そろそろ日の出も近いということで、みんなで場所を変えようという話になった。
琵琶さんを取り込んだ夏至ちゃんに、無惨式テレパシーで命令を送って新築無限城に移動させてもらった。
もちろん鬼殺隊の皆さんも一緒である。
新築無限城は、無限と呼ぶのが恥ずかしいくらいのこじんまりとした作りになっている。むーざんが癇癪起こして九割方が瓦礫になったので、そのまま再建するくらいならいっそのこと、ということで以前のごちゃごちゃしたインテリアをビフォーアフター。しっとりと落ち着いた、わびさびの風情を称える和風屋敷へと変身を遂げた。
夏至ちゃん、なかなかのセンスである。
というか、今までの無限城が頭おかしかったのだ。誰が考えたんだあれ。
あの三次元インテリアを設置したであろう琵琶さんは、俺とむーざんとの間で逆ハーよろしく奪い合った結果、二人の男に挟まれて儚くなってしまった。逆ハー狙い乙女ゲー転生ヒロインよろしくざまあされた形、と表現すれば一番近いと思う。その後琵琶さんの持っていたものが夏至ちゃんに譲渡されたわけだが、うん、夏至ちゃんが悪役令嬢ポジなのかもしれない。
新築無限城でお茶を飲みながらまったり質問に答えていると、盲目の大男さんの心臓がいきなり止まりかけた。
どんだけ無理したんだ。むーざんを倒すことにそれだけ賭けていたんだろう、それが成就されて気が抜けたのかもしれない。
「よせ、胡蝶。薬は使うな、手遅れだ」
「しかし、悲鳴嶼さんっ」
「貴重な薬を溝に捨てることになる」
「……っ」
「お前には、無茶ばかり言ってしまったな、胡蝶」
「いいえ、いいえ……! 私こそ、悲鳴嶼さんに助けられてからずっと、いつかあなたに恩返ししたいって!」
巨人さんが、その場にいる全員に言葉を遺していく。皆は静かに聞き入っていた。最期の言葉を聞き逃さないようにと、皆が集中している。大層な人望だと思う。
「ああ……お前たちか」
誰?
最後に回された犬鼻少年に、君を認める云々と言った直後だ。もう語る相手はいないはずだが、なんか幻覚見てるっぽい。
「そう、か。私を守ろう、と……獪岳が、か……すまなかった、守ってやれ、ず」
彼は涙を溢し、ゆっくりと目を閉じた。
「じゃあ行こう……みんな、で……」
ただ彼は柱のリーダー的存在、他の人たちからも一目置かれた精神的支柱である。
こんなところで死なれちゃ敵わんのだ。
というわけで半不死薬を心臓に直接ドン。ついでに体中を触手で精査して、ズタボロになった心血管と肺胞を修復していく。というか、なにこれ。内臓も筋肉もボロッボロやんけ。
半不死薬で体を直しても身体機能がだいぶ低下しちゃうな。
んー、まあいっか。
死ぬよりマシっしょ。
巨人さんがいきなり死ぬ気満々ムーブ始めて慌てていた鬼殺隊の皆さんが泣きながら見送ったところで、巨人さんは蘇生した。
「……………………」
「……………………」
右の手首から巨人さんの脈をとっていたお蝶夫人が、えっ、と声をあげた。
どう? 俺が開発した半不死化薬。効き目すごいっしょ。また痣を出さない限り普通に寿命まで無病息災で生きられると思うよ。
ん? どしたん。感謝していいよ。
なにさ。別れの挨拶をした直後で気まずいとか、そんな薬があるならさっさと使えとか。
生き残ったっていう圧倒的事実の前には些事でしょ些事。だからもっと褒め称え崇め奉れよ。むーざん殺した立役者だぞ。
その後、まれちーに後方へと下げられていたパンクの兄弟子が、むーざんの血を取り忘れていたために鬼になっていて、日が出たために木陰から動けなくなってた、とか。
仕方ないので新築無限城に連れてきた鬼の兄弟子に気づいた巨人さんが、まーた痣を出して即吐血して死にかけたり、とか。
それでも兄弟子君を殺そうと暴れる巨人さんをみんなで押さえつけて、事情を聞いた傷男が、
「鬼なんだし首斬っていいんじゃねえかァ?」
派手男も、
「つうか鬼殺隊の情報を自分から警察に売ったんだろ? 鬼殺隊の隊律に照らしても斬首が妥当じゃねえか、隠や藤の家紋の者たちが何人捕まって死んだと思ってやがる」
ということで落ち着いた。
巨人さんの話を聞けば聞くほど胸糞悪い男だよ。
そうか、鬼殺隊の犠牲はきっと全部こいつのせいなんだな。
まったく、信じられないレベルの悪人だ。
こいつのせいで一体何人の無辜の民が犠牲になったんだろう。それを思うだけで心が痛む。
いいかいまれちー、善逸。君たちは絶対あんな悪人になっちゃだめだからね。
『……………………』
夏至ちゃん。無惨式テレパシーで無言を伝えてくるのやめてくれないかな。
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あれから一月が経った。
琵琶さんから受け継いだ夏至ちゃんの血鬼術・どこでも襖で、彼らとは今でも連絡を取り合う仲だ。
パンクは自分の師匠のところに、無惨討伐及び結婚の報告をしたそうだ。
無惨の死を喜び、パンクの生還を喜び、まれちーの器量の良さに喜び。なんかえらい流暢に話す鎹烏からパンクがいかに上弦や無惨と戦い貢献したかを聞いて、「お前は儂の誇りじゃ」と泣き出してパンクを抱きしめた。
犬鼻少年は、こちらも自分の師匠のところに戻っていった。
そこには人間に戻った妹さんがいて、天狗の面をつけた師匠さんと三人で泣きながら抱き合っていた。しばらくはここで三人で暮らすことにしたとのこと。
そのすぐ近くの小屋に寡黙なむっつりさんも住んで、毎日なんか大きな石の前に毟った花を置いて手を合わせている。何か宗教的な儀式だろうか。
包帯君と桃髪さんも、最近いい感じだ。
意味もなく毎日のように飯を一緒に食っている。一日三食を共にして、さらに夜には酒まで一緒に飲んで、しかしまだ二人は男女の仲になっていない。どうも包帯君が日和っていまだ交際に踏み切れないらしい。口元が気になるなら治そうか? と聞いても、「そういう問題じゃない」と静かにマジギレされた。解せぬ。悔しいので春画本を桃髪さんの部屋にある包帯さん用の荷物置き場にわかりやすく置いておいた。
巨人さんはお蝶夫人の屋敷でリハビリ中らしい。
二度目の痣発現がかなり致命傷だった。俺の触手で直すと、寿命を伸ばす代わりに体を削る感じになるから、今では歩くことも厳しいんだとか。
あと、お蝶夫人の弟子的な女の子が、犬鼻少年と文通してるんだって。
いいよね、そういうの。
あと何故か猪頭の人もいた。たまにお蝶夫人を母ちゃんと呼び間違えて悶えてたりする。野生の本能がバブみを感知しているのだろうか。
燃える髪の熱血さんは、普通に実家に帰った。
親が生きてる鬼殺隊の人って何気に珍しい。毎日ゴロゴロと酒をかっくらっている父親の背中に向かって彼は、
「父上! 鬼舞辻無惨の討伐任務、果たし終えましたこと、ここにご報告いたします!」
無惨……無惨⁉︎と慌てふためいて後に、鎹烏の報告を聞いた親父さんは、ただ一言。
「杏寿郎……!」
とだけ呟き、泣き出してしまった。
派手の人は、嫁三人と共に一般人として町に溶け込んでいた。
潜入や潜伏はニンジャとしての必須スキルではあるが、そういうことではなく、本気で普通の暮らしと平和を享受しようということらしい。
全身傷だらけの人、あれじゃん、この時代に来た直後の俺を追い回していたヤバい人じゃん。
こっわ。近寄らんとこ。
あと、パンクの兄弟子は死んだ。
そして、俺は。
『上司殿、もう出航するそうだ』
俺は、夏至ちゃんと同じ船に乗っていた。
もともとはむーざんが人間に擬態するために用意した貿易会社の船だ。むーざんが使っていた貿易会社の社長の立場と戸籍を、むーざんそっくりに顔を変えて乗っ取ったのだ。
あの親娘が鈍くて良かった。
しかもむーざん配下の時代に作った薬の技術とか女医さんが溜めていた研究資料なんかを子会社の薬剤系の開発部門に流したものだから、今うちの会社は業績がうなぎ上りなのだ。
しかしせっかく社長になれたにも関わらず、船での移動のために船室を借りたわけではない。日光の問題があるから、俺と夏至ちゃん、加えて下弦の壱こといっくんは、棺桶の中に収まって貨物として貨物船に乗せられているのだ。ザ・密入国。
『意外とこの血鬼術は不便だな、一度行ったところでないと襖が繋がらないとは』
その辺もどこでもドアと同じ縛りだよね。まあ、むーざん食べるまで俺らしばらく働きっぱなしだったし、休暇ってことで割り切ろうよ。
『こんな配送物扱いで休暇などと言えるものか……。というかだ、休暇扱いで給料でないのに仕事量は普段と変わらないっておかしいだろう、休暇というなら何故書類とペンを棺桶の中に同梱する』
休みの日にも仕事できるなんて幸せでしょ? 幸せでしょ?
そう言うと夏至ちゃんは黙ってしまった。無惨式テレパスでどれだけ話しかけても返事をしてくれない。
ちなみにいっくんは棺桶に突っ込む直前、自分に自分の血鬼術を掛けて、向こうに着いても絶対に起きないからね! と精神的篭城の構えをとった。
『くっそ、あいつ自分だけ逃げやがって。大陸に着いたらゴリゴリに使い潰してやるからな……なあ、なんか変な呻き声が棺の外から聞こえてくるんだが』
そう、俺たちは今なんと中国、この時代では清から中華民国へと名前を変えたお隣の国に向かうところなのだ。
青い彼岸花、というものを無惨は探していた。
日本中を探していたらしいけど、それでも千年間見つかっていなかったそうだ。そんな正体不明の未確認物質を部下に探させて、見つかりませんでしたって報告させては折檻するという老害ムーブをかましていたらしいのだ、むーざんは。
無駄の極みである。
とにかく、むーざんを取り込んだ時に得た記憶から、マジで日本には青い彼岸花なる植物は分布していないっぽい。
日本にないなら外でしょ。
というわけで中国だ。
むーざんは平安時代に処方された薬で鬼になったのだという。
じゃあ平安時代に日本と貿易のあった国といったら、まあ中国なわけだ。当時は唐の時代だけど。
ともかく、貿易で日本に運ばれてきた珍しい花を、あの医者はなんとなく粉末にして、死亡確定の半死人に飲ませてみたらクソヤベーことになった、とそんな感じなのだ。
だから処方箋を見ても詳しい薬の作り方は載っていないのだ。
『なんか呻き声がぐるぐる私の棺の周りを回っているんだが、なあこれ何がいるんだ? すっごい鼻息が近いんだが、え、なにこれ。ねぇなにこれ。私は何系の貨物として運ばれてるんだ?』
だから、俺たちは日光を克服するため、中国に行かねばならないのだ。
俺たちが日本を離れている間は、俺の会社は産屋敷という家の人に任せてある。
財務管理の部門にすごい優秀な人が揃っているんだよねあの家。
鬼殺隊の人たちはみんな体がボロボロだった。それを適当に直してあげて、さらに恩を売っておいた甲斐があった。彼らの紹介があって、そういった人員を借りることができたし、代わりに元鬼殺隊の人たちを雇うこともできた。
産屋敷からお金はたくさん貰えてるらしいけど、結婚するって人はやっぱり自分のお金で家族を養いたいものね。
お蝶夫人と巨人さん以外は、大体うちの会社に就職することになった。むーざん討伐作戦でガチの全滅という憂き目に遭ったせいで、呼吸という技術はインチキ宗教の詐欺商法、ということに政府では落ち着いたのだ。そのせいで鬼殺隊の彼らは警察や軍隊などをはじめとした公務員的な職に採用されることはなくなってしまったし、上弦の弐が運営してたマルチ宗教団体が湯浅とかいう偉い人を騙して警官隊を殺戮した罪で一斉検挙という憂き目に遭ってしまったが、これからの日本の歴史を考えればむしろ鬼殺隊の彼らには朗報かもしれない。
彼らは、もう戦う必要がない。
休んでいいのだ。
十分すぎるほど、君たちは戦ってきたのだから。
誰にも讃えられない、歴史の裏に埋没する、決して表舞台に出ることのない、日本の存亡を賭けた戦いを君たちは千年も続けてきたのだから。
戦うとなれば、彼らは自分のことなど省みず、再び痣でもなんでも使って戦おうとするだろう。
あの痣は、すごい体に負担がかかるのだ。
もうこんなものに頼るのはやめてね、と皆に言っておいた。
むーざんを殺すために生きてきたのはわかるけど、もうむーざんは死んだのだから。これからは自分の幸せを第一に考えて生きるように、と。
突然戦いを忘れて生きろと言われても、きっと難しいだろうけど。
でも、それが残された君たちの使命だから。
あの決戦で犠牲になった人たちも、きっと俺たちの幸福を望んでいるはずだから。