「……」
快晴の空の下、垣根はビルの屋上から眼下の街並みを眺めていた。爽やかな天候とは対照的に、街の中は敵達の手によって破壊のかぎりが尽くされていた。建物や道路にはクレーターのような穴が空き、道端には壊れた信号機や電信柱が転がっていいる。敵によってありとあらゆる場所が蹂躙され、無秩序化してしまった日本だがその敵の中でも特に凶悪な存在が『ダツゴク』と呼ばれる存在だ。ダツゴクとは、死柄木たちがタルタロスを襲撃した際に脱走した囚人たちを呼称したものである。彼らは敵と呼ばれる者たちの中でも一層凶悪な存在で、プロヒーロー達でも一歩間違えば死に直結する。死柄木達によって解放された厄災の群れが、今日本中を脅威に晒している。
そんな荒れ果てた街を黙って見下ろす垣根は静かに思考を巡らせていた。
(未元体を使って辺りをしらみつぶしに探させてはいるが、アイツらがそう簡単に見つかるわけがねぇ。正直、期待薄といったところだろう。となれば、取るべき行動は一つ。アイツらの居場所の手がかりを知りうる者との接触、つまり、ダツゴクから情報を聞き出すってことになるが…)
垣根は眼下へ向けた視線を横にずらす。荒廃した街の中を学生と思しきヒーローが二人、街の中を歩いていた。おそらく、この辺りにまだいる住民の避難活動を進めているかなにかだろう。彼らの姿をしばらく見ていた垣根だったが、
(そういや、仮免の時にいた奴らか)
ふと、彼らが仮免試験の時にいた傑物学園高校の生徒達だということを思い出す。うち一人は垣根にわざとらしく握手を求めてきた人物だったのでよく覚えている。まだプロになっていな彼らですら現場に駆り出されているこの状況こそ、ヒーロー社会の秩序の崩壊を分かりやすく示していると感じる垣根だったが、今はそこに向き合っている場合ではない。周囲にダツゴクの気配をしないことを確認した垣根は、自身の能力を発動しその場を後にしようとした。すると、
ドゴォォォォォォォォォォォォン!!!
凄まじい轟音を轟かせながら垣根の立つ隣のビルが崩壊し、その瓦礫が道路に落下していく。上から降ってくる破壊の雨に人々は悲鳴を上げながら逃げ惑う中、突如現れた破壊の源に垣根が視線を向けると、土煙と瓦礫の中から一人の巨漢がゆっくりと姿を現した。
「よう!遊ぼうぜェ!!」
「…なんだ?テメェは」
垣根の問いに答えるかのように、男の姿が完全に露になった。全身を覆いつくすかのような筋繊維の鎧を纏い、本来あるはずの左眼の位置には、額から伸びる古傷と暗い空洞が映る。突然現れた目の前の男を静かに観察する垣根に対し、男は邪悪な笑みを浮かべる。
「なんだ一人か?足りねぇな。仲間はいねぇのか!?」
「全身を覆う筋繊維装甲にその左眼…ハッ、まさかいきなりビンゴとはな」
「あァ?何の話だ?」
眉を顰める男に対し、垣根は不敵な笑みを浮かべながら短く言い放つ。
「探す手間が省けたって話さ。喜べよ。テメェは記念すべき俺の獲物第一号だ。血狂い君」
「いいねぇ…シャバは」
血狂いマスキュラー。かつて林間合宿で緑谷と死闘を繰り広げたその敵は、愉しそうな表情を浮かべながら勢いよく床を蹴り上げ垣根に襲い掛かった。
ズドォォォォォォォォォォン!!!
再び轟音を響かせながら、コンクリート製の建物が崩れ落ちる。垣根が立っていたところには、幾重にも覆われた筋肉の腕が振り下ろされ、ビルの屋上は一瞬にして瓦解した。数階分の部屋をその一振りで破壊したマスキュラーはゆっくりと拳を引くと、舞い上がる土煙の中を見回す。自分の拳が相手にヒットした感覚はなかった。直前で躱されたことを悟ったマスキュラーは垣根の姿を探し出そうとしたが、すぐにその必要がないことに気づく。倒壊した部屋の奥から、コツコツと音を鳴らしながら垣根が姿を現したためだ。
「おいなんだよ…つまんねェ真似すんなよなァ!全力で殺り合おうぜぇ!!ヒーロー!!!」
「おーおーすげぇすげぇ。大したパワーだ。感心感心」
マスキュラーを小馬鹿にするかのようにわざとらしく手をたたきながら言う垣根。だが、マスキュラーは垣根の煽りを意に返すことなく、むしろ自分の攻撃を回避した垣根に喜びを感じていた。最小限の動きで自分の攻撃を躱し無傷でいる。この時点でマスキュラーは自身が相対している青年がその辺のプロヒーローとは逸した実力の持ち主であることを本能的に見抜いていた。
これならもっと楽しめる。もっと殺し合える。その喜びを顔に滲ませながら、マスキュラーは再び飛び出した。しかし、
「ッ!?」
垣根めがけて走り出したマスキュラーの足が唐突に止まる。自身の身体に何かが絡みつき、前に進めなくなったのだ。マスキュラーが視線を下げると、自身の両腕と両足に白い鎖のようなものが巻き付いていることに気づく。
「鎖?」
思わず呟きながらマスキュラーはその白い鎖の出所を視線で追うと、そこには目の前の青年そっくりの人型のナニカが立っていた。
「あァん?なんだこれは?」
違うのは全身が白で彩られていることだけ。それ以外は何一つ同じ瓜二つの人間が、左右に二人ずつ、腕から鎖を伸ばして自分の身体を縛っている、とマスキュラーは考えた。しかし、よくよく見ると腕から鎖が伸びているのではなく、腕自体が鎖と化してマスキュラーの身体に巻き付いていることに気が付いた。
「なんだよオイ、こいつらはよォ!」
「そのままおとなしくしておけ。テメェには聞きたいことがある。素直に答えりゃ命だけは助けてやるからよ」
「……ハッ!この程度で俺を捕まえたつもりかよ。舐められたもんだなァ!?」
ミシミシミシッ!!!
雄たけびとともに、マスキュラーの全身の筋肉がさらに肥大していく。筋繊維が何重にも張り足され、さらに一回り大きくなった筋肉の鎧はパワーを何倍にも引き上げる。そして、マスキュラーが全身に力をこめると、ガシャンッ!という音とともに自身の身体を拘束する鎖を全て引き千切った。
「1万2千層の筋繊維装甲だ。この程度じゃ、全ッ然!足りねェんだよォ!!!」
野太い叫びをあげ、拘束を解き放ったマスキュラーが再び垣根に狙いを定めたその時、
ドッッッッッッッッッ!!!!
轟音が弾ける。その直後、またしてもマスキュラーの身体に白い鎖が巻き付いた。
「ハァ…なんだよ。あんまガッカリさせんなよ」
一瞬、マスキュラーの頭に浮かぶ失望の感情。その程度の拘束力では自身を縛り付ける力にはなり得ないことを今しがた見せつけたにもかかわらず、またしても意味のない小細工を弄する垣根に対して、マスキュラーはつまらない存在だと思ってしまった。僅かな諦観と共にマスキュラーは再び巻き付いてきた鎖を引き千切ろうと全身に力を籠めた。だが、
「ッ!?」
途端に異変に気付く。拘束が解けない。マスキュラーはさっきより更に筋肉を張り足し力を籠めていく。ガシャンッ!と音を立てながら、確かに鎖は千切れているのだがなぜ拘束が解けないのか。その疑問への回答をマスキュラーはすぐに理解する。
「こいつはッ……!?」
マスキュラーの視線の先には、滝のような勢いで鎖を生成し続けている未元体の姿があった。マスキュラーが引き千切るより早く、1秒間に何十本もの鎖を生成しているかのような勢いで鎖を伸ばし、マスキュラーの身体に巻き付いていく。マスキュラーが力で鎖を破壊するスピードよりも、四体の未元体が生成するスピードの方がが圧倒的に速い。引き千切っても引き千切っても、それ以上の鎖が身体に巻き付いていくので全く拘束が解けないばかりか、どんどん身体が締め付けられていく。
「おおおおッ……!!」
苦悶の表情を浮かべるマスキュラーを垣根は涼しい顔で見つめていた。
「どうした?随分と顔色が悪いな。ご自慢の筋肉でなんとかしてみろよ」
「てんめェェェェェ……ッッッ!!!」
憤怒の台詞とともにさらに全身に力を入れるマスキュラーだったが、気付けば首から上以外の身体の部位は全て何百もの白い鎖で覆いつくされ、完全に身動きが取れなくなってしまった。筋肉の張り足しも限界に達し、これ以上力を籠めることはできない。それを見た垣根は、マスキュラーの近くにまで歩み寄ると、
「答えろ。AFOと死柄木はどこにいる?」
短くマスキュラーに問う。
「…ハッ!知らねぇ…奴らがくれたのは"好きにしろ"も一言だけ…だ…」
喉の奥から絞り出したような声音で答えるマスキュラー。これだけ全身を締め付けているのにまだ意識を保っていられるのは流石というべきか。彼の性格上、駆け引きを好むタイプだとは思えない為、おそらく今の答えに偽りはないのだろうと垣根は判断する。とはいえ、AFO達の居場所を知らないのであれば、もうマスキュラーに用はない。垣根は冷徹な目でマスキュラーを見据える。
「なァ待ってろよ?な?もうすぐだ。もうすぐこの鎖全部引きちぎるからよォ!!」
「……」
「そしたら全力でお前をぶっ殺してやるから!それまで_____」
「締め上げろ」
マスキュラーの言葉を待つことなく、垣根が短く呟くと四体の未元体が一斉に力を入れる。
「ガハッッ……!?」
全ての鎖の締め上げによってマスキュラーは呻き声を上げ、白目を剥きながら意識を失った。