魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

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第二一七話

 バケツをひっくり返した様な土砂降りの雨。どんよりとした灰色の雲の間に轟く雷鳴を抜け、深紅の翼を翻して竜人が駆け抜ける。

 頬に張り付く金髪が鬱陶しく、払い除けながらも地上に目を凝らした。

 

「ヘスティア様は間違いなくこっちの山岳を通ってる本隊が確保してるはずよ」

 

 飛竜の飛行速度にものを言わせた最速での部隊撃破およびに情報奪取。

 クリスからの報告によれば、彼女が追った方角に居る部隊の中にヘスティア様の姿は確認できなかったとの事。

 俺とクリスが追跡していった方角の部隊も大半を潰しはしたがヘスティア様の存在は確認できず。部隊長を半殺しにした結果、山岳地帯────アスフィさんが追っていった方角の退路を利用して神アレスが撤退しているという情報を吐き出させる事には成功した。

 間違いなくベオル山脈方面へと撤退していった部隊がヘスティア様を確保している。故に、全力で空を駆け始めた所で降り出したのは土砂降りの雨。

 急激に降りしきる豪雨に視界は制限され、吹き荒ぶ上空の冷気混じりの風に一気に体温を奪われていく。奥歯を噛み締め、下がりつつある体温から意識を逸らしてキューイに掴まって飛行している。

 通常の冒険者では考えられない程の超高速で残る神を有する本隊を追っていた。

 

「キュイ……キュイ……」

「何……?」

 

 ベオル山脈に近づき、上空を『飛翔靴(タラリア)』で飛行しつつも手持ち式の魔石灯で居場所を発し続けていたアスフィさんの放つ光を肉眼で捉えた時だった。

 キューイが唐突に飛行速度を低下させ、怯えた────否、若干の錯乱染みた様子を見せた。

 

「キュイキュイッ!?」

 

 ヤバい、近づかない方が良い。そんな叫びと共に急に速度を緩めるキューイ。

 上空の冷えた空気と、降りしきる雨の中でも平然としていたはずの彼女は酷く狼狽し、半ば錯乱染みた様子で喚き散らす。

 曰く、危ない。危険な気配が残ってる。近づかない方が良い。絶対に勝てない。だの────。

 事前情報で得たベオル山脈の情報によれば、生息しているモンスターは地上に居るモンスターの中ではそれなりに上位に君臨出来る程の強さを持っていると聞く。

 それは古代の時代にダンジョンから進出したモンスターの一部がこの山脈を根城にし、脈々と子を成してきたからこそ。それこそ古代の時代のモンスターが相応に残っている、と言われる事もある危険地帯。

 それでもダンジョンのモンスターに比べたら雲泥の差で、Lv.3に至った冒険者ならば難無く撃破できる程度の個体ぐらいしかいないはずの山脈だ。

 だというのに、キューイの怯えようは異常だった。

 

「キューイ、良いから行くわ」

「キュイッ!?」

 

 死にたいのっ!? という悲痛な叫びに思わず眉を顰める。

 この世界に来て、キューイと出会って以後。時折こうしてキューイが異常な怯えを見せる事は多々あった。そして、そういう場合は本当に碌な目に遭わない。

 今回もまたキューイが異常に怯えた様子を見せるという事は、本当にこのベオル山脈内には危険なモンスターが潜んでいる可能性がある。

 ギルドもこの山脈の正確な調査に訪れている訳ではない。故に、可能性は高く感じられる。

 だが、だとすると余計に此処で引き下がる訳にはいかない。

 

「キューイ、アスフィさんの所へ直進。警戒したまま進むわよ、速度は最速!」

「……キュイ」

 

 より強まっていく雨と、山脈に当てられ複雑な気流に踊らされながらも怯える竜を説得し、ようやく重い腰を上げた様にキューイが徐々に目的地へと近づいていく。

 上空で魔石灯を掲げ、敵の位置を地上から追っている【剣姫】とベルに伝えているアスフィさんの様子が確認できた時点で、キューイの顔色は真っ蒼になっていた。

 体温が下がり、僅かに身体が震える俺よりも酷く疲労し、衰弱した様子すらも見せるキューイには申し訳なく思うし、それだけキューイが錯乱しかける程に怯える何かがこの山にあるのは理解した。

 その上で、ヘスティア様がそんな場所に連れて行かれているのだとしたら、絶対に引く事なんかできない。

 上空から目的の空を駆る靴を履き、駆ける冒険者の姿を捉え────声を上げた。

 

「キューイ、安定させて!」

「──────」

 

 か細く弱々しい返事を返し、乱気流の中で飛行姿勢を安定させてくれる彼女を待つまでもなく、背負っていた銃杖を片手で取り出し、構える。

 

【ライフル・マジック】【リロード】

 

 地上を見下ろし、ランタンを手に位置を知らせる観測手(スポッター)の役割をしていたアスフィさんが不自然な動きをしたのだ。

 地上から手出し不可能な高度を取っていたはずの彼女は、突然地上に近づこうとして思い直したかのように動きを止める。そんな不自然極まりない動きに対し、ラキア王国側の兵も黙ってはいない。彼女の足に絡み付く見覚えのある鎖────精錬金属(ミスリル)製のソレが絡み付き、彼女を捕らえたのだ。

 山岳地帯特有の乱気流の中、更には雨が降りしきり、俺を支えてくれているキューイが衰弱して安定飛行が出来ない状況。 ゲーム時代ですら飛行系の魔法を使うフェアリー型による狙撃なんて超高難度(ベリーハード)通り越して達成不能(インポッシブル)とすら言われた上に揃いに揃った悪条件。

 18階層で神ヘルメスの帽子を撃ち抜くのとは訳が違う。だが、外す気なんて微塵もない。

 

【スナイプ】

 

 狙撃(スナイプ)の詠唱と同時に息を止める。

 降り注ぐ雨と、吹き荒れる風、そして羽搏きの音色が急激に色褪せ、動きを遅くしていく。

 意識だけが超加速したかのように視界から色が消え失せ、雨粒の一つ一つの形状すらつぶさに観察出来るほどの集中力を発揮した。

 雨雲の下で尚輝き目立つ魔法円(マジックサークル)を展開しているが、敵方は未だに此方に気付いた様子はない。敵方から此方を狙われる要素はないので狙撃にのみ集中できる。

 片目を瞑り、脳髄に描かれる魔弾の軌跡をアスフィさんの足に絡み付く鎖の上に重ね────発砲(トリガー)

 

【ファイア】

 

 杖先の魔法円(銃口)から飛び出した魔弾は乱気流に軌道を乱され、どこか歪んだ軌跡を描きながらも、吸い込まれる様に鎖に直撃し、アスフィさんの拘束を解いた。

 瞬間、地上に居た兵達から向けられる驚愕と畏怖の感情。

 流石の彼等も上空で煌々と輝き、魔力を放つ魔法円(マジックサークル)に気付いた様子だ。遠く離れていても彼等が自身の存在に気付いた事を感じ取り、寒気とは違った震えが身体に纏わりつく。

 そんなさ中、雨に濡れてなお光り輝く様に目立つ金髪の人物────鎧を着た兵士に混じりながら、たった一人馬に乗り撤退しようとしている、あからさまに目立つ存在を見つけた。

 

「────【スナイプ】

 

 直ぐに杖先(銃口)を差し向ける照準を映す。

 流れる様に、魔弾の描く軌跡をその神に重ねる。二度目の詠唱と共に周囲は再度色を失い、ゆっくりと地上に落ちていく雨粒の弾幕(カーテン)越しに憎き敵を捉えた。その時だ、違和感を覚えたのは。

 神アレスらしき男。遠く離れていても神だとわかる整った容姿をした彼の腰には縄が揺れていた。本来ならば何かを固定していたであろう縄。

 脳髄を焼き焦がす様な気付き。

 地上に居る兵達はまるで神アレスを逃がそうとするように()()に立ち塞がり、進路を妨害しようとしていた事が伺える。既に部隊は半壊気味なのか、半数以上の兵は地面に倒れ伏している様子が見える。

 上空から観測手(スポッター)として彼らを追跡し、二人の冒険者に居場所を知らせていた【万能者(ペルセウス)】が空を駆っている。

 だが、本来ならば居るべきはずの者達が居ない。

 まず、【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。

 最速で追撃隊として自ら志願してくれた同盟派閥の第一級冒険者。倒れ伏した兵達は彼女が倒したに違いない。その筈なのに、彼女の姿が無い。

 そして【リトル・ルーキー】ベル・クラネル。此度の追撃隊への参加を熱望し、参加を赦された少年。彼の姿が無い。

 そして、なにより────()()()()()()()姿()()()()()()()()

 

「──────【ファイア】

 

 ドグンッ、と爆発した様に跳ねた心臓の音。ほんの瞬く間に得た情報に脳髄が焼き切れ、極限まで高まっていた集中力が乱され、指先から放たれた魔弾は、男神が跨る馬の横っ腹を穿った。

 馬鎧の板金を何の抵抗もなく穿った魔弾が、軍馬の柔らかな皮膚や筋肉を貫き、内臓を搔き乱し、反対側の板金を貫いて地面に突き刺さる。驚いた様子の馬が大きく身を起こし、背に乗せていた男神を振り落とすのが見え────そこで更なる情報を得てしまった。

 ゆっくりと地面に落ちてゆく男神。その彼の落ちたぬかるんだ地面の直ぐ傍。

 泥濘(ぬかるみ)の中に泥まみれの麻布と────いつか女神に贈った懐中時計が()()()()()

 

「────キューイ、突撃!」

 

 喉が張り裂けんばかりの絶叫を以てして、強襲(アサルト)命令を下す。

 距離をとって安全に、とか。人質の保護最優先に、とか、そういった細々とした考えが脳裏から全て弾け消え、真っ赤に染まった思考の中で出した命令。

 酷く狼狽し、衰弱した様子すら見せたキューイは即座に命令を実行した。瞬間的な加速は、乱気流によって乱れた軌道を描きながらも一直線に男神の下へと俺を運んでいく。

 彼我の距離はかなりある。視認できるとはいえ直線距離では500М(メドル)近い距離だ。

 突撃し始めた俺を見た彼らの反応は劇的だった。軌道を塞ぐ様に盾を持った兵が立ち塞がり、複数の兵が弓を引き絞り、矢をこちらに向けてくる。

 

【ファイア】【ファイア】【ファイア】

 

 貫通性能の高い魔弾を放つ【ライフル・マジック】の前に、たかだか小盾程度の金属板を構えた所で意味はない。

 構えた盾も、着込んでいた重厚な鎧も、恩恵を与えられ鍛えられた肉体も、その全てを難無く魔弾は穿つ。

 神を守らんとした兵達の肉壁は一瞬で力を失い倒れ始める。

 彼我の距離は半分。

 盾が穿たれつつあるさ中も、幾本もの矢が此方に飛翔してきた────が、『魔力障壁(マジック・シールド)』を穿つ様な威力は無い。淡い泡の様な膜に弾かれ、鏃が潰れた矢が谷底に落ちていく。

 手にした銃杖をキューイに握らせ俺は中空に身を躍らせ、腰の双剣を引き抜く。

 キューイとクリス、二匹の飛竜の素材を使い。魔力の伝導率を高め、威力を増強させる効果を持ちつつも耐久を高めた最高鍛冶師(マスター・スミス)の作品。

 紅炎と蒼炎を両手に握り締め、勢いをそのままに兵達の下へ落ちていく。

 切っ先を差し向け、詠唱を奏でた。

 

【ピストル・マジック】【デュアル】【リロード】

 

 勢いのままに、魔弾によって穿たれて倒れつつあった兵の胸に両足を揃えて着地。ゴスンッ、と板金鎧(プレートメイル)の胸部が無残に凹み、中身がへしゃげる音色を足から感じながらも、左右に剣先(銃口)を向ける。

 

【ファイア】【ファイア】【ファイア】【ファイア】

 

 ダダンッ、ダダンッ、と奏でられるのは普段よりも威力の乗った魔弾。

 接近戦を仕掛けてきた俺に対し、慌てて弓を捨てて剣に持ち替えた兵達に対して容赦なく魔弾を浴びせる。

 残っていた十数人の兵を蹴散らし、雨によってぬかるんだ地面を蹴り、落馬して呆然としている男神の下へ一直線に駆け────ようとして横合いから美顔の指揮官らしき男が飛び出してきた。

 

「悪いが止めさせて────」

【ファイア】

 

 飛び出してくると同時に投げつけられた精錬金属(ミスリル)の鎖を右の銃で弾き、左の銃で彼の足を撃って姿勢を崩させる。

 邪魔極まりない。一分一秒どころか、コンマ単位ですら時間を無駄にしたくないというのに、しゃしゃり出てくるな。

 姿勢を崩した美青年の膝を蹴り付け、足を砕いて蹴りどけ、驚愕に目を見開いた男神の前に躍り出る。

 

「……な、な……ぁ……」

 

 呆然と目を見開き、声にならぬ声を上げる男神の前で左手に握った蒼炎を鞘に納め、彼の足元、泥濘(ぬかるみ)に半ば程埋もれた懐中時計を拾い上げつつ、右手にした紅炎の切っ先を鼻先に突き付けた。

 

「ヘスティア様は何処ですか?」

 

 酷く冷たい声がでた。

 自分自身ですら、こんな声が出せるのかと思えるぐらいに冷め切った────否、冷え切り、氷の刃を思わせる程に冷たく、鋭い声だ。

 脳髄を焼き尽くさんばかりの怒りが気を狂わせそうにする。だというのに脳の中心部分には冷え切った金属の棒が突き刺さっているかの様に冷え切り、思考が焼け溶けるのを防いでいる。

 

「────」

「答えてください。ヘスティア様は何処ですか?」

 

 完全に青褪めた様子で震える男神の胸鎧に一閃。中の肉を断つ事無く、鎧の表面を切りつける。

 ギンッ、と甲高く鈍い音色が響くのと同時。男神が身に着けていた鎧の胸の部分に綺麗な切れ込みが入った。

 

「私が、冷静な判断が出来る内に、早急に返答をお願いします」

 

 目の前に居る男神。近づいた事で感じられる様になった神威からして間違いなく『ラキア王国』の主神、神アレスである事に間違いは無いだろう。

 だが、だとするとおかしい。

 間違いなく、ヘスティア様は彼が攫ったはずだ。何せ、ヘスティア様に贈った懐中時計がこんな所に落ちているのだから。

 左手で懐中時計についた泥汚れを拭い、蓋を開いて────硝子が罅割れ、文字盤に泥が染みているのが見えた。かなり頑丈に作られていたはずの懐中時計が、破損してしまう様な状況。

 贈って以降、肌身離さず持っていてくれた懐中時計だ。ヘスティア様がこれを落とす直前、どの様な目にあったのか想像しただけで、冷静さを保つ脳髄の氷柱が凄まじい勢いで溶けていく。

 もう数秒もしない内に、自身が冷静さを欠いて目の前の男神を八つ裂きにしてしまうだろう。

 速く返答を、と急かしても男神は口元を震わせるばかりで声を上げる事は無い。

 

「早急に、返答を……ヘスティア様は、何処ですか?」

 

 声が震える。

 眼前の男神が、どうしようもなくくだらない自己顕示欲の為に、大事な人を攫っていた。

 冷静さを保とうと、思考を巡らせる程に怒りが加速していく。止まらない。

 一度スイッチが入ってしまった憤怒の感情を抑える方法を、俺は知らない。

 ギリリッ、と奥歯を噛み締め────。

 

「ミリア・ノースリス」

 

 響いた女性の声に振り返る。

 足元に転がる死屍累々の兵達の下へふわりと降り立ったのは、青髪の女性。観測手(スポッター)を務めていたアスフィだ。

 

「……ヘスティア様は何処へ?」

 

 彼女の顔を見た瞬間、自身が冷静の積りだったにも拘わらず、完全に冷静さを欠いていた事に気付いた。

 端から敵方の大将を捕えて口を割らせるより、味方である彼女に問うた方が早いに決まっている。脳裏を埋め尽くしていた怒りの感情を鎮める様に息を吸い、震える手で懐中時計を握り締める。

 

「女神とベル・クラネルは谷底の濁流に落下しました。【剣姫】は其れを追って……申し訳ありません。私が戸惑ったばかりに、お二人を助けることができ────」

 

 落ちた。

 谷底の濁流に。

 ヘスティア様とベルが。

 その情報を聞いた時点で、俺は弾かれた様に駆け出した。

 

「キューイッ!!」

 

 普段の様子など知りもしないが、明らかに水量が増えて轟々と音を立てて流れる濁流を見て、それに流されたと知って、冷静でいられるだろうか?

 少なくとも、俺には無理だった。

 慌てた様に呼び止めようとしたであろうアスフィの声を置き去りにし、杖を手に飛んできたキューイに再度掴まり、渓谷へと身を躍らせる。

 吹き荒れる風に揺られ、土砂降りの雨の中、轟々と音を立てて流れる濁流をつぶさに観察する。

 ベルが一緒に落ちた。

 【ステイタス】と昇格(ランクアップ)によって心身が強化されているベルはまだしも、ヘスティア様がこの濁流にのまれて無事で済むかは怪しい。怪しいが、未だに俺の恩恵が無くなっていない事がヘスティア様が無事である事の証明だった。

 

「キューイ、直ぐにヘスティア様を探して。濁流に落ちたみたいだから」

 

 へろへろとした飛び方で安定せずに揺れる飛行姿勢のまま従うキューイに声をかけるが、彼女は何処か疲弊し、怯えた様子で普段通りの探索能力が発揮できていない。

 原因は────正体不明のキューイが怯える相手。

 一体この山脈に何が居るのかはわからないが、気配だけでキューイをここまで損耗させるのだ。洒落にならないような化物に違いない────だというのなら、ヘスティア様とベルを一刻も早く見つけなくては。

 

「キューイ、もう少し頑張って!」

 

 声を張り上げ、キューイを励まして進む様に指示を出した。その直後。

 

『────ィアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』

 

 降りしきる雨音に混じって奇声を響かせる何かが、羽搏く音色と共に飛び出してきた。

 

「『ハーピィ』!?」

 

 古代、まだダンジョンが封じられるより前に地上に進出した祖先(オリジナル)の子孫。ベオル山脈に住み着いたモンスターの襲撃だ。

 『ハーピィ』半人半鳥、女面鳥体のモンスター。

 腰から上は乳房をもつ女性の体で、両腕、前肢は大きな翼となっている。下半身は汚い羽毛に覆われ、鷲や禿鷹を思わせ、両足には鉤爪を有している。

 深い皺が刻まれ牙を生やした醜悪な顔は、激情に身を焦がす絶命間近の老婆を思わせる。中途半端に人間と近い構造を持つそのモンスターは、不気味の谷現象に近い悍ましさを感じさせ、更には鼻が曲がりそうな糞尿を思わせる体臭により、感じられる嫌悪感は通常のモンスターとは比べ物にならない。

 一瞬、異端児(ゼノス)の『ハーピィ』の少女の姿が脳裏に浮かび────躊躇なく引金を引いた。

 

【ファイア】

 

 一匹だけでなく、何匹も、何十匹もわらわらとそこら中から湧き出てくるのを見て、思わず眉間に皺が寄った。

 運悪くハーピィの住処に突撃してしまったらしい。だが、ある意味運が良い。ヘスティア様を連れたベルが何とか岸に上がった所を、このモンスター達が襲撃したら、と考えると俺を狙ってくれる方がありがたい。

 とはいえ、無事を確認できていない状況で此方を襲撃してきたこのモンスターは、とにかく邪魔だ。

 

【ファイア】【ファイア】【ファイア】

 

 キューイが怯え切って普段通りの索敵能力を失っていた為に起きた奇襲。

 だが、羽毛の生えた大きな翼を持つハーピィではあるが、鱗に覆われた強靭な被膜を持つキューイの翼と競い合うのは無理がある。

 人型に転じているとはいえ、身体の一部、翼や尾等は竜のまま────生物としての格が違う。

 消耗しきった様子のキューイが羽搏き一つで周囲のハーピィを蹴散らし、俺が魔弾で仕留めていく。

 数はそこそこ、倒せない量ではないがヘスティア様とベルの事を考えると時間なんてかけていられない。

 無茶を繰り返して疲労感が溜まり、体温が下がって震えが止まらない。いくら恩恵を受けているとはいえ数日間のダンジョン探索直後の土砂降りの雨の中の強行軍は堪える────だが、【ステイタス】や昇格(ランクアップ)によって心身が強化されていないヘスティア様は濁流に落ち、大雨に濡れただけで危うい。

 多少の無茶なら押し通してやる、と飛び掛かろうとしてきたハーピィに狙いを定めた瞬間。

 鋭い風切音と共に飛翔した矢が照準を定めた個体の側頭部を穿った。

 

「────ッ!?」

 

 慌てて矢が飛んできた方向を注視すると、離れた位置に魔石灯の明かりが揺れ、その傍に外套(フーデットコート)を纏った射手が大弓を携えているのが目に入った。

 

「おぉーい! こっちだー!!」

 

 声を張り上げる男は、瞬く間に矢を天高く放ったかと思えば、俺に飛び掛かろうとしていたハーピィが次々に撃墜されていく。

 ほんの数秒もしない内に、俺を取り囲んでいた数十匹近いハーピィは堕とされた。

 こんな所に居る人に驚愕しつつも、もしかしたらヘスティア様とベル、後ついでにアイズさんの事を知っているのでは、と思った所でキューイが地面に降り立った。

 疲弊しきった様子で青褪める彼女の背を撫でつつ、慌てて立ち上がってキューイを背に庇って声を張り上げる。

 

「こっちに敵意は無いわ! この子は安全な子だから攻撃は控えてちょうだい!」

 

 事情を知らぬ者からすればキューイは半人半竜のモンスター。警戒されているだろうと声を張り上げ────返ってきた返答に思わず顔が引きつった。

 

「あー? お前【魔銃使い】か!」

「…………は?」

 

 どこかで聞いた事のある男の声だった。

 というか、良い思い出の無い声だ。

 

「よお、【魔銃使い】。あの遺品は異端児(ゼノス)に届けてくれたか?」

 

 雨に濡れてぬかるんでいる森の中をひょいひょいと軽い足取りで越え、俺の前に姿を現した外套(フーデットコート)姿の男性。

 フードを取っ払った彼の顔に、盛大に見覚えがあった。

 大賭博場(グラン・カジノ)でとんでもない依頼をぶちかましてきたご令嬢の護衛として付き従っていた元第一級冒険者。百発百中の射手、【白い羽】カルロスだ。

 

「な……なんで貴方がここに……」

「何かは知らないが、【リトル・ルーキー】と女神、それと【剣姫】を保護したんだよ。んで、少ししたらまたハーピィ共が騒がしくなりやがったから様子を見に来たらお前さんが居たんだが?」

「……ベルとヘスティア様を知ってるの?」

「知ってるも何も、さっき助けを求めてきたから村の方に連れて行ったが……お前さんも行くか? そっちの嬢ちゃん……竜は、まあ俺が誤魔化してやるから一緒に連れてこいよ」

 

 義眼の嵌った強面の男は、ニヤリと笑みを浮かべると顎で森の奥を示した。




 更新が大幅に遅れて申し訳ない。本当にごめんなさい。

 執筆を開始すれば2~3時間ほどで書き上げる事ができるのですが、問題は執筆を開始するまでに至らない、といった感じでして。
 書こう、と話の内容は頭の中で纏めて、メモをいくつかとってはいるのですが。いざ執筆、という段階に至るまでに至らないのです。
 半ば強引に執筆開始すると、意外とすんなり書けるのですが……仕事環境がガラリと変わった事も関係しているかもしれません。
 もう暫く不定期更新が続くと思いますが、生活環境が安定したら今まで通りに週一更新に戻しますので暫くお待ちいただければと思います。
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