アリス イン ワンピースランド (N-SUGAR)
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第一話 ここはどこかしら?私はアリス・マーガトロイド

さあて、どうなることやら。


私の名前はアリス。アリス・マーガトロイド。七色の人形遣いにして、幻想郷の魔法の森に住む都会派魔法使い。で、間違いなく合っているはずなんだけれども、今。私はその自己認識の正確さに一抹の不安を抱いていた。

 

「魔法の森…のわけないわよね。ここは…」

 

朝目を覚まし、顔を濯いで歯を磨き、ハムエッグにトースト。ミルクと野菜スープを用意したところまでは、いつも通りの日常だった。今日は何をしようかしら。新しい裁縫針が手に入ったことだし、上海の新しいお洋服でも仕立てましょうかなんて、平和ボケしたことをいつも通りに考えていた。

 

平和ボケに関しては別にいい。いつも通り。日常に親しみ慣れるというのは、人生が平和で余裕があるという証拠であり歓迎こそすれ忌むべきような状態ではない。

 

だけどもそれも、回りの環境が日常であったらのはなしである。非日常下における平和ボケなんてものは、さっさと棚の中にでも置いておき日常が戻ってくるまで後生大事に仕舞っておくのが正しい取り扱いというものだ。

 

本来なら非日常に触れた時点で即座に入らねばならないこの手順を、しかし私はすぐに行うことができなかった。朝日を入れようと窓のカーテンを開け、いつもとは全く違う見たこともない町の景色を目に入れた私は、なんとも呆れたことにそのまま30分近く体も思考も硬直させてしまったのだ。勿論せっかく用意したいつも通りの朝食は、その間にすっかり冷めてしまうことになった。

 

町。そう、町だ。もうこの時点でおかしいでしょう。私は森に住んでるって言ってるじゃないの。なんで窓の外に道があって建物があって人が歩いているのよ。意味が分からないわよ。誰か説明してよお願いだから!なんて、思わず声に出して頭を抱えてしまったのも仕方のないことだろう。それだけこの現象は、異変騒動魑魅魍魎溢れる幻想郷民の私からしても、未だ体験したことのない前代未聞だったのだ。

 

もちろん幻想郷にも町は存在する。人間の里なんかがその代表例であり、幻想郷では最大規模の町と言っていい。他にも地底の旧地獄街道や妖怪の山にある妖怪の集落など、集団定住を行う種族は枚挙に暇がない。隙間妖怪など空間転移系の能力者もいる幻想郷でのこと、まず最初に疑うべきは、そういった妖怪や妖精のいたずらで幻想郷の別の土地に家ごと移動させられたという可能性だ。一般的に言われるところの、神隠しというやつである。

 

しかし私はその考えを深く検討することはなかった。第一に、私に気づかれることなく家ごと移動させるなんてどう考えてもそこら辺の妖怪や妖精にできる所業ではないからだ。それこそ八雲紫のような妖怪の賢者や、霊夢や魔理沙が話していた月の民のような上位者でもなければ不可能なことだ。いくら平和ボケしていたところで生半可な細工にも気づかない程私は耄碌しているつもりはない。

 

第二に、この窓の外の景色は私の知る限りどこをどう見回しても幻想郷のそれではない。外の往来を行き来する連中はどう見ても純粋な人間だ。人間の集落は幻想郷にもいくつかあるが、その中でも町と呼べるものは人間の里だけであり、そしてここは和風建築の並ぶ人間の里と違い、西洋風の建築が並んでいる。それは、明治初頭に外界から切り離されたという幻想郷には全くと言っていいほどどこにもない光景だった。

 

ではここは外の世界なのか?確かに神隠しの中には外の世界にまで行ってしまうものもあるという。私は知らない間に博麗大結界を自宅ごと越えてしまったのだろうか。と、単純に考えるのもしかし、私には憚られた。まず、往来の人々が日本人には見えないことから外の世界に出たとするなら外は外でも私は外国に飛ばされたことになる。その上外の景色の時代背景が、私の常識とは少し解離しているのだ。古風な町並みと言うか、それこそ少なく見積もっても窓からみる限りこの町はどう見ても中世より前の漁村農村と言った風情なのだ。古風なだけなら近代文明の痕跡もあってしかるべきだが、しかし外の景色にはそれすらもない。私が初めて幻想郷に来たときにも感じたことではあるが、それこそ過去の世界にタイムスリップでもしたような独特の感慨が、私の胸中を占めていた。時代に置いていかれるような。どこか名残惜しく、しかし懐かしい感覚…。

 

とは言え感慨に耽っている場合ではない。これはかなりの異常事態だ。影響が私の家だけにあるのかそうでないのかに関係なく、異変と呼ぶに差し支えない非日常。速急に対策を講じる必要がある。

 

そこまで考え、やっとのことで放心状態から回復した私は、なんとも恥ずかしいことにそこで初めて何時からか自分が誰かに呼ばれていることに気がついた。

 

コンコン、と窓を叩く音に左右を見回すが、それらしい人影は見当たらない。しかしそこから目線を落としてやっとそこに、気難しそうな顔をした小柄な老人が杖に寄り掛かって立っているのを見つけることができた。

 

私は玄関口にまわってドアを開ける。

 

「はいはい。どなたかしら?」

 

多分状況的に考えてこの老人からしてみれば私の方がよっぽどどなただと思うのだが、しかし普段の癖とでも言うか、人との会話の時に私は自分の内心や感情を隠すことが多く、その結果どうしてもこういった会話運びになってしまう。

 

「どなたというか。ワシはこの村の村長をやっとるスラップという者なのだが」

 

なるほど。村長ときたか。

 

「村長さんね。それで?その村長さんが私に何の用かしら?」

 

「何の用というか。お主がそれを分からないとなると、ワシにはもうどうしたらいいのか分からないんじゃがな」

 

「奇遇ね。私もそう思ってたところよ」

 

会話が終わってしまった。流石に言葉選びを誤り過ぎたかしら。さて、この老人相手に私はどこまで話せばいいものか…。

 

「ええと、スラップさんだったかしら?確認したいのだけど、貴方からして今って、どういう状況なのか説明できる?」

 

「そうじゃのう。村の他の連中は朝早いからなのか単純に馬鹿だからなのか気づいてなさそうじゃが、ワシからしてみたら今の状況は、昨日まで空き地だった場所に突如出現した謎の一軒家にこれまた謎の少女がいたという状況かのう」

 

「ああ、やっぱりそういう認識なのね」

 

あり得ないとは思っていたけど、むしろこの人が黒幕かなんかだったら手っ取り早かったんだけどね。まあ、そんな単純な解答で解決するなら、そもそも私がこんなところに転移することもなかったでしょう。

 

「えーっと、じゃあ、この村は、一体どこの村なのかを訊いてもいいかしら?できれば国まで答えてくれると助かるのだけど」

 

私が訊くと、老人はいぶかしげな顔をしたがすぐに

 

東の海(イーストブルー)ドーン島はゴア王国辺境の村、フーシャ村じゃ」

 

と答えてくれた。

 

が、ちょっと待て。今なんて言った?聞いたこともない海の名前と聞いたことのない島の名前と聞いたことのない国の名前が聞こえたんだけど。

 

「なんじゃ、お主、ここがどこかも知らんままに家を建てたのか?」

 

「いえ、建てたというか私のこの家は、本来別の土地に建っていたはずなのよ」

 

「よく話が見えてこないが…。何か事故が起こったということか?建築予定地を間違えたとか」

 

「うーん、…。なんと説明すればいいのか…」

 

これは、つまりそういうことなのだろうか。ちょっと考えたくはない可能性なのだが…。つまり、私は外の世界に神隠しにあったわけではなくて…。

 

「…もうひとつだけ訊きたいのだけど、この世界に海はいくつあるか、分かる?」

 

「?…何を言っとるんじゃ。そんなもん決まってるじゃろう。東の海(イーストブルー)西の海(ウエストブルー)南の海(サウスブルー)北の海(ノースブルー)、そして偉大なる航路(グランドライン)の五つ。これが主要な海じゃろう?」

 

はい。決定しました。ここは幻想郷どころか外の世界ですらない。異界。いや、異世界と呼んで差し支えない何処かだ。

 

「そんなの、帰れないじゃないの…」

 

「なんじゃ。お主、帰る場所がないのか?」

 

「え?あ、いや、その…」

 

しまった。声に出すつもりのない台詞を吐いてしまった。私らしくもない。

 

場所が異界だと言うのならば、帰る方法はいくらでもある。召喚魔法の大半は異界と現界を繋ぐ魔法だからだ。そこが地獄だろうが八雲紫のスキマ空間だろうが帰って来てみせよう。七色の魔法を操る私からしてみれば至極簡単なことだ。

 

だが異世界は駄目だ。異界というものが空間こそ断絶していてもあくまで世界と概念的に一続きなのに対して、異世界は完全に別概念の土地なのだ。通常なら世界同士を繋ぐこと事態があり得ないことであり、如何なる転移、転生の法を持ってしても異世界渡りというものは誰にも成し遂げられたことがなかったのだ。幻想郷だろうがその外だろうが、なんなら月の都でさえおそらくそれは同じであり、異世界転移などというものは文字通りの幻想。お伽噺の類いのはずだった。そんな概念系は、私の住む世界には存在しなかったのである。

 

異変どころの騒ぎじゃない。これははっきり言って異常だ。私の手に余る。

 

そんな弱音がつい口をついて出てしまった。本当に私らしくもない失態だ。

 

さて、それはともかくこれからどうするか。私は魔法使い。世界の法則を読み解くのは私の専門分野だ。原因と結果。それに法則を読み解けばこの世に出来ないことなど何もない。例え世界に存在しない概念系だろうと異世界の概念だろうと、事象が起こってしまえばそれを読み解くことは不可能なんかでは決してないはずなのだ。帰れないなんてことは、ない。

 

こうして、なんとか心を落ち着かせた私は再び考える。これから私はどうするべきか。

 

私が最終的にするべきことは、勿論異世界転移魔法の開発である。生まれこそ違うが、私の今の故郷は幻想郷なのだ。今さら他の地に移住して骨を埋める気など私には更々ない。

 

しかしそれにも問題はある。いくら私が七色の魔法使いだからと言っても、空間転移系の魔法は専門外もいいところだということだ。幻想郷で言えば、この類の魔法は召喚魔法を得意とする動かない大図書館、パチュリー=ノーレッジが専門とする分野である。私の専門は物体操作。系統がまるで違う。

 

そんな私がパチュリーでさえ手を出していなかった異世界転移なんて高度な魔法に一から手を出して、それが日の目を見るのに一体どれだけの年月が掛かるか分かったものではない。それに条件も悪い。

 

私が単体で転移したのなら、旅をしながらこの世界の情報を蒐集しつつ研究することもできたかもしれない。

 

しかし残念ながら、私は自宅ごとこの世界に転移してきてしまった。これではろくに動くことも出来ない。この家には私の長年の研究成果が詰まっているのだ。この世界に魔法使いが他にいるかどうか知らないが、他人にそれを盗まれる訳にはいかない。あの魔理沙からさえ、私は本を盗まれることはあっても研究成果を盗まれることだけは断固として阻止したのだ。

 

「おい?お嬢さん。聞いているのか?」

 

しまった。考えに没頭しすぎて目の前の老人のことをすっかり忘れていた。こちらはこちらで喫緊の問題なのだ。なんとかしなければ。

 

「ええ、聞いてはいたわ。そう。帰る場所ね」

 

「そうじゃ。こんなところにいきなり家が建った。もしくは移った。まあなんでもいいが、その謎は、本人もよく分からないと言うことで納得しよう」

 

いや、そんな怪しい現象私なら絶対納得できない。移ってきた家の住人が知らないなどとほざいても、絶対嘘だと思うだろう。少なくともこれが霊夢相手だったら即刻即座に私が退治の対象になること間違いなしだ。

 

まあでも、納得してくれると言うのだから、今回は素直に甘えておこう。

 

「そうね。では私はこれからどうすればいいのかしら?」

 

順当に考えれば退去処分が妥当と言ったところだろうか。まあそうなったらそうなったでやりようはある。とりあえずこの村から少し離れた森の中にでもこの家を転移させればいいだけのことだ。それくらいの基礎的な空間転移魔法ならば専門じゃない私にだってできる。

 

そうやって私が身構えていると、しかし老人はそんな順当なことは全く言い出さなかった。

 

あろうことかこの老人は

 

「そうじゃな。他に行くべきところがないなら、この村に害意を持たん限りはここにそのまま住んでくれても構わん。村の者たちには後でワシから伝えておくことにしよう」

 

などと言い放ったのだ。

 

「ええっと…、それには幾らほどお支払すればいいのかしら?…土地代とかは?」

 

動揺のあまり、いらないことを訊いてしまう。そんなこと言って、では金を払えなどと言われても私にこの世界の現金の手持ちなど全くないというのに。

 

しかしそんな私の心配を他所にこの村の代表者という肩書きを持つスラップ村長は

 

「そんなまどろっこしいもんは必要ないわい。どうせ国の中央政府からも忘れられてる辺境の田舎村じゃ。誰がどこに住もうと危害がない限りそれを咎める者など何処にもおらん」

 

と断言しなさった。

 

この村はそんな適当なことで果たして大丈夫なのだろうかと、そちらの方が都合のいい身でありながら思わず思ってしまった。

 

幻想郷もノリ的には似たようなところがあった。問題さえなければ外から誰がやってこようが特に気にしないという風潮だ。

 

だがあそこでは、仮に問題が起きたときにそれにすぐ対処出来るだけの実力を持つ管理者達がいたからそんな適当なことが許されたのだ。この村には、言っちゃなんだがそんな大層な実力者がいるとは思えなかった。

 

つまりは、ただただ危機管理意識が薄いだけである。

 

しかし、そんなことを指摘しても私が不利になるだけなので、私はそんな感想をおくびにも出さずに

 

「それは助かるわ。これから宜しくお願いするわね」

 

と、満面の笑みで村長に応えるのだった。

 

その後、スラップ村長は、「新しい住人がやって来たんじゃ。多分宴会になると思うので準備しておくといい」

などとますます幻想郷みたいなことを言って私を驚かせた後、コツコツと杖をついて去っていった。その後ろ姿に警戒の色など微塵もなく、ここが平和な村であることを私に実感させる。

 

とりあえず、居場所は確保できた。どんな状況であっても、ここに居てもいいと言われるのは心が落ち着くものである。少々余裕ができた私は、とりあえず朝食を温め直しましょうかと思い、玄関のドアを開けようとした。

 

しかしその瞬間、私は反射的に身体を翻し脇に避けた。

 

刹那、私の立っていた場所に屋根から何かがドサリと落ちてくる。

 

それは人の形をした何かだった。

 

どうやら気絶しているらしいその人形(ヒトガタ)は、私とほんの少しだけ色合いの違う金髪をボブカットにして、赤いリボンを着けた白黒洋服姿の幼い少女の形をしていた。

 

私は彼女との面識がそこまであるわけではないが、しかし確実にこの少女は、()()()()()()()()だった。

 

彼女こそは、幻想郷の一住人にして宵闇の木っ端妖怪とかなんとかいう肩書きを持つ―――――。

 

「確か。ルーミアとか言ったわね。この子」

 

何故彼女がここにいるのか。まあ、それに関しては屋根から降ってきた時点で大体の予想はつく。が、しかし果たしてこの子は私の今後にとってどういう存在になるのか。そして何より、元の世界に戻るヒントにはなり得るのか。

 

それは私にもさっぱり予想のつかない展開だった。

 

 

To be continued→



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第二話 宵闇と英雄と、そしてただの子供と

二話目にして原因判明!(まあ、一部の人はみんな知ってた)


「う、うーーん…?」

 

家の中に運び込み、ベッドに寝かせた宵闇の妖怪が目を覚ましたのは、最初に見つけてからたっぷり四時間は経ったあとのことだった。

 

「いいにおいがするのかー?」

 

しかもこの妖怪は、その時私が作っていた昼食のナポリタンの匂いに釣られて起きたらしい。なんとも妖怪らしく欲望に忠実な奴である。

 

「はいはい。食べさせてあげるから、さっさと起きちゃいなさい」

 

「おー?」

 

まだ寝ぼけているらしいルーミアは、ごしごしと目を擦り目をぱちくりとさせた。

 

改めて確認しよう。今ベッドから起き上がり、私が皿に盛り付けたナポリタンの山を見て目を輝かせているこの少女の名前はルーミア。幻想郷に住む、闇を操る程度の能力を持つ野良の小妖怪である。一応は人間を食べるタイプの妖怪だが、やりようによっては一般人でも撃退出来る程度の雑魚妖怪だ。

 

そんな、本来なら私と大して関わりもないはずの小妖怪がどうして異世界に吹っ飛ばされた私の家に転がり込んで来たのかと言えば、

 

「ねえ、ルーミア。食べながらでいいから確認させてほしいのだけど」

 

「んぐんぐ…。んー?なんだー?」

 

意外にも野良妖怪にしては珍しく、ちゃんといただきますと挨拶してからフォークとスプーンを持ってナポリタンを食べ始めたルーミアを横目に見つつ、私も自分の皿を取り分けながら訊いた。

 

「昨日の夜、あなた私の家の屋根の上にいたわよね?」

 

「そーさなー」

 

やはりそうか。ルーミアは昨夜、何らかの理由で私の家の屋根の上にいて、そのまま異世界転移に巻き込まれた。この推測で大勢は間違ってはいなかったということだろう。

 

私は更に確認を進める。

 

「その時、何かおかしなものを見たりしなかった?」

 

「魔法の森は日常的におかしなものだらけだぞー?」

 

「いや、確かにそうなんだけどね?そうなんだけどそうじゃなくてね?ちょっと外を見てほしいんだけど」

 

んー?と、若干面倒臭そうな顔をしながら窓の方に目を向けたルーミアは、次の瞬間には目を大きく見開きポカンとした表情を浮かべていた。非常に表情豊かな妖怪である。

 

「ここ、どこだー?」

 

「そう。そこが問題なのよ」

 

私はルーミアに、私が今まで体験したことを語って聞かせた。特にここが異世界であり、私達がどうやら幻想郷からここまで家ごと飛ばされて来たらしいことは頭の弱い小妖怪でも判るように重点的によく噛み砕いて聞かせる。

 

「あと、くれぐれもあなたは、この村の人間に危害を加えたりしないように」

 

「ここの人間は食べたらいけない人間なのかー?」

 

「少なくともこの村に住む人間は食べちゃダメよ。私達はしばらくの間否が応でもここに住まなくちゃいけないんだから」

 

厳密にはこの小妖怪がどこをほっつき歩いて何をしようと私の知ったことではないのだが、ここは同郷のよしみとして一蓮托生に付き合わせることにしよう。一人より二人。三人集まれば文殊の知恵だったのだが、まあ贅沢は言うまい。

 

最低限注意すべきことを告げた私は、改めてルーミアに訊く。

 

「それで、以上の点を踏まえてみて、この状況に至るようなおかしなことが昨夜無かったか思い出してみて」

 

「あー。そっかー。あれはそーいうことだったのかー」

 

「何か心当たりが?」

 

「うん。あるぞー」

 

「!本当!?」

 

私は思わず身を乗り出す。本当にここ数時間の間はらしくないことばかりしてしまって参ってしまう。

 

まあ、本性が露呈していると言われてしまえばその通りなんだけど…。

 

「うん。昨日のことなんだけどなー。夜になってあちこち飛び回って、少し疲れたからアリスの家の上で休んでたんだけどなー?その時、下からいきなり何かに吸い込まれたのだー」

 

「下から?」

 

「そうなのだー」

 

で、その後のことはもう何も覚えてないのかー。と語るルーミアの言葉を参考に私は考える。屋根の上にいたルーミアが下から吸い込まれたというのなら、やはり原因はこの家の中にあるとみていい。しかも吸い込まれたということは、空間転移の起点は空間そのものの移動と言うような形よりも、思ったよりも小さい穴のような形状をしていると推測できる。ブラックホールと言う単語が示す通り、実際にそれが穴であるかどうかなど関係なく、ホールには落ちる、吸い込むという概念が付与されるからだ。家の全てが落ちたとするのなら、原因となる起点は家の中心部に位置しているはずで―――。

 

「あった。………これだ」

 

昼食を食べ終わり、原因となるものを探していた私はそう言って、床に転がっていた数本の裁縫針を拾い上げた。

 

「んー?なんなのだー?それは」

 

そこに、同じくとっくに作ったナポリタンの大半を胃袋に納めていたルーミアが覗き込んでくる。

 

「これは、昨日山に住む河童が置いていった新しい裁縫針よ」

 

私が拾ったもの。それは、異世界転移さえしなければ今日試しに使ってみようと思っていた新しい裁縫針だった。キャッチコピーは確か、何にでも突き刺せる針…。だったかしら、ね。あの河童が針をピンクッションではなく空中に刺した時は結構驚いたものだったけど…。

 

なるほどなるほどそういうこと。何にでも突き刺せるこの針は、空間にも同様に穴を開けられるって訳ね。

 

「あの河童。…今度会ったら確実にぶっ飛ばす…」

 

「原因は解ったのかー?」

 

「ええ。知りたい?」

 

「全然?問題は帰れるのかどうかなのかー」

 

「全くその通りね。結論から言えば、これだけでは全然帰れないわね」

 

「じゃあ、どうでもいいのかー」

 

この少女は案外抜けているようで核心を突くわね。なんだか幼い霊夢を見てる気分になる。まあ、見た目は全然似てないんだけど。

 

「そうね。でもまあ、こんなんでも私が帰還のための魔法を作る足掛かりくらいにはなるわ。まだまだ集めるべき情報は山のようにありそうだけど…」

 

空間に穴を開けて異世界間を移動する。言うは易し行うは難しの代表例みたいな行為だ。そもそも移動しようと言うからには、移動先の座標を明確に定めなければいけない。しかし私達には、幻想郷のある世界の座標を知ることができる術は今のところ持ちあわせがない。しかもその上異世界間の航行方法も私にはさっぱりだ。空間に穴を開けるだけじゃ足りないものが多すぎる。

 

というか、たったそれだけで異世界に行けるのならば、とっくに他の賢者達が異世界航行技術を確立しているはずだろう。

 

まだ何か、足りないピースが何処かにある?

 

「―――――アリス。…アリス!」

 

「え?ごめん。聞いてなかったわ。何かしら?」

 

「もう!アリスは一々考えすぎなのだ。今のままじゃ結論は出ないんでしょ?今考えたって何にもならないことを今考えたって仕方がないのだ」

 

「え、…ええ。そうね」

 

あれ?今私、諭された?

 

「今はまだ帰ることができない。それに私もアリスもまだこの世界のことを全然知らないじゃないのかー。慌てるのはまだ早いぞー」

 

あれ!?今私、諭されてる!

 

「そ、そうね。確かに少し慌て過ぎたかも知れないわ。別に時間制限が有るというわけでもないし、気長に取り組んでいけばいいわよね」

 

「そういうことなのだ。とりあえずはアリス」

 

「な、なんでしょうか」

 

おっと、思わず敬語になってしまった。妖怪の年齢は見た目に左右されない。勿論魔法使いとなった私にもそれは同じことが言えるわけだが、私はまだ魔法使いになってから日が浅い。そう考えてみると、案外妖怪人生の経験値で言えば私なんかよりも彼女の方が一日の長があるのかもしれない。

 

次はどんな深い言葉が出るのだろうかと、若干ドキドキしながら続きを待つと、彼女はドアの方を指差し一言だけ言った。

 

「お客さん」

 

へ?お客さん?…いやでもだって、ノックの音なんてしてないし。人影だって…

 

ドッカーーーーーーーーーーーーン!

 

音をたてながら、家のドアが盛大に吹っ飛んだ。

 

「ちょっ!?」

 

「おっと、ノックをするだけのつもりが勢い余ってしまったわい!」

 

ぶわっはっは!と、これまた盛大に爆笑しながら、矍鑠と言うにはあまりに元気すぎるお爺さんが開きっぱなしになった玄関口から入ってきた。

 

「コラッ!ガープ!お主いきなり何をやっておるんじゃっ!」

 

そしてその後ろからは、大柄なお爺さんの影に隠れるように小柄なお爺さん。スラップ村長が続く。

 

「いや、本当にすまん!久しぶりに来てみたらスラップの奴が新住民がやって来たと言いおっての。見てみればこれまた奇妙な気配の二人組だったもんで気になったあまりついでに勢いも余り過ぎたんじゃ!」

 

何?一体今何が起こっているのかしら?この爺さんは、もしかして今私達に対して言い訳をしているつもりなのか?だとしたら全然だぞ?言い訳の仕方をもう一度寺子屋で習い直して来た方がいいんじゃないの?

 

混乱の余り割とどうでもいいことに思考が割かれたけれど、しかしよく見て考えるまでもなく目の前のお爺さんが只者ではないことはひしひしと伝わってきた。一目見ただけでこの人は強いと断言できるような、幻想郷にはあまりいないタイプの直接的な強さを体現しているようなお爺さんである。あえて上げるなら、伊吹萃香や星熊勇儀のような鬼などがそのタイプに当たるのかもしれないが、こちらの方が筋肉質でより直接的だ。はっきり言ってもし戦闘になったとしても、私にはこのお爺さんに勝てるイメージが全くと言っていいほど浮かんでこない。

 

「ちょっとお爺さん?あなたが誰だか知らないけれど、人の家のドアを吹っ飛ばしておいてそれはないんじゃないの?」

 

だからと言って、そこで文句を引っ込めるようならそれはもう私ではない。たとえ勝ち目の浮かばないような相手であろうとも、私は言うべきことは言うし、やるべきことはやる。魔法使いとは虚勢の生き物だ。意志力無くして、魔法の完成などあり得ない。

 

「ぶわっはっは!威勢の良い嬢ちゃんじゃな!気に入った!何、そう怒らんでもドアはすぐに直させる」

 

「直させる?」

 

「おう。事故で壊してしまったわけじゃからな。このまま放っておくなんてことするわけないじゃろ」

 

おい!お前ら!と、お爺さんが後ろに向かって怒鳴ると、なにやら白を基調とした海兵服を着た人たちがぞろぞろとやって来た。

 

「ちょっとガープさん。またですか?いい加減にしてくださいよ」

 

「おれらも直しますけど、中将にも手伝ってもらいますからね!」

 

「えーーー!いいよ」

 

ぐちぐちと文句を言う恐らく部下であろう人達に言いくるめられて、お爺さんは吹っ飛ばしたドアを拾って部下の人達と修復作業を開始する。

 

「…と言うか、今、中将って聞こえたんだけど」

 

「ああ、ガープの奴はあれでも、海軍本部の中将なんじゃよ」

 

一瞬聞き間違えか何かかと思って確認すると、スラップ村長があまり認めたくなかった真実を暴露した。

 

海軍中将?中将って言ったら軍部のお偉いさんの階級のはずよね?それもかなりトップの方の。中将っていうのはそういう階級だったはずだ。

 

その軍のトップの方が、え?この人?この見るからに適当そうな人が中将様なの?

 

大丈夫なのか?その軍隊。

 

「おいおいスラップ。勝手にワシを紹介してくれるな。自分の自己紹介くらい自分でするわ」

 

「なんじゃ。存在そのものが自己紹介みたいな奴が今更何を言う」

 

スラップ村長も中々上手いことを言う。確かに、この人はそこにいるだけでその存在が否が応でも周囲に伝わることだろう。

 

「だったら自己紹介してほしいのだー。ガープは一体誰なのだー?」

 

「いやいや、もうガープさんって分かってるじゃないの」

 

ルーミアがまたおかしなことを言い出した。つくづくアホなのか賢いのか分からない子である。

 

「ぶわっはっは!そっちもそっちで面白い嬢ちゃんじゃな!よし!改めて自己紹介しよう!ワシは偉大なる航路(グランドライン)に本部を構える海軍で本部中将をしておるモンキー・D・ガープというもんじゃ!この村にはよく巡回に来るのでこれから何度か会うことになるじゃろう。宜しく頼む!」

 

「これはこれはご丁寧に。…私はこの度この村に引っ越してきたアリス・マーガトロイド。人形遣いよ。…そう言えばスラップさんにもまだ自己紹介してなかったわね。よろしくお願いするわ」

 

自己紹介をされたら返すのは大人として当然の礼儀であるが、ついスラップ村長の時は異世界転移に巻き込まれた動揺からそれを忘れてしまっていた。私の精神面での弱さが露呈したとも言える事例である。要改善だ。

 

さて、それはともかくここからが問題だ。来客が急すぎて相談するタイミングを逸してしまったが、これからのことを考えるとこれだけは確実にやっておかなければならない。果たしてルーミアは私のアドリブについてきてくれるだろうか…。

 

「…そして、こっちは()()()の―――」

 

私はそう言いながら、ルーミアに目線を向ける。全力で話を合わせろという副音声を、その瞳に滲ませながら。

 

私とルーミアは非常に偶然なことに、割と容姿が良く似ている。外国人の目から見ればほとんど一緒に見えるはずである。姉妹だと偽っても少なくともこの豪快かつ大雑把そうなお爺さん相手ならそうそうバレないはずだ。これから一緒にこの世界で生活を送ると言うのなら、お互いが血の繋がった身内であるということにしておいた方がなにかと話が早い。

 

そういう目線を送っていたのが功を奏したのか、どうやらルーミアも私の意図を判ってくれたようでニコニコとさも面白そうな顔をしながら

 

「ルーミアなのかー。アリスお姉ちゃん共々宜しくお願いしますなのかー」

 

と、話を合わせてくれた。

 

ナイス!と、内心でガッツポーズを決めていると、ガープさんはぶわっはっは!とまたもや豪快な笑顔を浮かべてごしごしとルーミアの頭を撫でる。ルーミアの頭が潰れるんじゃないかと私が若干心配していると、

 

「そうかそうか!二人は義理の姉妹じゃったか!」

 

などと、そもそもの前提を覆すようなことをガープさんが言い放った。

 

「おー。ガープ。私とアリスの血が繋がってないってよく分かったなー」

 

私が予想外の出来事に軽く絶句している間に、ルーミアはやはり楽しそうにガープさんに撫でられながら、ケラケラ笑ってガープさんに話しかける。ガープさんはさも自慢をするように言う。

 

「まあな!これでも世界の海を廻って色んな奴らに会ってきた身じゃ。それくらいはなんとなくの勘で分かるわい!」

 

勘かよ!世界の海を廻ってきた経験とか年季とかじゃないのかよ!

 

いくらなんでもそんな霊夢みたいなことを言いながら私の苦労を台無しにしないでほしかった。脱力感と疲労感がマッハで私の気力を奪ってくる。

 

「…たとえ血が繋がっていようがいなかろうが、私とルーミアは姉妹なの。そこだけは、分かっておいて欲しいわね」

 

それでもなんとか譲れない一線くらいは守っておこうと、私は最後の気力を振り絞ってそこだけは念押しした。ここで私とルーミアが引き離されでもされたらたまったものじゃない。一度面倒を見ると決めたものを中途で手放すなんて、それこそ私の沽券に関わる。

 

「おー。そうだぞー。私のお姉ちゃんは今のところアリスだけなのかー」

 

ルーミアの奴は確実に状況を面白がっている。まあ、そうしておいてくれた方が話が進みやすいからいいのだけどね。それに少し羨ましくもある。状況を面白がっているというのは、余裕がある証拠だ。私も出来ることなら斯くありたいものである。

 

状況を面白がる…か。

 

うん。それくらい吹っ切れた方が、この世界で過ごすのにむしろ支障がないかもしれないわね。

 

私の胸に微かな炎が宿ったような気がした。

 

「こう言ってはなんだけど、ルーミアが一緒にこっちに来てくれて助かったわ」

 

「んー?どうしたのだー?アリス」

 

「ううん。なんでもない」

 

私はガープさんの側に立っていたルーミアをこちらに引き寄せ、後ろからその小さな両肩に手を添えた。

 

私は真剣に、されど不敵に笑って、この世界に宣戦布告する。

 

「とにかく、私達はちょっとした事故でここに一軒家を移してしまいましたが、それでもスラップさんの許可は取りましたし、疚しいことなど何一つした覚えも無いわ。海軍本部中将様にも他の誰にも文句を言われる謂れはありません。もし私達姉妹に何か危害を加えるようなことがあれば、例え相手が誰であろうと、少なくとも私は全力で抵抗します」

 

そして負ける気も、さらさらありません。

 

全くこの場では必要のない宣言だ。いくら目の前のガープさんが強そうだといっても、彼は私達に対して何の敵意も抱いていない。むしろ発言内容は状況に対して甚だ不適当極まりなく、何の脈絡もない。

 

だが、それでも私はここで宣言しておきたかった。この世界に生きるために。そしてこの世界を楽しむために。胸に宿った炎が冷めないうちに。

 

私はこう見えても好戦的な性格なのだ。穏やかに暮らすのは好きだが、それでも喧嘩はいつでも買うし、決闘ならいつでも受けてたつ。

 

幻想郷でそうだったのにここではそうじゃないなんてのはおかしな話だ。それこそ、私の流儀に反する。

 

慎重に?未知の世界に気を付けながら暮らす?そんなもんくそ食らえだ。

 

私はいつだって好きなように生きる。それは今もこれからも直すつもりの無い私の性格なのだ。らしいらしいと、一々確認するようなものでも、そもそも無い。

 

それを変えてしまえば、そんな奴はもう私でもなんでもない。

 

これは、そういう宣言なのだ。

 

「おー!そうなのだー!私達は、好きなように生きるぞー!」

 

私の雰囲気に誘われたのか、ルーミアも両手を振り上げ宣言する。妖怪である彼女は、周りの人間の感情や精神の影響を受けやすい。故に私達二人は今、それこそ本物の姉妹に負けないくらいに心をひとつにしているに違いなかった。

 

さて、そんな私達の好き勝手な宣言を受けた相手側の反応はと言うと。

 

まず、スラップ村長は、特に思うこともないのか、ただいつも通りの訝しげな顔で片眉を上げるだけだった。

 

玄関を修理していた海兵の皆さんは空気を読んで黙々と作業を続けている。

 

そして問題のガープさんはと言えば、―――腹を抱えて呵呵大笑していた。おい、そこ。笑うな。

 

「本っ―――――当に面白いなあ!お主達は!ワシに対してここまで堂々とした宣言をする奴など片手で数えるくらいしか見たことないわい!」

 

その肝っ玉、部下に見習わせたいくらいじゃ。と、ガープさんはご機嫌に語る。

 

「なあに。心配せんでもワシはお主達に危害を加えるようなことはせんよ。ここに来たのも、ただの挨拶じゃ」

 

ただし、お主達が海賊にでもなれば話は別じゃがな。その時はワシはお主達の敵になるわけじゃから、せいぜい全力で抵抗せい。と、そう言ってガープさんは、私とルーミアの頭をぽんぽんと叩いた。その手つきは私が初めに思ったよりもずっと優しいものだった。それが私には、自分がまだまだ子供であると思い知らされたように感じて、少しむず痒い気持ちになった。

 

「ふむ、ここまで面白いと、ただ放っておくのも惜しい気がしてくるのお」

 

…何このお爺さん。いきなり何か嫌な予感のすることを呟いてるんですけど。

 

「あの、まだ何か?」

 

「おう。ちょっと聞いてくれるか?」

 

できれば聞きたくない。だけどガープさんは、そんなこちらの内心などお構い無しに話を続ける。

 

「実はのう。最近ワシはひょんなことから孫を預かることになったのじゃが、もうお主達も知っての通りワシは海軍将校。面倒を見てやる時間がこれっぽっちも無いのじゃ」

 

いや、このお爺さんは割かし自由にやってそうな気配がムンムンするのでこれっぽっちも時間がないと言うのは嘘な気がする。まあ、だからと言って私が親だったら、このお爺さんにはまず子供を預けやしないと思うが。

 

もしその子供が男の子とかだったら、このお爺さんは修行だとか言って孫を平気で千尋の谷に突き落としそうな気がするのだ。そんな危なっかしい人に我が子を預けるとか、ネグレクト以外の何者でも無いだろう。むしろ虐待を疑うまである。

 

一体お孫さんの親は何を考えているのだろう?

 

「そこでワシは近々この村に孫を預けようと思っておったのじゃが、預け先がまだいまいち決まっていなくての」

 

嫌な予感がやめられないとまらない。どうしよう。今のうちに断りの文句でも考えておこうか。

 

「最初は面倒見の良いマキノのところにでも頼みに行こうかと思っておったのじゃが、どうじゃ。お主達さえよければ、ワシの孫を預かってはくれんか?」

 

「いいぞー」

 

「ちょっと!?」

 

私が考えていた断りの文句を言うより先に、何故かルーミアが勝手に依頼を引き受けてしまった。

 

「ルーミア!一体どういうつもりなの!?」

 

「んー?なんだか引き受けた方が面白いことになりそうな気がしたのだー」

 

その上引き受けた理由が曖昧なことこの上ない。無責任がここに極まるといった様相である。

 

「それは、何?勘なの?」

 

「うん。勘だぞー」

 

はあ…、この子は本当になんと言うか、予想外なことが多い子ね。私は頭に手をやり、ため息を一つつく。

 

「はあ、面白いことになりそうだって言うなら、それは仕方がないわね」

 

「うん。仕方がないのだー」

 

「ぶわっはっは!!お主達ならそう言うと思っておったわい!」

 

相変わらずよく笑うお爺さんだが、しかし請求すべきものはきちんと請求させてもらう。

 

「ただし、養育費はきちんと渡して貰いますよ」

 

「む?そりゃあ、どう渡せば良いんじゃ?孫を連れてきたときに纏めて渡せば良いのか?」

 

「それだと保管が大変なので、定期的にガープさんの給料の一部をここに送ってもらうようにしてもらいましょう」

 

使えない老人が頭にクエスチョンマークを浮かべたところに、副官と思われるダンディーな将校さんが助け船を出してくれた。やはり上司が適当だと、部下がしっかり者になるものなのだろうか。

 

「うーむ…。まあ、複雑なことはようわからん。そこら辺は全部ボガードに任せるとするか」

 

あらあらおじいちゃん。今話しているのはあなたのお金のことなのよ?それを全部他人任せにするというのは、いくらなんでも財産管理が適当すぎるんじゃないかしら?

 

まあ、そんなこと言っても多分今更だろうからどうでも良いが、しかし一度決めたこととは言え、この人の孫を預かるというのは一抹の不安が残る。

 

「あの、これだけは聞いておきたいんですけど、あんまりあなたのお孫さんが問題児すぎると、流石に預かりきれないってこともあるかもしれません。あなたのお孫さんは、どんな感じのお子さんなんでしょう?」

 

「なに、安心せい。ルフィは少しやんちゃじゃが、至って普通の子供じゃわい。ゆくゆくは立派な海軍将校にするつもりじゃから、いつまでも普通でいてもらっても困るがな!」

 

絶対にそれは嘘だ。この人の孫に限って普通の子供とか絶対にあり得ない。この人レベルの自由奔放な子か、もしくはこの人に鍛え抜かれた修羅かのどちらかに一つが来るに違いない。

 

結局のところ、全てはなるようにしかならないだろうと諦めた私は、もはやなんでも来いとばかりにそのまま話に流されることとなった。特にルーミアが嬉々として話を纏めているのを見て、私は改めて年季の違いを実感した。

 

結果的にまとまった話は主に以下の通りである。

 

・ガープさんのお孫さん(ルフィ君)を私の家で預かること。

・養育費は毎月30万ベリー。

・町内会にはできるだけ参加。

・何か相談があればマキノの酒場まで。

・ガープさんの定期巡回は一年に1~2回。緊急の連絡は電伝虫(電話の代わりになる生き物らしい)で。

 

他にも細々としたことを、主にスラップ村長とボガードさんが決めて紙に書いて私に渡してくれた。その間私とガープさんはぼへっとしていたし、ルーミアは会議の雰囲気だけを楽しんでいるようで特にこれと言って意見らしい意見は出していなかった。

 

その後、夜になって私達は揃って村の新人歓迎パーティーという名の宴会に参加した。村の人達はなかなかノリの良い人達だった。あんなに宴会ばっかりするのは幻想郷以外に無いんじゃないかと思っていたが、世界とは広いものだ。まあ、異世界だけど。そう言えば、ここの海の名前も東の海(イーストブルー)と言うらしいし、お酒を呑んでいると、幻想郷と関係が全く無いとは思えなくなってきた。多分お酒のせいだ。

 

しかし、今日は本当に忙しい日だった。朝起きたら異世界に飛ばされてるは、そこにルーミアが降ってくるは、豪快なお爺ちゃんが襲来してくるは、知らないうちにそのお爺ちゃんの孫を預かることになるは、本当に散々な日だった。

 

だけど何故だろうか。

 

散々な目に合わされているはずなのに、どこかその続きを楽しみにしている私がいるのだ。妖怪は周囲の人間の感情や精神の影響を受けやすいという。

 

どうやら私も、周りの浮かれた雰囲気に毒されてきたようである。

 

 

To be continued→




本編にはさっぱり影響の無いことですが、河童が作った裁縫針について知りたい方は、「発明少女にとりちゃん」第十四作 マッチ針 をご覧ください。そこだけ読んでも全然大丈夫なようになっています。https://syosetu.org/novel/151807/15.html


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第三話 強襲!フーシャ村に海賊あらわる!

「―――そうして、スノーホワイトは晴れて王子様と結ばれました。二人は立派なお城でそれはそれは華やかな結婚式を挙げ、その後、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」

 

私とルーミアがフーシャ村に住むことになってから十数日。私は村の中でもよく人が集まるマキノの酒場の一角を借りて、子どもたちに向けた人形劇を開いていた。別にお捻りは貰わない。完全なる趣味の開演だ。

 

ここは異世界だ。つまり、私達が常識として認識している世界的に有名なお伽噺を知っている人間は、この世界には一人もいない。

 

勿論この世界にも独自の民間伝承は沢山あるし、中には私の知っているお話と非常に似通ったお話もある。それでも流石というか、私達の世界で人気だったお伽噺はこの世界の子どもたちにもおおよそ好評を博していた。

 

ま、そうは言っても私の人形劇は、お伽噺というものに多く含まれがちな残酷な描写をほぼほぼカットしているから、原作の受けが必ずしも良いとは限らないのだけどね。

 

スノーホワイトと王子様の人形が華やかな宮殿を背景にペコリとお辞儀をして終わったこの「白雪姫」にしたって、本来ならこの後、意地悪お后さまが熱せられた鉄の靴を履かされ死ぬまでタップダンスを踊るというあまりにも風情がないラストイベントが待ち構えているのだ。

 

西洋のお伽噺には幾つかの決まった様式がある。恋の成就、ハッピーエンドは勿論のこと、中でも欠かせないものが、勧善懲悪という様式である。

 

物語の悪役は最後には非業の最後を遂げなければならない。

 

寝物語として、そんなある意味では残酷とも言えるような結末を子ども達に聞かせるのは、物語の悪役達のように酷い目に合いたくなければ悪いことはするなと子どもに教え込むためである。しかし私から言わせてもらえば、幾らなんでも話の最後に残酷な描写を持ってきてしまうのは物語として美しくはない。意味はあっても、それは意味があるだけだ。

 

同じ「だけ」なら、美しいだけの方が、そちらの方がまだ私の好みだ。

 

お話の終わりには、因縁の相手と和解して宴で酒でも酌み交わす。そんな最後こそが、実に理想的なハッピーエンドで、なんとも()()()()()んじゃあないかしら?

 

もしくは悪役がすたこらと逃げ出してひたすらとんずらこきまくるような、その後の痛快逃亡劇を描いてみるというのも面白いかもしれない。しかも最後にはちゃっかり逃げ切っちゃったりなんかしてね。

 

子どもに聞かせるお伽噺なんだから、せっかくのハッピーエンドを血で汚すなんて無粋もいいところ。私の人形劇では、そういうシーンはオールカットだ。

 

さて、長々と語ってしまったが、こうしてしばらくの期間をこっちで過ごせば、自ずとこの世界の情報もある程度は入ってくる。

 

特に今私がその一角を借りている酒場の店主であるマキノは、ここに来たその日の宴会中に私と大分仲良くなってくれたのでかなり多くの情報を聞かせてくれた。

 

私達はこの村では、かなりの山奥に引っ込んでいたため世間のことが何一つ分からない田舎者という体で村人達と接している。そのためこの世界の基本情報を仕入れるのにたいした苦労はしなかったが、なんでもこの世界は今、ある一人の海賊の死に際の一言を切っ掛けに大航海時代ならぬ大海賊時代に突入しているらしい。

 

海賊王と呼ばれたその男。ゴールド・ロジャーはなんでも、自分の貯めに貯めた財宝をこの世界の何処かに隠してしまったのだそうだ。その財宝は一説によれば、手に入れることによって莫大な富と名声を手にすることが出来るらしい。その一言があってからというもの、数多くの海賊達がもろ手を挙げてその財宝回収レースに参加したというわけだ。

 

まあ要するに、今の世の中は海の治安がすこぶる悪いということだ。フーシャ村は辺境ののどかな村だが、一応港町でもあるので注意が必要だろう。全く、今は亡き海賊王とやらも、随分と余計なことをしてくれたものである。

 

そんな情報収集の傍ら、幾つか意外な事実も判明した。

 

まず、海軍のお偉いさんであるガープさんについてだが、彼の所属している海軍というのは、別にこの国の軍隊というわけではなかったようだ。そもそも国から忘れられている辺境のこの村に、ゴア王国の軍隊がやって来ることなどそもそもないらしい。

 

海軍というのは、どうも全世界170ヵ国以上の加盟国からなるこの世界最大の組織、世界政府で運営されている多国籍軍のことを指しているようだ。

 

この海軍というのは、世界政府加盟国を中心に世界各国に支部が置かれ、海賊などの脅威から市民の平和を守っているのだとマキノから聞いた。

 

初めにそれをマキノから聞いたとき、そんな一大組織のお偉いさんがちょくちょく訪れる港町が何故国から忘れ去られているのかちょっと意味がわからなかったが、そもそもあのガープさんが公務でここに訪れているとはとても思えなかったので、まあそういうこともあるかと後から思い直したのはかなり記憶に新しい。

 

あと、更に身近な所で驚いたのはルーミアのことだ。

 

あの子、昼と夜、明かりの有る無しで頭の働きが雲泥の差なのである。

 

本人曰く、光があると肌は荒れるは枝毛はできるは頭はボーッとするわろくに動けなくなるわと、とにかく大変なことしかないらしい。まず口調からして違ってくるのだ。光があるときは変に間延びした口調だったのが、光を遮ってやると普通に話し出すのである。

 

正直かなり面倒くさい性質だ。いくら雑魚妖怪だからってそんな爆弾抱えていたらろくに住人付き合いもできやしない。昼間に外に全く出てこないで、私が虐待を疑われてはたまらない。とりあえずルーミアにはすぐに日傘を与えることにした。

 

「あれー?これ差したらなんだかあんまり眩しくなくなったのかー」

 

という間延びした声はその時のルーミアの言だがさもありなん。この日傘は私が昔、どこぞの紅い館の吸血鬼のために作った魔法の日除け傘なのだ。日光が妖怪に与える有害成分を大部分カットしてくれる優れものである。実際に館の主からは好評を戴いているし、その友人の魔女から幾つか魔導書を譲って戴くことにも成功している。私はどこぞの自称魔法使いと違って一方的に本を強奪するなんて野蛮な真似はしないのである。ギブアンドテイクは魔法使いの基本だ。いつか魔理沙の奴にもそれを判らせてやらねばならない。

 

どうやらこの日傘は間延びした口調こそ直せなかったものの、見事にルーミアのお気に入りになることに成功したらしく、ルーミアはその後昼の内は、外でも室内でもずっと日傘を差すようになった。今もルーミアは私の人形劇の最前列で村の子どもたちに混じって日傘を肩に掛け楽しそうに拍手喝采している。

 

確実に浮いているので室内くらいは傘を差さないでいてほしいものだが、例え室内であろうとも光があると頭がボーッとするらしいので、そこら辺は個性の一言で村の人達に納得してもらうしかない。実際にルーミアの日傘について村の人達が何かを気にすることはなかった。本当に、ここの村の人達は受容能力が高すぎると思った。

 

さて、そんなこんな平和な日々を過ごしていたわけだがしかし、この日に限っては、どうやら平和なだけというわけではなかったようである。

 

「おい店主。注文だ。酒と食料。それと金目の物をだせ」

 

それは、人形劇が終わりしばらくして、私とルーミアの二人で酒場のカウンターに座り、マキノと楽しくお喋りしていた時のことだった。

 

ぞろぞろと、物騒な格好をした男達がやって来たと思ったら、そのうちのリーダー格とおぼしき男がなにやら小粋な注文をし始めたのだ。

 

他の客を押し退けてまでテーブルに座っていたので一瞬熱心な上客だと……は、別にまあ思わなかったので、これが所謂この世界の海賊という奴なのだろうとただ納得した。ここは辺境の村なのでちょくちょく海賊や山賊が来るとは言われていたが、大半は刺激さえしなければ普通に来て普通に去っていくという。

 

しかし極たまに、やはりこういう手合いも訪れることはあるそうだ。そういう場合どう対応するのが村として正解かというと――――。

 

「いらっしゃいませオキャクサマ。残念ながら当店ではお酒とお食事はともかく、金目のものの取り扱いはしていないわよ?」

 

「ア、アリスさん?」

 

とりあえず、小粋な注文に対しては小粋に返すのが、都会派魔法使いとしての礼儀だろう。村としての対応?私、ここに住み始めてまだ十数日だからそこら辺はまだよく分からないのよね。

 

「マキノ。こちらのオキャクサマ、私が対応してもいいかしら?」

 

「いやいや。アリスさん!貴女べつに店員じゃ…」

 

「そうね。私は店員じゃないわね。むしろ店長よね。さあオキャクサマ?注文がしたいのだったら、そこにメニューがあるからそこから頼んでくださるかしら?」

 

「女…。お前、ふざけてんのか?」

 

海賊の男達が一斉にこちらに睨みを効かせてくる。腰に指しているナイフやサーベル。中にはピストルにまで手をかけている者もいる。

 

テーブルマナーがなってないわね。大体飲食店に来ていきなりメニューに無いものを注文する客の方がよっぽどふざけている。そういう裏メニュー的なことはもっと常連になってからやってもらいたいものだ。

 

「言葉には気を付けた方がいいぞ?ほら。これを見ろ」

 

そう言うと、リーダー格の男は懐から何やら紙っぺらを取り出した。どうやらこの男の手配書のようだ。私の家の壁にも似たようなのが貼ってある。まあ、あれは自作の手配書なんだけれども。一応あれに書いてある指名手配犯の魔理沙をふん縛って連れてきた人にはお小遣い程度の賞金を渡す用意はある。そんなことがあったためしは結局一度たりとも無かったのだけれどね。

 

とりあえず、一応受け取って見てみた紙には、「カマッセ・ドッグ」という名前と、目の前の男の写真。それから500万ベリーという懸賞金と、最後にDEAD or ALIVEの文字がでかでかと表記されていた。

 

「どうだ?これでもまだそんな生意気な口がきけるか?俺は優しいからな。今誠意を見せておけば、貰うものだけ貰って見逃してやってもいいぞ?」

 

指名手配の海賊カマッセは、不精ひげを撫で回しながらいやらしい笑みを浮かべ、私を舐め回すように見る。誠意とやらにこの男が何を期待しているのか知らないが、私はといえば、カマッセが期待しているであろうこととは全く関係ないところで戦慄していた。

 

「こ……この男をふん縛っただけで500万ベリーが手に入るですって!?ちょっとルーミア!私達ここに来ていきなりちょっとした小金持ちになれるかも!」

 

「おー!ご馳走がいっぱい食えるなー」

 

「ちょっと!?アリスさん!?ルーミアちゃん!?」

 

私の言葉に喜ぶルーミアと戸惑うマキノ。まあ、マキノの気持ちも分からないではないが、できればその心配が杞憂であることをさっさと教えてあげたいものだ。流石に彼我の実力差も見抜けないようでは、幻想郷でさえ生き抜くのが難しくなってしまう。相手の気配を読むこと、相手の動きを読むことは、弾幕少女達の基本中の基本である。少なくともこの程度の人間にやられるほど私は柔じゃない。

 

だからこそ、ガープさんに初めて遭遇してしまった時は肝を冷やしたものだ。間違いなくただの人間の筈なのに恐ろしく強い気配を放っていたあの人に、私は恐怖した。霊夢のように巫女としての霊力を持つわけでもなく、魔理沙のように魔力を生成しているわけでもなく、蓬莱人のように不老不死のわけでもない。文字通り、素で強いあの人に。

 

それ以外の変な小細工を必要としていない。あの老人が、恐ろしかった。

 

もしあのレベルの人間がこの世界にゴロゴロいるようだったら、いくら私達と言えど人生、いやさ妖生を悲観する他無くなってしまうところだった。

 

私達妖怪は、それぞれに特別な力を持っていて、素で人間よりも強いから妖怪なのだ。身体能力だけで妖怪を凌駕されたらこちらの商売が行きいかなくなる。

 

とてもじゃないが、そんな修羅の世界で生きていける自信は私には無い。明らかに物騒な現在の世界情勢を聞いてしまえばなおさらである。私は逃げるのは嫌いなのだ。例え格上であっても売られた喧嘩は買う。弾幕ごっこなんて言う平和な遊びも無いこの世界のことである。まず長生きできないと思う。

 

だから今私はひどく安心している。目の前の賞金首を見て、()()()()()を見て、ホッとしている。

 

例え賞金を掛けられた凶悪犯罪者でもこの程度なのだ。あのお爺さんがあくまで一部の例外なのであって、この世界が全体的にハードモードというわけではない。一部の例外がヤバイだけなら、それは幻想郷と大して変わらない。

 

ああよかった。これでやっと安心してこの村で暮らしていける。

 

長生きできる。

 

「…お前の結論はそれでいいんだな?女」

 

カチャリと、私の額にピストルが突き付けられる。どうやらカマッセ氏はひどくおかんむりのようだ。

 

だけど残念。

 

「貴方達、警戒心ってものがないのかしら。私に注目し過ぎて自分の()が疎かになってるわよ?」

 

「あ?………なんだこれ!?おい!外れねえぞ!」

 

驚いた海賊達の肩には、それぞれ一体ずつ藁人形が乗っかっていた。外そうとしても外せないそれは、私の持つ基本的な人形操作魔法の一つで、その名も「ストロードール カミカゼ」と言う。

 

スペルカードにも同名のものが存在するが、魔法としてのこちらはもうちょっと使い道が多い。

 

「お…おい!どういうことだ!?身体が動かねえぞ!?」

 

「ピクリともしねえ!」

 

先ず一つ目に、この藁人形に触れると、そこから魔法の糸が伸びて触れた相手を拘束する。これはまあ、ほとんどの人形に付いてる基本機能みたいなものだ。と言うか超簡易的にぱぱっと基本機能だけ取って付けたのがこの量産型ストロードール達なので、ぶっちゃけ機能はあと一つくらいしかない。

 

「おい!女これを外せ!今すぐにだ!」

 

身体が動かず、最早口を開くことしか出来なくなったカマッセは、怒鳴って悪足掻きをする。が、勿論怒鳴ったくらいで魔法の糸が解けるわけなどない。この糸は裁縫糸のような細さ柔らかさと、鋼鉄のワイヤーのような頑丈さを併せ持つ。ガープさんだったらどうだか知らないが、少なくともこの海賊達に破れるような代物ではない。

 

そのうちカマッセだけでなく、他の海賊達もギャーギャーと騒がしく怒鳴り始めたので、さっさと二つ目の機能を紹介することにする。

 

まあ、名前が「ストロードール カミカゼ」なんだからやることなんてあと一つしかない。

 

「おい!聞いているのかおん……ゴファあッ!?」

 

ボンッ、と軽い音をたててストロードール達が爆発した。形あるもの皆朽ちるなどと言うが、まあ一種の様式美というやつである。海賊達が全員仲良く頭から上が黒焦げアフロヘアーになって気絶したところで状況終了。晴れて問題解決と相成ったのだった。

 

勧善懲悪。この世に悪は栄えない。正に、お伽噺の結末である。

 

「うわあ…。アリスさん。凄いことしますね…」

 

「一応火力の手加減はしているから、死んでる奴はいないはずよ?」

 

黒焦げになって気絶している海賊達に若干引きぎみのマキノに私は弁明しておく。せっかくこの世界に来て初めてできた友人に恐れられたくはないからね。

 

「なんじゃ。海賊が来たというから来てみれば…。既に解決済みか」

 

丁度と言えば丁度のタイミングで、スラップ村長が酒場の扉を開いた。どうやらかなり慌てていたらしく走ってきたらしい。村長は床に転がっている海賊達を見て面倒臭そうな顔をしたあと、私に「迷惑をかけたようですまんな」と、感謝の言葉を送った。私はとりあえず、

 

「いいえ。この村の一住人として当然のことをしただけよ」

 

と返しておくことにした。まあ、ある意味迷惑をかけたのはむしろ私の方だとも言えそうだけど。

 

「村長さん。アリスさんが強いってこと知ってたんですか?」

 

村長が現状に対して大して驚いていないのを受けて、マキノが疑問を口にする。村長は軽く頷いた。

 

「ああ。そうだな。ガープの奴がな。そんなことを言っていたからな」

 

疑問に対する村長の返しは、私にとっては大方予想通りの返答だった。あの人は最初に会ったときから奇妙な気配がするだのと言っていたから、元来そういう勘みたいなものに優れているのだろう。

 

それでもマキノにとってはそれなりに衝撃的な話だったらしく、目を大きく見開いて絶句していた。私が強いのが、そんなに意外だったのだろうか?

 

「そんなことより、この海賊達を海軍にでもつきだせばお金がもらえるのよね?」

 

いつまでも微妙な雰囲気でいてもらっても困るので、私は村長に海賊達の懸賞金の話を振った。下世話な話だが、話題転換には丁度いい。

 

「そういうことになるな。さっき電伝虫で確認を取ったら、どうやらガープの奴が孫を連れにここに来る途中だったらしくての。あと三日もすればここに到着するという話じゃった。その時にお主がコイツらを突き出せば、懸賞金が貰えるじゃろ」

 

ふむ。知りたい情報と同時に、何やらあまり知りたくなかった情報まで一緒に入って来た。そうか。お孫さんがもうすぐそこまで迫ってきているのか。

 

いい子…だと…いいなー。

 

私が遠い目をしていると、ルーミアがこそこそとこちらにやって来た。

 

「なーアリスー」

 

「何よルーミア」

 

耳元に口を寄せるルーミアに合わせて私が頭を下げると、ルーミアはこしょこしょ話をするように両手を添えて

 

「この海賊達は食べてもいい人類?」

 

と、お腹をグー、と鳴らしながら訊いてきた。

 

あー、そうだった。まだ見ぬ子どもの心配をする前に、そもそも私の同居人が既に問題児なんだった。

 

「あー。ルーミア駄目よ。確かにこの海賊達は世間一般から見れば食べてもいい人類だけど、今ここで海賊達を食べちゃったら、ただでさえ微妙な空気が尋常じゃないくらい固まっちゃうでしょ?」

 

「そうかー。でもお腹が空いたのかー」

 

「まあ、もうお昼も過ぎてるからね。さっさと転がっている海賊達を片付けて、マキノに何か作ってもらいましょ。メニューにあるロコモコ丼とか、目玉焼きやハンバーグが乗ってて美味しそうだったわよ?」

 

「おー。それは人間よりもうまそうなのかー」

 

どうやら納得してくれたようだが、妖怪としてその発言は果たしてどうなのだろうか。私は少し心配になった。

 

妖怪はよく人を食べるが、勿論これはちゃんと意味があって行うことだ。妖怪は別に栄養補給のために人を喰らうわけではない。

 

妖怪は人を喰らうことで、人間からの畏れを得ているのだ。

 

別段人食い妖怪はただ存在するだけなら必ずしも人を喰らう必要など無い。何か代わりとなる畏れを得られれば普通に暮らしていける。その場合妖怪の本質は変わってしまうかもしれないが、存在することだけならばちゃんとできる。例えば私がよく裁縫針を頼んでいる唐傘妖怪なんかがその代表例で、あれなんかは主に子どもを驚かすことによって畏れを得ている。たったそれだけのことでも妖怪は存在できるのだ。何故なら妖怪とは、知られることによって生まれ、噂されることによって生きる者だからだ。勿論人を驚かすだけの妖怪では得られる畏れもたかが知れてるし、だからあの唐傘お化けは死ぬほど弱いのだが…。

 

そんなどうでもいい唐傘妖怪のことはともかく、問題はルーミアのことだ。私は彼女が何の妖怪なのか、いまいち判っていない。

 

確か幻想郷縁起には、彼女のことは「宵闇の妖怪」と記されていた。

 

その種類に基づくルーミアの妖怪としての性質が、ただ暗闇を出してフヨフヨ漂っているのが本質なのか、それとも人を喰らうのが本質なのか。それがどちらなのかによって今後の方針が結構違ってくるのだ。

 

例えば幻想郷でならば、彼女が人を食おうが食うまいが、そんなものはどちらでも構わなかった。あそこには幻想郷縁起がある。あれを起点としてその存在が人口に膾炙することで、ルーミアがどれだけ妖怪として怠け者だったところでその存在が消滅することはないのだ。人を食う妖怪だと本に書いてあれば、例え実物がどうだったところでルーミアは人を食う宵闇の妖怪であり続けることができる。

 

妖怪は自らを語る人間無しには存在できない。逆に言えば幻想郷では、偶然なのかわざとなのか、幻想郷縁起を介して妖怪達が平穏に暮らせるシステムが出来上がっているのである。まあたぶん、わざとなんだろう。

 

翻ってこの世界はどうだろうか。この世界には、妖怪としてのルーミアを知る者は私以外誰もいない。知られていることによってしか存在できない極一般的な妖怪であるルーミアは、最悪私が居なくなっただけで消滅してしまう危険を持っているのだ。消滅はしなくても、妖怪としてのルーミアを知るものがこの場にいない以上、今のままでは居られないのは確実だろう。

 

ルーミアは幻想郷の風土に慣れきっていて、人間を襲うのをサボりがちだという話だ。そんな生活がこの世界でも果たして通じるのか。その不安は常に付き纏う。

 

「さてと、じゃあさっさとこの海賊達を片付けちゃいましょうかね」

 

閑話休題。ルーミアに関する不安は後でルーミアと二人きりの時にでも話し合うとして、取り敢えずは後片付けをしなくてはならない。

 

私がオーケストラの指揮者のように両腕をくいっと挙げると、気絶した海賊達の身体がフワリと浮き上がる。人間を操るのはあまり好きではないが、まあ気絶している人間なんて人形とそこまで大差あるまい。

 

「スラップさん。この村に、この無法者達を閉じ込めておける場所はあるかしら?」

 

「うむ。それならば、一応村の駐在所に牢があったはずじゃ。多少手狭だが、入らないということはないだろう」

 

「駐在所ね?ルーミアはここで待っていなさい。あとマキノ。ルーミアがお腹すいたみたいだから、ロコモコ丼でも作ってくれない?私も食べるから、二人前ね」

 

「あ、はい!分かりました。任せてください!」

 

マキノはどうやら衝撃から無事立ち直れたらしく、あまり無い力こぶを叩いて承ってくれた。

 

私はそれを見て頷くと、フワフワと海賊達を浮かせながら外に出た。駐在所の場所は覚えている。私だってこの十数日間をただ漫然と過ごしていた訳ではないのだ。

 

私は駐在所に足を向けようとしてふと立ち止まる。そういえば、この海賊達には自分達の乗ってきた船があるはずよね?その船は何処に有るのかしら?港に留まっているのかな?

 

まだ操作魔法に余裕があった私は駐在所よりも先に船の方を探すことにした。船があるのならそこには留守番をしている海賊がいるはずである。どうせ倒すならさっさと片付けておいた方がいい。

 

そう考えて港に向かうとやはり、海賊船が一隻留まっていた。随分と立派な帆船だ。正直カマッセには勿体無いくらいである。

 

取り敢えず、船に乗り込むにあたって邪魔な海賊達を地面に下ろす。魔法の糸はしっかりと絡み付いているから逃げられることはないだろう。

 

ドサドサと、多少乱暴に海賊達を下ろすと、さすがに賞金首になっているだけのことはあるのか無いのか、カマッセが目を覚ました。

 

カマッセはキョロキョロと周りを見渡して状況を確認している。そして私が何か口を開く前にカマッセは叫んだ。

 

「助けてくれ!船長!」

 

「は?あなた何を―――――」

 

言っているの?とは、しかし言うことができなかった。その瞬間上から降ってきた大量の銃弾を人形達でガードしなければならなかったからだ。

 

「あーあー。まったく、お前らそんなひょろくせえ女にやられやがって。めんどくせえなあ」

 

船の甲板からガトリングガンの二丁拳銃をお見舞いしてくれた明らかにカマッセより強そうな大男は、それこそかったるそうに空になったガトリングガンを投げ捨てた。

 

ああそうか。そう言うことか。確かにそうだ。カマッセの奴は自分が船長だなんて名乗ってなかったものね。確かにこれは私のミスだ。釈明のしようがない。もし海賊の船長がそこそこの人物だったら、食料の調達なんて雑用を自分でやるわけないもんねえ!カマッセの奴がかませ犬過ぎてついついうっかりしてたわ!

 

「あー!もう!たった十数日でもう平和ボケしてた!」

 

詰めが甘いのは私の癖だが、なにもこんなうっかりミスをしなくたっていいじゃないの!私は馬鹿か!?

 

「一応確認しておくけど、貴方がこの船の船長なの?」

 

取り敢えずこれ以上の醜態を晒したくない私は、大男に確認をとる。これで間違えて更に敵が別にいたなんて話になったら間抜けもいいところだ。海賊が目の前にいるんだからそれがどんなに雑魚であろうと平和ボケは棚の中にしまっておけ。

 

「ああん?いや、違うな。おれは船長じゃねえ。副船長だ」

 

はいトラップでした!いや!大丈夫だ!まだ私はそのトラップには引っ掛かってない!これから!これからだから!

 

「おーい!アリスー!大変なのだー!」

 

私が内心で叫びまわっていると、ふわふわと日傘を差したルーミアがこちらに飛んできた。

 

「アリスがでてった後に海賊がもう三人来たからやっつけたら、そいつらのポッケからこんなものが出てきたのかー」

 

そう言ってルーミアが渡してきた手配書には、今甲板にいる大男と、もう一人の男が指名手配されていた。

 

『ソーリュー海賊団副船長 掃討のジャガ 懸賞金5500万ベリー』

 

『ソーリュー海賊団船長 双刀のソーリュー 懸賞金7000万ベリー』

 

うおおい!なにこのお値段!二人ともかませ…じゃなかった。カマッセの十倍以上懸賞金が有るじゃないの!

 

「なんでもスラップの話だと、こいつらは本来だったら東の海(イーストブルー)みたいな辺境の海じゃなくて、偉大なる航路(グランドライン)っていう最凶の海を航海するレベルの海賊みたいなのかー」

 

「聞きたくなかった新情報をありがとう!」

 

「勝てたら一気に大金持ちだなー」

 

「ポジティブシンキング!…まあ、そう捉えると、確かにそう悪いことでもなさそうね。仕方ない。それじゃあ、一丁やってみましょうか。ルーミア。貴方いける?見た感じ、結構船の中にまだ海賊がいっぱいいそうだけど」

 

「中にいる海賊達は食べてもいい?」

 

「ま、どうせ見ている人もいないし、好きにしなさい」

 

「やった!じゃあ頑張るのだ!」

 

現実はお伽噺のように甘くない。悪役が華麗に倒されることなんてそうそう無いし、むしろ次から次へと湧いてくる。

 

私が嫌いな血なまぐさい展開も、人形劇のようにオールカットとはいかないようだ。

 

現実は甘くない。されどそれでも、人生は美しく輝かせなければならない。どんな苦境も捉え方次第。

 

ルーミアは久しぶりの()()()()()()()()に目を輝かせているし、これが霊夢だったとしても、倒せばお金が手に入るなら、きっと目をギラつかせることだろう。

 

ならば私もそうしよう。人生を輝かせよう。

 

私の魔法使いとしての腕は、この世界でどこまで通用するだろうか。

 

確かめよう。それはきっと、魔女として、心踊る実験になるに違いないのだから。

 

 

To be continued→



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第四話 決戦!はじめての異世界戦闘

幻想郷には弾幕少女と呼ばれる者達がいる。美しさを競う本気のごっこ遊び、弾幕ごっこを嗜む少女達がいつの日からかそう呼ばれるようになったものだ。

 

宙を華麗に舞い、美しい弾幕を空にばらまく少女達の姿は、もはや幻想郷の風物詩とすら言えるだろう。それだけこの決闘法は、幻想郷の風土によく馴染み、定着していた。

 

だが、冷静になってよく考えてみると、この決闘法はいかにも非効率が過ぎるように思われる。

 

しかしその非効率でもって美しさを表現するわけだから、弾幕ごっこ自体はそれでいいのだ。あの遊びはナンセンスさこそが売りなのだから、むしろそうでなくてはならない。

 

では具体的にどこら辺がナンセンスなのかと言うと、まず上がるのが、弾幕の存在価値であろう。

 

例外はあれど主に一対一の決闘である弾幕ごっこに果たして弾幕を張る意味があるのか。一対一で戦うだけならただのショットでも十分戦闘は成立するのではないか。一度に大量の弾幕を放つという戦闘方法は、一対一の戦いにおいては無駄が多すぎるのではないかと言う指摘である。

 

全くもってその通りで、私はこんな指摘を受けようものならまずもって反論することなどできない。あまりにも非効率的でナンセンスな決闘法だとむしろ太鼓判すら押すだろう。まあだからこそ、その無駄な弾幕にはプレイヤーの個性がよく浮き上がるのだが。

 

弾幕ごっこは戦争ではない。あくまでも平和的な遊戯としてルール設定がなされている。故にナンセンス性はむしろ積極的に受け入れられるべきものであり、だからこそ幻想郷であそこまでの広がりを見せたとも言える。

 

しかし弾幕の威力は強力であり、当たりどころが悪ければ普通に死ねる代物だ。弾幕少女達の大半は何らかの手段で自分の回りに薄いガードを纏っているが(グレイズやかすりと呼ばれる弾幕がガードにかすった時になる摩擦音は、弾幕ごっこ名物だと言っていい)、そういったガードの術がない一般人が弾幕を一発でも受ければ、弾幕の種類にもよるが、冥界行きはほぼ確実と言っても過言ではない。

 

正に遊びと戦争が入り交じっていると言うか、ナンセンスここに極まれりというか、甚だしく実戦向きではない決闘方法なのだ。弾幕ごっこというやつは。

 

しかしそれもまた、時と場合である。弾幕ごっこの弾幕が、真剣な殺し合い。即ち実戦に全く使えないなんてことは全くない。

 

弾幕戦を一対一で行うから無駄な消費が多くなって実戦向きじゃなくなるのだ。

 

ああいう戦法は、本来多対一や多対多の状況でこそ、その真価を発揮するものだろう。

 

具体的にどう真価を発揮するかと言えば、

 

「『ムーンライトレイ』!」

 

「「ぐわあああああああ!」」

 

ルーミアの放つ妖弾とレーザーに、二十人以上の海賊達が吹き飛ばされる。月符『ムーンライトレイ』は、スペルカードの中でも超超初歩的な一撃であり、威力も弱ければ避けるのも容易い弾幕だ。しかし多対一ともなるとそうもいかない。大人数が邪魔をして避ける場所を見失ってしまうからだ。

 

しかも今は実戦だ。楽しい遊戯でもなんでもないのだから、当然スペルカードのようにわざと避けられるように攻撃を設計する必要など何処にもない。スペルカード戦では左右から閉じるように放たれるルーミアのレーザーは完全に閉じる前に消えてしまうが、今回の場合はわざわざそんなことをする必要はない。普通に閉じて逃げ道を塞いでしまう。

 

空を飛べもしない人間相手ではほぼ必中と言っていいだろう。威力が弱いと言ったが、それもあくまでも妖怪目線での話だ。人間相手には非常に実戦向きな攻撃である。弾幕はこのように、多人数相手には非常に効率のいい戦闘方法なのだ。

 

あれから、私とルーミアの二人は海賊船の甲板の上まで飛び上がり、海賊達相手に無双を繰り広げていた。

 

とは言えこの場で無双しているのは主にルーミアであって、私は言うほど無双はしていなかった。勿論何人か木っ端の海賊達は倒しているが、総合撃破数ではルーミアのほうが今のところ圧倒的に上だ。

 

それは何故かといえば、

 

「あーあー。なんなんだあの嬢ちゃんは。滅茶苦茶しやがる。ったく、面倒くせぇな」

 

「あら、つれないわね。私とのダンス中に他の女に目を向けるなんて」

 

「っ……!そりゃあ現実逃避もしたくなるさ!あんたとのダンスは刺激が強すぎる!」

 

掃討のジャガ。この船の副船長は流石に高額賞金首だけのことはあって即決着をつけさせてはくれないようだ。彼は私の人形達の放つ魔力弾やレーザーをかわし、いなし、またははね除けながら、こちらに反撃を加えることすらあった。身長二メートルは優に越える大男なのに、なんとも器用なことである。

 

まあ、実力者ということなのだろう。

 

「畜生!何故当たらねえ!」

 

叫びながらジャガは二丁拳銃のガトリングガンをぶっ放す。とても人間業とは思えない所業ではあるが、所詮軌道はショットと一緒だ。私はそれこそ舞うようにヒラリヒラリと銃弾をかわし、時に盾人形で受け止めつつ躍り回る。

 

「おーい、アリスー!ここら辺大体終わったから、船の中に入っちゃってもいいかー?」

 

「ちょっと待ちなさいルーミア。この船の船長の姿がまだ見えないわ。ここに来て初めての戦闘なんだし、一応注意して一緒に―――」

 

「いってきまーす!」

 

「ちょっと、ルーミア!?」

 

どうやらルーミアは久しぶりの()()()()という行為に興奮しているらしい。非常に妖怪らしくて結構なことなのだが、今回ばかりはちょっと待ってほしかった。

 

フヨフヨと勝手に船の中に入って行くルーミアを追いかけようと手を伸ばすと、行き先をガトリングガンの弾幕で阻まれる。

 

「こっちが好き勝手できねえってのに、その原因であるお前さんが好き勝手動くんじゃねえよ。余所見すんなっつったのは、あんただろうが」

 

「あらあら。これは手厳しいわね」

 

まずい。ルーミアを完全に見失ってしまった。お守りとして追いかけさせた人形もさっきの弾幕で打ち落とされてしまったし、ただでさえ木っ端妖怪のルーミアを雑魚相手ならともかく、ジャガのような実力者のいるところに一人で送りたくはなかったのに…。

 

目の前の男ははっきり言って私でも倒せると思う。このままバトルしていけば勝つのは十中八九私だ。それを分かっているからこそ、ジャガは私を迂闊に船長の元にはやりたくないのだろう。

 

だがその決着は、今すぐつけられるものではない。

 

「ったくよー。なんて災難だよ。おれたちゃぁよ、たまには平和にバカンスしようと思ってこんな辺境くんだりまで船を運んできたんだぜ?それがどうしてこんな激強の姉ちゃんと戦うなんてはめになってんだっつーのめんどくせえ。空飛んだり人形飛ばしたりレーザー飛ばしたり、明らかに二人とも能力者じゃねーかよ」

 

「能力者?」

 

「ああん?そうだろーがよ。能力者じゃねーっつーなら、なんだっつーんだ」

 

「…ええ。まあ、そうかもね」

 

能力者…。つまり、この世界にも私の魔法やルーミアの『闇を操る程度の能力』のように常識から解離した能力を操る者がいるということだろうか…。

 

「おら!とっととくたばれ姉ちゃんよ!」

 

「っと、さすがに考える暇を与えてはくれないみたいね!」

 

しかし、このジャガという男。自分の乗る船の上でよくもまあ遠慮容赦なくガトリングガンなんてぶっ放すものだと思ったが、よく見れば船の床や壁には一切の銃痕も傷も見られない。

 

かなり頑丈だけれど、この船、何でできているのかしら?

 

私がチラチラと船を見回していることに気付いたのかジャガはニヤリと笑う。

 

「なんだ?船が気になるのか?やめとけやめとけ。この船は超豪華仕様で表面を海楼石でコーティングしてあるんだ。大抵の攻撃じゃあ傷ひとつつかねえし、凪の帯(カームベルト)も楽々越える。いくら姉ちゃんが強いっつっても、この船をどうこうするのは不可能ってもんさ。能力者がこの上で戦おうものなら……。ん?ちょっと待て、お前――」

 

どうしよう。ジャガの言っていることが殆ど分からない。海楼石って何?カームベルトって何処?能力者がこの上で戦ったらどうなるの?あなたは一体今の何処に引っ掛かったの?

 

ジャガはなにやら衝撃を受けた顔をして、私を指差して言う。

 

「お前……。能力者じゃ、ねえのか?」

 

だから!能力者ってなんなのよ!訳が分からないわよ!

 

私は若干の苛立ちと共に新たなスペルを発動する。

 

「『(きり)倫敦(ロンドン)人形(にんぎょう)』!」

 

このスペルには単純な弾幕攻撃の他にもう一つの特殊効果がある。空中に踊る七体の人形達が弾幕を放ちながら同時に水系魔法を発動し、周囲を真っ黒な霧で満たすのだ。全くなにも見えなくなると言うわけではないが、しかし太陽の光は遮られ、確実に視界はこの上なく悪くなる。妖怪にとっての最適な気象条件を無理矢理整えるのがこの、闇符『霧の倫敦人形』なのだ。

 

その上私特製の日傘まで差しているんだから、これでもうほぼ万全に戦えるはずでしょ?ルーミア。

 

もう新情報が多すぎて何がなんだか分からなくなってきたけれど、取り敢えず、最優先事項だけは変わらない。

 

勝手に私から離れておいて、私が追い付くまでに死んでたりなんかしたら、絶対に許さないんだから!

 

「悪いけど、さっさと終わりにさせてもらうわよ!『グランギニョル座の怪人』!」

 

「おいおい!マジか!くそっ!『屍山血河雨霰』!」

 

私の持つスペルの中でも最大規模の弾幕と、ジャガの乱射するガトリングガンの嵐が、二人の中央でぶつかり合った。

 

 

 

~~~ルーミアSide~~~

 

「…ん?なんだか頭がすっきりしてきたわねー」

 

ぼんやりとした頭でなんとなくでアリスを追いかけて、さらになんとなくで参加した戦闘。しかし気付けば私は、そのなんとなくの行為に思わず夢中になってしまっていた。

 

むしゃり、と、私はそこら辺で採ってきたニンゲンの腕をかじる。うん。おいしい。

 

おいしいと言っても、味自体はさっきマキノのところで料理中に摘まみ食いしてきたハンバーグや、アリスの作るおいしいごはんなんかとは比べ物にならない。なんの味付けもしていない生の肉なんだから、そりゃあそうに決まっている。

 

だけどそういう食事や味の理屈とは全く関係のないところで、やはり人間の肉を食するという行為は、私に深い満足感を与えてくれるのだ。

 

肚が満たされていく、妖怪としての自分が目覚めていく、そんななんとも言えない快感が、私の身体中を駆け巡っていく。

 

「その上太陽の光が殆どなくなった。これは、アリスの仕業かなー?」

 

夜以外でこんなにも頭が冴えるのは何時ぶりだろうか。この世界に来てから昼間に外で闇を出すのをアリスに禁止されてしまったから、結構久しぶりな気がする。しかも妖怪としては恥ずかしいことに、夜は夜でアリスと一緒に寝ていたから、頭が冴えること自体がかなりの久方ぶりだ。

 

まあでも、アリスの作ってくれた日傘があったから、そこまで苦しい生活でもなかったけど…。

 

「くそっ!化け物め!死ね!」

 

仲間を殺されて逆上したらしい海賊Aが、サーベルで私に斬りかかる。私はそれをひょいっと飛んで避けた。

 

「あはは!おそいおそーい!それ!」

 

避けた勢いのまま海賊Aの背後に回った私は、そのまま背中に軽く妖弾を撃ち込む。海賊Aは壁まで吹っ飛んだ。

 

近寄ってみると、海賊Aは壁に頭でも打ったのか、既に絶命していた。

 

「うーん、やっぱり私じゃアリスみたいに上手く手加減できないなー。ま、いいか。どうせ最後には食べるんだし」

 

アリスや霊夢なんかは格下相手に手加減して戦うのがとても上手い。私みたいな中途半端な雑魚を殺さないように倒すなんて中々できることじゃないと思う。

 

弾幕ごっこじゃ私は激弱だからそんな必要はないけれど、ここに来て急に村に住む人間の子供達と遊ぶ機会が多くなってしまった私は、遊びでむきになっても子供を殺さないように今アリスと特訓中なのだ。

 

今のところはアリスが常に私を見張っているから安全だけど、近いうちにガープの孫のルフィが同じ家に住むようになれば、アリスの目の届かない機会も増えてくる。ルフィがやんちゃな戦闘好きだったなら尚更だとアリスが言っていた。ルフィの受け入れは私が言い始めたことなんだから、私はその責任を持たなければならないのだそうだ。全くその通りだと思ったので、私はアリスと一緒に力加減の練習を一生懸命頑張っている。

 

「でも、やっぱり人間はもろいよなー」

 

私は死んでしまった海賊Aの右足をもぎ採って口に運ぶ。大分船の奥の方に来たと思うんだけど、この船ってどれくらいの広さなんだろう?それに、もう何十人も手加減の練習に使っちゃったけど、海賊って、あとどれくらいいるんだろう?

 

「怪し。人を食すとは、なんとも面妖な小娘でござるな」

 

「んー?あんた誰ー?」

 

船室の扉が開いて、なんとも印象の薄い長髪の和服男が出てきた。綺麗な顔立ちではあるが、それだけ。他にはなんの印象もない。強いて言うなら、腰に二本の刀が帯刀されているくらいで、そう。なんというか、なにかが足りない。そんな感じがする男だった。

 

「んー?あれ?あんた。この手配書の人?」

 

「如何にも。拙者、ワノ国は高月家元当主。高月蒼龍と申す者にござる」

 

「セッシャー?じゃあ、あんたはオサムライさんなんだー」

 

「おお。存じておったか。如何にも。拙者はお主ら異国人にサムライと呼ばれている者でござる」

 

ござる口調が鬱陶しいな。

 

「ござるござるうるさいねー」

 

おっと、口に出ちゃった。

 

「空し。拙者は生まれより此の方ずっとこの口調で話していた故な。今更直すことなど出来んでござるよ」

 

「そっかー。いやー、ちょっと残念だなー」

 

さっきから口が滑りすぎな気がするが、まあ滑ったついでだ。とことんまで滑ってもこの際問題ないだろう。

 

「ところであんた、何かが足りないような気がするけど、それなりに強そうだなー?」

 

「足りない?それはもしや髷のことでござるかな?サムライとしては確かにおかしいかもしれんが、あれは拙者が昔ある敵に切り落とされてしまってから結うのを止めてしまってな…」

 

「ああ。そういうんじゃなくてなー。なんだかもっとこう…。感覚的な…」

 

まあ、そういうのは今はどうでもいいかなー。

 

「そんなことよりさー。あんた、強いんだよね?」

 

「難し。さあな。強いというのがどういうモノなのかにもよると思うでござるがな。強さというものは人それぞれにその要項が違うものでもあるし…」

 

「御託は別に要らないのよ。それに強いか弱いかなんてこの際どうでもいい。私があんたで練習するかどうか。どこまで練習できるかどうかが問題なんだよー」

 

「練習?」

 

「そ。手加減の練習。と、言っても。あんたに手加減は必要ないと思うけどねー」

 

まあ要するに、殺さなければいいんだよね?

 

殺しちゃったら殺しちゃったで、その時だけどねー。

 

「『ナイトバード』!」

 

取り敢えず、最初は牽制。適当に弾幕を撒き散らす。ちょっと前に魔理沙からバードの癖に全然弾幕が鳥の形をしていないと言われたので、妖弾を鳥の形に変えてみた改良版だ。とは言っても超適当な作りなので、個人的にはこの形、「聖者は十字架に磔られました」っていってるようにしか見えないんだけど…。

 

魔理沙だったら、「人類は十進法を採用しました」って形に見えるのかな?

 

『ナイトバード』は全弾がソーリューへと飛んでいき、そして全弾が斬り落とされた。いつの間にか鞘から抜かれていた二本の刀身がキラリと光る。

 

「おー、すごーい!妖弾って、斬れたんだねー」

 

「万物の呼吸を理解すれば、斬れないものなど何もないのでござるよ」

 

「へーそーなのかー。じゃあ、私の闇は、斬れるかな?」

 

私は右手の平から闇を作り出し、それを一気に拡散させる。なんだか闇を出すときに少し違和感を感じたけれど、問題なく辺りは一瞬で真っ暗になり、何も見えなくなる。勿論私も何も見えない。真っ暗闇。斬れるものなら斬ってほしいものだ。ま、松明でも照らせない私の闇は、そもそも斬るとか斬らないとかそういうものではないと思うけどね。

 

「『ミッドナイトバード』!」

 

私はさっきよりもでかく、そして数多くの鳥形弾幕を撒き散らす。アリスなら実戦としては無駄が多いとか言うんだろうけど、どうせ何も見えないんだから適当に四方八方に撒き散らしたほうがこの場合は都合がいい。

 

「『双頭の鷲』」

 

「うわっ!?」

 

ガガッ!と、引っ掻くような斬撃が私の胴を十字に穿った。何も見えないから避けることもできなかった。

 

「うあー…。すっごく痛い…」

 

ポタポタと血が滴る。闇はまだ晴れていない。私は適当に弾幕をばら撒きながら、飛んで位置を変える。

 

「『ダークサイドオブザムーン』!」

 

「『双頭の狗』」

 

「ぎゃあ!」

 

だけどまた、今度は挟み込むような二刀の斬撃が私を的確に斬りつけた。堪えきれずに私は倒れ込み、そしてとうとう闇も晴れた。

 

「うう…。どういうことなの?何も見えない筈なのに…」

 

「物が見えずとも気配は読める。特にお主は少々特殊な覇気を纏っている故、分かりやすいのでござるよ」

 

ハキ?ハキってなんだろう?妖気とかそういう類のもののことかな?

 

「なんだかわかんないけどー。痛いのは嫌なのかー!『ディマーケイション』!」

 

「無駄でござるよ」

 

私が薄暗い闇と共に放った青、緑、赤の三色弾幕は全て切り落とされ、ついでとばかりに放たれた二刀の斬撃に私は更に切り傷を負う。服が斬れ、肌が斬れ、髪が斬れ、リボンがハラリと宙を舞う。私はあまりの痛さにとうとうその場でうずくまってしまった。とくとくと、静かに血が床にたまっていく。

 

「悲し。すまぬな。拙者の腕が未熟であるばかりに無駄に苦しませてしまった。いまに楽にしてやる」

 

血が抜ける。身体が痛い。目がチカチカする。

 

ろくに身動きもとれず、声を出そうにも呻き声しか出ず、痛さにただ涙ばかりが溢れてくる。

 

ソーリューが刀を振り上げているのが分かるのに、それに抵抗する力が、私にはない。

 

所詮この世は弱肉強食。強い者が弱い者の肉を食らう。

 

弱けりゃ何も食べられない。弱けりゃ何も越えられない。

 

私は弱い。弱いのなら弱いなりの立ち居振る舞いがある。分相応の行動がある。まあだからと言って逃げられなければそりゃあ一生懸命抗うんだろうけど、今の状況はその真逆だ。自分からわざわざ危険に突っ込んでいって、自分から勝手に死損なっている。そんなことは生きていたけりゃ間違ってもするべきではない。

 

だけどどうしたことだろう?私はいつの間にか、そんな常識を忘れていたのだろうか。頭がボンヤリとしてよく分からない。

 

いや、ボンヤリとはしていない。私の頭は今、この上なくすっきりしている。

 

髪が斬れたから?リボンが解けたから?いや、そんなものは関係ない。

 

私の頭に結ばれているリボンは御札でできていて、自分で解くことができないどころか、触れることすらもできなかった。

 

とは言っても、この御札は特に何か強大なものを封印していたとかそういうことは何もない。一応封印自体はあるのだが、解けたからと言って急激なパワーアップを果たしたりはしない。私は元からたいした力も持たない雑魚妖怪だ。そもそもなんでこんな御札をつけられたのかもよく分からない。

 

今頭がすっきりしているのは、単純に頭に昇っていた血が抜けているからだ。

 

何も出来ないまま、ただ頭が冴えて、そして違和感が脳裏を埋め尽くす。

 

思えば違和感はこの世界に転移して来た時からずっとあった。

 

基本的に明るい場所で生活していたから難しいことを考えるのをスルーしてきたが、この世界に来てから、私という存在に何処か違和感があった。

 

そしてその違和感は、私が戦闘で闇を出した時に決定的になった。

 

そう。なんというか、一言で言えば性質が変わっている。

 

私の操るこの闇は、本来ならそれはただそこにあるだけのものだ。暗いだけ、光を通さないだけの物質。

 

だけど今この世界で私が出しているこの闇には、なんというか、独特の重さがある。普段出している闇より扱いにくい。持っていて、それだけで何処までも吸い込まれそうな、そんな不吉なかんじがする。

 

と言うか、はっきり言って、別物の様に思われる。

 

この世界では、闇の概念が幻想郷と違うのか?

 

この世界の闇は、ただ相手の視界を塞ぎ、太陽の光を閉ざすだけにしか使えない、そんなちゃちなものでは断じてない。

 

そうだ。そういうことだったのだ。今なら分かる。何で私は雑魚妖怪らしい振る舞いをこの世界で出来なかったのか。

 

そこら辺の海賊を摘み食いして調子に乗っていたというのも確かにある。だけどそれ以上に―――

 

―――この世界での宵闇の妖怪という存在は、そもそも雑魚妖怪なんかじゃなかったんだ。

 

「ああ、ハキ…。覇気…ね。やっと理解したわ。あんたに…足りないもの…」

 

「む?なんだ?辞世の句でも詠むのでござるか?」

 

「ん。そんなところかもね。最後に教えてあげる。あんたに足りないもの」

 

「蓋し。そう言えば最初から、確かそんなことを言っていたでござるな。冥土の土産…とは少し違うが、教えてもらおうか。拙者に足りないものとは?」

 

「あんたに足りないもの…それは…」

 

私は、呂律の回らなくなってきた舌を頑張って動かしながら言う。

 

()()だよ。…あんたには、覇気が足りない」

 

最初から違和感だったもう一つのこと。それはこの男の印象の無さだ。一瞬手配書の写真と目の前の男が同一人物だと分からなかったのも、この男の印象の無さが原因だった。顔付きが、写真とまったく違っているのだ。

 

その理由は簡単だ。目の前の男には今、何もない。

 

例えばやる気。自分の船が何者かに襲われているというのに、それに対しての反応があまりにも消極的だ。敵が目の前にいるのに、態度が平時そのものである。そもそもやる気というものが感じられない。

 

例えば気概。自分の仲間が殺されて、あろうことか食べられてすらいるって言うのに、私に復讐してやるとか、何がなんでも倒すとか、そういう気概がまるで感じられない。

 

倒せたから倒した。私は今、そんなついでの感覚で地面に倒れ付している。

 

刀を振り下ろさんとしていたソーリューの腕がピタリと止まるのを感じた。私が身を捩ってなんとか顔を上げてソーリューを見ると、ソーリューの顔は何処か苛立たしげだった。

 

「易し。随分と簡単な見解でござるな。それくらいのこと、拙者自身委細承知しているでござるよ」

 

「…そう」

 

ソーリューが刀を振り下ろす。刀身はそのまま流れるように私の首筋に吸い込まれていき―――

 

―――そのまま私の出した闇に吸い込まれて消えた。

 

「なっ……!これは…!」

 

「あんたがどうしてそんなに覇気がないのか。そんなものに興味はないけど、でもこれだけは言える」

 

私は嗤う。妖怪らしく、怪しく嗤う。

 

「私は雑魚だけど、あんたみたいな覇気もないようなつまんない男に殺されてあげられるほど、安い女じゃないよ?」

 

我ながらキザな台詞だ。でもアリスだったらこんな時でも、きっとこういう台詞を平然と口に出せるんだろう。

 

私はそれが、とても格好いいことだと思う。

 

この世界に来てから初めての日に、アリスは私と一緒で良かったと言ってくれた。

 

でもそれは違うんだ。本来だったらその台詞を言わなくちゃいけないのは、むしろ私の方なんだ。

 

私は弱いし、たいした志も持っていない。それこそ普段から適当に暮らしていただけの奴だ。

 

私がもし一人でこの世界に来ていたら、多分特に何も考えないまま村の人を襲って、その日中にガープにぶち殺されていたんじゃないかと思う。

 

アリスがいたから、今私もここにいる。面白おかしく、好きに暮らしている。

 

私は今の生活が好きだ。アリスと一緒にいるのが好きだ。

 

だったら私は、その生活を守らなくてはならない。それが今の私の志だ。

 

もうすぐガープの孫もやって来て、その生活は更に面白おかしくなる予定なのだ。

 

そんな幸せな未来を、こんな覇気も志も無いような奴に奪われて堪るもんか!

 

いつまでも弱いままじゃいられない。私だってアリスみたいに何かを守れるようになりたい。だから今!この瞬間からでも!私は強くなる!

 

「『ダークサイドオブザニュームーン』!」

 

私を中心に、大量の闇が辺り一面を埋め尽くす。この海賊船全体を塗り潰すただただ暗い漆黒の闇は、その場の光を逃さず捉え、決して離さない。

 

「奇し…!これは…。ヤミヤミの…!」

 

この世界における闇の性質は、すなわち無限の重力。闇に捕らえられた者はそこから抜け出すことなどできない。

 

とは言えまだ戦いは続いている。相手は覇気こそなくても強敵だ。私は決して油断することなく、傷つく身体にムチ打って、目の前の敵を正面に構えた。

 

――しかし、肝心の敵をふらつく視界のなかに捉えてみれば、ソレは絶望の表情を浮かべて、ただただその場に立ち尽くしていた。

 

何故か勝負は、既に終わっていたのだ。

 

 

 

~~~アリスSide~~~

 

「ほら、ちゃっちゃと歩きなさい人質。時間が無いんだから!」

 

「ぐえ…。怪我人相手になんつー乱暴な女だよ…。育ちを疑うぜ」

 

「海賊に育ちがどうこう言われる筋合いはないわよ!」

 

あれから私は、できうる限りスピーディーに戦いを終わらせて、ジャガを魔法の糸でふん縛り、船の奥に消えていったルーミアを追いかけていた。

 

半ばジャガ(二メートル越えの大男)を引き摺るようにして、私は駆け足で奥へ奥へと進む。いざという時人質にするためとは言え、自分よりでかいものを操るのはそれなりに面倒臭い。

 

「人質、ねえ?昔の船長ならともかく、今の船長じゃあ、そりゃああまり意味があるとは思えないがねえ…」

 

「…どういう意味よ?」

 

「いやなに、あの人は少し前に能力者にぼろ負けしてな。以来、それ以外のことにとんと興味を無くしちまったのさ」

 

また能力者か。いい加減それも謎よね。

 

「さっきから貴方がちょくちょく言っている能力者って言うのは、結局なんなわけ?」

 

「なんだい姉ちゃん。そんなことも知らないのかよ?…いや、こんな辺境に住んでんだ。そういうこともあるか…」

 

「悪かったわね。田舎者で」

 

「悪いってこたぁねーさ。まあついでだ。時間稼ぎ程度に聞かせてやんよ」

 

ジャガはそう言いつつも、何処か諦めたような顔で語り始めた。

 

「能力者って言うのは、悪魔の実っていう海の秘宝を食っちまった連中のことをそう呼ぶんだ。悪魔の実を食った連中は、どいつもこいつも常識では考えられねえ不思議な力が一つ使えるようになる」

 

「不思議な力?」

 

「そう。例えばなんにもねえところから炎を出したり、竜巻を起こしたりとか、そういう突拍子もねえ超能力さ。すげー所じゃあ、地震なんかの天変地異を起こせる奴もいるらしい」

 

私の脳裏にいつぞやの蓬莱人や山の天狗、わがままな天人の姿が過る。まあそれくらいの奴なら、幻想郷にもいないことはない。

 

だけど、食べただけでそれらの力を誰でも使えるようになるというのは驚きだ。恐らくマジックアイテムの一種だと思うが、そこまで高度な代物となると、確かに秘宝と呼んでも差し支え無いだろう。

 

「ただし、勿論海の秘宝にはデメリットもある。悪魔の実を食った奴は総じて海に嫌われカナヅチになっちまうのさ。水に浸かると力が抜けちまうんだ」

 

「それはキツいわね。ろくにお風呂にも入れないんじゃない?」

 

河童連中なんかは死んでも食べようとしないだろうな。便利ではあるが、呪い付きのマジックアイテムということか。恐らく食べる実によっては当たり外れも有るかもしれない。少なくとも今の一言で、私はあまり食べたくはなくなった。

 

「まあ、風呂に入るくらいなら大丈夫って話も聞くが、ウチの船には能力者は居ねえからそこら辺はよく分からないな」

 

「そう…。まあ、能力者についてはなんとなく分かったわ。それで?貴方の船の船長さんが、その能力者に負けたという話だったわよね?」

 

「そうだ。おれとしちゃあ、ただ運が悪かっただけだと思ってるんだけどな。くそ真面目なウチの船長はどうもそう思ってはいないらしい。あの人はそれからというもの、悪魔の実に惚れ込んじまったのさ。そして同時に、悪魔の実そのものに恐れを抱くようになっちまった。その結果がこの船ってわけだ」

 

「この船?」

 

「そうだ。さっき言ったろ?この船は海楼石でコーティングしてあるってよ。海楼石ってのは、海の性質を持つ石なんだ。こいつに能力者が触れると、海に入ったときと同じように力が抜けて何も出来なくなる。この船は、対能力者用に特化した船なんだ」

 

「へえ、それは凄いわね」

 

私が感心すると、ジャガは少し微妙な顔をする。

 

「確かに凄いことは凄いが、海楼石は希少で高いんだ。これを作ったせいで今まで貯めてきた財宝を全部売っ払っちまったからな。海賊としちゃあ、あんまり得した気はしないぜ」

 

「あらそう。それはご愁傷様」

 

「兎にも角にも、船長は図鑑やらなんやらで悪魔の実を調べまくって、勝手に悪魔の実全般を恐れるようになっちまった。その結果、引き籠って船長室から出てこなくなるわ、いざ戦闘になっても能力者がいないと分かるか自分の間合いに敵が入ってこないかしない限りは一向に出てこなくなるわで散々さ。実力だけなら億越えも夢じゃないっていうのに、惜しい人だぜまったくよ」

 

「成程ね。それで私達があれだけ上で暴れまわってても肝心の船長がいつまでたっても現れなかったってわけね。納得したわ」

 

とにかく、話を聞いた限りではまず十中八九ルーミアでは勝てそうにない相手だって言うのはよく分かった。早く追い付かないと今ごろルーミアがどうなっているか分かったものじゃない。

 

話が一通り終わり、後はルーミアを探すだけという段になったとき、その異変は起こった。

 

「――――これは………っ!?」

 

私達の行く先から大量の「闇」が迫ってきた。いつものそれとはまるで違う気配だが、これは―――

 

「おいおい!なんだよこりゃあ!?何かの能力か!?いや…だから!この船の上でこんな能力系の現象が起こってたまるかっつーの!」

 

何かごちゃごちゃと喚いているジャガを引き摺って、私は真っ黒に染まった船内を進む。船全体を覆わんとする暗闇を見ていると、私の中の不安が膨れ上がってくるのを感じる。

 

あんまり無茶するんじゃないわよルーミア…!

 

「………そんな…これって……!」

 

船の奥、闇の満ちる最奥で、私は立ち尽くす。

 

目の前に広がる光景は、私の予想を遥かに越えたものだった。

 

 

 

~~~ルーミアSide~~~

 

「さあ、戦いの続きをするぞ。ソーリュー!」

 

珍しく、今の私はやる気に満ち溢れていた。強くなりたい。アリスに守られてばかりではなく、アリスが頼りにしてくれる存在になりたいと心から願っていた。その為にも、目の前の男に正面から勝ちたいと思っていた。

 

だけど、話はそう単純には進まなかった。

 

「憎し…!小娘貴様…!何という能力を持っているのでござるか!まさかとは思っていたが、それは紛うことなくヤミヤミの実の力…!悪魔の実…。それも自然(ロギア)系の中でも最凶と名高い能力ではないか!」

 

ヤミヤミの実?ソーリューが何を言っているのかよく分からない。私の能力はすでに別の場所に元から有ったと言うことだろうか。

 

前例があるのなら対策がなされているかもしれない。私は警戒を一段階上げた。が、どうもソーリューの言っていることはそういうことではなかったようだ。

 

「ああ、なんということでござる…。実力を隠していたのか…。絶望だ。拙者が能力者に勝てる道理などなし。もうダメでござる。拙者はここで終わりか…」

 

「な…何を言っているの?まだ戦いは終わってないじゃない」

 

「いいや。終わりでござる。お主は能力者。拙者は無能力者。力を持たざるものが力を持つものに勝てる道理もなし。この勝負は、既に決着がついているのでござる」

 

分からない。

 

わからないわからないわからない。

 

ナニヲイッテイルンダコノオトコハ?

 

「本当に何言ってるの?意味分かんない。力を持たない奴は力を持つ奴に抗っちゃいけないの?その行為の一切が無駄だっていうの?たったそれだけのことで、あんたは生きることを諦めちゃうの?」

 

「むくつけし。嗚呼小娘よ。それが既に強者の発想なのでござるよ。強者に抗えるのは、その強者に抗えるだけの力を持った強者だけなのでござる。幸運に恵まれず、力を持てなかった弱者は、それに見合った分相応の結末を迎えるしかないのでござるよ」

 

ブチりと、私の中の何かが切れる。

 

いやだ。そんなことは聞きたくない。そんなことを言われたら、私の決意は、―――アリスの決意は一体なんだったんだ。それらは全部無駄な行為で、全部無駄な決意でしかなかったっていうのか?この男は…。

 

「ふざけるな!取り消せよその言葉!力が無いなら抗えよ!私は強くなんかなかった!それでも強い奴に歯向かったことはいっぱいあるし、何かを諦めたことなんか一度だってなかったぞ!今だってそうだ!私は自分がお前より強いだなんて思っちゃいない!それでも生きようと、お前に勝とうと懸命に抗っているんじゃないか!」

 

「おかし。お主がどう思っているか等関係ないでござるよ。事実は事実として、目の前に転がっている」

 

「それはお前が勝手にそう思っているだけだろうが!」

 

分相応の行動がないなんて言わない。私だってそれくらいのことはする。厄介そうなところにはなるだけ近寄らないようにしてるし、厄介そうな敵からはなるだけ逃げるようにしている。

 

だけどそんなものはちょっと調子に乗っただけで忘れる程度の分相応でしかないし、気に入らないことがあったら格上に文句だって言う。

 

自分より実力が上だからって理由で一切逆らえないような不自由な精神性なんてまっぴらごめんだ。

 

格上に死ねと言われたら死ぬだなんて、そんなのは、あまねくすべての生命に対する冒涜である。

 

そんなの覇気どころか、一切の活力すら存在していない。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

そんなの私のプライドが許さない!

 

「私は今から、お前を殺す気で攻撃するぞ!それをお前は、無抵抗で受け入れるっていうのか!?」

 

「口惜し。残念ながらそういうことになるでござるな。武士として、拙者はせめて潔く最後を全うするのでござる」

 

「そういうのは潔いとは言わない!口惜しいなら抵抗しろ!『ブラックホール』!」

 

私は怒りに任せて床に敷いた闇の重力を上げていく。ミシミシと、ソーリューの身体が悲鳴をあげる。身体が闇に沈んでいく。

 

だけどソーリューは動かない。

 

「どうして…。どうしてお前はそんなことができるんだ?自分の命が惜しいとは思わないのか?」

 

「命は惜しい。だがそれ以上に大切なものもあるということでござる」

 

「それは…。さっき言っていた武士としてってやつのことか?」

 

「その通り。言うなればそれは、心意気というものでござる。拙者、武士として無駄なあがきはせん」

 

「何が無駄なものか!そんなのただやりもしないうちから諦めてるだけじゃないか!」

 

私が怒鳴ると、ソーリューはこちらを小馬鹿にするような笑みを浮かべる。

 

「左右なし。人生経験の差では、どうやらまだ拙者の方が小娘より上なのかもしれんな。勝てるかどうかなど、お主を見聞すればすぐに判るのでござるよ」

 

「わからない。わからないよ。…じゃあお前は、勝てなかったらそれだけで諦めるのか?勝てない相手に勝ちたいとは思わないっていうのか?」

 

ボキリと鈍い音がする。ソーリューの骨が折れた音だ。

 

「目覚まし。それは執着というものでござるよ」

 

それでもソーリューは涼しい顔を崩さない。痛くはないのだろうか?痛いに決まっている。我慢しているんだ。こいつは。

 

「サムライっていうのは、痩せ我慢をする奴等のことを言うのか?」

 

「弱味を見せないのが武芸者の嗜みなのでござる。勝つときは華麗に勝ち、負けるときはきっぱり負ける。その時に感情を表に出すのは三流の証拠でござる」

 

「違う!お前のそれは負けるとは言わない!勝負からただ逃げているだけだ!」

 

私は認めない!こんなものは潔くなんか無いし、ましてや強さなんてものでもない。

 

私はこんな奴に………!

 

「私はお前に……!本気のお前に勝ちたかったんだ!こんなものを勝負がついただなんて認めないぞ!」

 

「忌々し!だから言っているでござる!本気で戦ってもお主が勝つと!」

 

「だからそれを!実演して見せろっていってるんだ!」

 

「笑止!我が儘が過ぎるぞ小娘!そこまで言うなら見せてやる!『双頭の―――――」

 

グシャリ!と、気持ちの悪い音がした。

 

何?どうしたの?本気を見せてくれる気になったんでしょ?やっと私と戦ってくれるんでしょ?早く見せてよ……。早く私とちゃんと戦ってよ…。

 

だけど期待をするだけ無駄だった。サムライは、本気になるのが遅すぎた。『ブラックホール』の重力は、とっくに人間が耐えられる臨界点を過ぎていたのだ。

 

海賊、双刀のソーリューはサムライの心意気とやらを結局全うし、虫けらのように潰されて死んだ。

 

「人間は、やっぱりもろいよなー…」

 

気がつけば、私の張った闇を通して、誰かがこっちに来ているのを感じ取れた。

 

「アリス…」

 

見れば、アリスはさっきまで戦っていたジャガという男を縛って引き摺って来ていた。

 

いいな。アリスはちゃんと相手と戦って勝てたのか。ちゃんと生け捕りにする余裕までもって…。

 

やっぱりすごいなあ…。アリスは。

 

「ルーミア!」

 

アリスは一瞬立ち止まって状況を確認すると、すぐに私のもとに駆け寄った。投げ出されたジャガが頭から床に突っ込んで呻き声をあげる。

 

「ああもう!こんなに傷ついて!あんまり無茶はしないでほしいわね。心配するじゃないの」

 

アリスは私の傷を見ると、すぐに魔法の糸でその傷を縫い合わせる。応急処置だと言っていたが、魔力でできた糸は私の身体によく馴染んで、あっという間に私の傷を見えなくしてくれた。

 

傷の処置が一通り終わると、アリスは私の身体から手を離す。

 

ちょっとだけそれを名残惜しく思っていると、アリスはそのまま私を抱き抱えてぎゅっと抱き締めた。

 

「ありがとう。よくがんばったわね。ルーミア」

 

アリスが何に対してお礼を言ったのかは分からなかった。でも、たったそれだけで私は今までのことがすべて報われたような気がした。私の行為は無駄なんかじゃなかったし、ちゃんとアリスの役に立ったんだって思うことができた。

 

幸せが身体中を駆け巡って涙が溢れて止まらなくなる。

 

「アリス…。私、強くなるよ。いつか絶対、アリスの隣に立てるようになる…。アリスを、守れるくらい強くなる!」

 

私は泣きながら言った。私の決意を、私の想いを無為に終わらせないために、一番宣言したい人に誓った。

 

アリスはそれを聞くといたずらっぽい笑みを浮かべる。

 

「ルーミアが私を守れるくらい強くなるの?難しいわよ?だって私、強いもの」

 

「アリスは無理だと思うのか?」

 

私が少しムッとした顔をすると、アリスは首を横に振った。

 

「いいえ?そんなことはないわ。でも私くらいになりたいっていうのなら、いっぱい努力しなくちゃねって言いたいの。むしろ私は楽しみにしてるわ。私のピンチに颯爽と駆けつけるルーミア。それってなんだか夢のある光景よね?」

 

…やっぱりアリスは違うなあ…。目標として、こんなに高い壁もなかなかないと素直に思わせられる。

 

「うん!私、頑張るのだ!」

 

だけど諦める気には全くならない。やる気はむしろうなぎ登りだ。私は絶対に強くなる。年下の弟も出来るんだから、立派なお姉さんになってみせる!

 

夢のある光景を、現実に。

 

今の私には、その目標を阻害する()も外れている。

 

いつの間にか、私はいつもの調子を取り戻せていたようだ。難しいことなんてなにもない。面白おかしく進めばいい。そんないつもの私に。

 

そんな私たちをよそに、脇っちょから声が飛ぶ。

 

「なんか、おれ、場違い感が半端無いんだけど。船長も殺されちゃったことだし、おれも泣いていい?」

 

「他所でやれ。ジャガ芋」

 

アリスがピシャリと言うと、二メートル越えの大男は盛大に泣き崩れた。

 

そんな大人げない姿を見て、私はちょっと噴き出した。不謹慎かもしれないけど、そもそも妖怪に謹慎なんて、それほど似合わない言葉もないでしょう?

 

苦悩はすべて笑い飛ばす。それが私の妖怪道だ。

 

今決めた。

 

 

 

~~~アリスSide~~~

 

後日談。

 

私が船の奥でルーミアを見つけたとき、予想外のことが二つ有った。

 

一つ目は、ルーミアがこの船の船長を無事にとは行かないまでも、倒せていたという事実。正直私の知っているルーミアだったら、副船長のジャガにすら勝てるかどうか怪しかった。だからこそジャガとの戦闘は私が率先して請け負っていたんだし、ルーミアの勝手な行動はできるだけ止めたかったのだ。

 

二つ目は、ルーミアが負っていた傷の比率だ。彼女の身体には複数の切り傷が散乱していて見るからに痛々しかったのだが、それ以上に心の傷が重症だった。正直ルーミアが船長を倒した(押し潰した?)方法も気になるところではあったが、そんなことがどうでもよくなるくらいルーミアは傷ついていた。

 

妖怪にとっては身体的な傷よりも、むしろ精神的な傷の方がより致命傷となる。このとき私の心労はもはや天元突破していたと言っていい。むしろそれすら過小表現であると言えるだろう。

 

ただ、そのあとさらに驚いたのは、ルーミアがその後、殆ど自力で立ち直り、その上精神的に一回りも二回りも成長して見せたということだ。通常木っ端妖怪と呼ばれるような連中には有り得ない大出世である。

 

妖怪の存在は精神面に依存することが多い。我々魔法使いが使う魔法にしたって、その時の精神状態によって効果は雲泥の差なのだ。だからこそ、妖怪は人間と違ってあまり成長しないのである。精神的な成長は、肉体的な成長よりも遥かに難しいのだ。

 

だけど、精神的に成長した妖怪は強くなる。ルーミアだって例外じゃない。その上この子は自分で強くなると宣言してのけたのだ。現実はどうあれ普段から自分は人間よりも強いというプライドを持つ妖怪にはまず有り得ない宣言だ。現実を受け止め強くなると誓った妖怪は例外なく強くなる。鬼なんかがその代表例で、あれらはそもそも、人を越えたいと願った人間が辿り着く先の存在である。

 

私はけっこう割りと本気で、このままいけばルーミアが私と並ぶ時が来ると思っていた。

 

まあ、とは言っても、そう簡単に抜かされてやるほど私だって甘くはない。せっかくルーミアが私を目標に据えてくれたんだから、私もその期待に応えて、せいぜい高い壁であり続けようと思う。

 

ルーミアが強くなるんだったら、私だって今以上に強くなってやろう。

 

「競争しましょ?」と誘ってみたら、ルーミアは「望むところなのだ」とガッツポーズを返してのけた。

 

だったらもう安心だ。ルーミアにその向上心がある限り、彼女が自分の力の加減も知らないような木っ端妖怪であることなどあり得ない。努力に対して結果が、すぐについてくるだろう。

 

心配な妹から、自慢の妹になる日も近い。

 

いろいろと衝撃的だった一日から三日が過ぎた。

 

フーシャ村の港に、一隻の軍艦が停泊する。犬を象った船首のお陰で誰が乗っているのか死ぬほど分かりやすい軍艦だ。

 

今日はいよいよ海賊の引き渡しの日。そして何より、私の家に家族が一人増える日だ。

 

私達は、果たして自慢の家族になれるだろうか?

 

 

To be continued→




終わりどころを見失ってしまった…。長い…。一万七千文字って…。


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第五話 フーシャ村の新しい風

素敵な評価と感想。そして沢山の閲覧ありがとうございます!四話書いたときに日刊ランキングに乗っててビックリしました。作者のやる気がうなぎ登りです!
次の日、ジャンプを読んだらルフィの懸賞金がうなぎ登りになっててさらにビックリ仰天驚天動地しちゃいましたけどね!あれはやばい。尾田栄一郎先生は常に私の予想を良い意味で裏切ってくれるぜ…。
そんなこんなで第五話です。ルフィ登場です。
ついでにあの人もな!


「うおぉぉ!スッッッゲェェェ!」

 

私の家では、家事は基本的に固定動作をプログラムした人形達が行っている。勿論大まかなプログラムだけでは足りないので最低限のマニュアルと並行して行っているが、大抵の場合、まるで勝手に動いて家事をしているように見える人形達を初めて見たときの来客の反応は大体同じだ。皆人形達の仕事に驚いて、しげしげと暫く人形達の様子を観察するのである。

 

そんな反応の中でも、とりわけ盛大に興奮した様子で目をキラキラ輝かせている少年が一人いた。昨日から私の家に住むことになったガープさんの孫。モンキー・D・ルフィ少年である。年齢は6歳。10歳はいかないであろう見た目のルーミアと比べてみてもまだまだ年下の印象であり、家族として認識するなら、世間的には私とルーミア両方から見ても弟ということになるだろう。因みに私とルーミアの実年齢は聞いてはいけない。見た感じは17歳と8歳くらいで、実年齢もそれに準ずる。それでいいのである。それ以上の追求は一切認めない。断じてだ。

 

「こっちの人形が上海で、こっちのが蓬莱っていうんだぞー」

 

「そっか!よろしくな!シャンハイ!ホーライ!」

 

ルーミアはルフィと一緒に部屋を駆け回って、人形一体一体の名前を紹介していた。どうやらルーミアは家を案内することで早速お姉さん風を吹かせているようだ。仲も良好なようだし、この調子なら、特に何かを心配するような必要もあるまい。

 

結論から言うと、ルフィは私が予想していたよりも遥かに良い子だった。少し好奇心が強すぎるきらいはあるが、年相応のやんちゃさを持った明るい子だ。

 

ガープさんから鬼みたいな迫力を抜いて子供にしたら、大体こんな感じになるんじゃないかと思う。はっちゃけて大災害を起こすような強ささえなければ、こんなにも平穏な子供が出来上がる。私はひとつ新たな発見をしたような気がした。

 

逆に言えば、ちっとも平穏では済まないガープさんは、屈強な大人の身体に少年のような精神を………いや、これ以上は追求すまい。彼の尊厳に関わることだ。あと、私自身気付きたくもない。気付いちゃいけないことというのも、この世にはたくさんあるのだ。

 

そのガープさんは、ルフィを私達に託すと、私とルーミアが捕まえた海賊達(一部死体は村外れの共同墓地に埋葬した)を引き取って、すぐに帰っていってしまった。

 

ルフィは実に明るい笑顔で「じいちゃんまたな!」と送り出し、そのじいちゃんから「もっと別れを惜しめ!」とかなり理不尽な拳骨を食らっていた。

 

話を聞く限り、ガープさん達は仕事の都合でこれから一年以上はフーシャ村に寄ることが出来ないのだそうで、ガープさんとしてはもっと孫と触れ合っていたかったのだろうと生暖かい目で見守ってあげたが、どちらにしても子供っぽいと思ってしまったのはガープさんには秘密だ。

 

後でルフィに聞いた話によると、ルフィはそんなにガープさんのことが好きじゃないのだそうだ。ジャングルに投げ込まれてサバイバルさせられたり、風船にくくりつけられて何処かに飛ばされたり、千尋の谷に突き落とされたり、修行と称した殺人未遂に何度もあっているのだと言う。

 

確かにそれは流石に引く。いや、予想通りではあるのだが、それにしたってまだ幼い子供相手に何をやっているんだあのじいさんは。むしろお別れになってせいせいする気分だろうなと私はルフィに深い同情の念を抱いたくらいだ。むしろなんでそこまでされてこんなにも素直な良い子のままでいられるんだろうか?人間不信になってもおかしくないんじゃないかと私はルフィに戦慄すらしたものだ。

 

「大体紹介は終わったな!ここが今日からルフィの家なのだ!私達が家族として暮らしていく家なんだぞー」

 

「おう!よろしくな!ルーミア!アリス!」

 

元気のいいルーミアにこれまた元気よく返事を返すルフィ。二人とも新生活の気配に興奮しているらしく、ぴょんすこぱたぱたと忙しなく動き回っている。普段なら外で騒げと言うところだが、今日くらいは少しくらい寛容になっても良いだろう。

 

ひらりと、ルーミアの髪の毛と一緒に青いリボンが揺れる。ルーミアが元々付けていたリボン(御札?)は、先の海賊との戦闘でボロボロになってしまっていた。本人いわくあのリボンは外せなかったから付けていただけで、大してリボンの有る無しは気にしていないということだ。だけどいつものリボン姿のルーミアを見慣れていた私にはどうも座りが悪いように感じて、クローゼットの奥から私が昔使っていたカチューシャリボンを取り出してルーミアにあげたのだ。

 

日傘と違って、そのリボンには特に何か特殊効果があるなんてことは全く無かったのだが、ルーミアはやっぱりそれを嬉々として四六時中付けるようになった。お風呂の時くらいは外せとルーミアに注意した時は、呆れるような面映ゆいような、なんとも微妙な気持ちがしたものである。

 

しかし何と言うか、こうして改めて青いリボンを付けたルーミアを見てみると、結構本気で昔の自分を見ているような気分になってくるからさらに面映ゆくなってくる。服装の方は全く違うし、厳密には髪型も髪色も何から何まで違うから全く見分けがつかないなんてことはないが、最近のルーミアの成長と合わせて、私とのシンクロ率が急増しているような気がする。ルーミアが私という存在を目標に掲げたのも原因の一つだと思うのだが、今になって初めてガープさんに会えばなんて仮定をすると、自分達が義理の姉妹だとは思われなかったんじゃないかとすら思うほど家族として違和感が無くなってきている。家の構造もかなり熟知しているし、いきなりルーミアが人形を操りだしても私はなんとも思わないんじゃないかとすら思ってしまう程の違和感のなさだ。

 

ただまあ、性格の方まではそうでもないわね。私がルーミアくらいの頃は、確かに子供ではあったけど、もう少し落ち着きがあったもの。そこはやはり、育った環境の違いが現れるってものよね。

 

ルーミアの明るく何者にも物怖じしない性格は、むしろガープさんやルフィの方によく似ている。野性味溢れるという意味では、確かにルーミアの普段の生活スタイルからして性格が似てくるのも宜なるかなって感じだけれど、こうして見るに私達はルフィも含めて、かなり家族としてバランスがいいんじゃないかと思えてくる。

 

下世話な話になるようだが、海賊達を倒したお陰で、なんと一億ベリーを優に越える臨時収入が舞い込んできたことだし、暫くは平穏無事な生活が送れそうだ。

 

ありがとう。かませ犬、ジャガ芋、あと、ちゃんと会うことは結局出来なかったけど、ルーミア曰く「へたれ侍」。あなた達のお陰で私達の生活に余裕とゆとりが生まれました。

 

私がこっそり天に向かってご冥福を祈っていると(うち二人は生きてる気がするが、どうでもいい)、人形達がひととおりの準備を完了させたようだ。

 

「さてと、昨日は色々ばたばたとして延期になっちゃったけど、これからマキノの酒場でルフィの歓迎パーティーをするわよ。二人とも準備はいい?」

 

そう言うと、私は人形達にシチューの入った大きな寸胴鍋を持たせ、ついでにルーミアとルフィにも焼きたてのパンなどがいっぱい入った大きなバケットを持たせる。

 

「ムシャムシャ…。アリスー。これはなんだー?」

 

「すっげえウマいな!このサンドイッチ!」

 

「マキノだけじゃパーティーの準備は大変だから、参加者各自でも食事を作って持ち寄るのよ。だから二人とも、つまみ食いはしないでくれる?」

 

持たせたとたんに中身を食べ始める二人に呆れながらも、私は二人を伴いマキノの酒場へと向かう。

 

そんな感じで、私達の新生活は、割りと明るい見通しでスタートを切ったのだった。

 

 

 

 

―――それから数日が過ぎて、フーシャ村にまた新たな変化が訪れた。

 

この村、辺境の田舎村なのに変化多すぎじゃない?と思わないでもないが、訪れちゃったのである。

 

具体的には港に、また海賊船が一隻停泊してきたのだ。

 

スラップ村長からその話を聞いたとき、私はまた厄介事か?と、少し警戒したが、どうやらそういう話ではないようだ。

 

「なにもここに来る海賊どもが皆略奪をして行く訳ではない。前にも言ったと思うがな、先の海賊団のような奴等もいれば、大人しくしとれば普通の船団と特に変わりの無いような奴等もいる。村からしてみれば後者の方は普通にお客様と言っていい。酒やら食料やらにお金を落としていくからな」

 

今回停泊してきた海賊団は、わざわざ村長のところまで菓子折りを持ってきて、停泊と、暫くこの村を拠点にすることに対する許可を求めてきたらしい。つまりは後者の方の海賊と言うわけだ。スラップ村長はそのことをわざわざ私の家まで訪ねて説明してくれた。

 

もしかして私、村長に喧嘩っ早いとか思われてたりする?

 

まあ、間違ってはいないけど。ちょっと過敏過ぎない?

 

「大丈夫よ。先の海賊団に喧嘩を売ったのは、あくまでもあいつらが酒場で強盗紛いのことをしようとしていたからで、私は海賊相手に問答無用で喧嘩を売るような野蛮人ではないから」

 

「そうだといいんじゃがのう…」

 

取り敢えず村長を安心させようと喧嘩にはならないと保証したら、疑わしそうなジト目で返された。失敬な。私のことを、海賊相手だったら問答無用でぶん殴るであろうガープさんみたいなのと同類項で括ってるんじゃないでしょうね。私は平穏と平和を何より愛する冷静沈着な都会派魔法使いですよ?

 

まあそうは言っても、やはり気になることは気になるので、私は海賊達が今たむろしていると言うマキノの酒場に向かってみることにした。

 

「と、言うわけで二人とも。留守番よろしく」

 

「「いやだ。面白そうな予感がするから一緒に行く」」

 

三人で行くことになった。

 

道中、私は村長から渡された海賊達の手配書をめくって今この村にいるという連中の確認をする。前回よく手配書を見なかったせいで凡ミスを連発したので、予習はしっかりやっておくに限る。

 

「えーっと、何々?『赤髪海賊団』。船長は『赤髪のシャンクス』で、懸賞金が……」

 

………………………………………。

 

見なかったことにした。

 

パタン。と、手配書の束を閉じ頭痛を堪えるように頭に手をやった私を見て、

 

「どうかしたのかー?アリスー」

 

と、ルーミアが疑問の声をあげるが、私はそれに返事を返すことが出来なかった。

 

えっと…。見間違いじゃなければ、結構な数字が書かれていたような気がするんですけど。数学の難しい計算じゃないと出てこないような。欧米の宝籤じゃないとお目にかかれないような金額が書かれてるような気がしたんですけど。

 

私は改めてパラパラと手配書を斜め読みしていく。

 

おかしいおかしいおかしい。船長は勿論のこと、高額賞金首がまあ出るわ出るわ。

 

ソーリュー海賊団の総合懸賞金額(トータルバウンティー)でも足元に及ばないような賞金首が複数名在籍してるってどういうことよ。て言うか、何やったらこんな金額がつくの?

 

あと、ここって本当に東の海(イーストブルー)の辺境なのよね?この前聞いた話だと、東の海(イーストブルー)は最弱の海で、その懸賞金アベレージは確か、300万…とか…何とか…。

 

「ねえ、ルーミア。ルフィ。やっぱり行くの、止めない?」

 

「「え?やだ」」

 

ですよねー。この二人ならそう言うと思ってた。

 

と言うか、たった一日しか経ってないのに本当に息ぴったりね…。あなたたち…。

 

はあ…。まあ、赤髪海賊団は村長の話から判断する限りでは、民間人に積極的に害をなすような海賊ではないみたいだし、刺激さえしなければそこまで恐れることもないか。

 

ワンチャン賞金の数に踊らされてるだけっていう線も…。うーん…。あるといいわよねー。

 

私の直感はそれはないって囁いているけどねー。

 

「どちらにせよ、マキノは接客してるみたいだし、赤髪海賊団はここを暫く拠点にするっていう話だし、そうなると何時かは会わなきゃいけない存在でもあるわけだしね。行きましょうか」

 

「おー!素敵な出会いの予感がするのだー!」

 

「おう!おもしろいことになる予感がするぞ!」

 

まったくこの子達は…。

 

「それは何?勘なの?」

 

「「うん!」」

 

「そう。なら、仕方ないわね」

 

ルーミアは長年の経験値から来るものなのか、勘だけは妙に鋭いし、ルフィはあのガープさんの孫だ。それだけで説明できちゃうのも中々にクレイジーだが、少なくともこの二人が素敵で面白そうだと言うのなら、それはきっと素敵で面白い出会いになるのだろう。

 

私がこの二人の勘を信頼する根拠など、それだけで十分なのだから。ためらう理由など、何処にもない。

 

気付けば、前方の建物からどんちゃんと昼間っから騒がしく宴会でもやっているような喧騒が響いてきた。

 

「さて、と。そうこう言ってるうちに着いちゃったわね。マキノの酒場」

 

「「お邪魔しまーす!」」

 

「展開が早い!」

 

そうは言ってももうちょっとくらい心の準備をさせてほしかった私は、ルーミアとルフィの二人に引っ張られるようにして慌てて酒場に入店する。

 

しかし入ってしまったものは仕方ない。私は気を取り直してマキノに話しかける。

 

「マキノ。席、空いてるかしら?」

 

「あら。アリスさんいらっしゃい。カウンターのお席なら空いてますよ」

 

店内は何時に無い混雑を見せていたが、確かによく見ると店の奥のカウンター席には一人しか客が座っていなかった。

 

他の客達と一緒に大口開いて笑っているその男は、麦わら帽子を被っていて、全体的にラフな格好をしていた。歳は20代後半くらいだろうか。真っ赤な髪が良く映えて、いかにも気さくそうな、なんならそこら辺の田舎村に一人は居るんじゃないかってくらいの雰囲気を纏った男だった。

 

うーん。でもね。見覚えあるんだよね。その顔ね。

 

具体的には、ついさっきここに来る道中に見た手配書の束の一番先頭に載ってた写真の男と、良く見たら顔一緒なんだよね。写真と雰囲気全く違うからそっくりさんでしょと言われたら納得しちゃいそうだけど、よくよく観察したらパーツの一つ一つが全く一緒なのよね。

 

その男にはガープさんと違って一目見たら判る強さは感じられない。一目見て判るのは割りと適当でだらしなさそうなおっさんだってことくらいだ。

 

だけど、見た目だけで強さの判別なんてしていたら、幻想郷では弾幕少女や異変解決なんてまずやっていけない。あそこは一見か弱そうな少女であっても、ものすごい強さを秘めていることがある場所なのだ。だから幻想郷で人を視る時は、外見からではなく、もっと内側の本質を見抜く能力が必要になって来る。

 

その能力は、時として私のように魔法的見地に基づく技術的なものであったり、また、ルーミアのように経験則による完全なる勘に基づくものであったりもする。

 

さて、そんなわけで私は少し意識を集中させて男の内側を観察することにする。内側というのは、要するに実力のことだ。

 

「ん?なんだいお嬢ちゃん。おれに何か用か?」

 

マキノに葡萄酒を注文してカウンターの席に座りつつ、最上級にさりげなく、目線もくれずに魔力による観察だけをしたにも関わらず、私の観察が余裕で気付かれた。

 

どう考えても魔術の素養なんて無さそうな海賊相手にものの数秒で気づかれるとは、流石の私も予想外だった。

 

「可笑しなことを言うわねお兄さん?私、貴方に目線すらくれた覚えも無いんだけど?」

 

「いや、まあ確かにちっとも目は合わせてなかったけどな。だけどとは言え、そんなに熱心に視られてたら、緊張しちゃってうかうか酒も飲めないのさ。わかるだろ?」

 

そう言ってジョッキを傾けグビグビ酒を飲む男には、一見緊張感の欠片すらも感じられない。

 

まあ、あくまで一見だけど。

 

判る奴にしか判らないような、ほんの微かなピリピリと突き刺さるような視線を受けて、私は惚けるのを諦めて肩を竦める。

 

「別に緊張なんてしなくても大丈夫よ。私は海軍でも賞金稼ぎでもないし、なんなら正義の味方ですらないから。ただ、こんな田舎村に大海賊様がやって来たって言うから興味本意で出歯亀しに来ただけ」

 

私が手配書をヒラヒラさせながら言うと、男―――赤髪のシャンクスはニヤリと笑みを浮かべた。

 

「ほーう?そりゃおれ達の手配書か?こんな所にまで出回ってるとは、おれ達も有名人になったもんだなあ」

 

「白々しい。大体貴方ね。一体何やったら政府からこんな懸賞金出されるってのよ。良かったら教えてほしいものね」

 

「さてなあ。おれたちゃただ自由に冒険してるだけのつもりだったんだがね。突っ掛かってくる奴等を追っ払ってたら、いつの間にかそんなことになってた」

 

「呆れた。大した自己管理能力だこと…」

 

どっ!と笑うシャンクスを見て、私は自分の肩の力が抜けていくのを感じる。

 

物は試しと、一言二言会話してみたら、何だかもう既に警戒するのがバカらしくなってきた。赤髪のシャンクス。実力者であることは間違いないが、掴み所がなく、何とも不思議な雰囲気の男である。

 

「しかし、自己管理能力っていやあ、お嬢ちゃんの方こそ随分無用心なんじゃないか?あんたが言うところの…あー、なんだ。大海賊様にこんな風に話しかけるなんて」

 

「私の言うところの大海賊様が、この程度の会話に腹を立てるような小物の集団だったなら、確かに私の視る目がなかったということになるんでしょうね。過大評価のし過ぎだったと、その時は潔く諦める他無いわ」

 

私が大袈裟に頭を振ると、シャンクスはそれがツボに嵌まったのか、膝を叩いて笑う。

 

「だっはっは!確かにそうだ!こりゃ敵わねぇな!傑作過ぎる!」

 

私の元に注文した葡萄酒のジョッキが来たのを受けて、シャンクスは自分の飲んでいたジョッキを私に向ける。

 

「どうやらあんたはおれたちのことを既に知ってるみたいだが、改めて自己紹介だ。おれの名はシャンクス。海賊で世界をめぐる冒険の旅をしている」

 

「私はアリス。アリス・マーガトロイドよ。職業は人形遣い。この村で、妹と弟の三人で暮らしているわ」

 

私は自分のジョッキをシャンクスのジョッキにガツンと当てて乾杯する。

 

それが、海の覇者として君臨する四皇の一人。赤髪のシャンクスと私との、初めての会合だった。

 

「あー。ところでアリス」

 

「何かしら?」

 

シャンクスの不思議な雰囲気に当てられたのか、それとも店の賑やかな喧騒に当てられたのか、何となくいい気分で葡萄酒を飲んでいると、シャンクスが目線を他所に反らしながら言った。

 

「アリスの妹弟ってのは、あっちで酒のんで大笑いしている青いリボンの女の子と、酒のんでぶっ倒れてるガキのことでいいんだよな?」

 

「え…。ちょっ!ルフィ!?」

 

私が慌てて駆け寄ると、ルフィはどうやらジョッキ一杯分のラム酒をイッキ飲みしたらしく、目を回してぶっ倒れていた。

 

そこに赤髪海賊団の船員達と、完全にできあがってるルーミアがやって来て

 

「いやー!すまねえな!お宅のお嬢さんがあんまりにもいける口だったんで、ついつい調子に乗っちまった!」

 

「アリスー!こいつらなー!めっちゃおもしろいぞー!」

 

などど宣った。

 

「ルーミア…。あなたはともかくとして、ルフィにお酒を飲ませちゃ駄目でしょ!まだこの子6歳なのよ!?」

 

「うん。まさかこんなに弱いとは思わなかったのかー」

 

「強いとか弱いとかいう問題じゃない!あなたお姉ちゃんでしょうが!見てたんだったら止めなさい!」

 

「おーそーだったのかー!じゃあ次からは止める」

 

ルーミアに注意していると、ルフィがへべれけの状態でガバッと起き上がって抗議する。

 

「リューミアー!おりは弱くらいぞ!」

 

「おー?じゃあまだ飲めるのかー?」

 

「お酒が強くたって自慢になりません!あとルーミアも飲ませようとするな!」

 

私はルフィとルーミアの二人に拳骨を振り下ろした。

 

「ぎゃっはははは!二人とも怒られてやんの!」

 

頭にたんこぶを作って転げ回るルーミアとルフィを指差して笑う船員達に、私はキッと鋭い目を向ける。

 

「あんた達もよ。子どもにお酒飲ませるなんて何考えてるの。一人ずつしばき倒してあげるからそこに並びなさい」

 

「「げえっ!?」」

 

大袈裟に身体を仰け反らせる船員達。よくよく見たら一人一人がそれなりの実力者だが、酒の席でそんなものは関係ない。

 

「はいはいはい!おれからいきます!美人にしばかれるとかそれむしろご褒美!」

 

お酒の飲みすぎで真っ赤な顔をした船員の一人が勢い良く名乗りをあげたので、私は大して目もくれずにその船員に向かってぺいっと、ストロードールを放り投げる。

 

ボンっ!と、軽い破裂音の後に残されたのは、アフロヘアーになってぴくぴくと痙攣している船員のしかばねだけだった。

 

悪のりしていた船員達の顔からサーッと血の気が引ける。

 

「さ、全員こいつとおんなじにしてあげるから、そこに一列に並びなさい」

 

私は酷薄な笑みを浮かべて船員達を見回す。

 

船員達は一斉に目を反らした。

 

「お、おかしらぁ~…」

 

その内の一人がさっきまで私とお喋りしていたシャンクス船長に助けを求めるが、彼はあっけらかんとした顔で

 

「ま、自業自得だわな」

 

と、見事に部下達を見捨てた。

 

部下達はお互いの目を見合わせると、タイミングを見計らい、

 

「「逃げろ!」」

 

ダッシュで酒場から逃げ出した。

 

その後、村中を蜘蛛の子を散らすように逃げ回る海賊達と、それを追いかける藁人形という世にも珍しい光景がフーシャ村にて観測されたのは、別のお話。

 

こうしてフーシャ村に、ルフィや赤髪海賊団という一際賑やかな新住人が加わった。新しい風の到来に、私たちの平和な日常は、更に騒がしいものへと変化していくのだった。

 

風車はさらに、その回転の勢いを増して行く。

 

 

To be continued→



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第六話 過ぎ行く日常

UA1万突破おめでとう!(自画自讃)そしてこの作品を読んでくださった読者のみなさんにはありがとうございます!これからもよろしくお願いします。少しネタに詰まるは現実世界が忙しくなるはでなかなか書けませんでしたが、なんとなく書きたいこと自体はまだまだあるのでがんばってじゃかじゃか書いていきたいと思います。それでは本編をどうぞ。


日常とは過ごしているその時こそ時間を長く感じるが、気が付くとあっという間に過ぎていき、季節が巡っていくものだ。

 

後から思い返せばあっという間だったなんてものは、物事が過ぎ去った後によく有る感想だし、実際日常なんてものは印象的なワンシーンを残して後の「いつも通り」は大方忘れてしまうのだから、記憶の編集の都合上短く感じるのは仕方の無いことだと思う。幻想郷における私の生活も、概ねそんな感じだった。

 

ルフィや赤髪海賊団という騒がしい新住人を迎え、一層賑やかになったフーシャ村でもそれは変わらなかった。毎日を楽しく過ごすうちに日々はあっという間に過ぎていき、既に私達がこの世界に来てから早くも数ヶ月もの時が経過していた。

 

そんなある日のこと、赤髪海賊団が何回目かの航海から戻って来て、その時に、なんとも珍妙なお土産を酒場に持ってきた。

 

「………なにこれ?」

 

河豚(フグ)だな。刺身や鍋にすると旨いが、ちゃんと下処理をしないと毒で死ぬ魚だ」

 

私の上げた疑問の声に、副船長のベックさんが煙草をふかしながら至極冷静に答える。

 

いや。これが河豚だってことくらいは私だって見れば判る。図鑑でその姿を見たことはあるし、なんなら私がまだ幻想郷に根を下ろしていなかった子供の頃に一回くらいは食べたことだってある。私が疑問に思っているのはその河豚の大きさについてだ。

 

「いくらなんでもでかすぎるんじゃないの?これ」

 

少なくとも、私の知っている河豚という魚は、大きくなっても1メートルいかないくらいの魚だったはずだ。目の前でピチピチ跳ね回ってるこいつみたいに、人の身長を余裕で越えてまだ余りある程のサイズでは間違ってもなかったはずである。

 

まだこの河豚が一匹だったなら、突然変異か何かなのかなーくらいの驚きで済んだかもしれない。

 

だが、「大漁大漁!」とか言ってシャンクスとヤソップさんが釣ってきたこの河豚は、全部で13匹いるのだ。流石に突然変異では説明がつかない。

 

「確かに普通の河豚なんかよりはよっぽどでかいな。こいつはジャイアントトラフグと言ってな。まあなんだ。一応食べられる種類の河豚だ」

 

「いや、食べられるとかじゃなくて。え、何?海にはこんなにデカイ魚がいるわけ?」

 

「ん?まあ、そりゃあいるだろう。海は地上と違って際限なくでかくなれるからな。おれたちが以前見てきた中でも相当なのがいるぞ?『島喰い』と呼ばれる馬鹿でかい金魚とかな。ありゃあ凄かった。あれと比べたら、おれたちの大きさなんてプランクトンと大して変わらん」

 

「『島喰い』って…。金魚に付けられるべき二つ名ではないわね…」

 

私がまだ見ぬ世界の海に戦慄していると、その傍らでルーミアとルフィがツンツンとジャイアントトラフグをつつく。

 

「それで?この魚は結局くえるのか?」

 

ルフィの質問に答えたのは、カウンターでいつものごとくマキノと雑談をしていたシャンクスだった。

 

「このままじゃあ、無理だな。毒を抜かないといけない。おいシェフ!おまえらん中に、毒抜きできる奴っていたっけか?」

 

シェフと言うのは、赤髪海賊団に所属しているコック達の総称だ。とは言え流石に海賊というか、特ににその中でもとりわけ適当な雰囲気の赤髪海賊団には、素人に毛が生えたようなコックしかいなかったらしく、

 

「だからよー。釣ったときに言ってたの聞こえなかったのかよお頭。おれたちの中にゃ河豚の毒抜きなんてできるやつはいやしねえっつーの」

 

というなんとも心許ない返事が返ってくる。

 

「なんだよおまえらー。それでも海のコックさんかー?」

 

その返事に対してシャンクスは、口を尖らせながらぐちぐちと文句を垂れる。いかにも失望しましたよとでも言うように大袈裟に両手を上げて頭を振るというおまけ付きだ。シェフ達のこめかみに血管が浮かぶ。

 

「マキノさんはできるか?河豚の毒抜き」

 

「いえ…。残念ですけど、私も河豚の毒抜きはやったことがなくって」

 

「だよなー。まあ、しかたねーよ。河豚の毒抜きは難しいって話だしな」

 

「おいお頭。おれたちの時と反応がずいぶん違うな!」

 

恐縮するマキノの肩をポンポン叩きながら慰めるシャンクスに、今度はシェフ達がブーブーと文句を垂れる。シャンクスはそれに対して舌を出しておちょくるような動作で対抗する。他の連中はその攻防をゲラゲラ笑いながら観戦していた。

 

小学生か。こいつら。

 

「アリスはできねえのかい?河豚の毒抜き」

 

私のとなりでそんないつもの日常風景を面白そうに俯瞰していたベックさんが、視線をこちらに向ける。

 

「あら。ベックさん。私みたいなしがない人形遣いに期待しすぎじゃないの?」

 

「初対面でおれたちの過半数の頭をアフロにしといて、しがない人形遣いか?」

 

くっく!と、船員達のアフロ頭でも思い出したのか、こらえるような笑顔を浮かべるベックさん。まあ、確かにあの時は少しやり過ぎたかもしれない。酒の席でのこととはいえ、確かにしがない人形遣いがやることではなかった。

 

それに河豚の毒抜きだが、出来るか出来ないかと訊かれればぶっちゃけ出来る。

 

ただ、それは魚さばきとかそういう料理の腕前的な毒抜きではなく、もっと魔法的な手段による毒抜きなのだ。

 

私はこの世界に来てからというもの、合間合間の時間を使って空間転移系の魔法を研究していた。目的は勿論幻想郷に帰る手段を手に入れるためであり、暇さえあれば魔導書片手に家の中であっちこっちにヒュンヒュン物を飛ばしてルフィの目をキラキラさせている。

 

その応用で、河豚の身から毒成分だけを抽出して外に飛ばすことくらいは簡単に出来る。

 

ただ、その魔法を使っているところを他人に見られるのは流石に不味いんじゃないかと思うのだ。

 

まず、魔法の使用時にどうあがいても魔方陣が空中に浮き上がってくるのがもう駄目だ。その時点でNGなのに、その後突如として河豚の毒成分だけ抽出されたものが手持ちのフラスコに転送されるのである。この時まだまだ空間魔法素人の私は、そのフラスコを右手に持って構えていなければならず、この場でやろうものなら漏れなく全員にその不可思議現象が目撃されることになる。

 

ルフィみたいな、そこにあるものをあるままに受け入れる子供ならば何とでも誤魔化すことが出来るが、マキノや赤髪海賊団が相手だと、それもどうだかわからない。

 

この世界に私の他に魔法使いが居るのかどうかはまだ判らないが、今までの体験から踏まえるに、少なくとも悪魔の実の能力者でもないのに変な能力が使えるというのは、この世界では多分大分おかしいことなのではないのだろうか。

 

能力者のふりをすれば大丈夫だろうか?

 

でもそしたら私は、この村や赤髪海賊団の前では泳げないふりをしなければならないことになる。

 

それは面倒臭いから嫌だ。

 

何より今は季節が夏に差し掛かっている。その間、折角この村には港の脇にビーチがあるって言うのに泳げないというのはいかにも辛い。海で遊ぶなんて幻想郷じゃ中々出来なかったことだ。いずれ帰るにしたってその前にはやっておきたい。そんなとき、こそこそ隠れて遊ぶなんてのはナンセンスである。遊ぶときは皆で一緒に、ワイワイ騒ぎながら遊ぶべきだ。

 

つまり、私が能力者であると嘘をつくという線はなし。

 

となると、後は技術ということにして誤魔化すとか?

 

私の人形遣いとしての腕前は、今のところ一応ただの技術ということで通っている。

 

村全体をカバーできるような人形操作術を技術と言い張るのは流石に無理があるし、勿論気づいてる人は何か裏があることくらいは気づいてると思うのだが、所詮は田舎村なので、大抵の人は「そういうことも、あるんだなあ」程度の認識で済ませてくれるのだ。

 

赤髪海賊団にしたって、それこそベックさん辺りは疑問に思っているだろうが、今のところ詳しい追求までしてくることはない。

 

………うん?なんだか大丈夫な気がしてきた。

 

他のところではどうだか知らないが、少なくともこの酒場で魔法を披露する分には大したことにはならないんじゃないだろうか?

 

今までの付き合いで一応信頼は出来る人たちだって判ってるし、皆多かれ少なかれお酒も入ってるし。

 

酩酊した状態で魔法もくそもないだろう。

 

私は物は試しと名乗りをあげることにした。

 

「仕方ないわね。毒抜きくらいなら、私がやってあげるわよ」

 

「ほーう?アリスがか?」

 

私の名乗りに対して、即座にそんな反応を返したのは、何が面白いのかニヤリと挑発的な笑みを浮かべるシャンクスだった。

 

「何?シャンクスは私が河豚を捌くのに何か不満でもあるの?」

 

私が眉音を寄せて訝しむと、シャンクスは手をヒラヒラと振って否定する。

 

「いや?そんなことはないさ。ただアリスのことだ。普通の方法で毒抜きする訳じゃないんだろうなって思っただけさ」

 

「はァ…。シャンクスといいベックさんといい、あなた達は一体私をなんだと思っているのかしらね?」

 

「まー。藁人形を空に飛ばして爆発させちまうような人形遣いだからなァ。普通の奴だとは思ってないな」

 

あーそーですか。まあそうでしょうね。判ってるわよ。自分がちょっと目立ちすぎてるってことくらい。

 

でも、最初から普通じゃないって思われてるんだったら、普通じゃない手段を遠慮する必要もないわよね?

 

「ま、確かにシャンクスの期待には応えることになるんだけどね」

 

「お?どんな方法で毒抜きしてくれるんだ?」

 

シャンクスが身を乗り出して訊いてくる。私はそれにニヤリと、シャンクスのような挑発的な笑みで答えた。

 

「そりゃあ勿論。魔法みたいな方法よ」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「海に出れば、あんなに大きなうまい魚が一杯いるのかなー」

 

酒場で開かれた河豚パーティーからの帰り道。私とルーミアの少し前方を歩いているルフィが、両手を頭の後ろに回しながらポツリと呟いた。

 

「さあね。私も海には行ったことがないからよく判らないわ。シャンクス達によれば、うまいかどうかはともかくとして、でかい魚なら結構いるっていう話だったけど」

 

私がその呟きに答えると、ルフィはくるりと身体をこちらに向けて、

 

「シャンクス達はいっつも酒場でお宝とか冒険とかの話をしてるけど、海にでれば、おれもシャンクス達みたいな体験ができると思うか?」

 

と訊いてきた。

 

「それは、出来るでしょうね。考えるに航海技術的に、まだまだ人類が世界の海を網羅してるとは言えないみたいだし、その分だけ未知の冒険もあるでしょう」

 

私が今まで新聞や本等で仕入れたこの世界の知識を元に自分の考えを述べると、気づけばルフィは目をキラキラと輝かせていた。

 

「アリス。ルーミア。おれは決めたぞ。将来おれが大人になったら海賊になって海に出て、シャンクス達みたいに自由に冒険するんだ!そして、海のお宝をいっぱい見つけてやる!」

 

そしてルフィは、両手を広げて宣言した。どうやらだいぶ前から考えていた目標が、私の言葉を決定打に確定したようである。

 

「おー!それは素敵な夢だなールフィ!」

 

ルーミアはその宣言に何らかの感銘を受けたらしく、それはいいそれはいいと囃し立てる。

 

「まあ、海の冒険をするのを悪いことだとは思わないけれど、ガープさんは貴方に将来立派な海兵さんになってほしいんじゃない?」

 

私が指摘すると、ルフィは露骨に嫌そうな表情を浮かべる。

 

「おれは海兵にはならねえ!おれ、じいちゃん嫌いだし、それに海兵はなんだかあんまり好きなこと出来なそうだもん!」

 

「あらあら」

 

ガープさん、徹底的に教育方針を間違えたみたいね。

 

ま、私にはあまり関係の無い話だけどね。

 

「何であれ、目指すものが有るっていうのは良いことだわ。未知の探求は、確かに心踊るものだものね」

 

だけど、と、私は指を一本立てる。

 

「そのためには、貴方はかなり強くならないといけないわよ?海にはおっきい魚もいるようだし、何よりこわーい海賊も一杯いるみたいだしね」

 

「怖くないもんね!おれはつえーから!」

 

それを受けたルフィは、フフンと鼻をならし、空中にジャブを放つ。

 

「ふーん?そう?じゃあ試してみる?」

 

自信満々な表情のルフィを見て、私は少しいたずら心がわいた。先の宴会で大分呑みすぎてた私は、多分頭にお酒も回っていたんだと思う。なんのせいかと言われれば、それはきっと河豚のせいだ。少なくとも私のせいじゃない。

 

「試す?」

 

腕をくんで首を捻るルフィに、私は「そう」と首肯して、そして提案する。

 

「明日、行ってみましょうか。海」

 

 

 

***

 

 

 

「海って!ここ、村はずれのビーチじゃねえか!」

 

「そうよ?海にはちがいがないでしょ?なにか問題でも?」

 

「大有りだよ!おれはてっきり船にでも乗って冒険するんじゃないかって思ってたのによー」

 

ブーブーと、文句をたれるルフィをよそに、私はビーチを見渡す。航海に出るのも悪くはないと思うが、いかんせんまだルフィと一緒に行くのは危険すぎる。赤髪海賊団の冒険話を聞く限りだと、どうやらここら辺の海にもなんだか主的な存在がいて素人の航海は危険だという話なのだ。それに、昨日思い立ってからというもの、実は一度は来てみたくてウズウズしていたのだ。ビーチというやつには。

 

青い海。青い空。流れる雲に、そして燦々と輝く太陽。うーん!絶好の海水浴日和ね!

 

昨日の夜家に帰ってから大急ぎで水着を準備した甲斐があったってもんだわ。

 

「ルフィが航海にでる?だっはっは!まだ早いまだ早い!後10年ははえー!」

 

「あのー…。本当に私達まで来てしまって大丈夫でしたか?」

 

「何言ってんのマキノ。後ろの馬鹿どもはともかく、貴女は私が誘ったんだから邪魔なわけ無いじゃないの」

 

私は折角の初海水浴なので、出掛けるついでに酒場に立ち寄ってマキノも一緒に連れてきていた。自営業はこういうときに融通が利くから大変好ましい。

 

ま、ついでにその時酒場で昼間っから呑んだくれていた騒がしいオマケ達も付いてきちゃったんだけど。

 

「ま、ビーチ遊びなんて騒がしくてなんぼだって言うし、人数は多い方が楽しいから別にオマケがいてもいいんだけどね」

 

「「さっすがアリスお姉ちゃん!懐が広い!」」

 

「あんたらにお姉ちゃん呼ばわりされる覚えはない!」

 

やんややんやと騒ぐ赤髪海賊団の船員達に一喝くらわせていると、ルフィが私の水着をぐいぐい引っ張って抗議する。

 

「なーなーアリス聞いてるかー?昨日言ってた試すってのは結局なんだったんだよー」

 

「あ、ちょっとルフィそれは止めなさい!紐がほどけちゃうでしょう!」

 

「おお!ナイスだルフィ!もうちょっとだ!全部ほどけたら今度航海に連れてってやる!」

 

「ヤソップさん黙れ!あんた妻子持ちでしょうが!」

 

騒がしいのは歓迎と言った舌の根も乾かないうちに若干後悔の念が頭をよぎる。なるほど…。これがビーチか…。そう言えば魔理沙達も(月の)ビーチに行ったときはひどい目にあったとか言ってたっけ…。

 

確かに終始このノリだったら少しついていけないかもしれない。

 

それはともかく、私は仏頂面をしているルフィの勘違いを正してあげることにした。

 

「…そうね。ルフィはじゃあ、今日は何をすることを期待してたの?」

 

私が訊くと、ルフィは仏頂面のまま、

 

「そりゃあ、おれの強さを試すってことは、海に行って海賊とか、海の化け物とかと戦わせてくれるんだと思ってたんだよ」

 

と答える。

 

「本気かルフィ?おまえが海賊と戦うって?冗談だろ?」

 

そんなルフィに茶々をいれるのは、そのまんま海賊のシャンクスだ。ルフィはシャンクスの言葉にまともに反応して意地を張り、船員達に笑われる。

 

「おれは凄く強いんだぞ!おれのパンチはピストルよりもすげーんだ!そこら辺の海賊なんて、パンチ一発で倒してやるさ!」

 

「ピストルって!ないない!」

 

「ルフィー。強がりはやめとけー」

 

「強がりじゃないぞ!本当なんだ!」

 

船員達のちょっかいにいちいち反応するルフィは確かに弄っていて楽しいかもしれないが、そろそろ話を進めさせてもらう。

 

「ルフィ、考えてみなさい。確かにここはビーチで海の上でこそないけど、それでもこの通り、海賊はいるでしょう?」

 

「おお!確かにそうだな!そう言えばシャンクス達は海賊だった!」

 

「そう言えばって」

 

シャンクスがなんとも味わい深い微妙な顔をするが、取り敢えず私とルフィの二人は取り合わない。

 

「じゃあ、おれは今日、シャンクス達と戦うのか?」

 

「まさか。そんなことしないわよ」

 

戦ってもいいけど、彼らはまだルフィが挑むには早すぎる相手だし、なによりあいつらが、特にルウさんが筆頭になって焼いているバーベキューを片付けてまでルフィの相手を真面目にやるとはとても思えない。

 

「ここにはビーチのくせに海賊がいるのと同様、化け物もちゃんといるのよ」

 

「え!?どこだ!?」

 

「ほらそこ」

 

キョロキョロとあらぬ方向に目をやるルフィに、私は指を差して化け物の居場所を教えてあげる。

 

「…、んー?なんかようかー?ありすー」

 

夏の日差しの下、いつもの日傘をパラソル代りにしてシートの上でグータラしていたルーミアが、私の視線に気付いて声を上げる。

 

さすがに太陽大嫌いの宵闇妖怪に海水浴ではしゃげというのは無茶な注文だったかもしれない。

 

「なんだ?化け物って、ルーミアのことなのか?」

 

ルフィは訝しいという言葉の意味をその身体で表現するがごとくに腕をくんでおもいっきり首を捻らせる。まあ、そう思うのも仕方がない。ルーミアは今の今までルフィの前じゃあ、ただの明るいお姉ちゃんだったのだから、そんなルーミアのことを化け物だなんて言ったところで冗談以外の何物にも思えないだろう。実際に、私の言葉を聞いて、ルフィだけでなく、何人か赤髪海賊団の船員の中にもなんだなんだと首を伸ばすやつらがいた。

 

「ええ。そうよルフィ。強いあなたは、果たしてルーミアに勝てるかしら?」

 

私の安い挑発に、ルフィはぷんすかと怒りだす。

 

「なんだそれ!いくらなんでもおれのことバカにしすぎだぞ!だいたいルーミアが化け物なわけないじゃんか!」

 

「さあ、それはどうかしらね?ルーミア。どう?やる気、ある?」

 

「んー?ルフィと遊べばいいのかー?でも、日差しがちょっとだいぶそこそこきついぞー」

 

私の呼び掛けに、ルーミアは気だるそうに応える。日差しが苦手なルーミアはこのままだと、せっかく私が一晩で用意した黒のフリルワンピースタイプの水着を一度も濡らすことの無いまま海水浴を終わりそうだ。それはあまりにももったいない。

 

だから私は、許可を出した。

 

「闇、使っていいわよ」

 

「え?いいの?」

 

ルーミアがキョトンとした表情で目を見開く。今まで日傘やら何やらを使ってまでして人前では使わせないようにしてきたルーミアの能力を、今更使ってもいいと言うのだ。そりゃあそういう反応にもなるでしょうね。

 

「いいのよ。ほら、昨日だって私、自分の能力を人前で使ってたでしょ?」

 

「おー?確かにそうなのかー」

 

昨日の河豚の毒抜きの時に皆の前で見せた明らかな超常現象が有るのだ。今更闇の一つや二つくらい大したことはない。そう思ったのはどうやら私だけではなかったらしく、ルーミアも納得の表情を浮かべた。

 

「そっかー。じゃあ、修行の成果をやっと人前でも見せられるってことなんだなー」

 

「そうね。取り敢えず、この村の人達や赤髪海賊団の前ではね」

 

ルーミアは、昼の間は人の目もあるから闇を使うことは無いようにと(私に)言い聞かせられているが、夜になってからはその限りではなかった。

 

ルフィがぐっすり眠りについたその後に、私とルーミアは村の外れの森の中でずっと訓練を積んでいたのだ。

 

この世界に来てからというもの、どうやらルーミアの出す『闇』というものの概念が向こうのそれと変わってしまったらしく、私は取り敢えずその『闇』の性質をしっかり把握して制御できるようになるまでは絶対に闇は人前で出すなとルーミアに言い含めていた。そういうわけで、私とルーミアは、ルフィが私の家に住み始めてからの数ヶ月間、村外れの森で『闇』の性能確認と、その制御の訓練をずっと続けてきた。

 

その結果判ったのだが、この世界の『闇』という概念は危険が過ぎる。

 

ルーミアの出す『闇』を、様々な観点から観察した結果判ったことは、幻想郷における闇の概念が「光を通さないもの」なのに対して、この世界の『闇』の概念が「光を逃さないもの」であったということだ。

 

科学という観点から見るのなら、どちらかと言えば、こちらの世界の概念の方がより「科学的」と言えるかもしれない。

 

しかし科学的なんてものは、魔法的や幻想的と比べても、その中で一番危険な概念であると言っていい。だからそんな言葉は、この場ではなんの救いにもならない。

 

例えば魔法的概念に於いて、『火』というものはただそれを指すだけのものでしかない。そういう原理であり、そういう概念がそこに有る。ただそれだけだ。それだけで確定している存在である。

 

翻って科学的概念に於いての『火』は、『燃焼』という現象によって生じるものを指す。更に『燃焼』による『火』というものは、『熱』の『発光』のことを指す。このように、科学的に『火』という概念を説明しようとすると、次から次へと新しい概念が登場してきてごちゃごちゃと概念がそこらここらに犇めき合ってしまうのだ。つまるところ、科学的と言うのは、魔法的や幻想的に比べて単純ではなく、複雑極まりないのだ。

 

物理的な『闇』というのは要するに目に光が届いていない状態のことである。その原因は主に二つで、「光源がない」か、「光源はあるが光が目まで届かない」かのどちらかに一つだ。

 

幻想郷におけるルーミアの闇は、光に対して障壁を立てるという方法で作り出されていた。ただしこの場合の闇は、魔法的なそれであって先程も説明した通り、それはただそういうものでしかない。ただの黒い霧状の物体であり、それ以上でもそれ以下でもない。重さもなければ手応えもない。

 

しかし、この世界の「科学的な闇」は違う。もう少し性質が多義的だ。『闇』という存在に対して、「何故闇なのか?」という問いに対する答えが存在する。

 

この場合の答えとは、すなわち『引力』である。

 

光を逃さない程の引力。万有引力の法則に従えば、それはイコールで『質量』でもある。

 

目には見えない質量物体。それは未知の物質であり、暗黒物質とでも呼ばれるべきそれであるが、その引力を上げ下げ出来る以上。要するにルーミアの能力は、この世界に来ることによって『闇を操る程度の能力』から『暗黒物質を操る程度の能力』に変異したということになる。それは同時に、『質量を操る程度の能力』とも言い換えられる。

 

質量密度の高い物質は強力な引力を持ち、光さえも逃さない。故に常闇。光が逃げられないということは、つまりは誰も逃げられないということである。一度ルーミアの闇に捉えられたが最後、囚われの身となった者は闇に押し潰されるまでのわずかな時をじっと待つことしか出来ない。

 

最初に述べた通りはっきり言って危険すぎる能力だ。強くなるって言ったって限度というものがある。正直今のルーミアが扱うにはまだ早すぎる力であると私は思う。

 

そんなわけで人知れず修行を開始せざるを得なくなったルーミアであるが、偶然にも幻想郷には、その手本となりうる能力を持った奴がいた。

 

小さな百鬼夜行。鬼の伊吹萃香である。

 

ルーミアの出す暗黒物質による引力の変動は、要するに暗黒物質を操りその密度を変化させることによって起こっている。

 

となるとその力の制御方法は、あの酔っぱらいの持つ『密と疎を操る程度の能力』を参考にするのが一番手っ取り早い。現段階では、この能力はルーミアの能力の上位互換にあたる。上位互換なんだから、大は小を兼ねるの原理でルーミアの能力制御にも一役買ってくれるだろうという考えだ。

 

危険が過ぎると言ったそばから上位互換が思い浮かぶ辺り、幻想郷が危険すぎるというか、鬼が出鱈目過ぎると思ったものだが、まあとやかく言っても始まらない。利用できるものは何でも利用させて貰おう。

 

私自身、あの鬼の能力をあまり把握している訳ではない。以前あいつと戦った時にその能力の一端を体験こそしているが、そのでたらめさ加減と言ったらぶっちゃけなんの参考にもなりゃしなかった。判ったことといえばあの鬼が反則の塊だったってことくらいである。

 

しかしそうは言っても全く解析を諦めていたかと言うとそんなことはないので、取り敢えず今のルーミアに応用出来るような研究成果は全部詰め込んでみることにして、数ヶ月間を訓練に費やした。

 

とは言え元々ある程度は持ち前の勘で新しい能力を使えていた所があったルーミアである。私は細かい調整法を教えるだけで良かった。

 

そして今。私はルーミアに限定的とは言え、人前で闇を使う許可を出した。

 

それはつまり、そういうことだ。

 

「よーし!じゃあルフィ。いっくぞー!」

 

「おう!来い!………って、えぇ!?なんかルーミアがまっ黒になったぁぁぁ!?」

 

ならば後の展開はお察しである。わざわざその様子を描写するまでもなかろうものだ。結果的にルフィはルーミアと「本気で遊んだ」結果、全身砂まみれになってピクリとも動けなくなるという見るも無惨な有り様になったし、ルーミアはルフィと心置きなく遊んだ(襲った)結果、肌をつやつやとさせていた。

 

私?私はそんな二人の様子を端から見守りながら、ルウさん達と一緒にバーベキューをしたりマキノやシャンクスと一緒にビーチバレーをしたりしていた。

 

いやー。非常に充実した一日だったわね。なんだ。ビーチって楽しいじゃない。魔理沙と霊夢は(月の)ビーチで酷い目に遭ったって言ってたけど、一体何があったっていうのかしらね?

 

ちなみにこの日を境に、ルフィとルーミアの二人が何やらチャンバラみたいな取っ組み合いをしている姿がよく見られるようになった。本人達いわく修行をしているらしい。普通暗闇に追いかけ回されるなんて経験したらトラウマになりそうなもんだけど、流石はガープさんの孫というか、なんとも打たれ強いものである。今のところはルーミアの全戦全勝で、ルフィが初勝利を飾る日は、まだまだ先のことになりそうだ。

 

楽しい日常は斯くして過ぎ行く。しかし、日常というものは何時かは必ず終わるものだ。

 

私達の場合、それは、赤髪海賊団がフーシャ村に停泊するようになってから、丁度一年程の月日が流れたときに訪れた。風は東。村はいたって平和である。

 

だけど変化の兆しは、確実に村に迫ってきていた。

 

 

 

To be continued→




時間軸的には次から原作スタートです。フーシャ村編は次で終わりそうな気配。多分。おそらく。きっと。


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第七話 冒険の夜明け前(前編)

ここは小さな港村だ。

 

港には一年程前から海賊船が停泊している。

 

風は東。

 

村はいたって平和である。

 

今日という1日から物語を始めるとしたら、出だしの文章はこんな感じかしらねと、私は窓の外に見える風車を眺めながら、そんな益体もないことを考えていた。

 

一体全体何でそんな現実逃避気味なことを私が徒然なるままに考えていたのかというと、それは私が実際に現実逃避をしていたからに他ならない。

 

現状、私は正直参っていた。割とここに住み始めた最初の段階で薄らぼんやりと気付いていたことではあるのだが、いかんせん田舎村に居続けながら専門外の魔法を研究し続けるのは無理がある。フーシャ村に住み始めて約一年。ことここに至って、幻想郷に帰るための魔法研究が完全に行き詰まった。

 

私がここで行っていた研究は主に二つ。空間魔法の開発と、この世界に来る原因となった河童の作った裁縫針の解析である。

 

河童いわく何でもぶっ刺せるというこの裁縫針を使えば、空間に穴を開けて世界と世界に針を通すことが出来る。それは何度か行った実験の結果、既に判っていることだ。とてつもなく危険な針である。が、この一年の解析で、針の安全な使い方自体は大方マスターしたと言っていい。まぁ使い方を把握したからと言ってこの針の構造はさっぱり理解できていないのだけど…。

 

この針は河童の技術を、つまりは科学技術を用いて作られたものだ。だから魔法的手法ではその仕組みを解析しきれないのはこの際仕方がないとも言える。使い方さえ判れば今のところこの針自体には特に問題は無いのだ。

 

問題はそうやって針を通すことで、どうやって私達の元いた世界を見つけ出し、そこへ帰還するのかということである。

 

私達のいた世界の発見と、安全な異世界間航行方法。この二つの大きな問題が、今私の頭を悩ませている。

 

この針は刺し方の加減によって刺さるものが変わる。例えば何もない空中にこの針を突き刺したとして、その力加減によって、空気に刺さるだけなのか空間そのものに刺さるのかが変わるのだ。そしてその力加減によって、空間に空く穴の大きさや、そこから繋がる空間の距離も変わってくる。

 

つまりこの針はきちんと加減して刺してやらないと、空間に適当な穴を穿ってよくわからない異世界とこの世界が繋がってしまうということになるのだ。

 

それで幻想郷に繋がるんだったら万々歳なのだが、もし繋がった先の世界が私達の想像を越えたトンデモ空間だったら?具体的には訳のわからん怪物が跳梁跋扈する世界だとか毒まみれの世界だのに迂闊に繋ぐとそれこそ面倒なことになる。それを防ぐためには、世界同士の概念的な座標を割り出して私達の世界の位置関係を正確に把握してそれに合わせて針を通す必要がある。だがその為の航海図を作ることは今のところまったくさっぱり出来ていない。迂闊に空間なんてものに針を通せないのだから当然だ。実験するなら安全率を確かめてからにしないと話にならないし、その予測をするための計算式の立て方がそもそもわからない状態なのだ。どうしようもない。

 

それに仮に繋いだとしても、空間の狭間なんて言う意味不明な空間を生身で渡れるとは思えない。いや、実際一度は渡れているわけだけど、一度出来たからと言って二度目が大丈夫だという根拠は何一つ無いのだ。そしてそれを確かめる術も、私には無い。鼬ごっこというか堂々巡りというか…。もうどうにでもなれとやけっぱちにでもなれれば少しは進展するのだろうが、どう考えても危険だし、その前に私の魔術師としてのプライドがそんなこと許さないしで結局なにもできなくなる。

 

故にこの村で出来る研究は、正直ここまでが限界なのだ。残りの問題に関して言えば、ここで研究するには材料も設備も足りな過ぎる。

 

魔法使いの行動原理としては、足りない材料はどこまでも探しに行くというのが一般的だ。私や魔理沙はそうやって研究に必要なマジックアイテムを収集しているし、あの動かない大図書館にしたって、あれだけの魔導書を集めるには相当世界を回らなければならなかったはずである。まああいつの場合、それらの収集活動ですら全て使い魔にやらせていた可能性は大いにあるのだけれどね。

 

出不精な先輩様と違って使い魔なんて高尚なものは持っていない私なので、材料を探しに行こうと思ったらそれは自分の足を使って行わなければならない。

 

一年前だったら、その考えを行動に移すことにはあまり乗り気では無かった。何故なら私は異世界転移を家ごと巻き込んでしまったからだ。あっちとこっちとの時間の差が判らない以上、研究資料が大量に保管されたこの家が私の手元にあるのは大変喜ばしいことなのだが(私が留守の間に家に空巣が入ったりなんかしたらたまったもんじゃない)、今度はそれと同じ悩みをこちらで抱えることになるからいただけない。異世界転移なんてただでさえ無茶な魔法を研究しようと言うのだ。そのためのヒント、材料探しをしようっていうなら世界中を巡る必要がある。そんなときに家なんてどでかい物体をどう処理すればいいのかなんて考えるだけで蕁麻疹がでるレベルだ。迂闊に動かすと大惨事になるマジックアイテムが山のように保管されてるから軽率にマキノや村長に管理を任せる訳には行かないし、バッグに入れて持って運ぶなんてそんなアホみたいなことは勿論出来るはずもなかった。

 

だけど今は違う。私はこの一年間、空間魔法を修行し続けてきたのだ。今までは不可能だった「バッグの中に家を詰める」というアホみたいな行為が今や実現可能なのである。

 

『検知不可能拡大呪文』といって、一時期イギリスの魔法使いの間で大流行したらしい空間魔法がある。何で流行ったのかまではよく知らないが(確かファンタジー小説の影響かなんかだった気がする)、この魔法は非常に実用性が高い。何しろバッグや建物の中など閉鎖空間内の体積を見た目を変えないままに増大させることができる魔法なのだ。難易度は激高だが、有用であることは間違いない。習得するまでにまるまる二ヶ月くらい費やしたが、習得してから私の家の内面積は大体二倍くらいに増えた。

 

因みになんで私がイギリスの流行なんてものを知っていたのかというと、魔法の森に最近引っ越してきたイギリス出身の魔法使いの一人がこの前、「まぁあなた。家の中の広さが外面と一緒だなんて、まるでマグルみたいな生活を送っているのね」等と私の家に対して嫌みを言ってきたことがあったのだ(マグルってなんだ。何処の国のスラングだ。よく判んないけど喧嘩を売ってきてることだけはよく判ったのでその魔法使いは平和的にボコボコにしておいた)。で、その時初めてその魔法のことも知ったのだけど、実際に使ってみると確かにこれはハマる。スペースに余裕ができて部屋のレイアウトの幅が広がるのは純粋に喜ばしいことだった。

 

そんなわけで、実のところこの一年間で旅に出る準備自体は完璧に整っているのだ。その気になればフーシャ村とお別れして世界に足を向けることだって出来る。海に出るための船も、実は既に所有済みの私なのだ。

 

船なんて何時何処で手に入れたのかと言うと、ソーリュー海賊団が乗っていた海賊船。実はあれ、海賊を引き渡したその後も村の港の端っこに放りっぱなしでそのままになっているのだ。あの船の所有権は、現在私にある。

 

最初私は、海賊船なんて海賊達と一緒に海軍に回収されるものだと思っていたのだが、あれらは大抵の場合海賊旗(ジョリー・ロジャー)さえ下ろしてしまえばただの船なので、内蔵されてる大砲などの武器だけ没収して海賊を捕まえたその土地周辺にある人里に寄付してしまうらしい。厳密には規則違反なのだそうだが、全部一々回収していると海軍屯所に廃船が溜まりがちになってしまう。それを防ぐための現場の知恵ということなのだそうだ。回収すべき海賊船が大量に発生してしまう大海賊時代ならではの弊害とも言える。

 

とは言え引き取り手がいなければやはりその船は海軍の方で処分されてしまうのだそうで(大抵は焼却処分)、かなり値のはる船だという話をソーリュー海賊団の副船長(名前は忘れた。芋みたいな名前だった気がする)から聞いていた私は念のために船を引き取っておくことにしたのだった。

 

船はある。荷物を運ぶ手段もある。ここまで揃っていると、旅支度はバッチリ完璧と言えるんじゃないかしら?

 

あとないものと言えば、そうね。強いて言うなら航海技術くらいなものだ。

 

…………………。

 

……うん。考えてみたら大分重要な所が足りてなかったわ。

 

海に出るのはまだ無理だった。

 

航海技術もなしに海に出ようなんて一瞬でも考えた私が馬鹿だった。

 

どんな初心者でもわかる普通のことなのに…どこの世界にそんなことする阿呆がいるというのか。そんなことする奴がもし仮にいるんだったら是非とも拝謁願いたいくらいだ。

 

きっとさぞかしぼへっとしたアホ面をさらしているに違いない。そしてすぐに遭難難破大嵐で船を沈めるのだろう。そんな馬鹿の仲間入りだけは、したくないものよね…。

 

しかしここでも航行技術がネックになるとか、つくづく私という奴は世の中の渡り方というものを知らないらしい。いや、この場合は世の外と言うべきか?

 

まあとは言え、動くだけなら技術的にはともかく物理的には今すぐできるのだ。それをしない理由は、偏にうちにはルフィがいるからの一点に尽きる。

 

わざわざガープさんからお金まで貰っておいて、育児を途中放棄するというのも責任感に欠ける行為だ。少なくともガープさんが私達はもう必要ないと迎えに来るまでの間は、私達とルフィは家族であるべきなのだ。出来ることならルフィごと研究旅行に連れていきたいくらい私は切羽詰まっているのだが(本格的にこの村でやることがもうない)、それもまたガープさんの許可が必要だろう。それに何度も言うようだが、ルフィはまだ現時点で7歳だ。冒険旅行をするにはまだ早い歳だと私も思うし、実際に日々海を旅する赤髪海賊団の船長様も同じことを言っているのだから間違いない。

 

そんなわけで、研究には行き詰まったもののまだまだこの村での平和な暮らしが終わることはないんだろうなーなんてことを思いながら、私は持っていた研究メモと裁縫針を机に投げ出して、紅茶を淹れに立ち上がる。時間は昼下がり。ルーミアとルフィは今朝方港に帰って来ていた赤髪海賊団の船に遊びに行っていて今はいない。最近あまり無かった静かで優雅な午後というものを堪能しようと、私は椅子に座り直して窓の外を眺めながら、淹れてきた紅茶を口に含んだ。

 

すると丁度そのタイミングで、シャンクスが何やら焦った様子で玄関を開けるやいなや、私に向かって叫んだ。

 

「大変だアリス!ルフィの奴がナイフで自分の顔を斬りつけて怪我しやがった!」

 

「ぶはっ!?ゲホッ…ゴホッ…!」

 

私は口に含んだ紅茶を盛大に噴き出してむせこんだ。

 

静かで優雅な午後とやらは、どうやら海賊が港に入ったその瞬間からダッシュで逃げ出していたらしい。

 

 

 

***

 

 

 

「野郎共乾杯だ!!ルフィの根性と、おれ達の大いなる旅に!!」

 

がははは!と、相も変わらず赤髪海賊団は酒場で賑やかに酒盛りをしていた。ジョッキで酒をがぶ飲みし、肉を奪い合う船員達の光景は何時も通りのそれだ。ルウさんなんかは樽で酒を流し込んでいるが、それも割といつも通り。いつもと違うところは、ルフィが左目の下にでっかい絆創膏を貼って涙目になっている事くらいだ。

 

「あーいたくなかった」

 

「「ウソをつけ!!」」

 

涙目のまま無理やり笑顔を作ってそんなことをほざくルフィに、私とシャンクスが同時にツッコミを入れる。

 

「全く…。大事にならなかったから良かったようなものの。何だってそんな危ないことをしたの?」

 

呆れすぎてもはや怒鳴る気力も無い私が訊くと、ルフィは自慢げに、「シャンクス達におれの強さを見せつけるためさ!」とこたえた。

 

「おれはケガだってぜんぜん恐くないんだ!!だからさシャンクス!連れてってくれよ次の航海!!おれだって海賊になりたいんだよ!!!!」

 

その上シャンクスに向かって懲りもせずにのうのうとそんなことを宣う始末。呆れてものも言えないとは正にこの事だ。全く馬鹿なんだか阿呆なんだかよく判らない子である。

 

ん?ああ。馬鹿で阿呆なのか。まあ、今更だわね。多分こういうのが将来、特に計画性もなく航海技術も持たないまま船を出したりするのだろう。

 

「だっはっはっはっ!お前なんかが海賊になれるか!!()()()()は海賊にとって致命的だぜ!!」

 

「カナヅチでも船から落ちなきゃいいじゃないか!!」

 

そんなルフィをシャンクスは冷やかすが、ルフィの熱意は一向に冷める様子がない。

 

「それに戦ってもおれは強いんだ」

 

ルフィは空中にシャドーパンチを決めながら言う。

 

「ちゃんとルーミアときたえてるから、おれのパンチはバズーカのように強いんだ!!!」

 

「バズーカ?へーそう」

 

ルフィのシャドーを見ながら、シャンクスは気の無い返事をしてルフィを苛つかせる。

 

「なんだその言い方はァ!!!」

 

「いやー流石にバズーカは無いわーっていう言い方だよ。ないない。それは無い。……無いよな?アリス?」

 

「何で段々不安そうになるのよ。あるわけ無いじゃない。まあ、最近特にルフィとルーミアの修行はよく見てないから私も詳しくは判んないけど…」

 

あれ?おかしいな。自分で言っててなんだか不安になってきた。私は一応確認しておこうとルウさんと一緒に骨付き肉をかっ食らっているルーミアに尋ねる。

 

「流石にバズーカは無いわよね?ルーミア?」

 

「もぐもぐ…。あー、バズーカは確かに言い過ぎだなー。まーバズーカのことはあんまり知らんけど」

 

質問の結果ルーミアの答えた意見に、私とシャンクスはホッと胸を撫で下ろす。ルフィは仏頂面を浮かべた。

 

「なんだよルーミアー。この前修行したときなんて、だいぶいい感じのパンチ出せてたじゃんかー」

 

「それでもバズーカは言い過ぎだぞルフィ。自分の実力は正確に把握しなきゃってのがアリスの教えだぞー。あのパンチはせいぜい(ピストル)ってところじゃないかなー」

 

二人のその後のなにやら不穏な空気の漂う会話に、私の背中から冷や汗が流れるのを感じた。シャンクスとベックさんがこちらをなんとも言えない目で見てくるのに対して、私は全力で視線を反らす。

 

知らない知らない。確かに私はそんな風なアドバイスをした記憶があるけど、それはルーミアの能力制御のための訓練時に言った言葉であって、別にルフィの修行のために言った言葉じゃないもの!

 

そりゃあまがりなりにも妖怪であるルーミアと殆ど毎日まともにチャンバラやってたらそれなりに鍛えられるのは判る。幻想郷縁起には、やりようによっては一般人にも対処可能とか書かれているとはいえ、裏を返せばそれはまともにやりあったら一般人に対処は出来ないということである。そんなのとチャンバラやってたらそりゃあある程度は強くなるだろう。ルフィが強くなってくれる分には全く問題がないので二人の修行は放っておいたのだが、パンチがピストル並みって本気か?私、そんなの知らないし聞いてないわよ?

 

そこまで考えて、私はある恐ろしい事実に気が付いた。そう言えばルーミアって今、絶賛成長の真っ最中だった。精神的な成長は妖怪の成長。強くなろうとする心構えが妖怪を強くする。

 

しかも少し前にちょっとした興味で私はルーミアの頭についてたリボンの残骸を解析してみたことがあるのだが、あのリボン、いや、御札とでも言うべき髪止めには、かなり強力な『成長阻害』の効能が付与されていたのだ。何でそんなものが頭に引っ付いていたのか知らないが、タイミング良くその御札がとれた今、ルーミアは過去最高速度で成長していると見ていい。

 

毎日強くなるための修行をする妖怪なんていたらそりゃあ強くなって当然だ。成長を阻害するような枷が外れた今のルーミアは多分、能力無しでも妖怪として中堅位の強さを持っているんじゃないだろうか。ざっと視た感じ、素の身体能力だけでも白狼天狗並みの強さはありそうである。

 

となるとだ。そんな急成長中のルーミアと一緒に修行して、まがりなりにもその修行についてこれたルフィの強さってのは、一体どうなる?そもそも考えてみればルフィはあのガープさんの孫なのだ。常人以上に強くなる素養は確実に持ち合わせている。

 

これはもしかして、やらかしたか?

 

いや、別にルフィが強いってこと自体は今後のルフィの将来を考えるのならむしろ良いことだし、やらかしって程でもないと思うんだけど、そうは言ってもなんだろう。このモヤモヤとしたやってしまった感は…。

 

そう。これは多分あれだ。ルフィが強くなってしまうと、手のつけられない感がガープさんに近付いて行ってるような気がするという不安感から来るモヤモヤだ。腕のたつ子供なんて、正直言って悪夢以外の何者でもない。私の保護下に置いておける自信がない。ただでさえルフィは突拍子の無い行動をよくする子供なのだ。はっきり言ってルフィが例えばガープさんに張り合えるくらい強くなったとしたらそれはもう私の手に余る。

 

超個人的な問題ではあるが、それでも問題は問題だ。私は思わずこめかみを押さえた。

 

「おうおうルフィもアリスもなんだかごきげんナナメだな!」

 

「楽しくいこうぜ何事も!」

 

「そう!海賊は楽しいぜェ」

 

「海は広いし大きいし!!いろんな島を冒険するんだ」

 

「何より自由っ!!」

 

その上酔っぱらいの有象無象どもが余計なことを言い始めた。今のルフィに変な期待感を抱かせないでほしい。言っとくけどね。見えてないみたいだけどお宅等のお頭さんもけっこう今微妙な顔してるからね?

 

「お前達、馬鹿なこと吹き込むなよ」

 

見るに見かねたのかシャンクスが、珍しく船員達にまともな注意をとばすも、酔っぱらい達は「だって本当の事だもんなー」等と言って暖簾に腕押し糠に釘だ。

 

「お頭いいじゃねェか。一度くらい連れてってやっても」

 

「おれもそう思うぜ」

 

うわ。とうとう直接的に誘ってくる奴が出てきた。

 

「ちょっとちょっと。いい加減にしなさい。ルフィに海はまだ早いわよ」

 

「ええー!アリス!余計なこと言うなよ!」

 

「あなたがなんと言おうと駄目よルフィ。私は家族として、あなたがちゃんと一人で何でも決めて行動できる大人になるまでは本当に危ないことはさせたくないの」

 

とは言っても、こんな説教じみた台詞に素直に納得してくれるルフィではない。良くも悪くも諦めが悪いと言うか、意地っ張りと言うか…。

 

「お頭はどう思います?ルフィを乗せてもいいでしょ」

 

余計なことを言った船員は、仲間からの同意を得られたのを良いことに、今度はシャンクスに意見を仰ぐ。ルフィはキラキラと期待に目を輝かせた。

 

私が若干の不安を覚えつつシャンクスの方を見ると、シャンクスはピシャリと言った。

 

「じゃあかわりに誰か船を下りろ」

 

「さあ話は終わりだ飲もう!!」

 

「味方じゃないのかよ!!」

 

さすがお頭。まがりなりにも船長をしているだけのことはある。シャンクスの鶴の一声によって、調子に乗っていた船員達はさっさと大人しくお酒を呑みに戻っていった。ただ一人残ったルフィがまだグチグチ言っているが、シャンクスは一向に気にしない。

 

「要するにお前はガキすぎるんだ。せめてあと10歳年とったら考えてやるよ」

 

「このケチシャンクスめ!!言わせておけば!!おれはガキじゃないっ!!」

 

ルフィが青筋を浮かべるのを見たシャンクスは、へらへらと笑いながらジュースをルフィに差し出す。

 

「まァおこるな。ジュースでも飲め」

 

「うわ!ありがとう!」

 

「ほらガキだおもしれえ!!」

 

「あ!きたねえぞ!!」

 

大笑いするシャンクスに、ルフィは憤慨する。シャンクスが大人げないのはまあ見ての通りだが、ただそれでもジュースを放り出さない辺り、ルフィもやはり素直な子供だよなあと思う。

 

「ふうっ!!もう疲れた。今日は顔に大ケガまでして頼んだのに!!」

 

「ルフィ。お頭の気持ちも少しはくんでやれよ」

 

むくれるルフィに、ベックさんが咥えた煙草に火をつけながら話しかける。

 

「シャンクスの気持ち?」

 

「そうさ…。あれでも一応海賊の一統を率いるお頭だ。海賊になる事の楽しさも知ってりゃその反対の、過酷さや危険だって一番身にしみてわかってる」

 

頭にクエスチョンマークを浮かべるルフィに、ベックさんは丁寧に、諭すように語る。

 

「わかるか?別にお前の海賊になりたいって心意気を踏みにじりたい訳じゃねェのさ」

 

非常にためになる素晴らしい話ではあるが、問題があるとすればそれはルフィがその話を理解するにはまだまだ幼すぎるということだ。案の定ルフィは

 

「わかんないね!!シャンクスはおれをバカにして遊んでるだけなんだ」

 

と、全然納得してはくれなかった。

 

「カナヅチ」

 

そしてルフィの反論も、プッと吹き出しながらボソリと呟き背中を震わせるシャンクスを見れば納得するしかない。ベックさんも若干呆れ気味だ。

 

「相変わらず楽しそうですね船長さん」

 

と、そのタイミングでマキノが厨房からビールの樽を持って来た。けっこう頻繁に私はマキノの仕事を手伝うから裏手の在庫もそれなりに把握しているのだが、あのビールの樽、もしかして一番最後に出すやつじゃなかったか?少なくとも昨日の段階でお酒の在庫はそこそこあったような気がしたのだけど。

 

あの酔っぱらいどもこの短時間でそんなに呑んでやがったのか…。

 

マキノはルフィとシャンクスの二人から注文をとると、せっせと料理を作り始める。相変わらずまだ若いのにしっかりとして実に器量良しな娘だ。今まで私の周囲にいた少女どもなんかろくな性格したやつがいなかったから、マキノという私の友達の存在はなんだか私を新鮮な気持ちにさせてくれる。

 

「いやほんと、血気盛んな幻想郷の少女連中に比べてマキノのなんとおしとやかなことか…。ルーミア。貴女も立派なお姉ちゃんとして成長したいなら、マキノをお手本にするといいわよ」

 

「なんだかアリス、言ってることがババくさいのだー」

 

なん…だと…。

 

心底善意100%で語りかけたというのにその返事がよりにもよって私がババくさいだと?ルーミアめ。舐めたことを言ってくれるじゃないの。年齢的にはそっちの方がよっぽどご高齢のくせに…。大体私の年齢はまだ――

 

「それにわざわざ今更マキノを見習わなくたって、私は既にアリスを見習ってるから既に用は足りてるだろー?」

 

「なんと」

 

この子…心得ていらっしゃる!?下げた後すぐに上げるなんてテクニック何処で覚えたのかしら。お陰で私が心のなかで振り上げた拳の下ろし処が行方不明になってしまった。

 

「あー、そうね。嬉しいことを言ってくれるじゃないルーミア。貴女がそう思うのならば、まあ別にそれでも」

 

「まーでもおしとやかさって意味なら、確かにアリスよりはマキノを見習った方がいいかもだけどなー」

 

「おいどういう意味よそれ」

 

下げて上げてまた落とすとは…。この子、良く心得てるじゃないの…。主に挑発の仕方を。

 

いいよ?その喧嘩買うよ?姉妹喧嘩いっちゃう?ちょっと表出る?

 

私がこめかみに血管を浮かべつつ席を立とうとすると、今度はそのタイミングでマキノがみんなから注文されたものを運んできた。私は再び拳を振り下ろすタイミングを失う。

 

「くっ…。ルーミアあなた、後で覚えてなさいよ」

 

「わはー。久しぶりにアリスと本気の試合ができそうだなー」

 

確信犯かこいつ…!?私の手に負えなくなってきてるのはルフィだけじゃない!?

 

私が戦慄しているとその瞬間、店の入り口のスイングドアが勢いよく蹴破られた。ガヤガヤと騒がしかった酒場が一瞬にして静まり返る。

 

「邪魔するぜェ」

 

突然の闖入者は、そう言ってずかずかと大勢で酒場に上がり込む。

 

「ほほう…これが海賊って輩かい…。初めて見たぜ。まぬけな(ツラ)してやがる」

 

リーダー格と思われる見るからに不潔そうなおじさんは、ニヤニヤと笑いながらそのままカウンターまで歩くと、

 

「おれ達は山賊だ。――が、…別に店を荒らしに来たわけじゃねェ。酒を売ってくれ。樽で10個ほど」

 

顎髭をなぞりながらそんな注文をした。平常時であればなんの問題もない。いたって普通の注文である。だけど今だけは都合が悪い。

 

「ごめんなさい。お酒は今ちょうど切らしてるんです」

 

「んん?おかしな話だな。海賊共が何か飲んでるようだが、ありゃ水か?」

 

「ですから、今出ているお酒で全部なので」

 

恐縮しつつも山賊に説明するマキノ。そこにシャンクスもさりげなく仲介に入る。

 

「これは悪いことをしたなァ。おれ達が店の酒飲み尽くしちまったみたいで。すまん」

 

そう言いながらシャンクスはちょうどテーブルの上にあった新品のボトルを持って冗談めかしながら

 

「これでよかったらやるよ。まだ栓も開けてない」

 

と、山賊に差し出す。

 

ただ、私が思うにああいう小物っぽい山賊相手にそのムーブはどう見ても悪手としか―――――ボトルが割れた。

 

どこで割れたのかと言えばシャンクスの頭の上でだ。

 

山賊はシャンクスから奪ったボトルをそのままシャンクスに叩きつけた。硝子片と中身が飛び散る。

 

ヘイトをマキノから自分に集めるのが目的なのだとしたら確かに成功していると言えるが、飛び散ったお酒がシャンクスの隣に座っていたルフィにも少しかかっているのがマイナスだ。賊同士のゴタゴタにうちの弟をちょっとでも巻き込まないで欲しい。

 

あとルフィ。あなたはいい加減片手に持っている謎の果物を一旦置きなさい。こんな状況なのにムシャムシャ食い続けるとか空気読めないってレベルじゃないから。いや待って、その果物真面目に何?見たことない上にかなり毒々しいんだけどそれほんとに食べて大丈夫なやつ?

 

「おい貴様。このおれを誰だと思ってる。なめた真似するんじゃねェ…。ビン一本じゃ寝酒にもなりゃしねェぜ」

 

山賊のドスを聞かせた声に私はハッと意識を戻す。危ない。ついうっかりどうでもいいことに気を取られてしまった。よくよく考えたらどんなに毒々しかったとしてもマキノの店が出してるものなんだから本当に毒な訳がないじゃない。この世界のまだ見ぬ新フルーツであるに決まっている。

 

…この前在庫を確認したときあんな果物あったかしら…?

 

私が本格的に気を取られている間にも当然話は進むわけで、山賊は懐から一枚の紙きれを取り出した。

 

「これを見ろ。八百万ベリーがおれの首にかかってる。第一級のおたずね者ってわけだ。56人殺したのさ。てめェのような生意気な奴をな」

 

なんだろう。なんだかすごく見覚えのある光景だった。この世界の小物は人を脅すときにわざわざ自分の手配書を見せつける習性でも持っているのだろうか。そのために自分の手配書を常日頃から懐に忍ばせているのかと思うとお可愛いことと思わないでもないが、それをしているのが小汚ないおっさんだとそんな感情も直ぐに吹き飛ぶ。

 

と言うか私、この光景に良い思い出が無いのでできればやめていただきたいのだが…。

 

八百万ベリー。東の海(イーストブルー)の平均賞金額が三百万ベリーであることを考えると確かにここら辺ではそこそこの凶悪犯なのかもしれない。赤髪のシャンクスみたいな生意気な奴を56人も殺したのが本当なら大したものだ。でも、山賊としてその喧嘩っ早さでその金額なのだとしたら、実力の方はお察しでしょう。少なくともこの酒場の客連中からしたらネタにもならない正真正銘の小物でしかない。実際、シャンクスも相手にする程のものでもないと思っているのか、手配書によるとヒグマとか言うらしい山賊をそっちのけで割れたビンを片付けようとしていた。

 

だからさ。小物相手にその動きは煽ってるようにしかみえないんだって。すごく指摘したい。関係ない面倒事には巻き込まれたくないから言わないけれども。

 

案の定、ヒグマはシャンクス態度が気に入らなかったらしく、腰のサーベルを引き抜いて一閃し、テーブルの上にあったお皿やグラスをしゃがんでいるシャンクスの頭上に散らかした。

 

「掃除が好きらしいな。これくらいの方がやりがいがあるだろう…!!」

 

ちょっと。ボトルごと買われた酒ならともかく店側が使い回す皿やグラスを割ないでよ。営業妨害でしょうが。

 

一瞬いらっときたけど、店員でも店長でもない一介のお客さんがわざわざ口を挟む事でもないので自粛する。私は前回の轍を踏むほどお馬鹿な女ではない。この村に来て一年以上は経っているのだ。この村のルールがよくわからないとかふざけたことを言い訳にすることももうできない。

 

そんなことをぼんやり考えているうちに、山賊達は周りに威張り散らしながら店を出ていった。酒が無いから酒のある別の町に行くようだ。実に順当である。

 

山賊が出て行った後、酒場は笑いに包まれた。天下のお頭様がその辺の山賊にこっぴどくやられたのだ。そりゃあ笑いもするだろう。いくらなんでもダサすぎる。少なくとも今のシャンクスの現状で格好はつかない。私も苦笑いが表情に出てしまってるしルーミアにいたっては誰よりも爆笑している。っていうか、ルーミア顔赤すぎない?店のお酒が無くなった原因ってもしかしてアナタじゃないでしょうね…。

 

「なんで笑ってんだよ!!!」

 

 

「ん?」

 

皆が大笑いする中。一人だけ現状に沸々と怒りを燃やし、爆発させている人間がいた。

 

ルフィである。

 

「あんなのかっこ悪いじゃないか!!!何で戦わないんだよ!!!いくらあいつらが大勢で強そうでも!!あんなことされて笑ってるなんて男じゃないぞ!!!海賊じゃない!!!」

 

ルフィの発言に、私は心のなかで頷く。全くもってその通りだと。

 

シャンクスの先程の行動原理は男のものでもなければ海賊のものでもない。

 

あれは()()()()の対応だ。

 

例えば私みたいなのが当事者なら今頃ヒグマは地面を舐めることになっていたでしょうし、ルーミアでも似たようなことになっていただろう。ここにいたのがマキノだけだったら、それはそれで上手くあしらっていたのだと思う。強い女の対応。大人の女の対応。対応の仕方は人それぞれだ。しかし、()()()()()()()()()

 

正しさは一つではないし、例え結果的な格好がダサくても、必ずしも格好が悪いとは限らない。

 

シャンクスはあの時男の対応を取ることも出来たし海賊の対応を取ることも出来た。だけどその場合、この酒場は今以上に荒れてしまうことになる。そして何より、天下のお頭様としては、あんな小物にあんな些事で一々目くじらたてて怒ることの方が、ダサい上に格好悪いと思ったのだろう。

 

だからああいう対応を取った。大人の男としてのポリシーがそうさせた。そういう格好良さだった。

 

ちなみに私だったら死んでもそんなことはしない。服が汚れるのは嫌だしいつまでも絡まれるのはもっと嫌だ。必要以上に絡むようなら問答無用で地面に叩きつけて適度に痛めつける。実力差を納得させる。私の場合それが一番手っ取り早くて被害がでないのだから、私はそうする。大人の男の美学とかそんなものは生憎持ち合わせていない。私は私の美学を通させてもらう。しかしどちらも、周りを巻き込まないという一点で共通している。問題は自分だけで完結させる。後に残るのはただの笑い話のみ。そういう意味では、敵味方誰も傷つけなかったシャンクスの対応は、私のそれよりは完成度が高い。

 

と、こんなことを説明したとしてルフィは果たして納得してくれるだろうか。

 

無理だろうな。ルフィは多分、理屈だけでなく、自分で実際に体感しないと納得なんてしない。ルフィはそういう子だ。

 

そういう男だ。

 

「…気持ちはわからんでもないが、ただ酒をかけられただけだ。怒るほどの事じゃないだろう?」

 

だからシャンクスのそんな言葉も、今はまだ理解できない。

 

無理もない。こればっかりは人生経験がものを言う世界だ。ここは私も大人の一人として、ルフィの行く末を敢えてなにも語らず静かに見守るというなんかかっこよさげなことをしてみるとしよう。

 

怒ってどこかに行こうとするルフィのことをなだめようと、シャンクスはルフィの腕を掴んで――

 

―――――――――――()()()()()()()()()

 

「は?」

 

私の声が漏れて。

 

「おっ?」

 

ルーミアが目を丸くして

 

「な…!!?」

 

皆が酒を吹き出して

 

「手がのびた…!!!こりゃあ…!!」

 

シャンクスが青ざめて

 

「なんだこれああああああああああああっっっ!!!」

 

ルフィが絶叫した。

 

格好良さとは無縁の、阿鼻叫喚が始まった。

 

 

To be continued →




約一年ぶりくらいの投稿なのでは…。ネタがつまって以来全く書けず。失踪してしまったことをここにお詫びします。所詮アマチュアということで堪忍してください。以上。なんとかネタがを絞り出すうちに、あと一話ではフーシャ村編が終わらないことに気づいた作者でした。

いつ出せるかわからない次回予告。多分アリスでもルーミアでもない東方キャラが登場します。


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第八話 冒険の夜明け前(前編2)

突然の災害というのはいつの世にも訪れる。

 

この場合でいう災害というのは、文字通り、地震とか異常発達した野分とかそういう類いの、天変地異と呼んで差し支えない事象のことだ。もちろん。そこには人災も含まれる。

 

天変地異に匹敵する人災を幻想郷では『異変』と呼ぶ。そしてそんな異変を解決するために、博麗の巫女を始めとした解決屋達が、幻想郷には存在するわけだ。

 

紅い霧を払い…失われた春を取り戻し…永遠の夜を明かし…。様々な異変を私達幻想郷の住民は経験してきた。それもかなり頻繁にだ。

 

しかし、私が幻想郷から閉め出され、見ず知らずの異世界にルーミアと共に放り込まれてからというもの、私達はいまだこの世界で異変と呼べるものを経験したことはない。

 

もちろん。事件と呼べるような出来事は幾つもあった。海賊が来たり海賊が来たり山賊が来たり。思い返せば賊でも無いくせに私の自宅(パーソナルスペース)に唯一ダメージを与えてくれた海軍本部中将様も、事件レベルの問題児だった。

 

だけどそれは、私から言わせれば事件ではあっても異変ではなかった。どれもこれも局所的な問題であり、異変と呼ぶにはスケールが小さいというのが、幻想郷民としての私の見解である。

 

そもそもここフーシャ村は、本来的にはただののどかな片田舎だ。魑魅魍魎の跋扈する幻想郷とは違うのだから、異変なんてものはそうそう起きはしない。それこそ地震やらなんやらの天災と同じで、10年だとか100年だとか、そのレベルのスパンで起こるか起こらないかくらいだろう。

 

だけど。起こった。

 

のどかなはずのフーシャ村に、異変が起きた。

 

それは天変地異に匹敵するような出来事であり。紛うことなき人災であり。幻想郷で私達が体験したそれと一切の遜色が無く。

 

――何よりそれは、やはりと言うか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

幻想郷の流儀にしたがって名付けるとするなら、《夢創異変》とでも呼ばれるべきそれは、たった二人の人間によって引き起こされた異変であり―――

 

その首謀者の名は――――――

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「ゴムゴムの~!ピストル!」

 

「はっはっは!そんなへなちょこパンチあたるわけがないのだー!」

 

「くっそー!おもしれーけどやっぱり動きづれーよこのからだー!」

 

ルフィがパンチを繰り出すと、繰り出した腕は常人では有り得ない長さに伸びて縮む。しかしそのせいでルフィのパンチは重心が安定せず、ろくなコントロールも利かないままあらぬ方向に伸びて行くだけで、そこに力も入っていなかった。これではルーミアにパンチが当たるはずもないし、当たったとしても蚊に刺されたようなダメージにしかならないだろう。

 

悪魔の実シリーズ超人(パラミシア)系。ゴムゴムの実。

 

シャンクス達が敵船から強奪し、ルフィが誤って口に入れてしまったその果物は、服用者に極めて特殊な作用をもたらす文字通りの悪魔の果実だった。

 

果実を食べたその身体は能力者となり、ルフィの場合、それはゴムの性質を持つゴム人間になるという形で結実した。否。ゴムの性質というのは厳密ではない。()()()()()()()と言うべきだ。ゴムとは違う。高い伸縮性や弾力性こそ持つが、それでも触った質感はあくまでも人間のそれであるし、筋繊維による運動能力も、ゴムの機能とは別に保持されている。

 

あくまでも人間をベースに、ゴムのような伸縮性と弾力性を付与したかのようだった。

 

「ルフィ。ルーミア。そろそろ日が暮れるから修行はそこまでにしておきなさい。家に戻って、シャワーで汗を流して来て。そしたら、ご飯にするから」

 

「おー!お腹がすいたのかー!」

 

「やった!メシだ!」

 

「あなた達?シャワーが先だからね?」

 

家の前でいつもの修行ごっこをしていたルフィとルーミアの二人をお風呂場へと送った後、私は夕飯の準備のためにキッチンへと向かう。あの二人は食欲が旺盛なので、その量も多い。

 

ルフィの悪魔の実騒動から数日。私は行き詰まった本研究から一旦離れて、悪魔の実とその能力者の解析研究を行っていた。まあ、言うなれば気分転換のようなものだ。行き詰まった時はその物事から一旦離れてみるというのも新たな閃きを得るには重要なことだ。ルフィの為にもなることだし、調べておいて損はないとの考えである。

 

悪魔の実。思い返せばいつぞやに私とルーミアが戦った何とかとかいう海賊達から、私はすでにその存在は聞かされていた。食べれば不思議な力を得、代償に海から呪われるという海の秘宝。

 

船長が悪魔の実に傾倒していたというらしいあの海賊達の乗っていた船には、悪魔の実の図鑑も置いてあった。だからルフィが悪魔の実を食べた即日に私はその図鑑を読むことで、ある程度悪魔の実に関する知識を仕入れることが出来た。できることならもっと前から読んでおけば要らぬトラブルを生まなくても済んでたかもしれないという後悔はあったが、過ぎたことなので気にしても仕方がない。

 

本当なら悪魔の実そのものが一部でも残っていれば研究資料が増えて良かったのだが、生憎、見るからに毒々しかったあの果物はすべて丸々ルフィのお腹のなかに消えてしまっていた。

 

仕方がないので、私は変化したルフィの身体の方をいじくり回すことにした。

 

いじくり回すなんて物騒な言葉を使ってしまったが、要するには魔法でルフィの身体の成分を検分したり、触診してどの程度本来の人体との差異があるのかを調べただけだ。まさかルフィの身体を使って弾性力、伸縮力の耐久実験だとか耐熱実験だとかをするわけにもいかない。簡単な検査をしただけだ。それにさっきのようなルーミアとの修行ごっこを少し観察するだけでも、入ってくる情報は多い。

 

というか、未知の現象なのだから確認されたすべてが新しい発見と言っていい。例えばどんなことが判ったのかというと、まず、私にとっては意外なことに悪魔の実は、別にマジックアイテムではなかったという事実が判明した。

 

マジックアイテム。つまり魔法的現象によって形作られたアイテムは使用時、もしくは使用後に絶対に魔力の変質反応が検出される。何らかの魔法作用を引き起こすためには魔力の変質は前提条件だからだ。だけど悪魔の実による人体変質現象に、魔力の類いの変質反応は見つからなかった。

 

それはつまり、悪魔の実というものが完全に、科学の法則に従う某であるということだ。

 

有り得ない。と、思うだろうか。確かに私達の世界において、ここまで人体に劇的な薬効を及ぼす科学物質の存在を、少なくとも私はあまり思い当たらない。

 

私の聞いたことのあるものでは、蓬莱の薬なんかが近いと言えば近いだろう。だけど生憎、私はかの不老不死の霊薬については現物を見たことがない。魔法薬に類する何かなのか科学的に作られた何かなのか判らない以上、そもそもあれは私にとって何の参考にもならないものだ。

 

しかしこちらの悪魔の実については、実物も見てしまっているし、実際にゴム人間化という作用が目の前で確認されてしまっている。故に、私は認めざるを得ない。これは魔力とは別の力によって引き起こされた現象だと。

 

魔術、霊術、妖術…。科学では説明できない力を、私達は様々な名称で説明しようとする。だけど実際は、そのほぼどれもが魔力というただ一つの力を源に動いている。

 

魔法を使うときに使う力を魔力。霊術を使うときに使う力を霊力。妖術を使うときに使う力を妖力と呼ぶ。これらの力は、実は本質的には同じものなのだ。使う種族によって、使い方と名称が異なるだけ。故に、私達の世界では魔力を用いない現象は、科学的に判明している電磁気力、重力、原子間力などの何れかを使っているものと判断するしかない。

 

ほとんどの人間が、そんな馬鹿なと喚くだろう。科学的な力で悪魔の実の説明が全てつくわけがない。異世界にある未知の力が働いているとでも説明した方が、まだしも説得力があると。

 

しかし有り得ない。なんてことは、有り得ない。悪魔の実から、魔力でも科学力でもない何かを発見出来ない以上は、科学力によるものだと仮定するのに私は抵抗はない。

 

私は魔法使いではあるが、しかし同時に研究者でもある。それ故に、私は科学の持つ計り知れない可能性も理解している。

 

そもそも私がこの世界に異世界転移することになったきっかけだって、純粋なる科学の産物たる河童の発明品が原因なのだ。理解するなと言う方が難しい程の空前絶後である。

 

今までどんな魔法使いでも成し得なかった事を、科学の力が成し得ている。

 

もちろんだからと言って、科学が魔法よりも優れているなんて言うつもりは断じてない。私は魔法使いなのだから、自分の使う力こそ至上だと思いたい。それに、私は河童の発明品による異世界転移だって、その現象を引き起こした原因が河童の科学力単体によるものなのか疑問視しているのだ。「作るつもりはなかったけど偶然出来た」なんて発明の世界では割りと良くあることではあるが、こと異世界転生においてそれだけはないと確信している。だから、絶対裏に何か別のからくりがあると私は睨んでいるのだ。

 

だけど、裏にどんなからくりがあるにせよ、魔法が成し得なかった現象を偶発的に成し得ているのもまた事実。だからこそ、悪魔の実のような不可思議極まりない現象だって、科学の分野による某であるという結論に疑問はない。

 

それにもしかしたら、河童のそれと同じく科学の分野の産物である悪魔の実ならば、私達が元の世界に帰るためのヒントが掴めるかもしれないのだ。図鑑には乗っていなかったがまだ発見されていない悪魔の実の中に『異世界転移の能力』があれば、それだけで問題は解決する。

 

私の魔法使いとしての欲的には魔法で片が付けばそれに勝るゴールはないのだけれど、究極的には帰れればその手段は何でも良いのだ。私は。

 

だから私は研究する。ルフィのためでもあるし。ついでに私のためにもなる。研究しない理由がない。

 

「魔法と科学…か。両方を極められたら、それは真に万能と言えるのでしょうけど…。流石に両極端過ぎるわね…」

 

夕食のロールキャベツが煮込み終わるまであと数分。ぐつぐつ音をたてる大鍋を見ながら私は考える。

 

魔法技術と科学技術。『力』を使うという点では同じような技術ではあるのだが、結果に類似点はあっても基本原理が違いすぎる。『力』に対する理解が1から10まで全てにおいて違うのだ。両方を修めようと思ったら、どんな天才であろうとも半世紀単位の時間を必要とすることになる。極めるともなればそれこそ100年単位だ。そこまでするくらいなら、どちらか一方を極めた方が遥かに効率がいい。

 

悪魔の実の研究をするにあたっての不安はまさにそこなのだ。表面上の現象に関する説明はこじつけることもできるだろうが、本質的な部分を理解することは、恐らく科学素人の私には出来ない。河童の裁縫針と同じだ。基本原理の判らないものの解析は中途半端なものになる。

 

いや、それでも良いのだ。悪魔の実に関してなら、それでも良い。悪魔の実については要するに、『ルフィの身体への悪魔の実の影響と対策』『異世界転移の可能性を悪魔の実に見出だせるか』の二点が判れば良いのだ。

 

表面的な解析で済むことに本質的な知識は必要ない。

 

前者についてはまさにそれで、別段手間の掛かることでもないし。後者については若干怪しいが、そもそもこちらは比較対象となる別の悪魔の実が必要になる可能性が高いので大して期待もしていない。それにこちらはあくまでもついでなのだ。そもそもこれは、本研究である河童の針から一旦離れて気分転換するために行っている趣味の解析である。だからこの研究については、最低限ルフィのことだけ考えればそれで良い。

 

「さて、そうと決まれば、明日の修行には私も交ぜてもらうことにしましょうか」

 

ルーミアの能力が変質したときと同じことだ。ルフィはまだ自分の能力を面白い身体になったとしか思っていないかもしれないが、ゴム人間というのは私から言わせてもらえば非常に戦闘向きの能力である。特に、打撃によるダメージを一切無視できるという性質は素晴らしい。さっと考えただけでも、ゴムの身体を用いた有効な戦術を私なら20は挙げる事が出来る。問題はルフィが私流のゴム人間の動かし方を理解できるかどうかであるが、それを叩き込む術を私は持っている。

 

実に簡単なことだ。ルフィが自分の動かし方を判らないというなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

人形遣いの本領発揮である。

 

あれこれ考えている内に夕飯が出来た。バスルームから聞こえてくる音からして、二人もシャワーを終えたようだ。

 

私は人形を操り、山盛りのご飯をテーブルに運んだ。

 

 

 

*****

 

 

 

それから二週間が経った。

 

つまり、私がルフィとルーミアの修行ごっこに参加してからそれだけの時間が経った。

 

二週間も私が面倒を見ていると、流石にルフィの動きも大分改善されてくるようになった。少なくとも伸びる拳のコントロールはつくようになってるし、普通に攻撃をしたいときに腕や足を無意味に伸ばしてしまうことも無くなった。最初の数日でルフィは私の操り人形と化してゴム人間の動き方を叩き込まれたのだ。これくらいの成長はしてくれるだろうと思っていた。

 

計画通りである。

 

けれど、やはりまだまだ能力の活用は難しいようで、能力込みの攻撃よりは、今まで通りの攻撃法で戦った方が戦闘能力は高いようだ。

 

ルフィとルーミアの二人は、今日も朝から修行ごっこに明け暮れていた。

 

「やっぱり身体を慣らした分ブランクがあるなー!まだ実を食べる前の方が良い攻撃出せてたぞルフィ!」

 

「すぐに追い付くさ!それに、アリスに教えてもらったゴムの身体の使い方をちゃんと使えるようになれば、今までよりぐんと強くなるぞ!おれは!」

 

「じゃーやってみるのかー!」

 

ルフィが次々とパンチやキックを繰り出すのをルーミアはひょいひょい避けていたが、今度は左腕でルフィの蹴りをガードし、崩れたルフィの体勢の隙間を縫って右拳をルフィの胴に当てた。それだけでルフィの身体は軽く吹っ飛んでいった。

 

ルーミアは割と手加減無しで殴ったように見えたが、しかしルフィは空中でくるくると回り、なんともない様子で着地する。

 

「へへーん!ルーミアのパンチはもうおれには効かないぞ!ゴムだから!」

 

「む。ほんとーにそこだけは便利だなー。ルフィの身体は」

 

打撃吸収。ルフィが今のところ唯一素の状態で使えるゴムゴムの実の性能だ。一切の衝撃を吸収するゴムの身体に打撃系のダメージは通らない。

 

ルーミアは左手に持った日傘をくるくると回しながら楽しげになにやら思案する。

 

ルーミアにルフィに対する攻撃手段がないのかといえば、別段そんなことはない。妖弾などの妖怪としての能力を使えば普通にダメージは通るし、新しく刷新された『闇を操る程度の能力』にもゴム人間に有効な攻撃手段は存在する。

 

だけどルーミアはそれを使わない。何故それを使わないのかと問うと、ルーミアいわく、「まず私にダメージを与えられるくらい動けるようになってもらわないと使ってもルフィの修行にならないのかー」ということらしい。確かに見ている限りでは、ルフィがルーミアにまともな攻撃を当てられたことはないし、そもそもルーミアはルフィとの戦闘中、()()()()()()()()()()()()()()()。丈夫に作ってるとは言え壊れるかもしれないからできればバトル中は自分の闇を使って日除けしてほしいのだが、逆に言えばそんな動きにくくなるものを持っているにも関わらず、ルフィはルーミアに攻撃を当てられないということになる。確かにこの実力差なら、ルフィは基本的な組手の動きをマスターするところから始めなければならないので、私が指導する立場でもルーミアと同じようにするだろう。

 

ルーミアがそこまで考えてルフィの相手をしていたとは…。「修行ごっこ」なんて言い方は失礼だったかもしれない。

 

私はルーミアの姉としての成長を噛み締めつつ、この日は自分の作業を続けることにした。

 

ちなみに今、私が何をしていたのかというと、それは、つい先日まで投げ出していた本研究の続きだった。

 

行き詰まったときは一度その研究から離れてみるというのは、新しい思い付きを得るために重要な気分転換となるという話は先ほど語ったが、まさにそれだった。悪魔の実の研究の傍ら、何の気なしに空間魔法の練習をしていた私は、不意にあることに気づいたのだ。

 

ある違和感に、気づいたのだ。

 

その結果、私はその着想を元に、この実験を決行するに至った。ルフィとルーミアの修行を傍目で見つつもこの日、私はついに、河童の裁縫針で空間に穴を開けるという実験にチャレンジしていたのだ。

 

危ない?そう。今までの私ならばそう考えていた。しかし安心してほしい。これはちゃんと安全を確信した上での行動である。

 

以前説明したことではあるが、私の世界において異世界移動の概念が確認されたことは一度もない。どんな空間魔法の権威も、異世界移動なんてことはできなかった。

 

本来ならここの時点で違和感を感じるべきだったのだ。

 

即ち、異世界転移を既存の空間概念の延長で捉えてもいいのかという違和感を。

 

今まで私はどこかで、異世界転移を空間転移の上位互換のように捉えてきた節があって、それ故に、河童の針で空間に穴を開けることを忌避してきたが、本当にそれで正しいのか、違和感を持った。

 

最初から判っていたことではないか。異世界転移などという概念系自体が私たちのいた世界には存在しなかったという事実は。

 

ここで一つの仮説が立つ。すなわち、「空間を渡ることと世界を渡ることはまったく別系統の概念である」という考えだ。

 

同一世界において、距離を無視した空間移動は高度な術師ならば誰でも出来ることだ。空間と空間を繋げる術は、空間と空間を繋げる概念は、私達の世界に既に存在している。召喚魔法はその最たる例であるし、八雲紫のように異能を用いて距離の概念をいじくるような化け物もいる。

 

だが、そんな彼ら彼女らすらも世界の壁を飛び越えることは出来ない。『境界を操る』なんてチートみたいな異能を持つ八雲紫でさえもである。

 

その事実こそが仮説を裏付ける証拠になる。

 

八雲紫の万能性にはある欠点が存在する。それは、彼女がそもそも知らない概念や知っていても認識出来ない概念、それに最初から存在しない概念については境界を操ることが出来ないという彼女自身の不完全性だ。八雲紫という大妖怪が基本的には月の上位者に対して歯が立たないのは、この欠点に由来するものであると私は考察している。

 

まだ私が幻想郷にいたとき、竹林の永遠亭で月の賢者である八意永琳と話す機会が何度かあったのだが、そのとき永琳先生に人形作りの参考として『フェムトファイバー』という組紐を紹介してもらったことがある。これは簡単に言うと須臾の概念を用いた常人には認識すらできない最小単位の組紐のことである。詳しく記述すると非常に長くなるので概念の説明は省くが、この紐は、最小であるが故に余分な穢れを持たず、穢れを持たないが故に不浄の存在に対して絶対的な強度を誇るのだと言う。要するに、妖怪のような穢れの塊をこの紐で縛れば、紐に穢れが含まれることは有り得ないという性質から絶対に妖怪を逃がすことはないということだ。

 

それが境界を操る能力を持つ八雲紫であったとしても。

 

ひとえにそれは、彼女が穢れを大量に含む妖怪であるが故に、穢れを全く含まないフェムトの存在を認識も理解も出来なかったからこそ起こった異能の敗北だと考察できる。

 

月の民は穢れを嫌う傾向にあり、月の都には穢れを含まない道具や技術が溢れている。だから八雲紫に正しく認識できるものが少なく、そのチート級の異能を上手く扱うことが出来なかったのだろう。

 

さて、この考察は、世界間移動について二つの可能性を私達に示してくれる。

 

空間移動の第一人者であり、空間について殆ど知り尽くしているであろう八雲紫が異世界移動を出来ないということはつまり、

 

1、世界渡りには八雲紫が知らない未知の概念が含まれている。つまり、「世界」と「空間」は別系統の概念である。

 

2、「世界」と「空間」は同系統に近い概念であるが世界と世界の間にはフェムトに近い性質があり、穢れを含まずかつ含むことが出来ない故に八雲紫のような存在が通ることが出来ない。

 

ということになる。

 

第二の可能性は、仕組みの理解が非常に手っ取り早くてそうであってくれたら非常に助かる可能性ではあるのだが、残念ながらこちらは確度の低い可能性だった。

 

何故ならこの論理に従うと、月の民のような穢れを含まない存在ならば異世界移動が理解できるし実行可能であるということになるからだ。しかし残念ながら、八意永琳のような月の民の知恵者であっても、異世界移動を成せるという話は聞いたことがない。

 

もちろん私は月に関して精通しているわけではないので、もしかしたら出来るという可能性もないことはないが、状況証拠がそれを否定している。

 

その状況証拠が、一部の月の民によって計画されていたという「幻想郷遷都計画」だ。

 

酒の席で聞いた話なので詳細は知らないのだが、これは要するに月の民が幻想郷を殲滅し、幻想郷を有事の際の月の都の避難先にしようとしていたとかいう計画だ。実にはた迷惑かつとんでもない計画であるが、その件に関しては永琳先生を中心とした解決屋達によってひとまずの落着を得たという話だった。

 

この遷都計画に幻想郷が第一候補に上がった主な理由として、もちろん八意永琳という賢者の存在があったのは間違いないし、幻想郷が月の都と同じように大結界によって外と隔絶されているというのも大きかったのだろう。しかし、私が思うにもし月の民に異世界移動の法があったなら、そちらの方が遷都手段としては相応しかった筈だ。もしそこにフェムトのような性質があれば、大抵の外敵から逃げ切ることが可能であるし、ともすれば穢れのない新天地を見つけることすら可能なのだ。月の民からすればこれ以上の遷都手段は望めないといえる。それをせずプライドの高い月の賢者がわざわざ穢れまみれの地上を候補として挙げたということはつまり、それこそが、異世界移動などという手段がもともと存在しなかったことの証左に他ならない。

 

フェムトの性質が世界と世界の間にあるかどうかはともかく、月の民ですらその方法論が確立できていない時点で、第二の可能性が潰れ、そして第一の可能性が真実味を帯びてくる。

 

私は今まで、空間と世界を概念は違えど根本的には同じようなものとして認識してきた。しかし、改めて空間魔法について研究し直す内に、空間と世界の間に何か隔絶したような感覚を感じていた。だけど、その違和感の正体になかなか気がつけなかった。それもこれも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という解析結果が、私の勘違いを加速させていたのだ。

 

 

河童が私の家に来て、あの裁縫針の使い心地を見てくれと言ってきたのは、私とルーミアが異世界転移した日の前日の昼間のことだ。その時にあの河童は「なんにでも刺せるこの針は空中にすら刺すことが出来る。ピンクッション要らずの優れものだ」とか言って二十本の針を全部空中にぐさりと刺し込んだ。

 

いくら河童が後先考えないマッドサイエンティストじみてるとは言え、あの針を私に紹介するとき自分から空中に刺して見せたのだから開発段階でも似たような実験はしたのだろう。つまり、河童は自分の工房で空中に針を刺す実験をして、そしておそらくその時はそれだけで無事に終わったが故に、あんなことを実行したのだろうと想像できる。

 

河童が私の家で空中に裁縫針を刺した時、あいつは大雑把に二十本の針を全部空中に刺し込んだ。しかし実験段階にそんな方法で針を刺す奴はいない。実験とは慎重になるものだ。おそらくその時は、あいつは一本ずつ慎重に刺していったはずだ。そして空中に針がピタリと止まったのを見て「成功した」と確信し、そして実験をそこで終えたのだ。

 

河童が迂闊だったとは言わない。空中に刺さってそれで何事もなければ、それ以上の何かがあるなんて普通は考えない。誰しもが、存在を知らない危険に対する警戒なんてできないのだから。だけどあいつはあまりにも適当過ぎた。

 

あいつは言った。「この針は空中に刺さっている」と。

 

私は疑った。「空中と言っても、空気は流体だから空気に刺しても針は空中で止まらないでしょう。この針は何に刺さっているの?」と。

 

あいつはほざいた。「わかんない。何に刺さってるんだろうね?」と。

 

今思い出してもぶん殴ってやろうかと思う適当さだ。何せあの河童、少なく見積もっても針が空間に刺さっていることすら認識してなかったのだから。

 

あの時もっと追求していれば良かったと後悔はする。だけど、例え追求していたとしても、当時の私では空間に刺さっていることまでは判ってもそれ以上のことは判らなかっただろう。結果は変わらない。今に影響しない。意味の無い後悔だ。

 

そして、今なら断言出来る。あれは空間に刺さっていたのだ。そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

当然だ。空間に関する概念上に刺さっただけならそれは既出の概念だ。どこをどうほじくったところで異世界に転移することなんか有り得ない。

 

河童の初期実験と私の家で起こった事の違い。その原因は、だからそこじゃないのだ。河童が一人で慎重に刺したときは空間までしか刺さらず、そして私の家で大雑把に刺したときは空間だけでは収まらなかった。

 

空間以外の何かを刺してしまった。

 

今まで誰も見つけられなかった新概念。空間の奥に潜む何か。即ち、ここで仮称するところの「世界」を、恐らく刺したのだ。

 

その結果、私とルーミアはここにいるわけだ。

 

 

 

さて、話を戻そう。私は今、河童の針を使って空間に穴を開けている。そこ自体になんの問題もないことは、さっきの説明で判っていただけたことと思う。「世界」に穴さえ空かなければ、異世界移動が起こることは無いのだ。

 

では、たかだか空間に穴を開けて何をしたいのかと言えば、私は境界を探したいのだ。

 

なんの境界かですって?

 

そんなのもちろん。空間と世界の境界に決まっている。そしてこれこそが、真の問題なのだ。

 

私の未だ知らない「世界」について、仮説として挙がっている定義は今のところ、「空間とは違う、しかし空間と同じく河童の針で刺せるもの」でしかない。

 

そしてもう一つ。サンプルケースとして、「河童の針二十本をある程度の力で刺すと数時間後、一軒家分の質量を異世界に転移する。その後、針の開けた穴は塞がる」ということも判っている。

 

以上の材料から導き出せる今できうる限り最も安全な実験が、今やっている境界探しだった。つまり、「世界の穴を開ける直前で止めて、空間と世界の違いをデータの形で取り込む」という実験である。

 

実験内容は以下の通り。

 

用意するもの: 河童の針、魔法糸、羊皮紙、その他魔法に必要なマジックアイテム。

 

実験手順

 

1、糸をくくりつけた針に魔力を通して浮かせる。

 

2、針の周囲にサイコロ状の結界を張る。結界の大きさは針が十分入って空間に刺し込む余地があるくらい。(針の周囲の空間を概念的に断絶し、万が一の異世界転移に対抗するため)

 

3、結界内に『検知不可能拡大呪文』をかけて擬似的に結界内の体積を私の家がすっぽり入るくらいの容量にする。(前回のサンプルケースに対応するため)

 

4、糸を通して針を操作。徐々に空中に針を刺し込み、同じく糸を通して針とその周囲の状態を感知系、解析系の魔法によって数値化する。

 

5、「世界の壁」まで辿り着いたら、そこを針で触れつつ、かつ刺さないように止め、データを羊皮紙に念写する。(泡沫を割らないように突付くイメージ)

 

6、万が一世界の壁に穴を開けてしまった場合、世界に開けた穴に針と糸を通して塞ぐことができるかどうかを確かめる。(空間に開けた穴は針と糸で塞ぐことが可能。但し前提として、空間はもちろんのこと、世界にはある程度の自己修復能力があると推定される)

 

 

 

これだけ安全牌を用意すれば危険度はかなり低い筈だし、その上で何らかの成果は出てきてくれると思いたい。

 

問題があるとすれば、河童の作った針がモノに刺し通すものとして無駄に優秀すぎて何に刺しても抵抗値に大して違いが出ないことだが、そこは私の感知・解析魔法の緻密さを信用するしかない。少しでも針の先に有るものの抵抗値などの数値が変化すれば、そこで針を止めて様々な数値の変化を記録する。そうすることによって、空間の壁ならぬ「世界の壁」の片鱗を掴もうという実験だ。

 

 

実験は既に始まっていた。というか佳境だった。

 

徐々に、徐々に、確実に空間だけに刺さると確認している安全ラインを越えて、それこそ人の目で認識出来ないほど僅かずつ、針を空間へと通して行く。

 

私の人生でも嘗て無い程の緻密な操作だ。須臾を操る能力が私に有ればと既に実験中10回以上は思っている。

 

まだか。まだ世界の壁は来ないのか?もう少し刺し込めるか?針の先の数値に変化は無いか?

 

つ…つ…と、一回僅かに動かしては数値を確認し、一回僅かに動かしては数値を確認し………。

 

どれだけの回数、同じ作業を繰り返しただろうか。

 

息の詰まる時間が永遠と思えるほどに続き、そして。

 

終わりは突然訪れる。

 

「数値が…変わった?何か…空間とは別のモノに触れた…!やったわ!これよ!これこそが…!!」

 

針の先端が触れたもの。感知の網に引っ掛かった何か。恐らくこれこそが「世界の壁」に違いない!

 

私は針の空間座標を完全に固定し、針の先端から解析される数値データを確認しようとして―――――。

 

 

 

プツリ…と、指先に嫌な感触を覚えた。

 

 

 

嘘。そんな馬鹿な。有り得ない。針は動かしていないのに…。何で…。

 

脳裏に目まぐるしく通りすぎる思考が、すぐに一つの結論を弾き出す。

 

針は動いていない。()()()()()()()()()()()()()()()()!?

 

まてまてまて。慌てるな…。落ち着けまて落ち着け。万が一の場合も最初から考慮に入れていた筈だ。この場合は、手順の6番目。世界の穴を河童の針と私の魔法で縫い付けることが出来るかどうかの検証を行う予定だった。

 

落ち着け落ち着け落ち着け!

 

私は出来る都会派魔法使いなのだから!

 

私は一度針を空間から引っこ抜いて、くいっと針を回転させ、穴を縫い付けるための動作に入ろうとして―――

 

バツンッ!と空気の弾ける音がして、結界とその中身が突然消え失せた。嘘でしょ!?失敗したの!?と、心の中で叫び、

 

「嘘でしょ!?失敗したの!?」

 

と、口から叫びが漏れ出てしまう。

 

宙に浮いたまま先の切れた糸を呆然と見つめる私の頭の中は殆んど真っ白に近かった。

 

何が起こったのかは想像つく。恐らく、結界空間がまるごと世界に開いた穴に吸い込まれたのだ。

 

さっきまで結界のあった空間に探査の魔法をかけるが、空間の穴や世界の穴らしきものは見当たらなかった。さっきの一瞬で自己修復能力が働いたのだろう。もはやそこには、空気があるだけだった。

 

「データは…取れてる…けど…」

 

実験によって羊皮紙に念写された恐らく「世界」のものと思われる情報を見る。

 

だけどその情報が、私の使っている数値化の基準ではうまく表せていないらしく、幾つかの値が虚数域に存在しているというバグがあった。しかし恐らくこれはバグでも何でもないのだろう。単純に、私の用意した物差しでは測れないデータがあったというだけだ。それでも、私の魔術に構造上の欠陥があったことには違いがない。

 

疑問は大量にある。前回と今回の、モノが穴に吸い込まれるタイミングの違いとか、穴の大きさと吸い込まれる空間の大きさの関係はどうなっているのかとか、私の物差しに足りないものは何かとか…。

 

考えることは山ほどある。

 

 

何もない空中をぼんやりと見つめ、私はポツリと呟いた。

 

「あ、私…無事だ…」

 

数々の思考、疑問の結果、しかし私の中に残った感情はそれだけだった。

 

安堵だけだった。

 

予想外のことが起きた。

 

身の危険を肌で感じた。

 

でも私は無事だった。

 

それだけだった。

 

「よかっ……たあーーー」

 

はあああああ。と、長い息が漏れる。

 

実験が成功したとは言い難い。

 

疑問は大量に発生した。

 

だけど判ったこともあった。

 

そしてなにより、私は五体満足だ。

 

おかしな異世界転移にも巻き込まれていない。

 

だったら一先ずは十分だ。実験は上手くいかなかったかもしれないが、それでも失敗じゃない。

 

私が無事に実験を終えられた開放感に浸っていると、そこではじめて、私は誰かに呼びかけられていることに気づく。

 

声の方を振り向くと、ルフィとルーミアがすぐ側に立っていた。

 

「やっと気付いたかアリス!もうお昼とっくに過ぎているぞー!私達、お腹すいたのかー」

 

「え、嘘」

 

懐から懐中時計を取り出し時間を確認すると、時刻は午後の2時をとっくに過ぎていた。実験にまさかこんなに時間を取られてしまうとは…。集中していたせいで時間のことをすっかり忘れてしまっていた。

 

「やば。お昼の準備ができてないわ…」

 

「えーーー!!嘘だろ!?ずっと修行してておれもうお腹ペコペコだぞ!」

 

「もはや私たちは一刻も待てないぞーアリス!」

 

ブーブーグーグーと、声とお腹の音を張り上げ主張する二人。私は緊張の糸が途切れたばかりでもはやこの二人に逆らう力も出てこなかった。

 

私は降参するように両手をあげて、

 

「わかったわよ。今から昼食を準備するのも億劫だし、マキノの所に食べに行きましょう」

 

と提案した。

 

「マキノんち行くのか?やった!すぐ行こう!」

 

「時間的にはアリスが作ってくれた方が早い気がするけど、アリスが疲れてるならしょーがないなー」

 

そして私は、なんとか納得してくれた二人を引き連れて、マキノの酒場へと足を運ぶのだった。

 

 

 

 

 

私はこの時、完璧に油断していた。いや、油断というのもおかしいか…。想像すらつかない事態に対して警戒出来ないことを油断とは言えないのだから。

 

私は想像だにもしていなかった。まさかこの後、私達の身に、あんな()()が降りかかるだなんて。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

だから私は何の警戒もしていなかった。

 

警戒しても結果は変わらなかっただろう。

 

後から思い返して判る。あの実験は、やはり失敗だったのだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

さてさてみなさんお立ち会い。話はここからが本番だ。

 

今から起こる異変の前では、今まで語ってきた内容などただの前置き、前座に過ぎない。

 

私の異世界物語における最大転機が、これから私達の身には訪れる。

 

転機…。そう。まさに転機だ。皮肉にも、私とルーミアの最終目標である「幻想郷への帰還」の道筋が、その異変のお陰で見えてしまうのだから。

 

フーシャ村を巻き込み、赤髪海賊団すらをも巻き込み。無事などとはお世辞にも言えない程の大きな犠牲をだしてしまった天変地異にも匹敵する人災。

 

「異変」。

 

後に《夢創異変》とでも呼ばれるべきその異変は、たった二人の人間によって引き起こされた。

 

その二人の首謀者は、自身の名を―――

 

 

―――■■ ■■―――

 

―――■■■ ■■■―――

 

 

と、そう名乗った。

 

 

それは、私にとっては初めて聞く、未知の名前だった。

 

 

 

To be continued→




毎回毎回有言実行ができない。けど、次だけは確実に言えますとも!
次回、新キャラ登場!


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第九話 冒険の夜明け前(後編1)

私の書きたかったことの一つです。




「『幻想郷』か。懐かしい名前ね」

 

そいつは、私の故郷を知っていた。

 

「なかなかエキサイティングな体験だったわ。あそこは魔法が支配する土地だものね。私のためにある場所と言ってもいいくらい、実に素敵で、興味深い場所だった」

 

彼女は過去を懐かしむように、思い出を噛み締めるように、幻想郷を回想する。

 

「だけどあそこでは駄目だった。魔法だけの世界では、私の目的は遂げられなかった」

 

しかしそれは、彼女が幻想郷を過去のものとして切り離している証明でもある。

 

「今は違う。私の興味は、私の意欲は、()()()にある」

 

過去から目を離した彼女は前だけを向いている。そして今彼女の目は、私だけを見つめている。

 

「アリス・マーガトロイド。あなたさえ手に入れれば、私の夢はまた一歩完成へと近付くの。だから、あなた、私のモノになりなさい」

 

彼女はそう言って、私に手を差し伸べた。

 

彼女は魔法の言葉を紡ぐ。

 

「アリスが私のモノになるのなら、幻想郷に戻りたいというあなたの願いを、叶えてあげてもいいわ」

 

魅力的な提案だった。幻想郷に戻れる。その言葉だけで、私に対する誘惑としては充分過ぎる。

 

差し伸べられた手を取るには、充分過ぎる提案。

 

私は彼女の方に手を伸ばし、そして―――

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「おい、アリス。こりゃ一体どういう状況だ?」

 

「世界」の調査をするための実験を終え、私、ルフィ、ルーミアの三人はマキノの酒場にお昼ごはんを食べに行ったのだが、それから更に一時間経って、私達は店の外にいた。

 

そして私は、そこでそんな質問を投げ掛けられる。

 

困惑溢れる顔で繰り出された疑問に溢れる質問は、赤髪海賊団の船長。赤髪のシャンクスの口から放たれたものだった。

 

どうやらいつの間にか航海から帰ってきていたらしい。

 

世界の海を旅して、いろんな経験を積んでいるであろう彼をここまで困惑させるなんて一体それはどんな状況なのかしら。と、普段の私だったら非常に気になったであろうところではあったのだけど、しかし、その状況を作り出した張本人の一人は何を隠そう私であった。だからその正体が気になる道理などあるはずもなく、私はただ分かりきった現状を平然とした顔で説明するしかない。

 

「何って、見たまんまの状況だけど?」

 

「見たまんまって言われてもなあ…」

 

そう言ってまじまじと目の前に広がる現状を観察するシャンクス。その目線の先では、ルフィが山賊の手によって地面に押さえつけられていた。

 

「くそ!はなせー!馬鹿山賊ー!」

 

「ぜぇ…放すわけ…ぜぇ…ねェだろ…この…!」

 

ルフィは三人の男によって押さえつけられていた。いつだったかマキノの酒場に現れて、シャンクスの頭でお酒の瓶を割って帰っていったなんとかとかいう山賊の棟梁とその子分の三人だ。

 

あちこちが傷だらけで疲労困憊といった様子の三人の男はじたばたと拘束を外そうとするルフィを押さえつけるのに必死になっていた。それ以外の他の山賊たちに至っては、ボコボコに殴られて意識すら無い状態だ。

 

この場には私とルーミアもいることだし、それだけだったらシャンクスもここまで困惑せずに済んだのかもしれない。私達が山賊をボコったのかくらいの考えは浮かぶだろう。しかし、私とルーミアはマキノの酒場にあったテーブルと椅子を外に持ってきて、それをカフェテラスにして優雅にお茶を飲みながらのんきに状況を観戦している。確かに端から見れば、これは謎めいた状況に見えても仕方がない。

 

まだしもカフェテラスの横でハラハラしながら状況を見守っているマキノのような態度を私達もとっていたなら、もうちょっとは分かりやすい状況だっただろう。

 

何がなんだかわからないという様子の赤髪海賊団には可哀想だが、私は今日の朝から昼にかけて行った河童の針の実験で今日1日分の神経を既に使い果たしてしまっていた。一から丁寧に状況を説明してあげようという気には更々ならない。これで常日頃からルフィとルーミアの修行を訝しげな顔で見ながら通りすぎる村長さんが相手だったら、「見れば分かるでしょ」の一言で済ませるところだ。

 

だけど相手は村長さんではなく、日頃フラフラと冒険ばかりしてフーシャ村にいないせいでフーシャ村の情報弱者になってしまっているシャンクス達である。

 

いくら私が魔女だとしても、慈悲の心くらいは持ち合わせている。よろしい。哀れなシャンクス達のために少し説明してあげるとしますか。

 

「仕方ないわね。じゃあ、経緯を簡単に説明するわ。まず、私達はマキノの店でお昼を食べていた。続いてそこに山賊がやってきた。ルフィが喧嘩を売った。山賊がその喧嘩を買った。喧嘩なら外でやれと私が言った。…ここまでの状況説明は理解できる?」

 

「ああ…まあ…わかる」

 

「オーケー。説明を続けるわね。山賊達とルフィが店の前で喧嘩を始めた。長引きそうだったから私達はテーブルを持ってきてアフタヌーンティーでも嗜みながら観戦しようとした―」

 

「悪い。もう理解できなくなってきた」

 

「―マキノが喧嘩を止めようとした。ルフィが勝手に売った喧嘩をマキノが止めるのはナンセンスだから見ているように私は言った。余計なことはしないで一緒にお茶でも飲みながら観戦しましょうと誘ったけど、こんな状況でお茶なんか飲んでられませんと断られた。私はこれが真に常識的な反応なのかと、いつの間にか非常識の方に堕ちていた自分にショックを受けて―」

 

「話が脱線してないか?」

 

「―それで、ルフィが暴れまわった結果山賊の大部分はノックダウンした。けれど、とうとう最後の三人に取り押さえられてしまった。今ここ。状況説明おしまい。どう?分かった?」

 

「なるほど。わからん」

 

「まったく鈍いわね。どこが分からないのよ」

 

シャンクスはわりと間の抜けている所があるけど、まさかここまで説明して何も分からないほど馬鹿な男じゃないでしょうに。

 

「つまりあれか?この惨状はルフィが一人で生み出したと?」

 

「カフェテラスを惨状に含めるなら、それは私達の仕業だけど」

 

「カフェテラスはいいんだよ別に。この山賊の死屍累々の方の惨状だ」

 

「そっちは完全にルフィの仕業ね。なんだ。やっぱり分かってるんじゃない」

 

私が頷いて

 

「あんな人間に取り押さえられるなんて、ルフィはまだまだ修行が足りないよなー」

 

ルーミアが苦言を呈すると、

 

「まじかよ…。将来有望だとは思ったけど、ここまでは予想してなかったんだがなァ…」

 

シャンクスは苦笑いを浮かべることしかできないようだった。

 

そんなシャンクスの肩をベックさんがぽんと叩く。

 

「まあ落ち着けよお頭。アリスとルーミアがアレな感じなのは初めから分かってただろ?ルフィがこうなるのも時間の問題だったってだけのことだ」

 

ベックさんの方は割と現状を素直に受け止めているらしく、冷静にそんなことを言った。

 

「ちょっとベックさん?アレって何よ。アレって。」

 

「まったく鈍いな。分からないとこがあったか?」

 

聞き捨てならないことに私がツッコむと、ベックさんはニヤリと笑って皮肉を返してきた。赤髪海賊団で一番頭の回るベックさん相手だと、さすがの私も口で勝つのは難しい。私は反論するのを諦めてルフィの方に目をそらす。

 

どうやら山賊達は、とうとう暴れるルフィを完全に取り押さえることに成功したようだ。

 

「ぜぇ…はぁ…、クソっ!舐めた真似しやがってこのガキ…!」

 

山賊の棟梁は、どうやら息を整えたらしく部下二人にルフィの手足を押さえつけさせて、自由になった右手にサーベルを掴み、鞘から引き抜いた。

 

「ゴムのような身体なんて面白いと油断しちまったのが間違いだった…!化け物め。生かしちゃおかねェ!」

 

そう言って山賊はルフィの首に狙いを定めながらサーベルを振り上げる。

 

流石にこれは止めないわけにはいかない。

 

「ちょっと。あなた、それはもう喧嘩の領分ではないんじゃない?」

 

「あ?なんだァテメェ…。そういやぁお前もさっきから生意気だったよな…。喧嘩なら外でやれとか図々しくもこの俺様相手に文句垂れやがって。あの時はガキの方がムカついたから見逃してやったが、お前、死にたいのか?」

 

「そっくりそのまま返すわ。あなた。死にたいの?」

 

「あ?」

 

私は椅子から立ちあがり、訝しむ山賊の前に歩いていく。

 

「私はその子の姉よ?弟を黙って見殺しにする姉がどこにいるのよ。ルフィが売った喧嘩だから、喧嘩でルフィを負かす位なら当然咎めないけれど、命なんて取らせるわけないじゃないの。そんなことさせるくらいなら私があなたを殺すわ」

 

「姉…。コイツのか?」

 

「ええ。そうよ」

 

山賊は黙りこむ。ルフィの予想外の強さを体感してしまったのだ。当然その姉と名乗る私にも何かあるのではないかと警戒はするだろう。この山賊も、粗暴ではあるが決して馬鹿なわけではない。

 

「―それに、ルフィをこれ以上傷つけるってならおれ達も黙っちゃいないぜ?」

 

山賊の前に立つ私の隣にシャンクス達も加勢する。マキノとルーミアも続いてその列に加わった。

 

「お前らは…あの時の腰ぬけ海賊共か」

 

「ぐぐ…。シャンクスは…腰ぬけじゃ…ねぇ!」

 

山賊の足元で押さえつけられているルフィがこの期に及んで声を上げる。まったく。本当にしょうがないんだから。私は呆れてつい、頬が緩んでしまう。

 

「なんだルフィ。おまえ、おれのために怒ってくれてたのか?」

 

シャンクスが意外そうに言う。口角がヒクヒクと上がっているので満更でもないようだ。

 

「う…うるさい腰ぬけシャンクス!おれは別にシャンクスのために怒ったわけじゃねぇ!」

 

「じゃあなんで怒ったんだよ」

 

「な…なんとなくムカついたからだ!」

 

「だっはっは!ルフィ。それじゃただのチンピラだぞ!」

 

シャンクスは素直じゃないルフィをからかってひとしきり笑った後、山賊の棟梁の方に目を向ける。

 

「なあ、山賊よ。ここら辺で勘弁してやってくれないか?こんな状況だ。流石にお前さんが不利なのは分かっているだろ?」

 

部下は大半が戦闘不能。自身も満身創痍で、回りには未知数の女と大勢の海賊達。この山賊がどこまで自分に自信があるのかは知らないが、これで不利を見抜けないようならそいつは集団の長になるべきではない。

 

そしてこの山賊の棟梁は、そこそこ頭は回る男だった。

 

「…ち。仕方ねェ。ここは退いてやる」

 

シャンクスの言葉に素直に従うのが悔しそうではあるが、山賊はそう言ってルフィをこちらに蹴りあげた。

 

「おっと」

 

飛んできたルフィをシャンクスがキャッチする。が、ルフィは体が自由になったと判断するやいなやすぐに山賊の方に飛びかかろうとする。シャンクスはルフィの服を掴んでそれを止める。

 

「ルフィ。やめなさい。この喧嘩はあなたの負けよ」

 

シャンクスに首根っこ掴まれた状態でジタバタと暴れるルフィを私は叱責した。

 

「まだ負けてねぇ!おれはあいつをぶっ飛ばすんだ!」

 

「いいえ、あなたの負けよルフィ。もう決着はついてる。これ以上やればそれはもう喧嘩では済まないわよ」

 

「くそー!アリスのわからずや!」

 

ルフィは全く納得してないようだが、取り敢えずいきなり山賊に飛びかかろうとする様子は無くなった。納得はしてないけど、これ以上ごねるのは男としてカッコ悪いと頭の中では分かっているのだろう。赤髪海賊団の生暖かい目に囲まれながら、ルフィはむすくれたままおとなしくなった。

 

 

 

 

「おまえら、次に会ったら覚えておけよ」

 

その後意識を全員取り戻した山賊達は、そんな捨て台詞を残して去っていこうとする。

 

色々と言いたいことはあるが、しかしここで終わるのならば、まだ今日という一日は平和に終わることができる。

 

ぞろぞろと村の通りを歩きながら去っていく山賊達の後ろ姿を見守りつつ、このあとどうしたものかしら。ルフィとルーミアをシャンクスたちに任せて家に帰ってお昼寝でもしようかなんて私が思っていると、

 

 

「お、やーっと見つけたわ。ここよここ。この後ろに私達の目的地があるわ」

 

「やっとか!まさかここに来て早々山下りするはめになるなんて思わなかったからもうくたくただぜ!」

 

 

山賊達の奥から、そんな二つの声が聞こえてきた。

 

女性の声。それも知らない声だ。少なくとも村の住人ではない。

 

「なんだお前ら」

 

山賊の棟梁が声をあげる。どうやら知らない誰か達は、山賊達の目の前で足を止めてるようだ。

 

「なんだと言われても困るわ。私は向こうに行きたいだけなのだけど、道を塞がないでくれない?邪魔なのよ」

 

「テメェ、あまり今のおれを怒らせない方がいいぞ。おれは今かなりイライラしてるんだ」

 

ガチャリという金属音が聞こえる。どうやら山賊はピストルを突きつけているらしい。ピクリと、シャンクスたちが身構える。いざというときに山賊を止められるように構えているのだろう。相変わらずお人好しだ。

 

「うん?そんなことしてしまっていいのかしら?化石みたいな骨董品とは言え、それは人を殺すための道具よ?」

 

しかし、ピストルを突きつけられているにも関わらず、女性の声にはいささかの動揺も見られなかった。

 

「あ?まだわかんねェのか。今すぐ退かなきゃぶっ放すって意味だよ。おれたちをなんだと思ってやがる。山賊だぞ。痛い目見たくなけりゃあ、やることがあるんじゃねェか?」

 

その瞬間。ふっ…と、空気が変わるのを感じた。底冷えするような。それでいて燃え上がるような怒りの感覚。

 

一体あの山賊の後ろにいるのは、何者だ?

 

「そちらこそ理解していないようね。私は邪魔というやつがとにかく嫌いだし、何より、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「あ…?」

 

 

 

山賊が何か言うよりも速く…。

 

 

 

()()()()()()―――()()()()()()()()()

 

 

 

「なっ!!!???」

 

何が起こった!?というか、それ以前にあの攻撃は一体なんだ!?

 

魔法じゃない。魔力反応は感じなかった。であればあれは科学の産物のはずだ。

 

だけど、だとするならあの十字架はなんだ!?そして何より、その十字架の出現時に展開された――()()()()()()()()()!?

 

あんな魔法的な現象が魔法じゃないなんて、これはどういう冗談なの!?

 

私が密かに動揺していると、紅い十字架の上げた土煙が晴れる。文字通りの死屍累々で倒れ伏す山賊達の奥に、そいつはいた。

 

赤い。第一印象はとにかくその一言に尽きる。服も赤ければ、羽織っているマントも赤い。身体の90%を赤で構成しているかのような少女だった。

 

「ああ――素敵ね。壁を薙ぎ払えば目的はすぐそこって感じがして。こういう感覚のためだけなら邪魔もそんなに悪いものじゃないのだけれど。…あれがこの世界の『特異点』よ」

 

「どれだぜ?結構一杯いるみたいだけど?」

 

傍らに昔ながらの海兵(セーラー)服を着た少女を引き連れたそいつは、不敵な笑顔を浮かべなら――。

 

――まっすぐに私をその目で貫いていた。

 

 

 

フーシャ村に、嘗て無い異変が起こった、まさにその瞬間が、この時だった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「な…なんだアイツ…。アリスの知り合いか?」

 

「知り合いじゃないわよ。そっちこそ知り合いなんじゃないの?」

 

シャンクスと私は、お互いに目の前の惨状を作り出した赤い少女の素性を問うが残念ながらその情報交換にあまり意味はなかった。

 

私は当然知らないし、シャンクスたちも何も分からないようだ。

 

ただし、何となくでも分かることはある。

 

私は確かにあの赤い少女とセーラー服の少女を全く知らない。

 

だけど、()()()()()()()()()

 

直感が、そう語りかけていた。

 

「あなた達…一体…」

 

私が呟くと、赤い少女とセーラー服の少女は山賊を踏みつけながらこちらに近づいてくる。

 

「ふむ。どうやら彼女が私達の素性を御所望のようね。所詮私達はストレンジャー。礼儀としては此方から自己紹介するのが道理でしょう。ちゆり」

 

「はーい!了解したぜ!…じゃない。畏まりましたぜ夢美様」

 

山賊の死屍累々を越えて、こちら側にやって来た二人は、こちらと少し距離を保って立ち止まる。そして、セーラー服の少女が言った。

 

「さてさて、突然の騒ぎに面を食らっているお前達!この方の名前は岡崎夢美!そして私はその助手の北白河ちゆりだぜ!よろしくな!」

 

「ちゆり…。それは自己紹介とは言わないんだけど…」

 

岡崎夢美…というらしい赤い少女が頭を抱えて呆れる。しかし北白河ちゆりと名乗った少女は自信満々な体を一向に崩さないまま話を進めた。

 

「私達は、えーっとなんだったか、この世界の『特異点』とやらを探してこの村までやって来たんだ。ここにそれがあるって夢美様が言ってるんだけど、私もさっき突然聞いたばかりなのでどれがそれなのかなんてさっぱりわからん。ので、あとは夢美様の言うことをよく聞くように!」

 

話を進めると言っても、それはかなり一方的な進め方だった。何を言っているのかさっぱり理解できない。もうちょっとまともに説明してはくれないか。とは言え、聞き捨てなら無い単語が幾つかあることは確かだった。

 

「…()()()()?それって…」

 

そんな言い方をするってことはつまりそういうことなのだろうか?それに岡崎夢美も北白河ちゆりも、どう考えても日本人の名前だ。

 

「ああ、やっぱり本人にはある程度自覚があるようね。話が通じやすくて助かるわ」

 

岡崎夢美が私の呟きに反応した。迂闊な発言だったか?私は警戒度を一つ上げる。

 

「面倒なのは嫌いだから手っ取り早く行きましょう。『この世界』。いい着眼点よ金髪のあなた。そう。私たちがこの世界を『この世界』と呼ぶ以上、私達は()()()()()()()()()()()

 

簡単に言えば異世界人ね。と、彼女はそんな重大なことをさらりと言った。

 

私とルーミアにとって、それは超絶かなり重要な台詞だ。異世界人。つまりこいつらは――。

 

「い…いせかい人だと?なんだそりゃあ…?つまり、それはなに人だ?」

 

何もわかってなさそうなシャンクスが疑問の声を上げ。

 

「異世界人…。何となく想像は出来るが…。まさかそんなことがあり得るのか?」

 

何となくでも理解し始めているらしいベックさんが驚愕の声を上げる。

 

頭のできの差が如実に現れている光景ではあるが、この場合はベックさんが異常すぎるだけだ。想像の産物としての異世界という概念さえあまり知られていないであろうこの世界の住人であるベックさんが、今の一連の流れで何となくでもその概念を想像できてしまう。それはもはや頭がいいとかそういう次元ですら無い気がする。

 

「んで?そのイセカイジンとやらが、フーシャ村になんの用があってきたんだ?」

 

ヤソップさんが私の前まで進み出て口を開く。どうやらこの人は、分からないものを分からないものとして脇においたまま取り敢えず話を進めようとしているようだ。これはこれで賢い選択である。

 

「まあ、正確に言えば可能性世界人と言った方が正しいのだけれど、それはどうでもいいわね。何のために。そう。もちろん用があって私はここに来ているのよ」

 

岡崎夢美はそう言って、両手を広げる。

 

「この世界。特にここね。このフーシャ村が、一部『特異点』化しているからその調査に来たのよ。それが、私の野望に直結するから」

 

「『特異点』化?具体的にはどういう状況なんだそれは?危険なのか?」

 

シャンクスがこめかみを人差し指でグリグリしながら尋ねる。どうやら分からないなりに必死に話について行こうとしているようだ。それにチラチラと私の方を向いているから、恐らく私が関わっていそうだということを直感的に予想しているらしい。

 

「別に。危険なんて何もないわ。影響は有るかもしれないけど、この世界全体じゃあ別に大した影響にもならない。危険な場合もあるけどね。今回はそうじゃない。ただ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「もしよければ教えてくれないか?その特異点とは何のことなのか」

 

ベックさんが私のとなりまで進み出て尋ねる。

 

「もちろん説明するわ。そうした方が私の用事的にも手っ取り早いし、職業柄、人にものを教えるのは好きだしね。あなた達、時間はある?」

 

私達が曖昧にうなずくと、岡崎夢美はこちらに近づいてきて言った。

 

「なら、落ち着いて話せる場所に移動しましょう。どれだけ簡潔に説明しても、大雑把に全て説明しようと思ったら大学の講義一コマ分くらいになってしまうわ。立ち話するには長すぎる時間でしょ?」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「アリス、ルーミア…。それにルフィ、シャンクス…ね。なるほどなるほど」

 

夢美はなにやら考えながらうんうんと頷いている。場所は再びマキノの酒場。大勢で落ち着いて話せるところと言えばフーシャ村ではここくらいだ。そこで、私達がお互いの身分を紹介しあった後のことである。

 

その紹介によると、夢美はやはり日本人で、なんと大学の教授をしているらしい。この時点で彼女が異世界人であるということは私の中で確定した訳だが、しかし大学の教授と言うには夢美は若すぎるのではないかという疑問は残る。どう贔屓目に見ても、彼女が成人しているようには見えない。

 

「うん。大体判ったわ。やはり素敵なことになっているみたいね」

 

夢美はそう言うと、指を鳴らした。すると夢美の助手と名乗ったちゆりがどこからともなくホワイトボードを運んできた。いや、本当にどこから持ってきたの?少なくとも酒場にそんなものは無いはずなのだけれど。

 

「さて、それでは講義を始めましょうか。私達が何者で、どんな用があってここにやってきたのかの講義を」

 

彼女はペンを持って、講義を始めた。

 

 

 

「さて、まだいまいち状況がわかっていない未開人達のために説明すると、前提として、私達は異世界人。別世界の住人なの。つまり、あなた達が今暮らしたり冒険したりするこの世界の外に存在する、こことは違う世界の住人。

 

「より正確には、『可能性世界』の住人と言うのが正しいのだけれど、これを詳しく説明しようとすると講義の時間がもう三コマ分増えるからここではただ異世界とだけ認識しておきなさい。信じるか信じないかはあなた達の自由だけどね。

 

「その『異世界人』である私が何故この世界の、それもこんな辺鄙な田舎村まで来たのかといえば、これもさっきちらっと言ったけど、この世界のこの村に私好みの『特異点』を見つけたから。

 

「あなた達赤髪海賊団が心配しているのは、この『特異点』という不穏な単語が、何か村に害を及ぼすのではないかということでしょう?

 

「これもさっき言ったけど、結論から言えばそんなに危険なことはないし大きな影響もないわ。起こってることはすごいことなんだけど、そもそもこの世界が特殊すぎるから危険度はそんなに変わらないと言うのが正しいんだけどね。

 

「ここで私が言っている『特異点』というのは、その世界の流れだけでは本来起こり得ない現象が起こった場所ことを指すわ。大抵の場合、それは世界の外部からの影響であることが多い」

 

さて、と、ここで夢美は一区切りをおいて、私の方を向いた。

 

「ここで問題。このフーシャ村で現在起こっている『特異点』とは何か。アリス・マーガトロイド。簡潔に説明せよ」

 

夢美に指名されることで、周りの目線が一斉に私に集まる。

 

…この教授。もしかしなくても意地が悪い?

 

とは言えここで嘘をついても仕方がない。何より私とルーミアの最終目的から言ってこれは嘗て無いチャンスなのだ。

 

「…私とルーミアがここにいること…かしら?私達が、本来この世界の住人ではないから」

 

ざわ…。と、周りが騒がしくなる。それはそうだ。赤髪海賊団やマキノからしてみれば衝撃的事実もいいところなのだから。別に隠すようなことでもないが、語らないままで済むのならそれに越したことはなかったのに…。

 

「アリス…、お前。いせかい人だったのか…」

 

隣に座るシャンクスが話しかけてくる。あと異世界の発音がまだちょっとおかしい。

 

「そうそう。実はそうなのよ」

 

「軽っ!?そして棒読みだな!いや、まあアリスがなに人だろうと別にいいんだけどさ。ぶっちゃけ『いせかい』がどうのと言われてもおれにはよく分からねーし…」

 

「それに、ある程度予想はついてたしな」

 

ベックさんが冷静に続ける。いや、ある程度予想が付いてたのはたぶんあなただけよ。この人、頭の回転が化け物過ぎるのだけど…。

 

「そう。アリスが異世界人であるのはこの場合かなり重要だけどそれだけなら大したことはない。特異点の直接の原因とすら言えない。つまり、さらに重要なことが他にあるの。点数にするならアリスの答えは40点ね。ちなみに単位取得は60点以上」

 

「落第してるじゃないの。じゃあ、何が特異点になってるっていうの?」

 

辛口な教授に私が文句を言うと夢美はにこやかに笑う。

 

「ええ。ええ。ま、アリスの『世界』に対する理解度もこれで何となくわかったからヒントをあげましょう。ヒント。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

あとは、あなたの今まで見聞きしてきたことを材料に答えを出してみなさい。

 

教授の出題に、私は考える。ちらりと、どう考えても私より頭が回るであろうベックさんを見てみるが、彼も答えは出せていないようだ。流石にベックさんでは答えを出すための専門知識が足りないか…。

 

考える。私がこの世界に来ることと、岡崎夢美がこの世界に来ることの違いとはなにか…。

 

「因みに…。それは私とルーミアの二人に言えることかしら?」

 

「もちろん。ルーミアちゃんも、別にただの人間と言うわけではないのでしょう?」

 

私の質問に、夢美は答える。そしてその答えはかなり大きなヒントを私にくれた。

 

()()()()()()()()()()()()()()。つまり、ただの人間なら問題はないということか?私達が魔法使いや妖怪だから問題があるということになる…?

 

しかし、魔法というのなら、それは夢美にだって言えることだ。彼女は先ほど見たこともない魔法のような力を使って山賊達を押し潰した…。

 

いや、違う。そうだ。

 

彼女は先ほど、()()()()()()()()()使()()()()()

 

見たところ彼女達はただの人間だ。変な力は持っているが、それは少なくとも魔法的な力ではない。

 

そして私の知識上、魔法的な力でないならそれは十中八九まず間違いなく科学的な力でしかあり得ない。

 

つまり、これらの情報から建つ仮説とは―――。

 

「この世界に…、()()()()()()()()()()が紛れ込んだことが…特異点の原因だということ?」

 

「60点。ギリギリだけど単位をあげましょう。ま、アリスの知識ではこれ以上の答えは望めないかしらね?」

 

私の仮説は、どうやら教授から及第点を貰えるものだったようだ。

 

そして、この仮説が正しいのならば、同時に判ったことが一つある。

 

「…つまり、この世界には、そもそも魔法という力や概念は、存在しない?」

 

「その通り。この世界は科学オンリーの世界よ。科学研究で解き明かせない世界の法則が何一つ存在しない世界。その力は大統一理論に従うものだから、本来この世界には魔力は存在しない」

 

そういうことになる。もともと魔力というものは神秘を含む空間にしか存在しない。つまりフーシャ村のような場所には私達の世界であろうとほとんど無いものであったから分かりにくかったが、この世界にはそもそも魔力という力そのものがどこにも無いということらしい。もちろん、彼女の言葉を鵜呑みにするならばという条件はつくが…。

 

魔理沙のように、人間のまま魔法を使うタイプの魔法使いだったらそれは絶望的な状況だったかもしれない。あいつのようなタイプの魔法使いは外から魔力を補充しなければ魔法を使うことができない。魔理沙が魔法の森でキノコを好んで採ってくるのは、個人の好みも勿論あるが、基本的には、魔法の森のキノコから魔力が抽出できるからだ。この世界に魔力源となるものが存在しないのなら、魔理沙のような魔法使いではいずれ魔法が使えなくなる。

 

しかし私やパチュリーのように、『魔法使い』という種族に、つまり人外となった者は違う。私達は自身の生体エネルギーを魔力に変換することができる。自身が魔力源となれるのだから外部に魔力源を求める必要はない。だからこそ、その事実には今の今まで気付くことができなかったとも言えるが…。

 

私が暮らしているせいで、私の行動範囲にはある程度魔力が漂っていたし…気付けという方が無茶な気もするのだけれど…。

 

そしてルーミアにしても同じことが言える。妖怪は人間からの認知や畏れを妖力に変換することで自身の力を補充している。フーシャ村の人からの認知だけでも存在するだけの妖力を得ることは容易だったし、何より私という特大の魔力源がいた。だからルーミアが自身の妖力不足に悩む心配は無かったのだ。

 

この世界には魔法という概念が存在しない。これは一概には否定できない仮説だった。

 

しかしである。魔法という概念が存在しない世界に魔法という概念を持った異世界人が紛れ込む。ここがそういう特異点だったとして、それが一体何を引き起こすというの?私はそんな疑問を口にした。

 

「もちろん、世界の概念が歪むのよ」

 

私の疑問に対し、教授が答える。

 

「概念というのは存在し、認知されることによって適応されるの。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「世界の概念が歪むと、どうなるの?」

 

「どうにも?ただ、この世界が魔力や魔法の存在を認めるというだけの話よ。そのうちどこからともなく魔法生物なんかが誕生するかもしれないけど、ぶっちゃけこの世界で今更そんなのが出てきたところで大した影響があるとも思えないわね。しかも今のところ魔力源となるものはあなた達しか存在しないわけだし」

 

ああ、それと――と、教授は続ける。

 

「概念の調整過程で世界の壁が多少不安定になることがあるみたいね。本当に多少だけれど世界がミクロ単位で流動するから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「―――あ」

 

意地の悪い笑顔でそう告げる教授を見ながら、私は今朝の実験の失敗を思い出した。

 

世界の壁を動かないものと高を括って調べていたら、世界の壁が動いたせいで世界に穴を開けてしまったあの実験。

 

あの失敗は、世界が不安定だったから起こったものだということか!

 

というか、この教授。あの実験のことを知っている!?

 

「本当に不用意も良いところだったわあれは!無造作に世界に穴を開けてしまうなんて、あれこそどんな事故が起こるか分かったものじゃなかったもの。まあ、お陰で私達は世界の外からあなた達を観測できたのだから私的には感謝してもし足りないくらいだけど!」

 

「なっ…!じゃあ、あなた達がここに来たのは、あの実験のせいだって言うの!?」

 

「イグザクトリー。その通りよ。いや、本当に運が良かったわ。あの時ここら辺をたまたま偶然通りかからなかったら危うく見逃すところだった。そもそもこんな素敵なことが起こっているような状況じゃなけりゃ、誰が好きこのんで科学オンリーなんてつまらない世界に来るものですかっつーのよ」

 

私が行った実験を世界の外から目撃される。まさかそんなリスクが存在するなんて想像もしていなかった。

 

しかし、やはりそうか。今の発言で決定的になった。

 

岡崎夢美は、異世界間の航行技術を所有している。

 

ならば、私はそれを何としてでも手に入れなければならない。

 

彼女の持つ技術を使えば、私とルーミアが幻想郷に帰ることも恐らく可能だろう。

 

どうしたものかと私が考えようとした時、ベックさんが口を開いた。

 

「それで?ユメミ。お前は結局何のためにここに来たんだ?ここで起こっている特異点とやらは、別に放っておいても問題はないんだろ?」

 

そうだ。それがあった。自分の目的に夢中になっていて忘れていた。

 

岡崎夢美は何のためにここに来たんだ?

 

特異点がある。科学の世界に私達が魔法を持ち込んだことで、世界の概念が歪んでしまった。

 

何とも壮大な異変に見える。

 

しかし、それを説明した本人は、特異点を大した問題ではないと言う。

 

ではその本人は、何故問題の無い特異点にわざわざ足を運んだのか?

 

「ああ、それね。もちろん。目的はあるわ。私は別に世界の安定とか平穏とか、そんなどうでもいいことのためにここまで来たわけじゃあないのよ。もっと私的な目的のためにここまで来ているの」

 

相変わらず気楽な調子で夢美は応対する。

 

しかし、その身をまとう雰囲気は明らかに先程までとは違っていた。

 

熱くなっている…のか?

 

教授は声を張り上げて、叫ぶようにその目的を告げた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!私の今の目的はそれだけだし、そのための手段をこの特異点に見つけたから、私はここに来たのよ!!」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「魔法の存在を…認めさせる?」

 

「そう。私の世界の、大統一理論に前頭葉を支配されたカーバイン頭のジジイ共にね」

 

教授は熱く語る。

 

「私の世界は、アリスの世界と比べるとどちらかと言えばこちらの世界に近い可能性世界なの。つまり、科学だけの世界。粒子の種類や原子構造が多少異なっているせいで世界の様子は大分違うけどね。

 

「そして私の生まれた時代では、大統一理論という学説が学会の主要になっていて、大統一理論に当てはまらない魔法の存在は完膚なきまでに否定されていた。でも私はそれを認められなかった。

 

「魔法の存在を証明しようと幾つも論文を提出したわ。でも、学会の重鎮共はろくにとりあいもしなかった。

 

「私はとうとう平行世界に魔法を求めることにした。結果的に、私の目論見は成功したわ。私は魔法が支配する素敵極まりない世界に辿り着くことができた。

 

「私はその素敵な記録を学会に提出したわ。この世紀の発見を学会の石頭共にも共有してやろうと思った。でも私の恩師の筈のくそジジイがそれを見て何て言ったと思う?「中々面白い妄想だな岡崎君。小説にするには些か文量が足りないが、何らかのメディアで発表すればそこそこ人気が出るのではないかね?」よ!?挙げ句、あろうことか私を学会から追放しやがった!頭の中であのくそジジイの殺害方法を5000通り考えたけど、全部返り討ちにあったから実行するのは諦めたわ。

 

「私は理解した。あのくそジジイを始めとする学会の連中を納得させるには、やつらの鼻っ柱に魔法を叩きつけるしかないって。

 

「私は素敵な魔法の世界から、魔法に関する品をこっそり持ち帰っていた。魔力を溜め込んだ魔法植物だったのだけど、取り敢えずこいつであのジジイを殴り殺すことから始めようと、植木鉢を持ち上げて、そして絶望したの。

 

「私が持ち帰った魔法植物は、このときにはもう、ただの植物に成り下がっていた。少々魔力を溜め込んでいるだけの魔法植物では、科学の世界に均されて科学概念に取り込まれてしまう。世界には自己修復機能があって、少々の魔力なんて元々無かったものとして扱われ世界に認識すらされないと気付いたのは、その時だった。

 

「私は失意に暮れたわ。外の世界から魔法を持ち込んでもこの世界はその魔法を否定してしまう。それでも諦めきれなくて、私は再び可能性世界に答えを求めた。

 

「そして―――とうとう私はその答えを見つけたの」

 

岡崎夢美は、私の肩を掴む。

 

「あなたという、答えを!!」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「私という、答え?」

 

「そう!あなたこそが!私の答え!」

 

夢美は続けざまに言う。目が割とヤバイ感じになっているのは気のせいだと思いたい。

 

「魔法単体を持ち込んでも科学の世界には意味がない。世界がそれを均して消してしまうから。だけどこの世界は違うわ!」

 

「…科学オンリーの世界に魔法という概念が適応されつつあるという、特異点が生じているから?」

 

「その通り!それは何故!?」

 

「…私が…。自分で魔力を精製できるから…かしら?」

 

「90点!素晴らしい答えね!そう。世界が少々魔力を均そうとしたところで、あなたには無限の魔力を精製する魔力炉がある!そうでしょう?そうに決まっている。でなければ説明がつかないからね!」

 

「ええ…。まあ…。そうね」

 

「世界の修復機能がどんなに頑張ったところで、世界はあなたというイレギュラーを排除することが出来ない。魔法という概念を認識せざるを得なくなる!すると世界はどう動くか?」

 

「…魔法という概念を含む世界へと、自らを作り替える」

 

「そう!そして実際にこの世界はその過程にある!」

 

ああ、これでやっと話が繋がった。

 

「つまり、あなたは今このフーシャ村で起こっている特異点を、あなたの世界全体で起こしたい訳ね?」

 

「100点満点!完璧な答えよ。ならこの後私が言うことも、賢いあなたなら予想がつくかしら?」

 

ゾクリと、私の背筋に悪寒が走るのを感じた。

 

夢美の目的と、私という手段。そこから考えられる彼女の次の行動なんて一つしかない。

 

「まさかあなた…。私をあなたの世界に連れていこうとしているの!?」

 

「120点。まさしくその通り。私の夢のためだもの。もちろん拒否権なんて与えないわ」

 

掴まれた肩に痛いほどの力が入る。

 

 

ユラリ…と、夢美の背後の空間が歪むように見えた。

 

 

ヤバイ。何が起こるのか分からないが…何かされる…!?

 

 

「アリス!!」

 

 

シャンクスの声が聞こえて、同時に身体が突き飛ばされる。

 

バシュッ!という、空気が破裂するような音が聞こえたかと思うと、私の頬に何か熱い液体が降り注ぐ。

 

赤髪海賊団の船員達が立ち上がり、酒場に緊張感が張り詰める。

 

私はすぐに体勢を立て直して状況を確認する。

 

そして、目の前に広がる光景に、絶句した。

 

「シャンクス!!」

 

 

ルフィが叫ぶ。

 

 

「腕が…!!!」

 

 

 

シャンクスの、左の肩から先が、無くなっていた。

 

ボタボタと、血が店の床に零れ落ちる。

 

 

「あーあー。ダメじゃないあなた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。逆に片腕だけで済んでよかったわね」

 

こいつ…!やっぱり私を連れ去ろうとしていたのか!

 

何ともない様子で頭を掻いている夢美は、再び私の方に近づこうとして、

 

「おっと、それ以上動くなよ教授さん」

 

ベックさんにライフル銃を突きつけられた。

 

夢美は胡乱な目線をベックさんに向ける。

 

「それはどういう意味かしら?ベン・ベックマン。あなたも私に銃を向けるの?言っとくけど銃は――」

 

「――脅しの道具じゃない。そうだな。これは、()()()()()()()()()()()()

 

ベックさんが銃の引き金を引く。火薬の破裂音と共に銃弾が夢美の脳天へと吸い込まれ―――

 

―――謎の魔法陣に阻まれた。

 

ピシリ…と、魔法陣にヒビが入り、夢美は笑う。

 

「あっはっは!対核爆撃レベルの耐久を誇る私の魔法陣にヒビを入れるなんて、ライフル銃の威力じゃないわねこれ。ベックマン。あなた、本気で私を殺す気じゃない」

 

「お頭の腕を持ってかれてる。こっちは海賊なんだ。それくらいするさ」

 

「あはは!確かに。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。―――ちゆり。足止めよろしく」

 

「アイアイサー!」

 

北白河ちゆりが夢美とベックさんの間に割り込む。彼女は人間離れしたスピードで鉄の塊のような不思議な形の銃を取り出すと、その引き金を引いて

 

「『次元断壁』!」

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

「「「なっ!?」」」

 

空間そのものに壁を作ることで、マキノの酒場が完全に二つの領域に分けられた。非常に不味い。味方の大半が()()()に置いてかれている。あちらも壁を何とかしようとしているみたいだが壁が壊れる気配はない。そしてこちら側には、夢美とちゆりの他には私、シャンクス、ルフィ、ルーミアの四人しかいない。しかも店の出入り口は向こう側にある。

 

それに戦力分析的にも不味い。世界間移動なんてことができるのだから薄々感づいてはいたが、こいつら、科学力が段違いだ。河童の比じゃない。

 

人間の、それも科学世界の研究職のくせに科学力を平気で兵器運用してるとかどんな世紀末の世界から来たんだと突っ込みたくはなるが、今はそんなことを言っている場合でもない。狙われているのは私自身なのだ。それに――。

 

「シャンクス…あなたそれ、大丈夫なの?」

 

「いや…、あんまり大丈夫じゃないな。アリス。慰めてくれ」

 

「…軽口が叩けるんなら大丈夫だと判断するけど」

 

「いやすまん。冗談だ。取り敢えず血が止まらん。アリスって、一瞬で止血とか出来たりするか?出来れば戦闘復帰が即座に可能なレベルの」

 

「………すっごく痛くていいなら、可能よ」

 

「痛いのか。それは嫌だな。……だけど頼む。やってくれ」

 

私は息を吐いて、懐から河童の裁縫針を取り出す。シャンクスは私を守るために片腕を失ったのだ。ならば、アフターケアを含めて完璧に傷を縫合するのが、私のやるべきことだろう。

 

「おっと、邪魔者の最大戦力を復活させる暇を与える私達だと思うのかしら?」

 

しかし、どうやら今回の敵は、それを傍観してくれるほど甘い性格はしていないようだった。夢美とちゆりはそれぞれに何かをしようと動き出して――。

 

 

「その暇とやらは、お前らを殺せば手に入るのかー?」

 

 

――私の背後から、ルーミアが飛び出した。

 

ルーミアの顔を一瞬見た私は少し頬が引きつった。捕食時の肉食獣並みに目が鋭くなっている。この妹、もしかしなくても大分怒ってるな?

 

「『黒爪(ブラッククロウ)』」

 

飛び掛かりながら、ルーミアは両手に闇を纏う。その闇で鋭い異形の爪を作り出したルーミアは、その爪を振るって二人に襲いかかった。夢美が再び魔法陣の防御を試みるが、黒い爪に触れた途端、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…………へえ?」

 

二人は後退してルーミアの爪を避ける。同時に、夢美は山賊を押し潰したあの紅い十字架をルーミアに放つが、ルーミアが再び爪を振るうと、その十字架もまた、同じ様に削り取られた。

 

「うっそだろ!?」

 

ちゆりが驚愕の声をあげる。

 

「夢美様。あの爪ってもしかして、削り取るとかいう概念そのものでも持ってるのか?幾らなんでも夢美様の防御魔法陣を削り取るとか核熱ブレードでも持ってこないと物理的に不可能なんだぜ。魔法に関しては専門外だから私じゃよく判らん!」

 

「フフ。惜しいわねちゆり」

 

教授は興味深そうにルーミアの爪を見つめながらちゆりに答える。

 

「マクロ的な視点で見れば確かに起こっている現象は『削り取られた』だけど、ミクロ的に見ればあれはむしろ『吸い込まれた』が正しいでしょう」

 

ルーミアが応戦しているうちに私はすぐさまシャンクスの左肩の縫合作業を開始する。もちろん、同時に戦闘の情報収集も怠らないわけだが、その上で言わせてもらうとやはりあの教授、ただ者ではない。まさか今の一瞬だけでルーミアの攻撃のカラクリを看破するなんて…。

 

「嘘だろ夢美様!?まさかあの爪、()()()()()()()()()()()()()()!?」

 

そしてその助手のちゆりとかいう奴も、たった一言のヒントから正解を言い当てるところを見るに頭はかなり回るようだ。

 

「そう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。あの技の原理はまさにマイクロブラックホールそのものだわ。技術的には、微粒物体干渉用吸着式マニピュレーターとでも言ったところかしら。まったく素敵ね!こんな未開の文明圏でも、魔法を使えばいとも容易く私達の科学に追い付けるって言うんだから!」

 

夢美は歓喜を叫びながら掌に新しい科学の魔法陣を作ると、今度はその両手でルーミアの手に掴み掛かった!

 

「んなっっ!?()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

ルーミアが叫ぶ。ルーミアの新しい技である『黒爪(ブラッククロウ)』は、いかなる攻撃・防御もその爪で引っ掻いただけで、微粒子レベルからその対象を吸引し削り取る。少なくとも物理的な手段であの爪を攻略することはおよそ不可能に近い非常に強力な技だ。だというのにルーミアの両手を鷲掴みにした夢美の手はルーミアの黒爪に削り取られていない。

 

一体これはどういうことなの!?

 

ガッツリと、お互いの手を掴み掛かった状態のまま、夢美は嗤う。

 

「簡単な話よお嬢ちゃん。()()()()()()()()()()()。当然の論理でしょう?それならば、私の掌に、あなたの引力と同じだけの斥力の力場を形成するだけでその技には対応できる。――そんなことよりも、私はあなたの魔法をもっと研究してみたいわね。ルーミアちゃんはもちろん、こんな重力の使い方も当然に、できるのでしょう?」

 

「あがっっ!?!?!?」

 

ルーミアの足元に別の魔法陣が展開される。次の瞬間、ルーミアの身体が店の床にめり込む勢いで押さえつけられた。

 

というか、斥力を使って対応したと思ったら今度は重力力場を発生させたのかあの教授は!?

 

あまりにも技の構成が多様すぎる!!

 

「さあ、今のうちにちゃっちゃとアリスを捕らえちゃいなさいちゆり!」

 

「おっしゃ!流石夢美様!」

 

ルーミアの技の対抗策を即座に用意し、その上でルーミアの拘束をする。あの教授…もはや私でも出来るかどうか怪しいことを一瞬で実行するなんて…!

 

しかも今度はちゆりがこっちに向かってくる。夢美ほどではないにしても、彼女からもかなりヤバイ気配がするのは間違いない。

 

「シャンクス。ごめんなさい。施術の完了が5秒遅れる」

 

「構わない。好きにやってくれ。こっちも右手で何とかする」

 

私は右手で縫合を続けながら、左手の糸を人形に繋げる。とりわけ戦闘機能の高い上海人形と蓬莱人形を使って足止めを試みてみるが、さて、何秒保つか…。

 

 

「やめろ!アリスを連れてくな!」

 

 

「……ルフィ!?」

 

 

しまった!ルフィを縛り上げてでも拘束しておくのを忘れてた!この状況でルーミアが飛び出してルフィが飛び出さない訳が無いっていうのに!

 

ちゆりの前に両手を広げて立ちはだかるルフィ。私は即座に上海と蓬莱をルフィに向けて飛ばそうとする。

 

「おっと!?ルフィ少年には用が無いんだぜ…。あー…、確か私の記憶が正しければ、ルフィ少年はゴム人間だから、打撃技が効かないんだっけ?」

 

ちゆりはそんなことを呟くと、続けざまに蹴りの動作に入る。ルフィを蹴り飛ばすつもりか。どうやら子供相手に手加減するだけの良心は持ち合わせているようだ。

 

良かった。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「上海!蓬莱!足を取りなさい!」

 

 

「うおわっ!?!?」

 

 

ちゆりがルフィを蹴りあげるために上げた足に、上海と蓬莱は素早く糸をくくりつけ、そして引っ張る。

 

結果、ちゆりは派手に床へすっ転んだ。

 

「くっそー!()()()()()()()()()()()()()!?自分が動かなくても攻撃できるとか流石魔法使い!汚いぜ!」

 

「どの口がそれを言うか!」

 

ちゆりはただでは転ばなかった。転んだ瞬間こっちに向けて銃からなんとレーザービームを撃ってきやがったのだ。

 

しかし、飛んできたビームはシャンクスが右手で抜いた剣で弾き、続いて上海と蓬莱がちゆりの銃を取り上げて押さえつける。

 

これで北白河ちゆりの足止めは完璧だ。あとはシャンクスの縫合を終わらせて――。

 

「あーもー。何拘束されちゃってんのよ。ちゆりってば使えないんだから…。まったく。―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

()()()()()()

 

 

 

「―――は?」

 

「嘘だろおい!?」

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

メイド姿の――誰だこいつは?

 

冗談が過ぎるわよ岡崎夢美―――!今の今まで、こんなやつの気配微塵も感じなかったのに!?

 

「紹介が遅れたわね。彼女は『るーこと』。私の世界では一家に一台は愛用されてる由緒正しい量産型メイドロボットよ。身の回りの世話から戦争まで使い道は何でもござれ。アリスも私の世界に来たら召し使えてみると便利かもね?」

 

ふざけるな!紹介が本当に遅すぎる!あの教授、まだ切り札を隠し持っていたなんて…!まさかとは思うけど、あいつ自分の辞書に「一手足りない」という言葉を書き忘れたまま生活してるんじゃないでしょうね!?

 

迫り来るるーことの手にバチリと電流が走る。

 

まさかあのメイドロボット、自身の手をスタンガン代わりにして私達を気絶させる気か?

 

上海と蓬莱はちゆりの拘束で手が放せないし、シャンクスも満足に動き回ることができない。

 

これはいよいよ切羽詰まったか?

 

と、私が思ったときだった。

 

 

「だから――やめろって言ってるだろ!!!」

 

 

ルフィがるーことに回し蹴りを食らわせたのだ。

 

そうだ。ルフィは日頃ルーミアと修行しているお陰で、全く動けないというわけではないのだ。

 

しかし、るーことはルフィの回し蹴りでダメージを受けた様子はない。まあ当然だ。何しろ彼女はロボットだ。痛覚というものが恐らく存在しない。故障か無傷か。100か0かみたいなものだ。

 

そして、るーことはルフィを障害と認識したのか、ルフィに向けて手を伸ばす。いけない!高圧電流がルフィに襲いかかって――!

 

「そんなもん―――効かん!!ゴムだから!!!」

 

しかし、ルフィはるーことの高圧電流を意に介することなく、るーことの顔面を殴り飛ばした!そのままメイドロボットはバランスを崩して壁まで転がって行く。

 

「しまった!そういやルフィの身体は全身絶縁体だったわ!」

 

夢美が頭を抱える。こんな切羽詰まった場面でまさかルフィの能力に新発見があるとは、こっちもビックリである。

 

というか、さっきから疑問だったのだが、あの異世界人共、私やルーミアには初見の反応をしていたくせに、それ以外の面子についてはルフィを含めてある程度事前知識があるような対応を取っている気がするのは気のせいだろうか…。

 

まあ、そんなことを今気にしても仕方がない。この謎は後で考えるとしよう。

 

とにかく、これで首の皮一枚繋がった。――()()()()()()()()()()()()()()()

 

縫合、完了である。

 

「シャンクス!終わったわ!」

 

「良し!有り難う!そして一仕事終わって早々急で悪いが、―――アリス!ルフィ!ルーミア!頭を下げろ!それとアリスは上海と蓬莱を仕舞ってくれ!―――ベックマン!お前達は先に外に出ろ!!マキノ!すまん!店に大穴あける!」

 

シャンクスは私の施術が終わるや否や、即座に行動した。

 

矢継ぎ早に指示を出したかと思うと、次の瞬間には壁際まで動き転がっているるーことを持ち上げている。

 

そしてさらに次の瞬間に、ちゆりと夢美を一射線上に捉えられる位置にまで移動し、低い体勢で()()()()()()()()

 

「おっと、これは不味い」

 

嫌な予感を感じ取ったらしい夢美とちゆりがシャンクスの射線上から逃げようとするが、シャンクスはその動きを一睨みで封じた。いや、嘘だろこの男。視線と殺気だけであの教授達を怯ませるとか…。

 

「ぐ…覇王色…か。えぐい使い方をする…わね…」

 

「この感じ…嫌な予感しかしないんだぜ…」

 

一瞬の間身動きが取れず、自身の不幸を悟ったような声を出す夢美とちゆりに、シャンクスは宣告する。

 

 

「そうだな。取り敢えずは、()()()()

 

 

()()()()。と、シャンクスは、二人に向かってるーことを投げつけた。

 

ドガアアアン!!!と、空気が破裂する大音響が聞こえる。いやいやいや、衝撃波(ソニックブーム)って!?この男…素手での投球でマッハを越えたというの!?

 

大きな音と、大きな土煙が止むと、その奥のあろうことか店の屋根に、大きな穴が空いていた。どうやら投球の軌道が、店の中という狭い空間の中で上向きの曲線を描いたらしい。出鱈目すぎる。この男ほんとに人間か?

 

「よし。みんな無事か?無事なら、あの穴から外に出るぞ」

 

シャンクスが爽やかな笑顔で告げる。しかし、私とルフィはポカンとするばかりで、頷くことができたのは拘束が解けて服についた埃を払っていたルーミアだけだった。

 

「ていうか、あいつら倒したんだし、放っておけばそのうちあの変な壁が消えるんじゃないのかー?」

 

ルーミアは、ちゆりが仕掛けた店を横断する謎の壁を指差して言う。あのソニックブームで傷ひとつ付いてないということは、やはり空間そのものに干渉するタイプの術式なのだろう。因みに、ベックさん達は既にシャンクスの指示に従って店の外に出ている。

 

「そ…そうだぞ。だいたいおれ、あんなとこから外出れねーし」

 

ルフィがルーミアに同意すると、シャンクスは苦笑しながら

 

「いや、流石にそこまでのんびりはしていられないさ。()()()()()()()()()()()()()

 

などとぬかしやがった。

 

「え、いや、嘘でしょ?今のでまだ決着が付いてないとか…。そんな人類がいるの?」

 

私が半信半疑どころか、無信全疑くらいな感じで聞くと、シャンクスは気まずそうに右の頬を掻いた。

 

「それが有り得るんだよなー。店の上空に、あの二人の気配がまだあるし」

 

「絶対嘘!」

 

 

 

100%嘘だ。と、思いたくて思いたくて仕方がなかった私だが、しかし他の誰でもないシャンクスの証言だ。下手なことは期待しないほうが吉だろう。

 

私とシャンクスとルーミアの三人は、屋根の大穴から店の外へと飛び上がった。

 

「え!?おれは!?」

 

「ルフィは留守番だ。そこで壁が消えるのを待ってな!」

 

「嘘だろシャンクス!?おれも連れてってくれよーー!」

 

ルフィは駄々を捏ねるがしかし、流石にルフィをこれ以上この戦闘に参加させることは出来そうにない。どう考えてもレベルが違いすぎるし、さっきみたいな幸運がそんなに長く続くとも思えない。

 

…そもそも、私ですら適正レベルに至っているかどうか疑わしい…。

 

私達は店の屋根の上に飛び移り、上を見上げる。

 

果たしてそこには、岡崎夢美と北白河ちゆりの両名が空の上に立ちはだかっていた。

 

()()()

 

「はっはっは!いやはや参ったぜ!まさかあんな風に私達が吹っ飛ばされるなんて!人生初体験だ!」

 

「るーことはもう駄目みたい。完全に壊れちゃった。まったく…。このメイドロボット、意外と高いのよ?」

 

ちゆりは笑っておおらかに、夢美はずたぼろになったメイドロボットを持ち上げて困ったように、それぞれ発言する。

 

「まあ、それは仕方ないんだぜ。私達はギリギリで防御魔法陣が間に合ったけど、るーことはソニックブームをもろに浴びるはめになってたからな!」

 

ちゆりが夢美を慰める声を聞きながら、私は呆れた声を出した。

 

「あの攻撃を受けて無傷って…。あんた達は、不死身かなんかなわけ?」

 

「まさか!私達はなんの変哲もない、ただの人間なんだぜ!」

 

強いってのは確かだけどな!と、ちゆりは自信満々にこたえた。

 

ああ…、憂鬱だ。なんだって私はこんなのに狙われているんだろうか…。

 

「ところで」

 

と、今度は夢美が口を開く。

 

「興奮しすぎて問答無用に訴えたせいでややこしくなってしまったけれど、改めて訊くわ。アリス。あなたは、本当に私の世界に来る気は微塵もないのかしら?」

 

「逆に、あなたの世界に行くことで、私に何の得があるのかしら?」

 

私が訊き返すと、夢美は少し考えるそぶりをする。

 

「そうね。あなたの利益…、か。全く考えてなかったわね」

 

この教授、サイコパスかな?

 

徹頭徹尾自分の目的のことしか頭に無いと見える。

 

「では、そう。あなたにとっての利益を提示してみましょうか」

 

と、夢美は言う。

 

「私の知見では、あなたとルーミアは恐らく『漂流者』であると予測しているわ。つまり、何らかの事故で異世界転移をし、元の世界に戻れなくなってしまった異世界迷子である。違う?」

 

「違わないわね」

 

隠すようなことでもない。というか、むしろ今更感が凄い内容の質問に、私は即答する。

 

「であれば当然、あなた達は元の自分のいた世界に戻りたい筈。そのために、あなたは世界に穴を開けてしまうような実験までしていた」

 

「そうね。世界に穴が開いたのは実験が失敗したからだけど」

 

流れはわかる。つまり、彼女はこう言いたいわけだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

ああ―――。全くその通りだ。その事実だけは、私は無視することができない。

 

「…アリス」

 

「わかってるわ。ルーミア」

 

何か言いたそうに話しかけるルーミアの言葉を私は遮る。ルーミアの言いたいことはわかってる。

 

「…確かに、私達は元の世界に帰りたいと思っている。私達の故郷―――幻想郷に帰れると言うのなら、それ以上に求めるものなんて何もないくらいには」

 

私の言葉に、夢美はピクリと反応した。

 

「ふうん?『幻想郷』か」

 

彼女は少し意外そうな顔をして言った。

 

「懐かしい名前ね」

 

「…幻想郷を知ってるの?」

 

私が訊くと、彼女は穏やかな笑みを浮かべる。

 

懐かしい思い出を振り返るように。

 

「ええ。知っていますとも。なかなかエキサイティングな体験だったわ。あそこは魔法が支配する土地だものね。私のためにある場所と言ってもいいくらい、実に素敵で、興味深い場所だった」

 

彼女は過去を懐かしむように、思い出を噛み締めるように、幻想郷を回想する。

 

「私が魔法の存在を確かめたのは、まさにそこでのことなのよ。これは凄い偶然だと思わない?アリス」

 

偶然。それは確かに凄い偶然だ。まさか夢美の言っていた『魔法が支配する世界』が幻想郷のことだったとは…。私も少し驚いた。

 

「だけどあそこでは駄目だった。魔法だけの世界では、私の目的は遂げられなかった。科学と魔法の混沌にこそ、私の求めるものがある」

 

夢美は私を見る。

 

「だから今は違う。私の興味は、私の意欲は、()()()にある」

 

夢美はの視線は、私を捉えて放さない。自分の野望を一心に見つめ、彼女は私を逃がさないようにその目で捉えている。

 

彼女は私を通して、自らの夢の先を見ているのだ。

 

「アリス・マーガトロイド。あなたさえ手に入れれば、私の夢はまた一歩完成へと近付くの。だから、あなた、私のモノになりなさい」

 

彼女はそう言って、私に手を差し伸べた。

 

彼女は魔法の言葉を紡ぐ。

 

「アリスが私のモノになるのなら、幻想郷に戻りたいというあなたの願いを、叶えてあげてもいいわ」

 

魅力的な提案だった。幻想郷に戻れる。その言葉だけで、私に対する誘惑としては充分過ぎる。

 

差し伸べられた手を取るには、充分過ぎる提案。

 

私は彼女の方に右手を伸ばし、そして―――私は応えた。

 

 

 

「おととい来やがれ。サイコパス野郎」

 

 

 

くいっ、と、私は右手の中指以外の指を全て折り畳み、手の甲を上に向ける。

 

同時に、予め糸を繋いでおいた人形達が、上空の夢美達に向かって光線を放った。

 

 

魔光『デヴィリーライトレイ』。

 

 

地面から天に向かって放たれる地対空砲火のスペル。

 

上から目線のくそったれを地面に叩き落とすために作った、悪魔の閃光である。

 

ダメージを狙ったものじゃない。どうせあいつらはこの程度の光線どうとでもするだろう。

 

 

だが誘いの返答には、このスペルが一番相応しい。

 

 

「あっはっは!これはひどい返答もあったものね!」

 

当然のように、夢美とちゆりは頭上に立ち続けていた。それぞれの足元に広がる魔法陣が、レーザーから彼女達を守ったのだろう。

 

「まー、こーなるとは思ってたけどな。夢美様ってば流石に相手を馬鹿にしすぎだよ。今日び、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

ちゆりが呆れたように夢美に話しかける。

 

まったくだ。幾らなんでも私を馬鹿にするにもほどがある。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

私がこの世界に来てからおよそ一年半。その間にあったこの世界の変化は、フーシャ村に微弱な特異点ができかけているというたったそれだけ。

 

ならば、科学の世界全体に魔法という概念を組み込むのに掛かる時間は一体如何程なのか、考えるだけ馬鹿馬鹿しい。

 

「私のモノになりなさい」なんて誘っている時点で、あいつは私に人権を認めていない。

 

私を幻想郷に帰す気なんて、あいつには更々有りはしないのだ。有ったとしても、それは数十年、下手すりゃ百年先のことだろう。

 

何より―――。

 

「大体ね。あなたが詐欺をかけようとかけまいと、私はあんたの誘いには乗らないわよ」

 

「へぇー?それは何故?」

 

まだ笑いが収まらないらしい夢美の疑問に、私は舌打ちをする。

 

ピリ…と、空気が震える。私としたことが、無意識に魔力を放出してしまっているようだ。今後気を付けなければならない。

 

「そんなの決まっているのかー」

 

「そうね。そんなこと、わざわざ聞くまでもないことだわ」

 

ルーミア堪らずといった様子で口を開き、私はそれに同意する。

 

私とルーミアは口を揃えて夢美に答えた。

 

 

 

 

「「()()()()()()()()()()!!()()()()()()()()()()()()()()()!!!!」」

 

 

 

 

轟ッ!!!!と、空気を震わせるように、私とルーミアは魔力と妖力を放出する。同時に、人形と闇がそれぞれの周囲に展開された。

 

 

「…やっぱり衝動で動くものではないわね。話し合いはここまでか」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

夢美とちゆりの二人はそれに合わせるように、紅い十字架や魔法陣を自らの回りに出現させる。

 

二人と二人が睨み合い、空気が震える。

 

 

 

「教授さんよ。アリスとルーミアの二人と熱い視線を交わしあってるところ悪いが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

がっ!と、屋根を荒々しく踏みつける音が聞こえた。意識を向けると、地上から一足飛びに屋根の上に登ってきたベックさんが空気の震えに割り込んでいた。同じ様に、幾つもの影があちこちの屋上に、夢美とちゆりを囲むように現れる。

 

「全くだ。こっちも友達があわや拐われかけるところだった」

 

影達の出現に呼応するように、私の隣に立っていた男が、私の前に進み出た。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

気が付けば私の周りには、大海賊、赤髪海賊団が戦闘態勢を整えて、私とルーミアと同じように上空を睨み付けていた。

 

 

だが、そんな危機的状況で怯むようなら、彼女達はそもそもこんなところに居やしない。

 

「あっははははは!!!!壮観!!壮観ねこれは!!どうやら私達は、この世界の最高戦力の一角を本格的に敵に回したみたいよちゆり!!」

 

「元気だなー夢美様。アドレナリンでも出てんのかな?まあ確かに、これなら久しぶりに本気を出しても不足は無さそうだぜ」

 

彼女達は、誰を敵に回そうと恐れないし止まらない。

 

「私は邪魔が大嫌い。でも、壁は高ければ高いほど、それを薙ぎ払ったときの爽快感は気持ちのいいものよねえ!!辺境世界の最強ごときで!私の野望は揺るがない!!!」

 

「は!脳内麻薬の出すぎで台詞が完全に悪役だぜ夢美様!!まぁ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!!」

 

 

二人が並び、夢美が右手を、ちゆりが左手を天に掲げる。魔法陣が頭上に現れそして―――空が紅く染まった。

 

否、空が紅くなったのではない。紅霧異変とは違う。

 

紅霧異変とは、()()()()

 

そう――

 

 

 

――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「さあ、果たしてこれをどうする?歴戦の強者ども」

 

 

 

互いの夢を求めるための戦い。――《夢創異変》は、ここから過激化を極めていく――。

 

 

 

To be continued→




あとがき

私は基本、好きな展開が多すぎるタイプの人なのですがそのなかに、

胸アツ展開。

エセ科学バトル。

魔術と科学が交錯する。

知らない間にキャラがなんかめっちゃ強くなってる。

そもそも味方が強い。

でも敵はさらに強い。

めっちゃ強いやつが割とあっさり負けちゃう。(ただし自分が納得できる形で)

なんていうシチュエーションがあったりします。私はこれらのシチュエーションをめっちゃ書きたい!書いてみたい!と思っているのですが、筆のペースが遅すぎるしオリジナルの話を書けるほど創造力が豊かじゃないというのもあってなかなか書けません。じゃあ、この二次創作で何とか出来んものか。いやいや。ていうか、それ以前に、このままだとシャンクス腕取れないんだけど。今更ヒグマでどうこうなるアリスじゃないし、近海の主までどう考えてもいかないわこれ。じゃあ誰が他にシャンクスの腕取れんのよ。そんな都合のいいキャラがいねーよ!?え?シャンクスの腕無理して取らなくていい?いやいや、ナイナイ。普通取るでしょ?と、そこまで考えたとき、天は私に言いました。

「東方にそれ全部できるキャラ、おるで」

うっそだろおい!そんな都合のいいキャラいんのかよ!?冗談はよしこさんだよ!と、天啓にセルフ突っ込みしながら頭の中の東方キャラを検索していくと…。

あ、おったわ。いや、つーかこれ、旧作やん。ていうか異世界人やん。特に何の理由もなくすぐに出せるやん。え?なにこの人月とか動かしちゃうの?それってどういう科学なの?チートなの?なんでこんなキャラがこんな初期の初期にいるの?怖いんだけど。

なんて思いながらも、とりあえず書き進めることにした今日この頃でした。こわい。東方万能過ぎてこわい。

力入りすぎてちょっと長くなったのはご愛敬。まあ、この教授ならこれくらいのことはできるっしょっつって色々させちゃったし、投稿ペースがハワイ島並みの速度だし、多少はね?

あー。科学いいわー。問題解くのは大嫌いだけど、好きやわー。科学。魔法とおんなじくらい好き。

そんな私はゴリゴリの文系なんですけどね。おあとがよろしいようで。それではまたいつか、出来れば近いうちにお会いしましょう。



で、この教授、どうやって倒せばいいんだ?


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第十話 冒険の夜明け前(後編2)

「さあ、果たしてこれをどうする?歴戦の強者ども」

 

紅い。見上げる空を埋め尽くさんとするばかりに広がる真紅を背に、異世界人、岡崎夢美教授は私達に問いかける。

 

一つ一つが高い殺傷能力を秘める夢美の創り出した科学の魔法。燃えるように紅いキリスト十字。それが数えられないほどに上空に埋め尽くされ、私達に襲いかかろうとしている。

 

<処刑>、<断罪>、<呪い>、<戒め>、<原罪>、<復活>、<安寧>、<回心>、<聖なる木>、<死を滅ぼしし矛>、<悪性の拒絶>―――。

 

魔法使いの性というか、あの十字架の攻略法について考える時、私はキリスト十字の魔法的記号ばかりを探してしまう。しかし彼女の攻撃にそんな思考は何の意味もなさない。

 

あれは魔法ではない。科学によって模倣された、魔法のような何かだ。

 

だから逆に言えば、あれは形が十字架なだけの科学的エネルギーの塊に過ぎないとも言える。

 

私があの十字架を見るのはこれで三度目だ。一度目は夢美が山賊達を捻り潰した時、二度目はルーミアに向けて攻撃した時。

 

だから、あれがどういうもので、どの程度の威力を有するものなのかはある程度予測がついている。故に、あの十字架から自身の身を守ること自体は実は簡単だ。

 

ルーミアも自分の能力を使えば十字架の攻撃を削ぎ取れることは実証済みだし、赤髪海賊団の面々もあの攻撃を捌くくらいのことは恐らく可能だろう。

 

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 

あの攻撃は点の攻撃ではなく面の攻撃で、そして私達の立っている足元に広がるのはフーシャ村の建物だ。

 

つまり、私達は十字架による広大な面攻撃の、その全てを一つの取り零しなく防がなければならない。でなければ、フーシャ村の人々にまで危害が及ぶ。

 

要するにあのくそったれのサイコパスは私達にこう問いかけているのだ。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」と。

 

 

魔法という神秘。奇跡を扱う者だ等と嘯く生意気な小娘に。

 

海の覇者。大海賊だ等と呼ばれ驕る犯罪者どもに。

 

お前達の格とはどれ程かと問いかける。意地の悪い大学教授の出題する質疑応答。

 

私達に、それを答えないという選択肢は存在しない。

 

「…ベックさん。マキノは、今どこに?」

 

「村長の所に預けてきた。今外にいるのは危険だからな。…まあ、そんなレベルの話ではなかったみたいだが…」

 

「あのヒグマとかいう山賊が来ていたせいで、おれたちがここに来る頃からフーシャ村の人達は全員家屋の中に避難してた。お陰でせっかく帰ってきたってのにみんなの出迎えもなかったしな。今もまだその状態は変わらない。…それが実は幸運だったかどうかは、まだ判らないけど…」

 

ベックさんの返答に、シャンクスが補足する。相変わらず魔術も使わずどうやってそんなことを把握しているのかは判らないが、しかし今はその能力に助けられる。

 

「いえ。それは間違いなく幸運なことよ。これならギリギリ…何とかなりそう」

 

建物の中、特に家の中というのはただそれだけで<聖域>、<境界>の魔術的意味を持つ。吸血鬼が密室に許可なく入れないという逸話や、閉じ籠った本人以外に開けることの出来ない天岩戸の伝承などに代表されるように、内と外は隔絶された別世界だという魔術的認識が働くのだ。故に建物や壁の内外といった領域には結界や守護の魔術が施しやすく、私にとっては外に出られているよりは余程守りやすい状況にあると言える。

 

「シャンクス。あなた達はあの十字架の雨を切り抜けた後のことにだけ集中しなさい。フーシャ村を含めた防御に関しては、私達に任せて」

 

「…悪いな。アリス。頼む」

 

「適材適所でしょ。シャンクス達、こういうの得意じゃなさそうだし。それに私だけの力でやるつもりなんて更々ないしね。完膚なきまでにあれを攻略するには―――ルーミア。あなたの力が必要よ」

 

私はルーミアに、やってほしいことを耳打ちして説明する。万が一夢美に聞かれて、対策をとられたら厄介だからだ。

 

「おう!まかせろアリス!」

 

ルーミアの闇があの十字架に対して有効なのは既に判っている。ならばその力を活用しない手はない。やる気満々と言った様子のルーミアを見て、私は頷く。ルーミアなら、きっとやってくれるだろう。実行すること自体は恐らくできるはずだ。

 

問題は、―――時間である。

 

 

 

「さあ、私に見せてみなさい!私が敵に回したのは、一体どんな奴らなのかを!」

 

 

 

夢美とちゆりが、掲げていた手を振り下ろす。

 

 

 

十字架の紅い雨が、次々とフーシャ村に降り注いできた―――!

 

 

 

「――戦操『ドールズウォー』!!」

 

 

 

ふわり…と空中に浮き上がり、私はその周囲に人形を召喚することで、紅い雨を迎え撃つ。それも、一体や十体じゃない。100体―――1000体―――()()()()()()()()()()

 

両手から人形に糸を繋ぎ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。一体一体の操作は荒くてもいい。私の魔力を伝達・増幅し、発射する砲台があれば、それでいい。

 

私の工房に保管されている全ての人形―――()()()()()()()()()()()()()()を、フーシャ村全域を覆い隠すように一瞬で展開させる。

 

そして、

 

 

「『デヴィリーライトレイ』!!!」

 

 

繰り出したのは、先程も放った地対空砲火の弾幕爆撃。ただし今度は、その規模が違う。

 

フーシャ村はそこまで大きな村ではない。フーシャ村の空を埋め尽くすのに、あの十字架の大きさならば ざっと五千本もあれば十分だろう。『デヴィリーライトレイ』ならば、一発で十字架一本くらいは消し飛ばせると私は計算している。それを約一万四千発、叩き込む。

 

完全なるオーバーキルであり、そして余ったエネルギーは、当然全て夢美達に向けられる。

 

 

彼女の助手のちゆりは言った。彼女の防御魔法陣を削るには、核熱ブレードが必要だと。

 

ならば、その核熱ブレードとやら以上のエネルギーに指向性を持たせれば、彼女の防御を貫くことが可能だという訳だ。

 

フーシャ村の守護に使った人形が約六千。つまり残りの約七千の光線は、全て攻撃に充てた。

 

戦いにおいて一番守りが疎かになるタイミングは、自分が攻撃している時だという。特に有利に戦いを進めている人間ほど、この穴には嵌まりやすい。

 

敵の油断を、敵が油断している内に、敵の戦力の二倍以上のエネルギーを持って瞬時に襲いかかる。

 

孫子だのなんだのと語るほど私は兵法に詳しくないが、それくらいのことは、一般常識として心得ているつもりだ。

 

一発目の『デヴィリーライトレイ』を防いだことで、この技はこれくらいだろうというデータを夢美は取っているだろう。

 

しかし、今度はその約七千倍のエネルギーを一点にぶちこんでみせた訳だ。

 

油断を誘い。油断を突く。セオリー通りの一撃。

 

私の貯蓄魔力の八割を使用した特大の大技である。

 

傷の一つくらいは、負っていてくれると嬉しいのだけど…。

 

 

二十秒もの間光線は空に放たれ続け、その莫大な熱量によって周囲の気温をサウナ以上にまで上げた辺りで放射は止まった。一面に満たされた光が晴れる。

 

果たして、

 

 

「――――っ……!今のは危なかったわ!十字架から身を守るどころか…まさか咄嗟とはいえ、五重に展開した私の防御魔法陣を全て吹き飛ばして来るとは…」

 

「や…やべえ…。足先が焦げてるぞ夢美様!…私の『次元断壁』が間に合わなかったらと思うと…恐ろしいぜ…」

 

 

そうであってほしくはなかったが、やはり、夢美とちゆりは私の最大級の魔力光線を生き残っていた。かすり傷とわずかな動揺くらいは誘えたようだが、それ以上の戦果は無さそうだ。

 

夢美とちゆりの足元には、今度は魔法陣ではなく、先程マキノの店を二つの領域に分けた透明な空間障壁が張られている。どうやらあれが私の『デヴィリーライトレイ』を防いだらしい。

 

推測だが、あれは恐らく空間そのものを固定化して障壁とする技術が使われていると思われる。つまり、あの壁だけは、どれ程の高エネルギーをぶつけたところで物理的な手段での破壊は不可能だということなのだろう。あの壁を破壊するには、空間そのものを削り取るような何かが必要になってくる。

 

絶対防御…というわけか…。まったく次から次へと、よくもまあ対応するものだ。

 

しかし、そんなことでへこたれてても前には進めない。

 

よく周りを見渡せ。状況を観察しろ。そもそもの話、あの『次元断壁』が本当に無敵の防御だというなら、最初から魔法陣の防御など使わずにあれだけを使用していれば良い話なのだ。魔法陣の防御と『次元断壁』を使い分けるということは、そこには何か使い分けざるを得ない理由が存在するはずだ。

 

 

「うわっ!なんだこれ!一体何がどうなってんだ!?」

 

 

声が聞こえたので意識を向けると、マキノの酒場の入り口から、ルフィが外に飛び出してきていた。

 

こんな危ない場面で余計なことを!と、一瞬焦ったが、しかし同時に、思考がある事実へと至る。

 

ルフィが外に出ている。…それはつまり、

 

 

「…酒場に張られていた『次元断壁』が…消失している?」

 

 

時間経過で消失したのか?でも、このタイミングで?

 

偶然か。でも、もしそうでなければ…。

 

 

「あの壁は、一度に複数展開できない…のかしら」

 

 

それにもう一つ、あの透明な壁を観察していて分かることがある。

 

縦三メートル…横五メートル…。盾として使うには、あの壁は必要以上に場所を取りすぎている…とも言えなくもない。

 

それに何よりその大きさは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

つまり、あの壁は、同時に複数を展開することができず、更には大きさもあまり自由自在に変えることができないということか。それに何より、あの壁を展開するには、ちゆりの手に持つ金属の銃が必要…。となれば、あの絶対防御も、必ずしも攻略不可能ではなくなってくる。

 

戦い方が、だんだん判ってくる。勝ち筋が、僅かずつでも見えてくる。

 

 

やはり、弾幕はブレイン。常識だ。

 

 

「流石は魔法使い。と言うべきね。素敵、素敵、素敵だわ!無数に整列する人形の軍隊。こんな光景初めてよ!いいものを見せてもらったわアリス」

 

「それは、どういたしまして」

 

 

夢美は私が自分の攻撃を防いだばかりか、反撃すらも許したというのに実に嬉しそうにはしゃいでいる。余裕の表情は崩れない。それはそうだ――なにしろ、

 

「もっと、もっと見せてちょうだい?――例えば、その大規模に展開し、空を焼き付くさんばかりに放たれる悪魔の閃光は―――――()()()()()()()()()()()()―――――とか!!!」

 

()()()()()()()()()。そうだ。彼女にとって今の攻撃は、決死の必殺技でもなんでもない。

 

単なる疑問。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()―――!

 

ああそうだ。最初から判っていた。この意地の悪い大学教授が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。少し彼女と話せば誰でもわかる。科学者というものは、古来より実験によって()()()()()()()()()()()()だ。これくらいのことはしてくるだろうと思っていた。

 

しかし、私はさっきの人形弾幕で、自分の魔力貯蓄の八割を使いきってしまっている。どれだけ急いで魔力を精製しようと、さっきと同じように防御するのは、もう無理だ。

 

()()()()()()()

 

「無尽蔵に出す?はっ!笑わせないでよ夢美。そんなことをする必要すら、もう私にはないのよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

私は手元に十数体の人形を残して、残りの人形達をすべて工房に戻した。もう。一万体もの人形など、この場には必要ない。この場にいる十数人を守れる人形があれば、それで十分だ。

 

 

「な…っ!?これ……は………!」

 

 

夢美が、ここでやっと本気の動揺を見せた。私が村全体を埋め尽くしていた人形達を退かしたことによって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

十字架がフーシャ村に降り注ぐ。しかし、十字架は降り注いだ端から深い闇の中に吸い込まれていく。フーシャ村には一切ダメージが届かない。

 

そう。私が行った人形達の対空砲撃は、全てこの状態を作り出すための時間稼ぎとカモフラージュに過ぎなかった。そしてもちろん、この状況を作り上げたのは―――

 

 

「はぁ…はぁ……。やったぞ……アリス。これでもう、夢美の攻撃はフーシャ村には届かないのかー…!」

 

「ルーミア。あなたは最高よ!」

 

 

教授の繰り出す十字架の雨を全て防ぐだけなら私もできる。だが、何度でもできるかと言われればそれは無理だ。私の貯蓄魔力には限界があるし、彼女がどれだけの破壊工作を繰り出すのかわからない以上、不確定要素を排除するためには彼女のあらゆる攻撃を何回でも防げる別の手段が必要になる。

 

ルーミアの闇ならば、紅い十字架を吸収できることは既に判っている。ならばやることは一つ。フーシャ村の全体に、ルーミアの闇を結界代わりに張ってしまえばいいのだ。そうすればフーシャ村に被害が出ることはないし、あとは自分達の防御さえしていればそれでよくなる。

 

非常に単純で安易な方法だがそれだけに効果は折り紙つきだ。ただし、それが安易に実行できるかと言えば、そうじゃない。

 

今までルーミアは、自分の獲得した新しい『闇を操る程度の能力』を操作するために私と修行を重ねてきたが、それでも闇を完全に掌握したというわけではない。能力のブラックボックスはまだまだあるし、それにこんなに大規模に闇を展開した経験だってない。当然展開する闇の範囲が大規模であればあるほど闇の操作に必要な処理能力も上がってくる。今回の場合は、吸い込むものとそうでないものを区別しながら展開しなければならないのだから余計に負荷は大きいはずだ。

 

成功するとは思っていた。ルーミアならばやればできると信じていた。

 

でも、私が時間稼ぎをしている間に出来るかどうかは、完全に賭けだった。

 

それでも彼女はやり遂げた。

 

ルーミアは、私の期待に完璧な形で応えて見せた。

 

これを最高と言わずして、なんと言えばいい?

 

「これで、周りの心配をする必要は無くなった…。シャンクス!」

 

 

「おう!まかせろ!―――行くぞ野郎共ォ!!!」

 

 

「「「おおおおおおおおおお!!!!!!」」」

 

 

二回も降り注いだ紅い雨。その脅威を乗り越えた海の覇者共が、雄叫びを上げて動き出す。

 

今度は、此方が攻撃をする番だった。

 

私は一瞬思う。上空に浮かぶ相手に対する攻撃手段を赤髪海賊団は持っているのか?と。しかし、そんな私の疑問はすぐに解消されることになる。

 

銃撃、砲撃、投擲、斬撃、その他数々の遠距離攻撃に加え、中には空中を跳びはねて上空の夢美達に直接打撃攻撃を加える化け物までいる始末だ。私の疑問は、どうやらただの杞憂だったらしい。

 

…私なしでも教授に勝てそうだなあいつら…。

 

まあいいわ。私は真っ黒になった酒場の屋根に降りて、闇を展開するルーミアの元へと駆け寄る。

 

「どう?ルーミア。新技の具合は」

 

「うーん…。安定して出せてる…と思うけど、このままだと私はこの技を出すのにかかりきりになってしまいそうなのかー…」

 

「処理能力がギリギリ…と言ったとこかしらね…。独立した結界として切り離すことは?」

 

「むー…。むずかしいのかー」

 

 

ふむ。状態は安定してるけど、設定を保つのに技を掛け続ける必要があるといったところか。私やルフィ、シャンクス達を吸い込まないように、吸収の対象を限定する必要があるから手が放せない。しかしそれだといざという時ルーミアには自身の身を守る手段が無いということになる。

 

それは困るし、出来ればルーミアには攻撃にも参加してほしいのだが、逆に言えば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

私は少し考える。どうすれば、ルーミアを今の状態から戦線復帰させられるか。

 

上空で、何だか物凄い爆発音がした。ちらりとそちらに目を向けると、シャンクスが膨大な量の爆炎を剣で上空に巻き上げている。

 

…ちょっと見てしまったことを後悔した。さっき自分も似たようなことをしていたとは言え、スケールの大きすぎる戦いは端から見てると引いてしまう。

 

うわぁ…ってなる。

 

ともかく、私はドン引きついでに一つの答えを導き出した。

 

 

「よし、ならば、今の演算状態を固定しましょう」

 

 

「そんなことできるのかー?」

 

 

もちろんできる。なんたって私は人形遣い。物体操作魔法の達人だ。戦闘ともなれば普段はマニュアルで人形を動かしているが、必要ならば、設定をプログラミングすることである程度自律的に人形を動かすこともできる。

 

私の家の家事なんかは、そんな風にプログラミングした人形たちがその殆どを行っているのだ。

 

ルーミアの闇はルーミアの異能だから、どういう風に闇を出すのかには干渉ができない。しかし、闇を出したあとならば、その闇に干渉するくらいのことは私にもできる。

 

 

「演算魔法『マジックカリキュレーション』」

 

 

私は、ルーミアの出した闇に上から魔法を掛ける。繰り出す技の演算をサポートする補助魔法だ。これで、闇の性質や設定を固定化する。

 

カシャカシャカシャ!と、タイプライターを打つような音とともに、魔法の波が少しずつフーシャ村全体を覆う闇に浸透していく。

 

しばらくして、私は魔法の定着を確認する。

 

「さ、これでよし。ルーミア。手を放してみて」

 

「お?おー!闇がそのままだ!」

 

「ん。これでルーミアも動けるようになったわね。この戦いが終わったら、ルーミアは能力を独立して動かす訓練をするとしましょう」

 

「わかったのかー!でも、じゃあそのためには…」

 

「ええ。そのためには―――」

 

 

あの二人を、完膚なきまでに叩きのめす。まずはそれからだ。私とルーミアは上空の戦いを睨み付ける。

 

と。

 

 

「アリス!ルーミア!おれも!おれにも戦わせてくれ!」

 

おれもアリスを守るんだ!

 

酒場の下から、ルフィが私達に自分の存在を主張していた。

 

私はルフィと顔を見合わせる。

 

 

「ルフィ。気持ちはうれしいけど、あなたはあの戦いに、自分が参加できると思う?」

 

「う…それは…」

 

 

私はルフィの修行を見始めてから、毎回のように口を酸っぱくしてルフィに言っていることがある。

 

 

自分の力量は正確に把握しろ。

 

 

全てはそこから始まる。格下と戦うにしろ格上に挑むにしろ、戦いとは相手によって常に流動する。その流れに対応するためには、私達は常に自分がどこまで戦えるのかを正確に把握しなければならない。じゃないと、手加減することも、限界を越えて戦うことも上手くいかなくなる。

 

格上に挑むなとは言わない。相手が格上ならば、それに応じた戦い方というのも存在するからだ。戦わないことに最強を見出だせとか、悟りを開いたようなことは教えてないし、そんな境地には私自身そもそも至っていない。

 

だが、手を出せるかどうかとなれば話は別だ。格上に挑むことは、死にに行くことと同義ではない。手も足も出ずに死ぬくらいだったら、逃げるのも立派な一つの戦法である。

 

私は工夫すれば、あの小生意気な教授に一発食らわせることくらいはできると確信しているし、ルーミアにも彼女達に対抗できるだけの力は備わっている。

 

だけど、ルフィには今のところ、彼女達に有効打を当てるだけの実力はまだ無い。酒場では様々な偶然が重なってある程度活躍できたが、しかしあんな偶然は恐らくもう起こらない。

 

そもそも、ルフィにはあんな風に空を飛んでいる敵に攻撃を届かせることすらできないのだから、おそらく足手まといにすらなれないだろう。

 

ルフィは基本的にはやんちゃだが、本質的には賢い子だ。勘も鋭い。頭の中では、きっと己の力量と相手の強大さを判っている。

 

だけど納得はしない。自分にも何かできるはず。役に立ちたいという気持ちが先行して、合理的な判断を阻害する。

 

懐かしい。と、思う。私が幼い子供だったとき、似たような感情を抱いた経験はあった。

 

それでもいつか、子供は現実の厳しさを否が応でも知ることになる。立ち向かってもどうにもなら無いときがある。そんなとき、やりたいことではなく、やった方がいいことを選ばなくてはならないときが必ずくる。

 

そうやって、人は賢さを学ぶ。

 

だけど同時にこうも思う。チャンスとは平等に訪れて然るべきだと。

 

ルフィがこの戦いに参加するのは無茶だ。無理に参加したところで役に立つどころか、無意味に危険に飛び込んだ結果として、無茶の度合いに見合った相応のリスクを背負うことになる。合理的に考えれば、安全のためにルフィは後方で避難しているべき存在である。

 

だけどもし、その無茶が無茶でなくなれば?

 

ルフィがこの場にしっかりと自分の足で立つことができるようになるならば、私達にルフィを止める理由はなくなるのだ。

 

子供は成長する生き物だ。可能性の塊と言ってもいい。そして、その可能性を伸ばすことができる存在こそが、私達年長者である。

 

この状況は、そういう視点に立てばなるほど。()()()()()()

 

ならば私が今ここですべきことは、ルフィにチャンスを与えることでしょう。相応のリスクからルフィ一人を守るくらいなら、私が少し無理をすればそれでいい話である。ルフィの成長の対価としてなら、それは安い買い物だ。

 

「はっきり言いましょう。ルフィがこの戦いに参加することはできないわ。今のあなたでは、確実に足手まとい以下にしかならない」

 

「うぅ…!でもっ!!」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「!!」

 

ここ二週間、私はルフィとルーミアの修行に私なりのやり方で指導をしてきた。その中でも特にルフィには、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

ゴム人間という特性を、ルフィに糸を繋いで操り人形にすることで直接教え込んだ。

 

お陰でルフィはゴムの身体に慣れて、ゴム人間になる以前の調子を大分取り戻している。ゴムが変な方向に延びたりすることはもう無くなった。

 

けれど、ルフィはまだゴム人間という自身の能力を全く活かしきれていない。今のルフィにできているのは、ゴムに振り回されない動き方だけだ。

 

だけどもう既に私は教えている。ゴムという性質を活かせば、今以上に格段に強くなれることを。

 

私は教えている。ゴムの性質さえ掴むことができれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

ヒントは与えた。後は、ルフィがこのチャンスを掴めるかどうかの問題だ。

 

「ルーミア。行くわよ。私達もシャンクス達に加勢しましょう」

 

「わかったのかー。…じゃあルフィ、あとでな!」

 

「!!………ああ!アリス!ルーミア!すぐに追い付く!」

 

うん。いい返事だ。やっぱり私の家族ってば最高ね。

 

危機的状況における爆発力というのは存外侮れない。もし、ルフィに本当に才能と言うやつがあるならば、この戦いでルフィは一皮二皮くらいは剥いてくるはずだ。

 

できればルフィの成長を促してくれるような明確な練習相手がいれば一番いいのだが、世の中そう上手くは行かない。ひとまずは、置いていかれているという焦りの感情を原動力に自主練をしてもらうことになる。

 

 

 

「…と、言うわけでも…なさそうかしら…ね」

 

 

 

上を見上げて、私は呟いた。あまり認めたくない現実が頭上に広がっている。

 

どうやら赤髪海賊団は、しばらく見ない間にかなり夢美達を追い詰めることに成功していたようだ。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

状況は、いよいよ混沌としたものになって行きそうだった。

 

 

 

 

 

~~~シャンクスSide~~~

 

 

「―――シャンクス!」

 

「おう!まかせろ!―――行くぞ野郎共ォ!!!」

 

おれの掛け声を合図に、船員(クルー)達は雄叫びを上げる。

 

アリスはそれを見届けると、フーシャ村を真っ黒に染め上げたルーミアの元へと駆けて行った。

 

足元に広がるこの暗闇は、どうやら破壊的な攻撃の類いを全て吸収する効果があるらしい。アリス達には毎度驚かされてばかりだが、もう今日だけでも驚かされ過ぎて、だんだん感覚が麻痺してきているのを実感する。多分今日最も驚くべき現象の一つが目の前に広がっているのに、最早大して動揺もできやしない。

 

ちらり、と左肩を見る。何度見ようと、左腕が無くなっているという事実は変わらない。アリスを守るために失った腕だ。失ったことに後悔はない。だけど、これからその腕を奪ってくれた強敵と戦わなければならないとなれば、今のこの状態をしっかりと確認しておかなければならない。

 

アリスは一見さばさばしているようで意外と情が深い。ちょっと見聞色で覗いただけで、「何がなんでもあのくそ教授に止めを刺してやる」というオーラをひしひしと感じる。それはおれの仲間達も同じなのだが、不思議なことに、一番の被害者であるはずのおれ自身の怒りはもう既にほとんど収まってしまっていた。周りが激怒していると、当事者というのは存外冷静になってしまうらしい。

 

まぁそうは言っても、アリスを理不尽に拐われそうになったことに対する怒りは当然あるわけで、アリスに呼び掛けられた時にも「別におれが倒してしまっても構わんのだろう?」くらいは言っても良かったと思っていた。だけど、アリスの心の声が「私は一旦ルーミアの様子を見に行くからシャンクスは足止めしといて!絶対足止めだからね!?守られた私が仇を討つんだから私がぶっとばす前に終わらせたらお前をぶっとばす!」と、あまりにも本末転倒な本音(こと)を叫んでいたからさっさと終わらせてしまおうという気にもなかなかなれない。

 

もちろん、アリスはおれがアリスの心(というか、感情?)を読んでることなんか知らないわけで、実際にアリスがおれに「足止めに徹しろ」と命じたわけでも何でもないわけだから、おれは自分の仇を自分でとっても何ら問題は無いはずだ。だけど、まあここまで想われてるんだったら、アリスに決着を任せてみるのも面白そうだなーなんて思ってしまうおれは、果たして甘い男なのだろうか?

 

そんなことを思いながら、おれは腰の鞘から愛剣のグリフォンを抜き、上段から振り下ろす。

 

「ぐっ…!痛っ!これだからこの世界の『覇気使い』ってやつは厄介ね…。いとも簡単に私の防御を叩き斬ってくれちゃって…!」

 

おれの繰り出した斬撃は、ユメミの盾をかち割るが、傷を負わせるには至らなかった。ただし、盾が割れた衝撃で腕がしびれたらしくプラプラと腕を振りながらユメミは空中を後退する。

 

その間にも銃弾や投げナイフなど、クルー達の攻撃が次々とユメミに襲いかかるが、それらの攻撃をユメミは自在に飛び回って避け、盾で防ぐ。

 

「今度は私の番よ!これでもくらいなさい!」

 

ユメミは再び不思議な模様(魔法陣?)を浮かび上がらせると、三本の紅い十字架をこちらに飛ばす。おれは空気を蹴りあげて踏み込み、斬撃を飛ばすことで十字架を細切れにした。

 

「あー!もう!光子の塊を剣で斬るとか!これだからこの世界の科学は嫌いなのよ!神秘や謎なんか微塵もないくせに現象だけは私の世界では不可能に近いことを引き起こすんだから!」

 

なんだかよくわからない視点から怒っているらしいユメミは、懐から試験管を取り出す。

 

「じゃあもうこれでも食らってなさい!」

 

そしてユメミは、そのまま試験管を投げつけた。くるくる回りながらこちらに飛んでくる試験管をどうしたものか、一瞬迷う。一見空っぽに見えるが、試験管には蓋がしてあるのだから中に何か入っているのは確実だろう。となると、無闇に叩き斬ってしまうのも躊躇われる。

 

おれはユメミの行動を見聞色で読もうと意識を向ける。が、何故かユメミの周囲に靄のようなものがかかって見聞色が上手く機能しない。仕方がないので普通に手でキャッチしようとして、そういや今のおれは片手が塞がったらものをキャッチできなくなる身体になっていたことを思い出した。

 

「あ、やべ」

 

さっきさんざん注意して戦おうと意識してたってのにもうこの様か。こりゃあ慣れるのに時間がかかりそうだ。

 

そんなことを思っているうちに、くるくると回る試験管の蓋がとれた。ちょっと投げたら遠心力で蓋が外れるほど、この試験管の蓋が緩かったのか?そう思った次の瞬間、

 

 

試験管は、おれの目の前で大爆発を引き起こした。

 

 

ドガアアアアアアアン! と、大きな爆炎がおれを包もうと迫る。だからおれは、

 

 

「わっはっは!何一つ混じりっけのないエネルギーの本流よ!これで少しはダメージの一つも入るってもんでしょう!」

 

 

「あっつ!熱い!ふいー…。危なねえ危ねえ」

 

 

だからおれは、()()()()()()()()()()()。下段から上段に、剣を振り上げて爆炎を飛ばす。

 

 

「どーゆー原理でそーなった!? いや!魔法と違って原理は判るけどもしかし科学者としてその事実を認めたくはない!!」

 

「原理とかそういう難しいことはよくわからんが、ワノ国じゃあ、こういう爆炎を斬ったりする剣の流派を"狐火流"と呼ぶらしいぞ」

 

「流派なんてのはどうでもいいのよ!まったく。本当に、この世界の実力者は脳筋物理一転突破な超人どもの集まりなんだから…」

 

「人のことを言えた義理じゃあ無いと思うがなァ…。ユメミ。おまえの科学力とやらも相当だぞ」

 

「私はいいのよ天才だから。脳筋じゃないし。私が文句をつけたいのは、この世界の、大した科学力も有しないのに生身で化学兵器に匹敵する力を発揮する超人についてなんだから」

 

理不尽にキレるユメミに呆れていると、少しはなれたところでクルー達の攻撃を捌いていたチユリが声を上げる。

 

 

「ちょっ!?夢美様!?その試験管って、確か【窒素】が入ってたやつだろ!?止めろよそーゆー制御不能の危険物を扱うのは!」

 

「なによ。ちゃんと分量配分は計算してるから全然制御不能じゃないわよ。それに防がれてるし…。いや、もっと威力を上げればその限りでもないかしら?」

 

「やーめーろーよー!こっちが巻き添え食らうやつなんだぜそれはー!」

 

 

相変わらず専門用語が飛び交っていてユメミ達の会話は殆ど理解ができない。判ることと言えば、さっきの試験管に入っていた爆発物は存外危険なものだということくらいか。一応警戒して爆発と同時に身体全体に軽く武装色を纏っているが、もう少し続けといた方がいいかもしれない。

 

「待て、お前ら。窒素とか言ったか?」

 

と、そこで、建物の屋根から二人を狙撃していたベックマンが、質問を投げ掛ける。

 

「窒素って言うと、空気中に七割は含まれているっていう、あれのことか?」

 

「ん?ええ。そうよ?厳密には違うけど、構造上は窒素で間違いないわね」

 

ベックマンは訝しげな顔を浮かべる。

 

「…なんで窒素が爆発するんだ。試験管の中で圧縮でもされていたのか?」

 

「それも、ノーよ。むしろあの試験管の中身は擬似的な真空状態に近いわね。【窒素】自体は、試験管の中央くらいに数ミリグラムしか入ってないでしょう」

 

要領を得ないユメミの回答に、ベックマンは困惑する。またぞろあいつは、何だか難しいことを考えているらしい。

 

「なら、ただの窒素が何故そんな大爆発を引き起こす」

 

「ただの窒素じゃないからだぜ」

 

ベックマンの疑問に、チユリが答えた。

 

「空気中にある窒素と試験菅の中に入っている【窒素】じゃあ、同じ窒素でも、それを構成してる電子と陽子の電荷が逆なんだぜ」

 

反物質なんだよ。それ。

 

チユリはいかにも恐ろしいもののようにそれを語るが、反物質とやらがなんなのかよくわからないおれではそれを聞いてもいまいちピンとこない。ベックマンなら判るのだろうかとそちらを見ても、どうやらあいつもいまいちよく判っていないようだった。

 

「あーもー!教えがいのない奴らだなー!とにかく!その爆発は危険なんだ!悪いことは言わないからおまえら全員武装色とやらで身を固めておくんだぜ!じゃないと対消滅で発生した放射線で身体を蝕まれるぞ!」

 

チユリの焦ったような表情を受けて、うちの船員達は警戒して各々武装色を張る。張れない船員達もそれなりにいるのだが、逃がした方がいいのだろうか…。

 

「全く失礼な。私の『対消滅くん(試験版)』はエネルギー効率に特に重点をおいた試作品なのよ?質量を殆ど全部純粋なエネルギーに変換できるように苦心した逸品なんだから、言うほどγ(ガンマ)線なんか出ないわよ。うん。殆どでない筈」

 

「殆どとか筈とか!そーゆーのが事故に繋がるんだって何度も言ってるだろ夢美様!?流石に私もむやみやたらと人殺しをするほど非人間にはなれないんだぜ!自分の身体も大事だし!」

 

「それはあれかしら?どうせ賊だからって理由で邪魔な山賊とか海賊とかを殺しちゃう私は人間じゃねえ!っていう、皮肉かしら?」

 

「まあ、夢美様は夢美様だから、仕方ないんだぜ」

 

「まずあんたから始末してやろうか!」

 

仲間割れ…と言うほどでもないが、諍いを起こすユメミとチユリ。アリスが合流するまでの時間稼ぎをしたい身としては都合がいいが、話している内容がどうにも物騒なのが気になるところだ。

 

…やっぱり、余計なことされる前に倒しておくべきか?

 

とはいえ、こちら側は常に一定量二人に攻撃を加え続けている。放っておいても数の戦力差で押しきれなくもなさそうだが…。

 

ユメミやチユリの動きをしばらく観察して、判ったことがある。あの二人は、()()()()()()()

 

単純に強くないと言うのはもちろん語弊があるし、おれたちにとってもあの二人が強敵であることには間違いないのだが、こと身体能力に限って言えば、あの二人の実力は一般人に毛が生えた程度だと思われる。

 

空中を飛び回ったり、物凄い速さで移動したりと常人離れした動きもあるが、恐らくそれはご自慢の科学力とやらで後付けされた性能だ。

 

勿論後付けされた性能を使いこなす技量や、おれの覇王色にまがりなりにも対抗して見せた精神力など個人として秀でている部分も多いが、科学力という外殻を剥ぎ取った一人の人間としての彼女達はそこまで強いとは言えない。

 

そして、彼女達の繰り出す様々な攻撃。紅い十字架、魔法陣の防御、透明なバリア、レーザービーム。それと、斥力と重力とメイドロボットだったか。更に今繰り出された何やら追加効果のあるらしい爆発物…。実に多彩で厄介な技の数々だが、一つ一つに注目すると、攻略不可能なまでに圧倒的な技は一つもない。

 

付け入る隙はあるし、頑張ればこちらの攻撃も届く。

 

複数人の能力者と戦ってるようなものだ。それも超人系(パラミシア)。正直おれの経験から言うと、覇気もろくに扱えなかった頃に自然系(ロギア)と戦わされた見習い時代と比べて絶望感は薄い。

 

相手が年端も行かない少女というのもあるし、自惚れるわけではないが、此方側が少々戦力過剰ぎみというのもあって、おれは少し気を抜いていた。

 

 

「あーもー!うっとおしい!流石にこれだけの人数を捌くのは無理があるわね!やっぱり見聞色ってチートだわ。こんな即席の乱闘でもチームワークが完璧にできちゃうんだもの!」

 

 

いい分析だと感心する。そう。一般的に見聞色の覇気と言えば、敵の気配を探ったり敵の行動を読んだりという用途にばかり使われがちだが、なにも敵の気配を読むばかりが見聞色じゃない。味方との連携。見聞色の覇気が最も役に立つのはまさにそこだ。咄嗟の事態や瞬時の機転。そういったことを味方が汲み取って動いてくれたり、また、汲み取ることができるというのは集団戦闘においてこの上ないアドバンテージになる。

 

ユメミはかなり覇気に詳しいようだ。とはいえ、彼女が覇気を使ってくる気配はないから、知っていることと使えることは、必ずしも一致しないらしい。

 

「ただの人間がこんなこと出来るって言う方がおかしいのよ。もちろん機械を使えば再現はできるし、最低限の対処くらいはできるけど…。やはり二人だけで赤髪海賊団全員に挑むのは早計だったわね…」

 

ぶつぶつと、ユメミが呟く。最低限の対処か。もしかすると、ユメミの行動が見聞色で読めないのは、そこら辺が関わってくるのかもしれない。というか、人に教えるのが好きだとか言っていたからひょっとすると、素直に聞けば教えてくれるかもだ。

 

時間稼ぎついでに、おれはユメミに聞いてみることにした。

 

「最低限の対処ってのは、あれか?おれがユメミに対して見聞色を上手く使えないのと関係してるのか?」

 

「ん?あらあら。シャンクスってば、私の心を読もうとしてたの?乙女の内面を盗み見るとか、変態ね」

 

「はっはっは!おまえさんの内面が乙女なんて可愛らしいものなんだったら、覗きがいもあるんだけどな!」

 

ユメミはおれの質問に軽口を返した。はぐらかしているのか?と一瞬思ったが、どうやらそうではなくただ会話の糸口を軽口にしただけだったようだ。

 

「まあ、そうね。この世界の『覇気』については、殆ど解析ができているから、対策も建てられるのよ」

 

「ほう?というと?」

 

覇気の解析ときたもんだ。俺たちが普段から使っているものではあるが、どんな役割がその能力にあるかはともかく、どんな仕組みでその能力が成り立っているのかには、多少興味がある。

 

「『覇気』。まあ、覇王色は少し例外だけど、見聞色や武装色の覇気ってのは基本的に、人間の五感の一つである『触覚』の延長線上にある能力よ」

 

ユメミは大学教授の性か、覇気の講釈を語る。

 

「見聞色の覇気は、簡単に言えば『生き物が発する微弱な電磁波を感じ取る力』よ。触覚を鋭敏化させることで、微弱な電磁波を認識する能力。

 

「思考する生き物は基本的に電気信号によって考えたり身体を動かしたりするの。だから、その電気信号から漏れた微弱な電磁波を解析できるように力を伸ばせば、他人の行動や思考をある程度読み取ることができるようになる。

 

「異常なほど強大な肉体を持つような奴らや異常な身体能力を発揮するような奴らは必然的に神経も異常発達しているから、そこを通る電気信号も強者特有のものになる。だから、見聞色を使えば相手の実力なんかも読みとることができるようになるの。

 

「そして何より周囲から電磁波を取り込んで、様々な要素を情報として取り込めるようになれば、より精度の高い未来予測を可能にする化け物も現れることになるわ。まさに、擬似的なラプラスの悪魔とでも言ったところでしょうね」

 

電気を操るとか、電気そのものになれるような能力を持つやつがいれば、更にとんでもない感度でこの見聞色の覇気を使えるかもしれないわね。と、ユメミは笑う。

 

 

 

「だから、こんな風に電磁波をジャミングすることで、見聞色は対策することができる」

 

 

 

そう言ってユメミが取り出したのは、一匹の電伝虫だった。

 

「それは…!盗聴防止用の白電伝虫か!」

 

ベックマンが衝撃の声を上げる。え。嘘だろ?あんなので見聞色って破れるものなの?

 

「そのまんまじゃあ、無理だけどね。普通の白電伝虫の妨害電波は電伝虫の通信波形に合わせてあるから、それを私の脳波の波形に合った波長にアジャストする必要があるの。ま、普通のジャマー装置でも十分なんだけど、この世界の科学を攻略するならこの世界の科学を使うのが一番楽なのよね」

 

いや、さらっと言っているが、それってもしかして、俗に世紀の発見とか呼ばれる類いの事実じゃないか?なんだか大分やばい情報を聞いてしまった気がする。

 

ユメミは、更に続けた。

 

「一方、武装色の覇気は簡単に言うと、『粒や波の集合体を塊として触れるようにする力』になるわ。触覚を鋭敏化させるという点では見聞色と同じだけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「実体を持たない粒や波は、固体と比べて物に衝突したときの反発力、つまり斥力が少ないから空振ったように感じることになるのよ。なら簡単な話で、触れた先の物体と自分の間の反発係数を上げてやれば、粒や波の集合体を塊のように触ることができることになる。

 

「ではそのためにはどうすればいいのか。私達の日常生活において、<触れる>という行為は全て電磁気力によって起こっているわ。電磁気力による斥力がなければ、触れた先からどんどん物体同士が一体化していってしまうことになる。

 

「そして電磁気力というのは、光子の交換によって作用される物理現象のことを言うのよ。要するに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「つまり、武装色の覇気とは、周囲の光子を利用することで対象との間の反発エネルギーを増大する能力なのよ。故に、自然系(ロギア)の能力者に擬似的に触れる事が可能になるし、そうでなくとも、単純に攻撃力が増大する。攻撃時に発生する斥力が大きくなるんだから当然よね。

 

「そして、そもそもの仕組みとして、武装色の覇気は周囲の光子を吸収することで光子の交換量を増やしている。つまり、武装色を使用した部分は光の反射量が極端に少なくなるの。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

専門用語が多すぎて、正直おれはユメミの講義の一割でも理解できてるとは言いがたい。

 

だが、ユメミの講義には、まるでおれたちが信を置いてきた力が次々と解体されていくようなそら恐ろしさを感じた。

 

ユメミは続けた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「っ………!!」

 

くいくい、と、ユメミが挑発するように手招きをする。

 

()()()()()()()()()()。ということらしい。

 

おれは、グリフォンに覇気を込めた。グリフォンが、黒く染まる。

 

そして、そのまま、おれはユメミに斬りかかった。今までの様子見のような立ち合いとは違う。本気で、ユメミをそのまま斬り殺すつもりで、グリフォンを振り下ろす。

 

ユメミは、それに対して先程と変わらず盾を出現させることで対応した。

 

…いや、違う。この盾は、()()()()()()()()()!さっきまでの盾が赤く輝く物だったのに対して、この盾は―――()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

カキン…、と、軽い音がして、グリフォンの軌道は、漆黒の盾に阻まれた。

 

 

なん…だ。この手応えは…。まるで、斬撃のエネルギーが、()()()()()()()()()()()()…。

 

 

「私の<科学魔法>はね、基本的には光子と光波から形作られているの。私の魔法陣による防御も光子の斥力を応用した物だから、武装色の覇気と原理的には同じような物なんだけれど、どうもあなたのそれ相手だと出力負けするみたいなのよね。でも、()()()()()()()()()()()()

 

「これは…まさか…ルーミアの…?」

 

「ピンポーン。60点。厳密には、ルーミアちゃんの闇は重力で、私の魔法陣は電磁気力っていう違いはあるけれど、どちらも引力を用いてることには違いがないからね。電磁気力は重力と違って、引力と斥力両方の性質を併せ持つし、しかも、電磁気力の力の比率はなんと重力の1038倍!エネルギー効率が段違いだったりするのよねぇ」

 

引力は斥力で相殺できると、そう言ってユメミはルーミアの引力に対抗した。

 

今回はその真逆だ。()()()()()()()()()()()

これが、武装色の覇気の攻略法か―――!!

 

「そう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

嫌な予感がして、おれはグリフォンを退いて後退しようとした。しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()!そうだった。この盾は引力の盾。一度掴んだものを、放そうとはしないのか――!

 

たった一瞬の遅れだった。おれがグリフォンの柄から手を離すのと、ユメミの空いている方の掌がおれの顔面に突き出されるのが同時だった。そして、掌には魔法陣が―――!!

 

 

バンッッッ!!! という音とともに、おれの視界が激しく振れる。おれはグリフォンから手を離した状態で、後方へと吹き飛ばされた。

 

これは、…この感覚は―――!!

 

「っ―――!!そうか…!斥力の放出…。なるほど…!()()()、〈()()()……!!」

 

「そう。光子を一ヶ所に極限まで集め一息に放つ。そうすることで、対象の外殻に関係なく斥力のエネルギーを十全に浸透させる―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?科学を用いれば、誰でも扱えるようなありきたりな力だけれど、こんなんでもこの世界では最強クラスの技なんですってね?」

 

今まで、おれはどこか気を抜いていた。

 

相手が年端も行かない少女であるというのももちろんある。だけど、何よりも、科学という見慣れない力を使う相手の力というのが、おれにはいまいちピンと来ていなかったのだ。

 

いくら見聞色で計っても、ユメミ達自身の実力はそこまで強いとは思えなかったし、ジャミングのせいで正確な見聞色が邪魔されて、未来を読もうにも材料が足りなかった。

 

底知れない未知の不気味さはあっても、それはどこか遠いことのように感じて身近な脅威というものはいまいち感じ取ることが出来なかった。

 

 

こっちは既に腕をもぎ取られてるってのに、なんて様だ。

 

 

理解した。たった今、完全に理解した。身近な脅威をその身で受けて、遅ればせながら理解した。()()()()()()()()()()()

 

 

足止めとか仇を譲るとか、そんな悠長なことを言えるような敵じゃない。一刻も早く片付けるべき天敵だ。

 

 

数の戦力差で、すぐにでも押し切る!

 

 

だけど、それでもやっぱり、おれは気付くのが遅すぎた。

 

 

「お、やっと本気の目になってきたわねシャンクス。ふふ。これで更に、実験を楽しむことができそうね」

 

でも――このままだと私達、兵力の差ですぐに負けちゃうから――。

 

 

夢美は、そう言って、パチン!と、指をならす。

 

 

上空の、空間が歪む。空が渦を巻き始め、その中心から、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「うっわ。夢美様のやつ、可能性空間移動船なんか持ってきたってことは、アレをやる気かよ…。大人げねー」

 

 

ちゆりがドン引きしたような表情を浮かべるのと同時に、空飛ぶ戦艦から、大量の人影が降ってきた。

 

 

 

「…………………………………は?」

 

 

 

一瞬、何が起こったのか、その理解を、頭が放棄した。

 

だけど、何度も見返そうとその現実が変わることはない。間違いない。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

厳密言うと、50人のメイドロボット、50人の北白川ちゆり、そして、50人の岡崎夢美が、船からこちらに降りてきた―――!

 

「私は比較物理学者岡崎夢美。使う科学は<魔法科学>。使用する武器は正の光子と正の光波、その他科学の力多数。そして、天才科学者たるこの私にかかれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

夢見の台詞を受けて、おれの心に、一つの感情が浮かび上がる。

 

 

これは、久しく感じたことのなかった感情だった。懐かしい。ロジャー船長の船で修行をしていた、見習い時代を思い出す。

 

ああ、これだ。そうそうこんな感覚だったよ。初めておれが白髭のおっさんの前に立ったときも、この感情がまず先に立った。これこそが、久しくおれが感じたことの無かった―――()()()()()()()()()

 

 

ぶるりと、身体が震えた。

 

 

恐怖による震え?いや。それは違う。

 

 

絶望感とは、それを覆すためにある感情だ。恐怖に足が竦むなんてとんでもない。むしろ逆だ。

 

この敵に、おれはどこまで戦えるだろうかと、()()()()()()()()()()()()

 

自分もそろそろいい年こいたおっさんだ、そんなことは分かっている。分かっているのに、大人げなくも。

 

 

 

武者震いを止められない自分が、そこにはいた。

 

 

 

To be continued→




注意書。

この話はフィクションです。実際の科学、魔法、東方Project、ONE PIECEとは、ほとんど関係がありません。

私は文系です。ので、科学のことなんかこれっぽっちもわかりません。どうかこの話の科学知識を真に受けないでください。どこが間違ってるか分かったものではありません。覇気の科学的解釈とか、ネタ以外の何者でもないので、「なんだ、覇気って実際にできそうじゃん」とか言って真似しないでください。大変危険です(できねぇ)。




という、前提条件をご理解していただいた上で、少し補足を。



☆よくわかるエセ科学コーナー☆
~反物質編~


本文中で反物質の説明がいまいちなされていないようだったのでこの場で、「反物質ってなんやねん」という問いに少しだけ答えたいと思います。

反物質というのは、簡単に言うと主に原子を構成する陽子や電子の電荷がプラスマイナス反転している物質のことを差します。反中性子に関しては、電荷は中性子と同じ0なのですが、構成する粒子のいくつかの値がやはりプラスマイナス反転しているようです。

この反物質なのですが、この世界に物質と同じ数だけあるとされているのですが、この宇宙には殆ど存在が確認されておりません。というのも、この反物質、物質と接触すると接触した先から対消滅を起こしてしまうのです。本文中で言うなら反窒素である【窒素】は、空気中の窒素と触れた瞬間にお互いに質量を消失させてしまい跡形もなく消えてしまいます。同じ原子同士でなくても、陽子や電子が反応してやはり消えます。だから、一説として、この宇宙にはないけど何処かにあるはずの反物質達は、宇宙の外にあるのではないかと言われています。

問題は、質量物体が消失すると、その質量がエネルギーに化けてしまうところにあります。

エネルギー=重さ×光速度の2乗

というアインシュタイン博士が提唱した有名な式がありまして、重さがエネルギーになるとそのエネルギーの数値がかなり大変なことになってしまいます。

具体的には、五グラムの質量をエネルギーに変えると東京ドーム一個分の氷を蒸発させることができるそうです。ちょっと何言ってるかよくわかりませんね。とにかくすごいということがなんとなく解ります。

質量をエネルギーに変換しているものの代表例として、原子力発電所が挙げられます。核エネルギーと言われているあれは、質量の消失から発生するエネルギーのことなんです。とは言え、現在最も質量消滅エネルギーの効率が良いとされる核融合でも、使われる質量のうち1/1000しか質量をエネルギーに変えることはできません。

対して、反物質と正物質の対消滅は、100%質量をエネルギーに転換できます。計五グラム使ったら五グラム分の質量がエネルギーになります。

ただし、それでも発生したエネルギーの一部はγ線等になったりするので、エネルギーを完全に回収するとかは難しいみたいです。あとγ線は普通に浴びたら死ねます。大抵の人はγ線を浴びる前に死ぬので大した違いはないかもしれませんが…。

この作品では武装色の覇気でγ線が防げるみたいですが、電磁気力の反発力でγ線が防げるのかとか私は知りません。防げなかったらシャンクスが被爆するだけです。そんなわけないやろという突っ込みに関しましては、「なっとるやろがい!」と逆ギレすることしかできません。

というわけで、反物質の補足解説でした。





覇王色の覇気の解釈やってなかったけど、一応考えてはあるのでそのうちどこかでやると思います。


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