俺ガイルメインの夜桜四重奏クロスオーバー
セリフ多め


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青春四重奏

 放課後、いつものように部活で本を読む。雪ノ下と由比ヶ浜は一緒に雑誌を見てなにやら盛り上がっている様子だ。依頼者がこないとこの部活は特にやることがない。だから各々自由に行動している。

「あ!ここなんていいんじゃない?かまくら!」

「そうね、私もそこがいいと思うわ」

「ね、ヒッキーもそう思うでしょ?」

「え?俺?」

 完全に蚊帳の外だと思っていたが俺も組み込まれていたらしい。かまくらというワードしか聞いていなかった。

「いやなんの話だよ。俺んちの猫の話か?」

「猫……」

「違うよ!三人で旅行に行く話だよ!」

 なにそれ完全に初耳なんですけど。つまり由比ヶ浜と雪ノ下は旅行の目的地を探していたわけだ。机の上には千葉東京神奈川などこのあたりの旅行雑誌が積んである。

「奉仕部の思い出作りたいから、三年の夏休みに行こうって話してなかったっけ」

「してない」

「え……ごめんヒッキー、伝え忘れてたよ」

「流石比企谷くんね。人の記憶から消えることに関しては褒めてもいいくらいだわ」

「褒めてないよね?貶してるよね?」

 このステルススキル、いつになったら解除されるの?俺の意思とは別にオートで発動してるからどうしようもない。

「で、鎌倉でいいかな?」

「一緒に行くことは確定しているのかよ。……別にいいんじゃねぇか」

「適当!」

「思い出作りなら別にどこでもいいんじゃねぇの。青春っぽいことすればそれっぽい思い出になるだろ」

「ヒッキーが珍しくまともなこと言ってる……」

「間違ってはいないのに認めるのが嫌になる言い方なのが致命的ね……」

 雪ノ下は呆れたように頭を抱えため息をつく。その様子を見ていた由比ヶ浜がおもむろに席を立ち誰にも気づかれないように静かに部室から出て行った。

 大方トイレにでも行ったのであろう。雪ノ下も特に何も言わず旅行雑誌をぺらぺらと捲る。

 

 それから数分経った頃、リノリウムを蹴り上げる音が廊下から聞こえた。その音は部室の前で止まりドアを勢いよく開ける。

「由比ヶ浜さん、廊下を走るのは危ないわよ」

「は……な……」

 全力疾走だったのか由比ヶ浜は上手く言葉を出せなかったようだ。顔色も心なしか青い気がする。

「はな……?」

「は、はな、トイレに……花子さんが!!!」

 

 

 

 息を整えた由比ヶ浜が何を言い出したのか一瞬理解できなかった。

「花子さんが!花子さんがいたんだよ!」

「由比ヶ浜、それはゴがつく虫のことか?」

 確かあの虫を一部業界ではハナコと呼んだりするらしい。それを由比ヶ浜が知っているようには思えがないが一応聞いてみる。

「違うよ!あの花子さんなんだって!」

「あの花子さんというとつまり、トイレにいる女の子のことかしら」

 トイレの花子さん、学校の七不思議とかでよくある都市伝説のようなものだ。色々な説や目撃談があり地域によってその逸話も変わるらしい。

「見たのか?」

「うん、トイレに入ろうとしたら女の子がいたの」

「鍵かけてないのかよ」

「不用心ね」

「そういう問題じゃなくない!?」

「由比ヶ浜さん、あなたちゃんと確認した?」

「確認って?」

「学校を訪れた誰かの親の子供がトイレにいただけの可能性もあるわ」

「そう……かも?で、でも怖いから、ゆきのん、一緒に行こ?」

「仕方ないわね……」

 そう言って雪ノ下は雑誌を閉じて由比ヶ浜と一緒に部室を出ていく。俺は当然ながら留守番だ。静かになったしこれで小説を思う存分に読めると本に目を落とすとドアを誰かがノックした。

「どうぞ」

「失礼しまーす、ってあれ。先輩だけですか?」

「あいつらはちょっとな。すぐ戻ると思う」

「じゃあここで待ちますね」

 そう言って一色いろはは椅子に座る。遊びに来たのかと思ったがどうやら依頼に来たようだ。お互い何も言いださずに時が過ぎるのを待つ。……お茶の一つでも出したほうがいいのかしら。しかしお茶は雪ノ下の私物だし勝手に使うのは気が引ける。一色には悪いがこのまま待ってもらおう。

「先輩、妖怪って信じますか?」

「は?」

「例えばの話ですよ」

 もしかしてまた何かイベントでもするつもりなのだろうか。しかし直近で出来るイベントは特にない。それとも、

「だから見間違いとか誰かの子供だったのよ」

「やっぱそうかなー」

 とそこへ雪ノ下と由比ヶ浜が戻って来る。由比ヶ浜の顔色を見る限り花子さんとやらは出なかったのだろう。

「あ、結衣先輩、雪乃先輩!」

「一色さん」

「いろはちゃん!やっはろー!」

「やっはろーです」

 相変わらずよくわからない挨拶をかわして二人は椅子に座る。

「一色さんは依頼に来たのかしら」

「そうなんですよ。ちょっと困ったことがあって」

「なになに?生徒会の話?」

「いえ、その………トイレの花子さんなんですけど」

 その言葉を聞いて俺たち三人は顔を見合わせた。由比ヶ浜ははわわわと震えだし立ち上がる。

「やっぱりいたんだ!」

「え?どうしたんですか結衣先輩」

「……さっき由比ヶ浜さんが見たそうよ。花子さん」

「ええ!?そうだったんですか!?」

「もしかして他にも目撃者がいるのか」

「ええ……まぁ」

 一色が言うにはここ最近目撃情報が生徒会に報告されているらしい。

「最初はデマだと思ったんですけどね。色んな生徒から報告があるんですよ」

「それで、なんとかしてほしいっていうのが依頼なのかしら」

「そういうのは先生とかに相談しろよ。ここは何でも屋じゃない」

「そうなんですけど、信憑性に欠けるっていうか」

 つまり先生に相談するほどちゃんとした情報がないというわけだ。目撃情報だけで物的証拠がないと話も聞いてくれないだろう。

「それもそうね」

「それ俺何もできないな。女子トイレに入れないし」

「あ、男子トイレにもでるみたいです」

 なにそれ、それ本当に花子さんなの?不審者なんじゃないの?

「とにかく調べてみましょう」

 かくして俺一人のチームと女子三人のチームに分かれて捜索することになった。いや性別の問題なのは分かってはいるがあまりにも不平等すぎないかこの分け方。

 

 一色にもらった目撃場所と時間の一覧を見る限り、花子さんは放課後の特別棟にしか出ないようだ。頻度はまちまちで数日目撃されないときもあれば一日に何度も目撃されることもある。一階からしらみつぶしに探していればどこかでエンカウントするのではないかという目論見だ。

「特別棟のトイレは各階に一つずつしかないのだからそんなに大変ではないわね」

「ううー怖いよー」

「由比ヶ浜さん、怖いのならここで待っていてもいいのだけど」

「一緒に行く!」

「比企谷くん、ちゃんと調べるのよ」

「分かってる」

 それぞれトイレに入り調査を開始する。学校の個室にあまりいい思い出は無いから用がない時は近づきたくないだが仕方ない。一つ一つ調べた結果は特に収穫はなかった。

「あら、遅かったのね」

 トイレから出ると雪ノ下たちが待っていた。

「仕方ないだろ。俺一人だし」

「ヒッキー食べられたかと思った」

「食わねぇだろ……」

「特に異常はないみたいですねー」

「次行きましょ」

 二階、三階と調べたが特に何も起こらない。途中先にトイレを使っていたやつに怪しまれたぐらいで特に何もなかった。まぁトイレの個室を確認して出ていくやつは怪しいわな。

「ここで最後ですね」

「ええ」

「じゃあ調べるか」

 そしてラスト、四階のトイレに入る。余り使われていないのか他の階より少し雰囲気が違う。個室を前から順番に調べるが特になにも異常はない。

「今日はもう出ないのか、それともいたずらか」

「何がでないの?」

「そら花子さんに……」

 まて、今俺は誰に話しかけられた。さっきまで誰もいなかったしここに誰かが入ってきた気配もしていない。

 血が逆流でもしたように汗が噴き出す。ははは、何をバカナ。きっと幻聴とかだな。きっとこれは小町が生霊でも現れたんだろ。いやそれはそれで恐ろしいな。なんで男子トイレにいるんだよ小町の生霊。

「お兄ちゃん?」

「っ……」

 クイッと裾を引っ張られる。恐る恐るその声がする方をみると川崎の妹ぐらいの幼女が立っていた。

 瞬間、俺のお兄ちゃんスキルがオートで作動する。

「迷子か?」

 しゃがみ込んで目線を合わせる。すると謎の幼女はそれにビビッて窓から飛び出していった。

「え?は!?おい!!」

 ここ四階だぞ!?と窓の外を見ると幼女は上手く着地してそのまま遠くの方へと走って行ってしまった。

 

「随分と時間がかかったのね」

 トイレから出ると待ちくたびれたような表情で雪ノ下が俺を見る。

「先輩遅かったですね。もしかしていました?」

「いた」

「え!?ホントにいたんですか!?」

 いやなんでお前が一番驚いてんの?もしかして信じてなかったのかこいつ。

「ヒッキー大丈夫!?なにかされた?」

「いや、話そうとしたら逃げられた」

「その目はお化けも怖がるのね……」

「おい」

 もしかして俺の目は退魔の力があるんじゃないかとか一瞬考えちまったじゃねぇか。実は親が陰陽道の家系で交通事故の影響でその力が覚醒したとかそういうの期待しただろ。

「というかお化けじゃなかったな。触れたんだよ」

「……詳しく聞こうかしら」

 

 俺たちは部室に戻り、事の顛末を説明した。

「つまりその女の子は未就学児ぐらいの見た目をしていて、実体があって、身体能力が人間離れしているということで間違いないかしら」

「見た目は?おかっぱだった?赤い服着てた?」

「いや、髪は緑のセミロングで服は白のワンピースだった」

「それ、花子さんなんですか?」

 確かに一般的な花子さんとは大きくイメージが違う。別に怖いとは感じなかったせいで俺のお兄ちゃんスキルが発動したほどだ。

「じゃあなんだろうね、その子」

「四階から飛び降りても平気な時点で人間ではないわね」

「でもお化けでもないんですよね……」

「……妖怪?」

 思いついたように由比ヶ浜が手を叩く。人間でもお化けでもないなら妖怪。なるほど筋は通っている。もう正直全然わからないしそれでいい。

「……妖怪、ですか」

「頭が痛くなる事態なのだけど、とりあえず妖怪という仮定で話を進めましょうか」

 

「妖怪だとしてどうすればいいのかな」

「わたしネットで調べてみますね」

「妖怪退治専門の業者なんてあるのかしら」

 仮にあったとしてもネットでホイホイと見つかるものなのだろうか。そういうのは駅の掲示板にXYZと記入して呼ぶようなイメージがある。それは殺し屋だったか。

「あ、ヒットしました」

「はや」

「いや、検索の一番上に出てきたんですよ」

 なにそれ超怪しい。検索の一番上とか結論曖昧なまま解決した感じにして締めるブログとかじゃないの?

「『桜新町は妖怪と人が共存する街です。妖怪でお困りのことがあればご相談ください』だそうです」

「は?」

 思ってたよりもインパクトがある煽り文に耳を疑う。

「これ町の公式サイトですね」

「桜新町ってえっと……」

「桜新町。東京都世田谷区の町ね」

「へー東京って妖怪が住む町があるんだねー」

「いやそんなわけが……、あったな」

 今の今まで忘れていた。そんな町があることはテレビで見たことがあったし本でも何回か見たことがある。ちゃんと正式に国からも認められていて妖怪が住む町があることは知っていた。

「……悔しいのだけど一色さんに言われるまで忘れていたわ。いや、思い出せなかったというほうが自然かしら」

 あの雪ノ下雪乃も同様にその町の存在を思い出せなかったようだ。あることは認めているのにをそれを思い出すことはない。なんとも不思議な感覚だった。

「でもこれ本当なんですかね」

「本当よ。私も昔疑問に思って行ったことがあるの。本当だったわ」

「行ったのか」

「ええ」

「あ!ほんとだ!雑誌にも書いてあるよ!」

 由比ヶ浜は東京の旅行雑誌を開いて机に置く。世田谷区の項目に小さくそれは載っていた。

「さっき目を通したのになんで忘れてたんだろう……?」

 首をかしげる由比ヶ浜をよそに一色は後ろを向いていつの間にかどこかへ電話していた。

「あ、はいではお願いしますねー」

 電話を切って一色は俺たちに向き直る。

「町長さんに電話したら、土曜に来るそうです」

「はやっ」

「土曜日というと、明後日かしら」

「そうです。土曜日の昼一時に来るみたいですよ」

「それ俺も行かないといけないやつ?」

「比企谷くん、まだ依頼は解決していないわ」

「分かったよ……」

 かくして俺の貴重な土曜日が潰れることが決定したのである。

 

 

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「はい、分かりました。では土曜日のお昼ごろに伺ってもよろしいでしょうか?………はい、よろしくお願いします」

 事務所で仕事をしていたヒメにかかってきた電話は妖怪案件の話だったらしく、恭助の立てたスケジュール表を見ながら約束を取り付けていた。

「では一時に現地集合で。はい、失礼いたします」

「お嬢様、よろしいのですか」

「いいのよ。ちょうど土曜日の午後は空いていたのだし」

「……分かりました。私はその日予定が入っていますので、秋名たちを連れて行ってはどうですか」

「それもそうね……。秋名、お願いできるかな……?」

「俺はいいぞ」

「わたしも空いてるー!」

「あたしも空いてるけど……どこに行くの?」

「千葉県にある総武高校よ」

「高校なの?」

「なんでもトイレの花子さんがでたらしいのよ」

「はートイレの花子さん」

「わたし千葉県行ったことないから楽しみ!」

「アオ、遊びに行くんじゃないだぞ」

「分かってまーす」

 チーバチーバと連呼しながらアオは仕事を片付ける。俺は事務所のカレンダーに千葉出張と記入して席に戻った。

「ちなみにその花子さんって危険性あるの?」

「うーん今のところ目撃情報だけで特に被害はないのよね。身体能力が高いってことは聞いたけど、多分普通の妖怪ぐらいの身体能力みたいだし」

「じゃあ町に連れてくるだけかな」

「来るかどうか本人に聞いてみないと分からないわね」

 桜新町は妖怪が住む町だ。ただそれだけの町。妖怪が外で住みたいと言うのならそれは尊重する。つまり連れてくるというより話を聞きに行くだけという方が正しいのかもしれない。

「じゃああたしパトロール行ってくるわね」

「行ってらっしゃい」

 ヒメは恭助とともにパトロールに出かける。ほんと大変だなあいつも。

「秋名さーん、ハンコ押してくださいー」

「はいよー」

 

 

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 そして、土曜の昼は訪れた。俺たちは少し先に来て校門の前で待っているとそいつらはやってきた。

 桜新町から来た面々は予想外の風貌だった。

「どうも初めまして。あたしが桜新町の町長を務めさせていただいています、槍桜ヒメです」

「俺は比泉相談事務所の所長、比泉秋名だ。よろしくな」

「わたしは所員の七海アオです」

「あたしはバイトの五十音ことは」

 町長が来ると聞いていたのでてっきりおっさんがくると思っていたが、来たのは制服を着た女子高生二人と帽子をかぶった年下っぽい私服の女の子と、俺と同じぐらいの私服の男だった。

「私は雪ノ下雪乃」

「あたしは由比ヶ浜結衣です!」

「俺は比企谷八幡」

「挨拶も済んだことですし、さっそく取り掛かって……」

「待って」

 お互いの挨拶を済ませて、一色が取り仕切ろうと前に出るが雪ノ下がそれを制する。どうやらこの四人を訝しんでいるようだった。

「単刀直入で聞くけれど、本当にあなた町長なの?どうみても女子高生なのだけど」

「やっぱり信じてもらえないわよね……。私の町は特殊でね、町長が世襲制なの」

 そう言って彼女は首に巻いていた長いマフラーの中から身分証を取り出す。

「本物……みたいね」

「すごい!町長と高校生やってるんだ!なんだかかっこいい!」

「えへへ」

「そちらのお三方はどういうお仕事を?」

「俺たちは町内会とは別で私営の事務所をやってるんだ」

「妖怪関係のお仕事してます」

「あたしはそのお手伝いのバイト」

 比泉と七海と五十音が答える。

「えっ、あたしたちと歳変わらなさそうなのにお仕事してるの!?」

 この歳で私営の事務所抱えるとかどうなってんの。特殊すぎるでしょ桜新町。

「あなたたちが妖怪の専門家だってことは分かったわ。それで、この学校に妖怪がいるかどうかは分かるのかしら」

「あ!それならわたしが!」

 そう言って七海は被っていた帽子を外す。すると髪の毛が猫耳のようにピンと立ち上がった。

「なにするんですか?」

「サトリの力で探します!」

「先輩、何ですかサトリって」

「サトリは妖怪だ。心を読める」

「へー心を……」

 そうそう、昔そんなことを本で読んだ。雪ノ下もうんうんと頷いているので合っているはずだ。

「って妖怪なんですか!?」

「アオちゃん妖怪なの!?」

 一色と由比ヶ浜が同時に声を上げる。え?妖怪?妖怪なのこの子?

「あれ?説明してなかったっけ?」

 槍桜は言ったつもりになっていたようだった。

「してないです!わたし聞いてないですから!」

「一回情報を整理したほうがよさそうね……」

 

 部室に移動してそれぞれ席に座る。

「もう一度ちゃんと自己紹介しましょうか」

 雪ノ下は槍桜の目を見てそう告げる。別に雪ノ下に妖怪を差別する心があるとは思わない。が、こちらの戦力をきちんと把握したいと思っているのだろう。

「じゃああたしからね」

 槍桜は立ち上がり自己紹介を始める。

「あたしは龍の化身の妖怪よ。ごめんなさい、伝えていたと思ってたわ。びっくりしたよね……」

「龍ってあのドラゴン?」

 由比ヶ浜が手をうねらせながら訪ねる。

「そうよ」

「それで龍の化身はなにが得意なのかしら」

「うーん、なにが得意……?」

「身体能力が化け物とか?」

「ラーメンが大好き!」

「球技は下手」

「ちょっと!球技は今関係ないでしょ!」

 ラーメンはいいのか。

「……つまり、球技以外は大体できるということでいいのかしら」

「まぁそんなとこね。あと槍使うのは得意だから」

 そう言って槍桜はどや顔を決める。デッキブラシとかで戦うのかしらん。

「大体分かったわ。では次比泉さんお願いできるかしら」

「俺か?俺は……真人間だけど」

「相談事務所の所長なのよね?なにか出来ることはあるのでしょう?」

「えっと……」

 そう言って比泉は顔を掻いて困ったような表情をする。

 おそらく真人間というのは本当だろう。しかし雪ノ下の言う通り妖怪案件を取り扱っている事務所の所長であるのならなにか特別なものがあると思うのが普通だ。所長と言ってもデスクワークメインの人もいると思うが、この男はわざわざ千葉まで来ている。戦力して数えられるはずだ。

「一応、剣術ができるぐらいかな」

 比泉はしばらく思考してそう答えた。たしかに比泉の荷物の中に袋に入った長物はある。しかしそれだけではない表情だったが、おそらくこれ以上突いても答えないだろう。

「……分かったわ」

 雪ノ下もそれを察したのかそれ以上聞こうとはせず七海へと意識を向ける。

「わたしはサトリの妖怪です。このアンテナで思考を読んだり、送信も出来ます」

「なにそれ、超強いじゃん」

 つまり相手の意思とは関係なしにテレパシーを送れるというわけだ。

「ほえー携帯いらないねー」

「でもアオは諸事情があってあんまり力を使えないの。花子さんを探す時に力を貸せるぐらいだと思うわ」

「わたしも頑張ればもっといけるよー」

 ピコピコと猫耳のようなアンテナを動かして七海は槍桜に抗議する。すると横の方から「かわいい……」という声が少し聞こえた。

「あの……、その、その耳……」

 案の定雪ノ下はあの耳が気になっていたようだ。抑えているつもりらしいが前のめりになって七海のアンテナをじっと見つめている。どう考えても普通ではない。

「あ、触りますか?」

 七海はそれを察してアンテナを雪ノ下の手元に来るように移動する。ちょっと?俺もそれ触りたい。めっちゃもふもふしてそうなんだけど。

「では……」

 雪ノ下は恐る恐るアンテナを触る。その瞬間雪ノ下の表情がぱぁっと明るくなりほにほにほにと感触をじっくり味わっていた。

「え、あたしも触っていい?」

「わたしも触っていいですか?」

「いいですよー」

 それを見ていた由比ヶ浜と一色も触ってほにほにする。なにあれ、めっちゃ羨ましいんだけど。俺も触りたい!ほにほにしたい!

「……!んんっ、分かったわ。七海さんの力はあまり使ってはいけないということね」

 幸せそうな顔でほにほにし続けていた雪ノ下がはっと我に返り何事もなかったかのように話を再開する。

「じゃあ最後はあたしね。言うより見せた方が早いか」

 五十音は立ち上がって息を吸う。

「ショートカット、マイク!」

 と言うと五十音の目の前にマイクが現れてそれをつかみ取る。

「あたしは言霊使い。妖怪と人間がまざった半妖よ」

「すごい!手品みたい!」

「そのショートカットというのはどういう意味なのかしら」

「んーそうねぇ。言霊使いが単語だけで出せるのは基本的に簡単な作りのものなの。マイクみたいなものは辞書登録すればショートカットで出せるのよ」

「辞書登録してないやつは出せないのか?」

「そうねぇ……黒鉛と粘土に水を加えてこまかくし練り合わせて丸い筒状に加工したものを乾燥し高温で焼き固めてゆっくり冷やして油を染みこませ板に溝をつけたものに乗せて……」

 五十音は突然とんでもない早口でなにかの製造方法を語り始める。

「………して塗装したもの、鉛筆!」

 語り終えて名称を叫ぶと鉛筆が現れてそれを掴む。

「こんな感じに、製造方法とか言うと出るの。ま、鉛筆登録してるからショートカットでも出るけどね」

「頭良さそう……」

「知識がないと使えない能力なのね。それをちゃんと暗記できているのはすごいわ」

「確かにすごいな」

 今のは素直に感心してしまった。なによりあの早口がすごい。滑舌どうなってんの。

「じゃあこれで全員紹介できましたかね?トイレの花子さんの話に戻していいですか?」

 一色は手を叩いて取り仕切る。もうなんかすごすぎて忘れていたが今日の目的は花子さんを捕まえることだ。つかなんで一色はこんなに冷静なのだろうか。案外会長職向いている気がする。

「一ついいかしら」

「いいですよー」

「あくまでもあたしたちは退治に来たわけではなくて、花子さんをうちの町民にするか否か話を聞きに来ただけなの。もちろん拒否されても今後迷惑はかけないように注意しておくけど……それでいいかな」

「んーいいじゃないですか。わたし的には迷惑がなければなんでもいいのでー」

「ありがとう」

 槍桜はお礼を言って一色に礼をする。

「では作戦練ったら、始めましょう!」

 

 そうしてようやく「トイレの花子さん捕獲作戦」は本格的に始動したのである。

 

 

 

 

「じゃあまず今この学校にいるのか調べないとね。アオ、お願い」

「まっかせてください!」

 七海は懐からなにやら取り出して頭のアンテナに装着する。カバーのようにアンテナ全体を包んだそれはバチバチと電気が流れるのが見えた。

「せーのっ……サテライト────!!」

 その瞬間、違和感が身体を支配する。まるで全てを見透かされているかのような感覚がした。

「見つけました!この校舎の一階の女子トイレです!」

「オッケー!ことは!外からお願い!」

「あたしにまかせんしゃい!」

 槍桜は廊下に飛び出して五十音は窓から外へと飛び降りる。それに続いて七海と比泉も廊下に飛び出す。いやいや、なんだこれ。アクション映画か?そのスピード感で呆然としていた。

「比企谷くん、追うわよ」

 雪ノ下に続いて俺たちも廊下に飛び出す。既に槍桜も比泉も七海も姿も見えない。急いで階段を駆け下りて一階に到着する。

 すると一階女子トイレの中からものすごい物音がする。大丈夫なのかこれ。

 女子トイレに入る訳にもいかずひとまず隣の男子トイレに入る。

 比泉もここで待っていた。

「えっと、比企谷くんだっけ。ごめんね、迷惑かけちゃって」

「別に俺たちが呼んだんだし関係ない」

「そか」

 そのとき隣からドタンバタンと大きな音がして「逃げた!」という声が聞こえた。

 それと同時に俺の背後の個室のドアが開く。

「え?」

「あ、お兄ちゃん」

 緑の髪をした幼女は顔を赤くして個室に戻ろうとする。

「待て!」

 急いで扉を押さえて確保しようと手を伸ばすがさらりと躱されてしまう。

「比泉!」

「おう!」

 二人がかりで捕まえようと躍起になるが花子さんは全て躱して個室に入る。鍵は閉められなかったのですぐさま開けると花子さんの姿はない。

「どうなっているんだ」

 その後色んなトイレに出没する花子さんを全員で追いかけ回すがその小柄な身体と素早さ、それに謎の瞬間移動で捕まえることは出来なかった。

 

「ゆきのん!」

 ついに体力が尽きた雪ノ下は廊下に座り込む。もう何回も階段を往復しているからな。由比ヶ浜も息を切らしてつかれていた。正直俺ももう休みたい。

「これじゃ埒があかないわね……」

「槍桜」

「なにかしら」

「もう一度作戦を立てたい」

「……分かったわ」

 全員一度部室に戻り作戦を立てる。時計を見ると三時半を示していた。

「相手の動きが思っていたよりも速い。槍桜たちでも捕まえられないなら作戦を立てた方がいい」

「そうね。きちんと役割分担した方がいいわ」

「私たちは補助に回るわ。人間の体力では足手まといになるもの」

「そうですね……、わたしもう走りたくないです……」

 疲れ切った表情の雪ノ下と一色が提案する。確かに俺たちではあの早さにはついて行けないし無駄にエネルギーを使う。補助に徹した方が効率がいい。

「じゃあ槍桜や五十音が追いかける側に徹して俺たちは補助をしよう」

「そうね、問題はあの子を捕まえる方法なのだけど」

「あたし気づいたことがあるんだけど」

 槍桜が挙手をする。

「なにかしら」

「あの子トイレの中だとほぼ無敵に近いの。どんな動きも避けられちゃうし個室に入るとどっかに移動しちゃうわね」

「あの移動ってなんだろうね」

 由比ヶ浜がみんなにお茶を配りながら訪ねる。

「仮説ならあるわ。あの子、個室から他の個室に移動できるみたいなの。その行動範囲は恐らくこの校舎のみ。そしてそれ以外は走ることしか移動手段がない。実際、一度個室ではなくトイレの出口から逃げられたときは他のトイレに移動するまで瞬間移動はしなかったわ」

「なるほど。それを封じるわけか」

「え?どゆこと?」

「つまりあらかじめ花子さんがいるトイレ以外の出入り口を封じて、入っていたトイレから追い出し、校舎の中で追いかけ回そうということだ」

「でもそれって結構難しくない?あの子早いよ。いっぱい教室あるし、隠れたりしたら……」

「確かにそれでも難しいだろう」

 そう、それでも花子さんを追い詰めるには一手足りない。校舎から出られて他の校舎のトイレに移動したらまたやり直しになる。一色に頼んでこの校舎を封鎖しても窓から出られてしまうだろう。外で待ち伏せしてもどこからでるのか分からないなら手の打ちようがない。

「逃げ道を作ってやればいいのか」

「ヒッキーなにか分かったの?」

「ああ、作戦はこうだ」

 俺は作戦を皆に伝える。反応はまちまちだ。

「完璧とは言えないが可能性にかけてみるしかない。手伝ってくれるか」

「いいですけど、それ最後のやつどうするんですか?」

「五十音、頼めるか」

「辞書登録してないしあたし流石にそれは知らないけど……」

「私分かるわ」

「まじ!?雪乃さんすごい。分かるなら作れるよん。アオ、のど飴ある?」

「あるよー」

 七海は懐からのど飴を取り出して五十音に投げる。

「じゃあやってみるか」

「おー!」

 こうして「トイレの花子さん捕獲作戦その2」が始まった。

 

 まず一色に頼んで特別棟の生徒を全員移動させて校舎を閉鎖する。次に全てのトイレの出入り口を物理的に封鎖。出入りを出来ないようにする。全てのトイレが封鎖出来たところで七海の出番が来る。

「アオ、無茶しないでね」

「分かってるよヒメちゃん。……サテライト─────!」

 再びあの嫌な感覚が身体を襲う。この校舎全体を包む広域読心は彼女にも大きな負担がかかっているはずだ。由比ヶ浜に七海の体調を見て貰う。

「……二階男子トイレです!」

「了解!」

 そして作戦は第二フェーズへと突入する。

 

 

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 教室から飛び出したヒメは二階男子トイレへと全力疾走で向かう。当然三階男子トイレも封鎖されており入ることは出来ない。

「はあああああああ!」

 ヒメはあらかじめ言霊で出して貰っていた棒で扉をぶち破る。

「ひっ」

「いた!」

 トイレの花子さんは隠れていた個室飛び出して逃げ惑う。

「ちょっと!逃げないでってば!」

「ごめんなさい~~!」

 再び個室に戻ろうとするところで先回りしてそれを阻止する。驚いた花子さんは破壊された出口から脱出し他のトイレへ向かう。

「あれ?開かない」

 当然扉は封鎖されているため中に入ることは出来ない。

「待ちなさーい!」

「ひあああああ」

 追いかけてくるヒメを見て花子は逃げ惑う。どこか、どこかトイレはないのだろうか。どのトイレも入れない。どこかに、どこかにトイレは……。

「あった!」

 ガラガラと扉を開いて見えたのは男子用のトイレだった。小さなトイレなのか個室は一つしかない。花子さんはその個室の扉を開いた。

「確保ー!」

 中にはトイレではなく男二人が待ち構えていた。

 

 

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「ひああああああ!?」

 びっくりしている花子さんを比泉と二人がかりで取り押さえる。小さいからあやうく潰しそうで怖い。

「ごめんなさい~!」

 暴れる妖怪は幼女でも結構力が強い。痛い痛い痛い、そこ耳!引っ張らないで!

「いやいや、俺たち別に君を叱りたいわけないじゃないから」

「え?」

「お前が話す前に逃げるから捕まえようとしただけだ」

「そうなの?」

 ぐすんぐすんと泣く彼女は涙を拭いながら不安そうに聞く。

「お、おう。だから泣くなよ。ほらな」

 ぽんぽんと頭を撫でると花子さんは泣きながら俺にくっつく。え?何?なにこれ?

「なになに?捕まえたの?」

「ヒメお疲れちゃん。捕まえたよ」

「あら本当。にしてもこれよく作ったわね……」

「本当言霊使いが荒いわー……」

「うわ、ことは喉ガラガラじゃない。大丈夫?」

「だいじょばないわよ……もう消していい?」

「ああ。本当に助かった」

 五十音がトイレの壁を触ると周りの景色が溶けるように消えて行く。そして奉仕部の部室のなかに俺たちはいた。

「まさかトイレを作るなんてねー……」

 あははと笑いながら教室の隅で七海を膝枕していた由比ヶ浜がつぶやく。

 作戦はこうだった。

 トイレを全て封じた状態で「まだ封じられてないトイレ」におびきよせる。というものだ。トイレと言っても見た目だけ再現していてトイレとしての機能は何ひとつそろっていない。だからトイレでの無敵は発動しないはずだ。実際こうやって俺でも捕まえられている。

「にしてもすごいですね。雪乃先輩なんでトイレの作り方なんて知ってたんですか?」

「たまたまこの前読んだ本に書いてあったのよ」

 どんな本だよ。そしてそれを覚えているお前もすごいな。さすがユキペディアさんだわ。

「じゃあ本題に入るわね」

 槍桜はしゃがみ込んで俺にしがみつく花子さんに目を合わせる。

「あなたお名前は?」

「ハナコ……」

「やっぱりハナコさんだったのね。どうしてこの学校に?」

「この学校……人がいっぱいいて、お話ししたかったの。でもみんな私を見ると逃げちゃうから……」

「にしては俺は逃げられてたんだが……」

「ごめんなさい、恥ずかしくて」

 良かった。俺の目のせいではないらしい。少しほっとする。

「じゃああたしたちから逃げてたのは……」

「お姉ちゃん達顔怖かった……」

「ごめんなさい、怒っているつもりはなかったの」

「うん……」

 槍桜はぽんぽんとハナコの頭を撫でる。

「あのねハナコちゃん」

「なに?」

「あたしの町、桜新町っていって妖怪と人が共存する町なの。そこならハナコちゃんのこと怖がる人いないしいっぱいお話もできると思うの。うちの町に来ない?」

「うーん……」

 ハナコはちらりと俺の顔を見る。なんでそこで俺の顔を見るの。

「お兄ちゃんとお話ししてから行ってもいい?」

「うん、いつでもいいわよ!」

 今ナチュラルに俺の意思表示のタイミングが流されましたね。ていうかなんで懐かれてるんだろう。

「先輩またお兄ちゃんスキル発動したんですか?最低です」

 なぜか一色に睨まれる。確かに初対面の時にオートで発動はしていたがそれが原因なのだろうか。

「あ」

 その時、

 窓の外が光った。

「秋名!!」

 光はどんどんこちらに向かってくる。

 光っているのに、それはまるで闇だった。

 あれに当たってはいけない。そう直感した。

「くそっ、いたのかよ!」

 比泉は袋に入っていた刀を取り出す。

 窓を突き破りその光はハナコへと向かって飛んでくる。

調律(チューニング)!!」

 比泉が刀を振りかざすと光は消えた。俺は腰が抜けていた。あれはなんだ?立てなかった。逃げられなかった。きっと当たってはいけないものがこちらに向かって飛んできていた。

「っ……はぁ、はぁ」

 ドッと疲労感が身体を襲う。汗は止まらないし呼吸も苦しい。

 ハナコはあっけにとられていて言葉が出ていなかった。

「大丈夫か、比企谷」

 比泉は心配そうに俺の顔をのぞき込む。

「あ、ああ……」

「なんだったのかしら、今の……」

「めちゃくちゃびっくりした……」

「死ぬかと思いました……」

 雪ノ下たちも何が起こったのか分からないという表情で震えている。

「ごめんなさい。詳しくは言えないのだけど、たまにあれが降ってくるの。もう降ってこないと思うから、大丈夫よ」

 きっとあれは桜新町が抱える問題であり災害で、そしてそれを止められるのはこの比泉なのだろう。なるほど、そういう戦力ということか。

「ふ──……」

 深呼吸して震えていた身体を落ち着かせる。

「ひとまず一見落着ね!」

「あーもう、トイレの出口だけじゃなくて窓ガラスも直さなきゃじゃないー!」

 五十音は文句をいいつつも瞬時に窓ガラスを修復する。ホント便利だなあの能力。俺も欲しい。

「んあー……」

「あ、アオちゃん起きた。やっはろー」

「んえー?や、やっはろー?」

 由比ヶ浜の膝の上で寝ていた七海が起きてあくびをする。その挨拶、桜新町で流行らせる気なのだろうか。

 そのまま由比ヶ浜は七海のアンテナをほにほにし始める。雪ノ下はそれを羨ましそうに見つめていた。

「そんじゃ片付けんぞー」

 ぱんぱんと比泉が手を叩いて「はーい」とそれぞれ片付け始めた。

 

 片付け終わる頃にはすっかり日が落ちていた。

 校門の前で槍桜達とお別れする。

「本当にありがとうございました。助かりました」

「いいのよ。こっちこそ騒がしくしてごめんなさいね」

「今度桜新町遊びに行ってもいいですか?」

「もちろん!いい町よ!」

「比企谷くんはその町に住んだ方がいいんじゃないかしら」

「それはどういう意味だよ。俺はゾンビじゃないからな」

「ゾンビって妖怪なの?」

「そうねぇ、キョンシーとかいるし多分妖怪よ」

「そもそも妖怪と幽霊の違いもよく分からないのだけど」

「妖怪は普通に生物よ。幽霊は死んでいるじゃない」

「では比企谷くんは幽霊に属するのかしら」

「ちょっと?俺も生者ですけど?」

「あらそうだったの。目に光が宿ってないから死んでいるのかと思ったわ」

「お前な……」

「まぁまぁ遊びに行きましょうね!先輩!」

「アオちゃん!またお耳ほにらせてー!」

「いいですよーやっはろー!」

「やっはろー!」

「五十音さん、あなたも本を読むそうね」

「雪乃さんも相当の読書家とみた。今度話しましょう」

「ええ」

「比企谷、また会おうな」

「……おう」

 それぞれ挨拶を済ませて槍桜達は東京へと帰った。

 

 

 次の月曜、放課後部室に行く途中でトイレに寄る。木端微塵になった出入り口はすっかり元に戻っていた。あまりにも綺麗なものだから土曜日の出来事は夢なのではと錯覚する。

「お兄ちゃん」

 扉を開けるとハナコが待っていてやはりあれは現実だったのかと再認識させられた。

「……いや、なんでトイレ」

「だってハナコだもん」

「話すだけだろ?部室でもいいか?」

「うん!」

「じゃあちょっと外に出てくれない?流石に見られながらトイレするの俺恥ずかしいんだけど」

「分かった……」

 しょんぼりしながらハナコは外に出て行く。なんだか悪いことをしたような感覚に陥るが幼女に見られながら用をたす趣味はない。手を洗って外に出るとハナコはぱあっと笑顔になった。

「……行くぞ」

 手を差し出して繋ぐ。またしてもオートスキルが発動した。魂に刻みつけられたこのお兄ちゃんスキルはどうやっても解除できない。

 その状態で部室に入ると由比ヶ浜と雪ノ下にすごい目で見られた。

「ヒッキー、なんか不審者みたいだよ」

「誘拐犯にしか見えないわ」

 酷い言われようだ。

「ハナコ、誘拐された?」

「してない。いいから話そうぜ」

「うん!」

 ハナコを俺の隣の席に座らせて話す。きっと今までずっと話し相手がいなかったのだろう。それは一週間毎日行われた。由比ヶ浜や雪ノ下も参戦してずっと話していた結果、ハナコは満足したらしく桜新町へと向かった。

 

 

 

 

 俺たちはいつも通りに部室で依頼者を待つ。俺は本を読んで雪ノ下と由比ヶ浜は雑誌を読み漁っていた。

 つい数日前まで、ここで誰かと話していた気がする。

 それは一色でもないし他の生徒でもない。

 なにか大きな出来事あって、それでたくさんの出会いをしたはずなのに、それは思い出せない。違和感だけが身体に残っていた。

「ねぇ、あたしたちさ、何か忘れてない?」

「……偶然ね、私も今考えていたところだったわ」

「俺も、何か忘れた気がすることしか分からない」

「なんか、さみしいね」

「そうね……、思い出せないって変な気分ね」

「……鎌倉、行く話はどうなったか?」

 これ以上この話題をしても進展はない。きっと今感じている違和感さえも忘れてしまうのだと俺は感じていた。

「そうそう!あたし気になるところがあって!」

 由比ヶ浜はパラパラと旅行雑誌をめくる。

「由比ヶ浜さん、それは東京の雑誌よ」

「え、あ、ホントだ。……あ」

 パラパラとめくられたページで由比ヶ浜の視線が止まる。

「桜、新町」

 その言葉を聞いて、俺たちは顔を見合わせる。

「桜新町さ、行かない?鎌倉とは別で」

「そうね。一色さんも呼びましょうか」

「……そうだな」

 俺たちは、忘れてしまう前に会いに行こうと約束した。



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