戦姫絶唱シンフォギア赫鋼―アカガネ―   作:樹影

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 前回よりかは早くに更新できました。
 次回も早めに提供したい(願望


13:Wild rule/Awaken tyrant

 

 

 

「立花ぁああああああああああああ―――ッッ!!!」

「テェメェエエエエエエエエエエエ―――ッッ!!!」

 

 瞬間。

 異形の咆哮も少女の悲鳴も諸共にかき消すように、二人の歌姫の慟哭と怒号が響き渡った。

 慟哭を放った防人は眼前に立ちはだかったノイズ三体を一閃にて撫で切りに散らせ、一足飛びで斬りかかり。

 赫怒を漲らせた戦乙女は高空から一直線に槍の穂先を叩き込んだ。

 それぞれに放たれた双翼の攻撃はほぼ同時にネフィリムへと叩き込まれ、

 

「GUUHHHH!!」

「くっ!?」

「なぁ!?」

 

 槍と刀の二つの刃は、まとめてその巨大な咢で受け止められていた。涎に塗れた上下の牙が、二人のアームドギアをまとめて挟み込んでいる。

 やはり巨躯相応の膂力はあるのか、首の力で体ごと振り回されそうになるのを何とか堪える二人。

 その鬩ぎ合いで二つの鋼と牙が万力よりも強い力で擦れ合い、体の内側からむず痒くなってくるような不協和音が耳を劈いてくる。

 

「っのヤロ、放せ……!?」

 

 奏が悪態とともに睨みつけたその先。

 ネフィリムが身動ぎをしたかと思えば、次の瞬間にはその肉体が変貌を始めていた。

 ゴキバキメキバキャッ!! と、肉の内側で固いものが砕けるような音を連続させながらその体躯を更に大きくしていく。灰赤色の表皮は黒みを増し、全身に至る所にあった裂け目のような黄色い発光機関はその色味を赤黒いものにして輝きそのものを増している。それは血肉としての生々しさというより、沸々と煮えたぎるマグマこそを彷彿とさせた。

 膨張……いや成長によって力そのものも向上したのか。変化が収まるのと咥えていた刃が噛み砕かれるのはほぼ同時であった。

 一気に軽くなった手応えよりも、それを為した存在の変わり果てた姿にこそ、奏たちは驚愕を禁じ得なかった。

 

「マジ、かよ……」

「そんな……」

 

 柄だけになった自身の獲物を握りしめたまま、絶句してしまう二人。

 そんな彼女たちの意識を引き戻したのは横合いからの怒鳴り声だ。

 

「バカ連れてそこ退けぇ!! センパイたちッ!!!」

「「っ!!」」

 

 意識を引き戻す声に振り向けば、その先に立っていたのは巨大な弾頭を二つ背負ったクリスだ。

 奥歯を強く噛みしめた顔は憤怒の色濃く混ざった戦意が剥き出しとなっていて、槍と刀を貪る悪食の化け物へと注がれていた。

 小柄な少女が背負う凶悪な威容に、奏たちは再び瞠目するも即座に身を翻す。

 

「奏、私が!!」

「任せた!」

 

 言葉少なく、役割を定めながら飛び退く二人。

 翼は響の傍に降り立つと、左腕から今なお噴き出す血に塗れながらも腹を肩に乗せるように俵担ぎで跳躍した。

 一方でネフィリムは、まるで潮の流れに乗って離れていく食いさしを追おうとしている鮫のように牙を晒しながら首を巡らせ、

 

―――MEGA DETH FUGA

 

 その横っ面を、特大の弾頭二つが鉄拳制裁とばかりに殴り飛ばした。遅延信管なのか、弾頭は異物越しに地面を抉ってもまだ炸裂していない。

 爆薬を孕んだ打撃はネフィリムの巨大な頭部をまるでカートゥーンのキャラクターのように拉げさせ、地面へとめり込ませたまま突き進んでいく。

 まるで力任せにペン先を押し付け、インクを滑らせる紙を破りながらめくり上げるかのようだ。

 

「GIYYYYYYYYYGAAAHHHHHHHHHHHHHHHHHHH!!!」

 

 摩り下ろすように引きずり回され、絶叫するネフィリム。

 そうして荒れ地に轍を十メートルほど刻んでいくと、特大の鉄拳はようやく灼熱の華を轟音と共に開花させ―――()()()()()()()()()()()()()

 

「な、あ…!?」

 

 今度は、クリスが絶句する番だった。

 破砕と燃焼をもたらすはずの爆華が破裂寸前に縮小していく様は、逆再生よりも溜め込んだ水が排水溝へと渦を巻いて流れていく様に近い。

 果たして紅蓮が吸い込まれていったのは、穴ならぬ口の中。

 

「GUU………GUHOOO……」

 

 自身に襲い掛かった爆熱を飲み下したネフィリムは、ゲップのように炎の残滓をチロリと漏らしていた。

 むず痒いと言わんばかりに水に濡れた犬のような仕草で身を振る姿に、当然ながら痛痒の類は一切ない。

 信じがたい一連の出来事を目の当たりにして、翼が慄きと共に呆然と呟く。

 

「まさか、フォニックゲインを喰らっているのか……?」

「その通ぉ―――りっ!!」

 

 喝采するかの如く肯定の言葉を上げるドクターウェル。

 彼は乱舞せんばかりの狂喜を表すかのように両腕を拡げ、神の奇跡を礼賛するかのように声を張り上げる。

 それはまるで、科学者というよりかは得体のしれない宗教の司祭か何かのようだ。

 

「ネフィリムこそ、月の落下阻止に至るための鍵にして生きた完全聖遺物!!

 他の聖遺物を含めたエネルギー体を喰らい、吸収し、更なる出力を発揮する謂わば『自立稼働する増殖炉』!!

 あぁ、御覧なさいな、あの雄々しい姿を!!

 感謝してますよぉ、ムーンアタックの英雄様ぁ!!

 お陰様でウチの可愛いネフィリム君は、こんなにご立派になりましたぁッッ!!

 クヒッ、ヒヒ、イヒヒ、ヒィハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ―――!!」

 

 夜天に狂笑を響かせるドクターウェルに対し、まるで汚物に塗れた害虫を間近で見てしまったかのような眼差しで睨みつける奏。

 その一方で、頭の中の冷静な部分が情報を結びつかせるとともに納得を得ていた。

 

(あの廃病院(アジト)、調べたら聖遺物が幾つも転がってたって話だったが……そういうことか)

 

 本来、コレの餌として確保していたものだったのだろう。秋桜祭にやってきていた切歌と調もコレのために自分たちのシンフォギアを狙っていたのかもしれない。

 もっとも、目の前のこの男はそれをもっと直接的な手段で叶えに来たようだが。

 と、この場に現れた時よりもさらに歪で禍々しい姿となったソレが、こちらへと愚鈍にも見えるゆったりとした動きでこちらに歩んでくる。

 

「ッッ」

 

 咄嗟に、徒手のまま身構える。しかしネフィリムは徐にその足を止めたかと思えばその首をゆっくりと左右に揺らし始めた。

 それは明らかに何かを探しているような仕草で、わかりやすく鼻腔でもあったならば鼻を鳴らしていたのかもしれない。

 ややあって、ネフィリムが何かを見つけたかのように体の向きを翻した。その行動に奏は目を剥き、ウェルは歪んだ笑みのまま肩を竦めた。

 

「おやおや、文字通りに味を占めちゃったんですかねぇ? 贅沢を知るとワガママになるのは他の生き物と変わらないというのは困りものだ」

 

 ニヤついた言葉を垂れ流すのを他所に、ネフィリムは獲物と定めた先へ重量の載った足音を響かせて進行する。その目的は翼たち―――いや、ウェルの言から察するならば翼の抱える響の方か。

 

「―――に、」

 

 それが示す意味を知った奏は、蒼白になった顔から絶叫を迸らせた。

 

「逃げろっっ!! お前らぁ―――!!!」

 

 

 

***

 

 

 

「ッッッ!!」

「どこへ行く気ですか、マリア」

 

 奥歯を噛みしめた表情で立ち上がり、身を翻そうとしたマリアをナスターシャが言葉だけで制した。その声音は、まるで喉の内側をドライアイスでコーティングしたのかというほどに冷たい。

 足を止めたマリアが何かを言うよりも先に、氷の言葉が続いていく。

 

「言っておきますが、『止める』などということは赦しません。

 そもそも、こうなることは織り込み済みのはずです」

「っっ、違う! こんなことになるだなんて……!?」

 

 そう、確かに二課の装者が有するシンフォギアをネフィリムの餌として狙っていた。

 だがそれは、彼女たちを戦闘不能からのシンフォギア解除へ追いやってからの簒奪という形であったはずだ。少なくとも、マリアはそういう絵図を描いていた。

 だが現実はどうだ。あの化け物(ネフィリム)が装者そのものを……ガングニールの融合症例だという少女の肉体を貪っているではないか。

 

「マムはこんな非道、赦せるとでも言うの!?」

 

 反論というよりかは糾弾に近い物言い。余人が聴けば、なるほどマリアの言葉は清廉であり正当だ。

 だがそれに対して、ナスターシャは更にその眼差しを冷たく尖らせた。

 

「―――やはり。その甘さ、ここまで放っておくべきではありませんでしたか」

「、マム?」

 

 平坦な口調には、明らかな呆れの感情が含まれていた。それを察して呆けてしまうマリアに、ナスターシャはならばこそと()()を施さんとする。

 

「マリア、アナタにはやはり覚悟が足りていない。理解(わか)っているならば、今更そんな言葉は口から出てこないはずです。

 米国という大樹に寄らず、月の落下から世界を救う……私たちのような木っ端がソレを成すならば、必然として手段を選ぶ余裕などないことは」

 

 即ち、大儀のために小の犠牲を是とすること。―――ほかの誰かを、踏み躙るということ。

 無論、マリアとて解かっているつもりだ。

 

「それとこれとは話が」

「違いません。

 銃で殺すのも、刃で殺すのも……ネフィリムに喰い殺させるのも、すべて同じことであるように」

 

 しかし、ナスターシャからすればこの期に及んで『()()()』どまりであることこそが憤然やるかたなしであった。

 故にこそ、ドクターウェルの行状はある意味で都合が良かった。少なくとも、彼女は自身にそう言い聞かせている。

 

「立花 響……融合症例たる彼女を取り込むことでネフィリムの覚醒を促せるというのなら、私たちにとっては都合が良い。

 ―――そう判断すべきなのです」

「そんな……」

「コレを奇貨として、今度こそ覚悟を強く固めるのです。

 ……私たちには本来、微笑みなど不要なのですから」

「………!!」

 

 母と慕う老賢者が告げる、あまりにも凄惨な合理と覚悟。マリアは思わず青い顔で言葉を失い、口元を抑えてしまう。

 ナスターシャの言っていることはわかる。自分たちが目指すもの、やり遂げなければならない使命は難題などという言葉ではあまりにも不足なほどに険しく厳しい。

 法を破り秩序から真っ向と相対するなど前提でしかない。

 そして自分にその覚悟が足りず、甘すぎることは自覚していたし是正すべきだとも思っている。

 だがしかし、それでも。

 

(これは正しい正しくない以前のことではないの……!?

 これを認めてしまったら、人として捨ててはいけないものを失ってしまうのではないの!?)

 

 頭の中で、ネフィリムが響の腕を喰いちぎる瞬間がフラッシュバックする。画面越しであれ、リアルタイムの映像であったということとそれを暗に後押ししたのが自分自身であるということ。その二つの事実が胃と食道の役割をさかしまに働かせんと蠕動しそうになる。

 いっそこの場で、喉が焼けるほどに何もかもを吐き出してしまいたい衝動に駆られるのを必死に抑えるのが精一杯だった。

 その全てを、本当に呑み込んで突き進まなくてはならないというのなら―――

 

(ほんとうに、おかしくなってしまいそう………!!)

 

 泣き出しそうなのも、逃げ出してしまいそうになるのも、あらゆる弱音が口をついて洪水のように溢れ出てしまいそうなのも。

 その全てを、奥歯が軋むほどに噛み占めて耐えるマリア。

 

 しかし、マリアは気付いていない。そしてナスターシャ自身も。

 ナスターシャは、ウェルの一連の行動で以ってマリアの覚悟を定めさせようとしている。

 しかしそれは同時に、彼女も己自身にそれをそれを強いている。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 例えるならば、砥石で刃を研ぐとき、砥石自体も削れて摩耗していくように。

 そしてだからこそ二人とも気付かない。

 ドクターウェルーーージョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクスという男の行動と狂気は紛れもなく彼自身の性質であれど、彼女たちが捨てきれない甘さ………言い換えれば清廉な善性こそ、彼が彼女たちをある意味で見限って一線を超えるまでに至った原因の一つであることを。

 

 

 

 ―――そして。

 マリアは、()()に気づいた。

 なにもできないまま、せめてもと最後まで見届けんと目を凝らしていたモニターの中の出来事に。

 

「え?」

「どうしましたか、マリ―――」

 

 ナスターシャがマリアの反応に気付いて振り返り、俄かに瞠目する。

 ほんの少し目を離していただけで、前後の繫がりが判らない出来事が起きていたのだ。

 

 

 

 風鳴 翼の体が宙を舞っていたのだ。

 より正確には、放り投げられていた。

 

 

 

***

 

 

 

「あああああああ!?」

「なぁ!?」

 

 くるくると回転するように放物線を描いた細身の体を、奏が驚嘆しながらも全身を使って何とか受け止めていた。

 その出来事に、クリスの方も思わず棒立ちになるほど驚いていた。

 それもそのはず。翼を放り投げたのは、彼女が抱える様に運んでいたはずの響であったからだ。

 

「あのバカ、なにやって……って、まさか!?」

 

 クリスの怪訝な声音が、焦燥に染まった物へ変わっていく。

 己を囮として翼を逃がすために怪我を圧して彼女を放り投げた……そう考えれば、辻褄が合ってしまう。

 現状、あのバケモノ(ネフィリム)は響のことを偏執的に狙っている。ならば、自分から離れれば他の皆は狙われずに済む。

 立花 響という少女の人間性を鑑みれば、その結論に至ってしまうのもむべなるかな。そう納得できてしまうほどには、クリスは彼女という人間を痛いほど理解していた。

 

「ッッッ!! なにバカやってやがるバカッッッ!!?」

 

 激昂が思わず口をついて放たれる。同時に、無手になっていた両手に新たな武装を再構築し始める。

 そんなクリスをよそに、奏に受け止められた翼が身動ぎしながら顔を上げた。

 

「ダメ、だ……立花……」

 

 打ち立てた推測が正しい証拠とでも言うように、放り投げられた翼は放り投げられた衝撃からか痛みを堪えるかのような声で響を止めんとしている。

 クリスはその様子に『チィッ!』と思わず強い舌打ちと共にネフィリムへと改めて展開した二丁のサブマシンガンの銃口を向け、引き金に指をかけて―――

 

 

 

「―――()()()()()()!! 立花ぁ―――っ!!」

 

 

 

 ―――予想だにしなかったな言い様の叫びに、引き金を引かんとした指が硬直して止まってしまった。

 

「、は?」

「GAAAAHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH!!!」

 

 思わずクリスが呆けた声を上げてしまったのと同時、ネフィリムが雄叫びと共に響へと飛び掛かった。

 凶悪な異形の両腕を地面に叩きつけ、その反動を使ってかその巨体以上の跳躍を見せつけながら響へと躍りかかった。

 それに対してクリスが息を呑むよりも先、響の体に巨体が覆いかぶさる寸前。

 

 

 

「―――――――――■■■」

 

 

 

 ()()、と。

 響の全身が、赤黒い鬼火のような光輝を伴って漆黒に染まった。

 

「あ―――」

 

 その姿と、漏れ出る唸り声。

 それが何を意味するのか、ウェル以外の全ての人間が実感と驚愕と戦慄で以って思い至る。―――即ち、暴走だ。

 かつて理性を焼き切るほどの憤怒と憎悪で至った獣性と暴虐の化身……それが今度は、自身の四肢を捥がれたことへの苦痛と絶望によってか成り果てていた。

 直後、ネフィリムの肉体が壁にぶつけられたボールのように弾かれ、地面を転がっていく。

 

「GYEEEEEEEAHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH!!!」

 

 先ほどよりも更に轟く絶叫。どこか甲高いそれは、咆哮というよりも悲鳴のように感じられ―――その理由が、即座に判明する。

 

「な、は、はぁっ!? なんで!? どうして!?」

 

 目を剥いたウェルが解りやすいほどに狼狽を露にする。

 しかしそれもむべなるかな。悲痛な叫びを上げるネフィリム……その左腕が、縦に裂けていた。

 それも、幾本もの傷によってばらける様に別たれている。形状として例えるなら、酒のつまみとして広く知られる棒状のチーズを縦に幾度も割いた状態か。

 血液と呼ぶべきか正しいかもわからない体液を盛大に零しながらだらしなく垂れさがる棒状の肉の切れ端。それはまるでバナナの皮のように振り回されるままにぶらぶらと揺れるばかりだ。

 

「■■■………」

 

 そんな有り様を作り出したのは、総身を漆黒に染めた響の右手。その五指の先端から、猫のように縦に爪が長く伸びている。―――否、違う。

 

「爪、じゃねぇ……あれは、()()()()()()()……!?」

 

 指先から、長く鋭く伸びた刃。

 その総身と全く同じ漆黒に染め抜かれたソレは、よくよく見れば槍の穂先だ。

 奏の使う槍……ガングニールのアームドギア。縮小されたその切っ先が彼女の五指から生えている。

 あたかも、指自体が小さな槍となったかのように。

 

「■■■■―――」

 

 喉奥から、理性と獣性が入れ替わった唸りが漏れ出る。

 その瞳は漆黒の中で真っ赤に輝き、己が引っ掻いた異形の巨躯を睨みつけている。

 同じ色彩であっても、ネフィリムと彼女のそれは齎す意味合いが異なるように見えた。

 ネフィリムから零れる光が隔壁の内側で燃え滾る内燃機関の炎ならば、響の瞳は憎悪と憤怒で鍛造された殺意で研がれた鮮血の刃だ。

 その血色の視線が俄かに細まったかと思えば、響は背を逸らして牙を剥いた。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!」

 

 瞬間、轟く咆哮。

 周囲の空気が固形化していたならば、その全てを粉微塵にしたのではないか……そんな錯覚すら、俄かに抱いてしまう。

 同時に、失われた左腕の断面から血ではないナニカが迸ったかと思えば、揺らめきながら形を結ぼうとする。

 

「GYEEEEEEEEEEEEEEEEAHHHHHHHHHHHHHHHHH!!!」

 

 それに、いかなる判断を下したのか。裂かれた腕をダランと垂らしたままのネフィリムが、咆哮と共に吶喊していく。

 涎を盛大に滴らせた咢を大きく開きながらの進撃は、響を圧し潰すつもりでも吹き飛ばすつもりでもない。

 直接喰らいついて噛み砕かんとする殺意と食欲が合一した意志の結晶だ。

 

「た―――」

「■■■!!」

 

 翼の口から悲鳴めいた声が上がるよりも先に、像を結び始めていた響の左腕断面の迸りが閃いた。

 その動きは蛇蝎というより、細長く轟く怒涛のよう。一直線に(はし)る漆黒の津波はネフィリムの巨大な顎に纏わりつき、端から千切れんほどに開かれていた上下を強制的に閉じてしまう。

 

「GA……GA……GU………GAHH………!!」

 

 牙同士がその衝突で砕けそうな勢いで抑えつけられ、くぐもったような呻きが涎の飛沫と共に漏れる。

 一方で、響の瞳が再び細まる。すると左の揺らめきが再び収束していき、それに磁石のように引き合う形で響とネフィリムが接近する。

 そして。

 

「■■■■、」

 

 その影のような像が今度こそ結実すると同時に、

 

「―――■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!」

 

 ネフィリムの口腔がその牙もろとも、一瞬にして()()()()()()

 ゴシャリ、と硬くて分厚い表皮の果実が砕けたような音を響かせて、ネフィリムの肉片と牙がばらばらと零れ落ちて散らばった。

 

「gyyyyyyaaahhhhhhhhhhhhhhhh!!!?!?!?!?」

 

 発声器官へのダメージか。それとも生物然とした外見通りにいっぱしの恐怖でも感じているとでも云うのか。

 裏返ったかのような悲鳴とともに、ネフィリムが踵を返して逃げ出していく。

 左腕の損傷のせいかヨタヨタとぎこちなく、しかし必死と表現すべき有様で遁走を開始するネフィリム。

 その姿を見て、響は。

 

「………、■■■」

 

 ()()()()()

 牙を剥きだしに口の端を引きつらせて持ち上げ、赤黒い眼を細めて。自身を傷付けた存在が、無様に逃げ惑う姿を嘲笑うままに。

 そうして前のめりに身を沈め、そのまま両手をついた。それはあたかも、獲物を狩らんと全身を躍動させんとする寸前の肉食獣のようで。

 次の瞬間には、その刃が今度こそ異形の五体を断滅せんと振るわれるだろう。

 

 

 

「や」

 

 その蛮行を、

 

「ヤメロォオオオオオオオオオオオオオオオオ―――ッッッ!!!!?」

 

 阻まんとする意志が、絶叫と共に幾条もの緑閃となって放たれた。

 

 

 

「ウェル博士!?」

「おま、お前! オマエェ!! ネフィリムを何だと思ってる!?

 そいつは世界を救う鍵なんだ! 未来の希望なんだ!! ボクが英雄として羽ばたくための翼なんだァアアアア!!

 英雄の皮被ったお前みたいなバケモノが! バケモノなんかが!! バケモノなんかにィイイイイイヒィイイイイイ!!!」

 

 ソロモンの杖を乱射するその様子は、先ほどまでとはまた違った意味で狂乱の態を晒していた。

 その言い様の中には、奏たちの逆鱗を掻き毟るほどに許しがたいものも混じっている。しかし彼女たちがその感情を露にするよりも早く、場面は展開される。

 

 放たれた閃光はその悉くが種々様々なノイズへと顕現し、しかしすぐさまにドロリと溶けてカラフルな汚泥のようなモノへと変貌する。

 それらがひとかたまりになったかと思えば、巨大な一つのノイズへと瞬く間に変成を果たしていた。

 人間のような口を持つ、巨大なウーパールーパー。かつて響が二課で共に戦うと決めた夜、奏と翼の連携によって切り裂かれたものと似た変異個体が彼女とネフィリムとの間に立ちはだかっていた。

 しかし。

 

「■■■■■■■■!!!」

 

 響は、その事実に一切の躊躇を挟まなかった。或いは気に掛ける価値すら、その獣めいた本能の琴線に掛かることはなかったのか。

 巨大ノイズがその口腔を拡げるのと、響の身が踏みしめていた地面を薄っぺらいクラッカーのように砕きながら発射されるのは同時。

 赤黒い色彩を混じらせた漆黒の体はまっすぐノイズの口の中へと吸い込まれ、

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■―――――!!!!」

 

 刹那と掛からずに、ノイズを内側から引き裂いてネフィリムへとその爪を振りかぶっていた。

 なにも出来ないままに引き裂かれた巨大ノイズが炭素となって散る頃には、既にネフィリムの右腕は千切れ飛んでいた。

 

「gaaaahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh―――!!!?」

「あ、あああAHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH―――!!?」

 

 声を裏返しながら、自身の頭を圧迫するように両手で抱えて悲鳴を轟かすウェル。

 その瞳には、既に左脚も引きちぎられたネフィリムと、それを背に乗って踏みつけながら今度は右脚に手を掛けている響の姿が涙で揺らめきながら映っていた。

 

「やめろ! ヤメロ!! やめて!! お願いだからやめてくださいぃ~~~~~~~!!!」

 

 悲痛な懇願は、しかし響の耳に届くはずもない。

 これは正しく弱肉強食(ワイルド・ルール)

 凶悪な化け物(ネフィリム)獲物(ひびき)を捕食したように。

 今度は狂暴な(ひびき)弱者(ネフィリム)を存分に蹂躙している。

 

 そうしてダルマのような有様にしたネフィリムを一瞥したかと思えば、直後。

 

「■■■■■■―――」

 

 ネフィリム越しに地面をヒビ割らせながら跳躍し、その右腕を引き絞るように構えた。

 そうすればその右腕に漆黒の迸りが纏わりつき、その大きさと形状を変えていく。

 跳躍が最大高度に到達し、その身がほんの一瞬だけ静止したその時、完成したのは巨大な刃だ。

 それこそガングニールのそれに似た、しかしそれよりも二回り以上は巨大な穂先。

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■!!!」

 

 

 

 落下のそれは、明らかに重力だけの勢いではなかった。

 もはや隕石の落下すら彷彿とさせる、墜天の一撃。

 その切っ先はネフィリムの中心を深々と抉り、貫いた。

 

「       、      」

 

 或いは、ネフィリムの口からは断末魔が上がっていたのかもしれない。

 しかし、砕かれた咢から迸っただろうソレは、その身自体の爆散の勢いに搔き消されていた。

 

「あ……ぁあ……」

 

 終わった。

 見開いた眼でそれを見届けたドクターウェルは、そんな絶望と共に嵐のような狂態から凪のような呆然自失へと移り変わっていた。

 そして抜けていく力のまま、膝から崩れ落ちかけて―――

 

「へぁ?」

 

 ―――その眼前で、()()()が跳ねた。

 かと思った直後、彼は自身の中心に衝撃が迸ったのを自覚した。

 

「ガブフッッ!?!? ゲバァアアアアアアアアアアッッッ!!?」

 

 鳩尾を抉り込み、外側から胃袋を無理矢理に裏返させて喉からせりあがらせて来るような感覚。

 ウェルは後方へと吹っ飛ばされながら、込み上げてきた吐き気をそのままに胃袋の中身を胃液ごと撒き散らしながら転がった。

 

「ガブ!? オボ、ボエッ!! オゲェエエッッ!!」

 

 ゴロゴロと転がり、バタバタと藻掻き、グチャグチャの泥まみれになっていくウェル。羽織った白衣は、既に白い部分の方が少ない有様だ。

 

「う゛っ、うっ、げぇ……イギッ、ハァッ……クソ、な、なにが……?」

 

 しばらく悶えてから、幾分か落ち着いた彼が蹲って丸くなったまま腹を見る。

 自身の鳩尾を抉るように飛び込んできて、図らずも抱え込む形で共に転がっていたモノ。ソレが何かと忌々しさを交えた眼差しで覗き込んで、

 

「―――あッ」

 

 思わず目を見開いた。

 そして次の瞬間には爆発的に湧き上がってきた感情を発露―――

 

 

 

「………………、■」

 

 

 

 ―――させる寸前に、凍り付いたような錯覚と共に表情を含めたすべてが固まった。

 

「へ……ヒ、ぁ……?」

 

 耳に届く、唸り声。

 ウェルは何故だか溢れ出して止まらない冷や汗をそのままに、蹲っていた体をゆっくりと起こす。

 そして恐る恐る、首を巡らせて振り向いていく。ガチガチとうるさい音が、自分自身の歯が奏でているものだと気付くこともなく。

 

 そうして、彼は()()と目が合った。

 

「■■■………」

 

 未だ、正気を取り戻さずにいる立花 響。

 野獣というべきか、暴君というべきか。

 憤怒と憎悪を暴虐へと変換せしめている赤黒い眼差しが、今たしかにウェルを捉えていた。

 

 

 

***

 

 

 

「ぁ……あぁ……」

「………っ」

 

 切歌と調は、響が腕を貪られた瞬間からの一部始終を見届けてしまっていた。

 当初はウェルの思惑通りだろう蛮行に血を頭に上らせていたが、今は揃ってその顔色を白紙のように蒼白にしてしまっている。

 自業自得、因果応報……その言葉で片付けるには、繰り広げられた光景はあまりにも凄惨に過ぎたのだ。

 その衝撃からか、二人とも身動きを取ることができなかった。

 

 身体だけではない。心までも、思考と感情が動作不良を引き起こしていた。空回るというより、一気に強い負荷が働いたせいで軋んで動きを止めてしまったという方が近いか。

 怒りを完全に拭い去るほどの恐怖と戦慄。そこから派生する様々な思考と感情の渦が、二人の少女の心身を縛り付けていた。

 ……そんな彼女たちの自縄自縛に再起動を促したのは、

 

「ゥナァ~~ッ」

 

 場違いとも言える、背後からのネコの鳴き声だった。

 

「え……?」

 

 耳に届いた鳴き声には苛立ちのような、どこか非難めいた響きが含まれていて、

 調が戸惑いと共にゆっくりと振り向けば、そこには床に降り立ってベッドを見上げる白猫。

 そして。

 

「………―――」

 

 浅黒い肌の胸板を晒しながら、それであっても血の気が失せているとわかる顔色の男が身を起こしていた。

 

「あ、あなた……」

「エ? って、デェス!?」

 

 調の様子で、切歌も気付いたのか同じく振り向いてこちらは素っ頓狂な声を上げた。

 しかしそんな二人に気付いていないかのように、男は顔を僅かに伏せた姿勢で動きを止めていたと思ったら、徐に点滴の管を引き抜いた。

 乱雑であったためか、輸液と共に血が飛び散る。

 やはり男は頓着を見せず、一度大きく息を吸い、深く細く長く息を吐く。

 乾いているのだろうか、深呼吸は掠れて隙間風めいていた。

 それもあってか、まるで博物館のミイラが動き出したかのように生気に乏しく、頼りない。

 だがしかし、その印象は次の瞬間に一変する。

 

「………立、花!!」

 

 跳ね上げられた顔。

 そこにある瞳には、蒙昧ならぬ意志を刃のような光として宿し。

 掠れたままの声音で紡がれた言葉は、力強い決意が込められていた。

 

 

 

 ―――かくして。

 己が在り様のまま、為すべきを為し遂げんがため。

 心身の軋みと損耗の一切を無視して。

 衛宮 士郎(せいぎのみかた)が起動する。

 

 

 

 

 

●●●

 

 

 

 

 

【教えて!? ブルマ師範!! ぷち】

〇立花響の暴走

 

 ルナアタック事変および関連事件当時から数えて、立花 響には幾度かのギアの暴走が観測されている。

 それが特に問題とみなされていないのは、そのいずれもが特異な状況と心身が極限的な状態であったことが所以か。

 それはさておき、デュランダルの起動時を除いてルナアタック時と今回の暴走において、共通するのは肉体の欠損を瞬時に回復する超抜的な自己修復能力とアームドギアのように出力される刃の存在だろう。

 後者について語るならば、『他者と繋ぐための手』という心象の元に無手徒手を事実上のアームドギアとしている平時の彼女を考えるならば、あたかもその性質が反転しているかのように見える。

 しかし、視点を変えれば必ずしもそうとも言い切れない。

 

 暴走時の彼女が顕現するのは、あくまでも刃……つまりはガングニールの穂先である。

 暴走時の思考では通常の槍を扱うのは不可能であるためとも考えられるが、そうではないとしたら?

 

 平時の立花 響は前述の通り武装としてのアームドギアは展開せず、その戦闘スタイルはフォニックゲインを拳で直接叩き込む近接格闘だ。

 これは多少強引な考え方をすれば、その拳を槍の切っ先として五体そのものがガングニールの槍であると言えなくもない。

 そして仮にこの考え方を是とするならば、暴走時の彼女はこのスタイルをさらに特化ないし先鋭化したものであるとも捉えられる。

 

 ―――ともすればそれは。

 立花 響という少女そのものが、ガングニールという槍へと成り果てんとしている可能性(きけんせい)を示しているのかもしれない。

 

 

 

師「前作終盤での暴走状態のアレコレは原作アニメでの今回の該当場面からの引用であれこれこねくり回して捻り出したものらしいけど。

 そこから更に今回のお話を書き上げた上で、ふと思い浮かんでこねくり上げたのが上のトンデモ理論らしいわ」

α「なんだか結果的に変なシナジーっが出てるようにも見えるな」

β「後の展開を考えると、ある種の説得力が出てる……と言っていいんですかね?」

師「なお、作者的には『結果的にそう見えるものをそれっぽい語り口に整えただけ』な模様」

α「最後にぶっちゃけるのか、ソレ」







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 というわけで、暴走ビッキーによるネフィリム解体ショーや。
 例によって所々オリジナルに変えてます。

 ネフィリムによるアームドギアやクリスのミサイルの爆発の捕食。
 これはネフィリムの特性というか食性を考えたらできてもおかしくはないかなと。
 奏たちを無視して響を追いかけたのは、ネフィリム視点で見ればギアを纏っているだけの他の装者よりも、体の内側から聖遺物に侵食されている響の方が栄養的にもそそられるのではないかなと。
 一度摘まんでる分、味を占めたともいう。

 そしてビッキー暴走体。
 今回は指先からガングニールクロー。
 ネフィリムへの蹂躙度合いも原作からの当社比マシマシ……ですが、一部原作とは違う部分があったり。
 何かとは言わないけど、そのままやったら握り潰しそうだったので。
 というか原作でもそのまま握り潰してないのが不思議な流れだったと個人的には思ってたり……

 そして士郎の再起動でヒキ。
 最後の文、ロボットというか機械的な表現なのは狙ってやってたり。



 次回で、第二期前半部の山場が終わる予定。
 ……本当は一昨年の時点でそこまでやる予定だったって話、信じる?(白目





 それでは、ここからは雑談。
 FGOのコラボイベ、最高でした。
 ぶっちゃけFakeはほとんど履修してなかったのですが、デュマさんとかかなりいい味出してましたね。
 というかここでゴッフのお肉魔術が出てくるのか……また出番ないかな、ゴッフ。
 あと魔猪のハサンもとい狂信者ちゃん、てっきり実装されるかなと思ってたんですが今回は無かった模様……
 でもそのうち徐福ちゃんみたいになってほしいとも願ってます。百貌さんとの絡みがとても素晴らしかった。
 あと、なんか『絶対に笑っちゃいけないテュフォンちゃん』みたいになってましたね。
 来月には新章開始ですが……未だに情報がほとんどないだけに、期待と不安でいっぱいですな。

 ちなみに、新規獲得鯖はヒッポリュテとプレラーティ。
 プレラーティが比較的あっさり出てきた反動か、ジョンさんで盛大に石を融かしました。




 ちなみにブルアカはガチャ演出のために第二部Vol.0まで先に読了。(現在は百鬼夜行中)
 PVも相まって先の展開に武者震いがするのう!
 最近更新されたゲヘナのミニストーリーも、何気に伏線ぽく見えるし。
 スケジュール的には次に新イベやってから水着百鬼夜行復刻からの前期水着イベ→ハーフアニバ→後期水着イベって感じですかね?
 万魔殿の水着来るかな?



 それはさておき今回はこの辺で。
 なんか早くも扇風機のお世話になりつつ……とか思ってたらこれ書いてる日は毛布にくるまってたり。
 無茶苦茶な気温と諸々の情勢に微妙な気分になったりしますが、皆様心身にはお気をつけて。
 また、次回にて。
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