隣のほうから来ました   作:にせラビア

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番外編 狂想曲をご一緒に 後編

「それで、その子が収穫なの?」

「収穫……かも知れない、くらいだけどね」

 

 レオナの言葉にチルノは期待半分、諦め半分と言った面持ちで返す。

 結局あの後もダイとラトの言い争いを収めきれず、けれども何か情報を持っているかも知れないという己の直感を信じ、ラトを連れてレオナたちの下まで戻っていた。

 

「なあおい、ここってあの領主の屋敷だろ? こんなところ入って大丈夫なのかよ?」

「……とてもそうは見えないんだけど。ホントに大丈夫なの?」

 

 とはいえレオナの気持ちも当然だろう。

 ラトの見た目は十歳程度子供。古びた質素な服を身に纏い、如何にも普通の子供としか思えない。唯一、短く切り揃えられた金髪が目を引くものの、それとて珍しいというわけでもない。

 元気いっぱい生意気盛りの子供にしか見えないのだ。

 

 その本人はといえば、初めて見た貴族の屋敷の豪華さに驚きで頭がいっぱいのようだ。気まずそうにキョロキョロと辺りを見回している。知らない大人が大勢いるのも、きっと落ち着かない要因の一つなのだろう。

 

「でも、他に集まった情報って"領主はいい人"みたいな話ばっかりなのよ。やっぱり本職がもっと時間を掛けないとこれ以上は……」

「……あ! まさかてめーら、おれを誘拐するつもりじゃないだろうな!?」

 

 突然、今気付いたようにラトが大声を上げる。

 一応本人の許可は取り、簡単な説明もしたのだが、それでも内心の恐怖に勝てなかったのだろう。荒い口調は本心を隠すための精一杯の強がりといったところか。

 

「誘拐してどうするの? 誰か身代金を払ってくれるようなアテはあるの?」

「え……!? いや、ないけれど……」

 

 レオナの言葉に語気が弱くなった。だがそれも一瞬のこと。

 

「で、でも金がなくても浚われる人間はいるんだ! 現におれの父さん母さんだって――」

「ちょっと待って!!」

 

 聞き逃せない言葉にレオナはおろか全員が驚く。

 

「浚われたって、どういうこと!?」

「……浚われたんだよ。てか、お前は誰だ!? 偉そうに!!」

「な、なんと無礼な! 態度を改めよ!!」

「よいか小僧、この方はパプニカのレオナ女王陛下にあらせられるぞ!」

 

 子供の言うことであっても、見過ごせなかったのだろう。臣下たちが口々に怒りの言葉を上げる。

 

「えーっ!? これがあのパプニカの女王だって!? おい、嘘つくのもいい加減にしろよ!!」

「ちょ……!! なにそれ! だれがこれ(・・)ですって!?」

「そうやってすぐ怒るところがガキなんだよ! おれ知ってるぜ、女王ってのはもっと落ち着いててしっかりしてる人なんだからな!!」

「ぐぬぬ……」

 

 思わずレオナが唸り声を上げ、臣下たちは全員――死角で必死に己を抓って笑いそうになるのを堪えながら――そっぽを向く。

 

「急に言っても信じられないかもしれないけれど、本当のことなのですよ」

「この人はパプニカの三賢者の一人、アポロよ。知ってるかな? 太陽のシンボルの額冠(サークレット)がその証なの。それにほら、レオナはパプニカの紋章を刻んだアクセサリーを身に付けているでしょう? あれは国の代表しか身に付けられないものなのよ」

「……え? じゃあ、本当に、女王なのか……?」

 

 アポロとチルノの援護で、どうやらやっと信じたらしい。迷いを断ち切るように二人が趣向すると、レオナを見るラトの目が変わった。

 

「じゃあ、コイツも本当に勇者なのか……?」

「そうだよ。信じてくれた?」

「……わ、悪かったよ。二人とも、疑ってごめんなさい」

 

 ダイとレオナに向けて素直に頭を下げる。その姿は年相応の素直な子供だった。

 

「でもさ、なんでパプニカの女王がこんなところにいるんだ? 自分の国にいるもんじゃないのか?」

「あー、それはね……」

 

 そう聞かれては返事に詰まる。

 まさかあの長男と結婚する為に来ていると正直に言うのは癪に障るし、かといって直感で怪しいと思ったと言うのも何か格好悪い。

 

「……レオナはお仕事なの。国同士が仲良くするためのお付き合いで、この国に来ていたのよ。そこで悪事の臭いを嗅ぎ取って、調べているの」

「悪事の臭い……そんなの分かるのか!?」

「そりゃ、女王だもの。それくらいはね」

「すっげーっ!!」

 

 言い方に悩んでいると、チルノが割って入り説明する。子供にはこのくらいの方が良かったらしく、悪事の臭いを感じられるという説明を何の疑いもなく信じていた。

 

(ナイスよチルノ!)

 

「そうよ。それで、ラト、だっけ? もしかしたらキミの知っているのはとっても重要なヒントになるかもしれないの。だから教えてくれるかな?」

「わかった」

 

 一度認められれば素直なもの。ラトはそれまでの小生意気な態度が嘘のようにすんなりと話し始めた。

 

「おれ、ここの近くの村に父さん母さんと住んでるんだ。でも暮らしが苦しくなって、それで領主から金を借りた……でもそれは、みんなやってることなんだ! 友達の家も、借りてるって言ってた」

 

 その情報はチルノも聞いたものだ。

 領主が領民に金を貸す。珍しいかも知れないが、不自然なことではない。

 

「それからしばらくして、友達の家はお金が返せなくなって、そしたら特別な働き口を用意してやるって言って、それっきり会えなくなって……最初は仕事が忙しいのかと思ったけれど、村長に聞いても教えてくれないし!! あと兄ちゃんだっていなくなって!」

「ちょっと待って。兄ちゃんって、誰のこと?」

「近所に住んでる兄ちゃんだよ。家族を亡くして一人で住んでたんだ」

 

 子供の話なので、前置きもなしに急に新しい人物が出てくるのは良くあることだった。むしろ年齢から考えればかなり理解し易いほうだろう。

 

「……そのお兄さんも、領主からお金を借りてたの?」

「知らない。けど兄ちゃんも、急にいなくなった。誰も行方を知らないって……それから家にも突然兵士が来て"金を返せないから"って言って、父さんたちを連れていったんだ! おれはそのとき偶然外に出てて、話は後から聞いたんだけど……」

 

 その現場に居合わせなかったのは幸か不幸か。

 

「やっぱり誰に聞いても助けてくれなくて、だったら直接聞こうって思って、それでおれ、ここまで来て……」

「私に出会った、ってわけね?」

 

 チルノの言葉にラトはこくんと頷く。

 

「……ラト、幾つか教えて貰える? あ、分からなかったら分からないでいいからね」

 

 話の内容を反芻するようにしばらく押し黙った後、レオナは口を開いた。

 

「ボナンデ家――領主がお金を貸し始めたのはいつからか、分かる?」

「えーと……詳しくは分からないけど、魔王軍が暴れている頃には借りてる人もいたはず」

「ふむふむ、それでお金は今も継続して貸しているのね?」

「ああ」

「……その前は? つまりお金を貸すよりも前って分かる? 領主はお金を貸すような人だった?」

「あんまり……」

 

 ラトの首が横に振られる。

 

「復興がどうとか、戦争なんとかで、急にお金を貸すようになったって言ってた」

「なるほど。じゃあ、次の質問ね。そのお金が返せない家は全員が働きに連れて行かれるのかな?」

「知らない」

 

 再び首が横に振られた。

 

「確かに、考えてみれば他の家の借金事情なんて知らないわよね」

「でもそういえば」

 

 ラトの話に耳を傾けていたチルノが声を上げる。

 

「領主が働き口を斡旋しているって話があったわ。もしかして同じ職場なのかも?」

「へえ、そんな情報もあったのね」

「ごめんねレオナ、伝えるのが前後しちゃって。私が集めた限りの情報だと――」

 

 まずラトの話を聞いたのは順番的に間違いだったか、とチルノは軽く謝るとそれまで聞いた内容を簡潔に告げる。

 

「――というくらいかしらね」

「ふーん……その話だけだと、やっぱり良い人にも聞こえるわね。でもそれなら、働き先を教えないってのはちょっと不自然よ。そういえばチルノ、その働き口は具体的に何をするかって話はあった?」

「あ……! ごめんなさい、聞いてない……調査が甘かったわ」

「いいのよ。まさかこんな風に繋がるなんてあたしも思ってなかったし」

「えーと……つまり、言えない理由があるってこと?」

 

 置いて行かれないように必死で理解に務めていたダイであったが、既に頭から煙が出そうだった。彼の言葉に二人の少女は首肯する。

 

「危険な鉱山で強制労働とかさせてるのかしらね? ……でもそれなら、多少批難されるだろうけれど借金という負い目もあるんだし、為政者としてはタダ飯を食べさせるわけにもいかないし、順当っぽいけれど……」

「それでもラトが家族の行方を知りたいって言ってるのに、無下にされるのはおかしいと思うけれど? だって"借金が返せないから"っていう大義名分はあるんだから」

「「…………」」

 

 そこまで意見を口に出すと、レオナとチルノは不意に黙る。そして、まるで示し合わせたように同時に口を開いた。

 

「「やっぱり怪しい」」

「まさか!? ボナンデ殿がそのようなことを!?」

「でもねぇ……」

「陛下!! ならば連れて行った人々をどうしているのか、当主殿に直接尋ねるというのは……!?」

「他国には漏らしたくない研究に参加させている。だから、他人の目は困る。でも完成すれば全世界にお披露目する……とか言われたらどうします? 強行して調べますか?」

「う……そ、それは……」

 

 ここがパプニカならば強権を使うことも可能だろうが、生憎と他国なのだ。強引に動けば国家間の信用問題にもなりかねず、慎重に動くことを求められる。

 

「な、ならば逆にその、機密に関わる場所で働かせているから言えないという理由も成り立つではないですか!!」

「それならそれで、ある程度公開すればいいんですよ。ラトみたいな訴えは多分、今までにも何件かあったでしょうし。場所を知られないように目隠しをして連れて行って家族に合わせる、とかやり方もあったはずでは?」

「な……ならば――!!」

 

 なおも食い下がる家臣であったが、チルノは淡々と反論する。それでも負けじと口を開こうとした時だった。

 

「あー!! もう!!」

 

 レオナが立ち上がり、大声で叫ぶ。

 

「これ以上話をしていてもラチが開かないわ!! その謎の働き口がどこにあるのか、直接探すわよ!!」

「あははは! そりゃいいや。オレもレオナに賛成!」

 

 会議に疲れたのか、そんなことを言ってのける。ダイも同じく考えることに疲れたのか、諸手を挙げての賛同っぷりだ。

 そして二人を除く者たちはもはや諦め顔だった。こうなっては下手なことをいうのは逆効果だと経験で知っている者たちばかり。

 

「(な、なあお前、チルノだっけ? この人、ホントに大丈夫なのか?)」

「(大丈夫よ。あれで頭は良いし、頼りになるんだから)」

 

 唯一、ラトだけが付いていけず不安そうにチルノに尋ねていたりしたが。

 

「……ですが陛下。探すと言ってもどこを?」

「怪しい場所よ!」

「具体的にはどちらを?」

「そりゃあ、ここの地下……とか?」

「ボナンデ家の地下ですよ!? お気持ちは分かりますが確たる証拠も無しでは!!」

 

 軽挙妄動を諫めるアポロの問いかけにレオナの語気が段々と弱まっていった。確かに気持ちは分かるのだが……このままでは悪い方向に暴走するかもしれない。どうやら一肌脱がねばならないと悟り、チルノは嘆息する。

 

「……仕方ない。ホントは倫理的に問題になりそうで使いたくなかったんだけどね」

「チルノ殿?」

「これを使ったのは、内緒で皆さんお願いします……【サイトロ】」

「こ、これは!?」

 

 突如、まるで陽炎が浮かび上がったかのように、チルノの前へ地図が現れた。何も無い空間に浮かび上がるそれはまるで幻術のよう。そこに映し出されているのはこのボナンデ領周辺の地図だ。

 完全な縮尺と精緻に書き込まれた地図にアポロだけでなく全員が驚く。

 地理を知ることの出来る魔法サイトロ――戦略的な観点ならかなり悪用が可能だろう。

 

「基本的に、何か後ろめたい物を隠すなら手の届く範囲の方がいい。だから近隣の可能性が高いはず……あとは……確か、街道を整備したって言ってたわね? ……整備した街道に人を行き来させる。安全で通りやすい道なら誰もが通るから、古い道には目が届きにくくなる……注目が下がる?」

 

 目を白黒させる者たちを尻目に、チルノは地図に目を通しながら怪しい場所を絞り込んでいく。

 

「ラト、古い街道とか知ってる? 新しい道が出来たから使われなくなった道とか」

「え、ええっと……」

 

 突然言われ、驚きつつもラトはサイトロで浮かび上がった地図に指を這わせていく。難しそうな表情を浮かべているのは、頭の中では自分が知っているある道と地図上の道とを必死で重ね合わせているのだろう。

 やがてその指は一カ所で止まった。

 

「この道かな? たしか、行商のおっさんが楽になったとか言ってたし」

「それよ! ここの近くを探しましょう!!」

「……誰が?」

「そりゃあ勿論――」

 

 

 

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「――やっぱりこうなるのよね」

 

 ある意味予想通りの結果だったといえよう。

 ラトが導き出した怪しい道、そこの調査に行くことになったのはダイ・チルノ・ラト・レオナの四人だった。

 護衛に来た者やアポロなどはこぞって反対したのだが、レオナの「あたしが行ってこの目で確認するのが何よりの証拠でしょう!? それと護衛って、この中でダイ君たちより強いのなんているの!?」という身も蓋もない一声に黙るしかなかった。

 挙げ句、彼女たちが屋敷を抜け出したのを悟られないようにキナンらの相手をして時間を稼げという無茶振りである。

 

「何言ってるのチルノ? それよりもラト、この道でいいのね?」

「ああ、間違いねーよ」

「ダイ君、後ろは? 誰か来てる?」

「大丈夫みたい」

「チルノは? 何か怪しいところはあった?」

「うーん……」

 

 唯一土地勘があるラトを先頭に、ダイは誰か追っ手が来ないように後方の警戒を。そしてチルノはサイトロの魔法を引き続き使って地形の確認を続けていた。現在地と周囲の地図を何度も見比べ、やがて気付く。

 

「……ちょっと見て、ここ!」

「森みたいになってるけど、まさか……?」

 

 全員が魔法の地図を覗き込む中、チルノは一点を指さす。

 そこは今の道からもう少し先にある場所。その奥には木々が生い茂っており、野性動物や下手すれば魔物が住処としていそうだった。

 

「行ってみる?」

 

 レオナの言葉に全員が頷く。

 

 先を進み森の中へ。ここからはラトの土地勘も叶わず、チルノの持つサイトロの魔法が頼りだ。方角を何度も確認しながら奥へ奥へと進み続け――

 

「正解だったみたいね。ほら見て」

「こんな辺鄙な場所で、ありえない量よね……」

 

 地面には複数人の足跡が残っていた。人間以外に馬の足跡と馬車と思われる轍もあった。それらが幾つも刻まれている。それらを更に追っていくと、森の中には不釣り合いに大きな建造物があった。

 

「あれって……」

「明らかに怪しいわね」

 

 

 

 

 

「うわ……不気味……」

 

 四人は建物の中に忍び込んだ。手入れもされておらず、まず黴臭さが鼻につく。

 内部には窓がなく、薄暗い。呪文で生み出された光源が頼りなく照らしているだけだ。入り口には申し訳程度の玄関を兼ねた大広間があり、四方には扉が見える。

 外観と内観から察するに、この最初の広間から三方にそれぞれ大きな部屋があるようだ。下手をすれば地下室もあるかもしれないが、さすがにそれは調査しないと分からない。

 

 見える範囲には椅子とテーブルが乱雑に並んでおり、卓上には薄汚れた食器も見える。ここに誰か――それも複数人がいることは間違いないだろう。

 

「思ったより埃は立たない……これは正解かもね」

「……どういうこと?」

「つまり、この建物は誰かが頻繁に出入りしているってこと。埃が溜まらない程度にはね」

 

 レオナの問いかけにチルノが答える。

 やはり根っこは王族、掃除をサボって埃が積もるのは、頭では知っていてもすぐには結びつかなかったのだろう。人の通り道は汚れが見られない分、四隅には吹きだまりのように埃が溜まっている。

 

「ここに、父さんたちが……?」

「ええ、きっと待ってるわ」

 

 儚げに呟くラトの肩へ励ますように手を置き、レオナがそう断言する。彼らは慎重に奥へと進んでいった。

 

「う……っ、なに、この臭い……」

 

 進むにつれて鼻がツンとする特異な刺激臭が漂ってくる。嗅ぎ慣れぬ強い臭いにレオナやラトは思わず鼻を押さえるほどだ。

 

「薬品、かしらね……?」

 

(ううん、それだけじゃない。これって……)

 

 それに混じり、もう一つの臭いがあることにチルノは気付いた。一年前に何度か嗅いだことのあるその臭い――

 

(ひょっとして、死臭……!?)

 

「姉ちゃん……」

 

 ダイも感じ取ったんだろう。二人は視線を合わせると無言で頷き、気を引き締め直す。この奥には生きものを殺すような何かがいるのは間違いないのだから。

 

「ここ、一番奥の扉よね?」

「見た感じ、この部屋が一番大きいみたいだし……開ける?」

「……オレがやるよ」

 

 物音を立てないよう一層警戒しながら進み、やがて最奥の扉へと辿り着いた。作りから考えてもそこは一番大きい部屋で、同時に一番怪しい雰囲気を醸し出していた。

 ダイは明らかにおどろおどろしさを漂わせる扉に手を掛け、緊張を孕みつつもほんの少しだけ開ける。

 

「――――ッ!!」

「……う……っ!」

「……っ!!」

 

 室内に視線を走らせた途端、チルノは喉まで出掛かった声を押し殺した。同時にレオナとラトの口をそれぞれ手で塞ぐ。あと一瞬でも遅ければ、少なくともラトは恐怖に悲鳴を上げていただろう。

 

「あれは……妖魔士団の魔物たち……」

「しかも、あれって……」

「状況から判断するに、人間を使って実験しているんでしょうね……」

 

 妖術師や祈祷師などの、いわゆる魔法使い系に代表される魔物たちがひしめき合いながら作業を行っていた。ある者は人間を切り刻み、またある者は何本もの試験管を手に取る。人間と魔物の合いの子のような生物を檻に閉じ込め、暴れる様子を観察しながら何らかの記録を取り続ける者もいた。

 壁には魔族の言葉で書かれた実験結果レポートと思わしき紙が無数に貼り付けられ、床には血の跡だろう真っ黒な染みが所狭しと浮かんでいた。扉が開き空気の通り道が出来たことで、異臭もさらに強烈になる。一嗅ぎしただけで頭が痛くなりそうだ。

 さながら魔女の釜の底。

 心の弱い者が見れば、その瞬間に卒倒するだろう。事実、最年少のラトは歯の根が合わなくなったようにカチカチと鳴らし、身体は震えている。泣き喚かずにいるのは奇跡に近い。

 

「実験……って……?」

「まさか超魔生物?」

 

 ダイの言葉にチルノは無言で頷く。

 

「超魔生物は戦力を強化するのにうってつけだもの。隠れ潜んで実験を繰り返して力を蓄えて、私たちへの復讐の機会を狙っている――だけなら良いんだけど、事態はもう少し複雑そうなのよね……」

 

 遠回しな言い方、けれどもレオナはそれだけで彼女が何を言いたいのか気付いたのだろう。じわじわと顔が青ざめていく。

 

「まさか、ボナンデ家が協力を?」

「……可能性は高いと思う」

「え、なんで?」

 

 どうして魔物と貴族が繋がるのか分からず、ダイは目を白黒させる。

 

「いい、ダイ君。実験のために人間を浚う。でも人を浚うなんて目立つでしょう? 急に人がいなくなれば家族や知人が心配するし、調査もされる。そもそも魔物が動けば相当目立って話題になるはずよ。でも、チルノたちが調べた話にそんな物はなかった。おかしいと思わない? 誰かが真実を隠しているのだとしたら?」

「ついでに言うなら、ベンガーナの攻略は妖魔士団の担当だった。でもザボエラたちは目立った侵攻を見せていない。勿論、ベンガーナが頑張って防衛していたのもあるでしょうし、ザボエラが侵攻に熱心じゃなかったというのもあるけれど……」

 

 レオナの言葉に付け足すように言うと、チルノは心底言い難そうに一度言葉を切った。

 

「……もしも、ザボエラと取引した人間がいたとしたら? 命と財産を保証してもらう代わりに魔物たちの襲撃計画を教えて貰ったり、逆に人間側の情報を流したり。そんな都合の良い情報源をギリギリまで利用したいという理由もあって、侵攻していなかったとしたら?」

「まさか……そんな、そんなことって……」

 

 信じたくないといったようにダイは俯く。まさか魔王軍に協力する人間がいたなど、純粋なダイにとっては想像も出来なかったようだ。

 

「あたしもチルノの意見には頷けるの。現にああやって魔王軍の残党がいるのに、ボナンデ家は討伐に動かない。この建物や実験の様子から判断するに、昨日今日ここに来たってワケでもなさそう……となれば、なんらかの関係性があるのは間違いないと思うの。それと……」

 

 流石にコレは大きな声で言うわけにはいかない。レオナはできる限り声を潜め、ダイの耳元で他の誰にも聞こえないように注意しながら囁いた。

 

「(借金を理由にすれば人間を連れて行くのに都合がいいでしょう?)」

「……ッ!!」

 

 レオナの言葉でようやくダイの中でも一本の線に繋がった。

 

「ねえ、じゃあ父さんたちはここにいる……? それともまさかもう……」

「大丈夫。お父さんたちが連れて行かれたのは最近なんでしょう? なら、まだ無事なはずよ。お父さんお母さんを助けてあげましょう、ね?」

 

 レオナがダイに囁く一方、チルノはラトの相手をしていた。それはレオナの話を聞かれないためのアシストであると同時に、恐怖が限界に達したラトを慰める意味もあった。今にも泣き出しそうな顔を浮かべるラトを、チルノは優しく抱き締めて励ます。

 

「一旦調査はここまでにしましょう。多分、人質を捕らえておく部屋があるはずだから、そっちを探して無事な人たちだけでも連れて逃げるわよ」

「ええ。あと何か、出来ればボナンデ家と魔物たちとの繋がりを示す証拠も欲しいんだけど……そこまで無茶はできないわよね。まずは人命優先で」

 

 必要最低限の裏は取れた。

 レオナたちの証言に加え、確実性を増す意味でも物的な証拠が欲しいところなのだが、ラトの気持ちを慮る意味でも長居は無用。囚われの人たちだけでも救出して逃げるだけだ。

 

「……しかし、思った以上に大事(おおごと)が裏に潜んでいたのね」

「図らずも、レオナの予感は正しかったワケだ」

 

 小声でそんな会話を交わしながら戻ろうとした時だ。

 

「まったく、困った奴らだ。こんな所まで来てしまうとは」

 

 不意に、聞き慣れぬ声が聞こえてきた。方向はダイたちの後ろ、つまり入り口から。間違いなく閉めたはずの玄関はいつの間にか開いており、声の主はそこから姿を見せる。

 

「この声……!」

「キナン公爵!! どうしてここに!?」

「街で黒髪の少年と赤髪の少女の話を聞いてな、まさかと思い注意していれば……ここまで嗅ぎつけるとはまったく忌々しい!」

 

 突然のキナンの登場に驚くレオナたちであったが、キナン本人は吐き捨てるような口調と恨みがましい目を向けながらゆっくりと近づいてきた。

 

 

 

 

 

「何も知らず、余計なこともせずにワシの命令通りにしておれば良いものを……おかげで計画が台無しだわい! どうしてくれるのだ!?」

「……計画? 妖魔士団と手を組んで、人間を浚って……何が目的なの? 超魔生物を量産するつもり?」

「超魔生物……? なんだそれは?」

 

(……え!? 超魔生物を知らない……?)

 

 予想外の言葉に問い質したはずのチルノの方が面食らってしまう。

 

「ワシは確かに魔王軍と手を組んだ。だがそれはあくまで自衛のためだ!!」

「自衛……ですって!? 魔王軍に協力することのどこが自衛なのよ!?」

「そうだ! 大魔王を倒すためにみんなで協力する方がよっぽど大事だろ!!」

「何を言うか!! そんなことは綺麗事にすぎん!! あの時点で大魔王に勝てたという保証がどこにあった!? だからワシは取引をしたのだ!! 地上が征服されてもワシらだけは助かるように! 多くの人間は殺されるか奴隷とされるだろうが、ワシら一族だけは助かるようにな! そうすれば僅かでも人間は存続し、繁栄できる!! これがどうして批難されねばならんのだ!!」

「な……っ!!」

 

 あまりに身勝手なキナンの言葉に、ダイたちは絶句する。

 

(……ここにバランがいなくて、本当に良かったわ。こんな言葉、聞いた途端にベンガーナごと地図から消えていてもおかしくないもの)

 

 チルノは一人、こっそりと神に感謝する。

 同族を売っただけでも烈火の如く激怒していただろうが、この言葉はその火に油を注ぐようなものだ。怒り狂い、感情の赴くままに大暴れしても不思議ではないだろう。

 

「キナン公爵……どうしてそんな馬鹿な考えを……」

「レオナ……多分、大魔王の目的を知らないから……」

「……あっ!」

 

 大魔王バーンの真の目的は地上世界の破滅。六大軍団長であっても知らされていない事実である。必要以上の混乱を避けると言う意味でも、バーンの真の目的はしばらく口外しないようにと諸王たちは世界会議(サミット)で取り決めていた。

 勿論、あの大戦の傷が完全に癒えて、人々が新しい生活を過ごせるようになったと判断した時点で公開するつもりではあったが。

 世界会議(サミット)参加の権利を持たないキナンでは知らないのも当然だった。

 

 そもそも当初、人間たちは大魔王軍の侵攻をハドラーの時と同じく地上世界の征服だと思い込んでいた。ならば大魔王に取り入り媚を売ることで、特例で生き延びられると考えても不思議ではない。

 

「だがあの戦いは貴様らが勝った、それはいい! だがこやつらは大戦中の縁だといって当家に強引に入り込んできたのだ!! 隠れ家と実験用の人間を調達しろと!! 断れば大戦中の関係を公表すると言ってなぁ!!」

「そんなの自業自得じゃない!!」

「正直に言えば良かったんだよ!! そうすればオレたちだって――」

「馬鹿を言うな!! そんなことをすれば世界中から卑怯者の(そし)りを受ける!! そのような恥ずかしい真似がどうして出来ようか!! 仮に大戦中の責任にまで遡って請求されれば我が家は終わりだ!! ベンガーナの頂点に立つという我が野望も叶わなくなる!! こうなったのも全て、貴様らが魔物どもを打ち漏らしたのが原因だ!! どう責任を取ってくれる!?」

「ひ、ひどい……」

「なんて身勝手な……」

 

 まるで全ての原因がダイたちにあるとでも言うような口ぶりだった。

 醜聞を恥と考え、公にするくらいならば全てを闇に葬り去り真実を消してしまいたい。家名に傷を付けたくない。

 そんな、肥大化した欲望と自尊心が最悪の行動を取らせたのだろう。

 

「ふ、ふざけるな!! そんなことのためにおれの父さんたちは……」

「やかましいわ!! 貴様の親のことなど知るか!! 我が領内で暮らしている以上、民は全員ワシの為に死ね!!」

 

 ラトが怒りを露わにすればその数倍の勢いでキナンが怒鳴る。

 

「役立たずのニニットをパプニカへ婿に出すことで我が家の影響力と商売圏はもっと広くなる! そうなればいずれベンガーナだけでなくパプニカの実権を得られる!! それどころか他国を蹴落とすことも出来るのだ!! それをどうして諦められようか!!」

「……なるほど、なんとなくわかったわ。その計画に私たちがどう関係するのか」

 

 よほど鬱憤が溜まっていたのか、その後も言葉は止まらなかった。ベラベラと口にされる腹の内を聞きながら、チルノはようやく自分たち(アルキード)が関係する理由に気付いた。

 

「私たちは大魔王軍の残党を倒す役目だった……違う?」

「ほう、何故そう思う?」

 

 どうやらあれは対外的なポーズに過ぎなかったようだ。最初チルノたちを出迎えたときは真逆の態度を見せながら、キナンは不敵に笑う。

 その様子に自分の考えは間違っていなかったと確信しながらチルノは続ける。

 

「ああ見えても、妖魔士団の生き残りたちはそこそこ強い。下手に戦力を動かしたり強い相手に退治を依頼すれば、問題が露見しかねない。勇者を頼りたいけれど、今まで関わらなかった相手と突然つながりを持とうと動けば、それだけで疑いの目で見られかねない」

 

 案外、ダイたちと直接知り合いになるのはプライドが許さないという矮小な理由があるのかもしれないと思ったが、さすがにそれはどうでも良いので口に出さない。

 

「だからレオナを頼った。個人的な親交があるから、その繋がりで紹介されたといえば不自然じゃない。パプニカへの婿入りには、案外そんな理由もあったのかもね」

「え……っ!? うそ、最悪……!」

 

 レオナが苦々しい顔を見せる。自分の婚約話の裏にそんな下衆な欲望があったと知らされれば、仕方ないだろう。

 

「繋がりを持った後で退治させる。あくまで偶然を装うために、大魔王軍と繋がっていた証拠は時間を掛けて消しておく。魔物たちが何を言っても所詮は戯言と切り捨てられるし、勇者と言ってもまだ子供だから言いくるめられる自信があった……ってところかしら?」

 

 当初、ダイとチルノと出会った際にキナンの見せた複雑な感情。それを合わせて推理した結果である。だが、どうやら的を射ていたようだ。全てを聞き終えたキナンはニヤニヤと笑う。

 

「察しが良いな、その通りだ。そして(こと)が露見した以上、どうなるかは分かっているだろうな?」

 

 パチンと指を鳴らす。すると背後から彼の私兵と思わしき男たちがぞろぞろと現れた。

 彼らもキナンが裏で何をしているのか知っているのだろう、命令に従ってダイたちを部屋の中心として取り囲み、武器を構える。

 一気の濃度を増した殺気でラトが怯え、チルノは安心させるように背中で庇う。

 

「まさかレオナのことを利用しようとしていたなんて……覚悟しろ!」

「そうよ! ダイ君たちに勝てると本気で思っているの!? 馬鹿な真似は止めれば、まだ温情はあるわ!!」

「フン! まともに貴様らを相手にするつもりなど毛頭ないわ!!」

 

 数十名もの兵士たちが並ぶが、ダイたちを相手にするには力不足だ。それを理解するレオナはむしろ女王らしい毅然とした態度を見せ、罪人を説得するような強い口調を見せる。ダイも油断なく周囲を見渡し、相手を牽制するように圧を掛けていた。

 とはいえキナンも力量の差は計算の内なのだろう。懐から何かを取り出し投げつけた。

 

「ギイイイイイイィィィッッ!!!!」

「うわっ!?」

「何っ!?」

 

 突如として、奇声のような音が鳴り響いた。耳に痛いほどの高音はまるで超音波。予期せぬ五月蠅さに思わず耳を押さえながらも、音の出所(でどころ)を探す。

 

「……油断してた! しかもこれって警報!!」

 

 チルノは己の甘さに思わず舌打ちする。一年の間に平和ボケしたのか、この程度の備えはあってしかるべきと気付くべきだったのだ。

 警報音は侵入者の存在を建物全体に知らせ、閉じたはずの扉の向こうがにわかに慌ただしくなるのが聞こえてきた。

 

「いた! あいつだ!! 真空呪文(バギ)!」

 

 気配を探り、ダイはふわふわと天井近くを浮かぶ魔物を見つけた。ドラキーに酷似したそれに向けて風の刃を放ち真っ二つに切り裂けば音はぴたりと止んだが、建物内の慌ただしさは止まない。

 最奥の扉が内側から開き、妖魔士団の魔法使いたちが飛び出してきた。

 

「この警報は!? な、貴様は!!」

「ゆ、勇者ダイ! どうして此処に!?」

 

 あのドラキーのような生き物も妖魔士団が作った物の一つだった。蝙蝠の警報を聞きつけて現れた魔物たちは、予想だにしていなかったダイの登場に驚きを隠せない。

 

 混乱した時を見計らい、キナンが大声を上げた。

 

「おお妖魔士団の聡明なる方々よ、申し訳ない! 勇者ダイたちの侵入を此処まで許してしまったのは我が落ち度! どうか手を貸していただきたい!!」

 

 なるほど。これがキナンの狙いだったようだ。

 妖魔士団の魔物たちを巻き込み、矢面に立たせてダイたちと闘わせる。倒せずとも消耗させれば、勇者にトドメをさせると踏んでいるのだろう。邪魔な残党(魔物)たちを片付けられ、秘密を知った者(勇者)たちも消せる。

 実現できれば一石二鳥の策だろう……実現できれば。

 

 わらわらと飛び出してきた神官系の魔物たちはキナンのその言葉に目の色を変え――

 

火炎呪文(メラ)!」

「うわあああぁっ!!」

 

 ――近くにいた私兵の一人を炎で包み込んだ。猛火に焼かれ、悲鳴を上げて倒れる兵士の姿がキナンたちを怯えさせる。

 

「な、何故だ!! どうして味方を攻撃するのだ!?」

「クックック、何を言うのかと思えば……」

「我々は敵を片付けただけですよ」

 

 味方――使い捨てるつもりではあるが――だと思っていた相手から突然の奇襲に、キナンはおろか彼が連れてきた私兵たちも動揺の色を隠しきれなかった。中には小声で"話が違う"と吐き捨てる者や、今にも逃げ出しそうな者もいる。

 

「い、一体何が……?」

「仲間割れ? よ、よくわからないけれどダイ、レオナ、今の内に……」

 

 ダイたちすら想定外の展開に混乱し、手を止めてしまった。とはいえせっかくの機会なのだ。チルノは合図すると少しでも守りやすい位置――四方から襲われない様に壁を背にできるような場所へそっと移動する。

 

「て、敵だと!? 敵は我々ではない!! 勇者たちなのだぞ!?」

「無駄ですよ父上、もうあなたは用済み。彼らがあなたの言葉を聞くはずもない」

 

 必死に叫ぶキナンの更に背後から、もう一人の男の声が聞こえてきた。その凜とした声色はダイたちも聞き覚えがあった。

 

「ロ、ロマネ!! 何故お前がここに!? どうしてこの場所を知っているのだ!?」

「あれって、次男よね?」

「えぇ……」

 

 ボナンデ家次男のロマネが姿を現す。だが屋敷で見た時とは異なり、その顔色は邪悪そうに歪んでいる。狂気の表情を貼り付けていると呼んでも差し支えないだろう。

 

「簡単なことですよ父上。一年ほど前から、ときおりふらっと家から出かけていくあなたを尾行しただけのことです。領内が騒がしくなったことと合わせれば、何か関係があったと疑うのは当然でしょう」

 

 外様には注意を払えども、身内にはガードが甘くなるのは当然のこと。家族という近い立場にいたからこそ、親の異変に気付けたのだろう。

 

「それと、この場所を知っているのは私だけではありません……ほら、さっさと来い!」

「ひ、ひいいいぃぃっ!! やめろ痛い! 引っ張るな!! ……ぶべっ!」

 

 よく見ればロマネは手に縄の端を握っており、それを強く引っ張った。その先から現れたのは、長男のニニットだ。上半身を荒縄で拘束され、無理矢理歩かされたことでバランスを崩して盛大に転ぶ。

 

「ニニット!? ロマネ、ニニットを連れてきたのか!? どうしてだ!?」

「……だって可哀想でしょう?」

「可哀想、だと!? 一体何が……?」

「死に目にも会えなくなるなんて、可哀想ですから」

 

 ニタリ、とさらに顔を歪ませた。

 

「無能のくせに、ただ兄というだけでボクの邪魔を散々し続けた! 道具にもなれない出来損ないの癖に、態度ばかりはデカい!!」

「な、なんだと貴様! 兄に向かって!! なんだその態度は!!」

「黙れっ!! 勝手に口を開くな!!」

「ぶぶぶぶひいいいぃぃっっ!!」

 

 ロマネが剣を突き付けた。切っ先が眉間に軽く突き刺さり、僅かに出血する。かすり傷にも満たない怪我だが、それだけでもニニットは悲鳴を上げ涙を流して口を噤んだ。

 

「父上、あなたもだ!! 魔王軍という素晴らしい力をどうして捨てようとする!?」

 

 兄に剣を突き付けたまま、もう片方の腕を――正確にはその手首を見せつける。

 

「そ、その腕輪は……!!」

「そうですよ、父上。あんたも持っているだろう? 魔王軍と手を組んだ証だよ」

 

 ロマネの左手首には、禍々しい意匠の腕輪がはめ込まれていた。腕輪は怪しく光を放てば、その光に共鳴するようにキナンの左腕も同じように輝き出した。

 

「……あっ!!」

「くっ、い、いやこれは……!!」

 

 慌てて隠そうと思ってももう遅い。

 この腕輪こそ、大戦初期にザボエラと契約した証――妖魔の腕輪である。

 呪いにより外すことは出来ず、腕輪を通じて妖魔士団とやりとりを行なえる。先の会話だけでは辿り着けなかった絶対なる証拠だ。

 

 キナンがアルキードと繋がりを求めたのには、魔物退治以外にこの腕輪を外して欲しいという目論見もあった。何しろ腐ってもザボエラ謹製の道具、並の神官では解呪不可能な強力な呪いが掛けられている。

 

「何故それを隠そうとするのです!? 魔王軍は残党でも途轍もない力を持っている。なら、ボクたちが手を組めば地上全てを手に入れることだって出来る!!」

「ロ、ロマネ……お前と言う奴は……」

「なんて馬鹿なことを考えるの!!」

「そうだそうだ! そいつらがずっと協力するわけがないだろ!!」

「……あなたは新しい魔王の代わりになるつもり?」

「考え方の違いだね」

 

 キナンは信じられない者を見るような目を向け、先の戦いの最前線にいたダイたちはそんなことは絶対に不可能だと叫ぶ。

 だがその全てはロマネの耳に届くことはなかった。

 

「父上は所詮、金だけを求める俗物にすぎない。でもボクは違う。魔族と契約し、この世界をまとめ上げるのさ! 各国の王とも魔王とも違う新たな支配体制を築く! ボクにはそれだけの才能がある!!」

 

 呪いの証とも言うべき腕輪を、寧ろ誇らしげに掲げながら宣言する。自分は父親とは違うのだと言い放つその姿は、自己陶酔の体現者だった。

 ニニットという兄のことを疎ましく思い続けたことと、魔王軍という理外の力を手にしたことで、彼の中の歯車はどこかで狂ってしまったのだろう。どちらか一つが欠けていれば、おそらくはこうはならなかった。

 肥大化した自尊心と自己顕示欲が、彼を外道へと走らせたのだろう。

 

 いや、それ以外に一つだけ要因があった。

 

「ククク、貴様が我々を鬱陶しく思っているのは承知の上! だが寝首を掻かれるわけにもいかん。そんな折り、我らは素晴らしい理解者を得たのだ!!」

「これからロマネ殿と歩む!! 共に地上を手にするのだ!! そのための協力は惜しみませんぞ!!」

 

 妖魔士団の魔術師たちは彼を後押しするように言い放つ。その言葉にロマネは更に気をよくしていた。

 キナンが残党たちを切りたかったように、彼らもキナンを切りたかった。

 そんな時に盤上に現れたのがロマネだ。

 秘密裏に隠れ家を訪れた彼のことを言葉巧みに操り、自分たちに都合の良い駒として動くように洗脳する。魔王軍との関係を恥と考えるキナンよりも、進んで協力しようとするロマネの方が都合が良い。

 そして結果はご覧の通り。もはや隠す必要もない。

 

「人間よ――キナン、だったか? 貴様ももう用済みだ。死体は魔物たちの餌にでもしてやる!!」

「そして勇者ダイたちもだ! まさかここに来るとは想定外だったが、丁度良い。未だ途中であれど、貴様らを屠る程度ならば問題はないはずだ!」

「超魔生物はさらなる進化を遂げたのだ! さあ、ここで共に死ぬが良い!!」

 

 左右の扉が開き、中から異形の怪物たちが現れる。いずれも見たことのない魔物たちであったが、良く見ればそれらは皆、大魔王軍に所属していた魔物たちだ。超魔生物の実験の産物として生み出されたのだろうそれらは、理性を失った瞳で人間たちを睨む。

 

「ひ、ひいいいいぃぃぃっ!! こ、殺せっ!! 勇者も魔物どもも!! 全員殺すのだ!!」

「馬鹿馬鹿しい! 勝てると思っているのか!? やれっ!!」

「え……ちょ……!?」

 

 悍ましい怪物たちの登場にとうとう肝を潰したのだろう。キナンは配下の兵たちにそう命じると、自らは部屋の隅へと逃げ込んでしまった。ロマネもまた命令を下すと、妖魔士団と出来損ないの魔物たちが動き出す。

 

 そして――

 

「ああもうっ!! 状況が最悪過ぎる!!」

 

 ――チルノは今日何度目かになる頭を抱えた。

 

 この状況ならば、キナンの私兵たちを下がらせることも出来ただろう。

 だが彼らは下された命令に従い手当たり次第に攻撃を仕掛けている。いっそ全てを捨てて逃げてくれれば楽なのだが、何か弱みでも握られているのか全員が決死の覚悟すら見せていた。

 あっと言う間に残党たちと私兵たちが暴れ、チルノたちがそれに巻き込まれるというという三つ巴の戦局が出来上がってしまう。

 一人一人の実力ならば正面対決ならば問題ないだろう。だが生憎とここは室内、それに乱戦ともなれば、何が起こるか分からない。

 不意を突かれれば真・大魔王バーンとて傷を負うのは歴史が証明している。

 

(だったらまずは……)

 

「【ブリザガ】!!」

 

 魔法で冷気を操り、厚い氷の壁を生み出した。仕切りを作ることで戦場を幾つかに分断して、対応をしやすくする。

 

「レオナ! ラトを連れて出来るだけ安全な場所へ!! 私とダイは平気だから!!」

「ありがと!! ほらラト、こっち!」

「あ、ああ……」

 

 さらに冷気を操り、二人の下がった先に即席の避難所を作り上げる。正面以外は氷で塞いでいるので不意打ちも出来ず、仮にダイとチルノを突破してもレオナが対応可能だ。

 

「姉ちゃん! オレたちはどうする!?」

「レオナたちの護衛を最優先で! 人間の兵士は気絶させるだけに留めて! 魔物も証拠だから何体かは残して無力化するわよ! 出来る!?」

 

 チルノは矢継ぎ早に告げる。その間、襲ってきた異形の魔物を素手で殴り飛ばすと、ダイはニカッと笑って見せた。

 

「当然!!」

「さっすが! 前は任せたわよ!」

 

 短くやりとりを交わすと、ダイは敵集団の最も密集した部分へと突っ込んでいく。その動きの速さは、この場の誰もが反応出来なかったほどだ。

 

「やっ! はっ!! とうっ!!」

 

 敵に肉薄するとすぐさま、魔物たちは竜闘気(ドラゴニックオーラ)を込めた拳で殴り飛ばし、兵士たちは軽く闘気を込めただけの一撃で意識を刈り取っていく。

 その手並みの鮮やかなこと。さながら無人の野を行くかのようだ。

 

「馬鹿な! こうも簡単に!?」

「くそっ! 怯むな!! 火炎呪文(メラミ)!」

閃熱呪文(ギラ)!」

 

 まだ接敵していない妖魔士団の魔法使いたちは、味方ごと巻き込むのも構わず攻撃呪文を放つ。両手で抱えられる程巨大な火球が放たれ、熱線が一直線にダイを襲う。

 

「海波斬!」

 

 迫り来る攻撃呪文を一瞬だけ睨む。

 避けるのが一番手っ取り早かったが、それでは気絶させた人間を巻き込んでしまうため不可能だ。ならばこれだと、ダイは高速で手刀を振るう。一閃させた拳の一撃で衝撃波が生まれ、放たれたそれは呪文を見事に打ち落として見せた。

 アバン流刀殺法を極め、過去には素手でアバンストラッシュまで放ったこともあるのだ。この程度のことは容易い。

 

「なんてことをするんだ!!」

 

 味方すら巻き込んだ攻撃に怒りを露わにしながら、ダイは更に暴れる。

 

「やあっ!!」

「ぐっ……!!」

 

 襲い掛かる魔獣を蹴り飛ばし、複数の敵にまとめてダメージを与えるような動きを心掛ける戦法はさながら小さな嵐のようだ。ダイの暴れる姿に敵は怯む。

 

「【ホールド】! 【シェイド】! 【サイレス】! ごめんなさい、【エアロ】!」

 

 チルノも負けてはいない。

 ダイが注目を惹きつける間に麻痺の魔法で魔獣の動きを止め、沈黙の魔法で魔法使いたちを無力化していく。ときおり見える兵士には威力を弱めた風の魔法で吹き飛ばし、無理矢理戦線を離脱させる。

 

「もうっ!! こんなことなら剣を持ってくれば良かった!!」

 

 魔法で兵士を眠らせてしまいたいが、そうすれば魔物たちに襲われる危険性がある。相棒の剣(ガリアンソード)ならば変幻自在に動いて更に巧みに戦場を支配出来たのだろうが、所詮は無い物ねだり。

 

「【はりせんぼん】! 【ブリザラ】!」

 

 手が空けば、単体だけに狙いを定めた攻撃魔法で確実に止めを刺す。

 建物を崩壊させるような派手な戦法は決して取らず、けれど着実に数を減らして相手の戦意を削いでいく。その戦い方はなんとも賢く巧み(クレバー)なもの。かつて賢者だなんだと呼ばれていたのは、未来を知っていたからだけではない。

 

 少し離れた、氷の壁で作られた避難所ではラトが二人の戦いぶりに目を丸くしていた。

 

「すげぇ……」

「どう、ラト? これが伝説の勇者の力なのよ」

「すげぇ、すげぇよ……おれも、こんな風になれるかな?」

「ええ、きっとなれるわ。でも今は我慢して」

 

 あっと言う間に敵を倒していく姿に恐怖心すら吹き飛んだらしい。子供らしい無邪気な瞳で戦いを凝視する。今にも飛び出して行きそうなラトを押さえながら、チルノは万が一のことがないかと周囲を警戒していた。

 

「……ってチルノ! 後ろ!!」

「貰った!!」

「――っ!!」

 

 レオナの声に間一髪反応すると、背後から襲い掛かっていた兵士の一人を攻撃の勢いそのままに投げ飛ばす。硬い床に受け身も取れずに叩きつけられ、男の意識が飛んだ。

 

「ありがとレオナ!」

「どういたしまして!!」

 

 さすがに中衛を退いて久しいチルノでは、乱戦の最中の殺気を感じきれなかったようだ。汚名を返上すべく改めて敵に向かい直し――

 

「……えっ!! 嘘でしょう!?」

 

 ――そこで信じられない光景を目にした。

 

「危ないっ!!」

 

 

 

 

 

「さて……兄上、あなたには一番大事な役目があるんですよ」

「や……役目……!?」

 

 敵味方が入り乱れての乱戦が始まったのを確認すると、ロマネはそう告げた。彼の持つ剣の切っ先は未だニニットの眼前で揺れており、今にも眉間を貫きそうだ。

 怯えた目を向け、弟をなるべく刺激しないように注意しながら彼は小さく口を開いた。

 

「そう、生け贄になるんです」

「い、いいいい生け贄!? ななななんでボクが!?」

 

 縄で縛られ床に倒れたまま、逃げるように身体を揺らす。芋虫が這い回るようなその姿を見ながら、ロマネは心底軽蔑したような視線を兄へと向けた。

 

「あんたを殺せば、ボクは愚兄の呪縛から解放される! 勇者をも超えた力を持った証拠となるんだよおおぉぉっっ!!」

「うひいいいぃぃぃっ!!」

 

 いわゆる鍛冶場の馬鹿力というやつか、はたまた一生分の運を使い切ったのか。

 一流の剣士と見まごうほどの速度で放たれた刺突を、ニニットは必死に転がってなんとか避けた。切っ先が石で出来た床を貫く。

 

「ちぃっ! 豚が!! 大人しく殺されていれば良いものを!!」

「危ないっ!!」

 

 まさか避けるとは思ってもおらず、更に苛立ちを見せながら剣を振りかぶる。

 チルノが声を上げたのは、丁度そんな瞬間だった。

 

(間に合って!!)

 

「【ヘイスト】!」

 

 加速の魔法を唱えながら一気に駆け寄り、ニニットを掴んでその場を離脱する。

 

「うっ……重い……」

「くっ、貴様! 余計なことを!!」

「お、お前……!?」

 

 まさに間一髪、振り下ろされた剣は再び床を切り裂いた。後一瞬でも遅かったら間に合わなかっただろう。

 予想以上に重いニニットを引っ張り、少しでも距離を離しながらチルノは叫ぶ。

 

「なんてことをするの!! この人はあなたのお兄さんでしょう!!」

「こんな者が兄であってたまるか!! これは処分すべき豚! ただの汚点だ!! こんな豚と血が繋がっていると思うだけで吐き気がするわ!!」

「ひどい……」

 

 確かに、ちょっとだけ同意するところもあるが、それはそれだ。

 

「なんて言い方よ!! 家族は喧嘩したっていい!! 離れることだって、すれ違う事だってある!! でも殺すような真似は絶対に許さない!! 失った命はもう二度と戻ってこないのよ!!」

「綺麗事をほざくな!! ボクにはもう父も兄もいない!!」

「ひいいっ!!」

 

 まだやり直せる。まだ止められるはずだと信じて訴えかける。だがロマネからの返事は否だった。殺気に血走った目で睨み、その視線を受けたニニットは竦み上がってチルノの影に隠れようとする。

 

「ちょ、ちょっと! 離れて! 危ないから逃げて!!」

「お、おいお前!! ボクを助けろ! あの愚弟を殺せぇぇっ!!」

 

 少女を盾にし、身代わりのようにぐいぐいと前に押し出しながら、弟を殺せと命令する。その情けなさと身勝手さには、呆れを通り越して頭痛を覚えるほどだった。

 

「邪魔をするなら、二人まとめて死ねッ!!」

「チルノっ!!」

 

 三度凶刃が振るわれる。だがまたしてもその刃は届くことはなかった。割って入ったダイが竜闘気(ドラゴニックオーラ)で受け止め弾く。(ドラゴン)の騎士など相手にしたことのないロマネは、まるで鉄塊に剣を叩きつけたような感触に驚いている。

 

「ダイ……っ!! もう、レオナたちを最優先でって言ったでしょう!」

 

 口ではそう言いながらも、声色からは抑えきれない喜色が溢れ出ていた。自分を気遣ってくれるダイの行動に我慢できず顔が綻んでしまう。

 

「――と、喜んでばかりもいられないわね……【エアロラ】!」

 

 だが一瞬で気を引き締め直す。

 ダイがこちらに来た以上、役目を入れ替える必要がある。レオナたちを狙っていた魔獣を風の魔法で吹き飛ばし、同時にこちらに注意を向けることで一旦安全を確保する。

 

「あっちに逃げて!」

「む、無理だ! ほら、脚が竦んで……う、動かないんだよっ……!!」

「自分の命が掛かってるんでしょう!? 逃げるくらいはしてみせなさい!!」

 

 この期に及んでなお泣き言を口にするニニットへ尻を蹴飛ばしかねない程の勢いで文句を言えば、情けない悲鳴を上げながらチルノの指し示した方向――父キナンたちのいる方向だ――へ向けようやく、どすどすと音と立てながら逃げていった。

 

「これでなんとか……あとはこっちの片付けだけね!」

 

 とはいえほとんどの敵はダイが倒しており、残っているのはもはや片手で数えられるほどだった。魔獣に向けて攻撃魔法を放てばあっさりと倒れる。

 

「何故だ……!? 新技術を使ったはずだ……!!」

 

 目の前の現実を受け入れられぬとばかりに、妖術師がうめき声を上げる。どうやら彼が残党たちのリーダー役だったようだ。頭の弱気な言葉に、僅かに残った魔法使い系の魔物たちに動揺が走る。

 

「残念だけど、これはただの模造品。記憶だけを頼りに姿形を真似ただけの紛い物にすぎないわ。あなたたちはただ命を冒涜し続けただけよ!」

 

(ただ、新技術というのは本当みたいね……)

 

 それが強化に繋がるのかはさておき、超魔生物との対戦経験を持つチルノは微かな違和感を感じていた。

 超魔生物学の基礎となる他種族の長所を取り入れたというよりも、もっと別の何かがあったような――

 

(まさか、ね……)

 

 あるいはその違和感こそが、新技術の正体なのかもしれない。だが今は論じるべきではないと考えるのを止める。

 

「くっ……ええいっ! 出せ出せっ!! 使える物は全てだ!! 残っている物は全て投入しろ!!」

 

 最後の悪あがきか、それとも時間を稼ぐつもりなのか。妖術師たちはまだ諦めてはいないようだ。部屋の奥から文字通り引っ張り出してきたであろう魔物たちを押し出す。

 

「ヲ……アアアアァァァァ……!!」

「うっ……!」

「あれって……」

「ま、まさか……」

 

 現れたのはいわゆる腐った死体――実験に耐え切れず、死んだ人間を再利用したのだろう。怨嗟の声は死の安息すら許されぬ無念と苦痛からか。レオナはその非道さに吐き気をすら催し、チルノも思わず口元を押さえる。

 ラトだけが魔物を見て驚いたように目を丸くする。

 

「……父さん! 母さん!」

「ええっ!?」

「なんですって……!?」

 

 続く言葉に今度は二人が驚かされた。

 

「お願い、父さんを! 母さんを助けて……!!」

「う……」

「そ、それは……」

 

 そう言われても言葉に詰まる。

 助けてやりたいのはやまやまだが、そんな方法は誰も知らない。死者蘇生の呪文すら超高難度だというのに、魔物となった相手を救うような真似など不可能だ。

 安易に"きっと助かる"などと口にしたことが寧ろ裏目に出たのか、ラトの表情は絶望に沈んでいる。

 

「は、ははは……これは好都合! 実験動物としてはまるで役に立たなかったが、何が役に立つかは分からぬものだ!! 貴様ら、下手な抵抗はするなよ!? この腐った死体どもがどうなってもいいのならな!」

 

 予想外の反応に気が大きくなり、妖術師は勝ち誇ったように命じる。その態度と非道さに、我慢はもう限界だった。

 

「……抵抗じゃなければいいのね?」

 

 一言呟くと、朗々と声を上げる。

 

「――無窮の安息を彼らへ――聖なるかな――」

「……は?」

「……あ、これって!!」

 

 突然響く歌声に多くの者が困惑する中、レオナだけは反応した。直接見たわけではないが、話としては知っていたのだ。この歌が何を意味するのか。

 

「ウ……アア……」

「な、なんだこれは!?」

 

 腐った死体たちは乾燥し、風化するように崩れていく。

 少女が謳うのは死者の魂を鎮めて、穢れを祓い、安息を願う歌。亡者を元に戻すことが不可能な以上、彼女にできる精一杯のことだった。

 

「【鎮魂歌(レクイエム)】……せめて……安らかな眠りを……」

「ア……ア……イ……ガ……ト……」

 

 それは偶然の産物か、それとも最後の最後で己を取り戻せたのか。サラサラと肉体が砂のようになっていく中にあって、だが彼らはどこか満ち足りた表情を浮かべながら消えていった。

 うめき声ともお礼の言葉とも付かない言葉を残して。

 

「さて、次は貴方たちの番ね」

「ま、待て……!」

「【バイオ】!!」

 

 これほどの怒りを覚えたのは果たしていつ以来か。流石に無法が過ぎ、看過できない。残っている妖魔士団員は二名だけ。それらに向け、もはや使わないだろうと思っていた魔法を放った。

 

「ぐ、ぐぎゃああああああぁぁっっ!!」

「身体が!! 身体があああぁぁっ!!」

「実験台にされた人たちの気持ち、少しでも味わいながら逝きなさい……」

 

 生み出されたのは、命ある者の肉体を蝕み死へと追いやる強力な毒素。体内で異常繁殖し、肉体を腐らせ溶かしてく。身体が朽ちていく激痛と恐怖に悲鳴を上げながら、残党たちは潰えた。

 

「ラト……」

「父さんと母さん、最後に……ありがとうって言ってた……」

「ええ、そうね」

「おれ、おれ……」

 

 両親との死別。

 まだ十歳にも満たない子供には、とても受けとめられるはずがない。

 気丈に振る舞ってはいるが、悲しみで小刻みに震えている。声にも普段のような張りがなく、今にも泣き出しそうだ。

 そんなラトを元気付けるように抱き締めると、レオナは耳元で囁く。

 

「……あたしはお父様の最期に立ち会えなかったの」

「え……?」

 

 思い出すのは大魔王軍の侵攻時、不死騎団の攻撃を受けてパプニカ王――父親と離ればなれになっていた。その後、国の復興と平行して大々的な捜索が行われ、どうにか遺体だけは確保できたのだが……

 どれだけ覚悟はしていたとはいえ、死という現実を突き付けられたこと。そして死に目に会えなかったという事実は、レオナの心にほんの少しだけ影を落とした。

 

「でも、貴方たちは違う。最期の時に、最愛の息子の顔を見られたんだもの。悔いは……あるだろうけれど、満足して逝けたはずよ」

「う……ううぅ……」

 

 だからこそだろう。ラトの気持ちもよく分かる。レオナの心遣いを感じ取ったのだろう、ラトは声を押し殺して泣き出した。

 

 

 

 

 

「フン! 勇者ダイ、話には聞いていたが、今のボクには勝てんよ!!」

「速い!?」

 

 ロマネの斬撃をダイは身を捻って避ける。

 だがその一撃には驚かされていた。予想していたそれよりもずっと速く、鋭い一撃。流石にヒュンケルら超一流の戦士と比較すれば見劣りするが、目を見張るものがある。

 思い返せば石造りの床を切っていたのだから、剣術にも覚えがあるのだろう。

 

 だが、どこかおかしい。それだけでは目の前の敵の強さに足りない。鍛え上げた強さとは違う何かを、戦士としてのダイの本能が感じ取っていた。

 

「その速さ、その力……まさかお前!?」

「気付いたか?」

 

 今この場で思いつくのは、たった一つの回答。口には出さずとも、そのやりとりだけで理解できてしまう。

 

「超魔生物! 素晴らしい力だ!! 今までは屋敷の衛兵たちを相手に加減してなお圧倒していたが、本気を出せばこれほどとは!!」

「くそっ……!」

 

 想像以上に厄介な状況を前に、ダイは手を出せずにいた。

 ロマネは人間であると同時に、今回の騒動の重要な参考人物の一人なのだ。無傷で取り押さえねばという気持ちがどうしても働いてしまう。

 中途半端に腕が立つのも災いして、力任せに押し切るのも難しい。

 

「見ろ!! 世界を救った勇者が防戦一方だ!! ボクは今、伝説を超えた!!」

「もう止めろ! その力はそんな便利なものなんかじゃないんだ!!」

 

 己の力に酔いしれ、恍惚の表情を浮かべながら剣を振るい続ける。ダイの言葉も届くことはない。今のロマネの瞳には妖魔士団の残党たちが全て倒されたことも映っていない。頭の中にあるのは、自らが世界最強となり世界の覇者となる都合の良すぎる夢だった。

 

「あ……ぎ……!?」

 

 だが、夢は何時か覚めるもの。

 

「ぎゃ、ぎゃああああああああぁぁぁっ!?!? 何故だ、どうして!? どうしてボクの腕が!?」

 

 何度目かになる剣を振るった直後、ロマネの腕は"ぶつり"という鈍い音を上げ、動かなくなった。腕全体からズキズキと気絶しそうな痛みが押し寄せ、恐怖と混乱にうずくまる。

 

「一体何が……?」

「多分、身体が持たなくなったのよ」

 

 ダイの呟きに答えたのはチルノだった。

 

「不完全で強引な改造……しかも見た目は人間のままで力を発揮するようになっている。骨や筋肉が限界以上の動きに耐えられなかったんでしょうね。再生能力もないみたいだし」

「な、なんだと……!? まだだ! まだボクは……!!」

 

 推論を聞いてもなお立ち上がろうとするが、今度は下半身から鈍い音が上がった。一瞬でバランスを崩し、受け身すら取れずにロマネは倒れ伏せる。

 

「は……あはは……あはははは!!」

 

 手足がまともに動かず、這いつくばったまま。そんな状態を見て、もうこれ以上抵抗はないと思ったのだろう。おっかなびっくり様子を窺っていたニニットが笑い声を上げた。

 

「ざまぁみろ!! 愚弟のくせに! 愚弟のくせに!! ボクに逆らうからこうなるんだ!!」

 

 憎い相手が倒れていることがよほど嬉しいのだろう。満面の笑みを浮かべ、指を差しながら罵詈雑言を投げつける。そこへ――

 

 ――パシッ!!

 

 と、平手打ちが炸裂した。

 小気味良い音が響き、ニニットの頬に真っ赤な手形が刻まれる。一瞬、何が起きたのか理解できずにぽかんとするニニットであったが、やがて気付くと叩かれた頬に手を当てながら喚き出した。

 

「ぶ、ぶったな!! お前、なんでこんなことするんだよ!!」

「あなたはお兄さんなんでしょう!? だったら弟のことはしっかり守って、気に掛けてあげなさいよ!! あなたが、あなたがそんなだったから!!」

 

 文句の一切を歯牙にもかけず、チルノは鋭い目をして叫んだ。

 その迫力にニニット――と何故かダイも少しだけだが――怯えた表情を見せて押し黙ってしまう。

 

「ダイ、手伝って」

「あ、うん」

 

 もはやそれ以上は言っても無駄とばかりに背を向けると、ダイを伴ってロマネに回復魔法を唱え始めた。

 

 そして――

 

「い、今の内に……」

「まさか有耶無耶にして逃げられる、なんて思っていませんよね。キナン公?」

「レ、レオナ……殿……」

 

 騒ぎが収まり、こっそりとその場から逃げだそうとしていたキナンの前にレオナが立ち塞がる。

 

「事のあらましは私――パプニカ女王レオナが一部始終を見届けました。今回の事件は全て、ベンガーナ王に……いえ、各国にも子細残さず報告いたします。大人しく、法の裁きを受けなさい!」

 

 その言葉に、がくりと肩を落とした。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 レオナの婚約拒絶騒動に端を発し、発覚した此度の事件。

 ベンガーナ王クルテマッカは即座に詳しい調査を命じ、レオナ女王の証言もあって迅速に処理が行われた。

 

 大戦中には止むに止まれぬ事情があったと分からなくもなかったが、それ以降も協力を続けたこと。大魔王軍残党という反逆の芽を育て続けたこと。領民を犠牲にし続けたことが問題となった。

 領地は全て没収され、ボナンデ家は取り潰しに。

 キナンは獄中へ。

 ロマネは一命こそ取り留めたものの後遺症が残り、ベッドから起き上がることすら出来ぬ身体となっていたため罪に問えなかった。

 何も知らぬニニットは無罪とされたが、それまで貴族として生きてきた者が野に下ったところでまともに生活できるのか。そもそも無事でいられるかどうかは、彼のこれまでの行い如何によるのだろう。

 

 そして魔王軍残党の情報は、世界を揺らすのに充分過ぎる衝撃だった。

 決して懸念していなかったわけではないが、今回のように明確な存在が見つかったのは初めてのケースであり、各国での調査が改めて行われた。

 

 合わせて、今回のように魔王軍に協力。または脅迫されている人間がいないかの調査も行われることとなった。

 

「――とまあ、大体はそんな感じね」

 

 アルキード王国。再び押しかけて来たレオナは、今回の事件の顛末を語り終えると、一息つかんとばかりに出されたお茶に口を付ける。

 

「ごめんねレオナ、後始末を押しつけちゃったみたいで……」

「元々巻き込んだのはこっちだし気にしないで。チルノたちはあくまで善意の協力者だったんだから」

 

 彼女の言う通り、元々巻き込んだ立場であること。そしてこれ以上面倒ごとに巻き込みたくないという考えから報告などはレオナが主導で行い、ダイたちが事の顛末を正確に知ったのはこの時だった。

 

「オレとしては、こっちの方が驚きだよ」

 

 そう言いながらダイがレオナの後ろへと視線を向ける。そこには、メイド服を着たラトの姿があった。

 

「ラトって女の子だったんだね」

「ホントホント、あたしも驚いたわ」

「二人とも気付いてなかったのね……まあ、確かに元気いっぱいだったけれども、それはあんまりでしょう?」

 

 性別を間違って接していた割りには、のほほんとした空気を見せながら二人は笑う。唯一チルノだけは気付いており、その証拠に初対面の時に"ちゃん"付けで呼んでいたのだが。

 

 あの事件の後、家族を失ったラトをレオナは引き取っていた。最初は兵士にでもさせようかと思っていたのだが、性別を勘違いしていた事で小さな騒ぎが発生。

 女の子に兵士の訓練などさせられないとの意見もあり、結局はレオナ付きの侍従見習いという形で一旦落ち着いた。

 案外良いコンビのような関係になっているらしい。

 

「チルノ様、お気にしなさらないでくださいませ」

 

 少女は遠慮がちにそう告げるが、悲しいかなまだ見習い。教育途中ということもあってどこか不自然な言葉遣いになっていた。

 まあ、一人称が"おれ"だった頃と比べれば雲泥の差。メイド服という格好もあって、よっぽど女の子らしいだろう。

 

「ま、これで五月蠅い家臣たちも"結婚しろ"って口やかましく言ってくることもないでしょうね。今回の事で痛い目にあってか、みんな顔色を悪くしてるし。フローラ様のことも引き合いに出せば当分は静かな日々を送れるわ」

 

 清々した様子をレオナは見せる。

 今回の事件の背景には婚約話を性急に進めすぎたからという負い目もあってか、当分は家臣たちも大人しくしているだろう。

 

「あのねレオナ、分かっているだろうけれど……それでも何時かは結婚しないとマズイ立場なんだから」

「わかってるわかってるってば。必要になったらちゃんと考えるし、いざとなったらまたチルノたちを頼りにさせてもらうから」

「頼りに……って、何をするつもりなのよ」

 

 この後、レオナはアルキード生まれのとある少年と運命的な出会いを果たす……かもしれない。

 




もう完結してるのに、誤字指摘やら感想やらを偶に頂きます。
それらに気付く度に「ありがとうございます」という気持ちになります。

なので、小ネタ程度のモノですが浮かんだので投下。
少しでもお礼になれば。そして皆様のお暇を一時でも潰せたならば幸いです。

……ほのぼの系な日常小ネタにすればよかったと、書き上げてから後悔。
題材間違えましたね(でも浮かんでしまったのがコレなので)

多分絶対にあったであろう同族を売る展開。口約束であっても、自分たちが助かるためならばと魔王軍に協力する裏切り者の人間たち。
本文でも触れましたが、バランがいたらブチ切れていたと思います。
(もう少しシンプルにすべきでしたね)

(あと「R18の方」ばっかり書いていたら、こっちもちょっと書きたくなったというのもあります。あっちはあっちで書いてて楽しいのですけれど(苦笑))

もう少ししたら、名前の元ネタとか公開しますかね。
名前の元ネタとか公開
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