リヒテンラーデの孫   作:kuraisu

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新領土航路保安隊

 新帝国暦二年も中秋に差し掛かる頃には、新領土においても帝都フェザーンにおける黄昏の衝撃(アインシュラグ・デメルング)事件に関する情報が民間にも流布するようになっていた。

 

 帝都における騒擾。それも皇帝暗殺未遂をも含む事柄とあっては、ありのままを報道すればいたずらに民心を動揺させる恐れがある。ゆえに情報統制を敷くべきではないかとする意見も新領土総督府内にはあったのだが、上層部はその意見を退けたのである。

 

 それはローエングラム王朝の開明的な方針と相容れないからというのもあったが、現実的な問題としてこれほどセンセーショナルな事件の情報を隠蔽しようとしてしきれるはずもなく、そうなれば皇帝と王朝の権威は二重に傷つけられ、統治下にある共和主義者たちにさらなる物笑いの種を提供するだけであるとの考えもあった。

 

「そう、臣民ではなく共和主義者だ。今もって新領土の民の多くは我が帝国の臣民ではなく、黄金獅子(ゴールデン・ルーヴェ)の帝国旗が新領土に翻れども、本質的に帝国本土と一体の状態にあるとは未だ言えぬ」

 

 だからこそ新領土総督府には大権が与えられているのだ。そのように民事長官ミヒャエル・フォン・マールバッハは総括した。これはマールバッハ個人の見識というよりは、帝国枢要部全体の認識であった。約二世紀半にわたる分断、さらにその内の約一世紀半はいくつもの例外はあるにせよ、基本的には交戦状態という極めて非友好的交流を続けてきたオリオン腕(旧帝国)サジタリウス腕(旧同盟)の間にある溝は深く、一朝一夕で埋まるものではない。

 

 実際、自由惑星同盟という国家が滅んだという現実を受け入れている同盟人は少なくないであろうが、だからといって“自分が帝国人になった”などという意識を持っている者など絶無であろう。一度目のラグナロック戦役時にバーラトの和約を結んで、条件付きで自由惑星同盟の存続を認めたのもそうした認識からきたものであった――しかしまともな叛乱勢力の鎮圧どころか状況把握さえままならぬ醜態を晒したので、人類社会の統一に際して同盟政府に建設的役割を期待するのは不可能と見て、武力によって国家としての自由惑星同盟を滅ぼして直接統治に乗り出した。少なくとも帝国側の認識としてはそうである。

 

 高級ホテル『ユーフォニア』を接収して開かれた新領土総督府の主人であるオスカー・フォン・ロイエンタール元帥は、同盟人に帝国人であるとの認識を育むのは時期尚早と見ていた。帝国本土との意識的統合は後回しとし、さしあたっては新領土総督府の命令に従う旧同盟の官僚や公務員を取り込みつつ、()()()()()()()()()()()()()()()の一員である意識を民衆に植え付けることを当面の目標に据えたのである。

 

 ロイエンタール総督、マールバッハ民事長官、ベルゲングリューン軍事査閲総監の三名が、総督執務室である計画の最終確認を含めた議論を行なっていた。

 

「やはりこれは少々危険ではないかな。帝都からも色々と言われることになるだろうし」

 

 マールバッハは眉根を寄せながら資料を見ながら言った。それは新領土総督府の管轄下で、航路保安隊という準軍事組織を設立する計画書であった。新領土治安軍の補助的戦力の確保と旧同盟軍人の取り込みを目的とした組織である。

 

 帝国軍全体としても、旧同盟軍将校の取り込みは行われてはいたが、軍縮の必要性もあって大規模には行われていない。また旧同盟軍人の側でも、これまで戦ってきた敵手である帝国軍に所属することに抵抗を覚えるものが多く、芳しい成果はあがっていない。そこで帝国軍と距離を置いた新組織を設立し、その任務を新領土内の航路保全任務に限定することで抵抗感を軽減し、旧同盟軍人の取り込みをはかろうというのである。

 

 また軍人以外に対する失業対策の意味合いもあった。新領土統治が始まってすぐに、ロイエンタール総督は旧同盟の統治下にあって権力体制と深く癒着して私服を肥やし、市民に対して専横的に振る舞っていた軍需産業の経営陣を粛清していたが、そうした企業の労働者を路頭に迷わせるわけにはいかない。もちろん、平和の世が近づいているからには、民需産業の労働へと段階的に移す予定ではあったが、いきなり全部というのは流石に難しい。

 

 となれば、軍需製品の製造を続けさせるのが一番であった。しかし旧同盟と帝国の工業規格は噛み合わないところもあるし、こと軍需製品の類になると、鹵獲されても容易に分析・模倣されぬように意図的に噛み合わせまいと制定されている例も多い。ならばいっそ、旧同盟軍規格のまま軍需製品を製造させればいい。なので旧同盟式の兵器を扱う部隊の必要性が過渡的に高まっているという事情もある。

 

 なので総督に次ぐ新領土における行政責任者としては歓迎できる案件ではある。しかしマールバッハ個人としては肉親の情からどうしても躊躇を覚えるのである。謀反の疑いをかけられてまだ一年も経過してないのに、共和主義者による武力組織を作るというのは、いかにも印象が悪い気がした。

 

「帝都との調整をおこなっているのは小官とロイエンタール閣下ですので、民事長官がそこまで煩うことではないかと」

「だとしてもだよ。もう少し検討を重ねてもいいと思うんだけどな」

「十分に帝都とも連絡を取った上で、検討を重ねました」

 

 ベルゲングリューンは少しだけうんざりとした顔になった。最初からマールバッハが航路保安隊の設立に際して少なくない不安を抱いているのは知っているが、ここまで話が進んでも不安を表明されるのは少々不快であった。

 

 だが、そう言った後に少しだけバツが悪そうな顔を意図的に作って続けた。

 

「それに実のところ、新領土治安軍だけでは新領土全体の航路維持活動に際し、いささかの不足がある事実は変えられません」

 

 ロイエンタールの指揮下にある新領土治安軍は五〇〇万を超える帝国軍の将兵を有し、三つの宇宙艦隊を擁している。しかし言い換えればそれしかなく、航路警備用の部隊というものが存在していなかった。そして末期の同盟軍は航路警備用の部隊も対帝国用に動員して蕩尽させた結果、新領土辺境域は宇宙海賊が跋扈し、治安が悪化していた。

 

 さまざまな要因から宇宙海賊の類が発生することは根本的に不可能であり、そのために平時体制であろうと海賊討伐のために相応の規模の軍隊を擁する必要があるというのは、人類が恒星間に文明を形成するようになった地球統一政府以来の、いわば常識である。新領土治安軍は宇宙海賊鎮圧のために八面六臂の大活躍をしており、急速に新しい秩序の守護者としての権威を確立させつつある。

 

 それはそれで良いのだが、新領土治安軍は宇宙海賊討伐のみに従事していればいいわけではない。従順ならざる旧敵国の大衆が反帝国の武力抗争を起こした際に、これを鎮圧する役割もあることを思えば、常に宇宙海賊の討伐に多くのリソースを割いてるのは好ましい状況ではなかった。

 

 航路保安隊の設立は、そうした状況を改善する目的も含まれているのだ。また宇宙海賊に相当数の元同盟軍人が流入しているという情報もあり、彼らの敵意を削ぐ効果も期待できた。

 

「それで元帥閣下、航路保安隊の中核となる二人を待機させておりますが」

「ああ、連れてきてくれ」

 

 そうして執務室に入室してきた二人は、共に末期の同盟軍中枢にいた元軍高官であった。一人は第一艦隊司令官であったパエッタ元同盟軍中将、もう一人は統合作戦本部長を務めていたドーソン元同盟軍元帥である。パエッタには航路保安隊司令官として実戦部隊の指揮を、ドーソンは航路保安総監として組織の長となる予定であった。

 

 パエッタが航路保安隊司令官となれたのは、同盟軍の解体後に就職難に陥っていた元同盟軍人たちが宇宙海賊をはじめとした犯罪者に落ちぶれる例が珍しくなくなっている現状を苦々しく思い、再就職支援活動や生活面の面倒を見るために奔走していたために元同盟軍人の間で人望を得ていたことと、末期の同盟軍枢要部の一人として当人が辺境部の治安悪化に責任を感じており、その対策として元同盟軍人からなる自警団的構想を抱きつつあったので新領土総督府からの提案は渡りに船と感じたからであったが、ドーソンの抜擢にはやや込み入った事情が存在した。

 

 航路保安総監には誰を任じるべきか。組織の性格からいって、旧同盟軍の色が濃く出る組織になることは当然であるから、旧同盟軍で最高位にあった者を据えるのが一番おさまりがよい。そうした考えから新領土総督府は航路保安総監の候補として、旧同盟軍で元帥の階級にあって今も存命であるロボス、シトレ、ドーソンの三名を候補としてあげた。

 

 ロイエンタールはロボス登用案を一蹴した。たしかに旧同盟軍で前線指揮官としても軍官僚としても華々しい功績を残しているが、帝国領遠征作戦時の醜態が酷すぎる。旧同盟軍将兵からもかなり憎まれているので、航路保安隊の設置目的のひとつである旧同盟軍将兵を間接的にでも体制内に取り込む目的からして、不適当極まる。第一、当人にまともな軍人としての能力と責任感が残っているのかが頗る疑問であった。

 

 シトレ登用案は一考に値した。シトレを航路保安隊総監に据えれば、旧同盟軍時代の元部下や元エル・ファシル革命予備軍の人員をまとめて独自の勢力を構築しようとするかもしれないが、実戦家としてはともかく軍政家としては凡庸であった人物であるし、ロイエンタールは上手いこと牽制して使いこなせる自信がある。また故ヤン・ウェンリーの師的存在にあたることから、イゼルローン共和政府に政治的揺さぶりをかける効果も期待でき、政略的な意味でも価値がある案と感じたが、最終的には考えを破棄した。

 

 第一に対イゼルローン共和政府への対応は帝国政府が主体的にやるべきであって、新領土総督府が新領土防衛の範疇を超えて独自にイゼルローン共和政府に対する政戦両略を展開しては混乱の元になるだけである。そして旧敵国を統治する観点ではいささか冒険的にすぎ、ひとつ誤ればまたぞろ自分の謀反を主張する輩が現れるやもしれぬとロイエンタールは判断したのだ。それに就任要請に対してシトレ当人が承諾するかも怪しい。

 

 そしてドーソン登用案はもっとも無難で穏当な選択肢であった。ドーソンは末期の同盟軍で事務能力は極めて高い評価を得ていたが、神経質で小心な性格ゆえに旧同盟軍将兵からの人望は少ない。しかし一方で旧同盟軍将兵が少なくない引け目がある存在であった。バーラトの和約の締結前まで、帝国から自由惑星同盟は公的には“叛乱勢力”として扱われていた。そして戦争中の成り行きで政治指導者の責任は問わないということになったために、形式的に叛乱の責任者として、当時統合作戦本部長だったドーソンがいわば建前の為の生贄として帝国軍に収監されたのである。

 

 つまり同盟政府首脳部が負うべき対外的な政治責任を押し付けられる形でスケープ・ゴートにされたわけであり、その事実は広く知れ渡っているところであったから、帝国に再雇用されて高官となっても積極的に祖国を捨てたとは周囲からは見なされにくいであろうどころか、やむをえざるところであると同情の対象になる可能性の方が高かった。

 

 また帝国側としても、同盟を滅ぼした後の“冬バラ園の勅令”で「自由惑星同盟は叛乱勢力であった」との定義を放棄したために、ドーソンを収監し続ける理由がなくなっていた。それどころか、不当な収監であったとして、帝国としてもさまざまな補償を行わなければならない人物へと変貌していた。航路保安総監への抜擢は、そうした補償の一環という側面もあった。

 

 ロイエンタールとしても、ドーソンにはそれほど悪い認識を持っていない。ハイネセンに降り立って面会した際に、たしかに小心すぎる元帥もいたものだと少しあきれはしたが、それでも自分の身柄を帝国に引き渡すことで紛いなりにも祖国の寿命が伸びるならと自分の身を帝国軍に委ねてきたのは好印象であった。彼らの国家元首にあたるトリューニヒトのせいで比較的良く思えただけかもしれないという事情がないではないにしても、である。

 

「卿らもわかっているとは思うが、改めて確認しておこう。こうして帝国軍の補助戦力となる準軍事組織の中核を担うことは、旧同盟の民から快く思われぬ事業だ。卿らも裏切り者と謗る者たちも必ず現れよう。それでも卿らは新領土の治安の為に、私の命に従い働くと誓えるか」

「航路保安隊の敵が、辺境の治安を乱す宇宙海賊の類に限定される限りにおいては」

 

 やや声を震わせつつも述べたドーソンの言葉に、ロイエンタールは頷いた。もとより新領土内で自身の統治に対する叛乱が発生したとて、航路保安隊をその鎮圧にあてるつもりはない。そのような不義理なことをすれば、航路保安隊がそのまま叛乱側に与するかもしれない懸念があるし、なによりロイエンタール自身の矜持がそれを許さない。

 

「ならば、否やはありません。辺境域の治安悪化は我々にも責任がある。そのために征くというのであれば、私は汚名を甘受しましょう」

 

 そう口には出したがパエッタの胸中は複雑である。末期同盟軍の中枢部にいた一人の高級軍人として、自分達の采配の結果に対して責任を感じてはいる。だが、パエッタは同盟軍中将にまでなった身であり、それ相応の誇りを持っている。なので帝国の旗をあおぎたいかと問われれば、本音を言えば、故国を滅ぼした旗などあおぎたくない。なので当初は武装商船を掻き集めて自警団をと考えていたのである。

 

 しかしそれはどうにも非現実的なものがあると自警団構想を進めていく中で思い始め、資金と人材、装備と公認を求めて新領土総督府に渋々身売りした感覚がパエッタにはあるのだ。何を始めるにしても、元手となるものがなくて話にならぬということを痛感し、航路保安隊は旧同盟軍人による自警団のようなものと思うことで溜飲を下げているのであった。

 

 今年の末には正式に航路保安隊を発足させる方向で調整と準備を進める。ロイエンタールのその言葉にドーソンとパエッタは頷き、いくつかの技術的な問題を議論した。

 

 それが終わるとロイエンタールはベルゲングリューンだけ残らせて、他の者達を下がらせた。

 

「民事長官にも困ったものだな」

「保身だけでなく、身内への心配もあってのこととはわかりますが、仰るとおりです」

「……」

 

 はあ、とロイエンタールはらしくもないタイプのため息をついた。民事長官のミヒャエル・フォン・マールバッハは、現マールバッハ伯爵の嫡男である。そしてロイエンタールの母レオノラは、マールバッハ伯爵カールの妹にあたる。つまり、総督と民事長官は血縁上の従兄弟関係にあった。

 

 そのせいでロイエンタールの謀反疑惑が持ち上がった時、ミヒャエルを含むマールバッハ伯爵家の面々も共謀を疑われたのであった。疑惑を固めたエルフリーデの証言が、彼女自身の旧王朝的な価値観からくる血縁主義的な要素が濃いものであったが故のことである。

 

 もちろん、ロイエンタールが彼を民事長官に据えたのはそうした経緯や自身と従兄弟関係にあることを考慮したからではなく、彼自身が優秀な能吏であってローエングラム新体制における改革に少なからぬ貢献を果たした実績を民政尚書のエスハイマーが高く評価し、推薦してきたからである。

 

(らしくないな。我ながら……)

 

 マールバッハ伯爵家は放蕩家の当主が続いた為に財政的に傾いていた過去があるが、先代マールバッハ伯爵は自身の三人の娘の嫁ぎ先を選ぶセンスは卓越していた。後継者となる長女の婿には、同じ上流貴族階級出身で財務省で辣腕を振るっていた元官僚のカールという男を迎え、残りの二人は相手の身分を問わずに多額の持参金を提供してくれる男に()()()()()()資金を確保し、伯爵家の財政を立て直させたのである。

 

 そしてミヒャエルは辣腕家のマールバッハ伯爵家当主の座を継承した父親カールの容姿と才能を受け継いだ。若さゆえにラインハルトの改革方針にも共感と順応を示して父を説得してリップシュタット戦役で貴族連合の側につくこともなかったので、マールバッハ家はトゥルナイゼン家などと同じように他の多くの名門貴族家とは異なりローエングラム王朝の時代に適応して、破滅や没落への道を歩まずに済んだのである。

 

 完全に私情に過ぎないとロイエンタールは理解していたが、ミヒャエル・フォン・マールバッハという男に含むところがないではないのだ。いや、正確にはミヒャエルに対してではなく、彼の父親に対して、ではあるのだが。それはロイエンタール家の家庭事情と密接に関係している。

 

 ロイエンタールの父は帝国騎士家の生まれであったが、分別のある実業家として孫の代まで食うに困らない財産を築きあげる成功をおさめた後、四〇歳近くになって家庭を持とうと考えた。そんなロイエンタールの父に嫁いできたのがマールバッハ伯爵家令嬢レオノラだったのである。夫は二〇歳近い年齢差と伯爵家に対する身分の低さを気にし、様々な贈り物をレオノラに送ることでその引け目を埋めようとした。レオノラも高価な商品をつぎつぎとねだることで夫の過ちを助長し、しかも買い与えられたそばから興味を失った。二人の結婚生活は完全に破綻していたのである。やがてレオノラは夫に隠れて若い愛人を作った。

 

 このような夫婦関係の有様について、レオノラの義兄にあたる男は、全面的にロイエンタールの父親の責任であると責め立てた。それは合理的な思考によるものではなく、守旧的で貴族的な価値観に基ずくものであった。普通の家庭であっても、女を満足させる責任は男のほうにこそある。ましてや低い身分の身でありながら、名門貴族の嫁を貰ったのだから、全霊をあげて奉仕する義務もあるはずだ。その双方でロイエンタールの父親に対し、恥を知れとカールは罵るのである。虚飾と欺瞞に満ちた結婚生活に耐えかねてレオノラが自決すると、罵りはより一層激しいものとなった。

 

 一方でカールはオスカー・フォン・ロイエンタールという少年に対しては優しかった。入婿である彼にとって、義理の妹レオノラの子であるし、マールバッハ伯爵家の血脈である。ろくでもない父親を持ってしまった不幸はあるにせよ、身内の子であるのだから大切な庇護対象であるという認識になるのだった。しかしそうしたカールの態度は、幼いロイエンタールにとってはある種の精神的腐臭を感じさせるものであり、嫌気を覚えるものであった。愛人なんか作ったレオノラのほうにも十分非があるというのを、認めるどころかそれすらもロイエンタールの父親が悪いと言って憚らないのだから。

 

 そんなマールバッハ伯爵カールにミヒャエルは容姿がよく似ているのである。分別をつけて接しているつもりではあるが、まったく私情を交えずに接していると断言できるほどの自信がロイエンタールにはなかった。

 

「しかし民事長官の懸念もまったくの杞憂というわけではない。航路保安隊が暴発せぬように首輪をつける手立てを講じておく必要はある。今のところ順調に進んでいる新領土統治が、航路保安隊を火種として支障をきたす可能性はあるのだからな」

 

 心得ておりますと返してベルゲングリューンが退室すると、ロイエンタールは総督の執務デスクで書類仕事をしながら脳の片隅で、自分が言った言葉を繰り返した。――今のところ順調に進んでいる新領土統治、と。

 

 この時期のロイエンタールの胸中がどのようなものであったのか。一部の歴史家はこの時すでに叛逆の為の準備を進めていたのだと主張する。航路保安隊の創設は、第一に自分が扱える戦力を増強する為であり、第二に帝国軍を、ひいては皇帝(カイザー)ラインハルトに弓引くことを躊躇わぬ戦力を確保するためのものであった、と。

 

 そこまで断言できる要素が揃っているわけではない。しかし後世の歴史家が概ね一致している見解として、ロイエンタールが主君に対してある種の不満を抱いていたというのは間違いない、というものがある。

 

(フェザーンの統治も容易なものではないだろう。しかし、それは新領土を……つい昨年まで敵国であった旧自由惑星同盟領を統治することほど困難であるものか?)

 

 それが黄昏の衝撃(アインシュラグ・デメルング)事件に対するロイエンタールの素直な感想であった。もちろん、新領土を統治する上で大小さまざまな課題を抱えており、これを処理するために多大な労力を費やしているには費やしているのだが……今のところ事前の想定を大きく上回るようなトラブルや騒動が発生していないのも事実だった。

 

 これはいったいどういうことであろうか。よもや、これまで血を流しあう争いを続けてきた共和主義者どもよりも、フェザーン人どものほうが反帝国意識と闘争心に満ち溢れているなどということもあるまいし。

 

 オーベルシュタインなどが指摘していたように、ローエングラム王朝は体制の堅牢さにおいていささか難があるとされていたのでそのせいでもあるかもしれない。実際、事件を受けてか、その種の方向で人事が行われる動きがあることをロイエンタールは帝都に残してきた独自のアンテナからある程度把握していた。そしていささか自分でも整合しきれない不満を覚えていた。

 

皇帝(カイザー)よ、私はあなたを歴史の舵手にえらび、あなたを擁立し、あなたの軍旗を誇らかにあおいできた。あなたは常に私の前をあゆみ、しかも光輝に満ちた、先駆的存在であるべきではないのか……)

 

 ロイエンタールは、自分より一〇歳近く若い主君に対して、常に自分の予想を超えた存在であってほしいと願っているところがある。それは主従関係が始まったあの時、ラインハルトからゴールデンバウム王朝の打倒と簒奪を志向していると明かされて以来、変わらぬ想いである。

 

 当時のロイエンタールは自身の経験から、貴族とは度し難いものであり、滅びてしまえばいいのではないかと考えることはあった。だが、その手で滅ぼしてやろうと考えたことはなかった。ましてや王朝の打倒など考えたことすらなかった。それほどまでにゴールデンバウム王朝というものは、神聖かどうかはともかくとして、()()()()()()()という認識であった。ほんの数年前まで、帝国で生まれ育った者たちにとっては、疑うことすらない事実であったのだから。

 

 それからもラインハルトの決断と行動は、ロイエンタールが抱いていた常識をしばしば破砕して成功をおさめ続けてきた。なればこそ、ロイエンタールは自分より年少のラインハルトに憧憬し、忠勤に励んできたのである。自分は希代の英雄に仕えているのだ、と、確信を深めながら。

 

 だからラインハルトには常に凡庸でない存在であってほしい。偉人と自分のような凡庸の徒では、志や構想の次元が違うのだということを、示し続けてほしい。しかし、どうもロイエンタールの想いとは異なる方向へと進みつつあるようであった。

 

 そこに微かな不満があり、それが彼個人の中にあるいささか不遜な一面を刺激してくるのであった。そんな当たり前でつまらない、創造性の低い統治を敷くというのであれば、自分の方が適性があるのではないか? 

 

 むろん、長きに渡った戦乱が終わり、平和と秩序の時代へと変わりつつあるがゆえのことであると理解している。平和を倦む心がロイエンタール個人にあるとしても、それを理由として叛逆を起こそうなどという道理がまるで通らない思考回路の持ち主ではない。航路保安隊にしても、この時点においては新領土統治の一環としての施策でしかない。

 

 いずれにせよ、選択肢はあればあるほどよい。ロイエンタールはそうした考えのもとに政務に精励していた。今のところ新領土統治は順調に進んでいるのだ。気味が悪いほどに、順調に。

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