帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:鉄鋼怪人

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よくよく考えれば階級が釣り合わなそうなのでシュトックハウゼン少将を中将に変更しました

……夏熱過ぎるなりぃ、仕事したくないなりぃ働きたくないなりぃ


第百九十二話 仕事中は嫌いな人相手でも礼儀を守ろう

 第五次イゼルローン要塞攻防戦、その結果を説明するためにはその過程と経緯の説明が必要不可欠であった。故に暫し、時は遡る必要がある。

 

 ……要塞の外壁近くの通路で何処ぞの退廃的で傲慢な亡命貴族の放蕩息子が大量の護衛と共に要塞主砲の電源ケーブルに向けて進んでいた頃の事である。客観的に見て、それよりも遥かに危険で苛烈な任務を押し付けられた者達は、現在進行形で一秒が生死を分ける危険の中に身を置いていた。

 

「ゲートが閉じるぞ!走れ!走れ走れ!早くしろ……!!」

 

 銃声と怒声が豪華絢爛に装飾された廊下に鳴り響いた。必死の形相で駆け出すカスパー・リンツは強奪した二丁のサブマシンガンを乱射しながら今正に閉じようと下ろされるゲートに突撃していた。ゲートの周囲の帝国兵達は装備するブラスターライフルで迎撃を試みるが、碌に銃撃をする事すら出来ず姿を現した瞬間に射殺されてしまう。

 

「ちぃ、ドローンか……!!」

 

 リンツは舌打ちする。次の瞬間、正に降りようとしているゲートの向こう側から大通路に現れ、門番の如く立ち塞がったのは四足歩行型の蜘蛛型ドローンだった。光学カメラが侵入者を探知して、装備する機関銃の照準を合わせる。

 

「不味いですよ!?この通路には殆ど障害物なんて……!!」

「言われなくても分かっている!いいから走れ!私が何とかする。……やってやるさ!!」

 

 ブルームハルトが悲鳴に近い叫び声を上げる一方で、リンツは緊張しつつも鋭い口調で後輩の動揺を嗜め、そして覚悟を決める。

 

「うおおおぉぉぉぉ!!」

 

 避ける素振りも隠れる素振りもなく、端正で上品な顔立ちに似合わぬ獰猛な声を上げながら両手のサブマシンガンの引き金を引きながら突貫するリンツ。正面のドローンの光学カメラや射撃センサーを狙って放たれた鉛弾の雨霰は、リンツ自身の腕もあり半ば目的を達する。

 

「くっ……舐めるな!!!」

 

 左肩に衝撃。恐らくは肉と骨を少し持っていかれただろう。フレンドリーファイア防止のためにカメラとセンサーが破壊されたドローンに搭載された殺傷兵器にはロックがかけられる。しかし、ロックをかけられる寸前に撃たれた銃弾の一発は見事リンツの肩に傷を負わせたのである。

 

 尤も、それはリンツも覚悟しての突撃であった。寧ろ無謀な反撃で挽き肉になる可能性も考慮していた身からすれば肩の骨と肉が何十グラムか吹き飛んだ程度、可愛いものだった。

 

 同時に行動不能になるドローンに接近したリンツは、そのままドローンに掴みかかると、雄叫びを上げてそれを押し出した。

 

 数百キロの重量はあろうかというドローンに対して無謀かつ一見意味不明にも思われた行動は、実際押し出せた距離も精々五、六〇センチメートルに過ぎなかった。しかしながら、リンツにとってはそれで十分であり、同時に彼の狙いは非常に合理的だった。

 

 次の瞬間、閉じようとしていたゲートはそれを阻止される。ゲートに鉄の塊とも言うべきドローンが挟み込まれたからだ。ミシミシミシ、と金属が軋む音と共にゲートはドローンを押し潰していくが、尚も床とゲートの底には一メートル近い空間が確保されていた。

 

「でかしたぞリンツ!さぁ、ブルームハルト、ハウプトマン大尉は先に行け!」

「だ、大隊長は……」

「お前さんに心配される程のものではないさ。さっさと行け!!」

 

 ブルームハルト准尉の言葉にシェーンコップ中佐はそう言い返すと踵を返し、殿となって背後から追って来る帝国軍の軽装陸戦隊……その先頭を走る数名を即座に射殺してその足を止める。その間に残るメンバーが閉じようとするゲートの隙間に身を潜らせる。

 

 ゲートの重みで嫌な音と共に潰れていくドローンが手足をジタバタとさせて、まるで動物のように抵抗する姿を横目にブルームハルト准尉はゲートの向こう側まで潜り抜けた。そして、そこから先は要塞の本当の意味での中枢部……巨大な球状の核融合炉とその上方に鎮座する要塞の中枢コンピューターが彼の視界に広がった。

 

「ブルームハルト!ぼやぼやするな!さっさと進め!!」

 

 ブルームハルト准尉の後を追うようにゲートの隙間から現れたリンツが弾切れになったサブマシンガンを捨てて肩に吊るしていたブラスターライフルを構えながら叫ぶ。叫びながらブルームハルトの横を通り抜けて要塞中枢部の核融合炉とコンピュータの制御室へと走り抜ける。ハウプトマン大尉もそれに続く。

 

「しかし、まだ大隊長が……!!」

「私を呼んだかな、ブルームハルト?」

 

 まだ来ない大隊長の事を心配するように口にする若い部下に対して、シェーンコップ中佐はからかうように語りかけながらゲートの隙間から現れる。

 

「大隊長、御無事でしたか……!!」

「まだ娘の学生姿も見てないからな、こんな所で死ねんよ。さてさて……!!」

 

 そのまま先行するリンツ達を追うように要塞中枢部の制御室に向かうシェーンコップ達……ふと、不良騎士は一度振り向くと腰の手榴弾を滑らせるようにゲートの隙間に投げ込んだ。数秒後悲鳴と共に弾ける音が響く。

 

「これは駄目押しだ……!!」

 

 次いでもう一度手榴弾を流すように投げつける不良騎士。直後ゲートの隙間から現れた数名の兵士はその蛮勇の代価を支払う事となった。

 

「ほら行くぞ、ブルームハルト。これで少しは追っ手を足止め出来るだろう。後ろから撃たれる心配をしなくて済む」

 

 シェーンコップ中佐は淡々とブルームハルトにそういって彼を連れて再度目的の場所へと走る。恐らくゲートの彼方側にはまだまだ敵兵がいるであろうが、目の前で起きたばかりの惨状を思えばゲートを潜り抜けるのに二の足を踏む事になるだろう。そんなに長くは持たないだろうが……それでも貴重な時間である事は間違いない。

 

 百メートル程進むと動力炉のすぐ手前……より正確に言えば何重にも装甲で囲われた球体の核融合炉を囲むように広がる足場では先行していたリンツとハウプトマン大尉がこの文字通りの要塞中枢を守る最後の警備部隊と戦闘を繰り広げていた。宇宙暦8世紀には似つかわしくないコリント式のギリシア柱が幾つも伸びて天井を支える空間で、双方はその柱を陰に銃撃戦を行う。

 

「どうだ、調子の程は……!?」

 

 シェーンコップ中佐とブルームハルト准尉が銃撃戦に参戦する。ブラスターライフルを撃ちながら大隊長はリンツに飄々とした口調で尋ねる。

 

「最悪よりかは幾分マシと思うべき、と言った所でしょうか?思ったよりは敵の数は少ないですし練度も然程高くはありません。ですが……!!」

 

 重機関銃の金切り音が鳴り響くとリンツは身を伏せて粉々に砕け散っていく柱の瓦礫から身を守る。

 

 見たところ一個小隊程だろうか?帝国宇宙軍の軽装陸戦隊は銃弾を使い尽くすような勢いで銃撃を続ける。

 

 恐らくは相手も自分達の練度が低い事を理解している事だろう。逆に言えばここまで突入してきた敵が相当な強者である事も理解している筈だ。故に無謀な戦いはせず物陰から間断ない射撃を繰り返し相手に反撃の隙を封じ続ける事に専念しているようであった。このまま援軍が来るまでのタイムリミット狙いといった所らしい。

 

 しかし……重機関銃を中核とした頑強な抵抗は次の瞬間永遠に封じられる。直上から空を切る音と共に光条が飛んで来たと思えば重機関銃が放たれる簡易陣地が爆散したからだ。

 

「ほぅ、来たか。少し遅かったじゃないか?」

 

 漸く来た心強い味方に口笛と軽口でもって不良騎士は出迎えた。

 

 シェーンコップ中佐達が視線を光条の飛んで来た地点に向ける。そこは壁の天井近いコンピューター冷却用ダクトの設けられた場所だった。刹那、使い捨て式の携帯式誘導ミサイルの筒が落下して床に叩きつけられて破砕する。そしてそれに続くように次々と装甲服を着こんだ人影が降りてきた。天井の狭いダクトから入り込んだ彼らは安全帯のフックを天井に引っ掻けて飛び降り、床に激突する寸前に腰に備えた装備で勢いを殺して着地する。その技量は何処となくサーカスの曲芸師を思わせた。

 

 ファーレンハイト中佐以下裏口から動力炉を目指していた兵士達は敵の援軍を前に動揺する警備兵を次々と射殺していく。

 

「怯むな!!後退して距離を取れ!がっ!?」

 

 分隊長の一人が声を荒げて兵士達に命じるが、彼は次の瞬間に首筋を切り裂かれて絶命する。折り畳み式の山刀や戦斧を手にして白兵戦を仕掛ける重装甲兵達は銃弾の嵐をものともせずに突撃し、敵陣を蹂躙する。

 

「ひっ……!?こ、降伏だ!!降伏するっ……!!」

「止めろ!殺さないでくれ……!!」

 

 部隊の半数が無力化され、警備隊長が戦斧で首を斬り落とされた所でこれ以上の抵抗が無意味と悟ったのか、遂に警備兵達は武器を捨てて恐怖にひきつった表情で降伏を申し出た。よく見るとオペレーターや工兵らしき者達もおり、彼らも手にしたハンドブラスターを捨てて情けなく両手を上げる。

 

 尤も、そんなものは彼らにとっては全く興味は無かったが。

 

「ボディチェックをしたらその辺にでも座らせておけ!!リンツ、数名連れて西のゲートを守れ!グルーネッカの班は東を守備しろ!!ライトナー!お前達は南ゲートだ、突っ込まなくて良いから奴さんが来たら足止めをしろ!」

「端末の電源は生きているようです!操作を開始します!!」

 

 シェーンコップ中佐は戦闘部隊にもうすぐ押し寄せて来るであろう敵の大軍を迎え討つための準備を部下に命じていく。その間に幸運にも殆んど無傷で確保に成功した要塞中枢部の操作端末にこの潜入に同行する電子戦要員……といっても薔薇の騎士達に所属しているために屈強な身体と旅団内では兎も角同盟軍陸戦部隊の中でならば平均以上の白兵戦能力も持ち合わせているが……が急いで駆け寄り、目的の操作を始める。

 

「どうだ、行けそうか?」

 

 端末と液晶画面とにらめっこする騎士達……そしてそんな光景を見て捕虜となったオペレーター達は僅かに口元を緩めて静かに嘲笑する。

 

 流石に要塞中枢部の制御コンピューターをシャットダウンする訳にはいかないし、そのための時間も無かったが、それでも要塞主砲の制御プログラム等、重要なデータには最優先で何重ものロックをかけていた。その解除はオペレーター達を脅迫したとしても単純な作業に掛かる時間から言って容易ではない。そして、そんな事をしている間に援軍がこの中枢部に雪崩れ込んで来るのは確実だった。勇敢に、あるいは無謀にも中枢部に突入し制圧した少数の反乱軍は、しかし既にその命は風前の灯であった。

 

 ………そう、彼らが要塞の攻略のために動いていたとしたら。

 

「よし、目的のプログラムへは侵入可能です!!しかしこれは……既に四重の安全プログラムの三つ目まで解除されています。恐らくやろうと思えば数分の時間もかからず動力炉の爆破が可能かと」

 

 緊張した面持ちで兵士は語る。イゼルローン要塞程の施設となれば複数の安全プログラムが設定されていて不測の事態に備えているものだが、特に重要な動力炉のプロテクトがほぼ完全に解除されているとなると、それが意味する事と危険性が分からない訳もない。目と鼻の先にそんな動力炉があるなぞ恐ろしい話だった。

 

 会話内容に聞き耳を立てていた帝国側のオペレーター達が互いに顔を見合せ困惑の表情を浮かべ始めている事に不良騎士は気付く、それは反乱軍が介入を開始したプログラムが想定とは違うものであったからか、それとも………。

 

「要塞防衛司令部と動力炉との繋がりを全て切断しろ。ここからなら出来る筈だ」

「り、了解です……!!」

 

 最悪は回線を物理的に切断する必要があるかも知れないが……シェーンコップ中佐はそんな懸念も抱く。あるいは此方の妨害に気付いて今すぐ自爆を仕掛けて来る懸念もあった。

 

 幸いにも、不良騎士の懸念は杞憂に終わった。電子戦要員が動力炉の安全プログラムに再びロックをかけ終えると不良騎士は漸く舞台が整ったとばかりに新たな命令を下す。

 

「よし。二ヶ所、通信回線を開け。一つは第四予備中央通信室に、ジェニングス准将に作戦成功の報告を。もう一つは………」

 

 ここで部下の報告ににやり、と不敵で意地の悪い微笑みを浮かべるシェーンコップ中佐。

 

「要塞防衛司令部に接続しろ。……さてさて、それでは帝国貴族らしく礼儀正しく交渉でもしますかな?」

 

 実に帝国貴族らしい、不遜で尊大な口調で彼は嘯いた。

 

 

 

 

「司令官、通信です。これは……要塞中枢部、動力炉管制室からです!!『我ら、動力炉確保、「懸念」のシステムの掌握を完了せり』!!」

「やったか……!?」

 

 第四予備中央通信室にそのメッセージが送られたと同時にジェニングス准将以下の高級士官達は一斉に安堵の息を漏らした。既に時間は押していた。このまま何らの連絡もなければ彼らは後三〇分もしない内に遠征軍総司令部に向けて通信回線を開いていたであろう。

 

 無論、この予備通信室の制圧に成功した時点で彼らの作戦は七割方成功していた。しかし……要塞の動力炉の制圧は最悪失敗しても構わないとしても、それは『自由惑星同盟軍』全体にとってであった。彼ら要塞内部に閉じ込められた兵士達が確実に生還するための交渉材料として動力炉確保は必須であったのだ。

 

「よし、ここからがある意味一番重要だぞ。遠征軍総司令部に対して通信回線を開け」

 

 そこまで命令した後、ジェニングス准将は深く溜め息を漏らし、次いで衣服とベレー帽を整え、通信が開くのに備える。

 

「……ですが、本当にあり得るのでしょうか?今更ながら提案されたあの戦況予想は私には信じられません」

 

 通信回線が開くのを待ちながら一人の参謀がふと、疑念を呟く。一応、司令官が提案を採用した事で自身の仕事を全うした参謀は、しかしその職務を果たした後改めてそう口にしたくなっていた。亡命貴族の将官が口にした内容は其ほどまでに荒唐無稽で理屈から考えると疑問を抱かざるを得ないものであったのだ。

 

「気持ちは分からんでもない。だが……私も半信半疑ではあったが、危険は可能な限り避けるべきだ。それに……私の経験上、あの進言を否定しきれなかったからな」

 

 ジェニングス准将はそう部下を窘める。窘めてから、苦い表情を浮かべる。そう、彼は否定しきれなかったのだ。亡命貴族程ではなくとも、彼は帝国人と帝国の価値観に相応の理解を持ち、実地でそれを見てきたのだから。

 

「余り愉快な記憶ではないが、ね………」

 

 彼の脳裏に浮かぶのは辺境の砂漠しかない惑星での勤務経験だった。ド田舎の捕虜収容所に反りの合わない上司、やる気のない職場、捕虜の反乱、捕囚の憂き目、捕囚の交換、そして………いや、これ以上は止めておこう。散々な惑星であった事、そして最悪な職場であっても帝国人の素の姿を知る事が出来た、それだけが分かれば良いのだ。

 

「後は帝国人共がどうでるか、か……」

 

 ジェニングス准将は、シトレ大将との通信開始、そしてその要請を口にするまでの間、腕を組み、彼自身の知識を総動員して帝国軍の次の動きをただただ推測し続けていた……。

 

 

 

 

 その通信が『ヘクトル』に届いた時、まず遠征軍総司令部の面々は内部の味方の健在に安堵の表情を向けた。次いで、ジェニングス准将が敬礼と共に現状報告を行うと予想よりも遥かに良い状況に歓喜した。一時的であろうし戦力が一個小隊程度でしかないとはいえ、動力炉を制圧したのは同盟軍にとって快挙に等しい。そして……ジェニングス准将の要請に全員が唖然として、驚愕した。

 

「馬鹿な、全軍を即刻後退させろだと!?要塞の中の輩は何を考えている!!?ガスでも吸って幻覚でも見ているのか……!?」

 

 レ中将の叫びはその場の殆どの総司令部要員のそれを代弁していた。折角要塞主砲対策に散開陣形をとって突入を開始したのだ。今も艦隊は要塞駐留艦隊を押し込みながら要塞に接近している。仮に帝国軍が味方ごと要塞主砲を撃ったとしても先に全滅するのは彼方側だ。そして艦隊を完全に失い丸裸となった要塞に揚陸するのは然程難しくはない。時間さえあればイゼルローン要塞の陥落は不可能ではないだろう。そんな千載一遇の機会を……!!

 

 参謀長の反発は至極当然のものではあった。しかし……そのジェニングス准将の提案に極一部の者達は別の感想を抱いた。その一人が遠征軍の総司令官たるシトレ大将であった。

 

「………」

 

 ちらり、とシトレ大将は離れた位置でぼんやりとスクリーンに映るジェニングス准将の会話を聞きつつ、傍らの総司令部次席副官と何やら会話する若い作戦部参謀を見つめる。同時にシトレ大将は彼の提出した荒唐無稽な戦況分析を思い返す。

 

(要塞の自爆、か)

 

 何十万という味方を道連れにして、莫大な予算をかけた貴重な軍事拠点を放棄するなぞ本当に有り得るのか?ましてや戦況が最終局面に達しているなら兎も角この段階で?帝国軍が要塞主砲を味方ごと撃ち込んだ事実があったとしてもレポートの内容が実際に起こり得るかと思えば……作戦部長が退けるのも当然な内容である。しかし、同盟軍の総攻撃が始まって以来、あのレポートの内容は何故かシトレ大将の脳裏にこびりついて離れなかった。

 

「司令官閣下、ロボス中将、フィッシャー准将からも先程同様の懸念が報告されました。要塞の動きが鈍いのは我々を誘き寄せるためではないかと。また自爆とまでは明言はしておりませんが前線で戦闘中のアップルトン少将にオスマン少将、メランディ准将らが何らかの罠の可能性を指摘しております」

「うむ、そうか……」

 

 情報参謀ホーウッド少将からの報告にシトレ大将は小さく、そして重苦しく頷いた。ホーウッド少将が名前を上げた人物はいずれもが正に現在前線で戦闘中であり、それ故に敵の動きの機微を最も感覚的に感じやすい立場にあり、何より戦闘の経験豊かな指揮官達だ。そんな彼らが口々に違和感を唱えるとなると……。

 

「か、閣下……実は先程私も個人的な通信でホーランド准将から内々に似たような懸念を伝えられています」

 

 狙ったようなタイミングで恐る恐る答えたのは遠征軍総司令部作戦部所属のコーデリア・ドリンカー・コープ大佐であった。大多数の参謀はその発言に難しげな表情を浮かべ、それとは別に幾人かの参謀は奇妙そうに、あるいは興味深そうに視線を彼女に向ける。

 

「……ふむ、前線の指揮官達が揃いも揃ってか。因みに、大佐から見てはどうかね?」

 

 僅かに考え込み、次いでシトレ大将は意見を聞くようにコープ大佐にそう尋ねる。コープ大佐は若干言い淀みつつも自身の意見を表明する。

 

「……恐縮ではありますが、自分もその可能性は否定出来ないかと考えられます。正直な所、私も実際に意見を聞くまでは思いもよりませんでしたが……此度の遠征で多々みられた敵の行動から見るに、一笑の下に切り捨てるのは少々軽率な判断ではないかと」

 

 遠征軍総司令部作戦部のナンバー・フォーのポストに座る彼女の言葉となると流石に軽く受け流す事は出来ない。ざわつき始める遠征軍総司令部。

 

「となるとやはり……?」

 

 参謀の一人が青ざめた表情を浮かべる。ジェニングス准将だけであれば、あるいは一将官のみの提案であれば兎も角、各部隊の指揮官や参謀、そして総司令部に詰める幾人かの同調意見を軽視する事は出来なかった。特に彼らの中には帝国通として知られる者も幾人か含まれているとなれば尚更である。故に、既にジェニングス准将の提案した一見荒唐無稽な内容は、現実味を帯びた議題として遠征軍司令部の要員達の間で共有されつつあった。

 

「そんなふざけた話があるものか。要塞の自爆だと?馬鹿馬鹿しい。純軍事的に考えてこの段階でそんな事を懸念するなぞ臆病を通り越して間抜けというべきだ!」

 

 総司令部首席副官ランドール少佐が憤慨したように口を開く。まだ若く血気盛んな副官の言葉は感情的な部分もあったが誤りではない。この時点で自爆を懸念する方が本来であれば不自然であった事なのだから。

 

「…………」

 

 遠征軍総司令部ではジェニングス准将の提案を受け入れるか否かを巡り参謀達が声を荒げながら激論を交え始める。その会話内容から見て提案反対が六割から七割、賛同は三割から四割といった所か。当初に比べれば撤収派が増えたとは言え依然として戦闘続行派が数的に優位にある。当然だ、イゼルローン要塞を陥落させられる可能性があり、それが不可能としてもかつてない被害を与える事が出来る。何よりも内部に取り残された一五万の味方はどうするのか?

 

 ……尤も、戦闘を続行するべきと口にする者達も、撤収を進言する者達もその口振りからしてみて完全に自分達の意見を信用しきれているかは怪しかったが。

 

「……ジェニングス准将、君達はどうするつもりなのかね?このまま我々が後退するとなると、諸君らの救出を諦める、という事になるが?」

 

 シトレ大将は疑念をぶつける。一五万、一五万……決して多くはないが少なくもない戦力である。それを見捨てるなぞ民主国家の軍隊にとっては不可能な事である。民主共和制においては兵士達もまた国家と国軍が守るべき市民の一員であるのだから。

 

 何よりも選挙が近い中で政府がそんな外聞の悪い行いを許さないだろう。帝国の捕虜の取り扱いは戦時条約締結前に比べれば遥かに人道的になったとは言え、それでも過酷だ。到底国民が一五万の同胞をそんな状況に追い込む事を許すとは思えなかった。

 

 しかし、ジェニングス准将はシトレ大将の懸念に、しかし安心した表情を浮かべて答える。

 

『その事でしたら御心配は御座いません。そのための動力炉の制圧です。これのお陰でどうにか交渉の席に引き摺り出す事は出来ました。後は細やかな条件がどうなるかですが………』

 

 ジェニングス准将がそこまで口にすると同時に『ヘクトル』配属の通信士の一人が総司令部全体に伝えるように報告を叫ぶ。

 

「ほ、報告します!!イ、イゼルローンが!イゼルローン要塞防衛司令部より通信です!!フェザーン戦時条約第三条及び第四条、第一一条に基づいた即時の戦闘停止と交渉を求めたいと。か、仮にこの要請を受け入れぬ場合は最後の一兵になるまで抵抗し、最後は要塞ごと自爆する事も辞さぬと……!!イゼルローン要塞防衛司令部副司令官シュトックハウゼン中将の名での布告です……!!」

「何……!!?」

 

 その通達に遠征軍総司令部は今度こそ混乱の渦に陥る。オープン回線で艦隊の敵味方問わず伝えられた内容は前線司令官達を困惑させ、次いで大量の通信要請が『ヘクトル』に向けて叩きつけられる。余りの量に『ヘクトル』の通信システムは一瞬オーバーヒートしかけた程だ。

 

「どうするのだ……!?」

「どうするって無視も出来んだろう!?戦時条約を出されたら答えない訳にもいかん!!」

「しかしイゼルローンを陥落させられるこの機会に……!!帝国軍の姑息な時間稼ぎでは……?」

「しかし奴ら自爆すると明言しているんだぞ!?このまま突っ込んでも要塞の自爆に巻き込まれるぞ!?」

「それこそ虚言じゃないのか!?まさかイゼルローン要塞を自爆させるなぞ……!!」

「これまでの要塞側のやり口を忘れたのか!?奴らならやりかねん!!」

「そもそもシュトックハウゼン中将だと?クライスト大将ではなくか!?何故副司令官が提案している?一体何が起きているのだ!!?」

 

 参謀達が口々に混乱しながら意見を交える。最早彼らも事態の急変を前に完全に付いていけなくなっていた。シトレ大将はそんな彼らを一瞥し、再度ちらりと最初に帝国軍による要塞自爆の可能性を指摘した若い少佐を見た。

 

「……っ!」

 

 目があった。エル・ファシルの英雄の眼力のない、ぼんやりとした、しかし何処か深淵を覗くような視線に一瞬気圧されたシトレ大将は、しかしすぐに目を細めて彼の無言の意見を理解した。そして、シトレ大将は腹を括り……今次遠征の芻勢を決めるその判断を下した。

 

(世論には叩かれるかも知れんが……仕方あるまい。この選択をする指揮官が私であった事を喜ぶべきなのだろうな)

 

 ……少なくとも、数百万の味方を無駄死にさせずに済むのだから。

 

「回線を繋げ。相手方の司令官と話したい。提案を受け入れる、とな」

 

 動揺と混乱に包まれる遠征軍総司令部にて、シドニー・シトレ大将は多くの異論をはね除けてそう宣言したのだった……。

 

 

 

 

「し、シュトックハウゼン!!貴様、これが何を意味するのか分かっているのかっ……!?」

 

 片腕を撃ち抜かれたクライスト大将は負傷して血を流す右腕を押さえながら怒りの形相で叫ぶ。その足下には赤い血が床の紅色の絨毯に染み込むように落ち続け、その色を赤黒く変色されていた。

 

「何を意味するのか?勿論理解しておりますとも。我々は帝国軍人の責務に従い、保身のために愚かな選択をしようとした狂人を更迭しようとしている所です」

 

 ハンドブラスターを構えながらシュトックハウゼン中将は淡々とそう『元』司令官に通達する。彼の周囲には同じくシュトックハウゼン中将と意見を同じくする要塞防衛軍の幹部達、そして彼らの命令に従いクライスト大将にブラスターライフルの銃口を向ける要塞防衛司令部所属の憲兵隊……。

 

「は、反乱軍の甘言に騙されおって……!この売国奴共めっ!!貴様ら誰に銃口を向けているのか分かっているのか!私はルドルフ大帝より騎士爵位を授けられし開祖に連なるクライスト騎爵帝国騎士家の当主、その上皇帝陛下より親任を受けてイゼルローン要塞の防衛司令官として指名された身だぞ……!!?」

 

 唾を吐きながら必死に叫ぶクライスト大将。その姿に憲兵達は僅かに狼狽えるが……。

 

「そして今やその親任を裏切り、私利私欲のために要塞を破壊しようとしている訳でありますな。閣下ともあろうお方が嘆かわしい限りです」

 

 しかし、そこは副司令官たるシュトックハウゼン中将の方が一枚上手であった。クライスト大将も前線に出向いた経験がない訳ではないが、その本分は技術屋である。前線での防衛陣地や野戦築城や臨時基地の建設等の経験の方が遥かに多い。地上軍で立て籠る要塞が砲弾の雨に晒されながら部隊を指揮した経験を幾つも持つシュトックハウゼン中将の方が兵士の統率という点では一枚上手であった。

 

 そも、シュトックハウゼン中将はかなり早い段階から上官の動きに対して疑念は抱いてはいた。抱いてはいたがそれを証明するには危険が高過ぎたし、間違いであったとすれば彼自身の立場にも影響した。それ故に暫しの間観察のみに徹していたのであるが……。

 

 そこで起こったのが一つには要塞の動力炉が奇襲で制圧された事だ。それ自体は衝撃は小さくなかったが制圧した敵の戦力が精々一個小隊、何か小細工しようにも数が少な過ぎるし、何よりも待機中の一個連隊でも送り込めばそう長い時間もかからずに奪還出来るだろう。

 

 相手も迷宮のように入り組んだ要塞内部を多数の警戒を潜り抜けて中枢部にまで来たとなると相当の精鋭である事は間違いないが……それでも不可能な事はある。実際このまま一個連隊を中枢部に突っ込ませれば、動力炉を制圧した敵は多少反抗するであろうが最終的には取り戻せるであろう。動力炉に傷がつくのは怖いが、そもそも動力炉自体何重にも装甲が張られているので余程の事がない限り致命的な損傷を受けるとは考えにくい。

 

 事態の流れを大きく変えたのは予備中央通信室を制圧した同盟軍の本隊に対する無線通信だった。傍受して下さいと言わんばかりのオープン通信……当初それは本隊に救援を求めるものであると要塞の幹部の誰もが思った。当然の事であろう。それ以外に通信室を制圧して何をしようというのか?

 

 そして要塞防衛司令部はその通信を敢えて放置した。あの大軍が要塞の主砲射程内に自ら突っ込むならそれを妨害する必要なぞない。味方を盾にしているのは小癪であるが……何も手がない訳ではない。

 

 最悪の最悪、味方ごと反乱軍を吹き飛ばすという手段すらあるのだ。イゼルローン回廊を塗装する反乱軍の血を大量に追加発注してくれる……!!好戦的な幹部はそう嘯いたし、それ以外の幹部からして見てもイゼルローン要塞であれば要塞駐留艦隊が壊滅したとしても援軍が来るまで守りきる事が出来れば……そしてその可能性は五分五分以上にはあった。

 

 ……まさか取り残された同盟軍が本隊に向けて要塞から全速力で離れろ、自分達の救援に来るななぞと叫ぶとは誰も想定もしていなかった。そして、同時に衝撃を受けたのは要塞防衛司令部も同様だった。

 

 イゼルローン要塞の自爆……その権限を持つ男に要塞防衛司令部の面々の視線は一気に集まった。それは敵意というよりは困惑に近かったかも知れない。この時点では同盟軍の主張を信用する者なぞ十人に一人もいなかった。

 

「そうです。あの時点では余りに突拍子もない話でしたからな。敵の離間の策と考えるのが適当。……ですが、証拠を見せられましてはな」

 

 敵同士の通信内容に唖然とする要塞防衛司令部、その隙を突いたかのように次の瞬間には要塞防衛司令部のスクリーンの一角を無理矢理にハッキングされていた。要塞防衛司令部のオペレーター達も無能ではなかったが……重要なプログラムからロックをかける必要がありオペレーターの数も限られている以上、優先度の低い要塞のスクリーンへの強制接続を阻止する時間的余裕はなかった。

 

 乗っ取られたスクリーンから恭しい帝国式の敬礼を行うのは亡命貴族の騎士であった。薔薇の騎士達の勇名は帝国軍でも広く知られている。ましてや名乗りを上げた男は騎士団の幹部であり、同時に男爵家の分家の上等帝国騎士爵の保持者であったからシュトックハウゼン中将含め幾人かの幹部は名前を知っていた。勇敢で優秀な誉れある騎士である事も。

 

 そんな彼が動力炉を制圧してから何の用か?命乞いか、あるいは玉砕前に貴族らしく名乗りでも上げに来たのか……要塞の幹部達は怪訝な表情を浮かべる。しかし……それは違った。彼が口にしたのは『取引』であった。

 

「最初は馬鹿げた話だと思いましたが……これでは笑えませんな。まさか本当に自爆しようとしていたとは」

 

 憲兵の一人から受け取った鍵を手の中で弄ぶように観察しながらシュトックハウゼン中将は溜め息を漏らす。僅かに血液のこびりついているそれは要塞の自爆のために必要な権限キーである。

 

「首の皮一枚でしたか。いやはや、まさか私も閣下にこのような事をする事になるとは思いませんでした」

「ぐぅ……!!」

 

 それは文字通りギリギリのタイミングであった。要塞の動力炉の一時的な制圧、そして同盟軍の大艦隊への後退を促す通信……それが起きた時点でクライスト大将の選択肢は最早一つしかなかった。

 

 このまま敵を見逃せば自分だけでなく一族まで終わる。しかも目論見が発覚したとなれば味方が止めにかかるのは目に見えていた。ましてや、動力炉を制圧した騎士達がその安全装置の解除データや司令部からの操作データを送りつけて来たとなれば。

 

 故に次の瞬間に彼は要塞の自爆作業を行おうとしてた。慌てて止めようとする周囲の声を無視して自爆キーを捩じ込む。それで全てが終わる筈だった。良く良く考えればそれは軽率な行動であった。その必死の行い自体が相手の話が事実であると証明するようなものなのだから。ましてや、何の対策もせずに要塞を自爆させようとするクライスト大将の意思を暴露する筈もない。要塞防衛司令部からの命令を遮断された動力炉が暴走する事はなかった。慌ててデスクの端末を操作し始める要塞防衛司令官。

 

 直後腰からハンドブラスターを引き抜いたシュトックハウゼン中将の発砲によりその無意味な抵抗は中断させられた。同時に中将はクライスト大将の利敵行為を糾弾して憲兵隊を呼び寄せる。

 

 この手の口上は先に口にした者勝ちだ。次の瞬間、憲兵達は困惑しつつも司令官に銃口を向ける。そして、操作しようとしていた端末の画面を他の幹部達が覗き見た後には、最早要塞防衛司令官の命令に従う者は一人もいなかった。

 

「ですが、ある意味幸運かも知れませんな。少なくとも我々にとっては」

 

 シュトックハウゼン中将はその脳内で既に今後の事態の収拾について大まかな計画を組み立てていた。元より今回の要塞攻防戦は余りに問題がありすぎた。味方撃ちを始め、要塞への敵の侵入に軍港の破壊……戦後の責任は司令官だけに限定されるとは限らない。要塞副司令官たる自身もまた極刑こそ免れるだろうが、その経歴には間違いなく傷がついた筈だ。それを………。

 

(焦り過ぎて視野が狭くなったか。尤も、そのお陰で私の責任は帳消しになりそうだが)

 

 全ての責任は要塞と駐留艦隊、両司令官殿に取って貰うとしよう。その上でシュトックハウゼン中将は此度の戦いの後始末を行う事で寧ろ評価を上げる事になろう。自らの身可愛さに暴挙に出ようとした上官からイゼルローン要塞を死守した者として。そして、反乱軍を撤退させた者として。

 

(交渉、か。落とし所は予想は出来るが……)

 

 シュトックハウゼン中将はこの時点で同盟軍の望む要求をほぼ正確に察していた。この時点で帝国軍は圧倒的と言わぬまでも十分過ぎる程に劣勢に置かれていた。だが、同盟軍もまた決定的に有利である訳でもなかった。いや、寧ろここに及んでは寧ろ状況は逆転したといっていい。

 

「それでは閣下、本国からの処遇が下されるまで暫しの間休養をして頂きます。……連れていけ」

 

 憲兵隊が左右を挟むように立つと、クライスト大将は醜く顔を歪める。そして血が滴る程に拳を強く握りしめ、呻き声を上げ………諦めるように顔を項垂れた。一個分隊の憲兵に連行される『元』司令官を一瞥した後、『イゼルローン要塞防衛臨時司令官』シュトックハウゼン中将は淡々と指揮権を引き継ぎ、命令を通達する。

 

「要塞駐留艦隊司令官に連絡を。話が纏まり次第、反乱軍に対して停戦と交渉の要請をする。各員、準備に取り掛かれ……!!」

 

 要塞駐留艦隊司令部との交渉が纏まるのはこの一〇分後、イゼルローン要塞周辺に展開する同盟軍と帝国軍の暫定的な停戦の合意が結ばれるのはこの二〇分後、そして要塞内部に停戦の合意と戦闘の停止が布告されるのはそれから更に三分の時間を要する事になる。そして……。

 

 

 

 

「閣下、もうそろそろ到着です」

「あぁ、そのようだな」

 

 首席副官ランドール少佐の報告に、シャトルの窓際の椅子に腰かけていたシドニー・シトレ大将は頷いた。そして円形の窓、そこから見える漆黒の宇宙と幾千もの銀色に輝く光を一瞥すると、宇宙艦隊司令長官は手元の報告書に再度視線を戻した。それは事前にジェニングス准将から提供されたものであった。

 

「成る程な、通信室を制圧出来た時点で決着はついていた訳か」

 

 その巨体を深く椅子の上に沈めながらシトレ大将は呟く。そこには何とも言えない感慨と呆れ、そして自嘲の感情が滲んでいた。

 

 要塞内部に取り残された同盟軍の高級士官達は最終的に帝国軍の狙いが取り残された要塞内部の味方を囮とした道連れの自爆である事に気付いていた。いや、より正確に言えば要塞内部の帝国軍首脳部の極々一部の、というべきであろう。

 

 同盟軍は味方の兵士を見捨てない……その価値観を理解していたクライスト大将の狙いを正確に見抜いた取り残された彼らにとって、生き残る道は少なかった。少なくとも純軍事的には要塞の外の味方は頼れない。頼りない訳ではない、助けを求めれば自分達が死ぬからだ。

 

 故に……残る二つの攻撃目標は囮を兼ねたおまけであった。

 

「要塞主砲の電力送電線に動力炉……特に前者は作戦の目的から見れば完全に囮という訳か」

 

 同盟軍の狙いが分からなければ帝国軍からすれば要塞主砲の送電線を第一の攻略目標とする判断は当然の選択肢に思えただろう。実際、内部に取り残された同盟軍はその戦力の過半数をそちらに振り向けていた。更に言えば敢えて目立つ形で『囮』が暴れまわっていたらしい。要塞内部の帝国軍はその『囮』の存在もあって完全に目標を見誤り、戦力を不必要な場所に集中させた。  

 

 結果として同盟軍は予備通信室を比較的容易に制圧する事が出来ただけでなく、動力炉の攻略にも戦力の引き抜きという点で側面支援が出来たようだった。

 

 ……動力炉制圧は次点の目標だった。内部に取り残された同盟軍からすれば最優先すべきは外部の味方を要塞の自爆から逃れさせる事であり、最悪降伏して捕虜になる選択も想定していたらしい。

 

 当然ながらそれは最悪の事態に陥った場合は、である。

 

「先ず動力炉の制圧と自爆プログラムの妨害、次いで相手方との『取引』か」

 

 報告書を読みながら肩を竦めるシトレ大将。その内容を読みながら作戦の内容に感嘆すると共にその無謀さに溜め息が漏れた。

 

「良く良く相手方の事情を分析した作戦ではあるが、まぁ綱渡りの上にギャンブルのような内容でもあるな。良くもこんな作戦を採用したものだ」

「全くです。正気とは思えません。全て仮定を前提とした作戦ではないですか。作戦の前提が当たっていたのは幸運としか思えません」

 

 シトレ大将の受けた印象にランドール少佐が続く。そこには明確な不快感が見て取れた。

 

 同盟軍から見て理解不能な思考回路の下に動くのが帝国軍である。それ故にその動きを読みきるのは容易ではない。ましてや要塞の防衛司令官が独断で自爆を行う等と推測するなぞ……。

 

「アッテンボロー中尉、君は要塞内部の者達の行動をどう見るかね?」

 

 シトレ大将は、自身の正面に向かい合うように座りタブレット端末を操作する次席副官ダスティ・アッテンボロー中尉に向けて質問を投げ掛ける。因みにこれは遊びではなく資料と報告書の作成作業である。

 

「私ですか?いやぁ、実に度胸のある作戦だとは思いましたよ?」

 

 首席副官ランドール少佐の不愉快そうな表情を見て苦笑いをし、一度咳をして仕切り直すように次席副官は答える。

 

「自分は作戦部の先輩から可能性は伝えられていましたから、作戦の前提条件自体は然程違和感は感じませんでしたね。閣下もご覧になったでしょう?帝国の宮廷と貴族社会の分析を。過去の事例から見て可能性としては有り得なくはありませんでした」

 

 時として軍の勝利や国家の繁栄なぞよりも自身や一族の名誉や繁栄を優先するのが帝国貴族階級である。遠征軍総司令部作戦部の一少佐が歴史を紐解いて分析した帝国貴族の行動原理とそれに基づく今次遠征における帝国軍の行動分析はアッテンボロー中尉からしてみれば完璧とは言わなくとも一定の信用は出来る代物だった。

 

「そうはいうが……」

 

 ランドール少佐は、しかし苦々しげな表情で食い下がる。成る程、あの提案書の内容は確かに完成度は高かった。しかし……それを含めても士官学校戦略研究科出身のランドール少佐からしてみれば軍事的に非合理で不合理過ぎ、何よりも取り返しのつかない選択を帝国軍の司令官が選ぶというのは中々理解しにくかった。それが合理的思考を持つエリート軍人であり、相手方も高級軍人であれば尚更だ。

 

 したっぱが半狂乱になり気狂い染みた行動をするのは分かる。しかし、重要な軍事拠点を預かる大将となれば……。

 

「ランドール少佐、言いたい事は分かる。私とてあの提案書の内容を呑み込み切れなかった身だ。しかし、現実は変わらん、認めるしかあるまい」

 

 自身の誤りを認めるのは一時の恥であるが、永遠に誤りを認めぬよりは遥かにマシだとシトレ大将は理解していた。故にそう首席副官を窘める。

 

「とは言え、ジェニングス准将も良くこの作戦を実行したものだな。捕虜収容所に勤務していた経験が活きたか。世の中分からんものだな」

 

 士官学校上位卒業のエリート士官が些細なミスで気難しい上官の不興を買ってド田舎に島流しにされた、というジェニングス准将の経歴は以前少し耳にしていたシトレ大将である。しかし、その経験が彼を今回の事態を収拾させるキーパーソンの一人とさせたのだから、世の中どのように回るか分からないものだった。

 

 アッテンボロー中尉はシトレ大将の言葉に頷きながらも、ニヤリと意地悪く笑う。その気難しく嫌みな上官を彼は良く知っていて嫌っていたからだった。

 

 と、そこで緩い振動と共にシャトル内部からブザー音と共にその連絡が流される。

 

「さて、いよいよだな。行こうか」

「はっ!!」

 

 シャトル内部を支配していた無重力が消え失せると、シトレ大将はシートベルトを外して立ち上がる。副官二人もまたそれに続いた。その他随行する数名の参謀と共にシトレ大将はズシズシとシャトル内部を進み……そのキャビンから降りると共に彼は整列して直立不動の姿勢で捧げ筒の礼を取る帝国軍の軍礼隊の姿を見つけた。そして、シトレ大将達を待ち兼ねたように佇む帝国軍の高級軍人が二人。内、一人は全身に包帯を巻いていた。

 

「先発したヴァイマール中将より話は聞いております。シドニー・シトレ大将で間違いありませんかな?」

「その通りです、閣下はイゼルローン要塞臨時司令官の任にあるシュトックハウゼン中将ですな?」

 

 シトレ大将の返答に賑やかに頷いて答えるシュトックハウゼン中将。一方全身に包帯を巻かれた今一人の高級士官は剣呑な表情を浮かべながら口を開く。

 

「イゼルローン要塞駐留艦隊司令官、ヴァルテンベルクである。此度の貴官らの奮戦、誠に見事なものであった」

「いえ、閣下こそ旗下の艦隊含めて実に勇猛果敢で見事な戦いでした」

 

 その言葉が半分近く世辞で有ることは分かっていた。しかしながらそれを指摘するのも野暮であろう。故にシトレ大将もまた相手方の勇敢な戦いぶりを褒め称えるように言葉を紡いだ。

 

「……さて本来であれば無粋ですが、今回はそうも言えない状況のようです。シトレ閣下からしてみても余り時間は使いたくはないでしょう?早速ですが部屋に案内しましょう」

 

 シュトックハウゼン中将の気遣いは、ある意味では無礼でもあった。帝国貴族はストレートに話題を始めるのを嫌い、何事も本題前に長々しい前置きを置く事を好む。時間と効率を重視する同盟人にとっては時間の無駄遣いであった。シュトックハウゼン中将はそれを良く分かっていたし、同時に敢えて同盟軍人のやり口に寄り添う事で帝国的価値観から見て無礼でぞんざいな扱いをして見せた。それは過去同盟と帝国が幾度か交えた交渉と交流と同様のものであった。

 

「此方になります」

 

 そして、豪奢な廊下を進み、従兵が扉を開くとそこには既に準備を終えた会議室があった。フェザーンと亡命政府軍の代表が既に座る会議室……それはシトレ大将達が最後に呼び出された事を意味していた。

 

「さて、それでは着席をお願いしたい。……葡萄酒は赤と白どちらがお好みですかな?」

 

 そして会議が始まる直前の直前、まるで当然のようにシュトックハウゼン中将は、先程まで殺し合いをしていた敵軍の指揮官に葡萄酒の好みを尋ねたのだった。

 

 宇宙暦791年六月七日0750分……小破したヴィルヘルミナ級旗艦級戦艦にして要塞駐留艦隊旗艦である『タングリスニル』、その会議室にて帝国軍と同盟軍の現地指揮官同士による今次戦闘の幕引きのための交渉が開始された。

 

 それは一五〇年に渡り続く二大星間国家の争いの歴史において度々行われてきた、そして最も新しく、滑稽な珍事として記録される事になる。

 

 そして何より、この交渉はその後の銀河の歴史を大きく変えるうねりの、その先触れとなる小さな、小さな漣であった……。

 




予定では次話で今章を終わり、幕間を二、三話挟んで次章に進む予定です
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