剣術狂いが剣姫の師を務めるのは間違っているだろうか   作:土ノ子

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第十九話、そして少し先の未来

 朝靄のけぶる、まだ夜が明ける少し前の時間。いまだ薄闇に覆われたオラリオの街並みを足早に、しかし見事なほど足音を殺して移動する人影があった。フードを深く被り、人相を隠すいでたちをした二つの影。

 

 

「時間は大丈夫かな。確か待ち合わせる時と場所は…」

「夜明けの頃、例の裏路地にてとの約束です。あちらは件の少女とリヴェリア様、それと主神ロキが来ると聞いています」

 

 

 そう声を潜めて囁き合うのは、イタドリ・千里とリュー・リオンだ。あまり表沙汰に出来ない待ち合わせのため、まるで密会のように人相を悟られないいでたちをせざるを得なかったという事情があった。

 

 

「そうか。ありがとう、リュー。君がいてくれて心強い」

「……私を気にかける余裕があるならば、アイズという娘にこそ心を砕きなさい。マズイと思った時は私がフォローしますが、センリ…やはりあなた自身の言葉を過たず届けることこそ肝要なのだから」

 

 

 衒いのない真っ直ぐな感謝に赤くなった頬を隠すように顔を逸らし、一層速く足を進めるリュー。その様子に怒らせてしまったかなと首を傾げながら人の心が分からない剣客がその背を追う。

 

 

「まずはボクと話したい、とのことだったが…あの娘は大丈夫だろうか」

重傑(エルガルム)によればアイズ・ヴァレンシュタインはまだ完全には立ち直っていないとのことでした。しかし逆を言えばあなたとの会話を望む程度には回復したということでしょう」

「そうか、そうだね」

 

 

 アイズを案じる心、再び拒絶されることを恐れる心。どちらも等しくセンリの胸の内にある。そうした胸の内を的確に見抜き、上手く叱咤しつつ前を向かせるリュー。流石は長くセンリの相棒を務めているだけのことはあった。

 

 そのまましばらくの間、潜めた足音だけが二人の間に響く。

 

 

「いた」

 

 

 そして目的地の目と鼻の先ほどの距離にまで近づくと、不意にセンリが呟き被ったフードを下ろした。開けた視界にけぶる朝靄を見通すかのように鋭い視線を向けて。

 

 

「アイズ…」

「先生…」

 

 

 そして約束の場所にたどり着いたセンリは思わずといった風にその名を呟き、応えるようにアイズも同様の呟きを漏らした。

 

 お互いにその姿を視界に捉えた瞬間、意識の焦点がその一点に引き絞られる。途端に両者の挙動はぎこちなくなり、まるで剣客同士が間合いを図るように緊迫した空気は張り詰めた。

 

 両者とも強張った顔を晒し、お互いだけを見つめている。それぞれの同行者達は視界に入っていても意識に上らない様子で、ただその一挙一動を神経質なまでに捉えていた。

 

 やがて無意識のうちにいつも手合わせを開始する時の間合いまで距離を詰め、静止する。そのまま一言も口を開かずに、出方を窺うようにお互いを見やった。

 

 

(不器用やなぁ、二人とも)

 

 

 と、その場にアイズと同行していたロキが口の中で呟いた。まるで決闘に臨む剣士のようなピンと糸を張った緊張感に満ちた師弟の対峙だが何のことはない、お互いどう話を切り出すか迷っているだけに過ぎない。

 

 喧嘩別れした二人が仲直りしようとして、一歩を踏み出しあぐねている。言ってしまえばただそれだけの絵面なのだ。

 

 

「ほれ、なにを熱く見つめ合ってるんや。今日は稽古で来たんとちゃうやろ」

 

 

 パンッ、と手を打ち合わせる音が響き、その奇妙なお見合い状態に終わりを告げる。おちゃらけた言動が張り詰めた緊張を霧散させ、見つめ合う二人が我に返る間を作り出した。

 

 その間に乗じてフゥ、とアイズは気を落ち着かせるために息を一つ吐いた。

 

 

(大丈夫。怖いけど、それだけじゃない)

 

 

 恐れは未だ、アイズの胸に巣食っている。センリを見ていると懐かしい慕わしさと同時に、あのバラバラ死体を見た時の拭いきれない恐怖も条件反射で湧き上がってきてしまう。

 

 だが、

 

 

(リヴェリアがいるから…)

 

 

 私が付いているぞ、と意思を込めた視線を背中に感じられるからアイズは平静を保つことが出来ていた。一人で来ていれば、そしてリヴェリアと触れ合うことで立ち直っていなければもっと心は揺れていただろう。

 

 それが弱さと堕落であるとはもう思わない。悲願(ネガイ)がいまだアイズを強く縛り付けている一方で、悲願(それ)だけがアイズではないことも知っているから。

 

 むしろ恐れを前にして一歩を踏み出す勇気をくれる大事なものだと、リヴェリアが教えてくれた。恐怖があり、後悔がある。それでもアイズに怯む心はなかった。

 

 その気概を示すように、ためらいがちながらもアイズの方から沈黙を破る。

 

 

「……久しぶり、だね」

「……そうだね。会えて嬉しいよ」

 

 

 ぎこちなくも確かに師弟の会話が始まった。そのことを察した傍観者たちも師弟たちの視界から逃れるように一歩下がる。 

 

 

「君に会いたかった。話したいことが、たくさんあるんだ」

「私は…私も、そう。たくさん言いたいことと、聞きたいことがある」

「そうか」

「うん。でも、その前に――—」

 

 

 アイズは一度言葉を切ると眦を鋭くし、そのままスラリと背中に追った鞘から愛剣ソード・エールを抜き放った!

 

 

「頼もう」

 

 

 そして至極大真面目な顔で天然ボケをかました。これには軽い冗談のつもりで大嘘を教え込んだロキもええぇ…と引きつった顔を晒す。

 

 

「……この場合はせめて一手ご教授ください、の方がまだ適切かな」

「えっ…」

 

 

 一呼吸を置いてから冷静に師匠から指摘され、狼狽えたあと大嘘を教え込んだロキをキッと睨む齢七つの冒険者。堪忍や、冗談だったんやと弁解するロキの背中を抗議するように握りこぶしでポカポカと叩いている。見た目は子供の癇癪だが割と力が入っているのか、ロキが漏らす悲鳴もかなり痛そうだ。

 

 その滅多に見せない珍しい仕草に思わず苦笑が漏れ、一拍遅れてその意味に気付く。

 

 

()()、あったかな。それも良いことが…)

 

 

 これまでのアイズならば見せなかった、仏頂面ながらも開けっ広げな感情表現。正確に言えば感情表現を見せるだけの余裕がなかったと言うべきか。だがいまのアイズを見て『人形姫』と言い出す輩はいまい。

 

 

(恐らくは…)

 

 

 アイズとロキのやり取りに苦笑を漏らしつつ、強引に割って入って二人を引き離したリヴェリア・リヨス・アールヴが鍵か。こちらもこちらで以前『黄昏の館』で話していた時にあった、アイズに対し一線を引くような遠慮が消え去っている。

 

 

(ロキ・ファミリアに尻拭いをさせてしまったか…)

 

 

 アイズの心を傷つけてしまったのは自分の失態である。その埋め合わせをロキ・ファミリアが負ったからには貸し一つとして捉えるべきだろう、と当のロキ・ファミリアが聞けば考え過ぎだと苦笑を漏らしそうな思考を回す。

 

 

(うん。やはりこういうところは家族(ファミリア)には敵わないな)

 

 

 事実を事実として認めつつもそれはそれとして、師として気が抜けないと気合を入れ直す。だが少なくともアイズが一番の底を抜けたらしいことは素直に喜ばしかった。

 

 

「二人とも、そこまでにしておけ。流石にセンリも呆れているぞ」

「いえ、そんなことはありませんよ。良いものが見れました」

「うーんこの一から十まで本音で言ってる感じ、妙に懐かしいわぁ。センリと話しているって感じがするなー」

 

 

 と、ロキが何故か感慨深げである。センリはその反応に首を傾げつつもさして気に留めず、ズレかけていた話の筋を修正する。

 

 

「それよりも、手合わせをご所望ということでいいかな」

「うん。先生となら、多分()()()の方が早いと思うから」

「なるほど。一理ある」

 

 

 お互いの調子を計るなら言葉よりもむしろ剣を交えた方が早い。明らかにおかしな結論に遅滞なく同意し、意見を一致させるさまは正しく似た者師弟だった。

 

 

「行く」

「応」

 

 

 と、アイズがソード・エールを構えるとセンリも併せて抜刀。静かに闘気を高め、やけに息の合った様子で頷き合う二人。その姿は容姿や手にした得物こそ異なれど、雰囲気は鏡合わせのようにそっくりである。

 

 

「やはり師弟か」

「拳で語るいうんは聞いたことあるけどなぁ。剣かぁ」

「彼らを世人と一纏めに扱うなど誤りもいいところ。ある意味、()()()と言うべきでしょう」

「確かに、な」

 

 

 そう評する外野の声も既に二人からは遠い。既に対峙する先生/弟子の一挙一動に気を配り、互いに切り込む隙を窺っていた。

 

 そしてあるかなしかの隙を見出したアイズが(ザン)、と迷いの無い一閃で斬りかかる。その場の高位冒険者も感心するほどに鋭い斬撃は、予定調和とばかりにセンリの愛刀によって防がれる。

 

 互いの佩刀が交差し、そのまま力比べに持ち込む。敢えてスキル《自己制御(ハンディキャップ)》を用いることで身体能力(ステイタス)に差はない。純粋な力比べに興じる数瞬の間、剣越しに視線が合う。このまま打ち合うかとどちらからともなく誘い、もう一方も素直に誘いに乗った。

 

 互いに力を込めて相手を弾き飛ばし、再び距離を取る。そして同じタイミングで呼気を一拍挟み、更にもう一度タイミングを重ねて互いの間合いへ一歩を踏み出した。

 

 そして繰り広げられるのはさながら剣戟の舞踏。

 

 元より言葉を交わすよりも剣を交わす機会の方がはるかに多い師弟だ。一瞬たりとも同じ場所に留まらない高速の斬り合いの中、剣戟を通じて()()()()()()()()()()()()()()

 

 

(酷いザマだ、()()()()…)

(鈍ってる、先生()

 

 

 幾度となく剣を交わしたからこそ分かる。対峙する先生/弟子の剣技が僅かに鈍っている。

 

 

(それだけ、君を傷つけてしまったのか)

(先生も痛かったんだ。私と同じように…)

 

 

 お互いがお互いの抱く強さへの執着が分かるから()()がどれほどの異常事態か理解できてしまう。本来身に着けた剣技の劣化など最も強く忌避すべき事態なのだ。だというのにそんな事態に陥っているということは、それ以上に重大な出来事が生じたからに他ならない。

 

 

(やはり、ボクは…)

(一つ、分かった。私はやっぱり…)

 

 

 そのまましばし二人は何かを確かめ合うように切り結び合い、機を見計らって後ろに跳びすさる。残心のため一呼吸分警戒の間を保った後、計ったように同じタイミングで剣を下ろした。師弟のあまりに息の合いすぎた様子に同行者達はそれぞれ複雑な視線を再び見つめ合う二人に送る。

 

 

「師弟、だな」

「……これは、何とも言い難い」

「ウチの目も中々捨てたもんやないなー」

 

 

 一人自慢げな様子なのはロキだけだった。アイズとセンリ、それぞれに最も親しい二人は師弟の絆に自分達との間にあるものとはまた違う、師弟の間に入り込めないものを感じて複雑な感情を漏らした。

 

 とはいえ師弟たちにとってはお互いにしか意識を向ける余裕はなく、剣の次は言葉を以て語らいを重ね始める。

 

 

「分かったことがある」

「……なんだい?」

 

 

 自分の気持ちを確かめるように数瞬だけ胸の前で手を握り、瞼を閉じたアイズはキッと開いた瞳で真っ直ぐにセンリを見つめた。

 

 

「こうしていると、楽しい」

 

 

 単純で短く、しかし気持ちの籠った一言。それにセンリは良い意味で虚を突かれ、フッと脱力するように微笑するように息を漏らす。

 

 

「私、先生が好きだ。リヴェリアとフィンとガレスの次くらいに好き」

 

 

 幼子特有の無邪気な『好き』。リヴェリアと絆を確かめ合ったアイズは、それを表に出すことに躊躇いを感じなくなっていた。これもまた一つの進歩、アイズが培った心の成長と言えた。

 

 なお、あれウチは…? と間の抜けた言葉を漏らすロキは二人の視界の外で密やかにリヴェリアに制圧されていた。

 

 

()()()、先生のことが凄く怖かった。多分、今も同じことをされたら怖い。でも、それ以上に先生から剣を教わっている時間は楽しかった。だからもっと先生から剣を教わりたい。このまま終わりなんて(イヤ)

 

 

 センリとアイズの間に確かに在った(モノ)。アイズにとって今の剣戟はそれを確かめるために必要な儀式だった。

 

 恐怖を忘れたわけでも感じないわけでもない。だがそれ以上に大事なものがセンリとの間にあったのだと思い出せたから絞り出せた言葉だ。

 

 

()()()、怖がらない。私は今よりもっと強い冒険者になる。だからもう一度―――私に、先生の剣を教えてください」

 

 

 子供らしく訥々とした言葉を紡ぎながら、精いっぱいの思いを込めてアイズは改めてセンリに師事を頼み込んだ。

 

 

「……嗚呼(ああ)

 

 

 思わず、という風にセンリの口から嘆声が漏れる。幼子らしい真っ直ぐなアイズの意思表明にまるで眩しいものを見たように目を細めた。

 

 その真っすぐで衒いのない言葉はだからこそセンリの心の中心を揺るがした。そしてそれ故に師としての責任の重みもまた自覚する。

 

 

「もちろん喜んで……と、言いたいところだが一つ条件がある」

「分かった。やる」

「……せめて話は最後まで聞いてから返答しなさい。おかしな条件を付けられたらどうするんだい」

「先生はそんなことしない」

 

 

 どこか肩の力が抜けるやり取りを挟みながら、センリは『条件』を語った。

 

 

「どうかボクの話を聞いてほしい。その上でもう一度、ボクに師事するかを決めてくれ」

 

 

 その『条件』にアイズは不思議そうな顔をした。そんなことで梃子でも動かないと決意したアイズが言を覆すわけがないではないか。拍子抜けした顔をした少女に苦笑を以て言葉を重ねる。別段試験のような真似をするつもりはないのだと。

 

 

「……リューに助言をもらってね。恐れずに、自分を曝け出すことが互いに理解することの第一歩だと。ならば君にボクという人間を多少なりとも理解したうえで道を決めてほしいと思った。それだけのことさ」

「分かった。とにかく聞く」

 

 

 いまいち話の趣旨を理解しているか怪しい応えに苦笑を一つ。とにかく話さねばなにも始まるまいと口を開く。

 

 

「君も気付いているかもしれないが、どうもボクはあまり『普通(まとも)』じゃないらしい」

 

 

 そんな不穏な語り口でセンリの独白は始まった。

 

 

「実を言えば、過去にも今回と似たようなことはあった。恥ずかしながらボクがやり過ぎて親しい誰かに拒絶されるのは君が初めてじゃないんだ」

 

 

 微笑というには苦みが強すぎる笑みを浮かべながら、センリは懐かしさと苦さを思い起こさせる過去をゆっくりと語り始めた。

 

 

「……初めては、確か極東から旅立ってそんなにしないころだったかな。ある行商人の夫婦と旅路を同じにするうちに親しくなってね。彼らの護衛の真似事をする代わりに食糧を分けてもらったり旅の智慧を教わったりもした。

 今でも彼らは掛け値なしに善良だったと断言できる。同じくらい世知にも長けていた。彼らからはたくさんのことを教わったし、彼らもボクを好いてくれたと思う。……最後はあまり良い別れは出来なかったけれど」

 

 

 途中までは懐かしそうに、最後の言葉だけは寂し気に締める。

 

 

「そんなある日、彼らは窮地に陥った。詳細は省くが彼らは破産した。一介の行商人には払えない過ぎた不良債権を抱え込んだ。このままだと夫婦は引き離され、苦界に身を落とすのは目に見えていた。

 ボクはもちろんそんな未来は御免だったが、所詮彼らとは他人で剣を振るしか能がない男だ。手の出しようがなかった」

 

 

 と、一旦言葉を切り。

 

 

「本来なら」

 

 

 そう含みのある一言を付け加えた。

 

 

「幸か不幸か、彼らが破産した城下町の付近にはかなり大きな匪賊が巣食っていた。いや、というよりも強盗・略奪を生業とする悪徳派閥(ファミリア)だった。頭目はLv2の強者で、城下街を収める藩主も手を焼いていた。少なからぬ懸賞金がその派閥に懸けられていた」

 

 

 神の恩恵(ファルナ)を受けたLv2の眷属は、オラリオの外において相当な強者だ。まず神の恩恵(ファルナ)を受けるだけで常人とは一線を画す強さを得られるし、ましてや昇格(ランクアップ)した者自体が相当に稀少である。小国ならば一人いれば僥倖、そう断言して良いほどに。

 

 それほどの戦力が匪賊の集団に属し、領地を荒らしまわっているのは藩主にとって悪夢だろう。懸賞金の額は破格だったが、軍を動かす費用を考えればそれでも安く付くだろうという金額だった。もちろんセンリにとってそんなことはどうでもよかった。

 

 その報奨金が行商人夫婦が負った借金を返済できるだけの金額に足りていたことだけが重要だった。逆に言えばそれ以外はどうでもよかった、()()()()()()()

 

 武芸者が戦場で己の無力故に骸を晒すのは当たり前…、当時のセンリは本気でそう思っていた。だが理屈が通っていても一切の躊躇なくその理屈を体現できるのはやはり普通とは言えないだろう。

 

 

「極めて危険な綱渡りだったが、渡りに船だとボクは()()()。世間から毛嫌いされる悪党を叩きのめし、同時に友人たちも救うことが出来る。一石二鳥だと」

 

 

 浮かべた笑みに含まれた苦さが一層大きくなる。全ての前提から間違えていたと後から悟ったが故に見せる、悔恨がそこにあった。

 

 当然だろう。本来決死の覚悟で挑むべき場面で無邪気に()()を示せる壊れた人間など、まともな人間とうまく付き合えなくて当たり前だというのに、当時のセンリはそれを理解できていなかったのだ。

 

 

「当然だが血で血を洗う死闘になった。彼らの棲み処を襲撃したボクは彼らの大半を刀の錆にし、派閥の主神と頭目を捕らえた。死にかけこそしたが、ここまではさして問題は生じなかった。

 捕らえた者たちを城下町へ連行し、藩主に引き渡した時も当初真偽を疑われたものの最終的には認めてもらった。藩主から士官の誘いを受けたのは予想外だったが、何とか断ることが出来た」

 

 

 まごうことなき武勲、武芸者ならば誇るべき偉業もセンリにとっては過ぎ去った遠い過去の話だった。

 

 

「問題はむしろ懸賞金を受け取り、苦境にある行商人の夫婦たちと会ってからだった。当時の僕は無邪気に彼らが喜んでくれると思っていた。だが、そんな単純な話では終わらなかった」

 

 

 これがおとぎ話か講談ならめでたしめでたしで〆られただろうエピソードだが、現実である以上当然ながら()()()がある。

 

 

「もちろん彼らは感謝してくれた。この褒賞金は受け取れないと固辞すらした。そんな彼らに半ば強引にボクは金銭を押し付けた。当時のボクは金銭にあまり興味がなかったから、彼らが受け取らなければ意味が無いと思っていた」

 

 

 当時のセンリの思考はそこで終わり、行商人夫婦がどう感じ、考えるかなど慮外の外だった。

 

 

「ボクはのんきに喜んでいた。これでまた彼らとの旅路を続けられると。結論から言えばその考えは誤りだった」

 

 

 不吉な前振りのあと、センリは結果だけ述べた。

 

 

「彼らとは次の街で別れた。ボクとの旅にこれまでのように付き合えないと、憔悴した顔で伝えられた。最後まで彼らは申し訳なさそうだったが、ボクも恐らく同じ気持ちだった。当時のボクは彼らの気持ちを一切理解できなかったからだ」

 

 

 今は多少なら分かるけれど、と付け足す。

 

 

「結局のところ、ボクと彼らの価値観が決定的にズレていたのが問題だった。

 一宿一飯の恩と言えば聞こえはいいが、商人らしくバランス感覚に優れていた彼らからすればボクのやり方は理解できなかったらしい。ボクに大きすぎる貸しを作ったまま、かつ有力な匪賊の群れを一人で根切りに出来る化け物と旅を続けるのは彼らにとって辛いことだったようだ。そして彼らの苦しみをボクは察知していたが、その理由までは遂に理解することが出来なかった」

 

 

 イタドリ・千里は良かれ悪しかれ純朴で、行動に一切の躊躇がない=剣を振るうことに迷いがない。それは冒険者として美点ではあったが、旅路を共にする間柄としては必ずしも美点にはならない。お互いの価値観が理解できないとすればなおさらに。

 

 センリの逆鱗に触れればその暴威に晒されるかもしれない、と行商人の夫婦が考えたのも無理はない。センリは間違いなく善良で腕の立つ武芸者だが、一方でその行動を規定するルールはセンリ個人の中で完結しており、他者からは理解しがたいことが多かった。

 

 友人を救うのはいいことだ、それは誰もが理解できるだろう。だがそのために躊躇なく一人で盗賊団を襲撃し、壊滅してのける男の頭の中身を理解できるものがどれほどいるだろうか。

 

 善人・悪人を問わず共通する価値観である、損得勘定に従って考えてもセンリの行動は明らかに釣り合いが取れていない。

 

 ありていに言えば、どれほど愛想が良かろうと襲い掛かる夜盗やモンスターを躊躇なく笑みさえ浮かべて斬殺してのける気狂いを相手に付き合い続けるのは常人の神経を否応なく削るのだ。行商人の夫婦が破産するまで問題なくセンリとの旅路を続けられたのは、その間センリの異常性が明るみに出なかったからに過ぎない。

 

 

「ボクは彼らを薄情とは思っていない。当時は分からなかったが、ボク自身少なからず問題があった。彼らともっと金銭と盗賊団の件について話し合うべきだった。たとえ本当に分かり合えないのだとしても、お互いの間にわだかまるしこりを解消する努力を重ねなければならなかった。当時はしこりの存在にすら気付かなかったから、本当に後付の理屈でしかないが」

 

 

 過去の自身を皮肉るように唇の端を吊り上げ、自嘲の笑みが色濃くなる。

 

 

「そして似たようなことはそのあと何度も起こった。自分のサガを自覚できたのはオラリオに来て、アストレア様と語り合う機会を得られたことがキッカケだった。以来、出来る限り自らを戒めているつもりだが……」

 

 

 今回の顛末を見るにその成果が出ているとは言い難かった。故に自分の未熟に重苦しいため息が自然と漏れる。

 

 

「どうしても分からないんだ、人の心というものが…。何故救いようのない悪党を始末する()()のことでこうも怯えさせてしまうのか。そして分からないからこんな真似をしてしまうのだろう…」

 

 

 一片の疑問もなく、それでいてどこか申し訳なさすら感じるズレた発言にリューは頭痛をこらえるように顔をしかめた。自分を曝け出せとは言ったが、あからさますぎる。これでは却って少女を怯えさせてしまうのではないのかと。

 

 一方で意外なほど冷静な顔で話を聞いているのはリヴェリアとロキだ。彼女たちは想定内という風に平静を保っていた。倫理的には問題のある発言だが、元より倫理観を育てる役割については一切期待していないのだ。であれば自分達ファミリアで気を付ければいいだけだという理屈で彼女たちは折り合いをつけた。

 

 

「話が長くなったが、結局ボクが言いたいのは一つだけだ。つまりボクに師事する限り、()()()()ことは何度でも起きる。ボクも自身を戒めているつもりだが、当てにならないことは今回の騒動で証明済みだ。遺憾ながらね」

 

 

 そう語る内に自嘲の笑みは無表情に変わり、ほとんど突き放すように吐き捨てた。リューにすら語ったことのない、直視しがたい過去を吐露したのはひとえにアイズに警告するため。

 

 正直なところ古傷を抉る告白によって精神的に少なくないダメージを負っていたが、何とかこらえてアイズへ威圧すら込めて問いかける。

 

 

「正直なところ、迷っていた。いや、今でも迷っている。師を務める内にまた君を傷付けてしまうのではないかと…。けれど君の決意を聞いてボクも覚悟を決めたつもりだ」

 

 

 自身の弱音、無様を敢えて晒しながらも…。

 

 

()()()()と、君が言うのなら」

 

 

 端的に、そして決意を込めてセンリは宣言した。

 

 

「それでも君がボクに師であれと求めるなら―――応えよう。全霊を尽くして」

 

 

 それは互いの覚悟を問い直す言霊だった。

 言葉そのものではなく、言葉に込められた感情の熱量にその場にいたアイズ以外の者は瞠目した。

 

 

「…………」

 

 

 そして問いかけられた幼い少女は目を瞑って二呼吸分の沈黙を挟み。

 

 

「それでも、()()()()

 

 

 センリに比する熱量を、怒りすら込めて言葉に換えた。

 

 

()()()()()()()! 先生じゃないと、(イヤ)!!」

 

 

 大音声。

 

 路地裏に木霊する声は、アイズが激発させた感情の表れだった。腹が立つ、という感情を隠しもせずにアイズは言葉を吐き出す。

 

 

「先生は色々言っていたけど、難しくて良く分からない。だって、先生と私の何が違うの?」

「それは―――」

「違わない。きっと何も違わない」

 

 

 諭そうとしたセンリを遮り、アイズはただ胸の内で燃える熱を吐き出す。理不尽だと分かっていてもセンリには誰よりも強く揺るぎなく立っていて欲しかった。

 

 だってイタドリ・千里はアイズ・ヴァレンシュタインが誰よりも強く優しい父の面影を見た師匠なのだから!

 

 

()()()のこと、覚えてる? 私は先生を怖がって『来ないで』って言ったことを」

「……もちろん。ボクのサガが君を傷つけた。申し訳なく思っている」

「違う! ううん、違わないけど()()()()()()()()。絶対にそれだけじゃなかった」

 

 

 だというのに肝心の師が意味が分からない迷いに揺らいでいる。そんな姿をアイズは許容できなかった。迷うセンリに活を入れるため精一杯言葉を尽くし、語り掛ける。

 

 だが対するセンリは何を言い出すのかと訝し気な視線を向ける。その視線にアイズは何故分からないのかともどかしそうに首を振った。

 

 

「あの時、先生は私のこと傷つけたって思ってた。私も同じ、先生を傷つけたって……嫌われたって思った。

 それを何とかしないとって思って、でも何とか出来るか分からなくて、何とかできなかったらどうしようって怖がってた。

 先生もきっと同じことを思ってたはず。違うの?」

「———」

 

 

 絶句する。

 

 リューのようにセンリの心情を汲み取ってくれた者はこれまでにもいた。だがセンリの心情にこれほどまでにぴったりと共感した者は随分と久しぶりだった。思い出すのに苦労する程度には。

 

 それほどにアイズの言葉は当時のセンリの心境を見事に言い当てていた。そしてあの瞬間のアイズの傷ついた顔を思い返せば、思わず腑に落ちる部分が多々あった。

 

 

「先生は人の心が分からないって言った。でも私だってリヴェリア達が何を考えているかなんて分からない。それはそんなにおかしなことなの?」

 

 

 アイズの素朴とすら言える疑問は続く。

 

 

「私はリヴェリア達のことが好き。リヴェリア達もきっと私のことが好き。だから私はそれでいい。リヴェリア達が考えていることなんて分からないけど、それでもいいんだって私は思う」

 

 

 センリは先天的な、アイズは後天的な要因によってという違いこそあれどちらも普通とは異なるズレた感性の持ち主だ。もちろんそのズレ方にも差があり、全く同じというわけではない。

 

 だが共通する部分も間違いなくあり、そこを起点に得た共感を訥々とした口調でアイズは対面の師へと語り掛ける。

 

 

「先生は変な人かもしれない。私も先生が何を考えているかなんて全部は分からない。でもちょっとは分かるし、私はそれだけでいい。先生はきっと欲張りすぎ」

「欲張り…。初めて言われたが、確かにそうかもしれない」

 

 

 共感。

 

 誰もが他者と触れ合う中で無自覚に得るその感覚を随分と()()()()()センリは得た。懐かしい感覚に不意に極東で神や孤児の兄妹たちと触れ合った時間を、オラリオまでの旅路を共にした人々の顔を思い出した。

 

 

(ああ、()()()()()()()()…。忘れていたな)

 

 

 件の行商人夫婦とも最後は不幸な別れ方になってしまったが、旅の途中でともに笑いあった時間が消えてしまったわけではなかった。例えセンリの所業によって断ち切れてしまったのだとしても、確かにそこには絆があり、共感があったのだ。

 

 誰かが笑えばセンリも嬉しかった。誰かが泣けばセンリも悲しかった。悪行には怒りを、善行には敬意を抱いた。

 

 イタドリ・千里はキチガイで、普通よりズレた感性の持ち主だ。だが共感する能力まで喪失しているわけではない。その証拠にリュー・リオンを筆頭にアストレア・ファミリアの皆やアイズ・ヴァレンシュタインなど確かな絆を結ぶことが出来た者たちが何人もいたのだ。

 

 すれ違いばかりが続いていたせいで知らぬ間に人間関係に臆病になっていたらしい、と自身の怯懦を笑う。そしてそのことを気づかせてくれた愛弟子に感謝と称賛の視線を向ける。

 

 

「……弟子もまた師を育てる…か。あの時は意味が分からなかったが」

 

 

 一理ある、と感慨深げに呟くと評された当人は不思議そうに首を傾げた。

 

 センリの脳裏に過去の一幕、極東から旅立つ別れの日にタケミカヅチから苦笑交じりにかけられた言葉が蘇る。お前を育てた時間に、俺たちもまた何かを得ていたという言葉が。

 

 神とは本来永遠不変なる超越存在(デウスデア)、だがその本質は変わらずとも下界で人間(こども)たちとともに時間を積み重ねることで得られるものが確かにある。

 

 きっとタケミカヅチがあの時感じていたのも、センリがたったいま得た()()()に近いものなのだろう。

 

 この会話の前後でセンリ自身は何も変わっていない。相変わらずどこか普通とはズレた感性の持ち主で、剣術狂いのキチガイだ。

 

 だがそれでも、

 

 

()()()()()()()()()。気の持ちよう一つで随分と変わるものだ)

 

 

 存外に自分の視野は狭かったらしい。そして思った以上に単純な性格であったようだ。そう苦笑が漏らせる程度には、アイズとの関係に悩んでいた内心の重苦しさが軽くなっていた。

 

 

(ボクは異常(ボク)だ。きっとそれは生涯変わらない。ずっと一生ズレたまま生きていくんだろう)

 

 

 これまでならきっとその事実にやるせない気分を覚えただろう。だが今は違う、少女の言葉がセンリの中の鬱屈した思いを融かしてくれたから。

 

 

()()()()()()…。今ならそう思える)

 

 

 普通(みんな)異常(センリ)を隔てる壁は確かにあるけれど、それを理由に誰かに手を差し出し一歩を踏み出すことに躊躇するのはもう止めよう。

 

 何故なら相棒(リュー)はセンリの手を取って導いてくれた。そして弟子(アイズ)もまたセンリの本質を知ってなお大したことではないのだと叱咤してくれた。

 

 で、あれば己一人が無様を晒すわけにはいかないのだ。

 

 そうささやかな男のプライドを芯に奮起するセンリ。どこか迷いが晴れた顔を見せる青年へトリックスターの女神が山場は抜けたと判断し、軽妙な調子で声をかけた。

 

 

「ハハッ、妙な悩みも吹っ切れたいう顔やな」

「神ロキ…貴方に感謝を。貴女の眷属にボクは(もう)(ひら)かれました」

「そやろ? ウチの自慢の眷属や」

「ええ、本当に。しかし許されるならどうか一言だけ付け足させていただきたい」

 

 

 心底から自慢げに、嘘偽りなど何一つないという天真爛漫な女神の笑顔にセンリも同質の心からの感謝と愛情を込めた笑みを教え子に向ける。

 

 仔細は掴めておらずとも主神と師匠に褒められたと理解できたのだろう。無表情ながらどこか胸を張って自慢げな様子である少女へ風のような歩調で近寄り、思いを込めてゆっくりと頭を撫でる。

 

 

「流石はボクの愛弟子だ―――とね」

 

 

 いつもの飄然とした口調に茶目っ気をプラスした発言に、その場にいた皆がそれぞれの表現で安堵や喜びを表した。それはアイズの希望を受け容れるとセンリが明確に示したサインだった。

 

 

「じゃあ!」

「稽古の再開はまた神ロキ達と時期を相談してからだ。あの一件でオラリオもまだゴタついている。少し様子を見た方がいいかもしれないからね」

 

 

 喜びの声に間髪入れず返されたにべもない返答にむぅ、とアイズは唸る。今までよりもずっと自然体を見せるその姿にセンリは久しぶりにあのふわりと吹く春風のような笑みを浮かべた。

 

 

「だから本拠地(ホーム)では基礎練をしっかりとこなしなさい。千里の道も一歩から、だ」

「……分かった。仕方ない」

()に会った時の君の成長を、楽しみにしているよ」

「!?」

 

 

 そう、そうだ。

 

 

(次が、ある。また先生に教えてもらえる)

 

 

 次の機会が得られ、また今度と言える。それはきっととても幸せなことなのだと、アイズ・ヴァレンシュタインは久しぶりに悩みの吹っ切れた軽やかな気持ちで「はい!」と返事を返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして少し先の未来。

 いつものように、いつもと同じ路地裏で密かに繰り広げられる師弟の稽古風景。

 

 だがいつもより師が上機嫌なことにアイズは目ざとく気付く。そして気付けば疑問の声を上げるのに躊躇う間柄ではない。

 

 

「どうしたの?」

「ん? なにがだい」

「普段よりも嬉しそう」

「ハハ、分かるかい」

 

 

 隠すでもなく、むしろ聞いてほしいという風に開けっ広げな喜びを示すセンリ。どうしたのかと問いかけるよりも前に本人の方から口を開いた。

 

 

「つい先日、知人と再会したんだ。随分と昔に行き違いで不幸な別れ方をしてしまった夫婦だ」

「それってもしかして…」

「ああ。あの時君にも話した行商人の夫婦だ。いや、今では元が付くらしいけれどね」

 

 

 もしや、と疑問と期待を込めた問いかけにやはり上機嫌そうにイエスと答える。

 

 

「ボクの名を聞いてわざわざ極東からオラリオまで足を延ばしてやってきたらしい。律儀なことだよ、本当に」

 

 

 飛ぶ鳥を落とす勢いで躍進を続けるアストレア・ファミリアとイタドリ・千里の雷名は既にオラリオを超えて世界各地まで轟いている。

 

 恐らくは極東のタケミカヅチ達の耳にまで届いているだろう。そして件の元・行商人夫婦もその例に洩れなかったらしい。

 

 

「行商人の身分から商会を興し、遂にオラリオまで販路を延ばす大身になったと聞いた。身なりも随分と立派になっていたよ。それでいて昔のようにボクに接してくれた」

 

 

 それが最も嬉しかったとセンリは言う。

 

 

「過去の不義理を謝られたよ。ボクの方こそ謝罪しなければならなかったのにね。そこら辺をまあお互いに押し合い引き合いしつつやり取りしていたらリューとアストレア様が出てきて上手く間に入ってくれてね。ひとまず昔のようにやっていこうという話になった」

 

 

 それに、と付け加えた。

 

 

「ボクの、というかアストレア・ファミリアの援助も引き受けてくれるらしい。商売抜きで、とは言えないが今度こそけして不義理はしないという約束だ」

「……それが、嬉しいの?」

 

 

 少女がパッと聞いた限りではどこか商売という壁を一枚挟んだ余所余所しいやり取りに思えるのだが、師の浮かべる笑みは本当に心から嬉しそうだ。

 

 

「本音を直截に言い合えている、とボクは思っている。そしてボクにとってはその方がありがたいし、分かりやすい。ボクを理解して一歩歩み寄ってくれているんだ」

「そうなんだ…」

「ああ。()()()()()()()()()()()()()()。今なら素直にそう言えて、それがたまらなく嬉しいんだ」

 

 

 喜びを隠さず心底嬉しそうな師にどこかアイズも胸の奥底が温かくなった。そんな少女にもセンリは喜びと感謝の言葉を向ける。

 

 

「そしてそう思えるようになったのは君のお陰でもある。だから君にも一言だけ言わせてほしい」

 

 

 と、一拍の間を挟み。

 

 

「ありがとう。君と出会えて、君の師になれて本当に良かった」

 

 

 そう嬉しそうにセンリは話を締めるのだった。

 

 

 




 これにて本作は一端の完結となります。ここまで読了いただきありがとうございました。外伝という形で多少続くかもしれませんが、本編はこのお話で区切りとなります。

 本作を読んだ読者(あなた)の心に何かが残せたならこれ以上嬉しいことはありません。よろしければ一言、感想をいただければ幸いです。



 以下、本作を執筆するキッカケなど書きたいことを書いていきたいと思います。お暇な方はよろしければお付き合いください。

 言わずもがなかと思いますが本作のテーマは『師弟』でした。ソード・オラトリア第九巻の幼女(アイズ)が作者の心にクリティカルヒットを食らわせたので、何か幼女(アイズ)をテーマに一本書いてみたかった。

 実は元々第九巻を読破したあとにどこか心にもやもやとしたものがありました。具体的にはアイズとリヴェリア達との関係です。

 もちろん第九巻の出来やアイズ・リヴェリア達に文句があるというわけではなく、何か一味足りないと感じたのです。

 原作の本家本元幼女・アイズは親の心子知らずを地でいく無謀な少女です。彼女は常に悲願に心を焼かれ、何度諭されても自殺志願者じみた無謀な真似を繰り返します。

 第九巻はリヴェリアを筆頭としたロキ・ファミリアがそうしたアイズの心に寄り添い、時に苦しみながら少しずつ家族(ファミリア)になっていく物語です。母の風(エアリアル)発現のシーンは個人的にダンまちベスト10に入る名シーンだと思う。

 さておきそんな親の心子知らずなアイズですが、同時にロキ・ファミリアもアイズの心を理解しきることが出来ませんでした。いや、出来たらそれはそれでマズイんですが。

 ロキ・ファミリアはアイズの家族であり師でありストッパーでしたが、『理解者』になることは出来なかったのだと思います。なお重ねて言いますが、『理解者』になれたらそれはそれで問題になりますのでリヴェリア達が悪いということではありません。

 そうした両者の心の乖離を埋めるために抜擢されたのが本作の剣キチです。第九巻とは無関係に私が構想していたダンまち二次創作のキチガイチックコメディ主人公ですが、彼をアイズの師として戯れに配置してみたところ私の中で思った以上にハマりました。

 ズレたアイズにズレた師匠を置けばどうなるのか。きっと面白いことになると感じたのですね。

 『師は弟子を育て、弟子は師を育てる』。かのケンイチの名台詞ですが、私としては『師弟』を描くならこうした二人を書きたかった。一方的に影響を与えるのではなく、お互いがお互いに影響を及ぼしていく師弟。時に傷つけあってもそれを乗り越えて成長していく二人の関係性をテーマに据えていました。

 そこに注力しすぎたせいで後半はほとんど問答ばかりになってしまい、物語としてテンポが悪くなったのは反省点ですね。『師弟』が本作のテーマだったので、ダンジョン攻略などバトルを組み込む機会が考えづらかったところは正直ありました。

 とはいえ書きたかった師弟の心の掘り下げという点は思う存分書けたので個人的には満足しています。

 本作主人公、イタドリ・千里はあらすじに書いた通り最初から最後まで善良で才能のある、ただのキチガイでした。それ故にキチガイであって決して超人、ヒーローではありません。

 剣の求道こそを第一に掲げながらもそれだけに振り切ることが出来ない。これはタケミカヅチ達に与えられた善性によるもので、ある意味イタドリ・千里というキチガイを人間の側に繋ぎとめていく楔があったからこそです。恐らくタケミカヅチ達に拾われていなければもっと人間味のない、人の形をした凶器へ成り果てていたでしょう。

 ですがそこまで振り切れていない本編のセンリはもっと人間的です。眼前で行われる悪行は不快だし、誰かを助けて感謝されるのは気分が良い。だから誰かを助けることも悪人をぶった切るのも躊躇がない一方でキチガイゆえに致命的に苦手な人間関係については迷うし、傷つくし、ビビります。

 ぶっちゃけあまり格好がいい主人公ではないと思います。自分が読者として見るならもっと振り切れた方が爽快感はあると思いつつも、敢えてそっちの路線には行きませんでした。

 これが『イタドリ・千里の物語』ならそういう方向性も十分ありだったと思います。ですが本作は『師弟、アイズ・ヴァレンシュタインとイタドリ・千里の物語』でした。

 人は強さに憧れ、弱さに共感するものだと思います。ただ強すぎるだけでは心の交流を描くのは難しいと感じ、敢えて師匠のセンリにも明確な弱さを残しました。

 そんな師匠の弱さに共感することで、弟子であるアイズの心の成長を描くつもりでしたが最後の最後で大苦戦しました。完結までの投稿がここまで遅れたのは忙しかった以上に最終話の二人をどう着地させるかが5、6回書き直しても見えてこなかったからです。

 これは作者のミスというか、イタドリ・千里というキャラクターの掘り下げが足りなかったからです。いざ書いてみるとどう着地させたものか迷いに迷いました。

 ある意味でイタドリ・千里は生まれ方を間違えた人間です。生まれつき精神に欠陥を持ち、悪気が一切なく彼なりに努力しているのに結果だけ見るといつも間違える。

 剣術という人並外れた才を持ちそれを志向しながらもそこに振り切ることもできない、弱さを捨てられない人間です。

 この弱さをどう克服するか、そうした方向で考え続けていましたがある日ふと思いました。別に弱さを克服しなくてもいいのでは、と。

 私自身思い当たることが山ほどあるのですが、人間は弱くて間違える生き物だと思います。そのつもりがなくてもミスはするし、分かっているのに正しいことが出来ない。

 正しいことをするべきだし、間違いはしてはいけない。頭ではわかるけれどもそれを実行できるかというと正直出来ない人間です。だってそれをやるのは辛いし。あと正論しか言わない人間は正しいと思いますが仲良くできる気はしないです。

 正直立派な人間であると口が裂けても言えませんが、それでもなんとか生きています。

 私自身そんな程度の人間なので、架空のキャラクターとはいえ過度に『正しさ』を求めるのは止めにしました。正しくなくても、間違えてしまう人間でもそれでいいじゃんと開き直ったら当初の想定とは別のルートに行きつきました。

 弱さを克服するのではなく、弱さを肯定した上で前に進んでいくルートです。

 世の中どうしたって間違えてしまう人間はいるけど、そういう人でも幸せになっちゃいけないという法律はありません。幸せを求めることに引け目を感じる必要もありません。開き直って前に進んでいけば浮かぶ瀬もあるでしょう。

 そういう意味で気付きを与えてくれた本作を書くことは良い経験になったと思います。曲がりなりにも作品を一本完結させることも出来たし、イタドリ・千里というキャラクターにも思い入れを抱けるくらいに書き込むことが出来ました。

 そして一端執筆意欲が折れかけながらも書き続けることが出来たのは読者の皆さまの応援があったお陰です。作者は心の中に全肯定ハム太郎を飼育していないので、頂いた感想を読み返しながらエネルギーをチャージしていました。だから完結まで行けたのは本当に読者の皆様のお陰です。

 なので最後にもう一度、不躾とは思いますが繰り返し強請らせていただきます。

 本作を読んだ読者(あなた)の心に何かが残せたならこれ以上嬉しいことはありません。よろしければ一言、感想をいただければ幸いです。

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