海上を高速で飛翔する二つの巨大兵器。『ネクストAC』と呼称されるそれらは、荒廃したこの世界に残された最後の兵器達であった。『最後』この言葉には誇張などない。この二つを除いて、全て破壊されてしまったのだから。
海上を滑るように移動し降り注ぐ光を回避しながら、ライフルを連射するネクスト。純白のカラーリングに左右に突き出した特殊な形状のコアパーツから、どこか鳩を連想させる機体。その名を『ホワイト・グリント』と言う。
一方、上空から全身の武装を絶え間無く撃ち込むネクスト。鋭いフォルムを持ち漆黒を身に纏う機体。かつては『ストレイド』と言われたこのネクストが、世界中の兵器を破壊し尽くし億を優に越える人類を葬り去ったのである。
意外な事にこの悪魔を操るのは、SF映画に登場するような狂ったAIなどではなく、滅ぼされてきた者達と同じく人間『一人のリンクス』であった。
人の身に余る非道を尽くすリンクスを、残された人々はこう呼んだ。
『人類種の天敵』と。
人類を脅かす怪物を倒す。この戦闘は、そんなヒロイックな理由で行われていた。しかし、形勢はストレイドに傾いていると言えるだろう。ホワイト・グリントの左腕は既に海の藻屑と化し、ミサイルの残弾もゼロ。機体の各所から火花を散らしている。
一方のストレイドは特に損傷らしきものは見当たらず、改造に次ぐ改造によって機体の各所に設置された豊富な武装により、無尽蔵とも言える継戦能力を得ていた。
勝負は決した。誰もがそう思っただろう。
ところが状況は一変した。ホワイト・グリントを破壊すべく稼働を始めたストレイドのコジマキャノンが、突然爆発を起こしたのだ。しかし、実の所これは仕組まれたものであった。
人類種の天敵はアルテリア・カーパルスでの戦闘から生還すると、撃墜された同志『オールドキング』が率いていた武装組織『リリアナ』へと身を寄せた。
オールドキングを失い疲弊していたリリアナはこの天敵を受け入れ、本懐である全クレイドルの排除を成し遂げようとした。しかし、これは大きな間違いであった。
天敵はクレイドルのみならず、地上に住む人間達をも破滅させようとしていたのだ。『クレイドル撃墜をより確実に行うため』という甘言によってリリアナを巧みに操り、企業の基地を襲撃。それに巻き込む形で周囲の無関係な人々を虐殺していった。リリアナが天敵の真の目的に気づいた時には既に総人口の半分が失われ、残りの半分を守るべき兵器達は鉄屑へと変わっていた。
このままでは人類が滅亡する。それを阻止すべく構成員達は企業とコンタクトを取り、天敵の次なる襲撃を密告。唯一残された希望、ラインアークにて再建されたホワイト・グリントによる奇襲を企てた。
そして、天敵を確実に葬り去るためにストレイドのコジマキャノンに細工を施したのだ。
爆発を確認したホワイト・グリントは急旋回し、ストレイドへと接近する。一方のストレイドは爆発によって機体の左半分を失うも、平然と右腕に装着された巨大なガトリングをホワイト・グリントへと向ける。その威力はネクストを容易く撃墜するものである。
しかし、ホワイト・グリントは回避運動などせずむしろ速度を上げる。ライフルを持った右手を前に出し、ストレイドへ突撃した。
一人のリンクスが、海中へと沈むストレイドの残骸をモニター越しに眺めていた。人類の行く末を決める聖戦を制したのは、ホワイト・グリントであった。
ガトリングが乱射されるよりもほんの少し早く、ライフルはストレイドのコアに深く突き刺さり火を吹いたのだ。
しかし、勝者である彼の心を支配していたのは歓喜ではなく、一つの疑問であった。
崩壊しながら落下するストレイドから発せられた通信。それを聞いた彼は、天敵が最期に何を思っていたのかを暫し考えていた。
とはいえ、その答えを出せる者はたった今自分が殺してしまった。即ち、この迷宮入りしてしまったということだ。彼は首を振り疑念を振り払うと、ホワイト・グリントを反転させる。
早く帰って、あの子にただいまを言おう。リンクスはラインアークへと凱旋を開始した。
人類に一時の平穏がもたらされた。やがて企業達は力を取り戻し、利益を求め小競り合いを再開するだろう。それがこの世界の日常なのだから。
『……約束……した……の』
廃ビルの廊下を走り抜ける四人の男達。彼らはCCGに属する職員であり、人類の天敵『
鳩をモチーフとした胸章を付けていることから、喰種からは鳩と呼ばれているが、鮮やかな赤を身に纏った今の彼らはどちらかと言えばフラミンゴであった。別に、ペンキを塗りたくっていたわけでも、トマトを叩きつけられたでもない。それらはすべて、屠られた仲間の返り血である。
結論を言うと彼らは敗走していた。駆逐対象である喰種に逆に駆逐されかけ、情けなく逃走しているのだ。
「逃げろ! とにかく走るんだ!」
先頭を走る男が叫ぶ。彼はCCGの上等捜査官であり、この班の班長を務めている実力者。今までに何体もの喰種を駆逐してきた屈強な戦士だ。しかし、その顔は恐怖に歪み見る影もない。今の言葉も追従する部下に向けた指示というよりは、痛みと興奮で今にも倒れてしまいそうな自分への励ましだった。
通常ならば、そのような行為はもっての他である。しかし、『生きるか死ぬかの瀬戸際』つまり、彼らが直面するこの状況では話が別。そも真っ当な生物であれば己の命を最優先にするのが当然であり、こんな時までそれ以外を優先しようとする者は余程の強者か馬鹿、即ち『
だからこそ、彼はここで死ぬ運命を定められたのだが。
「もうすぐ出口だ! がんばれ!」
班長の言葉に部下達は僅かに笑みを浮かべる。逃げ切れたと、誰もがそれを確信した。というのも、今まで後方からは何も聞こえてこなかったからだ。つまり、
「は、はははっ! やった! 俺は、俺は生きのこっ……」
それは唐突だった。赤黒い光が壁を破壊し、側にいた班長を両断したのだ。
班長の上半身はしばらく止まりかけのコマのようにグラグラと揺れ、仰向けの形で倒れた。遠慮なく晒したその死に顔は、部下達が今まで見たことのない満面の笑みであった。
「嘘だろ……」
しかし、そんな間抜けな班長を笑うことなど誰も出来なかった。いや、最早彼の存在など部下達の頭の片隅にもなかったのである。彼らに出来たことはただ一つ。へたり込み、死を待つことだけ。
崩壊した壁から一人の喰種がゆっくりと姿を現す。長く太い嘴を携えた鳥のような、或いはペストマスクにも似たマスクで顔をすっぽりと隠し、首には首輪をはめ、黒いコートを着込んでいる。生身らしい肌色は手にしか見当たらない。より正確に言えば、左手には喰種の補食器官である赫子がまとわりついていたため、右手のみである。
「遅かったじゃないか……」
これから行われる行為の残虐性を微塵も感じさせぬ、穏やかな声がマスク越しに聞こえると同時に、左腕の赫子からさらにガス状の赫子を放出する。やがてそれらは収縮し、赤黒い光の刃が出来上がった。
「私は面倒が嫌いなんだ」
刃を構え、捜査官達へ近づいていく。
「じょ、冗談じゃ……」
それが、呆気なく逝った彼らが残した最後の言葉である。
全身に包帯を巻いたミイラのような喰種『エト』と、『首輪付き』と呼ばれた先程の喰種。二人が真っ黒な路地裏で向かい合っていた。
「首輪付き、私と一緒に来てよ」
「断る」
手を伸ばすエトに対し、首輪付きは左腕の刃を以て答える。彼女の立っていた地面はその一閃によって吹き飛ばされるが、エト自身はいつの間にか首輪付きの後ろに立っていたため無傷である。
暫く張り詰めた空気が互いの間に流れるが、刃の崩壊と同時に緩和する。
「全人類の殲滅……そんなの無理だって気付いてるでしょ? だからその力を私の計画の下で振るってほしいなぁ」
手を合わせ、首をかしげるエト。首輪付きはその様子を興味なさげに一瞥する。
「いいや、私は必ず成し遂げる……消えろ、イレギュラー」
「……君もイレギュラーなんだけどなぁ。またね首輪付き」
エトは肩を竦めると、バイバイと手を振りながら闇の中へと消えていった。その言動から察するに、どうやら首輪付きへの勧誘はあきらめてないようである。
彼女の気配が消えると、首輪付きはマスクを外し夜空を見上げた。
「私は喰種……即ち人類種の天敵……」
その片目は深紅に染まっていた。
首輪付き(本名:?)
Rate:SS~
性別:?
Rc type:羽赫?
目標:人類の殲滅
隻眼の梟とほぼ同時期に活動を開始した喰種。マスクの他に首輪を付けているため、この呼称が定着した。
極めて危険性が高く、一般市民を含めて1000人以上を殺害している。また、これまでの捜査官との戦闘では常に単独である。
赫子は異常な発達を見せており、まるで兵器のような形態を取る。遠距離からの攻撃が多いため羽赫が有力視されているが、複数のタイプの赫子を組み合わせている可能性も指摘されている。