この俺踏み台ことウルカヌス・イグニスはクラス分け試験を堂々トップで終わらせ、Sクラスに確定した。
俺と、十枚を突破し十一枚にも手を伸ばした我が弟と思しき少年の二人だけのクラスである。
そう、二人だけなのである。
該当者がいなければ存在しないこともあるSクラスとしては、普通の人数らしい。
つまり──教室には、俺と
繰り返す。
二人きりだ。
二人きりなのだ。
いや、まあ、そんなことはどうでもいいと言えばいいのだが、それでも俺は心臓を押さえた。これは断罪におびえる恐怖か、はたまた英雄譚に立ち会える期待か、自分でも分からない。
もしや、これこそ踏み台として試される最初の一歩なのではないか、とドキドキしていたら、不思議に弟(仮)は頑なにこちらを見ようとしなかった。同じ教室にいるのに不自然なほどに視線をよこさない。
黒髪の精霊が頬をつついたり、耳に息を吹き込んだり、こそこそ話しかけたりしている風情なのだが頑として無視を貫いている。どうした、フラグを折る気なのか? と見てるこっちも別の意味での不安が湧いてくる。身バレがやっぱり嫌なんだろうか。お前を英雄として覚醒させるまで、誰にも言わないから安心してくれていいのだが。
あ、俺としては、弟が幸せならハーレムを応援します。権力に
「(ちょっと、憧れの兄さんと同クラスなんでしょ。せっかく別人になってるんだから話しかけたら?)」
「(うるさい)」
「(大丈夫よ。彼が
「(うるさい。分かってもらえなかったら分かってもらえなかったで……つらいだろ)」
「(まーやだ、こじらせてる!)」
「(こじらせてねぇ!)」
我が妹マリナは、青髪の少女と同じくAクラスだった。
まあそりゃそうだ。彼女は試練の壁を七枚破壊して、妹は六枚だからな。いくらイグニス家の者でもSクラスにはなれない。仮になれるとしたら青髪の少女とともにでなければならない。あの試験は、外部公開されているので、それなりに公正である。
「(それなら、いっそ分かってもらって味方になってもらったら?)」
「(無理だろ)」
「(なんでよ)」
「(お前の目的も俺の目的も、兄さんに害を与えるものでしかないだろ。兄さんはこの国の一番新しい英雄で、イグニス家次期当主だ)」
「(むむ、それはそうよね。うーん、本当の肉体を取り戻したいなぁ。そうしたら、わたしの魅力で籠絡してくるのに)」
「(…………………………………………………………無理だろ。兄さんはそんなものには引っかからねぇよ)」
「(まーやだ、こじらせてる!)」
「(こじらせてねぇ!)」
なぜ、年下であるはずの弟と妹が俺と同学年になるのか、という疑問もあるだろう。その答えは簡単で、学園は年齢を問わないからというものになる。
つまり、試験に合格できるなら三歳だって九十歳だって俺と同学年になりうるのである。ただし、頭脳はともかく、体力的な意味合いで、実技試験に合格できる年齢となると、それなりに絞られはするが。
これが高等部の話だ。
じゃあ中等部は何なのかって話になるだろうが、ここは寄付金さえ積めばやっぱり年齢不問で大概の者は入れる。常識的な基準は示されるし、貴族は大概十二歳くらいから、だけどな。
厳然たる能力によるAからRまでのクラス分けがあって、文字すら読めない場合Rに入り読み書き算術からやるわけだが、そもそも学園に入れるだけの寄付金を積めるような家の子が読み書きできないなんてことはほとんどない。実質、PからRまでのクラスは外国から移住してきたばかりとか、訳ありばかりになる。
寄付金の積めない貧乏貴族はどうするかだって?
その場合は、自分の所属している派閥の
そう、学校に入る前から、自分の子供の取り巻き作りってわけだ。
庶民だって入れるが、入学前からグループ分けがほとんど済んでいる貴族とは、同じ空間に居ても別の世界に存在しているような感じになることが多い。もちろん野心ある庶民はそこから派閥に参加すべくアピールするし、優秀なやつは派閥側から誘いが入る。
「(でも早く話しかけておかないと、後からはやりにくいわよ。だって、兄さん人気者なんでしょ。強烈かつ精力的に罠を仕掛ける肉食植物みたいな地属性女の子とか、過剰に前向きで筋肉の暑苦しい取り巻き志望の風属性男の子がやってきたら、グレイみたいな地味……いえ控えめ気質の子は跳ね飛ばされちゃうわ)」
「(具体例すぎるんだが、どこで見たんだ、そんなの)」
「(ついさっき。ここに来る途中よ。どっちも鼻息荒かったわ。ファンクラブ会員なんですって。貴方の兄さん目当てじゃない可能性だって否定はしないけど)」
「(…………)」
「(あっはっは、変な顔。そんなに嫌なの?)」
「(そんなんじゃねぇ)」
「(うふふ、こじらせてる貴方も悪くないのよ。少なくとも前の生きた死体みたいな顔よりずっとマシ)」
「(やめろ、撫でるな)」
「(憎しみも恨みも否定しないけど、それはより高みに飛ぶための
「(こじらせて、ない……つもりだ)」
妹は、入学自体は俺から遅れて一年後だったが、貴族が利用することはめったにない
なんで利用しないかというと、学園には貴族が多くなると言ったな。その性質上、次世代貴族の社交の場でもあるからだ。有り体に言うと側近や婚約者探しの場になりうるのだ。
意見は色々とあるだろうが、大概の場合は、友人にせよ、取り巻きにせよ、結婚相手にせよ、時間をかけて探したいという者のほうが多い。
ゆえに、
それに、少なくとも、学園にいる間は全ての人間と対等だ。格式張った家であればあるほど、学園のほうが安らぐというやつだっているだろう。その逆もいるかもしれないが、これはある意味、最後の自由時間なのだ。
「(そういえば、兄さんって婚約者候補だらけなんですって?)」
「(……らしいな)」
「(確か、才女が好みって噂があるらしいんだけど)」
「(……らしいな)」
「(でも、誰にでも優しいけどつれない態度をとるから、影でこっそりついたあだ名が
「(……ほぼ一緒に行動してるのに、どっから聞いてくるんだよ、そんなの)」
「(やだー。わたしの能力がほとんど戻ってないからって馬鹿にしてるわね。人間の表層を舐めとるくらい簡単よ? 貴方の兄さんみたいに無意識下でも固く守られてると無理だけど、きゃーきゃー言ってる子くらいならね)」
「(……力が、戻ってるのか)」
「(ほんの少しね。ここに、わたしの欠片があるのは間違いないと思うわ)」
「(そいつは重畳。なら、どこにあるか探さないとな)」
「(ええ、貴方の兄さんに見つからないようにしながらね。よって、情報はこれからも遠慮なく集めるから喜んでくれていいわよ。全部教えてあげる。知りたいでしょー?)」
「(うるさい。いや待て、そっぽを向くな。知りたくないとは言ってないだろ)」
「(んもう、こじらせてるんだから)」
「(こじらせてねぇ!)」
対して、庶民にとっての
たとえば、貴族の取り巻きに入りたい。
たとえば、真実優秀で早く研究したい。
たとえば、憧れの人と同じ学年になりたい。
切実な理由からくだらない理由まで様々だ。
ちなみに、俺の一学年下の世代は、男女問わずこの制度を使いたいと希望するやつが激増しているらしい。優秀なのが多くて結構だな。
「(ちなみに、貴方の兄さん、男にもモテるわよ。特に年下の美少年にはすごい人気。きっとこういうのを美少年キラーって言うのね)」
「(……キラーはなんか違うと思うし、知りたくもない情報ありがたくもねぇな!)」
「(性的な意味でかどうかは別として、岡惚れっていうのかしら。熱狂的な盲信者っていうの?)」
「(………………………………………………)」
「(年下の美少年って、あら、貴方にも当てはまるのね。きっと弟属性に対する圧倒的有利を持ってるんだわ、あの人)」
「(兄さんだからな。その笑い方やめろ。腹が立つ)」
「(被害妄想ね。可愛げが出て結構って思ってるだけなのに、ぶすくれないでちょうだいよ。無表情でも、わたしには分かるんですからね)」
また、
貴族にとって、目に留める基準が一にも二にも髪色なのは説明不要だと思う。どれだけ精霊の血統に近いか、あるいは先祖返りをしているか、誰の目にも鮮やかな証明だ。髪を染める色粉の発明された三十年ほど前からは、いささか旧弊な価値観となりつつあるが、学園においてその手の誤魔化しをする者はほとんどいない。座学はともかく実技ですぐバレる。
だから、髪色が冴えぬ者は、
ランキングや論文を貴族に対するアピールのためだけに使うのはどうかとも思うが、優秀じゃなきゃ使えないから問題ないのだろうか。
「(あのね、ふと考えたんだけど)」
「(今度はなんだよ?)」
「(同じ教室にいるのに、黙りこくって自己紹介すらしないのもどうなのって思わない?)」
「(……!)」
「(うーん、びっくりした顔でさえ眉毛がぴくっとも動かないのねぇ。わたしは分かってるけど、誤解には気をつけなさいね。貴方のソレが毒を盛られた後遺症だなんて、他の人は分からないし、わたしと違って直接、貴方の心に接触できるわけでもないんだから)」
「(……兄さんは顔くらいで判断しねぇし)」
「(わぁ、こじらせ……言い飽きたわねもう)」
「(こじらせてないって言ってるだろ)」
貴族はほとんど使わないと言ったが、これにも例外があって、イグニス家や王家のような取り巻きなど集めずとも勝手に集まってくる、あるいは自家門だけでどうとでもなる家の者は使う場合もある。
婚約者が既にいるのに略奪愛の対象にされたくないとか、研究者気質で既に就職の決まっている三男坊とか、とにかく学園での縁故作りの有益さが少ない者たちも抵抗なく使うだろう。
一応俺もこの制度を使っても構わない一人だが、別の理由で使いたくても使えない。少なくとも中等部の間は使えなかった。
だって、生徒会長だからな!
役職持ちは使えない決まり、では別にないんだが不文律だな。持っている仕事を中途のまま学年を進むわけにいかない。
弟の作るだろう英雄譚を間近で見たいからあえて
「(言っておくけど、貴方の兄さんのほうは、最初はこちらを気にしていたわよ)」
「(………………)」
「(貴方が顔をそむけて露骨に嫌がるから、構われたくないんだって思ったみたいね。お気遣いいただいたのよ、たぶん)」
「(…………!)」
「(いっそ、そのまま繊細で気難しい水属性美少年演技で貫き通したらどうかしら。表情筋は文字通りほとんど死んでるというか殺されてるんだから、クール系は余裕よ。ふふ)」
「(わらうな)」
「(嗤ってはいないわ。貴方の内面との落差を考えると微笑ましいと思ってるのよ。貴方は内面的には、炎の性質だもの)」
「(炎など……いずれ消えるだろ)」
「(それはそうよ。敵を焼き尽くしても消えぬ炎など害悪だわ。でもね、
話を戻して、結論を言うと、庶民は使うが貴族はほぼ使わない。
それが
俺も鈍くはないので、それが誰を動機にしたものかというのは知っている。
血を吐くほどの努力。天を衝くほどのプライド。選民意識による差別。それらが、優越感によるものなのか、はたまた劣等感によるものなのかは分からない。
けれど、弟を救えなかった俺が、妹を救えるはずもなく、してやれるのは踏み台としての先達姿を見せてやることだけ。
悲しいことだが、しょうがない。
「(それにしても、貴方の兄さん、今、何を考えてるのかしら。ふふ、素敵な横顔よねぇ。貴方は凛として氷晶の精霊みたいに涼やかな印象だけど、こっちは男性的で精悍で、なのに知的で優雅で、牙と爪を隠して毛並みを整えた
「(兄さんをじろじろ見るな。減る)」
「(いいじゃない。だって、利用できそうでしょ)」
「(……? 何を考えてる)」
「(自分の妹さえも、父親に
「(ふん、そうかもな。アレは、昔から兄さんしか見えてなかった。兄さんのこととなると、途端に視野が狭くなる。
「(家格上、下野も自由な結婚もないものねぇ。端的にいえば、彼女は父親の財産の一つよ)」
「(兄さんのように実力であの男を黙らせるだけの能力もないからな。学園にいる時間だけが、正真正銘の最後の自由時間だ)」
「(分かってる割には、嫌そうね? 利用するのはかわいそう?)」
「(いいや。アレには特に何も感じねぇよ)」
「(ふうん?)」
「(だけど、そういうのは、あの男みたいだ。それは虫酸が走る)」
「(へぇ)」
「(甘いと言いたいんだろ。分かってるさ)」
「(いいえ、それは貴方の
それにしても、さっきから終焉の精霊(暫定)とじゃれ合ってる弟の表情がほとんど変わらないのが気になる。めっちゃ気になる。不自然なほどに無表情だ。
無論、俺がここにいるから、あえて表情を作っていない部分もあるだろう。姿を隠している終焉の精霊との念話で表情を変えたら、一人芝居になってしまうからな。
だが、生理的な微表情すら浮かばないのは、いささか妙な気がする。
ふと幼い弟を思い返す。表情豊かというわけでもないが、だからと言って、凍り付いたような無表情など決して浮かべたことのなかった弟の姿を。
俺の訪れに、顔をほころばせて近寄ってきたこともある。父や母に見つかれば叱られるため、庭の奥のしげみに潜り込んで、侍女たちを困らせた。妹に見つかれば、唇を噛んでぎゅっと拳を握り恐れた。別れる時の、次にいつ会えるのかと期待を込めた目つき。再会の約束に握った指の熱さ。手を放すときの長く密なまつ毛の震え。
ふむ、思い返せば返すほど、あんなに可愛い
いや、思考がそれた。
昔は、決して、違和感すら感じるような無表情さではなかったのにと言いたかったのだ。
俺は考え込んだ。
もしかして。
もしかしてなんだが。
──遅い中二病だろうか。
俺は早すぎる中二病を患ったが、もしや弟は少し遅い中二病真っ盛りで無表情を貫いているのだろうか。
それを否定しようとは思わない。オレTUEEEEEEEEEEものといい、よく分からないけど何かしちゃったかなあざと無自覚テヘペロ系といい、ザマァストーリーといい、物語に多少の中二病要素は必要だからな。踏み台転生にだって必要だろう。
俺も大好きだ。転生チート最強ができると思っていた間は、中二病を極めていたと言ってもいい。一応、卒業はしたつもりだが理解はある。兄は弟を受け入れるものだ。
終焉の精霊が何かを囁いてから、こちらをわずかに気にするような素振りを見せる弟に、鷹揚に見えるよう心がけながら微笑した。いいか、良き踏み台とは、心が広く器が大きく理解力が高いものと心得よ。
「(うっわ、お兄さん、眩しい)」
「(や、やはり、気を使わせてしまって……)」
「(すごいわねぇ。少し気が緩んだだけで、
「(何言ってるんだ。兄さんはもとから王子だろうが)」
「(こじらせ──)」
「(──てねぇ!
「(ええ、ええ、そうよね。正論なんだけど、違和感があるのはなんでかしら)」
弟(暫定)が眩しそうにかすかに目を細める。
もしや、これはチャンスか。
顔をそむけられたから、話しかけるのを遠慮してたんだが、これは、話しかけてほしいのポーズだろうか。
イイネ! 若干のツンデレは、主人公としては王道スキルだ。ダークヒーローならなおさらのこと。問題ない。
俺は首の角度を調整した。光の陰影が無駄なく落ちるように、顔の半分が影となるように、軽く斜めにする。いいか、良き踏み台とは隙を見せず、いつでも高きにあるものと心得よ。少なくとも一流を志すならば。
「
「……シルバー・ラクス。こちらこそ、英雄と名高いウルカヌス殿と同じクラスになれて光栄だ。よろしく頼む」
正体など決して勘付いていません、というアピールに「はじめまして」と入れてみた。俺なりに気を使ったつもりだったんだが、なんだか妙にがっかりされた。顔には出てないんだけどな。肩のあたりが少し落ちたし、全体的な雰囲気も、しょんぼりというか凹んだ感じになったというか。
なぜだ。
「(……兄さん)」
「(もう、しょうがないわね。そこは喜ぶところよ。バレてないんだから)」
終焉の精霊が何かしら慰めるように、シルバーの頭をぽんぽんと叩いた。良い名前だな。
「(……いや、兄さんのことだ。もしかしたら見抜いていて静観している可能性も)」
「(どうかしらねぇ。それをして、お兄さんに何の得があるのよ)」
「(う、ぐ、分かってる、が)」
「(ん、まあ、可能性はゼロじゃないし? 貴方がそうしたいなら、少し探ってみる?)」
「(探る、だと)」
「(会話中に、さりげなく、兄弟の話でも振ってみたら?)」
「(…………)」
「(ほほほ、もちろんもっと仲良くなってからだけどね。貴方が棄てられた事情は知り合ったばかりの他人に話せるようなものじゃないもの。せめて親友レベルまで行きたいわね)」
「(……あの森に棄てられてからというもの、まともに口を聞いたのは爺さんとお前くらいなんだが)」
「(あら、セレスタとは普通に話してたじゃない。あ、いえ、ごめんなさい。決して普通にじゃなかったわね。最初は絶対に目を合わせなかったし、常に武器に手が行ってたもの)」
「(あれは、……いや、セレスタには悪いことをした、とは思ってるぜ)」
「(そうね。でもセレスタに会って、貴方は変わったわ。無闇に人を拒絶しなくなった。表面的にならちゃんと会話もできるようになった。お兄さんとなら、もっと変われるんじゃないかしら)」
なんだろう。さっきから、終焉の精霊と弟がすごく愉快そうなやりとりをしている。
他者の念話は、前世の知識で例えるなら電話みたいなもので、第三者には聞こえない。つまり、俺にはどうやっても二人の会話を聞くことはできない。
なのに、どうして愉快そうと表現してるかというと、黒髪の終焉の精霊の顔がとっても愉快そうだからだ。
「(心を開いて話せる人間を一人だけにしておくと、必ず依存することになるわ。セレスタが死んでも立っていられるように、もうちょっと他の人間にも依存対象を増やしておきなさいな。人間は相互依存して生きるように造られてるんだから)」
「(お前たちがそう造った、ということだろ)」
「(わたしを含めないでよ。でも当然じゃない。
話は脱線するが、念話というのは第三者通話、つまり複数人での会話ができないわけではない。
ほんの五年ほど前に賢者パラケルススが弟を実験台にして廃人にした事件は有名だが、その折に、実用化に至っている。
簡単に言えば、仲介者を作ればできるという理屈らしいが、仲介者となった者は
パラケルススは、口から泡をこぼし意味不明な言葉を垂れ流すようになった弟を抱えて心からの感謝と愛を告げ、一生涯面倒を見ると誓ったそうだ。弟のほうも事前に同意済みだったというから恐ろしい。
愛がないのは問題だが、愛が有りすぎるのも問題だと思う。うん、まあなんだ、愛とは適切な用法用量を守らねばならない
まあ、うちの弟が、ヤンデレヒロインを上手く制御できないわけもない、と俺は心から信じている。頑張れ
俺はゆったりと微笑んだ。
「(うーん、貴方の言うことも分かるような気がしてきたわ。同クラスになったってだけで、見知らぬ年下の男に、こんなに慈愛に満ちた表情を最初から見せてくれるものかしら)」
「(……兄さんは昔から優しい人だった)」
「(ええ、それはそうでしょうけどね。でもねぇ、こんな宗教画の聖人みたいな表情って、普通、他人にしないしできない、と思うのよね。いいえ他人だからこそか、と思わなくもないのだけれど)」
「(そうだな。昔はもっと快活で太陽のように笑う人だった、ような気がする。あんまり定かじゃねぇが)」
「(貴方、そういえば、記憶も一部飛んでるんだっけ)」
「(うん。何かにつけて俺に会いに来てくれたり、何くれとなく面倒を見てくれたのは覚えてるんだが)」
「(ふぅん。可愛がってもらってたのね)」
「(ああ。あの頃は兄さんだけが、俺を人間として家族として見てくれた。愛してくれた。だから俺はまだ人を憎まずにいられる。あの家だけだ。怨んでるのは)」
「(そう。だから、最初に遇ったとき、
「(……あの脳に針を刺したような激痛は、一生忘れられねぇよ)」
「(いやだわ、まだ怒ってるの。そのおかげで貴方は力を目覚めさせられたのだし、今のわたしは貴方の最高の
「(だから、軽口として言えるんだろ)」
「(えぇぇ、今の、本気に聞こえたわよぅ)」
弟が終焉の精霊の機嫌を損ねたらしい。
じゃれあうように終焉の精霊が、弟の頭に噛みついた。すごいんだぞ。見惚れるほど優艶な美女の口がカパッと裂けて頭を半分くらい飲み込む姿は、驚きを押し隠すだけでも一苦労だ。
おそらく一部分だけの形状変化なんだが、そういうことができるってことは、あれ、本体じゃないな。おそらく何がしかの依り代があって、そこから姿を出力しているだけだろう。
日常茶飯事なのか、弟は慌てず騒がず表情を動かさず、軽く肩だけを動かして抗議している。
これを見るに、終焉の精霊の封印は、全て解けているわけじゃないだろう。終焉の精霊の本体がどこにあるのか分からないが、わざわざ依り代でくっついてくるのは、本体が移動できないからと見た。
あるいは、本体はまだ解放できていないのかもしれない。
俺は、封印魔法についての知識を脳内探索した。封印魔法は専門ではないが、この学園都市のどこで、それに触れられるかくらいは元中等部生徒会長として把握している。
むろん弟がこの学園で探すだろう知識に先んじて触れておくためだが何か。
俺は、弟のためなら、
ちなみに、この世界には
本屋や、所蔵量が多い個人の屋敷に棲んでいる場合もある。その場合も
そういえば、弟はこの学園の図書館に行ったことはあるのだろうか。博物館や美術館と併設されており、見ごたえはそれなりにあると思う。ただ、1日あっても回りきれないほど広いのが玉に瑕かもしれない。もちろん好きな人にとっては天国に等しいだろうが。
「シルバーは外部入学だったな。図書館を利用したことはあるか?」
「いや、どこにあるかも知らない」
「それなら今度案内しよう。あれは一見の価値はある。せっかく来たのに、まだ見ていないのはもったいない」
「そうか。ありがとう」
はにかむように、ぱちりと上下した瞼の下の瞳は髪より少し濃い青。弟はすっかりかつての外見を捨て去っている。ほんの少しの寂しさを噛み殺しながら、俺は考えた。
せっかく出かけるのだ。ここはやはり、禁呪書架の担当にさりげなく引き合わせてやるべきだろうか。資格がなければ入れないし、貸し出しなど以ての外だ。何かを探すにしても担当者と伝手があるに越したことはないだろう。
あるいは、隣り合った博物館の呪物区画に連れて行くのはどうだろう。ある程度、自分で身を守れる人間しか入ってはいけないので、立ち入り制限されている区画だ。だが、Sクラスに所属していると俺が紹介すればおそらく問題ない。
そこまで考えて、ピンと来た。
むしろ、なぜすぐに分からなかったのか。
そう、
ありうる。大いにありうる。
俺は一人頷いた。
つまり、禁呪書架に行けば魔本から選ばれ、呪物区画に行けば呪妖が暴れたりたりするかもしれない。
そう、英雄の学園編最初のイベントに立ち会えるかもしれないのだ。これは、もしや、意外と、重要なんじゃないか?
「
「えっ?」
「いや、なんでもない。出かける話だが、もし他にも行きたい場所があるなら案内するぞ。大抵のところは分かるから、遠慮なく言ってくれて構わない」
伊達に、元中等部生徒会長じゃありませんので。
弟の雄姿を残しておかなければと考える一方、学園に出る被害を最小限に抑えなければと頭の片隅がささやく。
むろんのことだ。俺は弟の役に立ちたいとは思っているが、この学園を積極的に害そうとは思っていない。必要以上の犠牲は不要なもの。
何も起こらず無事に出かけられればいいが、被害を抑えるためでもある。一応仕込みもしておこう。なに、大したものじゃない。"こんな事もあろうかと"用意しておくだけのこと。
「(おい、見ておきたいものはあるか)」
「(そうねぇ。見ておきたいものというより、全体的な構造を知りたいわ。地図と比較したいのよね)」
「(矛盾を探す、と)」
「(そうよ。隠されているものを探すには、面倒だけど、自分の足でたどったものが一番信用できるもの)」
「(お前は時々人間じみている)」
「(そーお? いっぱい食べたからかしら。それとも封印を解くのに手間取ったからかしら)」
「(悪食め)」
「(大丈夫よ。貴方はせめて五十年以上経ってからにするわ。すごくすごくすごーく美味しいでしょうけど、そういうのは、待つのだって楽しいものなの)」
闇の精霊の目は、宝物を抱えた幼女のように無邪気で、弟への視線は優しさと愛おしさに満ちている。
不可解にも、弟はそれを眺め少々冷ややかな目つきになった。
もしや、長きにわたる苦境で、愛を素直に受け取ることができなくなったんだろうか。無理もない。本来なら最も愛してくれる家族から冷遇された記憶は、おそらく傷以外の何物にもならないだろう。
ただ、もしそうなら、今後のハーレム生活にも差支えが出るかもしれない。解決に手を貸すのもやぶさかでないぞ。いいか、良き踏み台とは、常に
「その、ウルカヌス殿。俺は詳しくないので、どこに行きたいかすらよく分からなくてな。おすすめのところを案内してくれるか」
「もちろんだ。良かったらウルカヌスと呼び捨ててくれ。二人しかいないんだから、堅苦しい話し方もしなくていい」
「嬉しい言葉だが、節度というものがある。貴方のファンに刺されてしまう」
「……同性でもか」
「男には男の嫉妬というものがあるからな」
弟はわずかに苦笑した。
どうにも、何かを実感したというか、思い返したような苦笑だった。
若干、俺は動揺した。どういうことだろう。この無表情なりの苦い顔。もしや、知らないだけでどこかにヒロイン♂がいるのだろうか。いやもちろん信条に変わりはない。弟に降り注ぐ愛は多ければ多いほどいい。愛に貴賤はなく、性別も関係ない。だから、いい。
いいんだが……ヒロイン♂か。そうか。
そう……うん、うん偏見は良くない。平等にヒロインとして態度を変えず接するよう心がけよう。いいか、良き踏み台とは、偏見や差別なく理解ある態度をとるものと心得よ。主人公の味方である間はな。
「(お兄さんと一緒のSクラスが貴方だけって知られてから、殺意がすごかったわねぇ。男女問わずだけど、女の嫉妬より、男の嫉妬のほうが殺意が高いってどういうことかしら)」
「(単に暴力的なだけだろ。女の嫉妬だって悪意に満ちてたぞ)」
「(そうねぇ。ハサミで切り刻まれてたら女、素手で引き裂いた様子だったら男っていう区別くらいよね)」
「(腕力の差しかねぇ)」
「(あら、ハサミをわざわざ持ってきてまで、あなたのマントを切り刻むあたり執念が違うわよ。素手で引き裂くのは怒りのあまりの条件反射でしょうけど)」
「(……お前が食ってきた男って、脳筋のゴリウラばっかりだったりする?)」
「(何の話よ)」
「(怒ったくらいで、全ての男がマントを素手で引き裂けると思うな。怒ったくらいで全ての男がマントを素手で引き裂こうとすると思うなってことだ)」
「(まあ。最近の男が貧弱なのか、マントの品質が向上したのか、どっちなのかしら)」
闇の精霊の目が丸くなっている。驚いたゴリウラのようだ。愛らしいが、たいていのゴリウラは驚いた後怒りだすので、あの顔には困った思い出しかない。
ゴリウラというのは、前世で言えばゴリラの体に、猫の頭をくっつけたような生き物だ。性質は社交的で人に馴れやすいが、やや臆病で腕力が人間の5倍だから、暴れだすと厄介。なかなか人気のある動物なんだが、取り扱い注意でもある。
そうだ。
魔法生物飼育学科で、ゴリウラの飼育もしていなかっただろうか。
もし、弟が興味を示すようであれば連れていってもいいかもしれない。
俺は弟に全てを見せてやりたい。本来なら、幼いころに与えられて当然のものを全て与えてやりたい。
兄として当然のことだ。
そして、俺は、幼いころ、その兄として当然のことをしてやれなかった──
学園案内の脳内予定に追記する
"家族から冷遇された記憶は、おそらく傷以外の何物にもならない"なるほど、たしかにその通り。捨てられた記憶はいつまでも傷跡として残るだろう。
だが、
「(ふうん、愛の記憶って厄介なのよねぇ。代わりがないならなおのこと。心奥に刻まれていればさらになお。壊しにくいし、上書きも難しいもの)」
「(……奪う気か)」
「(やぁだ。信用ないわねぇ)」
冷たさしかない過去の中、たった一つの日溜まりの記憶がどれだけ大切か、それは与えられた者にしか分からない。
兄の気持ちが兄にしか分からないように、弟の気持ちは弟にしか分からない。
「(大丈夫よ。せっかく得た相棒を壊すの、もったいないでしょ)」
「(あの森から出た今なら、相棒くらいいくらでも選べるだろう)」
「(貴方以外は要らないからこそ、ちょっぴり奪う方法を考えちゃっただけよ。略奪愛は精霊の嗜みよね)」
「(ろくでもないな。精霊の嗜み)」
「(ふふ、あの人ごと手に入れちゃえばいいんだから、大丈夫よ。奪わないわ。……こわい顔ね)」
そう、孤独という渇きにもたらされた温もりの一滴。持たざる者の一灯。
そんなものを人は――
「(人脈作りとハーレムのために、俺の友人達にも紹介しなければいけないな。男女問わず見目麗しく愛情深い人から回るか)」
――人は、
最後のふりがなは、自分がジーンと来る歌詞を当てはめてもらって大丈夫です。「心の雨に傘をくれたのはあなた」とルビふっても問題ないかと思います。正直、ここの構文を作るのが苦しくなってきました。
すれ違う兄弟(NOT悲劇)です。
結構前に書き上がってたんですが、なんか違うな、となってたんでお蔵入り。まあでも勿体ないので蔵から出してきました。
原作の疾走感は行方不明になりそうです。悲しい。でも好きな話の二次創作は書くの楽しい。
個人的には家族を守れない英雄なんてそこそこいる気がします。
これで、クラス分けの3パターンを書き終わりました。兄と妹だけのSクラスは存在しませんので、3パターンです。
のんびり続きを書きたい気持ちもありますが、原作軸の時間から進むとオリジナル化があまりに激しく、しかも書けば書くほど原作の疾走感が薄れるのがどうにもこうにも気になるところです。どうしよう。
.お兄さんは下級生から兄貴もしくは兄上、お兄様と呼びたい不動の第一位だそうです。男女問わず。妹がこじらせるのはやむなしなのでは。
弟くんの顔面筋が動かないのは捨てられる時に不随意筋含め筋肉が固まって動かなくなり死ぬ毒か何かを含まされたからだと思います。頑張ってリハビリしたので英雄級の運動能力を取り戻しましたが、顔面筋のリタイアにより表情は帰ってきませんでした。精霊も弟もさほど気にしていません。心で繋がっているからです(物理)
まったく動かないわけではなく、本来なら無自覚で動くような微細な表情がなくなっているだけなので、コミュニケーションに問題は恐らくさほど生じません。
以上、勝手な設定でした。
※追記
すみません、アンケートに答えていただいている方には恐縮なんですが、アンケート結果が反映されるとは限りません。参考にはさせていただきます。ありがとうございます。
お詫びの現時点での予想話↓
1の続きは、王道のごくごく普通のドラゴンハントです。竜の谷での兄弟+αのキャッキャウフフ話になると思います。一番ほのぼのした話だと思います
2の続きは、弟君がドラゴンハントに行くと聞いて、先回りして一番いい竜を用意しとこうとするお兄さんの空回る努力と、弟君の噛み合わない話になると思います。勘違い要素強めになるはずです。
3の続きは、せっかく同じクラスになったので、弟に可能な限り尽くしてあげたいお兄さんなりのスパルタ教育と、外部からちょっかい掛けてくる人達との話になりそうです。シリアス要素強めにしたいところです。
どの話の続きが気になるか参考までにポチッとお気軽に。全部ドラゴンハントですが、たぶん流れはかなり違うはずです
-
1話の続き。全員でドラゴンハント
-
2話の続き。ドラゴンハントできない兄
-
3話の続き。二人っきりのドラゴンハント