このすばShort   作:ねむ井

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 時系列は、本編後。


この乙女な盗賊にときめきを!

 魔王を倒し、最早人生をクリアしたと言ってもいい俺は、このところ大した事件もなく平和に暮らしている。

 ――そんなある日の事。

 俺がテレポートで復活の間を訪れると。

 

「あっ……」

 

 退屈そうにぷちぷちを潰していたエリスが、手にしたぷちぷちをさっと後ろ手に隠す。

 

「……コホン! ようこそ天界へ、佐藤和真さん。……ですが、ここは本来生きている人間が来るところではないので、あまり気軽に来るのはどうかと思いますよ?」

「暇なんですかエリス様」

「い、いえ! それは、その……。そうですね、最近はモンスターの被害が減りまして、私も以前ほど忙しくはないです」

 

 エリスは目を泳がせながら、頬をポリポリと掻いてそんな事を言う。

 

「それで、今日はどうしたんですか? また屋敷を追いだされたんですか?」

 

 俺は床にごろりと寝転がると。

 

「聞いてくださいよエリス様。最近俺のハーレムラブコメがおかしな事になってきてるんですよ」

「はい?」

「めぐみんは週三くらいで夜這いに来るし、ダクネスは風呂上りに薄着でウロウロする事が増えましたね。あとアイリスもすごくグイグイ来るようになりました。……そりゃ皆にチヤホヤされたり、可愛い女の子が俺を巡って争っているところを見るのは嬉しいですけど、がっつかれすぎると正直ちょっと引くっていうか」

「カズマさん? 最低ですよ? とても最低だと思います。とりあえず天罰落とそうかなって思いました」

「いや、マジで聞いてくださいよエリス様! あっちはグイグイ来るくせに、こっちがその気になるとなぜか毎回いいところで邪魔が入るんですよ! 生殺しなんですよ! そのせいで喫茶店に行く回数が増えました」

「そ、それは……、……ええと、どうしてそれで喫茶店に行く回数が増えるのですか?」

「俺、ハーレムってもっと楽しいもんだと思ってました。これまでは鈍感系ハーレム主人公をヘタレ扱いしてましたけど、あいつらってすごかったんですね」

 

 愚痴っぽい事を言う俺を相手にしても嫌な顔をせず、心配そうにしているエリスを見ると、やさぐれていた気分がほっこりしてくる。

 

「エリス様はやっぱり女神ですね。なんだか話しているだけで癒されます」

「そ、そうですか? そう言っていただけると私も嬉しいですが……、あの、喫茶店の事は……?」

 

 

 

 しばらくそんな風に世間話をしていると、エリスが居住まいを正した。

 

「――コホン! 佐藤和真さん、あなたに」

「お断りします」

「まだ何も言っていませんよ!?」

 

 最後まで聞かず即答する俺に、エリスが声を上げる。

 

「分かってますよ! どうせ銀髪盗賊団としてまた貴族の屋敷に忍びこんでほしいって言うんでしょう! 俺って充分頑張ったと思うんですよ! 魔王も倒したしもういいでしょう! これからは魔王を討伐した賞金で堕落したブルジョア生活を送るんです!」

「そ、そこをなんとか! お願いしますカズマさん! また下界に流れていた神器が見つかったんです! カズマさんにしか頼めない事なんですよ!」

「お、お断りします! 貴族を敵に回して盗賊なんかやってるってバレたら、普通に処刑されるんですよ! よく考えたら俺ってめちゃくちゃ危ない橋渡ってるじゃないですか! これ以上銀髪盗賊団の懸賞金を上げてたまるか!」

 

 エリスに真正面からお願いされ意志が揺らぎかけるも、俺がキッパリと断ると。

 

「…………お願いだよ、助手君……!」

 

 祈るように両手を組んだエリスが、上目遣いでそんな事を……!

 

「ズルいですよお頭! 毎回そんなんで絆されると思わないでください!」

「あれっ? ダ、ダメですか……?」

「ほら! なんとかなると思ってる! ぶっちゃけ俺の周りでめぐみんの次に悪女適性が高いのはエリス様ですからね。我が名は佐藤和真、女神相手でもノーと言える日本人!」

「悪女!? 私は女神なんですが! 悪女扱いは外聞が悪いのでやめてください!」

「外聞も何もここには俺とエリス様しかいませんけど」

「分かりました! そんな事を言うのであれば、今夜勝手に迎えに」

「『テレポート』……!」

 

 エリスが皆まで言うのを聞かず、俺は緊急脱出した。

 

 

 *****

 

 

 その日の夜。

 俺はクリスが迎えに来ても知らん振りをしようと、頭から布団を被りベッドに入っていたのだが……。

 コンコンと窓が叩かれる音を無視し続けていると、

 

「くしゅっ!」

 

 窓の外から、そんなくしゃみが聞こえてきて……。

 潜伏スキルを使いながら窓の外を窺うと、そこには屋根の上に腰を下ろし、寒そうに自分の腕を擦るクリスの後ろ姿が。

 

「……ああもう! しょうがねえなあー!」

 

 俺が窓を開けると、振り返ったクリスが嬉しそうに顔を輝かせる。

 

「遅いよ助手君! まったくもう、待ちくたびれたよ!」

「今から着替えるんで、もう少し待っててくださいお頭。……『ウィンドカーテン』!」

 

 クリスに魔法で寒風避けを施した俺は、部屋に戻るといつもの黒装束に着替えた。

 

「――お待たせ。さっさと行ってさっさと帰りますよ」

「ありがとう! やっぱりキミってば、優しいとこあるよね」

「そういうとこですよ悪女様。じゃ、行きましょうか」

「待ってよ助手君! 今のは本心だよ! 本当にそう思ってるんだから、悪女扱いはやめてくんないかなあ!」

「だからそういうとこだぞ」

 

 優しいとか言われると、しかもそれが本心からだとか言われると、頼み事を断りにくい気分にさせられるだろ。

 やっぱりエリス様には……いやクリスにも、悪女適性があると思う。

 

 

 

 ――クリスに連れられ辿り着いたのは、アクセルの街郊外にある貴族の屋敷。

 

「今回は潜入ルートもバッチリ調べてきてるよ! あの煙突から中に入って、二階の隠し通路から宝物庫に入れるはず……!」

「了解です。……『狙撃』!」

 

 俺が弓を引き絞り放ったロープ付きの矢が、ガッと煙突の根元に突き立った。

 俺はロープを引っ張り強度を確かめながら。

 

「ロープを登る腕力が足りないんで、支援魔法を……『パワード』! あと屋根の上は寒そうだし、さっきの魔法を掛け直しますね。『ウィンドカーテン』!」

「助手君はなんでも出来るね。あたしも冒険者になれば良かったかな?」

「これは俺限定のチートらしいんでおススメはしませんね。とある魔道具店の全面協力でスキルポイント大量入手したんですよ」

「そういえば、魔王城に行く直前にすごくパワーアップしてたね? ねえ、その話詳しく聞いてもいい?」

 

 ……ウィズとバニルの事をクリスに知られるのはさすがにマズい気がする。

 

「い、今は潜入に集中しましょう。支援魔法で筋力を上げたんで、俺が先に行ってお頭を引っ張りあげますね」

 

 ロープを伝い屋根の上に立った俺が、クリスを引っ張り上げる。

 

「……、よっと! この下は応接間だよ。警備ゴーレムが巡回してるから気を付けてね」

 

 そんなクリスの言葉に見送られ、煙突の中にロープを垂らし下りていく。

 インポッシブルな感じに逆さまになり、暖炉から顔だけを出して室内の様子を窺うと。

 ……ちょうど、お掃除ロボットレベル百みたいな見た目をした、膝丈くらいの丸っこいゴーレムが応接間を出ていくところだった。

 何アレ怖い。

 

 ――そのまましばらくして。

 

 ゴーレムの巡回間隔を把握した俺は、ライターを何度も点火させ合図を送る。

 煙突を下り暖炉から出てきたクリスを、潜伏スキルで隠れていた家具の陰に手招きすると。

 

「くしゅっ! さ、寒かった……! あの風を防ぐ魔法って、助手君の周りにいないと効果がないんだね」

「あっ……! そういえばそうですね、あまり使う機会がないんでうっかりしてました。大丈夫ですか? 風邪引きそうならもう帰りませんか?」

「か、帰らないから! 今夜帰ったとしても、どうせまた一緒に来る事になるんだよ? ほら、行こう」

 

 巡回する護衛ゴーレムは、敵感知スキルにハッキリと反応している。

 数は多いが、人間と違って決まった行動しか取らないから分かりやすい。

 俺達はゴーレムを避けながら廊下を進み……。

 先導していたクリスが、廊下のある場所で足を止めた。

 

「この先から宝の反応があるね。きっとこの辺に隠し通路が……、あったよ!」

 

 クリスが壁を探ると、スイッチか何かが反応したらしくカチッと音がして壁が開いた。

 その向こうに現れた通路に、ゴーレムが来る直前に二人で飛びこむ。

 

「……バレてませんよね?」

 

 敵感知の反応が、ピタリと閉じた壁の向こうを横切ると、クリスが笑顔を浮かべて。

 

「宝物庫はこの先だね! さあ、行こうか!」

 

 

 *****

 

 

 隠し通路の先にあったのは、小さな倉庫のような部屋。

 明かりを点けると、そこは足の踏み場もないほどに、様々な宝石や装飾品などで溢れ返っていて。

 

「……うわあ。宝感知に反応はある、けど……、……どうしよっか?」

 

 ゴミ屋敷のような有り様に、クリスがポリポリと頬を掻いて苦笑している。

 宝物があるのは間違いないが、なんでもかんでも放りこまれているせいで、どれが神器か判別できないのだろう。

 屋敷の主には、ここにお掃除ロボットを入れておけと言ってやりたい。

 

「どうするって言われても。……まあ、探すしかないんじゃないですか。俺はどういうものかも分かってないですけど」

「今回は赤い宝石の指輪だね。異性を魅了する効果がある神器だよ」

 

 …………ほう?

 

「言っとくけど、選ばれた者じゃないと本来の効果はないからね。助手君が付けても、異性から少しだけ好かれやすくなるくらいじゃないかな? というか、がっつかれると引くとか言っていたくせに魅了の神器を付けるの?」

「それとこれとは別です。男には誰彼構わずナデポしたいって欲求があるんですよ」

「何言ってんのか分かんないけど、ロクでもない事を言ってるっていうのは分かるよ」

 

 そんなバカな話をしながらお宝の山を探っていたのだが……。

 お宝をガシャガシャ掻き分けながら歩いていたクリスが、

 

「ふわあああーっ!」

 

 何かに足を取られたらしくお宝に頭から突っこんでいき、その拍子に何かの薬瓶らしきものが宙を舞って中身が飛び散った。

 

「ぺっ! ぺっ! なんか口に入った! ねえ、おかしくないかな! あたしって幸運のステータスが高いはずなんだけどなあ!」

 

 謎の薬を頭から浴びたクリスが文句を言うが、その顔は少し笑っていて。

 

「そう言う割にちょっと楽しそうですよお頭」

「へへっ、まあね! そりゃ盗賊してるのは楽しいし、たまにはこんなハプニングもいいけどさ。でも運が良いはずなんだけどなあ……」

「俺もこっちに来てから運が良いと思った事ないし、疫病神にでも憑かれてるのかもしれませんね。ていうか、ぶっちゃけアク」

「この話やめよう! あっ、ほら! あっちに大きな反応があるよ!」

 

 クリスは強引に話を打ちきると、慎重な足取りで宝物庫の奥へと進んでいく。

 

「ううーん……? あ、あったあった! これだよ、魅了の神器」

 

 クリスが手にしたのは、言っていた通り真っ赤な宝石が嵌った指輪。

 それを懐に入れたクリスは俺のほうに寄ってきて。

 

「じゃあ、帰ろうか! 隠し通路は暗いから、手を引いてもらっていいかい?」

 

 …………えっ。

 

 なんか、このクリスおかしくないか? 以前は暗いから手を握ると言ったらセクハラ扱いされたんですけど。

 よく見ると、ちょっと顔も赤いような……?

 そういや、さっき謎の薬を被っていたな。

 俺が薬の空き瓶を拾いラベルを見ると。

 

「惚れ薬だコレ」

「……、ホントだ。……ええと、多分飲んでから最初に見た相手が魅力的に見えるようになっちゃうってやつだね」

「なるほど」

 

 俺は試しにファサッと前髪を掻きあげてみせる。

 

「……どうしたの助手君。前髪が気になるなら床屋さんに行ったら?」

「ちげーよ! 惚れ薬が効いてるんなら、俺の事がいつもより格好良く見えてたりしませんか?」

「ええっ? そんな事言われても……。助手君はいつも通りの助手君に見えるよ。ほんのちょっと口に入っただけだし、効果は出てないんじゃない?」

「そうですかね? さっきは変な感じでしたけど……。まあ、効いてないってんならいいです。さっさと帰りますか」

 

 と、歩きだそうとした俺の手に、クリスが自然な感じで手を滑らせてきて。

 

「…………」

「……えっと、ダメかな?」

「…………惚れ薬は効いてないんですよね?」

「もちろんだよ助手君」

「……俺は構いませんけど、こないだ似たようなシチュエーションで俺が手を握ろうって提案した時、セクハラ扱いして天罰が下るとか言ってませんでした?」

「ま、まあそれはいいじゃんか! 今は手をつなぎたい気分なんだよ! あたしがいいって言ってるんだからセクハラじゃないよ!」

 

 ……本当にそうか?

 やっぱり今のクリスは正気じゃないと思う。

 アクアの微妙な天罰と違って、エリスの天罰はシャレにならない系のやつだ。

 惚れ薬の効果が切れた後の事を考えると、これは…………。

 

「…………どうしてもダメ?」

「構わんよ」

 

 考えるのを放棄した俺はクリスの手を握り返した。

 

 

 

 それほど長くもない隠し通路を歩いていると。

 ……最初は普通に手をつないでいたはずが、いつの間にか指と指を絡められ、いわゆる恋人つなぎみたいな感じになっている。

 

「えへへ」

 

 隣を歩くクリスは、俺とつないでいる手を見下ろし、嬉しそうに微笑んでいて……。

 何この可愛い生き物。

 どう考えてもおかしいが、本人が惚れ薬は効いていないと言っているんだし、もうこのままでいいんじゃないかなという気分になってくる。

 いや待て佐藤和真。

 相手はあのエリス様だぞ?

 手をつなぐだけで本当にセクハラ認定されるかは分からないが、恥ずかしがったエリス様が無茶な天罰を下してくるかもしれない。

 ここは適切な距離を取って……

 

「男の人の手って、大きいんだね。キミってあんまり男って感じでもないけど」

 

 クリスが握った手にニギニギと力を込めてきた……!

 いつの間にか俺の腕に身体を寄せ、ぴったりとくっついてきている。

 さすがは凄腕の盗賊職、間合いを詰めるのが巧い。

 って違う!

 

「お、お頭? その……」

 

 ヤバいって! 何がヤバいってもうヤバい!

 少年に間違われるほどスレンダーなクリスでも、ここまで密着されると女の子のやわっこい感触にドキドキさせられる。

 

「うん? どうしたんだい助手君?」

 

 小首を傾げたクリスの頬が、俺の肩に押しつけられる。

 思わず横を見ると、上目遣いのクリスと目が合って…………

 

「…………」

 

 屈託のない笑顔を向けられると、どうしたも何も近すぎるだろとは言えず。

 そのまましばらく見つめ合っていると、

 

 ――クリスがゆっくりと目を閉じた。

 

「…………ッ!?」

 

 れれれ冷静になれ佐藤和真!

 マズいって! いつもみたいに場の雰囲気に流されるのはマズい!

 本人は否定しているが、今のクリスは正気じゃない。

 ここでキスしてしまったら、正気に戻ったエリスに、それはもうとんでもない天罰を下されるだろう。

 というか、手を握ろうとしただけでセクハラ扱いされた事を考えると、今の時点でも充分に危ないわけで……

 …………。

 ……どうせ天罰を下されるなら、もういっそキスしといたほうがいいんじゃないか?

 俺はクリスの両肩に手を乗せ、正面から向き直り。

 

『侵入者発見! 侵入者発見!』

 

 突然の音声に振り返ると、隠し通路の扉が開いた先で、警備ゴーレムが警報を鳴らしていた――!

 

 

 

「『スティール』! 『スティール』! 痛ってええええ、足の指が!」

「『スティール』! 助手君、気を付けて! 重い物盗んだら怪我するよ!」

「ふぐぐ……っ! 『ヒール』! 一体一体スティールしてもきりがない! まとめて足止めしましょう! お頭はワイヤー張るやつを!」

「わ、分かったよ! 『ワイヤートラップ』ッ! ねえ助手君、一瞬でワイヤーが切られたんだけど!」

 

 畜生、こいつら意外に高性能だ!

 見つかった警備ゴーレムを咄嗟にバインドで無力化した俺達だが、警報で集まってきた大量のゴーレム達に追われていた。

 

「ど、どうしよう助手君! こんな状況じゃ煙突に逃げこめないしけっこうピンチだよ!」

「落ち着いてくださいお頭。最悪の場合は劣化マイトでその辺の壁を壊せば……」

「この屋敷の壁という壁、窓という窓は、銀髪盗賊団対策で魔法で強化されてるんだ! だから煙突から入ったんだよ!」

「お、落ち着いてくださいお頭! ゴーレムが相手なら必殺スティールを使い続ければ……」

「あたし達の幸運ならほぼ確実に重要な部品を奪えるだろうけど、重い物を盗っちゃったら怪我するかもしれないし、あんなにたくさんいるのに一体ずつスティールする暇なんてないよ!」

「ああもう! どうすんだよ! 否定ばっかしてないで、お頭も何か秘策を出してくださいよ!」

「秘策っていうか、もうテレポートで逃げようよ!」

「使えません」

 

 …………。

 

「……、今なんて?」

「使えませんって言いました! テレポート用のマナタイトは持ってきてないし、いろいろと魔法を使ったのと、さっきのバインドで魔力はほぼ尽きました!」

 

 人間にならドレインタッチが使えるのだが、ゴーレム相手では効果はないだろう。

 

「何やってんのさ助手君! 盗賊職として下準備を怠るのはどうかと思う!」

「お頭が急に来るからですよ!」

「そ、それはごめんて!」

 

 ……! 目の前に下り階段……!

 俺はクリスの手を取り、階段の手前で廊下を右に曲がる。

 

「お頭、こっちへ! ――『クリエイト・ウォーター』! 『フリーズ』ッッッ!!」

 

 凍結コンボで床を凍らせると、俺達を追いかけてきていた警備ゴーレム達が、曲がりきれずに階段を転げ落ちていった。

 形状的に、階段を上ってくる事はできないだろう。

 

「さ、さすが助手君!」

「よし! 今のうちに……!」

 

 俺が言いかけたその時、前方からもゴーレムの駆動音が――!

 

 

 *****

 

 

 部屋のドアが開き、警備ゴーレム達が入ってくる音がして……。

 …………。

 再びドアが閉まる音。

 

「……い、行ったかな?」

「みたいですね。これでしばらく時間稼ぎが……」

 

 ゴーレムの群れに追い詰められた俺達は、近くにあった部屋に飛びこみ、その部屋のクローゼットの中に隠れている。

 ホッと息をついていると、目の前に、本当に至近距離にクリスの顔があって。

 

「…………」

「…………」

 

 ていうか、今さらだけど身体もすごく密着してるんですけど。

 ほぼ抱き合っていると言っても過言ではない感じなんですけど。

 

「ふーっ」

「ひああーっ! おい、急に耳に息吹きかけてくんな! 状況分かってるんですかお頭」

「ご、ごめん。……ふふ、『ひああーっ!』だって」

「おい」

 

 クローゼットの中は狭くて真っ暗だ。

 千里眼スキルでは輪郭くらいしか分からないが、クリスが笑っている事は分かる。

 近くで見ると改めて可愛い。

 ……どうしよう、うっかりキスしても事故って事で誤魔化せそうな距離だ。

 今のクリスは惚れ薬が効いているみたいだし…………

 

「ねえ助手君。……聞こえてる?」

「…………?」

「心臓の音、すごくドキドキしてる」

 

 口元に微笑を湛えたクリスが、吐息のような声で囁く。

 

「お、お前それはアレだよ、吊り橋効果ってやつだ。そのドキドキはピンチで心拍数が上がってるだけだから騙されるなよ」

「ねえ、助手君」

 

 俺の頬にそっと手を添えてきたクリスが、

 

「騙されててもいいって言ったら、どうする?」

 

 そんな事を言いながら目を閉じ……

 

「……『フリーズ』!」

「わああ! 冷た! 何すんだよ助手君!」

「おおお、落ち着けクリス! 冷静になれ! ヤバいって、これダメなやつだって! 後で天罰が下るやつだ!」

「しないってば! あたしがいいって言ってるんだからいいじゃん! さっきはキスしそうになったくせに!」

 

 クリスが言っているのは、隠し通路で警備ゴーレムに見つかる直前の事だろう。

 

「さっきの事があったから今ちょっとだけ冷静になれてるんだよ! いつもいつも意志が弱くて流される俺じゃねーぞ! 今回ばかりは耐えきってやる!」

「なんでダメなの? めぐみんというものがありながら、ダクネスとはキスしたくせに」

「ち、ちがー! 違うぞ! あれは無理やりされたんであって、俺は被害者だからな。微妙に責めるような言い方をするのはやめろよ」

「だったらあたしだって無理やりするんだからいいじゃんか! なんでダクネスは良くてあたしはダメなの? なんか納得行かない!」

「今のお前は正気じゃないからだよ!」

「分かったよ、もういいよ! 今のあたしは正気じゃないから、惚れ薬のせいだから仕方ないんだよ! ほら、分かったら諦めて……!」

 

 と、そんな時。

 突然クローゼットのドアが開かれ――

 

 

 

「そりゃあんだけ騒いでたら見つかるわ!」

「ごめんて! でも騒いでたのは助手君も一緒じゃん! あたしだけのせいにするのはどうかと思う!」

 

 大量の警備ゴーレムにネットランチャーみたいなので撃たれた俺達は、でかい網に捕まって廊下を引きずられていた。

 

「バカ! あんな事されて俺が騒がないわけないだろ! 思春期の童貞舐めんなよ! お前らは自分が美少女って自覚が足りない!」

「び、美少女……! ……でもめぐみんやダクネスと一緒くたに褒められるのはなんだか複雑だなあ」

「言ってる場合か! ――いだだだだ! もっと丁寧に扱えよ、床にこすれてんだよ!」

「ゴーレムにそんな事言っても無駄だよ助手君……」

 

 ――そして連れてこられたのは、寝室らしき部屋。

 そこには、パジャマ姿でニヤニヤと笑う、この屋敷の主人らしき男が待っていて。

 

「ふははは! あの銀髪盗賊団を捕まえられるとは、やはり防犯設備に投資して正解だった! 貴様らの懸賞金があれば充分に取り返せる……!」

「ほら、だから言ったじゃないですかお頭! 懸賞金のせいで俺達ピンチですよ! どうしてくれるんですか!」

「ごごご、ごめん! それは本当にごめん! あたしの考えが足りなかった!」

「俺は悪くねぇ! お頭にそそのかされただけなんだ!」

「あっ! この状況でそんな事言うの? 最低だよ、キミってやっぱり最低だ!」

 

 俺達が言い合っていると、無視されたパジャマ男が青筋を立てて怒鳴りだした。

 

「ええいっ、ワシを無視するな! 貴様ら状況が分かっているのか? どれ、その仮面を引っぺがし素顔を見てやろう……!」

 

 そんな事を言いながら手を伸ばしてきて。

 

「まあ、それを待ってたんだけどな?」

 

 俺はパジャマ男の腕を掴むと、ドレインタッチで魔力を奪い――!

 

「――『テレポート』!」

 

 

 *****

 

 

 東の空が薄っすらと明るくなる頃。

 貴族の屋敷を脱出した俺は、惚れ薬の効果が残っているのか俺の手を握ったまま離そうとしないクリスを連れて、屋敷に戻ってきた。

 

「アクア! アクアーッ! 回復ください! 起きろ! 起きてくれ! アクア様ー!」

 

 俺がクリスをくっつけたままアクアの部屋のドアを叩いていると。

 薄手のネグリジェ姿のダクネスが現れて。

 

「おいカズマ、こんな朝早くから何を……。クリス? それにその格好、また銀髪盗賊団としての活動か? 盗みなどするくらいなら私が貴族として話をつけるとあれほど……」

「今は説教はいいよ! そんな事より……」

「――そんな事より、どうしてクリスはカズマにくっついているんですか? 私というものがありながら、二人の距離が近すぎると思います」

 

 パジャマ姿のめぐみんまでもが現れ、そんな事を言ってくる。

 

「だからこれには事情があるんだって! お前らもバカな事言ってないでアクアを起こすの手伝ってくれ! 今のクリスは、なんていうか、状態異常が掛かってるんだよ!」

 

 二人の言葉に俺が反論していると。

 

「ふわわ……。もう、朝っぱらから皆して何を楽しそうにしてるの? 遊ぶんなら私が起きてからにしてほしいんですけど」

 

 眠そうに目をこすりながら起きてきたアクアが、そんな事を言った。

 

 

 

「『セイクリッド・ハイネスヒール』!」

 

 屋敷の広間にて。

 二度寝しようとするアクアを説得し、どうにか回復魔法を使わせる事が出来たのだが。

 

「……変ねえ? なんだか手応えがないんですけど。ていうか、クリスってば本当に状態異常に掛かっているの? 私のくもりなきまなこで見たところ、健康そうに見えるわよ」

「えっ」

 

 相変わらず俺にくっついたままのクリスが声を上げた。

 

「バカ言うな。クリスが正気ならこんな風にくっついてるわけないだろ。うっかり惚れ薬飲んじまってずっとこんななんだよ」

「はあー? カズマさんったら私をなんだと思ってるんですか? 女神ですけど? 回復魔法の事でこの私に間違いがあるわけないでしょう?」

「ええと……、治った! 治ったよアクアさん! もう大丈夫だよ!」

 

 アクアの治癒魔法で正気を取り戻したクリスが、ギュッと掴んでいた俺の腕を放し距離を取る。

 ……ちょっと惜しかったと思ってしまう俺は悪くないと思う。

 

「でも変ねえ、手応えからすると怪我も状態異常もなかったと思うんですけど。……ふぁあ。クリスも回復した事だし、もう寝てもいい?」

「えっ」

「そんな事言ったって、クリスは変な感じになってたじゃないか」

 

 アクアの言葉にクリスが声を上げ、俺が思わずツッこむが、アクアは暖炉の前の特等席で丸くなってすでに寝息を立てている。

 と、そんな時。

 

「あの、ひょっとして」

「ち、違うよめぐみん! 違うから!」

「ク、クリス? お前まさか」

「ダクネスまで! 違う違う! 本当に違うってば!」

 

 何かに気付いたらしいめぐみんとダクネスに、焦った様子のクリスが反論する。

 そんな、二人と言い合いながら顔を赤くし、チラチラと俺のほうを見てくるクリスに。

 

「お前ひょっとして、俺の事好きなの?」

 

 俺は鈍感系ではない。

 クリスが少しだけ飲んでしまったという惚れ薬の効果は、実はすぐに切れたのでは?

 効果が切れてからも態度が変わらなかったのは、つまりそういう事なのでは……?

 いやでも、相手はクリスだぞ? 悪友みたいな関係で、盗賊団のお頭で、いろいろと秘密を共有していて……。

 そんなクリスが、真っ赤な顔を両手で隠しながら、

 

「こ、こんな状況で聞くなよう……」

 

 消え入りそうな声でポツリと呟いた。

 

「あーっ! う、裏切り者! いくら盗賊職だからと言って、盗んでいいものと悪いものがあると思います!」

「そそそ、そんな事言われても! そりゃ助手君の事は普通に好きだけど、それは友人としてであって……、こんなにだったとは自分でも予想外っていうか!」

「悪い事は言わない、やめておけクリス。その男はろくでなしだぞ」

「そんな事言って、ダクネスだってカズマ君の事が好きなんじゃん! 説得力ないよ!」

 

 めぐみんがクリスを指さして声を上げ、ダクネスがクリスを説得しようとするも一瞬で言い負かされる中。

 俺は……。

 

「なんだよ、お前マジで俺の事が好きだったの? じゃあ我慢する事なかったじゃん! 畜生! ちゅーとか拒否るんじゃなかった!」

「「「!!!!????」」」

 

 後悔を口にした俺の言葉に、三人が驚愕の表情を浮かべた。

 

「なんですか、キスしようとしたんですか? 真面目な振りしてとんだビッチですね!」

「クリスが……、あの真面目だったクリスが……! カズマの悪影響か? なあ、一度じっくり話し合わないか?」

「最低最低! キミってやっぱり最低だ!」

 

 

 *****

 

 

 銀髪盗賊団としての活動を終えた翌日。

 昼過ぎに目覚めた俺は……

 

「やあ」

「……ッ!? カ、カズマさん!? どうしてここに!」

「どうしてって、これまでもたまに来てたじゃないですか」

 

 マナタイト結晶を補充した俺は、テレポートで再び復活の間を訪れていた。

 今朝逃げていったクリス……ではなく、女神エリスが目に涙を浮かべ、腰が引けた姿勢で俺を出迎える。

 

「昨日はあの後、大変だったんですよ? クリスが逃げるから俺がめぐみんとダクネスに問い詰められて、まあ俺は何も悪い事はしてないんで、水撒いて逃げましたけど」

 

 モジモジするエリスを前に、俺はその場に腰を下ろすと。

 

「今日はまためぐみんとアイリスがバチバチに言い争ってて、俺にどう思うのかって訊いてくるんで逃げてきました。どっちかの味方をすると、もう一方には責められて、その後でなぜか二人から責められるんですよ。おかしくないですか?」

「あ、あんな事があったのに、私の前で他の女の子の話をするのはおかしいと思います」

「あっ! そういえばエリス様って俺の事が好きだったわけだし、やっぱり誰かと一線越えそうになるために嫉妬して邪魔してませんでした?」

 

 以前同じような事を言ってエリスをからかった事があったが、実は真実を言い当てていたんじゃないか?

 

「ええっ? してませんよ! してませんしてません!」

「でも、ほら、これまでのエリス様は俺への密かな恋心を自覚してなかったわけで。……実は無意識に邪魔してたとか」

「……!? ……し、してない、と思います」

「ちょっと揺らぎましたね」

「揺らいでません!」

「だっておかしいじゃないですか、俺って幸運のステータスが高いはずですよね? なのにどうして毎回毎回邪魔が入るんですか? 俺より幸運の高い誰かが邪魔してると考えると納得できるんですよ」

「そそそ、そんな事言われましても! ズルいですよ! 無意識なんて言われたら否定しきれないじゃないですか!」

「ほらぁ」

「違います! 違います! してませんってば!」

 

 顔を赤くして涙目になっているエリス様は可愛いなあ……。

 この人、俺の事を好きなのか……、マジか……。

 

「カズマさん? なんですか? あの、カズマさん……?」

 

 ふと気づくと俺は両手をワキワキさせながらエリスに迫っていた。

 

「思うんですけど、俺ってエリス様にセクハラしても許されるんじゃないでしょうか」

「……!? 突然どうしたんですか! 許しませんよ! 私へのセクハラは強烈な天罰を下しますからね!」

 

 さっきまで恥ずかしがっていたのが嘘のような、冷たいジト目を向けてくるエリスに。

 

「俺は女相手でもドロップキックできる真の男女平等主義者にして、やられたらやり返す紅魔族の薫陶を受けし者。女神が相手だからって不公平を見逃すと思ったら大間違いですよ。こっちからセクハラしたら天罰が下るだとか言っておいて、そっちがセクハラしたのにお咎めなしっていうのはどうなんですか? 俺にはエリス様の手を握ったり抱き着いたりちゅーしようとしたりする権利があると思います!」

「そそそ、それは……! いえ、でも……! 私にも心の準備というものが……」

 

 俺がエリスの両肩を掴むと、真っ赤になったエリスはあちこちに視線を彷徨わせる。

 

「はあー? 心の準備? 今心の準備って言いました? こっちが心の準備をする間もなくくっついてきたりキスしようとしてきたりして人の心を散々弄んだくせに、そっちは心の準備をするんですか? それってズルくないですかねえ?」

「待ってください! 本当に待ってください! 分かりました、謝ります! 私が悪かったです! すいませんでした! でも媚薬のせいなので仕方なかったところもあると言いますか、私も被害者と言いますか……!」

「媚薬の効果って、実はほとんどなかったんですよね? というか、媚薬のせいだとしても、エリス様は俺に対しては加害者だったんですから言い訳にならないと思います」

「そんな! それは……、ですが……!」

 

 俺がゆっくりと顔を近づけていくと、何事か言い訳しようとしていたエリスは。

 真っ赤な顔のまま目を閉じた。

 

 …………えっ?

 

 いや違う! 違わないけど!

 これはいつものからかいの延長みたいなもので……!

 ……どうしよう、このところのラブコメハーレム生活のせいで、越えちゃいけないラインの見極めがおかしな事になっていたかもしれない。

 少しくらい過激な事をしようとしても、どうせ邪魔が入るんだろうな、と……。

 屋敷なら誰かしら邪魔する奴がいたのだが、ここでは…………

 

 動きを止めた俺に、エリスはチラッと片目を少しだけ開け、すぐに閉じた。

 

 マ、マジで?

 いや待て佐藤和真。

 逆に考えるんだ、一線越えちゃってもいいじゃないかって考えるんだ。

 これは浮気でもセクハラでもない、仕返しだ、エリス様が受け入れている以上、誰にも文句を言われる筋合いはないはずだ。

 覚悟を決めた俺は、ゆっくりと…………

 

 

 

「あのう……」

 

 おずおずと掛けられた声に振り返ると、そこには冒険者らしき鎧を身に着けた青年が。

 革で出来たその鎧は大きく破損していて、現世での青年がどうなったのかが嫌でも分かってしまう。

 いくら俺がクズマだのゲスマだの呼ばれていても、死んだ人間の最期の時間を奪うほどクズではない。

 俺はエリスに向き直ると、

 

「ほら、やっぱりこうなるんじゃねーか! でもやっぱりエリス様のせいじゃないっぽいですね、疑ってすいませんでした!」

 

 言うだけ言ってテレポートで緊急脱出した。

 

 

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