異なった歴史を辿った地球のドイツを召喚してしまった結果 作:やがみ0821
9月1日の夜、色々と仕事を片付けたヴェルナーはヒトラーを食事に誘った。
ヒトラーとしても断る理由がなく、それに応じた。
「意外と何の感慨も湧かないものだな。もっとこう、色々と込み上げてくる思いとかあるかと思ったんだが……」
行きつけの店、案内された個室で注文を終え、落ち着いたところでヴェルナーは告げた。
「確かにそうだな。人数的に言えば世界で一番の殺戮者だ。もっとも、君に引き金を引かせたのは私だ」
そう告げるヒトラーにヴェルナーは苦笑してしまう。
長い付き合いだが、彼は何だかんだで良い奴なのだ。
「これからお互いに、お決まりのように悪夢にうなされたりとかあるのか?」
「私に聞くな。これまでにあったのか?」
「フランス戦を終えたときから今まで特にはない。君だって、相当に色々とやってきただろうが、あったか?」
ヴェルナーの問いかけにヒトラーは肩を竦めてみせる。
彼にもなかった。
「現場の将兵が変な悪夢にうなされたりしないように、事前にカウンセリングを行ったり、色々と手を打ってあるが、そこだけは心配だ」
ヴェルナーの言葉にヒトラーは頷いてみせ、そして告げる。
「今日まで存在していなかった連中を現れて3時間で倒しただけだ。変に思い悩む必要は全くないだろう」
それもそうだ、とヴェルナーが頷いたときだった。
テーブルの上に、突如として便箋が一枚、現れた。
彼は目を疑った。
「なあ、この便箋は今、どこからか出したものか?」
ヴェルナーの問いかけにヒトラーもまたその便箋に気づく。
「いや、違う。君が出したんじゃないのか?」
2人で顔を見合わせる。
とりあえず、ヴェルナーはその便箋を取り、中身を読んでみた。
誰にでも間違いはある。
たとえ、それは神であっても。
我々の祝福が貴国にあらんことを。
何となくだが、ヴェルナーは想像がついてしまった。
便箋を彼はヒトラーへと渡す。
「何だこれは? 冗談だろう……と転移前なら言うだろうな」
ヒトラーは深く溜息を吐く。
彼にも何となく想像がついてしまったからだ。
「この便箋の送り主がやったと考えるのが自然だな。転移が自然現象だと考えるには無理がありすぎる」
ヒトラーの言葉にヴェルナーもまた口を開く。
「神の所業と考える方が、まだ理解できる……ところでその便箋、博物館に保存しよう。間違いなく本物の聖遺物だぞ」
「賛成だ。何となく神聖なものを感じる気がする」
便箋をヒトラーが懐にしまおうとしたところで、それは空気に溶けるように消えてしまった。
それを目撃した2人はいよいよもって、何だか怖くなってきた。
「諜報員とかを題材にした小説とかで、文章を読んだら自動的に消滅するとかそういうのはあるが……現実にはないぞ」
「本物だな、これは……」
それきり、便箋が現れることはなかったが、2人共、どんな神々がこの世界に存在しているのか、という予想で夢中になった。
当然、結論は出るわけもなかった。
そして、翌日から地獄ともいえる――それこそ戦争の準備期間よりも忙しい――仕事の日々が始まった。
2人は神々の便箋のことをしばらくは冗談混じりに話していたり、日記に書き留めたりもしたが、仕事に忙殺される中で、記憶は薄れていった。
ドイツが地球に戻ることはなかった。
恋しいと思う者は多くいたが、そもそも戻れる方法すらなく、どうしようもなかった。
とはいえ、異世界も悪くはないという意見が大勢を占めていた。
地球にはなかった文化や動植物、そして何よりも亜人と総称されるエルフなどの種族との交流は国民にとっては非常に新鮮であった。
また、復員したドイツ軍の兵士達が各々の故郷に帰って、土産話を聞かせたというのも大きな要因であった。
彼らは面白おかしく、この世界のことを話して、それは聞く側の好奇心を掻き立てた。
そして、ラヴァーナル戦が終わってからしばらくして、世界各国がこぞってドイツ人観光客の誘致に乗り出していたこともあり、多くのドイツ人が観光へと国外に出かけていった。
各国では元軍人であろうがなかろうが、ドイツの国民というだけで、大歓迎された。
この世界において、ドイツはラヴァーナルに勝利した、唯一の国家だ。
以前に現れた太陽神の遣いを第一の遣い、ドイツを第二の遣いと各国政府とその国民は認識していた。
またドイツがその強大な軍事力を背景に、積極的な領土拡張政策をしていなかったというのも各国――特にその国民にとっては――印象が良かった。
更に言えばドイツに範を取った改革は各国でされていたが、それをそのままドイツ側が押し付けることはせず、取り入れる場合は内情に合うように各国にて改変するようドイツ側から要請した。
それがまた各国にとっては有り難かった。
各国が発展していく中で、やがて魔法技術は科学技術と何ら変わりがないものとなり――ただし突出していたドイツを除く――その融合により大きく飛躍したのがマギカライヒであった。
マギカライヒは共産国家として台頭することもなく、緩やかに統一された連邦国家になり、列強の仲間入りを果たしている。
もっとも、このような発展の中で小競り合いが無かったとは言えなかった。
しかし、ドイツが提唱し、世界各国の賛同により設立された国際連合にて、協議の場が設けられ、戦争に発展することを未然に防いだ。
ドイツは基本的に中立であり、第三文明圏とその周辺国以外に手を出さなければ、何もしてこなかった。
国際連合の言い出しっぺでもあることから、仲裁役を頼まれることが多かったが、その役目を果たし続けた。
ラヴァーナルを倒し、世界は平和となったが、それで物語は終わりではない。
世界は連綿と続いていく。
しかし、100年経ったところで、当時のことが忘れられてしまったわけではなかった。
クワトイネのある農村にエルフの女性がいた。
彼女にはまだ幼い子供が3人おり、エルフの夫と共に農業を営んで暮らしていた。
今日もこれまでと変わらない穏やかな一日であり、クワトイネは今日も収穫日和だった。
そして、明日もまたそうだろう。
時計を見る。
今日は久しぶりに兄夫婦が遊びに来る日だ。
遊びといっても、子供の頃のような遊びではなく、飲んで食べて歌うという、単なる宴会だ。
早いけど、そろそろ夕飯の支度でもしようかしら、と彼女が思ったときだった。
「お母さん、昔話を聞かせて!」
長男がそう言うと、長女や次男もまたせがんできた。
「それじゃあ、どんな昔話にしましょうか?」
「三色の国!」
三色の国と言われ、母親は苦笑してしまう。
はじめに分かりやすくしようと国旗の色を教えたのが拙かったらしく、すっかり三色の国で子供達の間では定着してしまっていた。
そして、母親であるアーシャは子供達にゆっくりと語りかける。
「それは、およそ100年くらい前のお話よ。黒、白、赤の三色の旗を国旗とする、ドイツがこの世界にやってきました」
長命なエルフ達にとって、100年などあっという間だ。
彼らにより、今まで多くのことが語り継がれてきた。
それはこれからも変わらずに語り継がれていくだろう。
そして、その語り継がれるものの中には100年程前から新しいものが一つ加わっている。
その新しく語り継がれるもの、それは――
地球という世界からやってきた、ドイツという国が世界の国々と協力し、この世界を救ったというものだった。