マルチエンディング。
ジャシンの部下、ぽぺぺは彼を討とうとする味方である、というお話を魔女さんやセラスさん、私がして、それぞれに話が通ると、いったん落ち着いた雰囲気になった。
……話ができる状態になるまでにちょっとだけ時間かかったけどね。なんたってリンさんには高速化がかかってたから、止める間もなくアンサさん攻撃し始めちゃって、当然アンサさんもやられちゃわないために抵抗した訳だ。
まだセラスさんの力が戻り切ってなかったのか、早々にリンさんにかかってた能力が解け、同時にサンジさんやゾロさんと交戦してだいぶん参っていた様子のアンサさんが──事情を知ってるはずのサンジさん達、わりかし本気で戦ってたみたい──再度ダウンしたからお互い大事には至らなかったけれど、一歩間違えれば中々ややこしい事になってしまっていただろう。
「な、なにをそんなに怒っているのだ……」
介抱するふりしてこしょぐったりしてアンサさん虐めてたら、ぷるぷる震えながら半ば身を起こした彼に不可解そうに問いかけられた。
……なにとかなぜとか聞かれても……理由を数えるときりがないんだけど。
胸触られた。下着の事言われて恥ずかしくなった。もう成長できなくされた。解け。とーけ。……能力使い切ってて無理? ほう、そうか……戦鬼くん押し付けちゃおう。
「ゃめ……ちからぁ……」
アンサさんはぽてっと倒れた。
これくらいで許してやろう。
「予定とは違いますが、とりあえず目的は果たせました」
と、王様を縛りながらコーニャさん。
王位がどうのとかは私にはわからない話だけど、これで後はジャシンをぶっ飛ばせば全部おしまい?
きっと王子様の方はウルージさんがなんとかしてくれてるだろうし……ジャシンの方は神様もいればルフィさんもいるし、もしかしたらもう片付いてるかもね。
そうしたら私、ぜんっぜん暴れてないからフラストレーションたまってるんだけど……。
だってだって、もどかしい話ばっかりだったんだもん!
「我が友、蛇さえいればどうとでもなるのだ」
王様、大人しくしていると思ったらなんか言い始めた。
蛇……ジャシンの事だね。
そのジャシンは……──。
「ヘビィ~~!!!」
──ビリビリと、建物中に響くルフィさんの雄叫びと、遠くで聞こえた破壊音。
はっとした顔の面々が階段を駆け下りるのに私もついていく。
大きめの窓から覗けば、左のずっと向こうの方の建物の天井を突き破り、ルフィさんが飛んでいくところだった。……"ギア
一方その上空には……ジャシンがいた。目が飛び出し、明らかに重い一撃を受けたみたいに吹き飛んでいたけれど、空中で身を捻って体勢を整えた。
と、雷鳴が轟く。ルフィさんより上空にバシッと姿を現した神様が連続で背中の太鼓を叩いた音だ。って、神様も"
「"ゴムゴムの"ォ……!!」
「5億
耳を澄ませば聞こえる二人の声に、ジャシンは表情を険しくして両腕を前に出した。
体の一部を変容させたりできると聞いたけど、いったいどんな技があるのだろう。
「
その両腕の肘から先が膨れ上がって赤茶っぽい巨大な蛇となり、空中を泳ぐように動いてジャシンを囲った。
ただ、そんな防御は関係ないとばかりにルフィさん達は攻撃を繰り出した。
「
「"
滞空する神様を追い越したルフィさんが、その勢いのまま振り絞った両腕をジャシンへ向ければ、肘までめり込むように収められていた双拳が勢い良く射出されていく。それが二匹の巨体を纏めて叩けば、破裂するような音がここまで届いた。
太鼓が変容した大エネルギーが眩く辺りを照らしながら収縮して子供大の人の形を作り出すと、なんか舞うような動きで軽やかに飛んでいき、ルフィさんの体を突き抜けて二匹の蛇へと躍りかかっていく。
……あの、神様、何その技……? 初めて見たんだけど、もしかしてひょっとして、私モデルにしてない!?
「ガァラガラガラガラ!! 無駄だと言ったはずだ!!」
黒焦げにされた巨大な蛇は二匹とも目から光を失い、パンチでズタズタにされているというのにジャシンは
余裕そうに笑っている。どうやら攻撃は届かなかったらしい。──と、ダメージの著しい二匹がずるりとこそげ落ちた。
「うわっ!」
ここからじゃ小さく見えるけど、たぶん結構な大質量なんだろう。慌てて横へ飛んで避けるルフィさんに、意に介さず空を睨み上げている神様を通って蛇が落ちていき、やがて僅かに地面が揺れた。
腕を切り落としたジャシンは、しかし真っ白な両腕を顔もとに掲げて満面の笑みだ。なにあれー。
「貴様らがいくら足掻こうがおれにダメージは残らねぇ! いい加減学習したらどうだ……!?」
「くそー、何回も脱皮しやがって……! はぁ、はぁ、キリがねぇぞ……!」
「あのような無敵の能力があってたまるか。消耗しないはずがない……何度でも焦がしてやる!!」
え、さっきの切り落としって脱皮だったの!? なんか思ってたのと違う……!
それはそれとして、息巻く二人だけど結構てこずってるっぽい。特にルフィさんは消耗が激しそうだ。蒸気が噴き出し続けてるし、息も荒いし。
となれば加勢だ! 幸いこっちには戦闘員だっているんだし!
「サンジさん、ゾロさん! 私達も行きましょう!」
「……ああ!」
「斬りがいがありそうだ」
くわえていた短いタバコを懐から取り出した小さな袋に捨てたサンジさんに、柄に手を添えながら獰猛に笑うゾロさん。……気迫が違うね。びりびりして、こっちもわくわくしちゃう。
「ミューズ、私も行く」
窓の外を見上げながら言うコーニャさんの方を見れば、リンさんもそこにいて頷いてきた。
「元々我々の問題ですから、やらせていただきます」
「うん、いいんじゃない? 私に駄目って言う権利なんてないし」
私達はたまたま居合わせて戦ってるだけだからね。
本来彼を倒そうとしていたのはコーニャさんやリンさん、セラスさんと魔女さんに……そこで伸びてるアンサさんだ。
……いつまで倒れてるんだろう。そんなに海楼石が効いたのかなぁ。
「はぁい。それじゃあみんなで一気にいきましょ~」
そーれ、と軽い掛け声で振られた指からきらきらした粉が振り撒かれて、それを浴びるとなんだか力が張ってくる。おおー、強化魔法だ。結構気分が良い。
「それじゃあ……行きます!」
それぞれの顔を見てから、一番に外へ飛び出す。窓の前にいちゃ邪魔だろうしね。
戦いの舞台は空っぽいから、空中戦が得意な私にはうってつけだ。頑張るぞー!
びゅんびゅんと空を飛び、あっと言う間に神様の横へ到達する。
「神様おつかれー」
「ぬ、ミューズか。……私は、忙しい……!」
「みたいだね。がんばろー」
神様、肩で息をしていて結構参ってる様子。だから、異形のような半ば雷に飲まれている神様のお顔にガッツポーズを作って見せれば、なんかぼうっとした顔をされた。そんな気のない顔されたら私もどうしていいかわかんないんだけど……。と思っていればフッとニヒルに笑われた。なに? なんで笑われたの私! ……ガッツポーズ変だった?
「ジャシン、覚悟!」
「チッ、次から次へと……テメェまで来てどうすんだよリン! 面倒くせぇじゃねぇか!」
身一つで空を飛ぶリンさんがジャシンへと果敢に斬りかかっていく。合わせるようにコーニャさんが剣で突くも、ジャシンはするりするりと剣の軌道から逃れて二人を押し返した。空中を蛇行する様はまるで水の中を泳いでいるみたいだ。キモチワルイ。でも回避性能はかなり高いみたい。二人の猛攻が掠りもしない。
が、目の前に魔女さんが現れるとぎょっとした顔になって動きを止めた。おお、これは作戦通りだね! 死んでたはずの魔女さんが突如として現れる事によって動揺を誘う大作戦。
「
「!? オウッ!!!」
さっと横に退いた魔女さんと入れ替わりに、サンジさんが燃える両足でキックの乱打を見舞った。僅かに遅れて防御しようと手を交差させたジャシンが腹を蹴られて浮かせられれば、
「三・千・世・界!!!」
「グオオ!!」
すかさずゾロさんが三本の刀を回転させながら突っ込み、深く斬りつけた!!
良いコンビネーションだ。一瞬の不意を突かれたジャシンはかなりのダメージを追っている。
両断まで至らないのはさすがの頑丈さか。覇気纏ってるようには見えなかったけど……お腹の筋肉、鱗っぽくなってたような。
攻撃を終えたゾロさんは空中に描かれた光の魔法陣に着地すると、油断なく構えた。
「
「つああっ!
攻撃はまだまだ終わらない。ジャシンの上をとったリンさんとコーニャさんが畳みかけるように力を合わせて突進からの突きを放てば、さすがに武装色で黒く染めた体を用いてガードし、けれど吹き飛ばされたジャシンの体は私から見て左下へと落ちていった。
よっしゃ、私もやるぞー!
「"見取り稽古の舞い"」
ちゃっと舞うように戦鬼くんを抜き放ち、リンさんと同じ構えをとって空気の壁を蹴りつける。
名前の通り、他人の技を丸パクリにする私の必殺技だよ!
「
「ぐヌ!!」
突くというよりは斬る形。肩から腹へかけてズバッと切り裂けば──刃がなくとも速度と力があれば叩き切れるのだ、えへん──、鮮血を拭き散らしながらジャシンが白目を剥いた。
「"
「────!!!」
「話にならん!!」
反転したルフィさんの上方向への両足キックに受け止められ、海老反りになって打ち返されるジャシンへ、気勢を上げて極太電撃を放つ神様。それはまたもルフィさんの体を貫いてたけど、彼はゴム人間だからダメージはないどころか、文句を言う様子もなくまったく気にしていない。
つまりこれは……神様とルフィさんのコンビネーションアタックだ!
ふわあああ、すごい! この二人が協力する未来が来るなんて!
「テンション上がってきた!」
砲弾みたいに横を通って空高く突き進んでいくジャシンへ、戦鬼くんを大上段に掲げて追い縋り、その身を両断しようと振り下ろす。
が、黒染めの足裏に受け止められてしまった。
歯を食いしばり、私を睨みつけるジャシンへにっこり笑いかける。
それで防いだつもりかな。
「残念! "大神撃"っ!」
「!!!」
受け止められた刀を起点にくるんと前転、頭上をとって再度の振り下ろしとおまけの大神撃。それもまた腕で防がれたものの、大将だって軽々吹っ飛ばすこの攻撃は防げまい。
一瞬輪郭がぶれたジャシンが砲弾となって地上へ突っ込んでいき、すぐに空を突くような土煙をあげた。
たーまやー! ……打ち上げてはいないから違うか。
「ミューズ!」
「はい? ──!」
誰かに名前を呼ばれて、反射的に背を反らす。
何か大質量のものが胸のすぐ上を通っていくのに、遅れて強風が吹き、煽られるようにしてその場から離脱する。
「ほえー」
体勢を整えがてら自分がいた場所を見てみれば、空ぶった腕を引き戻すジャシンがいるじゃあないか。さっきぶっ飛ばしたはずなのに。
ちらっと下を見れば、収まりつつある煙に紛れて巨大な蛇の死体とか……ジャシンが落ちているのが確認できた。
目の前の奴もジャシンで、下のもジャシン。ええと、つまり、それって……。
「双子か!?」
「脱皮です!」
おおう、リンさんに突っ込まれてしまった。
そうかそうか、脱皮か……ええ? やっぱよくわかんないや。どうやったんだろう。
「無駄さ。何をしようとこのおれは倒せねぇ。諦めて大人しく死ね!」
「やだよ。あなたをぶっ飛ばすって決めたからね」
「生意気なガキが……躾が必要だなァ!!」
会話の合間合間にサンジさんが蹴り込み、ゾロさんが飛ぶ斬撃を放ち、リンさんやコーニャさんが光線ぽいのを放っているんだけど、ジャシンはくねりと避け、または武装色の覇気を纏った肉体で跳ね返した。
体力も気力も全回復って事……? そんなの反則じゃん!!
「なんだ!? 離れろミューズちゃん!」
「はいっ!」
サンジさんの声に即時離脱をはかる。だってジャシン、明らかに
「おお……」
ムクムク……ムクムクムク……!
「おわわ」
力みながら体をくねらせ、どんどん体を伸ばし、肥大化させていくジャシンだけど、「どこまでデカくなりやがる……!」って声が聞こえてきた通り、ジャシンの変身が止まらない。見守り続ける事もままならず私を押し退けようとぐむぐむ迫ってきた蛇の体を、空気を蹴って離れる事で避ける。
「はえー……でっか」
一気に長距離まで離れてみたけど、それでも全体像が視界に収まらない。
そしてジャシンは、変身と同時にその身に武装色を流し込み、体の中心から両端へとどんどん硬化していっている。やがて全身真っ黒な蛇が出来上がるだろう。
それを待ってやる義理はない、ってね!
『────────────!!!!』
「ウッ!」
「ぐわ!」
私と考えを同じくしていたのだろう、それぞれが大蛇となったジャシンへ攻撃を仕掛けようとして、鼓膜を破らんばかりの大絶叫に止められた。
結構距離取ってる私が思わず身を竦めて耳を押さえてしまったくらいなんだから、至近距離からアレをくらった人はたまったもんじゃないだろう。細めた視界には顔を顰めたり防御態勢に入ったりしているみんなが見えて、そしてその誰もがジャシンが身をくねらせるだけで地上へと叩き返された。全員纏めて、だ。ゾロさんも魔女さんも、神様やルフィさんも、巨体の一動作でバンバンバンッって叩き落とされた。そして今、私の方へしなる尻尾が横合いから迫ってきている。
でかいでかいでかい! この図体でこの速さ! ええい防御だ、受け止めてやる!
「"竜の逆鱗"! 無敵モードぉ!!」
全身から衝撃を発する竜の鼓動の上位互換。連続で大神撃を発し、その上で両腕でガードしようとして。
「っぐ!!」
ドッと脳が揺れた。
そこまでやってノーダメージに抑えきれず、私もまたどこかへと叩き落されてしまった。長いんだか短いんだかよくわからない滞空時間を経て家屋的な何かを破壊して止まる。
体中衝撃に襲われて前後不覚に陥る。頭がぐわんぐわんする。何かにお尻がすっぽりはまっちゃってる感じで、遅れて熱さと冷たさを感じた。
「うう~、いたた……」
頭を押さえつつ足をばたつかせて体の上にかぶさっていた、木板か何かだろうかを蹴り退け、身を起こす。いや、そうしようとして何かに嵌まっているために失敗して、むぅっと唇を尖らせた。なんか無様な姿になってない?
そんなの誰にも見られたくないから四肢をばたつかせてなんとか抜け出した。
そうしてしっかり立ってみるとわかる着物に染みる何かと甘い香りに、足首にトロリと伝う熱い何か。
「うううー!?」
びびびっと背筋が震えて、気持ち悪い感覚を引きはがすために空気をつま先で蹴るように足を振るって"何か"を飛ばす。
というか、肩にも腕にもなんかべちゃっとしたのがくっついてて、確認するのが恐ろしい。半分剥がれた天井を涙目で見上げながら慎重に体を動かす。……ねちゃってする! ……ううー。
見聞色が使えるからって見ないで何かがわかったりはしないので、目を逸らし続ける訳にはいかないだろう。鳴り響く祭囃子の真っただ中な事からしてなんかもう嫌な予感が凄いけど、薄目で持ち上げた腕を見る。
着物にチョコバナナの残骸がくっついていた。
「いやああ!! バナナきらい!」
腕を振るって残骸を飛ばす。拍子に真空の刃が飛んで地面を深く切りつけたけどそんなの気にしてる余裕なんかない。
げええ! うえええ!
さいあく!
ぶんぶん手を振って残骸を放る事には成功したものの、着物に染み込んだ気色の悪い感覚と鼻をつく生臭さは消えず、こみ上げてくる吐き気に舌を突き出してぺっぺってする。それでも全然気分が収まらない。風邪にかかったみたいに寒気がして肌が粟立つ。
「あの、あんた、大丈夫か……?」
「ぶるるっ……うん? だれ? ……どこ?」
体についてる不快なものを"竜の鼓動"で吹っ飛ばしている最中に声をかけられて振り向くも、誰もいない。
見聞色を広げてみれば、崩れた木板の中に埋もれてる人を発見できた。
助け起こせば、だいぶん疲れた顔をした若いお兄さんが現れた。……さっきのでふっとばしちゃったみたい。見る限り怪我はないようだ。良かった……いやよくない。
あー……屋台壊しちゃった。やっぱり街の方まで吹き飛ばされてたんだね、私。
私の手を離れて自分の足で立ったお兄さんは、怒りも喋りもせず私の無事を確認すると、薄く笑いながら屋台を振り返り、溜め息をつきながら近くの屋台へと走っていった。
……そっちの方の手伝いを始めてる。おお……この状況でお祭り続けるのか……。とりあえず口元に手を当てて「ごめんなさーい!」って謝って置く。「あーい」ってよくわかんない返事が飛んできた。
……ふむ。
というか、お城で起こってる事がわからないはずないのに、なんでまだみんなお祭りやってるんだろう。王城の上空ではジャシンが身をくねらせて暴れている。ここからでもそんな異常な光景はよく見えるはずで、なのに誰も気にしてない。落ちてこないのは……誰かが戦ってるからみたいで、もしかすれば死んじゃうかもしれないのに、街を行き交う人は俯きがちにお祭りに参加している。
道の向こうからは
「うへぇ……」
って、御神輿の上にルフィさんいるし!
"ギア4"が解けてぐてーってなってる。脱力感半端ない感じ。
「あのっ、大丈夫ですか!」
「ミューズ……。……ハラへった」
並走しながら声をかければ、言葉と共にぐぅっとお腹の虫の声。あわわ、何か食べ物を……わ、わたあめ屋さんならある!
超スピードで先行してお買い物を済まし、空を走ってルフィさんへデリバリーすれば、へにゃりとした腕でわたあめを受け取った彼は一口でそれを食べると、がくりと頭を落とした。
た、足りませんよねそれだけじゃ……!
「失礼しますっ」
とにかく神輿に担がれてちゃどこかに連れてかれてしまうから、ルフィさんの体の下に潜り込むようにして背負い、上空へと移動する。空飛ぶのは得意だから揺れはあんまりないと思うけど、細心の注意を払って……あわわ、ルフィさんの足がだらーんって伸びてぶらぶらしてる!
「おまえ、なんかあまーい匂いがするぞ」
「は、あゃっ、あ」
背中にある固い体の事や声とか息遣いとか感じてると緊張がマックスになってしまって発声さえ覚束ない。
やめて、くんくんやめて、死んじゃう。頭がおかしくなって死ぬ。
泣きそうになりながら王城に続く道に視線を落とす。ナミさん達がいればルフィさん任せられるって思ったけど、いない。どこにもいない! 倒れてる騎士さんはいるけど……。自分で背負っといてあれだけど、この距離感はやばい。私駄目なんだよ、無理なんだよ。嫌いじゃないけどむり!
「……?」
ほぎゃっ、ほぎゃああ!? えっ、肩噛まれてない? 噛まれてない……? いや噛まれて……吸われてない!? 気のせい!?
ああ駄目だ、自分の体の感覚すらよくわかんなくなってきた。確認する勇気もない。いいよ別に何されたって構わないもん、ただそれを認識すると緊張性の発作とかで死にそうだからちょっと頭から追い出しとこう。
そうこうしているうちに王城に戻ってきた。戦いの舞台は空ではなく地上にあるらしく、そこかしこで大きな音が響き、人の動き回る気配があった。
二つのお城の間、渡り廊下の下にある中庭に、二匹の巨大な蛇と交戦するコーニャさんとリンさんがいた。
あの黒焦げでボロボロの蛇はジャシンが切り離した抜け殻だろうか。なんで動いてるんだろう?
少し離れた場所ではジャシン……の抜け殻? とサンジさんとゾロさんが戦っている。あれもまたどうして動いてるのかはわからない。
誰かに声をかけようかと視線を巡らせていれば、壁際に神様が座り込んでいるのを見つけた。通常サイズに戻ってる。壁に背を預け、呼吸を落ち着かせているのをみるに、ルフィさんと同じように消耗しきってしまったみたいだ。傍に膝をつくセラスさんの介抱を受けながらぶすっとした顔をしている。
「神様っ」
「ミューズちゃん~、大丈夫かしらぁ」
駆け寄っていく中で声をかければ、魔女さんが反応した。神様とコーニャさん達との中間距離にいえ指を振り続けている彼女に目を向ければ、ぱちーんと小粋なウィンクを飛ばされる。けど、額に汗を滲ませたそのアピールチャームは少し苦し気だった。
「私は大丈夫ですけど、そのっ、ルフィさんがお腹空いちゃって」
「覇気も戻らねぇ……」
「らしいです!」
「あら~」
困ったように頬に手を当てる魔女さんは、平時と変わらずにこにこ笑顔だ。
雷様もおんなじ感じねぇ、と神様の方を見る魔女さんに、うんと頷く。
そうすると神様とルフィさんを戦力に数えるのはちょっと難しいかな。
しっかり休憩すれば二人とも大丈夫だろうけど……あ、神様立った。お腹を押さえてよろよろこちらに来るものだから何かと思えば、目の前に立った神様は半目で私を見下ろすと、すんと鼻を動かした。それからぐううっとお腹の音。甘い匂いに釣られて寄って来たんだろうけど、あいにく私はなんにも持ってないし、私は食べられないし。……食べないよね? 調味料だけ食べようなんてしないか。素的なものも調味料の括りかな?
……神様、ここ最近でどんどんパワーが上がっていくのはいいけど、その分消耗が激しい。五十土人間だから自家発電で賄えてるらしいけど、あくまで雷『人間』。人間でもあるからある程度エネルギーの消耗もあって、雷神状態だとそれが激しい。リンゴ一つでじゅうぶんなところを普段からドカ食いして食い溜めしてるからある程度は持つけれど、今回はエネルギー貯金全部使い切っちゃったみたいだね。よく見ればかなりひもじそうな顔をしている。
「ぐうっ!」
ふと苦し気な声と共に何かの砕ける盛大な音がした。隕石みたいに降ってきたアンサさんが建物の壁を壊して地面に落っこちたのだ。上で戦ってたのはどうやら彼だったみたいで……そのアンサさんがやられたって事は……。
「落ちてくる!!」
見上げながら叫んでみんなへと注意を促す。空でくねる大蛇が大口開けて落っこちてくる。って、でかいってば!
あんなのが降ってきたらお城も街もぺしゃんこだ。ジャシンめ、自分が支配する国がどうなってもいいっていうのか!
「神様、ルフィさんお願い!」
「断る」
「断るのを断る!」
背負っていたルフィさんを神様に押し付ければ、めっちゃ嫌そうな顔をしながらも腕一本で支えてくれた。ぐでーっと引っかかってるルフィさんの表情は窺えない。
「"
サッと裾を引っ張って足を露わにし、逆立ちしてレーザー付きの足を天へ差し向ける。
一秒チャージ、のち発射!
ピュンピュン乱れ撃つ眩い光がズムズムと蛇の体表で爆発を起こし、風を荒らしながらなんとかその巨体を押し留めている。
でも押し返せてないし、というか少しずつ落ちてきてるし!
これじゃあレーザーのエネルギーが切れたら途端にドシンだ。誰か対応してくれればいいんだけど、誰も手が空いてないんだなこれが!
ナミさん達がいたらどうにかなったかなー……どこ行っちゃったんだろう。
「うっ……エネルギー切れ……神様っ」
「……」
「だめかっ」
さっきも一回使っちゃってたからエネルギー切れになるのは早く、だったら神様のエネルギーをって思ったけれど、怠そうに顔を向けられるのに断念する。
仕方ない、私がやるっきゃないか!
「すみません、行きます!」
「はいはぁい、ルフィちゃん達はお腹空いてるのよねー? お姉さんに任せて頑張ってぇ」
誰にともなく伝えてから地を蹴って跳び出せば、耳元を過ぎ行く風の中に魔女さんの暢気な声が聞こえた。
魔法で食べ物出してくれるのかな? それならありがたいけど、魔女さんが離れてコーニャさんとリンさんは大丈夫なのだろうか。なんて人の心配をしている場合ではない。
「でぇやあああっ!!!」
『──ッ!』
気合一声、空飛ぶ勢いを乗せた人間砲弾となって大蛇の腹にぶつかっていけば、腹に響く重い音がずっと遠くまで広がって、一瞬巨体が止まった。っよし、この調子!
「"神撃"!」
体ごと回転してサマーソルト気味のキックでかちあげ、
「"大神撃"!!」
もう一回転! 遠心力を乗せたキックを再度ぶちかます!
ぐおおっと呻いたジャシンが私の身長分空へと押し返されるのを見て、胸の前で腕を交差させて武装色の覇気をを流し込む。
「ん~! "超竜神撃"!!!」
全力全開、一息に何十回も空気を蹴っての大突進。竜の爪が大きな蛇の腹を食い破らんばかりに突き刺さって、けれど武装硬化した真っ黒なボディは堪えた様子もなく平気で押し返してくる。
「うぎぎぎ……! "大神撃"っ!!」
『──!!!』
「"大神撃"っ"大神撃"! もいっちょ"大神撃"!!」
『グオオオ!!!』
「うりゃりゃりゃりゃー!! "だいっしんげき"!!」
『シャアアア!!!』
巨体が身動ぎするだけで吹き飛ばされそうな感覚があったから張り付いて攻撃を繰り返していれば、壁のような腹が急に動き出した。新幹線みたいに左から右へ流れていく体から距離をとろうとして、尻尾が迫ってくるのに慌てて戦鬼くんを抜く。
「ぐううっ!」
私よりずっと太い尻尾に打ち付けられて地上まで真っ逆さまに吹き飛ぶ。ガードの上からダメージが入って、腕がおかしくなっちゃったみたいに痺れた。手をもぎ取る勢いで吹き飛んでいく戦鬼くんを掴む余裕はなくて、息を吐き出して痺れを弾く。
さすがに覇気纏われてると海楼石も上手く効かない。新世界の海賊はこれだから厄介だ……!
乱回転する体を何とか止めて瞬時に空間把握してもう半回転。足は地上に頭は空に、睨み上げた先にはジャシンの一部があって、どんどん迫ってきている。
『鬱陶しいぞ!』
あ、喋れるんだ!
心の中で突っ込みつつ即座にトップスピードへ突入して、前転。膝を抱えてぐるぐる回り、両足での踵落としとともに空気の刃を放つ。
「「
『"黒の
うわっ、尻尾!?
覇気に染まった尻尾による高速の突きを身を捻って避ければ、どんどん太くなっていく胴体に弾かれて錐揉みしてしまった。はためく着物を押さえつつ体をストップさせ、口元を腕で拭う。脇から胸にかけて擦ったような痛みがあって、熱い。うう、中々やる……!
「宴舞-"剣豪の型"!」
『ンン……!』
この巨体で水中の魚みたいに動くんだからたまったもんじゃない。
今も絶えず体をくねらせて恐ろしい圧力を放ちながら攻撃に移ろうとしている。だからこっちも大技でいく!
抜き放った扇のうち「
『
胸の中でぶつぶつ愚痴りつつ「
釣られた訳じゃないだろうけど、再び私めがけて尻尾による突きを放ってきたジャシンへ向け、一気
「ずぇええい!! "三・千・世・界"!!」
『"暴走列蛇《ぼうそうれっじゃ》"!!!』
「ふぎゃー!?」
ぶつかり合った黒染めの三刀(?)と尾の先端が火花を散らし、秒間数発神撃を放って吹き飛ばそうと頑張るも、瞬間的に尾を引き戻して体を暴れさせたジャシンにぶつけられて吹き飛ばされてしまった。
吹き飛ばされた、なんて軽く言ってるけど、衝撃は馬鹿みたいに激しくて体がばらばらになってしまいそうだった。無敵モードでもこれだ。能力者は"
そもそも図体からして私とあいつじゃ差がありすぎて、触れられるだけで突き放されてしまう。私が大人だったらこうはならなかっただろうに、くそーっ、成長期のばっきゃろー!
「"
苦し紛れに放った海水は、体表に弾かれて終わった。人型サイズならまだしもこのサイズには効く訳ないか!
落ちながら嵐脚連発してジャシンを落とさないようにしていたけれど、地面とぶつかれば強制中断。半ば埋まった体を引き抜いて勢い良く立ち上がる。結構ダメージ受けちゃったけどまだまだ平気!
……胸の中とかお腹の方とかなんか熱くて痛いし喉とか鉄の味が凄いけど、うん、だいじょぶだいじょぶ。
げほっ……。
「バトンタッチだ! "
「ああ……おれ一人で充分だ……!」
私が息を整えている間、代わりにサンジさんが空を駆けてジャシンへと突っ込んでいった。キックのフルコースで巨体の落下を押し留めるその下で、ゾロさんは未だ抜け殻ジャシンと交戦している。生気がなくてぼろぼろの癖に覇気まで使う抜け殻は強そうだけど、彼が一人でやるって言ったんだから手出しは無用だろう。
「……ん?」
ふわり、良い匂いがして出どころを横目で窺えば、瓦礫やらの中に長テーブルが出現していて、空の皿やらボウルやらが散らばっていた。少量の料理は見る間にルフィさんと神様のお腹に収まっていく。掻っ込むような食べ方は神様らしくなくお行儀が悪い。ルフィさんはいいの、その食べ方で。
「よっしゃー食ったどー!」
「…………。」
ガシャーンと食器を撒き散らして立ち上がったルフィさんは、服が捲れ上がるほどお腹が膨らんでいて、なんというかその、丸かった。そんなルフィさんに流し目を送る神様も口許を拭って立ち上がる。
「はぁ、はぁ……」
「ふぅ、ふぅ……」
リンさんとコーニャさんが「やっと終わった……」みたいな顔して息を荒げている。きっと二人もご飯を出すのに協力してくれていたのだろう。これで二人とも復帰できる。助かった……あれはちょっと流石に、私一人じゃきつい。
「デザートもあるわよぉ~♡」
一番の功労者である魔女さんはにこにこしながら指を振って、テーブルの上に巨大なミルフィーユを出現させた。この国に来たなら一度は食べなくちゃ~なんてのんきに言ってるけど、そんな場合じゃ……ああっルフィさん食いついた!
ほっぺをゴムまりみたいに膨らませてデザートをやっつけるルフィさんをしり目に神様の下へ駆け寄る。けど、話しかける前にバシッと姿を消してしまった。あんもう! 私だってエネルギー欲しいのに!
「行くぞミューズ!」
「あっ、はい! がんばります!!」
次いでミルフィーユを食べ終えたルフィさんが私に声をかけてくれて、ひやっとしながら返事をすれば、彼は思い切り空気を吸い込んで丸い体をさらに肥大化させた。"ギア4"になるのかと思ったけど、あれは"ゴムゴムの風船"だ。まだ覇気が戻ってないのかもしれない。
ちょっと苦し気な顔をして身を捩り始めたルフィさんに、彼が何をしようとしているのか理解した私も、"麦わらの型"で合わせて身を捩る。といっても彼のように何回転もできないけれど。
ドルルンッと独特な振動が聞こえるのを合図に、地を蹴って跳び出す。空気の噴出音を伴ってジャシンの下へ。
「"ゴムゴムの"!!」
「"JET
サンジさんと神様に押し留められている巨体めがけて、息を合わせて連続パンチ乱れ打ち!
私のは空気の圧を飛ばしてるだけだけど、覇気乗せてるから弱くはないはず……しかし手応えはない。でもジャシンを落とさないよう維持できればそれでじゅうぶん!
「"ゴムゴムの"ォ! "JET
「"見取り稽古の舞い"! うぇりゃあ!!」
暴風雨から攻城砲へ流れるように繋げたルフィさんを見習って私も直接殴りに行く。この猛攻でさらにジャシンの体は浮いて、だけど全体的には落ちている気がする。細長いから真ん中だけ持ち上げても両端が落ちちゃうんだ!
『羽虫が!』
「"天女伝説"! "神撃豊穣の舞い"!!」
みんなで滅多打ちにしてるからさぞかし鬱陶しいのだろう、荒れ狂うジャシンの全体を攻撃するべく数十人に増えてみんなで仲良く大神撃を連発する。殴った勢いで肘打ちして肩からぶつかっていって裏拳叩き込んで中段蹴り叩き込んで膝打ち込んで甲をぶつけてと、その全ての動作に"大神撃"が付属する。
さすがにこんなに連発すると私も疲れるしキツいんだけど、やれること全部やんなきゃこいつ倒せ無さそうだ。頑張らなくっちゃ!
『ヌゥアアアア!!』
「む! 逃がすか!」
「とにかく下には落とさないように!」
逃れるように空を泳ぎ始めたジャシンがどこかへ行こうとするのに、私達も後を追う。
その際にも攻撃を加えて浮かせているからこそのジャシンの空中移動なのだろう。こんだけぶっ叩いてもまだ暴れる元気があるんだからタフすぎ!
しかも脱皮したら元通りなんだっけ? なんでかそうする気配がないけど、ひょっとして攻撃されてると脱皮できないとか?
ならこのままやっつけるまで殴り続けるしかないね!
『邪魔だァ!!!』
けれどそう上手くはいかなくて、その体を鞭のようにして荒れ狂わせるジャシンにみんな跳ね飛ばされ、また街に叩き返されてしまった。私には頭部が迫ってくるもんだから大慌て。丸呑みにするつもりか? 違う? 噛むつもりか!
「「
受け止めてやるって意気込んで、だけど迫りくる大口はド迫力で内心びびっちゃって、そのせいか噛みつかれるとガリガリって肩とか太ももとかを牙で削られる感覚があった。オマケに地上へぶん投げられてしまった。
身構えていたから体勢を整えて上手く石畳に着地できたけど、砕けて破片が舞うわ勢いを殺しきれず舗装された道を破壊しながら後退してしまうわ、裾の中に入り込んだ欠片とか土とかがうざったいわくすぐったいわ痛いわで散々だ。くそー、おのれぇ!
「いったぁい!!」
肩ひりひりする! 太ももも付け根辺りが抉られてる感じ!
体が勝手に縮こまっちゃいそうになるのを抑えて気張る。
負けるかー!
「っぐ!」
「ぶへ!」
近い距離で戦っていたルフィさんが私と同じ場所に飛んできた。後頭部を打ち付けながら転がってきて、かと思えば大きく跳躍して私の隣にすたっと着地する。格好いい! あ、遅れて下りてきた神様ももちろん格好良いよ。
「ハァ、ハァ、ミューズ、大丈夫か……?」
「もっ、ちろんです! はい! ふ、ふへ、ふぅ」
強気な言葉を返してみたものの、正直かなりキている。辛い。ふて寝したい。でもだめ。
個人的にもこの海のためにも、あんな奴はここでやっつけなくちゃなんだから!
……そうだ。倒し方の検討もついたところだし、今度こそ神様の力を借りるとしよう。
「神様、あのね!」
「ぬぅ……生意気な、爬虫類如きが私に楯突くなど……断じて許せん!!」
「あーのーねー!」
怪我の残る体で空を見上げていた神様は、私に目もくれなかったけど、腕に飛びついて引っ張れば流石に鬱陶し気な顔をして私を見た。でもまた視線を外そうとしたから手を包んで握り、ぶんぶん振って注意を引く。
「ええい、引っ付くんじゃない。……なんだというのだ!」
「電気ちょうだい」
単刀直入に言えば、神様はすっごく嫌そうな顔をした。
そんな顔する事ないじゃん! いいじゃんちょっとくらい!
「ミューズ、貴様一人にはやらせはせんぞ」
強情! 神様、地上への被害を考えて
だったら私にくれた方が良いよー。むしろちょうだい。私がやる。
「なんだ? なんかおもしろ技でもあんのか?」
「面白いかはわかりませんが、とっておきがあります!」
「ししし! よし、やろう!」
「はい!」
って感じにルフィさんと話してたら、神様は観念したように私に向き直った。
へへー、こうなったらもう止まらないもんね。神様だってそれはわかったのだろう。
「いいかミューズ。やるからには思い切りやれ」
「当然っ」
「ならば私のエネルギーを全て持っていけ!
高く掲げた手の平にバリバリと雷を溜める神様へ、ぐっと胸を反らして待つ。
「ヤッハハ、"MAX7億V "
「んっ!」
その手が私のお腹を叩いた。帯越しに電気製造機にエネルギーが流れ込んで、体中ぞわぞわーって騒めきだす。
「ふんんうっ。びりびりーってするー!!」
自分の声さえ電気の音に飲まれかけ、まるでオーラみたいに私の体に雷が纏わった。
エネルギーはじゅうぶん。体へのダメージは常に生命帰還フル稼働で問題なし! 火傷なんてへっちゃらだい!
正真正銘! 最強無敵!
「んー、チャージぜんかぁい! ハイパーウルトラ頑張りミューズちゃんだぞ!!」
うおーっと吠えれば、街の上空で暴れるジャシンが再びその体を落とし始めていた。
「うわああ! 落ちてくるぞおお!!」
「みんな逃げろ! やってる場合じゃねぇ!」
「でもお祭りやめたら姫様が……!」
大きく落とされた影が建物や人々を飲み込めば、さすがにもうお祭りなんか続けていられないのか、恐慌状態になってまばらに逃げ出した。でも中には空を見上げたまま立ち尽くす人や、状況を理解してもなおお祭りを続けようとする人がいて困惑する。
『ガラガラガラ! 無駄だぜ、そいつらは七日七晩の祝典を終えるまでは動かねぇ!』
それは、さっき聞こえた姫様……この場合リンさんの方か、に関連してるのかな。
危機が迫っても逃げ出さない理由なんて、あいつがそういう風にしたからに決まってる。
この国を訪れた時のリンさんの暗い顔を思い出す。お祭りだっていうのにちっとも楽しそうじゃなかった。きっとみんなもそれは同じ。
「終わらせてやる! はぁーっ……ふぅぅうううう!!」
混乱の最中、ルフィさんが思いっきり息を吸い込み、黒く染めた自分の腕に噛みついた。
「筋肉風船!」
波打つ腕が肥大化して、それが体にまで移るとどんどん膨らんでいって、変貌する。
「ギア
トゲトゲ頭にいかついお顔。蒸気を伴ってガインゴインと跳ねる彼に、帯を撫でながら頷く。
……そうだ。
ルフィさんの言う通り、こんなお祭りは終わらせなきゃ。
だってもう意味ないもん。リンさんはもう大丈夫。ジャシンは私達がぶっ飛ばすから。
『あくまでもやる気なら仕方ねぇ! もはや民など不要! お前達ごとこの街を捻り潰してやる!!』
っ、ほんとにこいつは、国を運営する気なんてさらさらないじゃん!
そんな事させるもんか。
「港へ! 砦の方へ走れ!」
「道なりに進め! その先に船がある!」
誰かの声が響く中、サンジさんに蹴り上げられてなお気にした風もなく身をくねらせているジャシンへ向けて、屈伸、のち、大ジャンプ!
ほとんど同時に飛び出したルフィさんが両腕を引き絞って空を飛ぶ。
「"ゴムゴムの"ぉ……!」
「んん~~"フルパワー"……!」
電気製造機を叩けば更なるパワーを引き出せる。びりびりマックス。
視界が青白く染まって、感覚が研ぎ澄まされて、強い刺激が胸を刺激する。
「"ゴムゴムの"ォ……!!」
「7億
サンジさん一人じゃ押さえきれなくなった蛇が真っ逆さまに落ちてくる。
向こうも逃げる気なんてさらさらないらしく、また噛みつこうと大きく口を開けて迫ってきている。
「"ゴムゴムの"!!!」
「"全開女神の舞い"!!! からの~!!!」
それならそれで好都合!
"竜の逆鱗"を加えてつねに大神撃を放ちながら両手を前へ突き出す。握り拳を合わせて一つに。
くらえっ、神様の力を乗せたフルパワーの一撃!
「"
「"
どちらの攻撃の方が早かったか、あるいは同時だったか。
私の両拳とルフィさんの両手の平を牙で受けたジャシンは、引かなかった。
どころがぐぐぐぐ……! と押し返そうとしてきて……!
『その程度の攻撃がおれに効く訳ねぇだろう!! おれとテメェらじゃ見てる世界が違うんだ!! おれは世界の王!! スケールが違う!! テメェらごときちっぽけな人間のパンチの一つや二つ、このまま押し返してくれる!!』
「ぬぎぎぎ……!」
覇気同士が反発し合い、細かに振動して何度もぶつかり合う。私達がぶっ飛ばそうとする力とジャシンが押し返そうとする力は完全に拮抗していて、歯を食いしばって思いっきりやっても全然押し切れない。
向こうが上にいて重力を味方につけてるからとか、そもそも重さが違うとか、そういうのはどうだってよくて、ただただ私とルフィさんの二人がかりで拮抗されてるのが歯痒く悔しい。
「うおおお!!」
「うあああっ!!」
雄叫びを上げるルフィさんに釣られて私も声を張り上げた。そうした方が力の全部を出し切れる気がして、実際体に力が張って、これまでにないくらいのパワーを出せていた。
これが本気の本気。私の全部……!
なのになんで倒されてくれないの! なんでそんなに堪えられるの!
「ミューズゥ! もっとだ!」
「ぅうっ、はいっ!」
「まだまだおれ達の力はこんなもんじゃねぇぞ! ちっぽけなんかじゃねぇってわからせてやるんだ!!」
「はいぃ!!」
ちっぽけじゃない。だってルフィさんは海賊王になる男なんだから。
あいつがなんと言おうとそれは変わらない!
「うりゃああっ!」
「うおおおお!!」
私の声に、ルフィさんの声が重なると、気迫も力も全部が重なって、一つになった。
呼吸も合わさって、何もかも一緒になって。
『お、オ、お!!』
それでようやく均衡が崩れた。
私達の体がどんどん前へ進んでいく。ジャシンの頭は後退して、攻撃を受け止める黒染めの牙にひびが入って。
『麦わらァ! テメェなんかにおれが負けるはずがねぇ!!』
「お前なんかにルフィさんが負ける訳ないでしょうが!!」
「そうだ! おれは負けねぇ!!」
吠えるジャシンに負けじと叫び返す。二対一だ。多数決。
ルフィさんが勝つって決まってるんだ!
記憶で見た訳じゃなくても、間近で見て、触れ合えば、そう信じられる。
それがルフィさんなんだ!
ぶつかる拳を開いて両手の平を牙へ押し付ける。
駄目押しだ! こいつでくたばれ!
「"大神撃"!!」
『!!!』
目を見開いたジャシンが僅かに仰け反る。
巨体の『僅か』は私達にとっての『たくさん』だ。
だからルフィさんが両腕を引き絞る時間くらいはあって、私ももう一度電気製造機を叩くくらいはできた。
「"ゴムゴムの"!!!」
「7億
『──! 待て!!!』
待たない!
反らした上体の分だけ勢いをつけて、電気を纏った両拳を合わせて突き出す。
待てなんて言われたってもう止まれないし止まる気もない。
同時に放たれたルフィさんの両手もまた、止まる気なんて一切ないみたい!
「"
「"
『────────……!』
だから全力で押し切った。
折れた牙を散らしながらコマ送りみたいに仰け反ったジャシンの体を覇気に染まった両手が叩く、そう思った時には大質量はとぐろを巻くようにして空の青の中に消えて行った。遅れて響き渡る轟音と爆風に顔を庇う。風に揉まれて、けれど姿勢は崩れず背中から吹き付けてくる風に、逆にどんどん体が持ち上げられていく。
やがて風が収まれば、その風の音以外の雑音が消えて視界が広がった。
なんとなく、額に手を当てて新世界の海賊の最期を見送る。
……うん。今度こそたーまやー! だね!
「ふんー!」
「やったね! ぶい!」
バリリッと放電された電気が全部逃げていく中で、傍にいたルフィさんに絡まって消えて行くのもあって、なんでか笑ってしまった。鼻息荒く空を睨みつけているルフィさんのお顔はちょっと怖いけど、とにかくたぶん、これで勝ちでしょ!
ついでとばかりに四肢を広げて風を堪能する。肌を撫でる冷たい感覚が心地よくて、ばたばたはためく着物も気持ち良い。フシュルルと空気が抜けて元に戻ったルフィさんは、私より上に舞い上がって、脱力した顔で笑いかけてくれた。
それからくるっと空へ振り向くと、私よりも思いっきり体を伸ばして、「勝ったぞおお!」って叫んだ。
幾度か遠くに響く彼の声に、私も小声で勝ったぞーって真似する。
それは仲間に伝えるための勝鬨なんだろう。声を吸い込んだ青空は静かだけれど、地上はにわかに騒がしくなった。
逃げ惑っていた人達があげる歓声は、この国そのものが喜んでるみたいで。
悪者はやっつけた。お姫様は取り戻された。
めでたしめでたし……だね!
「ふあー……」
まだまだ浮き上がっていく体は、もしかすれば宇宙まで行っちゃうんじゃないかって浮遊感に包まれていて、その開放感に息を吐いた。
これからどうしようかなーって考えたりして。
この国に立ち寄ったのはたまたまで、ルフィさん達と会えたのもたまたまで、戦ったのは成り行きで。
一緒に戦えて嬉しいなーとか、たくさんお話しできたなーって充足感があって、それに浸りたい気持ちもあるんだけど、ほら、新世界の天気は変わりやすいから。
未来の事を考えなくちゃね。
「なあミューズ!」
「……はい?」
影が下りてきた。
それはルフィさんに遮られた日の光の後ろ側。
かぶった麦わら帽子を押さえたルフィさんが顔をこちらに向けて──もっとも目元はよく見えなくて、なんとなくこっち見てるなってくらいしかわからないんだけど──語り掛けてくる。
「やっぱお前、おれの仲間になれよ!」
「……へ?」
虚を突かれた。
……いや、心のどこかでは、そういう風に誘ってほしいなって思ってたりしたから、じわりと滲んだ嬉しさもあって。
でも、私とルフィさんの目指す場所は同じで、お互い、それぞれの冒険があるからって旅立つ船を別にしたはずだ。
「そうだけどよー、おまえと一緒に冒険すんの、楽しそうだって思ったんだ!」
とびっきりの名案を思い付いたぞ! って感じの声音だった。
きっと彼の瞳はきらきらと純粋に輝いているのだろう。良かった、目元が見えなくて。
そんな目に見つめられちゃったら無条件で頷いちゃう。彼にはそういう、人を惹きつける力があるって、私知ってるんだ。
「でも、私は……」
否定の言葉を絞り出そうとしても、なんにも続かない。
だって私、海賊王になるぞ! って言ったのはノリ任せで、本気の本気じゃなかったんだ。
ただ、海賊になる以上は目指す場所が必要だって思って。
でも考えてみると、私も神様も到達点なんて設定せずにのんびりぶらぶらしているだけだった。
……お互いの目指す場所が同じ、という前提が崩れると、どうにも断るのが難しくなってきた気がした。
「お前のこと気に入ったんだ! しししっ」
屈託なく笑われちゃったら、心がぐらついてしょうがない。
それは子供の頃夢に見たお話そのままだ。
私の中の誰かが憧れたストーリー。彼らと共に歩む人生はさぞ面白おかしいだろう。
踊りだしそうな胸をぎゅっと押さえて、震えるように頭を振る。
何考えてるんだ、私!
「で、でも、神様もいるしっ……る、ルフィさんにはルフィさんの冒険があって、私には私の……!」
弁明の声は情けなくて、まるっきり力なんてこもってなくて。
「そんなの知るかァ!」
ああほら、そんな乱暴に言われちゃうと。
私、そういう風に引っ張られちゃうと。
「一緒に冒険しよう!!!」
かなわない。この人にはかなわない。
これがきっとカリスマというもの。
この人の傍なら、ずっと笑っていられる気がする。
ときめく胸にかあっと頬が熱くなって、少しずれた彼の横からお日様が顔を覗かせた。
降り注ぐ光に飲み込まれて、そっと目を閉じる。
……私を、連れて行ってくれるなら。
私の生き方を決めてくれるなら、私、ルフィさんに。
「馬鹿か貴様。それは私の"案内"だ」
バリッと鼓膜を震わせる音がして、はっとして横を見れば、神様がのぼってきていた。
数瞬遅れて、私は私の失敗を悟った。
神様というものがありながら、ルフィさんに靡きそうになってた。
あわわ、神様、怒ってるよね……怒ってる! 怖い顔!!
「おれはミューズと冒険してぇんだ! また歌も聞きてぇしよ、踊りも見てぇ!」
「駄目だ。これは私の物だからな。歌も舞いも私専用だ」
「独り占めすんなよ! なんだったらおまえも一緒に来ればいーじゃん」
「断る!!」
「……! 断るのを断る!」
「貴様、猿真似を……!」
あわわわわ。神様とルフィさんが喧嘩してるよう。
私の上でやらないでほしい。というかどこまで上がっていくんだろう、私達の体は。
このまま際限なく昇っていったら戻れなくなっちゃいそうなんだけど……色んな意味で!
「じゃミューズに聞こう! なあミューズ、おまえはどっちがいい!?」
「どちらも何も私の物だと言ってるだろう! 脳みそまでゴムか!」
「うん」
とか言いつつびょいんと伸ばされたルフィさんの手が顔の前に。
途端に体温が上昇して、胸がどきどきして、緊張して、考えがまとまらなくなって。
え、え、え、手をとればいいの? 握ればいいの?
そ、そうしなくちゃだよね。ルフィさん待たせちゃだめだよね。
「ミューズ! お前のとるべき手はこっちだ!」
「なんだよ、おまえだって真似してんじゃんか」
「ええいだまれ!」
ひゅっと見慣れた手が差し伸べられるのに、胸元から離してルフィさんの手の方へやろうとしていた右手を慌てて戻して胸元の布をきつく握る。
そ、そんな事言われたって、私、ええと、ええと……!
ルフィさんの手取ったら神様がかわいそうだし、でも神様の手を取ったらせっかくのルフィさんのお誘いを蹴っちゃうことになるし、あーうー、こんなの選べないよお!
どど、どっちを掴めばいいの!?
なんて悩んでいるうちに勢いが弱まり、やがて重力に引かれて体が落下し始める。
そうなっても体勢を整えたり飛ぼうとしたりなんかできなくて、ただただ差し出された手を見つめて悩む事しかできない。
鼓動は強く激しくなるばかり。
頭の中はぐるぐるぐると……。
「ぅルフィィイ~~~~!!! 軍艦来たぁあああああ~~~~!!!」
「"大将"乗ってる!! "大将"!! 二人も!!!! はやく逃げましょうよぉおおお!!!!!」
ふと左の方から限界ギリギリな叫び声が響いてきた。
……遠いのに、誰が言ってるかすぐわかる。ウソップさんとナミさんだ。
ちらっと地上の方を見れば、砦脇に停泊したサウザンドサニー号に豆粒みたいな二人の姿が確認できた。
すぐ出航できるようにしてあって、たぶん、そうするために彼女達は一足先に船に戻っていたのだろう。
彼女達の言う通り、離れた位置に海軍の軍艦が二隻やってきている。大将二人? 誰と誰だろう。いずれにせよ、厄介な事に違いはない。
だからナミさん達あんなに焦ってるんだね。
二人だけじゃなくて他のクルーも船室やら甲板やらから顔を覗かせていたけど、ナミさんとウソップさんの必死な姿ばかりが目を引く。ぶんぶん手を振ってきてるんだもん。早く戻ってきて! って。
あはは。なんか笑えちゃう。
いや笑ってる場合じゃないんだけど。究極の選択を迫られてる真っ最中なんですけど。
「ししし!」
「ヤッハハ」
二人に視線を戻せば、ルフィさんも神様も、どうしてか笑っていた。
……神様が笑ってるのがよくわからない。さっきまでへの字口だったのに。
私の視線に気づいてすぐいつものむすっとした顔に戻ってしまったけれど、今の自然な笑みはかなりレアなものだったような気がする。
「逃がさん!!!」
ボコボコッと泡立つ音。
まるでどこかで噴火でも起きたような音が響いた。熱が迫ってくるのにぞわっとして、もう一度船の方を見ようとすれば、なんか岩に乗った人がぐんぐん上昇してきた。
飛ぶ岩に乗る大将……藤虎か!?
「わしが"逃がさん"言うたら……逃げること諦めんかい……馬鹿ミューズが!!」
ああ違った。サカズキおじさまだ。
……おじさまだぁ!!?
「赤犬!! 大将……おまえが来たか!!」
「えっ、え、大将って、えっ、元帥じゃない!?」
「何を言うちょる、元帥ならクザンの奴がなったわい……そんな事より!!」
逆円錐の岩に乗った……大将赤犬がいかついお顔を歪めて腕をマグマと化す。
そうすると次に来るのは恐ろしいゲンコツに他ならない!
「大噴火ァ!!」
「うほー!」
「ぬうっ!」
「ひょえー!」
放たれた大熱量に慌てて身を捩って離脱する。ルフィさんも神様もいったん離れたけれど、すぐまた私の傍に集まってきた。
それはサカズキさんも同じ。すっごく怒ってる顔でジロリと私を睨みつけると、眉を吊り上げて怒鳴ってきた。
「ミューズゥ!! この悪戯娘が!! 貴様は"正義"を叩き込まにゃあすぐ道を
言いながら手を伸ばしてくるサカズキさんを電撃とゴムキックが叩く。
押し戻された彼が岩から落ちそうになるのにあっと声を漏らし、けれど持ち直すのに息をのむ。
「それは私の"
「いいや、おれの"
「黙れ!! わしの"
えっ、えっ、えっ!
私海軍やめたよね!? え、まだサカズキさんの部下扱いのまんまなの!?
いや、違うよね。藤虎さん私の事捕まえようとしてたし、手配書あるし!
……という事は、今のサカズキさんの言葉は彼の中での事?
まだ私を部下として連れ戻そうとしてくれてるの……?
それって必要とされてるって事で、求められてるって事で、彼を裏切った私にそうまでしてくれるとなると、心が揺れない訳がない。
私、サカズキさんの事嫌いじゃないもん。むしろ好きだ。でもやりたい事があったから離れた。
戻って良いって言われたら、困っちゃうよ……。駄目だってわかってるけど、いけないって思うけど、そんな風に言われたら……!
「その話! おれも参加させてもらおうか!!」
ボボウ、ボウ。
空気を燃やす音がして、この三人からいったん逃れるために地上に目を向ければ、街の方から立ち上ってくる火柱があって。
「サボ!!」
「また会ったな、ルフィ!」
ルフィさんの顔がぱっと輝いた。喜色満面。
指先で帽子をつまんで顔を見せたのは、ドレスローザで別れたサボさんだった。
「貴様、革命軍の……!」
「大将赤犬……お前には返したい借りが山ほどある!」
「次から次へと横やりを……!」
サボさん、街の方から来たのはなんでだろう。
……あ、そういえばさっき、避難誘導する声の中に聞き覚えのあるものがあったような……あの時にはもういたんだ! ……アンサさんが呼んだのかな? でも決起のタイミングずれちゃったから、戦いには間に合わなかったのかも。
「革命軍に戻ってくるって手もあるぜ、ミューズ!」
「ええっ、で、でもっ」
「これから革命軍はどんどん動いていく。その時、お前みたいに若くて強い奴がいてくれれば心強い!」
「あうう……」
だ、だからっ、そういう風に褒められると困るんだってば!
「サボ! いくら兄ちゃんでも譲れねぇぞ! ミューズはおれと一緒に冒険するんだ!」
「黙らんか海賊が! ミューズは正義を志した海兵じゃ! 悪党に誑かされさえしなければ──」
「不届き者め! 神の私物に手を出す愚かさを教えてやろうか!」
「ほら。どうする? ミューズ」
サボさんが手を出し出せば、目ざとく反応した神様が雷速で手を伸ばしてきて、うっと背を反らせばサカズキさんの手とルフィさんの手まで伸びてくる。
囲まれた!
ああんもう、どの手を掴めばいいかわかんなくなってきたあああ!!!!
「どの手を掴もうが誰も文句は言わないさ。お前の自由だ!」
思わず頭を掻き乱そうとした手を止めて、改めて四人の顔を見渡す。
……その言葉の真偽はともかくとして、どうやら私は誰か一人の手を掴まなくちゃいけないみたい。
私を救ってくれて、生き方を教えてくれた革命軍か。
家族みたいに一緒に過ごして、私に正義を志させてくれた海軍か。
ずっと憧れていた麦わらの一味のクルーか。
気の置けない神様との海賊……とはなばかりの世界観光か。
眩しいくらいに光り輝く世界。
私は、空へ手を伸ばす。
落ち行くままな気持ちの良い体をそのままに、手を前へ。もっと前へ。
「!」
「!」
「!」
「!」
四者四様、いろんな表情を覗かせる。
私が選んだ手は――。
◇ True Ending
結局私は、誰の手を掴む事もできなかった。
だって、そうでしょ?
無理だよ、あの中の一人だけを選ぶなんて。
きっと私がもっと凄くて、もっと大人だったら、みんなの手を纏めて掴めたかもしれない。
でも無理だった。
私、そういう人間じゃない。凄くなんかなくて、ほんとは、全然だめで。
そもそも私が誰かの手を取って引っ張ってもいいのかわからなかった。
ルフィさんにもサボさんにもサカズキさんにも負い目がある。
神様だって無理やり連れ出したようなものだから。
誰を選んでも誰かが悲しむ。私だっていやだ。
だから私、もう全部やめようって思って。
……逃げちゃったの。
コーニャさんやリンさんへの挨拶もそこそこに海へ出た。
大して交わせなかった会話の中で小さな船を貰えて、その小船で海に出た。
一人逃避行。行き先は故郷かな。もう田舎に引っ込んじゃえって感じで。
もう私の夢は果たしたし、目的は無いし、やりたい事もないし。
……いいかなって。
四つそれぞれの手に囲まれた時、私、びっくりして、嬉しくなって、怖くなって……同時に、すんって、全部の感情が抜け落ちちゃった。
なんでか、その時の自分の事を酷く冷静に外側から眺められて、だから、不思議だった。
どうしてこんな私を求めるんだろう?
なんのために生まれたのかも、なんのために生きてるのかも、何がしたいのかもわからないから、なんとなくで生きてきたのに、一度足を止めちゃうともう一回歩き出そうって気にはなれなくて、揺れの強い小船の上に立ってきらきらと輝く海の合間を眺めていると、ああ、私って空っぽなんだなーって気が付いた。
これまでの事、全部私の中の誰かの記憶で動いてきてた。
もちろんその中には私がやりたいなって思ってやった事だって含まれてるけど、元を辿れば記憶が全て。
生まれ持った不思議なそれがなければ、私ってなんの取柄も特徴もない女の子だったんだなーって思った。
だからか、やる気がなくなった。
そもそもやりたい事もなかったんだ、私には。
目的は常に誰かが与えてくれていた。自分から考えた事はない。
月に行って神様を仲間にしようとしたのも、正義を背負って海賊を追い回したのも、記憶や何かに押されての事。
歌も舞いも全部そう。技も技術も全部そう。
つまりは、あれ。
なんかもうよくわかんない。
ほんとは、誰かの手を掴みたかった。
だって引っ張ってほしかったんだもん!
私の手を引いて、こっちだよって導いて欲しかった。
強引でいい。私の意見なんて聞かなくていい。
無理矢理でいいから連れて行って欲しかった。
どこでもいい。どこだっていい。
ただ、私を見て、私に触れてくれて、私と一緒にいてくれるなら良かったんだ。
でも無理だよね。
あんな風に誰か一人を選んで、それ以外とはさよならなんて状況になったら、もう逃げるしかない。
……逃げちゃったから、これからは一人で色々考えて生きて行かなきゃいけなくなった。
でも私、一から何かを考える事って初めてだから、最初に何を考えなくちゃいけないのかがわからない。
何をしなくちゃいけないのかもわからなくて、その先で何をしたいのかも思い浮かばなかった。
「あー……だめだぁー」
ぽてっと仰向けに倒れ込んだ。
正義のコートが少しずれて背中の下敷きになる。重なった部分が背中を押して、ちょっと痛かった。
強い揺れが常に私の体を揺らす。
揺り籠みたいだなって思った。
いっそ、この船に身を任せちゃおうかなー……なんて思っちゃったりして。
……不意に影がかかった。
それは先ほどのルフィさんを思い起こさせるのには十分で、でも、違う物が落とした影だった。
結構近くを飛んでる箱舟マクシム。
ゴウンゴウンって音を鳴らして、私の小船を追い越すと、距離を保って飛び始めた。
特に何も考えられず、寝転がったまま眺めていれば、マクシムの端から神様が顔を覗かせた。
ぶすっとした仏頂面で、縁に腰かけて足を投げ出すと、私を見下ろした。でもすぐに目を逸らされた。
……いかにも追ってきたって感じなのに、関心がなさそうな神様に困惑する。
そうしていると、大きな船が横まで走ってきた。
サウザンドサニー号だ。
「……ルフィさん?」
手すりから身を乗り出して海を眺め回しているルフィさんに、身を起こして声を出せば、がっちり視線が合った。
……まさか彼も、逃げ出してしまった私を追いかけて来てくれたのだろうか。
そんなに求めるようなものなのかな、私って。一緒にいて楽しいのかな。
「……いや? おれはあれだぞ? ……たまたま向かう方向が同じだっただけだ!」
「あ、はい」
……どうやら彼は、選べなくて、独りでいる事を選んだ私の意思を尊重してくれるみたいで、なんかすごいへたくそな口笛を吹きながら説明してくれた。
え、う、うん。そうなんだ。
……うん。
……うん。
「こっちに向かわなきゃいけない理由もあるんだ!」
と声を投げかけてきたのは、サボさんだった。
サニー号の反対側を陣取る大きな船は革命軍の物。サボさん以外にもたくさんの人が顔を覗かせていて、けれどなんにも言わない。ただ、後ろの方をしきりに気にしたりしているから、なんだろうと振り返ってみれば……。
「わしらは海賊を追っているだけじゃあ!」
「ええ、あっしらはそういう仕事ですんで……」
船の先端で腕を組んで仁王立ちしているサカズキさんの軍艦と、同じく船の先端でなぜかラーメン食べてる藤虎さんがそう言った。……後ろの部下もみんな揃ってラーメン食べてるのなんなの? 昼食タイムなの? だから砲弾とか飛ばしてこないのかなぁ……。
……あー。
私が逃げても、どうやら追ってきてくれる人って結構いるみたいで。
私が思うより、私って人の気を引く人間だったのかな。
それはわからないけれど、一つわかるのは、このまま放って置かれるような未来はないってこと。
そうしたら私、対応しなくちゃ。ぼけーっと座ってないで、立ち上がって、前を向かないと。
誰か一人の手は選べなかったけど、そうしたらなんかみんなついてきてくれた。
結果オーライなのかなんなのか。まあいいや。割と人生、ノープランでもなるようになるんだね。
んー、そうしたら私……どうしよっか。
って、そんな改めて考えたって、なんにも思いつく訳ないじゃない。
思い返せば私って、半分くらいノリで生きてきた気がするし……これからもそれでいいんじゃない?
……じゃあノリで。
「海賊王に、
──とか叫んでみたりし……
「海賊王になるのはおれだ!」
「そうか! そういう道を選ぶんなら応援する!」
「わしを前にして偉い口叩くもんじゃ、ミューズ! とっ捕まえてやるけぇ覚悟せい!」
たら、うん、凄いたくさん反応返ってきた。
なんか、嬉しい。
……嬉しいなー、構ってもらえるの。
「なら私とくればいいではないか」
「んー」
耳元で神様の声がしたけれど、姿は見えず。
でも、どうかなあ。私、神様からも逃げちゃったからなあ。
のこのこ戻って行ったら、なんか、家出してすぐ帰ってきた子供みたいじゃん。
それは嫌だから、神様は一人で観光しててね。
「……そうするとしよう」
意外に素直に肯定した神様は、他のみんなより私に執着とかはしてなかったみたい。
……なんかめっちゃ得意げな声だったけど、そう判断していいんだよね?
「元より一人旅であったな」
「……?」
神様の言葉の意味がわからなかったので、とりあえず笑って誤魔化せ大作戦で乗り切る。
いや、相手の顔は見えてないんだから曖昧に微笑んだってなんの意味も無いんだけどね。
◇
──そんな訳で、私は新しい一歩を踏み出して、新たな冒険に飛び出したのでした。
ついてくる気はないよ、自由にしなよって表向き言ってたみんなは結局頻繁に接触してくるし、私は満更でもないしで、楽しい毎日を送っています……まる、と。
……ふぅ、いったん航海日誌はおしまい。
船の上から、海の向こうへと語り掛ける。
村の皆……お父さんとお母さんは、この雄大な海に眠っているのだ。
だからいつでもお話しできるし、いつだって一緒にいられる。
「それでね、お父さん、お母さん。聞いて聞いて!」
さあっと涼しい風が吹く。
流れる髪を手で押さえ、パタパタと鳴る振袖をそのままに、煌めきを見せる海へと話しかける。
「私、大きな夢ができたんだ」
ノリで言ったり、なんとなくで浮かべる夢じゃなくて、きちんとしたやつ。
私が何がしたいのか、ようやく見えてきたの。みんなのおかげで!
ここまでは……これまでのお話をしたから。
今からは、これからのお話をするね。
お父さんとお母さんにだけ。
特別なお話だよ!
一拍置いて、私は語る。
これからの話。私の未来。
それは航海日誌に記すつもりはない物語。だって、そんな事しなくても、みんなと共有できるもんね。
みんなといる。だからもう、寂しくないよ。一人じゃないの。
もしかしたらこれから先、未来。もっともっと深く、ずっと強く繋がってくれる人も現れるかもしれない。
それで、決めたんだ。
胸に一つ持った夢、お父さんとお母さんにだけ、教えてあげる。
「私ね……──」
風が吹く。波が揺れる。
全部、素敵なこと。とってもとっても素敵なお話。
……おや。
波の向こうに見つけた船は、ひょっとすると……。
ああやっぱり。ドクロの旗を掲げた海賊船。あきらかにこっちに目を付けている。
けれど慌てているような気がするからあんまり大物ではないかもね。
呆然として動いていない風にも見えるから、ひょっとして怖気づいてるのかも。
ううん、いきりたってる人もいるから、結構やる気じゅうぶん?
なんにせよ、海賊船なんて珍しくないね。
だって、世はまさに大海賊時代! ……なんだから。
さあ、戦闘だ!
私は死ぬまで海で生きるぞー!
うおーっと両腕を上げて吠えたりなんかして……。
あはは、私はやっぱりノリで生きるタイプの人間だ。
だってその方が楽しいもんね。
という訳で、私のお話はこれでおしまい。
もちろん私は若いから、まだまだ人生、先は長いけれど……逐一語ってたらきりがない。
だから、おしまい。
TIPS
・天雷神撃
神様との合わせ技。
大神撃よりずっとつよい!
・
FILM GOLDでルフィが放った上位技。
・明日の方向と麦わら帽子と掴む腕
決めたよHand in Hand。