このすばShort   作:ねむ井

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『このリッチー裁判に異議ありを!』既読推奨。
 時系列は、魔王討伐後。


このポンコツ店主に相談を!

 ある日の昼下がり。

 俺はウィズの店のカウンターに座り、ぼんやりと店番をしていた。

 相変わらず客の来ないこの店では、店番と言ってもやる事はなく、平和で穏やかな空気が流れている。

 ここでは性的な意味で迫られてる邪魔が入る事も、クエストに行こうと強引に誘われる事もない。

 何事も起こらない平和な日々が続いているせいか、少しくらいおかしな事件でも起こらないかなと、フラグのような事を考えていると。

 急にドアが開いて。

 

「いらっしゃ……、なんだアクアか」

 

 やってきたのは、茶を飲みに来る厄介客の駄女神だった。

 

「はあー? なんだとは何よ、お客様は女神様ですけど? まったく、この店の店員教育はどうなっているのかしら! 店長を呼びなさい! 店長を!」

「お断りします」

「……まあいいわ。とりあえずお茶を淹れてくださる?」

 

 定位置となっている椅子に腰掛け、我が物顔で茶を注文するアクアに、俺は再びキッパリと言った。

 

「お断りします。ここは喫茶店じゃないって言ってるだろ」

「何よ、ウィズならお茶くらい淹れてくれたわよ! 下っ端のくせに上司の意向に逆らっていいんですか? ウィズに言いつけてやるからね!」

「ウィズがそんな事で怒るわけないだろ。昨日もカズマさんが来てくれて助かってますって言ってくれたんだからな」

「何よそれ。私のほうが何度もこの店に来てるし、あんたよりもウィズとは仲良しですけど!」

「いやお前それ迷惑掛けてただけだろ」

 

 俺のツッコミにアクアが黙ったその時、倉庫の整理をしていたウィズが戻ってきた。

 

「アクア様、いらっしゃいませ。今お茶を淹れますね」

 

 ウィズが笑顔でお茶の用意を始めると、アクアがドヤ顔で。

 

「ほら見なさい! 聞いてウィズ、この男ったらお茶のひとつも淹れてくれないのよ!」

「おいウィズ、こいつをあんまり甘やかすなよ。客でもないのにもてなす事ないからな、雑巾の絞り汁でも出してやれ」

「残念でした! 私の超すごい体質で、雑巾の絞り汁だって触れば清らかな水になるのでした!」

「じゃあ雑巾の絞り汁でいいんじゃないかな」

 

 俺とアクアがそんな事を言い合っていると、ウィズが三人分の茶を持ってきてくれる。

 

「まあまあ、そんな意地悪を言わないであげてくださいよ。今日はお菓子もありますから、みんなでお茶の時間にしましょう」

「喫茶店でもないのにそれでいいのか? 客が来たらどうすんだよ」

「どうせお客さんなんて来ないじゃない」

 

 やんわりと宥めようとするウィズに、アクアが無慈悲な事を口走った。

 ウィズはそんなアクアにも嫌な顔ひとつせず。

 

「聞いてくださいアクア様! 最近はカズマさんのお陰で少しだけお客さんが増えたんですよ!」

「えー? せっかく私の憩いの場なのに、ポッと出の奴らに邪魔されたくないんですけど。ここはひとつ、私のほうがこの店の常連だって事を分からせてあげないと」

「商品を買うわけでもないくせに客を名乗るのはやめろよ」

 

 カウンターに座り、一日中ダラダラと店番をする。

 こんな日々も悪くないなと思いながら、俺はウィズが淹れてくれた茶を啜った。

 

 

 *****

 

 

 古来、ベルゼルグ王国には、とある決まりがある。

 魔王を倒した勇者に、褒美として王女を妻にする権利を与えるという――。

 

 俺の名は佐藤和真。

 魔王を討伐し世界に平和をもたらした男だ。

 そんな俺を慕ってくれる王女アイリスは、王国に伝わるというその決まりを持ちだして、お兄ちゃんと結婚したいと言ってきた。

 

「年齢を理由に断るのは、ズルいです……!」

 

 そう言って泣きだしたアイリスを前にしては、さすがに断る気にもなれず。

 いろいろと話し合った結果、アイリスがこの世界で結婚できる年齢の十四歳になるまで、そういったアレコレは保留という淑女協定が結ばれた。

 ……まあ、その日の夜にめぐみんが俺の部屋に来たんだが。

 

「アイリスとも約束しましたからね、私からは何もしませんよ。私からは。でもカズマが手を出してくるなら仕方がないと思います」

 

 そんな魔性のめぐみんも、アクアの乱入によって夜通し遊び尽くすと何事もなく朝帰りして。

 

 ――それからというもの。

 

 めぐみんが俺から手を出させようとあの手この手で迫ってきたり、ダクネスが何かと色仕掛けしてくるくせに途中でヘタれたり、アイリスが毎日のようにクエストに誘いに来たり、よく分からんがアクアが挙動不審だったり。

 ハーレム展開が手に負えなくなった俺は、屋敷から逃げだし……。

 

 

 

 そして俺は今、ウィズの店で店番をしている。

 

 ……どうしてこうなった?

 

 いや、いいんだが。

 不満はないんだが。

 このところ屋敷での生活は気が休まる暇がなかったから、客がほとんど来ないこの店での穏やかな日々は俺の心を癒やしてくれる。

 カウンターの内側に座り、一日中ぼんやりしているだけで働いた気分になれるのも良い。

 貯金は充分にあるとは言え、長期間ニートをやっているとたまに正気に戻る瞬間があるからなあ。

 

「カズマったら、いつまでここにいるつもり? まあ、私は別になんだっていいけど、みんな寂しがっているわよ? 最近のめぐみんはすっかり大人しくなっちゃって、一日中ソファに座ってちょむすけを撫でるだけで……。私は別になんだっていいけどね」

 

 おかわりの茶を口にしながら、アクアがそんな事を言ってくるが……。

 

「嘘じゃん。今日も爆裂魔法の震動がここまで来たからな。あいつが元気に日課やってんのは街のみんなが知ってるよ」

「日課は別腹らしいわ」

 

 ちょっと何言ってるのか分かんない。

 

「でも、その……、アレよ。いつまでもここにいるのはウィズだって迷惑なんじゃないかしら?」

「私としては、いつまででもいてくださって構いませんよ」

 

 のんびりとしたウィズの言葉に、俺も茶を飲みながら。

 

「ウィズもこう言ってくれてるし、しばらくはこのままでいいよ。そりゃまあ、俺だって帰れるもんなら帰りたいけどさ。今帰っても多分また同じ事の繰り返しになるだけだろ。しばらく距離を置いたほうがお互いのためにもいいと思うんだよ。それに、ここでの生活もけっこう悪くないしな。……そういや、俺って冒険者なんか辞めて商人になりたかったんだよなあ」

「ねえ待って? カズマってば何言ってるの? こんなとこにいたら悪魔とアンデッドが移るわよ。悪い事は言わないからさっさと戻ってきなさいな」

「う、移りませんよ! アンデッドはそういうのではありませんから! 普通の人にとっては臭いもしないはずです! に、臭いませんよね……?」

 

 とんでもない事を言いだしたアクアを、ウィズが慌てて否定する。

 

「ウィズがリッチーなのは街の連中にも知られてるし、もうそんなの誰も気にしてないだろ」

 

 あの裁判の後。

 ウィズは意外にもあっさりとアクセルの住民に受け入れられた。

 日頃の行いが良かったからだろう。

 エリス教徒もエリス様が見逃した事で、警戒しながらも様子見している。

 ……アクシズ教の連中は、アクアが唯一認めたアンデッド、しかも美人という事で、例外的に愛でてもいい存在としてたまにウィズを拝みに来る。

 

「えー? どうして悪魔やアンデッドをそんなに簡単に受け入れちゃうの? この街の人たちはちょっとおかしくないかしら?」

 

 女神のくせに一番ウィズに甘やかされている奴がなんか言っていた。

 

「えっと、そう言えばアクシズ教の方々は、たまにアクア様の聖水を買っていかれますね」

「うちの子をたぶらかすなんて……ウィズ、恐ろしい子!」

「ええっ! わ、私はそんなつもりは!」

 

 アクアの言葉にまごついたウィズの手から、バネ仕掛けのおもちゃのような物が飛びだし、テーブルの上をぴょこぴょこと跳ねていく。

 

「あら? ねえウィズ、この変てこなおもちゃは何かしら? なんだか見覚えがあるんですけど」

「あ……! そうですね、アクア様は以前見た事がありますけど、それは『カエル殺し』という魔道具です! この愉快な動きはジャイアントトードにとって美味しそうに見えるらしく、その辺に置くだけで食いつきます。すると魔道具に封じられた炸裂魔法が発動し、カエルもろとも木っ端みじんに……」

「すごいわ! これは買いね!」

 

 さっきまでウィズを追及していたアクアは、すでにその変てこな魔道具の事しか頭にないらしい。

 ……コイツの知能はカエル並なのだろうか?

 

「ねえカズマ、お小遣いを」

「いや待て。ウィズが仕入れてくる魔道具だぞ? どうしようもない欠点があるんだろ?」

「そ、そんな事は……。ただちょっと、熟練の職人が丹精込めて作った魔道具ですので、お値段が高くなってしまうだけで……」

「ほーん? いくらなんだ?」

「に、二十万エリスです」

「買わない」

 

 即答した俺に、アクアが。

 

「待って! 待って! 私だってあのカエルには何度も痛い目に遭わされてるし、たまには復讐したいんですけど! カズマはお金をいっぱい持ってるんだから、このお店の売り上げに貢献してあげてもいいと思うの! よっ、お大尽!」

「都合のいい時だけ褒めるのはやめろよ。まあ、どうしても欲しいって言うなら金貸してやってもいいけどな。けっこう先まで小遣いはなくなると思えよ」

「……ごめんねウィズ、やっぱり要らないわ」

 

 前言をあっさり翻すアクアに、ウィズが声を上げた。

 

「そんな! アクア様が買ってくださらなかったら、他に欲しいって言ってくれるお客さんがいないんですよ!」

「いやもう答え出てるじゃん。そんなもん売れるわけないって」

「待ってください! 待ってください! これは本当にすごい魔道具なんですよ! ジャイアントトードが食いつく愉快な動き、極限まで小さくしているのに炸裂魔法を封じこめた技術! まさにカエルを殺すためだけに作られた、理想的な造形なんです! 職人芸なんです!」

 

 ダメだコイツ……!

 

「よしそこに座れ、俺が説教してやる」

「ええ……?」

 

 納得行かなそうな顔をしながらも、ウィズはその場に椅子を持ってくると腰を下ろした。

 

「……まあ確かにな、ウィズの言う通り、この魔道具は技術的にすごいもんなんだろうさ。その辺は俺にはよく分からんし、元凄腕冒険者で、アークウィザードで、リッチーで、魔道具に詳しいウィズにはそれが分かるんだろう」

「ど、どうしたんですかカズマさん。いきなりそんなに褒めても何も出ませんよ」

「前振りだよ! ウィズの見方が間違っているとまでは言わないけどな、魔道具の価値ってのは希少性とか技術力とかで決まるのか? 結局買うかどうか決めるのは客なんだぞ? 高品質だけど高価すぎて誰も買わない商品なんて、商売じゃなくて趣味じゃないか」

「正論はやめてください! バニルさんに叱られるのと違って、カズマさんの言葉は心に刺さるんです!」

「俺だってこんな事言いたくないんだよ! ウィズの事はアクセルの街では珍しい常識人だと思っていたかったよ! でもこのところお前からは、調子に乗ってる時のアクアと同じ感じがするんだよ!」

「私もアクア様も、良かれと思ってやってるんですよ!」

 

 と、俺たちのやりとりを前に茶を啜っていたアクアが。

 

「聞き捨てならないわね。私だって最近は調子に乗ると失敗するって事を学習したわ。いつまで経っても変てこ魔道具ばかり仕入れているウィズと一緒にするのはやめてちょうだい」

「アクア様!?」

 

 同じくポンコツなアクアのまさかの裏切りに、ウィズが声を上げる。

 

「ウィズったらどうしてそんなにおかしな魔道具ばかり仕入れたいの? ウィズが頑張らなくても、カズマさんに任せておけば多分お店の事もどうにかしてくれるわよ?」

「べ、別に私はおかしな魔道具ばかり仕入れたいわけではなくて……。私は大切な仲間や友人と一緒にお店を盛り上げていきたいんです。カズマさんに任せてしまったら、それは私のお店じゃなくてカズマさんのお店じゃないですか」

「……? ちょっとよく分からないんですけど。カズマが仕入れたものを売るのは、一緒にお店を盛り上げるって事にならないの?」

「そ、それは……」

 

 言いにくそうにためらっていたウィズは、やがて胸に手を当てると。

 まるで宣言するかのように。

 

「私が自分で仕入れた魔道具でお店を黒字にして、いつもあの子たちをガラクタ扱いするバニルさんを、ギャフンと言わせたいからです!」

 

 ウィズが言い切ったのと同時。

 狙ったようなタイミングで店のドアが開き、バニルが帰ってきた。

 

「バババ、バニルさん!? ちがーっ! 違うんです、これは……! これは……、いえ、その……、ち、違いませんけど……!」

 

 なんたら光線に怯え、前言撤回しようとするも、何かを決意するようにキッパリと言ったウィズへと、

 

「ギャフン」

 

 バニルがポツリと呟いた。

 

「まったく。このような言葉を欲していたのなら、もっと早く言えば良かったであろう。この程度の言葉であればいくらでも言ってやるので、満足したならこれ以上バカな事をして赤字を増やすのはやめるように」

「そういうところですよ、バニルさん!」

 

 

 *****

 

 

 それは俺がウィズの店に居候し、店番する生活にも慣れたある日の事。

 カウンターに頬杖を突き居眠りをしていた俺は、

 

「ええい、この穀潰し店主が! 何度同じ失敗をすれば気が済むのだ! そんなガラクタが売れるわけなかろうが!」

 

 突如として響いたバニルの怒声に、ガクッとなって目が覚めた。

 

「待ってください! その子はガラクタじゃないです! 今度こそ絶対に売れるんです! バニルさんこそ、どうして何度も邪魔をするんですか……!」

 

 店の隅っこで、何かを守るように抱えているウィズ。

 そんなウィズへと、バニルが光線の構えでにじり寄っていき……。

 

 ――その二人を見た俺は、即座にカウンターの下に退避した。

 

「カ、カズマさん! カズマさんもバニルさんに何か言ってください!」

 

 しまった!

 急に動いたせいでウィズの注意を引いた!

 

「言ってやれ言ってやれ。小銭を稼ぐ能力には定評のある小僧よ、汝と違ってこの赤字店主には欠片たりとも商才がないと、事実を突きつけ黙らせてやれ。そのほうが店のためにもなるであろう」

 

 バニルまでもが、俺にそんな事を……。

 

「いや、ちょっと待ってくれ。すでに嫌な予感しかしない。これってアレだろ、なんか知らんが最終的に俺がなんたら光線喰らって死ぬ流れだろ。言っとくけど俺はアクアやウィズと違って、お前のビーム喰らったら即死するからな」

「何を言うか。貴様ら人間は、悪魔にとって美味しいご飯製造機。我輩が無駄に人命を奪うような浅慮な真似をするわけがあるまいて」

「いつだかお前のせいでダクネスが白目剥いてたよな? あの時、ダクネスの立ち位置にいたのが俺だったら死んでたとこだぞ」

「……、待つがいい勘違い小僧よ。そのような誤解を生じる言説には断じて抗議させてもらう。あれは我輩が発したバニル式殺人光線を、うっかり女神が跳ね返した結果であり、責めを負うべきは我輩ではなくうっかり女神のうっかりである」

「俺はうっかり死にたくない」

 

 

 

 ――で。

 

「『バニル式殺人光線』!」

 

 ウィズから魔道具を取り上げたバニルが、それを返品するためにと店を出ていくと。

 残されたのは俺と、黒焦げになったウィズだったもの。

 

「……えっと、大丈夫か? 今生命力を分けてやるからな」

 

 カウンターの下から這いでた俺は、ウィズの隣に腰を下ろすと、ウィズの手を取りドレインタッチで生命力を送る。

 しばらくすると、ウィズは人間らしい見た目を取り戻してきて。

 

「…………ああ、カズマさん。ありがとうございます。すいません、お見苦しいところを見せてしまいましたね」

 

 青白い顔で、ポソポソとそんな事を……。

 

 ……なんだろう、すごく気まずい。

 

 俺がバニルを止めようとしたところで、死体がひとつ増えていただけだと思うのだが、それでも目の前でウィズを見捨てたのは事実なわけで。

 い、いやでも、ウィズがバニルの光線を喰らったのって、正直なとこ自業自得じゃないか?

 というか、こんなのこの店ではけっこうよくある光景だよな? 俺は悪くないよな?

 

「ううっ……、私はただ、良い魔道具を仕入れてお店を盛り立てていきたいだけなのに……」

 

 落ちこむウィズを見ていると、俺も少しだけ心が痛い。

 ぶっちゃけウィズがやってる事って、爆裂魔法以外を覚えないどこかのアークウィザードとか、攻撃スキルを覚えないどこかのドMクルセイダーとかと同じようなもんなんだが。

 あいつらの事はイタい信念を持っている厄介な奴らとしか思っていなかったが、ウィズだと同情したくなるのはなんでだろう?

 自分が仕入れたものが売れないって自覚がないからか?

 それとも……。

 

 ――あいつらが上級魔法や攻撃スキルを覚えていたら、こんな気持ちになったんだろうか?

 

「あー、その……。ウィズって変てこな魔道具にこだわりでもあるのか? 自分が選んだ魔道具しか店に置きたくないとか、そのためなら赤字のまま潰れても構わないとか」

「ありませんよそんなこだわり! 私だって、好きで赤字にしているわけじゃないんです! 私なりに売れると思って仕入れた魔道具が、なぜか売れないだけなんです!」

「そ、そうか」

 

 売れない理由は明らかだと思うが。

 

「そういう事なら、この店でも低品質の安い商品を扱ってみたらどうだ? アクセルって駆けだし冒険者の街だし、安いポーションやスクロールみたいな売れ筋商品なら売れると思うんだが」

「駆けだし冒険者向けの売れ筋商品ですか。以前は扱っていた事もあったんですが、全然売れませんでしたねえ」

 

 ……えっ。

 

「そ、そうなのか? それって客が全然来なかったって話じゃなくてか?」

「それはまあ、このお店は路地裏にありますから、お客さんが沢山来てくださるという事はありませんけれど。少しだけですが来てくれていましたよ。でも誰も商品を買ってはくれず……」

 

 …………ん?

 それって……

 

「その……、そいつらって男性冒険者ばかりじゃなかったか?」

「え? そうですね、言われてみればそうだったかもしれません。皆さん商品を眺めながら、なぜか私のほうをチラチラ見ていて……。そのまま何も買わずに帰ってしまいまして……」

 

 そいつらは美人店主であるウィズを見に来た奴らだ。

 なんてこった。

 この店の経営方針がおかしなほうへと向かっているのって、一応はウィズに対して好意的な奴らが余計な事をしたせいなのか?

 

「悪い事は言わない。もう一度、駆けだし向けの売れ筋商品を仕入れよう」

 

 俺がキッパリと言うと、ウィズはなぜか俺から目を逸らし。

 

「い、嫌です……」

「なんでだよ! そりゃ俺はプロの商人ってわけじゃないけど、今回に関しては自信があるぞ! 女神祭りを成功させた実績もあるし、全然役に立たないって事はないはずだ! 金の事が問題なら、最初の仕入れ金は俺が出してもいい!」

「そ、そういう事ではなくて……。カズマさんの事は信じていますよ。アクア様も最終的になんとかしてくれるのはカズマさんだっていつも言っていますし、それに私も裁判の時は助けてもらいました。きっとカズマさんに任せておけば、うちの赤字もなんとかしてくれるんだと思います」

 

 お、おお……。

 そんなに素直に褒められると少しだけ恥ずかしい。

 

「ま、まあ、それほどでもあるけどな? でもそれなら、俺に任せてくれれば……」

「いえ、その……。…………カズマさんに任せたらあっさり成功してしまいそうで……。そうなると私がこれまで頑張ってきたのはなんだったんだろう、ってなるじゃないですか」

 

 どうしようもない事を言いだしたウィズに、俺は少しだけイラっとした。

 

 

 *****

 

 

「――というわけで、低品質で安い、駆けだし冒険者向けの売れ筋商品を売っていこうと思うんだが、どうだ?」

 

 翌日。

 相変わらず客のいない店内にて、俺は二人にそんな提案をした。

 

「ふむ。売るのは構わんが、見ての通り広くもない店だからな。現状、新たな商品を並べるような余分なスペースはないぞ」

「そこは今並べてる商品を倉庫に入れてもらうしかないけど……」

 

 俺とバニルが、同時にウィズを見る。

 

「嫌ですよ! 私の仕入れた魔道具を欲しがるお客さんが来るかもしれないじゃないですか! その時、店頭になかったら見つけてもらえません! カズマさんは商売のチャンスをみすみす捨ててしまうんですか!」

「たわけ! 貴様が仕入れたガラクタが売れるわけなかろう! 四の五の言わず売れ筋商品に場所を明け渡すが吉!」

「やめてください! この子たちはすごいんです! きちんと育てば売れるはずなんです! ガラクタ扱いしないでください!」

「まあ待て。お前ら落ち着け」

 

 俺の言葉に、棚を片付けようとしたバニルが手を止め、そんなバニルを止めようとしていたウィズも俺のほうを振り向く。

 ……ああ嫌だ、この二人の喧嘩の仲裁なんて、ちょっとした間違いで死んじゃうやつだろ。

 

「……えっと、まあウィズの言う事も分かるけど、実際その辺の魔道具は売れてないわけだろ? 駆けだし向けの売れ筋商品を並べてみてもいいと思うんだが」

「そんな事言って、駆けだし冒険者向けの商品を置いても売れないじゃないですか」

 

 売れ筋商品を並べても自分が良いと思う商品を並べても、どっちにしろ売れないのなら、自分が良いと思う物を選びたくなる気持ちは分かる。

 

「いやまあ、そりゃそうなんだけどさ。……ほら、今ってウィズが仕入れた商品は並べてるけど、俺やバニルが仕入れた商品は並べてないだろ? 仲間や友人と一緒に店を盛り立てていきたいって言うなら、店に並べる商品について、俺たちにも少しくらい口出しさせてくれてもいいんじゃないか?」

「そ、それは……」

 

 なおもためらうウィズに俺は。

 

「よし分かった。じゃあこうしよう。俺が一割、バニルも一割、ウィズが八割の棚に、それぞれ選んだ商品を並べる。そんで、売れた分はもちろん補充するけど、売れなかったら仕入れ禁止ってのはどうだ? 例えば俺が仕入れた商品が売れ残ったら、俺はそれ以上仕入れない。要するに、自分のとこの棚が空かないと仕入れられないっていうルールだな」

「待ってください! それだと売れない商品がいつまでも棚に残り続ける事になります! お店として、お客さんが欲しがらない商品を並べておくのはどうなんですか!」

「じゃあ売れなくても、返品するとか廃棄するとかして、とにかく棚が空いたら新しく商品を仕入れてもいいって事で」

「あれっ? ま、待ってください! どうしてその新しいルールとやらを受け入れる感じになっているんですか! 私は嫌ですよ!」

「言っとくけど、ウィズも俺たちと同じルールだからな? 棚が空かない限り、新しく魔道具仕入れるのはダメだぞ」

「えっ」

 

 さらに続けた俺の言葉に、愕然とした様子で声を上げたウィズを放置して。

 俺はバニルへと向き直ると。

 

「そんな感じでいいか?」

「たわけ。いいわけなかろう。欠陥店主が仕入れた欠陥魔道具など、誰も買わんと言っておろうが」

「いや、お前まで反対すんのかよ」

「私も反対です! そのルールだと、倉庫にも三人分の商品を置かないといけないし、大量発注がやりにくくなります! 一度に沢山注文したほうが値段は下がりますし、せっかくお客さんが欲しがっても在庫がなかったらガッカリさせてしまいます!」

 

 口々に反対する二人に俺は。

 

「ああもう! お前らさっきまで正反対の意見言ってたくせに、どうしてこういう時だけ息ぴったりなんだよ! 不死だからいくらでも時間はあるっていうなら、最初から百点取ろうとするのはやめろよな! 最初は小さな事からコツコツと始めりゃいいだろうが! もっとお互いに話し合えよ! 気長に妥協点とか探せよ!」

「そ、それは……」

 

 バンバンとカウンターを叩きながらの俺の言葉に、ウィズはチラッとバニルを見た。

 そのバニルはというと。

 

「何を言うか。ガラクタを仕入れる事にかけて類い稀な才能を発揮するそこのポンコツ店主に任せれば、この店はあっという間に赤字が積み重なり潰れるであろう。今この店がギリギリのところで踏みとどまっていられるのは、我輩の活躍あっての事だぞ?」

 

 ちっとも反省も妥協も見せないバニルに、俺は言った。

 

「……ていうか、ウィズが意固地になってんのって、お前がそうやって何かと煽るからじゃないか?」

「な……っ!? バカを言うな。我輩は事実を口にしているだけで、文句を言われる筋合いはないわ」

「ほーん? それなら俺も事実を言うけど、これまでそこそこの期間お前はウィズを説得しようとして失敗してきたわけだろ? 俺の言葉には今ちょっと説得されそうになってるけど、そこんとこはどうなんだ?」

「…………」

 

 その言葉が刺さったのか、バニルは口元を歪め、珍しく黙りこむ。

 俺はすかさず言葉を続けた。

 

「じゃあ、それぞれ選んだ商品を並べるって事でいいな? もうずっとウィズの仕入れる商品ばかり売ろうとしてきたんだし、ここらで方針を変えてもいいはずだ」

「あれっ? 待ってください! そもそも私はその提案も受け入れてないですけど!」

 

 

 

 そして数日後。

 売れ筋商品を仕入れるようになったウィズ魔道具店は……

 

「…………、客が来ねえ……」

 

 このところ指定席となっているカウンターの椅子にて、俺はポツリと呟く。

 店は相変わらず閑古鳥が鳴いている状態で、ウィズが仕入れたおかしな魔道具だけでなく、俺やバニルが仕入れた売れ筋商品すらほとんど売れていなかった。

 

「やっぱり売れないじゃないですか!」

 

 ハタキを手にしたウィズが、どことなく嬉しそうにそんな事を言ってくる。

 

「いや、待ってくれ。まともな客が来たら売れるはずなんだ」

「それはいつも私が言っている言い訳と同じですよ? というか、お客さんは何人か来てくれていたじゃないですか」

「あいつらはウィズを見に来てるだけでまともな客ってわけじゃ……おい今なんつった? 言い訳って自覚あったのかよ」

 

 ウィズは俺の言葉に答えず、ハタキでパタパタやりだした。

 

「まあ、まずは宣伝でもしてみるか。この店は路地裏にあるし、知ってもらわないと客も来ないだろうからな」

「宣伝ですか。近所の方々がお店にチラシを貼ってくれていますけど」

「この近所に住んでるのって、一般市民向けの店やってる人たちだろ。普通の冒険者はあんまりそっちのほうには行かないし、宣伝効果は大した事ないと思うぞ」

 

 そこまで言ったところで、俺はハッと気づく。

 

「そうだよ! ギルドだ! 冒険者向けに宣伝するなら、冒険者ギルドが一番だ! ウィズ、俺ちょっと出かけてくる! 留守番頼むな!」

「それは構いませんけど……あっ、カズマさん! ギルドは……」

 

 ウィズが何か言いかけていたが、俺はそのまま店を出て――

 

 

 

「すいません、無理です」

「えっ」

 

 冒険者ギルドへとやってきた俺は、受付のお姉さんに話を持ちかけ、即行で断られた。

 

「い、いやいや。何も掲示板をガッツリ使いたいって言ってるわけじゃないんですよ。ただ邪魔にならないように宣伝させてほしいってだけで……。あ、ほら、バニル! あいつは隅っこのテーブルで相談所みたいな事やってるんですよね? あんな感じでいいんですけど」

「いえ、そういう事ではなく。冒険者ギルドは公的な機関なので、お店の宣伝などは禁止されているんですよ。バニルさんも酒場の一角を個人的に借りているだけで、ウィズさんのお店の宣伝は一切やっていないですよ」

「そ、そうなんすか」

「そうなんです。ですからサトウさんのご要望にはお応えできません」

 

 そういや税金騒動の時、ボーナスがどうのと言っていた気がするな。

 思い返してみると、冒険者向けの宣伝するには絶好の場所なのに、ここで宣伝してる奴を見た事がない。

 店を出る時にウィズが何か言いかけていたのってコレか?

 お姉さんが立ち去っていき、代わりに話しかけてきたのは。

 

「おっと、そこにいるのは大口叩いたにも関わらず、何の成果も得られていない小僧ではないか! フハハハ、その苛立ちの悪感情、美味である!」

 

 代わって話しかけてきたのは、酒場の片隅で相談所を開いていたバニル。

 

「ウィズだけじゃなくお前までそんな感じなのかよ。ていうかお前、煽りまくったせいでウィズが暴走気味って認めたんじゃないのかよ? 店を黒字にしたいなら少しは手加減しろよな」

「悪魔である我輩にそんな事を言われても。例え長年の願いを叶えるためだとしても、悪感情のためには我慢などせぬのが悪魔というものである」

 

 こいつ、開き直りやがった!

 まあ、わざわざ話しかけてきたのは、素直じゃないこいつなりに、店の事を考えての事なんだろうが……。

 

「なあ、お前ってすべてを見通すんだよな? それじゃあさ……」

 

 …………。

 

「……ほう? さすがは狡すっからい事にかけてはアクセル随一の男よ。なかなか面白い事を考えるではないか。もちろん、すべてを見通す大悪魔たる我輩は、貴様が欲している情報くらいは知っているとも」

 

 ニヤリと笑ったバニルが、すっと手のひらを差しだしてくる。

 

「……? なんだよ?」

「相談所に相談するのであれば、相談料がかかるのは当然であろうが」

「金取るのかよ!」

 

 

 

 ――さらに数日後。

 

「さあ、いらさいいらさい! そちらの治癒ポーションはおひとつ五千エリス! 隣の解毒ポーションは八千エリスである! 気分が良いので今なら五本ご購入につき夜笑うバニル人形を付けようではないか!」

 

 ウィズ魔道具店は普通に儲かっていた。

 あの日。

 俺がバニルに訊いたのは、アクセルにある冒険者向けの店の場所。

 個人に肩入れするのはダメでも、冒険者のためのマップを貼る事は、駆けだし冒険者支援の名目で出来るわけで……。

 その結果が、今の状況。

 ウィズ魔道具店は路地裏の分かりにくい場所にあるが、実は冒険者ギルドからけっこう近い。

 地図で場所が分かれば、街に来たばかりの駆けだし冒険者でも、ちょっと覗いてみようかな、となる。

 路地裏の店の存在を知るには、これまでは先輩冒険者の話を聞くしかなかったが、それだとウィズの店はおかしな魔道具ばかり置いてある店という話も一緒に吹きこまれる事になる。

 そういった先入観なく、素直な目で店内を見てもらえれば、今は駆けだし向けの売れ筋商品も置いてあるわけで。

 

「フハハハハハ! フハハハハハ! まったく笑いが止まらんわ! 短期間でこれほどの成果を出してみせるとは、さすがは小銭を稼ぐ能力には定評のある小僧よ! おっと、そちらの商品は残念ながら品切れにつき、また明日にでもご来店ください」

「何がさすがだよ、こないだは何の成果も得られてないとか言ってたじゃねーか。ていうかそれ、褒めてないだろ」

 

 バニルは俺のツッコミなどちっとも気にせず。

 

「千客万来につき、売れ筋商品はほとんど捌けてしまったな! ところでポンコツ店主の棚はどうなった? なんと! ひとつも売れていないではないか! 在庫がなくなると客が困るので、さっさとそのスペースをこちらに明け渡すが吉!」

「ぐううううう……ッ!!」

 

 そんな中、自分の仕入れた魔道具だけ売れていないウィズが、バニルに煽られ、出してはいけない系の声を漏らす。

 

「ああ、店主殿。その屈辱と劣等感の悪感情は大変私好みです。ご馳走様で……ピィ!?」

 

 手伝いに来ていたゼーレシルトが、余計な事を口走り涙目のウィズに睨まれていた。

 

 

 *****

 

 

 ――そんなある日の事。

 夕方になって店を訪れたのは、駆けだしっぽい雰囲気の二人組。

 装備からして、戦士の少年とプリーストの少女のパーティーらしい。

 

「す、すいません! 少しいいですか? えっと、俺たち、カエル退治をそろそろ卒業できそうなんです。それで、次は森に行こうって話になってるんですけど、何かいい感じの魔道具はありませんか? 魔道具ってあんまり使った事がなくて、正直よく分からなくて……」

 

 少年のそんな質問に、おかしな魔道具ばかり客に勧めるせいで、カウンターに押しこめられていたウィズが。

 

「そうですね。カエル退治なら街のすぐ近くで出来ますが、森はちょっと遠いですからこんなのはどうでしょうか?」

「えっと、……これが魔道具なんですか?」

「ええ、なんとこれひとつで野営や休憩の時のトイレ事情が解消できるんです! 箱を開けるだけで即座に、魔法で圧縮されている簡易トイレが展開します! しかも、プライバシー保護のために音も出るし、水洗仕様の優れものですよ!」

「い、要らないです。……そういうのじゃなくて、もっとちゃんとした魔道具はないんですか?」

「私はそれ、ちょっと欲しいな」

「バカ! トイレなんて買ったって、クエスト達成の役には立たないだろ! 今はそんなのよりも森の中を安全に歩くための魔道具が必要なんだ! そういう魔道具、ありませんか?」

 

 隣で話を聞いていた少女が簡易トイレを欲しがるも、少年の言葉に納得したようで口を閉じる。

 

「そうですか……。森に入るという事は、討伐対象はゴブリンやコボルトといったところでしょうか。それなら数匹から十匹程度のモンスターと戦う事になるでしょうから、開けると爆発するポーションはいかがですか?」

「た、確かに、それなら……! それっていくらですか?」

「はい! 一本三万エリスになります!」

「すいません、買えないです。あ、いや、予算は三万エリスくらいなんですけど、……それって一回しか使えないんですよね? 使い捨てはちょっと……」

「そ、そうですか? 三万エリスなら、……そうですねえ」

 

 安めな予算にも、ウィズは嫌な顔ひとつせず、魔道具の並ぶ棚を見ながら考えこむ。

 そんなウィズを不安そうに見つめる二人へと俺は声を掛けた。

 

「……なあなあ、ちょっといいか? お前らって二人パーティーなのか? 森に入るのに斥候役はいないのか?」

「は、はい! そうです。その……、盗賊やレンジャーの人と組んでた事もあるんですけど、固定で組んでいるのは俺たちだけで……」

「なるほど。じゃあ、こんなのはどうだ?」

 

 俺は、ウィズが仕入れた商品の棚に手を伸ばすと、ひとつの魔道具を手に取った。

 

「……ぬいぐるみですか?」

「もちろん、ただ可愛いだけのぬいぐるみじゃないぞ。これは持ち主として登録すると、自動で後をついてきてくれるっていうぬいぐるみだ。これを持っていれば、迷子にならなくなる」

「要らないです」

 

 俺の勧めに、少年は即答する。

 簡易トイレ、爆発するポーションと来て、この店ってひょっとしてダメな系なのかという事に気づいたのかもしれない。

 

「まあ待て。例えばこいつを、俺の魔力で登録するだろ? それで、ほれ」

 

 俺はぬいぐるみに魔力を注いで持ち主として登録し、その場に放り投げてみせる。

 店の床を転がったぬいぐるみは、すぐに起き上がると俺の下へと戻ってきた。

 

「ついてくるって事は、迷子にならないってだけじゃなくて、投げると今みたいに手元に戻ってくるって事だ。例えばこれを、ゴブリンの群れの一匹にぶつけて釣りだすとか、危なそうな場所に投げてみて様子見の囮にするとか、斥候役の代わりに使えるんじゃないか? しかも壊れない限りは使い回せるぞ」

「……!! 買います! 是非買わせてください!」

「毎度!」

 

 ぬいぐるみを登録し、会計を終えると、二人は笑顔で店を出ていった。

 

 …………ふむ?

 

「う、売れました! 私が仕入れた魔道具が……! ありがとうございます、カズマさん! ……カズマさん?」

 

 魔道具が売れて感動したウィズが、俺へと話しかけてくるが……。

 俺はそれにも反応せず。

 

「――これだあああああ!」

 

 

 

 翌朝。

 

「……本当にこんな事でお客さんが増えるんでしょうか?」

 

 店の壁に広告を貼りながら、ウィズが小首を傾げていた。

 その広告とは。

 

 ――元凄腕アークウィザードが相談に乗ります!

 

 かつては氷の魔女と呼ばれた、凄腕アークウィザード。

 見た目も美人なウィズは冒険者の間でも有名だし、街の人々にも何かと頼りにされている。

 そんなウィズのアドバイスだ、駆けだし冒険者なら誰もが欲しがるに違いない。

 

「絶対増えるから安心しろ。もっと早くからやってれば良かったよ。俺もまだまだだなあ」

「そうでしょうか……?」

 

 ウィズは何度も不思議そうに首を傾げていたが、その効果は……

 

 

 

「商品の会計をしたいお客様はこちら、お助け店主に相談しに来たお客様はそちらに並ぶがいい! 一列に並んで大人しくせんか! 見ての通り我輩は忙しい! 割りこみをした者には問答無用で我が呪いを受けてもらうので覚悟するように! ええい、すべてを見通す我が目から逃れられると思うな! ――『カースド・ダークネス』!」

 

 正直、ウィズの人気を舐めてた。

 いつもアクアが使っていたテーブルにアドバイスしますの札を置き、そこにウィズと相談者が向かい合って話をしているのだが……。

 ウィズへの相談のためだけに長蛇の列が生まれ、魔道具を買いに来た客たちも相談内容を立ち聞きしようとして、店内はかつてないほどに混雑していた。

 ウィズが希望者にアドバイスする中、バニルが列整理をし、ゼーレシルトがカウンターに入っている。

 下っ端の俺はそれ以外の雑用を……。

 

「ちょっ、多い! 雑用の仕事が意外と多いんだけど! これ新人の仕事量じゃないだろ!」

「やかましいわ! 見ての通り我輩は列整理で手いっぱいである。文句を言うような客は待たせておいて構わん!」

「……全自動ペンギン着ぐるみ? い、いや、私は魔道具ではなく……。いだだだだだ! 待ちたまえ! 顔を引っ張るのはやめたまえ!」

 

 ……カオスだな。

 

 欠陥魔道具の仕入れを抑えた時よりも、アクセルの冒険者用マップを貼りだした時よりも、なんなら以前ライターを売りだした時よりも沢山の客が来ている気がする。

 最初のうちは笑いが止まらなかったバニルも、朝から晩までの客対応でやさぐれつつある。

 一方、ウィズの相談サービスはと言うと……

 

 

 

「最近、段々レベルが上がらなくなってきてまして……。簡単にレベル上げできる魔道具ってないもんですかね? 多少値が張っても大丈夫です! 大物賞金首の討伐にも一枚噛ませてもらったし、こないだは魔王軍を追い返したんで、金だけはあるんです!」

 

 そんな舐めた事を相談しているのは、二十代半ばほどの青年。

 

「ええと……、レベルが二十を超えたらこの辺りのモンスターではレベルが上がりにくくなりますし、次の街に行く頃合いだと思うのですが」

「それは分かっています、俺だって冒険者として大成したいって気持ちはあります。でもそれ以上に、この街が好きなんですよ」

 

 困惑するウィズに、青年はへへっと照れ臭そうに笑う。

 サキュバスの店があるからですね、分かります。

 

「そういう事でしたら……。そうですね、願いが叶うチョーカーというのはどうでしょうか? レベルを上げたいという願いを込めて、このチョーカーを身に付ければ……」

「寝ているだけでレベルが上がるんですか! 買います! そんな魔道具があるなんて!」

「いえ、願いが叶うまで外れず、日に日に首が締まっていって、四日目には死に至ります。死に物狂いで願いを叶えようとするので、必ず願いが叶うという……」

「要らないです」

 

 ウィズにみなまで言わせず、青年はキッパリと言った。

 

「そ、そうですか。でしたら……、経験値稼ぎに最適な、飲むと生涯魔物にたかられるポーションというのもありますが」

「……し、生涯。それって解除できないんですか?」

「出来ません」

「要らないです」

 

 即答した青年に、ウィズは肩を落とし、取りだしかけたポーションを元に戻した。

 

「ほ、他には……、…………」

「こんなんどうだ? カエルに食われると炸裂魔法が発動し、木っ端みじんにしてくれる……その名も『カエル殺し』って魔道具だ」

 

 何を勧めようか迷うウィズの代わりに、俺は横から商品を差しだした。

 

「い、いや、俺だって今さらカエルを狩るくらいはわけないんだが」

「なんとお値段二十万エリス!」

「にじゅ!? たけーよ! 誰が買うか、そんなもん!」

「えっ?」

 

 青年の言葉にウィズがダメージを受けているが、俺は気にせずさらに商品を出す。

 

「そしてこちらが簡易トイレ。箱を開けると魔法で圧縮されていたトイレが展開し、どこでもすぐに用を足せるぞ。水洗仕様で、プライバシー保護のために音も出る!」

「要らねーよ! 便利かもしれないが、今トイレの話なんかしてなかっただろ!」

「デメリットは、消音用の音が大きすぎてモンスターを呼び寄せる事だな」

「ますます要らな……!?」

 

 即答しかけた青年が、何かに気づいたようにハッと言葉を止める。

 

「ちなみに、『カエル殺し』はジャイアントトードの唾液に反応する。あんたは確か、盗賊職だったよな? 簡易トイレの大音量でモンスターを集め、自分は潜伏スキルで姿を隠して……。あとはどうにか工夫して、『カエル殺し』を発動させれば……」

「炸裂魔法で一網打尽、経験値は大量ってわけか!」

「今なら簡易トイレも付けて、お値段据え置きの二十万エリスでどうだ?」

「買った!」

 

 

 

 ――その相談者は冒険者ではなく、村人っぽい格好をしたおっさんだった。

 

「最近、私の村に新しい住人がやってきまして……。そいつは天気のいい日には調子が悪そうで、夜になると元気になるんです。それに、あくびをしたら犬歯がとても尖っていたんですよ!」

 

 それって……。

 

「その方が誰かを襲ったんですか?」

「いえ、穏やかにトマトを育てているだけですね」

 

 …………俺、そいつ知ってる気がするんですけど。

 

「ええっと、……そうですね、確かにかなり吸血鬼っぽいですが、まだ誰かを襲ったわけではないんですよね? それなら、もう少し様子を見てからでも……」

「バカな事を言わんでください! 誰かが襲われてからじゃ遅いんです! というか、もしも本当に吸血鬼なら、正体を現したら村が全滅するかもしれない!」

 

 確かに。

 俺がこの世界に来て出会った吸血鬼と言うと、なぜかいつも酷い目に遭っている印象しかないが、本来は強大な力を持ったアンデッドだ。

 

「では、こんなのはどうでしょう? アンデッド除けの強力な魔道具で、この蓋を開けると神気が漏れだして半日ほどアンデッドを寄せつけなくなります。使い捨てですが、アンデッドの王であるリッチーにも効果がありますよ、私も試した事があるので間違いないです! きっと吸血鬼にも効くはずです!」

「おお! 半日しか効果がないというのは短すぎるが、リッチーにすら効果があるとは素晴らしい! おいくらですか?」

「はい! 百万エリスになります!」

「舐めんな」

 

 それはそうなる。

 席を立ちかけたおっさんへと、俺は慌てて声を掛ける。

 

「ま、待ってくれ! まあ聞いてくださいよお客さん。確かにこれひとつで百万エリス、しかも半日しか効果がないってのは高すぎる。でも、吸血鬼と言えば最高位のアンデッドだぞ? 間違いなく効果がある魔道具となると、このくらいのお値段になるのは仕方ないだろ?」

「そんな事を言われたって……! いくら村のためとは言え、百万エリスなんてとても払えない! それに、たった半日しか効果がないんじゃ意味がないじゃないか! 効果が切れた後で吸血鬼が襲ってきたらどうすればいいんだ?」

「まあ聞けって。この魔道具はおひとつ百万エリスだが、購入じゃなくて貸しだしだけなら、……そうだな、十万エリスってとこでどうだ? もちろん使い捨てのものだから、使っちまったら代金は払ってもらう事になるが」

「そんなもの、借りたところでどうしようもないだろう」

 

 否定的な事を言いながらも、おっさんは椅子に座り直し、こちらの話を聞く姿勢になる。

 

「その吸血鬼ってのは大人しく暮らしてるんだろ? だったら、追いだす前に話し合いの場を設けてみたらどうだ? そこで、この魔道具を相手に見せつけるんだ。何しろ百万エリスもする魔道具だからな。こっちが本気だって事を相手に思い知らせてやれば、交渉を優位に進められるんじゃないか」

「な、なるほど……。しかし、それで上手くいかなかったらどうするんだ? そんな事をしたせいで、逆に吸血鬼を怒らせてしまったら……?」

「その時は魔道具を使うしかないだろうな。そんで、あんたは魔道具が効いている間に、この店に助けを求めに来るんだ。ウィズは元凄腕アークウィザードだからな。うちは魔道具店だから本来ならそんなサービスはやってないけど、まあ百万エリスの商品だしな。それくらいのアフターサービスがあってもいいと思う」

「なんと。そんな事まで!」

 

 ……そんな事にはならないだろうが。

 というか、これってマッチポンプじゃないか?

 いや、あの吸血鬼がこの人の住んでいる農村に住み着いたのは俺のせいじゃないし、村の住人が吸血鬼を警戒して魔道具を買いに来たのも俺とは関係ない。

 俺は何も悪くないはずだ。

 

「分かりました、十万エリスでいいのなら……!」

 

 …………。

 

「い、いや、やっぱりもっと安くても……」

 

 と、俺が罪悪感に駆られ、値下げしそうになっていると。

 

「たわけ! そこのインチキ農民は言うほど困窮しておらんわ! 機動要塞デストロイヤーによる被害をどこぞの騙され貴族に補填され、ここらの農民はいまだに懐が潤っておるからな! その魔道具の貸しだし料金は十七万八千エリスである! このバニル仮面も付けてやるので、貴様はさっさと村に戻り、トマト好きの吸血鬼と和解するが吉!」

 

 バニルが悪魔みたいな事を言って魔道具と仮面を押しつけると、おっさんの全財産を巻き上げ店から追いだした。

 

 

 *****

 

 

「乾杯!」

「ぷあっ! お、美味しいです! こんなに美味しいお酒は久しぶりです……!」

 

 最近まで食事すらままならなかったくらいだし、酒も飲めなかったんだろう。

 

 ……不憫な。

 

 …………いや、自分でおかしな魔道具を仕入れて店を赤字にしていたわけだし、自業自得なんじゃないかって気もするな?

 

「ま、まあ飲め。今日だけはいくらでも飲んでいいからな。お代わりもあるぞ」

 

 酒を飲んで頬を少し赤くしながらも、目の端に涙を浮かべたウィズへと、俺はさらに酒を勧める。

 

「ありがとうございます。いただきます」

 

 今夜は経営が安定するようになった祝いにと、少しだけ豪華な料理と酒で、ささやかなパーティーを開いていた。

 飲食を必要としないバニルは、不参加を表明し高めの酒を差し入れしてどこかへ行った。

 

「カズマさんのお陰でお店が黒字になって、最近は固形物を毎日食べられるようになりましたね。ちょっと前までティッシュに砂糖水を浸みこませて飢えを凌いでいたのが嘘みたいです」

「それ凌げてないだろ」

「……?」

 

 俺のツッコミに、ウィズが首を傾げる。

 どうもこの天然リッチーは、人類だった頃について忘れているっぽいところがある。

 

「まあ、俺も一応店員って事になってるわけだし、あれくらいはな。命の危険もないし、ぶっちゃけ冒険者よりも俺に向いてる気がしてるよ」

「ふふ、それじゃあ私とバニルさんとカズマさんの三人で、ずっとお店を盛り立てていきますか?」

「ウィズにはいろいろと世話になってるしなあ……」

 

 居候店員じゃなくて、もうこのまま住みこみ店員になっちまうとか。

 それか、屋敷に戻ってからもここまで通って働きに来るとか……、いや、それは正直面倒くさいので雨が降った日は休みって事にならないだろうか。

 

「……あれ? 段々マジでそれもアリかなって気がしてきたぞ」

「えっ。ダ、ダメですよカズマさん。お屋敷で待っている人たちがいらっしゃるじゃないですか」

「まあ、そうなんだけどもね」

 

 ――そんな話をしながら、どれくらい時間が経っただろうか。

 

「それでですね! 私が仕入れた魔道具だって売れてるんだから、私の持ち分を返してくださいって言ったんですよ! そうしたら……、そうしたら…………、売れている数量では十倍くらいの差があるのだから、むしろ持ち分は減らすべきであろうって……! バニルさんが仕入れた商品が売れているのは、私に相談しに来てくれているお客さんに、疲労回復ポーションとかキンキンに冷えたネロイドとかを売ってるからじゃないですか! それって私のお陰で売れてるって言えませんか! 言えませんかねえ! ねえ聞いてますかカズマさん!」

「お、おう……。聞いてる聞いてる」

 

 酒に弱いのか、久しぶりで飲みすぎたのか、気づけばウィズがぐでんぐでんに酔っ払っていた。

 

「――なんでも相談に乗りますとは言いましたけど……! 恋人を作るにはどうすればいいですかなんて、そんなの私が知りたいですよ! それに、好きな男性のタイプだとか、私の聖水がどうとか……! クエストや魔道具についての質問ならいくらでも答えますけど! なんなんですか? 皆さん、どういう事なんですか! おかしくないですか? おかしいですよね! 聞いてますかカズマさん!」

「聞いてる聞いてる」

「こんな魔道具売れるはずがないって! ないってぇ……! そんな事ないはずです。あの子たちはちゃんと売れるんです……。きちんと育てば売れるはずなんです……!」

 

 頬を赤く染め、目元を潤ませたウィズは、正直ヤバかった。

 何がヤバいって、すごくヤバい。

 いつもは店のエプロンを付けて野暮ったい格好をしているが、今は酒を飲んだせいなのか襟元を緩めていて、……身を乗りだしてくるのはダメだと思う。

 何がダメとは言わないが、すごくダメだと思う。

 普段はのほほんとしていながらもしっかりと芯がある感じのウィズは、酔っ払うとこんな感じになるらしい。

 

「お、お前、アレだぞ。俺は紳士だから理性を保ってるけど、ここにいるのが俺じゃなかったら大変な事になってるとこだからな? 外であんまり飲みすぎるのはやめとけよ? まあ、俺くらいになると勘違いなんてしないけどな?」

 

 俺の言葉に、ウィズはクスリと笑うと。

 

「心配してくださってありがとうございます。ですが、大丈夫ですよ。カズマさん以外の前ではこんなに飲みませんから」

 

 ……ほう?

 

 い、いやいや。

 どうせアレだろ、最弱職の冒険者くらい指先ひとつでキュッて出来るって話だろ。

 

「それじゃウィズが俺の事を好きみたいじゃん」

 

 酒の席での冗談としての俺の言葉に。

 

「……? はい」

「はい……?」

「私は、カズマさんの事が好きですよ」

 

 ウィズがニコニコしながらそんな事を……。

 

 えっ。

 

 言った直後、それまで緩みきっていたウィズの表情が強張っていき。

 

「ち、違います! 違います! い、今のは……! わ、忘れてください!」

 

 勢いよく立ち上がったウィズは、そんな無理すぎる要求を口にすると、慌てた様子で部屋を出ていった。

 

「…………えっ?」

 

 マ、マジで……?

 

 

 *****

 

 

 翌朝。

 

「お、おはようございます、カズマさん! その……、すいません。昨夜は少し飲み過ぎてしまったようでして……。何を言ったかあまり覚えていないんです。な、何もおかしな事は言っていませんよね?」

 

 顔を合わせると、ウィズが開口一番にそんな事を言ってきた。

 昨夜の忘れてください発言と言い、どうもウィズとしてはなかった事にしたいらしい。

 そんなウィズの意を汲んだ俺はキッパリと。

 

「ウィズって俺の事好きなの?」

「なあああああーっ! 何もありませんでした! ありませんでしたね! そうですよね!」

 

 唐突に大声を上げたウィズは、一方的にそう言い切ると、仕入れに行かなくちゃと言い訳しながら店を出ていった。

 入れ替わりに、店の前を掃除していたらしいバニルがやってきて。

 

「昨夜はお楽しみだったな、ハーレム展開に食傷し平穏な日々に癒されるなどと言っていたくせに、ここへ来て新たな攻略対象にまで手を広げた節操なしの男よ。色ボケ店主が朝っぱらからソワソワとうっとうしかったので、乳繰り合うにしろ拒絶するにしろはっきりしてもらいたい」

「いや、ちょっと待ってくれ。俺は別にウィズにモテようと思ってやったわけじゃないし、大体あいつらの事も攻略しようと思ってたわけじゃ……」

「小銭稼ぎと言い逃れだけは得意な男よ。汝が誰とくっつこうがくっつくまいが我輩の知った事ではないが、あの発情店主の行動は店の売り上げに直結するので暴走だけはさせてくれるなよ」

「おいふざけんな。他にもいろいろと役に立ってるだろ」

 

 バニルは自分の言いたい事だけを言うと、俺の文句も聞かず、品出しのために倉庫へと消えていった。

 

 ――その日から少しずつウィズの様子はおかしくなっていった……。

 

 

 

「あ、ウィズ。こないだ仕入れてた魔道具の事だけど……」

「えっ! えっと、えっと……、すいません! 急に用事を思いだしたのでその話はまた今度でもいいですか? 緊急に行かなくては危険が危なくて、その……。い、行ってきますね!」

 

 俺が話しかけると逃げるようになったり。

 

 

 

「カズマさん! 今日の晩ご飯は作っておきました! 私は用事があるので先に食べていてください! 私の事は待たなくていいですから! 待たないでくださいね!」

「お、おう……」

 

 夕飯を一緒に食べるのを避けるようになったり。

 

 

 

「あ」「あっ!」

 

 同じ物を手に取ろうとして指先が触れ合うと、シュバッと大げさに手を引っこめたり。

 

「す、すまん」

「いえ! こちらこそ……!」

 

 そしてそのちょっとだけ触れた指先を、もう一方の手で包みこんで顔を赤らめていたり……。

 

 

 

 ――何だコレ、中学生同士の恋愛かよ!

 俺は鈍感系主人公じゃない。

 ウィズが俺に好意を持ってくれている事には当然気づいている。

 でもこういうのって、どうすればいいんだ?

 ウィズ本人は隠し通せているつもりみたいだし、こっちから気づいてるぞと言って波風立てるのもどうなんだって話だ。

 そもそも俺はハーレム展開から逃げてこの店に来たわけで、ここでウィズとどうこうなっちまうと、さすがにめぐみんやアイリスに顔向けできなくなる。

 

 

 

 そんなギクシャクした生活が続いていた、ある日の事。

 俺が仕入れを済ませ店に戻ると。

 

「あ、あわわわわ……。あわわわわわ」

「どうするの? ねえこれどうするの?」

 

 ウィズが首元に手をやってあわあわしていて、アクアがいつもの席で立ったり座ったりしていた。

 俺と目が合うとアクアは。

 

「違うの」

「まだ何も言ってないんですけど」

「聞いてちょうだい! 本当に違うの! だって、だってウィズが珍しくオシャレしたいなんて言いだすから! 腰の重いウィズがやっぱりやめますって言う前に、私は良かれと思って……!」

 

 その時、ウィズが首元から手を下ろして。

 ……そんなウィズの首元には、見覚えのあるチョーカーが。

 

「お前マジか」

 

 

 *****

 

 

 願いを叶えるチョーカー。

 ウィズが仕入れた魔道具の中では意外と売れている商品で、付けると願いが叶う……のではなく。

 願いが叶うまで外れず、徐々に首が締まっていき、四日後に死を迎えるというもの。

 死ぬ気で願いを叶えようとするから願いが叶うという、主にダイエットしたい客に人気の魔道具だ。

 以前俺が付けた時には、チョーカーに掛けた願いが分からず、とりあえずやりたい事をやってみようという事になって、欲望の限りを尽くしたものだが……。

 そんな呪われたチョーカーが、ウィズの首に付けられている。

 

「ち、違うの」

 

 さすがのアクアもマズいと思ったのか、青い顔で首を振っている。

 

「何が違うんだよ、このバカ! どうしていつもいつも余計な事ばかりするんだよ! あんなに必死に外そうとしたのを忘れたのかよ!」

「お、落ち着いてくださいカズマさん。アクア様も悪気があってやったわけではないですから……。その、普段オシャレをしない私に気を遣ってくださったんですよ」

 

 ウィズはアクアを甘やかしすぎだと思うが、被害者であるウィズにそう言われてしまうと、俺も黙るしかない。

 

「待ってね? 私が今すぐそのチョーカーの呪いを解いてあげるわ」

「いや、それやると魔道具に掛かってる魔法がぶっ壊れて使い物にならなくなるんだろ。まあ、今の俺なら買い取れるくらいの金はあるけど、お前のせいなんだからお前が払えよな」

「……ねえウィズ、この際だからあなたが胸に秘めた願いを探してみるっていうのはどうかしら? これって逆にいい機会だと思うの」

「何がいい機会だふざけやがって! お前金払うのが嫌なだけだろうが! 小遣い前借りで許してやるから、さっさと魔法で解呪しろよ!」

「待って! 待って! 酒場のツケが溜まっているの! 払えないと出禁になっちゃう!」

「お、落ち着いてください二人とも! その……、力を取り戻した今のアクア様の魔法だと、余波で私まで消えちゃうかもしれなくて……」

 

 言い争う俺たちを宥めようと、少しだけ慌てた様子のウィズがそんな事を……。

 

 ……えっ。

 

「今なんつった? なあ、それって真剣にヤバいやつじゃないか? 俺の時は、アクアの魔法で魔道具ごと壊すって選択肢もあったし、最悪死んじゃっても蘇生できたけど、アンデッドのウィズは……」

 

 俺とアクアの視線を受けたウィズは、なんでもない事のように微笑むと。

 

「人が死んだら生き返らないのは当たり前の事ですから」

「マジかよ! おいどうすんだよ! ええと、ウィズの願いってなんだ? 俺の時もいろいろと世話になったし、なんでも言ってくれ! 俺に出来る事ならなんでも……、まあとりあえずなんでも言ってくれ!」

「この男、土壇場でヘタれたわ! 気を付けてねウィズ。言うだけ言わせておいて、それは無理って言うかもしれないわよ」

「おいやめろ、俺は願いを聞く前から安請け合いしたくないだけで、俺が出来る事なら大体やるつもりなんだよ。横から余計な事を言うのはやめろよ」

 

 後から話が違うと言われないように、予防線を引いていたのは事実だが。

 言い争う俺とアクアを前に、

 

「私の願い、ですか……」

 

 ポツリと呟いたウィズは、俺をチラッと見ると、かすかに頬を染めた。

 

 …………あっ。

 

 アクアがウィズにチョーカーを付けたのは、ウィズがオシャレをしたいと言いだしたかららしい。

 普段は野暮ったい服と店のエプロンという格好のウィズが、このタイミングでそんな事を言いだした理由なんてひとつしかないわけで。

 そんな話をしていた時に、思い浮かべていた願いというと……

 

「なーに? そんなに恥ずかしい願いなの? 心配しないで! 私はアルカンレティアの教会で懺悔室係をやっていた事もあるのよ、口の堅さには定評があるわ! ほら、話してみなさいな!」

 

 アクアがなんか言っていた。

 こいつは以前、ダクネスに隠し子がいた事や、俺に無理やりキスした事なんかを、大喜びでギルドの連中に吹聴していた気がするが。

 というか、アルカンレティアで懺悔室係をやったのは一回だけだろ。

 

「そ、その……。それは、ですね……」

 

 顔を赤らめもじもじしているウィズの代わりに、俺はキッパリと。

 

「よしお前、焼きそばパン買ってこい」

「はい! ……って、なんでよ! チョーカー付けちゃったのは私だしウィズの言う事は聞いてあげるけど、あんたにパシらされる筋合いはないわよ!」

「お前はアンデッドをナメクジ扱いしたり、触るとピリピリするって言うのに触ったり、女神である事を笠に着てウィズに何かと嫌がらせしてただろ? ウィズがその辺の恨みを晴らしたいって思っていても不思議じゃないだろうが。だから焼きそばパンを買ってこい」

「ま、待ってください! 私はそんな……、アクア様を恨むなんて……!」

「そうよね! ほら見なさいな! ウィズはあんたと違って、そんな事を考えるような子じゃありませんから!」

 

 俺の言葉にぐぬぬ顔になっていたアクアが、ウィズにフォローされパッと表情を明るくする。

 そんなアクアに、俺は続けて。

 

「そりゃ俺だって、優しいウィズがそんな事考えるとは思わないけどな。優しい人ほど怒らせると怖いって言うだろ? そういうのって、自分でも気づかないうちに溜めこんじまうもんだろうし、本人も気づかない心の奥底には、お前への恨み辛みが積もっているかもしれないじゃないか。自分の胸に手を当ててよく考えてみろよ。そういう事が絶対にないって言えるか? もしもこれでチョーカーが外れるなら、早めに試しておいたほうがいいだろ。お前をパシらせるだけならタダだしな」

「わ、分かったわよ! 行くわよ、行けばいいんでしょ! くそったりゃあああああ!」

 

 俺の追及に涙目になったアクアは、叫びながら店を飛びだしていった。

 アクアがいないうちにウィズの願いについて相談しようと、俺が口を開きかけたその時。

 

「フハハハハ、いや愉快愉快! 日頃何かとこの店に嫌がらせをしてくる迷惑女神が、涙目でパシらされるところを見られるとはな。フハハハハハ!」

 

 店のドアが開き現れたのは、どこか上機嫌なバニル。

 

「今の我輩は大変機嫌が良い。どれ、厄介女神のせいで付けられたそのチョーカーに、このところ特定の相手の事ばかり考えている色ボケ店主がどんな願いを掛けたのかを見通し」

 

 その言葉の途中で、バニルが仮面ごとどこかへ消えた。

 後に残されたのは、直前までバニルがいた方向へと手のひらを突きつけ、ハァハァと肩で息をしているウィズ。

 …………。

 ……しばらくして、ウィズはハッと我に返ると。

 

「ああっ! すいませんバニルさん! こっそり開発していた対バニルさん用の退魔魔法を、つい……!」

 

 すでに誰もいない空間へと、何度も頭を下げ謝りだした。

 え、ええ……。

 

 ――そういやウィズって、昔はバニルと互角にやり合うほどの武闘派だったって話だった!

 

 俺はウィズの願いについてこれ以上触れない事を心に決めた。

 

 

 

「――ふぁえね、やっはいウィズのえふぁいっへ」

「食ってんじゃねえよ」

 

 焼きそばパンを買ってきたアクアは、それを半分くらい食べて口をもごもごさせていた。

 アクアはウィズに食べかけの焼きそばパンを渡すと、口の中のものを飲みこんでから。

 

「あれね、やっぱりウィズの願いって言ったらお店を繁盛させる事じゃないかしら」

「それはもう叶ってるだろ」

「そんなの分からないじゃない。昨日より今日のほうが、今日よりも明日のほうが、より良くしていきたいっていうのが人間の持つ欲望ってやつよ。日頃のほほんとしてるウィズでも、そこんとこは変わらないかもしれないわ」

 

 多分違うけど……。

 いや、まだ分からないじゃないか! 考えてみたら俺の時だって、本当の願いは意外なものだったんだから、今回も実は……って可能性もあるじゃないか!

 

「そ、そうだな。いろいろと試してみるのも悪くないかもな。それじゃあ、ギルドで事情を話して……」

「待ってください!」

 

 と、そこでウィズが声を上げた。

 

「その……、気持ちはとてもありがたいのですが、あまり多くの方々を巻きこむのはどうかと……」

「ウィズったらこんな時まで周りに気を遣わなくたっていいのよ? 命が懸かってるんだから少しくらい迷惑掛けても誰も何も言わないわ」

 

 アクアが安心させるように笑いかけるが、ウィズはますます不安そうにしている。

 

「ま、まあ、あんまり話を大きくするのも良くないかもしれないしな! まだ一日目なんだし、俺たちだけで試せる事から試していこうぜ!」

「えー? カズマまで何を言ってるの? こういうのはいろんな人の意見を聞いたほうが上手くいくのよ? そんな呑気な事してて、万一ウィズが死んじゃったらどうするのよ? アンデッドだから蘇生も出来ないし、多分エリスも見逃してくれないわよ」

「いや、まあ……。そうなんだけどな? どうしてお前って奴は要らない時だけ正論言ってくるんだ? 俺が誰のために言ってやってると思ってんの?」

「ねえ待って? おかしいんですけど! どうして私が叱られないといけないのよ! 私は何もおかしな事は言ってないわ!」

 

 おかしいのはアクアじゃなくて今日のウィズなんだよ。

 今はアクアが買ってきた焼きそばパンを美味しそうに食べているが、余計な事を言ったらついうっかり火山にでもテレポートで飛ばされかねない。

 

「と、とにかく、今日のところは人を集めない方針で頼むよ。意外と簡単に取れるかもしれないだろ?」

「そんな事言って、後で焦っても遅いわよ? まあでも、そういう事ならやる事はひとつね!」

「えっ? そ、そうか? 願いなんていくらでもあると思うんだが……。ま、まあ、今日のお前は冴えてるみたいだし、言うだけ言ってみろよ」

 

 ここでアクアが意外な勘の良さを発揮し、ウィズに消されたらどうしようと俺は一瞬考えたが……。

 それはないな。

 こいつに限ってそれはない。

 

「決まってるでしょ? チョーカーを付けたのは、ウィズがオシャレをしたいって話をしてる時だったんだから、オシャレな服を着せてあげればいいのよ」

「えっ」

 

 アクアの言葉に、焼きそばパンを食べ終えたウィズが声を上げた。

 

「なるほど。そういう話の途中でチョーカーを付けたんだったら、そういう系の願いって可能性もあるかもな」

「えっ」

 

 

 *****

 

 

 ――俺たちは逃げようとするウィズを両側から捕まえ、ブティック的な店へと連れてきた。

 というか、アクアに案内されるままついてきたが、アクセルの街にこんな店があるとは思わなかった。

 そんな、俺には縁のないオシャレ系の店で。

 

「ど、どうでしょうか?」

 

 試着室から出てきたウィズの問いかけに、俺とアクアは顔を見合わせた。

 

「なんていうか、こう……」

「…………そうね、なんていうか……」

「似合いませんか?」

「フェミニン」

「それだ!」

 

 よく知らんけど、多分それだ。

 

「いいウィズ、せっかくオシャレしてるんだから、いつものジメジメした感じは捨てなさい! 今のあなたはただのリッチーじゃない、フレッシュなリッチーよ! ほら、顔上げて! 背筋を伸ばして!」

「は、はいぃ……!」

 

 フレッシュなリッチーってなんだよと言いたいが、アクアの指示に従って、顔を上げ背筋を伸ばしたウィズは、いつもより何割か増しで美人だった。

 ――俺たちは、普段は縁のないオシャレ系の店で、試着室を借りてウィズのファッションショーをしていた。

 ファッションセンスのない俺には、服の選び方なんてさっぱり分からないが、意外にもアクアの見立てには間違いがない。

 

「じゃーん! スマートなスーツにパンツ、シロガネーゼな感じのウィズよ!」

「お、おお……。シロガネーゼってのはよく分からんけど、なんかお前、今日は普通にすごくないか? どうして普段からそんな感じでやれないんだ?」

「役に立ってるんだから、褒めるなら素直に褒めてよ!」

「お前ひょっとして、今回の件の原因が自分だって事をもう忘れたのか? ウィズにチョーカー付けたのお前じゃん。それでちょっと役に立ったからって褒められようとするのはどうなんだ? そういうの、マッチポンプって言うんだぞ」

「何よ! さっき店員さんに話しかけられてオロオロしてたとこ助けてあげたのに! 次はもうちょっと泳がせとくからね!」

「ししし、してねーし! してないけど、次はもっと早く助けてください!」

 

 そんな感じでウィズのファッションショーが始まり……

 

 

 

「――ノースリーブのブラウスにロングスカート! 肩はふわっとショールで隠して見せすぎないように、落ち着いた感じで大人っぽく仕上げてみたわ」

「あ、あの……。変じゃないですか? なんだか着慣れなくて……」

 

 こいつバカじゃねーの?

 綺麗なお姉さんに綺麗な服を着せたら綺麗になるに決まってんだろふざけんな!

 

「ど、どうでしょうか、カズマさん」

 

 俺が内心でキレ散らかしていると、大人っぽい格好をしたウィズが、自信なさそうな表情で問いかけてきて。

 

「綺麗なお姉さんは好きです」

「えっ!」

「いいと思う。すごくいい」

「ほ、本当ですか? あまりこういう格好はした事がなくて、その……、自分でもよく分からないのですけど……。オシャレをしてみて良かったです」

 

 ウィズはグッと拳を握りしめると、アクアに次の服を聞きに行った。

 

 

 

「――普段着にも使えそうなワンピースね。ウエストを軽く絞ってメリハリを見せたわ。ウィズはスタイルがいいんだから、体のラインを出したほうが綺麗に見えるわよ」

「こ、このくらいならお店でも……」

 

 いつもの野暮ったいローブ姿とあまり変わらないような気もするが、アクアの言う通りベルトで締める事で腰の細さが際立ち、なんかシュッとして全体的にいい感じになっている。

 ウィズは俺と大して変わらない感性なのか、あまり違いを認識していないっぽいが……。

 

「あの、カズマさん……」

「ダメだと思う」

「えっ」

 

 あれっ?

 客が増えるのはいい事で、止める理由なんかないわけで……。

 

「いや、いいんじゃないか? すごく似合ってるし、それで店に出たらウィズ目当ての客が増えると思うぞ」

 

 俺の言葉に驚いた表情を浮かべたウィズは、しどろもどろに言い訳する俺に、クスリと笑うと。

 

「ありがとうございます、カズマさん。そう言ってもらえると嬉しいです」

 

 そう言って、再び試着室へと戻っていって……。

 

 

 

「――無理です! 無理ですよアクア様! これは……、これはさすがに……!」

「もう着替えちゃったんだから観念しなさいな! 大丈夫よ、これまでのと同じでちゃんと似合ってるから! 私を信じて! ほら、とっとと出ていって!」

「やっぱり無理です! 元の私の服を……!」

「残念! ウィズが着てきたいつもの服は、お店の人に隠してもらっているのでした!」

 

 一体どんな服を着せられているのか、散々ごねていたウィズが、アクアの手で試着室から押しだされ……。

 勢い余ってその場に膝と両手を突いた。

 

「ちょ!?」

 

 ヤバい。

 何がヤバいって、これはヤバい。

 まず背中に布がない。

 胸元は高級そうだが薄い布で覆い、腰はきつめに締めて、そこから広がったスカートは膝丈しかない。

 以前着ていたイケイケなオシャレ服の時も、さすがにここまで露出は多くなかった。

 

「わーっ! 見ないでください! 見ないでください!」

「ありがとうございます! ありがとうございます……!」

「カズマさん!?」

 

 

 

「……オシャレって、大変なんですねえ」

 

 アクアにいろいろな服を着せられたウィズが、いつになく疲れ切った表情でため息をついていた。

 そんなウィズは今も最後に試着したオシャレ服のままで、油断すると何気ない仕草にもドキッとさせられる。

 

「おう、お疲れ」

「今日はすいませんでした。せっかく私のためにお二人が付き合ってくださったのに、チョーカーは外れなくて……」

 

 自分の首元に触れ、申し訳なさそうにしているウィズに内心首を傾げ……。

 

 ……?

 

 そうだった! ウィズのオシャレしたいっていう願いを叶えて、チョーカーを外そうってのが今日の目的じゃないか!

 途中からファッションショーが楽しくなって忘れていた。

 

「じゃあひと揃いだけ買っていってみるか。オシャレな服を着る事じゃなくて、オシャレな服を買う事がウィズの願いかもしれないしな。ウィズが一番気に入ったのはどれだ?」

「ま、待ってくださいカズマさん! 最近は黒字になりましたけど、うちにそんな余裕はありませんよ!」

「心配すんな。金なら俺が出す」

 

 と、ウィズに止められながらも俺が財布を取りだそうとしていると、突如としてアクアが。

 

「ねえ待って? ズルいんですけど! 服買ってあげるなんて、完全にアレじゃない? 完全にアレじゃない! めぐみんならともかく、どうしてウィズとそんな嬉し恥ずかしイベントが発生してるの? おかしいんですけど!」

「お前がウィズにチョーカーを付けたからだよ」

 

 意味不明な事で騒ぎだしたアクアをひと言で黙らせると、俺は会計するために財布を取りだした。

 

 

 

 ――帰り道。

 アクアは夕飯当番だからと、明日はめぐみんとダクネスを連れてくると言って帰っていき。

 俺とウィズは並んで歩いていた。

 ウィズが気に入ったのは最後に試着した服で、買い取ったそれを今もそのまま着ている。

 フリル付きの白いブラウスに、ふわっとした膝下のスカート。

 全体的に清純そうなイメージ。

 ……ていうか今さらだけど、これってアレだろ、童貞を殺す服ってやつだろ。

 

「カ、カズマさん!」

 

 俺がチラチラと見ていると、ウィズが声を上げた。

 

「今晩、大事なお話があります……!」

「あっはい」

 

 

 ***

 

 

 その夜。

 俺とウィズは、テーブルに並んだ料理を前に向かい合っていた。

 久しぶりに二人で夕飯を食べるという事で、少しだけ奮発していつもより豪華な食事になっているが……。

 

「た、食べましょうか!」

「そうだな! 食べよう食べよう!」

 

 料理に手も付けず、黙って見つめ合っていた俺たちは、ウィズの言葉で食べ始める。

 なんだろうか、この緊張感は……?

 いや、分かってる。

 ウィズが言っていた大事な話というのは、おそらくチョーカーに掛けた願いに関する事なわけで。

 それを聞いてしまえば、俺たちの関係はこれまでとは違った事にならざるを得ない。

 

「さ、酒はどうだ? ちょっとお高いやつを買ってきたんだ」

「そうですね! 飲みましょう飲みましょう!」

 

 いつの間にか手が止まり、再び見つめ合っていた俺たちは、俺の言葉で酒を飲み始める。

 ああもう、だからなんだよ、この緊張感は!

 豪華なはずの料理の味があまり分からないし、ちょっとお高いはずの酒の味もあまり分からない。

 こんな事なら、食べる前に話を聞いておけば良かったと俺が考えていると。

 

「……カズマさん」

「お、おう」

 

 緊張のせいで酒の回りが早かったのか、目元を赤くしたウィズの言葉に、俺は背筋を伸ばした。

 ウィズは意を決したように――

 

「わ、私はずっと、カズマさんの事が……!」

 

 チョーカーが外れた。

 

「あれっ?」

 

 落ちたチョーカーを胸元でキャッチしたウィズが、間の抜けた声を上げる。

 

「……外れたな」

「は、外れましたね……?」

 

 ええ……?

 ウィズのチョーカーは、ウィズが俺への思いのたけを口にする事で外れるはずじゃなかったのか?

 俺たちはただ飯を食って酒を飲んでいただけだし、チョーカーに掛けるような願いを叶えたわけではないと思うんだが。

 と、そんな風に考えていた俺をよそに、ウィズが肩を震わせクスクスと笑いだして。

 

「……わ、私の願いは、……またカズマさんと一緒に楽しくお酒を飲む事だったみたいです」

「そ、そうなのか……?」

 

 いやまあ、チョーカーが外れたという事は願いが叶ったのだから、今やっていた事がそのままウィズの願いだったと考えるのは自然な流れだけども。

 

「最近はこういった機会もなかなか取れなくて、寂しかったんですよ? カズマさんと楽しくお酒を飲めれば、私は満足です」

 

 一緒に飯を食ったり酒を飲んだり出来なかったのは、ウィズが俺を避けていたせいなんですけど。

 今のウィズにはこれまであった気負いというか、俺を意識しすぎてしまう様子はなく、あの黒字おめでとうパーティー以前と同じ自然体に見える。

 

「そ、そっか。まあ、チョーカーが外れたなら……」

 

 …………。

 

「いや、ちょっと待ってくれ。大事な話ってのがあったはずだ。俺も覚悟してきたから、その話を聞かせてくれ」

「…………ええと、その……。そんな事、言いましたっけ?」

「ちょ!?」

 

 マジかよ!

 チョーカーはもう外れているわけで、言わなくてもいいのかもしれないけども!

 こっちはせっかく聞く覚悟してきたってのに……!

 

「……その、ウィズって俺の事、…………」

 

 クソ、訊けない!

 ていうか、俺の事好きなのってなんだよ? 勘違いした痛い系のキャラかよ? こないだの俺は何考えてそんな恥ずかしい質問できたんだよ?

 おかしいおかしい!

 どうして前にしたのと同じ質問をしようとしただけなのに、こっちが追い詰められてる感じなんだよ!

 

「まあ、飲みましょうか」

「お、おお……。そうだな。美味しく酒が飲めれば、大抵の事はどうでもよくなるよな」

 

 すっかりいつも通りになったウィズが、ニコニコしながら酒を注いでくれた。

 

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