Vtuberの中の人!@ゲーム実況編 (茶鹿秀太)
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Vtuberの中の人!

「はいどうもー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハロー」 「こんにちは!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はーいはいはい」「おはクズ……!」 「おはよぉおおおおおおおおおお!!!」 「気をつけ!」「下等生物の皆さんご機嫌よう!」 「おっすおっす!」「よぉ!」「おつおつおー!」「ハロー旦那様」 「やっほーい」「元気~?」「きらっきー!」「こんるる~」「はぁい!」 「「はおー!」」「どもどもおめがってるー?」「みなさーん!」「こんにち ハッカ!」「やっほー!」「どうも、おはようさんです」「おはララー」 「みなさんこんにちは!」「おはぴよ!」「やぁ諸君!」「やっほー」「ハウ ディー!」「HANJO!HANJO!」「おはようございます」「るーるるる」 「カッカッ」「おばんです」「ぶぉおおおおおおおおおおおお」 「こんにちにんにん!」「ご機嫌よう!」 「やっほー!「こんちわわ~」「にゃっほにゃっほー!」」「ちゃおん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝7時。日曜日のニュースが流れている。

 

 

テレビをつけっぱなしにしていれば、きっと目にすることのある番組で、こんな特集が組まれていた。

 

「ここで、現在インターネットを中心に若者に人気のコンテンツ、Vtuberについて再度説明したいと思います」

 

ニュースキャスターもよく分からなそうな表情で、原稿を読み上げる。

 

テレビを見ている人は、今どんな気持ちなんだろうと想像しながら。

 

こんなもの、本当に流行ってるの? と。

 

実際その想像は正しかった。

 

一度はこのコンテンツが、もう終わったと思われていたのだから。

 

流行ってないと言っても過言ではなかった。

 

 

「Vtuberとは、外見が CG やイラストのキャラクターである動画配信者のことです。

主にYouTubeで活動しています。

 

科学的技術を用い、表情や人間の動きをデジタルデータ化し、CG やイラスト を動かすことで、アバターが演じているように見せることが出来るわけなんですけれども。

 

とりわけ Vtuber を操作する「中の人」のことを、「魂」と呼んでいます」

 

 

 

あぁ、つまりアニメキャラになりきってYouTuberしてるわけね。

そんな風にゲストは表現した。

 

 

 

「こちらの方々の活動は、YouTuberと同様に、「音楽」「ゲーム実況」「生放送」「企画」といった動画投稿を行うことが主流だそうです」

 

ニュースキャスターは苦笑いを浮かべている。全く理解できなかったからだ。

 

ゲストも同様だろう。いつ現場の空気が凍りだすか不安そうな新人ADは収録中にも関わらずお茶をがぶ飲みしている。

 

すると、空気を変えるようにガハハと大声で笑った男がいた。

 

「だって、結局それってYouTuberじゃん? しかも顔隠してやってるって、いかにもオタクっていうかアキバ(・・・)系で良い印象ないよぉ? 芸能界じゃやっていけないねそんなメンタルじゃ!」

 

重鎮のアナウンサーが理解のないままコンテンツをディスった。

 

ややウケたのが満足そうだった。

 

「そんな中で、それらすべてのジャンルに精通した Vtuber ユニットが登場しました。 それが、アイギス・レオです」

 

そう言った瞬間、VTRが流れ出す。

どうせ、大したことはないのだろうとタカを括っていた人たちが、VTRを見て凍りついた。

 

ただ血の気を引かせるような凍りつき方じゃない。

 

「本物」がそこにあって、呆気に取られただけだ。

 

 

 

 

 

 

VTRに出てきた会場は、おそらくこの場にいる人間は誰も知らない。

 

なにせ、そこは電脳の海にそびえ立つライブ会場。

 

インターネットの生放送で、インターネット上の会場で、3Dのアニメ少女5人組が、歌と踊りのパフォーマンスを行なっているなんて、誰も理解できなかった。

 

科学技術の最先端。

 

2次元の別視点からの刺客。

 

或いは、顔を隠した自己表現の延長線。

 

間違いなく、YouTuberと同じで、思い描くYouTuberとは全く違ったコンテンツがそこにあった。

 

アイギス・レオ。

 

そう呼ばれるグループの少女たちは、アニメのキャラだったけれど、その笑顔もパフォーマンスも、本物としか言いようがなかった。

それほどまでに、全力のパフォーマンスがそこにあった。

 

 

「みんなー! 盛り上がってるー!?」

 

流れてくるコメント、ファンの声は音になって届いていない。

 

でも、生きた声だった。全力で今を楽しむための、文字が大量に流れていた。

 

生きてる。

 

目の前でパフォーマンスをしている少女たちが、生きているように感じる。

 

リアルタイムの動きを反映しているのか。

 

あるいはすでに収録済みのダンスを垂れ流しているのか。

 

そんなことはどうでもよかった。

 

大事なのは……。リアルに負けない本気の熱量が、そこにあったことなのだから。

 

観客もアバターを身にまとい、パソコンの前でパフォーマンスを最前列で楽しんでいるはずだ。

 

VTRで見るより、熱と、愛が溢れた時間を間違いなく楽しんでいたはずだ。

 

それを証拠に、一人のアバターが、恋い焦がれるようにアイギス・レオを見つめていた。

 

そのアバターの目には、彼女たちの胸元に星空みたいにきらきらした闇が広がっているように見えた。

 

綺麗で、美しくて、楽しくて、もう感情が爆発して、「ヤバイ」とか「尊い」なんて声が周りで発せられる中、そのアバターだけは、反応が違った。

 

「いいなぁ。すごいなぁ」

 

目を一段と輝かせて、漏れた吐息と一緒に、誰に向けるでもなく、電脳の海に埋もれるくらい小さな声で、本気の熱意で。

 

「私も……ッ!」

 

 

 

 

Vtuberの中の人。

第一話「音楽編」



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音楽編
どんな私?


例えば。

 

「こんにちは! 私の名前は●●●です!」

 

元気よくあいさつすると、少しだけコメントが流れてくる。

 

動画の視聴者は、彼女の顔を見て、「あぁ、●●●ちゃんの動画だ!」って一発で分かる。

 

彼女は現実の顔を出していない。だが、二次元の少女が、今ここで喋っているように画面には映っているだろう。

 

「今日はですね、△△っていうゲームを実況しようと思います!」

 

「ちょっとホラー要素もあって、スリリングなんですよねー」

 

「きゃー!? これはやばいです!! 本気で怖いやつでした!!」

 

画面に映っている二次元の少女は、まるで現実の人間のように笑顔になったり、驚いたり、涙目になったり、ころころと表情を変えていく。

 

例えば。

 

「今日は、◇◇◇っていうボカロ曲を歌います! 」

 

歌声は現実で、歌っている少女は二次元。

 

それでも言うなればアニメキャラがボカロ曲を歌っているようなうれしさ。

 

身近に知っている曲を、憧れの人が歌っているような状況。

 

大好きに大好きを掛け合わせたような素敵な空間。

 

「そうです! ここなら、どんな自分にだってなれるんです!!」

 

そんな風に叫んでも、夢見がちとか、理想論だなんて言葉は耳に入らない気がした。

 

なにせここは、誰もが自由な優しい世界……。

 

 

 

 

 

 

 

「ふふ、そう、どんな自分にだって……」

 

少女が車の後部座席で、スマホを用いて YouTubeを見ていた。

 

今見ているのは、「ゲーム実況」の動画だ。ゲーム実況で、3Dアバターを動かしながら叫ぶ女の子が可愛くて仕方がなかった。

 

次に見ているのは「オリジナルmv」動画。可愛いイラストの少女が音に合わせて飛び跳ねる様子を見ていると楽しくなってくる。

 

「うふふ……」

 

なんとなく、気持ちも盛り上がり楽しくなってくる。

見ているだけで、幸せな気持ちになってくる。

これから襲いかかるであろう緊張感から少しでも意識を逸らしてくれる、最高のエンターテインメントがそこにあった。

 

「着いたぞ」

 

「えっ?!」

 

車が止まる。

運転していた男性が車から降りる。

少女は慌ただしくスマホを機内モードにした。八月の風は、都心から離れていても蒸し暑かった。

 

(や、やっちゃった。どうしよう、なんの準備もしてない!?)

 

少女の気持ちなぞまるで知らず、男が目的地を指差す。

 

「よし、この家が今回仕事を依頼するイラストレーターの仕事場だ。たまたま仲良くってさ。まぁ持つべきものは人間関係っていうかさ!」

 

少女は男の背に隠れてプルプルと涙目で震えるしかない。

なにせ、現実逃避ばかりして自己紹介なんてこと1つもイメージできていなかったからだ。

 

少女と男はイラストレーターの仕事場に入る。

 

男に送られていたラインのメッセージの誘導に従い部屋に入ると、色白で鼻も高く、スタイルのいい女性がいた。

日本人らしい顔つきはしていない。

 

「はぁ……久しぶりね、繭崎。その濃い眉毛も暑苦しそうな顔も相変わらず」

 

「うるさいぞ。手入れはしてる」

 

「ため息も出ない。……で? その子は?」

 

男、繭崎 徹(まゆざき とおる)の背中に隠れていた少女がびくりと肩を揺らす。

 

そぉーっと繭崎のスーツの端を握りしめ、しわくちゃにさせながらひょっこりと顔を出す。

 

「あ、の……。す、すいましぇ、すいません。あの、その……」

 

まるで目の前の女性が自分を取って食うとでも思っているような反応をする。しかし、無理もない反応であった。

 

訝しげな表情になってしまう女性の胸元に、少女だけが見える色があった。

 

その色があまりにも真っ赤で、女性が苛立っているように見えたので怯えていたのだった。

 

話が進まないので、無理やり自分の常識をかき集めて、あまりにもぎこちない笑顔で少女が自己紹介をした。

 

「私、み、南森 一凛(みなもり いちか)って言います……。その、えっと……よ、よろしくお願いします……」

 

「……この子……」

 

女性が目を光らせながら指差した。

 

「繭崎、貴方が教えてくれる人の中で一番普通ね!」

 

「うぐぅ」

 

女性が言い放った言葉通り、南森 一凛は普通の女子高校生である。

 

〈ちょっとだけシャイで、自己主張が苦手〉

 

それが今までの南森 一凛を表現する文言だったのだ。

 

「まぁいいわ。で? 私への仕事の依頼について詳しく聞こうじゃない」

 

女性が作業机に置いていたコーヒーを手に取る。

 

机の上にはペンタブや液晶、スキャナーや紙資料など様々置いてある。

 

繭崎はグイッと前に出て、南森を紹介した。

 

「この子をVtuberにしたいから、協力してくれ」

 

女性が笑顔で自分のコメカミを指差した。

眉間には笑顔なのにシワが強く濃く刻まれる。

 

「ブイチューバーってなに?」

 

「なに、知らないのか?まずいな。お前が知らないんじゃ俺もお手上げだ」

 

「は?」

 

繭崎の言葉によって、急激に部屋の温度が下がっていく。

 

「あ、あの!」

 

あまりにも耐えられる空気ではないので南森がおずおずと手を挙げる。

 

「Vtuberは、いわゆるYouTuberです。動画や生放送を投稿する人のことです。Vっていうのはバーチャル。二次元のアバターで活動する人を指す言葉なんです」

 

「へー。今そんなの流行ってんだ。道理で、最近素人からも仕事が多いわけだ。吹っ掛けたら依頼やめる人、多いのよね。相場を知らないというか」

 

「というわけで」

 

繭崎が笑顔で手をポンっと叩いた。

 

「彼女にアバターを作ってくれ」

 

「なるほどねぇ……」

 

女性が顎に手を当てて、人差し指で唇をなぞった。

 

「納得はしたけど、いくら払ってくれるの?」

 

「あー。相場わからないが、3万くらいですぐ作ってくれ」

 

「……ぁあん? ……ちなみに、活動方針は?」

 

「これから決める。思い立ったが吉日ってやつだ」

 

「…………こんっっのクソヤロぉがあああああああああああああああ!!!」

 

「ぐわああああああああああああああああああああ!!!!」

 

繭崎の体が天井に突き刺さる。

南森には、おそらく女性が繭崎を抱えて上にぶっ飛ばしたことだけが理解できた。

 

理解できたが、訳が分からなかった。

 

「は、はわわ……」

 

「はぁ、はぁ、ちっ、なめてかかりやがって……。私はそんな安い女じゃないわよ!! このアホ崎!!! あーまた余計な修繕費かかるじゃない……」

 

女性がゆらゆらとふらつきながら苛立ちを隠さずにたばこを取り出す。

 

しかし、怯えながら及び腰になっている南森の服装を見て、そっと胸元にしまう。

 

「んで、えーと、南森ちゃんだっけ? あなた高校生よね? うちの近所の高校の。下校してすぐ家に来たのかな? なんでVtuber? だっけ。になりたいの?」

 

声は、どこか諭すように優しい口調だった。

「あの、その……」

 

南森は女性の胸に目を寄せる。すると、ほっとした様子で、たどたどしく答えた。

 

「その……好きで、え、と、あこがれてて……。あんな風になりたいって、ずっと思ってて。その……」

 

泣きそうな声で、聞こえないくらいの音が口から出ていた。

 

「なりたかったから、です……」

 

肩をすくめ、女性は笑った。

 

「なるほどねぇ。……じゃ、依頼は受けられないわ」

 

「!? ど、どうして……」

 

「ふふ。そんな怯えなくてもいいじゃない。理由はね、ま、天井に刺さってる馬鹿が目覚めたら話しましょう。えーと、あぁ名乗ってなかったかしら。私はサーシャ。三浦サーシャ。フランスと日本のハーフで……。って、どうでもいいか」

 

サーシャは海みたいな色の瞳でじっと南森の目を見つめた。

 

「あなた、どんなVtuberになりたいの?」

 



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隠し事です

次の日。

学校は今日も南森にとって憂鬱だった。

 

「ねぇ昨日のテレビ見た!? 最近キテる俳優の・・・!」

 

「見た見た! ちょーイケメンだったし優しいし最高っしょ!!!」

 

「なぁ! youtube見たか? 昨日のあのグループマジ爆笑ものだったよな」

 

「すげーよなぁ毎日投稿して面白いし! あ、でも俺最近おっぱいでかいピアニスト見てて……w」

 

話題が通じない。

 

これほど苦しいものはない。

 

言いたくて言いたくて仕方ないことがある。

 

共有できるなら毎日したいくらいだろう。

 

南森はテレビも見るし、ネットも見ていた。

 

だけど、Vtuberの動画を見ているのは、おそらくこの学校で自分だけだと、南森は思い込んでいた。

 

(はぁ。……だめだ。今日もVtuberの話題で話してる人いないや。いたら、そこにこっそり入って話せるのにな)

 

一番話したいことが話せない彼女は、少しだけ取り残されたような感覚にあった。

 

それでも孤立していないのは、友達から「内気だけどいい子」として見られていたからだ。

 

(いいなぁ。私も自分の好きなことで自由に過ごしたいなぁ。でもあからさまにオタクっぽいことできないし……。意外と、アニメ見てる人でもVtuber見てない人多いもん。それに、今更オタクカミングアウトしても、浮いちゃうし。……変、なのかなぁ。私の趣味)

 

「みんなぁ、おはよー!」

 

(あっ・・・)

 

教室に一人の男子が入ってくる。

 

金髪で目立つから、分かりやすかった。

「おはよー大野! 大野見たかよ昨日のアレ!!」

 

「うん、ユーチューバーだろ? すごかったねあのダンス! 俺もあれくらいやってみたいな! って無理か! あっはっは!」

 

「おはよー流星くん! サッカー調子いいってホント?」

 

「おはよ! 最近マジ調子よくてさ。大会も一年生俺だけ出るかもって。マジうれしかったよ! 練習してよかった!」

 

少年の名前は大野 流星(おおの りゅうせい)。

 

高校一年生で、すでにサッカー部のエースと称される男だった。

 

しかも、何気なく友達と遊びでTIKTOKに投稿したら、それがバズり、定期的にダンスの動画も投稿している、日本中の人気者だ。

 

なんとなく、王子様っぽい感じで、キラキラしている。

 

(すごいなぁ大野くん。挨拶一つで教室の空気まで変わっちゃった)

 

彼が来るとみんなが笑顔になる。みんなが幸せな空気を出す。

 

それが大野 流星だった。

 

(華がある、っていうのかな。私じゃマネできないよ。・・・あっ)

 

「邪魔」

 

ぐいっと人込みを肩で押しのけて教室に入ってくる少女がいた。

 

彼女が教室に入ると、だれもが静まり返った。

 

「うわ、今日の魚里機嫌わりーのか、最悪やん」

 

「ほんと無愛想、サイテーだよ。人にぶつかっておいてさ」

 

少女の名前は、魚里 隅子(うおり くまこ)。

 

学生服にクマのフードがついたパーカーを着てる子だ。

 

メッシュを髪につけても先生に怒られないのは、腫物扱いされてるからだろう。印象は、ちょっとだけパンクというのがクラスの総意だ。

 

彼女はいら立つようにパソコンとヘッドホンを机に置いて、殺意を帯びたような目で何かをしているようだった。

 

彼女は噂によると、学校の軽音楽部と一緒に学校外でバンド活動をしているそうだ。

一部では既に彼女の名前も憶えられていて、将来は音楽で生計を立てるはずだと噂されていた。

 

(こう思っちゃいけないんだろうけど、彼女もうらやましいなぁ。自由で、嫌われても関係なしって感じで。孤高、なのかな? でも、ちょっとかっこいい。私もあんな風に生きれたら楽なのかなぁ)

 

「はぁ。なんかゆーうつだよ」

 

「どったのいっちゃん」

 

いっちゃん。それが南森のあだ名だった。

一凛の一から取って、いっちゃん。可愛げはもう少し欲しいなと思う南森であった。

いっちゃんと言った里穂は、南森が学校で一番仲の良い友達だった。

 

「ううん里穂。なんか漠然としてるんだけど何かが不安で、やりたいことはあるんだけどホントにできるかも自信ないっていうか・・・」

 

「? 何の話?」

 

「えへへ……。私もよくわかんないんだけど、いろんなものがうらやましいって感じです。私も大野くんくらい明るくて魚里さんくらい自由だったらなぁって」

 

「南森ちゃーん! 流星くん羨ましがってもあげないから!! あっはっは!!!」

 

急に、会話が聞こえたのだろうか、大野の取り巻きの女子が指さして笑う。

 

それにつられて、周りも「なんだようらやましいのか!」とか「かっこいいからって勘違いしちゃダメだよー」とか聞こえてくる。

 

いじめではないが、急にいじられる。

ちょっぴり流れについていけなくて、南森も苦笑いが出た。

 

「ははっ。無理無理。いっちゃん、そんなキャラじゃないもん! てかそんなこと言ってるから流星くんの取り巻きにいじられるんだよ! ただでさえあんた何にも言わないんだから!」

 

「そんなこと……ないと思う、よ?」

 

はぁ、とため息がでた。

 

「いっちゃん、一体どした。何かやりたいことでもできたの?」

 

「……そんなこと、ない、よ?」

 

南森は里穂の胸元を見る。

 

どこか愁いを帯びている青色と、疑わしそうな灰色がぐるぐる混ざってる。

 

(変に思われちゃったかな……。はぁ。でもしょうがないよね。Vtuberになりたいって言ったって誰も知らないし、変な目で見られる……。なったとしても、どうせ学校だとポジションも変わらないんだろうし)

 

南森が机に突っ伏す。

里穂が疑いの目を向けていると、二人の友達である加奈子が里穂の肩をたたいた。

 

「ねー、いっちゃんどったの?」

 

「うーん分からん。あ、もしや! 家族にアイドル事務所へ履歴書送られちゃって、アイドルになるかどうかの瀬戸際、とか!」

 

「うっそマジ!? 少女漫画じゃん!!!! 少女漫画じゃん!!!!」

 

「加奈子ぉ。あんたホント少女漫画好きだねぇ」

 

(うぅ、尾ひれが植え付けられていく……)

 

その後も、チャイムが鳴るまでぐだぐだと南森は悩んでいた。

 

隣の席を見る。

一席だけ、春からずっと空いている。

 

(隣にいるはずのあの子も、何か悩んでるのかな……。って、勝手に考えちゃだめだよね、そういうのって……はぁ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(私、南森一凛には二つの悩みがある。一つ目、Vtuberのこと)

 

(昨日、三浦サーシャというイラストレーターの家に行って、いろんな話を聞いた。そんなとき、サーシャさんは私に指をさしてこう言ったのだ)

 

「あなた、どんなVtuberになりたいの?」

 

「……えと、その、なりたくて……とりあえずやってみようかなって……」

 

「大事よ、そういう気持ち。でもね、私に依頼するってことは、私にも仕事の責任が来るの。あなたの仕事っぷりで、私の評価も変わっちゃうかも」

 

「は、はい……」

 

「要はオタクコンテンツの動画投稿をするってことでいいのよね? じゃあ、動画は創作物って考え方でいい?」

 

「た、多分? 創作物、うーん、そういう人もいますし、生放送の人もいるし……」

 

「根っこは変わらないと思うの。要は、活動方針が定まってるかだけ聞きたいの」

 

「な、ないです……やっていけば、自然とできるかもって、繭崎さんと話してて……」

 

「ダメ。それじゃあ、絶対他のコンテンツに負けるわよ!! やるからには、私が納得するものを出してほしい! だから、活動方針をしっかり決めましょう。そうすれば、自然とあなたに合ったキャラクターデザインも描き下ろせるから」

 

「は、はい。」

 

(活動方針、ってそんなに大事なの? 知らなかった)

 

(全く考えてなかった。ただ、なりたかっただけ。でもなんとなくイメージは出来るのだ。ゲーム実況とか、歌ってみたりとか、そうそう、生放送でしゃべったりとか)

 

「……それじゃダメなんですか?」

 

「ダメよ!!! あらゆるクリエイターは、創作の軸があるの。だから、貴方がこうなりたいとか、絶対ぶれない軸が必要よ。あなたには今軸がない。軸がない作品ほど駄作なものはないから!」

 

「……???」

 

(サーシャさんは、そう言ってくれたけど。急に言われたって、想像つかないよ・・・はぁ)

 

(そして、もう一つの悩み)

 

「はーい今日の授業は……」

めんどくさそうなどんよりとした紺色。

ちょっとだけ女子に視線を向けると、ピンク色も混ざる。

 

「今日マジで授業だるくね?」

「わかるー」

何も考えてないような、おだやかな緑。

少しだけ、くすんでる。

 

「大野君マジかっこいいよねぇ」

「わかる。絵になるよねホント」

情熱的な真っ赤な色。

喜んでいるような黄色。

 

南森の視界には、人の胸元に色が見えた。

 

(私、最近人の心が見えるんです)

 

 



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目標との出会いです

(私が人の心を見られるようになったのは、ほんの2か月前から)

 

(私はある日、交通事故にあったのだ)

 

南森が思い出せる記憶はそれほどない。

 

事故の前後の記憶だけが抜けているせいで、自分がなぜ事故にあったのかも覚えていないのだ。

 

(鮮明に覚えているのは、目覚めたとき、みんなの胸元に色とりどりの感情の色が見えたこと。それがなんなのかは、最初はわからなかったけれど、慣れてくると自然と分かってきたのだ)

 

情熱もそうだし、怒りのような激しい感情には赤い色。

 

愁いを帯びているときは青い色。

 

平常心で落ち着いた気持ちは緑色。

 

嬉しいときやテンションが上がっているときは黄色。

 

恋愛感情はピンクとか? 紺色はどんよりした気持ちの時?

 

(ざっくり、こんな感じかなぁって思ってるけれど、違うのかもしれないし……でも、一応そう定義してる。私が好きな感情の色は、夜空みたいにキラキラした色)

 

最近観たVtuberのライブ。

 

そこで見たのは、アイギス・レオというグループの最高のパフォーマンス。

 

彼女たちの心は、驚くほど一心同体。

 

一体どうしたらこんなにも気持ちが通い合ってるのかと思うほど、同じ気持ちだった。

 

それがどんな感情なのかはわからないけれど、苦悩とか、苦難を希望で照らしていくような夜空は、本気の感情を超えて美しかったのだ。

 

(だけど、良いこともたくさんあるから一言では言えないんですが、……おかげで以前よりも、人目を気にするようになってしまいました)

 

南森は放課後が最近苦手だ。

 

部活生も受験生も新入生も、教師も生徒も一か所に集まる下駄箱や玄関が苦手になった。

 

苛立ちとか、うっぷんとか、喜びとか悲しみとか、いろんな感情が目の中に入ってくる。

 

それが非常に苦痛だった。

 

まるですべての感情が自分に向けられているような錯覚に陥るのだ。

 

おそらく受験のストレスを抱えている生徒は勉強が上手くいかないとか、そういう部分でいら立っているはずなのに、感情の赤い色が自分の視界に入ると、緊張してしまう。

 

激しい感情であればあるほど、自分にとってなにか思い出したくない嫌な過去まで暴かれるような、心の奥底から悲鳴が浴びせられるような感覚になる。

 

だから、南森はこっそりコミュニケーションが苦手になっていくのであった。

 

(授業中とか、昼休みとかはまだ耐えられる。だってみんな知ってるクラスメイトだし、相手がどんな人かもわかるから、感情の矛先がわかるもん。でも、知らない人が相手だと、……よくわかんない)

 

(ゆーうつだ。学校がどうしても、人が多すぎて、ゆーうつ……。早く行こ。じゃないと、気持ちが持たないや)

 

学校は夕焼けに照らされ影を伸ばしていく。

 

影を踏みながら、ただいつもの帰り道から反対の方向に進んでいく。

 

 

 

 

人込みを避けて、南森は三浦サーシャの家に向かう。

 

学校から徒歩で20分ほど。

 

繭崎の車に乗っていくのでもよかったが、自分でも歩いて行ってみたかったというのが南森の本音だった。

 

理由は、「なんとなく」に近かったが、それでも一度は歩いていくべきだと感じていた。

 

家に着いて中に入ると、繭崎がまた天井に突き刺さっていた。

 

「ひぃ!? 逆犬神家!?」

 

「はぁ、はぁ、なめやがってこのクソヤロー!!! 絵師なめたら承知しないわよ!!!」

 

「お、おちちおちついてください……」

 

「えぇ? あぁ、南森ちゃんか……。あなたのプロデューサーに無茶無謀無理難題って言葉を辞書ひいて勉強しろって言っておいてくれない?」

 

「マテサーシャ。コレニハワケガアル。ダカラハヤクヒッコヌケ」

 

「きゃああ!?」

 

天井に刺さった繭崎が話しかける。

あまりにも奇特な光景に南森も叫ばずにいられなかった。

 

10分後、意気揚々と繭崎はとある書類をバンッ! と手で机を叩くように置いた。

 

「新人Vtuber、歌合戦?」

 

「そう、デビューから一年未満のVtuberが参加できる音楽ライブだ。箱は池袋。収容人数マックス500。 今回この舞台が初デビューのVtuberでも可能という破格の条件。まぁ歌の審査とかあるみたいなんだけどな」

 

「ま、まさか……」

 

「そうだ。これを南森のデビューに合わせようと思ってな」

 

「無茶って言ってるんだけどね、この馬鹿」

 

サーシャが腕を組みながら作業用チェアで話を聞く。

南森はただ茫然としているだけだ。

 

(このスーツを着て、眉毛の濃い男性は、繭崎 徹(まゆざき とおる)さん。私のプロデューサーになってくれた人です。最初は頼れる人だと思っていたのですが、まさかこんな急に行動する人だと思いませんでした)

 

「だけどな、良い手ではあるんだ。素人がいきなりデビューしたって、ぽんぽん広告打てないんだから何やっても注目されない。だからデビューをここでやっとけば、ほかのVtuber目当てのやつも自然と見てくれるしな」

 

「で、でもそんな急に」

 

「急じゃないぞ。半年後だ。半年後にこのライブで南森がデビューする。これはチャンスだ」

 

「い、今何月……8月? 半年後って、そんな長く待つんですか?」

 

今が8月で、本番が2月。南森は非常に長いスパンでの話に現実感が持てない。

 

「一応見積もりとしては……。そうだな。まず3Dアバターの作成に何か月だっけかサーシャ」

 

「……はぁ。3か月頂戴。入金から3か月。だったら出来るわ! コミケの時期とかあるし、ほかの依頼も重なることはあるから、それでも長く見積もって3か月マックスで使わせてもらう」

 

「だから余裕で間に合う。ついでに半年間、南森のボイトレやらトーク練習だったり、そっちに時間を使う。目標が決まるとワクワクするな。頑張ろう」

 

「お、おー! おー……?」

 

自信なさげに南森が拳を上げる。

 

「あー南森ちゃん。ちょっとお茶出してくれない? キッチンにポットあるから、人数分コップ出して」

 

「え、あ、はい」

 

急にサーシャに話を振られ、よくわからないままキッチンに向かう南森。

 

サーシャが勢い良く立ち上がる。

 

「はぁ……。繭崎ぃ。あなた料金払えるの?」

 

「10万くらいならすぐ出せる」

 

「100万」

 

「ぬ?」

 

「3Dアバター代。相場の高めのやつよ。良いの作りたいなら100万。……芸能事務所で働いてるんでしょ貴方。出せるわよね?」

 

「は、はは……!? 本気か? 想像の10倍だと?」

 

「100万。私の生活が懸かってるのよ。ちょっと吹っ掛けたっていいじゃない」

 

「……くそ、本気か。ならいい、では細部まで詰めていこう」

 

「なお、料金交渉には応じません」

 

「うそだろこの、この野郎!!? ちったぁまけろよ友情料金で!!!」

 

「あぁん?! これが私の仕事よバカ!!! 個人事業主なめんな!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(うわー、久々に来たなぁ。3か月ぶり? かな)

 

南森はサーシャの家に寄って打ち合わせを終えた後、すぐさま思い立って吉祥寺駅で降りていた。

 

南森は、繭崎とかつて井の頭公園でボイトレを教わったことがあった。

 

その流れで、吉祥寺付近によく立ち寄ることがあったのだ。

 

吉祥寺には楽器店とCDショップがある印象を持っていた。

 

もっとも、ネットを使えばさらにいい条件の場所もあったかもしれないが、勝手の知っている場所のほうがいいと南森は漠然と考えていた。

 

(歌といっても、私、何をするかも決まってないのになぁ。何歌えばいいんだろう。やっぱ流行りのボカロ曲かなぁ。今はなんだろう。『みきとP』さんの『ロキ』とかかっこいいよねぇ。それともアニソン? 今だったら『LiSA』さんの『紅蓮華』とか? でもVtuberを見てる人ってどんな人なんだろう? 案外『美空ひばり』さんとか歌うといいのかな。AIで歌ってたのも印象深いし……。あっ、Vtuberさんのオリジナルソングを歌うっていうのも私的にはありな気がするし!……あれ?)

 

「……なんだろ。ギターの音?」

 

歩いていると、バンドがライブをやっているみたいだった。

 

路上ではない。おそらくCDショップに併設されているライブ会場だ。

 

「へー、ちょっとだけ見に行こうかな……?」

 

 

 

 

CDショップを覗いてみると、バンドが熱意を込めて演奏している。

ただ、南森はボーカルの顔を見て違和感を覚える。

 

(あれ? うちの学校の人だ。話したことないけど、うん知ってる)

 

演奏している少年たちの後ろには見覚えのある熊のフードを被った、ちょっとパンクっぽい少女の顔もあった。

 

(あっ! 魚里さんだ。ってことは、あの楽器のメンバーはうちの軽音部かな? ここで演奏してるんだ! すごい! ほんとに演奏してる! ……でも、あれ?)

 

南森がイメージする楽器は、ギターやベース、ドラム、キーボードあたりだ。

 

ジャンルを変えれば、ヴァイオリンやトランペットなんかの楽器の名前も出てきたが、奥にいた少女、魚里隅子が触っているものが、何なのかわからなかった。

 

「あれ、なんだろう。ゲームセンターにあるやつ? えーと、スクラッチとかするやつ。きゅっきゅ鳴らすやつ! あ、マックのパソコンにつないでる。すごい。でも、んー、楽器、なのかなぁ、あれ。演奏、してるのかな?」

 

ふてくされた顔で魚里は機材をいじっているようだが、何をしているのか全く分からない。

 

ボーカルがサビを高らかに歌い上げているのに、彼女は耳が痛いといわんばかりの怒りの色を見せていた。

 

そして、にたりと笑った。

 

気づいたのは、心の色が見える南森だけだった。

 

「……オレンジ? 嬉しいような、野心的のような?」

 

そして、サビが終わって、ボーカルからギターソロコールがされた。

 

瞬間、ギターの音が食われた。

 

音響からサンプリングの声がカッティングされループされる。

音という音の素材が、どんどん組み込まれていく。

誰ももうギターなんて聞いていない。

 

全員が、魚里 隅子だけを見ていた。

 

手つきは素早く、左右にスライドするボリュームの調節を行う。どうやら、今演奏している曲ではない曲を2つ、組み合わせて間奏を創り上げている。

 

「……あっ! そうだ、DJだ!」

 

テレビで見たことがあった。

 

最近日本人がDJの世界大会で優勝したとかなんとか。

 

(そうだ、テレビと同じようなパフォーマンスをしていた気がする。すごい、こんな風にやるんだ。迫力がすご……)

 

ガシャン!!!!!!

 

耳に強烈な衝撃が走る。

 

ボーカルが、マイクをDJをやっていた魚里のほうに向かって叩きつけたのだ。

 

演奏が止まる。

 

南森が、「あ、いけない……」と呟いた。

 

「てめぇいい加減にしろや!!!!! ふざけんなよ、毎回意味のねぇアドリブばっかしやがってさぁ!! 俺たちの邪魔すんじゃねぇよ!!! こっちは本気で音楽の道進もうとしてんだよ……ギターソロもこいつが必死こいて練習したんだぞ、馬鹿にすんじゃねぇよ!!!! 今日は、今日はプロも見に来てるって、そのためによぉ!!」

 

マイクがなくても、その声はよく響いた。

 

そして、マイクがつながっている魚里は、鼻で笑った。

 

「は? 音楽で私をつぶせばいいじゃん。遊びはどっち。私はジョブだけどあんたらおふざけ。クッソ下手なギターソロ聞かされるお客さんを盛り上げようとしただけ。てかあんたの歌も耳キンキンするわ。腹から声出せねぇけど高音喉で絞りまくって歌ってるくせによくもまぁそんな適当な情熱で」

 

「てめ、この野郎っっっ!!俺たちが、どん、だけ、っぁぁああああああああ!!!」

 

ボーカルが怒り狂って魚里に掴みかかる。

伝播したのか、ほかのメンバーも、客も店員も、路地にいた通行人も全員がステージに集まる。

 

「わ、あ、きゃっ、痛っ」

 

南森は後ろから押され、その場にいた人ごみに飲まれてしまう。

その場にいる人たちの感情がダイレクトに伝わってくる。

怒り、焦り、恐怖、狂騒。

 

(や、やだ、やだ)

 

南森は前後左右から人に押され、呼吸も荒くなってきた。

 

感情が、全部自分に向いているような気がして。

 

(なに、助けて、怖い、やだ、こわい)

 

助けてほしいのに、誰もかれもが自分のことしか見ていない。

 

誰も南森を見ていない。

 

「やだ、だれか……助けて……」

 

南森の目から、ぽろっと涙がこぼれた。

 

突然、ぐいっと右手をひかれた。

 

「きゃっ!?」

 

力のままに引っ張られた先は、人込みの外側だった。

 

「はっ、はっ、はっ、……っはぁ……はぁ……はぁ……」

 

南森が荒い呼吸のまま上を見上げると、女性がいた。

 

右側の髪を全部ヘヤピンでバックに止めて、毛先の跳ねた赤と黒のツートーンの女性。

 

「……あの……」

 

助けてくれてありがとう、そう言おうとしたが、思うように声が出ない。

 

「――ったくよぉ。女の子泣かせるとか、ロックじゃねぇぜ」

 

そのままズカズカと人込みを蹴散らしながら前進していく女性。

 

「えぇ!? ちょ、ちょっと!」

 

南森の止める声も聞こえていないようだ。

 

「おら、退け退け。邪魔! あーらよっと!」

 

そのままステージに乗り込み、ギターを勝手に奪う。

 

女性は、楽し気にギターを弾いた。

 

「―――Ohhhhhhhhhhh ! Yeahhhhhhhhhhhhhhhhhhh !!!!!」

 

誰もが黙り込むような、強烈なシャウト。

CDショップがこのまま壊れてしまいそうな衝撃。

 

ギターの音と、歌声が混ざり合う人を、南森は初めて目にした。

歌もギターも、音楽への喜びで満ち溢れている。

 

友達とカラオケに行って、上手いと思う人はたくさんいた。

でも、感動できる生演奏は、今初めて聞いた気がする。

 

「これ、『XJAPAN』? 『ENDLESS RAIN』だ!」

「やばくね!? これマジで生で歌ってんの?」

 

女性が歌ったのは、サビのみ。

そのくせ、その場の空気を一瞬で飲み込む、すさまじい音楽。

誰もが魅了された。その歌と、演奏に。

 

だが、南森だけは違った目線で歌を聞いていた。

 

「……この歌、あと、この色……」

 

歌っている女性の胸元。

夜空みたいにキラキラ輝く、美しい闇。

まるで小夜曲のような情景。

見たことがあった。

 

「……アイギス・レオだ」

 

気づけば、会場は拍手喝采。

今まで演奏していたバンドチームは、ショップの人たちにこっそり舞台裏に引きずられていた。

 

女性がほほ笑む。南森は、まさか、まさかと思いながら、ティッシュを取り出して鼻をかんで、会場のお客さんと一緒に拍手をした。

 



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やりたいことはなんですか?

「いやー、酒はあんま好きじゃないしさ! だからいつもここの喫茶店にばっか来ちまうんだよな! ここが日本で一番の喫茶店だぜ? 何せ隣にCDショップがあるしライブも見れる!」

 

先ほどの喧騒も喉元過ぎて、いつもの吉祥寺の日常が訪れる。

 

CDショップと併設されている喫茶店で、南森はカフェオレを、女性はコーラを飲んでいた。

 

「ほんと、すいません。おごってもらっちゃったし……」

「あぁん? コーコーセーなんだから先輩の顔立てろってもんよ。泣いてたやつがなにいっちょ前に」

 

「うぐぅ……返す言葉があれば……」

 

「んで、ここには何目当てで来たんだ? あ、もしかしてさっきのバンドの知り合いか?」

 

「いえ、たまたま演奏が聞こえて……。CDショップには、何かいい曲ないかなーって思って、ふらっと」

 

「お? おぉ?」

 

女性の目が輝く。

 

「やっぱあれか、『ONE OK ROCK』とかか? それともお前の年だと『Aqua Timez』とか『アジカン』?」

 

「うーん、クラスの友達は『MY FIRST STORY』とか好きですし、『ヨルシカ』とか『WANIMA』ですかねぇ。あ、でも最近なら『Mrs.GREEN APPLE』とか好きです私!」

 

「おぉおお! ほ、ほかは? やっぱ『〔Alexandros〕』とか強いのか?」

 

「いいですよね『ワタリドリ』! あ、でも割と私的には『ベガス』とか『ヤバT』とかも好きなんですよねぇ」

 

「おぉ、ぉおおおお!! 語れるなぁお前!!!」

 

「え、そ、そうですか……てへへ……」

 

「いやー、最近そういう話してなかったからさぁ! すいませーん店員さーん。この子にカフェオレー!」

 

「えぇ!? そ、そんな!」

 

「いやいや、ちょっと語りたいんだって! 頼むよ、ちょっと話付き合ってくれって!」

 

「わ、分かりました。えーと、……」

 

「あぁ、私は不動 瀬都那(ふどう せつな)。しがない……あー……ミュージシャン崩れだって思ってくれ」

 

(そっか! Vtuberって言えないもんね! 言ったら身バレにつながるし! すごいなぁ、プロの人が目の前にいる……!)

 

不動の正体は、南森にはお見通しだった。

 

彼女の正体は、間違いなく今人気絶頂のVtuberグループの一人、「アイギス・レオ」の歌担当、「ギリー」だ。

 

今のところ、アイギス・レオの中でも最も歌が上手いと言われている、新生の歌姫。

 

(でも、中の人は赤のツートーンなんだね。ギリーは、青い髪がきれいなアバターだからちょっと印象変わるかも?)

 

(あぁ、思い出すなぁ。ネットでVRライブ見たんだぁ私。本当に、キラキラしてて、【バーチャルだけど生きてる】って実感したんだよね)

 

会話も弾むなか、思わず、南森は悩みを口に出してしまった。

 

「実は、人前で歌うことになっちゃって、半年後に。それで何かいい曲ないかなーって」

 

「おーいいねぇ。何歌うつもりだったんだ?」

 

「うーん、みんなボカロとか歌うと思うんですよね、あとはアニソンとか」

 

「はぁー、それは大変だ。歌うの難しいだろ。でも、上手くいけば最高な音楽ができると思うんだよな」

 

「ふふ。……私、不動さんみたいに、歌上手くないから、不安でいっぱいで」

 

「ばっきゃろう!! 歌はハートだ! 技術なんて歌いながら身に着けりゃいいのよ!! やりたいことやんな。ロックなら何でもいいんだよ!!」

 

「ろ、ロックですか? じゃあやっぱり『ワンオク』とか……」

 

「そうじゃねぇ。生き様の問題だぜ! 歌ってのは、感情を訴えるもんだ。思いのまま、叫び散らせばいいんだって!!! 少なくとも、私はそう思うね。ロックに歌えよ、南森ちゃん。やりたいことを偽らずに、ほんとの自分でぶつけてくんだよ!!」

 

「やりたいことを、偽らず。ほんとの自分で……」

 

「あぁ。南森ちゃんは、どんな歌うたいたいんだ?」

 

「……私は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜。

家に帰った南森が最初にやったことは、動画サイトを開くことだった。

 

マイリストには、既に削除された動画が残っている。

それでも、目を瞑ればなんとなく思い出せる彼女の姿。

 

中学の頃だった。

運動部に入ったら、何か変わると思って入った。

でも、失敗ばかりで迷惑をかけ続ける自分が、嫌いになっていた。

 

だけど、どうすればいいのかわからなかった。

 

だからたまたま自動再生で流れた動画に、心を奪われた。

 

「みなさんこんにちは! 私の名前は依白 海月(よりしろ くらげ)です!!」

 

3Dの少女が喋っていた。それだけでも、当時の価値観からしても異常事態だった。

 

アニメのように台本があるようにも思えず、かといって生主のように顔を出しているわけでもない。

 

カルチャーショックだった。

 

ぼうっとした目で様子を見ていると、面白い。

 

彼女の動画は、本当に面白かった。

 

見ているだけで、元気が湧いてきた。

 

笑顔になれた。

 

そして、彼女は人一倍誰かとつながっていた。

 

他のVtuberが続々と彼女のもとに集まる。

 

彼女の周りは、笑顔であふれていた。

 

企業でVtuberをしている人も、個人でVtuberをしている人もいた。

 

「輪になって踊る」なんて言葉がよく似合う女の子が、南森のヒーローだった。

 

本当に、笑顔で、楽しそうで、嬉しそうで……。

その中に、自分もいたらよかったのに。そう切に願った。

 

「……」

 

だが、その笑顔はもう見ることができない。

 

誰よりも愛したVtuber「依白 海月(よりしろ くらげ)」はもうこの世にいない。

 

別に亡くなったわけではない。

 

ただ、彼女をこの世から消したのは、皮肉にも身内の人間関係が原因だった。

 

運営と対立した彼女は、誰に言葉を向けることもできず、ひっそりと引退させられたのだった。

 

「……」

 

Youtubeには違法アップロードされた動画も存在する。

 

だから、彼女が引退して、削除された動画は、他のだれかが勝手に上げている。

 

いけないことだと思う。けれど、悪意がないような気もするのだ。

 

ただ、忘れないように存在する墓標のようなものだと南森は思うのだ。

 

しかし……。

 

南森が適当な動画を見始める。

 

すると、動画に映る人間やイラストの胸元に感情の色が浮かび上がる。

 

苦しそうな色で、笑顔で活動している人がいた。

 

涙が出そうになるくらいどんよりと沈んだ色をしているのに、馬鹿みたいに騒いでいる人がいた。

 

アニメには浮かび上がらない。でも、Vtuberはイラストと心が強くつながっているからだろうか、南森には感情がよく見えた。

 

汚い欲望とか、苦悩とか、でもそんな中で楽しさを求める人とか。

それしか目に映らない。

 

だから。

 

かつて愛した人の、誰かが勝手に上げた動画を、まだ見ることができなかった。

 

思い出だけは強く残ってる。

 

でも。彼女が笑顔の裏で苦しみとか悲しみとかを抱えていたとしたら……。

 

そう思うと、見る気が起きなかった。

 

「……。私は、あの人がいた世界にあこがれてたんだ」

 

(だから、あの人と同じ世界に飛び込めば、あの輪の中に入れると思った)

 

(また、楽しかった動画を見ることができるって思ったんだ)

 

「……そうだ。私は、あの人みたいに、いろんな人と手をつなげるようなVtuberにあこがれたんだっけ」

 

企業で活動している人も、個人で活動している人も関係ない。

 

みんなと一緒に笑顔になってるVtuberに。

 

「できないよねぇ。素人だし……」

 

「ふふっ、この動画面白いなぁ……。……。……?」

 

隣が騒がしい。

 

隣の家の二階に住んでいる人は、いつでも明かりがついていて、いつ寝ているんだろうと思うくらい電気をつけっぱなしだ。

 

「んー、んー? でも、何だろうこの違和感」

 

彼女には奇妙な叫び声に聞こえていた。

 

別に誰かに襲われているわけでもないし、痴情のもつれにも聞こえない。

 

ただ、どこか説明口調というか、逐一誰かに話しかけているような叫び声だったのだ。

 

「ふふ、まるでゲームの実況動画みたい。あ、案外大音量で見てたりして」

 

そう思って南森は普段夜には開けないカーテンを手で払い、窓を開けた。

 

隣に住んでいる人のことは、カーテンを閉めていたから見えなかった。

 

部屋の光が、人影をカーテンに移す。

 

オーバーなリアクションで、画面にかじりついているようだった。

 

動画を見るだけにしては、のめりこみ過ぎなくらい。

 

だけれど、すごく楽しそうだった。

 

おそらくだけれど、ゲーム実況を大音量で流しているに違いない。

 

「…………、いいなぁ、そういうの」

 

楽しそう、隣に住んでいる人は、まぁ近所迷惑かもしれないけれど、楽しそうだった。

 

「……そっか。そういうのでもいいのかな」

 

プロのように湧かせる事はできないだろう。

 

面白い人のように盛り上げる事は難しいだろう。

 

でも、と。ひっそりと、瞳の奥に灯がともった気がした。

 

「できるなら……みんなと一緒に楽しめるような……!」

 

 

 

 

 

 

 

「やろう」

次の日。

そう言ってくれたのは、繭崎だった。

サーシャの家で作戦会議をするのも、もう何回目だったろうか。

そんな中で、サーシャは頭を抱えている。

 

「貴方ね、即断即決はいいことだけど、冷静に考えなさい。「企業個人関係なく一緒に笑顔で活動する」っていうのはね、年季と信頼があって実力のある人がやることであって……」

 

「そうだな。だけど、やろう」

「い、良いんですか?」

 

南森が不安げに繭崎に尋ねる。

 

繭崎は濃い眉毛を少しだけたれ下げた。

 

「責任を取るのは、大人の仕事だ。それを軸に、やってみるぞ」

 

「はぁ……。わかった、付き合う。それじゃ。南森ちゃん、一緒にどんなデザインがいいか考えましょう」

 

「は、はい!!」

南森のアイデアは、彼女にとって大切なものだった。

 

だから、繭崎は非常に難しいと思っても採用することにしたのだ。

 

「ま、なんとかなるだろ」

 

南森が真剣なまなざしで、サーシャとキャラクターを創っていくそんな様子を見て、自分も戦略を練ろうと歯をむき出して笑った。



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音楽って、難しいです

「あーいっちゃん! 今日加奈子とカラオケ……」

 

「ごめんなさい! 今日はもう帰る!!!」

 

「え、あ。おーい!!! ……いっちゃった……」

 

放課後は毎日、サーシャの家に寄ることにした南森。

 

学校のことなんかそっちのけで全力疾走で帰ることが増えてきた。

 

誰の心も気にしないで済んだ安心感もあったし、それ以上に……。

 

 

 

サーシャの家はもはや会議室になっていた。

 

キャラクターデザインや設定、今後どんな活動をするかをひたすら三人で話し合う。

 

やりたいことと、やれないこと。

理想と現実をぶつけ合うような、大人の会議だった。

 

「南森ちゃん。創作っていうのはね、論理的に説明できるデザインのことよ。出した物全て自分で意図を説明できるものでないといけないの」

 

「といいますと?」

 

「例えばアクセサリー一つとっても、音楽系なら音符とか楽器とかをモチーフにするべきだし、服の色も明るいキャラなのかミステリアス路線なのかで配色も変わってくるの。わかる?」

 

「は、はい!」

 

「今南森ちゃんの思うような絵を全部意図説明できるかって言われたら微妙じゃない?」

 

「う、は、はぃ……」

 

「さ、合計5度目の全没よ!! まだまだ貴方の創作の軸は確固たるものじゃない!!」

 

「うぐぅ……が、がんばります……」

 

「あ、南森。この後ボイトレな」

 

「くぅぅ……がんばりますぅ……」

 

 

 

「はぁ。息抜きタイム……」

 

吉祥寺のカフェ。隣にはCDショップがあるこの場所は、南森の憩いの場となっていた。

たまにここでカフェオレを飲んでいると、不動 瀬都那と会うことがあった。ラインはまだ交換できていないけれど、たまに会って話せる年上の女性の存在は、南森のなかではとても大きくなっていた。

 

「でも、最近不動さんに会ってないなぁ……」

 

大きくため息をはくも、現状は変わらない。

 

「うぬぬ、創作の軸……。活動の方針……だめだぁ、歌ってみたとかゲーム実況とか生放送とか動画とか、一個とってもこんなに難しいと思わなかったぁ……」

 

例えばゲーム実況。

 

今急にやるとなっても、何を見せたいかで視聴者は変わる。

 

プレイングを魅せたいならば、一個でもゲームを極める必要がある。

 

ネタや面白系のゲーム動画を見せたいなら、ネタの軸となるアイデアか、トークスキルが必要になってくる。

 

本当ならそんなこと考えず、ただみんながやっているように参戦すればいい。

 

だがそうすると、知り合いばかりで固まった遊び場が作られるだけで、「企業個人関係なく一緒に笑顔で活動する」という軸から離れる。

 

理想は、幅広くVtuberを味方につけるポジション。

 

「そんなの、思いつかないよぉ……。こんなの、思いつかないよぉ」

 

泣き言が涙声と一緒にぽろぽろこぼれてくる。

 

「はぁ……。ん?」

 

顔を少し上げると、男に向かって妙にぷんすか怒っている少女がいた。

 

「なんだよもー!! 一回騒ぎになっただけじゃんか。出禁ってなにさ、悪いのは私じゃなくてマイク投げたアイツ……ん?」

 

目が合った。

 

(え、え、え? いや、え? なんでこんなにじーっと見てるの?)

 

「ん、…………んー、にやり」

 

「ひぅっ!?」

 

「店長、私にすぐ出て行けって? いやーそれは困ったねぇ! ほら見てみ? あれ私の友達。友達とコーヒー飲みに待ち合わせしてたんだよねぇ!! まさか別系列の店の出入りまで禁止にするわけぇ~? はっはーいい気味だ~」

 

大きな声でCDショップの店長にアピールしてぐいぐいと南森の席に向かって歩いてくる熊フードの少女。

 

何の因果か、魚里隅子がここにいた。

 

「というわけでだ。ちょっと座らせてもらうよ~。いいだろぅ? 同じクラスの、えーと、あー……。あれだあれ。……ん……」

 

「……南森、一凛、です……?」

 

「そーそー南森一凛!! やーよかったよかった知り合いがいて。お陰で私を出禁にした店長に中指を立てれた。ざまぁみろってんだ!」

 

そう言って彼女はジンジャーエールを頼んだ。

 

「あーで、なんだっけ。そうそう事情を説明するとだな。ここでライブをやったんだけど下手っちゃってさぁ」

 

「……あ。見ました。ここでやってたライブ。すごいことになっちゃってたけど」

 

「あ、マジ? あちゃー……見てたかぁ。あ、い、言っておくけどネ、あれはマジで私は悪くないからね? ほんと。売り言葉に買い言葉っていうか、……なめられたから、ってか」

 

「? なめられた?」

「あー……私さ。DJの卵なんよ。DJわかる? ……わかんねぇよにゃぁ」

 

「あの。私が知ってるのって、この前世界一になった人がいるとか……あと『abemaTV』とかでやってるやつとか」

 

「え!? 知ってるじゃん!!! へー……フェスとかクラブ行ったりする系?」

 

「いやぁ。もっぱら動画で見てて。あ、そういえば『フリースタイルダンジョン』とかも有名ですよね、DJ」

 

「わぁお!!! うそ―ん、学校でネタ通じるやつ初めてみた!!!」

 

「まぁ、私も動画で見る程度で詳しくないけど……」

 

「……っかぁああ~~~! 嬉しい! いや自分の好きなこと知ってるやついるってのは最高だな!! んだよ先に言ってくれりゃCDくらい貸したぞもぉ~~!」

 

「はは……でもほんと詳しくないんで」

 

「いいんだよぉ。ネタ伝わるってだけでもう気分上々だって!! あ、じゃあさ」

 

彼女は食い気味に南森に顔を近づける。

 

「ボカロとかDTMわかるか? 私あぁいうネットの音楽大好きでさ」

 

「!! 私も好き!!!」

 

「きゃあああ!!! マジぃ!?」

 

二人の音楽の趣味は、似たり寄ったりで、話が通じた。

 

南森としては、一生関わることのない人間だと思っていた分、意外性のある出会いだと考えていた。

 

「じゃあ、その……Vtuberって知ってますか?」

 

おずおずとVtuberを話題にしてみると、少し考えた様子で、魚里は人差し指をくるくる回した。

 

「あれだ。最近流行ってるやつ。なんだっけ。そうそう『アイギス・レオ』だ。あの音楽すごいよな。なんだっけ、アイドル事務所発のバーチャルユニット」

 

「っ!? …………~~~!!」

 

声にならない絶叫だった。

 

初めて、あの学校の中で会話が通じる人を見つけた、そんな気分。

 

「わ、わわわわ私!!! Vtuberが大好きで、でも、ネタ通じる人少なくて!」

 

「あー……ごめん。でもアイギスレオの曲一個くらいしか聞いてなかった。あんま詳しくないんだよ」

 

「そ、そですか……で、でも! ネタが通じるって嬉しい!!」

 

「はは!! だよね!!」

 

人懐っこそうな笑顔でポンっと手のひらを叩く魚里。

 

「まぁ話を戻すとだね、なめられてたんよ。私のこと楽器で鳴らせない音を流す蓄音機みたいな役割しか渡さないの。幅広げるなら私にもある程度口出し音出しさせろってさぁ~。まぁ、きっと理解されないんだろうね」

 

「えーと、じゃあ本当にアドリブでバンド食っちゃったんですね…」

 

「ダメだと思う? でもさぁ、私って楽しく音楽したいんよ。自己満じゃなくてさ、こう、もっとお互いしのぎを削るくらいバリバリ戦う感じ? あぁいうの求めてるんだけど……やー、だめだ。私コミュ障だから音で戦う前に口と手が先に出る」

 

「それはひどい」

 

「だよねぇ。はぁ……ほんと、本気でやればやるほどねぇ、周りの環境って大事だなぁって思うよ。私よりすごい人に叩きのめされたいけど、同い年ですごい人ってもう大体プロだから、アマチュア相手に遊んでくんないんだろうし」

 

ちょっとなえ気味に熊フードを被る。

 

「あー、頑張りたい気持ちはあるけど、何から頑張ればいいのかわかんないからとりあえず音楽でやりたいことしかしてないけど。もうこの辺でプレイできそうにないしなぁ…」

 

「大変ですね……。あっ」

 

南森はふと思い立った。

 

たった今目の前にいるのは音楽という創作の先輩であり、同級生である。

もしかしたら創作の軸について話が聞けるかもしれない。

こわごわとしながら、丁寧に尋ねる。

 

「その……魚里さんって、普段どんなことを考えて音楽やってるんですか?」

 

「ん、なぁに急に」

 

「いやその、今私、創作の軸とか、そういうのについて聞いてみたくって」

 

「えっ、なんかやってんの?」

 

むしろ魚里の興味はそちらに移ってしまう。

 

「ちょ、ちょっとだけ……。それで、その、イラストレーターの方に、「出した物全て自分で意図を説明できるもの」を創んないといけないから、自分の創作の軸を作ろうって話になってて…」

 

「イラストレーター!? すごいじゃん!! 何々、もしかして絵について勉強中!?」

 

「いえ、歌について考えてて」

 

「歌! へー……、うた? ん? ……イラスト、なのに歌……?」

 

「それで! 魚里さんから何かお聞きしたいなと!!」

 

「あ、うん、あれぇ……?」

 

熊の耳が思わず垂れてくるほど、腑に落ちない様子の彼女は、人差し指でこめかみを押した。

 

「うーん、その人さぁ。デザインの話してるっしょ?」

 

「あ、そう、そうです!」

 

「あーごめん。私そんなん考えたこともなかったわー」

 

「へー! ……え、えぇえ!!? うそ!? だってその、創作の軸とか、全部説明できて当然とか、そうじゃないんですか!?」

 

「いやだって…。私耳と脳が気持ち良ければいいから。だって創作然りさ、人の感情を揺らせばいいじゃんか。感情を揺らすには、自分が最高と思ったことを全力で貫くだけじゃないかい?」

 

「はぇ……」

 

「いや、だって意図全部説明できるようなものなんて一々考えたってしょうがないじゃん。そんなんしてる間に他にすっごい人いっぱい出てきちゃう。自分さえよければいいんじゃない? 私はそうだよ」

 

にへら、と笑う魚里の表情は、南森の感情を揺さぶった。

 

「ほぇ……! 魚里さんすごいです!」

 

「んっふっふー。だしょー?」

 

「あ、でも……」

 

(サーシャさんと全く反対のことを教わってしまいました。あれぇ……? 人それぞれ、ってことなのかな? でも、うーん……?)

 

南森は、息抜きに来たはずのカフェでさらに悩む羽目になった。

 

 



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これが、私です!

「お風呂どうだったー?」

 

「すごい大人な良い香りが……!」

 

「気に入ってくれたなら何よりだわ~」

 

土曜日の夜。

 

南森は休日を利用してサーシャの家にお泊りをすることになった。

 

申し訳ないながらも、非常に楽しんで過ごすことができた。

 

その合間合間に、創作について話をする。

 

「確かに、その友達の言っていることは間違ってないわ」

 

「え。そうなんですか?」

 

「えぇ、でもそれって経験者向けの意見だと思うの。南森ちゃんは創作素人。むしろ基本を身に着けてから自由に動くべきだと思うわ。だから、ある程度基本ができたらその友達の意見をしっかり聞きなさい」

 

「は、はい……。でも、本当に創作って難しいんですね」

 

「……作ろうと思えば、クオリティさえ気にしなければ何でも出来るわ。だけど、プロはクオリティとクワンティティ。質も量も、期限以内に、よ。それが仕事の信用になる」

 

「信用……」

 

「この人なら、ここまでやってくれる、とか。こんな景色を見せてくれる、っていう指針よ。あなたも、今すぐはそうならないけれど、続けていればあなたを信用して仕事を任せてくれる人は多くなるわ」

 

ゆっくりと、自分のキャラが創り上げられていくのを感じていた。

 

パジャマに着替えて、小さい明りだけつけて、二人はベッドに入った。

 

「……そういえば、どうしてイラストレーターになったんですか?」

 

「なぁに。気になる?」

 

「はい! やっぱり、絵がすごい好きだったんですか?」

 

「……そう、なのかしらね」

 

「?」

 

サーシャは寝返りを打った。顔はこちらから見れない。

 

「私、貧乏だったの。だから、絵を描ける職業に就きたいって思ったときは、すごく難しかった」

 

「……」

 

「大学を奨学金で入って……、そのままガールズバーで働き始めたんだよね」

 

「えっ……」

 

「軽蔑する? でも、手っ取り早くお金も稼げたし。やりたいことをやるためにお金は必要だった。全部絵のためだった……。でも……」

 

「……」

 

「大成しなかったんだぁ。卒業が近づいたときはもう泣きじゃくったわけよ。水商売までやって、何も成し得なかったって。……就活も力が入らなくて、ただ大学を漫然と過ごしてた人と同じような進路になるの。ほんと、私才能なかったんだなぁって……死ぬほど思った」

 

「そんなことは……」

 

「でもね、そんな時に繭崎たちと……、そっか知らないよね。繭崎と私の友達と馬鹿みたいに夢を追いかける話ばっかりしたの。ホントに楽しかった。みんな子どもかってくらい笑いあって……」

 

サーシャは息を漏らすように笑った。

 

「繭崎は、「人の夢を馬鹿にするやつは許さない」って言うようなやつだった。だから、貴方幸せよ。いろんな芸能界の事務所があるけど、そんなことを本気で実践するような人、いないんだから。だから、あなたは彼と事務所を信じて進めば……」

 

「……事務所は、ないんです。繭崎さん、仕事辞めちゃったから。繭崎さん個人で始めるプロダクションで、私活動するんです。だから、不安もいっぱいです」

 

「えっ?」

 

南森は決意に溢れた目をしている。

 

(絶対にサーシャさんがよかったと思えるものを作ろう。だけど、どうしたら……)

 

「ロックに歌えよ、南森ちゃん。やりたいことを偽らずに、ほんとの自分でぶつけてくんだよ!!」

 

(……ロックに、やりたいことを偽らない……)

 

サーシャが体を起こしてこちらを見ている、気がした。

 

南森は、自分のやりたいことは、かつて愛したあのVtuberの姿を追うこと。

 

そのために、どんなことをすればいいのか、真剣に考えて、考えて、意識が途切れて眠りについた。

 

サーシャの表情は、茫然と、何かを失ってしまったようなものだった。

 

 

 

 

 

それから、三浦サーシャと南森はお互いに話し合いをする。

 

もちろん、デザインの決定と実際に描くのはサーシャだ。彼女が最大限南森に譲歩をして描いているだけなのだ。

 

それでも南森は、真剣に、何もわからないなりに本気で考えてきたことをすべてサーシャにぶつけていく。

 

おそらく、南森の人生でここまで否定されたことはないだろうというほどに没を食らった。

 

それでもメンタルを保てたのは、サーシャの助言だった。

 

「没っていうのはね、人格を否定することではないの。あくまで、作品をより良くするための妥協しない選択肢の一つよ」

 

「うぅ……それでも凹みます」

 

「没を恐れて適当な作品を作るよりマシよ。多分、今のうちに具体的にしておけば後が楽よ」

 

「わかんないです……」

 

「なら、今は流されていなさい。流されて、私に従って導かれていなさい。気付くのは後ででも全く構わないんだから」

 

「……サーシャさん?」

 

「ん? どうかした? 一凛(いちか)ちゃん」

 

いつの間にか、サーシャは南森の下の名前を呼ぶようになっていた。

 

「なんで、その。ここまでしてくれるんですか?」

 

「……、ま、お金もらってるからさ。あなたのプロデューサーから、更にたんまりもらう予定があるのよ」

 

「……え、と」

 

(嘘)

 

南森は、何かを必死に隠そうとするような、焦りの色がサーシャの胸元に見えてしまった。

 

間違いなく、彼女は嘘をついている。

 

だが、気付いたところでどうしようもないことは南森にだって分かっている。

 

ただ、いつか本心を聞きたいな、と、少し心の隅に思考を残した。

 

そんな毎日を、二か月過ごした。

 

いつの間にか。

 

季節は10月を中盤に迎えていた。

 

「キャラクターデザイン、完成よ」

 

サーシャがパソコンの画面を見せてくれた。

 

そこに移っていた姿は、まぎれもなく、もう一人の南森だ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「この子が、私……」

 

「えぇ。繭崎の依頼料で気合入れちゃった。本気の本気で描いてあげたんだから、大切にしてね」

 

繭崎が後頭部を掻く。

 

皮肉気味にサーシャが繭崎をにらみつける。

 

南森はぼーっとそのキャラを見つめていた。

 

「白銀(しろがね) くじら」

 

息が漏れだすように、徐々に熱を帯びていく。

 

「この子が、私!」

 

彼女の名前は、白銀 くじら。南森 一凛の分身。

 

何も進んでいない。キャラクターのデザインと、活動方針とテーマが決まっただけだ。

 

だけど、自信はないけれど、自信はあった。

 

 

 

 

 

「あ、いっちゃん! 今日どうする……」

 

「ごめん! 急ぎの用事!!」

 

「ま、またぁ?? はぁ。空回りしてる時って一気に同時に来るねぇ……」

 

「よしよーし里穂。今度の土日にセッティングしなよーいっちゃん誘うときは」

 

学校で、南森の行動は少しずつ変わっていった。

 

本人だけが気づいていなかった。

 

放課後になったらすぐに学校を飛び出して、笑顔でどこかに消えていく南森を見て、クラスメイトも南森の友達も、何が何だかわかっていない。

 

まるで学校以外のことに充実しているみたい。

 

そういえば、と。南森は交通事故が原因で部活にまだ所属していなかった。

 

学校以外で居場所を見つけたのだろうか。

 

そういう南森にちょっかいをかけたいな、と思ったのは、大野流星の取り巻きの女子だった。

 

「ねぇ大野君、さっき南森ちゃんが放課後大野君に用事があるってさ」

 

「え、なんでだろう。ホント? わかった、ちょっと後で行ってみるよ」

 

「ふふふ、良いね、いっちゃえいっちゃえ」

 

なんとなく、大野の取り巻きの女子は、南森が大野に話しかけられたら戸惑ったり、顔を赤らめたりするんだろうな、とか。

 

実は南森も大野に構ってもらいたいんだろうとか、そういうことばかり考えていた。

だから、放課後になって、

 

「あ、南森さん、僕に用事って――」

 

「ごめんなさい今日は用事がありますのでー!!!」

 

「え、あ、あれ!? おーい! …行っちゃった」

 

信じられないものを見たような気がしていた。

 

なんとなくやっぱりクラスカーストというものはどこにでもあるし、その上位の人間に話しかけられるというのは、緊張感がわずかに伴うと思っていた。

 

なのに、大野が振られたような錯覚すら覚える清々しい放課後ダッシュに、何も言えなくなっていた。

 

「……なにそれ。なんかむかつく」

 

誰かがそんな声を漏らした。

 

教室には、まだ多くの人が残っている。

 

空いている席は、二つ横並びにくっきりと浮かび上がっていた。

 

 

 

南森が繭崎とボイストレーニングを終え、車でサーシャの家に向かっている時だった。

 

「あっ!」

 

車の窓を開けると、反対車線の奥側の歩道に、不動がいた。

 

「不動さーん! ……あれ?」

 

南森の声が届かなかったのだろうか、不動はただじっと地面を見つめていた。

 

歩道にあったのはひしゃげたガードレール。

近くの電柱には花束やジュースが一か所に固められている。

 

「……不動、さん?」

 

誰も彼女に気づかないように、繭崎が運転する車や、反対車線の車が流れ出す。

 

まるで彼女だけが時間に置き去りにされているように、止まったままだった。

 

「……? 誰か友達でもいたのか?」

 

繭崎が声をかけるが、彼女は静かに窓を閉めて。

 

「気づかなかったみたいです。ボイトレしてるんですけどね」

 

「成果は出てる。今度は声くらい届くさ」

 

「うーん、だといいんですけど……声、聞こえなかったんですかね?」

 

「どんな様子だった?」

 

「なんだか、思い詰めてる様子で」

 

「あぁ、そりゃそうだ。悩んでる人には近づいて肩でも叩いて声をかけないと気づかないもんさ」

 

 

繭崎は鼻歌でも歌うようなテンションで話しかけてくるが、不動の様子を変だと感じてから、必死に思い出そうとする。

 

彼女の胸元の色が、どこか暗さを増したような気がしたのだ。

 

(……でも不動さんも、悩むことなんてあるんだなぁ)

 

またすぐにサーシャの家について3Dモデルの話をする。

 

不動はアイギスレオのメンバー。彼女とコラボなんて夢のまた夢。

 

(すぐに追いつければ、いいのにな)

 

そんな風に南森は希望した。

 




絵は細崎大流さんにラフを頂きました。ありがとうございました。


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私の隣人がVでした

家に帰った後、彼女はスマホでゲームをしていた。

 

最近流行りのVtuberが「クソだ」「クソだ」と言っていたスマホゲームだったのだが、興味のある人が取り上げてくれるゲームは少しばかり気になってしまって、そのあまりのクソっぷりを共感していたのだ。

 

「ふふっ、ここ動画で見た通り……。……。……?」

 

隣が騒がしい。

 

隣の家の二階に住んでいる人は、いつでも明かりがついていて、いつ寝ているんだろうと思うくらい電気をつけっぱなしだ。

 

「んー、んー? でも、何だろうこの違和感」

 

既視感がすごい。

 

以前もこんなことがあったが、そういうわけではない。

 

この叫び声、どこかで聞いたことがある声なのだ。

 

(いや、隣に住んでいる人は、私の幼馴染。知っている人なんだ)

 

思い出すのは、南森の教室。

 

南森の左側の、空いた席。

 

本来そこに座るべき人。

 

それが隣に住んでいる人なのだ。

 

しかし、南森が言いたいのは、隣に住んでいる人が幼馴染という事実でもなければ、不登校の幼馴染が毎日のように部屋の明かりをつけて大音量で動画を見ている疑惑でもない。

 

「……私、この声、youtubeで聴いたことある……?」

 

妙に絶叫が、生々しい?

 

まるで、「ゲーム実況を収録している」ような、そんなイメージも湧いてくる。

 

「え、と。なんだっけ。……あーっ、微妙に覚えてない……えーと」

 

「確か、そう、生放送をしてたVtuberさんに……似てる、ような、似てる、似て……え?」

 

そう、その動画は確か……。

 

「【悲報】新人Vtuber、生放送で親フラした挙句、親父がテンションが上がった末新人Vとマイムマイムを踊ってしまうハプニングを起こす……これだ!」

 

その生放送のアーカイブは伝説だった。

 

南森は直接見ていなかったが、新人で初デビューした個人Vtuberがいた。

 

名前は、ネル。Vtuber ネルだ。

 

最初にみんなが知っているようなオンラインゲームをプレイしていたらしい。

 

そこそこの腕前があり、ゲーム慣れしている女の子ということで50人ほど生放送に集めることに成功した。

 

問題はここからだった。

 

親フラ。つまり、親フラグという意味だ。

 

ネットでは、生放送中に自分のところに親がやってくることを親フラと言うのだ。

 

その新人はゲームをする際ヘッドホンを使っていたせいで、親が来たのに気付かなかったのだ。

 

その一部始終がこちらだ。

 

「おいネル! うるさいぞ! こんな時間までゲームをしなくてもいいだろう!」

 

「いやー、今回の素材集めはね、結構レアドロなんでしんどいんだよねぇ。ん? ワコツ? いやいや石器時代の言語チョイスで大草原なんですけど」

 

「おい、ネルやい。ヘッドホンを外しなさい!」

 

「ははは、……ん? コメントやけに荒れてない? 後ろ? 親? ……? ッッ!? ぎゃあああああパパ!?」

 

「な、なんだ! 急に大声出して!?」

 

インターネット考察班によれば、以下のような推測ができると話題になる。

 

・ネルという名前は本名に類したものである。

・ネルの父親の呼び方はパパ。かわいい。

 

しかし、ネルがかわいいという定説は今となっては薄い。

なぜなら、この父親が曲者だったのだ。

 

「ん? なんだこれは。何? 生放送? 画面の前に誰かいるのかい」

 

「ちょ、ちょっと、や、一旦部屋から出て、ねぇパパ! 一回出よ? ね?」

 

「あぁ、みなさん申し訳ございません、私はこの子の父親でございます。娘が非常にご迷惑をおかけして申し訳ございません……」

 

「やめてよパパ! やめてって!?」

 

「ん? おー返事が届いたぞネル。はっはっは、なんだいこれは、面白いじゃないか」

 

「ちょ、ちょっと、って臭い!? パパお酒飲んだでしょ!? 仕事で飲んだの? パパお酒弱いの自分で分かってんじゃん!? ダメだって!!」

 

「はっはっは! ネル、今日はパパ仕事頑張ったんだぞぉ。画面の前の皆さん、私は、頑張ったんですよ^^」

 

「やめよ!? ねぇこれシャレにならない可能性あるから!? 放送事故とかそういうレベルじゃんやめようって!! 私今日初デビューなんだよ! もう滅茶苦茶だよ!!?」

 

「なにぃ? みなさん聞きましたか!? 娘が、初デビューしたんですよ! いやー目出度い! やったなネル! 初デビューだ! お祝いだぁお祝いだぁ!!!」

 

「ちょ、腕引っ張らないでって、ひぃん!?」

 

「ミュージックスタート!! ちゃーらーら~らら~! マイムマイムマイムマイム、はっはっは!!!!」

 

「やだぁ!!! こんな初デビュー嫌だぁ!!! やだぁ!!!!!」

 

 

こうして、前代未聞の新人デビューは、あらゆる動画サイトで転載された。

 

企業に所属せず、個人でVtuberをやるとなると、広報が課題となる。

 

誰にも知られずに活動する個人勢は非常に多い。

 

しかし、このVtuber ネルはシンデレラストーリーと言うべきほどの破竹の勢いで話題になったのだ。

 

そしてついたあだ名は以下の通りである。

・父親に親フラされてマイムマイムした新人

・初手身バレ

・運と流れだけで笑いの神を君臨させる女

 

 

「そんな有名なVtuber、のはずなのに?」

 

気のせいか。南森の耳には、二つの音が聞こえる。

 

一つは親フラの転載動画。

 

そしてもう一つは隣の家から聞こえてくる声。

 

そう、まるで同じ声の悲鳴が聞こえてくるのだ。

 

「う、うそぉ? あの子が、えぇ?」

 

カーテンを開ける。

 

隣の部屋は例によって、カーテンがかかっている。

 

が、今日に限って窓が開いていた。

 

「やばいって! 今日のイベクエボスマジでホラーだって!? 私ホントそういうの無理だって、無理無理無理、ぎゃ、ひぃいいいいいんっっ!?」

 

どんがらがっしゃーん。

 

大きな物音を立てて、何故か、何故かカーテンから女の子が背中から飛び出してきた。

 

「え、えぇえええ!?」

 

南森は動揺のあまり窓から身を乗り出す。

 

「ひぃん、だずげで、じぬにばまだばやいよぉ。ひぃんっ」

 

涙目で、足を窓枠に引っ掛けたまま、頭を下にしてぶらぶらと揺れている少女が、鼻水を地面まで垂らした。目に入りそうだった。

 

「ね、寝(ねる)ちゃん!?」

 

思い当たらなかった。

 

まさか本当に、本名に即した名前を生放送に使うとも思わなかったし、なんなら声も加工されていたのではなかろうか。

 

全く想像したくなかったが、南森の視界には、あるものが移っていた。

 

少女の頭には、VR機材が。

 

そしてカーテンが破れたのだろうか。部屋の中がよく見える。

 

PCの画面が見えた。そこには、youtubeの生放送画面と、動かない3Dの少女がいたのだった。

 

「え、えぇええ!? 嘘だぁ!?」

 

「え、なになに!? 誰? 誰かいるの!? たしゅけて、おしっこ漏れる、しにだぐないよぉああぁあああああああ」

 

「え、えぇと、つ、掴んで!」

 

南森は部屋にあった物干しざおを、少女の手に向かって伸ばす。

 

「掴む、つかむ! ぐぬぬぬぬぬ、あ、あ、たしゅけて……うんどうしなさすぎて…………ふっきんで、体起こせない……」

 

「掴んで、そのままゆっくり体を起こすの! そうだ、テコの原理! 私の窓枠を軸にして引っ張り上げれば!」

 

「ぐ、ぬぬぬ!!」

 

あほみたいな光景だった。

 

隣の家で、一人が物干しざお、そしてもう一人はそれをつかんで上体を起こそうとしている。

 

だが絶えずイナバウアーのような反り方をしているため、若干少女は諦めつつあった。あまりにも筋肉がなかったのだ。

 

南森は釣り人のような動きでゆっくりと物干しざおを持ち上げる。

 

少女はナマケモノのように木にぶら下がっているような姿勢で、息を荒げている。

 

「ふぁ、ふぁいとー!」

 

「いっぱー……てないぃ!」

 

あまりの痛さに、少女は窓から足が外れてしまった。

 

「あぁ!?」

 

南森の持つ物干しざおに急激な重さが加わる。

 

しかし、奇跡が起きたのだ。

 

南森はテコの原理を用いるため、物干しざおの半分の長さの位置に窓枠が触れていたのだ。

 

そして、その物干しざおは奇跡的にしなやか過ぎた。

 

何故か足も腹筋もダメダメだった少女だったが、本気で物干しざおを握っていた。

 

物干しざおはしなって、しなって、爆ぜた。

 

反動をつけて、少女を上空に放り投げたのであった。

 

「ぎ、ぎょええええええ!?」

「きゃあああああああ!?」

 

そして、奇跡的に、少女は南森の部屋にホールインワンしたのであった。

 

 

「はっ!? だ、大丈夫!? 寝(ねる)ちゃん!?」

 

「エ、ト、ド、ドモ、オヒサシブリ……デス」

 

「声がすごいことに……」

 

「チョ、チョットハナレヨ、ハズカシイ、ユカドンハハズカシイ」

 

「ゆかどん? ……床ドン?」

 

南森は改めて状況を確認する。

 

何故か、南森のベッドの上に、寝(ねる)という少女が横たわっており、南森は彼女に覆いかぶさるように四つん這いになっていたのであった。

 

「すごい、奇跡的に床ドンになってる」

 

「デ、デショ、ダカライッカイハナレヨ、ウン」

 

「そんなことより、大丈夫!? ケガしてない!?」

 

「完全無視するのそこ!?」

 

 

 

少女の名前は、君島 寝(きみしま ねる)。

南森の幼馴染であり。

不登校の少女。そして……。

 

「あ、いけない、リスナーいるんだった!?」

 

南森の部屋の窓から君島が体を出す。

 

君島の部屋のPC画面は、コメントが加速度的に流れていくのが見えている。

 

「う、うぐぅ。またこんなことに……」

 

「……ねぇ。寝(ねる)ちゃん」

 

「うひっ!? な、ナニ……? ゴメン人と話すのヒサシブリスギテちょっと」

 

「……寝(ねる)ちゃんって、Vtuberのネルちゃんなの?」

 

南森が見たのは、君島の胸元。

 

自然と目線が移ってしまった。

 

胸が想像以上に大きくて、意識がそれた。

 

「ぎゅぴぃ」

 

君島が奇声を発した。この世ならざる者の声だった。

 

「な、ナンデワカッタノ?」

 

発言自体は、非常に素直なものだった。

 



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きっとうまくいくって信じてます

君島 寝(きみしま ねる)は南森と小学校の同級生だった。

 

君島は気弱で、いつも誰かの服の裾をつまんで歩いているような女の子だった。

 

それでいて成績も良く、努力をする子だった記憶があると南森は改めて思う。

 

しかし、中学に行く際君島は転校した。

 

そして高校生になった南森の隣の席に君島の名前を見つけたとき、少し喜んだ。

 

更に良いことがあるとするならば、その君島の引っ越し先が自宅の隣だったのだ。

 

また仲よく遊べる、そう思っていたが、彼女は一度も学校に来なかった。

 

家に行ったこともあったが、彼女の父親が会わせてくれなかった。

 

だからたまに、南森は自室のカーテンをめくって、隣の様子をチラ見していた。

 

(ずっと、何か悩んでて学校に来れないんだろうなぁって思ってた。だったのに、まさかかの有名なVtuberになっているなんて!?)

 

「あ、あの……ネルちゃん? 本当に?」

 

「うそ、なんで知ってるの? オタクじゃなかったじゃんいっちゃん……」

 

いっちゃん。そのあだ名をまだ覚えてくれていたんだ。

 

南森は気分が高揚していくのを感じる。

 

「す、すごい!」

 

「ひょえ?!」

 

また君島が奇妙な奇声を発する。

 

「寝(ねる)ちゃん、学校に名前があったのに来ないから、不安だったんだけど、まさかすごい人になってるなんて! ビックリだよ! 頑張ってたんだね。しかも私の憧れの世界の新星になってるなんて世の中分からないなぁ……」

 

「……あの、えっと、……??」

 

君島の胸には妙に明るい緑色の光が刺している。

 

灰色の煙のようなものの隙間から光はあふれ出していて、それがどういう心境なのかは理解できなかった。

 

明るくなったから光が刺したのか。

 

もともと光っていたのに雲がかったのか。

 

南森は、少しだけ気に留めつつ、自身の気持ちに従った。

 

「あの、寝(ねる)ちゃん。その、えっと……」

 

「な、ナニっ!?」

 

「……その、サインとかって貰えたりする? その、一凛ちゃんへって」

 

南森は、意外と欲望に忠実だった。

 

 

 

 

 

「おー……ここが、ネルちゃんがお父さんとマイムマイムした収録部屋……」

 

「うぐぅ、い、嫌なこと思い出させる……。で、デモ久しぶりに会った気、しないね、いっちゃんは」

 

「そうかな……? 私はもっと早く会いたかったよ」

 

「う、ウン、うん、ウレシイ、ワタシモ、うん」

 

南森は押し掛けるように君島の部屋に入り込む。

 

今、君島の親はいないようで、すんなりと入れた。

 

「うわぁ、すごい線がいっぱい。これ、録音機材? マイクだー。このマイクについてるアミアミはなに?」

 

「アミアミ……、あ、ポップガード? こ、コレないと、ノイズは入っちゃうから……」

 

「この体育館とか放送室にありそうな機械は?」

 

「み、ミキサー? や、やすっ……、安いやつ買ったの……」

 

「すごい、まるで夢の空間……!」

 

「……ホントニオタクニナッチャッテル」

 

「えっ?」

 

「う、ううんなんでもない」

 

生放送は君島が部屋に入った瞬間切ったようで、放送終了の画面が映し出されている。

 

「すごいね寝(ねる)ちゃん。ホントにVtuberになってるんだ」

 

憧れと、尊敬が心を満たしていく。

友人が有名人だと、気持ちも「負けないぞ!」と自然となっていく。

 

「……。Vtuber、なりたいの?」

 

君島が自分の部屋であるはずなのに部屋の隅で体育座りで南森の様子を伺っている。

 

「うん、プロデューサーと一緒にね」

 

「き、企業勢なの?」

 

「やー、あはは……。ううん、個人勢だよ、多分」

 

「えっ。でも、プロデューサーってことは、その、企業っぽいよね」

 

「……そうだねぇ」

 

南森は自然と、目の前の少女であれば、自分の話を聞いてくれるのではないかと、少しだけ期待した。

 

Vtuberを知らない人には話せない、彼女なりの悩み。

 

「……私ね、実は、企業のVtuberのオーディションを受けたんだ」

 

「す、すごい……、鋼メンタル」

 

「ううん、でも、その時期に私の推しのVtuberさんが辞めてて。それで、Vtuberは推せる時に推さないとって思った。そして、出来るならVtuberもやってみたいって思ったんだ」

 

(あの人と同じ景色を見たかったから。あの人が万が一、帰ってきたとき隣で笑ってみたかったから)

 

「い、イイネ。そういうの大事」

 

「うん、それでね。もうほんとにボロボロだった。周りはアマもプロも関係なし。今まで何か頑張ってきた人たちばかりが集まってた。……私、なーんにもしてなかった。だって、普通の女の子だったんだもん。中学も普通に部活に入って、才能なくて打ちのめされて、勉強言うほど出来なくて。……あこがれだけで、オーディションを受けるのは間違ってたんだって」

 

「そ、ソンナコト………うぐぅ……」

 

何か言おうとして、君島が目と口を食いしばった。

きっと何かしら思うことがあっても、言えなくなるようなことに心当たりがあるに違いなかった。

 

「それでね。たまたまオーディションを見てたプロデューサーが、「基礎だけなら、教えられるぞ」って話しかけてきたんだよね。最初、すごく眉毛が濃かったから不審者かと思っちゃって」

 

「ま、眉毛?」

 

「うん。眉毛が濃い、繭崎さんって人」

 

「ナニソノ眉のためだけに生まれてきた人」

 

「ははは、……それで縁があってね。そのプロデューサーと一緒に活動してるんだ」

 

「ソナンダ。……? じゃあ、なんで企業勢じゃないの?」

 

南森は、何かを諦めた表情で、自虐的に笑った。

 

「プロデューサーに基礎を教わって、奇跡的に二次面接も受かったんだ。そして……」

 

南森が下を向いた。

 

君島が首をかしげて、鳴くように「いっちゃん?」と呟いた。

 

夜に溶けるような音だった。

 

「私は交通事故にあって意識不明に。繭崎さんは……仕事を首になったの」

 

静かな夜になった。

 

街灯は絶えず誰もいない道路を照らしてる。

 

聞こえてくるのは、二人の少女の息遣いだけだ。

 

「……Vtuberをやってみたいって気持ちだけで、こんなに大ごとになるとは思わなかったけれど、それでも、やってみたい気持ちが抑えられなかったんだぁ」

 

「ア、 ソノ……エット……」

 

「ごめんごめん、急に重たい話しちゃって。でも、Vtuberに私なりたいんだ。だから今、頑張ってるよ。あ、そうだ」

 

気持ちを切り替えるように、南森はほほ笑んだ。

 

「寝(ねる)ちゃんて、どんな風にVtuberやろうとしてるの? こう、事前準備とかさ、どんな風に考えてやってる?」

 

「え、別に何も……」

 

「わぁ、天才肌タイプ……」

 

「エト、そうじゃなくて、ソノ……」

 

君島はスマホを取り出して、アプリを起動する。

 

「あの、いっちゃん、金髪ツインテール好き?」

 

「え? 私、髪は茶髪のボブとか好きだけど……」

 

「じゃ、っ、じゃあ、服は? メイド服とか」

 

「いやいや、普通の服だよ私。森ガールファッションにあこがれは若干あるけれど」

 

「はい、デキタ!」

 

「?」

 

「画面見て!」

 

南森が言われるがまま、君島のスマホの画面を見る。

 

顔があった。南森の顔ではない。

 

アバターがあったのだ。それも、南森の好みの髪型、髪色、服装のアバターが。

 

「え、と。これアプリの、『ホロライブ』? 『REALITY』とか『カスタムキャスト』って雰囲気ではないし」

 

「は、はい! これでVtuberにナレタ!」

 

「え?」

 

南森は動揺した。

 

(え? これでVtuberって……、あ、でもそっか、アバターがあって、生放送をすれば、もうVtuberだ)

 

「アノ、やってみたいって、思ってやればもう出来る、よ。だから、その……やりたいって思ってやろうとするのは、イイコト、うん、イイコト」

 

「寝(ねる)ちゃん……」

 

「私は……そんな風に始めたから、何も考えてなかったし。うん、やりたいと思って、やってみただけ。だから、その、じぇったい、うぅ……、ぜ、ぜっ、たい、あこがれで前に進むことは、間違ってないよ……。やりたいこと、やる。やりたいことやるの。Vtuberって、そういうものだもん、きっと」

 

「やりたいことを、やる。……そうだね」

 

「だから、その。……、イッショニガンバロ」

 

「うん」

 

「わ、わたわ、私、いっちゃんがVtuber知ってて、嬉しかった、ヨ? ヤリタイコト、ヤル。アコガレタカラ、ヤッテミル。それが、うん、一番いいことだよ」

 

「……ありがと、寝(ねる)ちゃん」

 

「ふ、フヒヒ、ま、まぁ、Vtuberの、しぇんぱひぃ、ごほん、先輩だしね……」

 

「……滑舌、悪くなったね。寝(ねる)ちゃん」

 

「う、うっひゃい! うぅ……。人と話すの、パパ以外久々で……」

 

南森は、不安で仕方がなかった。

 

自分の好きなものを共有できる人がいなさ過ぎて、自分の好きまで否定されているような錯覚も覚えることがあった。

 

もちろん被害妄想だということは、本人も理解していた。

 

それに、その世界に入ることに、一種の神聖さを感じていた。

 

自分なんかが入ってもいいのだろうかと、何度も夜に思っていた。

 

だが、近くに同じようにVtuberをやっている友達がいて、同じ話題で盛り上がれることに心が落ち着いた。

 

悩みを打ち明けることができなかった少女が、自分が蓋をしていた悩みを聞いてくれた。

 

救われたような気がした。

 

だから、この調子でいけばなんとかなる。

 

漠然とそう思っていた。

 

そう、思っていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「どういうことだ?」

 

繭崎が眉間に皺を寄せる。

 

「やだなぁ、そんなに怒らないでくださいよ、先輩」

 

一人の、男が繭崎の目の前に立つ。

 

「イベントの運営は、今日から僕たちも噛むことになっただけですよ」

 

南森のいないところで、確実に何かが動き出していた。

 



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「大人の都合」

二ヶ月前。

 

南森がサーシャの家に泊まった、次の日の夜のことだった。

 

「どうして仕事辞めたの」

 

東京は上野で、繭崎とサーシャは二人でバーにいた。

 

二人は向かい合って座っていたが、サーシャの目つきは恐ろしかった。

 

しかし、繭崎はただただ真剣に話を聞いていた。

 

「私はね、繭崎。あなたがまだ芸能事務所で働いてると思っていたわ。だって、年賀状はあなたと所属アイドルの憎たらしいツーショット送ってきたし、四月にした同期飲みの時も、まだ働いてたじゃない」

 

「……あぁ、懐かしいな。前も言ったが、あのツーショットは不本意ではあったんだ。だがあまりにあの子がいい笑顔だったから使わせてもらった」

 

「誤魔化さないで。今はあなたの仕事の話よ! いつから? いつから仕事を辞めたの」

 

「お前に南森と挨拶に行った、2ヶ月前だ。6月の頭にな」

 

「なんで言わないの!」

 

ガシャン、グラスが揺れて大きな音を立てた。

周りの客も振り返って繭崎とサーシャの様子を見た。

 

しかし、肩で息をしながら顔をしかめるサーシャの剣幕に驚いて、目線を逸らした。

 

「……悪かった」

 

「なんで、なんで……!  ……バカじゃないの……。じゃあ、じゃあこの前提示した100万はどうするつもりだったの? 私は、事務所からの依頼金だと思って吹っかけたのよ。あなたがプロデュースしたアイドルが売れてて、だから、だから!」

 

「……退職金で払える額だったからな」

 

「な、によそれ。バカじゃないの? それじゃ私……とんだ悪党じゃない……」

 

声を震わせるサーシャを見て、繭崎も頭を掻いた。

 

「すまん。予算に関しては確かに最初は舐めていた。想像以上に金がかかるとも思った。だが、俺はお前の力を信じてるから、だから、金に糸目は付けられなかった。まぁ、あと一年は生きていける金もある。失業届出してるしな」

 

「そうじゃない。そうじゃないわよ……」

 

サーシャは香りを楽しむ気も起きず、ワインを一気にあおった。

 

「馬鹿、変な飲み方するな。体壊すぞ」

 

「はぁ、はぁ、……なんでもっと早く言ってくれなかったの……? 信頼してないの?」

 

「迷惑をかけたくなかった。それに、南森にも心配かけたくなかった。意地張ってたのは、認めるさ」

 

「そう、そうよ、南森ちゃん、あの子の為にぽんっと100万出すって、一体何があったの?」

 

繭崎の顔色が少し赤くなっている。

 

「ウチの事務所は、アイドル専門の事務所だった。だが新規事業を始めた。昨今の状況は、CDやライブ、物販だけだと事務所が生き残れないと踏んだんだろうな。それで、目をつけたのがVtuberだった。インターネット発で、オタクカルチャーの最新の流行。目をつけたのは自然だった。だが、流行に乗るのは遅すぎた」

 

力が入ってきているのか、表情が無くなっていく。

 

「それで白羽の矢が俺に立った。俺は一年あれば売れるアイドルを生み出せる、そういう売り文句もあったしな。事前情報なしで、幹部どもにやれって言われたよ。それでまず、Vtuberを研究するところから始めたが、俺には理解できなかった。Vtuberの魅力が、分からなかった。だからアイドルと同じようにプロデュースしようとした。その方がノウハウもあるし、企画も作りやすい」

 

ふっ、と息を抜いた。

思い出すように、繭崎が微笑んだ

 

「オーディションで、南森と出会った。素人がオーディションに受けてきたなって思っていた。だが、彼女はVtuberオタクだった。Vtuberについて、誰よりも詳しかった。だから、俺は彼女に注目していた。必死に全力で頑張ってたよ。そして、オーディションが終わった後、帰り道の井の頭公園に、彼女がいた。今日できなかったことを必死に練習してたんだよ。だから声をかけた」

 

「下手すれば変質者よ」

 

「そうだな。だが、彼女は素直に練習したよ。企業系のVtuberになりたいからってさ。あの子は本気で、俺が魅力の一つもわからなかったVtuberを本気で目指してた。……俺、夢を本気で追いかける奴大好きなんだよ」

 

「知ってる」

 

「あぁ、そして度々教えてたんだよ彼女に色々。……そして、事件が起きた」

 

「……事件?」

 

繭崎が本気で悔しそうな、苦しそうな顔で、歯を食いしばった。

 

「彼女は、車に轢かれた」

 

「なんですって?」

 

サーシャが身を乗り出す。

 

「事故ってこと? あの子無理して無いでしょうね?」

 

「……後遺症みたいなものが残ってるよ。だが、問題はそこ以外にもあった。裏があったんだ。これは、ただの事故じゃない」

 

「?」

 

「……彼女は覚えてない。ただ、たまたま、俺は見ていた。あの夕暮の闇に隠れるように、井の頭公園で、南森は誰かに突き飛ばされて車に轢かれた」

 

「……は?」

 

「その後は、俺が何故か彼女に、裏営業を持ちかけたとしてクビになった。俺の話は誰も信じなかった。いや、幹部どもは完全に口裏を合わせるように俺をクビにした。そこで初めて分かったんだよ。ハメられたってな」

 

「い、一体何を言ってるの繭崎」

 

「……南森が受けていたVtuberオーディションには、何かがあった。思惑が、利権が、南森の憧れを本気で壊しにかかる悪意が! 俺は人の夢を否定する奴を許さない、だから」

 

「待って!」

 

サーシャが繭崎の肩を掴んだ。

 

「あなた、酔ってるし、クビになったから疲れてるのよ。悪い運が重なっただけかも。そういうのはあなたが抱える悩みじゃない……警察に全部任せれば」

 

「……そう、考えた方がいいんだろうな。だが、警察は捜査を打ち切った。圧力をかけた奴がいるんだ。根拠はない。俺はあの事件の真相を知りたい。そして、南森の夢に泥を塗ったやつも許せないんだ」

 

「あなた、あの子をダシに、妄想かもしれない想像だけで復讐じみた計画してるんじゃないでしょうね」

 

「……」

 

繭崎がグラスを回す。

 

赤ワインの香りが花開くように広がっていく。

 

「別に、あの子を俺の都合で縛るつもりはないよ。ただ、あの子を応援したかっただけだ。丁度、独立してみたかったしな」

 

「……そこだけは、間違い無いのね?」

 

「あぁ」

 

「そう、分かった」

 

サーシャが繭崎が机に置いた手を重ねる。

 

「100万はいらない。30万で依頼を受ける…品質は変えない。出世払いで残りを払いなさい。出世払いで、100万の3倍のし付けて返しなさい。いつでも待ってるから」

 

「何を、お前にだって生活が」

 

「その代わり!……その代わり約束して? あの子を、南森、いいえ、一凛(いちか)ちゃんの期待を裏切らないであげて……あの子はまだ未成年よ。あの子には将来がある。……絶対に、守ってあげなさい」

 

「……言われるまでも無いよ」

 

「分かってない、絶対あなた分かってないわ。分かるわよ、あなたバカだから」

 

サーシャが泣きそうな声で繭崎の手を潰すように握った。

 

 

 

 

 

(なぜ、今更そんなこと思い出してしまったんだろうか)

 

そして二ヶ月後。

南森と君島が出会った次の日。

 

繭崎は迫り来る新人ライブの打ち合わせに来た。

 

主催者である男性個人vtuberの「ドン⭐︎ 先一(どんぼし まずいち)」は、個人勢の中でもかなり成功している部類のvtuberだ。

 

⭐︎を星と読むのが嫌な人が非常に多く、大半の人からドンと呼ばれている。

 

彼は新人Vtuberオタクであることをバックボーンに、「あらゆる新人に日の目を」という企画を度々行なってきた。

 

今回のイベントは、音楽ライブ。しかも「今回が初デビューでもいい、デビュー一年未満のVtuberオンリーイベント」という集客性度外視を実行してしまう力。

 

渡りに船ではあったが、成功するかは分からない。

 

期間はもう少ない。

今は10月。

 

あと4ヶ月で、本番。

 

(南森は、間に合わないかもしれない)

 

繭崎は当たり前の事実に直面していた。

 

(残念だが、あの子は天才じゃない。4ヶ月では実力はやはり素人に毛が生えた程度にしかならない。……天才を見たことがあるからこそ分かる。今のままではダメだ。どうすればいいのやら)

 

 

懐に忍ばせていたタバコに触れて、昔の、井の頭公園で面倒を見ていた時のことを思い出した。

 

(「繭崎さん。タバコ吸いすぎですよ!」……か。はぁ、……まぁ、禁煙にはちょうどいいさ)

 

顔合わせを行ったことはあるが、細かい打ち合わせや変更点を4ヶ月前に行われると思わなかった。

 

(さて、面倒じゃなきゃいいんだが)

 

渋谷の某貸し会議場に入る。

 

まだ開始1時間前だからか、主催者と数人しかいない。

しかいない。

 

いや。

 

数人、いてしまったと言う他なかった。

 

「……。ふざけろ。なんでアイツがいやがる」

 

 

奥歯が凹むくらい力が入る。

 

目線の先には主催者と2人の男女。

 

ドン⭐︎先一と、知り合いが1人、他人が1人だった。

 

「あぁ! 繭崎さん! 御世話になってます!」

 

アロハシャツを身に纏った背の低い小太りの男、ドンが駆け寄ってくる。

 

会社勤めが嫌で、スーツも嫌いなのでアロハシャツを着続ける男は、クリエイターだから許されるのだろうと繭崎は頭で処理する。

 

しかし、それ以上に看過できないことは……。

 

「……どうも。お世話になっております。……なぜ、岩波芸能事務所の方がいらっしゃるんです?」

 

岩波芸能事務所。

 

アイドルを専門としていた、芸能事務所。

 

最寄駅は井の頭公園及び吉祥寺、徒歩7分。

 

繭崎の古巣である。

 

「あれぇ? 繭崎さん、お知り合いだったんですか? いやぁそうなんですよ。何せ、今後あちらの運営の方と共同でイベントを開催することになりまして!」

 

「なに?!」

 

思わず言葉を吐き出してしまう。

 

繭崎の驚いた様子を見て、ニヤリと笑いながら男が近づいてきた。

 

繭崎が毛を逆立てるように眉間にシワを寄せる。

 

「おい。どういうことだ?」

 

「やだなぁ、そんなに怒らないでくださいよ、先輩」

 

一人の、男が繭崎の目の前に立つ。

 

「イベントの運営は、今日から僕たちも噛むことになっただけですよ」

 

「……佐藤っ!!」

 

細身の体系に、スーツを着用したメガネの男、佐藤 由和(さとう よしかず)。目にクマを付けて、全く笑っていない瞳で、口元だけ歪めた。

 

「あぁそうそう、ついでにご紹介しますよ。ほら、挨拶して」

 

佐藤に言われるがままに、暗い影を顔に落とした女が頭を下げた。

 

「……ども、初めまして。【アイギス・レオ】でギリーって名前のVtuberやらしてもらってます、不動 瀬都那(ふどう せつな)って言います……よろしくどうぞ」

 

崩れ落ちてしまいそうになる感覚を覚えながら、繭崎は声を震わせた。

 

「佐藤っ……お前が、アイギス・レオ担当!?」

 

「えぇ、……そうですよ」

 

若干の苛立ちを見せて佐藤が返す。

 

「先輩がなるはずだった、アイギス・レオのプロデューサーではないですけどね」

 

 



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どうしようもないです

「こんにちはー。サーシャさん、繭崎さん、いますかー?」

 

君島に出会った日から、2日が経っていた。

 

唐突に繭崎から連絡がきた南森も、気持ちが少し浮かれていた。

 

(隣に住んでいた幼馴染が、Vtuberになっていたっていう話、まるで漫画の世界! もしかしたら10年、20年経ったら、全人類バーチャル化、なんてのもあったりして? 未来にもきっと、素敵な世界が待ってたりするのかな、ふふ)

 

そんなことを夢想しながら、サーシャの作業部屋に入る。

 

「……、………、ん? あぁ、南森か」

 

「こんにちっ……は……?」

 

作業部屋は先に部屋にいた二人のどんよりとした空気に染まっていた。

 

薄暗くて、ため息が地面を覆っているような感覚すらあった。

 

そして南森が見たのは、サーシャと繭崎の胸元。

 

「……真っ黒?」

 

「ん? ……あぁ、真っ黒か? そこまで暗くないと思うんだがな。まだ夕方だし、カーテン開けておくか」

 

「ちょっと、人の部屋勝手に弄んないでよ。はぁ、でもま、夕日くらい浴びておきましょう。……ちょっと、本気でやばいんだし。気持ちくらいリフレッシュしておきたいわぁ」

 

「えっ、あの、……その」

 

南森が困惑したまま、ソファに学生かばんとを置いた。

 

「何かあったんですか?」

ベージュ色のダッフルコートの袖をハンガーに通しているときに、繭崎がお手上げな様子で言葉を吐き出した。

 

「……、2月に予定していたライブ」

 

「あ。はい! 私頑張りますよー。今過去一でモチベーションがすごく高いんです!! Vtuberってやっぱり、他のだれかと繋がってるからこそ楽しいですから! あ、そうそう! 私の隣に住んでた幼馴染がですね……」

 

「参加、出来るか分からなくなってきた」

 

「……。……へ……?」

 

目を大きく開いて、繭崎に体を向ける。

 

繭崎は項垂れて、自嘲気味に額を抑えて、眉間に皺を作っていた。

 

「実はな……」

 

 

 

 

繭崎が思い出していたのは、後輩の佐藤のことだった。

 

打ち合わせの際、彼は参加者全員にこう伝えた。

 

「今回のイベントに出資するにあたって、トリにウチのVtuber、ギリーに新曲のお披露目をすることになりました。それに伴って、youtubeの生放送以外のメディアの使用と、広告の拡張を行うことになりました」

 

繭崎の顔見知りの社員が手を挙げた。

 

「岩波芸能事務所さんとしては、どこまでの干渉を? 運営自体変えるということでしょうか」

 

佐藤は真剣な表情でプレゼンを行う。

 

「あくまで運営はドン☆さんの協力の下で行わせていただきます。最大限、彼の意思を尊重した上で、資金援助、機材貸し出し、演奏者の手配、その他新人の中でもかなり力のあるVtuberの呼び込みを行い、ドン☆さんのイベントの中でも過去最大規模の新人イベントにする自負があります。もちろん、皆様の所属タレント、または創作物であるVtuberも、大々的に広報させていただきます」

 

「……つまり?」

 

「アイギス・レオと一緒に広告を打ち出すということです」

 

「おーいいじゃないか」「これ、ウチの子結構バズるんじゃないんですかね?」

「渡りに船と言うかなんというか」「いやでも変更が急すぎる、ちゃんとウチに話通してもらわないと」「これは突っつけばかなりうちの子を優遇してもらえるのでは?」「みんなのために頑張らないとな」

 

会場は多少の批判はあれど、歓迎のムードも強かった。

 

そう、やはり一番パンチが効いているのは広告代行。

 

お金のない弱小Vtuber事務所や、成功するか見込みのないものに投資するつもりのない企業、ノウハウの分からない個人勢などは、大手を振って岩波芸能事務所を歓迎するだろう。

 

実際、ドン☆先一は喜んでいた。

まだ見ぬ才能を応援するというコンセプトに、岩波芸能事務所が賛同してくれたと思っているからだ。

 

「ただ……今回のイベント、統一感があまりにも弱い」

 

ぼそりと、佐藤がつぶやいた。

 

全員が耳を傾ける。

 

「みなさん、これは新人イベントです。それはあくまで、みなさんの所属の子のステップアップのために参加している、違いますか?」

 

その通り、と誰かが手を叩いた。

 

「それにしては、今回のイベント、プランニングが少し弱い。資金援助を行う以上、確実に成功させたい熱意が私たちにはあります」

 

「何が言いたい……」

 

繭崎が小声でにらみつける。もちろん、声は誰にも届いていないが。

 

「――単純です。今回のイベントは、音楽をテーマに行っていますが、二種類の演者がいます。それは、「オリジナルソングのお披露目会」か「カラオケ大会」っていうことですよ」

 

「!?」

 

目を見開いた繭崎を視界に入れた佐藤が、口元をゆがめた。

 

「すべての歌をカバー曲のみで参加と言うならば、カラオケ大会にイベントを変更するべきです。いろんな人がいる、いろんなVtuberがいる、というのは言い訳ですよ。このイベントのテーマは?」

 

「新人を盛り上げる、ですが……」

 

ドンが困惑しながら呟いた。

 

「新人を盛り上げる、以上のものがなければ宣伝できませんよ? ただ歌って仲良くするだけの、文化祭の打ち上げを楽しむためだけに参加している学生と変わらないことをしたって、数字は取れません」

 

だから、と佐藤が繭崎を睨んだ。

 

「今回の出演者には、必ず一曲、オリジナルソングを歌ってもらう、というのはどうでしょう!」

 

「お、オリジナル?!」

 

ドンが椅子から転がり落ちる。

 

「待てっ!!!!?」

 

繭崎が思わず飛び上がる。

 

「ふざけるな! 少なくとも、今回の参加者で自分の曲を持っていないVtuberは4人いる。参加者合計10名、いや追加で11名だったが、半数以上は曲を持ってないんだ。無茶だ、最初に聞いていた企画とは毛色が変わりすぎている!」

 

「……ずいぶん甘ったれたことを言いますね、先輩」

 

「なっ!?」

 

「あなたが現役だったころは、どんな状況でも、どんな環境でも、必ず人気にさせる、そういう熱意があった……。オリジナルソングを聞いてもらうというハードルの高さ、貴方は知っているはずだ。自分の曲を聴いてもらう機会の少なさを」

 

「っ」

 

あまりに佐藤の真剣な表情に気圧される。

 

「新人にスポットを当てる、というテーマから始まってるんですよ。ギリーという一人がいるだけで、誰か曲を聞いてくれるかもしれない。 アイギス・レオが主導となって新人オリジナル楽曲でイベントを開けば、現地に来る人は必ずギリーの出番まで会場を盛り上げるでしょう。つまり…」

 

必ず人が来る。繭崎は悔しいながらも認めていた。

 

アイギス・レオには集客力があることを。

 

「真剣にエンタメ考えているこちら側に、まさかただカバーソング歌って帰る、というのは運営も客もなめてる。もちろんカラオケ大会なら別ですが、そうじゃない。全員に日の目を浴びせるのなら、オリジナルで挑んでもらうのが参加者の礼儀でしょう」

 

「ふざけ……やがって」

 

(くそ、作曲家に依頼したところで資金を回収できるかわからない! 誰も注目していない中で曲を聴かせる? くそ、くそ! 完全に俺たちを狙い撃ちしての提案だろこれは!! 無理に決まって……)

 

 

「……やります!」

 

「!?」

 

顔見知りの社員が叫んだ。

 

「確かに、オリジナルソングをここで聞いてもらえるチャンスなら、最大限生かさないと!」

「そうだ、まだ4か月あるんだ。一曲くらい依頼すりゃ作れる。Vtuberの子も喜んでくれるさ」

「だな、忙しくなりそうだ!」

「やっぱりiTunesとかかな?」「いややっぱりBOOTHじゃないか?」

 

2社、名乗りを上げる、オリジナルソングを持たない運営たち。

 

彼らは「アイギス・レオ」がいるのだから、自分たちが用意さえすれば必ず楽曲は聞いてもらえるし、売り上げが見込める、と取らぬ狸の皮算用を始める。

 

(馬鹿野郎、この、素人! オリジナルソングをそんなポンポン生み出そうとしてどうするんだ。作曲は投資なんだぞ……)

 

 

佐藤は、分かっているのだろう。

繭崎の運営に資金的な力がないことを。

 

オリジナルの曲を作る。

これにかかる費用を考えればわかる。

 

例えば誰もが知っている有名なボカロPに作曲を依頼したとして、編曲も込々で60万から。

安く済ませようと名の知れていない人に依頼したら10万代で済むのかもしれない。

しかし、実績も、曲の評価もない人間にデビュー曲をゆだねるというのも恐ろしい話だ。

 

一発目の曲は気になって聞いてくれるかもしれない。

聞いてくれた上で、別の曲も聞いてもらえるようにする。

 

そう、普通ならできない。

 

だから資金力のある事務所や企業は有名人に依頼する。曲に作曲者の名前があるだけで、人はその曲を聞きたがるのだから。

 

(初動だ。初動でアイドルもVtuberも今後が決まる。誰も並んでない店に人が来ないように、認知されたときどれだけ人の心を掴めるかが勝負。だから本当は有名Pにお願いしたい、だがそれは現実厳しい。予算も、コネも、信用もない状態でのスタートだぞ。くそ、どうすれば)

 

「繭崎さん」

 

「……? あなたは……」

 

隣に座っていた男性が立ち上がる。

確か、40代でVtuber事務所に転職した男だったはずだった。

 

「すいません、私どもは今回の企画、下ります」

 

「えっ」

 

「分かるでしょう? 曲を作る危険性も。なにせ、アーティストとしての方向性じゃないVtuberに曲を持たせても、使うかどうか。そして、買ってもらえるかどうか、わかったもんじゃありませんから」

 

「うっ、うぅ……」

 

「すいませんドンさん! 話が違う! なので、今回の企画、私どもは撤退しますよ! また次の機会に!!」

 

「え。ど、どうしてだい!? 待ってくれ! ここでみんなを盛り上げればそっちだって嬉しいはずじゃ!」

 

「ドンさん、私はね、あんたの人柄を買って参加を決めたんだ」

 

そう言って、男はネクタイを緩めながら会場を後にした。

 

男の背中を、ドン☆はただ虚ろに見つめていた。

 

「先輩、どうします? 参加されますか?」

 

「持ち帰らせてもらう。近日中に話をつける」

 

「……はは、ホントに、牙抜けたんですね、先輩。昔だったら、かみつく勢いで参加決めてましたよ」

 

「俺だけの運営じゃないんだよ。大事なのは、……中の人だろ」

 

「……わかりませんよ。Vtuberの中の人っていうのは、演者含めた運営のことでしょ? なら、あなたが即決しても着いていくでしょ、演者は」

 

「どうだろうな」

 

繭崎が視線をずらす。

 

壁に背持たれてスマホをいじっている不動という女性を見る。

 

「……なんで俺を潰しにきた?」

 

「……はは。ホント、よく頭が働きますよね。自発的にではないですよ。どんだけ経営陣から恨み買ってたんですか? でも、先輩がいるなら、潰しに行って、中指立てるのが礼儀でしょ」

 

「くそ、良い後輩を持ったよ」

 

「彼女、元歌手ですよ。インディーズの」

 

「なんでだ?」

 

「さぁ。なんでものっぴきならない理由でVtuberになるとか聞いてますけどね」

 

「違う、そっちじゃない」

 

繭崎の太い眉がピクリと動いた。佐藤はそれを見て真剣に繭崎の声に耳を傾けた。

 

「俺、アイギス・レオのオーディションで彼女の顔見たことないぞ……?」

 

 

 

 

 

「実はな……」

 

繭崎は最初、自分が体験したことをすべて南森に伝えようと口から言葉が漏れた。

 

しかし、舌が止まったのは繭崎の気持ちの問題だった。

 

(大人の事情に、南森を巻き込むことはない……何を考えてるんだ俺は)

 

「いや。どうも急に運営方針が変わってしまってな。オリジナルの楽曲を最低一つ、用意することになった」

 

「!? オリ曲ですか……? でもどうして?」

 

「運が悪いのか何なのか。アイギス・レオの歌担当。ギリーがトリで歌うことになった」

 

「ギリーさん!?」

 

南森が顔を赤らめて想像を働かせる。

 

(うわ~、もしかして、不動さんと共演!! やった! やった! 嬉しい、すごい、やった! 一緒の舞台でライブだなんて……。でも、あれ?)

 

「その、すごく嬉しいんですけど……曲って、どうするんですか?」

 

「どうするもこうするも! ないものはないのよ。あぁ~なんでこんなことになっちゃうかな。一凛ちゃん、私たちは今ピンチなの! オリジナルソングを四か月以内に用意してライブでお披露目できるようにしていないと、参加できないの!」

 

「え、えぇ~!?」

 

サーシャの言葉で、南森の脳裏に窓ガラスが割れる音が聞こえた。

 

のんきに「がしゃ~ん」と音を立てるが、動揺する程度でとどまった。

 

「えぇと、じゃあどうやって用意すれば」

 

「……、依頼するしかないだろうな。だが、金がかかる。まとまったお金が……」

 

「えっと、じゃあ、その」

 

「一凛ちゃん」

 

サーシャの真剣なまなざしに南森の心が揺れる。

 

「決めましょう。60万以上の投資をするか、適当な作曲家に安く作ってもらうか。……それともライブの辞退するか」

 

夕日が雲に隠れて闇が部屋の中を埋め尽くす。

 

南森の漏れた吐息すらよく聞こえるほど。真っ暗だった。

 

 



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やりたいことを、やるためにも

「やるとしたら歌撮りは……マイク買って宅録? ポップガード買ったりして……」

 

「いや、インターフェイスだとか宅録用のフィルターまで購入する羽目になる。スタジオを借りて撮るしかないだろ……」

 

「じゃあ動画は、モーションキャプチャーとか借りて、同じようにスタジオ借りるの? 一枚絵じゃダメ?」

 

「それも考えないとな……」

 

 

(ついていけませんでした)

 

率直に南森はそう思った。

 

(私は……、ただVtuberをやれればいいと思って、そこから始まった。そして、Vtuberをやるにあたって、行動理念じゃないけれど、テーマを考えた)

 

(私は上手くやれてると思った。自分の考えを、きちんと形にできているような手ごたえも、モチベーションもあるような気がしていた。でも……)

 

「あーもう、なんで喧嘩みたいなのを買うのよバカ! じゃあこうしましょ、私が何枚か絵を描いてそれを基にPV作成とか」

 

「PVを作成するスキルがあれば別だが、外注になるぞ。……やっぱり辞退したほうが」

 

「馬鹿、あの子が必死になって頑張ってたのに貴方は全部捨てさせるの!? にっ、2か月の時間を捨てろって? そんなことをよく目の前で……」

 

「……」

 

激論を繰り広げる大人たちをしり目に、話に混ざろうと頑張るが、あまりにも自分が蚊帳の外なのか、それとも今までこういった話し合いに参加してこなかったツケが出たのか……。

 

おそらくその両方で、自分にはどうしようもないと、ただ座るだけの少女は瞳を曇らせる。

 

(どうすればいいんだろう。私、何をすればいいんだろう。繭崎さんも、サーシャさんも、こんなに考えてくれてるのに、私何も言えない。わかんないよ)

 

(曲、かぁ、……曲、つくらないといけないの? そっか、もしかしたら私、ライブ出られないんだ)

 

「……っ」

 

(ダメ、だめ! もうやだ、涙出そう、泣かないで、泣かないで私、お願い、迷惑かけちゃう、私が我慢すればいいだけ、そう、今回はダメだったけど、次頑張れば……つぎ、がんばれば……)

 

ぽろっと、涙が一つこぼれた。

 

(だれか、たすけて……私、どうすれば……)

 

「――ったくよぉ。女の子泣かせるとか、ロックじゃねぇぜ」

 

(――えっ……?)

 

ふと、誰かの声が聞こえた。

 

顔を上げると、大人たちの興奮した話し合いがあった。

 

周りをきょろきょろしても、誰もいない。

 

きっと疲れからくる幻聴だったのだ。

 

……だが。それで十分だった。

 

「……不動さん」

 

(そうだ、私、不動さんともしかしたら一緒の舞台に立てるかもしれなかった。私を助けてくれた人と……っ。そうだ、そうだよ。私、貰いっぱなしで何も考えてなかった。助けてほしいって、また不動さんに笑われちゃう。だめだ、私、私はっっ、自分の足で、あの人のところまで行きたい!!!)

 

(でも……どうすれば)

 

ふと、不動という女性のことを思い出す。

 

あの日、あの時、吉祥寺のライブで。

 

彼女は歌った。ギターを奪って弾いて、その場にいた人の心をつかむ歌を歌った。

 

(それだけ、音楽に本気だったんだ)

 

だから、南森は思った。きっと顔を知らなくても、音楽に人生をささげた作曲家はネットに溢れているだろう。

 

だけど、だけどだ。

 

(本気で、私も向き合いたい。不動さんに、私を見てほしい、こんなに頑張りましたって、胸を張って報告したい。だから……本気で、私と一緒に音楽で不動さんを振り向かせられる人……でもそんな人……)

 

「あっ」

 

いた、……かもしれない。

 

音楽に精通していて、かつ、本気で音楽をしようとしていた少女。

 

あの日、あの時、音楽で喧嘩をしていた少女。

 

魚里 隈子が、いた。

 

「でも、ダメ……、断られるだろうし……迷惑かけちゃう」

 

そう呟いたら、何故か、あの子のことを思い出した。

 

南森の隣の家に住んでいる少女のことを。

 

 

 

 

 

 

み、ミキサー? や、やすっ……、安いやつ買ったの……

 

エト、そうじゃなくて、ソノ……

 

は、はい! これでVtuberにナレタ!

 

アノ、やってみたいって、思ってやればもう出来る、よ。

 

だから、その……やりたいって思ってやろうとするのは、イイコト、うん、イイコト。

 

私は……そんな風に始めたから、何も考えてなかったし。うん、やりたいと思って、やってみただけ。

 

だから、その、じぇったい、うぅ……、ぜ、ぜっ、たい、あこがれで前に進むことは、間違ってないよ……。

 

やりたいこと、やる。やりたいことやるの。Vtuberって、そういうものだもん、きっと

 

 

 

 

「やりたいことを、やる」

 

ヒントがあった。

 

彼女は別に、最初から最高品質の状態で挑んでいなかった。

 

まず、飛び込んだ。

 

やりたいと思ったから、やった。

 

今、南森のやりたいことは……。

 

(ライブに出たい。不動さんに、全力でありがとうございますって言いたい。どうせ出るなら、一緒に不動さんにぶつかってくれる人と頑張りたい。だから、私のことを知ってて、いつでも意見をぶつけられる魚里さんが近くにいるからお願いしたい。でも、でも本当にやっていいの? やっぱり、やっぱり駄目なんじゃ)

 

 

 

「歌ってのは、感情を訴えるもんだ。思いのまま、叫び散らせばいいんだって!!! 少なくとも、私はそう思うね。ロックに歌えよ、南森ちゃん。やりたいことを偽らずに、ほんとの自分でぶつけてくんだよ!!」

 

 

(ふと、頭に不動さんの言葉が浮かんだ。そして、私の中で、胸の奥から声が聞こえた。たくさんの、本当にたくさんの声)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はいどうもー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハロー」 「こんにちは!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はーいはいはい」「おはクズ・・・!」 「おはよぉおおおおおおおおおお!!!」 「気をつけ!」「下等生物の皆さんご機嫌よう!」 「おっすおっす!」「よぉ!」「おつおつおー!」「ハロー旦那様」 「やっほーい」「元気~?」「きらっきー!」「こんるる~」「はぁい!」 「「はおー!」」「どもどもおめがってるー?」「みなさーん!」「こんにち ハッカ!」「やっほー!」「どうも、おはようさんです」「おはララー」 「みなさんこんにちは!」「おはぴよ!」「やぁ諸君!」「やっほー」「ハウ ディー!」「HANJO!HANJO!」「おはようございます」「るーるるる」 「カッカッ」「おばんです」「ぶぉおおおおおおおおおおおお」 「こんにちにんにん!」「ご機嫌よう!」 「やっほー!「こんちわわ~」「にゃっほにゃっほー!」」「ちゃおん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(私の好きな人たちの声が、胸の奥から聞こえた)」

 

「あっ、あのっっっ!!!!」

 

(自分でもびっくりした。必要以上に声が出た)

 

大人二人が、驚いて南森のほうを見る。

 

顔を赤らめながら、汗をかきながら。

 

「……お願いがあるんです!!!」

 

 

 

 

 

 

 

「そんな、無理だって!?」

 

「そこをなんとか!!!! お願いします!!!!」

 

翌日、南森は昼休みに屋上で魚里と交渉を行っていた。

 

「あ、あのネェ、えーと、南森一凛ちゃんさ。私、別にトラックメイクぐらいはしたことあるけどさ、いきなり楽曲作ってライブはかっこよすぎるって! しかも二人? 1MC1DJってラップとかの編成じゃん!!マジ【creepy nuts】じゃん! これがバンドとかなら【リンキン・パーク】とか【MAN WITH A MISSION】とか【SEKAI NO OWARI】とかあるよ? でもそんな……無理だって。いまいちピンとこないし、Vtuber」

 

「……どうしても、ダメですか?」

 

「あー、その、ね? いやまぁ別に暇だしバンドクビになったし、でもそのさぁ、最初の曲なんでしょ? 私でいいのって気持ちもあるし……、いや、建前はいっか」

 

魚里の目がギラギラと光る。

 

「私さ、曲で冗談言えないから、本気でいろいろ口出しちゃうよ。せっかく話が合う友達をさ、ボコボコに言うの、多少は忍びないじゃん。だから、気軽に私とコラボって、なめてかかってたら腹立ってくるし」

 

「!?」

 

「はぁ、うそうそ冗談、この話はまぁ、ナシってことで」

 

「……気軽じゃないです」

 

「?」

 

「本気の、本気です。今、魚里さんよりも、もっともっとすごい人を相手にしようとしてるんです!!!」

 

「……はぁ?」

 

「戦うために、力が必要なんです!! ……お願いします!!!」

 

「……」

 

「……あ、ソノ、無理ならいいです……ちょっと頑張って探します……」

 

「いやそこで折れるんかい! ……はぁ。話、聞かせてくれるっしょ?」

 

 

 

 

 

「~~と言うわけで! 魚里 隅子ちゃんに、曲をお願いしたいんです!!」

 

「なるほど」

 

繭崎が唸る。熊フードを被って、メッシュを髪につけて迫力のある少女を見て、動揺していたのかもしれない。

 

南森は魚里を連れて、サーシャの家で繭崎と合わせた。

 

南森にとっても正念場だった。

 

「だが、本当に頼りになるのか? 素人だろう?」

 

「……ふん、見る目無いだけでしょこの人。眉毛濃い癖にさー」

 

「う、魚里ちゃん!」

 

魚里が繭崎に素人と言われただけでへそを曲げると思ってもみなかった南森。

 

小声でひたすら愚痴を吐く。

 

しかし繭崎は冷静だった。

 

「ミュージシャン、と言えばいいのか、DJ志望だしまぁミュージシャンか。それで? 君は一端でも音楽を嗜んでいるなら、持ってるだろ? 聞かせてくれ」

 

「……マジこの人信用していい系?」

 

ぼそっと吐き捨てるように悪態をついて、魚里はカバンを漁って、一枚のCDを取り出した。

 

「はい、一応今までのポートフォリオです。デモCDって言えばいいですかー?」

 

南森はそれを見て、「すごい、まるでミュージシャンみたいなやり取り」と感動していた。

 

CDを受け取った繭崎は自身のノートPCに入れて、イヤホンで音楽を聴いた。

 

1分経って、片耳のイヤホンを外した。

 

「どうです? まぁ、通用するとは思いますけど。正直南森さんがどこまでついてこれるか」

 

「うぅ、魚里さん手厳しい……」

 

「ん? あぁ……」

 

繭崎は頬杖をついた。

 

「魚里さん、ですっけ」

 

「はい」

 

「あー、これは酷い。やめておきましょう。こんな音源じゃウチの南森を活かせない。まぁ、学生レベルなら上等だと思いますけどね」

 

(えっ)

 

南森は目を大きく開いた。

 

繭崎が人の作品についてここまで酷評すると思わなかったからだ。

 

魚里が立ち上がる。

 

「……どこがダメよ。言ってみ?」

 

「君の音楽、歌ものに向いてないから。全く人を介在する余地を作ってないし、テクニックのお披露目会みたいな曲ばかりだ。何を感じさせたいのかテーマもなさそうだし、曲名も普通。何か一音でも刺さると思ってたら何も刺さらない。学生が作ったっていう売り出しでやればまぁそこそこ人気出るよ、インディーズでね。南森が真剣に音楽のことを考えてる人がいるって言ってたから聞こうと思ったけど、まぁうん。こんなもんかって感じ」

 

「っ!? ……よくまぁそこまでいけしゃあしゃあと!!」

 

「う、魚里さん!」

 

怒りで顔を真っ赤に染める魚里を後ろから南森が抱きかかえる。

 

繭崎はソファに座り込んで、腕を組んだ。

 

「……ふむ。じゃあ君はこれ以上のもの、作れるの? 作れないならこのまま帰っていいよ」

 

「はぁ!? 作れるに決まってっしょ!!!」

 

「そうか、じゃあ来週までに歌ものでトラックを作ってごらん。クオリティが高ければウチで雇うし、知り合いの事務所紹介するよ。君が作ってくれるなら仕事として10万払うよ。出来ないならまぁ、趣味で頑張ってねとしか言いようがないけれど」

 

「!!!? こ、このぉ。やってやろうじゃない!! 絶対認めさせてやったらぁ!!! ふん!!!!!」

 

がに股になりながら本気でキレて帰りだす魚里。

 

南森は驚きのあまり繭崎を睨んだ。

 

「ま、繭崎さん!!! どういうつもりで……繭崎さん?」

 

繭崎はいつの間にか、両耳にイヤホンを入れていた。

 

そして、にやついていた。

 

「……繭崎、さん?」

 

「南森」

 

繭崎がイヤホンを外して南森に微笑んだ。

 

「あと4か月、いや、仕上げを考えて、2か月くらいか。彼女で行くぞ」

 

「……。……? ……え?」

 

南森が困惑していると、繭崎が後ろ頭を掻いた。

 

「あぁ、言い方悪かっただろ? でもまぁ、叩いたら伸びそうだったから」

 

「――ま、っ繭崎さん!!!!」

 

南森が本気で怒っても、繭崎は意に介していないようだった。

 

「……南森、よく突破口を見つけたな」

 

繭崎が苦笑いを浮かべる。

 

「出るぞ、ライブ。こうなったら、参加者全員の度肝を抜かすぞ!!」

 

「はっ、はいっっ!!!」

 

南森の瞳には、情熱の赤が見える。繭崎も、魚里も、燃え上がっていた。

 

(きっと、上手くいく。私はそう信じてる)

 

南森は、自分の胸の真ん中に握りこぶしを置いて、改めて誓う。

 

(不動さん、私頑張ります。頑張りますから!)



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チャンスは、絶対つかみますから

「じゃ、本気でやっちゃいますか」

 

昼休み、クラス中が目を見開いていた。

 

バサッと魚里が、南森の机の上にノートを開く。南森はおどおどしていたが、魚里は誰の目も気にしていない。

 

「まず曲を作るときは構想が8割だと私は思うわけ。まず何を作るかを明確にしないと音も選べないしノリ方も決まらない。ジャンルを明確にして、テーマを提示しないと意味ないかんね」

 

「……そこは、Vtuberのキャラを作った時も考えました」

 

「ん! じゃ、要領は同じと思う。だからまずは、Vtuber【白銀 くじら】っていうテーマにジャンルを当てはめる」

 

「テーマとしては、やっぱりみんなで一緒に楽しめるっていうのだと思うんです」

 

「じゃー、まぁPOPっしょ。後は手法かな。アイドルソングらしい、例えば【乃木坂46】じゃないけど、そういう音楽がやりたいのか、それともネットでポップな……うーん、なんだろ」

 

「あ、【yunomi】さんの曲とか結構かわいいですよね」

 

「それな。【インドア系ならトラックメイカー】とかが一番有名なやーつ。まぁあれは正式に言えば【yunomi&nicamoq】っていう……まぁそれはいっか。そういう曲がやりたい? あとは、まぁみんな盛り上がると言えばハウスとかクラブミュージック? いやでもヲタクのノリ方じゃないかぁ……」

 

「ボカロ曲みたいなノリのほうがいいんですかね」

 

「やるなら【おちゃめ機能】とかそういう路線がいいけど……やっぱり1DJ1MCでやるならラップに挑戦してほしかったり」

 

「うぅ、スキル不足……」

 

「いやいや、別に即興でやれって言ってんじゃないしさ」

 

「あ、あと、伝えたいメッセージがあって……」

 

「ん? なになに?」

 

南森も話をしていくとどんどん人の目を気にしなくなっていく。

 

しかし、話している相手は“あの”魚里隅子。

 

クラスで一番、異質な存在だった彼女と、まるで対等に渡り合っているような南森も、異質に映っていく。

 

「あ、あのさ、いっちゃん」

 

南森からすっと熱量が下がっていく。

 

叩いた人は、親友の里穂だった。

 

「? どしたの、里穂」

 

「ごめん、ちょっと話が……魚里、さん。ごめんちょっと借りるね」

 

「!? ちょ、ちょっと里穂!?」

 

里穂に左手を引きずられて廊下に飛び出る南森。

 

魚里は面白くなさそうな顔になっているのが見えた。

 

「ちょ、ちょっと里穂、里穂って、ねぇ!」

 

里穂が思ったよりも力強く左手を握っていたようで、痛みから逃げるように手を振り払った。

 

「ねぇ、どうしたの? 痛いよ」

 

「……なんで?」

 

「えっ」

 

里穂が必死の形相で南森の肩をつかむ。

 

「なんで魚里さんと仲良くしてるの!? ダメだよ、それはダメだって! いっちゃん、そんなことしてたら浮いちゃうよ!? ただでさえ流星君の取り巻きにいい目で見られてないんだよ?」

 

「……え?」

 

「えっ、て……ちょっと、冗談でとぼけてるの? ただでさえ、あんたみんなから変に弄られても何も言い返せないんだから、目立たないようにしてないとからかわれるよ?」

 

「……あ、あぁー」

 

南森から出た言葉は、「あぁ、そういえばそうだった」というニュアンスのものだった。

 

なにせ、楽しかったから。

 

今まで自分に出来なかったことができて嬉しくて、自分と同じ悩みを抱えてくれる人が出来たのがありがたくて、……何より楽しかったから。

 

まだ何も実行できていなかったけれど、考えた先にいいものができるとずっと考えていたから。

 

――学校以外にも居場所があるから、すっかり忘れていたのだ。

 

「ちょっと、やめてよいっちゃん……」

 

「ごめんごめん、でも、魚里さんも話してみたらいい人でね? 音楽の趣味とか合うんだ! ほんと、音楽に対してすごい熱心で、本気の人なんだよ。きっと話せばいい人って分かるよ! あ、そうだ、良かったら里穂のこと魚里さんに紹介」

 

「やめてよ!!」

 

「!?」

 

「……そんなことしたら私、ハブられるかもしんないじゃん」

 

「え?」

 

「何で分かってくれないの……もういい、もう知らないから」

 

「り、里穂!?」

 

里穂が袖で目元を抑えながら走り去る。

 

南森は、何も動けなかった。

 

いつもなら、親友のためにすぐ動けた。

 

動けなかったのは、新しくできた友達にそこまで言わなくてもという気持ちが、足に重さとして残っていたからだ。

 

そして、疑問が頭に巡っていたからだ。

 

まるで、魚里と仲良くすると、クラスからハブられるみたいだ。

 

……もしかしたら、事実なのかもしれない。

 

里穂が教えてくれたことは、学校で過ごすための処世術みたいなもので、波風立たないように学校生活を送る知恵なのだろう。

 

でも、と。

 

南森は教室に戻った。

 

いつの間にか、魚里はメロンパンをかじりながら南森の机を使ってノートにガリガリと何かを書き込んでいた。

 

「すいません」

 

「……いーよ。てか、いいの? 私といて」

 

「頭を下げたのは私ですし、それに……。今は、頑張りたいんです。自分のためだけじゃない、繭崎さんも、サーシャさんも、……色んな人たちの力があって、今ここにいるんです」

 

心に残っている人はまだいる。

 

自分の両親もそうだ。

 

君島寝という、学校に来ないVtuberもそうだ。

 

――そして、あの日ライブで助けてくれた女性、不動 瀬都那。

 

彼女に胸を張るためにも、今、ここで逃げ出すわけにはいかなかった。

 

「そ。じゃ、一緒に今後の学校人生は台無しにして、外でおもっきし羽ばたこうじゃない」

 

「いえ、私はVtuberになるので羽ばたきません。深層ウェブからご機嫌ようってするんです。ゴキゲンな蝶になってEDを迎えるんです」

 

「はは、ガラじゃねー! んじゃ話の続きなんだけど、ふと思ったのは「みんなが楽しめる」ようにするにはやっぱりMVもキャッチ―なほうがいいじゃんね。例えばみんなが真似できるような振り付けとか。【フォーチュンクッキー】みたいな」

 

「あー確かに【恋ダンス】とか【USA】とか流行りましたからね。ちょっと違うかもしれませんが、【女々しくて】も」

 

「そうそう。私の曲を最大限生かしつつ、そのテーマからぶれないようにするには振り付け必要じゃね。となると、動きのある曲がいいというか、リズムが気持ちいーやつがいい」

 

「なるほど。そういう視点から考えるのも面白いですね」

 

「んで、南森ちゃんってダンスできる?」

 

「……。頑張ります!」

 

「いやいや、根性論甚だしいな。あー、ダンスとかできたら少し変わるんだけどぬぁ~」

 

「まぁ、3Dモデル使うので、踊る人を別に用意することでフルで躍らせることもできますけど……流石にダンサーを雇うお金は」

 

「だしょ。振り付けを自分で考えるといってもなんか垢ぬけない素人っぽそうになるし。どうしよーかな」

 

「うーんまぁ繭崎さんに聞いてないので分からないですけどそっちでやってみたいです。……あっ」

 

南森の声につられて魚里が振り返る。

 

黒板近くでたむろして、楽しく食事をとっている大野流星がいた。

 

彼がいるだけでクラスに華があるような錯覚を覚えるのは気のせいではないだろう。

 

「……南森ちゃん。何考えた?」

 

「いえ、その……」

 

「いやいや、確かにうん。いや。そういえばそうだったんだけどさ」

 

「ダメですかね…!」

 

「無謀だって」

 

「でも、大野君ってtik tokのダンス動画、投稿して知名度あるって聞いてます」

 

「割と有名なインフルエンサーだけど……やめときなって。特に私とかとウマ合わないと思うし」

 

「ぐぬぬ、はぁ、何かの手違いで話しかけてきてくれたら……」

 

「はは、無理無理」

 

笑いあってノートに向かって曲についてのイメージをすり合わせる作業を始める。

 

そこで、一つ事故が発生した。

 

いつにも増してノートに向かっている南森を見た、大野流星の取り巻きが「ガリ勉じゃんw」と嘲笑していた。

 

いつものように南森を弄るつもりで、大野に話しかけた。

 

「すごいよね南森ちゃん、昼休みも勉強してw」

 

馬鹿にするつもりで話を振ったが、大野は非常に真面目だった。

 

「え、すごいね。なんだろ」

 

「見に行っちゃえば?」

 

取り巻きが煽って、よくよく南森の方を見て、焦った。

 

「え、里穂ちゃんじゃないじゃん、なんで魚里?」

 

時はすでに遅し。

 

見に行っちゃえばと言われて、「ちょっとだけ見てみよっかな」と大野も乗り気になっていたのだ。

 

何故大野が乗り気になったのか分からない取り巻きたちが止めようとするが、大野は既に南森に話しかけていた。

 

「え、と、南森さん! 今何やってるの? 受験勉強とか……、ん?」

 

事故だったのだ。

 

たまたま、親友の里穂がいなかったこと。魚里が代わりにいたこと。

南森の机に広がっていたのは勉強道具ではなく音楽ノート。

 

しかもイメージを深めるために【白銀 くじら】のイラストも出していた。

 

更に言うなら、南森の目がキラキラと光っていて、魚里が「手違いじゃん」と茫然としていたのだ。

 

「あ、あー! お、大野君! やってしまい、ましたなー!」

 

「え、南森さん?」

 

「……っは。いいね、乗り掛かった舟だし、乗ってやんよ。あーあー大野流星とあろうものが人の企業秘密勝手に覗いていいもんなんですかねー? 違約金発生するよ違約金」

 

「え、なんで魚里さんがここに?」

 

「ちょっと、話は屋上で、いやいや悪いようにしませんから」

 

「南森さん!?」

 

南森が大野の右腕を両手でがっちり握る。

 

「そーそー。屋上屋上。はっはっはっは! やっば!」

 

「魚里さん! コレはいったいどういう」

 

「いやいや、ほら、屋上行こ」

 

「だからなんで・・・!?」

 

「大野君!」

 

南森がぐいっと、右腕を引っ張って、鼻がぶつかりかねない距離で大野の両眼を覗き込んだ。

 

「真剣にお願いしたいことがあるんです。話だけでも、聞いてくれませんか!!!」

 

「!? み、南森さん・・・!?」

 

顔を真っ赤にした大野を見た取り巻きが全員立ち上がる。

 

が、魚里は取り巻きを視線で制する。

あまりにも真剣な表情をしていたから、怯えて動きを止めてしまった。

 

「少しだけ、少しでいいんです。ダメならダメでいいですから。……大野君、お願いします!」

 

「わ、わかったから! ちょっと離れよ!? ね?」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

南森は嬉しくて、とてもきれいな笑顔を浮かべた。

 

それを眼前で目撃した大野は、ポカンとした顔で、意識が飛んだ様子で、耳を赤く染めていた。

 

たまたま通りすがりの里穂の友達、加奈子がその光景を目撃して叫んだ。

 

「少女漫画じゃん!!」

 



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真っ黒です

その日のうちに、南森は大野を引きずってサーシャの家に連れて行こうとしていた。

 

「ね、ねぇ南森さん!? 走らないで! まだ靴はけてない!」

 

「えー!? お願いします! 早く行きましょう早く!」

 

「はは、……どうしてこうなった」

 

何故か大野は訳の分からないといった表情で、暗く沈んでいた。

 

屋上に連れて行ったとき、大野は少し顔を赤らめていたが話が進むにつれ、

 

「……ダンス、かぁ。……そっち目当てかぁ……」と涙を流していた。

 

その真意は分からないが、大野は話を真剣に聞いてみたいと乗ってくれたのだ。

 

「大野君、本当にいい人だなぁ。ね、魚里さん!」

 

「……はは。私もついていけねーけどねぇ」

 

魚里は呆れた表情で、ノートパソコンを仕舞わずに腕に抱えて持っていた。

 

「だって、自分のことのようにすごい共感してくれてるんだなぁって思うんだ」

 

南森には見えていた。

 

普段視界にあまり入らない大野の胸元は、ずっと真っ赤に燃え盛るようだった。

 

情熱を人にしたら大野の姿をとるに違いないと思わせるほど、彼は情熱の赤に染まっているのだから。

 

ちなみに、魚里も赤く燃えている。しかし、なんとなくその赤は激しすぎて、繭崎に対する怒りも含まれているのかもしれないと推測出来た。

 

繭崎はどうだったろうか、と南森はふと考えを巡らせる。

 

南森から見た最近の繭崎は、焦りも、喜びも、理不尽も、楽しさもごちゃ混ぜのカラフルな色で、何を考えているのか分からない。

 

ただ、胸の中央にほくろのような黒い点が少し気になる程度で。

 

(色がどんな感情を正確に表しているのか、私にはわからないけれど……)

 

全力だ。

 

みんな、ベストを尽くしている。

 

なら、自分もベストを尽くさなければ、絶対にダメだとこぶしを握り締める。

 

「行きましょう! 繭崎さんのところへ!!」

 

 

 

 

 

「……君が南森が見つけたtiktokのインフルエンサー? ダンスの」

 

「は、はい。大野流星です。……」

 

大野は名前を名乗った後、ぼそっと誰にも聞こえない声で、「眉毛濃いな」と呟いた。

 

「ちょっと踊って」

 

「え?」

 

「……出来ない?」

 

「いえ、出来ますけど……室内ですよ? しかも内職の方のオフィスで」

 

「……」

 

「……わかりました。小さい動きのやつやりますね」

 

そう言って、大野が小さい動きで迷惑をかけない程度に足と手を動かす。

 

「わ、すごい」

 

南森が手を合わせて笑顔を浮かべる。

 

「シャッフルダンスだ。曲が映えるやつ」

 

魚里が感心するように解説した。南森もそれを聞いて、「すごい、キレもあってかっこいい」と呟いた。

 

同時に、「私、こんなのやったことないからかもしれないけど、誰でもやれるダンスって感じじゃなくて……出来る気がしないよ……」と悩みも打ち明けた。

 

大野は涼しい顔をして、足を交互にクロスさせ、つま先とかかとを軸にして、ウサギのように飛び跳ねる。

 

「こんな感じでいいですか?」

 

汗一つかかず、涼しい顔で決める大野を見て、魚里が額に手を当てた。

 

「こりゃモテるわ。Tik toker(tik tok投稿者のこと)馬鹿にしてたなぁ」

 

伺うように、表情を覗き込むように、ソファに座っていた南森が隣に座る魚里を見つめる。

 

「わー」

 

ほんの少し、魚里の胸元にピンク色が混じる。

 

(どうしよう、これ、もしや恋が始まっちゃう……!)

 

だが、すぐさまそのピンクは消える。

 

繭崎がその場の空気を切り裂く一言を呟いたからだ。

 

「ま、中の下か。素人にしてはすごいな」

 

ぴきり、と魚里の額に血管が浮き出る。

 

おそらく物言いが気に食わなかったのだろう。

 

当の大野は、苦笑いを浮かべるだけだ。

 

「多分外ならもっと上手くやれるんですけれど……」

 

「いや、そうじゃない。ダンスの今のキレの問題じゃなくて、基本的な体の動かし方がプロとやっぱり差が出てるもし、今後ダンサーとして食べてくなら継続して練習を重ねた方がいいかな。体幹は良いもの持ってる、ただ君の場合は小手先の技よりも基本練習を毎日続けて専属のコーチを……いや、すまん。多分ダンサーにはならないよな。口が過ぎた。君、華があるし、今度知り合いの芸能事務所紹介しようか?」

 

「い、いえ……おかまいなく」

 

「そうか。勿体ない」

 

「あれ、っていうことは……」

 

南森が期待を胸に浮かべる。

 

はぁ、とため息を吐いた繭崎が胸元から手帳を取り出す。

 

「そうだな、オリジナルの振り付けを考えた経験は?」

 

「あの、中学の学校祭で……あと、tiktokで何個か元ネタをアレンジしたやつを……」

 

「お、いいね。じゃあ女子向けの振り付けは?」

 

「それも一応、2回……あったかなかったかくらいなんですけれど」

 

「そっか。じゃあちょっと今日からダンスの振り付けの構成考えてほしいんだけどどうだい? 給与はこんくらいで」

 

「えぇ!? 高い!? バイト代より高い!?」

 

「ダメか?」

 

「い、いえ! ぜひやらせてください!」

 

「その代わり、金出すに値するもの出さなかったら没で。まぁ金一封は出すけど」

 

「わ、わかりました!」

 

大野が体育会系の直立体制で大きな声で返答した。

 

繭崎がそこでようやく笑顔になった。

 

「じゃ、次。魚里さん。昨日の今日で来てるけど、昨日以上のものは出せるかい?」

 

「こんの、対応全然違うじゃない……!」

 

完全に他人行儀になっている繭崎に目を嫌というほど光らせ、緑茶の置いてあるテーブルのど真ん中にどしんとノートパソコンを置いた。

 

「昨日本気出した。叩き台3パターン。テーマによって音色変える予定あり、昼休みにリサーチした後授業さぼって打ち込みしたのが一番聞かせたいやつ」

 

「じゃ、とりあえず流すか。1つ目」

 

繭崎は一曲目を10秒ほど聞いて曲を止めた。

 

「次、二曲目」

 

「!? ……こん、のぉ……」

 

「感想は後で全部伝えますので」

 

二曲目はワンコーラスだけ聞いて、止める。

 

「まぁ、成長は認めるけれども……。じゃあ最後な。これが授業さぼったやつ?」

 

「……そうですよぉ」

 

涙目になっている魚里の背中をさする南森。

 

「じゃ、流すぞ」

 

二回クリック音が聞こえる。

 

曲はすぐ流れ出した。

 

「あ。これ……」

 

南森がふわっと顔を上げた。

 

「……なんか、イメージできる」

 

突然、頭の中に白銀くじらの絵が浮かんだ。

 

音色は今まで魚里が作っていたテクノ寄り、あるいはテクニックを披露する類の曲ではなく、POPに近い。

 

更に、なんとなく楽しい気分になってくる。

 

Aメロの部分はワクワク感を誘っていく。まるでサイリウムの海が左右に振れるような錯覚すら覚える。

 

Bメロから、オタ芸をイメージしていく。光が乱雑に、それでかつ整っている飛び跳ね方。海みたいに波が上下に揺れるような面白さ。

 

そしてサビは、……一番の盛り上がりを見せて。

会場全体が、七色に爆発していくような、ファンシーで、キャッチ―で、……ダイレクトに心に響くサウンド。

 

「……わぁ」

 

南森は目を瞑る。

 

そして、自分の姿を想像した。

 

ライブ会場でこの曲を歌っている自分を。

 

そして、隣にいるであろう不動のことを思いながら、笑顔の自分を。

 

そしてそして……。

 

曲が止まった。

 

驚いて目を開ける南森。繭崎は呆れた顔をしていた。

 

「……次からは授業ちゃんと出るんだぞ。はぁ、若さを舐めていた」

 

「……へ?」

 

もう涙腺が決壊しそうな顔をメッシュの垂れ下がりだけで隠そうとしている女子高生が、顔を覆っていた手に隙間を作って繭崎を伺う。

 

「曲、魚里。ダンス、大野。これで行こう。MVについては、カメラワークやらなんやら、今後同時に進めていく。良いか?」

 

「…………や」

 

南森が両手の拳を掲げて立ち上がった。

 

「やったー!」

 

そのまま崩れるように魚里の背中に飛びつく。

 

「やったね魚里ちゃん! 頑張ろうね!」

 

「うぅ、うっさい……良かった、良かったぁ」

 

ぽろぽろと涙をこぼす魚里を見て慌てて大野がハンカチを差し出した。

 

そして、大野が思わずといった様子で……。

 

「……泣くほど、頑張ったの?」と言葉を漏らした。

 

「自分が作った作品を否定されたら!! 悲しいに決まってるでしょこの馬鹿!!」

 

「ご、ごめん! そんなつもりじゃ」

 

「何よぉ。いい子ぶってさぁ。今までの頑張りを否定されて、悔しかったんだからこっちは……うぅ……びええええええええええん!!!」

 

熊フードを深く被って顔が見えないようにしながら魚里は膝を丸めて泣いた。

 

「ま、繭崎さん!」

 

魚里をここまで追い詰めた繭崎に一言いいたくて南森が叫んだ。

 

繭崎は頬を掻いた。

 

「……、天才肌っているよなぁ、音楽業界って。まさか一日で要望通りのモノをつくると思わなかった」

 

「びええええええええええええん!!! びええええええええええええん!!!」

 

「うるさいわよ!!! 人の家でびえーびえー泣かないで!!」

 

 

コミケの時期で追い込まれた表情、目の下に深い隈とげっそりとした頬、ぼさぼさの髪にスウェットを着た山姥のような女性が階段から降りてきた。

 

「ぎゃああああああ山姥ぁ!?」

 

「誰が山姥じゃごるぅああああ!!!」

 

繭崎が思わず叫んでしまい、両足をサーシャに抱え込まれ、天井を再び突き破った。

 

10月も終盤に近付いてきた。

 

ライブまで残り四か月。

 

仕上げるには時間が足りなかったが、間に合う予感だけはしていた。

 

 

 

 

それからというもの、南森の学校生活は少しだけ色を変えていく。

 

「おはよういっちゃん」

 

「おはよー里穂。昨日のテレビ見た?」

 

「見たよー。最近のアイドルもユーチューブデビュー多いんだねぇ」

 

「だねー」

 

南森は、いつもと変わらない日常を過ごす。

 

「みんなぁ、おはよー!」

 

「おはよう大野君!」

「きゃー! おはようおはよう大野君!」

 

「おはよー。……あっ」

 

大野が南森と目が合う。

 

大野が小さく手を振った。南森も、小さく手を挙げた。

誰にも気づかれないように、本当に小さく。

 

「邪魔、邪魔だって」

 

大野の取り巻きを視線で散らして、肩で風を切るように自分の席に着く魚里。

 

普段ならば、パソコンを出して曲を作っているが、アイマスクを取り出してそのまま眠ってしまった。

 

「あれ、魚里寝てんの?」

「あいつ学校終わったら何してんだか」

「噂によると、男に会いにくとかなんとか」

「マジかよ、草生えるわ~」

 

男子の嫌なうわさ話も意に介してないのは、イヤホンで音楽を流しているからだろう。

 

そしてその曲はおそらく……。

 

「……頑張んないと」

 

「ん? どうしたのいっちゃん」

 

「なんでもない、そういえば最近弄られなくて嬉しいんだぁ」

 

「あー、そうね」

 

里穂が大野の取り巻きの様子を見る。

 

どこか南森を大野に近づけないように、腫れ物に触るようなおそるおそるとした様子で、観察しているような感じだった。

 

「いっちゃんなんかあったの? あ、嫌だってちゃんと言えたの?」

 

「ははは、わかんない」

 

「……いっちゃん、最近よく笑うね」

 

「え、変だった?」

 

「ううん、そうじゃなくて……なんだろうね」

 

里穂は少しだけ、暗い笑みを浮かべるが、今の南森には真意がわからなかった。

 

胸の感情も、少しだけ青い色を乗せているけれど、おおむね平穏そうな緑色をしていたから。

 

多分大丈夫だろうと、高を括っていた。

 

 

 

 

 

放課後からは戦争が始まる。

 

例えば喫茶店で。

 

「歌詞はもっとみんなで楽しめるやつがいいんですけど、なにか気持ちよくあてはまる言葉ないですかね」

 

「何文字くらいが理想? 5? 6? やっぱちょっと音伸ばして5っしょ」

 

「ダンスの振り付け的には、6の方が音ハメ良い感じになるんだけれど、6文字にしない?」

 

南森、魚里、大野は放課後、学校が終わったら予定さえ合えば話をした。

 

ある時は市の総合体育館で。

 

「こんな振り付けでどう? 通しでやるとこんな感じに繋がるんだ」

 

「それって皆でできますかね?」

 

「場所の想定は? ライブ会場なら手わざ中心の方がいっしょ。あと、別に全部皆できなくていいと思うんよ。肝心なのはサビ。サビに一緒に楽しめれば全体的に整うよ」

 

ダンスの構成を持ち寄った大野を中心に、創作の軸である南森と、ライブの観点からモノを見る魚里が意見をぶつける。

 

 

ある時はカラオケボックスで。

 

「はぁ、はぁ、こんな感じでどうでしょうか!」

 

「もっと動き大きくしないと!! 両手でマイクもって歌うなんて昭和のアイドルだしょ? もっと煽るように動かないと」

 

「んー、いまいち盛り上がりにくいのはやっぱり毎回動きが違うからじゃないかな? ライブパフォーマンスも考えた方がいいんじゃないかな」

 

南森が歌ったものに感想を伝える。

 

 

繰り返す、繰り返す。

 

そして、1か月が経った。11月の終盤。

 

学校は臨時休校だったから、午後には自然と南森はサーシャの家に出向いていた。指し示したように、仲間二人からラインが入る。文面を見て、南森はコンビニに向かった。

 

それぞれが持ち寄って、サーシャに栄養ドリンクをプレゼントした。

サーシャは泣いて喜んでいたが、かつて見てきた女性らしさは今となっては皆無だ。

 

繭崎が逃げようとするサーシャを抱えて二階に向かったときは、南森はかつて泊った時のことを自然と思い返して、ちょっぴり悲しくなった。

 

南森が、ふと思ったことを大野に尋ねる。

 

「そういえば、その、大野君はなんで手伝ってくれるんですか?」

 

「え、今更?」

 

大野はマフラーをほどきながら南森に真っ赤な顔を見せる。

 

外は少し肌寒かった。

 

「その、……気になって、さ」

 

「あ、Vtuberですか! 嬉しいなぁ、大野君も興味持ってたなんて」

 

「いやいやそっちじゃなくて! いや、Vtuberって俺知らなかったし!」

 

「そう、ですよねぇ」

 

「……あの、南森と話してみたかった、なんて……」

 

「え? 何でですか?」

 

南森がつぶらな瞳で、じっと大野の瞳を見つめる。

 

「あ、あの、その。ほ、ほら! だってあれだろ? 南森、最初の方けっこう長く休んでたじゃんか! それで、その、……大丈夫かなって……」

 

「わぁ、嬉しいです。ありがとうございます。でも、私は見ての通り元気ですので!」

 

「はは、そうだよね。それが嬉し……っっ!?」

 

突然大野が口を自分で塞ぐ。

 

そして、「お、俺何言ってんだか! やっべー暑いね部屋。ちょっと外で涼んでくる!」と叫んで、飛び出して行ってしまった。

 

「……行っちゃった。……何だったんだろう」

 

「お茶入ったよーん。おろ、大野は?」

 

「外出ちゃった」

 

「……まさか、高校生でヤニ?」

 

「まさかぁ! あははっ!」

 

魚里が南森の隣に座る。

 

いつも座っているソファは、心地よく沈んでくれる。

 

「ここまで来たねぇ」

 

「うん。一か月前とは大違いだよ」

 

「……正直、南森ちゃんじゃダメだと思ってたよ」

 

「ははは、実は私もダメかと思いました……」

 

「んなことないよ。この一か月でよ~く分かった」

 

「?」

 

「あんた根性あるよ。それもすっごい。今は実力はないし、才能があるかもわかんないけれど、うん。気合いの一本勝ちって感じ」

 

「なぁにそれ」

 

「いや~。でも、南森ちゃんがこんなに頑張ってるもん。私も頑張んないとなって、すごい引っ張られるの。きっと、南森ちゃんは頑張れば頑張るほど、誰かの背中を押してる、そんなクリエイターになれるよ」

 

「大げさだよぉ」

 

「ううん、私信じてる。多分、南森ちゃんが活動を始めれば、きっと誰かに刺さるよ。その諦めない姿勢と根性が、きっと誰かを動かせる。そんな気がする」

 

「……ふふ、真面目口調な魚里さん、初めて見たかも」

 

「うっさい! ……ねぇ」

 

「ん?」

 

「隈子(くまこ)って呼んでよ。私も、一凛(いちか)ちゃんって呼ぶから」

 

「う、うん! うん!! くまこちゃん!!」

 

「――うっ! うぅっ! あーもー顔真っ赤になってきた!! ちょっと外出てくる!」

 

「え!?」

 

魚里も突然立ち上がって熊のフードを深々と被って外に走り去ってしまった。

 

「行っちゃった……」

 

「あぁ! 一凛ちゃん!」

 

「!?」

 

階段から這い出るようにサーシャが現れる。

 

「たすけ、たすけて、もう描きたくない、締め切りまだなのに描けって繭崎が言うの、もう描けない、描けないぃ」

 

「逃げるなサーシャ! 描け、お前の資金源だろ! 俺がいる以上クオリティは落とさず上げてやるからな!」

 

繭崎が階段からドシドシと力強く降りてくる。

 

「やぁ! いやぁ! もー描きたくないの! やなの! や! いやぁ!」

 

「ほら行くぞ、今日はあと4ページ仕上げるぞ」

 

「やらぁ、一歩も動かないもん! やだぁ!!」

 

「くそ、面倒くさい……サーシャ、終わったら打ち上げやるんだから頑張れ!」

 

「……ほんと? やっぱりうそじゃない?」

 

「おう。だから南森にそんなみっともない姿見せるんじゃない! おらぁ行くぞ!」

 

「やだぁ!!! たすけて一凛ちゃん! 一凛ちゃぁああああああんん!!!!」

 

ズリズリと、ごつごつ音を立てながら階段に背中を打ち付けながら上に引っ張られるサーシャ。

 

「サーシャさん……」

 

南森は淹れてもらった緑茶を啜った。

 

「……あそこまで、追い込まれても作家を続けてるサーシャさんはすごいです。でも、こう、……見たくなかったなぁ……」

 

今週中に音源が完成する予定だ。そして、サーシャさんによれば、3Dモデルはあと少しだけ微調整をすれば完成するらしい。

 

MVは、12月中に作り終わる算段だ。

 

「良かった……本当に良かった。間に合うんだ……」

 

満たされたような顔をして、南森はまたお茶を啜った。

 

「あ、そうだ!」

 

南森はスマホでラインを開く。

 

そして、不動にメッセージを送ったのだ。

 

実は初めて会った後も、何度か不動と会うことがあり、ラインは交換していたのだ。

何度かあの思い出の喫茶店で話をすることもあったのだ。

 

ここ2か月は忙しいのか、そっけない返信が多かったが、何かあるたびに不動にメッセージを送り続けていた。

 

「ふふ、楽しみだなぁ。早く、不動さんに会いたいなぁ」

 

まるで恋に夢を持つ少女のように、顔を赤らめてスマホを両手で包んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

12月初頭。

 

鼻歌交じりにスキップでサーシャの家に着いた南森。

日曜日で、繭崎と一緒にボイトレを行う予定だったのだ。

 

繭崎の車で送ってもらう予定だったが、曲とダンスがもうすぐ完成しそうな喜びで楽しくなってしまったのだ。

 

「こんにちはー! ……。……? あれ、おはようございますって言った方がいいのかな? …………。あれ?」

 

靴を脱いで玄関を上がると、ぎし、ぎし、と木の音がよく聞こえた。

 

「……繭崎さぁ~、ん。いませんか~……、誰も、いないんですか~……まゆざ」

 

「ドン星(ぼし)さん。ふざけないでください!」

 

「ひっ」

 

思わず尻もちをついてしまう南森。

 

繭崎が何もかもを叩きつけるような激しい怒鳴り声を出したので、怯えが先に出てしまったのだ。

 

へっぴり腰で立ち上がった南森が、壁伝いで歩き、こっそり繭崎の様子を伺った。

 

繭崎は、タバコを吸いながら立ち上がり怒鳴っていた。

 

(タバコ、吸ってる。やめておきましょうって言ったのに)

 

変なことを考えてしまいながら、ゆっくり顔を出す。

 

「え、え?」

 

初めてだった。

 

南森は、初めてのことに怯え震えた。

 

「ま、繭崎さん……」

 

繭崎の胸元の色が、真っ黒に染まっていた。

 

あのほくろのような黒い点から、煙のように真っ黒な感情が炊き上がっている。

 

いろんな感情の色を飲み込みながら、黒一色に染まっていく。

 

「なに、これ……」

 

へなへなと座り込む南森。

 

電話から聞こえる声が、嫌に悲しそうな声だった。

 

『すいません! 本当にすいません……!』

 

「な、にがすいませんだ……そっちの都合じゃないですか!!!」

 

『すいませんすいません。でも、ごめんなさい、本当に、もう、ダメだって……変更は認めないと、ぅ、すいません、本当に……本当にぃ……』

 

「いい加減にしてくれ……っっ、こっちが、……っこっちの子がどれだけ頑張ったか知ってるのか!?」

 

『許してください、許してくださいぃ……っ。もう、変更できなくて……』

 

「だからって……っ、だからってMVの期限を今週までに変更するのはないでしょうがっっっ」

 

「――――ぇ」

 

南森は、聞いた。

 

聞いてしまった。

 

今まで聞いたことのない繭崎の怒鳴り声。

 

今まで聞いたことのない知らない大人の泣き声。

 

そして、もう、本当にどうしようもないことがわかって。

 

どうしようにも覆らない事実と、現実があって。

 

子どもにはどうしようもない、本当にどうにもならない壁が見えた気がした。

 

ふと、南森は分かってしまった。

 

繭崎の胸に浮かぶ真っ黒な色は、どす黒い感情だと。

 

怒りでも、苦しみでも、悲しみでもない。

 

どうしようもなくて、どうにもならなくて、どう説明したらいいかもわからない感情。

 

どんなに頑張っても報われなくて、どんなに頑張っても救われない感情。

 

真っ黒で、沈んでしまったら一生底に引きずられて、飲み込まれて、押しつぶされてしまう感情。

 

絶望。

 

黒は、絶望の色だったのだ。

 



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同じ涙でも、一歩ずつ

繭崎は電話で説得を続ける。

 

「……他のところの、Vtuberはどうしましたか。まさか納得したんですか……」

 

『……保留になっていて……』

 

「出来るわけないでしょう! 具体的な締め日無しの話で、一週間前に締めを作ったら、お金をかけていたプロジェクトもとん挫するんですよ。どう回収しろって言うつもりですか……」

 

『ぐ、うぅ……で、でも……アイギス・レオのギリーさんの参加で歌を聴いてもらえるチャンスも……』

 

「ドン星さん、確かに聴いてもらえるでしょう。ですがね、分かっているでしょう!? 間違いなくアイギス・レオの一人勝ちですよ!! 視聴者は素直になるでしょうね、たかが何曲にしても、素人の歌を聴いてもらうのは至難でしょう。一曲目、一曲目ですべて判断されるんですよ。ギリーの出番以外は見ない人も大半なんですよ。そのためのMVなんですよ!!! MVがしっかりしていれば、気になってみてくれる人もいる……曲を画像一枚だけで投稿して聴く人なんて本当に物好きだけなんです!!!」

 

『分かってます……分かってるんです……』

 

「だったら!」

 

『もう、どうしようもないんです……スポンサーになった、あの事務所に全部支配されてるんです……もう、私に決定権はないんです……』

 

繭崎は倒れるように、ソファに座り込む。

 

おそらく飲もうとしていたコーヒーから、湯気が出ている。

 

タバコの火をぐりぐりと灰皿に押し付けて、手で目を覆った。

 

「共同運営は……」

 

『ははは……、はは……。ねぇ、繭崎さん。私はね、嬉しかったんですよ。私は、ブラック企業で働いてて、Vtuberに衝撃を受けて仕事辞められたんですよ……。そして、Vtuberの新人を応援して、業界をささやかに応援したかったんです』

 

「……」

 

『だから、岩波芸能事務所さんが応援してくれると聞いて、嬉しくて……嬉しかったんです……企画も良いものにしてくれる……良いことばかりなんです……で、もっ、……っ。でもっ、ズレてしまった……新人を、応援するっ、はずっ、が……っく……、なんで……こうなっちゃったんですかねぇ……、なんでぇ……、なんで……』

 

「……その熱意を聞いたからこそ、参加を決めたんですよ、こっちも」

 

『金が、っ、金があるイベントならっ! だって、みんな幸せにできるって思ってっ!!! 思ってぇ……ぐぅうっ、ぅぅぅ………ひっく……うぅぅぅぅ……』

 

「もういいです、いいですから……、……、……。また、追って連絡します」

 

そう言った繭崎は返答を聞かずに電話を切り、また違うところに電話を掛けた。

 

電話は、まるで相手が予想していたようにワンコールでかかった。

 

「佐藤……っ、お前……」

 

『先輩、僕も今さっき指示受けたんですよ。……上層部がとんでもなく喜んで指示出してました。諦めてください。イベントは共同ですけれど、もうドンさんの手は入らないレベルです』

 

「……ドンの隣の星も読むんだよ。ドン☆で、ドン星って読むんだ」

 

『……、先輩が辞めさせられた時の理由が原因ですかね。こんなに嫌っているのは』

 

「ふざけるなよ佐藤っっっ!! てめぇも、てめぇも信じたのか!!!」

 

『信じてないですよ。オーディションに来た素人に手を出したなんて噂。……でも、今その素人と組んでVtuberに参入する、なんて。上層部はもう本気で信じてましたよ。例え追い出すためだけの言い訳に使われた噂だとしても』

 

「社長は……あの人なら、あの人ならこの状況をなんとかできるんじゃないか!?」

 

『……経営陣全員が、社長を抑えてますよ』

 

「っ、ふっ、ざけやがって……ぇっ! 俺だけの問題じゃない、あの子の、南森の将来に関わるんだぞ……大人が、未来の夢を壊していいのかよ!!!」

 

『……、金が全てですよ。夢には、金が必要です。金を操る人間が、きっと、権利があるとするなら……』

 

「うるせぇ……うるせぇぞ……」

 

涙声になりながら、繭崎はスマホを放り投げた。

 

ぼとぼとと絨毯の上に音を鳴らす。

 

真っ暗な部屋で、涙をこらえる男の前に、作業の手を止めて二階から降りてきたであろうサーシャが、繭崎の隣に座った。

 

「なんだって?」

 

「……っ、MVを、っ、今週までに、だとよ」

 

「そう、ホント腹立つわねそういうの! 新しい業界だからってさ、そういうの後付けで決めるものじゃないでしょ! ふざけてる!」

 

きっと、サーシャは慰めようとしてくれているのは、空気から感じる。

 

しかし、繭崎の頭は違うところに目をつけていた。

 

「……俺なんかどうでもいい、俺のことはいい、ダメだ、ダメなのは、……あの子たちだ……」

 

「繭崎……」

 

「俺だけじゃ、オリジナル曲を求められた時点で断ってたかもしれない……。でも、あの子は、南森は頑張った……誰よりも頑張って、あいつ、シャイだろ? シャイの癖に人に頭下げて、曲とダンスを用意できるところまで来たんだぞ……。成長してるんだよ、成長しているのに……、あの子の頑張りをっっっ!!! 俺が報いることができないっ……」

 

「そんな、あの子にだってあなたの頑張りは伝わってる……。誰があの子のボイトレしてるの? 誰があの子の考えを最大限尊重して、将来を大切に考えて活動させようとしているの? 誰があの子にこの世界を連れてきたの? 全部あなたでしょ!?」

 

「違う、そうじゃない……。そうじゃない……俺が、俺がふがいないから……南森が、しんどい思いをしてしまう……」

 

「……馬鹿、泣くほど悔しがることないじゃない……っ……」

 

「ライブは、ライブはあの子の目標だったんだ……俺は、あの子がVtuberで頑張れるように、下地を作ってやりたかった……あの子が、Vtuber以外の道を見つけても、頑張れるように……。ライブで、ライブであの子が輝けるように、あの子が、失敗しても立ち上がれるように……成功して、誰よりも見てもらえるように……」

 

「……」

 

「だから、MVが必要だった……初動が、新人にはすべてなんだ……。ダンス動画、曲が完成してすぐ取り掛かっても、編集が必要だ……一か月前に投稿できればいいと思って動いていたのに……。上手くいく、そんな風に思える努力があったんだ……なのに、全部台無しになるかもしれない……それが、悔しいんだよぉっっっ!!!! ぐぅ……ぅぅぅ……」

 

「……もう、そこまで考えない方がいいわよ。活動してたらきっと花が咲く。だから、今は耐えなさい。絵なら、私描くから……」

 

「くそっ……くそっ……南森に、どう謝れば……、……」

 

二人は気付かなかった。

 

南森は、いた。

 

この場にいたのだ。

 

電話の音は少しだけ聞こえていた。

 

ただ、彼女はふらっと、立ち上がり、音を立てずに外へ出た。

 

繭崎の慟哭を聴きながら、彼女は放心して外に出ていたのだ。

 

「……あぁ」

 

思わず口を押えた。

 

涙が、止まりそうになかったから、大声で泣いてしまいそうだったから。

 

「……わたしっ、……ばかだなぁ……」

 

喉が、涙をこらえようとするほど痛くなった。

 

涙は頬を伝って、冬の風が当たって冷たかった。

 

「なんでも、できるって思って……、でも、それは……っ、繭崎さんが、がんばってくれてたのに……」

 

全て自分が動かしているような気になっていたのだ。

 

大きな一歩を、踏み出していた気がしていたのだ。

 

でも、その一歩は大人たちが背中を支えてくれていたから。

 

彼女の行き先を、一緒に付き添ってくれていたから。

 

大人たちが敷いてくれたレールを、自信満々に進んでいたような錯覚すら覚えた。

 

「わたしぃ……まゆざきさんに、なにも……なにもしてないのにぃ……っ、なにも、なにもぉ……っ……」

 

ぽたぽたと道路が濡れて、足を止めた。

 

12月の初頭。

 

この日、東京で初雪が降った。

 

冷たい風が吹いても、体は熱いままだった。

 

思わず座り込みそうになりながら、踏ん張って、家に帰ろうとした。

 

でも、雪がはらはらと降ってきて、頭の上を濡らしていく。

 

それがとても重かった、南森は払うことも億劫で、ただ足を動かそうとした。

 

「……あぁ、わたし、ばか……、本当に、ばか……、自分のことしか、考えてなかった…………ほんと、私は何も変わってない……あこがれた世界に、あこがれてただけの……何もない…………わたし、なにもない……」

 

 

 

 

 

 

 

 

南森の部屋は、いつもより暗かった。

 

雪雲が、月を隠していたから。

 

部屋の電気をつけずに、ただパジャマに着替えてベットの上に座っていた。

 

「……」

 

繭崎が泣いていた姿を思い出す。

 

自分のことでここまで真剣に考えてくれる人は、今まで見たことがなかった気がしていた。

 

南森以上に、将来のことを考えている人を、親以外で初めて見た。

 

その大人が、自分のことで悩んでいるのに、自分は何もできていないと、頭の中で悩みがぐるぐると渦巻いていて、また泣きそうになった。

 

「私、どうしたら……」

 

頭の中では、分かっているのだ。

 

“なにもできない”

 

大人の世界に、自分では太刀打ちできないのは南森が一番分かっていた。

 

それでも、なんとかしたい、なんとかしたいと思い詰め、何も考えが浮かばず、自身の無能さを恨むだけの機械になりつつあった。

 

こつん。

 

一つ、音が聞こえた。

 

違和感を覚え、顔を上げるが、気のせいだと思って再び頭を埋めた。

 

こん、こつん。

 

二回、何かが叩かれた。

 

「ぇ……、なに……」

 

ベットから降りて、立ち上がる。

 

音は、窓から鳴っていた。

 

窓を開けると、冷たい風が部屋の中を満たした。

 

「あ、オキテタ……」

 

物干しざおで、窓をつついていたらしい犯人は、隣に住むVtuberの君島 寝であった。

 

「……寝(ねる)ちゃん」

 

「でぃっ、ディスコード、何回かオクッタん、だけど……ソノ、返事なくて、ドシタノカナーッテ」

 

「寝(ねる)、ちゃん」

 

「ご、ゴメン。チャットも、こう、久しぶりで、セカシテゴメンネ、うん、ゴメン」

 

「そっち、行ってもいい?」

 

「フヒッ!? えっ、ナンデ?! ナンデ!? ふぇっ!?」

 

「……ゲーム、したいなぁって、なんとなく」

 

「ア、 ウン。いーよ。配信、23時からだし、チョットダケ、チョットダケ」

 

「……いいの?」

 

「い、いいよ! ダッテ、幼馴染、幼馴染だし、ウン!」

 

 

 

 

 

 

 

「はーいみんなヤホー。ネルだよー。今日はねー、『ARK』でティラノ捕まえるよー。はぁいヤホー。ん? いやワコツめっちゃ言うじゃん。古のヲタ紛れ込みスギィ。じゃ、今日まで生き延びたニコ動古参民挙手。……おるやんけ結構。笑いすぎて藁になるわ。よくようつべに来たねぇ。え、今の人ってようつべって言わんの?」

 

普段より口調もスムーズな君島寝が、マイクをセットして実況を始める。

 

ウェブカメラで表情を読み取る『Face rig』を使用して、3Dの女の子を、君島の表情と動きに合わせて動かしていく。

 

「やー、今日すごい人くるね。600来てるじゃん。すごいね。でも今日はね、ドジしないから。ホント、前みたいにパパ来ることはないことは確か。あー〇〇さんスーパーチャットありがぁっとぅっ! 何々、『ティラノの餌代』? なんだよティラノの餌代って。私にちょうだいよw なんでティラノにスパチャ投げてんのさ!! ネルを見てよ! ほぉらかわいい。……いやパパの方が可愛いってなんだよぉおお!!」

 

「ふふっ……」

 

想像以上に大きく体を動かして、大きなリアクションを取るネルは、南森から見ていて楽しかった。

 

南森が突然押し掛けても笑顔で迎え入れてくれて、しかも実際にVtuberの様子まで見せてくれると言うのだ。

 

南森には、その優しさが嬉しかった。

 

「あー、ちょっと私の声大きい? ゲーム音小さい? はぁい調整しまーす。え、画面も小さい? 私が大きいねこれ、はぁい私小さくしまーす」

 

そう言って、君島は、3Dの少女のサイズを小さくして、画面を見やすくした。

 

更にオーディオインターフェースを使用し、音量を調整していく。

 

「はいそれじゃあ早速ねぇ、ティラノ探していくよー」

 

そう言ってゲームを操作していく君島。横目でちらちらとコメントを追っていく。

 

「え。ティラノ捕まえられるのって? そりゃもー、あれっすわ。よくわかんないけ色んなVtuberさんが捕まえてるんだから私も捕まえられるって! 文明? ……文明って何? この前家作ったばかりだけど、なに文明発達しないのって? どゆこと? え、なにみんな。あっ……って言ってるけど、え? ティラノ捕まえられるよねきっと。だってみんな捕まえてるし。ベリー……、え、テイムってベリー必要なの? ……あぁ!! ティラノ見つけた! ティラノ見つけ……ぎゃああああああああああああああ!?」

 

「へぇ……ゲーム実況ってこんな感じで撮るんだぁ……」

 

(いつか、ゲーム実況もやってみたいなぁ。そして、ネルちゃんと一緒にゲームしたい……。今の私じゃ、きっとダメだろうけど……)

 

再び、心の傷がうずきだし、気持ちが落ち込んでくる。

 

(生放送ってすごいなぁ。編集しないから、ノーカットでひたすらリアルタイムで動画撮っていくから……。この後切り抜きとかつくる人もいるんだよね。取れ高をすごく意識しないといけないって、色んな個人Vtuberさん言ってるもんなぁ)

 

「えー、ティラノ対策しないといけないの? 大丈夫だっていけるいける」

 

(基本短くても平均30分~1時間、長いと……確か今のyoutubeなら12時間以上は撮り続けられないんだっけ? そっか。確か大手のyoutuberさんは構成作家さんとか雇ってるって話も聞いたし、長いと大変なんだよねぇきっと。あ、そういえば……)

 

「大丈夫だって、やめてよみんなぁ。この前みたいに耐久放送しようとしたら3分もしないで放送終わった話は無かったんだって! まさか一発で国士無双出ると思わないじゃん! 国士無双出るまで耐久配信の予定が秒で終わるとは思わないじゃんかー」

 

「……3分……」

 

3分という単語を聞いて思い出したの……。

 

魚里と創ってる音源の再生時間が、3分46秒だったことだ。

 

「……はは。でも、それでMVは創れないし……」

 

生放送で、MVを創ってどうする。

 

南森も流石に突飛すぎたと反省した。

 

出来るわけがないし、失敗した時点でアウトだ。

 

人も来てしまうし、何せ生放送で一発で撮るわけなのだから。

 

しかも、Vtuberがリアルの世界を映してしまってはいけないだろうと、そこまで考えて、南森の頭に衝撃が走った。

 

(いる。リアルの映像と混ぜてMVを創ったVtuber……、『キズナアイ』ちゃんとか、『斗和キセキ』ちゃん)

 

前者はダンサーを、後者はバンドを実写にしていた。

 

特に、『斗和キセキ』は投稿している動画でかなりの頻度でリアルの世界を映している。

 

もしかしたら……と、そこまで思って辞めた。

 

生放送でMVを創るという発想と、Vtuberをミックスなんて出来る気がしなかったからだ。

 

だが。

 

だが、だ。

 

もし、成功したら……。

 

上手くいったら、みんな気になって見てくれるんじゃないか。

 

南森の頭に、天使と悪魔が現れた気分だった。

 

(これ以上、繭崎さんに負担をかけたくない。失敗したら、繭崎さんが自分を責めてしまう、いや、そもそもこんな素人アイデア採用されない)

 

(でも、見たことないよ私。生放送で一発でMV創る人。もし出来たらすごいよ。Vtuberになって、テーマを決めたじゃん私。みんなで楽しむって決めたよ)

 

(最初、私は「みんな」って、Vtuber全員で盛り上がればいいと思ってた。さっきまでそうだった。でも、私ライブに本気だったよ。現実に生きてる人に向かって挑もうとしてたんだよ。じゃあ……)

 

(現実の人とも一緒に盛り上がれるものを、創れるんじゃないかな)

 

(……失敗しちゃダメ?)

 

(失敗しちゃだめだよ!! Vtuberになるなら、失敗しちゃ!)

 

(……じゃあ、公務員目指せばいいのに? 何で私、Vtuberになりたいの?)

 

(ダメだよ!!! 撮影するのは誰? そもそもMVで何を撮るの? 3Dのアバターとどうやって現実を混ぜるの? ダンスをするの? どこで撮るの? 音楽はどうやって流すの? 現実が見えてないんだよ私!!)

 

 

「いいんだよー。今あるもの使っちゃえば」

 

「……えっ?」

 

思わず声を出して、君島の方を見た。

 

ヘッドホンをつけていた君島は気が付かなかった。

 

「やりたいことやらせてよー。やりたいことやるために、Vtuberやってるんだからさー」

 

南森が、ネルの画面の光に吸い寄せられるように立ち上がる。

 

「失敗したって死にはしないんだからさー、指示厨~。困ったら頼るからさー。Vtuberネルのジャンルはネルなんだからさ、諦めてくれめんす。え、いやいや燃やさないでよwww」

 

南森が、ぼそっと、誰にも聞こえないよう言葉を漏らした。

 

マイクも運よく声を拾わなかった。

 

「……どうすればいいの?」

 

君島は、何も聞こえていない。

 

だから、これは君島の運が良かったのか。

 

あるいは……。

 

「うっさいなぁwww ほら、みんな私を支えてよwww」

 

ニュアンスは、別だが。

 

南森は、非常に自己中心的な解釈で受け取った。

 

(……支えて、もらってるよ。もっと、支えてもらうの? 一人じゃ何にもできない私が、もっと支えてもらうって、本気?)

 

(繭崎さんは、繭崎さんなら、なんて言ってくれるかな? くまこちゃんの曲のように、煽ってくるのかな? それとも、大野君のダンスのように、酷評されちゃうのかな)

 

(怒られるの怖いな。サーシャさんと話しているときも、すごく指摘されながら考えたもんなぁ)

 

(くまこちゃんにもすごく指摘される。大野君も言ってくれる。そっか。もうすっごくみんなに支えられていたんだ)

 

(みんなが、道を示してくれた。私は、そこを歩いてるだけだ……。もし、もし。もし許されるのなら……私、何もできないけれど、何も出来ない素人だけど……。夢だけを見てる人間だけど……)

 

(あぁ、繭崎さん。私、変わってませんね。だって、オリジナル曲をどうしようかって思ってた時と、同じ悩みを今も抱えてるんですから)

 

「……考えてみよう」

 

南森は思い立ったが吉日と、部屋に戻ってノートにこのアイデアをまとめようと君島の部屋の扉を大きな音を立てて開いた。

 

「ぶふっっ、うぇええっ!?」

 

「あ、……ごめん」

 

ガチャリと扉を閉めた。

 

「あっ。その……。え、え? なに? ナニガオキタノ?」

 

今日、この扉の音は再び切り抜かれ、君島は少しだけバズった。

 

題して、【心霊現象?】急に部屋の扉が開かれるVtuberネル、だった。

 

 

 

 

月曜日、放課後。

 

南森は魚里と大野よりも早くサーシャ宅に着いた。

 

「こんにちは」

 

扉を開けて、繭崎を探す南森。

 

「……南森」

 

繭崎はソファに座っていた。

 

「その……話が……」

 

繭崎は気まずそうに、声を小さくしていく。

 

少しだけ、頬にひげがあったのが気になった。

 

「繭崎さん」

 

「あぁ、すまん、お茶でも用意……」

 

「知ってます。知ってますから……少しだけ、私の考えを聞いてください」

 

「えっ……」

 

南森が机にノートを広げる。

 

それを見た繭崎が、奪い取るようにノートを手に取った。

 

「なんだ、これ……」

 

「生放送で、MV一発撮り。そういう企画の、持ち込みです!」

 

「……なんで」

 

「一週間で、ダンスを中心にした動画だと、編集が難しいです。だから、きっとカメラを固定した映像しか撮れません。それを、逆手にとって……、こうやって……こうして、……」

 

「……」

 

「こんな感じでやれば……、もしかしたら。出来る、かも、って……」

 

「……」

 

「その、……私も、頑張りますから……失敗したら、私、責任、取りますから……、本当に、本当に頑張ります。だから……私も、繭崎さんくらい頑張るので…………」

 

「……」

 

「わっ……わたし、なにもできないから……、めいわくかもしれませんけど……、ライブ、でたい……、みんなで創った曲、たくさん発信したい……だから……」

 

「……」

 

「……。おかね、自分でもだしますから……」

 

「やめろ」

 

「!?」

 

「そういうのは、やめろ……」

 

「すっ、すいま、せん……」

 

南森の視界が真っ黒に染まっていく。

 

繭崎の胸元の黒い煙が、南森の話を聞くたびに大きくなっていくのだ。

 

ダメだった。

 

やはり、迷惑なアイデアだったのだと、南森は涙がこぼれそうになる。

 

思いつきで提案しないようにした。

 

だが、やはり芸能界にいた人間から見たら甘いのだ。

 

だから、ダメに決まっていたのだ。

 

(あぁ……ダメ、わたし、空回ってるんだ……意味なかったんだ、きっと、こんなこと……)

 

 

「ご、ごめんなさい、ごめんなさい、これ、えっと、うそです、すいません」

 

「……」

 

「すいません、素人がこんなこと言っても意味ないのに、えへへ、分かってたのに……すいません、本当に、忘れてください」

 

「……」

 

「次、次がありますよねきっと、今回は残念でしたけど、次に向かって、頑張りましょう! 大丈夫です、きっと、きっと何とかなりますもん!」

 

「やろう」

 

繭崎の声が、南森の思考を切り裂いた。

 

「……え」

 

「……。やろう、それで行こう」

 

「うそ」

 

「……、やろう」

 

「うそです。うそ……」

 

「……」

 

「だって……」

 

南森が見ていたのは、繭崎の胸元。

 

全く、先ほどと変わらない。

 

黒い煙が燻ぶっているだけだ。

 

しかも、さっきよりも大きくなっている。

 

絶望が、大きくなっているのに、やろうとするわけがない。

 

「正直なことを言うぞ」

 

繭崎の暗い顔がより暗くなる。

 

「出来るわけないと思った。意味がないと、思った」

 

「で、ですよね! じゃあ」

 

「聞け。……聞いてくれ。俺は、……俺は、今常識でものを考えた」

 

「……」

 

「現実的に考えればそうだ。常識で考えれば、無理だろう。俺達には、TV局のような資材もなければ、資金もない。だけど……」

 

「……ぐすっ」

 

「すごい、って思ったんだよ。直感が、やれって言うんだよ。絶対できないし、やろうとも思わない。でも、……出来たらすごいと思った。だから、やろう。一週間で、生放送、MV一発撮り」

 

「……ひっく……い、いんですか……っ」

 

「泣くな。よく、……よく思いついたよ。俺には思いつかなかった。これなら、確かに出来るよな。ライブ、出るために頑張ってたもんな」

 

「……っ、ぁい……」

 

「曲作り、初めてやったもんな。頑張ったもんな」

 

「ぁぃ……」

 

「ここまできて、大人が先に諦めてどうするんだってな。やろう、南森。大人の都合で夢を諦めたらダメだよな。やろう」

 

「ぁいぃ………ぐすっ、……うぇぇ……ひっく……ぁぃ……がんばりまず……がんばりまず……」

 

「南森はもう頑張ってるんだよ。だから、なにもできないなんて二度と言うなよ……」

 

繭崎は立ち上がる。

 

「企画、確かに預かったっっっ!」

 

南森のノートを、胸に抱いた。

 

「あら、私も混ぜてよ」

 

サーシャが目頭をこすって、南森の背中に抱き着いた。

 

「馬鹿ね、責任取るなんて、大人がすればいいのよ。やりたいこと、やりなさいな」

 

「ざーじゃさぁん……」

 

「サーシャ、お前にも大分負担かけるぞ。良いのか?」

 

「どっかの悪人のせいで、同人誌の原稿早割で創れる算段だから、余裕よ」

 

「……ごめんなさい、ゴメンなさぃ……」

 

南森がサーシャに抱き着いて、涙をこすり付けた。

 

背中をぽんぽんと叩くサーシャも、少しだけ泣いた。

 

南森は、なんとなく。

 

本当になんとなくだが。

 

この大人たちについてきて良かったと、なんとなく思った。

 



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チャレンジャー、です!

「それじゃあ、1週間でMVをつくる作戦会議、この会議で全て決めるぞ。頼む。力を貸してくれ」

 

繭崎が深夜に、パソコンの前で話しかける。

 

webカメラを使って、オンライン会議を開始した。

 

画面に映っているのは、今まで『白銀 くじら』を創り上げた仲間たちだ。

 

『曲はサンプル版でよければ他のアイデアのたたき台に使って』

 

魚里 隅子(うおり くまこ)が熊のフード付きのパジャマを着て参加している。

 

バーチャル背景を使って部屋の中を見られないようにしている。

 

『ダンスに関しては、ある程度振り付け完成させてるけれど……南森さんがするには時間が足りないかもしれません』

 

恐る恐る、カーディガンを着ている大野 流星(おおの りゅうせい)が手を挙げて発言する。

 

「あぁ。だから、ダンスに関してはモーションキャプチャーを使うのは大野君ということになる。大野君が『白銀くじら』の中に入って踊る。収録はこれで行こう」

 

『えぇ!?』

 

大野は想定していなかったのか大きく驚く。

 

が、珍しいことではないことを、白銀くじらの中の人が知っている。

 

「大丈夫です大野君。大野君になら任せられます。お願いします!」

 

『え、っと、南森さん……』

 

「信じてます」

 

堂々と、南森 一凛(みなもり いちか)が胸を張る。

 

大野流星に、自分の将来を託した。

 

「それで、イラストだが」

 

『ふざけた発注してくれるわよ本当! 今急いで描いてる!!』

 

「助かる」

 

サーシャの絶叫に、繭崎が目を瞑る。

 

「それじゃあ、動画の構想を今伝える。各々、ベストを尽くしてもらうぞ。南森!」

 

『はい! 今から、動画について説明します!!』

 

繭崎は即席で作ったパワーポイントでプレゼン資料を画面に映す。

 

南森がそれに合わせて話を始める。

 

『まず、私のテーマは当初、『企業個人勢関係なくみんなで一緒に笑顔で活動する』ことだと思ってたんです。でも、みんなと曲を、『白銀くじら』を創っていくとき、やっぱり現実の、リアルの人とも笑顔じゃなきゃダメだって、今更気づきました』

 

 

 

南森が、ノートをめくる。

 

画面を見ると、どうしてか、胸の真ん中の色が見えてしまう。

 

(前より、ちょっと鮮明に見えます。これがどういう意味かは分かりません、でも……)

 

魚里も、大野も、サーシャも、南森を応援している。

 

自分も頑張ろうとしていることは、色で伝わってくる。

 

「……私の計画は、生放送で、一発撮りで、MVを作成することです。これしかないと思います」

 

『無茶言うっしょ!』

 

魚里が苦く笑う。

 

「はい、クオリティも、やっぱり最初に考えたダンス動画よりも落ちると思います。だから、アイデアで戦います」

 

『アイデアって?』

 

大野が真面目な表情で南森の声を聴く。

 

真剣だから、南森も答えたくなる。

 

「皆さんの協力が必要です。全体の流れの前に伝えたいのは、撮影内容のポイントは三つです」

 

繭崎が操作するスライドが動き出す。

 

「一つ目は、ダンス。これは変わりません。ですが、事前に録画したものを使います」

 

『この収録を、僕が?』

 

「お願いします。例えば、テレビや、プロジェクターで映し出す感じで使います」

 

『わ、分かった』

 

南森が深く息を吸った。ここからが、一番大変だからだ。

 

「二つ目は、アニメーションです」

 

『あ、アニメぇ!?』

 

魚里の目が飛び出すほど驚く。

 

驚いた表紙に、バーチャル背景で隠していた部屋が少しだけ見えた。

 

アーティストのポスターを部屋一面に貼っているらしい。

 

「ここがアイデアの一つです。アニメと言っても、パラパラ漫画の要領で動かします。走るイラスト3枚、ステップを踏んで歌うイラストを3枚、これをパラパラ漫画の要領でたくさん刷って、アニメっぽくするんです」

 

『今それ描いてるわよぉ~!』

 

作業中の画面を共有したサーシャ。差分イラストだからと、本気で描いてくれている。

 

『ちょっと待って! パラパラ漫画と言っても、そんなに動かせるわけないわよ。どうするつもり? 絵だけあっても、意味がないじゃんか!』

 

「やり方は3パターン用意しました。1つはアニメになるように壁に絵をたくさん張り付ける。2つ目は動画にして高速ループさせる。そして……」

 

南森が、思いついた一手が、放たれた。

 

「ドミノ倒しを使いましょう」

 

同級生二人が息を呑んだ。

 

『ど、どみのたおし……?』

 

『え、え?』

 

思わず魚里はオウム返しをしてしまう。大野も、言葉が出なくなっていた。

 

「はい。ドミノにイラストを張り付けて、生放送でドミノを追いかけていけば、自然とアニメーションになるはずです。動画にも、生放送らしい動きが出ます」

 

『無茶だ、できるわけが……』

 

『出来る』

 

大野が思わず頭を抱えるが、繭崎の声が空気を切り裂く。

 

『ドミノ倒しのアニメーションに限って言えば前例がある。例えばだが、アメリカのシンガーソングライターの『キナ・グラニス』の『バレンタイン』という曲のMVはドミノ倒しでアニメーションを作っていた。日本で同じようなことと言えば……お笑い芸人の『鉄拳』が作ったパラパラ漫画動画も該当するだろうか。……まぁ、不可能じゃない。準備が異常に必要なだけだ』

 

『な、なるほど……』

 

「そして、最後は……撮影」

 

南森が考えたアイデアは、シンプルで、だが誰もやろうとしないやり方だ。

 

しかし、今ならできる、そういう場所とやり方がある。

 

なんとなく、ここにはいない君島を思い出す。

 

君島はあの日こう言っていた。

 

(いいんだよー。今あるもの使っちゃえば)

 

南森は胸元のシャツを握り締めて、勇気を振り絞った。

 

「撮影は、ウチの放送部にお願いしましょう」

 

『それって……つまり?』

 

魚里と大野の顔が引きつった。

 

繭崎とサーシャは、堂々と笑っていた。

 

「撮影場所は、学校で行きましょう。土日の学校で、生放送一発撮りMV撮影を実行します!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「おおおおねがいしまぁす!!」

 

「といっても、南森さんねぇ……」

 

次の日、月曜日の朝一番に放送部の顧問に直撃しに行く南森だった。

 

「学校全体で撮影に使うと言っても……ウチの学校の場合、土日は吹奏楽部しか使ってないし、なんなら放送部も土日いきなり動けって言っても嫌な思いする生徒いるかもしれないよ? あぁ吹奏楽部とも調整必要?」

 

「おねがいします! これしかないんです!!」

 

「って言ってもなぁ……」

 

年齢の比較的若い教員は、ハンカチで汗を拭く。今日の職員室は、教室よりも暖かかった。

 

「これが企画書です! 吹奏楽部の皆さんの邪魔はさせません! どうしても、……やりたいことなんです! おねがいします!!」

 

「……すごいねこれ。うーん……でもなぁ」

 

企画書をペラペラとめくる教員も、少しだけ目が輝く。

 

だが突然、南森の後ろから金切声が聞こえてくる。

 

「南森さん、あなた馬鹿なことはやめなさい!」

 

「ひっ、えっと、生徒指導の先生……」

 

年配の女性教員が、自身の眼鏡をくいっと上げて、南森の事情を聴かず説教を始める。

 

「あなたね、この時期が受験生にとってどれだけ大事な時期か分かってる? 学校全体の空気をおかしくさせるような提案はやめなさい!」

 

「そ、そんな……でも、土日ですよ!?」

 

「ダメなものはダメです! いい加減にしなさい!! あなた成績は自慢できるほどでもないし、友達を増やしたり、勉強したり……あぁそうだ、あなただけ部活入ってなかったわね。今すぐ部活に入る準備をしたり」

 

「い、いや、今そういう話じゃ……」

 

「とにかく、ダメです!!」

 

女性教員に圧され、自分の意見を言えなくなっていく南森。

 

怒りとか、悲しみとかそういう感情じゃない。

 

女性教員は、形だけの説教をすればするほど、感情が安らかな緑色をしていく。

 

どうすればいいのか分からない。

 

また挫折感が襲ってくる。なんでここまで怒られないといけないのか分からない。

 

「いいですね!!!」

 

思わず、「はい」と言ってしまいそうになる。

 

今までの南森なら、言っていただろう。

 

だが、南森の口が自然と閉じていたのは……

 

(繭崎さんと、サーシャさんが背中を押してくれてるのに……こんな、壁が…どうすれば……)

 

「待ってください先生!」

 

職員室に、華が咲いたようだった。

 

「あ、あら。大野君」

 

女性教員が、露骨に声を抑えて、髪の毛を気にしだす。

 

「僕からもお願いします。僕も関わってます。もし、南森さんを怒鳴るなら、自分も怒鳴ってください!! 彼女は、何も悪いことをしていないんです!」

 

「そ、っそうなの?」

 

女性教員は、大野に強く出られない様子で、タジタジになる。

 

「……いいよ。手伝うから」

 

若い男性教員が、大野の声に追従するように手を挙げた。

 

「大野君が関わってるなら安心じゃないですか先生。彼に向かって夢を諦めろなんて言えないでしょう?」

 

「え、えぇ、……そうね。じゃあ後は……お任せします」

 

お前のせいで、と言わんばかりの視線を浴びる南森。

 

感情が自分に向かって迫ってくるようで、恐怖が後から足に来た。

 

「行こ、南森さん」

 

大野が手を引いて、南森は職員室を後にした。

 

「……ありがと、おおのくん……」

 

声を震わせながら、感謝の意を伝えるが大野は悲しげだった。

 

「……ごめん、こうするしかないと思って……。僕が主導でやってるみたいになっちゃった。……全部、南森さんが動いてるのに」

 

「ううん、……わたしじゃ、だめだったから……」

 

「……そうだ、あとで一緒に放送部に頼みに行こう。……僕も手伝いたいんだ」

 

「……どうして……」

 

「……なんていうんだろう。夢に向かって頑張ってる人を、応援したい……って感じなのかな? よくわかんないけど」

 

大野の表情は、どことなく物憂げで、南森を羨むような視線を向けてくる。

 

(でも、私じゃきっとここで終わってた。大野君が繋いでくれた縁を、絶対生かさないと……!)

 

じっとなんてしていちゃダメだ。

 

南森はこぼれそうな涙を抑えつけて、次の段階に進む。

 

 

 

 

 

1日目(月)

 

「youtubeで生放送ってどんな感じだろう」

 

「何人くらいスタッフ必要かな……?」

 

「やべー! こんな面白そうな撮影初めて! やろうやろう!」

 

 

放送部の人たちは、笑顔で迎えてくれた。

 

南森にはそれが嬉しかった。

 

「撮影準備ってどうすればいいの?」

 

放送部の女生徒に尋ねられ。南森はたどたどしく伝えていく。

 

「えっと、その、まず教室から始まって……、PC室って使えるのかな……そこで画面前部に映像を流して……」

 

「あーじゃあさ! 黒板とかに曲名書くとかどう!? ウチらそういうのめっちゃ得意だからやってやんよ! 黒板全体を映して、そこからドミノの列見せてさ、そして、指で押して……」

 

「いいんですか!?」

 

「いーよいーよ! ……なんていうかさ」

 

「?」

 

「いやほら、放送部に頼みに来る人なんていないっしょ、生徒で。……なんか嬉しくてさ。あぁよかった、生徒にちゃんとウチら認識されてるんだーって」

 

 

 

放課後、帰ろうとしていた南森を魚里が見つけた。

 

「よし、この調子でがんばろ」

 

「あー! 一凛ちゃん! 曲について相談なんだけど!」

 

「あ、はーい!」

 

「日曜撮影決定したんでしょ! ナイス! んでさ、学校でやるなら曲の最初にチャイムみたいな音出したりとかさぁ!」

 

「あぁいいですね!」

 

そんな会話をしながら下校する二人。

 

「……曲? 日曜日?」

 

その会話を、誰かが聞く。

 

 

 

 

 

 

2日目(火)

 

「頼むぞ! ミスしすぎると延長料金がかかる! スタジオ代は馬鹿にならない!」

 

「な、なんですかこのアホっぽい恰好!? 前衛芸術!? ゾゾスーツ!?」

 

「馬鹿野郎、モーションキャプチャーだ! 倒れて機材壊してみろ!! 親が涙流して貯金全額使い果たす可能性もあるぞ!!」

 

「ここから入れる保険ってないですか!?」

 

繭崎と大野が南森の前で喧嘩を始める。

 

南森の目に映るのは、全身真っ黒のタイツのような服に、センサーを取り付けた格好をしている大野だ。

 

学校の美男子も、形無しの服装だった。

 

「お、大野君……大丈夫?」

 

「み、見ないでくれ南森さん!」

 

「曲流すぞ! お前は今から『白銀くじら』だ! 女の子らしく踊れ! それもキャッチ―に! ファンタスティックに!」

 

「うぅ……やってやる……南森さんの努力を、無駄に……しな……いようにしたいのにこの格好はないだろぅ!!!」

 

大野は涙を笑顔で流しながら踊っていく。

 

南森はあまり視界に入れてあげないようにしようと、魚里と連絡を取る。

 

「歌、もっかい取り直そう」

 

 

 

 

3日目(水)

 

『絵、完成したわよ!! あとは刷るだけ!!』

 

『ドミノ調達したぞ!! 配置図改めて提出する!! 金曜の夜から設置開始予定!!』

 

『ダンス収録完了。そっちはどう?』

 

全体ラインの連絡が活発化していく中、魚里と南森はカラオケにいた。

 

「……まだやんの?」

 

「はぁ、はぁ。はい! やらせてください!」

 

「ったく。……曲も喜んでるよ。ここまで真剣に練習してくれるとさ。明日、スタジオで収録すんだから、ほどほどにね。のど飴あげよか?」

 

「ありがとうございます!」

 

「はは……。そういや、生放送ってどうやって音源流すん?」

 

「大丈夫です、その道のプロフェッショナルに事前にやり方は聞いているので、今度実験します!」

 

「プロフェッショナル?」 

 

 

 

 

 

4日目(木)

 

「もうダメー。疲れたー」

 

放送部も良く働いてくれた。

 

繭崎とサーシャも、大野も魚里も頑張ってくれた。

 

その全員と連絡を取り合う南森も、見通しがようやく着いてすっかり力が抜けてしまった。

 

ちなみにこの時間でも、裏で繭崎とサーシャは刷ったイラストを仕分けをしていた。

 

「……あ、そうだ」

 

南森は窓を開けて、君島に声をかける。

 

 

 

君島の部屋で、南森は今やっていることを伝えた。

 

「そう、うん、日曜日にね学校でMV撮影!」

 

「ドウイウ神経?」

 

「あはは……。身バレ怖いなぁ」

 

「……マ、いいけど……気を付けてね。……ガッコウかぁ……」

 

「あ! よかったら見に来て! 私なりの頑張り!」

 

「……ガッコウ、もう行ってナイシ……。学校嫌い」

 

君島の目があまりにも澱んでいて、地雷を踏んでしまったと焦る南森。

 

「あ、生放送! 生放送でもやるからそっち見てよ! ……寝(ねる)ちゃんに見てもらってるって思ったら、すごく自信つくから!」

 

「……。え?」

 

「ん?」

 

「ネルに、宣伝してっていう話じゃないの?」

 

「え、いいよそんなの。友達として見てほしいんだぁ。……ダメ?」

 

「ウウン、イイヨ。生放送……URLは? もう枠取った? ツイッターで宣伝してる?」

 

「バッチリです!」

 

南森は、スマホに映し出されたツイッターをちらっと見る。

 

そこにあったのは、『白銀 くじら』のアカウント。

 

そして、初配信で生放送MVを作る宣言を行っていた。

 

反応は……あまり得られなかったが、少しのRTといいねが、勇気をくれた。

 

 

 

 

 

5日目(金)

 

 

「あと何日で冬休みだったっけ」

 

大野が投げかけたつぶやきに、南森は答えられなかった。

 

すっかり学校のことは頭からなくなっていたのだ。

 

夜の学校は明るかった。職員室では誰かがまだ働いているようだし、7時を超えたあたりで「教師ってきっとミュージシャンよりブラックだ」と魚里が笑っていた。

 

「でも、ドミノってこんな……気を遣うんだね。こう、何故か崩したくなる衝動も……!」

 

「ちょ、一凛ちゃんやめようね?」

 

「うん……。せっかく、サーシャさんが、3枚のところを5枚描いてくれたんだもん」

 

サプライズだった。

 

走るイラストが3枚、ステップを踏むイラストが3枚だった発注を超えて、各5枚描いてくれたのだ。

 

サーシャだけは、今家で眠っている。

 

繭崎が、作業中の教室の中に入ってくる。

 

「よし、そこ終わったら三階のPC室に向かって……うおっ、なんだこれ?」

 

繭崎が黒板を見て驚嘆する。

 

「放送部の子が、書いてくれたんです」

 

「すごいな、学生……。曲名、こんなにかっこよく書いてくれたんだな」

 

「はい。……私たちの曲です」

 

黒板に書かれた曲名。

 

南森最初の歌。

 

『白銀 くじら』のデビュー曲。

 

【Swimmy】

 

スイミーと名付けられた曲が、あと二日で動き出す。

 

「そういえば、なんでスイミーなの?」

 

大野がドミノにイラストを貼り付けながら訪ねる。

 

南森は少しだけ頬を掻いて、照れくさそうに伝えた。

 

「白銀 くじらのモチーフなんです、このタイトルの絵本」

 

 

 

 

 

6日目(土)

 

 

「3……2……1……、カット!」

 

放送部の声が響いた。

 

「どうですか……?」

 

南森が、放送部の女の子に尋ねる。

 

「うーん、ここ見えちゃうと学校名ばれちゃうかも。ついでにここ、個人情報とか乗ってるから見えないようにしないと。あと、各フロアや廊下とかに移動するとき、結構面倒くさいかも。ちょっと人の配置変更しよう」

 

南森と放送部が和気あいあいと話している間、遠くから眺めていた放送部の顧問に繭崎が話しかけた。

 

「ありがとうございます。協力していただいて……」

 

「あぁ、はい、いいんですよ……なんていうか、なんでここまでやるのかなって感じですけど」

 

「南森も、全力ですから。いつでも」

 

「学校じゃ、そんな素振り見たことなかったから驚きました。……あぁ、こんな子だったんだ、って驚くばかりでして」

 

「人にはそれぞれ輝く場所があります。それがたまたま、ここだっただけでしょう」

 

「でしょうかね。……まー私は教員ですんで、学校で育ってほしいって気持ちが強かったんですがね。なんだかなぁ、人って、勝手に成長してるんだなぁって思いますよ。学校じゃなくても、人間は輝く。当たり前っちゃ当たり前ですけど……すげぇなぁって、思うんですよ」

 

「……」

 

「見てくださいよ。無気力で……コンテストとか出ても、結果でなくてもへらへらしてたメンバーがこんな活気出してるんですよ。声優目指してるとか、アナウンサーに興味あるって言って入ってきたはずなんですけど……やっぱりどうせ無理だって諦める子がいっぱいいる中で……南森さんを、全員応援してるんですよ。まるであの子に夢を託してる感じで……、だから、最後まで」

 

「……ありがとうございます」

 

 

 

全員がベストを尽くす中、……違和感もあった。

 

「あれ?」

 

大野がたまたま玄関近くに来ていた時、数人の生徒が玄関前にたむろしていた。

 

「……あいつら?」

 

内2人は、大野の取り巻きの女子だった。

 

残り数人は、顔がよく見えなかったが、大野に気づいた瞬間、すっと逃げ出したのだ。

 

「あ、大野君!」

 

女子が扉を開けて大野に向かっていく。

 

その表情は真剣だ。

 

「あのさ! 大野君もしかして魚里さんと動いてる?」

 

「えっ、あれ、言ったっけ……?」

 

大野が想像していなかったように不信感を覚える。

 

「大野君、騙されてね? 大丈夫? 私たちさ、大野君が騙されてる可能性あるって言われて来たんだよ!」

 

「……誰に?」

 

「ほら、アイツよアイツ……って、あれ? いないし」

 

大野は少し考えて、二人を手招きした。

 

「着いてきて。見せてあげる」

 

 

「うわっ! なにこれすごい!?」

 

取り巻きの一人が、圧巻されたようにスマホを取り出す。

 

「ダメだ、撮らないで!」

 

「ひっ、お、大野君?」

 

「ほら、こっちも……」

 

大野に案内される間に、二人は多くのモノを見た。

 

学校中に張り巡らされたドミノ。

 

せわしなく動く放送部員。

 

そして、その中心にいるのは、魚里ではなく、南森。

 

「な、なんで南森ちゃんが?」

 

「これ、魚里さんじゃないよ。南森さんが頑張って、ここまでやってきたんだ」

 

「うそ……って、なんで大野君が動いてるの? あ、ダメ、ダメだよぉ。彼女、大野君好きって噂あって、もしかしたら大野君に近付くために……」

 

「違うよ」

 

大野は、少し残念そうに肩をすくめた。

 

「僕なんかじゃ眼中にないよ、だって、見てる先が僕よりも遠いんだから」

 

「……大野君?」

 

「ちょっと南森さんの様子見てみなよ。……本気でどれだけやってきたか、分かるよ」

 

大野に言われた通り、すみっこで二人は大野と一緒に南森の動きを見ていた。

 

「南森ちゃーん! ここどうすればいい?」

 

「そこは、はい! カメラはもっと寄ってもいいかもしれません。……机少し邪魔かもしれませんね」

 

「だよね! 取っ払っとく!!」

 

「お願いします!!」

 

「南森さーん、PC室で画面流すときのタイミングって、扉が開いた後? 前?」

 

「後でお願いします! 真っ暗な画面を一回映して、突然ハッキングされた感じで!!」

 

「いーねかっこいい!! ありがとう!」

 

「ねーいっちゃーん。ラストシーンさー花火仕掛けて爆破させよー!」

 

「だ、ダメです! 絶対ダメ! ラストはもう絵が決まってるんです!!」

 

 

 

 

 

 

「……なんで?」

 

取り巻きの女子が大野に尋ねる。

 

「なんでここまでやってるの?」

 

「……なんでだろう。僕にもわかんないかも」

 

「……なんか悔しい。あの南森ちゃんだよ? 教室でずっとオドオドしてた子が、なんか、ウチらよりキラキラしてる。腹立つ。Tiktokとかでやってるのじゃないじゃんクオリティが」

 

「そうだね」

 

「からかっていいやつだったじゃん。こんな、……こんな」

 

「明日、撮影本番なんだ。応援してよ。僕は、最後までこの動画を見届ける。だから、応援してあげてね」

 

大野はその場から離れて、再び作業に戻る。

 

取り巻きの女子二人がお互いに顔を合わせる。

 

「明日、本番だって」

 

「……やだよ、大野君取られちゃう」

 

「見に行こ。それくらい、許してくれるっしょ……」

 

「……うん」

 

明日の天気予報は、晴れ。

 

しかし、本番を晴れた気持ちで終わらせられるかは限らない。

 

いよいよ、勝負の時が来る。

 



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あなたに誇れる私でありたい

不動 瀬都那(ふどう せつな)がラインを見たのは、朝5時のことだった。

 

「……南森ちゃん……?」

 

不動は、南森と定期的にラインで話す仲になった。

 

昔なら想像つかない自分に驚いた。

 

昔なら、曲を作って、ライブを繰り返して、一回助けた彼女との関わりを深めようと思わなかっただろう。

 

それでも彼女と関わり続けようとしているのは、……。

 

「……MV?」

 

眠たい目が徐々に、背筋の冷えと一緒に覚醒してきた。

 

「Vtuber!? 南森ちゃんが!?」

 

ベッドから飛び出し、顔を洗って、ペットボトルの水を冷蔵庫から取り出して、文面を読み返す。

 

「Vtuberデビュー……今日、生放送でMV撮影!? 何考えて……」

 

スクロールをすると、目に入ってくる文面が、不動の心に入ってくる。

 

『今日、撮影があるんです! ぜひ見に来てください! 不動さんに、今の私を見せたいです!』

 

「……、……、……。っ、ごめん……」

 

反射的に、『今日は他県に移動する用事があるからいけないけれど、生放送必ず見るよ』と送り返す。

 

「ダメ、ごめん、ごめんな……」

 

かつて、笑顔でロックを語った彼女は、青ざめた表情で震えるばかりだった。

 

 

 

 

 

 

朝六時。

 

佐藤が目を覚ましたのは、嫌な予感ばかりだったからだ。

 

「今日が、先輩の子のデビュー日か……、くそっ」

 

体を起こす。鍛えている体が冷え切っていた。

 

「上層部も、なに手ぬるいことをやってるんだ。あの、あの先輩だぞ……きっと僕らの想像なんて100倍にして返ってくるんだ……。生放送一発撮りMV? あぁ普通に考えたら失敗するだろうさ。だが……」

 

佐藤が洗面台の前に立つ。真っ青になりながら、口元だけはゆがんでいた。

 

「先輩が会社辞めてもプロデュースしようとした子が、デビューするんだぞ。間違いなく、何か起きる……」

 

 

 

 

 

 

 

朝7時。

 

「うぅ、起きちゃった。日曜日なのに」

 

南森が目を覚ました。

 

「あっ……ライン」

 

不動の断りのラインを見て、少しがっかりしたけれど、生放送は見てくれる。嬉しかったが、同時に、体が震えだす。

 

「だ、大丈夫、大丈夫……成功する、がんばる、がんばる……うぅ……がんばんなきゃ……がんばんなきゃ……」

 

今まで、泣きながら前に進んでいたのに、いざ本番が来ると考えるだけで恐怖が体を貫いていく。

 

「本番、12時から……集合、11時……うぅ、ぅぅぅ……だいじょうぶ、だいじょうぶなのに……うぅ……」

 

初めて、ここまで頑張っている。

 

初めて、何もできなかった自分が立っている。

 

初めて、デビューする。

 

誰も見てくれないかもしれない。誰も応援してくれないかもしれない。

 

誰も評価してくれないかもしれない。誰も、望んでいないかもしれない。

 

嫌な想像ばかりが膨らんでしまう。

 

「え、えぇいい!」

 

布団から無理やり体を出して、声を張り上げる。

 

「ふぁっ、ふぁいとー!」

 

「一凛(いちか)!!! 何時だと思ってるの!! まだお父さん寝てるのよ!!!」

 

「ひんっ!? ご、ごめんなひゃいお母さん……」

 

南森は、今日はちょっと自信がないなぁと不安ばかりが胸をうずかせた。

 

階段を下りて、居間を見ると、母親がすでに朝食の準備をしていた。

 

「ほら、早く身支度すましちゃいなさい」

 

「う、うん!」

 

 

 

 

 

 

普段はめったに淹れないコーヒーが食卓に並ぶ。

 

「お、お母さん?」

 

「今日、本番なんでしょ? 生放送、見るから」

 

「う、うん……、あの、その」

 

顔色の悪そうな娘を見た母親は、力強く背中を叩いた。

 

「ひゃん!? お、お母さん!?」

 

「あんた、車轢かれても死なない体で産んであげたんだから、自信持ちなさい。繭崎さんと頑張ってきたんでしょ? あの人を信じなさい。ミスったら全部あの人のせいよ」

 

「お母さん!?」

 

「だから、堂々としなさいよ。頑張ってきてるのなんか、お母さん全部わかってるんだから」

 

「う、うん!」

 

ちょっぴり自信を持った南森が食パンに小豆を乗せて食べ始める。

 

南森の母は、こっそりスマホを取り出し、南森の写真を撮る。

 

「……死なないんだから、大丈夫よ。死んじゃったら、全部終わりなんだからね」

 

「え。なに? お母さん」

 

「こら! 口にモノを入れながら話さないの!」

 

「ひんっ!? ご、ごめんなさい……もぐもぐ」

 

南森がもぐもぐ食べている間に、母親は繭崎にラインを送る。

 

「えーと、『早く合流してウチの子を安心させなさいこの眉毛』っと。ふん、ウチの子預かってるんだから、ちゃんとなさいよ」

 

母親が真剣なまなざしで、南森を見つめる。

 

もう失いたくない、未来に思いをはせるように。

 

 

 

 

 

朝11時。

 

「くまこちゃん寝坊! 20分に来るって!」

 

「大丈夫大丈夫。サーシャさんも30分後だって」

 

魚里の遅刻に慌てる南森だったが、呑気に構えている大野がサーシャの寝坊を伝えた。

 

「うぅ、あと一時間で始まるんだぁ……」

 

「大丈夫だって。tiktokやった時もそうだったけど、投稿してみたら意外とあっけないもんだよ。あ、こんなんでいいんだーって感じで」

 

「そうなんですか……。でも、はぁ……」

 

放送部と一緒に最終確認をするために、二人は校内を歩き回る。

 

「いいなぁ大野君。緊張しないタイプ?」

 

「ううん。緊張してる。でも、なんだろう。ここから南森さんがVtuberとして始まるんだーって思うと、なんか伝説の立会人って感じで嬉しいな」

 

「で、伝説って!」

 

「はは、冗談じょうだ」

 

「おいなにこれ、邪魔くさいんだけど!」

 

突然二人の後ろから、大声で非難を浴びせてくる人間が来る。

 

金管楽器を持った男子が二人、南森と大野に寄ってくる。

 

「あのさぁ、練習の邪魔にならないようにドミノ置くって言ってる割に結構邪魔なんだけど」

 

「そーそー。歩くとき邪魔」

 

にやにやしながら寄ってきたが、突然男子二人の頭を叩く存在がいた。

 

「痛っ!? なんだよ……って、部長!?」

 

「なんでここに!?」

 

「練習さぼって何してんの? レギュラーなるつもりもなく練習するつもりもないなら帰れ」

 

「「す、すいません……」」

 

吹奏楽部の女子部長がしっしっと手で男子二人を追い払う。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「いーよ。…………、よくわかんないけど、ま、頑張って」

 

「はい……」

 

大野と南森が二人だけになった時、南森が自嘲気味に愚痴をこぼした。

 

「……はは。ダメ、かも」

 

「そ、そんなことないよ! 大丈夫、成功するよ!」

 

「……うん。ごめん、ちょっと用事」

 

南森が大野の制止を聞かず、何も考えたくない一心で走る。

 

学校にいたくない一心で、外に出た。

 

「ん? ……どうした?」

 

外には繭崎がスマホを耳に当てながら立っていた。

 

南森の表情を見て、繭崎がスマホを仕舞った。通話がつながらなかったようだ。

 

「繭崎さん……わたし、もう……ダメかもしれないです」

 

「そうか」

 

繭崎が南森の目線に合わせてかがむ。

 

「どうしてそう思った?」

 

「だって、だって……。誰も、本当は応援してくれないんじゃないかって、不安になって……、こんなに頑張ったのに、煽られるし、先生たちからも良い目で見られなかったし……、もう、本当にどうしたらいいかわかんないです……」

 

「なるほどなぁ」

 

繭崎が南森の目をじっと見つめる。

 

「俺は、今緊張してるように見えるか?」

 

「そんなこと……あっ」

 

繭崎の胸元は、怯えも、焦りも、苛立ちも、緊張も、全部ひっくるめた色になっていた。

 

「……どうして?」

 

「俺だって不安だ。もう、正直どうにかなりそうなくらい、緊張してる。でも、それってこっちが全力でやったからだろ」

 

「全力……」

 

「適当なことやってたら、こんなに緊張しないさ。俺たちは全力で、自分のベストを尽くした。諦めなかったから、怖いんだ。結果なんて、分かりっこない。周りは馬鹿にしてくる。そうだよな?」

 

「はい……」

 

「俺が担当したアイドルも、みんなに馬鹿にされてたよ。馬鹿にされて馬鹿にされて、それでも俺と、信じてくれる仲間のこと信じて練習続けたよ。ホント、きつい話だよ。結果出ないときは、いつもきつい」

 

「……」

 

「でもな、南森。今からまだ見ぬ画面の向こうのやつらをトリコにするんだ。Vtuber『白銀 くじら』はここにいるって、みんなの視線を全部奪っていくんだ。それってすごくないか? それが出来る世界に、南森は来れたんだぞ」

 

「で、でも……」

 

「自分の力以上を出す必要はないし、怯える必要もない。失敗しても誰も困らない。失敗したら、また一緒に立ち上がろうぜ」

 

「……!?」

 

「だからベストを尽くして、楽しめ。大丈夫だ。お前は南森 一凛(みなもり いちか)で、誰よりも愛される白銀 くじらになるんだから」

 

「……はい」

 

南森は、少しだけ繭崎の胸元を見た。

 

まだ感情は落ち着かない。

 

でも、自分と同じくらい緊張してくれている人が目の前にいて……。

 

一緒に立ち上がってくれると言ってくれる。

 

怯えよりも、頑張りたい気持ちが前に出た。

 

でも、これ以上不安が襲い掛かってきたらと思うと、どうにかなりそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

11時55分

 

本番、5分前――。

 

 

「あばばばばばばばばばばばば」

 

「大変だー! 南森さんが壊れたー!!!」

「110番! 119番! いや、177番!?」

「恐ろしく速い貧乏ゆすり。私じゃなきゃ見逃してる……」

 

 

南森は緊張で壊れた。

 

全身が震えと汗でもうどうにかなってしまっている。

 

「なんかなー。ここまで緊張されると、こっちも落ち着くわー」

 

「うん遅刻した人が言うセリフじゃないね」

 

魚里と大野の会話も南森に入ってこない。

 

「全く、緊張し過ぎよ。リラックスさせないと」

 

「お前リラックスしすぎだろ寝坊しやがって」

 

サーシャと繭崎の会話も耳に入らない様子だった。

 

「うぅ、がんばる、がんばるぅ……」

 

「大丈夫だよ、僕たち頑張ったよもう! 気楽にいこう!」

 

「う、うん……」

 

大野の声にようやく意識を取り戻す南森だった。

 

「……でも、なんかすごいなぁ。サーシャさんに絵の依頼をしてから、4か月経ったんだ……」

 

南森は今までのことを振り返る。

 

サーシャに出会ったこと。不動に出会ったこと。魚里に出会ったこと。大野に話しかけたこと。

 

そして……アイギス・レオのこと。

 

「私、あの人たちみたいに輝きたいなぁって思って……ここまで来たんだなぁ……」

 

アイギス・レオと同じ舞台に立つ、と言ったら怒られるかもしれない。

 

でも、ギリーが待っている舞台に、これから立つために。

 

自分がついに、Vtuberとしてデビューするために。

 

カメラが動いてから、少しして、ドミノを押すだけ。

 

それで、デビュー動画が始まるのだ。

 

なんとなく、浮足立っていて、なんでここに立っているのかも忘れてしまいそうだった。

 

「よーし、がんばるぞ、がんばるぞぉ! ふぁいとー!」

 

南森の声に、みんなが笑いだす。

 

「本番2分前でーす!」

 

放送部の子の声が響き渡る。

 

ここから、南森 一凛の物語が始まる――、

 

 

 

「そこの撮影、今すぐ止めなさい!!!!!」

 

はずだった。

 

「……えっ」

 

南森が、声にいち早く反応して振り返る。

 

スタート地点の教室に向かってきている……年配の女性教員。

 

「生徒指導の……なんで!?」

 

「今すぐ撮影を止めなさい!! この子たちから事情は聴きました、魚里さん!! あなたがこの動画撮影を利用して学校の品位を下げようとしているとね!!」

 

「……は? はぁあああああああ!?!? 私ぃ!?!?」

 

魚里は理不尽な怒りが沸き立ち教員に食って掛かる。

 

「あんたねぇ!? 誰がそんなこと言ってん!? 今大事な撮影なんだから……じゃ、ま……えっ」

 

魚里の動きが止まる。

 

南森は、見えた。

 

見えてしまった。

 

年配の女性教員の後ろで。

 

明確に悪意を持って、魚里を攻撃しようと感情を爆発させる、男たちがいたことを。

 

「へっへっへ、よぉ魚里……バンド組んだ時以来だなぁおい」

 

「あ、あんたら……!?」

 

「ウチの演奏の邪魔、よくもしてくれたよなぁ。なぁおい!!!!」

 

男が三人、南森も見たことがあった。

 

「あ、あぁっ……」

 

思い出した。

 

思い出してしまった。

 

あの日、不動に救われる日。

 

魚里に向かってマイクを投げつけた男子生徒。

 

あの日のバンドメンバー。

 

彼らが、今ここに来ていた。

 

「ちょっと、ダメです!! もう撮影はじめますから!」

 

大野が教師を止めようとしても、彼女は止まらない。

 

「かわいそうに……大野君。貴方騙されてるの、だからそこで見てなさい。……南森さん!!!!」

 

「ひっ!?」

 

「今すぐ撮影を止めなさい!! あなたが魚里さんなんかと組んで学校の風紀を乱そうとしているとは思わなかった!! 

 

ぐいぐい教室に踏み込んできて、南森の腕を握り締める。

 

「っ、いたい……っ!?」

 

「ちょっと、何してるんです!?」

 

気付いた大人たちが女性教員に近付く。

 

「黙りなさい!!! 学校に部外者を入れて恥ずかしくないのですか!! さぁ、南森さん、今すぐここから解散しなさい!! これ以上続けるなら、特別指導も辞さない状況になるわよ!!」

 

「っ、ぅうっ……」

 

「の。残り1分……」

 

「黙りなさい!! 今すぐ止めなさいと言ってるの!!」

 

南森は見ていた。

 

じっと、見ていた。

 

教員の胸元は、あざ笑っていた、気がした。

 

あのバンドの男子たちは、邪魔することに喜びを感じていた、気がしていた。

 

人の感情が、突き刺さる。

 

騒然となった教室で、まるで全員の感情が、南森に突き刺さるイメージ。

 

誰もが、自分に感情を向けているような気がしている。

 

息が荒くなる。

 

怖い、怖い。

 

また、怖がってる。

 

あの日を、思い出す。

 

あの日が、南森の始まりだったのかもしれない。

 

不動と初めて会ったときのあの日。

 

(だれか、助けて。私は、その時そのことばかり考えていた)

 

この感情は何だろう。

 

南森の目に力が入る。

 

あの日と違うのは……きっと。

 

「カメラを止めるな!!!」

 

繭崎が吠える。

 

「ここで止めたら、南森の努力が全部無駄になる!! 絶対、カメラを止めるな!!」

 

大野が女性教員を引きはがそうとする。

 

「やめてください!! 南森の邪魔を、しないであげてください!!」

 

魚里がバンドの男たちに吠える。

 

「あんたら……音楽で見返せばいいじゃない!! それが出来ないからって人の足引っ張るだけかよ!!! 一凛ちゃんの……邪魔しないでよ!!!」

 

サーシャが南森を引っ張る。

 

「体罰! 体罰よこれ!! 早く放しなさい!!! 私の……大切な子を!!」

 

 

 

 

 

 

南森が気付けたのは、サーシャの声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大成しなかったんだぁ。

 

 

 

 

 

卒業が近づいたときはもう泣きじゃくったわけよ。

 

水商売までやって、何も成し得なかったって。

 

……就活も力が入らなくて、ただ大学を漫然と過ごしてた人と同じような進路になるの。

 

ほんと、私才能なかったんだなぁって……死ぬほど思った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの日。

 

あの時、南森は誓ったはずだった。

 

 

 

 

 

 

 

絶対にサーシャさんがよかったと思えるものを作ろう

 

 

 

 

 

 

 

 

大切な子。

 

それを聞いて、嬉しかった。

 

同時に、気が付いた。

 

ドミノを見る。ドミノに貼り付けられた絵には、白銀くじらが描かれている。

 

(そうだ、そうだよ)

 

燃える。胸が張り裂けそうに、何かが燃える。

 

(サーシャさんは……すごいイラストを描いてくれたんだ……、何も成し得てない、ううんそんなはずない!! この絵は、この絵は本当にすごくて、私は、私はそのために、この絵と、白銀くじらと頑張るって決めたの!!!)

 

 

 

 

 

 

バチンっっ!!!!

 

 

 

 

 

 

女性教員が吹っ飛ぶ。

 

手は、自然と出てしまった。

 

「い、一凛ちゃん……?」

 

サーシャが驚きのあまり呼びかけた後声を失った。

 

女性教員が、頬を抑える。

 

すぐに、顔を真っ赤に燃やした。

 

だが、南森はもう彼女のことを見ていない。

 

(私はまた見失ってた。私だけの、作品じゃない……Vtuberの中の人は、私だけじゃないっ……、絶対に、絶対にっ)

 

「絶対に、サーシャさんがっ、喜んでくれるようにっ! やってるのっ………じゃま、しないで……っ!!!!」

 

「……一凛ちゃん」

 

「私は、わたしはぁぁっっっ!!!!」

 

「撮影まであと、3,2,1っ!!!」

 

南森は、人生で初めて叫んだ。

 

アイギス・レオのライブを見て、湧き出た感情に嘘をつかないように。

 

「Vtuberに、なりたいんだああああああああっっっっっっ!!!!!!」

 

南森の指先が、勢いよくドミノを押した。

 



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夢は叶わないと悟ったあの日に捧ぐ

「なぁ。マジで萎えたよなさっき」

 

「それ。俺たちの方が真剣に練習してんのに何で急に後から校舎使うやつに譲歩しないといけないんだよって感じ」

 

音楽準備室で、こっそりと練習を休んでいる男子高校生が二人。

 

先ほど南森と大野にちょっかいをかけようとしていた二人だった。

 

「しかもあれだろ? 聞いたか? 軽音部のやつら言ってたんだけどよ、魚里関わってんだってよ。しかも撮影も結構ヤバいらしくてさ。なんか暴力表現とか性表現多いらしいぜ。しかも学校の住所貼り付けて、凸待ちとかするってよ。それ聞いた生徒指導の先生マジぶちぎれてた。魚里が大野君騙したことに一番怒ってたけど」

 

「マジかよ、あーでも最近アイツらマジはしゃいでるよな。大野君騙してるとかいう噂もあるしなぁ。ってか、嘘だとしてもさ。なんで本気じゃないやつが学校使ってんだか。動画投稿なんて遊びの延長だろって」

 

「はは、違いねぇ。俺たちも次は地区大会ゴールド目指さんと……、ん?」

 

何か聞こえた男子高生が音楽準備室から外の扉を開こうとする。

 

「ん、どした?」

 

「いや……なんかドタバタしてね? こう、めちゃくちゃ廊下でもランニングしてるみたいな」

 

「は? サッカー部か? え、今日練習予定合ったっけ」

 

「いやないはずだけど……」

 

扉を開ける。

 

……何かが階段から迫ってきているような錯覚を覚える。

 

音楽室は3Fにある。……そう、PC室と同じフロアだ。

 

「んー……なんだ?」

 

「なんか、足音? が……すっごい」

 

バタバタ、とか。

 

ドスドス、とか。

 

簡単に説明できない。

 

だが、二人は何となく聞いたことがあるような足音。

 

「あぁ、なんかクラスの男子集めて鬼ごっこしてるみたいな」

 

廊下に出て、階段の様子を見る。

 

「「んー……?」」

 

音が、廊下に響き渡る。

 

まるで何かから逃げ出しているのか。あるいは追いかけているのか。

 

「なんか声聞こえね?」

 

「あー。ってか、なんだ、なんかやばくね?」

 

そこで、男子生徒は気が付く。

 

そういえば、音楽室の目の前にある階段の隅に、通行人の邪魔にならないように……。

 

絵の貼られたドミノがあったな、と。

 

カタン、パタパタパタ。

 

見えないが、階段の折り返しのドミノが倒れていく音が聞こえる。

 

おそらく正面から見れば、ある少女が走っている絵が、パラパラ漫画のように流れているように見えるだろう。

 

その少女を先頭に……。

 

同時に、まるで巨大な生命体が迫りくるような錯覚。

 

「「ぁ、ぁぁ……っ、ぁああっ!?!?」」

 

ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッッ!!!!!!

 

「「うわあああああああああああああああああああ!?!?」」

 

二人が顔を合わせて音楽準備室に飛びのいた。

 

なにせ、巨大な人の流れが、二人に向かって全力疾走してきたから!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「走れぇえええええええええええええええええええええ!!!!!」

 

繭崎が吠える。

 

カメラを持った放送部員と、サポートの一人がドミノを必死に追いかける。

 

「ヤバいって!! これ本気でヤバいやつだって!! 止めなくていい? 止めなくていいの!?」

 

「もうやぶれかぶれだって!!! わけわかんない!!! でも、南森ちゃんがあんなに頑張ってたのに、ここで無駄になんて私出来ないよぉ!!! もう、なんであのババア教師に追われないと……ひぃっ!?」

 

ドミノの加速とともに、後ろから生徒指導の教師が迫りくる!

 

「お前らぁああああ!!!! 絶対許さないからな!!!! 早く止めろ!!!! 退学にすんぞおらぁああ!!!!」

 

「「ぎゃああああああああああああああ!!!?」」

 

「ブロック!!」

 

「ぐわっ!?」

 

繭崎が肉壁になって女教師と衝突する。

 

しかし、体重差によって繭崎の方が吹っ飛ぶ。

 

二人が止まった瞬間に、魚里に恨みを抱えたバンドメンバーがすり抜けるように追いかける。

 

「くそ!! 絶対邪魔してやる!!! あのカメラ奪うぞ!!!」

 

「「おうっっっ!!!」」

 

「させるかぁああああああああああ!!!!」

 

魚里と大野がバンドメンバーにタックルする。

 

倒れたところを魚里がバンドのボーカルの首を背中から絞めた。

 

「このぉ、パチこいて調子こきやがって!!! 絶対成功させたるわ!!」

 

「ごふっ!? ふ、ざけんな……俺たちの邪魔したやつがぁ……自分の時だけぇ!!!!」

 

「ごめんなさい!」

 

「ぐえっ!?」

 

ボーカルの後頭部が踏みつけられる。

 

南森がカメラを追いかけて全力で走る。

 

「私の夢は、もう私だけの夢じゃない……ッッッ!? サーシャさんもぉ、くまこちゃんも、大野君も、みんなが、みんなが協力してくれた作品をっ、邪魔させない……っ!」

 

「「アタック!!」」

 

「きゃんっ!?」

 

後ろからバンドのベースとドラムが南森を押しのけて加速していく。

 

カメラを持った放送部員がPC室に入る。

 

「やばいやばいやばい、ここでサビなんだって、時間、時間はやく、はやくぅ!!!」

 

「「いたぞおらぁああああああああああ!!!!」

 

「ぎゃあああああああああああああ!!? 放送部 is Deadぉおお!!」

 

「このぉ!!」

 

「「ぐわっ!!」」

 

サポートの女の子が決死の体当たりで食い止める。

 

「「くっ、邪魔するな!!!」

 

「あっちょっと邪魔ぎゃあああああああああああ!?」

 

「「ぐえっ!!?」」

 

追いついた魚里が勢いを止められず三人の取っ組み合いに突っ込んでまとめて倒してしまう。

 

「「くそ、邪魔しやがって!!!」」

 

「うわあああああなんでそこにぎゃあああああああああ!!!?」

 

「「ぐえっ!!?」」

 

大野や他の放送部員が四人の山に巻き込まれ全員上に乗るように積み重なる。

 

「ぐわっ!? パワー型女教師!!」

 

「邪魔よ!! カメラはどこ……っ、てぎゃああああああ!!!?」

 

「「「「「ぐえっ!!?」」」」」

 

繭崎、サーシャ、女性教員、放送部顧問も巻き込まれてPC室の出入り口がふさがれた。

 

 

 

 

 

 

カメラマンの少年は、ひたすら撮り続ける。

 

PC室に入った瞬間、同時にタイマーで設定した動画がPC全てに流れ出す。

 

サビでは、最初にパラパラ漫画風の動画でアイドルステップをする少女がいる。

 

画面が真っ暗になったと思えば、次はPC室のホワイトボードにプロジェクターにダンスが映し出される。

 

大野が、命を込めて考えたダンスを、白銀くじらが踊る。

 

激しさもあって、かっこよくて。

 

みんなが真似したくなる、そんなダンス!

 

「……不謹慎かもしれないけれど」

 

少年は目を輝かせて呟いた。

 

「すごいや、本当に、すごい……!」

 

そして再び、ドミノがPC室の反対側の出口から出るように倒れ始める。

 

「よ、よし! PC室終わった!! ドミノ追いかけ……うわぁあああああああ!!!」

 

「「「「待てぇええええええええええええ!!!!!」」」」

 

「「「「追ええええええええええええええ!!!!!」」」」

 

カメラマンの生徒だけ全員に追われるという恐怖に、思わずカメラが手から滑る。

 

「し、しまったぁあ!!?」

 

「うおおおおおおおお!!!!」

 

ここぞとばかりに女性教員が飛び込むようにカメラをキャッチしようとする。

 

「「させない(ません)!!!」」

 

「ぐぎゃっ!!!」

 

女性教員の足を南森と魚里が飛び込んだ瞬間に引っ張る。

 

人の隙間から、一気に掻い潜ってカメラをキャッチしたのは、大野だ。

 

「こ、こんなところにサッカー部としての経験が生きるなんて」

 

「「「「待ちやがれぇええええええええええ!!!!」」」」

 

「う、うわああああ!!!???」

 

全力で大野は走り抜けようとした。

 

しかし、しかしだ。大野はそこで気が付いた。

 

「ど、ドミノのスピードに合わせないといけないのかこれぇ!!!」

 

「「「放送部!! スクラム組めぇええ!!!」」」

 

「「「「ぐわっ!?!?」」」」

 

放送部が大野の前に集合し、妨害する四人組をスクラムを組んで防ごうとする。

 

しかし、普段運動のかけらもしていない放送部員のスクラムは物の数秒で崩れ去った。

 

「ギャー! ちょっと弾幕薄いよ!! なにやってんの!!」

 

「だって待機列だってこんなモッシュしないですもん!!!!」

 

放送部、壊滅状態。

 

女性教師がヒステリックに絶叫する。

 

「もうヤケよ!! ここまで来たら絶対止めてやる、例え、たとえ大野君がどうなってもね!!!」

 

「ひぃいぃいいいい!!!?」

 

初めて大野は女性に恐怖を覚えた。

 

学校に行けば一年生の期待の星。イケメン、王子様といった形容詞がつけられる生徒も、狂乱状態のこの場では形無しだった。

 

「でも、このままいけばなんとか!」

 

「そぉい!!!!!」

 

「ぐわっ!!!?」

 

大野の足を横からスライディングで転ばせたのは、回り込んで先回りしたバンドのボーカルだ。

 

「あぁ! カメラが!!」

 

再びカメラが宙を舞う。

 

奇跡的に、カメラはドミノしか映していない。

 

「うおおおおおおおお!!!!」

 

ここぞとばかりに女性教員が飛び込むようにカメラをキャッチしようとする。

 

「「させない(ません)!!!」」

 

「ぐぎゃっ!!!」

 

女性教員の足を南森と魚里が飛び込んだ瞬間に引っ張る。

 

「えっ、ちょ!? きゃっ!?」

 

たまたま回り込んでカメラをキャッチしてしまったのは、サーシャだ。

 

「サーシャさん走って!」

 

南森が叫ぶ。

 

「分かったわ!! ……ぎゃん!!?」

 

サーシャが突然膝から崩れ落ち、右足のふくらはぎを抑える。

 

「いだいいだいいだい……ちゅった、ちゅった……(訳:攣った、攣った)」

 

「ば、馬鹿野郎!」

 

繭崎がカメラを奪い取って再び走り始める。

 

「……!? い、いかん!!! メーデー、メーデー!!!」

 

繭崎が叫ぶ。

 

時間はもう日曜の昼。

 

吹奏楽部が練習を終え下校準備中だったのだ。

 

「ど、どいてくれ! どいてくれぇええ!!!」

 

「「「「「きゃ、きゃああああああああああああ!?!?」」」」」

 

必死に走る繭崎の顔を見て、後ろに追いかけてくる魑魅魍魎共を見て、吹奏楽部員が絶叫する。

 

繭崎は必死にかわしていくが、後ろでは大野が集団に圧されて倒れてしまう。

 

「ぐわっ! いてて……。ん?」

 

大野が目を開けると、真っ黒な景色が広がる。

 

目を凝らしてよく見てみれば。

 

吹奏楽部部長の黒スパッツを仰ぎ見る形で、倒れてしまったのだ。

 

しかも丁寧に、部長の足の間に頭をすっぽりと入れる形で。

 

「……」

 

「……」

 

「ご、ごめっ」

 

「ちっ……」

 

舌打ちを全員に聞こえるように打って、大野の頭を足で小突いた。

 

大野は涙を流して謝罪を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそ、こんなてんやわんやじゃ……ん……?」

 

繭崎は走りながら、生放送の様子をチェックするためにスマホで逐次確認をしようとしていた。

 

つまり今、生放送の画面が繭崎のスマホに流れているのだ。

 

「――、なんで」

 

繭崎が叫ぶ。

 

「南森ぃいいいいいいいい!!!!!!」

 

「繭崎さん!?」

 

いち早く集団から抜け出して繭崎の隣で走る南森。

 

「1000、1000なんだ!!」

 

「な、なにがですか!!」

 

「同時視聴者数が、1000を超えてるんだよ!!!」

 

「!? な、何でですか!? そ、そんなに注目が!?」

 

南森が動揺している中で、繭崎の口角が上がっていく。

 

「分からない、だが、……!? 今コメント流れた、なんだ、Vtuber? どこかのVtuberがこの放送の宣伝をしてくれてるのか? 分からないが、そのVtuberがURLを拡散している!!」

 

「いったい誰が!?」

 

「名前は……ネル!! Vtuberネルだ!!!」

 

「っっっっ!?」

 

息を呑む。あの、ネルが。Vtuberネルが、宣伝をしてくれているというのだ。

 

繭崎が、ネルの宣伝する際の文面を読み上げる。

 

『私の、大切な友達が頑張ってるんだぁ。お願い、応援してあげて。良い子だから、みんなきっと好きになる。白銀くじらを、よろしくね』

 

南森は、正面を見る。

 

ドミノ倒しになりながら、走り続ける少女がいる。

 

白銀くじらが、自分の前を走っている。

 

「っ、絶対、絶対成功させますからぁ!!!」

 

涙をこぼしながら走る。

 

「2サビ、1Fの廊下一周、ひたすら走る! ドミノが倒れて、ずっとアイドルステップを踏んでるように見える。んで、美術室飛び込んで、テレビに映像が映る!! 大野のダンスを映して、最後は体育館へ!!!」

 

一階に向かって走る二人。

 

繭崎が確認するように動画の内容を伝言する。

 

「一緒に行くぞ!!」

 

「はいっ!!!!」

 

二人が全力で一階に降りて、そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

がしゃぁあああああああん!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「……えっ」

 

廊下に、木が崩れる音が聞こえた。

 

体育館へ渡る廊下。

 

嫌な予感がした。

 

南森が、吐き気を催しながら確認しに行く。

 

「ぁ、ぁああ!?」

 

そうだ。この企画は、ドミノ倒し。

 

ドミノが崩されてしまったら、もう撮影できないんだ。

 

そう思って、今見ている光景を茫然と眺めていた。

 

「ぁ、ぁあ」

 

悲鳴を上げたのは、南森じゃない。

 

声を出したのは……大野の取り巻きの女子だった。

 

「ぁ、ぁの……ごめ、そ、そんなつもりじゃなくて……ゃ、ごめん、ごめんなさい……っっ! ごめんなさぃ……」

 

「ごめん!! ウチら様子見に来ただけで、その、わざとじゃ……」

 

「―――っ、直すの手伝って、早く!!!!」

 

南森が大声で繭崎を呼びかける。

 

「繭崎さぁん!!!!!!」

 

「くっ、こっちは任せろ、だからそっちは早く!!!」

 

「はい!!!!!」

 

崩れたドミノを必死にかき集めて、一個ずつ並べていく。

 

取り巻きの女子も最初は茫然としていたが、慌てながらドミノを置いていく。

 

「何秒……あと何秒……1分無い……1分無いのに……っ」

 

「えっと、えっとぉ……」

 

「順番違います!!!」

 

「ひぃ、ごめん、ごめん……」

 

「やだ、やだ、こんなところで、こんなところで終わって……終わったら……」

 

「……あんた……なんでそこまで……」

 

南森の必死の形相に、取り巻きの一人が呆気にとられる。

 

「南森さん!!!」

 

大野と魚里が到着して、状況を理解したのか、急いでドミノを直す。

 

「くそ、間に合う、間に合う!」

 

「大丈夫、大丈夫だって!!!」

 

大野も、魚里も必死にベストを尽くそうとしていた。

 

急に、血の気が引いた。

 

「よぉ……楽しそうだなぁ、積み木崩し」

 

反応できたのが、南森だけだった。

 

バンドのボーカルが、衝動的にドミノに向かって蹴りぬこうとした。

 

その蹴りを、南森が反射的に飛び込んで受けようとしてしまった。

 

「っ!?」

 

そこまでするつもりはなかったと言わんばかりに、驚く男だったが、足は既に、振り抜かれようとしていた。

 

「ひっ……、……、……?」

 

ゆっくり、南森が目を開けると、一人の大人が立っていた。

 

彼は、生徒の足をタイミングよく抑えつけていた。

 

「何をしている?」

 

「……こ、教頭先生……、なんで……」

 

ボーカルの男が茫然とした顔で、教頭の顔を見つめる。

 

「撮影を止めなさいっ!!! 止めな……っ、教頭先生!? 何故ここに!?」

 

「何故? 放送部の活動を妨害する輩がいると、通報を受けたものでね」

 

南森の頭に浮かんだのは、放送部の若手教師だ。

 

彼の姿を途中から見なくなった。そうだ、きっと、彼が職員室にSOSを求めたのではないか。

 

そうか、日曜日に学校のカギを開けているのは教頭先生だったのかと、南森は頭の隅で考えた。

 

「こ、この撮影は生徒の魚里が不純にも学校の品位を下げるとの話があり!!」

 

「馬鹿者っっっ!!! 管理職を通した話だぞ。そのような不純な企画であれば私に話が来た時点で止めている!!! 」

 

「で、ですが生徒からも情報が!!」

 

「その生徒は、女子を蹴り飛ばそうとするこの生徒のことか!! 何が正しいか、冷静になれば判別つくと思うがどうかね!?」

 

「ぐ、ぅぅ!?」

 

大人同士の会話が繰り広げられている間、ドミノを並び終えた魚里が、泣きながら訴えた。

 

「た、たり、たりない、足りないって!!!! 一凛ちゃんっ、三つ、三つ連続したやつが足りないよぉ!!!!」

 

「っ!?」

 

「南森ぃいい!!! あと30秒でそっちに行く!!!」

 

「ぁ、ぁあ!!?」

 

南森が現実に戻ってきたように叫ぶ。

 

「探して!!! あと三つ、あと三つなんです!!!!」

 

「分かった!!!」「い、急がないと!!!」

 

大野と魚里が周囲を探す。近くにあるはずだと、隙間もくまなく探す。

 

「ない、ないぞ!?」

「なんで、もう時間が!」

 

「あと20秒ぅううううううううううううう!!!!!!」

 

繭崎の叫びに合わせて、階段から必死の形相で放送部員と、吹奏楽部員が降りてくる。

 

「なになに」

「何があったの?あと何秒とかって」

「ドミノ足りないってマジ?」

 

カメラを握っていた、カメラマンの生徒が絶叫した。

 

「放送部ぅううう!!! 今ここでドミノ見つけないと一生の恥だぞおおおおおお!!! 探せぇええええええ!!!」

 

「「「「「「「うぉおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」」」

 

放送部が、汗をまき散らしながら周囲をバタバタと探し始める。

 

吹奏楽部には理解できない光景だった。

 

だが。一人だけ……南森の気持ちをなんとなく理解できた人がいた。

 

吹奏楽部の部長だ。

 

(なんか、似てる。全国行きたくて必死になってる私たちみたいな表情。学校使って頑張るって、なんか、分かんないけど。あんま仲良くないし、何してるか分からないけれど)

 

部長は足元を見る。ドミノに描かれた絵が、彼女たちの努力を物語っているような気がして。

 

(私たちと違うやり方で、頑張ってるんだ。……関係ないけれど、少しくらい手伝っても、ばちは当たらないよね)

 

「……はぁ。吹部ぅ!!! ちょっと周囲確認、ドミノ見つけ次第報告っっ!!!!」

 

「「「「「「「……はいっっっ!!!!」」」」」」」」

 

 

吹奏楽部の中にいる、男子二人が、放送部と南森たちの必死の形相を見て、動揺する。

 

「なんだよこいつら……なんで」

 

「何でこんな必死こいて……馬鹿じゃないかよ……」

 

だが、何故か。

 

今、何かしないといけないと、心が叫んでいるような気がした。

 

今まで、こっそりさぼっていた自分が恥ずかしくなるような、そんな全力を目の当たりにして、何かしないと自分たちが馬鹿に見えてしまう。

 

心の中に言い訳ばかりしていた二人が、地面を這った。

 

「「くそ、手伝ってやらぁ!!!」」

 

 

大野の取り巻きの女子二人も、絶望しながらドミノを探す。

 

「ぅぅ、ないよぉ、ウチのせいで……ウチが……ひっく……ウチがぁ……」

 

「馬鹿、探す手止めないの!! あんた、ここで見つけれなかったら……大野君、いや、南森ちゃんに顔向けできないよ!!! 乙女は根性!!」

 

「ひっぐ、ごめんなさい……ごめんなさぁい……」

 

「くっそ、マジで見つかんないし!!!!」

 

 

 

 

「どこどこ!!?」「見つからない!!」

「ホントにここにあるの!?」

「分かんない、でも見つけないと!!」

「まだ終わらないぞ、終わらせないぞ!!」

「絶対あるから!!」「ない、ないよ!」

「後、あと何秒!?」「分かんないぃ!!」

「探せって!!」「馬鹿そこさっき探した!!」

「くそ、どこだよ」

「やばいやばいやばい!」

「おーいドミノ―!!」「なになになに!?」

 

 

 

 

「後、10秒ぅううううう!!! くそぉおおおおお!!! 退いてくれぇええ!!!」

 

繭崎が、廊下を一直線に走る。

 

放送部のだれかが、ぼそっと呟いた。

 

「……終わった」

 

その声をきっかけに、全員が繭崎から退けるように端に移動する。

 

「くそ、くそぉおお!!!」

 

大野が最後まで諦めないで動こうとする。

 

「なんで、最後の最後でぇ……」

 

魚里がへなへなと壁伝いに倒れる。

 

「……ぅぅ、ぅぅぅ……」

 

南森の悔し涙がぼろぼろと廊下に落ちていく。

 

何がダメだったのか分からない。

 

何でこうなったのか全く分からない。

 

だが、もしや。

 

もしや……世界が自分をVtuberにするのを諦めさせようとしているようではないか。

 

事故に遭ったり、MVを作れと言われたり、期限が1週間になったり。

 

自分は、なるべきではなかったのではないか。

 

あの日、あの時憧れなければ良かったのではないか。

 

Vtuberなんか、なるべきじゃ……。

 

「……ぇ……」

 

南森は、涙をこぼしながらそれを見た。

 

気付かなかった。

 

目の前に差し出された、三つのドミノがあった。

 

誰も、気にしてなかったのだ。

 

誰も見てなかったのだ。

 

ただ、彼女は玄関から体育館の方にドミノが伸びていたから見に行っただけなのだ。

 

何気なく、それこそ大野の取り巻きの女子たちと同じように、学校には行っただけだ。

 

 

理由は、誘われたから。それ以上でも以下でもなく――。

 

 

 

 

 

「……キチャッタ」

 

「えっ」

 

たった一言、たった一言で目の前の少女がだれか理解できた。

 

深くフードを被った少女は、南森とだけ目線が合う。

 

「……ハヤク、トッテ」

 

「う、うん!!」

 

ドミノを三つ、空いた場所に並べる。

 

繭崎が、「っ、しゃああ!!!」と狂喜して体育館に駆け込んだ。

 

「ど、どうして……」

 

「な、ナンカ、学校、来たくなかったけど……。来てみて、ヤッパ学校最悪だなって、ウン。ドミノ、たまたま足元にアッテ……。迷惑ダッタカモ? デモ、……見に来てって、言ってくれたから……」

 

「ね……っ、寝(ねる)ちゃぁああああああん!! うわあああああああああん!!!」

 

「ヒグゥッ、イタイ、イタイ、ミンナミテル!」

 

南森は君島を強く抱きしめる。

 

おそらく、誰も彼女のことを知らない。学校の生徒だけれど、知っているのはおそらく教頭だけだろう。

 

それでも、南森は彼女のことを知っている。

 

知っているから、強く抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

体育館に駆け込んだ繭崎。

 

会場は真っ暗だったが、繭崎が入るのと同時に、体育館正面に、映像が流れる。

 

少しだけ見せて、おそらく生放送を見ている人には、別の映像が流れる。

 

学校の映像を使うのはここまで。

 

残りは、『白銀 くじら』が正面カメラに向かって踊っている動画が、ラストに流れているだろう。

 

「はぁ、はぁ……終わった……、どうだ。どうだった?」

 

繭崎の手がもつれて、スマホを落とす。

 

スマホを取ったのは、体育館で座り込んでストレッチをしていたサーシャだった。

 

「……そこにいたのか。ギブアップした人がゴールにいるって……マラソンかよ」

 

「……ねぇ、繭崎」

 

「はぁ、はぁ、なんだよ……」

 

息絶え絶えで聞き返す繭崎を見ずに、スクリーンに映される『白銀 くじら』のダンスを、じっと、ただじっとサーシャは見つめていた。

 

「これ、私が作ったの」

 

そしてサーシャはぽろぽろと、こらえきれなくなったように涙をこぼした。

 

「私が、描いたの……。私が、作ったの……」

 

「……あぁ」

 

「私の作品が、踊ってるの。……歌ってるの」

 

「……あぁ」

 

繭崎は汗を拭きだしながら床に座り込んだ。

 

「はぁー……良かったなぁ……。あぁ、そういやアニメって、大学の時のお前の夢だっけ」

 

サーシャは、目をこすりながら、うんうんと頷いた。

 

「夢、叶えてもらったの……」

 

白銀くじらが踊りを止めて、一礼する。

 

そして、曲のロゴ『Swimmy』が表示される。

 

「はっはっは。ホント、馬鹿だな俺たち。何やってんだか!」

 

繭崎の笑いにつられるように、サーシャは嗚咽を隠すように笑った。

 

サーシャの脳裏には、才能がないことを嘆いた大学時代の自分がいた。

 

今の自分が、かつての自分に声をかける姿を、少しだけ想像した。

 

きっと今の自分なら、こう声をかけるだろう。

 

大丈夫。続けていれば、きっと夢は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日、一つの噂がネットに流れた。

 

それは、生放送一発撮りで、MVを作ったVtuberがいるという噂だ。

 

その噂を聞いて、Youtubeには新人Vtuberをチェックする人々が集まった。

 

この鮮烈なデビューに、ネットでは意見が分かれた。

 

「こんなんすげぇじゃん」

「やろうと思ったことがすごいわ」

「曲結構よくね?」「ダンスも見たことあるこれ! かっこいい!」

「絵もモデルも一級品じゃん」

 

肯定的な意見と。

 

「バーチャルにリアル持ち込むなよ」

「学校で撮影は草。特定班はよ」

「MVにしちゃクオリティ低いんじゃね? ほら、ここ映像浮いちゃってるし」

「一発ネタっしょ?」

 

否定的な意見。

 

 

しかし、両方とも、新人Vtuberに対する反応としては大きく。

 

繭崎が最後に見た画面には、こう書かれていた。

 

 

 

 

 

同時視聴者数 1650人

 

再生回数 1万

 

高評価 230

 

 

 

新人Vtuberとしては破格の数字をもって。

 

『白銀 くじら』はデビューした。

 




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ライブまであと、二か月

真剣なまなざしで南森はスマホのとある記事を眺めていた。

 

【Vtuber『白銀 くじら』とは? 中の人は? 前世バレ】

 

「むむ……」

 

昼間、テーブルの上に覆いかぶさるように、なんとなく周りからは眠っているように見えるかもしれないが、腕と頭でスマホを隠しながら記事をスクロールしていく。

 

【衝撃の新人デビューをしたVtuber白銀くじら。彼女のMVは生放送一発撮りという奇抜なアイデアを用いて、個人勢にして視聴者数1650人を集める。今もなお再生数は伸びており、現段階で5万再生を超えている】

 

「……」

 

【そんな彼女の中の人を今回調べました。その正体は……】

 

「……(どきどき)」

 

【何の成果も得られませんでした】

 

「ふふ……」

 

MV撮影から、2日が経っていた。

 

南森は、現在謹慎処分を受けてまったりと自分の記事を眺めて悦に浸っていた。

 

なにせ、謹慎という重い代償を受けたものの、結果は伴ったのだ。彼女の四か月は、実ったのだ。

 

「んー! 嬉しいなぁ。でも知らなかった。記事になるときって、特にこっちに連絡来ないんだぁ。突然スターになった感じ」

 

加えて気になって仕方がないのが、エゴサーチだ。

 

ツイッターを開いて、『白銀くじら』『白銀』『くじら』『新人V』なんぞで検索してみると、一部のアニメアイコンの人々がしきりに動画を広めてくれている。さらに話題に挙げてくれる沢山の人々もいる。

 

ちなみに。

 

南森が一番喜んだツイートは以下のものとなる。

 

『@shirogane_kujira  誰?』

 

「いや直接聞いてるのは草生えますって!」

 

南森が大いに笑っているが、後程それを聞いた繭崎はこの発言の何が面白いのか理解できなかった。また、草生えるという言葉も微妙に理解していなかった。

 

「……喫茶店で不審者がいると思ったら。何してるんだ?」

 

「あっ、……えへへ、不動さん。いやぁ、……えへへ」

 

「?」

 

不動はトレンチコートをまとい、いつものように右側の髪を全部部屋ピンでバックに止めて。毛先の跳ねた赤と黒のツートーンのスタイル。

 

目標となる人物。

 

大型新人Vtuberグループ「アイギス・レオ」のメンバー、ギリーの中の人。

 

不動瀬都那は、南森に会いに来た。

 

二人が出会ったライブ会場のあるCDショップに併設されている、吉祥寺の喫茶店に。

 

 

 

 

「そういえば、動画は……」

 

「見たよ。生放送は、運転中だったから見れなかったけれど。後で動画も見た。……すごいな」

 

「えへへ……不動さんに言われるとこう、照れちゃいますねぇ」

 

「馬鹿」

 

軽口を叩きながら、不動はコーヒーに口をつけた。

 

「まさかさ、ここで出会った子がVtuberになるなんて。夢にも思わなかったよ」

 

「そうですね。あ、不動さんもそうですもんね。確かに因果を感じると言いますか」

 

「……? あれ、言ったっけ?」

 

「うぐっふぅっ!?」

 

危うく南森の口に含んでいたキャラメルラテが飛び出しそうになる。

 

「あ、えーと、確かそう、言っていたような、言ってなかったような……あ、でも! 確か2か月後のライブ、私が共演者で……」

 

「? ……。は? え、はぁ!?」

 

飛び上がって驚いたのは不動だった。

 

「嘘、なんで。白銀くじらなんてリストに名前……あっ」

 

スマホを取り出して、ラインを開く。

 

茫然とした様子で、画面と南森に視線を交互に動かす。

 

「……あの、ゲジマユの人の」

 

「あ、繭崎さんをご存じなんですか?」

 

「知ってるも何も……嘘だろ」

 

(……? あれ、不動さん?)

 

南森の視線が、ゆっくりと下に向かっていく。

 

彼女の瞳、くちびる、首元、そして、胸元に視線を這わせる。

 

黒。

 

「えっ」

 

声が出てくる。

 

その黒は、以前見たことがある黒だ。

 

(うそ、なんで? え?)

 

南森は、普段から無意識に人の感情を見ないようにしていた。

 

一々人の感情を見つめていると、周囲のすべての感情が自分に向けられているような錯覚に陥るからだ。

 

だが、この時ばかりは目をそらせなくなっていた。

 

不動の胸元に浮かぶ感情の色が、絶望の色と同じだった。

 

かつて、星空のようにキラキラと輝いていた彼女の感情は、何も見えない暗い真っ黒に染められていた。

 

穴が、開いているようだった。

 

「……ねぇ。南森ちゃん」

 

「!? は、はい……」

 

怯えた声が出てしまう。南森はたらりと額に汗を流した。

 

何故か、その真っ暗を覗き込んでしまえば、自分もその黒に取り込まれてしまいそうで恐ろしかった。

 

声がこれ以上出ない。ごくりとつばを飲み込んだ。

 

「……。……、……っ、……。えー、と……。…………あのさ」

 

「……はい……」

 

「歌は、楽しいか?」

 

不動が発した言葉の意味が分からなかった。

 

歌は、楽しい。それは、かつて不動が教えてくれたことだったからだ。

 

「……歌は、楽しいです。でもそれ以上に、これからVtuber活動ができるって思うと……すごくうれしいです」

 

「Vtuberってさ」

 

不動の目が、初めて鋭くなった。

 

「何が楽しいんだ?」

 

「……ぇ」

 

ぞっとするほど、美しい瞳が、恨みを抱えた情念すら抱いているような気がした。

 

不動は口元を片側だけゆがめた。

 

いびつな笑顔だった。

 

「……仮面を被ってるだけの、臆病者じゃないか」

 

「――、そんなこと、ないです」

 

「いやそうさ。二次元の皮を被って……わが身可愛さに活動している……臆病者だよ」

 

「違います!」

 

南森はテーブルを叩いた。

 

周囲の空気も一瞬止まった気がした。

 

「私、その。今までずっと、その、えっと、Vtuberにあこがれて、でも出来なくて。みんなと手をつないで楽しめるVtuberにあこがれて、それで!」

 

「……静かにしとけって、他の客に迷惑かかる」

 

「私、本当は企業勢のオーディション受けるくらい好きだったんですVtuber! でも交通事故で入院しちゃうし、今の今まで出来なかった、でも今は、今は活動できるのがすごく楽しいんです、お願い、不動さん、私の好きを否定しない、で……?」

 

がちゃん。

 

不動のコーヒーカップが倒れた。

 

自分が倒してしまったのかと急いで拭こうとするが、不動が、さっきまで摘まんでいたカップの取っ手を探すように指先を動かした。

 

いや、勝手に動いていた。

 

彼女は、指先が真っ白になるほど震えていた。

 

「……不動、さん?」

 

彼女は立ち上がって、ふらふらと一歩、二歩下がっていく。

 

「……こうつう、じこ……?」

 

「おおーい、南森―。どこだー」

 

店の外から声が聞こえてきた。

 

繭崎だった。おそらく、迎えに来てくれたのだろう。

 

不動に会うためだけに、予定を調整してくれていたのだ。

 

時間が来てしまったのだろう。だが、南森にとってそんなことは今関係なかった。

 

「繭崎さん……」

 

「!?」

 

不動が勢いよく声の方向に首を向ける。

 

「お、いたいた……。……アイギス・レオの……っ!?」

 

繭崎の心が、一変した。

 

先ほどまで安心できるような緑色をしていたのに。

 

得体のしれない、赤黒い感情が一気に膨れ上がっていた。

 

繭崎も不動も、感情を表情には出していない。

 

南森にはそれが一層怖かった。

 

「……失礼、行くぞ。南森。練習の時間だ」

 

「ま、待って繭崎さん、今は、まだ」

 

「南森ちゃん」

 

いつの間にか、帰る準備をしている不動。

 

南森の視界には、彼女の表情は見えない。

 

ただ胸元にぽっかりと穴が開いているだけだ。

 

そんな彼女が、皮肉げに呟いた。

 

「事故った時、どんな気分だった? 加害者をぶん殴ってやろうとでも思ったか?」

 

「――どういうことだおい」

 

繭崎が怒り心頭の様子で不動に近寄ろうとする。

 

「ダメです! ダメです!! 不動さん、また、また今度!」

 

次は繭崎の腕を思いっきり引っ張りながら南森が繭崎を店から出す。

 

最後に見た不動の心の中は、先ほどよりも暗くて、孤独の中にいるようだった。

 

 

 

 

CDショップから、この一連の流れを見ていた男がいた。

 

男はギターを担いでおり、不動のことをずっと見つめていた。

 

「……Vtuber?」

 

 

 

 

 

ライブまで、あと二か月。

 



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理想は、現実に負けてしまうのか

不動瀬都那の心は揺らいでいた。

 

理由は間違いなく、南森一凛という存在だった。

 

彼女の一言が、胸に今でも突き刺さっている。

 

南森と別れてすぐ、マネージャーの佐藤に呼び出され事務所に入った彼女は、ブラックコーヒーを片手に佐藤のいるデスクに向かっていた。

 

佐藤は、デスクにおらず、同じフロアで近々撤去が決まっていた喫煙所のベンチに座り物思いに更けていた。

 

不動は、いら立ちながら佐藤に近付いた。

 

「……呼び出しておいて、いい気なもんじゃないか佐藤さん」

 

「……。あぁ、不動さん。どうも。今行きますよ」

 

「いい。ここで……一本くらい寄越せよ」

 

「よく言いますよ。喉に人一番気にかけてる人が。行きますって」

 

「いいから。……いいから」

 

佐藤もそこで、ようやく不動がいつもと違うような雰囲気をまとっていることに気が付いた。

 

「……はぁ。禁煙失敗おめでとうございます」

 

佐藤はそう言って胸ポケットとパンツから2つの箱を不動に差し出した。

 

「……? 3箱もいらないけど」

 

「3種類。『アークロイヤル』と『メビウス』、最後に台湾製の安タバコ」

 

「はぁ? なんでそんな」

 

「喫煙所がコミュニケーションツールの人向けの営業方法ですよ。人に合わせてお渡しすることもある。今はいない先輩に教わりました。……芸能界はヘビースモーカーの巣窟ですから」

 

「……気が晴れるやつくれ」

 

「この『メビウス』ブルーベリー風味で良いと思いますよ」

 

「……はぁ。ま、いいけどさ」

 

不動は立ちながら、久方ぶりに佐藤に火をつけてもらったタバコを吸った。

 

「……白銀くじらってVtuber。次のライブ出るんだな」

 

「……それですか。悩みの種。ま、僕もそうですよ」

 

佐藤は壁に全体重を乗せて、ベンチから少しだけずり下がる。

 

「見ましたか? あのMV。流石としか言いようがないでしょ。芸能事務所にいた人の発想とは思えない奇策も奇策。まさか、あんな手で動くなんて、ははっ、気分いいですよ、ホント」

 

「……。圧力、もうかけないでくれよ。もう見たくないし……、あの子がかわいそうだ」

 

「かけてるのは、僕じゃないんですけどね。またさっきドヤされましたよ。なんでMVが間に合ったんだって。これ以上は対外的にも迷惑ですからね、僕は何もしません。僕は。ですけど、まぁ……最悪の事態と言えば最悪ですよ。MVが失敗してくれれば、……不動さんが潰すことはなくなるのに」

 

「えっ……? ど、どういうことだよそれ」

 

不動は焦りながら佐藤の方をじっと見る。

 

「……分かるでしょ。繭崎先輩の秘蔵っ子も、ライブは未経験。間違いなく、経験がある貴方が歌うだけで、もうあの子は潰れるんですよ。あの子がいかに印象に残るパフォーマンスをしても、素人なんですから」

 

不動の指先が震える。ぽとりと、タバコの灰が床に落ちた。

 

「――歌って、素人を潰すために歌うんでしたっけ」

 

思わず、不動が呟いた。

 

佐藤は、目を瞑って、眉間に皺を寄せて答えた。

 

「歌は、利益だ。作品であり、販売物だ。楽しいだけなら素人でもできる。歌を売る、その難しさは君が良く知っているはずだ。今回のライブは、並み居るタレント未満と比較できるいいチャンスなんだ。売るために、歌はある。芸能界ってそうだろ」

 

「歌って……。Vtuberってなんでやるんですかね」

 

「人が集まるから。誰かの感情を揺さぶって、金にするため。君が一番よく知ってるはずだ。……ま、商業主義のロックみたいで君は嫌かもしれないけれど」

 

「だって、仕方なく……」

 

「車の事故だって、君のせいではないのは知ってるよ」

 

「うるせぇよ……。もう、黙れ……。ちょっと、トイレ」

 

不動が、ふらつきながらトイレに向かう。

 

彼女の姿が見えなくなった後、佐藤がまたずり下がる。

 

「はは。なんだよそれ。……何が利益だって。正論だ、正論正論。…………先輩、やっぱ僕、無理ですよ。現実しか見えません。理想は、現実に絶対勝てない」

 

 

 

不動は、洗面所を水を流して、何をするわけでもなく、突然考え込んでしまった。

 

佐藤の無遠慮の言葉よりも、正論や感情論よりも、一番不動を傷つけたのは、 白銀くじらのMVが、楽しそうだったからだった。

 

楽しく、彼女が歌っていたから。

 

「……なんで、こうなっちまったんだろうなぁ……」

 

その声は、目的なく闇の中で迷子になってしまった幼子のように震えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えー、これが例のライブチケットです。はい、すいません、放送部と吹奏楽の皆さんが買ってくれるなんて」

 

「いやー、何するか分からないけど頑張ってな」「大丈夫大丈夫。正体ばらすようなやついないし」「MVまだ見てないけど頑張ってることは伝わってるしな。応援すっから」

 

「うぅ、理解がすごい……」

 

南森は謹慎が解けた後、すぐに放送部と吹奏楽部に謝罪と感謝を述べた。

 

それから、彼女はライブチケットの販売をそれとなく興味のある人にほのめかそうとしていたのだが、想像以上に応援してくれていたようだ。

 

正直謹慎後に学校に行くのは怖かった。

 

しかし、教員たちから謝罪を受け、生徒たちからは受け入れられた。それが何より嬉しかったのだ。

 

「よーし、夜はライブハウスで打ち合わせに参加だぁ。頑張るぞぉ! ……あぁぁ……今になって実感が……私人前で歌うなんて……ひぃ……」

 

普段からメンタルが弱い南森は突然「あ、そっかライブ本当にやるんだよね」と実感が湧いてきてしまい、3歩進んだらライブのことを思い出してしまうようになった。

 

間違いなく、昨日のことが原因なのだ。

 

繭崎と不動が顔を合わせた途端、ここまで繭崎が感情を噴火させると思わなかったのだ。

 

あの後、繭崎は年甲斐もなく南森にガチ説教を食らうのであった。

 

繭崎は自分の心の内を明かすことはなかったが、大人げなかったと南森に謝り、次に不動に遭ったら必ず頭を下げることを約束させた。

 

(でも、不動さん大丈夫かな……大丈夫、だよね? だって、『アイギス・レオ』のメンバーだし、私より有名な人。芸能人みたいな感じだし。周りからもフォロー、されてるはず、だよね)

 

そう、彼女は『アイギス・レオ』のメンバーなのだ。

 

現在のVtuberの中で一番乗りに乗ってる5人組グループ。

 

中でも、不動瀬都那が中の人であるキャラ『ギリー』の歌は、激しさと美しさを秘めた最高の歌と評されるほどだ。

 

いつしかネットでは、『アイギス・レオの歌担当』とまで呼ばれるほどの有名人。

 

その人とライブをするのだからしっかりしてほしいと繭崎に南森は伝えた。

 

伝えてしまったことで、自分にもプレッシャーが来てしまった。

 

けれど、と。

 

南森はぽんっと手を鳴らした。

 

「そっか。不動さんって元々何か歌う仕事してたんでしたっけ。ミュージシャン崩れって言ってましたし! あーじゃあ負けて当然ですよ。今から自分を追い込んでも意味ないし、今ある自分をぶつけるだけですもん! 楽しんでいけばモーマンタイ!」

 

そう思ってしまえば、気楽なもので。

 

むしろチケットを配った人には自分よりも『ギリー』のすごさを伝えたい、それくらいの気持ちで挑んでいいのではないかと肩の力を抜いた。

 

「あ、いたいた。一凛chang!」

 

「? あ、隈子ちゃーん!」

 

チケットを配り、肩の力も抜けたので帰ろうと靴を取り出したその時。

 

魚里隈子が肩で風を切るようにズカズカとこちらに向かってきた。

 

「どうしたの? 何かいいことあった?」

 

「いいも何も! いやー見せたかったネ! 軽音楽のやつらが教頭に怒鳴られながら頭下げるあの姿! もう最高ったりゃ!」

 

「あはは……軽音部、頑張ってほしいね」

 

「はっ。あいつらが頑張れるタマかっての! ……そうそう、一凛ちゃんに伝えたいことあったんだわ私」

 

「なんですなんです?」

 

南森が、気楽に尋ねると、魚里が口が裂けるのではないかと言わんばかりに横に広げ、歯をむき出しにして笑った。

 

「白銀くじら、ライブで食おうと思うんだよネ」

 

「へー! いいですね気合十分って感じ……へ? ん? え? ほげぇえええ!?!?」

 

ライブで食う。

 

嫌な予感がした。

 

南森の脳裏に浮かんだのは、あの軽音部のメンバー。

 

初めて不動と出会った時の、あのライブ。

 

バンドの音楽そのものを乗っ取ってしまうほどの存在感を発揮した、魚里隈子のDJプレイだ。

 

「私、あなたのこと絶対食うから。私は私で最高の音楽をする。あなたが舐めた歌うたってたら、堂々と本気で潰すから。だって、音楽って全力でやることが正しいでしょ~? ネ? ネ?」

 

「な、なんで急に……!?」

 

急に、と言って思い出した。

 

急ではなかったのかもしれない。

 

そもそも、彼女はこの機会を待っていたのではないか。

 

魚里は、親指を立ててグッドをする。

 

「アンタがMVで私の認識を塗り替えた。アンタはその辺のバンドオタよりも全力を出してる。根性だけかと思ってた。だけどそれも違った! 常識はずれなことも平然とやって、結果を残す、間違いなくアンタは私の友達の中でもトップクラスのヤバいやつっしょ!」

 

「え、えぇ……?」

 

「思ったの。あのMVが完成した時、もしかしたら私南森ちゃんに今負けてるんじゃないかって。そんなの、許せないよねー! だって、私は私が天才だって信じてるくらい。一番は私だもん! だから……一緒に頑張っていこうネェ~一凛ちゃぁ~ん」

 

わっはっはと大声で笑いながら、魚里は去っていった。

 

「え、えぇ~? 昨日の味方はなんとやらってことですかー!?」

 

南森は再びプルプルと震え始めた。

 

プレッシャーがすさまじく襲い掛かってきて、「もう駄目だーっ!」と心の中で叫ぶほどだった。

 

正直、南森がライブで期待していることは不動と同じ舞台に立てる喜びだけであって、具体的な目標も緊張せずに歌いきる、とかその程度のものだったから、ここまで自分を追い詰める味方がいると思わなかった。

 

「あ、南森! その、今日空いてないか? 後はライブだけだろ? その、俺、すげー居心地のいいお店見つけてさ! ……南森?」

 

「ぅぐぅー、やばいです、やばいです……」

 

「南森? あ、あれ? 聞こえてない? 南森? 南森―っ!」

 

とぼとぼと自分の世界に入って帰っていく南森を、大野は止められなかった。

 

大野は魚里が帰ったのを見て、南森だけが残っている状況を見てチャンスを感じていた。

 

南森さえ良ければ二人で楽しく過ごす時間を作りたいと思っていたのだ。

 

しかし、大野は振られた。

 

それも、南森に声をかけられても全くの無視という形になってしまって。

 

「……ったく、どうせ何か考えてたんだろうけどさ。ちょっと寂しいよ。ちぇっ」

 

大野は放課後の夕日に照らされながら、キラキラと輝きを失わず、笑顔で南森の背中を見つめていた。

 

それをたまたま見ていたのは、南森の友達の里穂と加奈子だった。

 

「うそ、難聴系ヒロイン……! しょ、しょうっ、しょうじょまんがじゃん……少女漫画じゃん!!! きゃああああああ!!!」

 

「加奈子落ち着いて! 加奈子っ、加奈子ぉ!!!」

 

その日の夜、加奈子は布団に入ってもトキメキ続け、次の日の学校を寝坊した。

 



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リハーサル イズ デッド

夜の池袋は、人がたくさんいる。

 

明るい光がビルというビルを照らしている。

 

ビルの窓一つ一つからスポットライトのように、人込みを映し出している。

 

駅前から少し歩けば、社会人の集団や、大学生の群れ、怪しい募金活動団体、居酒屋のキャッチ。

 

色んな人たちがいた。

 

そう、文字通り、色んな人たちがいた。

 

ここは、駅からさらに少し歩いて……。

 

サンシャイン通りを歩いて、アニメイトのある道を歩けば。

 

楽しそうで、夢のような気持ちを抱えた人々を尻目に。

 

心に囲まれたように、少女が一人立っていた。

 

「ここが、池袋のライブ会場……」

 

南森一凛が立っていたのは、池袋のライブスタジオの入り口。

 

「私、ここでやるんだ」

 

ため息に近い感嘆を飲み込んで、茫然としながら中に入る。

 

エントランスホールから、ライブ会場に入る。

 

防音扉を開けて、歩いてみれば……客席からリハーサルの様子が見えた。

 

大きな音がした。

 

心臓の鼓動を操作されているようにベースが鳴る。

 

全身の血液を揺らすようにドラムが叩かれる。

 

その上から、楽曲の色を塗っていくように、ギターとキーボードが弾かれる。

 

「……もう、始まってたんだ」

 

客席からスタンディングでメインステージを見れば、現実の演奏者に囲まれて、ライブ用の透過スクリーンに、Vtuberが映っていた。

 

『~~~♪ ……あ、すいませーんマイクもっとくださーい……~~♪』

 

「照明タイミング間違ってんぞー」

 

「すいませーんモーションキャプチャスーツどこですかー! サイズ合わなくて!」

 

「あ、私〇〇株式会社の……」

「あぁどうもお世話になっております……」

 

「ちょっとー! 私歌うときの飲み物はミネラルウォーターがいいって言ったじゃない!!! これナチュラルウォーターじゃん!!!!」

「す、すいません! ……同じだろうが……(ボソッ)」

 

 

「へぇ……リハーサルってこんな感じなんですね。意外とこう、なんて言うんでしょうか。ライブの映像ってやっぱりメインステージの人しか見てなかったんですけれど、裏方は裏方で戦場なんですねぇ……。しかも、技術のフル活用」

 

「そりゃそうよ! 音楽って一人じゃ出来ないかんね!」

 

「あ、隈子ちゃん」

 

帽子の上から熊のフードを被る少女がニコニコと現れた。

 

「というか、生演奏するためにMVの締め切りが早まったってヤバいね。なんていうか、金の使い方豪快過ぎっしょ。普通にオケ流して歌うだけの人ばかりかと思ったら、生演奏! 一凛ちゃんにとっては最悪じゃんね!」

 

「え、なんでです?」

 

「そりゃ生演奏って生きてる音楽だもんね。リズムや音程一つ狂ったら楽器の演奏もぜーんぶ狂わされちゃう。リズムキープも音程も一定以上のスキルが求められるよ」

 

「うぅ……初ライブデビューなのにハードルだけが上がっていく……」

 

「安心しなって。私もいるし!」

 

「一番不安だぁ……ぐぬぬ」

 

「まぁまぁ。やりたいことやろーって」

 

「やりたいこと、かぁ」

 

南森がふと首をかしげる。

 

(私がやりたいのはVtuber。でも、Vtuberらしいライブってなんだろう……わかんない。何をすればいいんだろう)

 

「あ、なんか知り合いいるわ。ちょっと挨拶してくるね」

 

「あ、うん。いってらっしゃーい」

 

南森は再び一人で考える。

 

(……私は、どう歌えばいいんだろう。……不動さんなら、なんて)

 

「アイギス・レオ ギリーさん入られまーす!!!」

 

スタッフの一人が大声で叫ぶ。

 

声優出身のVtuberの中の人や、裏方のスタッフが「おはようございます」と声を上げた。

 

「あっ……」

 

南森の口角が少しだけ上がった。

 

知っているあの人に、再び会えたから。

 

あの日はよくわからない空気で別れてしまって、文面で謝っただけだった。

 

だから、直接会えて嬉しかったのだ。

 

「不動さーん」

 

手を振って、ここにいることを知らせようとした。

 

しかし、不動はそのまま裏に入り、歌の準備をしているようだった。

 

「……?」

 

南森は、ライブ会場の暗さで意識が行っていなかったが。

 

「心が、見えなかった……?」

 

不動瀬都那の心が、全く見えなかった気がした。

 

まるで何もないようだった。

 

 

 

 

 

繭崎が裏でスタッフと打ち合わせをしていた時、死にそうな顔の佐藤が入ってきたのを見た。

 

スタッフとの話をいったん中止して、佐藤の後を追った。

 

「おい佐藤、1徹か?」

 

「……? あぁ。先輩ですか」

 

たまたま目ざとく気が付いてしまったのに理由はなかった。

 

「……お前、スマホ落としたか?」

 

佐藤が右手に持っていたスマホの画面が、大きくひび割れていたのだ。

 

「……あぁ。これですか」

 

佐藤が力を入れてスマホを握った。

 

「腹が立って、投げただけですよ」

 

「あぁ、まぁあの経営陣と一緒に働いてりゃそうなるわな」

 

「……それだけじゃ、ないんですけどね」

 

「ん?」

 

「先輩、なんでライブ参戦諦めなかったんですか? ……普通にこんな最低な要求をしていったイベント、蹴るのが普通じゃないですか。先輩がウチにいたときは、こういう時僕に怒鳴りまくってたでしょ多分。……なんで」

 

「……」

 

「なんで、なんであんなMVを……」

 

「……目にもの見せてやっただけだろ」

 

「えぇ、そうでしょうね。だから、僕は……、……」

 

佐藤は自虐的に笑った。

 

「なんで先輩は、挑むんですかね、アイギス・レオに」

 

「……」

 

「どうせ、あるんでしょ? 先輩には。……ウチのギリーをも凌駕するような、一発逆転のアイデアみたいなの」

 

「な。なんだ突然。冷静に考えろ。お前が言ってただろ、彼女元インディーズの歌手だろ。キャリアがあるし下地がある。勝つ勝たないの論は無駄だろう?」

 

「でしょうね。ただ、どうしようもなく不安ですよ僕は。……だって先輩――――」

 

「……? 今なんて言っ」

 

ドカン、と会場が揺れた。

 

「な、なんだこの音、……歌? なんだこの音量」

 

繭崎が音の聞こえる方を見つめる。廊下の先にある、照明が闇を照らすステージの先へ。

 

佐藤は、繭崎が背を向けたことをいいことに、そのまま切れかけの電灯が照らす薄暗い廊下の奥に歩を進めた。

 

「あ、佐藤、ちょ、……ちっ」

 

繭崎は頭を掻いて佐藤を追いかけた。

 

暗い廊下の奥では非常口の明かりだけが目立っていた。

 

ギリーの控室に入る前に、佐藤が呟いた。

 

「やっと、やっと分かりましたよ先輩。何で諦めないか。何で心が折れないか。……事務所で噂を流した人と、白銀くじらの中の人を轢いた犯人が、アイギス・レオの中の人にいると思ってる。だからアイギス・レオが噛んだ案件を絶対手放せなかったんだ。妄想みたいな想像だけで復讐する計画を練っている。だったら……」

 

寝不足気味だが、力強い瞳で佐藤は誓う。

 

「だったら、ウチのギリーを負けさせてはいけない……ッ」

 

後ろから繭崎が追いかけてくる。その姿はまるで何かを求めるようだった。

 

佐藤が思い出したのは、ギリーの中の人、不動瀬都那と。

 

彼女が関わった、交通事故のことだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

不動瀬都那の歌は、ライブ会場のに漂う常識をぶち壊した。

 

例えば肺活量。

 

音程の安定感。

 

リズムキープ。

 

だけではない。

 

表現力。

 

楽曲との相性。

 

そして、透過スクリーンに映ったアイギス・レオのギリーの演出力。

 

明らかに、全ての出演者と一線を画していた。

 

全員が呑まれた。

 

……ごく一部の人間を除いて。

 

「これ、なにこれ」

 

南森が見ていたのは、歌。

 

歌に感情が乗っかっていたのだ。

 

他の人間には見られなかった。

 

バーチャルの少女、ギリーから吐き出される歌から、感情が滲みだしている。

 

その色は、あまりにも悍ましく。

 

赤も、青も、緑も、黄色も、いろんな色があった。

 

いろんな色があるのにもかかわらず、全てが、全てが真っ黒に染まっているようだった。

 

ドブを煮詰めたような色だった。

 

色に質感があれば、無造作に人の感情を傷つけていたに違いない。

 

……いや。

 

心が見えない人でさえ、顔を真っ青にしている。

 

まるで、威圧しているような歌、誰から構わず攻撃するような歌で、ゆっくり首を絞められているような気がした。

 

「無理だよこんなの……こんな人と一緒に共演するの……?」

 

「なんで、新人ばっか集まるって言ってたじゃん……」

 

「話が違うって!! Vtuberってど素人の集まりじゃないの?!」

 

「ま、マネージャー、もうミネラル買わなくていいこれ……帰ってもいい……?」

 

 

 

「なんで、これ……不動さん……?」

 

違う。これは不動の歌ではないと南森が胸元から服を握る。

 

あの時、南森が初めて不動と出会った時の歌を思い出す。

 

あの日初めて、歌に感動した。

 

生演奏に感動した。

 

その時交わした言葉を、今でも覚えている。

 

 

 

ロックに歌えよ、南森ちゃん。やりたいことを偽らずに、ほんとの自分でぶつけてくんだよ!!

 

 

 

 

「これが、ロックなんですか、……こんな、人を傷つけるような、歌……っ」

 

南森が理想としたのは、誰とでも仲良くできるVtuber。

 

まるで方向性が違う歌を聞かされて、気が気ではなかった。

 

「……ったく。こんなガキどもが箱で歌うってのかよ。クソが、ロックじゃねぇ」

 

「えっ」

 

南森の隣に、いつの間にか大柄な老人が立っていた。

 

「えっと、その、どういうことですか?」

 

「あぁん? んだおめぇ、独り言ぼやいたオッサンに話しかけたら長話の始まりって知らないのか?」

 

「えっ、その、あの……。聞いてもいいですか?」

 

「がははっ! なんと長話を所望か。若ぇのに殊勝なやつだぁ。ウチの娘が大きくなったらお前みたいにまっすぐ育って素直なやつになることを願うね」

 

はげた頭を撫でて汗を白シャツの後ろで拭い、白いひげに触れて大男はこう告げた。

 

「俺ぁここの一番偉いやつよ。演奏とか、PAやら照明やらの。ま、VR機器なんてのはよ―分かってねぇけどよ」

 

そう言って男は透過スクリーンにがん飛ばした。

 

「ったく。ちったぁ嬉しそうに歌ってくれりゃ可愛げあるのにな」

 

「……あの、その」

 

「おめぇあれか。白銀くじらって芸名のやつだろ。演るやつが泣いてたぞおめぇの曲難しいってよ。なぁ!」

 

大男の後ろに控えていたらしい男たちが白タオルを頭に巻いて苦笑いをしていた。

 

「いや、だって俺ら専門ロックっすもん」

「アニソンだとかボカロみたいな曲もやりますけどマージでわからんっす」

「ホント、マジで超絶技巧みたいなやつ勘弁してほしいっすよ。アレンジ代ただ働き」

「この子はあれっしょ店長、ドルソンみたいな曲の子」

 

「うるせぇなワチャワチャワチャワチャ!! 聞こえねぇよ!!!」

 

「……店長?」

 

「あぁ!? 声ちっせぇなおめぇ!! そうだよ!! 昔ライブハウスの店長だったんだよ!! 今はここで雇われよ!! やっぱライブハウスの経営って難しいなおい! がっはっは!!!」

 

南森は店長と呼ばれる男の声に驚いてビクッと肩を動かした。

 

すると、一瞬だけひどく疲れた顔をして、南森にある事実だけを打ち明けた。

 

「昔、あの小娘が歌ってた箱の店長よ。何の因果だろうな。同じ現場で演るとは思わなんだ。……そりゃ不機嫌にもなるわな、あの不良娘」

 

「おい、何べらべら喋ってんだオッサン。引退したんじゃねーのかよ」

 

ふと、あの声が聞こえた。

 

南森がずっと聞きたかった声。ずっと会いたかった人の声。

 

「……不動さん」

 

「……、南森ちゃん? なんで……店長と」

 

歌ってからすぐに客席に来たのだろう。モーションキャプチャスーツを脱いで、シャツとジーンズのまま汗だくで不動がここに来た。

 

「へん! 耳障りでクソみたいな歌うたってるやつの正体を拝んでみたいって笑ってたのさ! どうせ呑気にタバコでも吸ったんだろ馬鹿垂れ! 威圧しなきゃ音楽できないやつが俺に指図すんじゃねぇよおい!」

 

「んだとぉクソジジイ! 久しぶりにツラ拝んだら言うに事欠いて説教か!」

 

「おうよ、こちとら頑固一徹のライブハウスの元店長よ! 中指の立て方はおめぇより男前よ」

 

「元、って……あっ、…………ちっ」

 

ばつが悪くなって不動は目をそらす。

 

「……けっ、張り合いがねぇでやんの」

 

店長と不動が言葉少なくなり、南森もどうすればいいか分からない。

 

「あ、その……練習、お疲れさまでした」

 

「……おう」

 

「その、えーっと、……何か、ありましたか? 様子が、いつもと違ってて……」

 

その言葉を聞いた瞬間、不動は呆気にとられ、目を見開いて、顔をゆっくり青ざめさせた。

 

「……聞いてないのか、南森ちゃん?」

 

「え? 何を、ですか?」

 

「……っ、そっか。……そっか」

 

意を決して、不動の口が開いた。

 

 

時同じくして、不動の控室の中に佐藤と繭崎もいた。

 

繭崎は肩をすくめて笑った。

 

「分かってるって。どうせ、なんか言われたんだろ? そして、ドン星さんももう飲み込まれてる。覆せなそうなことを言うんだろ? 早く言えよ」

 

「……分かってるじゃないですか。…………はぁ」

 

意を決して、佐藤の口が開いた。

 

 

 

不動が申し訳なさそうな表情で。

 

「……理由は知らないが。白銀くじらが歌う予定だったボカロのカバー曲とウチの選曲が被っていた」

 

佐藤が腹の内を飲み込むように、苦虫をかんだように。

 

「そして、ギリーの出番が一曲増やされた。タイムスケジュール上、誰かの曲を一曲減らされることになった。奇しくも、一人ギリーと同じ曲をしようとしている」

 

繭崎がその言葉を引き継ぐ。

 

「つまり、白銀くじらが通常歌うのは3曲だったが、2曲しかないってか? んでギリーが4曲と」

 

南森は、何も言わなかった。

 

ただ、茫然と、そして毅然とその事実に立ち向かって、不動瀬都那の目を見つめた。

 

「これだから金のある所は困る。こんなのクリエイター軽視だぜ」

 

そう店長は苛立っていた。

 

しかし、向き合うべきは南森だと考えているのだろうか。不動は南森から目が離せなかった。

 

「……文句があんなら、実績出せよ。ウチより大きくて、強いところに守ってもらえよ。私にどうしろっていうんだ」

 

言っている不動の方が、泣きそうになっていた。

 

「不動さん……」

 

その目は、南森の瞳は、不動にとって恐ろしいものに見えた。

 

まるで、全てを覗き込んでいるようだったからだ。

 

「それが、ロックなんですか?」

 

南森の言い方は、何かに縋るようなニュアンスを含んでいた。

 

ただ、その一言にカチンときた不動は、あの日のように。

 

客席から肩で風を切るように足を進め、メインステージに上がり、ギタリストの前に置いていたマイクを奪った。

 

そして、歌った。

 

アカペラで、力強く、他を圧倒すような歌声。

 

誰もがその歌声に震えた。

 

だが、南森には響かなかった。むしろ、恐怖した。

 

「――、なんて、空っぽな歌……?!」

 

何の感情もない。無意識に、何の感情も入っていない歌。

 

さっきまでの色が消えて、まるで歌っているときの喜びも、悲しみもない。

 

技術的に何の感情もいれずに歌うことで他人から様々な解釈を受けられる歌い方もある。が、そうではない。

 

何もない。

 

無。

 

そういう歌だった。

 

不動の心が、見えない。いや、もしかしたら、透明色なのかもしれない。

 

だが、或いは……。

 

もう壊れる寸前の人間の悲鳴のような歌だったのかもしれない。

 

マイクをステージに置いて、汗だくで南森の目の前に立つ不動。

 

「これがロックだよ」

 

そう言って、彼女はエントランスホールに向かった。

 

おそらく、涼みに行ったのだろう。気持ちも、体温も高ぶっているから。

 

「どうしよう……」

 

南森だけが、理解していた。

 

「このままじゃ、壊れちゃう」

 

不動は、もう限界だ。そして……。

 

 

「こんなの無理だよ……歌えないよこんなの耳にしたら」

「うぅ……わたし、自信ないよもう」

「嘘ついたじゃん! みんな新人だから仲良くなれるって! 嫌ぁ!」

「どうして……私これに賭けてたのに……ぐすん」

 

 

周りのVtuberの中の人は、見える限り絶望していた。

 

泣いている人も多かった。

 

この光景が、Vtuberの世界だったのか?

 

これが自分の入りたいと思っていた世界の風景なのかと、南森は悔しくなった。

 



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そして私は、過去を知ります。

『白銀 くじら さん入られまーす!』

 

今から、白銀くじらのリハーサルが始まる。

 

「……」

 

白銀くじらの顔はプロジェクターに写されている。

 

誰も注目していない。

 

それほどにまで、先ほどのギリー、いや、不動瀬都那の歌は人の心を切り裂いていた。

 

スタジオは、舞台裏にある。

 

テレビ越しに南森一凛は会場内を見ることができた。

 

自身もモーションキャプチャスーツを身にまとい、彼女が腕を、足を、首を動かせば、白銀くじらの見ている世界が画面に映る。

 

会場は暗くて、静かで、演奏者の奏でる音楽だけが耳に入っているインカムに流れる。

 

直接ステージには上がらないことが、Vtuberのライブの一つの特徴なのだろうが……、それが、非常に今南森の気持ちをざわつかせた。

 

誰も見えない。

 

照明の明かりが、暗い。

 

……独りぼっちの錯覚。

 

耳から、魚里の音楽が聞こえてくる。

 

魚里は、自分の音楽を喰うと言った。

 

それに応えようとは、思えなかった。

 

(だって、隈子ちゃんはすごい人だから。すごい人の音楽が、私と戦う? 無理だよそんなの。私、みんなと仲良くやりたいよ)

 

(Vtuberになりたかった理由は、憧れた人が、みんなとキラキラ輝いていたから。私も、その輪に入りたかっただけ……)

 

ドラムとベース、ギターの音が耳に入ってくる。

 

きつい。

 

何故か、歌うのがしんどい。

 

(――、不動さん……。私、きついです。)

 

(私に、歌の魅力を教えてくれた人が。私に、上手さじゃないって言ってくれた人が。……あんなに、歌が大好きだった人が、どうして)

 

(どうして……)

 

喉が痛い。

 

耳が痛い。

 

心が、痛い。

 

(なんで、どうして)

 

「……、……。……?」

 

歌っている最中、視界の端に何かを捉えた。

 

「えっ……」

 

リハの最中に、何故か、本当に何故かはわからない。

 

ギタリストのギターが奪われた。

 

「……へっ?」

 

映像を見るに、ギタリストは驚いた顔をして、尻餅をついているが、それ以上は何もしていなかった。

 

ベースとドラムの男も、動揺しながらも演奏を続けた。

 

ギターを奪った男が、マイクを手に取った。

 

『おい、下手くそ』

 

それは、ディスプレイに映る白銀くじらの姿を見て告げたもの。

 

『そのまま歌ってろ』

 

そう言って、ギターを奪った男が、コードを弾いた。

 

弾いただけで、会場の空気が全部男に持っていかれた。

 

「!?」

 

南森は、突然思考がクリーンになるような錯覚すら覚えた。

 

その音は、鋭く、激しく、緊張感があって。

 

――色が見えた。

 

呆気にとられながらも、なんとか自分の歌を歌いきる。

 

歌い切った後、着替えてすぐにステージに走った。

 

「おめぇ、元気してたかよおい! こりゃ同窓会でもおっぱじめるかよ! がっはっは!」

 

店長と呼ばれた老人の威勢のいい声が聞こえた。

 

肩をバシバシと叩かれている男が、ギターを奪った男だろう。

 

「あ、あの……」

 

「……。あぁ、やっぱりアンタか」

 

「? えぇと……」

 

南森は首をかしげる。

 

ギターを奪った男の正体なんぞ知る由もない。

 

だが店長と呼ばれた男とは知り合いらしい。……誰だろうか、南森がそう疑問を浮かべた時。

 

「ちょい!! リハでギター変わったんですけど一体どういう……」

 

威勢よく魚里が歯茎をむき出しにズカズカと歩いてくるが、ギターを奪った男の顔を見た瞬間凍り付いた。

 

「き」

 

「……き?」

 

「きゃああああああああ!?!?!? え、う、うそうそ!? なんで!? なんで!?」

 

「ひぅっ!?」

 

魚里が絶叫する。

 

魚里の目は明らかにキラキラと輝いていた。

 

「やばいよやばい一凛ちゃん!! やばいってやばいって!!」

 

「ぐえっ」

 

襟をつかまれてブンブン振り回されながら南森が尋ねる。

 

「えぇ、と。こちらの方は……」

 

「えぇー知らないの!? 最近頭角を現してきたプロのギタリストの、神宮司(じんぐうじ) 楓(かえで)さんっしょ!!! ほら、覚えてない!? ほら、あのバカと一緒にライブしたときに、プロのギタリストが来るって予定があって!!」

 

「え、……あっ」

 

ふと、南森の頭に浮かんだのはあの時のライブ。

 

 

 

(ガシャン!!!!!!

 

耳に強烈な衝撃が走る。

 

ボーカルが、マイクをDJをやっていた魚里のほうに向かって叩きつけたのだ。

 

演奏が止まる。

 

南森が、「あ、いけない……」と呟いた。

 

「てめぇいい加減にしろや!!!!! ふざけんなよ、毎回意味のねぇアドリブばっかしやがってさぁ!! 俺たちの邪魔すんじゃねぇよ!!! こっちは本気で音楽の道進もうとしてんだよ……ギターソロもこいつが必死こいて練習したんだぞ、馬鹿にすんじゃねぇよ!!!! 今日は、今日はプロも見に来てるって、そのためによぉ!!」)

 

 

 

「あぁ、あの時見に来るプロって……もしかして」

 

「そう! この神宮司さんだよ! ……でもなんでここに?」

 

神宮司 楓と呼ばれた男が、南森のことをじっと見つめる。

 

「悪いな。突然。だが、アンタに話があった。不動 瀬都那と、どういう関係なんだ?」

 

「え、と」

 

「この前、世話になってるCD店に行った時、アンタと男が不動 瀬都那に詰め寄ってる場面があった。その時、Vtuberって単語を聞いて、片っ端から知り合いに聞いて回って、ここにたどり着いた」

 

神宮司の頭の中には、その場面が色濃く記憶に残っていた。

 

 

 

 

 

「事故った時、どんな気分だった? 加害者をぶん殴ってやろうとでも思ったか?」

 

「――どういうことだおい」

 

繭崎が怒り心頭の様子で不動に近寄ろうとする。

 

「ダメです! ダメです!! 不動さん、また、また今度!」

 

CDショップから、この一連の流れを見ていた男がいた。

 

男はギターを担いでおり、不動のことをずっと見つめていた。

 

「……Vtuber?」

 

 

 

 

「あの時もそうだ、高校生のライブ中に乱闘があったことは知ってる。……アンタがその時、不動 瀬都那と知り合ったことも!」

 

 

 

乱闘があったその日。

 

神宮司はプロデビューしておよそ4か月が経っていただろうか。

 

その日はたまたま、CDショップのライブの機材や音響を手伝い、アルバイトまがいのことをしていた。

 

プロが見に来るという噂がどこから流れたのかは知らない。ただの雇われスタッフとして来ただけだったからだ。それに、プロになりたての自分のことを誰かが知ってるとも思えなかった。(実際は、違ったが)

 

だが、その時のことはよく覚えている。

 

学生が喧嘩を始めた時、颯爽とマイクとギターを奪い去り、高らかに歌って去った女性のことを。

 

その女性が、喫茶店で助けた女学生と過ごしていたことを。

 

不動 瀬都那は自分に気が付いていなかった。

 

神宮司は後ろめたさがあり、隠れたまま様子をじっと見つめていた。

 

だから、覚えていた。

 

不動 瀬都那の近くに毎回いた、女学生の顔を。

 

 

 

 

 

「なぁ、アンタは一体……っ!」

 

「まぁ落ち着けよぉ司っつぁんよぉ。女子高生に詰め寄るプロなんざ男としてどうよ?」

 

「……っ」

 

店長に肩をつかまれ、冷静さを取り戻した神宮司。

 

南森は恐る恐る、二人に尋ねた。

 

「あの、皆さんは、不動さんとどういう関係なんですか? 不動さんの、知り合いなんですよね? 教えてください、不動さんに、今何が起きてるんですか? どうして、あんなに歌が好きだった不動さんが!」

 

「……それを語るには、昔のアイツを語る必要がある。老人に話しかけたバツだ。長くなるぞ」

 

店長が、遠い目をした。

 

「ちょうど、一年前かねぇ」

 

 

 

不動は、リハが終わって突然外に飛び出した。

 

佐藤はそれを知る由もなかった。

 

夜の池袋はきれいだったが、孤独を浮き彫りにするようだった。

 

ふと、電柱を見る。

 

電柱を見ると、思い出すことがあった。

 

そう、あの日もそうだった。

 

 

 

 

 

(不動はただじっと地面を見つめていた。

 

歩道にあったのはひしゃげたガードレール。

近くの電柱には花束やジュースが一か所に固められている。)

 

 

 

 

そう、嫌な記憶がある。

 

あの日、あの時。

 

ちょうど、一年は経っただろうか。

 

あの時、東京の冬は寒かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んじゃ、今回の対バンの成功を記念してぇ! かんぱぁい!!!!」

 

「「「「いえええええい!!!!」」」」

 

ジョッキに並々いっぱい注がれたビールを一気に飲み干し、口の周りに白い泡をたくさんつけた女性がいた。

 

「ぷ、はぁあ!! うめぇええええ!! やっぱライブ終わりの酒はぁ最高だぁ!!! 生サイコーぉ!!!」

 

そう言って、おかわりを店員に頼んだ。

 

それが、一年前の不動 瀬都那だった。

 

「姐さん禁欲しまくりですもんねライブ前! 未成年から吸ってたタバコも一切やらなくなったし、マジストイックっす!」

 

「ばっきゃろうオメーデカい声で言ってんじゃねぇぞバーカ!! 忘れたかぁ? 私たち、プロになれそうなんだぜぇ?」

 

ドラムを担当するふくよかな男が頭を掻いて笑顔になる。

 

「そうだぞぉ。俺たちだけじゃ無理だった夢が、今じゃスカウトの嵐よ。ホント、姐さんには感謝してるぜ」

 

ベース担当のロン毛で細身の男が、日本酒を飲む。

 

「でもよぉ、やっぱ一番すげーのは……オメーだ神宮司ぃ!!」

 

「ぐわっ、てめ、触ってんじゃねぇよ馴れ馴れしい!」

 

不動がわしゃわしゃと隣に座るギタリスト、神宮司 楓の髪をぐちゃぐちゃに乱していく。ワックスで整えた髪が台無しだった。

 

「神宮司ぃ、アンタのギターの作曲センスがやっぱ評価されてんだって。私は信じてたよぉ。だってほら、一匹狼気取ったナルシストがいっちょ前に一人でギターライブしてた時から私は才能あるって思ってたし」

 

「おい! しつこいぞ瀬都那!!」

 

「あー生意気に呼び捨てして、くぁーわいいねぇこのガキンチョ! はっはっは! んぐっ、んぐっ、おーかぁわりぃー!」

 

「オイガキどもぉ!! 説教しに来てやったぞ感謝しろぉ!」

 

「げぇ、店長!?」

 

店長と呼ばれる男は、いつも顔に皺を蓄えていたのを神宮司は覚えている。

 

「神宮司! 対バンなのに相手を威圧するような音楽ばかりしやがって! オメェーには協調性ってのがないのか馬鹿垂れ!! ウチの箱で喧嘩しようったってそうはいかねぇぞ!!」

 

「ちっ、うるせー! 俺は俺の音楽をやってるだけだ!」

 

「不動を見習え! こいつがオメェのケツ拭いてんだぞったく、……おい不良娘!飲み過ぎだ馬鹿垂れ!! まだ始まったばかりのはずだろ、何杯目だ!」

 

「盃を乾かすと書いてぇ~? かんぱぁいい!! んぐっ、んぐっ、おぁかわりぃ~!」

 

「く、このクソガキ!」

 

「はぁー! でもスッキリしてんだよ店長。私も親からいろいろ言われたのよ。音楽なんかで飯が食えないとか、ロックは不良の文化だからやめろとか。客にも私を悪く言うやつはいるし。でもさー。音楽やってて良かったって思うわホント! みんなにも会えたし、歌は楽しいし! 音楽やってて、イイコトしかなかったわ! プロデビュー、最高だぜぇ!! いやっほう!!」

 

 

 

ライブの後は、毎回飲み会をしていた。

 

毎回ライブをした後は金がきつかった。

 

けど、やはり今振り返れば、おそらく楽しい思い出ばかりだったと、店長も、神宮司も、……不動も思っていたはずだった。

 

毎回店長は飲み会を少しだけ負担してくれていた。

 

理由は、おそらくメンバー全員が、店長に世話になったからだろう。

 

 

不動が思い出したのは、店長の箱でライブをする前の話。

 

中学時代。彼女は浮いていた。

 

家でも、学校でも、社会の隅でも、……浮いていた。

 

理由は分からない。ただ、自分の中にある表現したい何かがあって、だけど世界はそれを許してくれなくて。ありがちな悩みだったのかもしれない。それでも、爆発してしまう。

 

こっそり父親のポケットから持ち出したタバコを吸ってるのがバレて、家出をした。

 

親と喧嘩をして、家を飛び出して、たまたま座り込んだ場所が、ライブハウスだった。それだけだった。

 

それだけの話なのに、店長がライブハウスに招いた。

 

そこで彼女は、ロックを知った。

 

別の日、また彼女はライブハウスの前にいた。

 

初めて、ギターに触れた。

 

歌も、恥ずかしいと思いながら歌ってみる。

 

そして、酒に酔った店長がステージに立たせた。

 

弾けないし歌えないと不動は怒りをぶつけたが、店長は笑っていた。

 

「ロックに歌えぇ不良娘ぇ。やりたいことを偽らずに、ほんとの自分でぶつけてくんだよぉ。がっはっは!!」

 

店長も客も、社会人のバンドたちも、不良娘の歌を肴に楽しんだ。

 

彼女にとって、その日のライブは大失敗だった。

 

だが、心に火が付いた気がした。

 

歌った。歌った。

 

その日からずっと、歌って、歌って、歌いまくった。

 

歌声が、太くなってきた。

 

歌って、歌って、歌いまくって。

 

気付いたら、仲間が出来た。

 

同じ夢を追いかけてくれる、仲間が。

 

そして、気付けば……プロになる夢が、あと一歩進めば辿りつける距離にまで来た。

 

そう、たった一歩で、プロになれたのだ。

 

 

 

 

 

 

その日、間違いがあるとするならば。

 

プロデビュー前に、ライブを行ったことだろうか。

 

それとも、ライブが終わった後に飲み会を開いたことだろうか。

 

いや。スカウトをしてくれた人や、その音楽会社の人も一緒に飲んだことだろうか。

 

いつも以上に、不動 瀬都那が酒に呑まれてしまって、意識がはっきりしなくなったからだろうか。

 

――、知らない人を、信じようとしてしまった全員が悪いのだろうか。

 

「……、ん、んぅ」

 

不動が目を覚ます。どうやら、車に乗っているようだった。

 

ただ、タクシーではない。

 

記憶が定かではないまま、運転手に話しかけた。

 

「ぁ、れ、……ここどこ?」

 

「あー、起きたんですか、不動さん」

 

知らない男だった。いや、確かデビューする予定だった会社の人間だった気がする。

 

顔見知り程度だったが、親交を深めるために飲みに誘った記憶は、少なからずあった。

 

「……ぇ?」

 

「はは、今送ってるんで待っててくださいね」

 

「……え? ここ、どこ? こんな道、見たことないんだけど」

 

混乱していた不動に、男はゆっくり言葉を重ねた。

 

「大丈夫ですって。もう終電ないですし、ちゃんと送りますから……ひっく」

 

「……、――ッッッ!?!?」

 

不動は、恐ろしいことに気が付いた。気付いてしまった。

 

「おい、降ろせ!! 降ろせよ!!」

 

「はは、別に取って食うわけじゃないですって、ひっく」

 

「ばか、馬鹿野郎!? おまぇ、お前さっきまで私らと酒飲んだだろうが!?」

 

「あー、大丈夫ですって、別に今までもバレませんでしたし。こんなん普通ですって。それより、そうやって暴れる方が怪しまれま―――――」

 

光った。

 

車のハイビームが、何かを一瞬映らせて、影が、車の上に乗り上げた。

 

衝撃が、重かった。急ブレーキの音と、平衡感覚がなくなるほど、横に叩きつけられる爆音。

 

意識が吹き飛ぶ。

 

シートベルトは、していなかった。

 

だが、たまたま車から降りようと錯乱していたのが、運がよかっただけだったが。

 

彼女は外に叩きだされていた。

 

逆に、軽傷で済んだ。

 

「う、ぅぅ……」

 

体を起こす。痛い、痛みが、体中に襲い掛かる。

 

酔った頭が、サーっと冷めていく。

 

息が、ゆっくりと乱れていく。

 

目に映った光景は、壁にぶつかって、車がひしゃげて、エアバックに体を叩きつけられた男と。

 

血を流している、小さい男の子だった。

 

「い、いやぁああああああああ!!!?!!? まーくん! まーくん!!!」

 

母親らしき女性が、男の子に駆け寄った。

 

後で聞いた話だが、男の子は小学生で、その日は嫌な夢を見てずっと目を覚ましていた。

 

母親は面倒くさがりながらも、コンビニまで散歩に一緒に向かっていた。アイスを食べたら寝るという条件を付けて。

 

信号は、青で渡っていた。

 

「ぁ、ぁぁ」

 

声が出ない。立てない。

 

体を起こした後、下半身がまるで動かない。

 

現実が襲い掛かる。

 

血の気が引いて、引いて、引いて。

 

「……、ご、ごめ、んなさい……ごめん、なさい……」

 

訳も分からず、涙がこぼれていた。

 

 

 

 

「ふざけるんじゃねぇ!! 契約打ち切りだと!?」

 

店長が電話越しに吠える。

 

不動のバンドは、メジャーデビュー前に契約を打ち切られたと宣告された。

 

『新聞見たでしょ! 全国区のニュースにもなってる。ウチじゃもうあのバンドは扱えない!』

 

「あぁそうだなぁ! 女性歌手が飲酒運転って報道しといて、お前ら責任取らずに!」

 

『――メジャーデビューしていないバンドなんです、歌手変えればいくらでも再生効くでしょ!!』

 

ガチャッ!

 

「おい、おいテメェ!! ……くそがぁ。くそったれぇ!!!」

 

店長は、スマホを投げ飛ばした。ひび割れたスマホに、目を向けず、一目で気に入っていたバイクを乗って病院に向かう。

 

病室では、ただただ魂の抜けた女が一人、窓の外を眺めていた。

 

店長が病室に入ろうとすると、先に誰かが中に入っていたらしい。

 

「おい、瀬都那」

 

それが、神宮司だった。

 

「お前のせいでさ、メジャー消えたんだぞ。分かってるんだろ」

 

それは、ひどい暴言だった。店長は聞き捨てならないと近寄ろうとしたその時。

 

「……そうだな」

 

肯定する声が、不動の口からこぼれた。

 

神宮司は怒りの形相で、話を続ける。

 

「バンドも、もうできねぇぞ。なぁ、あぁそうだ、ボーカル変えてよ、またメジャーデビュー目指すってのもありだよなぁ!」

 

「……そうだな」

 

「ッ! ふざけてんじゃねぇぞアンタよぉ!!!」

 

ガシャンと病室の椅子を倒し、胸ぐらをつかむ神宮司。

 

「神宮司!」

 

店長が神宮司を羽交い絞めにして不動から離す。

 

「放せ店長! おいふざけるなよ瀬都那!! 飲酒運転で後ろに座っただけのやつがいっちょ前に被害者面しやがって!! なんでだよぉ!! 被害者の子どもも無事だったろ!! なんなら、お見舞いの品まで頂いてよぉ!! お前、お前ロックシンガーだろうが!! 歌えよ!! 歌わなきゃ、歌わなきゃダメだろ!!」

 

「止せ神宮司、止せ……ッ!」

 

「アンタ悪くないだろぉ!! 悪くないんだって、そうだろ店長!!! なんで、なんでだよ、何でこいつだけ悪者扱いされてんだよぉ!!! お、俺らの知ってる不動 瀬都那ってやつは……おちゃらけてて、酒好きで、誰よりも歌が好きなやつなんだよ……ッ!! 飲酒運転して、子どもを轢いて、……画面の前の向こうのやつらから中指立てられるようなこと、してないんだよぉ!!!」

 

「……止せ……ッ、分かってる、分かってるッ……」

 

「そうだ、インスタで瀬都那の過去暴露しやがったりしてるやつもいたよな、あいつらボコボコにしてさ、白状させて……ッ!」

 

「……もういい」

 

不動の呟きが、病室に沈んだ。

 

「もう、……歌っちゃダメなんだ……私」

 

「オイそれは!!」

 

「歌えない……歌おうと、お、思うと……あの、あの子の顔が、血、血が、血がいっぱい出てて、車も、ひっ、ひしゃげて……うたえない……だめ、だめなんだもう、わたしが、わたしが……っ」

 

不動がぽろりと涙をこぼして、初めて、店長と神宮司の目を見た。

 

「音楽なんかしてるから……こんなことに……」

 

 

 

 

 

 

それから、悪評が流れて、流れて。

 

3ヵ月、誰も来なくなったライブハウスはなくなった。

 

伝手を使って、新しい環境に店長は転職した。ついでに、あのバンドメンバーも。

 

「いいのかよ、プロの夢は」

 

「いいんすよいいんすよ。やっぱ、あのメンバーじゃなきゃやる気になれなかったっす」

 

「それに、俺らだけじゃやっぱダメなんすよ。才能って、やっぱあるんすよ店長」

 

ふくよかな男と、細身の男は就職した。現実という大きな壁を目の当たりにして。

 

 

 

そして神宮司は、気付けばプロになっていた。彼のギターテクニックは、どこの会社も欲しがっていた。だが、彼の心は満たされていなかった。

自然と、不動にも会おうとしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不動は部屋で眠っていた。

 

何をする気にもなれなくて、一人部屋で孤独に布団をかぶっていた。

 

インターホンが鳴る。

 

不動は扉を開けた。

 

「……よ。陰気なもんだな、不良娘」

 

「……何の用だよ」

 

「へん、ネットで最近下手くそな歌を知ってよ。ありゃ酷いもんだ。歌を加工しすぎて誰が歌ってんだか分からんかった。……たまたま、スタジオに収録行ってたバカ女を見るまでな。しかも痛々しいもんでよ、無理やり歌おうとし過ぎて、聞いてたら喉潰しそうだったぜ。……だが、無理にでも歌おうとしてる馬鹿を、放っておけなくてな」

 

「!?」

 

「歌がお前を待ってる。……ちょうど、こんなの紹介されてよ。どうだ、応募してみないか? お前ならデビューさせてやるって、岩波芸能事務所の社長に言われたよ」

 

店長から1枚の紙を渡される。

 

そこには、新しい不動 瀬都那の道が示されていた。

 

 

「……V、tuber?」

 

 

 

 

 

 



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本番、来る

「それから、デビューが決まってから連絡も一切寄越さねぇ。とんだ不良娘だ。だが……俺は、あいつにあんな顔させるために応募させたわけじゃあねぇっ……!」

 

店長の悲鳴にも近い告白に、南森も言葉が出なかった。

 

店長や神宮司、それに周りにいる演奏者の中にも、悲痛な表情をしている人間がいる。

 

心の色は一つだった。

 

みんな、不動瀬都那という女性を心配している。

 

どんなに悪態をついたって、大好きなのだ。

 

彼女の歌と、人となりが。

 

「私、なんとかしたいです……」

 

その一言は、やけに会場に響いた。

 

「私が、何かできるわけじゃないんですけどっ! その、なんて言うんでしょう、勢いかもしれないんですが、その、えーっと、あの、あの、あのっ! 私、不動さんが好きです……。助けてくれたんです。歌もかっこよくて、歌が好きな不動さんがキラキラしていて、その、えっと!」

 

言葉を詰まらせながら、目だけは真剣だった。

 

「……不動さんが、また歌が好きな不動さんになれるように……なんとかしたいです」

 

「……嬢ちゃん」

 

店長が南森の背中を叩いた。

 

「ありがとうよ、訳も知らないのに、そこまで思ってくれてよぉ」

 

「不動瀬都那が歌を好きになるには、これしかねぇ」

 

そう言って神宮司はギターを突き出した。

 

「俺たちが演奏で、アイツの心を取り戻す。俺は……その為にプロになって自分の技を磨いた」

 

「あぁ、だがそれだけじゃあな……白銀くじらの歌声でひっくり返そうってのか? やる気をたきつけるとか」

 

「話は聞かせてもらった!」

 

「え!?」

 

南森が思わず声を出す。

 

誰が話を聞いていたのかと振り返ると、そこには繭崎がいた。

 

彼はズカズカと足音を鳴らして南森たちの前に立つ。

 

「……」

 

後ろからこっそり、佐藤も付いてきている。

 

「ま、繭崎さん!」

 

「南森、すまなかった。不動 瀬都那さんが交通事故に関連すると聞いて、嫌なイメージばかりが膨らんでいた。だが、実際はそうではなかった。本当にすまない」

 

「い、いえ……、……?」

 

「それで皆さん。不動瀬都那さんと、正面からぶつかりたい。違いますか?」

 

「い、いやぁ。今そういう話をしていたんですがねぇ?」

 

店長がへりくだって喋る。

 

「……ぶつかる方法が、一個だけあります。それは、ウチの白銀くじらの協力が必要不可欠です。協力してくれませんか?」

 

「――えっ?!」

 

繭崎は何と言ったのか。

 

不動瀬都那と正面からぶつかる、その為には南森の力が必要?

 

「……ほら見ろ、やっぱりあるじゃないか」

 

ふてくされながら小声で佐藤がキレる。

 

「南森、曲数減らされた話は聞いたか?正直妨害は予想できた。だから事前に、対策は出来ていた。……俺には思いつかなかったアイデアだったが」

 

「あー。この流れで話すのなんだけど、うん。私のアイデア。悪いけどさぁー。私ロックとか分かんないから! DJとしてのアイデアで、一個繭崎さんに意見挙げた」

 

「く、隈子ちゃん?!」

 

頭を掻きながら、話しかけ辛そうに魚里が手を上げた。

 

「どの道さぁ、全員の音楽を喰うためには……あのやばたにえんな歌唱力の人と戦うんでしょ? だったら、なりふり構ってらんなくね? って感じ。これやっちゃったら、失敗した時のダメージ計り知れないよぉ~?」

 

「え、と、その」

 

「あのギリーってVtuberぶっ飛ばさないと私が目立てないもん!」

 

魚里がニヤッとして親指を掲げた。

 

「……あの不良娘を、救えるのか?」

 

「……」

 

繭崎は不敵な笑みを浮かべるばかりだ。

 

「……べらんめぇ! やってやろうじゃねぇか!!」

 

「て、店長!!」

 

「おぅ司っつぁん。テメェの演奏に加えて、こいつらの力もありゃあ、何とかなるんじゃねぇか? 俺たちの知ってる不良娘と、ギリーっていうよくわからんやつを知ってる、この嬢ちゃんなら」

 

「……では、説明します」

 

その後、繭崎は企画の説明をする。

 

話が終わった後、神宮司がギターをもって「ふざけるなぁー!」と繭崎を襲い掛かった。周りのスタッフは全員彼を止めようとしていた。店長は馬鹿みたいに笑っていた。魚里はやれやれと言わんばかりに肩をすくめた。

 

南森の表情は、全く無かった。

 

「やれるか? 南森」

 

繭崎の顔を見る。繭崎だけは、南森をじっと見ていた。

 

彼の心は、まっすぐで、きれいな色だった。

 

熱意と、冷静さと、……自信たっぷりな余裕。

 

いろんな色が混ざってて、それでいて、安心できた。

 

「……はい」

 

南森は、繭崎の言葉を信じた。

 

「やらせてください!」

 

「よし来た。なら、修行パートだ。この会場にいる誰よりも、ギリーよりも、最高の音楽を正面からぶつけるぞ!!!」

 

「はいッッッ!」

 

南森は、力強く頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、二か月後。

 

池袋は、少しだけ寒かった。

 

交通機関は麻痺していて、駅は大渋滞だった。

 

そんな中で、南森は立っていた。

 

「ふぅー」

 

ダッフルコートを身に着けて、ポケットに手を突っ込みながら、会場の前に立つ。

 

「準備万端?」

 

隣にいた魚里が南森の肩に触れた。

 

「うん。この二か月、頭がこんがらがってばっかりだったよ」

 

「そんなもんだよ、だって、やろうとしてるのは……」

 

「おーい」

 

後ろから、誰かが近づいてきた。

 

大野と、サーシャだ。

 

「応援に来たわよ」

 

「サーシャさん! それと大野君! ありがとうございます!」

 

「それとって……とほほ」

 

「……ねぇ、一凛ちゃん」

 

「?」

 

サーシャが、温かいまなざしを向ける。

 

「ありがとう」

 

そう言って、そのままサーシャはロビーに入ってしまった。

 

「あ、じゃあ俺も入るよ。頑張ってね。はいこれ差し入れ。ファイト!」

 

大野はいつもと同じように、いや、いつも以上の笑顔でキラキラと歯を光らせて会場に入る。

 

「……」

 

南森は、まだ立っていた。

 

「あ、おーい南森さーん!」

 

「あ、放送部の皆さんと、吹奏楽の皆さん!」

 

「応援来たよー頑張ってねー」

 

「まぁ全員じゃないけど、なんかすごい予感がしてさー。楽しみできちゃった!」

 

「花束って今渡すんだっけ」

 

「ば、馬鹿! コレは後でお願いするんであって……あ、あははー!なんでもねぇよ! じゃ、じゃあがんばれよー! ……この馬鹿!」

 

「いてぇ!? 殴るこたぁねぇだろ!」

 

放送部数名と、吹奏楽の数名が、南森に応援のメッセージを入れて、会場に向かう。

 

「……なんだかね」

 

「ん?」

 

南森は魚里を見つめる。

 

「私、誰にも見てもらえないんじゃないかなって、ずっと不安だったんだー」

 

「そ。今は?」

 

「……わかんない」

 

時計を見る。そろそろ、本番が来る。

 

「……あっ」

 

視界の端に、隠れながら会場に入ろうとする少女がいた。

 

南森だけは、その人が誰か分かっていた。

 

「……ふふ」

 

「?」

 

「私、頑張れるかなぁ」

 

「さぁ? でもま、適当なことやったら、けちょんけちょんだかんね!」

 

そう言って、魚里は先にステージ裏に歩を進めた。

 

まだ、南森は立っている。

 

目を瞑って、待っていた。

 

「……なんでここにいるんだよ」

 

声が、聞こえた。

 

待っていた人が来た。

 

「……不動さん」

 

不動は、目を泳がせていた。

 

「リハーサル、あんまり一緒に出来ませんでしたから。ずっと会いたかったです」

 

「……なんで。……、まぁ、一言くらい、言いたいことあるわな」

 

自嘲気味に不動が笑う。

 

南森は、頭を下げた。

 

「……ありがとうございます」

 

「――、は?」

 

「私、不動さんがいたから、ここまで来れました。歌が好きになりました。MVも撮れて、音楽に関する友達もできました。……全部、不動さんがあの日、助けてくれたからなんです。歌は楽しいって、教えてくれたから」

 

「――――」

 

「だから、……だから。全力で、今日は、全力で頑張ります」

 

「――――なんだよそれ。なぁ、なんだよそれぇ……!」

 

怒りに満ちた表情で、歯を食いしばって、心の暴走を防ごうとする。

 

「私はぁ、そんなたいそうな人間じゃねぇんだよぉ……。そんな目で見るなよぉ……、私は、私は歌なんて好きじゃないっ。好きじゃないんだよっ、だからそんな風に言われたって迷惑なんだよ!! もう放っておいてくれよ!! 私は、ずっと……ずっとっっ!!!」

 

涙声で、不動は叫んだ。

 

「――お前の歌嫌いなんだよぉ!!!! なんで、なんでそんな楽しそうに歌えるんだよぉ!!! あのMVだって、なんで、なんであんなにぃ、楽しそうに歌うんだよぉ!!!」

 

――私だって、あんな風に歌いたいのに……っ。

 

枯れて、スカスカの声が、池袋の街に沈んだ。

 

「もう、放っておいてくれ……私は、お前の思うような人間じゃないんだよ……」

 

そう言って、不動は背中を丸めて会場に向かう。

 

「――ふどぅさん!」

 

声を震わせながら、不動を呼び止めようとするが、彼女はただ歩を進めるだけだった。

 

ずっと、会場を見つめていた。

 

不動が姿を消す、その瞬間まで。

 

「……ぐすっ」

 

本心だった。

 

不動の心は、本心のみを語っていた。

 

感情のどす黒い色は、南森の心に向かって走っていた。

 

間違いなく、不動は……南森の歌が嫌いだった。

 

「……ぅ、ぅぅ……」

 

ずびっと鼻水を啜って、少しだけ赤くなった目をこすり、前を向いた。

 

「がんばります……がんばりますっ……」

 

ただ健気に、南森は不動のために戦うことを決意する。

 

力のない歩みだったとしても、一歩は一歩だと信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

『新人Vtuberぁ~、歌合戦っ~~~~~!!!』

 

「「「「うおおおおおおおおおおおおお」」」」

 

『オマエラ待たせたなぁ!! 遂に俺様の超大型新人企画、新人Vtuber歌合戦の開幕だ! この伝説的な大規模コラボ、ニコニコ生放送とyoutubeで配信中だ!! 司会はこの俺様のっ!』

 

ステージ上のスクリーンに輝かしいほどキラキラした、星型のサングラスをかけたアロハシャツの男性アバターが現れる。

 

『ドン☆ 先一だぁ!!! よろしくベイベー!!!!』

 

「「「「「「いえええええええええええい!!!!」」」」」」

 

 

 

 

「ドン星さん、立ち直ったんですね」

 

舞台裏のステージ袖で、佐藤がぼやく。

 

「最終的には、仕事だと割り切って動いたみたいだけどな。裏じゃあ今でも凹んでるよ」

 

「……そうですか」

 

「……お前の相方はどこにいるんだ?」

 

「不動さんなら……化粧直しですよ。そのままスタジオ入りしてるかもですが」

 

「そうかい」

 

「……別に、何も伝えてませんよ」

 

「なんでだ? 俺、伝えると思ってたぞ。優しいからな、お前」

 

「……歌えなくなってるのは、分かってたんですよ僕だって。でも、どうしようもなかった。僕は、……僕にはどうしようもなかったんですよ。先輩」

 

そう言って、タバコを胸元から出そうとした手を繭崎が抑えた。

 

「おい」

 

「……すいません」

 

手をもとの位置に戻すと、繭崎が佐藤にガムを差し出した。

 

「口さみしいならこれでも食っとけ」

 

「どうも」

 

そうして二人は、会場をずっと見つめる。

 

客層はどうか。スタッフの動きは。ノリはいいのか悪いのか。

そして、中の人は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

開始30分前、控室では重たい空気が流れていた。

 

「ききき緊張が……人人人、……ごっくん、おぇっ」

「やばい、メイク上手くいかないんだけど、手が震え……っ」

「ちょっと、なんで今日水いつものじゃないのよ!!」

 

荒れた空気、荒れた控室。

 

誰もが緊張や恐怖心で震えていた。

 

そんな中、南森だけはじっと席に座っていた。

 

「うぅ、私最初……ダメ、こんなのもうできないよぉ」

 

「諦めるなって! 大丈夫、頑張れって!」

 

「無理だよぉ……ぐす、うぇぇん……」

 

泣き出してしまったのは、最初の出番の子だった。

 

マネージャーらしき男に慰められるも、全く効果が出ていなかった。

 

「だって、どうせみんな私のことなんて見てくれないもん……どうせ、みんなアイギスレオ目当てだもん……」

 

「そんなこと言うな! 一つでも再生してくれたファンのためにも頑張るんだ!」

 

「昨日の告知生放送だって、23人しか来なかったもん! 誰も、誰も私なんて見ないよ……うぅ……ぅぅぅ……」

 

ファンこそ少ない彼女だったが、歌は上手いと評判だった。

 

だからドン☆の狙いは、「こんな子もいるんだ!」と最初に力のある子をぶつけたつもりだった。

 

だが、アイギスレオのギリーの歌声を聞いてから、彼女の活動自体が不調になってしまったことは誤算であった。

 

「もう、もう……ダメだもん……」

 

その場で座り込んで泣いてしまう彼女に、南森は立ち上がって、ハンカチを出した。

 

「大丈夫ですか?」

 

「ぇ、ぁ、はぃ……ぐすっ」

 

「……私、見てますから」

 

「……えっ」

 

「私、見てます。だから、思いっきり歌ってください。えーっと、@irisちゃん、ですよね」

 

「な、なんで……」

 

「昨日生放送見ましたよ。やっぱり、声キレイですね! 一緒に頑張りましょう」

 

「ぁ、……っ、ぐすっ、あぃが、とぅ……ありがとぅ……」

 

少女は借りたハンカチで涙を拭いた。

 

南森は、少しだけ赤い目で、彼女になんとなく、問いかけた。

 

「あなたは、どうしてVtuberになったんですか?」

 

重たい控室の中で、その言葉が、全員の耳に入った。

 

「わ、私……うたが、すきで……」

 

「はい」

 

「っ、Vtuberの人と、っ、いっしょに、うたいたくて……、みんな綺麗で、可愛くて、それで、わたしもっ……」

 

泣きながら少女は動機を語る。

 

なんとなく、近くにいた人に視線を向けると、その人は少し驚いて、頭を掻いた。

 

「い、いや。大した動機はないんだけどさ。……雇われたから、が近いのかな。だから何でやりたいかって言われると……。でも、結構やってみたら楽しくてさ。みんなコメント書いてくれると嬉しいし、それで、続けてる感じ」

 

「私はっ!」

 

他の人が声を上げる。

 

「私はみんなにちやほやされると思ったから! 生放送ずっとやってて、こっちに転生したの。スパチャとかほしくて。それだけ! でもこっちは良いよね。リアルじゃないけど、何かすれば作品になる感じで!」

 

「……私は歌もできないし、ゲームもできないから、底辺Vなんだけど。でも、Vtuberになれば何か変われると思ったんだぁ。でも、やっぱトップの人強すぎワロス。努力で何とかなる世界じゃないんだねぇこれ」

 

「私、一応タレントで。未成年だから顔出さない方法を選んでこうなったよ。失敗してもすぐ辞められるって思って、リスク低いし。顔出さないってだけでも十分やり直し効くから……。だけどさぁ、Vの私を応援してくれる人いるんだよねぇ。辞めにくいんだぁ」

 

重かった控室で、言葉が飛び交う。

 

自分の気持ちをどんどん吐き出していく。

 

目に光が戻ってくる。

 

「私は」

 

南森が皆の顔を見る。

 

「私は、好きなVtuberさんと同じ世界が見たかったからです。その世界は、みんなで仲良く、楽しく活動するVの世界です。私、Vtuberが好きです。大好きなんです。だから……」

 

南森が息を呑んで、力を言葉に変えていく。

 

「私が皆さんを見ています。だから、誰も見ていないなんて言わないでください。みんなで成功させましょう! 大丈夫です、例え視聴者がゼロでも、私は絶対に皆さんを見ていますから!」

 

控室にいる全員が、南森を見る。

 

「あなた、名前は?」

 

近くにいた女性が尋ねる。

 

「私の名は……」

 

南森は本名を名乗ろうとした。

 

だが、少し首を振って、こう答えた。

 

「私の名前は、白銀くじらです」

 

 



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私の名前は

本番、開始。

 

『さぁ、最初のVtuberは、こいつだぁあああ!!! 次世代を担う歌姫、@iris!!!』

 

「「「うおおおおおおおおお!!!!」」」

 

来場客500名、スタンディング席。

 

白いシャツを着てバンダナをまく男が、ふんすと鼻息を荒くさせた。

 

「来ましたな@iris嬢。これは見ものですぞぉ」

 

「オタップV大佐、知っているのか?」

 

オタップV大佐、彼は有名なVtuberリスナーだ。

 

Vと名前がついていればどんな現場や生放送にでもいると評判の人間。

 

ツイッターでも様々なVのレビューを書き連ねる、インターネット界の猛者だ。

 

「ふむ。拙者も深くはござらんが、とてもキュートで透明感のある歌声の持ち主でござる。ドン☆殿にも聞いたところ、トップバッターにふさわしい実力はあると。ただ誰にも注目されておらんらしい」

 

「ふ、深いところまで知ってるじゃないか!」

 

「いやいや、拙者は浅瀬チャプチャプ侍で候。お、来ますな」

 

照明が切り替わる。

 

「彼女キュートなキャラでござるからな。きっとかわいらしい演出で来るに違いなーー」

 

ゾッとした。

 

空気が、変わった。

 

あのドン☆が作った空気感は、どこに消えたのか。

 

キュートでかわいいBGMが流れているのに、なぜ、どうして。

 

スクリーンに映っているアバターは、こんなにも鬼気迫る表情をしているのか。

 

そのアバターの、Vtuberの中の人の頭の中はぐるぐるしていた。

 

(こわい、緊張する、むり、こわい、むり、いや、こわい、むり……でも)

 

自分にハンカチを貸してくれた少女の顔を思い出す。

 

(あの人が、見ていてくれるなら――――ッッッ!!!)

 

おそらく、会場内の人間はオタップV大佐を除いて彼女の生放送を見たことがない。

おそらく画面の前に座っている人間の中でも、10人いればいい方だろう。

 

――その声は、新人Vtuber歌合戦の最初に切り込むには、いささか熱量があり過ぎた。

 

かわいくて、きれいな歌声。

 

そう、かわいくてきれいな歌声。

 

だが、違う。

 

その可愛さは地声に由来するものだったのだろう。

 

椅子に座りながら、歌っていて、迷惑が掛からないように小声で生放送では歌うのだろう。

 

この声は何だ。

 

かわいいのに、聞くだけで手に汗握るような、この熱量と気迫は。

 

(わたし、歌ってる……こんな大勢の前でっ、歌ってる!)

 

「……なんでござるか、これは」

 

「オタップV大佐! いいぞぉ~これ~。……大佐?」

 

「何かが、違うでござる。この大舞台で、化けたでござるか!!」

 

目を輝かせて、オタップV大佐はズボンからサイリウムを二刀流で取り出す。

 

「で、出たぁ!? 大佐の二刀流サイリウム!! まさか、こんな序盤に!?」

 

「えぇい!! 舞わずにいらいでか!!!! 今夜は宴ですぞぉ!!!!」

 

ステージはサイリウムの海に一気に変化する。

 

それを見たステージで踊る彼女は、嬉しくて、嬉しくて。

 

(――ありがとぅ、ありがとう)

 

涙をこぼしながら歌うその姿は、誰もを魅了するアイドルと言って遜色なかった。

 

「ありがとぅぅうううううううううう!!!! うぇええええええん!!!」

 

最後に大きな泣き声が聞こえて、彼女の出番はあっという間に終わってしまった。

 

『……あ。さ、最高だったぜぇ!! なぁオマエラぁ!!!』

 

「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」

 

すぐさま、ニコニコ動画の画面がコメントで埋め尽くされる。

 

8888888888888   これ最初かよ    888888888 マジヤバい

8888888888888888  チャンネル登録してやれよオマエラ 

8888888888  888888888888888888   なんか書いとけ  88888888  グッドボタンないんだけど  88888888888 ここyoutubeじゃないんだが定期 888888888888  トレンド入った! 88888

 

Youtubeのコメントも加速していく。

 

● ドラゴンボール大好き

     マジヤバいわ推します

● アンチ撲滅委員会

   88888888888888888

● 月ノ美しい兎単推し@切り抜き

    これマジで無名なん?

●  江戸職人

       エッッッッ

 

 

       ド

       江戸(えど) [1]は、日本の首都東京の旧称であり、1603年から1867年まで江戸幕府が置かれていた都市である。

江戸は、江戸時代に江戸幕府が置かれた日本の政治の中心地(行政首都)として発展した。また、江戸城は徳川氏の将軍の居城であり、江戸は幕府の政庁が置かれる行政府の所在地で

●   阿部総理

       この度こちらの歌を国歌に認定いたします。

●   Vリスナーバク転カードマン

     ↑総理もよう見とる……って誰だお前

 

 

 

「はぁ、はぁ、ぐすっ、はぁ、はぁ」

 

少女はすぐにモーションキャプチャスーツを脱いで、専用スタジオから控室に戻る。

 

控室に戻る前に、舞台袖から飛び出したのは、南森だった。

 

「お疲れさまでした!」

 

「――、ぐすっ、うぇぇぇぇん」

 

少女は安心しきって涙をぼろぼろとこぼした。

 

「次は私か!」

 

モーションキャプチャスーツを着ている女性が、舞台袖から飛び出してスタジオに入ろうとする。

 

「ファイトです!!」

 

「ありがとうくじらちゃん!」

 

手を振って、次の演者がスタジオに入る。

 

そして間もなく。歌が始まった。

 

「すごい、みなさん、本当にすごいです」

 

気を引き締める南森、そして、個室の楽屋が用意されている不動を思う。

 

「不動さん……すごいですね。みんな、こんなにすごいです」

 

 

 

 

 

大野はオタク系のライブに来るのは初めてだった。

 

だから全員当たり前のようにサイリウムを持っているのも理解できなかったし、コールも指し示したように出来る客を化け物だと思っていた。サーシャからもらったサイリウムを一本振り回すだけでも、混乱していた。

 

「な、なんだこの一体感……訳が分からない……そして汗で雲が……!」

 

「ワンドリンク制だから給水はしてるんだけど結構きついわね……流石に。後汗かくとこの雲の一部になった気分になるから嫌よ……。絶対この中にお風呂入ってないタイプのオタクいるわよ絶対」

 

「そ、そんなわけないじゃないですか! お風呂やらシャワーなんて絶対入るものであって……」

 

「あなたね、この業界は、常識に当てはまらない世界なのよ!!!」

 

「嘘だぁ!?」

 

「というか、レベル高いわねこのライブ……。一凛ちゃん、大丈夫かしら」

 

保護者目線でサーシャがソワソワする。

 

「分かりません……けれど」

 

大野はすがるようにステージに目を向ける。

 

「すごく頑張ってたんです。だから、応援しないと」

 

 

 

 

 

 

「終わったぁー!」

 

「お疲れ様―!」

「おつかれー!」

「ナイスファイトー!」

 

一人一人の出番が終わると、誰かしら声をかけるのがいつの間にか通例になっていた。

 

おそらく、声優業界だったり、音楽業界なら普通のことなのかもしれない。

 

だが、彼らは様々な業界からの寄せ集めで、誰からも見られていないと考えていた底辺も混ざる新人たち。

 

その新人たちが一致団結して、声を掛け合う姿は、同じチームのようだった。

 

そして、南森はモーションキャプチャスーツに着替える。

 

手をグーとパーにして、着心地を確かめる。

 

「白銀さん!」

 

最初にライブをした中の人が話しかける。

 

「私も、見てます!」

 

その言葉だけで、南森はリラックスすることができた。

 

「ありがとうございます!」

 

「私らも見てるよ!」「頑張ってね!」

「ファイト―!」「いけるよ!」

 

「はぁ、はぁ、あとは頼んだ……」

 

ライブを終えた演者が息絶え絶えに南森の背中を叩いた。

 

「っ、はい!!!」

 

スタジオに入る。

 

あと何秒かすれば、南森一凛は白銀くじらとして、デビューする。

 

投稿動画、一つだけ。

 

MVの内容は、生放送一発撮りのパラパラ漫画と3Dのダンス。

 

それ一つだけで、この舞台に立つ。

 

おそらく。

 

おそらく今まで歌ってきた人たちの中でも、一番誰からも見られない可能性があるのは白銀くじらなのだ。

 

わかっていた。

 

わかっていたのだ。

 

だが。

 

「――、ぁ」

 

南森の口から声が漏れる。

 

ステージの上から見る景色が、画面に映し出される。

 

誰も、ワクワクしていない。

 

期待していない。

 

色は、緑。

 

誰もが落ち着いている。

 

そして、小さく赤い色がある。

 

今すぐに興奮する赤色じゃない。

 

分かっていた。

 

分かっていたのだ。

 

次の出番は、白銀くじらの次の出番は。

 

――アイギス・レオの歌姫。ギリーなのだから。

 

 

 

 

 

 

客席の声が聞こえる。

 

「おい、そろそろギリーの出番じゃん」

「正直ギリー目当てで来たからさ、やべーワクワクしてきた」

「多分トリだよな。早く見たいわ」

「でも次の人どうなんかな」

「いや、なんかMV一本しか投稿してないからさー。わかんないわ。見てないし」

「聞いたことないわ」

「うーん名前も知らないし。この空気壊さないでほしいよな」

 

「オタップV大佐、次の演者は……」

 

「うーむ。新人にしてはすごい人ですぞ。何せMVを生放送で一発撮りをした逸材。Vtuberというよりはクリエイターでござるな。……故に判断しかねる。拙者たちは誰一人、彼女の言葉を聞いたことがござらん。まぁ、おそらくライブも新人でござろう。下手に緊張して、失敗せねばよいが」

 

 

 

 

画面越しに、色が見えた。

 

誰も見ていない。

 

無関心。

 

酷い話だ。

 

心が見える分、関心も良く分かる。

 

もし、もしこの力が他の子も持っていたらどうなっているのだろうか。

 

最初の子はステージに立つのを辞めただろうか。

 

適当にこなしていたのだろうか。諦めて頑張るのだろうか。

 

誰も見ていないのだろうか。誰も……。

 

「……おいおい、俺も呼べよ」

 

「――、あっ」

 

スタジオの扉が一瞬空いて、繭崎が入ってくる。

 

映像スタッフから白い目で見られながら、南森の後ろに立ったのだ。

 

「――繭崎さん」

 

「南森。あそこ、見えるか。後ろの方」

 

「え、……あっ」

 

繭崎の指さした映像を見る。

 

目を凝らしてよく見れば、サーシャが祈るように手を握っていた。

 

大野が、息を呑んで、今か今かと待っていた。サイリウムを持つ手に、力が入っていた。

 

「ほら、あそこにも」

 

他に指さした方向には、放送部員と、吹奏楽部員がいた。

 

「……私、頑張らないと……」

 

突然、手が震え始める。

 

驚いて手の震えを止めようとするが、次は足が、体が、声が震え始める。

 

怖かった。

 

何故か、その視線が怖かった。

 

「分かるよ。今日のためにたくさん頑張ったもんな。だから、失敗が怖いんだよな」

 

「っ、っ、は、ぃ」

 

「失敗していいぞ」

 

「……ぇ?」

 

南森には繭崎が何を言っているのか理解できなかった。

 

それでも彼は彼女を信じていた。

 

「舞台に立つのは、白銀くじらただ一人だけだ。でも。白銀くじらの中の人は、一人じゃない。俺もいる、サーシャも、魚里も、大野もいる。みんながいる。大丈夫だ。俺たちが、白銀くじらを作ってきた。だから、失敗してもいいんだ。俺たちの頑張りが無かったことになるわけじゃない。次もある。だから」

 

繭崎が南森から離れる。そして、スタジオの端に移動して、壁に背を持たれて、腕を組んで笑った。

 

「かましてやれ。白銀くじらは、ここにいるってな」

 

「――――まゆざきさん」

 

「本番30秒前!」

 

スタッフの声が聞こえる。

 

だが、南森の視線の先には、繭崎しかいなかった。

 

画面に視線が映る。

 

いた。

 

いたのだ。

 

自分を見てくれる人が、少しでも、いたのだ。

 

スタジオの外にいる彼女たちは、見ていてくれているだろうか。

 

わからない。わからないけれど。

 

「――――」

 

繭崎は、こんなにはっきりと自分のことを見ていてくれる。

 

あの日のように。

 

あの時、自分が交通事故に遭う前に。

 

オーディションの審査で、失敗をして、帰ろうと思っていた矢先。

 

井の頭公園で、突然声をかけて、レッスンをしてくれたあの日と同じように。

 

彼は、南森を一人の人間として、きちんと扱ってくれていた。

 

信頼が、そこにあった。

 

「――、繭崎さん」

 

誰にも聞こえない声で。

 

「私、Vtuberになります」

 

「――Vtuberになれて良かった」

 

「本番5! 、 、 、」

 

深呼吸は一つだけ。

 

カウントを聞くと、生放送でMVを作った日を思い出した。

 

少しだけ笑って、少しだけ泣いて、ここまでこれた。

 

南森は、マイクを握って、頭を下げた。

 

「――よろしくお願いします」

 

 

 

 

 

 

魚里がスクリーンの後ろにいる。

 

クマのフードを深く被って、顔が見えないように。

 

「おい、DJ」

 

神宮司が魚里に声をかける。

 

「出番だ。アマチュアだろうが学生だろうが関係ねぇ。やれ」

 

魚里が、ぎょろっとした目つきで神宮司を見つめる。

 

「……アハァ……」

 

「!?」

 

「言われなくてもぉ、……こちとらナチュラルハイでキマっちゃってるんだかっさぁ!!!」

 

魚里がスイッチを押す。

 

「そっちこそ乗り遅れないでよねぇ、ねぇ、一凛chang」

 

照明が落ちた。

 

真っ暗な中で魚里が奏でるイントロ。

 

完全なるDJソロ。

 

トラックの音量を徐々に上げて、上げて、上げて。

 

フィルターを被せて、スクラッチを入れて。

 

「ま、頑張んな」

 

魚里の指が唸った。

 

「!? てめ……」

 

神宮司は驚いた。リハと全く違うイントロだったから。

 

「てめぇ……猫被ってやがったな……」

 

「――熊、被ってっしょ!」

 

魚里のプレイは、否が応でも期待値を上げていく。

 

観客席のボルテージが、上がっていく。

 

それを見つめていた、ドン☆先一が、口を開けた。

 

「――私は、間違っていたんだろうなぁ。でも、でも。……すごいなぁ。次は、次は絶対……」

 

客席にいたオタクたちが叫ぶ。

 

「大佐ぁ!! これは、これはどういうことでしょうかぁ!!!」

 

「わ、わからぬ! わからぬが、これで舞わねば、ヲタに非ず!!!」

 

「た、大佐の秘奥義42種の1つ! 流星スネイクだぁああああ!!!」

 

サーシャが祈る手に力を籠める。

 

「一凛ちゃん……っ」

 

大野の視線が、魚里に、そして、まだ何も映らないスクリーンに移る。

 

「――、大丈夫だよ、だって、みんなで頑張ったじゃんか。あの時も、……今も。あぁ畜生、俺も、俺も裏にいたかったなぁ」

 

 

 

 

南森は、目を瞑っていた。

 

曲がイヤホンから流れていくのを聞いて、少しだけ思ったことがあった。

 

あぁ、ダメだダメだ。何がダメかって。

 

(私は、Vtuber。Vtuberって、最初に何をするって?)

 

(そんなの、決まり切ってる。Vtuberが必ずしないといけないのは)

 

(――、挨拶って相場が決まってる)

 

(どんな挨拶がいいんだろう。やっぱり「おは」はつけたいなぁ。でも、それって白銀くじららしいのかな?)

 

(私らしくって何だろう。わーすごいなぁ。まだ分かんないことだらけだ、そうだよね、くじらちゃん)

 

自分のアバターに、心の中で問いかけた。

 

(あんなに一生懸命決めたのに、実際にやってみたら分かんないことだらけだね。……今から創り上げていくんだね)

 

(白銀 くじらちゃん。もう一人の私。生まれてくれてありがとう。そして)

 

(――これから一緒に、頑張りましょう)

 

 

魚里が叫ぶ。

 

「カウントダウンぅ!!!」

 

サンプリングしていたカウントダウンが流れ始める。

 

10、9、8。

 

そこで会場内の人間は何が起こるか把握する。

 

7、6、5。

 

全員がカウントダウンを絶叫する。

 

ニコニコも、youtubeも、コメントが加速していく。

 

4、3、2。

 

南森は目を開けた。

 

(――あぁ、私、幸せ者だ)

 

こんなに真っ赤な色の感情と、真っ白なサイリウムの海が、白銀くじらを待っている。

 

(ありがとうございます。みなさん)

 

1。

 

 

 

 

 

 

 

 

静かだった。

 

エフェクトは凪の海に、水滴を落としたようだった。

 

電子の海から、クジラがやってくる。

 

彼女は誰か。

 

誰も知らなかった。

 

だから、これから知ることになる。

 

「――、みなさんこんにちは!」

 

ついに、そのアバターは声を発した。

 

6か月。その期間を経て。

 

 

 

 

 

 

あなた、どんなVtuberになりたいの?

Vtuberになりたいって言ったって誰も知らないし、変な目で見られる……。

急じゃないぞ。半年後だ。半年後にこのライブで南森がデビューする。これはチャンスだ。

やりたいことを、偽らず。ほんとの自分で……。

さ、合計5度目の全没よ!! まだまだ貴方の創作の軸は確固たるものじゃない!!

感情を揺らすには、自分が最高と思ったことを全力で貫くだけじゃないかい?

アノ、やってみたいって、思ってやればもう出来る、よ。だから、その……やりたいって思ってやろうとするのは、イイコト、うん、イイコト。

いや。どうも急に運営方針が変わってしまってな。オリジナルの楽曲を最低一つ、用意することになった。

……お願いがあるんです!!!

出るぞ、ライブ。こうなったら、参加者全員の度肝を抜かすぞ!!

じゃ、本気でやっちゃいますか!

こんな振り付けでどう? 通しでやるとこんな感じに繋がるんだ。

 

 

 

だからって……っ、だからってMVの期限を今週までに変更するのはないでしょうがっっっ。

 

 

 

……わたしっ、……ばかだなぁ……。

なんでも、できるって思って……、でも、それは……っ、繭崎さんが、がんばってくれてたのに……。

……あぁ、わたし、ばか……、本当に、ばか……、自分のことしか、考えてなかった…………ほんと、私は何も変わってない……あこがれた世界に、あこがれてただけの……何もない…………わたし、なにもない……。

 

 

 

いいんだよー。今あるもの使っちゃえば。

やりたいことやらせてよー。やりたいことやるために、Vtuberやってるんだからさー。

……私の計画は、生放送で、一発撮りで、MVを作成することです。これしかないと思います。

そういえば、なんでスイミーなの?

白銀 くじらのモチーフなんです、このタイトルの絵本。

だから、堂々としなさいよ。頑張ってきてるのなんか、お母さん全部わかってるんだから

絶対に、サーシャさんがっ、喜んでくれるようにっ! やってるのっ………じゃま、しないで……っ!!!!

私は、わたしはぁぁっっっ!!!!

 

 

 

 

 

 

――本当に長い、6か月だった。

 

だから、叫ぼう。

 

これは産声だ。

 

何をするのかもわからなかった少女が。

 

本気で夢に向き合って生まれた作品が、ここから始まる。

 

生きた作品の物語。

 

Vtuberの物語。

 

「――っ、私の名前は!」

 

挨拶は、初めまして、だとなんだか違う気がした。

 

だから、普通に、だけど、思いっきり。

 

大きな声で、元気よく。

 

――みんなに声が、届くように。

 

「私の名前は、白銀くじらです!」

 

ライブが、始まる。

 



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ファーストソング、アンド、バトル

魚里が作った曲が吠える。

 

音圧が唸る。

 

尖りすぎて、リハでは使えないと踏んだこのステージ限定のアレンジ。

 

困惑した演者を放置して、魚里が高笑いする。

 

出来るでしょ?

 

魚里が白銀くじらを見た。

 

頑張る。

 

白銀くじらが、魚里に応えるように、ボイストレーニングで形になった腹式呼吸で。

 

――一曲目。

 

『Swimmy』

 

Vtuberとしての始まりの曲。

 

南森と魚里の最初の曲。

 

「ぶっかま、せぇ!」

 

魚里のコールに、南森が笑った。

 

 

 

 

白銀くじらが登場した時のエフェクトは、サーシャが用意したものだった。

 

クジラの名に恥じない登場は、サーシャの心を震わせた。

 

「これ、本当に私が作ったの?」

 

サーシャはサイリウムを掲げた。客席のだれよりも早く高く。

 

「がんばれ」

 

小声で、こんな騒音の中では誰も聞こえないはずなのに。

 

白銀くじらと、目が合った。

 

「あっ」

 

彼女はサーシャを指さして、歌い始めた。

 

 

 

(なんだろう、この感覚)

 

南森にも変化が訪れる。

 

このサイリウムの海で、人のことなんて誰も見えない。緊張も、照明の都合も、画面越しということもあったから。

 

なのに、分かる。

 

人の感情が、何を求めているのか。

 

(サーシャさん……)

 

サーシャの気持ちは不安でいっぱいだったのがよく分かった。

 

白いサイリウムのおかげで、心の色がはっきり見えた。

 

サーシャだけ、真っ青な色をしている心。

 

(大丈夫です、サーシャさん。私――)

 

白銀くじらが息を吸った。

 

(くじらちゃんに恥じない、最高の創作を――)

 

 

 

「―――――――♪」

 

歌いだしは、激しく、テンポよく、勢いよく。

 

Forte、forte、forte!

 

ただ会場のボルテージを上げるために、荒々しく。

 

その声は電子の海すら揺らすほど、力強く。

 

Aメロ。

 

どこまでも嵐は吹きすさぶように。

 

会場を、魚里と自分でぶち壊すように。

 

 

そして、凪。

 

静まり返った海に、優しくなでるような風が吹くような歌声で。

 

可愛いと、キレイを詰め込んで。

 

隣に座って子守唄でも歌うように。

 

やさしく、しずかに、やさしく。

 

Bメロは、言葉一つに命を込めて。

 

白銀くじらは、表情一つにも気持ちを込めて。

 

振り付け一つにも、誰かを想って。

 

 

 

 

客席の中に、一人ムッとした表情の男がいた。

 

(はぁ、推しの出番終わってんのになんでこんな激しい曲なんだよ、休ませろって)

 

そう考えた瞬間、白銀くじらは彼を見た。

 

間違いなく、目が合っていて。

 

(!?)

 

そっと、寄り添うように優しい笑顔を彼に浮かべた。

 

(え、やば、かわいいんだけど)

 

他にも。

 

(やばい、楽しいけど曲初めて聞いたからタイミング分かんないぞ、合わせないと……あっ)

 

盛り上げようとしているが、曲を聴いたことがない人がいて、どうサイリウムを振ればいいのか分からない男がいた。

 

そんな彼に、手で、身振りで、次のサイリウムの振り方を、ウインク交じりに教えた。

 

(やば、ファンサすごいだろこの子!?)

 

 

(なんだろう、この感覚)

 

南森は、何かつかめそうだった。

 

(みんなの心が、分かる。みんなの心が一つになってく)

 

力いっぱい、お腹から。吐き出すように。

 

(楽しい、歌が、楽しいっ)

 

そして。

 

 

 

サビ。

 

思い出したのは、PC室での撮影。

 

放送部員だけが見ていた、あの光景。

 

みんなが踊れるような、ダンスを。

 

皆と盛り上がれるような、曲調を。

 

最高の瞬間を、今この場でぶつける。

 

歌う。

 

歌う、歌う、歌う。

 

この六か月の情熱を、訴える。

 

(みなさん、楽しいですか?)

 

自然と、笑顔がこぼれる。

 

(私楽しいです、楽しいんです!)

 

緊張して、喉も少し痛い。

 

汗なんてとめどなく出てくる。

 

まだ人の心が見えるのが怖いし、人見知りはまだ治っていない。

 

心の中はまだまだ一般人南森一凛のままだ。

 

それでも。

 

(私、今っ!)

 

魚里と目が合った。

 

彼女も必死に、実力以上のパフォーマンスを繰り広げる。

 

二人だけの、最強の世界観。

 

(Vtuberになれてますか?)

 

ちらっと、南森は後ろを向いた。

 

繭崎が、ニヤッと笑った。

 

「最高」

 

親指を立てて、彼は安心しきった顔をしていた。

 

「――っ!」

 

南森の顔が、白銀くじらにダイレクトに伝わって。

 

誰よりも最高の笑顔を、会場に見せつけた。

 

サビが終わる、魚里が負けじと着いてくる。

 

着いてこれないのは、バックの演奏者だけ。

 

「くそ、かっけぇなおい!」

 

神宮司はプロの意地で負けていない演奏をするが、ベースとドラムは着いていくので必死だ。

 

 

 

楽屋で準備を始めていた不動の耳に、音楽が聞こえる。

 

その歌を聴いて、ひどく頭を痛める。

 

「――楽しそう、だなぁ。……なんで、私は……」

 

独りぼっちの不動に、寄り添う人間は一人もいなかった。

 

 

舞台裏に集まったVtuberの中の人たちは、ぎゅっとこぶしを握り締める。

 

「すごい、すごいよくじらちゃん」

 

誰もがそう思っていた。

 

誰一人馬鹿にしていなかった。

 

そこにあったのは、同じ舞台に立つ仲間意識と、魅力的なパフォーマンスに心打たれた姿だけだ。

 

「私、あんな風に……」

 

 

 

 

(私、あんな風になれたかな)

 

南森が思い浮かべたのは、かつて見たアイギス・レオのライブ。

 

五人組のVtuberユニットのライブは、人生の中でも衝撃的だった。

 

退院してすぐ、見たライブ。

 

そのライブを見るまで、気持ちは挫折であふれていた。

 

交通事故に遭って、Vtuberのオーディションは落ちて、自分にはやっぱり才能がないと深く自覚した、あの過去を、一気に消し飛ばしたパフォーマンス。

 

なりたい。

 

私も、あんな風になりたい。

 

そう思ったあの過去は、嘘じゃない。

 

嘘じゃないのだ。

 

だから。

 

――スイミー。レオ・レオニ作の絵本。

 

仲間の中で、唯一色の違う魚がいた。それが、スイミー。

 

大きなマグロがやってきて、兄弟はみんな食べられたが、スイミーだけは逃げ切れた。

 

彼は一人で……一人で広い海を泳いだ。

 

そして旅の中で、いろいろなものを見つけて、出会って、知って、楽しくなった。

 

ある日、小さい魚の群れを見つけた。マグロが怖くて、みんな隠れてる。

 

スイミーは言った。みんなで集まって、大きな魚のふりをしないかと。

 

スイミーは、

 

南森と魚里が描いた歌詞は、サビの最初に描いた文面は、

 

「私が君の目になるから、君は私を連れて行って」

 

南森が、その目を通して見た世界は。

 

ニコニコ動画と、youtubeの世界から見ている人間とは違うだろう。

 

だって。

 

コメントは、あまりのすごさに息を呑んでしまっているのだから。

 

(――、私は今から旅に出る。Vtuberという、大きな電子の海の世界へ)

 

飛び込め、飛び込め。

 

自分を追い立てて、飛び出せるように。

 

(白銀くじらは、ここにいます!)

 

みんなに伝わるように。

 

(――って、かっこいいことばかり考えちゃうけれど、実際そう上手くいかないよね。魚里ちゃんが喰うって言ったのも本当だったし、私も必死で必死で。正直頭もいっぱいいっぱいです……。でも)

 

(そんな私を、応援してくれる人がいるなら――)

 

(白銀くじらは、南森一凛が中の人で良かったって言ってもらえるように)

 

(一生懸命、頑張ります!)

 

 

曲も、歌も止まった。

 

曲が終わった。

 

(……あれ?)

 

シーン……。

 

あんなにみんな盛り上がっていたはずだったのに、終わってみたら誰も声を上げない。

 

(……ひょ、ひょっとして……ダメ、でしたか……?)

 

不安になって、後ろを見た。

 

繭崎は大きく手を叩いた。

 

「ブラボー!!!」

 

その声が聞こえたか否かは定かではない。

 

だが、その声に合わせて、会場は。

 

今日一番、叫び声があふれた。

 

「――っ! ありがとうございます!」

 

白銀くじらのデビュー戦、一発目は成功。

 

「間髪入れずに次行くよぉ~!!! なにせ、ラスボスも待ってっからね!」

 

魚里が次の曲をスタートする。

 

「あ、その!」

 

魚里が自作した、曲のイントロ最中に、白銀くじらが両手でマイクを持って来場者に伝える。

 

「み、みなさん! 一緒に、盛り上がってください~!」

 

――二曲目。『EGOIST』の曲より、『Extreme』。

 

この場において、彼女が王になる。そんな曲で。

 

誰よりも、最高の音楽で。

 

 

 

「……くそ、先輩。やっぱり、ギリーを喰う気満々じゃないですか」

 

佐藤が腹立ちながら、ステージを、歯を食いしばりながら眺めていた。

 

「……スタジオ入ります」

 

不動が後ろから声をかけた。

 

その姿は、ひどく心を痛めている様子だった。

 

「……大丈夫ですか」

 

「あぁ。大丈夫だって。だって、それが仕事なんだから」

 

「――、そう、ですね」

 

佐藤はちらっと白銀くじらを見る。

 

(本当なら、自分が彼女のメンタルケアをするべきだった。だが、目がくらんでいたみたいだ。……白銀、くじらさん)

 

佐藤は目を瞑った。

 

(ごめんなさい。後は頼みました)

 

 

 

「ありがとうございましたー!」

 

南森は、自分のできることをすべて吐き出した。

 

やりきったのだ。

 

結果として、大成功だろう。

 

新人としては、頑張った方だ。

 

スクリーンから白銀くじらが消える。

 

マイクの音も消されて、ほっと一息ついた。

 

「お疲れ」

 

繭崎がタオルを差し出す。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「……こっからだ」

 

繭崎が真剣なまなざしで南森の目を見つめる。

 

「呑み込まれるなよ。クジラって名前なんだ。呑み込んでやれ」

 

「――っ、はいっ!」

 

なんて厳しい言葉だろう。

 

あんなに頑張ったのに、お疲れ、の一言で終わったのだ。

 

ただ、事実なのだ。

 

これから南森が。いや。

 

白銀くじらがやらかすことに比べたら、こんなの簡単なことだったのだ。

 

「……不動さんは」

 

「ここに来ないってよ。別スタジオで、収録するんだとさ」

 

「……そう、ですか」

 

「徹底してるよ。生半可なことをやっても、不動瀬都那は倒せない」

 

「倒す……」

 

「思いっきりやれ。でないと、あたふたして終わるぞ。南森、こっからはプロの世界だ。味わってこい」

 

「……はいっ」

 

 

 

 

 

アイギス・レオ。

 

【歌 担当】ギリー

 

その歌は、メンバー随一の実力であり、アイギス・レオで歌がうまいと言えば彼女の名前は必ず上がるだろう。

 

特にロックで激しい曲の時、彼女の歌声は光る。

 

彼女の歌は、Vtuberの中でも類を見ないオリジナルワンだ。

 

それが、ギリーの評価だ。

 

……不動瀬都那は、それが非常に苦痛だった。

 

それでも、彼女は歌えることに感謝していた。

 

もう二度と、日の目を浴びる場所で歌えると思っていなかったからだ。

 

ライブもすることができて、嬉しかった。

 

が。

 

歌うたびに、胸が痛くなる。

 

痛くて仕方ないのだ。

 

彼女はVtuberになってから、歌がますます歌えなくなってくるのを自覚していた。

 

歌唱力はぎりぎり維持できている。

 

だが、気持ちは、歌えば歌うほど心が真っ黒に染まっていく。

 

理由は分かり切っている。

 

分かっているのに、変わらない。

 

変えられない。

 

それは、まがいなりにも、彼女のこだわった部分でもあって……。

 

(……一人だ)

 

少人数体制で、一人のVtuberのために使用されるスタジオで、彼女は一人孤独だった。

 

(ステージに立つとき、いつも仲間がいた。けど、Vtuberって何がいいんだろうなぁ。リアルじゃないし、客の顔もモニター越し。なのに……なんでアイツは楽しそうに歌っていたんだろうなぁ)

 

目を瞑って、苛立ちを抑えながら、彼女はマイクを握った。

 

 

 

 

 

『さぁあああオマエラ、最後の出演者の登場です!』

 

ドン☆が叫んだあと、会場のボルテージは最高潮に達した。

 

オタップV大佐だけが首をかしげていた。

 

「むむ。2曲だけでござるか!? 勿体ないでござる……彼女、ポテンシャルが高いですぞ。これは帰ってチェックすべきですなぁ」

 

『最後は、なんととんでもない人が来てくれた。あの、アイギス・レオから、遂にソロ曲を引っ提げて、新曲のお披露目もしてくれる、最高の新人の登場だ!』

 

ドン☆は、心の中のわだかまりを、首を振って無視した。

 

『それではお呼びしようぜ! アイギス・レオ、歌担当! ギリィイイイイイイ!!!』

 

「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」」」

 

それは、なんとも武骨な登場であった。

 

スタンドマイクと、その前に立ってる少女が一人。突然パッと現れた。

 

それだけで、全員の気持ちが高ぶった。

 

「「「「「「ギリー!!!!!! ギリー!!!!!!」」」」」」

 

全員が叫ぶ中、ダウナー気味に、青髪のロングの美少女が呟いた。

 

「……ども。ギリーです。よろしくおなしゃっす」

 

「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」」」」」

 

(それじゃ、始めるか。仕事の歌……)

 

ため息をつくように、息を吸った瞬間、ドン☆が叫んだ。

 

『それでは、特別な演奏を披露してもらうためにぃ!! 演奏者を交代させてもらうぜ!!!』

 

「……は?」

 

初耳だった。

 

これまでの打ち合わせでも、そんな話は聞いたことがなかった。

 

佐藤が、意図的に情報を与えなかったとは、露ほども思わなかった。

 

「……なんで」

 

ドラムとベースの顔に、見覚えがあった。

 

ギタリストの顔が、やけに鮮明に映った。

 

DJブースに、先ほど演奏していた少女がいた。

 

そして。

 

「よいしょ、よいしょ……ふぅ」

 

スクリーンに、自分の隣に、白銀くじらが映っていた。

 

「……なんで」

 

何故。何故?

 

何故、かつてのバンドメンバーがいるのか。

 

何故、神宮司がいるのか。

 

何故、白銀くじらがそこにいるのか。

 

「……なんでっ」

 

「――、私、言ったじゃないですか」

 

おそらく、会場にはこの音声は流れていない。

 

マイクの音は、会場に届かず、二人の間だけに。

 

「今日は、全力で頑張りますって」

 

白銀くじらは、じっと、ギリーの顔だけを見ていた。

 

「不動さんが、歌が嫌いになった理由は、聞きました。そして、今も歌うことがきつくなっているのも、知ってます」

 

「――おまえ」

 

「歌が好きな、不動さんに帰ってきてほしい。それが、私たちの願いだったんです」

 

「いったい、なにを」

 

「不動さん、いや……」

 

白銀くじらのマイクが、会場につながった。

 

「今夜は、スペシャルライブ。特別な日です。だから」

 

白銀くじらは、ギリーを指さして宣言した。

 

「ギリーさん、私と勝負だ」

 



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インフェルノ

「……」

「……」

 

「え」

 

「お?」

 

「ま?」

 

「う。うお」

 

「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」」」」」

 

 

やば    そんなことある?  草  また来たよwww  これは祭  ニコニコ始まったな  おいプレミアじゃないから弾かれたんだが?  ←がっ

マジかよ  喧嘩凸キターーーー  馬鹿すぎwww  ギリースペシャルライブってマ?  この人有名な人なん?  草  きたぁあああああああああああ  ←がっ

セトリ狂ってんなぁおい   運営攻めたなー  やばいやばい  トレンド4位!

888888  Vtuberってこんなことすんの?    見たことないわこのvs形式ぬるぽ  何すんの?  今北産業       ←がっ     スパチャできないんだけど

 

 

● あなんきーん

     やっべー

● Benbebenbeben

   アイギスレオに喧嘩しかけたぞこの新人

● ワザップ先輩

   運営を詐欺罪と器物損壊罪で訴えます! 理由はもちろん、お分かりですね!

 

● アイギス・レオを応援する会   

おばか!

 

● 阿部総理――――――――――――――

       非常に遺憾の珍を申し脱ぎます。

〔 240円〕

―――――――――――――――――――――

●   エースの妹です。この度は兄が大変申し

     いいぞもっとやれ

 

 

 

 

荒れた。

 

荒れに荒れた。

 

ネットだけは、狂いに狂い始めた。

 

しかし、会場の中にいる人間だけは、喜びの雄たけびを上げていた。

 

「……勝負、だって?」

 

ギリーの困惑した声が響く。

 

「なんだよ、一緒に歌でも歌おうってか?」

 

「……」

 

白銀くじらが何を考えているのか分からない。

 

セットリストは四曲。

 

それが終われば、全員集合してあいさつ。それで終わり。

 

それだけの仕事だったはずなのに。

 

ギターが鳴る。

 

チューニングを終えた神宮司が目で演奏者に合図をする。

 

奇しくも、不動瀬都那が組んでいたバンドと同じメンバーで曲を演る。

 

不動はいらいらしながら、仕事と割り切ってマイクを構えた。

 

「――、なめんなよ」

 

元インディーズバンドの歌手としてのプライドが、白銀くじらの言動のせいで逆なでされていく。

 

凡その考えは理解できる。

 

間違いなく、同じ歌を歌って勝負するつもりだろう。

 

勝てると思ったのか。

 

だとしたら、甘すぎる。

 

「――これでもこちとら、アイギス・レオの【歌担当】だぞ」

 

殺意を込めて、白銀くじらをにらみつける。

 

当の本人は……切なそうで、悲しそうな顔をしていた。

 

「一緒の曲は、歌いません。同じ土俵に立っても、負けるだけですから・・・ だから」

 

「?」

 

ドラムが鳴る。

 

音楽の開幕を告げる。

 

南森の脳裏に浮かぶのは、かつて繭崎が与えた作戦のこと。

 

これが正しいかは分からない。

 

だが、今の自分にはこれしかない。

 

実力がないなら、アイデアしかないのだ。

 

音楽が始まる。生演奏だ。

 

狂気に満ちた笑顔で魚里が叫んだ。

 

「全員、かかってこい!」

 

白銀くじらは優しい目でマイクを握った。

 

「私は、大好きなことをしたい。やりたいことを、偽らず。ほんとの自分で。だから、あなたの大好きを――」

 

 

アイギス・レオ   ギリー

 

一曲目

 

『Neru feat 鏡音レン』より、『ロストワンの号哭』

 

「号哭(ごうこく)」とは、大声をあげて泣き叫ぶことだ。

 

バンドアレンジされたその曲は、ギリーにとってぴったりの曲だ。

 

その号哭は止まらない。

 

止まらない、……。

 

はず、だった。

 

「――、えっ」

 

驚いたのは、不動一人。

 

笑ったのは、魚里一人。

 

「悪いね。歌担当の人」

 

その指は、パッドに当てられている。

 

「勝ちに行くかんね」

 

別の曲が、流れ始めた。

 

「ばっ、おい、放送事故じゃ!」

 

「大丈夫です」

 

白銀くじらも、マイクを握っていた。

 

「いつも通り歌ってください」

 

そして。

 

「お先、失礼します」

 

白銀くじらが、歌い始めた。

 

 

 

 

 

「なんでござるかこれ」

 

茫然としたのは、観客と。

 

動画の向こうの人間たち。

 

サーシャが驚く。

 

「どういうこと?!」

 

大野が指さす。

 

「これ、まさか!?」

 

――すぐさま、今何が起きているのかを言語化できたのは、一人だけだった。

 

ライブハウスに初めて来て、いつの間にやら押されに押されてど真ん中でフードを被ったまま目を回していた少女が。

 

いの一番に、客を手で退かせて、白銀くじらに魅入った。

 

そう、君島 寝だけが気づいたのだ。

 

白銀くじらの戦略に。

 

「――、ウソ、コレ」

 

Vtuberネルとして、またはインターネットを愛するものとしての知識が。

 

答えを瞬時に出させた。

 

「……マッシュアップ!」

 

 

 

 

故に、セットリストは訂正。

 

一曲目。

 

【ロストワンの号哭】から。

 

追加楽曲、【裏表ラバーズ(wowaka(現実逃避P)】。

 

特別ステージによる、素敵なステージの始まり。

 

【ロストワンの号哭(Neru) /裏表ラバーズ(wowaka)】

 

同時に、曲は進行する。

 

マッシュアップ。

 

それは、音楽において複数の曲を重ねて再生し一つの楽曲に仕立てる制作手法(e-wordより引用)

 

 

つまり、ギリーがロストワンの号哭を歌うと同時に。

 

白銀くじらは、裏表ラバーズを歌うのだ。

 

 

「マッシュアップだぁああああああああああ!!!!」

 

「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」」」」」」」

 

「馬鹿だあの子! 生演奏の、しかも初ライブでマッシュアップかましたぞ!!!!」

「すげぇ、すげぇこんなの初めて見たぞ!?」

「俺この動画見たことあるぞ!! かっけぇえええええ」

「あのDJが、裏表ラバーズの音弄ってんだ!」

「何考えてんだ運営! 最高かよぉ!!!」

 

(馬鹿じゃねぇの!?!?)

 

ギリーは、きちんと歌っていたのだ。

 

間違いなく、練習通り、いつものポテンシャルを発揮して。

 

なのに、なぜ。

 

何故、目の前の少女は、経験が少ないはずなのに戦えているのだ?

 

そもそも、ギリーを相手に、マッシュアップで挑む人がどれほどいるだろうか。

 

Vtuber好きには、ボカロ好きが多く存在する。

 

ボカロ好きなら知っていたのだ。

 

マッシュアップもまた、ネットで好まれていた文化であると。

 

そう、白銀くじらは歌唱力で戦うことはしなかった。

 

だが。

 

かつて愛されていた文化を出すことで、昔のインターネットを愛していた人を虜にしただけだ。

 

そして、Vtuberは基本仲良しを売りにする。

 

Vtuber同士で本気でぶつかる企画は、ほとんどないだろう。

 

なにせ、元々の知り合いがバトルして熱い展開を楽しむものが大半だから。

 

繋がりのないもの同士の戦いは、めったに存在しない。

 

だから、盛り上がる。

 

誰も見たことのない光景を、真正面から全力でぶつける。

 

それが繭崎の取った策であり、南森が全力で応えたのだ。

 

――そして、このアイデアの一番の強みは。

 

「私が好き勝手できるってことっしょ!!」

 

魚里が、自由に動ける。

 

音楽に飢えた凶暴な熊が、音を荒らしにいく。

 

「はっはっは! あっはっはっは!! もう誰も私を止めるやつなんていな――」

 

「――舐めんなよガキぃ!!!!」

 

ギター一閃。弦が鋭い刃のように唸る。

 

「好き勝手させねぇぞ」

 

「待ってましたぁ! そろそろプロを喰いたいと思ってたとこだったんだよねぇ!!!」

 

熊が、刃に挑む。

 

魚里と神宮司が戦いを繰り広げる中、ギリーも攻めあぐねていた。

 

ふざけるな、と心で叫ぶ。

 

だが、もう取り返しがつかない。

 

まるで、歌で殴り合っているような錯覚だった。

 

こっちのほうが声量もあるし、テクもあるはずだ。

 

なのに、創意工夫だけで戦おうとしてきた。

 

それも、観客のボルテージを底上げして。

「――白銀、くじらぁっ!」

 

ふつふつと、ふつふつと。

 

沸々と。

 

ギリーの歌声に怒りが混ざる。

 

 

南森は周りを見る。

 

みんな喜んでくれている。

 

楽しんでくれている。

 

生演奏をしているスタッフには事前に伝えていたけれど、楽しんでくれていた。

 

だから、と。この場で楽しんでいないのは、一人だけだった。

 

(ギリーさん、いや、不動さん。どうして……)

 

南森は、見えていた。

 

見えてしまっていた。

 

ギリーの、胸に、色が重なっているのだ。

 

ただの3Dの少女に、感情がこもっている。

 

魂が、入っているように。

 

その心の底で、蓋みたいな黒い塊がある。

 

そこから、真っ赤で熱い溶岩が、今か今かと吹き出したがっている。

 

(うそつき……どう見たって、全力を出したがってるじゃないですか!! 歌が嫌いだなんて……うそじゃないですか!!! どうして……不動さんっっ!!!)

 

 

(私はぁッッッ!!!!)

 

ギリー、いや、不動の顔が崩れていく。

 

歪んでいく。

 

(歌を、楽しんじゃいけないんだよぉッッッ!!!!!)

 

(なんでそうなるんですか!)

 

 

南森は不動の前で指をさした。 指は観客に向かっていた。

 

(あの人たちの顔を見て! あの人たちはあなたが苦痛にゆがむ歌を聞きたがってるんじゃない! あなたが笑顔で歌っているところが見たいんです! いい加減にして!! 本当は歌が、大好きなくせに!!!!!)

 

(私は、ぁっ)

 

ギリーが、白銀くじらに向けた顔は、泣き笑いの疲れ切った表情だった。

 

突然、不動の頭にフラッシュバックする、あの光景。

 

 

 

 

 

 

彼女は外に叩きだされていた。

「う、ぅぅ……」

体を起こす。痛い、痛みが、体中に襲い掛かる。

酔った頭が、サーっと冷めていく。

息が、ゆっくりと乱れていく。

目に映った光景は、壁にぶつかって、車がひしゃげて、エアバックに体を叩きつけられた男と。

血を流している、小さい男の子だった。

「い、いやぁああああああああ!!!?!!? まーくん! まーくん!!!」

母親らしき女性が、男の子に駆け寄った。

「ぁ、ぁぁ」

声が出ない。立てない。

体を起こした後、下半身がまるで動かない。

現実が襲い掛かる。

血の気が引いて、引いて、引いて。

「……、ご、ごめ、んなさい……ごめん、なさい……」

訳も分からず、涙がこぼれていた。

 

 

 

曲が終わった。

 

ギリーの顔が下を向いている。

 

「はぁ、はぁ、っ、ぁぁ、っはぁ」

 

荒れた息で、白銀くじらがギリーの顔を見ている。

 

 

「う、うお」

 

「「「「「うおおおおおおおおおお!!!!」」」」」

 

「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」」」」」」」」」」」

 

歓声をあがった。

 

「すげぇ、何だよ今の曲!」

「エモ過ぎるだろ!」

「分かんねぇけど、なんかこう、感情がもうぐちゃぐちゃだぞおい!」

「なんか、お互いに感情を出し切った感じの曲だったよな!」

 

「次は何やるんだ!?」

 

「つぎは、次は何だよ!!!」

 

「くじら! くじら!」

 

「「「ギリー!! ギリー!!」」」

 

(頼む……そんな期待に満ちた目で見ないでくれ・・・)

 

不動は目が虚ろになっていた。

 

(歌っちゃダメなんだよ。本当は歌っちゃダメなんだ私は。そんな人間じゃないんだよ。顔を隠して、歌に逃げてるだけなんだよ)

 

ポロっと、不動の目から涙が流れた。

 

ギリーの顔は、動かない。

 

(自分が加害者ではない、と言えるのは簡単だったけど、いつも事故現場を思い出す。 歌えば歌うほど、「自分だけ楽しんでる」と思い込んでしまう。 罪を犯した人間は、楽しんじゃいけない。 だから、歌えない。 もう、歌は苦痛なだけなんだよ……だから)

 

南森は血の気が引く。

 

(なんで……違う、ダメ。そんなことしたら……!)

 

不動はマイクを置こうとする。

 

(ごめん、もう、ダメだ……もう、いやなの……もう)

 

 

 

 

 

 

 

「ふざけんじゃねぇぞ、瀬都那ぁああああああ!!」

 

ギターの音が鳴り響く。

 

音楽が始まった。

 

ギタリストの声は客には聞こえない。

 

だが、マイクは音を拾っており、スタジオに響いた。

 

不動の耳に、神宮司の叫びが。

 

「お前、ふざけんなよ!!」

 

神宮司の目に、涙。

 

「本当はさぁ、……本当は俺だけじゃなくて、お前もメジャーにいくはずだったんだぞ瀬都那!! 俺みたいな……自己中ギタリストじゃなくてさぁ!! お前の歌が、最高にロックだったんだぞ!! なのに、なんなんだよ、お前の歌への愛情は、そんなもんだったのかよぉ!!!! 不動瀬都那ぁああ!!!」

 

(神宮司……)

 

「姐さぁん!! もう被害者の子、元気いっぱいってのは知ってんすよ!! 気にしてんの姐さんだけっすよ!!」

 

「そっすよ姐さん!! もう一回、歌ってくださいよ!! あの俺たちを魅了した、全力のロックを!!」

 

(お前ら……なんで……)

 

神宮司が吠える。吠え続ける。

 

届けと、届けと祈りを込めて吠え続ける。

 

「歌手なら、事故っちまったやつのために、歌で返していけよ!!! お前が本当にやりたいことを捨てちまったら、事故にあったやつも一生負い目にあうんだぞ!!! 俺のせいで、ってなぁ!! わかれよ!! ――分かってくれよぉおおお!!!」

 

(――――お前ら)

 

「ふざけんなや……好き勝手、言いやがってよぉおおおおおおおお!!!!」

 

ギリーの感情が、噴いた。

 

(!? 不動さんの感情が……)

 

ギリーの髪は青いロングヘヤ―なのに、火山が噴火したように、溶岩みたいにどろどろとした真っ赤な色が、真っ黒な色と一緒に流れ出す。

 

(被害者の気持ちを、お前が生意気に代弁するんじゃねぇよ!!!!)

 

 

2曲目

【ココロ(トラボルタ)】

 

プラス。

 

【ココロ・キセキ(ジュンP)】

 

のマッシュアップ。

 

ギリーが歌う。テクニックもズタボロで、音程も崩れかけている。

 

だが、南森が目を開く。

 

(うそ、・・・不動さんの心の色が・・・変わってく)

 

ギリーの歌声は、それでも良くなる。

 

まるで、苛立ちを無理やり歌にしたよう。

 

でも、良くなる。

 

穴がぽっかり空いたような歌に、怒りが満ち溢れたからだ。

 

そして、ギリーの良くなる歌に、白銀くじらが押されていく。

 

「そうだ、その歌だ……それこそが、瀬都那の歌だ!」

 

神宮司が笑った。

 

「やれやれ……世話焼かせやがって」

 

「これで、一件落着ってか……」

 

南森は歌っていて気付いた。

 

おかしい。

 

何かがおかしい。

 

「こんのぉ! そっちでのろけんなし!」

 

「うるせぇえ!! テメェは黙ってな!! そうだ瀬都那、もっとだ、もっと!」

 

再び魚里と神宮司が戦い始める。

 

おかしい。

 

おかしいのだ。

 

「すげぇ、このライブ伝説になるぜ!!!」

 

「インターネット老人会始まったなおい!!」

 

「これは、もう」

 

「「「ギリー最高のパフォーマンスじゃんか!!!」」」

 

(――――なんで)

 

南森は、気付いた。

 

気付いてしまった。

 

バンドメンバーは、もはや今南森の味方をしていない。

 

全ては、ギリーが、不動が復活するために演奏していた。

 

なのに。

 

(なんで、なんで不動さんの心が、より悪くなってるの!!?)

 

溶岩が冷えると、真っ黒な塊になっていく。

 

今は、ただ怒りに任せて叫んでいるだけ。

 

歌が好きな人の歌ではないのだ。

 

ただ怒りのままに……。

 

苛立ちを、ぶつけているだけなのだ。

 

「不動さ―――」

 

届かない。

 

声が、届かない。

 

声量はすさまじい、激しくぶつけるような怒り。

 

呑まれる。歌に、呑まれる。

 

溺れる。

 

感情に、溺れる――。

 

「きゃっ―――――」

 

溶岩が、画面から飛び出して、南森を巻き込んだ。

 

 

 

 

 

「ぜぇっ、ぜえっ、っぉえっ、ぜぇ、ぜぇ」

 

二曲目が終わる。

 

吐きそうになるほどの感情が、目に入ってきた。

 

あの溶岩は、自分を溶かそうとせんばかりに熱があった。

 

呑み込まれた。

 

曲が、ぎりぎり終わってくれたおかげで、助かっただけだ。

 

あまりにもきつすぎて、膝から崩れ落ちそうになった。

 

会場の笑顔と、演奏者の満足そうな表情が、危機感を募らせているのにもかかわらず、もう、負けそうだった。

 

「……すいません、マイクちょっと白銀さんにだけ繋いでくれ」

 

ギリーがスタッフに指示した。

 

「……?」

 

汗をだらだらとこぼしながら、不動の声を必死にたどる。

 

不動の声が、南森にだけ届いた。

 

「わかってんだよ。歌で返せばいいって。……私さ、事故に合わせちまったガキに、毎月会いに行ってんだよ」

 

「……ぇ?」

 

南森は、なんとなく心当たりがあった。

 

そう、MVの撮影を見に来てほしいと連絡した時。返ってきた言葉は……。

 

『今日は他県に移動する用事があるからいけないけれど、生放送必ず見るよ』

 

(そ、っか……あの時も、そうだったんだ……)

 

「あの家族、療養のために引っ越したんだ。ガキの不注意ですいませんって、母親が私に頭下げんだよ……。飲酒運転をするモラルの低いドライバーにあたって不幸だったんですねって、父親が同情するんだよ……。ガキの方はさ、男の子ぶってもう大丈夫って笑顔見せてくんだよ……」

 

「……」

 

「でも、納得なんてできるかよッ! 頭縫ってるんだぞガキはッッッ!!!!」

 

その悲鳴は、きっと、不動瀬都那が必死にくみ取っていた事実を受け止めきれない叫びだったのかもしれない。

 

「毎月、慰謝料もって手紙書いてさ。でも自分で自分が許せねぇんだよ。……もう、憧れに向かって走るなんて優しい世界、私にはないんだよ」

「はぁ……はぁ、ごふっ……げほっ、げほっ、そ、それは、ちが、……ちが、いますっ」

 

「!?」

 

「だ、って、……Vtuberは、バーチャルは……、やさしいせかいだから……」

 

「……なんだよ、それ」

 

「すきな、ことが、できるんです……。すきな、性別。好きな、姿。初心者でも、活動したら受け入れてくれて……みんな、応援してくれて……気持ちがあれば、どんな人でも受け入れてくれる……っ。もう、今は見ないかもしれないけれど……私の好きなVtuberの世界は、優しい世界なんです……」

 

「……でも、私は」

 

「うた、すきなの、わかってるんですからね……っ! だから……、これ以上……っ」

 

白銀くじらは、足を震わせながら、前を向く。

 

「これ以上、自分を傷つけないで……っ」

 

「なんで、そこまでっ」

 

「っ!」

 

白銀くじらが、会場に向かって叫んだ。

 

「これが、私とギリーさんの、最後の戦いです!! 最後まで、盛り上がってってください!!!」

 

「「「「「「うおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」」

 

【三曲目  シャルル(バルーン)】

 

 

 

繭崎の目論見はこうだった。

 

1、2曲目でマッシュアップを行えば、3回目はくどい。

 

だから、3曲目は普通に、まっとうに勝負を仕掛けると。

 

1、2曲目で客の心を奪えられれば、戦えると。

 

だが。

 

「まずい、このままじゃ食われて終わるぞ。南森」

 

繭崎の不安も空しく。

 

「悪いが、マッシュアップが終わった時点で、こっちの勝ちなんだよ!」

 

「きゃっ!?」

 

ギターの音が、遂に魚里の音楽を仕留めた。

 

今この場を制しているのは、ギターだった。

 

「そうだ、この調子でいけば、瀬都那はまた、歌手としてっ!」

 

神宮司の演奏は、会場の人間を魅了した。

 

だが、どうしても不動の心は揺らせなかった。

 

南森はマイクを握る。

 

神宮司の演奏はすさまじく、魚里も敗北して彼の演奏に呑まれていく。

 

そのたびに、不動の歌は良く聞こえる。

 

神宮司が不動の歌を引き上げているようだった。

 

だが、彼女の心は凍っていく。

 

これではさっきの再現だ。

 

南森は歌う、だが呑まれる。

 

まるで津波みたいに真っ黒な感情の波の間に、一人だけ取り残されたみたいだった。

 

生演奏の主演はギリーだった。さしずめ、南森はエキストラだ。

 

(分からない、どうしたら、どうしたら……)

 

何度も不動の感情が襲い掛かる。

 

自責の念が、噴火する。

 

溶岩は確実に、自身を焼いているのだ。

 

自分の体を燃やしながら、地獄に落ちそうな勢いで自分を責め立てている。

 

(一瞬でいい、一瞬でいいから、あの感情をどかさないと……、何もかも忘れて、歌に没頭できる瞬間が、そんな瞬間がないと……ッッッ!)

 

現実は、無常だ。

 

「すげぇ、やっぱギリーすげぇや!」

「やっぱりギリーの歌声が響くぜ!」

「ギリー、最高過ぎんだろ!」

 

観客はみんな、ギリーに呑まれた。

 

実力は、明らかにギリーが上なのだから。

 

南森の、白銀くじらの実力では、ここまでだった。

 

ここまでしか、いけなかった。

 

(――なんでも、いいです。なんでもいいから、何か、何かっ!)

 

何でもいいと願って、考える。

 

(自分が、不動さんに勝っているものは何!? 歌唱力、じゃない。人気、もない! 何か、何かっ!)

 

一番の、サビに入った。

 

全員が、ギリーを見た。

 

瞬間、本当に、たった一つ。

 

本当に、奇跡のような瞬間。

 

白銀くじらには見えなかった。

 

南森一凛だけが、見えた。

 

振り返った、たった一瞬の出来事だった。

 

スタジオの端で、聞こえた。

 

見えた。

 

歌が。

 

歌が見えた。

 

「あっ」

 

思わず声を出して、バレてしまったことを恥ずかしがるVtuberの中の人がいた。

 

顔を真っ赤にして、やっちゃったと舌を出していた。

 

周りにも、先ほど応援しあった共演者がいた。

 

――セットリストは、四曲。

 

そして、それが終わったら、全員であいさつして終わり。

 

だから、Vtuberの中の人たちは。

 

全員スタジオの近くにいて。

 

全員モーションキャプチャスーツに再度着替えなおしていた。

 

「――――」

 

(私、何のために歌ってたんだっけ)

 

(不動さんを、助けたくて)

 

(――――それ、だけ?)

 

モニターを見た。

 

先ほど、祈っていたサーシャは、もっと深く祈っていた。

 

盛り上がっていない。

 

いや、心配で仕方ないのだ。

 

南森のことが。

 

思い出す。

 

南森と、サーシャの出会いを。

 

 

「あなた、どんなVtuberになりたいの?」

「……えと、その、なりたくて……とりあえずやってみようかなって……」

「大事よ、そういう気持ち。でもね、私に依頼するってことは、私にも仕事の責任が来るの。あなたの仕事っぷりで、私の評価も変わっちゃうかも」

「は、はい……」

 

「ダメ。それじゃあ、絶対他のコンテンツに負けるわよ!! やるからには、私が納得するものを出してほしい! だから、活動方針をしっかり決めましょう。そうすれば、自然とあなたに合ったキャラクターデザインも描き下ろせるから」

 

 

 

(――――他のコンテンツに、負ける。だから)

 

 

 

 

 

 

(活動方針を、しっかり決める)

 

南森は、悩む。歌いながら悩む。

 

サビが終わる。二番に移る。

 

何も変わらないまま、二番に行く。

 

(私の、活動方針は……)

 

(私の、なりたいVtuberはっ……!)

 

 

 

 

 

「やろう」

そう言ってくれたのは、繭崎だった。

「貴方ね、即断即決はいいことだけど、冷静に考えなさい。「企業個人関係なく一緒に笑顔で活動する」っていうのはね、年季と信頼があって実力のある人がやることであって……」

「そうだな。だけど、やろう」

「い、良いんですか?」

「ま、なんとかなるだろ」

 

 

(私が本当に、なりたいVtuberはッッッ!!!!!)

 

 

 

 

 

いつの間にか、手を握っていた。

 

「――、ふえっ」

 

舌を出して、照れていたVtuber、@irisの手を、掴んで。

 

「――――来てッッッ!!!!!」

 

南森は叫んだ。

 

「みんなでっっっ!!!!!」

 

南森は指をさした。

 

白銀くじらも指をさした。

 

南森は、Vtuberの中の人を。

 

白銀くじらは、会場にいる全員を。

 

最後の、白銀くじらの根性だった。

 

「一緒にぃっ! 歌おおおおおおおっっっ!!!!!!」

 

南森は、満面の笑みだった。

 

「なっ!?」

 

ギリーが動揺した。神宮司も、サポート演奏者も、魚里も。

佐藤も、繭崎も、サーシャも。

 

大野も、君島も。

 

「みんなで一緒に、歌いましょう!!!」

 

来場客も、動画の視聴者も。

 

全員が、度肝を抜かれた。

 

突然スクリーンに映った@iris、流れに乗じて、一緒に来た他のVtuberたち。

 

全員が、熱唱した。

 

(どうして私、不動さんと一人だけでぶつかろうとしたんだろう。歌を歌う楽しさは、ぶつかるだけじゃない、みんなと、一緒にぃっ!!)

 

そして、野太い観客の声が響いた。

 

会場の客全員が、歌ったのだ。

 

「な、なんだよこれ」

 

「うそ、なにこれ」

 

不動も魚里も動揺する。

 

「そうか、南森はこれがやりたかったのか」

 

繭崎は納得する。

 

繭崎はvtuberに詳しくなかったが、遂に理解した。

 

「これが南森の目指していた空間だったんだ」

 

「なにそれ、いいな。私も」

 

「私もやりたい」

 

「もっと歌いたい」

 

映像のキャラクターが増える、増える、増える。

 

もう出番が終わった人たちも 全員来た。

 

ギリーの目が泳ぐほどだ。

 

どの子も素人だったから、南森の歌もかすみ、ギリーの芯の通った歌が目立った。

 

「なんで、・・・私を、白銀くじらが歌で倒すんじゃ・・・」

 

不動の頭は、真っ白になった。

 

その真っ白が、最後のチャンスだった。

 

「違います。私は歌で人を倒すんじゃない。みんなと一緒に、盛り上がりたいだけです! 大好きだから!! 不動さんも、Vtuberも、大好きだから――――っ」

 

歌が、一気に流れ込む。いろんな色があった。

 

歌には、いろんな色があったのだ。

 

七色に光るように、誰もが楽しく、歌を――。

 

神宮司が呟く。

 

「はは、嘘だろ。プロになったんだぜ、まがいなりにも。あんな、女の子に完全に食われちまった」

 

白銀くじらにマイクを、みんなで回して、歌う。Vtuberたちが歌う。

 

キラキラと輝いていて、夢を追いかけて、全力で笑う少女の周りに、人が集まる。

 

ボロボロと、涙をこぼした女性がいた。

 

「すごい、私の……私たちが作った子が……こんな、こんなに、輝いて……」

 

サーシャは、その場でしゃがみ込んで、人目に憚らず泣いた。

 

「ありがとう、……ありがとう……」

 

隣にいた大野がサーシャを周りから守る。

 

だが、内心は同じように泣きたかった。

 

感動が、止まらなかった。

 

「すごい、すごいなぁ。……、俺も……俺もっ」

 

大野は、気付いたら叫んでいた。

 

舞台袖で、繭崎が微笑む。

 

「はは。そうか。あの子の才能は、他人を巻き込める才能だったんだ」

 

頭を壁に寄り添わせた。

 

「気付かなかったなぁ」

 

ギリーが牙をむく。

 

「ふっざけんなっ! そんな歌で!!」

 

くじらは微笑む。

 

「ロックが、やっとわかりました」

 

「えっ」

ギリーが驚く。

 

南森は、泣きそうな顔で、歌い続ける。

 

「やっと、穴が消えたっ……黒い感情が、消えたっ」

 

「な、なにを」

 

不動は、そこで気付いた。

 

胸に、今痛みがなかった。

 

「だってそんな必死で歌って。心は真っ白で、歌のことだけ考えてる」

 

南森は、真剣な表情で、不動の心を、ギリーを通して見とおす。

 

「私は不動さんの歌が好きです、そこにいるバンドの人たちも、みんな不動さんの歌が好きです。みんな不動さんの味方です。だから、その歌を否定させません!」

 

白銀くじらが、ギリーの近くに寄った。

 

周りもつられて、ギリーに寄った。

 

マイクの音が、はち切れんばかりに不動の鼓膜を貫いた。

 

ギリーは、あまりの人数が駆け寄ってきて、かつ自分の歌をかき消さんばかりの大声の数々に動揺して、必死にかじ取りをしていた。

 

「そんな、くそ、なんだよこれ」

 

「大丈夫、嫌でも、無理やり引っ張っちゃいます。 自分の大好きを偽らせませんからっ!!」

 

「お、おい!?」

 

歌う、歌う。 全員が歌う。

 

歌えば歌うほど、ギリーの歌が目立つ。

 

良くなる。

 

「だからっ――――」

 

南森の声を聴いた瞬間。

 

不動は不思議な白昼夢を見た。

 

まるで、南森がたった今後ろにいて、背中をぐいっと押すような錯覚があった。

 

そして、引っ張られて、どんどん高いところまで連れてこられて……。

 

 

 

 

 

気が付けば、曲は終わっていた。

 

茫然とする不動は、白銀くじらの顔を見た。

 

「だから、歌が大好きな不動さんを、否定しないで……」

 

南森が泣きそうになる。 声は震えて、がたがただ。

 

不動は、もう南森しか見えていなかった。

 

「お前、なんで・・・。私のことばっか」

 

「だって、不動さんの歌に、私一回助けられてるから……」

 

思い出されるのは、彼女がステージに立って歌った、半年前の出来事。

 

あの日から、ずっと、不動との思い出があった。

 

その思い出は、不動がどう思っているかは分からなくても、南森にとっては、本当に大切な出来事で、大切な思い出だったのだ。

「だから、私が好きな不動さんを、不動さんが否定しないで……」

 

南森はぼろぼろと泣き出してしまった。

 

それは、子どもじみた理由だったのかもしれない。

 

大好きな人が、大好きな姿を否定したことが、南森にとって嫌なだけだったのかもしれない。

 

本当に不動の気持ちに寄り添って、彼女を何とかしたかっただけなのかもしれない。

 

……それは、南森本人にもわからないことだった。

 

でも、それももう終わりだ。

 

もう、白銀くじらの出番はない。

 

彼女に出来ることは、もう、何もないのだ。

 

「――――、すまんみんな」

 

だから。

 

ギリーのセリフは、誰にも理解できるものではない。

 

「一分寄越せ!」

 

 

 

不動は走った。

 

スタジオを飛び出して、廊下を走った。

 

モーションキャプチャスーツを着たまま、ただ走っていた。

 

髪が汗で額にくっつく。

 

関係ない。

 

いきなり走って呼吸が乱れて歌えなくなるかもしれない。

 

そんなことはどうでもいい。

 

ただ、走った。

 

走って、走って。

 

扉を開けた。

 

「――、ぇ」

 

南森が、そこにいた。

 

スタジオを、ダッシュして、移動した。

 

不動は、ズカズカと入り込んで、南森の前に立った。

 

「ぁ、ふ、不動、さん……」

 

泣いていた。

 

南森は、声を出すわけでもなく、ただ目からぽろぽろと涙を落としていた。

 

不動は、それをじっと見て、指で彼女の涙をぬぐった。

 

「……。はぁ、馬鹿だよなぁ、私。前にも、言ったもんな。女の子を泣かすなんて、ロックじゃねぇって……」

 

マイクだけ音を入れて、不動は叫んだ。

 

「―――Ohhhhhhhhhhh ! Yeahhhhhhhhhhhhhhhhhhh !!!!!」

 

そのシャウトは、池袋会場の外にも響いて。

 

動画で見ていた人は、思わずヘッドホンを外して。

 

会場にいた人は、その声に吹き飛ばされそうになるほどだった。

 

その魂の咆哮は、全員が静まった。

 

「――、なぁ、次って新曲歌うはずなんだけどさ。一個やりたいのあるんだけど、ノる?」

 

不動が神宮司に話しかける。

 

「……お、おう」

 

「そ、じゃあ覚えてるか? 私たちが、プロデビューするときに引っ提げていく予定だった、あの曲。やるぞ」

 

スタッフは怒声をかけながら、ギリーのアバターの準備をする。

 

「南森ちゃん」

 

不動が、南森を抱きしめた。

 

「そう簡単に、トラウマって治んないんだけどさ。……今なら一回だけ、全力で歌える気がするんだ。だから、聴いてくれないかい?」

 

「っ! ……ぁぃ……はぃ……」

 

「ありがとう、こんな、馬鹿な女の背中押そうとしてくれて」

 

「ばかじゃ、ないです……っずびっ……ぐすっ、ふどうさんは、ぁ、わたしのっ、だいっ、すき、なぁっ……」

 

「……聴いてくれ。新曲、【インフェルノ】」

 

不動が、歌った。

 

その歌声は、聴いたことがあった。

 

そう、あの日、あの時のライブで。

 

彼女を救った時と同じ歌い方。

 

歌に対する愛でいっぱいだった歌い方。

 

「ロックでいくぜ」

 

ギリーが、歌った。

 

会場は、理解が出来なかった。

 

今までの荒々しさがありつつ、突然、その歌に力が湧いてくるような感覚。

 

報われない、公開されなかった新曲のタイトルは「インフェルノ」。

 

彼女の心を表すように、熱く、苦しみから逃れようと藻掻いていた心情を歌い上げ、誰よりも、ロックへのリスペクトを込めた歌だった。

 

裏手で、音響を手伝っていた店長が涙ぐんだ。

 

「んだよ、心配かけやがって。いつもの歌が好きで好きでたまらねぇって感じの、ロックなやつじゃねぇか」

 

時間は完全にオーバーしている。

 

だが、誰もが終わりたくないと思うほど、ギリーの歌は美しく、激しく、気持ちがよかった。

 

その歌を、取り戻したのは、きっと――。

 

 

 

 

 

 

 

 

『お疲れ様でしたぁあああああああああ!!!!!』

 

「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」」」」」」」

 

新人Vtuber歌合戦が終わった。

 

動画のコメントでは、それぞれの感想を言い合っていた。

 

「やっぱギリー最高だったよ」

「それ。4曲目からの5曲目マジで熱かったわ」

「ギリー最高過ぎだって」

 

「でも俺さ、白銀くじらって子、すごく良かったと思うんだ」

 

「わかる、結構よかったよな」

「動画あとでみんなで見に行こうぜ」

「チャンネル名わかる?」

「白銀くじらで出るだろ?」

 

「あの子、すごかったよな」

 

 

 

 

全演目が終了して、南森は淡々と着替えて、繭崎のもとに向かった。

 

繭崎を見つけて、彼の前に立つ。

 

「おう、お疲れ。どうだった?」

 

「……ぁ、えと、その」

 

「おう」

 

「や、やっぱり、その、えっと、みんなすごくて、私、すっごく緊張して」

 

「うん」

 

「自分的にうまくいったかなって、思ってたんですけど、その、あとで、こう、やっぱり音程ズレちゃってて、歌詞も、間違ったりして……」

 

「……うん」

 

「結構頑張ったんですけど、練習でできなかったとこ、すごく意識しすぎて、全部ぐちゃぐちゃになってて……」

 

「……うん」

 

「なんか、もっと、でき、できたのになっ、て、なっ、ぐすっ、なって、……ひっく……私、もっと、でき、できたのに、なって」

 

「……頑張ったな」

 

「っ、ぅ、ぅぅ……ぅぅぅ……」

 

繭崎のスーツで、涙を拭いた南森。抱き着かれた繭崎は、やれやれと言わんばかりにハンカチを取り出した。

 

「次、つぎぁ、つぎ、は、もっと、がん、ばりま、す……がんばります……」

 

「おう。お疲れ。頑張ったよ」

 

 

こうして、新人ライブは、ひっそりと幕を下ろしたのであった。

 




次回、後日談


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スタッフロール

ライブ終了後。

 

「お、オタップV大佐! 正気ですか!?」

 

一人の一般オタクが叫ぶ。

 

「正気も正気。いや、むしろ狂喜にござる」

 

「上手いことを言わないでください、そんな……全Vtuber推すとツイッターで公言していたあなたが、単推しするなんて!」

 

オタップV大佐と呼ばれる男は、きらりと瓶底眼鏡を光らせる。

 

「是即ち天命ですぞ。拙者、あの白銀くじら氏に興味津々wktk祭でござる、故に……彼女のTO(トップオタ)になる所存!!」

 

オタップV大佐は、この上なく笑顔でそう語った。

 

 

 

 

 

誰もいない舞台裏で、佐藤が壁を殴った。

 

「本当に、すごいですよ、先輩。でも……」

 

涙を流しながら、男は一人誓う。

 

「僕だって……僕だって出来るんだ……っ!」

 

無力にさいなまれる男は、次の舞台へ。

 

 

 

 

 

ライブ終了から、次の日。

 

 

バイクから降りた不動 瀬都那。

 

目の前の家のチャイムを鳴らすと、少年が現れた。

 

「あ、ねえちゃん!」

 

とことこと少年が不動の前に来る。

 

「よ、ガキンチョ。元気してっか? 頭大丈夫か?」

 

「ぶぇー! 俺が頭悪いみたいじゃんかよー!」

 

「悪いだろ! まだ九九できねぇんだからよぉ。あとそろそろまーくんって呼び方から卒業しねぇとな」

 

「うっぜー! 先生みたいなこと言うなよ!」

 

「はは。……」

 

「? なんかねえちゃん良いことあった? なんか前より元気になった感じ」

 

「そっか? ……、うーん、ま、そうかもな」

 

「?」

 

「なぁ、ガキンチョ。私さ、なんか歌いたい気分なんだ。よくわかんないけど、すごく、今までの分も歌いたい気分」

 

「え、何急に。あ、じゃああれ歌おうぜ、朝の七時にやってるやつのさ!」

 

「あぁん? 知らねぇよそんな曲。ロック聞こうぜロック」

 

「ロックってなんだよ!! あ、分かった、……54だっ!」

 

「!? あっはっはっはっはっは!!!!」

 

「な、なんだよ……まちがってた? 53、いや54だよね……」

 

「いや、そう来るとは思わなくて、は、はははははは!!」

 

不動は、いつになく上機嫌に笑っていた。

 

まだ、歌うときに彼が轢かれた時の光景を思い出すことがあるだろう。

 

それでも。

 

それでも少しだけ、前に進めたことに、何か意味があるとするなら……。

 

「ガキンチョ。お前のお母さん連れてカラオケ行くか?」

 

「マジ!? え、マジで行くの!? いやだよねえちゃん歌上手いから」

 

「いーだろ別によぉ!」

 

きっと、いいことなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ネットのニュースではこう流れている。

 

「ギリー覚醒 最高のライブ」

 

あのギリーの後の歌は、観客全員の意識に強く焼き付いた。

 

ライブの総評も、かなり高い。

 

そして、ギリー覚醒のほかにも、話題になったことがあった。

 

「でも、白銀くじらさん、いいね」

「みんなを巻き込んで盛り上げる感じサイコーだった」

「ロックだった」

 

 

白銀くじらは、ちょっぴり有名になった。

 

だが……。

 

 

 

「みんなおはよー」

 

「お! 大野君おはよー」

 

「ねぇ昨日の見た? マジイケメンでさ」

 

「歌上手いイケメンってヤバいよね、超ダンス上手いし!」

 

「邪魔」

 

「うおっ。いつになく魚里不機嫌だな」

 

「めっちゃ髪ぼりぼりしてる」

 

 

「……。はぁ」

 

だが、南森は有名人ではない。

 

普通に学校に通って、普通に友達と話して、普通に帰宅するのだ。

 

それがどうしようもなく、憂鬱だったりする。

 

いつもと、違うことがあるとすれば。

 

「あ、ライン……。不動さん?」

 

不動からラインが入った。

 

『今度さ、一緒に遊ぼうぜ』

 

南森は、誰にも気づかれないように、こっそりメッセージを送った。

 

知っている人間が見れば、本当に満面の笑みで。

 

 

 

放課後、繭崎が迎えに来る。 繭崎が笑った。

 

「よっ。次の動画考えようぜ」

 

ここから、また南森の非日常が始まる。

 

「はい!」

南森は笑顔で繭崎の車に駆け込んだ。

 

彼女の戦いは、きっと、始まったばかりだったのだろう。

 

これから、本格的にVtuber活動が始まるのだから――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スタッフロール

 

 

 

 

 

 

南森 一凛   /   白銀 くじら

 

 

繭崎 徹

 

 

三浦 サーシャ

 

 

大野 流星

 

 

魚里 隈子

 

 

不動 瀬都那   /   ギリー

 

 

君島 寝     /   ネル

 

 

佐藤

 

 

ドン☆ 先一

 

 

神宮司

 

 

里穂&加奈子

 

 

店長

 

 

オタップV大佐

 

 

...and you

 

(以下省略)

 

 

 

 

 

 

 

 

THANK YOU FOR READING

 

 

 

【音楽編】   完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、と。これでいいのかな?」

 

youtubeの配信画面。

 

男が一人、自室のPCの前に座っていた。

 

彼の名前は、大野流星という。

 

「え、っと。くそー、えーっと、Face rig起動して、えーと、あーもう、絵とか描けないってマジで。なんで作ろうと思ったんだろうなぁ俺! 下手くそだなぁ」

 

自作で作った、ライブ2dのイラストは、小学生の落書きのようだった。

 

男ということはかろうじてわかるが、顎はとがっているし、目はやけにキラキラしてしまっているし、ネタとして受け入れてもらえるか分からないレベルの二頭身だ。

 

「はぁ。ひっどいわマジで」

 

それでもと。

 

彼はとりあえず、配信ボタンを押した。

 

「……う、おっ、すっげ」

 

自分でつくったイラストが、動いている。

 

そして、誰かが入ってきてコメントを残した。

 

「……俺も、あんな風に……」

 

マイクに向かって、大野はとりあえず一言だけ喋ってみた。

 

「……えーっと。ど、どうも」

 

 

 

 

 

 

 

 

次回

【ゲーム実況編】




やったあああああああああああ
終わったああああああああああああああ

いやったああああああああああああああああああ!!!
うわああああああああああああああああああああああああああああ!!!

終わったあああああああああああああああああああああ!!!!!

終わったあああああああああああああああああああああ!!!!!

もうマジで完成できないと思ってたやったああああああああああああ!!!

感想くださいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!


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閑話休題
【音楽編完結記念ss】ラジオ風メタ話


作者のあとがきです


ぴーんぽーんぱーんぽーん

 

*注意*

 

今回の話は、本編とは全く関係がございません。

南森と繭崎が裏話を話すだけのラジオ番組風台本形式ssとなっております。

苦手な方は、ブラウザバック、或いは次回の更新までお待ちいただければと思います。

何でも許してくれる方だけ、ゆっくりスクロールしていってね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ってってーてれててーれてれてー

 

ってってーてれててー

 

 

 

 

 

 

 

【南森と繭崎の秘密のラジオ】

 

 

 

 

 

 

 

 

南森「はい、始まりましたー! このラジオは、小説「Vtuberの中の人!」の裏話を話すコーナーとなっております!」

 

繭崎「おいおい大丈夫かこれ? 大丈夫なのか?」

 

南森「えー、作者さん曰くなんですけど、自分はプロではないし、どちらかと言えば同人出身なので、作者のあとがきをここに書きたかったらしいのですが。おそらくweb小説の民はそういった文化になじみがないだろうということで、第二話が終わったら様子を見てやろうとしています!」

 

繭崎「いやひどいなおい」

 

南森「というわけで、非常にメタ話を今回お話しできればなと思います。最初のお便りは、こちら!」

 

 

 

Q1、何でこの話を書いたの?

 

 

 

南森「作者さんはVtuberが大好きです! ですが、ある時期は運営や演者の問題で悲しい思いをたくさんしたそうです。そんな中で、救いのあるVtuberの物語を作りたいと思ったのがきっかけだそうです」

 

繭崎「なんか本当に、Vtuber荒れてたんだよな。好きなVtuberがこの作品を作るまでに何人辞めたことか。と作者は言っていた」

 

南森「現実の問題って、たくさんの好きなことややりたいことを阻害してしまうけれど、貫けばいいよっていうメッセージを込めてます。Vtuberの方がもし、ご縁があってこの話を読んだとき、少しでも背中を押せる作品になってくれたらなと思います」

 

 

 

Q2、どっからアイデア持ってきたの? 生放送一発撮りMVとかマッシュアップとか。

 

 

 

南森「まず生放送一発撮りMVは映画の影響です。元々この小説のプロットを練る際、MVをどうやって作ればいいかをすごく悩んでいたところ、たまたま見ていた映画にヒントがあって、そのアイデアを引用しました」

 

繭崎「あのゾンビの映画ね。B級の」

 

南森「マッシュアップはニコニコ超会議ですね。ボーカロイドのライブを見ていて、すごく影響を受けました。ニコニコ超会議のボーカロイドライブ、見たことある人いますか? 私は全体的に好きなのは2015、感動して泣いてしまったのは2016です」

 

繭崎「youtubeで作業用BGMになってたしな」

 

南森「とてもマニアックなネタで言うと、東方同人音楽のライブ、Flowering night2011の石鹸屋さんがビートまりおさんとコラボして東方萃夢想を二人で熱唱したことも影響があると思います。ニコニコ動画でまりおさんと厚志さんのバージョンを重ねている動画もあって、ライブで見られた時は作者も絶叫したそうです」

 

繭崎「サンキューニコ生。みんなは2020のオンラインライブ見たか? あれすごかったぞ」

 

(ネタが分からない人、調べて、どうぞ)

 

 

 

 

Q3、いつ頃から「ゲーム実況編」開始するの?

 

 

 

南森「ここからが本題なのですが……実は、作者さんの想定を超える反響があったことで、もっと頑張りたいとプロットを張り切って見直し中です」

 

繭崎「ネット作家あるあるみたいに失踪したら笑うけどな」

 

南森「それで、作者さんからのメッセージです。「二か月くらいプロットに費やすごめんね」だそうです」

 

繭崎「なので不定期更新だったこの小説も、多分また埋もれます」

 

南森「それでも、ハーメルン様の日間ランキング(加点)で1位を取ったことが、本当にうれしかったです。ありがとうございます。二か月間、この小説は更新いたしません。日程のめどもまだ立っておりません。何せこの小説を2月からスタートすると言って3月にスタートした作者です。日程にはズレがあると思います」

 

繭崎「ホント酷い」

 

南森「ですが、その二か月? の間、音楽編でもやりたいことがあるそうです」

 

繭崎「というと?」

 

南森「感想欄にもご指摘があったのですが、まぁ、表記ズレですとか、日本語が粗削りだったりとか、作者本人満足に書けなかった場面等がありますので、お話の修正期間とさせていただこうと思います」

 

繭崎「知ってるぞこれ。全部書き直そうとして失踪するなろう作家死ぬほど見たぞ」

 

南森「ま、まぁ。全部書き直すとなると作者は本当に失踪しかねないので、今ある分を修正していければなと思います」

 

繭崎「一番致命的だったミスってあるのか?」

 

南森「……。実は、この話、8月からスタートしてるんですが……」

 

繭崎「うん」

 

南森「東京の方から直接メッセージで、「東京は9月から学校やで~」って来ました。完全に作者のローカル精神がにじみ出ていました。申し訳ございませんでした!」

 

繭崎「あぁだから途中から何月とかの描写が消えてたのか!!」

 

南森「書き終わってから直そうっていう……図太い神経が……」

 

繭崎「この作者ダメだ! 早く何とかしないと……」

 

 

 

 

Q4、いや適当に作れよ

 

南森「……。あの、実は。あの、その。音楽編のプロットって、半年かけて作ったんですよね」

 

繭崎「作者馬鹿なの!?」

 

南森「その、プロットの作り方だとかを勉強しながら書いてたので、修正やら赤塗れになった構成を直しまくって半年なんですよね。初期案だとこんな感じでした」

 

 

初期プロット1

 

繭崎が主人公

オーディションを受ける南森を見た繭崎は、彼女に才能を感じて基礎を教える。

実は彼女は共感覚を持っていて……!

 

 

初期プロット2

 

W主人公

繭崎と南森はVtuber白銀くじらを運営する二人組。

南森は心が読めた。繭崎は敏腕なプロデューサーで、南森をスターに押し上げる。

ある時、とある中堅事務所のVtuberとコラボすることになった。

そのVtuberは、今にもVtuberを辞めそうで……。

アイギス・レオは最後の最後に出てくる。

 

 

今の音楽編

 

 

 

 

南森「こうしてみると、紆余曲折を経たんですねぇ」

 

繭崎「実は去年に初期プロット1でなろうで連載しようとしてたんだが、クソつまらないってなって全部没にしたんだ作者」

 

南森「今回のプロットのテーマは、音楽編でアニメ12話分の熱量込めてみようっていう感じでした。 完全にシンフォギアの影響です」

 

繭崎「まぁそうでもしないと作者満足しなかったしな」

 

南森「流石にこれを毎回やると作者の寿命が縮むので。次回の話の規模が縮小したらごめんなさい」

 

繭崎「この作者あやふやだから信じるな。どうなるか最後まで分からん。かつてオリジナル同人小説をイベントで売るとき急に「ひ、閃いたぁ~~!」とか言って想定5万字のところを13万字書いて提出したおバカちゃんだ」

 

南森「この小説も、想定8万字でしたねぇ……」

 

繭崎「というわけで、適当に作って早く出そうとすると作者がどうなるか分かったものではないので、読者様の方が適当に他の小説を見ながらお待ちください」

 

南森「適当に作って出したらすごい反響を得た暇だったからキルケ―怪文書作ったっていうssがありまして……」

 

繭崎「止せ。その話は止せ。……止せ」

 

南森「小説と言えば、私は最近異世界転生の恋愛ものが大好きです。この前やってたアニメ大好きです。特にデデーンってなってコマンドーってなるところが」

 

繭崎「それ違うやつな」

 

南森「後あれです。おいしいリンゴを食べる動画も好きです。あとCOZMICたべるんごって動画も……」

 

繭崎「南森っ! 作者の意思がお前の意思になってきているぞっ!」

 

 

 

 

 

 

というわけで

 

 

南森「以上で今回のラジオを終わりたいと思います! みなさん、またご縁がありましたらお会いしましょう! さよーならー!」

 

繭崎「ホント酷いなこれ。話し終わるたびにこれやるの? ねぇ?」

 

 

 

 

 

 

 

次回「ゲーム実況編」

 

 

 

 

 

 

(リアルタイム2年後)

南森「全然書けなかったじゃないですかー!やだー!」

 

繭崎「計画性の重要性!!!!」

 

 

 

 

 

p.s.

 

音楽編完結記念イラスト

 

【挿絵表示】

 

 

描いてくださったのは細崎大流さんです。ありがとうございました。




何か言いたいことがある人は感想欄で草生やしておいてください。低評価爆撃やめて


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ゲーム実況編
再始動、です!


 

ゲームなんて嫌いだ。

 

ゲームなんてしてるから、世界は壊れるんだ。

 

指が動く。PCに繋いだゲームパッドを、薄暗いモニターの光で照らしながら理想の動きを再現していく。

 

ヘッドショット、移動、ヘッドショット、胸、移動、腕、移動、ヘッドショット。

真っ暗な部屋。布団を被りながら、椅子の座る場所に体育座りをしながら、ヘッドホンをつけて、目をぎらつかせて。

 

「●ね」

 

自分が何か言っている気がする。

 

「●ね、●ね、●ね、●ね、っ、●ね、●ね」

 

痛い。なんでだろう、大好きなゲームをやってるのに。なんでこんなに痛いんだろう。

ゲームなんて嫌いだ、ゲームなんて嫌いだ。

 

この真っ暗な部屋の中で、私は一人だ。

 

そう、一人でいい。

 

ゲームなんて、一人でいいのだ。

 

ふと、どこかから音が聞こえた気がした。試合の邪魔だと煩わしかった。

 

「ねぇ、〇〇……、起きてるの? もう朝ごはん、出来てるから……」

 

聞こえない。何も聞こえない。

 

窓を見る。ふとカーテンの隙間から光が漏れた気がして。

 

「っっ!!!?」

 

ゲームパッドを捨てて、逃げるように、布団と一緒に部屋の隅に逃げた。

 

「ねぇ!〇〇!大丈夫!?ねぇ、大きな音が聞こえたけど!!」

 

怖い。

 

怖い。

 

怖い。

 

どうしようもなく、世界が怖い。

 

少しでも日の光を浴びてしまったら。聞こえてしまう。

 

知らない誰かの声が、聞こえてきてしまう。

 

怖い。怖い。

 

「お願いだから、応えてよ……っ」

 

誰かの声が聞こえる。

 

でももう自分でもよくわからない。

 

あぁ。でも。

 

もし、もしもう一度人生がやり直せるなら。

 

もう一度、私が私らしくなれる世界があるのなら。

 

私は、私は……。

 

 

私は、いったい何になれるのだろうか。

 

GameRoute

 

 

 

 

 

 

 

 

4月。春の某スタジオ。

 

少なくとも、彼女、南森 一凛(みなもり いちか)は努力していた。

 

真剣な表情で、画面を見る。

 

そこに映し出された彼女の現身、『白銀 くじら』も真剣なまなざしで南森を見つめていた。

 

息を呑む。

 

遂に喉が痛くなってきた。

 

舌も回るか怪しい。

 

汗が止まらない。

 

それでも、やらなければいけない。

 

やらなくてはいけないのだ。

 

白銀くじらが、口を開いて。

 

画面の向こうから、挨拶をした。

 

「ここおここけこkkkkkkこんにちっ、ちはぁ、みなもっ、じゃない、白銀くじっ、あっ、きょ、今日ゲームじっきょ、しまぁす! えあっ、このっ、あ、あっあー!! あーやめてー! あー! この、あー! 死にましたぁ……」

 

「カァアアアアアアアアアアアット!!!!!!!テイク87だぞ南森ぃ!!!!!!」

 

繭崎は過信しすぎていた。

 

最近のJKはインスタライブだのTwitterのスペースだの様々なツールを使って何かを電波に乗せて話すことはある程度得意であろうと。

 

友達と会話する能力さえあればまぁ動画だろうと配信だろうと難なく話せるだろうと。

 

足りなければ追々慣れていきながら実力を増やしていけばいいと。

 

甘かった。認識が不足していた。

 

0に0を掛けても、0……ッ!!!!!

 

「うぅ……数千年ぶりにおしゃべりした人類みたいなトークになってしまいました……」

 

「すまん。俺の采配ミスだった。特に敵に接近されたら「あー!」撃たれたら「あー!」ゲームオーバーで「あー!」で全部埋まると思わなかった……。次の方針を考えよう」

 

「くぅ……ゲーム実況の動画の人は、すごく難しいことをしていたんですね……」

 

南森ががっかりしながらジュースを片手に、汗だくになりながら施設の椅子に座り込む。

 

ここは配信や収録のためのレンタルブース。

 

都内にある最寄りの場所で、繭崎が経費で借りている場所だ。

 

なおV向けの場所ではない。

 

あくまでゲーム実況をするためのブースで、個人撮影のための照明やマイクが設置されている。

 

Vtuberがゲーム実況を録画する際は、Live2dもしくは3Dモデルをwebカメラなどでモーションを反映させながらOBSで画面を合成して録画という手順を踏まなくてはならない。

 

その確認作業だけでも慣れていなければ30分、いやさらに初心者であるならば、1時間はかかってしまうだろう。

 

さて、この手のスタジオは最低でも3時間程度の利用からなので、2時間はまだ収録できる。

 

しかしどうだ。2時間。長いようで短いこの時間。

 

0に0を掛けても、0だったのなら……。

 

「コンビニ行くか」

 

「あい……」

 

繭崎も南森も、すでに半分諦めて残りの時間を過ごすことを決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「でも本当に難しいです。実況というか、なんというか。目の前に敵が来たときとか、口より先にコントローラーを動かさなきゃって意識になっちゃって」

 

「慣れだろうな……。マルチタスクの処理の仕方を教えるべきだったか?いや、数をこなしてたくさんやらせるべきか……」

 

「Vの切り抜きとか見ていると、すごく面白いし、なんだか私でも出来そうって思ったんですけど。やっぱりトップの人たちはトップでした。実力不足が否めませんね……」

 

「まぁ、Vと言っても人間だしな。最初からできるならそれに越したことはないが、これも訓練だろうな」

 

南森はオレンジジュースをちびちびと飲みながら、繭崎は缶コーヒーを片手に、胸元をまさぐりながら、思い出したようにため息をついてコーヒーを飲む作業を繰り返していた。

 

「そもそも一人でトークをするというのも技術だ。ラジオパーソナリティのようなスキルが必要だろうな。つまり構成作家を用意して、ある程度話のネタを溜めておいて、外からのお便りなどで外部からの刺激を取り込みながら……」

 

「そう、そうなんです繭崎さん! 一人だと何にも喋れないんですよ! 「うぇー!?」って感じで!」

 

「……まぁ、トークって言うのも、相手あっての物だしな。一人はきついさ」

 

繭崎が缶コーヒーをコンビニのごみ箱に捨てに行く。

 

夕焼けがきれいだ。

 

南森は薄く汚れた雲に刺すオレンジ色の光を見つめながら、溜息を吐いた。

 

「ゲーム実況って、どうすればいいんだろう」

 

何気なくスマホを取り出して、いつも通り、再生リストを開いた。

 

その中の数多の動画が、削除されている。それでも彼女は鮮明にあの姿を思い出せた。

 

「みなさんこんにちは! 私の名前は依白 海月(よりしろ くらげ)です!!」

 

彼女の動画は、本当に面白かった。

 

見ているだけで、元気が湧いてきた。

 

笑顔になれた。

 

そして、彼女は人一倍誰かとつながっていた。

 

他のVtuberが続々と彼女のもとに集まる。

 

彼女の周りは、笑顔であふれていた。

 

企業でVtuberをしている人も、個人でVtuberをしている人もいた。

 

「輪になって踊る」なんて言葉がよく似合う女の子が、南森のヒーローだった。

 

本当に、笑顔で、楽しそうで、嬉しそうで……。

その中に、自分もいたらよかったのに。そう切に願った。

 

 

 

 

 

そうなる前に、彼女は引退していた。

 

今でも思い出せる彼女の姿を、彼女の背中を。

 

どうすれば追いかけられるのだろうか。

 

「あんな風に、ゲーム実況を通して一人じゃない世界になれるのかな。ゲームで人の心って、繋げられるのかな……」

 

南森には、まだ分からなかった。

 

だが、胸の奥で、何かが叫んでいるような気がするのだ。

 

夢を叶えたい、と。

 

「よ、よぉし。こんなんじゃまだへこたれません! そ、そうだ!とりあえずこの前Tiktokで流れてきた「ハーモニカを咥えながらホラー実況」!これなら私でも!!」

 

prrrrrr

 

「うひぃ!?」

 

急にカバンから振動。

 

スマホを取り出すと、彼女の敬愛する人間からの連絡だった。

 

「不動さん!」

 

『よー。元気してっか?』

 

「もう、すっごく元気が今出ました!」

 

『はは。なんじゃそりゃ』

 

不動瀬都那はVtuber【ギリー】という名前で活動している元インディーズバンドの歌手だ。

 

現在Vtuberは「音楽」「ゲーム実況」「生放送」「企画」といった動画投稿を行うことが主流だ。その中で、彼女は【アイギス・レオ】というVtuberユニットで【音楽担当】の名をつけられるほどの実力者だった。

 

かつて彼女とライブをしたこと、ライブを通して彼女の心と通じ合えたことは、今もなお輝く思い出の一つであった。

 

『それでよぉ、ちょっと南森ちゃんに相談があってな』

 

「? なんでしょうか?」

 

南森はもうそれはそれは元気よく、不動の言うことなら全て聞くほどの従順な気持ちでいたのだ。

 

『ウチのメンバーの【ゲーム実況担当】とゲームコラボしてくんねぇか?』

 

「はい! ……え? はい。え?………えぇええええええええ!?!?」

 

その大きな声に、ごみを捨てて南森に話しかけようとしていた繭崎がびっくりしていた。

 

 




お久しぶりです。
何か前のやつ気に食わなくて10万字消してしまった以来ですね!
というわけでまったりやります。
定期更新じゃないけど思いついたら続けていきます。
よろしくお願いします。


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新しい出会い、です!

白銀くじらの初ライブは、大きな反響があった。

 

今勢いのある若手として、知る人ぞ知るVtuber紹介記事で紹介されたり、ツイッターのフォロー通知が鳴り止まなくなったりしたのだ。

 

おかげで南森と繭崎は嬉しい悲鳴を上げて、次の動画にチャレンジしていた。

 

その折を見て、とある日本のゲーム会社がDMで声をかけてきたのであった。

 

「Vtuber限定の、新作バトロワFPSの大会ですか……?」

 

繭崎がゲーム会社に出向き話を聞いた。

 

「えぇ、今ウチで新作のバトロワFPSを出すんですが、ぜひ御社のバーチャルタレントに大会に参加してほしいと考えまして」

 

ゲーム会社の営業部の男性が熱をもって交渉する。

 

「しかし……Vtuberのゲーム大会を会社が主催とは珍しいですね……」

 

「えぇまぁ。やはり韓国発のゲームである『PUBG』や、アメリカの『Apex Legends』『VALORANT』を見ても、Vtuberそのものが主催する大会はあれどゲーム会社側公式で声掛けするのは、日本だとまぁまぁ珍しいですね。中国発の『荒野行動』やらスマホ母体の方が若者の人気が大きいんですけど、まぁウチはPCとコンシューマーで展開してますから、埋もれないように営業で差別化したいなと」

 

「何故日本だと珍しいんですかね。中国展開の大きいゲーム会社さんですとVtuberに声掛けする場面をよく見ます」

 

「まぁ間違いなく『bilibili動画』の影響でしょうね。中国でも日本のVtuberは人気ですから、出るだけで非常にリターンの大きい広告効果が得られます。日本だと……まぁ。その。……誰にも言いません?」

 

「言いません言いません」

 

「リスクの方が大きいって見てるんですよね正直。ちょっとしたことでも炎上する界隈ですし、すぐ炎上するタレントを使うのって怖くありません? 日本は特に坊主憎けりゃ袈裟まで憎いの思想が顕著と言いますか……。日本のゲーム会社って先進的に見られがちですけど、ゲームに対する投資事業なので、経営方針的には保守的にならざるを得ないというか。お金を出して明確にリターンが期待できる環境かと言われたら、まだ未整備で、未発達な業界でしょうね。Vtuberという小さな芸能界は」

 

「なるほど……。これからのVtuber運営会社の未来のために私どもも尽力しますので応援よろしくお願いします。……ところで、なぜそのリスクを背負ってVtuberを使うのです?」

 

肩をすくめて営業が苦笑いをした。

 

「ウチのプロデューサーとディレクター、Vtuberオタクなんですよ。命かけて社長にも企画書通しちゃったんです。」

 

「あぁなるほど」

 

あるある、と言わんばかりに手を打って繭崎は笑った。

 

「ウチの白銀くじらでよろしければ、ぜひお願いいたします」

 

「ありがとうございます。では案件報酬としてウンヌンカンヌン」

 

大人たちの話し合いは進んでいって、南森の次の目標は、なんとゲーム大会となった。

 

しかし南森にとっての悲劇は、そのゲーム大会には参加要項があったことだろう。

 

【参加要項】

p3

 

発売日から最低30分の生放送でゲーム実況を行い宣伝する(2週間程度)。

大会は1か月後。

メンバーは3名。なおメンバーは運営の方で設定します。

今回案件以外のメンバーは公募によって集める。こちらで集めた人間が42名。公募18名による60名で大会を実施。

 

ゲーム実況を、生放送で。

――繭崎は、不慮のドジを踏んだのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……緊張するなぁ」

 

吉祥寺駅を降りて、井の頭公園のベンチに座ってぼーっとする南森。

 

アイギス・レオ「ギリー」こと不動瀬都那の電話を受けて2日後の話だ。

 

アイギス・レオの事務所、岩波芸能社に呼ばれた南森。本来であれば繭崎も参加すべきだが、……不動に止められた。

 

「多分二人とも出禁食らってるぜ。佐藤さんもそう言ってる。まぁ顔合わせだけだし、事務所前で集合してどっかで合流でもいいぜ」

 

しかし、南森はあろうことかそれを拒否してしまった。繭崎はあきれた様子で頭を抱えていた。魂胆が分かっているからだ。

 

南森一凛、彼女は素直に、アイギス・レオの事務所だからという理由でちょっとだけでも雰囲気を味わいたかったのだ。

 

かつて、オーディションが落ちた場所だとしても。

 

かつて、交通事故によって意識不明になった過去があったとしても。

 

ただのオタクとしてちょっと見たかったのだ。聖地巡礼というやつだ。

 

「……ふふふ、ギリーさんともちょこっと仲良くなれて嬉しいなー。あ、そうそう」

 

カバンからファイルを取り出し、資料を読む。アイギス・レオの資料だ。

 

そこに記載されているアイギス・レオの【ゲーム担当 イブニング】についての。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーん! たくさん来ちゃったよー!? ど、どうしよ~!? え、えい! えい! あ、やった! 一人吹っ飛んだ!」

 

最初に声を聴いた感想は、万人が「かわいい」とため息が出るほどだ。

 

「わー、味方さんありがとうございますー! すごーいエイムぴったりー! え、弾薬くれるんですか!? もしや……わーリスナーさんだったー! 奇跡―! ありがとうございますー!」

 

ピンク色のツインテールを揺らして、魔法少女のような装い、フリルの多い衣装で。胸元はハートのマークを付けて谷間を隠すように。あざとくて、天然で、どこか愛せるゲームストリーマー。

 

「いやー! また負けちゃったー」

 

ゲームはちょっぴり下手だけど、ゲームが大好きなVtuber。それがイブニングだ。

 

ファンからの愛称は、イブたそ。

 

ファンマークは♡と魔法のステッキ、そして兎だ。

 

何故兎がファンマークになったかというと。

 

「えーだって。兎さんって寂しいと死んじゃうんだよ……? 寂しいと死んじゃうなんてかわいいね。あ、違う、かわいそうだよね。うん、ごめん本当にごめん本当に言い間違えちゃった。本当に。ごめん。かわいそうだよねー。ごめんってみんな! リスナーのみんな待って! 拡散しないで! お願い! いやー! 私またやらかしちゃいましたー!!!」

 

生放送で失言したことが原因である。以後、彼女のキャラは完全に定着した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そ、そんな人と……ゲーム大会……ごくり」

 

完全にファン目線で緊張で心臓が破裂しそうになっている南森。

 

哀れかな。

 

自分の生放送での課題をクリアすることを完全に忘れ、一緒に彼女とゲームをプレイしたらどうなっちゃうんだろうという思考以外そんざいしなかった。

 

 

「くじらちゃーん!一緒にマップ移動しよー!」「くじらちゃーん!敵きちゃったよー!」「くじらちゃーん!さっきはありがとー!回復してあげるねー!痛いの痛いの~とんでけ~!」「くじらちゃーん!頼りになるなぁくじらちゃん!」「くじらちゃーん!」

 

「ほわぁ……ほわぁ……っ!」

 

一般ファンが限界化していた。

 

「はっ、いけないいけない。えーっと、あと1時間くらいか。ふぅ。ちょっと休んで、事務所に向かわないと……」

 

感情を抑えるように、公園内を流れる川を見つめる。

 

4月になり、ボートに乗って川を渡る人も増えた。

 

桜はほどほどに咲いていて、桜を見に多くの人が来ていたし、写真を撮る人も中には多かった。

 

かしゃり、かしゃりと。

 

「もうシーズンかぁ。……?」

 

偶然、視界の端に何か妙な動きをしている人が見えた。

 

マスクをつけて、震えるように立ち止まっている……女性だ。

 

沢山の人通りのある中で、突然その人が動きを止めて、周りの人は迷惑そうに彼女を見ていた。

 

かしゃり、かしゃり。音が聞こえる。

 

どさっ。

 

「えっ」

 

先ほど立ち止まっていた女性が、……膝から崩れ落ちた。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

周りは視線だけを向けて動かない。

 

その時動けたのは、南森だけだった。

 

「ど、どうしよう、あの、あ、寒いですか? 水辺だから……あの、大丈夫ですか?」

 

緊張して口が上手く回らない。

 

「っ、はぁっ、っく、はぁっ、はぁっ、っ」

 

「か、過呼吸……。えっと、あの、こっち!」

 

南森は手を引っ張って、今さっきまで座っていたベンチに女性を座らせる。

 

そして背中をさすって、「大丈夫ですか? 落ち着いて……」と声をかけ続けた。

 

女性は涙をこぼしながら、口元を抑えている。

 

ロングコートにパーカーを着て、小さな猫の形をしたのネックレスを身に着ける彼女は、南森が考えられないほど、細く、震えていた。

 

綺麗なボブカットの黒髪の彼女を見て、(芸能人みたい……)とこっそりため息が出るほどきれいな人が、ボロボロと涙を流す姿は、少し怖かった。

 

だが、彼女の胸の色は、暗く深い青で満たされていて、悲しさと不安を感じてしまった。

 

だから、見捨てておけなかった……。

 

 

 

 

 

 

女性が落ち着いたのは、それから15分が経過した当たりだった。

 

「……ゴメンナサイ、急に、取り乱してしまって……」

 

「いえ、……良かったです、落ち着きましたか? お水、よかったらこれ、飲んでください。……口はつけてないですから」

 

「……、ありがとう」

 

小さく口を開けて水を飲む彼女を見て、南森は見惚れてしまった。

 

「……きれい……」

 

「……、そんなこと、ないよ」

 

声が聞こえてしまったようで、小さい声で否定されてしまう。

 

「ご、ごめんなさい、その……すいません」

 

先ほどまで泣いていた彼女は目も腫れていて、そんなことを言うべきではなかったと反省する。

 

「……あの、ゴメンナサイ。カメラのシャッター音を聞くと、体が震えて。……最近は、あまり外に出ることもなかったから、油断しちゃったの」

 

クールな顔つきな彼女は、瞳を少し濡らしながら、真っ赤な顔で年下の少女に頭を下げる。

 

「そうだったんですか……。……あの、こう言ってしまうと失礼かもしれないんですけど、芸能人の方ですか? その、……ごめんなさい」

 

「いいの。……芸能人、ではないかな? …………、ゲーム」

 

「え?」

 

「ゲーム、に関する仕事」

 

「す、すごい!」

 

思わず南森が手を鳴らす。

 

「その、作る側ですか!? 実況とか、プレイの方ですか!? あ、ゲームセンターですか!? 広報とか事務とかもあるのかな? も、もしや人事!?」

 

「そ、そこまで食いつかれるとは思わなかった……。あれ、ゲーム関係の職業って、まだなりたい職業ランキング入ってたのかな……? うーん……。それは……。ナイショ」

 

「ほわぁ」

 

目の前にゲームに関わる仕事をしている大人の女性がいる。それだけで、南森にとっては尊敬の対象だった。

 

(あ、そういえば)

 

ふと、岩波芸能事務所を思い起こす。

 

(もしかして……。彼女が、アイギス・レオの【ゲーム担当】イブニングちゃんだったり……?)

 

ふと、人生最初に見たアイギス・レオのライブを思い出す。

 

あの夜空のようにキラキラと輝いていた美しい心象風景。

 

かつて不動 瀬都那の心と同じような、夜空であれば……。

 

しかし、目の前の女性の心は深い悲しみの暗い青しか残っていない。

 

(……違う、よね? 多分)

 

毎回都合よくアイギス・レオの関係者と出会うわけがないと、南森は自分のミーハーな思考に呆れた。

 

「あの、連絡先、交換しませんか?」

 

「え?」

 

女性が少し震える手を抑えながら、上目で南森に言葉をつなげる。

 

「その……。お礼、させてください。……お願いします」

 

「あ、その……はい。ラインで、いいですか?」

 

「……うん。ありがとう」

 

薄く、儚げな様子で彼女は笑った。

 

「私の名前は……、逸舗 瀬良(いつみせ せら)」

 

「逸舗さんですね! 私の名前は……」

 

ここで、南森について書かなければいけない。

 

彼女は完全にこの後はアイギス・レオの事務所に行き、イブニングとギリーに会うつもりでここに来ていた。

 

それから彼女は生放送用に自己紹介の練習を無限に練習していた。

 

彼女の自己紹介は大体こんな始まりである。

 

「私の名前は、白銀くじらです!」

 

「えっ」

 

「えっ。…………。あ。ほ、ほわー!?」

 

勝手にテンパってしまう少女に、逸舗は微笑んだ。

 

「……そっか。貴方が」

 

「ほわー!? ほわ、ほわ?」

 

「……ごめん、ね。ちょっと、不動さんに電話してもらっても、いい? 遅れるって」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ところ変わって、イラストレーター 三浦 サーシャの家に一人の少年がやってきた。

 

「……で?」

 

目を瞑ってほほ笑む一人の女性、サーシャがソファに座っている。

 

淹れたコーヒーは沸騰せんとばかりに湯気が立っていた。

 

目の前にいた少年の名前は、大野 流星(おおの りゅうせい)。

 

南森と同じクラスで、南森が初めて作ったMVを手伝った男だ。

 

彼は緊張しながら、声を震わせてサーシャに交渉を持ちかけたのだ。

 

「お願いします……live2dで、Vtuberの立ち絵を描いてください!!」

 

サーシャは笑顔を崩さない。

 

……いや、笑顔が能面のように張り付いている、といった表現の方が正しいだろうか。

 

「なるほどね。なるほどなるほど。あー。はいはいなるほど」

 

サーシャがコーヒーカップを手に取る。

 

その手はプルプルと震えていた。

 

「そりゃね。私も大人だから。うん。大人だからね、話は聞くわよ。もちろん、もちろんだけれど、私もプロだから、報酬は頂かなくてはいけないことは分かるわね? 分かって? 分かってるよね?」

 

「はい……。覚悟の上ですっ……」

 

「なるほど。繭崎と違ってきちんと準備したのね? ……ちなみに、いくら?」

 

「……俺も、覚悟を決めてここに来たんです。俺だって、馬鹿じゃない。イラスト一枚にお金がかかることは承知の上です。だから……小遣い全額持ってきました」

 

大野がカバンから封筒を出した。

 

その封筒から、お金を見せるように出した。

 

「サーシャさん……お願いします!! 1万円でお願いします!!!!」

 

「死にさらせやオラァッッッ!!!!!」

 

少年、大野 流星は天井にめり込んだ。

 

大野にとって天井にめり込むのは、人生で初めての経験だった。

 

気持ちとしては、痛いと悲しみのブレンドだった。

 

コーヒーの香りが、服に染みついている気がする。大野はちょっぴり涙が出た。

 



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ゲーム実況って何が面白いんだろう

逸舗瀬良(いつみせせら)。

アイギス・レオ【ゲーム担当】イブニングの中の人。

イブニングというキャラクターは元気で明るく、笑顔の絶えない女性。ピンク色のツインテールを揺らして、魔法少女のようなフリルの多い衣装。胸元はハートのマークを付けて谷間を隠すように。あざとくて、天然で、どこか愛せるゲームストリーマー。それが彼女の説明文だ。

 

「……」

 

それが彼女を示す記号だったのだが。

 

逸舗瀬良はまるで勝手が違う。

 

大人しく、静かで、目元を前髪で隠すように下を向き、パーカーを着て、小さな猫の形をしたのネックレスを耳から揺らす。合わないと思った。まるで別人だ。

 

じぃっとコーヒーを見つめた後、ミルクを入れ、マドラーで混ぜずにただじぃっと見つめて冷めるのを待っているようだ。

 

「おい逸舗ぇ。混ぜればいいだろ」

 

「いい。混ぜたら味が全て均一化される」

 

「だから良いんだろうに……。というか、味かよ。胃があれるとかじゃないのか」

 

「カフェインは友達。人と回線は裏切るけど、カフェインは裏切らない」

 

「こ、これだからゲーム中毒は。全く理解できねぇ」

 

不動瀬都那という女性は右側の髪を全部ヘアピンでバックに止めて、毛先の跳ねた赤と黒のツートーン。

Vtuberグループアイギス・レオの【歌担当】ギリーの中の人だ。蒼い髪の長い女性Vで、歌姫のような印象を受ける。クールで、歌に命をかけたような女性。ある意味、中の人の熱量に釣り合っていないようで、歌だけで気持ちを伝えるような不器用なヒトだ。

 

「はわ、はわぁー……っ」

 

そんな有名Vtuberの中の人が目の前に2人もいる。

 

中の人と知り合っているという多幸感と、中の人と関わっているという背徳感が混ざり合って限界化してしまった一般リスナー南森一凛であった。

 

「おいおい一凛ちゃんさぁ、せっかくカフェに来たんだぜ。もうちょっとこう、会話に混ざってくれ」

 

「す、すいません!! だって、ほわ、ほわぁ……」

 

「あれ私ライブ共演したよな? もうマブダチ的なあれじゃないのか? お? あるぇ……?」

 

ここは吉祥寺のCDショップと併設されている喫茶店で、

 

4人掛けの席で、アイギス・レオ2人が隣り合う中、南森が不動の前の席にいた。

 

そして……、いつの間にか。不動瀬都那は南森一凛のことを、「一凛ちゃん」と呼ぶようになっていた。

 

「ま、まぁ良いんだけどよ。とりあえず用件だけ先に終わらせとっかぁ。逸舗も体調崩すし、真面目な話をさっさと終わらせてあとはゆっくりしよーぜー」

 

「……ごめんなさい」

 

逸舗が暗い声を出す。

 

南森も、どこか彼女に暗い影があることは察していたが、なんとなくこのままではいけない気がしていた。

 

なにせ、彼女の胸の中で、色が、深い青色の悲しみがやけに揺れているものが見えたから。

 

(私が人の心を見られるようになったのは、およそ1年と2か月前から)

(私はある日、交通事故にあったのだ)

 

南森が思い出せる記憶はそれほどない。

事故の前後の記憶だけが抜けているせいで、自分がなぜ事故にあったのかも覚えていないのだ。

 

(鮮明に覚えているのは、目覚めたとき、みんなの胸元に色とりどりの感情の色が見えたこと。それがなんなのかは、最初はわからなかったけれど、慣れてくると自然と分かってきたのだ)

 

情熱や、怒りのような激しい感情には赤い色。

愁いを帯びているときは青い色。

平常心で落ち着いた気持ちは緑色。

嬉しいときやテンションが上がっているときは黄色。

恋愛感情はピンクとか? 紺色はどんよりした気持ちの時?

 

(ざっくり、こんな感じかなぁって思ってるけれど、違うのかもしれないし……でも、一応そう定義してる。私が好きな感情の色は、夜空みたいにキラキラした色)

 

そして、南森がVになるきっかけを与えた、Vtuberのライブ。

 

そこで見たのは、アイギス・レオというグループの最高のパフォーマンス。

 

彼女たちの心は、驚くほど一心同体。

 

一体どうしたらこんなにも気持ちが通い合ってるのかと思うほど、同じ気持ちだった。

 

それがどんな感情なのかはわからないけれど、苦悩とか、苦難を希望で照らしていくような夜空は、本気の感情を超えて美しかったのだ。

 

 

(逸舗さんの心、なんだろう、深くて、まるですぐに溺れてしまいそうな……深海のよう。前にライブで共演した不動さんとは違う……。ギリーはマグマのようだった。感情にふたをしたことで、大噴火を起こしたような、激しい怒りと、苦しみ。……逸舗さんは、何をしても届かないような。まるで、海の中に溶け込んでしまって、触れられないような……)

 

「あ、あの!」

 

南森は逸舗の心の色を伺うように、言葉を選ぶ。

 

「どうして、私とコラボをしてくれるって話を……」

 

そっと、前髪の隙間から見えた瞳が、少しだけ、綺麗で、本当に、目を奪われた。心の色なんて見えないくらいに、夢中になるような魅力があった。

 

「……。え、っと…………」

 

「……は、はい」

 

「……。……。ライブ、見て。それで」

 

「あ、あのライブを! ど、どひゃー!!?」

 

南森は完全に失念していた。

 

冷静に考えればあり得そうなことだが、アイギス・レオの関係者があの日、ドン☆が開催したライブを見ていないはずがない。

 

ましてやマネージャーの佐藤がいて、同じアイギス・レオ所属の逸舗が見ていた可能性だって、あるに決まっていた。

 

「……一緒に、ゲームしたいな、って。……ダメ?」

 

「いや、いやぁああもう! 是非やりたいです!! もう、もう豪華客船に乗ったような有頂天です!!! なんだろう、タイタニックみたいな」

 

「いや沈没するじゃねぇかやめろよ」

 

「ふふ……。南森さん面白い、ね」

 

「あ、あははー……」

 

そして襲い来る、不安。

 

「あの、実は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「私はもう野原にポコポコ生える雑草系Vtuberです……うぅ……」

 

南森は家に帰って、部屋の中で机に突っ伏していた。

 

無理もない。

 

後日談ではあるが、逸舗と出会った後に彼女は練習を重ねた。

 

しかし南森がどれほどスタジオ練習を頑張ろうと、声は震えるし緊張は止まらないし何より内容がへっぽこだった。

 

スタジオ練習を選んだのは、南森の家では生放送をするほど環境が整っていなかったからだ。

 

なので諦めて、金はかかるが設備の整ったスタジオを借りて生放送をすることになっていた。

 

捨てアカウントを使用して、プラットフォームを変えて、無名のまま生放送の練習を通しでやってみたりもした。

 

だが結局へっぽこはへっぽこだったのだ。

 

「うぅ。何で本当にMVもライブも出来たんだろう。土壇場力? 火事場の馬鹿力? できないできないできないぃ。うぅ」

 

足をパタパタと振ったところで意味はない。音楽動画だけを投稿するVでもいいと繭崎は譲歩したが、結局彼女の頭にあるのは、憧れのVtuberの背中だけなのだ。

 

だが改善するための一手も浮かばない。

 

もう気持ちはどん詰まりで、どうしようもなかったので。

 

「やっぱり息抜きはVtuberに限りますね!あ、ネルちゃん放送中だ。……あれ、また視聴者数すごいことになってる。何かやらかしたのかな?」

 

Vtuberネル。

 

本名を君島 寝(きみしま ねる)と言い、南森の幼馴染である。

 

隣の家で引きこもっていた少女の正体は、なんとVtuber。

 

それもただのVtuberではない。

 

その道では非常に有名な、放送事故を起こしたVtuberであり、最近では、炎上系Vtuberとして名をはせていた。

 

どれほど炎上するかと言えば。

 

「あ、やばい今部屋に彼氏来たわwww 彼氏とデートなうwww って使っていいよwww」

 

うっそーwww、と言う前に拡散され過ぎて彼氏がいることになっていたり。

 

「最近思ったんだけどさ、リスナーって毎回高額スパチャくれるけど、大麻でも捌いてるの?」

 

訂正しようもない暴論で炎上したり。

 

「実は私、白銀くじらとマブダチなんだよね、もうマブよマブ。あれ見た? あのドミノ。実はドミノトラブったんだけど私助けたから」

 

本当のこと言っているのに炎上した。おそらく本当だから許されなかったのだ。ついでに「お前がどうせドミノ倒して妨害しちゃったんだろ」と煽られた。煽られた彼女は荒らしリスナーをブロックしようとして別のリスナーを間違ってブロックした。

 

それに加えて、天性の放送運の持ち主なのだ。

 

最近の切り抜き動画のタイトルが以下の通りである。

 

「【悲報】ネル、ひとりかくれんぼ中に聞こえた亡霊の声を同業Vtuberに送信してブロックされる」

「【放送事故】ネル、実況中に外から聞こえた酔っ払いのニートディスに大激怒して台パン、親フラ説教」

「【爆睡】ネル、深夜ゲーム実況中唐突な寝落ち、合計17時間睡眠した模様【起きれてえらい】」

「【放送事故…?】ネル、深夜に大絶叫でソーラン節を歌っていたら酔っ払いが外から混ざってきた件」

「【絶望】ネル、小学生の頃ワカサギでビンタされたことがある」

 

内容が濃すぎて訳が分からないのである。

 

その内容の面白さは、Vtuber屈指の者で、個人勢として今順調に伸びてきている。

 

そんなネルが、今FPSゲームの実況を行っていた。

 

生放送を見てみると、初っ端からネルが絶叫する。

 

「なん、でぇ! なんでアイギス・レオとマッチしてんのさぁ!!!? しかも、しかも姫プのやつにぃ!!」

 

絶賛炎上中のコメント欄。

 

 

■ 〇〇森森  ふざけんな姫プゆーな。がんばれイブたそ

■ 発狂魔人  これは炎上

■ ごんごん   ネル 

■ ビーナス佐々木  少し頭冷そっか

■ 衣料専門店オクヤス

この度衣料専門店オクヤスは生まれ変わります。

現在大学生向けファッションとして、雑誌等にも掲載され

関東全域で広くご利用いただいております。

詳しくはhttp://@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

■ †柊 終† ため口すんなや

■ ネルちゃんえらいね  はよデスれ

■ ―――――――――――――――

岸田です

\ 1,000

イブたそさん 国を挙げて応援します。

―――――――――――――――

■ ボロボロス  総理もよぅ見とる

■ ゼンラー卍  はよ負けろ  ネタじゃなくガチで

■ ボビンビン  みんなネルちゃんをちゃんと応援しなよ! 古参も新参も、ワンチームで応援しようよ!    イブたそしか勝たんわ(手のひらドリル)

■後藤てるゆき  草

 

 

「これはひどい」

 

見るも堪えない文面ばかりだ。

 

しかし、状況は非常に気になった。

 

何せあのネルが、アイギス・レオと戦っているという状況だ。

 

ゲームを見るに、おそらく最終決戦。ネルチーム(野良)vsアイギスレオチームだ。

 

「……あっ! イブニングちゃんだ!!」

 

南森は対戦相手の名前を見た瞬間、二窓してイブニングのチャンネル通知から動画を見た。

 

「わぁあ……相手のチームの人強いね! 勝てるかなぁ」

 

程よくちょうどいいぶりっ子ボイスが聞こえてくる。

アニメを見ているような程よい非現実感が、可愛いという感情が先に引き出されている印象だ。

 

「えーっとね。こういう時は、手りゅう弾? を使えばいいよね。えーい! ……あ、違うとこに投げちゃった?」

 

ゲーム画面の中で手りゅう弾が爆発する。

 

すると、隠密していたネルチームの人間が一人たまたま撃破されたのであった。

 

「キャー! やたー! ねぇキルできた! キルできた! やたー!!」

 

純粋にゲームを楽しむ様子は、本当にゲームが好きなんだなと思わせてくれるようだった。

 

「よーし、じゃあ味方さんの後ろをついていって、とつげきー! 今日はチャンピオンになってドン勝だぁ!」

 

彼女とチームメイトが勝利のために駆け出して、銃を乱射する。

 

そして。

 

「きゃー!!! 勝ったー!!! ねぇヘッドショットだ! エイム練習頑張ってよかったー!」

 

可愛い声が、楽しげな様子で部屋に響いた。

 

ついでに。

 

「ぁああああああああああああ姫プぐぅううぅううぅぅうううううううううううううううう!!!!! おんぎゃあああああああああああああああああああああああああああああ(ry)」

 

汚い声が、宇宙まで轟いた、気がする。

 

鼓膜が破れたかと思うほどの衝撃で南森は椅子ごとひっくり返って倒れた。

 

目を回す南森をそっちのけで、アイギス・レオの【ゲーム担当】が最後の締めのあいさつをした。

 

「今日も、イブニングの配信を見てくれてありがとー!!! いつもみんなのおかげで助かってるよー! 今日はここまで! それじゃあみんな、おつニング~」

 

 

 

 

 

 

ゲーム実況について考えた南森であったが、何も思いつかない。

 

目が覚めてから、昨日見た生放送を思い出しながら、むむむ、と一声上げる。

 

「うーん、例えばアイギス・レオの【ゲーム担当】イブニングちゃんの売りって「すごく楽しそうにゲームをする」って言うのもそうだし、プロゲーマーでも彼女のファンが多いんだよね。だからプロゲーマーとのコラボもあるし。キャラが受け入れられない人は結構アンチになるんだけど、人柄も優しいし、コラボで視聴者をたくさん掴んでいく、いわゆる人のチカラで挑んでるVtuberさん。……いいなぁ。私と方向性が似てるのかな、意識しちゃうなぁ。たくさんの人とコラボするっていいなぁ」

 

それに比べて、と。

 

隣人の炎上系Vtuberはどうだったろうか。

 

「Vtuberネルちゃん。こっちは逆に、コミュ障が売りでコラボしないタイプ(というかニート)で、暴言とかはっちゃけた発言でよく炎上して話題になるVtuberさん。真似したくないけど、でもすごい話題になる回数が多いんだよね最近。しかも豪運が持ち味。運の良さで取れ高をかっさらう……だったっけ。すごいなぁ」

 

彼女は諦めてベッドに改めてぼふっと横になった。

 

「うん、参考にできない!!! どうしようどうしようぅうううう」

 

ぶしゃーっと目から噴水のように涙が放たれた。

 

最近買った新しいパジャマの襟に鼻水がかかりそうになって焦りながら起床した。

 

鼻をかんだ後、枕をぼふぼふとベッドに叩きつけて、怒りを発散させる。

 

「……でも、ゲーム実況ってどうすればいいんだろう。全力でゲームをすればいいのかな……?でも、私のプレイなんて誰も見たくないよね……うぅうぅ。どうしたら」

 

南森は純粋に、何が受けるか理解できていなかった。

 

趣味でゲーム実況を見るときは何も考えていなかった。

 

漠然と「楽しい」と思いながら見ていたからだ。

 

「えぇっと……最近見てるゲーム実況者さんは……、【弟者】さんだったり、【k4sen】さんとか……【ウメハラ】さんもよく見る! 【キヨ。】さんとか、【ヒカキン】さんも見るし……。【レトルト】さんも好きだなぁ、あ、そうだ【シモエル】さんとかも好きだなぁ。バグとか、あ! 【からすま】さんもよく見る! んー、【ポッキー】さんとか、あ、【狩野英孝】さんもよく見るなぁそういえば。うわあーそう考えたらいっぱいいる……。しかも全部面白い。……ひゃあ……」

 

手作りノートを広げる。

 

繭崎から「色んな人の動画を見て自分なりに研究してみよう」と指導されたからだ。

 

音楽の勉強もした。

 

トークの勉強もした。

 

だが、ゲーム実況だけが、いまいちピンとこなかった。

 

「……とりあえず笑いをとればいいのかな? 共通点として……面白い? あとテンポ感がいいとか……。切り抜き見るからそう思うのかな。通しで見ててもコメント欄盛り上がってるイメージ……。あれぇ? じゃあ、ゲームトーク? リアクション? えぇ……? わかんない、私見てる時は面白いってすごく爆笑してたり、テンション上がったりしてるのに、どうして私ゲーム実況好きなんだろう……? テレビ見てる感覚? いやテレビじゃないし……。それをどうやったらいいの? 台本を作る? 即興で? わか、わかんないわかんない……!?」

 

ノートに小さく書いてある「ゲーム実況はお笑い?」という文字が、やけに弱弱しかった。

 

本当に面白いゲーム実況を、彼女はまだ模索している最中だった。

 



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