ルーナがシリウス・ブラックに誘拐された。そればかりかネビルまでも。
そのことを知ってスネイプは激怒した。
よりによって、スネイプのお気に入りの生徒と、知らず知らずのうちにスネイプの将来の成功を約束している生徒が誘拐されるとは。
言語道断だ。
本に掲載するレシピはまだ五十二種しかできていないというのに。
生徒二人の身の安全もさることながら、『一見無害なポーションを武器に変える百一通りの方法』という題名は譲れない。『五十二通り』では座りが悪すぎる。
許さんぞ、シリウス・ブラック!
なによりやるかたないのは、二人の失踪に気づくのに数日かかってしまったことだった。ルーナが出席する薬学の授業は木曜日。その当日になってスネイプはルーナが欠席していることに気づき、聞き込みをした結果、火曜日以来だれも彼女を見かけていなかったことが判明した。この学校に数回侵入した実績のある逃亡中の殺人犯がまだ捕まっていないというのに、だれ一人ルーナがいないことを不審に思わなかったらしい。それがスネイプにとっては不可解であるだけでなく、許しがたい。
ルーナの失踪が発覚してすぐに確認をとってみると、ロングボトムも失踪していたことが分かった。(スネイプはこれをサボりと見なしてグリフィンドールから四十点減点していたが、そういうわけでもなかったようなので、こっそり点を戻しておいた。次回見かけしだい罰則を与えるつもりでいたが、それもなしにした。) ついては、対策を協議するための教員会議が行われている。
スネイプは会議に出席する気はなく、すぐに学校の敷地内の捜索にとりかかった。まだそう遠くには行っていないと踏んでのことだった。
中庭に出ると、夜の冷気で髪の毛が舞い、顔に当たる。それに気を取られるあまり危うく見逃しそうになってしまったが、ふと見るとルーピンがいつもどおりの薄汚ない服装で、敷地の外の森に向かって暴れ柳のあるあたりを目指して走っていた。
「ルーピンめ、なんのつもりだ?」
怒りが冷めないまま、スネイプは追跡をはじめた。
…………
すべては破滅的な調子で進んだ。
ルーナとロングボトムの二人が無事だったのはいい。
問題は、ブラックに逃げられたこと。しかもルーピンがそれに手を貸していたばかりか、脱狼薬を飲み忘れてもいたらしいこと。七時間もかかかる調合をさせておいて、向こうは『忘れた』で済ませようというのだからいい気なものだ。
この感情を一度言葉にしてぶつけてやりたい。
四文字語がよさそうだ。*1
無防備な二人の生徒をかばう形で、牙をむきだす獣と無惨な死を前に立ちふさがるスネイプが願ったのは、自分がもっと純粋かつ勇敢な理由でこの救出劇を演じているのであればよかったのに、ということだった。
だが実際には……『あと四十九個書き上げさえすれば引退して印税生活』という考えばかりが脳裡にちらついた。
人生は不公平だ。
…………
あれを無事に切り抜けられたのは奇跡だった、と思いながら、三杯目のウィスキーを一息に飲み干す。飲み干した時点で体は四杯目を欲している。オオカミが森のなかの音を聞きつけてそちらに走り出した隙に、スネイプは人質二人を連れて城に戻り、無事ポピー・ポンフリーの看護にゆだねることができたのだった。
ブラックとルーピンはもちろんまだ森のなかにいる。
…………
ネビル・ロングボトムはそれから数週間にわたって魔法薬学の補習を受けさせられることになった。人質にされているあいだ出席しそこねたぶんの遅れを取りもどさなければならないから、というのが理由だった。欠席したのは二回だけだし、そんなことを言う先生はほかに一人もいない、とネビルは何度も抗議したが、スネイプ先生の意思は堅かった。そもそも、補習で調合を命じられたポーションのなかには
しかもスネイプ先生は、ネビルの作業を逐一観察してはものすごい量のメモを取っているように見えた。
ネビルはスネイプ先生のことが苦手だ。ただ、成獣の人狼に対して身を張って自分を守ってくれたことについて少しは感動させられたので、グリフィンドール生としての勇気を振り絞り、先生に対する感謝の意味で、魔法薬学の授業に真剣に取り組むことを約束した。
少しだけ気がかりなのは、釜の中身が血と似た不穏な赤色になり、吹きこぼれた液が床のタイルを溶かしはじめたときのスネイプ先生の様子。スネイプ先生はいつものように嫌味と叱責のことばを言うかわりに、メモ帳に急がしくなにかを書きつけながら不気味ににやりと笑い、「これで残り三十五」というようなことをつぶやいていた。
もしかして、今回の人狼事件のストレスでどうかしちゃったのでは……とスネイプ先生の精神状態を案じるネビルであった。