる訳で・・・。

 

 本当はもっと警戒心を露わにして、詰問するように聞くべきなんだろうけ、私はただ今絶賛体調不良中だ。

 

 しかも、なんかこの人、疑いにくいんだよね。

 

 ・・・・・・ユーリルさんと違って、善人顔だからかかな。

 

 思い浮かんだ、イケメンだけども目つきの悪いユーリルさんとは違って、人畜無害そうなそのおじさんは「そうでした、そうでした」と目元を緩めた。

 

「自己紹介がまだでしたね。私は武器商人のトルネコと申します」

 

 ───トルネコ?

 

 あっれぇ。どっかで聞いたことのある名前だぁ。

 さっきから私の頭の中で顔が回っているユーリルさんの知り合いに、たしかそんな名前の武器商人が居たような・・・・・・。

 

 過去に読んだユーリルさんの冒険の書と、私の思考回路が結び付き、様々な憶測が思う浮かんでは募っていく。

 

 幽霊として蘇った御先祖様。

 夢の世界でだけど、接触できるマスタードラゴン。

 まだ生きているイシュマウリさん。

 

「つかぬ事をお聞きしますが、銀行を経営している奥様がいらっしゃいませんか?」

 

「え? もしかして、私のことをご存知なんですか?」

 

「結構前にエンドールとブランカを繋ぐトンネルを掘ったとか・・・」

 

「嗚呼、その噂ってこんな所まで届いているのですか。いやぁ、そうまで噂されるほどの大したことじゃないんですけどねー」

 

 この人、マジモンだ。

 

 なかなかよくお太りになられてて、何処にでもいそうな行商のおっちゃんの成りをしているけど、この人は、ユーリルさんのパーティメンバーであるトルネコさんに間違いない!

 

 ───だとしても、何で此処にこの人が・・・・・・?

 

 有り得ない事態に目が回りそうだが、此処で思考することを止めちゃ駄目だ。

 

 これまでにも、それはもう、沢山妙ちきりんなことはあった。だけど、その度に拙いながらも向き合ってきたからこそ、なんとか非日常の中でも平和を保てている。

 

 ───でも、トルネコさんはこれまでの御先祖様と違って、アルバトロスの系譜に連なる人じゃない。

 

 私とは何の繋がりもない人を、どうして呼ぶことが出来たのか?

 

「どうかしましたか? お嬢さん? そう言えば、まだ貴女のお名前を伺っていないような気がします」

 

 そっと労わるように、肩に手を置かれたかと思えば、トルネコさんの穏やかな声が聞こえた。ふと、放置してしまっていたトルネコさんの方に顔を向けると、相も変わらずニコニコ笑顔を浮かべるトルネコさんの姿がそこにある。

 

 だが、緩められた目には、私を心配する色があった。

 

「・・・・・・私の名前は、アン・アルバトロス。この家の主人です。トルネコさん、私の部屋に来てください。御先祖──私の仲間に貴方を紹介する前に、話しておかなければならない話があります」

「おや、淑女の部屋に招待ですか・・・・・・どうやら、その様に茶化している場合じゃないみたいですね」

 

 そう言う割には、緊張に強ばる私と対になるようなゆったりとした動きで口髭を撫でるトルネコさんを見てると、体の力がちょっと抜けるのを感じた。

 







トルネコと言えば、網タイツで『調べる』ですよね(笑)

トルネコの網タイツ姿を怖いもの見たさで見たいと、今でも思っちゃいます


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ユーリルさん、嫌いなものが多過ぎませんか

明けましておめでとうございます


 

 

 私の部屋は、恐らくこの家にあるどの部屋よりも装飾的で物が溢れている。

 

 ビンテージ物の天蓋付きベッドの側面に掛かるのは、洗濯するのが恐ろしい程に細かいレースで編まれた紗だ。しかも、それが幾重にも重なっているので、この中で寝ていると窓から射す太陽の光も届かない。・・・・・・あれ、私が寝坊するって原因って、もしかしてそれか?

 

 折角置かれている勉強机の上には、お父さんに押し付けられた世界各地の神話本がつみかさなっている。その神話本の隣には果実酒が並び、チープなボトルに入れられて並べられている。全く勉強する気皆無なその机の有様をトルネコさんに見せるのはちょっと忍びない。

 

「この椅子に腰掛けてください。背中の荷物は床に置いてもらって結構ですから」

 

「では、有難く。とても、素敵な部屋ですね」

 

 地図がとび出ているパンパンのリュックを下ろしながら、私の部屋を遠慮がちに見渡すトルネコさん。この部屋には椅子が一つしかないので、私は紗を天蓋の柱に括りつけてからベッドに腰掛ける。

 

 ───早朝に御先祖様がこの部屋に突撃かましてくるのも違和感があるのに、御先祖様の仲間を部屋に招き入れるってのも本当に謎すぎる展開だ。

 

 よいしょっと椅子に漸く腰掛けたトルネコさんが話を聞く準備は出来たとばかりに、微笑みかてくる。彼の促しを受けて、私はもう五度目となる話をするために、口を開いた。

 

「いきなりですみませんが、私は最後の勇者って奴らしいのです」

 

 我ながら、四度もしといて説明が下手だなと思う。

 

 だけども、そんな私の説明でも分かってもらわなくてはならない。

 

 そして───考えなくては。

 この人が何故、此処に居るのか。

 

 ・・・・・・「なんか召喚出来たからまぁ、いっかー」で済ませても良いんだけどさ。

 

 ほらウチには、ファミコンと姫様スキーがいるじゃない?

 若干、ホームシック気味なあの人達に、御先祖様以外が召喚できましたてへぺろ☆なんて言ったら、とんでもないことになりそうじゃんか。

 

 

 せめて、トルネコさんを召喚したきっかけさえ分かれば、そんな彼等にも説明しやすいと思うんだ。

 

 ───それに、エイトさんを完全に抱き込むことも出来るかもしれないしさ。

 

 

「トルネコさん、私は貴方の知っている天空の勇者の子孫に当たります」

 

 そんな私の様々な思惑を知らず、目前でにこやかに話を聞いているトルネコさんに、この不自然な状況についての説明を私は約一時間ほど掛けて行うことになった。

 

 

 この世界は、トルネコさんが死んでから何千年と経った未来であること。

 

 そして、私はトルネコさん達が討ち漏らしたエスタークを倒せと、アレクサンドラの王様から勅命を受けたこと。

 

 その無理難題に絶望している中、加護だけでも貰えないかとご先祖様参りに行ったら、ユーリルさんを召喚してしまったこと。

 

 月の世界に住むイシュマウリさんからこの世界の有り様を聞いて、マスタードラゴンを蘇らせ、そして今は錬金術で伝説の装備を復活させようとしていること。

 

 

 

 あとは細々としたエトセトラを彼に私は語りましたとも。ええ、語り抜いた。

 

 トルネコさんは、私の話に一つも口を挟まずに静かに、相槌を打って聞いてくれた。真剣な眼差しで、ふむふむと彼なりに私の話を噛み砕いて、理解してくれようと頑張っている姿に、無茶苦茶な話をしていると自覚している自分の励ましとなる。

 

 まぁ、あの四人もちゃんと話し聞いてくれてたけどね。だけど、ご先祖様でもない赤の他人にこういう話をするのってまた別なんだなぁ。

 

 あの四人とは違う緊迫感を感じながらした説明を聞いて、トルネコさんの開口一番の台詞がこれであった。

 

「私、今、幽霊なんですね」

 

 円な目をキラキラとさせて、両腕をワキワキしながら嬉しそうに聞いてくるトルネコさん。

 

「ええ。幽霊っちゃあ幽霊ですね」

 

「ほほー。これが霊体の感触ですか。生体の時と五感は変わりないですねー。あ! 壁とかってすり抜けられ・・・・・・あれ、すり抜けられませんね」

 

 幽霊になったことに興奮しているらしいトルネコさんは、思い立ったように壁に近づくや両手を壁を添わせる。

 

 しかし、期待していたように両手は壁をすり抜けない。

 

 結構、すり抜けられると本気にしていたらしいトルネコさんは、そのことがかなり残念だったようだ。

 

 肩を落としてとぼとぼとまた椅子に座り直したトルネコさんが、悲しそうに自分の両掌に視線を落として眺めている。

 

 その哀愁漂う姿に言葉を掛けるのも憚れるが、ずっとトルネコさんのその姿を眺めていても埒が明かない。

 

「トルネコさん。あの他に聞きたいことって無いですか?」

 

「聞きたいことですか? そうですねー・・・・・・そう言えば、此処にユーリルさんが居られるとか?」

「はい。居ますよ」

 

 さらりとユーリルさんも此処にいることを告げてみたが、トルネコさんはその事実を聞いてもあまり驚きはしなかった。

 

 しかし、その訳も聞いてみれば、分かる話であったのだ。

 

「私としては、頭の中にある記憶が魔王を討伐してすぐの頃で止まっているんですよね。なので、本当ならば何千年ぶりの再会となるんでしょうけど、感覚としては1時間ぶりに再会するみたいな感じになりそうです」

 

「そっか。トルネコさんの記憶は、皆と違って魔王討伐までのものしかないのか」

 

 ご先祖様達は、生まれてから死ぬまでの記憶を保有してこの世界に顕現してるけど、トルネコさんはそうじゃないみたいだ。

 

 でも、魔王討伐を果たした後の年齢でご先祖様達も姿は保たてれいるんだよね。そこは、トルネコさんも一緒のはずだ。

 

 ───ってことは、『魔王討伐』ってのが鍵なのかな。

 

「アンさんは、私が此処に現れてしまった理由をかなり気にしておられましたよね」

 

 ウンウン唸って、頭の中で色んな憶測を飛びかわせていると、トルネコさんが気遣わしげに私が今一番頭を悩ませている問題について触れてくる。

 

 トルネコさんもトルネコさんで、どうやら考えがあるみたいだ。「これは、あくまで私の推論なのですが」と前置きをして、彼の憶測について話し始める。

 

「アンさんに会う前、私は確か誰かの声を聞いたのです」

 

 思い出すように眼をすがめて、トルネコさんが遠くを見る。私も彼がどんな声を聞いたのかが気になって、無意識に喉を鳴らした。

 

「『怖い。皆を失望させるのが』」

 

 息を呑む。

 

 その言葉は、私が密かに胸中で漏らした本音だ。

 

 何故、トルネコさんが私の本音を聞いてしまったのだろうか。

 声になど、一言にも出していないのに・・・・・・。

 

「胸が苦しくなるような悲痛な声でした。私は、その声に導かれるままに歩いていくといつの間にやら此処に居たというわけです。彼処には、私の得物である正義のそろばんもありました。もしかしたら、その声と得物が私を此処に連れてきたのやもしれません」

 

 そうだ。

 唐突に思い出したのは、私が意識を失う前の記憶。

 

 あの時、私は不思議な光の正体を確かめようと廊下の奥まで来たのだ。

 

 そして、そこにあった正義のそろばんと英雄の槍に思いを馳せていると、誰かの呼び声が聞こえてきて・・・・・・。

 

 ───あの声は、そう。今、目の前にいる人の物と瓜二つ。

 

 トルネコさんのものだったんだ。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「えっとー、八切り! 取り敢えず、スペードの5を出しとこうかな」

 

「・・・・・・レックス、よくやった。王族共め、民草の怒りを知るが良いぜ! 革命じゃー!!」

 

「このタイミングで革命か。少し、手痛いな」

 

「国民舐めんなよ! てめぇらが誰の金で生活出来てんのかよくよく考えてみるんだな!」

 

「ユーリルお兄ちゃんって、もしかして王族嫌い?」

 

「安心しろ。俺は貴族も大嫌いだ」

 

「多分、ユーリルは碌な王族や貴族に会って来なかったんだろうな。俺やレックスのような庶民派王族が居るというのに」

 

「庶民派って言うよりも流浪派って感じだけどねー」

 

 新たな仲間であるトルネコさんを連れて奴等がいるであろう食堂に来てみれば、想像通り、天空の三勇者がそれぞれ思い思いにソファに座って、トランプ大会を開催していた。

 

 彼らの会話とテーブルの上に置かれているトランプを見て、ゲーム内容は大富豪だと察する。

 

 前まで、『無限ババ抜き』をしていたのだけど、さすがに飽きたか。負けた人間がもう一回を何度も繰り返すせいで、プレイヤー全員が寝落ちするまで永遠と続けられる地獄のゲームと化したそのババ抜きは、今思い出しても正気の沙汰とは思えない。

 

 ───それにしてもこの人たち、トランプ大好きだね。

 

「あ、アンお姉ちゃん。もう寝たと思ってたけど、起きてたんだね───後ろにいるおじさんは、お客様?」

 

「あんまり、年頃の娘が外を彷徨くなよな。お前、アイツらと違って弱ぇんだし・・・・・・って、客!?」

 

「よし、革命返し成功」

 

 私達がいることに気付いたらしいレックス君は、トルネコさんを見てものほほんとした調子だ。私もそうのほほんと言われると、トルネコさんを彼等にどう紹介しようかと悩んでいたのが馬鹿らしく思えてくる。

 

 だが、レックス君と違って「こんな時間に客かよ」と言わんばかりに、ユーリルさんが凄い勢いで手元のトランプから私達の方へと顔を向けてくる。

 

 ユーリルさんぐらいだったな。真夜中にも近い時間帯に連れてきたお客さんに驚いてくれたの。

 

 イザさんに至っては興味無しだよ。結構、嬉しそうに革命返し出来て笑ってるよ、あの人。

 

 イザさん、あんまり顔全体で笑わないから、実は結構珍しい瞬間だよね。

 

「なんとも賑やかなものですな」

 

 勇者達の賑わいに緩めたを顔を見せるトルネコさんに、私は苦笑じみた顔で頷く。どうやら、賑やかな雰囲気はお好きな模様だ。

 

「同じ天空の勇者だからか、すごい馬が合うみたいなんですよねー、あの三人。ってか、エイトさんは?」

 

「あ、エイトお兄ちゃんならピアノの部屋だよ」

 

「・・・・・・そろそろピアノの調律してあげようかな。レックス君は、ピアノ弾ける?」

 

「ボクは弾けないんだよね。タバサなら上手に弾けるんだけども」

 

 レックス君に尋ねながらも、そう言えばと思う。

 

 エイトさんってピアノが弾けるのだろうかと。

 

 ミーティア姫は歌の名手であったらしいが、ピアノもかなりの腕前であったらしい。

 

 エイトさんの冒険の書以外にも、ミーティア姫のピアノの腕前に関する逸話が残っている。サザンビークやサヴェッラ大聖堂の公文書に書いてあったと父さんも言ってたし、世界全土にその名声は伝わっていたんだろうなぁ。

 

 ───そんなミーティア姫からピアノの技術とか教授されてないかなー。

 

 私もちょっとだけ弾けるから、楽曲の話とかしてみたいんだけど・・・・・・いや、あの人は、ミーティア姫のピアノを聴くために敢えて習ってない可能性もあるか。

 

 と、エイトさんの話で盛り上がるのも程々にして。

 

 ちらと反応が気になるユーリルさんの方を見てみると、まるで幽霊に遭遇したかのような顔でトルネコさんを凝視していた。三白眼の瞳孔を開けきって、口元をわなわなと震わせているユーリルさんの姿ったら若干ホラーである。

 

 会うはずがない人物とご対面するって、確かにホラー現象だけどもさ。あれは、仲間を見る目じゃないよ。

 

 完全に幽霊とか人外に会って、恐怖に戦いている人の顔だよ。

 

「ユーリルさんもお元気そうですね」

 

 なかなかトルネコさんに対してのアクションを取らないユーリルさん。これでは、埒が明かないと思ったのか、トルネコさんがユーリルさんに軽く手を上げて声を掛ける。

 

 その瞬間、

 

「ギャァァアアアアっ!!! トルネコが、トルネコが化けて出てきやがったァァアアアっ!!!」

 

 自分が幽霊であることに未だに自覚がないらしいユーリルさんが、己のことは棚に上げてそんなことを叫ぶ。それはもう、魔王よりもおぞましい存在に出会ったかのように叫びまくりユーリルさんに、興味なしと大富豪を続けていたイザさんが顔を上げるほどだ。

 

「いや、ユーリルも幽霊だろ」

 

 しかも、冷静にご乱心中のユーリルさんにツッコんでいる。この人、いつもユーリルさんに幽霊だろってツッコんでいるような気がするけど、気のせいかな。

 

 だが、イザさんのツッコミすらもユーリルさんは耳に入ってないらしい。

 

「く、クリフトっ! おめぇ、神官だろ! 早くトルネコを成仏させてやってくれ!! それか、ミネア! なんか占いの神秘パワーで奉ったりとか出来ねぇか!? あ、マーニャの踊りが奉納とかっていうのも・・・・・・」

 

「ユーリルさん、もし仮にその人達が居たとしてもトルネコさんと同じ幽霊だよ」

 

「そう言えば、ユーリルさんは幽霊があんまり得意じゃなかったような気がします。リバストさんが出てきた時もこんな風に騒いでいたような」

 

「え、マジか。まさかのホラー苦手なタイプなの、この人」

 

「ユーリルお兄ちゃん、ユウレイさんなのにユウレイさんが怖いんだ」

 

 あっさりとトルネコさんにホラーが苦手なのだとバラされているユーリルさん。

 

 ユーリルさんみたいな刺々しくも勇ましいタイプが幽霊嫌いだと知って、気の抜けたような感想が出てくる。意外過ぎてギャップ萌えとすら思えないよ。

 

 そんな薄情な子孫と違って、天空の勇者三代目はちゃんと痛ましそうな顔をして二代目を見てあげていた。仲がいいだけあって、フォローもバッチリだね、君達。

 

「ってことは、アン。アンに血の繋がりのない俺達の仲間もこの時代に呼べるようになったのか」

 

 事の軸をちゃんと把握出来たのは、どうやらイザさんだけのようである。

 

 そんな彼も、思い至って驚愕するみたいな展開にはならないみたいだ。

 

 いつも通りの真顔で、淡々と憶測を述べるイザさんが決め手となって、私はとうとう脱力してしまった。

 

 この人たちのために、どうトルネコさんのことを説明し、他の仲間の呼び方とか話そうかなと頭を悩ませていた自分が本当に馬鹿みたいだ。

 

 ───無駄な気遣いをやろうとしてたっぽいなぁ、私。

 

 私はやる気なく片手を上げる。

 

「うん、その説明とか諸々するからさ。取り敢えず、エイトさん呼んできてくれない?」

 

 二度も同じ説明をするのは大変手間だ。この時代に初めてやってきた御先祖様達に何度も、その召喚理由やらの説明を繰り返した私は、その面倒さや大変さを身をもって知っていた。

 

「分かった! エイトお兄ちゃん、連れてくるねー」

 

 エイトさんを呼びに行く任務を請け負ってくれたのは、我らが特攻隊長であるレックス君だ。これから何か面白い話が聞けるに違いないと既にお目目がキラキラ状態である。

 

 持っていたトランプを放り出して、食堂を出ていったレックス君の小さな背中を見送る。

 

 ふとカーテンの引かれていない窓が目に入った。外はとっくのとうに帳が降りており、耳を澄ませば夜の覇者である梟の鳴き声すら聞こえてきそうだ。

 

 ───話が終わったら、とっとと寝よう。

 

 夜更かしはお肌の天敵だ。そんな決意を胸にし、私は手始めにと、まだ惚けた顔をしてトルネコさんを見ているユーリルさんを一瞥する。

 

 先ずは、この人をどうにかするか。

 






アンのモデルは、ドラゴンクエストヒーローズのメーアちゃんとドラゴンクエストXの『妖精図書館シリーズ』の女の子です

なので、アンは銀髪碧眼なのですが、あまり描写することが無いんですよねー

ちなみに作者は、ドラゴンクエストXはアンルシアちゃん登場時以降のイべをこなさないまま、引退しました


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