「ルパンもまた、竜を狙ってるんだ」
その言葉に、五ェ門の眉がぴくりと動く。おれは内心で舌を巻いた。物語の流れとして知ってはいたが、桔梗がこのタイミングでルパンの動きを把握しているのは、あまりにも出来すぎている。まるで誰かが描いた脚本通りに物事が進んでいるかのようだ。
だが、その疑念を口に出すことはできなかった。何しろ五ェ門は桔梗と共に修行を積んだ仲。つい先ほど命を救われたばかりの相手を無下に疑うことなどできるはずもない。もしこれが巻物を手に入れるための一芝居だとしたら、大した役者だぜ。
「ルパンが…」
五ェ門の呟きには、困惑が混じっているように聞こえたが、しかし納得もしていた。
深海4000mのお宝。それに挑まないはずがないと五ェ門も分かっているからだ。
とはいえ、ルパンが動くというのなら話は早い。深海4000mに沈むタイタニック号に到達できる機材など、世界にそう多くはない。
狙いは一つ、陳がニューヨーク沖に用意した深海潜水艇だ。おれたちは、その潜水艇があるという海上プラットフォームへと向かうことになった。
移動中のクルーザーの中で、おれは無線傍受機を弄っていた。広大な海の上で、特定の周波数を探り当てるのは骨が折れる。
「…来た!」
イヤホンから聞こえてくる微かな音声に、おれは叫んだ。
「ルパンが竜を手に入れたらしい」
「まことか!」
「おう。無線傍受でバッチリだぜ」
思っていた通りルパンは一足先に潜っていたらしい。しかし、無線から断続的に聞こえてくる音声は、ただごとではない状況を伝えていた。
竜の置物があるはずの部屋は密室。にもかかわらず、お宝は忽然と姿を消していたという。
そのトリックは、実に大掛かりなものだった。
2時間おきに海底から噴出する熱水が、タイタニックの内部構造を巧みに利用し、特定の部屋をエレベーターのように押し上げる。その勢いと水の流れによって、竜の置物は部屋の外へと運び出されるという仕掛けだ。
ルパンはその流れに乗り、無事に竜の置物を手に入れたようだが、その代償は大きかった。
熱水の奔流に巻き込まれ酸素ボンベを失い、さらにタイタニックの機関室の巨大なシリンダーに挟まれ脱出不能に陥ったという。
「…爆弾で吹き飛ばした、か」
無線の内容を伝えながら、おれは呆れて呟く。密室同然の空間で、至近距離から爆発の衝撃と深海4000メートルの水圧を同時に食らう。常識で考えれば、特殊な深海作業服を着ていようが生身だろうが、ぺちゃんこになるのがオチだ。
(まぁ、アイツに限ってそんなタマじゃねぇだろうがな…)
まったく、ギャグみたいな生命力だぜ。
「…浮上を開始したな」
無線から潜水艇が浮上を始める気配を察知する。いよいよおれたちの出番だ。
「行くよ五ェ門」
「うむ」
桔梗が立てた作戦は浮上してきたルパンの潜水艇を横から掠め取るという、実にシンプルなものだった。
だが、相手はあのルパンだ。そう簡単に事が運ぶとは思えない。
おれは腰の斬鉄剣の柄をひと撫でしてから腰を上げた。
◇◇◇◇◇
朝焼けが東の空を茜色に染め上げる頃、おれたちは凧に乗って不二子のクルーザーの上へと舞い降りた。海鳥の鳴き声と、潮の香りが鼻をくすぐる。眼下では、深海から帰還したルパンたちが、ずぶ濡れのまま甲板に上がり、不二子に例の「竜の置物」を自慢げに見せびらかしていた。まさに、完璧なタイミングだった。
「その竜は渡さん!」
五ェ門の声が、穏やかだった朝の空気を切り裂く。クルーザー上の全員の視線が、一斉にこちらへと向けられた。
「五ェ門?」
「ノワール?」
「サオリまで。あっ」
ルパン、次元、不二子が驚きの声を上げる。おれたちは不二子の両脇に音もなく飛び降りる。それと同時に、桔梗が不二子の首筋にクナイを突きつけ、人質にとった。
「竜を渡しな!」
いきなりの強硬手段。おれとしてはいただけないやり方だが、もう賽は投げられた。
「一体どうしたんだ五ェ門。そんなかわい子ちゃん連れちゃって」
ルパンが軽口を叩くが、その目には鋭い光が宿っている。
「アタシは桔梗。五ェ門と同じく先祖代々、伊賀の屋敷に遺された宝の竜を封印する為に来たのさ」
「封印だと? なんのこった」
ルパンの問いに、五ェ門が厳しい表情で答える。
「何も訊かずにその竜を渡せ」
「冗談じゃねぇぜ。折角深ぁい海の底まで潜って取ってきたお宝なんだ。簡単には渡せないわよ」
「お主が持っていても、それは一文の値打ちにもならん物だ」
「それだけじゃ納得出来ねぇわなぁ」
「渡しちゃダメよルパン!」
「グズグズ言ってないで渡しな。さもないとこの女を…!」
ルパンと五ェ門の問答が続く中、桔梗が不二子へクナイを深く突きつけようとした瞬間、ルパンが叫んだ。
「わーったよ。ほら!」
ルパンは竜の置物を高く空中に放り投げた。五ェ門と桔梗の視線が、きらりと光るそれに釘付けになる。その一瞬の隙を、次元は見逃さなかった。
乾いた銃声が響き、桔梗の手からクナイが弾き飛ばされる。さすがはパッパだ。拘束から解放された不二子は、すぐさまルパンの元へと駆け戻った。
次元の視線が一瞬おれに向けられる。おれは小さく肩を竦めてみせた。敵対する気はない、という意思表示だ。
「このぉ!」
クナイを弾かれた桔梗が逆上し、銃を抜いて向けた。だが、それを五ェ門が制した。
「待て!」
サオリがおれの腕を掴み、不安げな表情を浮かべる。
「どうしよう。五ェ門さんとルパンさんが敵になっちゃった」
「まぁ、見てろ」
おれは静かに彼女をなだめる。これは、彼らの間の問題だ。
五ェ門が斬鉄剣を抜き放ち、ルパンに斬りかかる。凄まじい剣戟がクルーザーの甲板を切り裂き、テーブルが真っ二つになる。返す刀の横薙ぎが、ルパンの持つ竜の置物を捉えた。
キィィン!という甲高い音と共に、閃光が迸る。おれの腰にある斬鉄剣が、共鳴するようにビリビリと震えた。
「きゃあっ。なに? なに!?」
「だ、だぁれだ?」
突然の銃声に、その場にいた全員が身を伏せる。ルパンとサオリが同時に叫んだ。
「来やがったか…」
おれの呟きと同時に、一触即発だった空気を機関砲の轟音が完全に引き裂いた。水平線の彼方から、白い船影がいくつも現れる。
「あー、本日は晴天なり、本日は晴天なり。はい、テーストテースト。ルパーン!完全に包囲した。大人しくお縄に付け!」
メガホン越しの、あの聞き慣れた大声。
「と、とっつぁん…」
「なんてこったい。こんなところまで追いかけて来たのかぁ」
ルパンと次元が呆れたように声を上げる。五隻もの巡視船を引き連れて現れたのは、我らが銭形警部だった。ある意味、絶妙なタイミングでの登場だ。とっつぁんの執念に、心の中で乾杯した。
「五ェ門、機を逸した。一旦退こうぜ」
「うむ。桔梗!」
「はい!」
桔梗が分銅付きのロープを凧に引っ掛け、ロケットに点火して空へと舞い上がる。おれもサオリと共に別の凧に乗り込み、戦場と化したクルーザーから離脱した。
結局、竜の置物は再び現れた陳の手に渡ったらしい。
とっつぁんの下から逃げるアヒルボートごとルパンたちを捕らえ、まんまと横取りしていった。
つまり、次の舞台は陳の根拠地、香港ということだ。
空の上から、豆粒のようになったその光景を見下ろしながら、おれは次なる一手をどう打ったものか考えていた。
◇◇◇◇◇
サオリから聞いていた「ノワール」という名前が、まさかあのルパン三世の一味に連なる存在だとは、さすがの私も予想外だったわ。
アメリカの暗黒街で「子犬」と呼ばれ、五指に入るガンマン。噂は耳にしていたけれど、それがこれほどの使い手だったなんてね。しかも、五ェ門以外に斬鉄剣を持つ人間がいるなんて初耳だった。いや、持つだけじゃない。「斬鉄剣を造ることができる」人間だなんて。
その事実を知った時、私の頭の中では瞬時にいくつもの儲け話が組み立てられた。斬鉄剣の製法、それを独占すればどれほどの富と権力が手に入るか…。けれど、腐ってもアイツは斬鉄剣の担い手。最初の追っ手を退けた腕前は本物だった。
とはいえ、所詮は若造ね。忍びの真髄は隠遁にあり。ただ影のように生きるのが私たちの流儀。その気配を完全に消した私たちの存在に、奴は最後まで気づけなかったみたいだもの。
噂ほどにもないじゃない、と思っていたら、あのサオリが飛び出して行ったのよ。まったく、あの子は血気盛んで困るわ。おかげでアタシも予定より早く五ェ門を助ける羽目になったじゃない。
計画が狂ったのは腹立たしいが、結果として五ェ門の信頼をより深く得られたのだから良しとしよう。元々の筋書きのままで済んだのだからまだ幸運だった。とはいえ、サオリという子は、情に脆く、予測不能な動きをする。今後のことを考えると、注意しておかなければならない面倒な存在だ。
囲炉裏の火を見つめながら、五ェ門の横顔を盗み見る。彼はあの二人…ノワールとサオリを、竜を封印するための駒として使う気でいるらしい。純粋で、真っ直ぐすぎる男。その扱いやすさに、思わず口元が綻ぶ。まあ、二人にはせいぜい足手纏いにはならないでちょうだい、といったところね。
あとは、五ェ門が持つ「巻物」を手に入れるだけだ。
「竜の置物が陳の手に渡った以上、それを取り戻さないと話にならないんだろ?」
「うむ。故に我らは彼奴の本拠地に乗り込まねばならん」
「つーことは、香港に乗り込まにゃならんってワケだ。香港マフィアと事を構える事になるぜ?」
「もとより承知の上のこと。如何なる相手であろうとも、あの竜の置物を取り戻し、再び封印しなければならない」
「オーライ。乗り掛かった船だ。最後まで付き合うぜ」
アタシはその最後の仕上げのため、何も知らずに使命感に燃える五ェ門を伴い、香港の夜へと身を投じる算段を付けた。
竜と巻物、そして斬鉄剣の製法。そのすべてが、もうすぐこの手に収まる。
これで世界は、アタシの物だ。闇の中でアタシは誰にも気づかれぬよう、静かに勝利の笑みを浮かべた。
to be continued…