惣右介の前に立つ春直の姿は、普通の死神の姿をしていなかった。獣の様な仮面。尾が二本生え、四つ足で立ち咆哮を上げる。既に自我を亡くしているのか、問答無用で飛びかかってきた。
惣右介は斬魄刀を抜き、一閃。右手を斬り落とす。地面に転がった春直が立ち上がった時には既に斬られた筈の前足は再生されていた。
(再生が速い。これは想定以上だな。)
瞬歩で近づいた惣右介が今度は首元から胴にかけてを袈裟斬りにする。その刃が振り切られる前に腕を掴まれた。
「!?」
そのまま地面へ叩きつけられる。思わず顔をしかめてしまうが、すぐに空いている左手を春直の腹へと当てた。
「破道の八十八 飛竜撃賊振天雷砲。」
手の平から放たれた熱線が春直を撃ちぬき、背後の木々を薙ぎ倒す。ひるんだ隙をついて離れるが、腹部に開いた穴は既に塞がりかけているた。
「驚異的だな。」
傷を負ったにもかかわらず笑みを浮かべる惣右介。まだ鏡花水月は使わない。もう少し、様子を見よう。これほどの実験体はそうは居ないのだから。
全身を傷だらけにした春直が大きく跳躍し、地面へと着地すると同時に大きく息を吐く。
「ちぃ……ここまでとは、流石に予想外だったわ。」
目の前に立つ傷だらけの虚。その尾の数は『八』。どれほどの時間戦っていたか、既にわからない。互いに致命傷を避け続けてはいる。
春直は既に手甲を外しており、鬼道をおり交ぜた戦術でも仕留めきれない程の虚と出会ったのは生れて始めただった。
(これ程の強さを持ち、相手の精神内へと侵入してくる虚。なんとしてでもここで仕留めないとな。)
しかし、春直の力は確実に弱まり、それに対して虚の方は着実に力を増している。このままではまずい。だが、ここで転機が訪れる。春直の手にしていた『浅打』が変わった。
「そうか……なら出し惜しみは出来ないな。」
『童子丸』が具象化できなくなった事で手元に現れた斬魄刀を正眼に構え目を閉じる。春直の霊圧が急激に高まった。
虚がひるむ。獣としての本能が危険を察した。『このままではまずい』と。早急に仕留めようと飛びかかった刹那、春直がゆっくり目を開くのが見えた。
「卍解。」
惣右介がこの場に来てから既に二時間ほど。何度も致命傷を与えた筈だ。惣右介自身も僅かだが傷を負っている。あとどれ程のダメージを与えればよいのだろうか?
「これほど長く戦ったのは初めてだよ。だが、そろそろ時間もない。」
これだけ長く時間をかけてしまえば、流石に怪しまれてしまうだろう。しかし、ここで殺してしまうのは惜しい。なんとか捕縛できないだろうか。そう思った矢先、春直が動きを止めた。俯くようにうなっている。
「……まさか!?」
そう思った瞬間、爆発が起こる。不意の衝撃を躱せず、咄嗟に左手で顔を覆った。
衝撃が収まり、その爆心地に立つ虚。仮面が砕け散った。手足の爪や体毛、尾が光の粒子となって消えていく。そしてそのままその場に倒れ伏した。僅かに呻き声が聞こえる。
「虚を……抑え込んだというのか?」
ゆっくり近付いてしゃがみ、肩に手を当てる。
「……藍染副隊長か?」
「荒木部二十席……だね。まさか、無事だとは思わなかったよ。」
春直がゆっくり起き上がろうとするが、その場で仰向けになるのが限界だった。全身傷だらけで霊圧もかなり小さくなっている。
「どうやら俺が戦っていたのは、相手に寄生する虚の様だ。死ぬかと思った。」
大きく息を吐く春直に、惣右介は冷たい笑みを浮かべながら眼鏡を掛けなおす。
「興味深いね。」
その笑みを見て春直が怪訝な顔をする。
「何を考えている……?」
「死神と虚……その相反する物二つの同化……それによって得られる力について、かな。是非君にも協力してほしいものだな。」
「……助けてくれた事には感謝してる。だが、面倒ごとに巻き込むのは勘弁してくれ。実験は虚だけにしろよ。」
高々副隊長だ。それほど大規模な事にはならないだろう。命を救われた借りとしてその程度なら目をつむろう。
それが後に大事になるとは知らずに。
「これが事の顛末ですかね。その時抑え込んだ虚は、まだ自分の中に封じられています。」
完全に同化されてしまった虚を滅する事は出来なかった。だから、春直は浦原喜助の作った霊圧を抑え込む手甲の効果で、虚を抑え込んでいたのだ。だから普段の春直の霊圧は高くない。
「今回、その封印を解きました。これによって、全力が出せるようになる代わりに、暴走のリスクを負ってしまったわけですね。」
「成程。それで、虚化の方法を知るために俺たちに接触したって所か。」
「いえ、虚化は済んでます。」
拳西の言葉に春直が返す。虚の力を抑えること自体は既に出来る。喜助の所で禅を組んでいた時に済ませてきた。後は……。
「その力を試したいので、手合わせしてくれる方を探してたんですよ。」
春直が霊圧を軽く開放する。それは隊長クラスを容易く超える。
「ほう……おもろいやんけ。」
真子が笑みを浮かべた。惣右介を相手にするなら少しでも戦力が増えるならありがたい。しかも、それが昔とはいえ、惣右介に傷を負わせている程の力かもしれないなら大歓迎だ。
「ええやろう、相手したる。……羅武がな。」
「って俺かよ!?」
真子の言葉に羅武が思わず手を横に振るように突っ込みを入れる。その様に笑みを浮かべながら春直は首を横に振った。
「一人じゃ勝負になりませんよ。最低でも『三人同時に相手』にしてもらっても良いですか?」
周りの霊圧が跳ね上がる。ビリビリと伝わる殺気。だが、春直は笑みを浮かべたままだ。
「その言葉……後悔するなよ?」
既に斬魄刀を抜いている拳西が立ち上がり、桜十郎も斬魄刀の柄に手をかける。
「……しゃーねーな。」
最後に羅武も立ち上がり、サングラスをクイッと押し上げた。
「それじゃあ、久しぶりに全力を出させてもらいますよ。」
春直が義骸から飛び出ると同時に手甲を外した。
そして1時間ほど。そこには地面にうつ伏せてうなっている春直がいた。
「どうだ、この野郎!?思い知ったか!?」
「やめなよ、拳西。余計惨めになる。」
汗だくになりながら大声を上げる拳西の後ろで桜十郎が同じように汗だくでげっそりとしている。羅武も地面に座り込んでいた。
「……マジで三人同時に相手にしきったか。」
これには素直に真子も驚いた。それと同時に笑みを浮かべる。
「おい、どういう状況だこれは?どうして春直さんがいるんだよ。」
「お元気そうで、黒崎君。自分と彼らは……まぁ、旧知の仲というわけで。」
白と共にこちらへきた一護に、春直が起き上がりながら片手を上げた。
「……どうやら、なんとかなりそうな様子ですね。」
「ああ。久々に手ごたえを感じている所だ。」
「何言うとんねん、まだ全然やろが。」
春直の問いにニヤッと答えた一護。だが、その頭を真子が叩いた。
「痛って!?なにすんだよ!」
「やかましい。続きや行くで。」
真子が一護の襟首をつかんで放り投げた。そんな様をみて笑みを浮かべた春直が立ち上がる。
「自分も一旦喜助さんの所に戻ります。また近いうちに、差し入れでも持ってきますよ。それじゃあ失礼します。」
チラッとリサの方へと視線を向けるが、リサは相変わらずそっぽを向いたままだった。
あの時の春直としては、藍染副隊長がまさか裏でなんやかんややってるとは想像もつきませんでした。
というより、あの段階で藍染の立ち回りを疑う要素が皆無過ぎて……。
ただ、この時の事があったので旅禍侵入時になった時に疑う要因になったという感じですね。