転生したら天災(♂)だったし一夏は一夏ちゃんだしハーレムフルチャンやんけ!!   作:佐遊樹

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投稿予定ぶっちぎりました本当にすみません。申し訳ないです。想定よりはるかに長くなってしまいした。本当にごめんなさい。
では最終話です、どうぞ。


急:天才の末路

 

 

「何、あれ……」

 

 中学校に入ってから知り合った友人が、ステージ上のショーを見て呆然とした声を上げる。

 彼女は、それがなんだかおかしかった。同時に誇らしかった。

 

「凄まじい混雑のしかただな……おい姉さん、はぐれないよう私と手をつなげ」

「なっ、マドカお前なんだそれは! はぐれるとしたらお前の方だろう!」

「余計なことを言うな箒!」

 

 妹と幼馴染が、ぎゃあぎゃあと言い合っている。いつもの光景だった。

 

「あんたの家族、いつも賑やかよね……」

「いいことだろ? オレは二人のああいうとこ、好きだぜ」

 

 人ごみの喧騒の中でも、二人の乙女イヤーはその言葉を鋭敏に察知したらしい。取っ組み合いの手を止めて、二人して耳を赤くし静止してしまった。

 

 次世代科学技術を一般人も専門家も関係なしに公開するエキスポの、最も大きなステージ。

 フランスに本社を置く総合機械メーカーであるデュノア社が日本で発表したそれは、会場中の人々の視線を釘付けにした。

 

『――以上の点から、こちらの試作品の段階でも、既存の宇宙服と比較した場合安全性が12000%向上、機動性も6800%向上し……』

 

 ステージ奥のモニターに表示される数字は、現実そのものを塗り替えてしまうような馬鹿げた数字で。

 何よりそのモニター、もとい()()()()()()()()()()()()()()()()を、発明した本人は何でもない付随物のように一言の紹介で済ませてしまった。

 

 誰もが目を離せない。意識を逸らせない。

 世界の最先端を駆け抜ける男の言葉は、皆のリアクションなどどうでもいいかのように、淡々と続けられている。

 

「あんたのお兄ちゃん……マジですごい人なのね」

 

 自分たち四人――家族三人と級友一名は、彼からもらった招待券でこの場にいた。

 本来は級友でなく長女が来る予定だったが、仕事の都合で来れなくなり、代わりにクラスで仲の良い中国からやって来た活発な少女を誘うことになった。

 

「うん、そうだね」

 

 凰鈴音(ファン・リンイン)の言葉に、織斑一夏は即答した。

 視線の先にはステージ上で発明品――Extended(エクステンデッド) Operation(オペレーション) Seeker(シーカー)、通称『EOS(イオス)』を、開発総合責任者として説明する一人の男がいた。

 

 けれど、誇りには思うけれども。

 織斑一夏は、舞台に立つ篠ノ之束の瞳が――まるで絶望しきったように濁っていることに、気づいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エキスポを終えた休日の後の月曜日。

 一夏は通学鞄を片手に、倦怠感を引きずりながら歩いていた。

 日々のアルバイトは彼女の体力を削る。それは直接疲れさせる以上に、その連鎖が彼女の体力上限を削っているような感覚だった。

 中学校では姉から習っていた剣道を少しやってみたかったが、諸々の事情から踏み出せずにいた。道場を見学し、試合も見た。恐らく自分が一番強いだろうと思った。いや、それはどうだろうか。

 

「一夏、今日は千冬姉さんの帰りが遅い。早めに帰って洗濯物を取り込んでしまおう」

 

 左を歩いていた妹、マドカも剣の腕は自分に負けてはいない。彼女はどちらかといえば剣道ではなく実戦剣術に重きを置いている。

 姉譲りと言うべきか、あでやかな黒髪を肩にかかる程度に伸ばして、縛ることなく下げている。鋭い目つきとさっぱりした立ち振る舞いから、中学校では男子人気が高い。

 

「一夏、確かトイレットペーパー以外にも何かあった気がするのだが、なんだっただろうか」

「ああ……食器用洗剤だな」

 

 右を歩く幼馴染にして同居人の箒とて、剣道では一夏に負けず劣らず、むしろ喧嘩に近い駆け引きを抜けば間違いなく勝っている。

 腰まで伸びた黒髪をポニーテールに束ねて、紺色のセーラー服についた桜の花びらを払っていた。古風な少女ではあるが、時折見せる気遣いや照れたときのいじらしい反応によって、中学校では男子人気が高い。

 

 ――もっとも、自覚のないだけで、通っている中学校で男子からの視線を最も集めているのは一夏だった。

 仲良し三人組の中では二番目の背丈、二番目のスタイルだった。黒髪は短く切り揃えようと心がけているが、多忙のせいで時折前髪にかかる程度にやぼったい。けれど性格が災いした。物おじしない、明るくハキハキとしていて、爛漫な笑みを常に浮かべる少女。

 自覚のなさは、想いを伝えられる回数の少なさもある。誰とでも仲の良い一夏相手に、関係が壊れるのを皆恐れた。

 最終防衛線の妹と幼馴染が恐ろしいというのもあっただろうが――二人が一夏へ向ける視線は密かに噂になっていた。

 

「買い出しは私に任せるといい。一夏は今朝アルバイトだったのだ、家で休んでいろ」

「待て。箒だけで買い出しは不安だ。私もついて行く」

「な、お前私をなんだと思っているんだ!」

「じゃじゃ馬」

「表に出ろ」

 

 妹と幼馴染が、互いに篠ノ之流戦闘術で取っ組み合いを始めた――常人が割って入ろうとすれば瞬時に全身の関節を極められるだろう。一夏は苦笑いを浮かべたが、疲れているのは事実だった。

 

「じゃ、じゃあ、オレは帰るね」

 

 聞こえていなかった。二人の家族は互いの急所を狙いながら間合いを測っている。

 こうなってはクールビューティーもたおやかさもへったくれもない。

 

 嘆息して、通学鞄を握りなおして、一人家路を歩く。

 織斑一夏は一人称がオレであり、学校では『そこがいい』『私と呼ばせてみたい』両派閥による一年戦争が勃発していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただいま、を声をかけても、返ってくる言葉はない。

 一夏は手を洗ってから自室に鞄を放り込む。念のため、他に人がいないか確認した――両親はいても子供と会話しない。姉は仕事に行っていた――高校を卒業してから入った、メーカー企業。アスリート枠で入社した。織斑千冬はそれだけのスペックがあった。

 自慢の家族だった。一夏は自分の家族を誇りに思っていた。

 

 たとえそれが、すでに家庭崩壊しきった、元に戻り様のないものだったとしても。

 

 砕けた水晶は決して復元できない。元あった形を思い出すことができても、それは現実には引き込めない。一夏は嫌というほどにそれを知っていた。

 廊下を歩く。床の軋む音が彼にも伝わっているだろう。

 狭い狭い物置部屋のドアを、ノックした。

 

「束さん、いますか?」

「いるぞ」

 

 返事はきちんと返ってきた。

 ドアを開いて、中に入る。足の踏み場がないほど乱雑に散らかされた部屋。

 落ちっぱなしの紙くずをどけて、座るスペースを確保した。

 一夏は膝を抱えて座る。

 

 視線を上げれば、家族の一人がいた。

 一夏にとっては兄代わりで、今まさに家を支えてくれている人物で、尊敬する人物。

 

 発明家――篠ノ之束。

 名高かった。宇宙開発における先端技術の開発者。先日、その地位は盤石のものとなった。大気圏外活動マルチスーツ『EOS』の発表。

 

 全世界が熱狂をもって、それを受け入れた。

 けれども彼は何も変わっていない。今も、絶望を引きずっている。

 

「……一夏、もうバイトはしなくてもいいんじゃないか」

「うん。そうだね」

「……剣道、やりたいんだろ」

 

 こういうところ――自分は家族をないがしろにするクズですと露悪的にふるまうくせに、時折気遣いを見せる。一夏は微妙な表情を浮かべた。

 

「あはは。でもまあ、もう中学二年で、今更っていうのもさ……」

「……すまない」

 

 束は拳を握った。折に触れて彼は、『遅かった』という。何が遅いのだろうと一夏は心底疑問に思う。彼一人で宇宙開発技術は百年進歩したと言われている。

 なのに間に合わなかったと。

 

「……まだ、これは分かんないの?」

 

 一夏は机に手を伸ばして、置かれていた虹色の鉱物を手に取った。

 名称は時結晶(タイム・クリスタル)だったか。束をもってしても解析不可能なら、自分にとっては綺麗な石に過ぎない。

 

 壁を見た、随分昔に書きなぐられたメモが、色あせながらも残っている。

 もう彼自身の発明によって紙面上に走り書きをするという行為自体が時代遅れになりつつあったが、彼は紙を愛用していた。

 

 ①ISコアの製造

 ②ISアーマーや武装の量子化技術 

 ③PICの開発 

 

 見ただけでは何も分からない言葉だらけだ。

 

「……三分の二までは来た。こんなに時間をかけて、こんなに遅れてるのに、これだけなんだ」

 

 一夏の視線を追った束が、自嘲するようにつぶやく。

 

「7年も遅れている。それなのにまだ、最後の一つはどうしても成功しない……最近はエキスポへの準備のせいで、本命の研究ができていなかった。しばらくは、会社のラボに籠るよ」

「……うん、分かった」

 

 言葉には、何かに追われているような切羽詰まった響きがあった。

 こうなった時、素直に開発の話を聞くのが一番だと一夏は知っていた――束は職人気質で、自分の発明を解説するときは思いつめた様子が少し減退する。

 ②と③を指さす。

 

「正直オレ、下二つができるってだけですごいことだと思うんだけど……」

「PICは『EOS』にそのまま流用した――推力を得るためのコンデンサが稼働時間を縛っている。効率化したら何とか30分は稼働できるようになったが、俺ではそこが限界だ」

「俺ではって……十分すぎません?」

 

 家族ではあるが、それも込みで、一夏は束に敬意を払っていた。だから敬語が入り混じる。

 世界最高峰の頭脳と目されている人間なのだ。そして幼いころから、ずっと見守ってくれていた。

 

「駄目だよいーちゃん」

「む」

 

 いーちゃんと呼ばれ、一夏は頬を膨らませた。

 

「オレ、もう中二ですよ」

「……いーちゃん、だめか?」

「う……だめじゃ、ないですけど」

 

 弱り切ったその瞳に見つめられると、大抵のことは断り切れない。

 お前は押しに弱すぎるのをなんとかしろと、多くの友人から忠告されているのを思い出した。事実だった。そして、変えようのない気質でもあった。

 

「家族、なんだ……まあ俺みたいなクズが家族じゃ、うれしくないだろうけど」

「そんなことない!」

 

 一夏は立ち上がった。束が驚いてこちらを見る。

 一夏は束の隈も、伸びっぱなしの髪も、白い肌も、好きだった。本人が一番、それらを嫌っていた。

 

「いやでも、ほら……な?」

「父さんと母さんだって、喜んでるよ……テレビで録画してたんだよ、昨日のエキスポ」

 

 驚愕に、束の瞳が見開かれる。

 かつて職をあっせんした、してしまった時から、両親と会話はできていない。食卓にも行っていない。部屋か、デュノア社のラボに閉じこもる日々。コミュニケーションを取る相手は決まって、一夏か、遅くに帰宅した後の千冬だった。箒とマドカには何故か敵視されていた。

 

「だから大丈夫だよ束さん、怖がらなくていいから」

「……うん、そっか。ああ、そっか……」

 

 涙を浮かべ、束は床に膝をついた。一夏の低い身長でも胸元に頭があった。ぎゅっと抱きしめる。

 一夏は『この人はオレがついてないと』と前から思っていた――そのことを食卓で漏らした時、両親は半眼で天井を睨んだ。千冬はお茶を噴きだした後、寄りにも寄ってそこが遺伝するのかと低い声でつぶやいた。箒とマドカは箸をへし折って、思えばその時以来束を敵視している。

 

 部屋に沈黙が訪れた。一夏は自らを省みた――女子中学生が成人男性を抱きしめている。恐らくこの光景がばれたら、束の地位は終わる。

 

「ほ、ほら! じゃあPICって説明してよ!」

 

 がばっと束を引きはがす。

 少し名残惜しそうな表情を浮かべる成人男性に、もう一度抱きしめてあげたい欲求がわいて出るのを必死にこらえた。

 

「うん、分かったよ。……ええと、いーちゃんは慣性って分かる?」

「分かんない!」

「説明やめます」

 

 束は視線を下げて、顔に影を落とした。妹の馬鹿さに完全に絶望していた。

 慌てて一夏は両手を突き出す。

 

「た、たんま! オレだって言葉は聞いたことあるし、イメージはある! でも説明しろって言われると難しいんだ!」

「んーじゃああれだな、静止する物体は力のつり合いが取れている状態だ、っていうのはピンと来る?」

「そりゃ、まあ。じゃないとどこかに動いちゃうでしょ」

「そうだよな。PICの基本的な原理はそれだ」

 

 束はモニターを表示した。

 ウィンドウ上ではISを身にまとった人間が一人描かれ、真上から矢印に刺されている。

 

「この矢印は何だと思う?」

「……重力、とか」

「正解だ」

 

 手が伸びてきて、髪をかき回された。くすぐったくも心地よく、一夏は目を細める。

 

「重力がある限り空を飛ぶことはできない。そこでPICは電力を消費して、搭乗者の周囲に力場を作っている――かつての俺は推力を生み出すことに囚われていた。推力でなくていいんだ。押し上げるのではなく引き上げるイメージで、PICが指定する座標の空間に局所的なブラックホールもどきを発生させて、引力を発生させる。標準数値としてそれを地球の引力に設定しておけば物体は静止する。その上で行きたい方向に同じ現象を起こせば、静止した物体は慣性のみで動くことが可能だ。止まる時も、進行方向と逆に同じ現象を発生させる。細やかなカーブには熟練した技術が必要だけど、そのあたりは人間の感覚を機械が数式化するようプログラムしているから割と感覚的に動かせる。とはいえこれでも、『EOS』の慣熟訓練には平均して一か月かかってしまった……本当はもっと手早くできるようなもののはずなんだが、やはり本家とは違う理屈で組み上げてしまったんだろうな……」

 

 一夏は――途中で理解するのをやめていた。

 あどけない顔がぼけーっとしている。話が終わったのを確認して、緩やかに笑みを浮かべた。

 

「やっぱり束さんはすごいな!」

「……聞いてなかっただろ」

 

 半眼で睨まれ、一夏は即座に顔をそむけた。

 

「で、まあいい。次の量子化技術は、まあ正直実現できていない」

「あれ? でも横線引いてるじゃん」

「理論上は可能なんだ――①の、コア製造に付随する形で完成する」

 

 束はそこで、一夏がずっと手で弄んでいた時結晶を見た。

 

「問題はそいつなんだよね。実験を繰り返して分かったのは、そいつは刺激を与えるとランダムに異空間とアクセスする」

「は?」

 

 科学の話が突然スパロボの話になった。

 一夏は目を丸くする。

 

「本当だ。ここではない世界のどこかへアクセスできる――エネルギーの嵐が荒れ狂う世界だ。次元の裏側と便宜上呼んでいる。今俺たちが生きる世界は、様々なエネルギーが形を取っている世界だ。俺もいーちゃんも、もとをただしていけばエネルギーの塊だ。それがある時は流動体に、ある時は固形物になりながら、世界を回している。だが時結晶のアクセスする世界はそれが形を取っていない」

「…………ジオストームみたいな感じ?」

「見ていい頭の悪い映画はシャークネードだけだと言っただろ」

 

 例えが抜群に最悪で、思わず束は嘆息する。

 

「だが、時結晶を介するアクセスはあまりに不安定なんだ。現状、時結晶の質の良し悪しすらも、俺たちには判別できない」

「そっか……」

 

 一夏は説明を終え、隣に座る束の肩に頭を乗せた。よくやる姿勢だった。姉妹揃って、人の肩を枕にするのが好きだなと束は思う。

 

「……いつか、できるようになるよ」

「……そう、だな」

 

 いつか。その言葉に束が表情をしかめた。

 けれど一夏は、それをを見なかったふりをした。大好きな家族の温もりがあれば、彼女にとっては、それだけで十分だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 デュノア社日本支社。気鋭の発明家専用に設けられたラボに、一人の男がやって来た。

 デュノア社現CEOにして、最新型大気圏外活動用マルチスーツ『EOS』により一躍企業規模を拡大した傑物、アルベール・デュノア。

 すらりとした長身と上品なスリーピーススーツ、流暢な日本語。しかし雰囲気は鋭利で、重ねただけで身震いしてしまうほど冷たい視線。近寄りがたい男である。辣腕も相まって、尊敬というより、畏怖される存在だった。

 

 日本支社まで足を延ばした彼は、篠ノ之束専用となっているラボに入り、仮眠用ベッドに腰かけている。

 作業机には一つの時結晶と、それに対してあらゆる刺激を与えるための機材、機材から伸びるマニュピレータがあった。束は数値を打ち込んでは反応を仔細観察し、事細かに分析していく。

 

 アルベールは部屋に入ってからずっと押し黙っていた。束は彼のことが嫌いではなかった。必要なものは惜しみなくくれる。あっせんの件を断ってしまったというのに、気にするなと流してくれた。

 時代の傑物が二人いる部屋で、片割れにしてまさに今世界の経済を牛耳ろうとしている男は、今――

 

 

「…………娘が……反抗期なんだ……」

 

 

 空気汚染機と化して、濁ったため息を吐き出し続けていた。

 束は眼球保護用のシールドマスクを外して振り返った。表情は苦いものだった。

 

「……前話してた娘さん、ですよね」

「シャルロット……おお、私のシャルロットが……洗濯物は別にしてくれと……ッッ!!」

 

 不本意ながらも、束は彼女を知っている――ライトノベルの登場人物として。

 ISがなければこうも変わるのかと呆れてしまう。親ばかと反抗期の娘。両手で顔を覆って天を仰ぐアルベールの姿は、滑稽であり、しかし束にとっては微笑ましい光景だった。

 

「まあまあ、いいじゃないですか、もう少ししたらきっと親心を分かってくれますよ」

 

 そもそもテメェ家庭崩壊してる人間の前でよくもまあそんなことが言えるな、とは口に出さない。

 

「――もう少ししたら?」

「ええ。きっとうまくいきますよ」

「――もう少ししたら、まさか……こ、恋人とか連れてくるのか……!?」

「話聞いてなかったのか?」

 

 顔面を劇画調にして、アルベールがベッドから床に崩れ落ちる。

 束は冷めた目でそれを見ていた――が、不意に閃く。

 

「……え? あれ? 中学生ぐらいですよね娘さん。それでもう少ししたら恋人……?」

 

 いる。身の回りに中学生ぐらいの娘が三人もいる。

 

「――――アルベールさん。娘さんが恋人を連れてきたら、どうします? 今のうちに考えておきません?」

「……そうだな。君も家族に、シャルロットと同い年の少女が三人もいたな」

 

 二人の男は立ち上がって、視線を交わした。

 優しい笑みを浮かべて、仮想の、自分の家族に引っ付いてきたおぞましい虫ケラを想定した。

 

『むごたらしく殺す』

 

 意見は一致した。二人は満面の笑みで互いの手を握る。

 

「デュノア社が全面的に協力する」

「死体を完全に融解させる発明しておきますね」

 

 世界よ、これが時代をけん引する逸材二名である。

 

「……こんな奴らが変革を起こそうとしている世界なんて、滅びればいい」

 

 声が聞こえた――顔をむければ、ラボの入り口に死んだ目の織斑千冬が立っていた。

 

「あれ、ちーちゃん? 珍しいね」

「今日は午前で練習が切り上げだったんだ――根を詰めているだろうから差し入れでもと思ったが、一体全体何の話をしている……」

 

 背中に下げた黒髪を乱暴に揺らして、千冬がラボの中に入って来る。

 そして千冬の背を追うようにして、一夏も歩いてきた。視線はまっすぐ束に向けられている。

 

「いーちゃんも来てたのか。安心してくれ、いーちゃんに彼氏ができたらちゃんと挨拶するよ。無事に帰すかは考えてないけど」

「――――絶対ないから」

 

 断固とした口調だった。

 

「彼氏を、束さんに会わせるとか、あり得ないから」

「…………」

「束――束? おいッ!? こいつ呼吸が止まってるぞ!?」

 

 千冬が素早く頬を張った。立ったまま絶命しかけていた束は、ハッと意識を取り戻す。

 

「や、やべ、ほぼ逝きかけた……うん……まあそうだよな、家族つってもこんなクズに彼氏会わせても恥ずかしいだけだもんな……ふふ……」

「しっかりしたまえ! 傷は深いぞ!」

「アルベール社長、煽らないでいただけますか!?」

「……そういう意味じゃないんだけど、な」

 

 一夏の拗ねたようなつぶやきは、束の蘇生作業の喧騒に呑まれて消えた。

 

 

 

 

 

 閑話休題。

 

 

 

 

 

 千冬は差し入れにシュークリームを持ってきていた。

 六個あったそれを、束は糖分補給という名目で速やかに三つ食べた。食い意地の張った年上の男性を一夏が冷めた目で見る。先ほどの発言が想起され、束は心停止を起こしかけた。千冬が足を思い切り踏んでこなければ再び三途の川を見ていただろう。

 シュークリームの箱を、千冬はおずおずとアルベールにも差し出した。話したことはあまりないが、現状、篠ノ之家がやっていけているのは彼が束を見出したからだ。つまり、恩人と言えた。

 アルベールは礼を言ってからシュークリームを手に取った。

 一口かじり、頷く。

 

「妻の作った方が美味い」

「お前もう食べんな」

 

 束は最近、彼に敬語を使わなくなりつつあった――人に対して敬語を使わないことを彼は意識し始めていた。

 かつての情念がよみがえっているのだ。彼女のようにありたい。彼女のようでなければならない。強迫観念は薄れようとも、決して死滅したりはしなかった。

 

「あ、そうだ。束さん、これ忘れてたよ」

 

 一夏がポケットから、素手で掴み取って差し出した――時結晶。

 アルベールは冷や汗を流す束をねめつけた。

 

「……一応これは、貴重なものなんだが」

「……俺にとっては一夏の方が大切なんで……」

 

 言い訳のダシにされているとは分かったが、一夏は耳が赤くなるのを自覚した。

 束は完全に彼女の好意を知っていた――家族愛だとすれ違っていた。瞳から算出できる感情はあくまで数値のようなもので、解釈は束自身にゆだねられている。

 

「にしても時結晶が二つ揃うなんて、壮観だな」

 

 作業机に置いていた時結晶も手に取って、束は両手にそれぞれ時結晶を持つ。

 あと一つあったらお手玉ができるなと言いたくなったが、これ以上アルベールからの信頼を失いたくなかったのでやめた。

 

 その時。

 

 束はふと気まぐれを起こした。

 

 手慰みに近かった。

 

 左右の手に持つ時結晶。

 

 それらを互いに、軽くこつんとぶつけた――

 

 

 

 スパーク。閃光。咄嗟に取りこぼして、目を庇う。

 

 

 

 視界が潰されたのは一瞬だった。全員目を庇った手を下ろして、束を見た。

 

「…………はははははははは」

 

 彼は笑っていた――地面に落ちた二つの鉱物を拾い上げた。

 

「はは、はっはっはっはっは! アハハハハハッ! そうかそうかそういうことかよ! ああ、畜生なんで気づかなかった!」

 

 彼は天災ではなかった――だが、天才だった。

 眼前で起きた現象を理解して、分析することが可能だった。

 生来のスペックはその現象の理屈を暴き、解き明かし、再構成し、結論をはじき出す。作業机に飛びついた。二つの時結晶を並べ、固定する。その様子を全員、固唾をのんで見守っていた。

 既に無数の数式と図が束の脳内を縦横無尽に駆け回っている。それらを一度に把握し、順序だてる必要もなしに理解する。

 天才の頭脳は――未知の現象を自ら引き起こすことはできない。()()()()()()()()()()()()

 

「そうか、双方向! ああそうか……一方的に引き出そうとするから駄目だったんだ。未知の世界に目がくらんでいた。アクセスするんじゃない、アクセスさせるんだ。つり合いを取れるようになんて言ってた俺が、それをないがしろにしていた!」

 

 興奮から思考がそのまま唇を突き破って飛び出す。

 時結晶が輝きを放つ。束は素早く、作業机を特殊な力場として再設定し、太いケーブルを引っ張り出した。大気中のエネルギーを吸収、ラボの隅に置かれた『EOS』へ接続する。そのケーブルを何本も同様に並べた。

 様子を見ていたアルベールの呼吸が乱れる。千冬も冷静ではいられなかった。

 ただ一人。

 一夏だけが――安心しきった表情で、はしゃぐ束の背中を見つめていた。

 

「いま……世界が、変わろうとしている、のか」

 

 アルベールは呻いた。

 

「束、ついに、お前は」

 

 千冬はつぶやいた。

 

「束さん……」

 

 一夏は両手で胸元を握った。

 

 

 誰もが知っている。篠ノ之束は天才である。

 それは卓越したスペック、生まれつきのものが大きな要因としてある。

 

 ここで、論理を逆転させてみよう。

 一人の天才が()()()()()()()()()()として足りうるには、何が必要か。

 

 頭脳(ハードウェア)は、足りていた。

 発想力(ソフトウェア)は、足りていなかった。

 

 天才(かれ)は、天災(かのじょ)ではなかった。

 

 しかし――しかし!

 ここにもう一つ、天才が天災でなくとも、篠ノ之束たり得る理由が一つあった。

 

 

 彼は、()()()()()()()()()

 

 

 発想力によって導き出される終わりの形を、あらかじめ知っているという反則技。

 それが天災の思考回路を有さずとも、不可能を可能にする。

 

「来た、来た、来た――――!!」

 

 束が天を抱きしめるように、両手を広げた。

 同時にエネルギーの奔流が『EOS』へと流れ込む。人間の身体を保護するEOSアーマーの隙間から、過剰エネルギーが稲妻となって迸り壁や床を焼く。思わず全員が一歩下がり、対照的に束は一歩踏み出した。

 

「これ、がッ」

 

 アルベール・デュノアも、織斑千冬も、織斑一夏も、()()を知っていた。

 

「ああそうだ、そうだ! これが、これこそが!」

 

 篠ノ之束は至上の幸福に全身を震わせた。

 

君の名は(ユア・ネーム・イズ)――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――インフィニット・ストラトス!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 直後、過剰エネルギーの雷が束の全身を焼いた。

 

「は?」

 

 千冬が絶句し、アルベールが咄嗟に作業机からケーブルを切り離す。

 発光していた『EOS』から光が失われ、部屋が元に戻る。

 

 全身からぷすぷすと煙を上げる束が振り向く――髪がアフロになっていた。

 

「束さん……」

 

 一夏は祈るようにしていた両手を解いて、世紀の瞬間に世紀の珍プレーをかました成人男性を見つめた。ゴミを見る目だった。

 

「……い、いや、ほら、俺ってこいつのママみたいなもんだし、避けてくれるかなって……あと世界が俺を中心に回っているなら、なんかいい感じに演出で避けてくれるかなって……」

「分かってはいたが……君は……馬鹿だ」

 

 アルベールが眉間に指をあてながら、苦い声を出した。

 実験は成功したのだが、まったくもって締まらない。アフロを千冬が物珍しそうにわしゃわしゃしているのを無視して、束は実験机に置いた時結晶二つを見た。

 

「いや、これはまったく盲点だった。いーちゃん、君は幸運の女神だな」

「え、えへへ? そうかな?」

 

 悪い気はせず、一夏は短髪をてしてしと叩く。

 千冬は面白くなさそうにアフロを引っ張りだした。

 

「実験としてレポートをまとめてくれ。いや、防護壁を造ってからもう一度エネルギーを流すべきだろう……私も付き添っていいか?」

「勿論です。社長がいてくださったから、ここまで来れましたから」

 

 男二人は力強い視線を交わした――世界に変革を巻き起こせるという確信があった。

 コアを製造した以上、もはや問題点は全てクリアされた。一つのコアにつき二つの時結晶。なるほど、これは大量生産は難しい。だが希望はある。

 

「安定供給ができれば、向こう側とのパスが安定するということ。それを元に……時結晶に寄らないアクセスも考案できるかと」

「……来た。私はずっと、この瞬間を待っていたぞ。あの時君に声をかけたのは、間違いではなかった……!!」

 

 アルベールが鼻息荒く束の肩を掴んだ。

 

「これならきっと……シャルロットも私を見直してくれるに違いない……!」

「もっと他にあんだろ」

 

 最悪な発言――束はげんなりと声を上げた。

 

「うお、髪が元に戻ったぞ」

 

 まるで意に介さずアフロをずっと触っていた千冬が声を上げる。

 世紀の大発明の瞬間に居合わせた人々は、ありえないぐらいマイペースだった。

 

「あはは……じゃあ、オレはそろそろ帰るね。千冬姉は?」

「ん、少し、残ろうかと思う」

「そっか」

 

 一夏は荷物を手に持った。

 

「裏口を使いたまえ。君なら顔を見せればパスできるはずだ。家の近くまでSPが護衛する」

「ど、どうも」

 

 当然の配慮だが、一市民である一夏にとっては慣れない。何度もラボを訪れるたびに護衛され、なんだか自分が高等な人種だと言い含められているようで、気後れした。

 一夏がラボを立ち去る。

 アルベールはせわしなくラボを歩き回っている。

 

 束と千冬は、ベッドに腰かけた。

 

「……やったな」

「……うん。ありがとう、ちーちゃん」

「私は何も」

「いてくれただろ――不幸を、分かち合ってくれた」

 

 千冬は隣に座る男の顔を見た。

 いつか見た、そして、気づけばまったく見なくなっていた――自信に満ちた笑み。

 

「だから、これからは幸福を分かち合っていこう」

「……束」

「ありがとう、ちーちゃん」

 

 自然と、ベッドの上で千冬と束の手が重ねられた。

 恥ずかしがっているのか、束は伸びた前髪をもう片方の手で弄り始める。

 

 唐突に、千冬の胸の中で、感情が爆発しそうになった。

 抱きしめたい。口づけしたい。ずっと応援していた男が、ついに夢を叶えてみせた。

 それは――千冬にとっても至上の幸福だった。彼の喜びは彼女の喜びでもあった。既に千冬は自身の感情を理解していた。意図して隠していた。束相手にも隠し通せるのは、彼女がデザインされた究極の人類だったからだ。感情の殺し方を分かっていた。

 好意は時として重荷になる。そう思って、今まで、親身な家族として接していた。

 

(…………もう、いいよ、な?)

 

 でももうだめだ抑えきれない。目の前にいる彼が愛しくて仕方がない。自分を救ってくれた恩人。どんな逆境でも夢に伸ばす手だけは絶対に下ろさなかった、狂人――狂っていると誰が言おうとも、そこが、千冬には眩しく見えた。

 

「……なあ、束」

「うん? ――――ッ」

 

 意図して、千冬は自身の感情をさらけ出した。

 視線が重なった瞬間に束は身体を固くした。感情が読める。読めている。

 耳まで真っ赤になっていく。言葉に寄らない、ある種の告白。けれど千冬は、その上できちんと、言葉にしようと思った。

 顔をずいと寄せる。束は身体ごと引き下がろうとしたが、重ねた手を杭のようにして逃がさない。

 互いの吐息が感じられるような距離になった。間近に見える瞳には、頬を上気させた自身の貌が映っている。息を吸った。

 

 視界の隅でこっちをめっちゃチラチラ見ながら挙動不審になっているアルベールは無視した。

 

「束」

「あ、ぅ、ちーちゃん? その、俺……」

「束、聞いてくれ」

 

 覚悟を決めた。

 

「私は……」

「……ッ」

「わた、し、は――――」

 

 決定的な瞬間だった。

 分岐点だった。

 

「失礼しますッッ!!」

 

 刹那。闖入者。空気ががらりと変わる。重なっていた手が、外れた。

 血相を変えた様子の研究員が、ラボに飛び込んできた。

 どうした、と一同の視線を受けて、その研究員は焦りに空回る甲高い声を上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

急:天才の末路 

 

 

「おっ、織斑一夏さんが誘拐されたと――――!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 運命というものは、既定のレールである。

 一人一人に運命がある。

 そして、それを進む速度は決められていない。

 だから。

 

 篠ノ之束にとっての運命が遅れても――織斑一夏にとっての運命が速度を合わせてくれることなんて、ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――SPは何をやっていたァァッ!」

 

 最初に反応したのは、最も人生経験を積んでいた男。

 アルベールの怒号が響き渡る。研究員は身を縮こまらせた。

 

「そそそれが、裏をかかれたと――」

「――計画犯行かッ。おのれぇっ、複数のルートをランダムに取っていたのではないのかッ!」

「恐らく、一つのルートに絞って、それを取る時を待っていたのかとっ」

 

 アルベールがいら立ちに地団太を踏む。

 

「追跡は!」

「GPSが外されています、目視追跡中ですが、今にも振り切られそうだと」

 

 千冬は絶句していた。手が震えている。

 そっと、隣を見た。

 

 口をぽかんと開けたままの、篠ノ之束。

 ゆっくりと彼の口が、つり上がる。

 

「……あ、は」

 

 先ほどの哄笑とは真反対の。

 千冬にとっては見慣れた、見慣れてしまった。

 何もかもを諦めたような、笑みだった。

 

「はははは……そっか。ああ、俺のせい、だよね」

「ち、違う!」

 

 千冬は声を荒げたが、同時に否定する声は震えた。

 違う――わけがない。このタイミング。デュノア社の裏口から出てきた、護衛を引き連れた少女をさらう。デュノア社といえば、もう、『EOS』だ。

 

「束君。落ち着いてくれ。君のせいじゃない。君の大切な家族は我々がすぐに連れ戻す」

「ああ、無理ですよ」

 

 呆気なく言われた。アルベールは目を見開いた。

 

「多分そう決まってるんだ。なんだ、ああ、また俺間に合わなかった――違う。ずっと間に合ってなかった。一度も、きちんとやり遂げられたことなんてなかったのか。あはは、はははははははっ」

 

 笑いながら立ち上がった。束は作業机に置いた時結晶を手に持った。

 外装のみ完成していた、机の隅に置かれたコアに、それを入れ込む。

 

「――待て。動くな。それ以上動くんじゃない」

「たば、ね?」

 

 顔見知り二人が彼の名を呼んだ。遠く聞こえた。

 何もかもがどうでもよかった。必死にたどり着いた最後の結末は、あまりにも遅すぎた。運命は彼を待ってくれなかった。知らずの内に、涙がこぼれそうになる。あんまりだ。死力を尽くして、血反吐を吐いて、人生を捧げた――結果、遅れが手痛いしっぺ返しになった。

 すっかり泣き虫になっちゃったな、と、束は他人事のように、自分の頬を伝う涙を感じた。

 

「待て、待つんだ――」

 

 静止しようと駆け寄るアルベールはもう間に合わない。

 

 束が実験用『EOS』の、空洞だったコア部分に、ISコアを埋め込み、同時に自身も乗り込んだ。

 本来なら彼女なんだろうな、と千冬を見た。でも駄目だ。彼女は家庭のため、『IS』はおろか『EOS』の搭乗もしたことがない。

 この場にいる、否、全世界の中で最も『EOS』の操作に慣熟していたのは、束だった。

 

「起動しろ」

 

 創造主の命令を受けて、鋼鉄の鎧が熱を持つ。放出される過剰エネルギーの稲妻に、アルベールは近づくことを許されない。

 

「束、待て、待ってくれ! そんなことをしてはいけない――!」

「ごめんよ、ちーちゃん。俺のせいなんだ。だから俺が、ちゃんとやらなきゃいけないんだ」

 

 PIC起動。完全な静止状態になる。

 コアから、二つの時結晶が作用して開かれた異空間への経路から、膨大なエネルギーが流れ込む。

 視界が拡張された――束は四肢の動きを素早く確認した。

 

 エネルギーを流し込んだスラスターが、炎を噴き出した。

 爆発的な推進力と、搭乗者を守るバリヤーを威力に代えて、束はラボの壁を突き破って空へと躍り出た。轟音に誰もが動きを止め、見上げた。空に浮かぶ一点の黒。試作型『EOS』は全身黒かった。まだ『白騎士』ではないから、カラーを選択した。運命を果たせなかった自分には、真逆の色がふさわしかったのかなと、今になって束は思う。

 

『EOS』のコンピュータからデュノア社へアクセスした。半ばハッキングに近い。織斑一夏を奪還するためにひっきりなしに行き交う通信を把握し、マッピングして空間投影ウィンドウに浮かべる。

 暗い焔が瞳に灯った。

 

 加速する身体が空を裂く音。

 人生を懸けた夢が潰れる音。

 積み上げてきた物を砕く音。

 

 束は涙を流しながら、大空へと羽ばたく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――織斑一夏は無傷で生還した。車に連れ込まれた際に多少の擦り傷を負っていたが、それ以上の負傷はなかった。誘拐犯らのアジトまで着いていれば、どんな目に遭っていたかは想像に難くない。そうはならなかった。悲劇は未然に防がれた。

 

「……だから、良かったんだ……」

 

 冷たい独房の中で、束は独り言ちる。

 

 開発した『インフィニット・ストラトス』の、その危険性を自ら証明した。

 誘拐犯の車を腕力で無理矢理停め、誘拐犯を全員引きずり出して叩きのめした。殺しはしなかった。

 

 確かにそれは、英雄の美談となり得る。

 だがそれ以上に、発揮された開発品の危険性――否。正確な言い方。()()()()()()()()()に、誰もが閉口した。

 デュノア社は極秘開発していたその兵器に関して、非難を受けている。束は自らを取り調べる男性から、ニヤついた笑みと共に、フラッシュを焚かれながらアルベールが頭を下げる映像を見せられた。

 

 歯を食いしばった。悲しいというよりも、怒りが勝った。

 今度こそ――今度こそ届いた。天災の領域に片手が届いた。でもだめだった。天災のようにはならなかった、できなかった。全部失った。

 

 危険なマッドサイエンティスト。それは両者共通だった。けれど天災は、その上で自由に立ち回ったし、家族を離散こそさせたがおおよそ狙い通りの展開を引き起こした。世界を掌の上で弄んで見せた。

 自分は、どうだ。世界の掌の上で弄ばれ、無力を思い知らされ、絶望している。

 

「……篠ノ之束。面会だ」

「……面会禁止じゃなかったのか」

「お前が寝ている間にも、世界は動いているんだよ」

 

 普段自分を嘲っている――その嘲りが恐怖の裏返しであることに束は気づいていたから、とやかくは言わなかった――男が、珍しく疲れた声で束を呼んだ。

 薄いベッドから身体を起し、隣の男に付き添われながら廊下を歩く。ここがどこだか、よく分かっていない。ひとまず日本の警察組織に身柄を拘束されて、それから何度か移動を繰り返していた。日本にいることだけは確かだった。

 

 面会室に入った。呻いた。強化ガラス越しに、見知った少女が座っていた。

 

「……いーちゃん」

「……束さん」

 

 織斑一夏の顔に覇気はなかった。

 互いにそうだった。椅子に座ると、男が後ろに立った。

 

「……束さん、元気?」

「……あんまり」

「そりゃ、そっか」

 

 束は注視した――顔色は悪い。着ている制服からして、学校帰りだろうか。

 そもそも自分が拘束されてどれほどだろうか。

 

「あのね、オレは、束さんを説得しろって、知らない人に言われて」

「知らない人……国連か?」

「多分……そうだと思う」

「それで、学校帰りにわざわざ」

「あ…………」

 

 ()()。束は察した。学校帰りではない。ならば正装の代わりとしての制服? 否、頭脳が回転する――

 

「――俺が、拘束されてから、何か月だっけ?」

「もう、半年だよ」

 

 そんなに経っていたのか――待て。天才の思考が加速する。

 半年? その間何があった?

 

 ()()()()()()

 

「ご、ごめんね。これ以外、服がなくなってて、ぼろぼろになっちゃうし、よく……」

 

 やめろ。

 なんだ、それは。

 

 服がない――半年間、篠ノ之家には、かつて束が稼いでいた金が入っていない。

 ぼろぼろに――束は世紀のマッドサイエンティスト。その家族。学校。犯罪者の家族。

 

 すべてがつながり、束は放心した。

 今度こそ、もう、だめだった。

 

 

 

 自分の心が折れる音が聞こえた。

 

 

 

「……せっとく、って?」

 

 魂の抜けたような声。

 一夏は首を傾げつつも、言葉を続ける。

 

「あのね、ISの技術――ああ、インフィニット・ストラトスだから、略称はISなんだけど。その技術をどうするかって」

 

 現状コアを造れるのは束だけだ。確かに原材料は判明したが、その出力を安定させる数式は束の脳内にのみ存在する。

 

 天災を諦められない頃だったら。

 それは一筋の光明に見えただろう。

 逆転の目に見えただろう。

 

 けれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

急:天才の末路

 

 

「どうでもいい」

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

急:天■の■路

 

 

「もう、どうでもいいや」

「……束さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■:■■の■■

 

 

「俺は天災なんかじゃなかった。俺はどうしようもないクズだ。でも、いーちゃんを守ることだけはできた。それでいいんだ。だからもう、何もいらない」

「……分かった」

 

 

 

 

 

 篠ノ之束は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――ISの技術を全て、捨てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

epi:転生したら天災(♂)だったし一夏は一夏ちゃんだしハーレムフルチャンやんけ!!

 

 

 月面で、人々は固唾をのんでその瞬間を待っていた。

 地球で、人類は呼吸すら忘れてその瞬間を待っていた。

 グリニッジ天文台を基準とする世界標準時が、一秒を刻む。

 

 西暦の年度が移り変わる刹那が、ボーダーライン。

 そこで、()()()()()

 

「――長い時を過ごしてきた」

 

 ここは月面。酸素のない、生物の存在しない空間。

 の、はずだった。

 

 設置されたパーティー会場に屋上はなく、見上げれば青い地球を視認できる。

 誰もが、まるで地球上を歩いているような感覚で、重力も空気も関係なしに、その場に私服姿で佇んでいた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「人類は地球の上で、繁栄を得た――そして、次のステップの前に、長い時が流れた」

 

 パーティー会場の前方、豪奢な演説台に立つ壮年の男が、粛々と告げる。

 それは祝福の言葉だった。

 それは歓喜の台詞だった。

 

「今我々は、時代を創ることを約束しよう。繁栄を、長きにわたる平和を約束しよう。この場にいる人々――月と地球、全ての場所に生きる人々で、新たな時代を創ることを、約束しよう」

 

 男はそこで、腕時計を見た。

 娘から誕生日に送られた、小さくチャチな時計。何物にも勝る価値があった。これを巻いて、革新の時の中心にいることは、彼にとっての誇りだった。

 

 一秒、刻まれた。皆が息をのんだ。

 あと――五秒。男は意を決した。

 

「宣言しよう――宇宙歴(Universal Century)の始まりを!」

 

 言葉が終わると同時――アラーム。鐘の音だった。時代を告げる音色だった。

 月と地球。そこにいる全人類が、ワッと声を上げた。

 喜びの時。祝福の時。皆が手をつないで、揃って一歩、新時代へと踏み出した。

 

 教科書に未来永劫載せられるであろう偉業が、そこに刻まれる。

 

「では……皆さんご歓談の前に。この時代を切り開いた青年に、語っていただきましょう」

 

 誰もがそれを期待していた。

 壇上の男は、パーティー会場の一角で壁に背を預けていた青年を見た。

 ドレスを着飾った女性たちに囲まれる彼。無二の親友と思っていた。相棒だった。志を共にした戦友だった。今や、彼の理想は世界を塗り替えてみせた。

 

 

 

 

 

 ――――そうして視線を向けられた俺、篠ノ之束は、全身から冷や汗が止まらなかった。

 

 

 

 

 

「ふふ……呼ばれているぞ、束」

 

 隣で俺の左腕に自分の右腕を絡みつかせていたちーちゃんが、耳に息を吹き込むような距離で囁く。

 ちーちゃん、織斑千冬。

 

 否である。

 今の彼女は篠ノ之千冬。

 

 もうそのままズバリ、俺の奥さんだった。

 

 愛する妻の言葉であっても、俺の脳がいまいち動き出さない。

 完全にバグっていた。

 

「待って、くれ。実はまだ整理が追いついていない。いや、時間をくれ――何がどうしてこうなっている? もうおれ何もわかんない」

「もう束さん、しっかりしてよ」

 

 俺の右腕に自分の左腕を絡みつかせていたいーちゃんが、俺の顔を下から覗き込む。胸元に切り込みの入ったドレスでそんな姿勢をするんじゃない!

 いーちゃんは俺とちーちゃんの住む家に転がり込んでいる。本気で俺を狙っているらしい。よく二人でけんかしている。大乱闘織斑シスターズである。

 

 というか学校でいじめられたりしてなかった。貧乏ではあったが、父さんと母さんが奮起した――父さんがアルベール社長に土下座して、雇ってくれと額を床にこすり付けた。スキャンダルの最中の企業ではあったが、社長は俺への義理と、父さんの目に、入社を受け入れた。テストをパスして父さんは勤め人となり、俺のいない間ずっと篠ノ之家を支えた。

 学校では俺というナイトがいーちゃんという姫を助けた話として、よく揶揄われていたらしい。面会室で元気がなかったのがそれのせいだと知った時、俺は崩れ落ちた。独り相撲だった。

 

「ほう。やはり世紀の大天才は女を侍らせて大層なご身分だな」

「本当にな。一夏を侍らせる兄さんは嫌いだ……」

「大体一夏、ちょっとくっつき過ぎなのよあんた!」

「まあまあ鈴さん、落ち着きましょう。束博士をなき者にすれば済む話ですわ」

「ちょ、ちょっとやめてよセシリア。お父さんが悲しむから、男として再起不能ぐらいでいいでしょ?」

「シャルロット……お前が一番えぐいことを言っているぞ……」

 

 眼前にはマドカと、箒と――セシリア・オルコットと凰鈴音とシャルロット・デュノアとラウラ・ボーデヴィッヒが、そろいもそろって俺を殺気全開の目で睨んでいた。

 

 頭が痛い。もう何も分からん。

 

 ええとだな。

 俺が捨てたISの技術は――捨てた、うん、捨てた。

 要は全世界に全容を公開した――それだけだ。

 

 俺は世界の英雄になった。はああああああああ!?

 

 意味わっかんねーんだけどぉ! 結局コア俺が造りまくったし学園作って宇宙開発用のエリート人材育成に注力したよ! そりゃあ! でも贖罪っていうかやけっぱちっていうかさあ……何だよこれェ!?

 

 一期生として一夏、マドカ、箒が入学して……そしてどうなったと思う? ん? これ俺もマジでありえねえと思うんだけどさ。

 

 なんかハイスピード学園ラブコメ『IS 〈インフィニット・ストラトス〉』が始まりやがった。 

 

 運命は俺を待ってはくれなかった。

 けれど、確かに運命は存在する。

 だからこそ、最終的には俺の知る道筋へと収束していく――いやいやいやいやいや!? もうビビり倒しましたけどぉ!?

 

 一夏はそこで同級生ら相手にフラグを立てまくって、まあ、結果として……原作ヒロインズから常に命を狙われています。

 みんな俺のことを好き勝手罵っている。ネクラ、元引きこもり、テンション上がると声がでかい、云々。

 特に箒ちゃんはひどい。俺のことを未成年に手を出したゴミと蔑んでいる。

 ……あれ!? 全部、自業自得だな!?

 

「……篠ノ之束博士、壇上へどうぞ」

 

 アルベール社長が引きつった顔で俺を催促する。

 でもきっと、俺の方が顔面引きつってるよ。

 

「――――なあ、ちーちゃん」

 

 歩き出そうとして、両腕にしがみつく二人の腕を解いて。

 

 ふと、俺はちーちゃんに振り返った。

 もう、天災(かのじょ)である必要はなくなったけど。そんな役割は消し飛んで、俺の全然知らない世界になっちゃったけど。

 

 誰かが、それをちゃんと聞けと、俺に言ったような気がした。

 

 

 

 

 

「今の世界は楽しい?」

 

 

 

 

 

 ちーちゃんは一瞬呆気に取られて。

 けれど。即座に――満面の笑みを浮かべて、俺の胸に飛び込んできた。

 

 

 

 

 

「ああ、最高に――楽しくて、幸せだ」

 

 

 

 

 

 唇が寄せられる。全世界中継の最中。

 一夏の悲鳴が響く。会場中が歓声に包まれる。地球の人々が口笛を吹く。アルベール社長が視界の隅でこっちをめっちゃチラチラ見ながら挙動不審になっている。

 

 俺は唇に感じる温もりを享受して、笑った。

 

 天才の末路としては、上等すぎるな、と思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 fin

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ほのぼのハートフルって言ったダルルォ!?

というわけで三話完結です。短期連載でしたが、思ったより多くの反応を頂けてうれしかったです。
コンセプトとして『最速ルートから外れるのが前提の裏END』を思いついて、本作を一気に書き上げました。
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

ざっと六年以上IS二次創作書いてて完結が二本目ってこれマジ? しかも二本とも短編やん!
猛省します……
連載中の拙作『この中に1人、ハニートラップがいる!』『狂い咲く華を求めて』もぜひどうぞ。

それでは、お付き合いいただき、まことにありがとうございました!
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