逆行ハリー、ぼくのかんがえたりそうのせかい   作:うどん屋のジョーカー

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隠されていた怪物

 ハリーの宙に浮かんだ首を見つめながら、トム・リドルは静かに後をついて来た。

 深夜のホグワーツの廊下は静まりかえり、窓から射しこむ青白い月の光が廊下を照らしている。しかし廊下の奥に入れば、そこは弱い松明の灯りが闇に溶け込んでいるだけだった。

 時折火が映りこんで僅かに光る眼鏡から、ハリーはリドルを流し見た。ゴーストのように淡い光に包まれていて、暗闇に浮かんでいるようだ。だがその足は、確かに地面を踏みしめて歩いている。

 場所は分かっているから足を止めることはない。リドルも何度も通っていたはずだが、ハリーの一歩後ろを控えめに歩いている。きっと確かめる気なのだろう。ハリーが本当にその場所を知っているのかどうか。表情は落ち着いているが、その行動から些細な警戒心が感じられた。

 

 リドルの日記に書きこんだ情報に、ハリーとヴォルデモートの関係はあえて書かなかった。というより、書くタイミングを失ってしまったのだ。

 リドルの日記に初めて書き込んだ時点では、まだハリーはどうやってリドルへバジリスクに関する交渉を持ちかけるか決めかねていた。

 作戦によってはハリーとヴォルデモートの繋がりを知られたら困難になってしまう可能性もあり、無難にやっていくには何も話さない方が好都合だった。

 彼が知っているのは、ハリーが孤児だということ、マグルに育てられたこと、ダーズリー家での扱い、そして混血であること、他は学校生活のことを軽く話しただけだ。

 そしてリドルはハリーが五十年後の世界にいると知ったとき、その時代で何が起きているかについても知りたがった。特に闇の魔法使いについて。

 だからそのときはヴォルデモートのことを少し話した。

 今は力が弱まっていて身を潜めている、というとリドルはヴォルデモートを弱めた者に興味を持った。ハリーはマグル育ちだからあまりよく知らないのだと誤魔化した。

 多少機嫌をとるために、大人たちはヴォルデモートのことを恐れてあまり話したがらないとも付け足しておいた。たぶんリドルはその答えである程度は納得したはずだ。それ以降は、ヴォルデモートに関して特に聞いてくることもなかった。

 

 もちろん、ヴォルデモートが強力な開心術士であり、その分霊箱も開心術が使えることは知っている。記憶のリドルにはまだ魔力がほとんどないものの、ヴォルデモートが分霊箱を外部の攻撃から守る術の一つとして分霊箱にそういう魔法をかけているのだ。

 だからハリーは、日記に触れている間は閉心術を行っていた。

 昔は苦手だったが、闇祓いをする上で身に付けないわけにはいかなかった。それに最終的にハリーは、ヴォルデモートを閉めだすことにも成功している。ドビーを埋葬した時、流れ込んでくるヴォルデモートの感情を閉めだしたのだ。

 情報はリドルと接する上で、ハリーを貫く刃にもなれば、盾にもなる。簡単に明かすわけにはいかない。

 

 グリフィンドール塔を出て十五分ほど歩けば、四階の図書館へ繋がる廊下に辿り着く。窓がなく松明だけの薄暗い中を進み、ロックハートの部屋を過ぎて、そのすぐ横にある幅の狭い階段を降りた。

 U字の階段を下ると、突然、静寂の中に大きな笑い声が響いた。鼓膜に突き刺さるような、甲高い声だ。

 

 暗い石造りの廊下に、笑い声の他に何か軽いものがぶつかり合う音が反響する。だんだん近づいてくる。

 ハリーは透明マントを頭まで被った。リドルの姿も消える。

 廊下の向こうに灯る松明が煽られて揺れていた。

 

「うーん? 誰かいるのかぁい」

 

 オレンジの薄明かりに、宙に浮かんだ小男の姿が浮かび上がった。小男は口が裂けそうなほど大きな笑みを浮かべ、窪んだ大きな目を忙しなく左右に動かしている。ポルターガイストのピーブズだ。

 

「出来そこないのフィルチかな? イタズラな生徒かな? どこに隠れてるんだぁい。出ておいでぇ」

 

 ピーブズは囁くような甲高い笑い声を上げる。ハリーは透明マントがずり落ちないよう、持つ手に力を込めてゆっくり前に進んだ。

 ピーブズは手に持っていた紫の光沢がある封筒を壁にぶつけながら、ハリーの上を素通りする。仄暗い明かりに照らされて、封筒に銀のインクで「クイックスペル」と書かれた文字が光った。ピーブズは気味の悪い笑い声を出しながら、廊下の向こうへ消えて行った。

 静寂が戻った廊下で、ハリーは透明マントから顔だけを出す。

 

「トム」

 

 呼びかけると、再びリドルが姿を現した。それを確認すると、ハリーはまた足を進めた。

 目当ての真鍮の扉は直ぐそこにあった。

 そこは三階の女子トイレだ。ハリーは一切の迷いなく扉を開け中に入った。普段は嘆きのマートルが住みついている故障中のトイレだが、今は別の水道管へ行ったのか、マートルの気配はなかった。好都合だ。

 手洗い場の傍に立って透明マントを脱いだハリーを、リドルは相変わらず観察するように見ている。さあ、ここからどうするんだ、というような挑戦的な目をハリーに向けていた。

 

「開け」

 

 ハリーが蛇語を話して入り口を開ける間、リドルには僅かな表情の変化もなかった。

 透明マントを外出用マントのポケットに突っ込んで、現れた地下へ繋がる太いパイプを滑り降りる。

 二つ目の扉を抜け、地下通路で最も広い空間に出たところで、やっとリドルが口を開いた。

 

「よくここが分かったね。それも君の年齢で」

 

 リドルは身体の前面をハリーに向けたままゆっくりと前に回る。その背後には、細長く奥へと伸びる部屋が続いていた。両端には、部屋の入り口と同じように蛇が絡み合う彫刻の施された石の柱が一対ずつ等間隔で並んでいる。柱に付けられた松明の緑の炎が、部屋を薄暗く照らしていた。その灯りは天井までは届かず、闇に包まれた上空は果てしないように見える。

 ハリーが足を進めると同時に、リドルも後ろ向きでゆっくり歩きながらハリーを見つめていた。その身体が、柱の巨大な黒い影に包み込まれていく。

 

「僕は五年かかった。五年生でやっと、図書館にある水道管工事の記録に知っている名前を見つけたんだ。入り口が隠されている場所はトイレが設置される予定地だった。入り口を知っていた僕の先祖が、一族の秘密が明るみにならないよう改装を買ってでたんだ。彼女の名前が残されていたことで、ここが僕にも関係があるかもしれない場所だって気づいた。君はどうやって知った?」

 

「君は、ヴォルデモートなんだろう?」

 

 ハリーは直ぐには答えず話題を変えた。影の中で、リドルの目に赤い稲妻のような光が走った。

 

「へぇ、名前のアナグラムに気づいたのか?」

「君から教えてもらったんだ」

 

 ハリーは全神経を集中させて、リドルの目を真っ直ぐ射抜いた。

 

「僕たちは、親子だ」

 

 ハリーは心を落ち着かせつつ、敢えて一年生の時のヴォルデモートの記憶を思い出しながら話した。クィレルの頭に取り憑く彼が言う。「命を粗末にするな。俺様の側につけ……」

 そのシーンを繰り返し考える。こうすることで、開心術をされてもハリーが閉心術を行って何かを隠していることは気づかれない。相手に見えているのは、ヴォルデモートがハリーを誘い込んでいる様子のみだ。

 リドルはハリーの瞳を抉るように見つめながら、浅く呼吸をしていた。

 

「蛇語を話せるのも、秘密の部屋の場所を知っているのも、僕たちに繋がりがあるからだと思わない?」

 

 リドルの呼吸が大きくなっていくのが分かる。ハリーも小さく息を吸い込んで、言葉を続けた。

 

「本当は、僕は去年、ヴォルデモートと会っている。そのとき親子だって知ったんだ。そして言われた。スリザリンの継承者として秘密の部屋を開けろと。十六歳のときの記憶を保存した日記帳の存在も教えてもらった。書きこんでいれば、そのうち実体化して秘密の部屋のことを教えてくれるともね」

 

 リドルが疑うような目をハリーに向けた。

 

「そんなことこれまで一度も……」

 

「言わなかった。でもそれには理由があるんだ。僕は日記のありかは知っていたけど、それを預かっていた人と接触を起こす前に事が起こってしまった。君の思惑とは裏腹に、君の昔の部下が勝手に日記帳を使おうとした。ヴォルデモートが力を失ったことで彼の忠誠心は薄れていて、かつて主人から預かった日記を個人的な理由で僕の知り合いの持ち物に潜ませた。僕は君のことを聞いていたし、彼に渡されていたことも知っていたからもしやと思ったんだ。けれど確証はなかった。その部下は闇の魔術の道具をいくらか集めているので有名だったし、実際君をみたことはなかったから、君がその部下の個人的な魔法道具なのかヴォルデモートの言っていた日記帳なのか判断がつかなかった。トム・リドルという名 も、教えられていなかったから、僕は推測するしかなかったんだ。ヴォルデモートの日記帳の存在は誰にも明かしてはいけないと強く言われていたから、僕から君に尋ねる訳にもいかない。だからヴォルデモートのことを聞かれても繋がりが悟られないようはぐらかしていた。それで暫く様子を見て、君が本当にヴォルデモートの日記なのか見極めようとしていた」

 

 ここでまた一つ息を吸い込んで、ハリーは微笑んだ。

 

「そして今日、君は姿を現した。僕はやっと確信できた。ねぇ、バジリスクの操り方を教えてくれるよね?」

 

 今回の作戦ではハリーとヴォルデモートが関わったこと自体は隠す必要がなかった。その分、この一ヶ月それを黙っていたことをフォローしなければならない。そのためにハリーの口から流れるように出ていく作り話を、リドルは無表情で聞いていた。漆黒の目は、何も映していない。思考の底へ潜った様な眼差しだ。再び話し出したリドルの声は、呟くようだった。

 

「君と僕は共通点が多い。そう……混血で孤児で、マグルに育てられた。汚らわしく愚かで弱者なマグルから、相応しくない扱いを受けてきた。さらに君は蛇語を話せる。偉大なるサラザール・スリザリン以来、このホグワーツに入学したパーセルマウスはある一族のみだ……」

 

 ここでリドルが瞳を動かし、興味深そうにハリーの頭からつま先までを見下ろした。

 

「それに見た目もどこか似ている」

 

 ハリーはリドルの警戒心が高まったのを感じた。

 

「僕たちが親子だというのなら、君は僕にとって最も危険な存在じゃないのか?」

 

 冷ややかな目線に、ハリーの頬が微かに震える。

 

「君は親しい繋がりを危険だと捉えるのか?」

 

 リドルが鼻で笑った。

 

「親しい繋がりなど必要ない。ああ、そうとも。僕のような力を持つ者はこの世に一人で十分だ。そうだな、ハリー。まずは君を試そうか。見せてやろう、サラザール・スリザリンがどのような力を残したのかを。さて、スリザリンの怪物相手にどこまで戦えるかな?」

 

 リドルがハリーから少し離れて、一対の高い柱の間で立ち止まった。蛇の絡みあう彫刻が施された柱の間に、巨大な石像が立っている。魔法使いの全身像で、床を踏みしめる足は、寮の部屋ほどの大きさだった。リドルは上に顔を向けて、薄く口を開ける。

 彼が見ている方向には、闇で上半分が覆われたスリザリンの顔があった。

 

「スリザリンよ、ホグワーツ四強の中で最強の者よ。我に語りかけよ」

 

 リドルの蛇語に応えるように、スリザリンの下唇が下がっていく。現れた穴は徐々に大きくなっていった。

 来たか。ハリーは杖を握る手に力を込めた。

 親子だと告げることに、ハリーは二つの可能性を予想していた。

 血の繋がりがあるという言葉がもし良い方に働けば、今回のことは穏便に済ませられるかもしれないと思っていた。ハリーをヴォルデモート自身が放った僕としてみなし、クィレルを使っていた本体のように、力のない自分の代わりにハリーを駒として使おうとするかもしれないと。

 

 しかし反対に、邪魔者として始末される未来が待っている可能性もハリーは気づいていた。そしてリドルは後者を選んだ。

 当初は、なぜヴォルデモートが赤ん坊のハリーに手を出せなかったのか、についての真相を取引材料にして交渉しようとしていた。それは彼が一番知りたい情報のはずだし、いい交渉の材料になるかと思われたが、こちらがあまりにも有利過ぎると今度はリドルが慎重になってしまう。時間をかければかけるほど、リドルの力は強くなる。

 ハリーの中にもまたヴォルデモートの魂がある影響なのか、ジニーのときよりもリドルが力をつけていくスピードが速い気がした。一日、二日と延ばし続けていって、どれほど彼が力をつけるか判らない。

 今のリドルにはまだ実体化できる程度の魔力しかなく、かつて秘密の部屋であったときよりも透けている。もし今ハリーに危機感を抱いて殺そうとするならば、必ずバジリスクを使ってくるはずだ。

 実際に、こうしてバジリスクは呼び出されている。

 

 とうとう穴が開ききった。ハリーは目を閉じる。

 

 考えてきたいくつかの作戦を頭の中でなぞり直した。

 最初の作戦では、バジリスクを確実に仕留められるか判らないが、もし上手くいけば一番リスクの少ない方法で終わらせることができる。

 

 大人になってから、バジリスクのことを調べる機会があった。

 日刊預言者と繋がりのある出版社から、ハリーの学生時代を本にしたいという依頼があったのだ。本など出す気はなかったが、勝手にあることないことを書かれるのも嫌だった。

 世間では既に、非公認でハリーについて書かれた本が多数出回っていたが、その内容はただの噂をかき集めた失笑もできないほどの酷いものだった。

 

 出版社は例えハリーが断ったとしても、あれこれと理屈をつけて本を出すに違いない。あの戦争に関わった、特にハリーに関しての本は金のなる木なのだから。

 だからハリーは依頼を受ける代わりに、執筆する人を自分で選ぶという条件を提示した。信用できて、中立の立場で書いてくれそうな人に頼んだ。スーザン・ボーンズは、彼女の叔母のアメリア・ボーンズ同様、魔法法執行部で働いており、公正な魔女でまさに適任だった。

 ハリーが“戻ってくる”前にはもう、ヴォルデモートを倒すまでの七年間全てが出版されている。

 

 第二巻、「ハリー・ポッターと秘密の部屋の謎解明」にバジリスクの章が書かれた日。スーザンはいつものようにハリーの家を訪ねてきていた。

 外では目立つので、ハリーは彼女を家に招いたのだ。彼女なら生活圏に入って来ても心配ない。スーザンが執筆のための取材や確認をするために訪ねてくる日は、ロンとハーマイオニーもハリーの家にやって来た。

 リビングで、ハリーはソファに座ってその膝にリリーが座り、ジニーが隣に座る。アルバスは四巻が執筆される辺りから、この作業が始まると部屋に閉じこもるようになっていたが、このときはまだジニーの隣に本を持って座っていた。ソファのすぐ傍にあるダイニングのテーブルでは、タイピングをするスーザンの周りをジェームズが落ち着きなく動き回っては茶々を入れていた。

 ハーマイオニーはスーザンの前に座って彼女の書記を手伝い、ロンは庭に繋がるテラスのデッキチェアに寝そべり、自分が活躍するときだけリビングに顔を出していた。

 

 スーザンがメモされた内容を読み上げながらタイピングしていく。

 

 バジリスクは、マグルの間では空想の生き物とされている。ギリシア出身の闇の魔法使い「腐ったハーポ」が品種改良を重ね生み出した毒蛇の王である。怪物の中でも、最も珍しく、最も破壊的な生き物だ。

 

「いいぞ」

 ジェームズが拳を振った。

 

 鶏の卵から生まれ、ヒキガエルの腹の下で孵化され、ときには何百年も生きながらえることがある。

 毒牙の殺傷とは別に、目からの光線で生き物を死に至らしめる。なお、一度反射させた光線や対象がゴーストだった場合は、死ぬことはないが石化する。石化を解くには、マンドレイク薬が有効である。

 蜘蛛にとってバジリスクは天敵で、大量の蜘蛛が逃げ出す場合その近くにバジリスクが存在していると考えてもいい。

 

「ロン伯父さんにとっては蜘蛛が天敵だけどね」

 

 リリーがハリーを見上げて小さく笑った。ハリーも微笑み返す。鼾をかいていたロンが「へぁ?」と気の抜けた返事をした。

 

 バジリスクにとっての天敵は、雄鶏が時をつくる声で、それからは唯一逃げ出す。

 腐ったハーポがパーセルマウスだったので、蛇の怪物が作り出されたのではないかと言われている。実際、普通の蛇と同じようにバジリスクもパーセルマウスのみと意思疎通をし、パーセルマウスのみがその力を制御できる。

 

「父さんもパーセルマウスでしょ?」

「今は違うよ」

 ハリーはジェームズに答えた。

 

 元々備わっている目の光線に関して、本来なら敵や食料と見なしたもの全てに対して使われるものだろうが、パーセルマウスの指示によっては対象を制限することも出来る。それらを利用して、生物兵器としても使える。

 ホグワーツの地下深くに生息していたバジリスクは、千年以上前にサラザール・スリザリンが「ホグワーツ校からマグル生まれを追放する為」に卵から孵したとされる。腐ったハーポがどのような意図でバジリスクを生み出したのかは不明だが、スリザリンの場合はパーセルタングにより特定の思考をバジリスクに植え付けていたと思われる。このように、バジリスクは主人に忠実な傾向がみられる。

 飲まず食わずでも長く生きていられることから、冬眠に近いことが出来ると推測される。

 また、一部の蛇に備わるピット器官 ( 哺乳類を餌とする夜行性の蛇がもつ温度感知機能 ) は、視覚や嗅覚に優れたバジリスクは持っていないものと思われる。

 その皮膚は硬く、ドラゴン程とは言えないもののその鱗を貫くには相当の力 ( あるいは魔力 ) が必要である。

 

「いいぞ、いいぞ」

「ジェームズ、静かにしていなさい」

 ジニーが諌めた。

 

 石化した被害者の周辺のみに焼け焦げた跡があること ( ハリー・ポッター、ハーマイオニー・グレンジャー、ロン・ウィーズリーが確認 ) 、バジリスクは目から光線を出すという「幻の生物とその生息地 ( ニュートン・スキャマンダー著 ) 」の記述から、バジリスク自身の意志で光線を出すかどうか決められると推測される。

 その場合、単純に目を見ただけでは死に至らず、バジリスクに殺意がないと光線はでない。さらに光線に目を捕らわれない限り被害はないものとされる。光線は光の反射を利用して攻撃性を得ると考えられ、その場合、光源のない場所ならバジリスクの目は無力であると推測できる。

 このことから、バジリスクに認められた者は目を開けたまま対峙することが可能であると思われる。また同じパーセルマウスにも相性があるらしく、可能性としては「自分を生み出した者は絶対的に主人とし、それ以外の者 ( パーセルマウス ) に関してはバジリスクが選んでいる」ことがあげられる。選考基準は不明であるが、ホグワーツのバジリスクの場合、サラザール・スリザリンの血筋の濃さで選んでいた可能性がある。

 

「ねぇ、早く! 早くバジリスクを剣でやっつけるとこ書いて!」

 

 ジェームズがテーブルに両腕を突っぱねて乗り上がるように跳ねた。

 

「ジェームズ、邪魔をしちゃいけないよ」ハリーが注意した。

「ママもこの事件には関わっていたんでしょう?」

 

 ハリーの膝に座るリリーが無邪気な顔で母親を見上げた。ジニーは苦笑いをする。

 

「最悪な思い出の一つね」

「どうして雄鶏の声で逃げるの?」

 

 今まで静かだったアルバスが突然声を出した。

 

「雄鶏の声には何か魔力があるのかな?」

「マグルの神話でも、暗黒の生き物は雄鶏の声で逃げ出すという説を様々な国でよく見るわ」

 ハーマイオニーが答える。

 

「はーやーく、ゴドリックの剣を出すところ!」

「じゃあ雄鶏が鳴くと何か怖い事でも起こるのかな。闇の生き物が怖がるような何かさ」

 ジェームズに負けないよう、アルバスは声を張り上げた。

 

「そうだな、雄鶏が鳴けば……朝が来る」ハリーが呟く。

 

「太陽が昇るんだ」

 

 ハリーがダイニングの方を見ると、ハーマイオニーと目が合った。

 

「陽の光が弱点なんだ」

「でも私が襲われたときは晴れた日の昼間よ」

「図書館の前で、だろう? 図書館近くの廊下は窓がない」

「それにあそこは三階のトイレから近いわ。陽に当たる心配は全くない」

 ジニーが付け加えた。

 

「それも追加して書くべき?」

 スーザンが尋ねた。

「いや……あくまで推測だ。確認したわけじゃない」

「リドルは知らなかったのかしら。だって雄鶏を殺してたわけだし」

 

 ジニーは首を傾げる。

 

「あるいは知っててわざと教科書通りの行動をしたかもしれない。万が一の時、弱点を悟られないように。どちらにせよ、今はもう確認する術はないがね」

 ハリーは既に話題に空き始めているリリーの頭をゆっくり撫でた。

 

 目を閉じていたハリーは、巨大なものが落ち石の床が振動するのを感じた。

 もしも今考えている方法で上手くいかなければ、昔のように立ち向かうのみだ。ハリーは杖を握る手に力を込める。

 

「あいつを殺せ」

 

 リドルが蛇語で命令する声が聞こえた。床をはいずる音と、熱く生臭い息が鼻先に迫ってくる。

 ハリーは逃げなかった。杖を天井に向ける。

 

「ルーマス・ソレム! ( 太陽よ ) 」

 

 ハリーの杖先から、眩い光が宙に飛んだ。

 網膜を透かすほどの明るさと、暖かな熱が上から降り注ぐ。バジリスクの悲痛な声が部屋中に響いた。

 

 とうとうハリーは目を開けた。さきほどまで薄暗かった部屋は、よく晴れた日の昼間のように明るい。闇に包まれていた天井も、今は明らかになり、ドーム状の作りを晒している。

 ハリーの目の前に、バジリスクがいた。悶え、声を上げて苦しんでいる。

 バジリスクののた打ち回る頭から、二筋の黒煙が上がっていた。

 その顔が、ハリーに向けられた。しかし、その目から死の光線が放たれることはなかった。目が焼き潰れていたのだ。

 バジリスクは酔ったように頭を数回振らつかせると、やがて地面に勢いよく突っ伏した。床が大きく揺れる。

 

「僕のバジリスク……!」

 

 リドルが苦々しく言った。

 ハリーが杖を下ろすと、打ち上げられていた日光は溶けるように消えた。先ほどより濃く感じる闇が訪れる。

 ハリーは杖先に光を灯して、警戒しながらバジリスクに近寄った。

 その鼻先からは、まだ温かな息が漏れていた。

 

「弱って気絶したんだ。死んではいない」

 

 そう言いながらちらりとリドルを伺うと、彼は黙り込んで蛇の頭を撫でていた。焼きただれた眼の上を、すらりとした指の長い手が柔らかく動いている。

 ハリーはその姿を見て、何となく外出用マントのポケットに突っ込んだ日記帳に触れた。そうしたのは間違いだったとすぐに後悔した。指先に、日記帳から発せられる心臓の鼓動のようなものが伝わってくる。

 感じてしまえば、ハリーの胸に迷いが生じた。

 

 バジリスクの牙を手に入れ次第、分霊箱は破壊していくつもりだった。もちろん日記帳も例外ではない。バジリスクのことが片付けば、すぐに壊す予定だったのだ。

 二年以上先のヴォルデモート復活までに、ハリー以外の分霊箱を全て破壊できていれば、相手が手強くてもこちらが圧倒的に有利な状況から戦いを始められる。

 そうすれば、昔より失われるものも少なくて済むかもしれない。大事な者たちを失わずに済むかもしれない。

 そう考えていた。

 

 けれど、ハリーはここで日記帳を破壊することに躊躇を感じていた。しかもこんな時に限って、このリドルがアルバス・セブルスと同じ年頃だと気付いてしまう。

 そして気づいてしまってからふと頭に蘇るのは、かつてダンブルドアの記憶を通して見た、自分の親について必死に情報を集めようとしていた幼いトム・リドルだ。

 前はバジリスクの牙で日記帳を貫くことが出来た。しかし、あのときよりも色々と知ってしまった自分に、同じ行動がとれるだろうか。

 

 ハリーの足元には、地面に頭を打ち付けたときに折れたであろうバジリスクの牙が三本ほど転がっている。

 その根元を持ちあげて、ハリーは思った。

 やるなら今だ。ポケットから日記帳を取り出して、刺せばいい。

 リドルはハリーが分霊箱の破壊方法を知っているとは思わないだろう。もし知っていれば、まずは何が何でも日記帳を自分の手元へ収めようとするはずだ。

 ハリーが日記の特別な秘密を知っていると気付かれてしまう前に、済ませてしまう方がいい。

 それでもハリーは考えずにはいられない。もしも彼を壊さずにおいたら、どんな可能性がそこにあるのだろうか。

 もちろん、それは危険な考えだ。ハリーの手元に残り、力を得たリドルがどんなことをするか、考えるまでもなく明らかである。

 けれど、彼を生かすという選択肢が思い付ける時点でハリーの心は既に決まっているも同然だった。

 

 愚かな考えだったと後悔する日がくるかもしれない。それでも、ハリーはその考えを捨てることは出来なかった。ヴォルデモートが「ハリーの弱点だ」と嘲笑し、ルーピンからも戒められたことのあるその部分が、ハリーに日記を壊さない選択肢を示している。

 ジニーのときとは違って、ハリーの魂は完全に奪い取ることが出来ないからハリーに依存している限り、リドルは完全体にはなれない。誰にも触らせず、ずっと見張れば、リドルの力を好き勝手に使うことが出来ないよう抑えられるかもしれない。

 ハリーは持ち上げていたバジリスクの牙をそっと地面に置いた。

 それでいいのか、と叫ぶ心が全く残っていないわけではない。だがハリーは鼓動が伝わる指先を日記帳から離して、小さく息を吸い、思考の世界から浮き上がった。

 

 そのとき、突然ハリーは足先から何か気味の悪い感覚が這い上がってくるのを感じた。

 闇祓いとしての勘が何かがおかしいことを伝えているのだ。

 心臓の鼓動が早くなる。神経が研ぎ澄まされる。周囲の音や、臭いや、温度に敏感になる。

 

 何がおかしい?

 

 俯いていた顔を上げた。目がスニッチを捕えるときのように、広い範囲を素早く捉え、再び目の前に視線が戻る。ちょうどバジリスクの鼻先があった。そこからは、風を感じない。

 ハリーは思わず立ち上がった。死んでしまったのだろうか。

 偽の太陽光でも、バジリスクを死に至らしめるほどの効果を発揮してしまうのだろうか。

 すると視界の端で何かが動いた。そちらを向くと、リドルと目が合った。

 

 彼は笑顔だった。

 

「トム?」

 

 仮面のように温度を感じない笑みは、この場に相応しくないもので気味が悪い。怪訝な顔をしていると、リドルは笑みを浮かべたまま見せつけるようにして懐に手をいれる。そのときハリーは、リドルの輪郭がはっきりしていることに気づいた。ほぼ生身の姿だ。

 

「どうして……」

「ハリー、君は予想していた以上に上手くやった。だが、僕が何の準備もなく行動すると思っていたか?」

 

 リドルは口角を上げたまま口を閉じた。舐めるような目がハリーを見ている。そして再び、口が開かれた。

 

「お前はここで始末しておくべきだろう、確実に」

 

 今やその顔は笑みを浮かべていない。

 懐に入れられていた手が抜かれ杖が取り出される。ハリーは目を見開いた。

 瞬時に自身の杖を持ち上げたがリドルの方が早い。

 

 視界が歪み、冷たい石壁の世界が消えた。

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