区切りの都合上少し短いですがご了承ください。
第百二十五問
「ともかく、これで残りは普通の握り飯だな」
「そうだな。危険物は秀吉と明久が処理してくれたからな」
「…………一安心」
「うぅ……。すみません。明久君、木下君」
「いやいや。姫路さんが気に病むことじゃ」
「気に病むことだろうが。姫路。次料理する時は必ず味見しろよ」
「わ、分かりました……」
「瑞希ちゃん。練習すれば大丈夫ですから」
しゅんとなる瑞希をリリアが慰める。
「ま、でもこれで普通に昼メシが食えるな」
「そうだね」
「…………同意」
ダークマターが消え去ったことで、再び昼休みぜんとした和気あいあいとした雰囲気が戻ってきた。
「でも、運が良かったね雄二」
「あ? 何がだ?」
「いや、だってさっき僕に『あーん』なんてやってたじゃやいか。あんなのを霧島さんに見られたらどうなっていたか」
ただし男同士である。
「ああ。そういうことか。それは、まぁ……その通りかもな。最近のアイツは相手が男だって言っても聞きやしねぇかならな」
「大袈裟ですよ坂本君」
「そうですよ。いくら翔子ちゃんでもそれくらいで嫉妬しないですよ」
「姫路が言うと説得力がないな」
「どうしてですかっ!?」
「それに翔子ちゃんならさっきそこを通りかかりましたし」
「…………Really?」
「はい」
リリアの言葉に、雄二の目が文字通り点になる。明久を貶めた罰だとでも言うのだろうか。この分だと、康太や秀隆にも何からの不幸が振りかかりそうだ。
「さようなら雄二。最後の食事、楽しかったよ」
「お前とバカやってた日々は忘れねぇよ」
「…………来世でも、また一緒にバカをやろう」
「待てお前ら。そう簡単に俺との別離を受け入れるな」
女子からの手料理を食べ、おまけに『あーん』までやったのだ。雄二が生きていられる可能性はごく僅か。
「もうっ。皆さん冗談が過ぎますって」
「そうですよ。翔子ちゃんはそんなことでそこまで怒ったりしませんよ」
「いや、アイツはそんなことでも人を死地に追いやる女だ」
「というか、お前ら今まで雄二と霧島のやりとりを見てなかったのか?」
残念ながら、今までの経験から雄二の方が正しいと言わざるを得ない。
「坂本君まで何を言ってるんですか」
「そうですよ。そんなことは」
「翔子ちゃんが怒っていたのなら、きっとすぐにその場で坂本君にお仕置きをしてますからっ」
「そうです――え?」
瑞希はその時点でおかしいと気づくべきだ。
「でも、そう言われてみるとちょっと変だね。いつもの霧島さんらしくないかも」
「いつもの霧島なら、すぐにすっ飛んできそうだもんな」
「…………(コクリ)」
見ていなくてもどこからともなく現れる翔子が、見ていながら何もしないと考えにくい。夏祭りのナンパがバレた時のように、後できついお仕置きをしようというのか。
「ん〜……。まぁ、いい加減俺に構うのは不毛だってことに気がついたんだろ。良い傾向だな」
雄二はさして気にした風もなく、残ったおにぎりをぽいぽいと口に放り込んでいく。
「あっ! いつの間に!」
明久が気づいた時には、瑞希のおにぎりも美波のサンドイッチも空になっていた。
「ああ、悪い悪い。美味いもんだから、つい箸が進んじまった」
「ふふっ。そう言ってもらえると嬉しいです」
嬉しそうに笑って弁当箱を片付ける瑞希。2つほど危険物があったとは言え、他のおにぎりは普通に食べられるレベル、むしろ美味しい部類だったので明久は歯を食いしばって悔しがった。美波のサンドイッチにしろ、明久はほとんど食べれていなかった。
「明久君。そんな残念そうな顔をしないでください。まだデザートがありますから」
「どこへ行こうとしている明久」
「…………動いたら撃つ」
「ち、違うんだよ! ちょっと飲み物を買い足そうかと思っただけで!」
雄二が逃げようとする明久の首根っこを掴み、康太が首元にスタンガンを押し付ける。どうしても明久を盾にしたいようだ。
「お前ら、デザートは果物だって言ってただろ?」
「はい。珍しい果物が手に入ったので持ってきちゃいました」
瑞希がデザートの入っている方の弁当箱を取り出す。
「そうなんだ。それは楽しみだねっ!」
「珍しい果物か。それは期待しちまうな」
「…………なんだろう」
「この時期ですと、梨や葡萄でしょうか?」
「珍しいんだろ? ドラゴンフルーツとかじゃないか?」
「それはお前が食べたいだけだろ」
「はい。えっと――」
雄二がツッコミを入れてる間に、瑞希が弁当箱の蓋を開ける。
「――ザクロを持ってきました」
その果物は、夏川が使ってた召喚獣の成れの果てに似ていた。
『これより、一年生各クラスによる応援合戦を行います。一年生の生徒は――』
グラウンドにアナウンスか響き渡る。昼休み明け一発目の競技は、誰もが楽しみにしている応援合戦。色とりどりの衣装に身を包み、一年生の生徒たちがグランドの各所に集まり、音楽に合わせてパフォーマンスを披露する。
そんな後輩たちを尻目に、明久たちは次にくる自分たちの番のための準備を始めた。
「学ランなんて久しぶりだなぁ……。中学以来だよ」
「なんだ。明久も中学は学ランだったのか」
「…………同じく」
「ワシもじゃ」
「へぇ〜。秀吉はセーラー服だったんだね」
「明久よ会話が繋がっておらんぞ」
「俺はブレザーだったな」
「そういや、お前はよく上着をマントみたいにしてたな」
「人の過去を捏造すんじゃねぇ!」
明久たちが衣装を手に取って和気あいあいと話をしていると、チアガールの衣装を手にした美波がやってきた。随分と困ったような顔をしているが、何かあったのだろうか。
明久が首を傾げていると、美波が秀吉の前に歩み出て、真剣な目で話しかける。
「ねぇ木下」
「嫌じゃ」
「う……。また何も言ってないのに……」
秀吉にしては珍しくつっけんどんな返事。美波はいったい何を頼みたいと言うのか。
「そんなこと言わないで。ほら、この衣装もかなり可愛いわよ?」
「可愛いから嫌なのじゃ」
美波が広げて見せるチアガールの衣装にそっぽを向くように目を逸らす秀吉。どうやら美波は秀吉にチアガールの衣装を着て欲しいようだ。
「秀吉。それだとカッコいいチアガールの衣装は着てもいいってことになるぞ?」
「そ、そんなわけなかろう! カッコよかろが可愛かろうが、ワシはチアガールの衣装は着ないのじゃ! 」
「そんなこと言わないで。ほら、絶対に似合ってるから」
「何度頼まれようとも、ワシはチアガールはやらん。ワシはこちらの応援団をやるのじゃ」
「応援団は人数が余ってるじゃない。こっちは3人しかいないから困ってるの、ね?」
美波も珍しく食い下がる。どうしても、秀吉にチアガールをやらせたいようだ。なぜこそまで拘るのかと疑問に思っていると、その答えが向こうからやってきた。
『あ。美波ちゃん。早く着替えないと時間がなくなっちゃいますよー』
遠くからチアガールの衣装に着替えた瑞希とリリアが駆け寄ってきた。
タッ、タッ、タッと弾むように駆けてくる瑞希。いつもは大きく動き回らない瑞希から、見事な躍動感が伝わってくる。
――全身の、至るところから、上下の動きに対する躍動感が。
「…………(スッスッ)」
「…………っ!」
康太がすかさず十字を切り、明久は目を伏せて身体の奥から湧き上がる赤い衝動を必死に堪えていた。
「これはまた……えげつないな……」
「だから嫌なのよ、あの子と一緒に踊るのは……! 揺れるのよ!? 跳ねるのよ!? 暴れるのよ!?」
「そうは言われても、ワシは男じゃからチアガールはやらんのじゃ!」
秀吉と美波が言い争う後ろでは、康太が一瞬遅れて鼻血を拭いて大地に伏していた。明久もあと一瞬視線を外すのが遅れていたら、同じ末路を辿っていただろう。
「まぁ、たしかに姫路と並んで踊ったら、色々と比較されるだろうな」
「しかもあの子、すっごい張り切ってて一生懸命飛び回るのよ!? もうウチへの嫌がらせにしか思えないよ!」
「それは考えすぎじゃないかなぁ……」
どうやら美波は持つ者と持たざる者の違いを気にしていたようだ。どうりで秀吉をチアに加えようとしたわけだ。リリアも瑞希ほどではないしにしても、美波からした十分に脅威。少しでも精神的被害を少なくするために、秀吉で精神のバランスを保とうというわけだ。
「美波もそんなこと気にしなくても、十分可愛いと思うけど」
「ふぇっ!? い、いきなり何言い出すのよ!?」
「え? あっ!? ご、ごめん思わず口にっ」
「お前らこんなとこでイチャつくとは度胸あるな」
「「イチャついてなんかないよ(わよ)っ!」」
2人して顔を真っ赤にして顔を背けるが、秀隆たちのニヤけ顔は止まらない。
「そ、それより! 秀吉。美波もここまで頼んでるだし、チアガールをやってあけだら? きっと秀吉なら凄く似合うと思うよ?」
「お主、今の流でよくそんなことが言えるの……。とにかく、ワシは嫌だと言ったら嫌じゃっ」
「けどまぁ、学ランの下に無理にサラシ巻くくらいならチアと大差ないだろ」
「秀隆まで何を言うのじゃっ!? だいたいあれはお主らが巻かねば教育委員会から訴えられる、と言うから仕方なくつけておるというのに……!」
秀吉は学ランの下にサラシを巻いていた。それだなら一昔前の番長風なのだが、如何せんそのサラシを腹ではなく胸に巻いているのだから可愛さが抜けきれてない。
「あの、明久君、美波ちゃんは木下君に何をお願いしてるんですか?」
「着替えてる時に急に衣装を持って飛び出して行ってしまいまして」
こちらにやってきた瑞希とリリアが、明久に美波と秀吉のやり取りを尋ねた。
『なんでそんなに嫌がるの? こんなに可愛いのに』
『可愛いからじゃ! ワシは男なのじゃから、可愛いものは着ないのじゃ!』
『えっとね、木下。ここだけの話なんだけど――』
『何じゃ?』
『実は、チアリーダーの衣装って……凄く男らしいのよ?』
『さてはお主、ワシを明久レベルのバカじゃと思っておるじゃろ!』
美波はまだ秀吉にチアガールをして欲しいとねばっていた。
「やれやれ。島田も気苦労が絶えないな」
「まったくだな。今更気にしたところでどうしようもないのにな」
秀隆と雄二は、そんな2人を呆れながら見ていた。
『ねぇ、リリア。リリアも木下を説得するの手伝って! アナタも瑞希と一緒に踊るのは気が引けるでしょ?』
美波はついにリリアも巻き込んで説得にかかる。
『え? え〜と……』
『お願いよ。木下。リリアも困ってるんだし』
『……ワシにはお主の言葉で困惑しているように思えるのじゃが?』
間違ってはいない。
『だいたい。チアリーディングは女子がするものじゃろ。男子たるワシがチアリーディングなぞ――』
『木下君。海外だとチアリーディングは男性の参加率は低くないですよ。むしろ人気で、センターの倍率はとても高いんです』
『――What?』
まさかのリリアからの指摘に、秀吉の目が点になる。
「へぇ。そうなのか」
「はい。チームにもよりますが、チアリーディングの競技だと必ずと言ってもいいほど男性は入ってます。多いチームですと、半分近くが男性だったりします」
「なんでまた野郎なんかがチアリーディングに?」
「チアリーディングの技にチームメイトをリフトアップしたり、宙に投げたり、肩から飛んだりするものがあるんです。その時に男性がいるととても見栄えがいいんです」
「あー。たしかに、そういえパワー系の技は女子だけより男子もいた方が映えるわな」
「です」
日本だとチアリーディング = 女子のイメージが強いが、海外だとチアリーディングの主流は男女混合だ。リリアが言った技術にしろ、その他のパフォーマンスにしろ、男性がいた方がダイナミックさが増して観客受けが良い。割と男性のみもチームもあるという。
「つまり、木下がコレを着ても問題ないってことね」
「え? ええ、まぁ、はい」
「……ワシは騙されんぞ。そういった競技の男性衣装は男性用で、女子の衣装は着ないのじゃろ」
「でも、木下ならこれでも問題ないわよ」
「そういう問題ではないのじゃ!」
男子がチアリーディングするのと、男子が女子の衣装を着るのは別問題だ。秀吉は後者に当たるため断固拒否するという。
『待って姫路さん。どうしてもう1着のチア衣装を持ってこっちを見てるの? 着ないからね!? 誰がなんと言おうとも僕はそんなもの着ないからね!?』
すると、明久の悲鳴が聞こえてきた。どうやら瑞希が明久にチアガールの衣装を着せようとしているようだ。
「ははっ。良かったじゃないか明久。俺もチアリーダーの人数が少ないことを心配していたんだ」
「お前でも島田や秀吉を持ち上げることくらいはできるだろ」
「待つのじゃお主ら。なぜワシがチアリーダーをやる方向で話を進めておるのじゃ?」
「あ、でしたら……。坂本君と神崎君も良かったら」
「待て姫路。なぜ更にもう2着取り出して俺たちを見る」
「最近お前も見境がなくなってきたな。というかどったから出してきたその衣装」
しかもサイズも秀隆ちに合わせている。あわよくば着せようと計画していたと言うことか。
「それはそうと姫路さん」
「はい、なんですか明久君?」
おどおどとした態度ながらかたくなにチア衣装を仕舞おうとしない瑞希に戦慄を覚えつつ、明久が話を続ける。
「応援の練習、凄い頑張ってるらしいね」
「あ、いえ。それほどでも……」
瑞希は元々努力家だが、苦手な運度も頑張っている。
「だが、島田も気にしていたが、本当に無理はしなくてもいいんだぞ? 応援合戦はあくまでも余興で、体育祭の得点には関係のない種目だかなら」
「むしろ頑張り過ぎて倒れないでくれよ? 後の競技に響くし、何より親御さんが心配するからな」
秋めいてきたとはいえまだまだ気温も高い。この日も炎天下とまではいかないが、運動したらかなりの汗をかく。体力のない瑞希が頑張り過ぎて倒れないかと皆心配していた。
「ありがとうございます。私もなるべく無理はしないようにしています。けど――」
「けど?」
「私は私のできることで皆の役に立ちたいって、そう思って」
瑞希はそう言って、楽しそうに笑った。
2学期になってから、何となく瑞希は少し変わってきたと明久は思った。以前の瑞希なら、野球ができないことを気に病んでいただろうけど、今の瑞希からそんな感じはしない。自分のできること、できないことに折り合いがついたのだろうか。明久はそれが、どこか嬉しく思えた。
「明久君。私、応援を頑張りますからっ。応援の応援、してもらえますか?」
「あ、うんっ。もちろんだよっ!」
瑞希がこうして変わったのは、学力中心のAクラスではなく、Fクラスにいることが要因なのかもしれない。そう思うと、明久も少しだけ誇らしく――
「良かったです。是非応援してくださいねっ。――これを着て」
訂正。Fクラスは瑞希に良い影響よりも悪い影響の方が多いようだ。早くAクラスの環境を与えなければと明久は胸に固く誓った。
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