《流動王》の言葉に応えるように、仁は彼の眼前で一振りの刀を顕現させた。
「ほぉ……」
それは仁の伐刀絶技《擬装剣》によって造られた刃、《童子切り》である。
美しい白銀の刃は、前に見た時より依然として変わらない。
「やはり、
しかし、《流動王》は一目見ただけで即座に見抜いた。
「狙いはステラ姫の……いや《ドラゴン》の炎か」
おまけにそこからステラとの戦いで手に入れたものすら看破する。
本当にこの男は底が知れない。いっそ畏怖だけでなく畏敬すら抱くレベルだ。
――そう、仁が密かに狙っていたというのはステラが扱う炎……より正確には『ドラゴンのブレス』である。
何故そんなものを……と疑問に感じるだろうが、その答えは既に《流動王》が口にしている。
それは比喩でも何でもなく本当に自ら鍛えた至高の一振りを一から打ち直したということだ。
異能を使っているとはいえ、それでも最高傑作ともいうべきものを造り治すなど正気とは思えない。しかし仁は強くなる為ならそれすらも厭わない男だ。
つまり、より強くなる手段が思い付いたから実行しただけという至極単純な理由ではある。
それに必要だったのが先に《流動王》が言った『ドラゴンの炎』だ。
剣を造る際に炎は最重要にして必要不可欠なものであり、神格化しているものともいえる。
それは異能の力を用いて造った《擬装剣》も例外ではない。そもそも異能で、且つ現実に関与していないとはいえ、《擬装剣》の造り方は正しく刀鍛冶のそれと全く同じだ。違うのは己の内で全ての工程済ませてしまうということ。
その過程で彼が識る・実体験した技術や技能といったものを組み込み、鍛えることで完成する。
では何故わざわざ
その疑問の前に一つ、鍛冶における炎の重要性というものを知らねばならない。
刃物を造る過程において炎や熱というのは絶対不可欠であり、それの調整如何によっては失敗も成功もする。他にも素材やら環境やらと色々とあるが、大半は炎と鍛冶本人の腕である場合が多い。
鍛冶において必要となるのは素材・環境・炎・職人の腕。大きく分ければこの四つとなるだろう。
素材においては自らの魂たる固有霊装を使うので問題はなく、環境においても自らの『内側』で完結させる為理想とする場を用意できる。
鍛える当人の腕に関しては異能を使い、現実で行う訳ではない為大きく左右されない。強いて挙げれば、実際に刀を打っている過程を一時も目を放さずに脳裏に刻み込まなければいけなかったが、そこは伝手で何度も見させてもらった(ついでに一応経験させてももらった)。
しかし最後の炎に関してはだけは『異能で発現させた炎』ならともかく、それ
当たり前だが、神聖なものや伝説に伝わるようなものが簡単に手に入る訳がない。
だからこそできる限り炎としての純度が高いものを使える者と一戦交え覚えた後、それを利用して鍛えあげたのだ。
致し方ない妥協とはいえ、その当時からすれば最高の一振りであり、実際性能は申し分ない。
己が内とはいえ、丁寧に時間を掛けて鍛えあげたのだ。なまくらな訳がない。
だがしかし、理由はあれど妥協してしまった結果は変わらない。
無い物ねだりなのはわかっているが、仁はそれでもどうにかしてないものかと時間を見つけては探していたのだ。
そしてようやく見つけた。
――伝説の物語にのみ存在したはずのドラゴン。その
如何に『存在』の概念に干渉できる仁とはいえ、『自分の想像しえないもの』を造り出すのは不可能だ。
故に、考えたことはあり実行したことすらあるが手に入らなかった一品の一つ――その一つが竜の炎であった。
それを教え子が使えたのは僥倖だった。自分の異能についての正体も自覚した為により明確な概念にも昇華している。
あとはどうやって『ステラに本気の一撃を出させるか』だったが、それはすぐに解消された。
そう、《互眸鏡》による脅威認定と排除の件だ。
これ幸いと仁は利用させてもらったということだろう。
勿論、ステラのことを案じての一面はある。だが、それはそれとして見返りの一つはあってもいいだろ?
そうして、まんまと仁は二つの目的を成し遂げたのだ。
「本当に、キミは抜け目ないね」
流石、歴代の中でも異例な早さで序列を繰り上げてきた男。強くなる為の余念はないようだ。
《魔人》なぞ強欲・貪欲なエゴイストだらけだが、仁はその中でも群を抜いている。
「いやはや、このままだとボク達を超える日もそう遠くないかな」
「悪い冗談だな」
その姿勢に感心したからか、つい口から零れた言葉。
しかし仁は、そんな世辞を本気で捉えることは出来ない。霊装を虚空に仕舞うと、目を細め訝しむ。
「そもそもアンタの場合得物どうこうの話しでもないだろ」
「んー? それは否定できないね」
確かに《童子切り》の性能は格段に上がった。仁の腕もあれば大半のものは切り捨てることができる。
しかし、この男に対しては如何に武器が優れようと、どれだけ腕が立とうとも関係がない。第一に当てることすら困難なのだから……。
――《流動王》。その二つ名が示す通り、彼の異能は《流動》の自然干渉系である。
この世界にある万物の流れを感じ、読み、そして操るとされる異能だ。
《流動》と言ってもピンとくるものも少ないだろう。一言で表すなら、それは『ものの流れ』だ。
気流や海流といった自然のものだけに飽き足らず、人や動物の集団の動きや場を支配する空気の流れすらも読み取ることが出来る。
概念干渉系ではないものの、それに近いことができるのは彼が魔人と化して長く、その間に蓄積した膨大な経験値を糧とし、超越的な感覚を手にしてしまったが故だ。
そも、彼は第二次世界大戦ではなく、第一次世界大戦の時代に暴れ回っていたとされる。
どの組織にも属さず、ただ『戦いたかったから』という理由だけであらゆる戦場に乱入してはそこにいた魔導騎士を一人残らず鏖殺していた。葬った数は幾千にも及ぶ。
紛うことなき生粋の殺戮者にして戦闘狂――それが当時の《流動王》である。
そうして、数多の戦場、数多の強者と刃を交えたことで彼の感覚は鋭敏化し、その眼は相手の
それは、例えるなら仁の《大六感応》と一輝の《完全掌握》のハイブリッドであり、上位互換でもある。加えて《流動》の異能により、文字通り『流れを支配できる』彼はあらゆる攻撃と奇襲が効かなくなってしまった。
単純な筋力としても技能的にも、そして能力的にも彼を捉えることは困難と化した。
どれほど困難なのかという答えとしては『あのエーデルワイスが一方的に斬り伏せられた』と言えばその異常さが分かるだろう。
……まあ、彼女の場合は単純に相性が悪いというのも大きな要因ではあったが。
しかし、それほどまでに《流動王》は捉えた上で攻撃を当てることが非常に難しい騎士なのだ。
そもそもの話。そんなものがなくても固有霊装のサーベル一本で大戦を生き抜いた強者だ。純粋に騎士としての技量もまた桁外れに高い。仁ですら剣技だけの勝負に挑んだ所で負けるのは目に見える。
正に
その様な者に『自分達を超えるのもそう遠くない』と言われても実感なぞ出来る訳がない。
距離は縮められているが、溝そのものはまだまだ大きいのだ。
……とはいえ、それで諦められるなら《魔人》なぞには成れない訳だが。
「ま、いいさ。その『いつか』があるなら実現させるだけの話だ」
「アハハ、楽しみだね」
眼前の男がどの様な人物なのか分かった上で、軽口を叩く。しかして、その言葉に込められた想いが本物であることを感じ取った《流動王》は愉快に笑った。
格上と分かっていて尚挑む姿勢。それは、彼等にとって基本にして基礎、そして何よりも重視しているものなのだから。
それが色濃く染み付いている仁だからこそ期待している部分はあるのだ。
「……そういや、昨今の情勢はどうなんだ?」
それはそうと。
思い出したように仁は《流動王》に問いかけた。
「というと?」
「とぼけるな、どうせ何かしら掴んでいるんだろう?」
一度らすっとぼけた見せた《流動王》を睨む。
彼は異能以外にも、実は『世界の流れ』を掴む術を持っている。表沙汰にはされてはいないが、《流動王》は世界的な物流会社の会長だ。その規模は業界を牛耳っているとされる程で、莫大な富を得ている。このバーとて彼の私物の一つだ。
把握している範囲も広く、表だけでなく裏にも精通している。
故に『物流の流れ』を理解している。不穏な流れはすぐに彼の耳に入るのだ。
「そうだね……。ま、相変わらずと言えば相変わらず、かな」
その答えは、一見『問題ない』と見て取れる。
しかし、実情は元々不穏な動きが長期に亘って行われている故にその様に答えただけだ。
ちなみにその動きを見せているのは犯罪組織として名高い《解放軍》と、《
《解放軍》に関してその在り方が在り方な為、これが平常運転と言える。
しかして問題なのは《大国同盟》だ。世界を三分する組織の一つでありながら、どうにもきな臭い動きがある。より正確にいえば、《大国同盟》ではなく合衆国であるが。
「大丈夫なのか」
「別に後手でも問題ないからね、こちらは。ま、ボク達が先手を打つのは問題だけどね」
大規模な組織が何かしら水面下で動いている。しかも善からぬことの可能性が高い。
だが他の組織はともかく、《互眸鏡》は先手で動くのは
理由は単純明快。あらゆる可能性を認識できる《隔絶僧》がいる為だ。そんなデタラメな異能を持たれ、断言されようものなら反論の余地はない。
例え今は大丈夫でも未来で問題を起こすなど言われ、その責任を今に持ってこられても困るだろう。しかもあくまで『可能性』の話でしかない。
故に、彼等は基本問題が発生するとしても後手に回るよう各組織、各国の代表者に通達しているのだ。
――だからこそステラの案件は例外中の例外だった訳だが……。
しかして、彼等は後手に動いたとて問題はなく、それだけの戦力であり、脅威である。
そのことを理解しているものは多く、そんな動きを見せるものは余程の阿呆か無知か、驕りきったものだけだ。
第二次世界大戦を契機にその様な者達は少なくなったらしいが……ここ暫くはその『予兆』が幾つか見られるとのこと。
その一つが合衆国の不穏な動きらしい。
普通であれば、早々に話を着けるべきだが、その誓約により彼等が動くことはできない。精々が釘を刺す程度だが、はたして効果の程はあまり見込めないだろう。
しかし、もし仮に《互眸鏡》に弓を射るようなことになればどんなしっぺ返しが返ってくるか……。それに関してはここ百年近くは記録にない為に不明である。
だが曲がりなりにも上位の《魔人》で構成された組織だ。それに喧嘩を売ってただで済むはずはない。……となれば、何かしらの秘策でもあるのだろうか?
(ま、それはあくまで『俺等』を相手取る場合だが……流石に《大国同盟》もそこまで馬鹿じゃないだろうしな)
そこまで考えるが、あくまでまだ『不穏な動き』で止まっている。
それがどう動くかまでは不確定だ。
仁としては巻き込まれたくはないし、わざわざ化け物の巣窟を荒らすような真似はしないだろう。こちらから仕掛ける気もない訳だし、杞憂で済むはずだ。
そう思ったのだが……。
――後日、その認識がとんでもなく甘かったと痛感する羽目になることを仁はまだ知らない。
「……そういや、あのガキの方はどうなってるんだ?」
「? ……ああ、あの鋼糸使いか。どうだろうね、表立って対立する気はないみたいだけど」
話題を変えようとして、ある《魔人》について訊ねた。
それは狂気を身に宿した
《魔人》である以上《互眸鏡》から『警告』はされ、その存在を認知しているはず。事実として、彼にそれを伝えたのは他ならぬ《流動王》である。魔人と化したならば尚のこと《流動王》が並外れた存在かは感知出来たはず、しかも差はあれどそれに近しい者達が集まった組織。それと敵対するような自体を起こすのは普通ならばやらない。
しかし。
「ただ――巻き込む気はあるかもね」
あの少年が宿している狂気は相当だ。直接的に敵対することはなくとも何かしらの形で利用しようと考えているかもしれない。
事実、彼等が表立って動けばそれだけで世界に混乱が訪れる。手段を選ばなければあの少年ならばできそうだ。
そもそも、此処に顔を出した理由もこれである。
何か騒ぎを起こそうとしている気配のある《魔人》。それについての進展を聞きにきたのだ。
予想通りではあるが、止める気はないらしい。
だが――。
「ま、その前に一悶着ありそうだけどね」
それよりも前に、どうにも他の動きを見せているようであり、故にこちらもまだ様子見といったところ。
その『一悶着』がどう転ぶかによって仁達の動きも変わるだろう。
「それは《隔絶僧》の『予見』か?」
「ああ」
断言するその物言いに、また《隔絶僧》が不安の種でも蒔いていったかと察する。そしてそれは的中したようで、《流動王》は何の感慨も持たずにただ肯定した。
その様から、彼にしてみれば些末なことでしかないのかもしれない。
結局の所、此処にいる連中は皆自らに影響を及ぼさなければ世界がどうなろうとも知ったこっちゃないという考えであり、それは《流動王》とて例外ではない。ただ彼は会社を持つ身として、情勢等は把握しなければいけないからそうしているだけだ。
だからこそ情報源としては確かなものなのだが……。
「……確認するが、それはヴァーミリオン関係か?」
「恐らくね」
発信元が《隔絶僧》であり、時期も考慮した結果、ステラに関することかと思ったら見事にドンピシャだ。
早々に厄ネタを引き寄せるとは……前途多難だな。流石に同情する他ない。
「もしかして、あのガキと関係あるのか?」
「さあ?」
白を切っているが、話の流れとして当たっているのだろう。
まったく、話題には事欠かない奴だな。
問題が一つ解決したと思ったら、また新たな問題とは……ついぞ呆れてしまった。
しかし、これもまた彼女に架せられた試練なのだ。
(手は貸せないが、頑張れよヴァーミリオン)
どんな形にせよステラが招いてしまったのなら、仁が手を貸すことはできない。こういった自らの不始末を含めての『保留』という扱いなのだから。
故に、仁は心の内で静かに声援を送ることとした。
それが、彼の立場的に唯一できることなのだから――。
《隔絶僧》
異能:《縁》の因果干渉系
序列三位。
《流動王》
異能:《流動》の自然干渉系
序列二位。
《最古の魔女》
異能:《記憶》の概念干渉系
序列一位。
《互眸鏡》の組織としての在り方とステラの処遇を考慮するとヴァーミリオン戦役は丸々スキップされます。すみません。